- 1 - 令和5年3月17日宣告平成30年第4093号傷害被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実の要旨及び本件の争点等 1 本件公訴事実の要旨本件公訴事実の要旨は、被告人は、平成29年11月13日(以下「本件当日」という。)午後8時30分頃から同日午後8時59分頃までの間に、大阪市a区bc丁目d番e号当時の被告人方において、その実子であるA(当時生後2か月の男児。)に対し、何らかの方法により、Aの頭部に衝撃を与える暴行を加え、よって、Aに全治不詳の急性硬膜下血腫等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負わせたというものである。 なお、検察官は、本件公訴事実に含まれる傷害結果について、公判前整理手続において、急性硬膜下血腫及び両眼底出血以外は明示しないと釈明した。 2 本件の争点本件において、Aが本件傷害を負ったこと、本件傷害の原因が被告人以外の第三者によるものではないことに争いはなく、関係証拠により認められる。 本件の争点は、被告人がAに不法な有形力の行使としての暴行を加えたか否かである。すなわち、検察官は、本件は虐待としての暴行であり、本件傷害は激しい揺さぶりなどの外力が加えられたことが原因であると主張し、他方、弁護人は、事件性を争い、本件傷害はAの容態が急変して被告人が慌ててAの背中を叩いた比較的軽微な外力により生じた可能性があり、本件傷害結果から激しい揺さぶりなどの暴行は推認できないと主張する(以下、外力に関する争点を「争点1」という。)。 さらに、弁護人は、本件当時、Aは感染症により心筋炎を発症していた可能 - 2 - 性があり、心筋炎等がAの容態を急変させ、あるいは、心筋炎等がAの先天性グリコシル化異常症による血液凝固機能の異常を 人は、本件当時、Aは感染症により心筋炎を発症していた可能 - 2 - 性があり、心筋炎等がAの容態を急変させ、あるいは、心筋炎等がAの先天性グリコシル化異常症による血液凝固機能の異常を生じさせ、それゆえに、比較的軽微な外力によって本件傷害が生じた可能性があると主張し、他方、検察官は、Aに本件傷害の原因となり得るような血液凝固機能の異常はなかったと主張する(以下、血液凝固異常に関する争点を「争点2」という。)。 3 本件公判審理での医師の証人尋問当裁判所は、争点1、2の判断のため、専門家である医師8名(検察官請求5名、弁護人請求3名)の証人尋問を実施した。具体的には、検察官請求として、①Aが本件直後に救急搬送されたfセンターで主治医等として対応したB医師、②脳神経外科を専門とするC医師、③眼科を専門とするD医師、④小児循環器を専門とするE医師、⑤小児の血液・腫瘍内科を専門とするF医師、弁護人請求として、⑥Aが本件後に受診したgセンター遺伝診療科のG医師、⑦小児循環器を専門とするH医師、⑧Aが本件後に受診したh大学小児脳神経外科のI医師の各証人尋問を行った。 第2 当裁判所の判断 1 前提事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 本件当日に至るまでの主な経過ア平成29年(以下、同年中の出来事は月日のみで示す。)8月21日、Aは、被告人と妻の長男として出生した。Aは、両親である被告人とその妻、Aの姉との4人で被告人宅に住んでいた。 イ 9月20日、Aは、1か月健診を受診したところ、異常所見等は発見されなかった。 ウ 11月初旬頃から、Aには鼻水、咳、痰といった風邪のような症状が出るようになり、37度6分の熱が出ることもあった。 ⑵ 本件当日における119番通報までの主な経過 - った。 ウ 11月初旬頃から、Aには鼻水、咳、痰といった風邪のような症状が出るようになり、37度6分の熱が出ることもあった。 ⑵ 本件当日における119番通報までの主な経過 - 3 - ア本件当日(11月13日)も、Aは、鼻水が出たり、甲高い咳をするなどしていた。 イ午後7時過ぎ頃、妻は、Aに授乳し、午後7時30分頃、被告人、妻、Aの姉は、ダイニングキッチンで夕食をとった。 ウ午後8時30分頃、妻は、寝室で休むことになり、被告人が、AとAの姉をダイニングキッチンで見ることになった。 被告人は、ベビーカートの上にいたAが泣き出したので、休んでいる妻を起こさないようにと思い、遊んでいたAの姉をダイニングキッチンに残して、Aを連れて洗面所(脱衣場)に移動した。 その後、被告人は、Aの容態が急変したとして、寝室で寝ている妻のところにAを連れていった。 エ午後8時59分頃、被告人は、119番通報をしたが、その際、Aがずっと泣いていたが、途中で呼吸がおかしくなって泣くのをやめてしまった状態であること、心臓は動いていること、意識がもうろうとしている状態であることなどを伝えた。 ⑶ 救急搬送後の主な経過ア i病院に救急搬送されたAの診療は、本件当日午後9時25分頃から開始された。検査において、Aの頭部や他の部位に明らかな外傷は発見されなかった。 イ午後10時7分頃、Aの頭部CTが実施されたところ、右頭頂部に硬膜下血腫が発見され、小児脳外科の対応が困難であることから、午後11時59分頃、Aはfセンターへ転院搬送となった。 翌14日午前0時37分頃に行われた頭部CTで、Aの右頭頂部に急性硬膜下血腫、前頭部上部にくも膜下出血があることが確認され、治療が施された。 ウ 11月15日及び17 ーへ転院搬送となった。 翌14日午前0時37分頃に行われた頭部CTで、Aの右頭頂部に急性硬膜下血腫、前頭部上部にくも膜下出血があることが確認され、治療が施された。 ウ 11月15日及び17日に行われた眼底検査で、Aの両眼に眼底出血が - 4 - 確認された。 エ 11月29日、児童相談所において、被告人が述べる、本件時にAを縦抱きにした状態で背中を叩いた状況について、被告人が人形を用いて再現した動画(以下「本件再現動画」という。)が作成された。 2 争点1(外力に関するもの)の検討⑴ 急性硬膜下血腫に関してア Aに生じた急性硬膜下血腫について、C医師は、「架橋静脈が切れて生じたものであり、右前頭葉円蓋部及び大脳半球間裂から脳表にみられるが、11月13日から14日にかけてのi病院での頭部CTとfセンターでの頭部CTを比較すると、約2時間30分の間で血腫が明らかに縮小している。」などと証言する。この点については、I医師も、C医師と同様の見解であると証言する。その上で、I医師は、「硬膜下血腫の量は、虐待による頭部外傷の事例と比較して、それほど多いとはいえない印象であり、血腫の塊が1か所に集約しているので、架橋静脈1本切れているくらいの損傷ではないかと考えられる。複数の架橋静脈が切れていると、もっと左右に血腫が生じることになる。」「一般に、乳児の場合、どれだけの力をかけたら架橋静脈が断裂するのかの下限値は、まだよく分かっていないところがある。」などと証言する。 イ C医師とI医師は、いずれも経験十分な医師であるところ、前記アのとおり、Aの頭蓋内の架橋静脈が切れたことが原因で急性硬膜下血腫が生じ、それが短時間で明らかに縮小したという点で見解が一致している。 そして、I医師は、血腫が早期に消退した理由につ るところ、前記アのとおり、Aの頭蓋内の架橋静脈が切れたことが原因で急性硬膜下血腫が生じ、それが短時間で明らかに縮小したという点で見解が一致している。 そして、I医師は、血腫が早期に消退した理由について、血が固まりにくくていろいろなところに流れた可能性があるとともに、そもそもの血腫量が少なかった可能性があるとの見解を示しており、I医師はAのCT画像に即して出血部位等を具体的に説明していることなどからすると、同見解は、専門家としての合理的な推論によって導かれたものと評 - 5 - 価できる。 他方、C医師は、「本件再現動画で示されているような外力の加わり方でAの急性硬膜下血腫が生じたとは考えにくい。頭部が1秒間に何往復もするかのような激しい運動が加わって、はじめて架橋静脈が切れたり、出血するものだと思う。」などと証言しつつ、弁護人からの質問に対し、「DBCL(硬膜の一番下の層である硬膜境界細胞層のこと)内に、静脈叢(DBCLの中の上の方の層で血管が多数存在しているところ)からの漏出液がわずかでも貯留している可能性があると、本来、剥離しやすいDBCLは、軽微な頭部の衝撃によって容易に裂けて剥がれ、この際に、硬膜静脈叢や架橋静脈を損傷して、硬膜下血腫が発生することがある。」などと証言し、さらに、「Aくらいの年齢の子で、硬膜下腔に画像で分かるほどの大量の水がもともとたまっていたとは考えにくいが、絶対になかったともいえない。」などと証言する。 ウこのようなC医師とI医師の証言内容によれば、Aに急性硬膜下血腫が生じていることは認められるものの、血腫の量はそれほど多いとはいえないこと、上記のとおりDBCLが剥がれて架橋静脈を損傷した可能性も否定できず、その場合には軽微な頭部への衝撃によっても生じることがあり得ることからすると、A ものの、血腫の量はそれほど多いとはいえないこと、上記のとおりDBCLが剥がれて架橋静脈を損傷した可能性も否定できず、その場合には軽微な頭部への衝撃によっても生じることがあり得ることからすると、Aに生じた急性硬膜下血腫のみから、Aに加わった外力が強度であるなどと推認するには限度があるといわざるを得ない。 そこで、Aの他の傷害に関する検討を進める必要がある。 ⑵ 脳実質損傷・脳萎縮に関してア C医師は、「11月21日に撮影されたMRI画像をみると、2次性の脳実質損傷(外力後の変化によって生じる脳実質へのダメージ)の1つである脳浮腫が局所的に生じているが、これは痙攣の影響が大きかったと考えている。また、平成30年5月10日に撮影されたCT画像をみると、 - 6 - 脳が萎縮して容積が減り、その空いたスペースに2次的に血腫が貯留しているとみることができる。脳萎縮が進んでいることからすると、脳に多大なダメージが加わったと考えざるを得ない。脳容積の減少が先に起きており、慢性硬膜下血腫があるから脳が押されて小さくなったものではない。 一方、脳挫傷やびまん性軸索損傷といわれるような1次性の脳実質損傷はないから、重篤な暴行は認め難いかもしれない。」などと証言する。 他方、I医師は、「C医師の示した画像をみると、右後頭葉に軽度の脳萎縮がみられるが、脳全体が萎縮しているというよりは、慢性硬膜下血腫が脳を圧迫しているようにみえる。そして、平成30年6月1日、同年11月2日、平成31年4月10日、令和2年11月13日に撮影されたCTないしMRIの画像をみると、硬膜下血腫に対する手術が行われた後、脳実質がしっかりと戻ってくる経過をたどっているから、脳が小さくなっているように 1年4月10日、令和2年11月13日に撮影されたCTないしMRIの画像をみると、硬膜下血腫に対する手術が行われた後、脳実質がしっかりと戻ってくる経過をたどっているから、脳が小さくなっているように見えるのは脳萎縮ではなく、血腫により圧迫されていたと考えられる。また、C医師が脳実質損傷(局所的な脳浮腫)と指摘する部分は、木の枝状であり、痙攣重積により脳が変化した場合の特徴であるから、外傷によるダメージではなく、痙攣によって起きたものと考えられる。」などと証言する。 イ前記アのとおり、C医師とI医師では、Aに1次性の脳実質損傷が生じていないことに見解の相違はないが、脳萎縮の見方、範囲等について見解の相違がある。脳萎縮が生じている場合、その部分が再生し、脳の容積が回復することはないといえるところ、Aの脳のCTないしMRI画像をみると、I医師が指摘するように、脳実質の容積が回復してきているようにみえるのであって、I医師の説明内容は合理的であることからすると、脳萎縮が進んでいる旨のC医師の見解には疑問が生じる。 ウ以上のようなC医師とI医師の証言内容を踏まえると、Aには、外力によって直接生じた1次性の脳実質損傷は生じていなかったことが認められ、 - 7 - C医師も肯定するように、重篤な暴行があったとは考え難い。また、C医師が指摘する2次的脳実質損傷としての脳浮腫についても、強度の外力が加わった根拠とすることはできない。 検察官は、一般的には、揺さぶりによる頭部外傷では、硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫の3徴候を伴うケースが多いとされるものの、脳浮腫の有無により揺さぶりが肯定されたり否定されたりするものではないなどと主張するが、Aについては、前記⑴の検討のとおり、急性硬膜下血腫により外力が強度であると推認することはできない上に ものの、脳浮腫の有無により揺さぶりが肯定されたり否定されたりするものではないなどと主張するが、Aについては、前記⑴の検討のとおり、急性硬膜下血腫により外力が強度であると推認することはできない上に、上記のとおり、1次性の脳実質損傷は生じておらず、脳浮腫も強度の外力が加わったことの根拠とすることができないことは、激しい揺さぶりなどの外力があったと主張する検察官の推認過程に大きな影を落としているといわざるを得ない。 ⑶ 眼底出血に関してア D医師は、「11月17日に撮影されたAの両眼の眼底写真をみると、数えきれないほど多数の広範囲な多層性(網膜前、網膜表層、網膜深層、網膜下)網膜出血を引き起こしており、動脈と静脈の両方からの出血、脈絡膜破裂が認められる。平成30年4月10日に撮影された眼底写真をみると、脈絡膜破裂の痕跡である線状の痕や不可逆性の網膜変性が確認できることとも整合する。カルテ等で打撲や内因性疾患がないこと、脳の硬膜下血腫を伴っていることからすると、これらの眼底出血は、激しい揺さぶりの繰り返し等による衝撃が与えられたことによると考えられる。」「揺さぶりによって眼底出血が生じる機序については、乳幼児の場合、硝子体と網膜が特に強固にくっついて硝子体が非常に硬く、揺さぶられることによって、眼球、硝子体が揺れて色々な方向に動き、網膜が引っ張られることにより衝撃が加わり、網膜の組織、血管が幼若であるために、単に網膜の表層だけでなく内層の血管(静脈・動脈)も破綻し多層性に出血し、さ - 8 - らに多発性、つまり周辺にまで広範囲に出血し、片眼ではなく両眼に及ぶというものである。Aの眼底出血はこれと合う。」「脈絡膜破裂は通常のAHTよりも更に強い外力が加えられた可能性を示しており、Aには2つの独立した脈絡膜の にまで広範囲に出血し、片眼ではなく両眼に及ぶというものである。Aの眼底出血はこれと合う。」「脈絡膜破裂は通常のAHTよりも更に強い外力が加えられた可能性を示しており、Aには2つの独立した脈絡膜の出血もみられる。」「これらのことからすると、Aには強い外力が加わったと推察される。」などと証言する。 イこの点、D医師は眼科医として十分な知識経験があり、眼底写真を丁寧に検討して眼底の状態についての見解を述べており、眼底の状態について説明する内容にも不合理な点は認められない。そして、静脈のみならず動脈からの出血や脈絡膜破裂が認められるなどのAの眼底の状態から、強い外力が加わったと考えられるということについての説明にも不合理な点は認められない。 もっとも、上記のような眼底出血が認められた場合に、どの程度の強い外力であったかについては、いくつかの論文に言及するD医師の証言によっても、必ずしも明らかになっていない。眼底出血が生じる外力の程度・閾値については有力な基準がないというのは、眼科が専門分野ではないとはいえ、I医師のみならず、C医師も賛同する意見を述べている。 D医師は、Aについて「激しい揺さぶりの繰り返し等による衝撃が与えられた」「強い外力が加えられた可能性を示す」などの結論を示しているが、もとより、その程度は一義的なものではない。また、D医師は、当初軽微であった眼底出血がその後悪化した可能性についても、関連する論文の見解を否定しつつ言及し、11月17日の眼底写真は、同月15日(受傷2日後)のカルテに「多層性・多発性」の記載があることから、悪化後のものとは考えられないなどと説明するが、受傷当初の眼底写真があるわけではなく、弁護人が上記論文の内容を踏まえて指摘するように、痙攣重積を原因とする頭蓋内圧亢進を生じ、また頭部受傷後の凝固異常 化後のものとは考えられないなどと説明するが、受傷当初の眼底写真があるわけではなく、弁護人が上記論文の内容を踏まえて指摘するように、痙攣重積を原因とする頭蓋内圧亢進を生じ、また頭部受傷後の凝固異常などの要因が加わり、眼底出血が増大したことが疑われるなど、 - 9 - 複数の連続的な病態によって眼底出血が悪化した可能性は否定できないと考えられる。 なお、D医師も、内因性疾患があるなどの場合にまで、多層性、多発性の眼底出血が生じるためには常に強い外力が必要であると述べているわけではない。 ウこのような観点からすると、Aの眼底出血の状況は、Aに対して強い外力が加えられたことを一定程度推認させるものではあるが、眼底出血のみから強い外力が加えられたことが合理的な疑いなく認められるわけではなく、他の事情も併せて検討する必要がある。 ⑷ 外力の程度に関してC医師は、「Aの急性硬膜下血種が生じるには、主に前後方向への激しい揺さぶり行為が必要であり、頭部が1秒間に3、4往復するような、比喩的に言えば、がっくん、がっくんと、前後に激しく揺さぶられる運動が加わって、はじめて架橋静脈が切れたり、出血するものであると思われる。本件再現動画では、ダミーの人形の首の動きが激しいものではなく、この程度の外力の加わり方で急性硬膜下血腫が生じたとは考えにくい。」などと証言する。また、D医師は、前述のとおり、Aに激しい揺さぶりの繰り返し等による衝撃が与えられたと結論付け、「硬膜下血種を伴っているので、AHTの診断基準に合致している。」「本件再現動画では、激しく頭部が揺すられていないので、脈絡膜破裂まで起きている本件のような出血は起きにくいと考える。」などと証言する。 しかし、両医師ともに言及する本件再現動画についてみると、本件当時、Aは首もすわ く頭部が揺すられていないので、脈絡膜破裂まで起きている本件のような出血は起きにくいと考える。」などと証言する。 しかし、両医師ともに言及する本件再現動画についてみると、本件当時、Aは首もすわっていなかったが、再現に使用された人形は、そもそも頸部が固定されている。児童相談所において本件再現動画が作成された主目的は定かではないが、被告人がAを叩いた部位や程度、回数等を推測するのに一定程度有用であるとしても、実際のAの頭部の動きや揺れの程度が問われ - 10 - る場面において、これを参考に評価することには大きな限界があると考えられる。加えて、被告人は、「本件時、Aの呼吸が止まり、喉に何かを詰まらせて窒息したのだと思い、助けたかったので、とっさに強い力で背中を叩いたと思う。本件再現動画の撮影時には正確に再現しようとしたが、本件時と比べて叩いた強さの程度は強かったかもしれない。」などとも供述している。これらのことからすると、本件時の被告人が加えた外力の程度、Aの頭部の動きや揺れの程度を本件再現動画から正確に推測することは困難であるというべきである。なお、C医師の上記見解に関しては、脳の動きについてモデルを使うなどして共同研究したことがあるというI医師が「外力の程度について、1秒間に何回といった具体的数値に置き換えるほどには医学の技術が進んでいない。」などとの見解も示している。 そして、被告人のAに対する外力に関し、急性硬膜下血腫により外力が強度であると推認することはできない上に、1次性の脳実質損傷は生じておらず、脳浮腫も強度の外力が加わったことの根拠とすることができないこと、眼底出血によっても外力がどの程度強度であったかを推認することができないことは、これまでの検討のとおりである。 ⑸ 争点1に関する結論以上に 力が加わったことの根拠とすることができないこと、眼底出血によっても外力がどの程度強度であったかを推認することができないことは、これまでの検討のとおりである。 ⑸ 争点1に関する結論以上によれば、急性硬膜下血腫(前記⑴)、脳実質損傷・脳萎縮(前記⑵)、眼底出血(前記⑶)を主な徴候として、本件傷害は激しい揺さぶりなどの外力が加えられたことが原因であるとする検察官の主張は、その根拠が揺らいでいるといえるのであり、その根拠に基づいた推認力も、個々の徴候はもとより、これらが相まっても、検察官の主張するほど高くないとみるべきである。 その上で、弁護人は、Aに比較的軽微な外力により本件傷害を負う可能性のある内因性疾患等があったことを具体的に主張するので、更にそのような観点から検討を進めることとする。 - 11 - 3 争点2(血液凝固異常に関するもの)の検討⑴ 先行する感染症、心筋炎に関してア感染症の罹患の可能性前記1⑴ウのとおり、Aは11月初旬から痰を吐いたり、咳をしたり、発熱をしたりしていたのであるから、Aが本件当日の数日前から感冒を含む感染症に罹患していた可能性は否定できない。 イ心筋炎の発症の可能性弁護人は、Aには、①左室駆出率の低下、②CK-MBの上昇、③NT-prоBNPの上昇という心臓の機能低下を示唆する所見があり、これらの原因が心筋炎等であれば、Aの容態急変の原因となった可能性があり、また、先天性グリコシル化異常症に伴う血液凝固異常のきっかけになった可能性があるなどと主張する。 左室駆出率について左室駆出率(EF)とは、心臓がどの程度1回の拍出で血液を外に送り出しているかという数値であり、70から80%程度が正常な値とされる。fセンターの どと主張する。 左室駆出率について左室駆出率(EF)とは、心臓がどの程度1回の拍出で血液を外に送り出しているかという数値であり、70から80%程度が正常な値とされる。fセンターの外来診療録には、Aの左室駆出率について、「動きがやや悪いEF40%」、「EF(teich)55.5%」との記載のほか、11月14日午後6時33分頃の心エコーでの計測値として44. 8%、同日午後6時34分頃の心エコーでの計測値として55.5%との結果が認められる。 この数値に関し、E医師は、「エコーの画像から再計測したところ、44.8%となっている数値は55.4%となり、55.5%となっている数値は65.9%となった。」などと証言し、他方、H医師は、「当初の計測値44.8%とE医師の計測値55.4%の差は、心エコーの画像上、左室の後壁をどの位置で測定するかによって生じているところ、計測の方法としては心内膜と心筋の境界を計測することになって - 12 - いるので、当初の計測値がほぼ適切である。また、当初の計測値55. 5%とE医師の計測値65.9%の差は、拡張末期に計測のポイントを持ってくるかどうかによって差が生じているところ、当初の計測値がそのポイントで計測しているので適切な位置である。」などと証言する。 E医師とH医師の証言は、計測位置に関する見解が異なるため、適切とする数値も異なっている。しかし、両医師とも自らの医学的知見に基づいて証言をしており、関係証拠上いずれの見解が正しいかは明らかではないので、11月14日におけるAの左室駆出率の数値を確定することはできない。 もっとも、E医師も軽度の左室駆出率の低下を否定しないのであるから(なお、H医師は当初の計測値が正しいことを前提として、かなり収縮力が低下していると証言する 出率の数値を確定することはできない。 もっとも、E医師も軽度の左室駆出率の低下を否定しないのであるから(なお、H医師は当初の計測値が正しいことを前提として、かなり収縮力が低下していると証言する。)、その程度は確定できないものの、左室駆出率は計測位置によって10%程度は変わり得るものであることも踏まえれば、少なくともAに左室駆出率の低下が生じていた可能性は十分に認められるものである。 CK-MB、NT-prоBNPについてCK-MB(心筋逸脱酵素)は、心臓の筋肉に何らかの障害が起きると、心臓の細胞が壊れて血液中に出てくるというものであり、心臓の筋肉の細胞が壊れていることを知るための一つの目安となる。そして、Aの11月14日午前2時30分の血液検査の結果は、CK-MBの値が25.3になっており、高い数値を示している。 また、NT-prоBNPは、心臓に負担が掛かると出されるホルモンであり、この値が高値を示すということは、心臓に何らかの負担が掛かっていることになる。そして、Aの11月14日午後6時8分の血液検査の結果は、NT-prоBNPの値が24491になっており、これは非常に高い数値である。 - 13 - 数値異常の原因について前記のとおり、Aには、左室駆出率の低下、CK-MB、NT-prоBNPの上昇がみられ、心機能が低下しているように考えられるところ、その原因が問題となる。 E医師は、「Aに重篤な心筋炎があったとは考えられず、頭蓋内出血の後に心筋障害が起こるという神経原性心不全が起きていたのではないか。すなわち、頭蓋内で出血や障害が起こると、交感神経から大量のカテコラミンが分泌され、心臓に対して過度の負担をもたらして、その結果として心筋障害を起こしたのではないか。 不全が起きていたのではないか。すなわち、頭蓋内で出血や障害が起こると、交感神経から大量のカテコラミンが分泌され、心臓に対して過度の負担をもたらして、その結果として心筋障害を起こしたのではないか。その心筋障害の結果として数値異常が起きたと考えられる。」などと証言する。 他方、H医師は、「心筋生検が行われていないので確定的な判断は無理だが、Aに感冒症状等がみられたこと、心機能低下を支持する検査所見(左室駆出率、NT-prоBNP、CK-MB)があったことなどから、中等症の心筋炎があった可能性は否定できない。また、カルテの記載によれば、入院して数日後に強力な昇圧剤を投与しており、これにより血圧ないし心拍数が維持できていたと判断することもできるので、入院時よりも心機能が落ちていた可能性がある。心機能が落ちていた原因が神経原性心不全であったかどうかについては、治療としてカテコラミン投与を必要としており、カテコラミンの過剰分泌があったことを積極的に支持するバイタルサインは捉えられなかったと考えている。頭蓋内出血が数値異常の原因だとすると、脳幹部の障害が強いものであったり、脳圧がすごく亢進するような場合が考えられるが、Aについては、重篤な一次的に脳幹部に障害を与えるような状況ではなく、それらの所見は見られない。」などと証言する。 E医師が数値異常の原因として挙げる神経原性心不全については、H医師の証言を踏まえると、疑問が残るといわざるを得ない。 - 14 - すなわち、E医師は、神経原性心不全が起こる場合の脳損傷の程度等については、そもそも専門外なので分からないなどと証言するが、神経原性心不全が起こる機序の前提となるAの脳損傷が重篤なものではなかったことを指摘するH医師の見解は、前記2⑴ウでの検討とも整合するものである。そし もそも専門外なので分からないなどと証言するが、神経原性心不全が起こる機序の前提となるAの脳損傷が重篤なものではなかったことを指摘するH医師の見解は、前記2⑴ウでの検討とも整合するものである。そして、H医師の証言内容は、カルテの記載にも沿った合理的なものであるから、H医師の述べるようにAに心機能の低下があった可能性は否定できない。 また、E医師は、重症な心筋炎が心機能低下より前に存在するのであれば、先にCRPのような感染症を示す数値が上がって、その後に、血液凝固異常を示すFDPやDダイマー、心筋障害を示すCK-MBの各数値が上がってくるはずであるが、Aの場合はその順序が逆になっているので、心筋炎が先に生じていたとすると合わない旨を指摘する。しかし、H医師は、心筋炎の発症は、感染症の急性期に起こる場合もあれば、感染症自体が落ち着いてきている時期に起こる場合もあるから、入院時の血液データで例えばCRPが上がってないからといって、心筋炎が先に生じていることが否定されるわけではない旨を述べており、これを否定する根拠もないから、心筋炎が生じていたことを否定することはできない。 そうすると、数値異常の原因が神経原性心不全であるとするには疑いが残るといわざるを得ず、H医師が証言するように、心筋炎を原因とするものである可能性があり得る。 ウ小括以上によれば、本件当日、Aが感染症に罹患し、心筋炎を発症していた可能性を否定することはできないというべきである。 ⑵ 先天性グリコシル化異常症に伴う血液凝固異常が生じていた可能性ア医師の見解の概要 - 15 - G医師は、「Aの3歳6か月時点と3歳8か月時点の検査結果をみると、血液凝固因子のⅦ番、Ⅸ番、Ⅻ番がやや低く、フォンウィルブランド因子とプロテ ア医師の見解の概要 - 15 - G医師は、「Aの3歳6か月時点と3歳8か月時点の検査結果をみると、血液凝固因子のⅦ番、Ⅸ番、Ⅻ番がやや低く、フォンウィルブランド因子とプロテインCも若干低く、これらの低下が継続している。 複数回の検査で同様の傾向が出ているので、たまたまの低下ではない。 しかし、血友病、フォンウィルブランド病、プロテインC欠乏症であるというまでのレベルではない。そこで、Aには発達の遅れがあり、若干目の間が広いなどの目鼻だちの特徴がみられたので、先天性グリコシル化異常症の可能性を考えた。」「Aの糖鎖質量分析を2度したところ、いずれも4つあるシアル酸の1つが欠損している(シアル酸の脱離ピークが多い)との結果が出て糖鎖の異常(2型)が確認されたが、疾患の遺伝子異常は見付からなかった。Aには、糖鎖異常、発達遅滞、知的障害、脳卒中様発作、てんかん、特徴的顔貌、AST・ALTなどの逸脱酵素の異常、血液凝固因子の異常、プロテインCの活性低下が認められるので、先天性グリコシル化異常症の診断基準を満たすといえる。そして、本件当日頃、Aに高ストレス状態(感染症と心筋炎)があり、基礎疾患としての先天性グリコシル化異常症の影響によって、軽微な外力でも頭蓋内出血を起こしやすい状態があったと考えられる。その後の点頭てんかんや発達遅滞は、頭蓋内出血の後遺症ではなく、先天性グリコシル化異常症の症状として起こっているのではないかと考えている。先天性グリコシル化異常症は、ストレス下では、血栓、止血、凝固系の異常が起こりやすい。」などと証言する。 他方、F医師は、「11月14日午前2時30分にAPTT(内因系の凝固因子の能力を調べる検査)の値が170.0となっていたのは、前後の数値が完全に正常であるから、検査のエラーがあったと考 る。 他方、F医師は、「11月14日午前2時30分にAPTT(内因系の凝固因子の能力を調べる検査)の値が170.0となっていたのは、前後の数値が完全に正常であるから、検査のエラーがあったと考えられる。カテーテルからの採血であってヘパリンが混入したものであると担当医が証言したと聞いている。また、Aが1歳11か月の時(令和 - 16 - 元年7月2日及び同月3日)のAPTTの延長については、APTTの検査は試薬メーカー等によって測定秒数が結構変動することがあり、また採取手技が大きく影響することによるものであり、偽異常であったとみることができる。第Ⅷ、第Ⅸ凝固因子の活性はいずれも正常値である。これらのことから、APTTの延長を来す先天性の凝固異常症、血友病A、血友病B、フォンウィルブランド病は否定的であり、比較的軽微といえる外力によって、重篤な本件傷害が起こるほどの重症の先天性凝固異常症の存在は、ほぼ否定できる。超急性期でプロテインCの活性が30%とやや低めであることについては、その後の再検では正常の下限ではあるがほぼ正常値で推移していることからすると、頭蓋内出血の原因ではなく結果であると考えている。そうすると、プロテインC欠乏症が、今回のエピソードの原因となった可能性はほとんど否定的である。また、感染症に由来する急性心筋炎があり、そこから血液凝固異常を招くのは、DIC(播種性血管内凝固症候群)のほか想定できないが、被告人の主張どおりの時系列だとすると、Aの容態が急変するような重篤な急性心筋炎に陥ってから背中を叩くという行為が行われるまでの1分とか数十秒とかの短時間の間に、急性心筋炎が原因でDICを惹起したということになるが、このようなことは時間的にあり得ない。感冒の症状があったとしても、それで重篤なDICが起こるこ 行われるまでの1分とか数十秒とかの短時間の間に、急性心筋炎が原因でDICを惹起したということになるが、このようなことは時間的にあり得ない。感冒の症状があったとしても、それで重篤なDICが起こることはあり得ない。11月14日午前0時10分のFDPとDダイマーの値(止血機構の最後の段階が亢進すると上がる数値)は異常な高値(完全な異常値)をとっている。診断基準等も踏まえると、超急性期にDICないしはDIC様の病態が起こっていた可能性は否定できない。しかし、AについてはDICに特化した治療が行われておらず自然経過で急速に改善している。そうすると、DICが起こっていたとしてもごく軽微であり、FDPの上昇は頭蓋内出血や眼底出血への一時的な生理的反応と考 - 17 - えるのが自然である。結論として、DICがあって頭蓋内出血が起こったのではなく、頭蓋内出血が原因でDIC様の検査値異常を呈したと考えるべきである。」などと証言する。 イ検討 G医師とF医師の証言により、Aが血友病、フォンウィルブランド病、プロテインC欠乏症に罹患している可能性は否定される。そうすると、G医師が証言する先天性グリコシル化異常症の有無が問題となる。先天性グリコシル化異常症はかなりまれな疾患で、小児慢性特定疾患に指定されたのは令和3年11月であるから、この病気自体が未解明な部分があることは否定できず、慎重に検討する必要がある。 この点、前記⑴の検討のとおり、本件当日、Aにおいて感染症や心筋炎に罹患していた可能性は否定できず、本件当日のAの状態がG医師が証言する「高ストレス状態」であった可能性も否定できない。そして、G医師は、小児の遺伝疾患等の専門家であり、検査の結果、実際にAに糖鎖異常が認められたことなどを踏まえ、診断基準 のAの状態がG医師が証言する「高ストレス状態」であった可能性も否定できない。そして、G医師は、小児の遺伝疾患等の専門家であり、検査の結果、実際にAに糖鎖異常が認められたことなどを踏まえ、診断基準に即してAが先天性グリコシル化異常症に罹患している可能性を指摘しているのであって、G医師によるAの症状の診断基準への当てはめを含む判断が誤りであると断ずるような根拠は見出せない。 F医師が指摘する点について検討しておく。 F医師は、先天性グリコシル化異常症によって出血傾向が引き起こされているとは考えにくいなどと証言する。 しかし、そもそもF医師は糖鎖異常については専門外であり、Aが先天性グリコシル化異常症ではないことを的確に指摘する知見を持ち合わせているとはいい難い面がある。現在Aが出血傾向で困っているわけではなく、先天性凝固異常症の可能性は否定的である旨も指摘するが、一般的にはそのようにいえるかもしれないが、先天性グリコシル化異常症 - 18 - の場合は症状が強く出る時期と安定期とを繰り返すこともあるなどのG医師の指摘を覆すことはできていない。 F医師は、本件の事実経過に照らして、DICが生じるには短時間過ぎると証言する。 しかし、これは急性心筋炎が原因でDICが生じた場合を前提としており、先天性グリコシル化異常症の病態を踏まえたものではない。 さらに、F医師は、DICに特化した治療が行われておらず自然経過で急速に改善している点も、DICが生じていたとすれば整合しない旨を指摘するが、G医師は、先天性グリコシル化異常症ではいろいろなことが起こりやすいと指摘し、症状が急性期には非常に強く出る場合もあるが、出血傾向が収まっているのは、その後うまく治療が奏功して安定している状態が続いているからであるな コシル化異常症ではいろいろなことが起こりやすいと指摘し、症状が急性期には非常に強く出る場合もあるが、出血傾向が収まっているのは、その後うまく治療が奏功して安定している状態が続いているからであるなどと説明しているのであり、先天性グリコシル化異常症がかなりまれな疾患であることも踏まえれば、上記指摘も当を得ていないと断ずることはできず、血液検査の数値と連動しない出血傾向がある可能性も否定できない。 そうすると、F医師の指摘を踏まえても、G医師の証言内容を否定することはできず、Aが先天性グリコシル化異常症に罹患しており、感染症や心筋炎といった高ストレス状態にあったこともあいまって血液凝固異常が生じ、軽微な外力によって本件傷害が生じた可能性は否定できないというべきである。 ウ検察官の主張について 検察官は、先天性グリコシル化異常症は大きく1型、2型に分類され、その特徴的な症状として、血液凝固機能の異常や出血傾向が挙げられていないタイプもあるから、Aの属する症例の少ない2型のタイプの中で、血液凝固機能の異常が特徴的な症状として挙げられているタイプの割合などを検討することが不可欠なのに、これを検討せずに、先天性グリコ - 19 - シル化異常症であれば、血液凝固機能に異常を生じる可能性があるとするG医師の見解には論理の飛躍があると主張する。 しかし、検察官が指摘する先天性グリコシル化異常症の1型、2型の分類等について検討しても、血液凝固機能の異常が先天性グリコシル化異常症の症状の1つであることには変わりなく、どの程度の割合で血液凝固機能の異常が生じるかという点は、そもそも日本において全体としての症例が少ないのであるから、現時点において確定することは不可能である。そして、相応の根拠をもって先天性グリコシ の程度の割合で血液凝固機能の異常が生じるかという点は、そもそも日本において全体としての症例が少ないのであるから、現時点において確定することは不可能である。そして、相応の根拠をもって先天性グリコシル化異常症である可能性が指摘されていれば、血液凝固機能の異常の出現の可能性が低いことのみを理由に、先天性グリコシル化異常症による血液凝固機能の異常がなかったと結論付けることはできないというべきである。 検察官は、先天性グリコシル化異常症では血液検査の数値と連動しない出血傾向がみられるとするG医師の見解に合理的な根拠がないと主張する。 しかし、前述のF医師が指摘する点についての検討のとおり、血液検査の数値と連動しない出血傾向がみられる可能性がないということはできず、G医師の見解が合理性を欠くとはいい難い。 そのほか、検察官は、先天性グリコシル化異常症の診断基準を満たすとのG医師の見解は、丁寧な検討をしているとはいい難いなどとも主張するが、G医師は、遺伝や糖鎖異常を専門的に研究するなどしており、Aの糖鎖質量分析を2度行い、遺伝子解析により他の疾患の除外も検討するなどした上で、糖鎖異常のほか、Aの種々の症状を踏まえて先天性グリコシル化異常症の診断基準を満たすと証言しているのであり、G医師の見解を信頼できないものとして否定することはできないというべきである。 エ小括 - 20 - 以上のとおり、検察官の主張を検討しても、Aが先天性グリコシル化異常症に罹患しており、それによって血液凝固異常が生じていた可能性を否定することはできない。 ⑶ 争点2に関する結論これまでの検討からすると、本件傷害に先天性グリコシル化異常症が影響した可能性(弁護人の主張)を否定すること て血液凝固異常が生じていた可能性を否定することはできない。 ⑶ 争点2に関する結論これまでの検討からすると、本件傷害に先天性グリコシル化異常症が影響した可能性(弁護人の主張)を否定することはできず、Aが比較的軽微な外力で本件傷害を負った可能性もあり得るといえ、このような観点からも、被告人がAを激しく揺さぶるなどの暴行(検察官の主張)を加えていなくても本件傷害結果が生じた可能性は否定できないというべきである。 4 医学的視点以外の事情からの検討検察官は、医学的所見以外にも、被告人が激しい揺さぶり行為に及んだと考えられる事情ないし背景が存在すると主張する。 しかし、①被告人にはAの育児に当たり、粗暴な行動に及ぶ傾向があったという点については、Aの生後1か月頃、被告人が泣きながら寝ていたAの両手首を親指と人差し指でつまんで動かしてあやしていたときに、Aの両手首の内側の付け根あたりに爪の痕のようなものができ、それに気付いた妻が被告人を注意し、その約1か月後、被告人が脱衣場で服を脱がせたAを風呂に入っている妻に手渡したところ、妻がAの左手首に2か所爪の痕のようなものができているのを見付け、被告人を注意したことに基づく指摘であるが、意図せず爪が強く当たってしまったなどの可能性も十分に考え得るところであり、このことのみをもって粗暴な行動に及ぶ傾向があったということはできない。②被告人が、本件当時、泣き止まないAについて、妻に頼らずに一人で泣き止ませたいという心理状態にあり、激しい揺さぶり行為に及ぶ動機があったという点については、泣き止ませたいという心理状態にあったことはいえるにしても、そこから激しい揺さぶり行為に及ぶ動機があったと結び付けるのは短絡的にすぎる。③被告人が、家庭や仕事に関して抱えてい - 21 - たス たいという心理状態にあったことはいえるにしても、そこから激しい揺さぶり行為に及ぶ動機があったと結び付けるのは短絡的にすぎる。③被告人が、家庭や仕事に関して抱えてい - 21 - たストレスと本件に関連があると認識していたと主張する点については、被告人のスケジュール帳の11月26日の欄に「仕事のことと家のことのBalanceが崩れることで精神的エネルギー的な破綻を起こす、もしその延長線上にAのことがあるとすれば、これは彼から僕たちへのメッセージと考えていいだろう。」などとの記載があることに基づく指摘であるが、結果的にAに本件傷害が生じてしまったことを振り返り、何らかの意味付けをしようとしたとみることもできるのであり、被告人が激しい揺さぶりをしたことを推認させるものとはいえない。 以上のとおりであり、検察官が指摘する点をもって、医学的所見以外にも、被告人が激しい揺さぶり行為に及んだと考えられる事情ないし背景が存在するなどと認めることはできない。 ⑵ 他方、医学的視点以外の事情という観点からすれば、妻の証言等においても、被告人は、普段から粗暴であったことはうかがわれず、在宅しているときには子育てに関与するなどしていたのであり、もとより前科も存在しない。このような被告人が、本件当日、家族で夕食をとった後、妻も隣室にいる状況で、Aが泣き出したからといって、激しい揺さぶり行為に及ぶような苛立ちや怒りを抱く心理状態にあったとは直ちには考え難い。むしろ、被告人は、前記1ウ・エのとおり、Aの容態が急変したことを認識して直ちに妻に知らせ、午後8時59分頃には119番通報し、Aがずっと泣いていたが、途中で呼吸がおかしくなって泣くのをやめてしまった状態であることなどを説明しているのであり、このような内容は、前述の「本件時、Aの呼吸が止ま 8時59分頃には119番通報し、Aがずっと泣いていたが、途中で呼吸がおかしくなって泣くのをやめてしまった状態であることなどを説明しているのであり、このような内容は、前述の「本件時、Aの呼吸が止まり、喉に何かを詰まらせて窒息したのだと思い、助けたかったので、とっさに強い力で背中を叩いたと思う」などという被告人の公判供述の内容とも整合するもので、実際にそのような状況にあったことを否定することは困難であるともいえる。 ⑶ これらの事情によれば、社会的な事実としても、被告人がAに対して社会 - 22 - 生活上許容されない激しい揺さぶりなどに及ぶ動機等は存在せず、検察官が主張するような不法な有形力の行使に及んだとすることには、多大な疑問があるというほかない。 5 結論以上の検討結果によれば、Aの本件傷害は被告人による比較的軽微な外力によって生じた可能性を否定することはできず、被告人に社会生活上許容されない加害行為に及ぶ動機等も認められない。そして、被告人がAに対して加えた可能性のある外力としては、被告人の供述するように、Aが喉を詰まらせているように見えたために、詰まりをとろうとして背中を叩いたというものであるから、被告人がAに対して不法な有形力の行使としての暴行を加えたと認めるには合理的な疑いが残る。結局、本件公訴事実について犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑:懲役5年)令和5年3月17日大阪地方裁判所第15刑事部 裁判長裁判官末弘陽一 裁判官髙橋里奈 裁判官小澤 光 裁判官髙橋里奈 裁判官小澤光
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