平成19(わ)952 窃盗未遂

裁判年月日・裁判所
平成20年2月8日 神戸地方裁判所
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判決文本文7,125 文字)

平成20年2月8日宣告窃盗未遂被告事件主文被告人を懲役1年に処する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 押収してある網戸バール(青色の柄)1本(平成19年押第18号の2)及びフスマバール1本(同押号の4)を没収する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成19年8月6日午後9時40分ころから同50分ころまでの間,神戸市a区b町c丁目所在のA公園内駐車場において,設置されていたB株式会社神戸営業所所長Cが管理する清涼飲料水の自動販売機内から千円札紙幣を窃取しようと企て,所携の網戸バール(平成19年押第18号の2)やフスマバール(同押号の4)等で同販売機の紙幣挿入口をこじ開けたが,通行人の通報により駆けつけた警察官に逮捕されたため,その目的を遂げなかったものである。 (証拠の標目)(省略)(事実認定の補足説明) 被告人は,判示の自動販売機の千円札挿入口をこじ開けて損壊したという外形的事実は認めているものの,自動販売機内から千円札を窃取するつもりはなく,その紙幣挿入口を調べていただけである旨を述べ,弁護人は,被告人の供述に依拠して,被告人は,自動販売機の構造を調査していたに過ぎず,焦りと飲酒の影響から自動販売機を損壊してしまったが,内部にある千円札を取得するつもりはなかったから,窃盗の故意及び不法領得の意思を欠き,無罪であると主張するので,以下検討する。 被告人の公判供述のほか,末尾記載の関係証拠等によれば,以下の事実が認められる。 (1)被告人は,本件当時,D警察署E係に所属し,F交番で勤務する警察官であったが,平成19年8月2日,同交番の管内で,自動販売機から千円札が窃取される事件が複数件発生しており,その手口が,千円札で清涼飲料水を買って釣り銭切れにした後,紙幣挿入 F交番で勤務する警察官であったが,平成19年8月2日,同交番の管内で,自動販売機から千円札が窃取される事件が複数件発生しており,その手口が,千円札で清涼飲料水を買って釣り銭切れにした後,紙幣挿入口を壊して自動販売機内にある千円札を窃取するというものであることなどを被害会社の従業員や上司の警察官から聞いて知った(証人G及び同Hの各公判供述,検甲17,19〔いずれも不同意部分を。 除く,乙3号証)〕(2)被告人は,本件当日昼過ぎ,Iで,一方の先端が平らで広く,もう一方の先端が細くて二股に分かれた金属製のフスマバールを購入した(検甲6,9,。 13,乙3号証)(3)被告人は,同月6日午後6時ころから神戸市a区内で開かれた殺人死体遺棄事件の捜査関係者の慰労会に参加したが,自宅を出る際に,前記フスマバール,先端がほぼ直角に曲がって細く尖ったドライバー様の網戸バール,先端が二股に分かれたドライバー様の釘抜き,先端が細くなったラジオペンチを鞄内に入れて所持して行った(検甲5,9,13号証)。 (4)被告人は,前記慰労会が終わった後,A公園に行き,判示の日時場所において,同所に設置されていた清涼飲料水の自動販売機に6回にわたり千円札と十円硬貨2枚を挿入して,単価120円の清涼飲料水6本とそれぞれの釣り銭の硬貨(十円硬貨以外)合計5400円を取得した(検甲14,47号証)。 (5)被告人は,前記自動販売機の千円札挿入口を所携の前記工具類を使ってこじ開け,同挿入口は,大きく損壊され,プラスチック製のカバーは破損して本体から引きちぎれ,自動販売機内の金属製の千円札紙幣挿入口部品(ビルバリデータ)はくの字に曲がって破損し,その表面に多数の傷跡がある(検甲3,。 5号証,押収してある清涼飲料水自動販売機紙幣挿入口の部品3点〔平成19 動販売機内の金属製の千円札紙幣挿入口部品(ビルバリデータ)はくの字に曲がって破損し,その表面に多数の傷跡がある(検甲3,。 5号証,押収してある清涼飲料水自動販売機紙幣挿入口の部品3点〔平成19年押第18号の3,同清涼飲料水自動販売機の千円札紙幣挿入口部品(ビルバ〕リデータ)1個〔同押号の5)〕(6)自動販売機前で不審な行動をしている被告人を見つけたJは,110番通報し,これに応じて警察官がパトカーで現場に来た。被告人は,これに気付いて現場から逃走したが,追いついた警察官に窃盗未遂の現行犯人として逮捕された(証人K及び同Lの各公判供述,検甲1,17号証〔いずれも不同意部分。 を除く)〕(7)被告人は,妻に内緒で消費者金融会社等から借金しており,本件当時のその負債額は約437万円,毎月の返済額は約9万7000円であり,負債の内訳は,M信用組合が99万9655円(平成19年8月10日現在,N株式)会社(Oカード分)が87万9413円(前同。ただし,平成19年5月22日強制解約,株式会社Pが199万9614円(平成19年7月23日現在,))Q株式会社が49万9000円(前同)となっていた(検甲23,37号証。 。 )(8)被告人の本件直前の借入状況は,次のとおりである。すなわち,M信用組合の借入限度額は100万円であるが,同組合から同年8月3日1万円,同月4日5000円(同日現在の通帳残高はマイナス99万9655円,N株式)会社(Rカード分)から同年7月10日1万円,株式会社Pの借入限度額は200万円と推認されるが,同社から同月18日2万円,同月23日3000円(同日現在の元金残高は199万9614円,Q株式会社の借入限度額は50)万円と推認されるが,同社から同日6000円(同日現在の借入残 推認されるが,同社から同月18日2万円,同月23日3000円(同日現在の元金残高は199万9614円,Q株式会社の借入限度額は50)万円と推認されるが,同社から同日6000円(同日現在の借入残高は49万9106円)である(検甲33,37,40,44号証)。 被告人は,平成19年8月2日に上司等から前記2(1)のとおりの事情を聞き,自動販売機荒らしが次に狙う機械を特定し,張込みをして犯人を逮捕するために,自動販売機の千円札挿入口の構造を調べて,それが狙われる機械かどうかを確かめるために,工具類を用いて千円札挿入口の奥の方を調べていたが,酔っていたためもあって,力が入り過ぎて壊してしまったのであり,中にある千円札を窃取するつもりはなかったと弁解している。しかし,被告人のこの弁解は,信用することができない。 まず,自動販売機の千円札挿入口の構造を調べるというのであれば,業者に連絡をとって,業者立会いの上で自動販売機の扉を開けて中の部品の構造等を調査すればよく,深夜に一人で調査するということ自体がそもそも不自然である上,前記2(5)で認定したとおり,本件自動販売機の千円札挿入口は,そのカバー等が壊されて,金属板部分にも相当強い力が加えられて破壊され,内部の千円札を受け入れる金属製の部品(ビルバリデータ)はくの字に曲がっていて,これにも相当強い力が加えられたことが明らかであり,被告人が言うような,壊そうと思っていないのに,つい力が入り過ぎて壊してしまったという状態とみることはできず,本件自動販売機の千円札挿入口部分の内外の破損状態は,その構造を調査するという被告人の弁解とは整合しない。 次に,前記2(4)で認定したとおり,被告人は,6本の清涼飲料水を購入するに際して,千円札と十円硬貨2枚を挿入して釣り銭として合計5400円を硬貨で取 を調査するという被告人の弁解とは整合しない。 次に,前記2(4)で認定したとおり,被告人は,6本の清涼飲料水を購入するに際して,千円札と十円硬貨2枚を挿入して釣り銭として合計5400円を硬貨で取得しているが,千円札挿入口を調査するだけであれば,わざわざ千円札を6枚も使用しなくても,千円札を挿入してその引き込まれ方を見た上で,返却レバーを押して入れた千円札を取り戻すという方法をとればいいのであって,被告人が実際にとった方法は,調査目的としては不自然であり,かえって,釣り銭を取得した上で取り込まれた千円札を後で窃取しようとの意図を有している場合と整合するものといえる。被告人は,返却レバーを押して入れた千円札を取り戻すという方法は思いつかなかったというが,清涼飲料水や釣り銭が必要でなく,千円札の奥への引き込まれ方を見るというだけであれば,そのような方法を思いつかないとは考え難い。 さらに,前記2(7)の事実からすると,被告人が妻に内緒で借入をしていた先は,M信用組合,N株式会社,株式会社P及びQ株式会社の4者であると認められるところ,同(8)の事実からすると,各借入先からの借入額は,いずれもほぼ借入限度額いっぱいになっており,どの借入先からも1000円すら借り入れることができない状態になっていたものと認められる。そして,被告人は,M信用組合から同月3日に1万円を,同月4日に5000円を借り入れており,本件当時の所持金が1万円程度であったことからすれば,当時,数千円の金銭にも窮していたものと推認できる。そのような折りに,前記2(1)のとおり,上司等からF交番の管内で,千円札で清涼飲料水を買って釣り銭切れにした後,紙幣挿入口を壊して自動販売機内にある千円札を窃取するという手口の自動販売機荒らしが複数件発生していることを聞いた被告人が同様の手口 らF交番の管内で,千円札で清涼飲料水を買って釣り銭切れにした後,紙幣挿入口を壊して自動販売機内にある千円札を窃取するという手口の自動販売機荒らしが複数件発生していることを聞いた被告人が同様の手口での窃盗を思い立ったとしても,必ずしも不自然であるとはいえない。前記2(2)の事実につき,被告人は,ペンキ落としのためにフスマバールを購入したというが,それを含め,被告人が所持していた工具類は,自動販売機の千円札挿入口を壊して,中にある千円札を窃取するのに役立つものであることは明らかであって,それらの工具類を事前に準備している点も窃盗の犯意をそれなりに推認させるものである。 また,被告人は,現場に来た警察官に声をかけられて,それが同僚の警察官であると分かったのに逃げ出しているが,自動販売機から千円札を窃取するつもりがなく,千円札挿入口の調査をしていただけであって,何もやましいことはないと考えていたのであれば,逃げればかえって怪しまれるのであるから,逃げずにその場で説明をするという態度に出るのが自然であると思われるのに,被告人は,そうはしていない。 弁護人は,①被告人には,当時,解約返戻金の範囲で借入可能な生命保険契約の契約者貸付を利用することができ,これにより約30万円の借入が可能であったから窃盗をする動機がない,②本件当時,本件現場であるA公園は,よう撃捜査の対象として重点的に警らが行われる地域であったから,それを認識している被告人が本件窃盗を行うはずがない,③被告人に窃盗目的があれば,周囲の者に気付かれないような場所で,気付かれないような態様で行動するのが自然であるが,被告人は,周囲から容易に目につき,人気のある場所に設置された本件自動販売機の前で,およそ周囲の者に気付かれないよう気を配っているとは思えない態様で行動しているのであって 行動するのが自然であるが,被告人は,周囲から容易に目につき,人気のある場所に設置された本件自動販売機の前で,およそ周囲の者に気付かれないよう気を配っているとは思えない態様で行動しているのであって,被告人に窃盗目的があったとは考えられない,④被告人は,逃走するための準備行為をしておらず,手袋を着用するなど容易に思いつくはずの証拠採取に対する用意もしていない,⑤約39年間まじめに勤務してきた警察官である被告人が,定年をまじかに控え,大過なく勤め上げれば退職金約3000万円が入手できる反面,窃盗で捕まれば懲戒免職処分となることが分かっているのにわずか数千円のために窃盗をするはずがないなどと主張する。 ①の点については,検甲42号証及び弁8号証によれば,被告人は,S株式会社の保険に加入しており,平成19年8月13日時点の貸付残高が58万円余りであって,同年9月7日解約時点で,解約返戻金等の合計額88万円余りとの差額29万円余りが存在しているから,本件当時,その差額に近い金額について貸付を受けることは可能であったものと認められる。しかし,検甲42号証によれば,同保険による借入は,平成15年2月に10万円を借り入れたのを最初に,最後の平成18年6月の3105円の借入までの間多数回にわたって借入がされているが,それ以降の借入はないのに対し,M信用組合(検甲33号証,N株式会社)(Rカード分。Oカードは平成19年5月22日強制解約,株式会社P(検甲)40号証)及びQ株式会社(検甲44号証)の4者からは,平成18年6月以降も本件当時に至るまで,数万円から数千円という比較的少額の金員の多数回の借入と返済を繰り返しており,これからすると,前記保険による貸付は,平成18年6月以降は,妻に内緒で簡単には行えないような状況になったのではないかと推認でき ら数千円という比較的少額の金員の多数回の借入と返済を繰り返しており,これからすると,前記保険による貸付は,平成18年6月以降は,妻に内緒で簡単には行えないような状況になったのではないかと推認でき,前記保険による貸付が可能であったから,被告人には本件窃盗に及ぶ動機がないとはいえない。②の点は,本件当時,本件現場であるA公園がよう撃捜査の対象として重点的に警らが行われる地域であったというのはそのとおりであるが,証人Lの公判供述等によれば,重点的に警らをする時間帯は午後11時から午前5時くらいまでの間であると認められるから,その時間帯の前であれば,本件犯行に及んだとしても格別不自然ではなく,また,被告人は,次に狙われるのは当該地域の自動販売機の可能性があると聞いていたのであるから,すでに複数件発生していた自動販売機荒らしと同じ手口で行えば,同一犯の犯行と思われるだろうと考えた本件に及ぶことは十分考えられる。③の点は,本件当時の時刻や本件自動販売機の設置場所等に照らし,それが周囲から容易に目につき,人気のある場所に設置されていたとはいえないし,夜は明かりのついている本件自動販売機から千円札を窃取しようとする場合は,当然その前で何らかの作業をすることになるのであるから,周囲の者に気付かれないような態様をとることが困難であり,この点は,被告人に窃盗の目的があったことと矛盾するものではない。④の点は,逃走するための準備をしておらず,手袋を着用するなど指紋が残らないような配慮をしていないのはそのとおりであるが,逃走するための準備をしていなかったからといって窃盗の目的がないとはいえないし,指紋が残ったとしても,現場を押さえられない限り,後日,警察官である被告人が犯人であると疑われることはなく,遺留指紋と被告人の指紋が対照されることはないから,手袋を着 窃盗の目的がないとはいえないし,指紋が残ったとしても,現場を押さえられない限り,後日,警察官である被告人が犯人であると疑われることはなく,遺留指紋と被告人の指紋が対照されることはないから,手袋を着用するなど指紋が残らないような配慮をしていなかったとしても不合理ではない。 ⑤の点は,一般的にはそのように考えられるが,数千円の金銭にも窮していた被告人が,捕まらないだろうと思って本件犯行に及ぶことがあり得ないことではない。弁護人の主張は,いずれも採用の限りでない。 以上のとおり,本件証拠上,被告人は自動販売機内の千円札を窃取しようと考えて判示の犯行に及んだものと十分推認することができ,被告人に,千円札を窃取する故意及び不法領得の意思が認められる。 (法令の適用)罰条刑法243条,235条刑種の選択懲役刑刑の執行猶予刑法25条1項没収刑法19条1項2号,2項本文(判示窃盗未遂の用に供した物で被告人以外の者に属しない)。 訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項本文(量刑の理由)被告人は,本件当時,現職の警察官であって,犯罪を防止すべき立場にありながら,数千円の金銭を得ようとして計画的に判示犯行に及んだものであって,動機に酌むべき点はまったくなく,態様は,窃盗のための道具を自宅から準備した上,相当に力を加えて千円札挿入部の部品やその周辺部を執拗に壊して千円札を窃取しようとしており悪質であること,住民の警察官に対する信頼一般を低下させ,地域住民に与えた衝撃も大きいことなどに照らすと,その刑事責任は,相当重い。 他方,懲戒処分を受けてそれなりに社会的制裁を受けたといえること,損壊した部品等の修理費用を支払っていることなどの事情が認められる。 以上の諸事情を総合考慮し,主文のとおり判決する。 (求刑懲役1年6月,ふすまバール及び網 れなりに社会的制裁を受けたといえること,損壊した部品等の修理費用を支払っていることなどの事情が認められる。 以上の諸事情を総合考慮し,主文のとおり判決する。 (求刑懲役1年6月,ふすまバール及び網戸バール各1本の没収)(私選弁護人羽田由可[主任,鈴木亮)]平成20年2月8日神戸地方裁判所第2刑事部裁判官佐野哲生

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