昭和52(行ウ)281 シェル石油救済命令取消

裁判年月日・裁判所
昭和54年2月28日 東京地方裁判所
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【DRY-RUN】主   文 一 原告を再審査申立人、参加人を再審査被申立人とする中労委昭和四九年(不 再)第五五号不当労働行為再審査申立事件につき、被告が昭和五二年五月六日付で した別紙命令書記載の命令を取り消す。

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主文 一原告を再審査申立人、参加人を再審査被申立人とする中労委昭和四九年(不再)第五五号不当労働行為再審査申立事件につき、被告が昭和五二年五月六日付でした別紙命令書記載の命令を取り消す。 二訴訟費用は、本訴によつて生じた部分を被告の負担とし、参加によつて生じた部分を参加人の各負担とする。 事実 第一当事者双方の求めた裁判一原告 1 主文第一項同旨 2 訴訟費用は被告の負担とする。 二被告 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第二当事者の主張一原告の請求原因 1 参加人全石油シエル労働組合(以下「参加人組合」という。)は東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に対し、原告シエル石油株式会社(以下「原告会社」という。)を被申立人として不当労働行為救済の申立てをし、都労委は、昭和四九年一二月三日付で原告会社に対し、参加人組合宛に「昭和四六年九月二三日開催した当社の関東地区油槽所長代行者会議において、貴組合との対決、組合員の脱退について討議し、確認したことは、当社の責を負うべき不当労働行為であると東京都地方労働委員会において認定されました。今後このような不当労働行為を繰返さないよう留意します。」との陳謝文を原告会社本社および東京、清水、田子の浦、新前橋、松本、浜松、甲府、宇都宮、長野、水戸の各油槽所に一〇日間掲示して従業員に周知せしめることならびにその履行状況を都労委に報告することを命ずる旨の救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。 原告会社は、初審命令を不服として被告中央労働委員会(以下「被告委員会」という。)に対し再審申立てをなしたが、被告委員会は、昭和五二年五月六日付をもつて別紙命令書のとおり、「1本件再審査申立てを棄却する。2初審命令主文第一項掲記中「関東地区 委員会(以下「被告委員会」という。)に対し再審申立てをなしたが、被告委員会は、昭和五二年五月六日付をもつて別紙命令書のとおり、「1本件再審査申立てを棄却する。2初審命令主文第一項掲記中「関東地区油槽所長代行者会議」とあるを「東京地区油槽所長代行者会議」に改める。」との命令(以下「本件命令」という。)を発し、同命令書の写しは同年六月二日原告会社に送達された。 2 本件命令の違法性本件命令が東京地区油槽所長代行者会議(以下「代行者会議または単に「会議」という。)を把え、組合運営に対する支配介入行為と認め、労働組合法七条三号所定の不当労働行為を構成するものと結論して初審命令を維持したのは、事実を誤認し、法律上の判断を誤まつた結果に基づくものであるから違法であり、取り消さるべきものである。 (一) 被告委員会が別紙命令書の理由中第一において認定した事実についての認否(1) 第一項(当事者等)(1)記載事実中、原告会社の従業員数およびシエル興産等関連会社数社を含めた従業員数が本件命令を発した当時それぞれ約二、四〇〇名および約二、八〇〇名であつたことは否認し、その余の記載事実は認める。 同項(2)記載事実はいずれも不知。 同項(3)記載事実は認める。 (2) 第二項(昭和四五年以降の労使関係)(1)および(2)記載事実は認める。 同項(3)記載事実中、昭和四六年春闘において参加人組合内部で中央執行委員会の方針に反対する声が出、その結果スト参加者が出たことおよび清水分会等が参加人組合を脱退したとの点は不知、その余の記載事実は認める。 (3) 第三項(本件代行者会議の開催について)(1)記載事実中クラークのいない油槽所には、近隣の油槽所あるいは本社から代行者が派遣されたとの点は否認し、その余の記載事実は認める。 同項(2)、(3)および(4) 本件代行者会議の開催について)(1)記載事実中クラークのいない油槽所には、近隣の油槽所あるいは本社から代行者が派遣されたとの点は否認し、その余の記載事実は認める。 同項(2)、(3)および(4)記載事実は認める。 同項(5)記載事実中、本件命令書認定の日時に開催された代行者会議終了後の夕食の席で代行者間で話し合われた内容が終始組合問題のみであつたとの点およびその組合問題に関する話合いがすべてA所長の報告書記載の通りであつたとの点は否認し、その余の記載事実は認める。 同項(6)記載事実中、B部長がA所長に対し報告書記載の話合いがなされたことを確認したとの点は否認し(ただし同部長がA所長に電話をかけたことは認める。)、その余の記載事実は認める。 同項(7)記載事実中、本件代行者会議以後、同会議が開催されたことはないとの点は否認し、その余の記載事実は認める。 (4) 第四項(本件代行者会議以降の労使関係)(1)記載事実は不知。 同項(2)記載事実中、第三波ストに際してのスト権投票の結果、賛成者が四一・五パーセントあつたことおよび清水、田子の浦、宇都宮の各油槽所の分会がスト反対の決議文を出したことは不知、その余の記載事実は認める。 同項(3)記載事実中、昭和四七年九月六日シエル従業員組合が結成されたことおよび同年九月一二日付の原告会社発行の団交ニユースに本件命令書記載の内容のとおりの記事が書かれており、これを原告会社が全従業員に配布したことは認め、その余の記載事実は不知。 同項(4)記載事実は認める。 (二) 原告会社が本件命令を違法とする事実上および法律上の主張は次のとおりである。 (1) 代行者会議開催の趣旨および経緯等(イ) 代行者会議開催に至る経緯原告会社には、本社業務部の下に全国に地方業務部および油槽所等が散在しており、各 および法律上の主張は次のとおりである。 (1) 代行者会議開催の趣旨および経緯等(イ) 代行者会議開催に至る経緯原告会社には、本社業務部の下に全国に地方業務部および油槽所等が散在しており、各油槽所長が油槽所の運営に当つてきたが、日本経済の発展拡大に伴い、油槽所の出荷量も増大し、油槽所長の職務も年を経る毎に拡大したため、油槽所長が出張その他の理由で不在である場合には、その職務を代行する者が必要となつてきた。従来油槽所内に所長を補佐するクラークのいないところでは、本社もしくは支店から所長代行者をそのつど派遣しその業務の処理に当らせてきたが、派遣代行者では業務不慣れ等の理由でその職務を十分に果すことが期待できないため、各油槽所内でその職務を十分遂行しうる者を育成してこれを順次正式の代行者に起用するシステムをとるに至つた。ところでこの間の昭和四六年四月一日に供給業務部で大幅な組織変更が行なわれ、これに伴い、油槽所の業務には新たにローリーの運営管理、顧客の要請に即応した製品の補給整備等の業務が付加されるに至つたため、この機会に代行者についても、その趣旨を十分に理解させる必要があつた。とりわけ右組織変更に伴い東京地区業務部長に就任したBは、同地区が原告会社の総出荷量に占める割合の高いこともあつて、この際右組織変更の趣旨を説明することとあわせ、代行者の任務の重要性を自覚せしめ、これを激励することが業務遂行上重要であると考えていたところ、たまたま、同年九月五日、六日の両日にわたつて開催された第一回油槽所長懇談会の席で、各油槽所長から代行者会議開催の要請があつたため、代行者相互の親睦をはかるという趣旨も含めてその開催を決定した。そして同年九月二三日、二四日の両日に本件代行者会議が開催されることになつたが、B部長が同年一〇月一日付で横浜油槽所長に転 あつたため、代行者相互の親睦をはかるという趣旨も含めてその開催を決定した。そして同年九月二三日、二四日の両日に本件代行者会議が開催されることになつたが、B部長が同年一〇月一日付で横浜油槽所長に転出することになつたため、その代役として田子の浦油槽所長Aが司会役として選ばれることになつたのである。 (ロ) 代行者会議の模様本件代行者会議は、同年九月二三日午後三時ごろから東京地区油槽所代行者一〇名と司会役のA所長の出席のもとに開催され、同日午後五時過ぎ終了した。この間A所長より組織変更の内容とこれに伴う代行者の役割等に関する説明がなされこれに続いて代行者の自由討議が行われたが、その内容は概ね、(一)公害問題に関連して地元住民との融和をいかにはかるか、(二)特約店、需要家に対するサービスの問題および代行者間の要望事項として同年六月実施された本給調整が油槽所事務職員に適用されなかつたことへの不満、さらに油槽所長不在期間中の代行者に対する手当の支給などであつた。 (ハ) 夕食の状況等代行者会議終了後代行者らはそれぞれ入浴し、全員浴衣に着替え、午後六時ごろから一同夕食を共にしたが、これは懇親の意味であり、会議もしくは会議の延長ではない。夕食開始後三〇分ないし四〇分は雑談に終始したが、既に仕事に関連する事柄については会議において出尽くし、日ごろ代行者間の交流も少なく話も途切れがちであつたところ、たまたま浜松油槽所のCが清水油槽所のDに対し、清水油槽所の組合員の脱退を批判したことを契機に自然発生的に共通の関心事である組合問題が話題の対象となつた。この間A所長は終始無言で代行者の話を聞いていたに過ぎず、話合いをリードして積極的に代行者に確認をとるなどという事実はなく、ただ、同人は会議の司会役をつとめたということから夕食の席での話を自分なりにまとめ 所長は終始無言で代行者の話を聞いていたに過ぎず、話合いをリードして積極的に代行者に確認をとるなどという事実はなく、ただ、同人は会議の司会役をつとめたということから夕食の席での話を自分なりにまとめてB部長等にその状況の概略を報告したに過ぎない。 当時の参加人組合の状況を説明すると参加人組合は、昭和四四年における一八年ぶりの全国一斉時間外拒否闘争、同四五年春闘における第一波、第二波全面ストライキ、同四六年三波までの延一三日間にわたるストライキをそれぞれ行なつたが、組合の体質が急変したことに対し下部組合員の間に戸惑いがあつたうえ、長期ストライキの効果として期待していた賃上げの上積みもなく、家族手当の基本給繰り入れも果し得ず、逆に多額のスト補填金を徴収されるに及んで多数の現業組合員から執行部のあり方について批判が提起され、その素朴な具体的批判行動としてスト不参加、組合脱退の発生を見るに至つた。事実、本件代行者らの所属する東京支部の支部大会においても、形は現業部門の組合員の意見を尊重するといいながらもその実態は多数決という名のもとに意見を封ぜられたというのが事実でありあるいは支部役員と話し合つても結果的には理屈でいいまかされてしまうのが実状であつた。 しかも昭和四六年八月に開催された全国大会では、従来スト権確立には組合員の三分の二以上の賛成が必要であつたものが二分の一以上の賛成があればスト権の確立ができるように組合規約が改正されたが、もとより右改正は現業組合員の本意とするものではなかつた。さらに、現業組合員の執行部に対する批判、不満はこれにとどまらず、彼らが本来組合に期待していたところの労働条件の引上げについても同様であつて、例えば、賃上げの配分においても定額重視の要求は若年組合員に有利な配分方式であつて、反面その大多数が組合員平均賃金を超える 彼らが本来組合に期待していたところの労働条件の引上げについても同様であつて、例えば、賃上げの配分においても定額重視の要求は若年組合員に有利な配分方式であつて、反面その大多数が組合員平均賃金を超える中高年令層で占められている現業部門の組合員にとつては不利であつたことがことさら賃金に対し敏感な現業組合員の執行部に対する批判の対象の一つになつていた。このように、考え方においても地理的にも執行部から離れて現業部門に働く各組合員が執行部の運動方針の急激な変化の中で戸惑いを感じていたところ、日ごろ同じ環境にある他の油槽所の組合員とたまたま会議後酒食を共にしたことにより、くつろいだ雰囲気の中で組合の話が自然発生的にでたとしても何ら不思議はないのである。 右のとおり、組合の話は酒も加わつた夕食の席で自然発生的にでたものであるから、本件代行者会議を原告会社が主催し、組合問題について分会長らである出席者に確認せざるを得ないとする被告委員会の判断は明らかに不当である。 (2) 本件命令書摘示の各認定理由に対する反論(イ) 本件命令は、原告会社は、代行者会議をもつに至つた理由の一つとして、代行者に対して組織変更について周知徹底をはかる必要があつたとしているがそれにしては東京地区以外ではそのような会議は開催されていない事実を指摘している。しかしながら、本件代行者会議は本社の指示に基づくものではなく、東京地区を担当していたB部長が自己の発案に基づいて行つたものであるから、他の地区で同様の会議がもたれなかつたといつても別に異とするに足りない。B部長は、東京地区が全国の油槽所に比し重要な地位を占めており、代行者の役割も大きく、しかも時機的に東京地区各油槽所において恒常的な代行者制度を発足させたこともあつて、前記(1)(イ)記載の趣旨で本件代行者会議を開催したものであ 所に比し重要な地位を占めており、代行者の役割も大きく、しかも時機的に東京地区各油槽所において恒常的な代行者制度を発足させたこともあつて、前記(1)(イ)記載の趣旨で本件代行者会議を開催したものである。しかるに、本件命令は代行者会議開催の経緯は勿論、東京地区の重要性とこれに基づくB部長の判断に目をつむり、同会議の主目的が組織変更の周知徹底にあつたと認定し、従つて東京地区以外で開催されていないのはおかしいとして会議の主目的が組合対策にあつたかの如く誤認している。 (ロ) 本件命令は代行者会議開催にあたつて会議の議題内容について出席者に事前に連絡がなされていなかつたと指摘しているが、代行者会議の開催は油槽所長懇談会の席上で決定されたものであつて、油槽所長はその趣旨を熟知しており、各油槽所長等からそれぞれの代行者に対しても伝達されている。しかも会議の主要目的は、特別に議題を特定して事前調査研究等を課す方法をとらず、代行者間において自由な意見交換を行うことにより油槽所業務の向上と代行者間の親睦をはかることにあつたから、あらためてB部長から書面で通知する必要はないと判断し、その手続を省略したものである。因みに、単に口頭による会議開催は原告会社も含め世上一般にしばしば行なわれており公知の事実といえる。 (ハ) 本件命令は、代行者会議に於て組織変更の問題は予定時間二時間程度であるにもかかわらず、会議の日程を祝日を含めて一泊二日としていることは奇異であるかのように述べている。しかしながら、本件代行者会議は初めての試みであつたところから、この機会に代行者相互の親睦をはかることが各油槽所間の業務遂行上も望ましいと判断されたばかりでなく、右会議出席者のうち遠方より出席する者もあつて日程上宿泊が避けられない者も多いところから、宿泊を伴う会議としたものである。こ をはかることが各油槽所間の業務遂行上も望ましいと判断されたばかりでなく、右会議出席者のうち遠方より出席する者もあつて日程上宿泊が避けられない者も多いところから、宿泊を伴う会議としたものである。これは会議の趣旨に照らし当然の配慮であり、そのことの故に本件会議が特段の意図をもつて設定されたものと解するのはとうてい肯認し難いところである。 (ニ) 本件命令は、会議終了後A所長がB部長ならびに各油槽所長宛に本件命令中で認定したとおりの諸事項が文書(乙第九号証、以下「確認報告書」という。)によつて確認された旨報告したことをとらえて会議の不当性および不当労働行為の存在を示す理由の一つとしてあげている。しかしながら、会議終了後の夕食の席で一部代行者間で組合問題につき話合いがもたれたことは本件命令が認定する通りであるが、右話合いの結果を代行者間で確認した事実はないのであり、この点で本件命令は重大な事実誤認を犯している。このことはその後のB部長とA所長とのやりとりの中でこのような事実がなかつたことが明らかにされているばかりでなく右報告書の内容にも事実と相違する点が存する。まず確認報告書の記載によれば、「全分会の意志を統一する為東京分会が中心となり………」とあるが、東京油槽所代行者として出席したEは当時分会長ではなく、このため同人は同分会が中心となつて意見を統一することについては責任を持てない旨発言している。また、同文書には「全分会が努力し、正常化に努めても目的が達せられなかつた場合、全分会員が組合を脱退もやむを得ず」との記載があるが、出席者の一人である水戸油槽所の代行者でありかつ分会長のFは、この話合いは各油槽所の分会の代表者として出席し話合いをしたものではないから、各油槽所の分会員の意見も聞かずに脱退を決めるわけにはいかず、むしろ脱退など考えていな 所の代行者でありかつ分会長のFは、この話合いは各油槽所の分会の代表者として出席し話合いをしたものではないから、各油槽所の分会員の意見も聞かずに脱退を決めるわけにはいかず、むしろ脱退など考えていなかつた旨証言しているところからも明らかなとおり、当該夕食の席での代行者間の話の内容を正確に伝えているともいい難いのである。なお、昭和四七年九月参加人組合の一部組合員によつてシエル従業員組合が結成された事実があるが、このことは確認報告書の内容とは全く関わりをもたないものである。確認報告書には「東京地区の各油槽所分会は同一歩調をとり、支部執を通じ中執と対決していく」との記載があるが、シエル従業員組合は横浜支部の組合員が中心となり結成したものであつて、確認報告書の内容とは全く異なるものである。また、同文書の「全分会員が組合を脱退もやむを得ず」との記載についても、昭和四七年春闘においては小倉、長崎、八代、東京、清水という東京地区油槽所分会以外の分会も含め参加人組合の闘争方針に不満をもつ分会が指令返上を行なつているのであり、この点のみをとらえても確認報告書の内容とその後の組合分裂とは全く無関係であることが明らかである。 (ホ) 本件命令は、本件代行者会議の開催時期が労使間における対立が激化している折であることをあげ、その例示として前年には所長懇談会の際に所長全員が組合を脱退したこと、しかも当日B部長の代理として会議を主催したのは組合を脱退したA所長であつたことをあげている。しかしながら、代行者会議を開催したのは組織変更という業務上の重要な変化を契機とするものであつて、それがたまたま労使間の対立と時期を同じくしたり、あるいは油槽所長の組合脱退の翌年に該当したとしても、それがために会議をとりやめなければならない理由はない。A所長が会議の司会役をすることにな つて、それがたまたま労使間の対立と時期を同じくしたり、あるいは油槽所長の組合脱退の翌年に該当したとしても、それがために会議をとりやめなければならない理由はない。A所長が会議の司会役をすることになつたのは、B部長が直接会議を主催する予定であつたところ、急遽横浜油槽所に転出することになつたためである。なお、A所長は反組合的言動を行う人物というわけではなく、また、組合を脱退したことについても同人のみが組合を脱退したものでなく、東京地区の油槽所長全員が油槽所長と組合員の立場は両立しないとの判断から脱退したものである。 (ヘ) 本件命令は、本件代行者会議の出席者である代行者のほとんどが組合油槽所分会の分会長であり、会議はこのことに着目して開催されたものと判断している。しかしながら、油槽所分会の分会長は組合支部あるいは当該分会内の連絡の便宜から考え、クラークもしくはクラークのいない分会においては事務を補助する現場作業員の中から順次選任されることが多く、本件代行者会議の出席者に分会長が多かつたとしても、油槽所の実態からすれば、何ら異とするに足りないものである。しかも本件代行者会議の出席者として組合未加入者や会議後組合員が全くいない油槽所へ所長として転勤している者のいることなどからすれば、この会議が組合運動に介入する目的で開催されていないことが明らかである。なお、本件命令は分会長は八名であつたと認定しているが七名の誤りである。 (3) 不当労働行為(支配介入)の不存在一般に支配介入が成立するためには、支配介入とみられる使用者の行為があれば足りると解されている。しかしその場合においても、使用者の積極的行為を前提としつつ、その行為を客観的に見れば、支配介入の意図が化現されていると認定し得る場合には、少なくともその行為の存在から使用者の不当労働行為意思を る。しかしその場合においても、使用者の積極的行為を前提としつつ、その行為を客観的に見れば、支配介入の意図が化現されていると認定し得る場合には、少なくともその行為の存在から使用者の不当労働行為意思を当然に推定して良いというだけであつて、その行為自体から直ちに不当労働行為意思を推定し得ない場合にまで、その意思が不要であるとは解されない。とくに本件のように夕食の席でたまたま組合問題につき代行者間で話合いがもたれ、しかもその席に居合わせたにすぎないA所長の存在をもつて直ちに不当労働行為意思を化現した行為ありと認定するにはそれ相応の理由と明確な不当労働行為意思の認定が必要であろう。 本件において、A所長は、原告会社において各地方に散在する油槽所の一つである田子の浦油槽所を管理する一介の現場監督者に過ぎず、もとより当日出席した各代行者等に対する人事評定権等を有するものではない。従つて本件で不当労働行為が成立するためには同席していたことが会社の指示によるものか、会社の意を体しているか、あるいは会社があらかじめ組合問題が話されることを知悉しながらこれを黙認利用したという事情がなければならないところ、本件代行者会議がB部長の指示に基づき開催されたことから直ちに夕食の席での代行者間の話合いをもつて会社の責に帰すべき不当労働行為であるとする本件命令は論理の飛躍というべきである。逆にこの点はA所長が確認報告書をB部長に送付した際同人より叱責を受け直ちに回収を命ぜられた事実のみをとらえても会社の指示を受けたとか、黙認利用する意図等がなかつたことが明らかである。しかも既に説明したとおり、A所長は夕食の席では終始沈黙を守りその同席が各代行者に対し無言の圧力を与えたという事情もなく、また、会社の意向に迎合する意図から組合問題が話されたという事実もないから、A所長 既に説明したとおり、A所長は夕食の席では終始沈黙を守りその同席が各代行者に対し無言の圧力を与えたという事情もなく、また、会社の意向に迎合する意図から組合問題が話されたという事実もないから、A所長が同席していた事実のみをとらえてこれを通常の会議と同一視し、不当労働行為の成立を肯定することは理解に苦しむといわざるを得ない。 もつとも本件命令は確認報告書の存在を重視しているようであるがその作成の経緯は既に述べたとおりであり、その存在をもつて直ちに不当労働行為の存在を認定することは不当であるばかりか、同文書は、A所長の個人的判断からB部長に内部的情報の伝達として作成送付した私信にすぎず、もとよりその手段、方法においても違法性はないから、情報収集が仮に組合に関するものであつてもそれだけで直ちに組合運営に対する支配介入とはいえないことは明らかである。 二請求原因に対する報告の答弁 1 請求原因1項の事実は認める。 2 請求原因2項については争う。本件命令は、労働組合法二五条、二七条および労働委員会規則五五条に基づき適法に発せられた行政処分であつて、処分の理由は別紙命令書理由記載のとおりであり、被告委員会の認定した事実および判断に誤りはない。 三参加人の主張参加人組合が原告会社の本件命令取消申立てを理由がないとする事実上および法律上の主張は次のとおりである。 1 東京地区だけで代行者会議が開催されることについて供給業務部の組織変更は、原告会社全体について行われたものであつて、東京地区の業務に関してなされたものではないから、代行者に周知徹底せしめる必要性が特にあつたとすれば、全国の他の地区においても同様の必要性があつたはずである。しかるに他地区で代行者会議が全く開催されていないことは不思議であり、本件代行者会議の開催には他に目的があつたと考える が特にあつたとすれば、全国の他の地区においても同様の必要性があつたはずである。しかるに他地区で代行者会議が全く開催されていないことは不思議であり、本件代行者会議の開催には他に目的があつたと考えるのが相当である。なお、東京地区の個々の油槽所についていえば、その出荷量が他地区の油槽所に比べて大きいとはいえない。 代行者会議の開催について、本件組織変更の企画および実務の責任者であつたG配給工務本部長は、本件代行者会議の開催は勿論、その約一年後に参加人組合が確認報告書を公表するまで開催の事実を全く知らなかつたものであるが、会議の目的が組織変更の説明にあるのであれば、同本部長が知らないはずはない。特に組織変更については昭和四六年四月に実施され、油槽所長会議等で各所長に説明がなされ、代行者は所長より日常の業務遂行過程で説明を受けこれをよく理解していたのであるから、同年九月の時点で組織変更の説明を受ける必要性は全くなかつたものである。また、組織変更等業務上の問題について説明するのであれば、担当者である東京業務部運営課長や同配給課長が出席すべきであるのに、説明役として適格性を欠く一油槽所の所長であるA所長が説明したとされているうえ、本件代行者会議があとにも先にも唯一のものであつた事実は、本件会議が業務上の必要によつて開催されたものではなく、一回限りの特殊な目的で開催されたことを示している。さらに、本件代行者会議の開催が油槽所長が連名で組合を脱退したことに基づき組合に代る組織として原告会社が作つたものである「油槽所長懇談会」の席上決定されたという事実は、本件会議が組合対策のために開催されたものであることを示すものである。なお、本件会議が開催場所議題を明示した招集通知の有無日程等の観点から原告会社において行なわれている通常の業務上の会議と全く異なるもの 会議が組合対策のために開催されたものであることを示すものである。なお、本件会議が開催場所議題を明示した招集通知の有無日程等の観点から原告会社において行なわれている通常の業務上の会議と全く異なるものであることは明らかである。 以上の諸事実によれば、本件代行者会議が組織変更の説明等業務上の必要によつて開催されたものではなく、組合対策のために開催されたことが明らかであるといえる。 2 議題が事前に連絡されていなかつたことについて本件代行者会議が業務上の会議であれば、原告会社の正規の機関で開催が決定され、議題が予め会社の正規の機関から書面によつて出席予定者に通知されるのが当然である。原告会社は、各油槽所長から伝えているから業務部長からは正式に通知しなかつたというが、この場合「所長」とは油槽所長懇談会という組合対策を目的とした会議の出席者としての所長であり、組合対策の共謀者としての所長であつて、その所長が直接一対一で直属の部下に対して代行者として本件会議に参加すべきことを口頭で伝え、会社の業務上の機関としての業務部からは何ら公式の通知を出さないという密行性は、本件代行者会議が油槽所長懇談会における謀議の延長としてなされたものであることをよく示している。なお、出席代行者は、各油槽所長より組織変更等業務上の問題について会議が開催されるとの説明は受けていなかつた。 3 会議の日程が一泊二日であつたことについて原告会社は、本件代行者会議の目的は、代行者の相互の親睦をはかることにもあつたから、一泊二日の日程で会議を開催したのは当然の配慮であつたと説明している。しかしながら、これは、「代行者会議」などというそれまで全くなかつた会議を開催し、議題を明記した招集通知も送らず、表向きの議題である組織変更等の問題は議題とすべき必然性にとぼしく、さらに、右議 る。しかしながら、これは、「代行者会議」などというそれまで全くなかつた会議を開催し、議題を明記した招集通知も送らず、表向きの議題である組織変更等の問題は議題とすべき必然性にとぼしく、さらに、右議題についての会議は短時間ですむのに、酒食付一泊二日の会議を開催したことにおける真の目的を隠すための弁解にすぎない。相互の親睦を目的とする会議であれば、温泉地あるいは観光地の旅館において行うのが常識であるのに、横浜市の田中家旅館で会合をもつており、しかも右旅館は原告会社の干渉を受け非民主的な運営を行つていた旧シエル石油従業員組合幹部(A所長は旧シエル石油従業員組合幹部であつた。)がよく利用していたものである。また、親睦を目的とする会議であれば緊急性は全くないはずであるのに、本件会議は油槽所長懇談会の席上即決で決定され、わずか一八日後に緊急に開催されたものであり、不自然といわざるを得ない。 4 組合問題についての確認について原告会社は、組合問題についての事項が代行者間で確認されたことはないという。しかし、右確認がなされたことは、原告会社が初審段階で認め、A所長等もこれを認める旨証言しているところであり、さらに右確認事項がその後次々と実行されていつた事実は右確認があつたことを裏付ける決定的な証拠である。原告会社は、右確認がなかつたことの根拠として、確認報告書を送付した後のB部長とA所長のやりとりをあげるが、この点について両名の証言が偽証であることは明白である。B部長はA所長が送付した組合問題についての確認報告書を見て「お前は私が指示したとおりの会議をやつたのか。」と叱り、確認報告書の破棄を命じたというが、他方で本来の議題についての報告書も一緒に送付されてきていたという。本来の議題についての報告書があつたのなら右のように叱ることはありえず、組合問題 たのか。」と叱り、確認報告書の破棄を命じたというが、他方で本来の議題についての報告書も一緒に送付されてきていたという。本来の議題についての報告書があつたのなら右のように叱ることはありえず、組合問題についての確認報告書の破棄を命じたという証言は信用できない。また、確認報告書のほかに本来の議題についての報告書が存在しえないことは、確認報告書の記載の仕方から明らかであり、確認報告書が本件代行者会議の全てについての報告書であることは明らかである。右について、B部長およびA所長は、本来の議題についての報告書を偶然に二人とも誤つて捨てたというが、このようなことは万に一つの確率でも起りえないことであり、両名が嘘を述べていることは明らかである。なお、確認報告書の確認がなかつたのであれば、また、B部長から右確認をするよう指示されていなければ、A所長がわざわざ原告会社の正規の報告書の形式でB部長宛に報告するはずのないことも明かである。 5 前年に組合を脱退したA所長が本件代行者会議を主催したことについて本件代行者会議で司会役をしたA所長は、昭和四五年八月に開かれた東日本地区油槽所長会議招集の際原告会社の意を受けて油槽所長の参加人組合からの脱退をとりまとめた者である。原告会社は、油槽所長を参加人組合から脱退させ、参加人組合に代る組織として油槽所長懇談会を制度化し、油槽所長を使つて現業部門における参加人組合の切り崩しを図るとともに、所長の次は代行者を原告会社側に抱き込み、参加人組合を破壊することをねらつたのであり、油槽所長懇談会の次には代行者の懇談会の成立をねらつたものである。そして、代行者の切り崩しのためには、代行者の直接の上司であり、所長の連名脱退をとりまとめたA所長こそが最適任者であつた。従つて、A所長がB部長の代理として本件代行者会議を主催したこと たものである。そして、代行者の切り崩しのためには、代行者の直接の上司であり、所長の連名脱退をとりまとめたA所長こそが最適任者であつた。従つて、A所長がB部長の代理として本件代行者会議を主催したことは会議の目的および性格を理解するうえで極めて重要なことである。なお、A所長が代行者会議における組合問題に関する確認に積極的に関与していることおよび原告会社が右確認を行なうようA所長に指示していたことも明らかである。 6 代行者の殆どが分会長であつたことについて原告会社は、油槽所では代行者にあたる者が参加人組合の分会長に選任されるのが常識であつたから、代行者の中に分会長がたまたま含まれていることを把えて云々するのはおかしいと述べるが、原告会社は、油槽所の組合員に対して絶大な影響力をもつ分会長が代行者であることに着目して、代行者会議の名目で組合の分会長らを招集したものである。新前橋油槽所からの出席者は非組合員であつたが、これは、同油槽所ではHが分会長であり、かつクラークであつたから、代行者に指名されるべき者であつたが、右Hは原告会社に抱きこまれず、反組合的態度をとつていなかつたので、組合対策が討議される本件会議の出席者としてふさわしくないとして、所長が他の者を代行者として本件会議に出席させたものである。また東京油槽所からの出席代行者Eは分会長ではないが、同人は業務主任であり(業務主任は対組合問題につき所長の主旨を理解して組合員との意志疎通をはかる任務を帯び、そのためとくに非組合員とはしないと原告会社が定めているものである。)、代行者会議という名目で開催する以上右Eが出席する必要があり、また、業務主任の右性格からして、同人が東京油槽所の組合員を切り崩す適任者であつたし、A所長とは同じかつての旧シエル従業員組合の幹部であつたことから、A所長を助けて する以上右Eが出席する必要があり、また、業務主任の右性格からして、同人が東京油槽所の組合員を切り崩す適任者であつたし、A所長とは同じかつての旧シエル従業員組合の幹部であつたことから、A所長を助けて本件会議で参加人組合破壊の確認をとりまとめるについても適任者であつたといえるのである。従つて、右Eが出席したことが「代行者のほとんどが分会長である点に着目して確認を行わしめた」との本件命令の認定の根拠をそこなわしめるものではない。 7 本件において、組合問題に関する討議は代行者会議の席上行なわれ、A所長は右討議に積極的に関与しているものであるが、仮にA所長が発言その他積極的行為をしなかつたとしても、そもそも原告会社の主催する会議の機会において参加人組合の執行体制転覆の謀議がなされ、原告会社の職制がこれに終始同席しながら放置したのであれば、原告会社はそのような謀議の機会を与えこれを黙認したことになるから責任があるというべきであり、支配介入が成立したと判定するに十分である。そして、A所長は、原告会社の職制上は管理職であつて、出席した代行者の上位にあり、これらの者を監督すべき立場にいたもので、特に本件代行者会議においては、本来出席すべきであつたB部長の代理として出席し会議を主宰したものであるから、他の出席者を業務上監督し支配する立場にあつたことは明瞭である。なお、仮に組合問題についての討議が夕食の席上においてなされたものであるとしても、夕食時における懇談も代行者会議のスケジユールの中に組み込まれていたものであるから、代行者会議においてなされたものに他ならず、A所長の行為は原告会社の職制としての立場を離れた全く私的なものということはできない。 第三証拠関係(省略) 理由 一本件命令請求原因1項の事実は、当事者間に争いがない。 、A所長の行為は原告会社の職制としての立場を離れた全く私的なものということはできない。 第三証拠関係(省略) 理由 一本件命令請求原因1項の事実は、当事者間に争いがない。 二当事者等原告会社は、肩書住所地に本社を置き、全国各地に支店、油槽所等を有して、石油製品の販売等を業とする株式会社であること、原告会社の従業員は、昭和四七年九月六日参加人組合とは別にシエル従業員組合を結成し、その組合員数は初審結審時の昭和四九年一〇月当時約三六〇名であつたことは当事者間に争いがない。 成立に争いのない乙第四〇、第一一一号証ならびに弁論の全趣旨によれば、原告会社の従業員数は、昭和五二年六月現在約二、一六〇名であり、関連会社としてシエル興産株式会社ほか数社を含めるとその従業員総数は約二、六一〇名にのぼること、参加人組合は、原告会社および関連会社数社に勤務する従業員で組織され、下部組織として東京地区の油槽所従業員等により組織される東京支部等全国に一七支部があること、その組合員数は、初審結審時一、一四六名であり、東京地区に存在する東京、清水、田子の浦、新前橋、松本、浜松、甲府、宇都宮、長野、水戸の各油槽所は、参加人組合の組織上東京支部の中で各油槽所分会を組織していることが認められる。 三そこで、不当労働行為の成否を判断するためにまず、代行者会議開催前後の経過、代行者会議の状況等の事実関係を検討することにする。 当事者間に争いのない事実と成立に争いのない乙第九号証、第一一ないし第一七、第一八(ただし「御礼」と題する書面を除く。)第二〇、第三二ないし第三四、第四〇ないし第四九、第五一、第五五ないし第六九、第七一ないし第七三、第七五、第七六、第七九ないし第八七、第九一、第九二、第一〇四、第一〇六、第一〇八、第一一〇ないし第一一七、 第三二ないし第三四、第四〇ないし第四九、第五一、第五五ないし第六九、第七一ないし第七三、第七五、第七六、第七九ないし第八七、第九一、第九二、第一〇四、第一〇六、第一〇八、第一一〇ないし第一一七、第一一九、第一二〇、第一二二、第一二四、第一二五、第一二七、第一二九、第一三一、第一四一、第一四八、第一五三、第一六二、第一七〇、第一七二、第一七四、第一七六号証、丙第一号証の一、二、第四、第五、第八、第九号証、証人Iの証言により真正に成立したものと認める乙第一九、第八八、第一四四、第一四五、丙第二、第六、第七、第一〇ないし第一二号証、曜日欄および作成者名については証人Iの証言により真正に成立したものと認めその余の部分の成立については当事者間に争いのない乙第一五二号証、証人Fの証言により真正に成立したものと認める丙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一〇号証、第一八号証のうち「御礼」と題する書面、第二一ないし第二九、第三五ないし第三九、第五〇、第五二ないし第五四、第七〇、第七四、第七七、第七八、第八九、第九〇、第九三ないし第一〇一、第一四六、第一四七、第一四九ないし第一五一、第一五四ないし第一六一、第一六三ないし第一六八号証、証人Fおよび同Iの各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると(以上の証拠のうち後記採用しない部分を除く。)次の事実が認められる。前掲乙第一〇、第三九、第一〇四、第一〇六、第一〇八、第一一〇、第一一一、第一二七、第一二九、第一四四、第一四九、第一五〇、第一七六号証、丙第三号証および証人Iの証言のうち、右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。 1 代行者会議開催に至る経過(一) 昭和四五年以降の労使関係参加人組合は、昭和四五年春闘においてはじめて全石油共闘に参加し、四月下旬か る部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。 1 代行者会議開催に至る経過(一) 昭和四五年以降の労使関係参加人組合は、昭和四五年春闘においてはじめて全石油共闘に参加し、四月下旬から五月上旬にかけ、時間外および休日出勤拒否のほか一九年ぶりに、四月二四日第一波として一時間、五月二日第二波として二四時間の全面ストライキを行つた。 しかしながら、右時期はいわゆるゴールデンウイークにあたり、例年各油槽所においては出荷量が急増するところ、右ストライキ等により油槽所運営に支障をきたして出荷ができなくなり、特約店等の需要家から苦情や抗議がなされるに至つた。ところで、当時油槽所長はすべて参加人組合の組合員であつたが、油槽所長の中には右ストライキに際して組合員の立場と油槽所の管理者としての立場の矛盾に悩む者がいたところ、関東地区の油槽所長一〇名は、同年八月二五日、二六日の両日本社供給業務部主催の東日本地区油槽所長会議が仙台市のグリーンホテル会議室で開催されることになつたのを機会に、同月二四日夜同市内の栗原旅館に宿泊し、同日夜および翌二五日朝同旅館で協議を続けた結果全員において参加人組合を脱退することに意見が一致し、同月二五日付で「我々は油槽所長在任中は監督者の立場上組合を脱退致し度く、右御届け致します」とする連名の脱退届を作成して、参加人組合に送付し、組合を脱退した。 参加人組合は、昭和四六年春闘において、四月二三日に第一波として一時間の時限ストライキ、同月三〇日午後に第二波前段として半日ストライキ、同年五月四日に第二波後段として本社等における全日ストライキ、同月六日から一二日まで第三波として本社コンピユーター部門等の拠点ストライキを行ない、さらに、これと併行して四月二二日から五月一九日まで事務部門における時間外および休日拒否闘争を実施 日ストライキ、同月六日から一二日まで第三波として本社コンピユーター部門等の拠点ストライキを行ない、さらに、これと併行して四月二二日から五月一九日まで事務部門における時間外および休日拒否闘争を実施し、同月一九日に賃上げ交渉は妥結した。しかしながら、その大多数が組合員の平均賃金を上廻わる中高年層で占められている油槽所勤務の現業組合員は、参加人組合が昭和四四年ごろから賃上げの配分において中高年令層に不利になると考えられていた定額重視の要求方式をとつていたことを不満とし、また、昭和四六年春闘において獲得した賃上げ額についても長期ストライキの成果としては期待はずれの感をいだくとともに、かえつて一律に五、六〇〇円のストライキ補填金を徴収される結果となつたことを快く思わず、次第にこれら組合員の間では右のような会社に対する賃金要求長期ストライキ、その妥結、事後処理等が組合員中いわば少数派ともいうべき現業員の意向を十分に汲み取ることなく行なわれたものであるとして、執行部に対する批判的気運が高まつてきた。そして、既に右春闘中においても全国で数か所の油槽所分会がストライキ不参加を決め、東京地区では清水油槽所分会がストライキ不参加を決めた後一名を除くすべての分会員がストライキに反対して参加人組合を脱退するに至つた。 (二) 原告会社における組織変更原告会社の油槽所は全国に約四〇か所あり、本社供給業務部あるいはプラント運営部に直属していたが、従来の中央集権的組織ではとかく地方の実情にあわない指示がなされ、油槽所等の業務活動に支障を生じることがあつた。このため、原告会社は、地方業務強化のため、昭和四六年四月一日付で全国を五つの地区にわけ、本社業務本部のもとに各地区に地区業務部を設置してこれに大幅な権限委譲を行ない、油槽所はすべて各地区業務部に直属する旨の大規 社は、地方業務強化のため、昭和四六年四月一日付で全国を五つの地区にわけ、本社業務本部のもとに各地区に地区業務部を設置してこれに大幅な権限委譲を行ない、油槽所はすべて各地区業務部に直属する旨の大規模な組織変更を行なつた(ただし横浜油槽所は本社業務部直轄)。この結果、従前の横浜を除く関東地区油槽所はすべて東京地区業務部に所属することになつたが、この東京地区業務部長には本社供給部プラント運営部長であつたBが就任した。また、右組織変更に伴い、油槽所長には、従来の油槽所の運営管理のほかにローリーの運営管理製品の配給の職務も付加されるようになり、権限が拡大することになつた。そして、新組織の趣旨および油槽所長の職務権限等についての説明のため、東京地区では、同年七月二〇日、二一日の両日に東京業務部油槽所長会議が東京支店会議室において開催された。 ところで、原告会社の各油槽所においては、従来から油槽所長が出張、病気、休暇等で不在の場合のために所長事務を代行する代行者制度が存在していた。これは、油槽所長が不在になる都度油槽所長により代行者(「リリーフ」、「所長代理」などとよばれていた)が任命され、所長業務を処理するものであり、大規模油槽所で所長補佐役としての職務を有するクラークのいるところでは、クラークが原則として代行者とされ、クラークのいない油槽所では、近隣の油槽所、本社もしくは支店から油槽所長の依頼により代行者が派遣されていた。しかし、油槽所における製品出荷料の増大等により、当該油槽所の業務に不慣れな派遣代行者では業務処理が円滑に行ない得ないこともあり、原告会社では昭和四五年秋ごろより派遣代行者をやめて各油槽所内で代行者となるべき適任者を育成し、これを任命するよう指導し少なくとも昭和四六年九月ごろの東京地区業務部管内の油槽所においては、代行者は 原告会社では昭和四五年秋ごろより派遣代行者をやめて各油槽所内で代行者となるべき適任者を育成し、これを任命するよう指導し少なくとも昭和四六年九月ごろの東京地区業務部管内の油槽所においては、代行者は油槽所内の従業員のなかから油槽所長が任命するようになつていた。 (三) 油槽所長懇談会の開催等従前東京地区、九州地区など一部の地区では業務上会社主催のもとに開催される所長会議とは別途に油槽所長が任意に集り他の関係者を交じえることなく所長懇談会の名のもとに意見を交換していたが、所長全員が組合を脱退後従来組合を通じ会社側に対しなしていた待遇改善等の交渉その他の意見具申等を独自に行なうための機構設置を望む声が所長の間で出てきたため、原告会社は昭和四六年七月油槽所長懇談会を正式に制度化して油槽所長懇談会規約を作成し、出席者には出張旅費規程を適用して交通費、日当、宿泊費を支給することにした。 東京地区では、同年九月五日、六日の両日栃木県川治温泉において、制度化されて最初の東京地区油槽所長懇談会が開催され、B部長、本社業務本部プラント運営課員、横浜油槽所ローリー配給課長が出席した。右懇談会では、油槽所施設の改善、油槽所長に対する管理職手当の増額、油槽所長が休日に休めないことが多いので何とかしてほしいとの要望等が討議されたが、席上A田子の浦所長から油槽所長は多忙で代行者を教育する機会がなかなかないうえ代行者はふだん相互間で交流がなく出張の機会もないので代行者どうしの交流や勉強の機会を与えるための会議を開いてはどうかとの提案がなされ、大方の賛成を得て、会議初日に相当遅れて会場に到着したB部長に対し、懇談会の幹事であつたJ宇都宮所長から右要望が伝えられた。同部長は東京地区の各油槽所長代行者に組織変更の内容を周知させる必要を感じており、また、従前から派遣代行者 遅れて会場に到着したB部長に対し、懇談会の幹事であつたJ宇都宮所長から右要望が伝えられた。同部長は東京地区の各油槽所長代行者に組織変更の内容を周知させる必要を感じており、また、従前から派遣代行者をやめて各油槽所において専任の代行者を起用するよう指導していたこともあり、代行者を教育する場をつくるとともに代行者の育成と自覚を高め相互の親睦をはかるためにも好い機会であると考えて即座に了承し、自ら司会者説明者として出席することを告げたうえ会議開催の世話役としてJ所長を指名し、開催時期については業務に支障が出ないよう繁忙期を避けできるだけ早くやつてほしいが場所については世話役に一任する旨の指示をした。J所長は、B部長の了解のもとに、同年一〇月初旬ごろまでの時期に、休日を利用する形式での一泊二日の日程の会議を計画し、直ちに栃木県地方の温泉保養地の旅館を物色したが、行楽シーズンにあたるためか適当な会場の確保ができず、九月一〇日過ぎにA所長に対し適当なところを探してほしい旨依頼してきた。このためA所長は、伊豆方面の適当な旅館を予約しようとしたが、いずれも断わられたため、同所長が横浜油槽所在勤当時利用したことのある横浜市<以下略>所在の田中家旅館に問い合わせたところ、同月二三日夜は宿泊可能との返事を得たので、J所長の希望もあり、B部長の了解を得たうえで、A所長が世話役となつた。そして、同所長は、直ちに田中家旅館に連絡して同月二三日一泊予定で一二名の宿泊予約をとつたうえ、各油槽所長に電話で代行者会議開催予定日時および場所について連絡するとともに、各油槽所長から出席する代行者の氏名の通知を受けた。なお、その後A所長は、B部長ならびに各油槽所長に対し、田中家旅館の案内図と集合時間を書いた書面を送付したが、議題等会議の内容は連絡しなかつた。ところが、B部長は 出席する代行者の氏名の通知を受けた。なお、その後A所長は、B部長ならびに各油槽所長に対し、田中家旅館の案内図と集合時間を書いた書面を送付したが、議題等会議の内容は連絡しなかつた。ところが、B部長は、同年一〇月一日付で急に横浜油槽所長に転出することになり、引継ぎ等で多忙であつたため、会議への出席をとりやめることにし、同年九月二〇日ごろ、この旨A所長に電話連絡し、口頭でA所長が自己の代理を勤めること、会議では組織変更の趣旨を十分説明するとともに、油槽所運営との関係で公害問題、近隣との交際の仕方について説明し、あわせて代行者の要望も聞いておくこと等の指示をした。 2 代行者会議および夕食の状況等代行者会議は、九月二三日午後三時ごろから、前記田中家旅館において、東京地区業務部管轄下の東京、清水、田子の浦、新前橋、松本、浜松、甲府、宇都宮、長野および水戸の各油槽所の代行者合計一〇名とA所長が出席して行なわれた。右代行者のうち、新前橋油槽所の代行者が非組合員であり、東京油槽所、清水油槽所、浜松油槽所の代行者を除く六名が各油槽所分会の分会長であつた(清水油槽所の代行者Dは昭和四六年の春闘で他の分会員とともに参加人組合に脱退届を提出したが、右脱退時は分会長ではなく、後記のとおり参加人組合に復帰した時に分会長に選出されたものである。なお、参加人組合は、清水分会については組合費未納の扱いにして脱退を承認していなかつた。)。会議は冒頭A所長がB部長が出席できなくなつたことおよび今回の会議開催の経緯を説明し、引続いて同所長から約一時間にわたつて同年四月に行なわれた供給業務部門における組織変更の趣旨、各油槽所における公害問題、特約店に対するサービスの向上等の説明がなされた。その後自由討議に入り、約一時間にわたり各代行者から主として現業員の賃金調整、代行者手 供給業務部門における組織変更の趣旨、各油槽所における公害問題、特約店に対するサービスの向上等の説明がなされた。その後自由討議に入り、約一時間にわたり各代行者から主として現業員の賃金調整、代行者手当に関する意見、要望が出され、討議が行なわれたが、午後五時ごろにA所長から「本日の会議は一応終ります。夕食は六時からとしますが酒も少し用意してありますからそれで十分くつろいでもらいたい」との挨拶がなされた。 夕食は、午後六時ごろから始められ、全員浴衣に着替えて自由に席をとり、席上酒も出されたが、ふだん代行者間の交流も少なく初対面者もあつて話が途切れがちであつたところ、そのうちいつとはなく清水油槽所分会の組合脱退が話題になり、これが契機となつて、前記1(一)認定のように組合のあり方に対し不満をもつ中高年層の現業組合員を多くかかえた油槽所の代行者間の共通の関心事として、組合問題がとりあげられ、話題はストライキの長期化とその後始末の苦労、賃上げ額、ストライキ補填金負担に対する不満から、現業部門の意見が反映された活動がなされていない等油槽所現業組合員としての立場からの執行部批判へと発展し、これらを中心に議論がなされた。その過程において、後に述べるA所長作成の確認報告書記載のような意見が代行者の間から述べられた(但し、右記載のように席上代行者会議としての意思が決められたわけでもなく、また、その記載中不正確な部分が存することは後記3(四)に認定するとおりである。)。そして、右話合いは午後八時ごろまで続いたがそのころ旅館の従業員が蒲団を敷きにきたため自然に打ち切られた。この間A所長は部屋の入口に近いところに席をとり、翌日の朝食の打合せなどで、二、三回席を立つたほかは同席していたが、右の議論には加わらなかつた。 各代行者およびA所長は同日夜田中家旅館に宿泊し、 れた。この間A所長は部屋の入口に近いところに席をとり、翌日の朝食の打合せなどで、二、三回席を立つたほかは同席していたが、右の議論には加わらなかつた。 各代行者およびA所長は同日夜田中家旅館に宿泊し、翌二四日(秋分の日)朝食後の午前九時半ごろ解散したが、出席者には出張旅費規程により交通費、日当等が支給され、夕食の酒の費用は東京地区業務部が負担した。なお、この当時東京地区以外の地区で油槽所長代行者による会議が開催されたことはなかつた。 A所長は、同月二五日付でB部長宛「油槽所所長代行者会議」と題する確認報告書(乙第九号証)を作成し送付した。右確認報告書は、A所長が代行者間で議論された組合問題の内容について自己の理解に基ずいてまとめたものであるが、右報告書には、確認事項と題して「今後組合運動で現執行体制を正しい方向へ転換させる事は大変むずかしいが支店内の同調者と協力し、東京地区の油槽所(分会)が同一歩調をとり、支部執を通じ中執と対決して行く様にする。 ① 分会代表者を交じえて行う支部の会議に先だち分会だけの会合をもつ。 ② 全分会の意志を統一する為東京分会が中心となり田子の浦、松本、宇都宮分会の代表者はそれぞれ地区の分会と連絡を取り意見を統一し東京分会代表者と協議し意見をまとめる。 ③ 現在組合を脱退している人には今後全分会が共同歩調を取りたいので一応組合へもどる様分会内部で説得する。清水分会については脱退者の了解が取れたら田子の浦及び浜松分会より説得の為オルグする。 以上の事がらを全分会が努力し正常化につとめても目的が達せられなかつた場合全分会員が組合を脱退もやむを得ず」との記載が存する。なお、右文書は、A所長から東京地区の各油槽所長にも送付された。 確認報告書の送付を受けたB部長は、直ちに電話でA所長に対し右報告書作成の事情および送付の理 合を脱退もやむを得ず」との記載が存する。なお、右文書は、A所長から東京地区の各油槽所長にも送付された。 確認報告書の送付を受けたB部長は、直ちに電話でA所長に対し右報告書作成の事情および送付の理由を問い質して同人が自己の指示範囲外の行動をとつたことを叱責するとともに、その内容からみて参加人組合に誤解を与えることを危惧し、送付した確認報告書はすべて回収し破棄するよう指示した。A所長はこの指示を受けて、各油槽所長に右報告書を破棄するよう連絡した。 なお、田子の浦油槽所代行者のKは確認報告書の内容が事実に反するとしてA所長に対し抗議した。 3 代行者会議開催後の労使関係清水油槽所分会は、昭和四六年一二月一日付で参加人組合に復帰を申し入れ、同月分から組合費を支払うようになり、昭和四七年三月五日の東京支部大会で同分会の復帰が正式に承認され、清水分会の分会長には代行者会議に出席したDが選出された。 参加人組合は、昭和四七年春闘において同年四月二四日第一波として一時間の時限ストライキ、同月二八日第二波として二四時間のストライキを実施したが、第三波ストライキはスト権投票の結果四一、五一パーセントの賛成しか得られず、実施にいたらなかつた。この間第一波において、横浜油槽所の従業員で組織される横浜支部は時限ストライキのみ実施し、付随する時間外拒否は実施せず、清水油槽所分会は中央闘争委員会のストライキ指令を全面返上して就労し、第二波において清水、東京、小倉、長崎、八代の各油槽所分会はストライキ指令を返上して就労し、横浜支部は午後からの半日ストライキのみ実施した。また、春闘さなかの同年四月二六日から同年五月二日にかけて、清水油槽所分会(四月二六日付)、田子の浦油槽所分会(四月七日付)および宇都宮油槽所分会(五月二日付)からストライキ反対の決議文が中央闘 。また、春闘さなかの同年四月二六日から同年五月二日にかけて、清水油槽所分会(四月二六日付)、田子の浦油槽所分会(四月七日付)および宇都宮油槽所分会(五月二日付)からストライキ反対の決議文が中央闘争委員にそれぞれ提出された。 昭和四七年八月一五日、横浜支部所属の参加人組合員数名が組合を脱退し、同年九月六日右の者らが中心となつてシエル従業員組合(現全シエル労働組合)が結成された。そして、この前後に参加人組合からの脱退者が相次ぎ、昭和四八年三月末までに東京支部に属する各油槽所分会の組合員約八〇名のうち五〇名以上が脱退し、シエル従業員組合に加入した。 なお、本件代行者会議以降他の地区で代行者による会議が開催されたことはないが、昭和四八年七月二二日、二三日に福岡地区で独自にクラークに対する教育、研修が「クラーク研究会」の名称でなされ、好評だつたこともあり、原告会社は、同年一一月に「クラーク研修会」を制度化し、以後毎年一ないし二回、各地区ごとに支店会議室あるいは原告会社研修所で開催されている。 四不当労働行為の成否 1 本件命令は、別紙命令書記載の認定事実に基づいて、(1)会社は、代行者会議の主目的が組織変更について代行者にも周知徹底をはかる必要があつたというがそれにしては東京地区以外では開催されていないこと、(2)会議の議題・内容については、出席者に事前に連絡がなされていなかつたこと、(3)組織変更問題についての予定時間は二時間程度であるにもかかわらず、会議の日程を祝日を含めた一泊二日としていること、(4)会議終了後A所長は文書により認定事実欄記載のような確認がなされたことをB部長ならびに各油槽所長あて報告していること、(5)代行者会議が開催された時期は、労使間における対立が激化し、前年には所長懇談会の際に所長全員が組合を脱退したこと、しか ような確認がなされたことをB部長ならびに各油槽所長あて報告していること、(5)代行者会議が開催された時期は、労使間における対立が激化し、前年には所長懇談会の際に所長全員が組合を脱退したこと、しかも当日B部長の代理として会議を司会したのは、組合を脱退したA所長であつたこと、(6)当日出席を命ぜられた代行者のほとんどが、組合油槽所分会の分会長であつたこと、以上六つの事実をとりあげ、右各事実を総合して「本件代行者会議は、会社が組織変更の周知徹底を図るとの名の下に、現業部門の組合員に執行部に批判的な動きがあり、かつ東京地区の油槽所においては八名の分会長が代行者であることに着目して開催したもの」と認定したうえ、代行者会議の夕食の席で組合問題についての話合いが行なわれ、A所長が終始同席していたとの認定事実等から、「本件代行者会議は会社が主催して、分会長らである出席者に認定事実欄記載の確認を打わせたものと推認せざるを得ない」と認め右行為を参加人組合の運営に対する支配介入による不当労働行為と判断している。 これに対し、原告会社は、右六つの認定理由につき逐一反論し、本件命令のあげる各認定理由からは本件代行者会議の開催および夕食時の組合問題に関する話合いにつき原告会社の不当労働行為を認定し得ない旨争うので、以下に右の六つの理由を中心に本件命令の適否について検討を加える。 (一) 代行者会議が東京地区のみで開催されたことについて原告会社における昭和四六年四月一日付の供給業務部門における組織変更代行者のみによる会議が開催されたのは、東京地区業務部管内のみであつたことは前記三2で認定したとおりである。しかし、前記三1(二)に認定したとおり、昭和四六年四月一日の組織変更により原告会社の油槽所は従来の本社直属の形式から新設の各地区業務部に所属することとされた ことは前記三2で認定したとおりである。しかし、前記三1(二)に認定したとおり、昭和四六年四月一日の組織変更により原告会社の油槽所は従来の本社直属の形式から新設の各地区業務部に所属することとされたのであるから、各油槽所の業務運営はその所属する各地区業務部長の裁量に委ねられることとなつたのであり、従つて、各地区により油槽所の業務運営の方法に差があつたとしてもあえて異とするに足るものではない。しかも、前記三1(三)認定のとおりそもそも本件代行者会議は、東京地区業務部で立案されたものでなく、現場の油槽所長の要望が契機となつているものであり、その発案の経緯をみると、油槽所長懇談会の席上A田子の浦所長から、油槽所長は多忙で代行者を教育する機会がなかなかないうえ、代行者はふだん相互間で交流がなく出張の機会もないので、代行者どうしの交流と勉強の機会を与えてほしい旨要望があり、それが参加各油槽所長の賛同を得るところとなり、遅参したため右要望が述べられた際在席していなかつたB部長に対しJ幹事所長から右要望が伝られ、同部長もこれを了解して会議開催を承諾したものであり、その目的が組織変更の内容説明をも含め代行者を教育することにあつたことは明らかであるが、その他の代行者相互の交流ないし親睦をはかることも目的の一つであつたことが認められる。そして、前掲乙第一二〇、第一二二、第一二四、第一七四号証によれば、もともと代行者会議は、油槽所の業務運営に関する事項として地区業務部長の判断により自由に開催できるものであることが認められるところ(本社への報告事項ともされていない。)、前記三1(三)認定のように専任の代行者制度の推進者であり、また地区の油槽所長代行者に組織変更の内容を周知させる必要を感じていたB部長も右要望を受けた際に代行者の育成と自覚を高める好機と考えこれに 、前記三1(三)認定のように専任の代行者制度の推進者であり、また地区の油槽所長代行者に組織変更の内容を周知させる必要を感じていたB部長も右要望を受けた際に代行者の育成と自覚を高める好機と考えこれに賛成を表したのである。 これらの事実に照せば、代行者の会議が東京地区のみで開催されたということはあながち不自然とはいい難い。従つて、代行者会議が東京地区のみで開催されたことをもつて直ちに本件代行者会議が業務上の必要性ではなく組合対策を目的としていたものとは認め難い。 なお、参加人組合は、本件代行者会議が組合対策を目的とした油槽所長懇談会の席上決定されたことから、会議の目的が組合対策にあつた旨主張する。油槽所長懇談会は、前記三1(三)で認定のとおり、全国の油槽所長が参加人組合を脱退した後所長らの要望により原告会社により正式に制度化された懇談会であるが、所長らの組合脱退が原告会社の意を体したものと認むべき証拠はなく、前記三1(三)認定の油槽所長懇談会の制度化の趣旨および経緯、前掲乙第一五号証の規約等に照すも右懇談会が組合対策のために制度化されたものとは認め難い。そして前記三1(三)認定の東京地区油槽所長懇談会の議事内容、本件代行者会議開催が会社側提案としてではなく、所長の間からの要望として実現された経緯に照せば、本件代行者会議の開催が右所長懇談会の席上決められたことをもつてその目的が組合対策にあつたとすることはできない。 (二) 議題が事前に連絡されなかつたことについて本件代行者会議については、田中家旅館の案内図と集合時間を書いた書面がA所長から各油槽所長宛に送付されたのみで議題については、油槽所長にも出席代行者にも正式に通知がなかつたことは前記三1(三)で認定したとおりである。 しかし、前記三1(三)認定のとおり、本件代行者会議は、油槽所 油槽所長宛に送付されたのみで議題については、油槽所長にも出席代行者にも正式に通知がなかつたことは前記三1(三)で認定したとおりである。 しかし、前記三1(三)認定のとおり、本件代行者会議は、油槽所長懇談会の席上参加油槽所長の要望により開催されることになつたもので、会議の趣旨、目的については全油槽所長が十分了解していたものであり、前掲乙第三九、第一三一、第一四九、第一五〇、第一七二号証、丙第三号証および証人Fの証言によれば、代行者は会議開催前に会議の趣旨等について所属の油槽所長から説明を受けていることが窺えるうえ、前記認定のような会議の目的からみて出席者において予め、調査研究を要することが討議されるわけでもなかつたのであるから、本件代行者会議においては必ずしも議題を正式に通知する必要があつたとはいえない。従つて、議題が参加者に事前に連絡されないとの一事をもつて会議が組合対策の目的をもつて秘密裡に行なわれる必要があつたものとは認定し難い。 (三) 代行者会議の日程が祝日を含めた一泊二日であることについて前記三2で認定したところによれば、本件代行者会議は九月二三日午後三時ごろから始まつて当日午後五時ごろまでに予定した会議を終了しているのに、その日は全員が田中家旅館に宿泊し翌朝解散しているのであるが、本件代行者会議の開催の経緯からして、会議の目的が代行者相互の交流ないし親睦をはかることにもあつたことは既に述べたとおりであり、代行者の中には長野、松本、宇都宮等の遠隔地から参集している者もいるから、日程を一泊二日としたことについて特に不自然であるとはいい難いところである。ところで、相互の交流ないし親睦をはかることを目的としながら、観光地でもない横浜市内の旅館を会議場にした理由については、前記三1(三)で認定したとおり、当初、栃木県ないし伊豆方面 い難いところである。ところで、相互の交流ないし親睦をはかることを目的としながら、観光地でもない横浜市内の旅館を会議場にした理由については、前記三1(三)で認定したとおり、当初、栃木県ないし伊豆方面の温泉保養地の旅館での開催が予定されていたが、B部長の指示する一〇月初旬までの時期に適当な旅館が予約できなかつたことによるのであるから、市街地の旅館で会議が開催されたことも首肯できないわけではなく、本件代行者会議の日程から、会議が表むきの目的とは異なる組合対策のための目的を持つていたと認定することはできないものと考えられる。 (四) 代行者会議終了後A所長が組合問題に関する確認事項を文書によりB部長宛報告したことについて前記三2認定のとおり、A所長は本件代行者会議終了後夕食の席で代行者らが組合問題について議論した内容を自己の理解に基づいて取りまとめて昭和四六年九月二五日付で組合問題に関する代行者間の確認事項として前掲乙第九号証記載のとおりの内容の確認報告書を作成し、これをB部長宛に提出しかつ各油槽所に宛て送付しているのである。A所長がいかなる意図のもとにそのような挙に出たかは明らかではないが、それが少なくとも、東京地区油槽所を統括する地位にあるB東京地区業務部長の意によらないものであることは、A所長の確認報告書を受け取つた同部長が直ちに確認報告書作成の経緯を問い質して叱責するとともにその破棄、回収を指示していることからも明らかなところである。従つて、A所長によるB部長ならびに各油槽所長に対する確認報告書の送付は原告会社とはかかわりのない行為というべきである。 このように、右報告書の作成送付もA所長の個人的行為にとどまり、かつ前記三2に認定したところによれば、右報告書にあらわれたような執行部批判は代行者間でいわば自然発生的におこつたもので べきである。 このように、右報告書の作成送付もA所長の個人的行為にとどまり、かつ前記三2に認定したところによれば、右報告書にあらわれたような執行部批判は代行者間でいわば自然発生的におこつたものであつて、いずれも原告会社との結び付きを認め得ないのであるが、なお、当事者が指摘する右報告書の記載の正確性、その後の労使関係についても検討する。 まず、A所長が確認事項としてB部長に報告した内容が本件代行者会議が行なわれた日の夕食時に代行者間で話し合われたことを正確に伝えているか否かを検討する。前掲乙第一二七、第一二九、第一三一、第一七〇、第一七二号証および証人Fの証言によれば、確認事項として掲げられている各項目に関連する事項が話題の対象になり、確認事項として記載された内容について議論がなされたことが認められる。しかしながら、乙第一七二号証および証人Fの証言によれば、確認事項②項の「全分会の意志を統一する為東京分会が中心となり……」との記載部分に関しては、東京油槽所代行者のEが「自分は分会長ではないから、東京分会が中心となつて意見を統一することについては責任が持てない。ただしそういう話であれば東京に帰つて分会長に話だけは伝えておく」旨発言していることが認められる。また確認事項の後文「全分会が努力し、正常化に努めても目的が達せられなかつた場合全分会員が組合を脱退もやむを得ず」との記載部分に関しては、証人Fは、同人はこの話合いが分会の代表者としてなされたものではないから、所属油槽所分会の意見も聞かずに脱退もやむを得ずとの意見表明もできるわけがなく、この旨の発言もしていないと証言しており、また、前掲乙第一三一号証によれば、田子の浦油槽所代行者のKは、確認報告書が「確認事項」とか「脱退もやむを得ず」とかの強い口調で書かれていることにつき話合いの時の雰 発言もしていないと証言しており、また、前掲乙第一三一号証によれば、田子の浦油槽所代行者のKは、確認報告書が「確認事項」とか「脱退もやむを得ず」とかの強い口調で書かれていることにつき話合いの時の雰囲気とは異なる旨上司のA所長に抗議していることが認められる。従つて、右の各事実に徴すれば、話合いの内容が必ずしも事実どおり正確に記載されているとはいい難い。 そこで、次に右話合いの内容が全代行者間の「確認事項」として記載されていることにつき果して代行者間で確認が行なわれたか否か検討する。前掲乙第九号証によれば、確認報告書には、確認事項として記載された各項目につき出席者全員の確認があつた旨の記載が存する。そして乙第三九、第一二七、第一二九、第一三一、第一四九、第一五〇、第一七〇、第一七二号証、丙第三号証および証人Fの証言によると、右話合いの中では各代行者から参加人組合の中央執行部に対する批判的な意見が出され、その議論の中で確認事項として記載されている内容が話題になり、これに関し、代行者から思い思いに提案がなされ、それに関連して関係する油槽所分会に属する代行者が意見を求められたり、各代行者から賛否の意見が述べられたりしたことが認められるにとどまり、特に司会者がいて一定の事項につき挙手等により各代行者に対し賛否の意見を確認したり採決を求めたりする事実があつたことを窺うべき証拠はない(なお、参加人組合は、原告会社が初審段階で右確認がなされたことを認めた旨主張するが、成立に争いのない乙第五号証(答弁書)および第七号証(原告会社最終準備書面)の趣旨に徴するも原告会社が右確認がなされたことを認めたものとは解し難い。)。右のところからすると、各代行者が話合いの結果お互いに組合問題についてどのような意見ないし提案をもつているかは知り得たのであろうが、出席代行 会社が右確認がなされたことを認めたものとは解し難い。)。右のところからすると、各代行者が話合いの結果お互いに組合問題についてどのような意見ないし提案をもつているかは知り得たのであろうが、出席代行者全体の総意として何らかの意思決定を行なつたことは認め難く、確認報告書が右の話合いの内容を出席者全員の確認事項として記載したことは不正確のそしりを免れないところである。そして、右話合いにおいて、A所長がこれに加わることなく同席していただけであつたことは、前記三2で認定したとおりである。 さらに、参加人組合は、確認報告書の確認事項がその後そのとおり次々と実行に移されていつた事実があり、そのことは右確認があつたことを裏付ける決定的な証拠である旨主張するので検討する。本件代行者会議後の参加人組合の状況は前記三3に認定したとおりである。これによると、清水油槽所分会は昭和四六年一二月に事実上参加人組合に復帰したこと、昭和四七年春闘において、清水油槽所分会、東京油槽所分会がストライキ指令を返上し、さらに、清水油槽所分会、田子の浦油槽所分会、宇都宮油槽所分会がストライキ反対の決議文を提出したこと、参加人組合の脱退者により昭和四七年九月六日シエル従業員組合が結成された後昭和四八年三月末までに東京支部に属する各油槽所分会の組合員の過半数が参加人組合を脱退してシエル従業員組合に加入したことが認められ、前記確認事項の記載内容に合致すると思われる事実もないではない。 しかしながら、前掲乙第九二、第一七二号証、証人Iの証言によると、確認事項では全分会の意思を統一する中心となるべき東京油槽所分会のEは、昭和四七年四月一日付で組合員がいないため、分会を組織していない高田油槽所長に転出したこと、前記三3認定のところから明らかなとおり昭和四七年春闘においては、東京地区の大 るべき東京油槽所分会のEは、昭和四七年四月一日付で組合員がいないため、分会を組織していない高田油槽所長に転出したこと、前記三3認定のところから明らかなとおり昭和四七年春闘においては、東京地区の大多数の油槽所分会はストライキ指令に従つているうえ、ストライキ指令を返上しあるいはストライキ反対の意思表示をしたのは、東京地区の清水、東京、田子の浦の各油槽所分会のみでなく、本件代行者会議に参加しなかつた横浜支部のほか小倉、長崎、八代など他地区の油槽所分会も右指令に反対していること、参加人組合員の多くが脱退することの端緒となつたシエル従業員組合の結成は、横浜支部所属の組合員が中心となつたものであることに徴すると、前記諸事実をもつて、東京地区の全油槽所分会が統一した意思のもとに確認事項として記載された事項の内容を実行に移していつたものとはいまだ認め難い。 (五) 本件代行者会議が労使間の対立が激化した時期に開催され、参加人組合を脱退したA所長が司会をしたことについて参加人組合は、昭和四五年春闘において一九年ぶりに第二波までの全面ストライキを行ない、翌昭和四六年春闘においては第三波までのストライキを行なつたことは前記三ー(一)で認定したとおりである。そして前記三ー(一)および(三)ならびに三2で認定したところによれば昭和四五年七月二五日に関東地区の油槽所長全員が参加人組合を脱退し、この脱退者の一人であつたA所長がB部長の代理として本件代行者会議の司会をしているのである。 しかし、しばしば述べたように、本件代行者会議は、昭和四六年九月五日、六日に開催された油槽所長懇談会において提案され、同年四月一日付でなされた供給業務部門における組織変更を契機に代行者に勉強の機会を与えて自覚をもたせるとともに代行者相互の交流ないし親睦をもはかることを目的として開催 油槽所長懇談会において提案され、同年四月一日付でなされた供給業務部門における組織変更を契機に代行者に勉強の機会を与えて自覚をもたせるとともに代行者相互の交流ないし親睦をもはかることを目的として開催されたものである。そして、前掲乙第九〇、第一二〇、第一二二、第一二七、第一七〇号証によれば、右会議が同年九月二三日、二四日に開催されることになつたのは、一〇月下旬以降各油槽所の業務が繁忙期に入るため業務に支障を生じることを防ぐため、B部長から比較的閑な一〇月初旬ごろまでに休日を利用した日程で開催するよう指示があり、会議場となる田中家旅館の予約との関係もあつて決まつたことが認められる。この事実によれば、参加人組合が昭和四五年春闘以来その活動を活発化してきたことを考慮に入れても、右開催時期選定につき特に意図的なものを感じることはできない。 次に、A所長が本件代行者会議を司会したことについて検討するに、前記三1(三)で認定したところから明らかなとおり、本件代行者会議は、主催者たるB部長が自ら出席して行なうことになつていたのであるが、B部長が同年一〇月一日付で横浜油槽所長に転出することになり、本件会議開催の三日前である同年九月二〇日ごろ、同部長の依頼により急遽A所長が司会役を勤めることになつたものである。右経緯に加え、本件代行者会議の世話役は、当初、J宇都宮油槽所長であつたが、会議場選定の困難等から、A所長がJ所長の依頼で会議場探しを引受けた経緯をも伴せ考えると、A所長がB部長の代理を勤めることになつたのは多分に偶然の事情によることが大きかつたものといわざるを得ない。もつとも、参加人組合は、本件代行者会議が組織変更の趣旨説明を目的の一つにしていたことを考慮すると、B部長が一油槽所長であり、右に関しては必ずしも適任者とは考えられないA所長を司会役に るを得ない。もつとも、参加人組合は、本件代行者会議が組織変更の趣旨説明を目的の一つにしていたことを考慮すると、B部長が一油槽所長であり、右に関しては必ずしも適任者とは考えられないA所長を司会役に選んだことについては不自然な点がある旨主張するが、前掲乙第九〇、第一二〇、第一二二、第一七〇号証によればA所長は現場の油槽所長として所長実務に習熟し、組織変更の内容についても同年七月東京業務部油槽所長会議等で教育を受け、その内容を理解していたことが窺われること、その他前記三1(三)認定の本件代行者会議開催に至る経緯をも考慮すると、このことから直ちに本件代行者会議はB部長の意を受けたA所長が組合対策のために開催したものということはできない。 なお、前記三1(一)で認定のとおり、A所長は昭和四五年八月二五日参加人組合を脱退しているが、右脱退時関東地区の九名の油槽所長が油槽所長と組合員の立場が両立しないことを理由に同時に参加人組合を脱退しているのであり、右脱退が当時本社供給部プラント運営部長であつたBの意をうけたA所長の画策によることを認めるに足りる証拠はない。 (六) 出席代行者のほとんどが分会長であつたことについて前記三2で認定したところによれば、本件代行者会議開催当時出席代行者一〇名のうち六名が油槽所分会の分会長であつたことが明らかである。 しかし、前記三1(二)認定のとおり、代行者は油槽所長の権限で自由に選任しうるものであり、前掲乙第一二〇、第一二二、第一二四、第一二七、第一二九号証、証人Fの証言によれば、B部長は、A所長から確認報告書を受け取るまで本件代行者会議に出席した代行者が誰であつたか全く知らず、A所長も会議直前になつて、各油槽所長から出席する代行者の氏名の通知をうけたものであることが認められるから、本件代行者会議開催の決定時に まで本件代行者会議に出席した代行者が誰であつたか全く知らず、A所長も会議直前になつて、各油槽所長から出席する代行者の氏名の通知をうけたものであることが認められるから、本件代行者会議開催の決定時に右両名が出席代行者のうち何名が分会長であるかを把握していたとはとうていいえない。そして、前掲乙第一〇、第九四ないし第九八、第一二〇、第一二二、第一二四号証、証人Fの証言によれば、各油槽所の分会長は正式には選挙で選出される建前になつているが、大規模な油槽所ではクラークの中から選ばれ、小規模な油槽所では分会員の話合いによる推せんにより選任されるのが実情であり、他方代行者のほとんどがクラークないし当該油槽所における職員のうち経験年数の長い者の中から選ばれていることが多いことが認められることに鑑みても、代行者が分会長に選ばれることが多いことはそれなりの理由があるものということができるし、前記三2認定のとおり、出席代行者のうち新前橋油槽所の代行者は非組合員であり東京油槽所、浜松油槽所および清水油槽所の各代行者は分会長でないことをも考慮すると、本件代行者会議が出席代行者の大半が分会長であることに着目して開催されたものとは認め難い。なお、参加人組合は東京油槽所の代表者であるEは分会長ではないが業務主任であり、業務主任は組合問題につき油槽所長の主旨を理解して組合員との意思疎通をはかる任務を帯びているから、Eが分会長でないことは、本件命令が「代行者のほとんどが分会長であつたことに着目して会議を開催した」との認定の根拠を失わしめるものではない旨主張している。しかしながら、前掲乙第一〇、第一三、第五〇、第一一二、第一一三、第一七二号証によれば、Eが東京油槽所の業務主任であつたことが認められるが、業務主任は中規模以上の油槽所の中間管理職としてもうけられたものであり、 、前掲乙第一〇、第一三、第五〇、第一一二、第一一三、第一七二号証によれば、Eが東京油槽所の業務主任であつたことが認められるが、業務主任は中規模以上の油槽所の中間管理職としてもうけられたものであり、専ら参加人組合切り崩しのために配置されたものとは認め難いから、参加人組合の主張は理由がない。 2 右に検討したところによれば、本件にあらわれた全証拠によるも、本件命令がいうように、「本件代行者会議は会社が主催して、分会長らである出席者に前記確認を行わせたものと推認せざるを得ない」として参加人組合の運営に対する原告会社の支配介入行為を認定するに由なきものである。 ところで、参加人組合は、仮に組合問題に関する話合いが代行者会議の日の夕食の席で行なわれ、かつ、A所長が右話合いにおいて発言その他積極的行為をしなかつたとしても、原告会社の職制が謀議の機会を与えこれを黙認したから、なお、原告会社が支配介入の不当労働行為が成立する旨主張するので、この点について検討する。 (一) 代行者間で組合問題について話合いがなされたのは、代行者会議の日の夕食の席上であつたことは、前記三2認定のとおりである(参加人の基本的主張は代行者会議の当初から組合問題が話合われたというにあるが、初審命令および本件命令においてもこれを排斥し、右認定のとおりそれが夕食の席上でなされた旨を認定している。)。ところで、右認定したところによると、A所長は、午後五時ごろ、本日の会議は一応終了する旨の挨拶をし、その後代行者らはおもいおもいに入浴し、全員浴衣に着替えて午後六時ごろ夕食についたこと、夕食の席は各自が自由に席をとり、酒も出されたことが明らかであるから、右事実に照すと、右夕食の席が代行者会議そのものあるいはこれと同一視しうる実質をもつたものとは認め難いものである。前掲乙第九号証には「東 は各自が自由に席をとり、酒も出されたことが明らかであるから、右事実に照すと、右夕食の席が代行者会議そのものあるいはこれと同一視しうる実質をもつたものとは認め難いものである。前掲乙第九号証には「東京地区所長代行者の連絡会議を九月二三日一四時より二四日九時半まで行いました」との記載があるが、単に一泊二日の会議日程を意味するものに過ぎず、また、前記三2認定のところによると、夕食の酒の費用は原告会社が負担しているが、これをもつて夕食の席が会議そのものないしこれと同一視しうるものとはいい難い。要するに夕食の席は初対面者をも含めて代行者相互の懇親の場であり、従つて、組合問題に関する代行者間の話合いが代行者会議の席上行なわれたものと同一視することはできないものといわざるを得ない。 (二) 次に前掲乙第六八、第八〇、第九〇、第一二〇、第一二二、第一二四、第一二五、第一二七、第一二九、第一七〇号証、証人Iの証言によると、A所長は原告会社の組織上東京地区業務部管轄下の一油槽所の現場管理者にすぎず(同人の勤務する田子の浦油槽所は東京地区内の油槽所の中では規模においても中の上に位する程度にすぎない。)、もとより、代行者会議に出席した代行者に関しては、同人の勤務する田子の浦油槽所の代行者を除き人事権等のいかなる監督権をも有するものではなかつたことが認められる。また、本件においては、A所長が急遽B部長の代理として代行者会議を司会したことにより、各代行者を業務上監督し支配する地位に立つたものと認定する特段の事情も見出し難い。しかも同人の役割は会議終了により消滅するのであるから、A所長は、出席した代行者との関係では、原告会社のいわゆる利益代表者と認めることはできない。従つて、同人が話合いに同席した行為を目して参加人組合の運営等に干渉する実質をもつた行為とはいい難い( から、A所長は、出席した代行者との関係では、原告会社のいわゆる利益代表者と認めることはできない。従つて、同人が話合いに同席した行為を目して参加人組合の運営等に干渉する実質をもつた行為とはいい難い(因に前記三2に認定したとおり、A所長はこの間議論には参加していなかつたのであり、もとより同人が組合問題を話題にするように指示又は示唆したものと認むべき証拠はない。)。 (三) ところで、本件において、A所長は、代行者間で組合問題が話題になつた際これを不適当として制止したり中止を命じたりすることはなかつたことが明らかである。しかしながら、代行者会議とは異なる夕食時のくつろいだ酒食の席で出た話題につき、原告会社の利益代表者とは異なるA所長に右話合いを中止させる義務があつたとはいい難いが、仮にA所長がなんらかの意図であえて組合問題に関する話合いを制止せずに容認していたとしても、前記三2認定のとおり、A所長から確認報告書の送付を受けたB部長が直ちにA所長に対し確認報告書作成の事情を問い質して叱責するとともに、参加人組合に誤解を与えることを懸念して直ちに各油槽所長に送付された確認報告書の回収、破棄を指示している事実に照せば、右A所長の行為を原告会社に結び付け、原告会社に不当労働行為(支配介人)が成立したものとすることはできない。 3 以上述べたところによれば、本件は賃上げの配分、ストライキ補填金の負担等に不満をいだく中高年の油槽所勤務の現業組合員の執行部批判が、そのようなこととはかかわりなく開催された油槽所長代行者会議後の夕食時の懇親の席上で自然発生的に表面化したに過ぎないものと認めるのが相当である。 もとより、多数の構成員をようする組合の執行部に対し組合員すべてが同程度に満足するような闘争成果を期待すること自体は無理があり、職種、年令、賃金等額各人 したに過ぎないものと認めるのが相当である。 もとより、多数の構成員をようする組合の執行部に対し組合員すべてが同程度に満足するような闘争成果を期待すること自体は無理があり、職種、年令、賃金等額各人の個別事情に応じ組合員にもたらす利益に差が生ずることは否めないところである。そして、前掲丙第三、第四、第六、第七号証、第一〇ないし第一二号証、証人Iの証言によれば、参加人組合としても現業組合員のためそれなりの活動をしていることが認められる。 しかし、組合員による組合執行部批判は法により禁ぜられるところではなく、その手段方法において組合規約にふれるところがあれば組合の統制権による制裁の問題が生じ、不法行為等に関する民事法規、名誉毀損等の刑事法規にふれるところがあればそれぞれ民事上、刑事上の責任を問われることがあるに過ぎない。そして、そのいずれの場合であつても、使用者の意図と無関係に当該組合員の自発的意思によつてなされる限り、たとい結果として組合に打撃を与えることになつたとしても、それを組合運営に対する批判と受けとめる余地こそあれ、使用者による不当労働行為(支配介入)を論ずる余地のないことはいうまでもないところである。 本件代行者会議終了後の夕食の席における代行者らの組合問題に関する言動は、たかだか賃上げに頼る以外さして将来性のない中高年の現業組合員が、実感として、参加人組合執行部の闘争方針を自分達の意向を反映しないものと受止めたうえでなした執行部批判と認めることができるのであるからそのような批判が当つているか否かは別として、それは代行者らの自発的意思に基づくものと認めざるを得ないのである。 五結論してみると、本件命令は、原告会社が代行者会議を主催しその夕食の席上で組合問題が話し合われたことをもつて不当労働行為であるとした初審命令の判断を相当 づくものと認めざるを得ないのである。 五結論してみると、本件命令は、原告会社が代行者会議を主催しその夕食の席上で組合問題が話し合われたことをもつて不当労働行為であるとした初審命令の判断を相当として是認し、原告会社の再審査の申立てを棄却しているから、違法として取消しを免れない。 よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官松野嘉貞吉本徹也牧弘二)(別紙)命令書中労委昭和四九年(不再)第五五号昭和五二年五月六日命令再審査申立人シエル石油株式会社再審査被申立人全石油シエル労働組合 主文 1 本件再審査申立てを棄却する。 2 初審命令主文第一項記中「関東地区油槽所長代行者会議」とあるのを「東京地区油槽所長代行者会議」に改める。 理由 第一当委員会の認定した事実 1 当事者等(1) 再審査申立人シエル石油株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、全国各地に支店、油槽所等を有して、石油製品の販売等を業とする会社であり、その従業員数は約二、四〇〇名であつて、シエル興産等関連会社数社を含めると約二、八〇〇名である。 (2) 再審査被申立人全石油シエル労働組合(以下「組合」という。)は、会社及び関連会社数社に勤務する従業員で組織され、その組合員数は昭和四七年七月当時一、七四〇名であつたが、初審結審時には一、一四六名であり、組合の下部組織として関東地区の油槽所従業員等により組織される東京支部等全国に一七支部がある。 (3) なお、会社の従業員は、昭和四七年九月六日、組合とは別にシエル従業員組合(以下「従組」という。)を結成し、従組の組合員数は初審結審時約三六〇名であ 織される東京支部等全国に一七支部がある。 (3) なお、会社の従業員は、昭和四七年九月六日、組合とは別にシエル従業員組合(以下「従組」という。)を結成し、従組の組合員数は初審結審時約三六〇名であつた。 2 昭和四五年以降の労使関係(1) 組合は、昭和四五年春闘において、四月下旬から五月上旬にかけ一九年ぶりに二波のストを実施した。この時期は例年会社の出荷量が多くなるのであるが、同年はストにより出荷ができなくなつたため、特約店から油槽所に苦情や抗議がなされたりした。 (2) 同年八月二五日、二六日に東日本地区油槽所長会議が仙台市内のホテルで開催されたが、関東地区の各油槽所長ら(いずれも組合員)は、八月二四日仙台市内の栗原旅館に集まり、午後六時三〇分頃から九時三〇分頃まで話合いをもつた。 この夜の話合いで所長らは、ストの際の顧客との関係から油槽所長の立場と組合員の立場とは両立できないのではないかということで意見が一致した。しかし、組合を脱退することにより各油槽所内で所長が孤立することにならないか等の疑問も出されて意見がまとまらず、翌朝もう一度話合うこととした。そして、翌二五日朝の話合いで、出席した一〇名の油槽所長は組合を脱退することで意見が一致し、その場で「我々は油槽所長在任中は監督者の立場上組合を脱退致し度く、右御届け致します」とする一〇名連署の脱退届を作成し、この脱退届は後日組合に送付された。 (3) 昭和四六年春闘において組合は、第一波として四月二三日に一時間の時限スト、第二波は前段として同月三〇日午後の半日スト、後段として五月四日に本社等の全日スト、第三波として五月六日から一二日まで本社コンピユーター部門等の拠点ストを行い、また、四月二二日から五月一九日まで事務部門の時間外拒否、休日出勤拒否闘争を実施し、同年賃上げ交渉は五月一九日に妥 日スト、第三波として五月六日から一二日まで本社コンピユーター部門等の拠点ストを行い、また、四月二二日から五月一九日まで事務部門の時間外拒否、休日出勤拒否闘争を実施し、同年賃上げ交渉は五月一九日に妥結した。 この闘争において組合内部では、油槽所に勤務する現業の組合員から賃上げ配分等について中央執行委員会の方針に反対する声があり、規模の小さい油槽所では第一波ストに不参加のところもあり、さらに清水油槽所分会(以下「清水分会」という。)等は組合を脱退した。 3 本件代行者会議の開催について(1) 会社の油槽所は全国に約四〇カ所あり、本社供給部あるいはプラント運営部に所属していたが、昭和四六年四月一日供給業務部門の組織変更が行われて、本社業務本部の下に東京地区等五ブロツクに業務部が置かれて、油槽所は地区業務部に所属することとなつた(横浜油槽所は本社業務本部直轄)。また、この組織変更に伴い油槽所長には、従来の油槽所の運営管理のほかにロータリーの運営管理、品物の配給の職務も付加された。 油槽所は、所長のみのところから所員二〇名位のところもあり、大規模油槽所には所長を補佐するクラークがおかれていた。そして所長が出張、休暇等の場合には所長業務を処理するために代行者がおかれ、クラークのいる油槽所には近隣の油槽所あるいは本社から代行者が派遣されていた。しかし、会社は油槽所の取扱量の増加等から派遣代行者では業務処理が充分できないこともあつて、昭和四五年秋頃より派遣代行者をやめて各油槽所内で代行者を任命するよう指導し、昭和四六年九月頃の東京業務部管内の油槽所においては、代行者が派遣されることはなくなつた。 (2) 会社は、昭和四六年七月、従来一部の地区で自主的に開かれていた油槽所長懇談会を制度化することとし、各地区業務部長あてに、「本年春闘前、全国の油槽所長 は、代行者が派遣されることはなくなつた。 (2) 会社は、昭和四六年七月、従来一部の地区で自主的に開かれていた油槽所長懇談会を制度化することとし、各地区業務部長あてに、「本年春闘前、全国の油槽所長が組合を脱退しましたので、組合に代わる組織として懇談会を持つことが、是非共必要である」との文書及び油槽所長懇談会規約を送付し、その出席にあたつては、出張旅費規程を適用して交通費等を支給することとした。 (3) 東京地区では、同年九月五日、六日の両日、栃木県川治温泉で第一回油槽所長懇談会が開催され、東京地区業務部長Bも出席した。その席上で田子の浦油槽所長Aは、各油槽所の代行者を集めて、代行者同士の交流や勉強の機会をもつことが必要であると提案し、出席者の賛同を得て、B部長に要請した。同部長はかねがね派遣代行者をやめて各油槽所に代行者を置くよう指導していたこともあり、代行者の育成と自覚を高める機会の必要性を感じていたこともあつて、即座に代行者会議の開催を了承し、その世話役として宇都宮油槽所長Jを指名し、早速その準備にあたるよう指示した。 (4) 所長懇談会後、代行者会議の開催場所が横浜市内の田中家旅館となつたため、世話役もJ所長からA所長に変更になつた。そこでA所長は、九月中旬、世話役として九月二三日、二四日両日に田中家旅館で代行者会議を開催する旨各油槽所長に電話で連絡し田中家旅館までの地図と集合時間の案内状を送付したが、議題等会議の内容は連絡しなかつた。 (5) 代行者会議は九月二三日午後三時頃から、東京地区の油槽所(東京、清水、田子の浦、新前橋、松本、浜松、甲府、宇都宮、長野、水戸)の代行者一〇名とA所長が出席して開催された。A所長を除く出席者のうち新前橋油槽所のLが非組合員であるほか全員組合員であり、東京油槽所のEは昭和四三年三月まで組合中央執 、甲府、宇都宮、長野、水戸)の代行者一〇名とA所長が出席して開催された。A所長を除く出席者のうち新前橋油槽所のLが非組合員であるほか全員組合員であり、東京油槽所のEは昭和四三年三月まで組合中央執行副委員長をしていた組合活動家であり、他の八名のうち七名は各油槽所分会の分会長であつた。 この代行者会議は、東京地区業務部長であるBが主催したものであり、同人も出席を予定していたが一〇月一日付で横浜油槽所長に転出することとなり、事務引継等多忙であつたため欠席し、世話役のA所長がB部長の代役をつとめることになつた。 会議では、まずA所長が、「午後五時頃まで討議を進めて、六時頃から夕食とし、翌日朝食後に解散する」旨及びB部長が欠席する旨連絡して議事に入つた。そしてA所長から、同年四月に行われた供給業務部門における組織変更の趣旨や公害対策等が説明され、その後約一時間にわたり自由討議が行われ、給与についての意見等が話合われた。 午後六時頃から夕食となり、酒も出された席上で、清水分会の組合脱退が話題となり、ひいては組合問題についての話合いが午後八時すぎ頃まで行われたが、A所長は終始同席していた。この席の話合いは後記(6)のA所長の報告によれば、「今後組合運動で現執行体制を正しい方向へ転換させることは大変むづかしいが、支店内の同調者と協力し、東京地区の油槽所(分会)が同一歩調をとり、支部執を通じ中執と対決して行く様にする。1略。2全分会の意志を統一する為東京分会が中心となり……。3現在組合を脱退して居る人には今後全分会が共同歩調をとりたいので、一応組合へもどる様分会内部で説得する。清水分会については、……説得の為オルグする。以上の事がらを全分会が努力し正常化につとめても目的が達せられなかつた場合、全分会員が組合を脱退もやむを得ず。」という内容であつた る様分会内部で説得する。清水分会については、……説得の為オルグする。以上の事がらを全分会が努力し正常化につとめても目的が達せられなかつた場合、全分会員が組合を脱退もやむを得ず。」という内容であつた。 なお、出席者には出張旅費規定により交通費等が支給され、夕食の酒の費用は東京地区業務部が負担している。 (6) A所長は、九月二五日付で、「油槽所長代行者会議」と題し、「部長御了解のもとに東京地区所長代行者の連絡会議を九月二三日一四時より二四日九時半迄行いましたが、出席者全員の確認事項下記の通りです御報告致します」として上記(5)の内容を「確認事項」としてB部長及び東京地区の各油槽所長あてに報告した。 この報告書を受け取つたB部長は、直ちにA所長に電話で、報告書記載の話合いがなされたことを確認し、報告書は破棄すること、各油槽所長あてに送付した報告書は回収することを命じた。このためA所長は、報告書を破棄し、各油槽所長にも破棄してもらいたい旨連絡した。 (7) なお、この当時東京地区以外の地区で油槽所長代行者による会議が開催されたことはなく、本件代行者会議以後、代行者会議が開催されたことはない。 4 本件代行者会議以降の労使関係(1) 清水分会は、昭和四六年一二月一日付で組合に復帰を申入れ、翌四七年三月五日の東京支部大会で同分会の復帰が認められた。 (2) 昭和四七年春闘で組合は、四月二四日に第一波の一時間の時限スト、四月二八日に第二波の全日ストを実施したが、第三波ストはスト権投票の結果四一・五%の賛成しか得られず、スト権は確立しなかつた。この間第一波において清水分会はスト指令を返上して分会員は就労し、横浜支部(横浜油槽所の従業員で組織されている。)は時限ストには参加したものの付随する時間外拒否は実施せず、第二波において清水分会、東京油槽所分会 おいて清水分会はスト指令を返上して分会員は就労し、横浜支部(横浜油槽所の従業員で組織されている。)は時限ストには参加したものの付随する時間外拒否は実施せず、第二波において清水分会、東京油槽所分会等はスト指令を返上して分会員は就労し、横浜支部は午後からのみの半日ストを実施した。また清水分会(四月二六日付)、田子の浦油槽所分会(四月二七日付)、宇都宮油槽所分会(五月二日付)はそれぞれスト反対の決議文を出した。 (3) 昭和四七年八月一五日、横浜支部の組合員数名は、組合を脱退し、新組合結成準備会の発起人となつた。 組合は八月三一日、同年春闘においてスト指令を返上し、就労したことは「統制違反と組織の統一を乱す行為」であるとして、横浜支部の三名を除名処分とし、田子の浦油槽所分会一名及び清水分会一名を三カ月の権利停止処分とし、上記準備会発起人一〇名に対して脱退ならびに発起人となつたことを撤回しなければ除名処分とする旨通知した。 上記発起人らは、九月六日、従組を結成し、この前後を通じて各油槽所分会から脱退者が相次ぎ、同人らは従組に加入した。会社は九月一二日付の「団交ニユース」に、従組が結成されたこと並びに同日の従組との団交で従組が結成の趣旨として「現シエル労組の組合活動に対する基本的姿勢を批判し、このような労組にはもはや従うことはできず、組合組織を分裂することは誠に不本意であるが、ここに新組合を結成するに至つた」と説明した旨記載し、この団交ニユースを全従業員に配付した。 (4) 会社は、本件代行者会議以降、代行者の教育、研修を行うことを検討していたが、昭和四八年七月二二日、二三日に福岡地区で自主的に「クラーク研究会」という名称でクラークに対する教育、研修を行つたためもあつて、同年一一月に至り「クラーク研修会」を制度化した。その後、クラーク研修会 昭和四八年七月二二日、二三日に福岡地区で自主的に「クラーク研究会」という名称でクラークに対する教育、研修を行つたためもあつて、同年一一月に至り「クラーク研修会」を制度化した。その後、クラーク研修会は、各地区ごとに年一~二回程度、一~二日の期間にわたり支店会議室あるいは会社研修所で開催されている。 以上の事実が認められる。 第二当委員会の判断会社は、本件代行者会議において組合との対決、組合からの脱退について討議し、確認したことを会社の責任であるとした初審判断を争い、(1)代行者会議は業務上の必要性から開催したものであつて、会議終了後の夕食の席において、代行者間で自由な雰囲気の下に組合問題が話し合われ、これをA所長が聞いていたに過ぎないのであるから、これをもつて不当労働行為といわれる筋合いのものではない。また、(2)A所長の報告書については、これを受けたB部長が組合の誤解を招くことを事前に防止するため直ちに破棄回収を命じているのであるから、この点からも不当労働行為といわれることは当を得ないと主張する。 しかしながら、本件代行者会議を開催した経緯をみると、(1)会社は、代行者会議の主目的が組織変更について代行者にも周知徹底をはかる必要があつたというが、それにしては東京地区以外では開催されていないこと、(2)会議の議題・内容については、出席者に事前に連絡がなされていなかつたこと、(3)組織変更問題についての予定時間は二時間程度であるにもかかわらず、会議の日程を祝日を含めた一泊二日としていること、(4)会議終了後A所長は文書により前記第一の3の(6)認定のような確認がなされたことをB部長ならびに各油槽所長あて報告していること、(5)前記第一の2認定のとおり代行者会議が開催された時期は、労使間における対立が激化し、前年には所長懇談会の際に所 6)認定のような確認がなされたことをB部長ならびに各油槽所長あて報告していること、(5)前記第一の2認定のとおり代行者会議が開催された時期は、労使間における対立が激化し、前年には所長懇談会の際に所長全員が組合を脱退したこと、しかも当日B部長の代理として会議を司会したのは、組合を脱退したA所長であつたこと、(6)当日出席を命じられた代行者のほとんどが組合油槽所分会の分会長であつたこと等を併せ考えると、本件代行者会議は、会社が組織変更の周知徹底を図るとの名の下に、現業部門の組合員に執行部に批判的な動きがあり、かつ、東京地区の油槽所においては八名の分会長が代行者であることに着目して開催したものといわざるを得ない。 したがつて、本件代行者会議は会社が主催して、分会長らである出席者に前記確認を行わせたものと推認せざるを得ず、会社のこのような行為は、組合の運営に対する支配介入行為というべく、これを不当労働行為とした初審判断は相当である。 以上のとおり、本件再審査申立てには理由がない。 なお、初審命令主文の記中「関東地区油槽所長代行者会議」は「東京地区油槽所長代行者会議」であるから、初審命令主文を主文のとおり改めることとした。 よつて、労働組合法第二五条、同第二七条及び労働委員会規則第五五条を適用して主文のとおり命令する。

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