平成21(わ)6246 鉄砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成23年5月24日 大阪地方裁判所
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判決文本文52,075 文字)

主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実及び争点 1 本件公訴事実は,「被告人は,暴力団五代目a組若頭補佐兼b会総長であるが,第1 同会幹部兼c会会長補佐Bと共謀の上,法定の除外事由がないのに,平成9年9月20日午前10時40分ころ,大阪市北区梅田(以下略)甲ホテル南側出入口前通路上において,口径0.38インチ回転弾倉式けん銃1丁を,これに適合する実包10発と共に携帯して所持し第2 b会幹部兼c会会長補佐Cと共謀の上,法定の除外事由がないのに,上記日時場所において,口径0.38インチ回転弾倉式けん銃1丁を,これに適合する実包10発と共に携帯して所持したものである。」というのである。 2 B及びCが公訴事実記載の日時場所において,公訴事実記載の各けん銃等をそれぞれ携帯して所持していた(以下,単に「所持」ともいう。)ことは差戻前第1審で取り調べた関係証拠によって明らかに認められ,検察官並びに被告人及び弁護人の間でも争いがない。しかし,被告人及び弁護人は,被告人がBないしCと共謀の上,前記各けん銃等を所持したとの点については,差戻前第1審から一貫して否認して争っており,この点が本件の争点である。 第2 本件の基本的な事実関係差戻前第1審及び当裁判所で取り調べた関係証拠によると,B及びCによる各犯行並びにその前後の状況等について,以下の事実を認めることができる。 1 被告人の五代目a組における地位等(1) 被告人は,本件当時,五代目a組組長Lの下で,同組若頭補佐兼関東ブロック長を務めており,同組最高幹部により構成される執行部の一員としても活動していた。また,当時,被告人は,同組の有力二次団体で,静岡県浜松市に拠点を置くb会総長の地位にもあった。 (2) a組 ロック長を務めており,同組最高幹部により構成される執行部の一員としても活動していた。また,当時,被告人は,同組の有力二次団体で,静岡県浜松市に拠点を置くb会総長の地位にもあった。 (2) a組は,神戸市灘区に総本部を置くわが国最大の暴力団組織であり,後記のいわゆるM事件が発生した平成9年8月28日(以下,特に断らない限り,日付は平成9年のものを指すこととする。)当時,L組長を頂点とし,若頭Mを始めとする最高幹部合計13名が執行部を構成しており,毎月4日又は5日と20日に定例の幹部会を開催して組の運営方針等を合議により決定し,L組長の承認を得てこれを実施する方法により,その組織運営を行っていた。 被告人は,前記のとおり,執行部の構成員であり,若頭補佐N(d会会長)及び若頭補佐P(P会会長)もその一員であった。 2 M事件の発生とその後の状況(1) 8月28日,Mが,a組総本部長のQ及び同組副本部長のRとともに乙ホテル4階ティーラウンジ「丙」店内にいたとき,P会傘下組員の襲撃を受けてけん銃で射殺され,また,同店内に居合わせた一般人の歯科医師も銃弾を頭部に受けて重体となり,その後の9月3日に死亡するという事件が発生した(以下,この事件を「M事件」という。)。 (2) 8月28日夜,a組総本部に呼び出されたPは,L組長に対し,Mを射殺していないと申し立てたが,同組執行部は,同月30日又は31日,Pを除く幹部11名による臨時の幹部会を開き,M事件はP会傘下組員によるものと判断して,同月31日,Pを破門処分とし,さらに,9月3日にはPを絶縁処分とした。これにより,Pのa組への復帰は困難な状況となった。 なお,当時,P会は,Pを会長とし,神戸市須磨区に本部事務所を置き,京阪神を中心に直参組織62団体,傘下組員合計約460名からな 縁処分とした。これにより,Pのa組への復帰は困難な状況となった。 なお,当時,P会は,Pを会長とし,神戸市須磨区に本部事務所を置き,京阪神を中心に直参組織62団体,傘下組員合計約460名からなる組織として警察に把握されていた。 (3) Mの通夜及び告別式は,8月30日及び翌31日,大阪市北区所在の丁会館で行われ,多数の直参組長や組員らが参列したが,その中には被告人とNもいた。その際,被告人には,付き人のXYが同行しているだけであったのに対し,Nには,d会のO1(後に本件当日のけん銃等の所持により,有罪判決を受けた者。)やO2らが同行していた。 (4) その後の9月2日から同月17日までの間,東京都や大阪府などでP会傘下の組事務所,組長や相談役の自宅,関連会社等の建物に対するけん銃発砲事件等が19件発生したが,このうち,東京都内で発生したけん銃発砲事件2件は,b会の傘下組員がそれぞれ敢行したものであり,それ以外の事件のうち,犯人が判明したものは,a組M組及びe組の傘下組員によるものであった。また,本件前日の同月19日午後7時30分ころ,高松市内において,P会f組相談役が,a組M組の傘下組員によって,けん銃で射殺される事件が発生した。 3 B及びCらが逮捕された際の状況(1) 本件前日,被告人は,a組総本部で開かれる予定の会合に出席するため,XY,同人を補佐する付き人のZ,B及びCとともにJR浜松駅(以下,「JR」の表示は省略する。)からこだま443号に乗車し,途中,名古屋駅でひかり41号に乗り換えて,a組総本部に赴いた。会合終了後,被告人らは甲ホテル(以下,「本件ホテル」という。)にチェックインし,宿泊した。 (2) 本件当日,本件ホテルの1階ロビー(以下,「本件ロビー」という。)や南側出入口付近において,被告人ら 了後,被告人らは甲ホテル(以下,「本件ホテル」という。)にチェックインし,宿泊した。 (2) 本件当日,本件ホテルの1階ロビー(以下,「本件ロビー」という。)や南側出入口付近において,被告人らb会関係者及び同じく本件ホテルに宿泊していたNらd会関係者に対し,警察官らにより,一斉に職務質問や所持品検査が行われた。その結果,b会関係者であるB及びCと,d会関係者であるO1及びO3とがそれぞれけん銃1丁とこれに適合する実包を所持していたことが判明し,警察官らは,この4名を現行犯人逮捕するとともに,各けん銃及び適合実包を差し押さえた。 なお,BとCは,当時,いずれもb会の若頭補佐の地位にあった。 4 被告人に対する裁判の推移(1) 被告人は,平成13年9月11日,前記公訴事実により大阪地方裁判所に起訴された。 (2) 同裁判所における差戻前第1審では,被告人とB,Cとの間で共謀があったことを示す直接的な証拠が存在しなかったため,共謀があったことを推認させる事実の存否やその評価が攻防の対象となったが,同裁判所は,平成16年3月23日,被告人が,B及びCに対してけん銃等を携行して自己を警護するように具体的な指示を下さなくても,同人らが被告人を警護する役目のボディーガードであって,このようなB及びCが被告人を警護するために本件けん銃等を所持していることを被告人としても概括的にせよ確定的に認識しながら,それを当然のこととして受け入れて認容し,B及びCもこれを承知していたと推認されるのであれば,被告人とB及びCとの間にけん銃等の所持に関する黙示的な意思の連絡があったものと認められるとした上で,個々の事実を検討し,結局,取調べ済みの全証拠を総合しても,被告人において,B及びCがけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認 示的な意思の連絡があったものと認められるとした上で,個々の事実を検討し,結局,取調べ済みの全証拠を総合しても,被告人において,B及びCがけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認識しながら,それを容認していたとするにはいまだ合理的な疑いが残るとして,被告人に無罪の判決を言い渡した(以下,「差戻前第1審判決」という。)。 (3) これに対し,検察官が控訴を申し立てたところ,大阪高等裁判所は,平成18年4月24日,被告人を無罪とした原判決に事実の誤認はないとして,検察官の控訴を棄却した(以下,「差戻前控訴審判決」という。)。 (4) そこで,検察官がさらに上告を申し立てると,最高裁判所は,平成21年10月19日,差戻前控訴審判決及び差戻前第1審判決を破棄し,本件を大阪地方裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した(以下,「上告審判決」という。)。 5 差戻前控訴審判決及び上告審判決の理由の要旨は,以下のとおりである。 (1) 差戻前控訴審判決差戻前控訴審判決は,前記のとおり,被告人を無罪とした差戻前第1審判決の結論を維持したものであるが,その理由の要旨は以下のとおりである。 すなわち,本件当時,被告人が,P会関係者からb会が攻撃を受ける可能性はさほどではなく,特段の警護をするまでのことはないと考えていたとしても不自然ではない状況にあったこと(①),b会本部事務所付近における警戒態勢が9月1日以降特に厳重なものであったとは認められないこと(②),本件前日の浜松駅から本件ホテル到着までの警護状況につき,B及びCの立場は警護役専門でなく,荷物持ちとしての役割の方が大きいと見る余地が多分にあり,また,ひかり41号車内での警護状況につき,被告人が乗車したグリーン車2階席に通じる階段付近に配下組員が立つなどして監視していた 役専門でなく,荷物持ちとしての役割の方が大きいと見る余地が多分にあり,また,ひかり41号車内での警護状況につき,被告人が乗車したグリーン車2階席に通じる階段付近に配下組員が立つなどして監視していたとの事実を認めるに足りるものはなく,さらに,被告人は,a組総本部を出た後,本件ホテルに到着する前に車を降り,N,五代目a組g一家総長兼五代目a組総長秘書のSとともにふぐ料理店「戊」で食事を取った後に本件ホテルに入ったか,少なくとも本件ホテルに直行することなく,一時別の場所にいたことがうかがわれ,その間,B及びCが被告人に付き従っていたことを認めるに足りる証拠はないから,その間,Bらの警護を受けていなかったものといえること(③),本件ホテル滞在中の被告人らb会関係者の警護の程度は,同じ階に宿泊していたd会関係者の警護,警戒の状況と比べると格段に低かったこと(④),被告人は,本件ロビーを本件ホテル南側出入口に移動するまでの間,配下組員やNらの集団の中心付近ではなく,その最前列中央を歩いており,警察官が職務質問のために被告人の前面に接近して来てもこれに気付かず,本件けん銃等を隠し持っていたB及びCも警察官の被告人への接近を制止するなどの行動に出た形跡がうかがわれないから,本件ロビーにおける被告人に対する警護状況はさほど厳重なものではなかったこと(⑤),a組若頭補佐のTやNについてけん銃等所持の共謀共同正犯が認定された各銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件とは異なり,b会では,けん銃等を所持するなどした組長の警護組織の存在がみられないこと(⑥)などからすると,被告人において,B及びCがけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認識しながら,これを受け入れて容認していたとするには合理的な疑いが残る,というものである。 (2) 上告審判 と,被告人において,B及びCがけん銃等を携行して警護しているものと概括的にせよ確定的に認識しながら,これを受け入れて容認していたとするには合理的な疑いが残る,というものである。 (2) 上告審判決上告審判決は,差戻前控訴審判決が挙げた前記①ないし⑥の各間接事実について,要旨以下のような評価を示した上で,前記のとおりの判決を言い渡した。 ア ①について本件当時ころは,Pが絶縁処分とされてから日も浅い上,b会を含むa組関係者によるP会関係先への発砲事件が頻発するなど,平時とは異なる状況下にあったというべきであり,このような状況のもとでは,前記絶縁処分にかかわった被告人らに対して,P会関係者による襲撃の危険があると考えることが自然な状況にあったのであり,後に述べるとおり,現にb会本部事務所及び被告人の自宅の警戒も強化されていたことにもかんがみると,被告人も同様の認識を有していたものと認めるのが相当である。 イ ②についてb会本部事務所等の警戒が強化されていたとのU2警察官らの証言の基本的部分の信用性を否定する理由はなく,9月1日以降,b会本部事務所や被告人の自宅付近で,b会関係者による警戒態勢が強化されていた旨を否定する原判断は,相当ではない。 ウ ③について被告人は,a組総本部で開かれる幹部会に出席するため,XYやZに加え,当時荷物持ちなどの役割を果たしていたDやEではなく,B及びCを同行させたものであり,浜松駅及び名古屋駅での被告人らの様子が録画されたビデオテープには,けん銃を携帯所持したB及びCの両名又はうち1名が,常に被告人の身辺に随行している光景が映っており,周囲を見るなど安全を確認している状況もうかがわれるとともに,被告人がエスカレーターを使用する際も随行者のうちの1人は常に非常時に動きの取りやすい が,常に被告人の身辺に随行している光景が映っており,周囲を見るなど安全を確認している状況もうかがわれるとともに,被告人がエスカレーターを使用する際も随行者のうちの1人は常に非常時に動きの取りやすい階段を使用しているなど,B,Cらによる被告人に対する厳重な警護が行われていたものと認められ,ひかり41号車内,あるいはa組総本部から本件ホテルへの移動に際しても,特段の事情がない限り,駅ホームなどと同様の,あるいはこれに準じた警護態勢が取られていたことが推認されるというべきあり,被告人もこれら眼前の警護状況を当然のことながら認識していたものと認められる。また,a組総本部から本件ホテルに到着する前に,仮に被告人が一時別の場所に立ち寄ったとしても,特段の事情がない限りは,Bらは被告人に随行し,それまでと同様の,あるいはこれに準じた警護態勢を取っていたものと推認すべきものである上,ふぐ料理店「戊」での飲食については,これを認めることができない。 エ ④について本件ホテル滞在中の被告人の宿泊部屋は,配下組員の部屋に囲まれ警護しやすい配置となっており,また,本件前日夕方から本件当日朝にかけて,b会ないしd会の配下組員が宿泊客用エレベーターのホールなどに立ち,それとともに廊下を通行する人物を廊下の左右の部屋からのぞいて確認するなどしていたことからすると,被告人の配下組員は,被告人を警護する態勢を整え,本件前日午後6時ころのチェックイン後,継続的に監視の目を光らせ,その警護に当たっていたことが明らかである。 オ ⑤について被告人は,本件直前に,ホテル客室からXY,B,Cらと共に,宿泊客用エレベーターに乗って1階に降りたこと,本件ロビーを南側出入口に向け進むときは,けん銃をいつでも発射可能な状態で携帯所持したB,Cが被告人に近接した位置にお ル客室からXY,B,Cらと共に,宿泊客用エレベーターに乗って1階に降りたこと,本件ロビーを南側出入口に向け進むときは,けん銃をいつでも発射可能な状態で携帯所持したB,Cが被告人に近接した位置におり,しかも10名を超す集団で移動する状況にあったことが認められる。 カ ⑥について専従の警護組織を作るかどうかは,当該組織の規模,従前の経緯のほか,組長や幹部の考え方といった種々の事情に左右される事柄であり,そのような専従の警護組織があれば共謀が認められやすいとはいえても,それが認められないからといって,共謀の認定を直接左右するまでの事情になるものとは考え難く,現実に行われたb会とd会の警護態勢を比較しても,随行者数はほぼ同数であり,実包を装てんしたけん銃を携帯所持していた者はいずれも2名であって,b会の警護態勢はd会と比べてそれほどそん色のあるものではない。 キこれらを踏まえた上告審の判断上告審判決は,①から⑥の各間接事実についてこのような評価を加えた上で,結論として,BとCは,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,P会からのけん銃による襲撃に備えてけん銃等を所持しb会総長である被告人の警護に当たっていたものであるところ,被告人もそのようなけん銃による襲撃の危険性を十分に認識し,これに対応するため配下のB,Cらを同行させて警護に当たらせていたものと認められるのであり,このような状況のもとにおいては,他に特段の事情がない限り,被告人においても,B,Cがけん銃を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたものと推認するのが相当であるとし,けん銃等の所持の共謀が認められないとした差戻前第1審判決及びこれを是認した差戻前控訴審判決には,重大な事実誤認の疑いがあるとして,前記のように,各判決を破棄した ものと推認するのが相当であるとし,けん銃等の所持の共謀が認められないとした差戻前第1審判決及びこれを是認した差戻前控訴審判決には,重大な事実誤認の疑いがあるとして,前記のように,各判決を破棄した上,本件を大阪地方裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した。 第3 当裁判所における審理経過 1 審理内容当裁判所においては,前記のとおり,上告審判決が事実誤認を理由に被告人を無罪とした差戻前第1審判決及び差戻前控訴審判決を破棄したことにかんがみ,更に審理を尽くすため,新たに,本件当時,被告人の付き人として被告人の身の回りの世話などをしており,本件前日から当日にかけて被告人とともに行動していたXY及びZ,本件当時,被告人の運転手を務めていたD及びE,被告人ら一行が本件前日,新神戸駅で乗車した2台の自動車のうちの1台を運転していたF,本件当時,b会の本部長を務め,当裁判所の証拠調べの時点ではh一家の舎弟頭を務めていたG,本件当時,P会に所属していたH及びI,被告人の自宅近くで理髪店を営んでいるJの9名の各証人尋問等の証拠調べを行った。 2 本件上告審判決の拘束力ところで,上告審判決は,前記のとおり,被告人にはけん銃等の所持の共謀が認められないとした差戻前第1審判決及びこれを是認した差戻前控訴審判決には,重大な事実誤認の疑いがあるとし,刑事訴訟法411条3号により各判決を破棄しているのであるから,上告審判決が示した事実判断のうち,どの部分について当裁判所が拘束されるかを明らかにしておく必要がある。 (1) 破棄判決の拘束力破棄判決の拘束力は,破棄の直接の理由,すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり,その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は,破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つ 力は,破棄の直接の理由,すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり,その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は,破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまり,何らの拘束力を生ずるものではない。 これを本件についてみると,破棄の直接の理由となったところは,「検察官主張の各間接事実に関する原判決の認定評価等及び第1審判決におけるこれと同旨の認定評価等に係る部分は,是認することができない。」という部分であり,この部分には拘束力が生じるが,前記第2の5(2)アないしカで触れたような上告審判決が自らした事実判断については拘束力が生じないと解するのが相当である。なぜなら,これらの事実判断は,前記消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由であり,これらについてまで拘束力を認めると,差戻前第1審判決及び差戻前控訴審判決が認定していない新たな事実を上告審が事実の取調べを経ないで認定するのと異ならないからである。また,下級審と上級審の間での事件の往復を遮断するという破棄判決の拘束力の趣旨からしても,消極的否定的判断についての拘束力を認めれば十分である。 したがって,上告審判決時と同一の証拠関係にある限り,当裁判所は,前記部分について差戻前第1審判決及び差戻前控訴審判決と同様の判断はできないことになり,この点において拘束されているといえる。 (2) 拘束力からの解放次に,前記の上告審判決の拘束力が現在でも当裁判所に対して及んでいるのかどうかについて検討する。 そもそも,上告審判決の拘束力は,前記のとおり,上告審判決時と同一の証拠関係にある限り,差戻前第1審判決及び差戻前控訴審判決と同様の判断はできないというものであるから,上告審判決時の証拠と当裁判所で取り調べた証拠を照らし合わせて,証拠関係 り,上告審判決時と同一の証拠関係にある限り,差戻前第1審判決及び差戻前控訴審判決と同様の判断はできないというものであるから,上告審判決時の証拠と当裁判所で取り調べた証拠を照らし合わせて,証拠関係が異なっている場合には,もはや上告審判決の判断に拘束されることはなく,自由な心証により公訴事実の存否を判断することができると解するのが相当である。 前記のとおり,当裁判所においては,更に審理を尽くすため,新たに9名の証人尋問等の証拠調べを行った。すなわち,本件当時,被告人の付き人であったXYを,本件当時のb会における地位・役割,本件当時の被告人への随行状況,本件当時のb会事務所等の警備状況,C及びBが本件前日から同行するに至った経緯,本件前日被告人に随行した具体的状況,本件ホテル宿泊時の状況並びに本件当日の本件ロビーでの状況等という立証趣旨で,XYと同様,被告人の付き人であったZを,本件当時のb会における地位・役割,本件当時の被告人への随行状況,本件当時のb会事務所等の警備状況,本件ホテルの予約状況,本件前日被告人に随行した具体的状況,チェックイン等の状況,本件ホテル宿泊時の状況及び本件当日の本件ロビーでの状況等という立証趣旨でそれぞれ証人として尋問し,その他にも,本件前日及び本件当日の被告人ら乗車自動車の運転状況,本件ホテルでB及びCと同室に宿泊した状況,その時のB及びCの言動及び本件ホテル滞在中のb会の警護態勢等という立証趣旨でFを,本件当時のb会における地位,P会関係者からの襲撃の危険に関するb会幹部としての認識,b会本部事務所や被告人の自宅の警戒を強化した事実の有無,b会における組長の警護組織の有無,組長警護に対する考え方及びCがb会での自分の処遇について不満を漏らしていたことの有無等という立証趣旨でGを,本件当時のb会における 宅の警戒を強化した事実の有無,b会における組長の警護組織の有無,組長警護に対する考え方及びCがb会での自分の処遇について不満を漏らしていたことの有無等という立証趣旨でGを,本件当時のb会における役割及び本件当時b会本部事務所や被告人の自宅の警戒が強化されていた事実の有無等という立証趣旨でD及びEを,M事件前及び事件後に被告人が散髪に来た時の状況という立証趣旨でJを,本件当時のP会における地位,PがP会組員に対してどのような指示を出し,それをP会組員らがどのように受け止めていたか等という立証趣旨でH及びIを,それぞれ証人として尋問した。そして,以上の各証人尋問ではほぼ立証趣旨に沿った内容の供述がなされ,その中には信用性が高いと思われるものも含まれていることからすると,上告審判決時とは事実判断のための証拠関係が異なるに至ったといえる。したがって,当裁判所は上告審判決の拘束力から解放されているというべきである。 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所における判断の方針(1) 共謀の有無を認定するための視点本件で,被告人がB,Cと共謀の上,本件けん銃等を所持していたかという点について,被告人は前記のとおり一貫してB,Cと共謀したことを否定し,同人らも被告人の関与を否定する供述をしており,しかも,他に共謀の存在を直接的に立証する証拠もないことから,被告人とB,Cとの間で,同人らの本件けん銃等の所持について共謀が認められるかどうかは,間接事実からの推認により決するほかないところ,この共謀が認められるためには,その前提として,被告人において,B,Cがけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたと認められる必要がある。 そして,本件当時,第2の2で認定したとおり,M事件をきっかけにしてPがa組 Cがけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたと認められる必要がある。 そして,本件当時,第2の2で認定したとおり,M事件をきっかけにしてPがa組から絶縁処分を受け,a組関係者によるP会の関係各所に対する発砲事件が頻発しており,そのような情勢下において,後に認定するとおり,けん銃をいつでも発射できる状態で所持したBとCが,浜松駅から本件ロビーに至るまでの多くの場面で被告人に同行し,しかも,BとCが主観的には被告人を警護する意図を有していたことからすると,これらの事実自体から,被告人においても,B,CがP会からのけん銃による襲撃に対応するためにけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたことを相応に推認することができるようにも思える。しかし,B及びCがけん銃等を所持した理由としては,同人らが自らの判断で自発的に所持した場合のほか,被告人以外の者から被告人が知らない間に指示された場合なども考えられないではなく,被告人を警護する意図を有するB及びCが自己の親分である被告人に同行している事実が認められるからといって,直ちに被告人がB,Cのけん銃等の所持を認識,認容していたとまではいえないこともあり得る。そこで,関係証拠から被告人が前記のように認識,認容していたことを基礎付ける事実が認められるかどうかを慎重に検討する必要がある。 (2) 証拠の検討方法ところで,被告人が前記のように認識,認容していたことを示す間接事実の有無やその評価については,差戻前の各審級を通じて様々な角度から検討がなされてきたところであるが,当裁判所においては,前記のとおり,更に審理を尽くすため,b会関係者やP会関係者その他の者の証人尋問等,新たに多数の証拠調べを行った。こ 審級を通じて様々な角度から検討がなされてきたところであるが,当裁判所においては,前記のとおり,更に審理を尽くすため,b会関係者やP会関係者その他の者の証人尋問等,新たに多数の証拠調べを行った。これら新証拠の存在は,差戻前第1審で取り調べた証拠の信用性判断や,その証拠が争点判断に対して持つ意味にも多分に影響を及ぼし得るものである。そこで,当裁判所は,新証拠の評価のみならず,これを踏まえて,従前取り調べた証拠の信用性や争点判断に対して持つ意味についても再度検討を行った上,被告人がB,Cのけん銃等の所持を認識,認容していたことを基礎付ける間接事実の有無やその評価について,改めて,丹念に検討を加えていくこととする。 そして,本件のような客観的証拠が少ない事件では,客観的証拠の持つ重要性は他の事件に比べて相当に高く,結論を左右することもあり得ることから,客観的証拠がある場面を優先しながら順次検討していくことにする。 2 当裁判所で取り調べた各証人の証言の信用性判断の視点当裁判所において,被告人の付き人として本件前日から本件当日にかけて被告人に随行したXY及びZなど合計9人の証人尋問請求がいずれも弁護人からなされ,その全員を採用して証人尋問を行ったことは,繰り返し述べてきたとおりである。 当裁判所で取り調べた証人のうち,XY,Z,F,G,E及びDは,いずれも本件当時b会に所属していた組員であることからすると,虚偽の事実を述べてでも被告人に有利な証言をする動機があるといえる。また,H,I及びJは,b会に所属していたことはなく,H及びIに至っては被告人と面識があることもうかがえないのであるから,XYらに比べると,被告人に有利な虚偽の供述をする可能性は低いといえるが,Jは被告人がよく散髪に行く理髪店の経営者であり,H及びIも,本件当時, は被告人と面識があることもうかがえないのであるから,XYらに比べると,被告人に有利な虚偽の供述をする可能性は低いといえるが,Jは被告人がよく散髪に行く理髪店の経営者であり,H及びIも,本件当時,暴力団組織に所属していた以上は,前記のような動機が全くないということもできない。また,本件当時から各証人の尋問まで約13年が経過していることからすると,年数が経過したことによる記憶の減退も考慮せざるを得ない。しかしながら,これら虚偽供述の動機や,記憶の減退の可能性などから直ちに証言の信用性を否定するのは相当でなく,客観的証拠と符合したり,強い経験則に裏付けられていたりするなどの事情があり,前記の虚偽供述の動機や,年数の経過による記憶の減退という事情を考慮してもなお信用できるという場合は,その供述の信用性を認めるべきである。 3 浜松駅構内及び名古屋駅ホームでの被告人に対する警護についてまず,最も客観性の高い証拠であるビデオテープが存在する浜松駅構内のエスカレーターないし階段を上る場面,名古屋駅の16・17番線ホームの階段を下りる場面及び同階段を上る場面について検討する。 (1) 証拠により認定できる事実関係ア被告人らは,9月19日及び翌20日にa組総本部で開かれる予定の会合に出席するため,浜松駅から新幹線に乗車した。被告人らは,当初,浜松駅を19日午前9時17分に発車するひかり103号に乗車する予定であったが,被告人が遅刻したため,その列車に乗車することができず,結局,同日午前9時37分に浜松駅を発車するこだま443号に乗車することになった。同日朝,Dが被告人をその自宅まで自動車で迎えに行き,被告人を乗せて浜松駅に到着すると,既にXY,Z,B及びC(この4人と被告人を併せて,以下,「被告人ら5名」ともいう。)が浜松駅に到着してい た。同日朝,Dが被告人をその自宅まで自動車で迎えに行き,被告人を乗せて浜松駅に到着すると,既にXY,Z,B及びC(この4人と被告人を併せて,以下,「被告人ら5名」ともいう。)が浜松駅に到着していた。その際,Bは,ダブルのスーツを着用し,実包5発が装てんされた回転弾倉式けん銃1丁を自作のホルスターに入れ,右脇腹に差し込んで所持し,更に予備の実包5発も所持していた。また,Cも,ダブルのスーツを着用して,実包5発が装てんされた回転弾倉式けん銃1丁を既製のホルスターに入れ,右腰に挟んで所持し,更に予備の実包5発も所持していた。 イ浜松駅構内に設置された監視カメラの映像を録画したビデオテープによると,同日午前9時20分51秒,被告人ら5名のうち,被告人,XY及びCのみが浜松駅の新幹線改札口(南口)を通過した後,XY及びCは,エスカレーターの前まで行ったところで,いったん被告人のいる改札口の方に引き返し,被告人とともに少しの間改札口の外の方向を見た。その後,この3名は,再び振り返ってエスカレーターの方に進み,Cと被告人は,そのままエスカレーターに乗り,XYは,被告人がエスカレーターに乗るのとほぼ同じタイミングで階段を上り始めた。エスカレーターを上り切るまでの間,Cは,被告人から数段離れた前方に立ち,被告人のいるエスカレーターの下側方向を向いていた。その際,Cは右手に何も持っていなかった。XYは,階段を上り切るまでの間に一,二回後方を振り返った。被告人らが前記改札口を通過した約6分後に,Bが一人で前記改札口を通って前記エスカレーターを上っていき,それから1分余り経過した後,今度はZが一人で前記改札口を通って前記エスカレーターを上っていった。 ウそして,被告人ら5名は,こだま443号に乗車して浜松駅を出発し,同日午前10時24分に名古 それから1分余り経過した後,今度はZが一人で前記改札口を通って前記エスカレーターを上っていった。 ウそして,被告人ら5名は,こだま443号に乗車して浜松駅を出発し,同日午前10時24分に名古屋駅で下車して同駅下りホーム(16・17番線)の南口出口に至る階段を下りた。同ホームに設置された監視カメラの映像を録画したビデオテープによると,同日午前10時24分45秒,被告人の左前方にXY,右後方にZ,左後方にBがおり,被告人とXYの間に一般の乗客2名が割り込むという位置取りで階段を下りていった。 エ被告人ら5名は,同日午前10時57分ころ,同日午前11時3分に名古屋駅を出発するひかり41号に乗車するべく,同ホームに上がった。前記ビデオテープによると,同日午前10時57分20秒から,Z,XY,被告人,Bの順でエスカレーターを上ってきて,これと併行するように,Cが左手にインターフェロンの入った白い箱を持って階段を上ってきた。 なお,Cは,右手には何も荷物を持っておらず,また,階段を上る途中,大きく後ろを振り返り,階段を上がりきったところで右方向を見るなどしていた。 (2) 認定に用いた証拠の評価なお,上記認定事実のうち,① 被告人らが当初予定した新幹線に乗車することができなかったという点や,② 被告人が浜松駅に到着した際,既に他の4名が浜松駅に集合していたという点は,差戻前の関係者の供述のみならず,当裁判所で新たに取り調べたXYの供述等によって認定したものであるが,①の点については,被告人らが実際に乗車したこだま443号は名古屋駅止まりであり,目的地の新神戸駅に行くためには乗換えを余儀なくされるのに対し,当初予定していたとするひかり103号は新神戸駅まで直行でき,乗換えの必要がないこと,②の点については,b会の総長と配下組員と であり,目的地の新神戸駅に行くためには乗換えを余儀なくされるのに対し,当初予定していたとするひかり103号は新神戸駅まで直行でき,乗換えの必要がないこと,②の点については,b会の総長と配下組員という被告人らの関係から,特に必要がない限り,総長である被告人よりも先に他の者らが集合しているというのは当然であると考えられることなどに照らすと,これらの点に関するXYの供述等は自然であり,特に疑わしいところはない。 (3) 検討以上の事実を前提に,浜松駅構内及び名古屋駅ホームでの被告人に対する警護の有無及びその程度について検討する。 ア検察官は,浜松駅及び名古屋駅において,b会一行が襲撃に備えて被告人を警護していた旨主張しているところ,確かに,名古屋駅のホームに上ってくる場面(上記(1)エの場面)を見ると,被告人が前後を配下組員に挟まれた状態でエスカレーターを上ってきている様子や,Cが右手を空にした状態で周囲を見渡しながら階段を上ってきている様子を確認することができる。C自身,いざという時に被告人を守るためにけん銃等を所持していたこと自体は認めているところであり,この時も,Cは,被告人を警護するために周囲を警戒していたと考えるのが自然である。そうすると,被告人も,このような警護を受けていることを当然認識していたとみるのが自然なようにも思える。 しかし,もう1名のけん銃等所持者であるBを見ると,その位置取りこそ被告人の直後ではあるものの,右手に被告人のスーツが入ったケース(以下,単に「スーツ」という。)を,左手にボストンバックを所持するなど,突然の襲撃に対して機敏な対応ができるとはいい難い状態にある(浜松駅構内及び名古屋駅の階段を下りるときにXYが持っていたスーツを,名古屋駅のホームに上がる際には,Bが右手に持っていることから など,突然の襲撃に対して機敏な対応ができるとはいい難い状態にある(浜松駅構内及び名古屋駅の階段を下りるときにXYが持っていたスーツを,名古屋駅のホームに上がる際には,Bが右手に持っていることからすると,当裁判所でXYが供述するように,階段を下りてから上がってくるまでの間にスーツがXYからBに渡されたものと考えられる。そして,映像には映っていないが,浜松駅構内でBが持っていたボストンバッグを,名古屋駅のホームに上ってくるときにはB以外の4人が所持していなかったことからすると,ホームに上ってくるときにも,Bは左手にそのボストンバッグを持っていたと考えられる。)。いくらけん銃等を所持したCが右腰のけん銃等に近い右手を空にした状態で階段を上ってきているとはいえ,仮に被告人らがけん銃による襲撃の可能性を予測し,組織的に被告人を警護しようとしていたのであれば,もう1名のけん銃等所持者であるBの両手をふさぐような状態を作り出すことは避けようとするのが自然であると考えられる。それにもかかわらず,名古屋駅でXYがBにそれなりにかさばるスーツをあえて手渡しているという事実は,被告人が厳重な警護を受けていたという検察官の主張とはそぐわないものであるように見える。 なお,エスカレーターを上る際の被告人らの隊形は,前記のとおり,被告人の前後を配下組員で挟む形になっているものの,このこと自体は,必ずしも被告人が厳重な警護を受けていたことを示すものではない。すなわち,名古屋駅のホームに上るエスカレーターの横幅は,人一人が中央付近に乗ると,もう一人が横に並ぶのは困難な程度の幅しかなく,数名の集団がこのようなエスカレーターに乗ろうとすると,さほど間を開けることなく縦一列に並ぶような隊形になるのは何ら不自然なことではない。また,被告人らが並んでいた順番も,被告 な程度の幅しかなく,数名の集団がこのようなエスカレーターに乗ろうとすると,さほど間を開けることなく縦一列に並ぶような隊形になるのは何ら不自然なことではない。また,被告人らが並んでいた順番も,被告人の付き人であり,新幹線の切符の手配等を含む被告人の身の回りの世話をしていたXYやZが先導し,被告人がそれに続くというものであり,特に不自然というわけではない。名古屋駅のホームに上る際のb会一行の隊形は,突然の襲撃に備えて被告人を厳重に警護していたという検察官の主張と矛盾するわけではないが,かといって,そのような警護が行われていたことを積極的に推認させるものでもない。 結局,名古屋駅のホームに上る際の被告人らの行動を見ても,被告人が厳重な警護を受けていたか否かは明らかではなく,むしろ,被告人が厳重な警護を受けていたと見るにはいささか不自然な事情も見受けられる。 イそこで,他の場面についても検討を進めると,浜松駅構内(上記(1)イの場面)においては,けん銃等を所持したCが被告人とともにエスカレーターを上り,XYが階段を利用しているものの,Cはエスカレーターに乗っている際,終始改札口の方向を向いており,エスカレーターの上方に注意を払っている様子は見受けられない。また,XYにしても,右手にスーツを,左手にバッグを持っており,このような状態では,前方から突然の襲撃があった場合などに効果的な反撃をすることは困難である。 さらに,XYは,当裁判所において,浜松駅で被告人ら5名が一度集合した後,Z及びBに何か用事を言いつけたと供述しているところ,なるほど,このようなXYの供述を踏まえてビデオテープを精査してみると,まず,被告人,XY及びCのみが改札口を通過した後,XY及びCはいったんそのままエスカレーターを上ろうとしたが,被告人が改札口の外側 ど,このようなXYの供述を踏まえてビデオテープを精査してみると,まず,被告人,XY及びCのみが改札口を通過した後,XY及びCはいったんそのままエスカレーターを上ろうとしたが,被告人が改札口の外側を気にしている様子に気付いてそちらに引き返し,被告人とともに少しの間改札口の外の方向を見た後,改めてエスカレーターないし階段の方に向かっているように見える。実際に,その後しばらくしてから,BとZが順次エスカレーターを上ってホームに向かっている様子も確認できる。XYの上記供述は,ビデオテープに撮影された被告人らの行動を無理なく説明するものであり,特に疑わしいところはない。そうすると,前方に特に意を払うことなくエスカレーターの下方を注視するというCの行動や,階段を上りながら後方を振り返るというXYの仕草は,後から来るはずのBやZを気にしたための行動として自然に理解することができる。上記の経緯を踏まえると,XYが階段を利用している点についても,最初はエスカレーターを利用しようとしたものの,いったん被告人の方に引き返した際,階段側に移動した結果,再度ホームの方に向き直った時点で目前にあった階段をそのまま利用しているように見える。このように,被告人らは,浜松駅で一度集合しながら,配下組員4名のうち,けん銃等を所持した者1名を含む2名を,あえて,被告人の側から離れさせているのである。仮に被告人らがけん銃による襲撃の可能性を予想し,組織的に被告人を警護しようとしていたのであれば,このように警護が相当手薄になる行動をとらせるというのはいささか不自然である。ホームに上る際,XYが階段を利用した理由についても,前記の経緯,殊に,いったんは被告人を置き去りにしてエスカレーターを利用しようとしていた様子に照らすと,被告人を警護するため意図的にしたものとは考えに に上る際,XYが階段を利用した理由についても,前記の経緯,殊に,いったんは被告人を置き去りにしてエスカレーターを利用しようとしていた様子に照らすと,被告人を警護するため意図的にしたものとは考えにくい。 以上,要するに,浜松駅構内での様子を見ても,b会一行が突然の襲撃に備えて被告人を厳重に警護していたという様子は確認できない。前記の名古屋駅のホームに上る場面は,そこだけを見ると,厳重な警護と見る余地もないではないが,少なくとも浜松駅構内での様子に限っていえば,特別な警戒をしていたとみるのは困難である。 ところで,このような検討に対しては,浜松駅は被告人の地元であり,P会の地盤である京阪神エリアに近い名古屋駅と比較して警戒の程度が低いのは当然であるという反論も考えられる。しかし,前記のとおり,本件当日被告人らが名古屋駅で途中下車することになったのは,被告人の遅刻という偶然の事情によるものである(少なくとも,これに反する事実を認めるに足りる証拠はない。)。被告人が新幹線でa組総本部に向かう場合,浜松駅は必ず経由する必要があるのに対し,名古屋駅はたまたま下車する可能性があるにとどまるのであるから,襲撃者の心理としても,襲撃の危険を考える者の心理としても,浜松駅の方が警戒の程度が低くてよいとする理由は何もないように思われる。このように考えると,前記反論は当たらないというべきである。 ウさらに,名古屋駅のホームから階段を下りる場面(上記(1)ウの場面)について見ると,被告人ら5名は,被告人を囲むように固まって下りているものの,被告人とXYの間には一般の乗客が2名おり,厳重に警護しているというにはかなり違和感がある状態である。 エ以上で検討したところをまとめると,名古屋駅のホームに上る場面は,被告人らと併行して階段を上るCが周囲 間には一般の乗客が2名おり,厳重に警護しているというにはかなり違和感がある状態である。 エ以上で検討したところをまとめると,名古屋駅のホームに上る場面は,被告人らと併行して階段を上るCが周囲を見渡して警戒している様子は認められるものの,この点を考慮しても,被告人らが組織的に厳重な警護をしていたと見るにはなお疑問を差し挟む余地がある。浜松駅構内や名古屋駅のホームを下りる場面は,到底厳重な警護と言えるものではない。名古屋駅のホームに上る場面で,被告人らが浜松駅構内や名古屋駅のホームから下りる場面と格段に異なる警護態勢を取る必要性があるとは考え難いことも考慮すると,名古屋駅のホームに上る場面も,一見厳重な警護がなされているように見えながら,実際は,単に並んでエスカレーターに乗っていただけであると考えるのがむしろ自然なように思われる。少なくとも,当裁判所で新たに取り調べた証拠関係を踏まえて浜松駅及び名古屋駅のビデオテープに残された被告人らの様子を見る限り,厳重な警護やこれに準じた警護が行われていたと断定できるものではない。 オところで,被告人らが名古屋駅のエスカレーターを上って間もなくのころ,Nを警護するためにけん銃等を所持していたO1及びO3を含むd会関係者が同じホームに向かって階段を上る様子が映像に残されている(映像中にNの姿は確認できないものの,当然この者らの近辺にいるものと推認できる。)。この者らは,いずれもエスカレーターではなく,突然の襲撃に対応しやすい階段を使用している上,誰も手に荷物を持っていないことが認められ,その警護の状況は,被告人らb会関係者の様子と比較すると,かなり厳重であることがうかがえる。 (4) 小括以上のとおり,浜松駅構内及び名古屋駅ホームでの被告人に対する警護は,厳重なものでも,これに準じ 状況は,被告人らb会関係者の様子と比較すると,かなり厳重であることがうかがえる。 (4) 小括以上のとおり,浜松駅構内及び名古屋駅ホームでの被告人に対する警護は,厳重なものでも,これに準じたものでもなかったということができる。 4 M事件発生後の浜松におけるb会の警戒態勢について次に,被告人の日ごろの状況を示すM事件発生後のb会本部事務所及び被告人の自宅付近での警戒態勢について検討する。 (1) b会本部事務所及び被告人の自宅付近の様子についてア検察官は,差戻前第1審におけるU1及びU2の供述を根拠として,M事件後の9月1日以降,b会本部事務所及び被告人の自宅付近の警戒が強化されており,被告人もそのことを認識していた旨主張している。そこで,まず,U1,U2の供述の信用性について検討する。 (ア) 両名は,差戻前第1審の公判において,① 静岡県警察本部ないし浜松中央警察署の上司の指示により,b会本部事務所周辺及び被告人の自宅周辺の視察を実施した,② 視察を開始した9月1日にb会本部事務所の東側駐車場にb会組員のものと思われる自動車が多数駐車されており,同月2日及び3日にもb会本部事務所東側駐車場や西側三差路付近の空き地,被告人の自宅前や付近の宅地造成地等にb会組員と思われる人物数名が乗車した一,二台ずつの自動車が駐車されていた,③ 同月4日以降もしばらくの間,同様の状況が続き,b会が警戒態勢にあった様子がみて取れた,などと供述している。 (イ) 両名のこの供述は,いずれも職務の一環としてb会本部事務所や被告人の自宅付近を視察する中で見聞きした出来事に関する供述であり,あえて虚偽の事実を述べようとしている形跡はうかがわれない。また,自動車が駐車されていた場所,その台数や車種,駐車の状況などについて,具体的なエピ を視察する中で見聞きした出来事に関する供述であり,あえて虚偽の事実を述べようとしている形跡はうかがわれない。また,自動車が駐車されていた場所,その台数や車種,駐車の状況などについて,具体的なエピソード等を交えながら相当詳細に述べられた部分もあり,その内容に特に不自然な点はなく,相互に符合している部分も少なからず見受けられる。特に,9月1日から3日の出来事について述べる部分は,両名が当時作成した報告書等を見返し,当時の記憶を喚起した上で供述していることからすると,その供述部分の信用性はかなり高いということができる。これらの事情に照らすと,両名が供述するとおり,9月1日から本件発生ころまでの間,b会はP会の襲撃に備えた警戒態勢にあったと認定できるようにも思える。 しかし,他方,両名が前記の事実を供述したのは差戻前第1審の第22回公判期日が開かれた平成15年5月27日のことであり,目撃時から5年9か月近くが経過している点で,かなり記憶が薄れている可能性は否定できない。現に,報告書等を作成していない9月4日以降,いつまでb会本部事務所及び被告人の自宅付近の視察を行っていたかどうかという点について,両名の供述は相当あいまいなものとなっている。また,b会本部事務所西側三差路付近の空き地に駐車されていた自動車について,U1は早い時期にいなくなったと供述するのに対し,U2は同日以降も同じ場所に駐車し続けていたことを前提とする供述をするなど,相互に食い違っているとみられる点も存在する。このような事情に照らすと,両名の供述のうち,9月4日以降のb会本部事務所及び被告人の自宅付近の警戒状況に関する部分の信用性は,特に慎重に判断する必要があるというべきである。 イ以上の検討を踏まえると,両名の供述により,9月1日以降のb会本部事務所及び被告人 務所及び被告人の自宅付近の警戒状況に関する部分の信用性は,特に慎重に判断する必要があるというべきである。 イ以上の検討を踏まえると,両名の供述により,9月1日以降のb会本部事務所及び被告人の自宅付近の状況について,以下の事実を認めることができる。 (ア) 9月1日午前9時ころから午前11時ころまでの間,b会本部事務所東側駐車場にb会組員のものと思われる自動車多数が駐車されていたことがあった。 (イ) 同月2日午前11時ころ,b会本部事務所東側駐車場と西側三差路付近の空き地に1台ずつb会組員が乗車した自動車が停車していた。被告人の自宅付近については,b会組員と思われる人物が乗車した自動車が自宅前に2台,自宅裏手(西側)の宅地造成地に1台,県道己線から被告人の自宅の東側に通じる市道の入口付近に1台停車していた。 (ウ) 同月3日午後2時ころ,b会本部事務所東側駐車場及び西側三差路付近の空き地に前日と同じ自動車が停車していた。被告人の自宅付近については,自宅前及び自宅裏手(西側)の宅地造成地に各1台,b会組員と思われる人物が乗車した自動車が停車していた。市道の入口付近には,前記のとおり,同月2日の時点では1台の自動車が停車していたが,U2が,その車両に乗車していたb会組員に自動車をどかすよう申し向けると,同月3日以降はその自動車はいなくなった。 (エ) 同月4日以降,b会本部事務所東側駐車場については,ある程度の期間,b会組員と思われる人物が乗車した自動車が停車していたことがうかがわれるが,このような状況がいつ頃まで続いていたか(特に,同月19日ころまで続いていたか)は明らかではない。同西側三差路付近の空き地については,U1とU2の供述を総合すると,長期間継続的に自動車が停車していたとは認められない。被告人の自宅付近につ 特に,同月19日ころまで続いていたか)は明らかではない。同西側三差路付近の空き地については,U1とU2の供述を総合すると,長期間継続的に自動車が停車していたとは認められない。被告人の自宅付近についてみると,自宅裏手(西側)の宅地造成地については,ある程度の期間,b会組員と思われる人物が乗車した自動車が停車していたことがうかがわれるが,このような状況がいつ頃まで続いていたかは明らかではない。 U1もU2も,同月4日以降,被告人の自宅前に自動車が停車している様子は確認していない。このほか,被告人の自宅南側の寿司屋付近に,b会関係と思われる自動車1台が停車しているのが1度だけ目撃されている。 (2) 被告人の日常の行動について次に,被告人の自宅近くで理容店を経営しているJは,当裁判所での証人尋問において,① 被告人は月に2回程度散髪等のために来店していた,②被告人は午前6時ころに来店することが多く,そのときは被告人一人で来て,一人で帰って行った,③ 午後4時ころ運転手とともに来店することもあったが,そのときはすぐに運転手を帰していた,④ 散髪以外でも,自分が早朝散歩をしている際,一人で散歩をしている被告人と行き会うことがよくあった,⑤ 以上の様子は,M事件の発生前後を通じて何も変化がなかった,⑥ M事件の一,二か月後くらいから数年間被告人が理容店に来なくなった時期があり,後に逃亡して逮捕されたと分かった,などと供述している。 Jの証人尋問が実施されたのは当審第5回公判期日が開かれた平成23年2月1日であり,前記供述は,実に13年以上前の出来事について述べられたものである。しかしながら,Jの供述内容自体は,自己の職務や生活習慣に関連した比較的単純なものである上,当時の記憶は,被告人が理容店に来店し,M事件の話をしていた際,被告人が 来事について述べられたものである。しかしながら,Jの供述内容自体は,自己の職務や生活習慣に関連した比較的単純なものである上,当時の記憶は,被告人が理容店に来店し,M事件の話をしていた際,被告人が「あんないい人がな。」と話していたなどという具体的かつ印象的なエピソードと結び付けられており,記憶違いや勘違いの可能性はそれほど高くないと考えられる。また,自身が経営する理容店の長年の得意客であるとはいえ,被告人との間に組織関係はもとより,個人的な付き合いがあるともうかがわれないJが,偽証罪による処罰を受ける危険を冒してまで,虚偽の供述をして被告人の利益を図る強い動機があるとも考え難い。そうすると,Jの供述の基本的部分は信用でき,前記供述に沿う事実を認定することができる。 (3) 検討以上で認定した事実を前提に,b会本部事務所及び被告人の自宅付近での警戒態勢について検討する。 前記のとおり,9月1日の時点で,b会本部事務所東側駐車場には,b会組員のものと思われる自動車が多数駐車されていたことがあったが,当時の情勢や,当裁判所で証拠調べを行ったb会関係者らの供述等に照らすと,これは,M事件やそれに続くPのa組からの破門について,b会本部からの指示,連絡を受けるために組員らが集まったことによるものであると考えられる。そして,このような情勢を受けて,b会本部事務所及び被告人の自宅付近において,M事件以前はb会関係の車両が駐車されていなかった場所に,b会組員が乗車した車両が複数停車されるようになったことに加え,U2の供述によると,9月2日ころ以降,b会本部事務所周辺の住民から浜松中央警察署に対し,やくざ風の男が乗車した車が24時間駐車されているから見て欲しいなどという内容の通報が複数なされていたようであること,U1やU2が,視察中,b会 ,b会本部事務所周辺の住民から浜松中央警察署に対し,やくざ風の男が乗車した車が24時間駐車されているから見て欲しいなどという内容の通報が複数なされていたようであること,U1やU2が,視察中,b会組員から,警察車両なら赤色灯を点けてこなければ危ないなどと言われ,他の組織からの襲撃等を警戒している様子がうかがわれた旨供述していることなどからすると,b会本部事務所及び被告人の自宅付近において,何らかの警戒がなされていたこと自体は認められる。 しかしながら,前記のとおり,このような状況が9月4日以降いつ頃まで続いていたかは明らかではない上,U1やU2の供述によっても,同日以降,継続的にb会関係の車両が停車していたという場所は,b会本部事務所東側駐車場及び被告人の自宅裏手(西側)の宅地造成地だけである(b会本部事務所西側三差路付近の空き地については,前記のとおり,長期間継続的に自動車が停車していたとは認められない。)。また,暴力団員風の人物数名が乗車した自動車が一定の場所に停車し続けていること自体が相当異様な情景であるとはいえ,U1やU2が実際に接触した人物は,半ズボンに草履履きというかなり砕けた服装であり,特に武器等を所持している様子もみられず,U1やU2らに職務質問や所持品検査の必要性を感じさせることもなかったようである。U1もU2も,同日以降,特に異状を感じて報告書を作成するようなことはしていない上,静岡県警や浜松中央警察署が不定期の巡回以上に,警察官を常駐させて警戒に当たらせるなど,格別の措置を講じた形跡もうかがわれない。これらの事情は,実際に状況を視察していた警察側からみても,当時の状況が高度の緊張や危険を感じさせるものではなかったことをうかがわせるものである。 以上の諸点を総合すると,9月1日以降,ある程度の期間,b会本部 実際に状況を視察していた警察側からみても,当時の状況が高度の緊張や危険を感じさせるものではなかったことをうかがわせるものである。 以上の諸点を総合すると,9月1日以降,ある程度の期間,b会本部事務所及び被告人の自宅について,何らかの警戒がなされていたこと自体は認められるものの,それが厳重と評価すべき程度のものであったかというと,かなり疑問を入れる余地がある。さらに,仮に被告人がこのような警戒を自ら指示し,あるいは,自ら指示しないまでも,必要不可欠なものであると考えていたのであれば,被告人自身,P会からの襲撃を現実的なものと予想し,自らの生命,身体に対する具体的な危険を感じていたはずであるが,Jの証言により認められるように,このころの被告人の様子をみると,早朝一人で散歩に出掛けたり,散髪のために一人で理髪店に赴くなどしているのであり,とても他の組織からの襲撃を現実的なものとして予想し,自らの生命,身体に対する具体的な危険性を感じている人物の行動には見えない。 (4) 小括このように,当裁判所で新たに取調べた証拠をも踏まえて検討すると,9月1日以降のb会本部事務所及び被告人の自宅付近において,組織的に厳重な警戒がなされていた様子はうかがわれず,検察官の主張するように,M事件後,これらの場所について警戒が強化されており,被告人もそのことを認識していたとは認められない。 5 新幹線内での被告人に対する警護について続いて,新幹線内での被告人に対する警護について検討する。 (1) XY及びZは,当裁判所において,新幹線内での状況につき,① 被告人ら5名が浜松駅でこだま443号に乗り込んだ後,被告人はグリーン車に入り,進行方向に向かって左側に座り,XYは,被告人の右斜め後ろに座った,② Zは,被告人らが乗っていたグリーン車に 被告人ら5名が浜松駅でこだま443号に乗り込んだ後,被告人はグリーン車に入り,進行方向に向かって左側に座り,XYは,被告人の右斜め後ろに座った,② Zは,被告人らが乗っていたグリーン車に一番近いデッキに立って待機していた,③ CとBは,被告人らが乗っていた車両にはいなかったため,XY,Zともその二人がどこで何をしていたかは分からなかった,④ 被告人の体調が良くなかったので,名古屋駅の待合室でいったん休んだ後,同駅のホームで偶然一緒になったd会関係者とともに新神戸に向かうひかり41号に乗った,⑤ その際,d会の者がNと被告人を案内するようにしてグリーン車の2階席に上がり,それに続いてXYが2階席に上がった,⑥ 被告人はNの隣に座り,XYは,d会の者に指示されて被告人らのすぐ後ろの席に座り,Zはグリーン車の2階席を下りたデッキのところで待機した,⑦ グリーン車の入口付近でZやB及びCが立って警戒したようなことはなかった,⑧ BやCがどこにいたかは分からないが,少なくともグリーン車の2階席にはいなかった,などと供述する。 (2) XYらのこの供述は,XYが何かの用事でZのところに行く必要が生じたときに,Zが遠くにいると,XYが被告人から離れる時間が長くなってしまうため,普段からZは被告人が乗っている車両の一番近くのデッキにいることにしていたという点や,まだ修行中の身であるZが被告人と同じ車両に座ることは失礼にあたるという点など,それなりに合理的な部分も認められるものの,同人らの供述を客観的に裏付ける証拠が存在するわけではない。XYらの立場に照らすと,被告人やXY,Zの位置関係,行動については真実を述べる一方,BやCの行動については虚偽を述べるという可能性も否定できず,実際の供述内容をみても,自分たちだけ わけではない。XYらの立場に照らすと,被告人やXY,Zの位置関係,行動については真実を述べる一方,BやCの行動については虚偽を述べるという可能性も否定できず,実際の供述内容をみても,自分たちだけでは手が足りないことから,荷物持ちとしてBやCを連れて行ったと供述しながら,新幹線内での同人らの居場所を把握していなかったとする点や,いわばb会の公務に従事していたはずのB及びCが,当然に新幹線の切符代を自ら負担したとする点など,いささか不自然な点も見受けられる。これらの事情に照らすと,XYらの供述に依拠してBやCが被告人の近くにいなかったと認定することはできない。 (3) しかし,このことは,直ちにBやCによる厳重な警護態勢が敷かれていたことを意味するものではない。そもそも,本件においては,この点を直接立証する証拠がない(なお,Cの検察官調書〔甲82〕には,B及びCが新幹線内で被告人の乗車するグリーン車前後のデッキに立って警戒に当たったなどとする記載があるが,同調書の内容には,ビデオテープに撮影された客観的な状況と矛盾する部分が少なからず含まれていることから,高度の信用性を認めることはできず,事実認定に供することはできない。)ばかりか,これと近接する時点で撮影された浜松駅構内や名古屋駅ホームでの被告人らの行動を見ても,被告人に対する警護は,厳重なものでも,これに準じたものでもなかったことは先に述べたとおりである。 (4) 検察官は,a組及びP会を取り巻いていた当時の緊迫した情勢下において,被告人を警護する役割を担い,けん銃等を所持して随行していたB及びCが,新幹線車内において,周囲に対する警戒及び被告人に対する警護態勢を緩める合理的な理由は何ら存在しないのであるから,その間も,けん銃等を所持して被告人を襲撃する者がいないかを常に警戒 いたB及びCが,新幹線車内において,周囲に対する警戒及び被告人に対する警護態勢を緩める合理的な理由は何ら存在しないのであるから,その間も,けん銃等を所持して被告人を襲撃する者がいないかを常に警戒し,襲撃に遭ってもすぐさま対処できるような警護態勢を取っていたと考えるのが合理的であると主張するのであるが,後に検討するとおり,当時の客観的な情勢はともかくとして,被告人はP会の襲撃の現実的な危険性を感じていなくてもおかしくない状況にあったこと,また,BやCに被告人を警護するボディーガードの役割が与えられていたことを推認させるに足りる証拠もないことなどによると,検察官のこの主張は採用することができない。 (5) 結局,新幹線内においても,厳重な警護態勢,あるいはそれに準じた警護態勢が取られていたと認めるに足りる証拠はないというほかない。 6 a組総本部から本件ホテルに至るまでの間の警護について(1) 証拠により認定できる事実関係新幹線を下車してから本件ホテルに至るまでの間については,以下の事実が認められる。 ア被告人ら5名とNらd会関係者は,9月19日午後零時21分ころ,新神戸駅で下車し,被告人,XY及びZはK(b会若中兼i興業本部長。)が運転する自動車に,B及びCは,Fが運転する自動車に乗車し,Nらd会関係者の乗る自動車と前後して,同日午後零時32分ころ,a組総本部に到着した。 イ同総本部での用務終了後,被告人ら5名とNらd会関係者は,同日午後4時28分ころ,何台かの自動車に分乗して同総本部を出発し,阪神高速道路等を利用して本件ホテルに向かった。本件ホテルでは,d会のO2が午後5時37分に,Zは午後5時50分にそれぞれチェックインの手続をした。なお,被告人らb会関係者の宿泊は,同月18日にZの名前であらかじめ3部屋 本件ホテルに向かった。本件ホテルでは,d会のO2が午後5時37分に,Zは午後5時50分にそれぞれチェックインの手続をした。なお,被告人らb会関係者の宿泊は,同月18日にZの名前であらかじめ3部屋7名分の予約がされ,当初割り当てられた28階の3部屋のうち1部屋が後に28階の他の部屋に変更されている。d会関係者については,同月19日にO2の名前で3部屋6名分の予約がされ,当初割り当てられた33階の3部屋全てが後に28階の部屋(うち1部屋は元はb会に割り当てられていた部屋)に変更されている。 (2) 「戊」などを経由したかどうかについてアそして,この場面で,差戻前第1審,差戻前控訴審及び上告審のいずれにおいても問題となっているのが,a組総本部から本件ホテルに到着するまでの間に,被告人が大阪のふぐ料理店「戊」で食事を取ったか,そうでなくとも,一時別の場所に立ち寄ったかどうか,そして,それにB及びCが同行していたのかどうかという点である。 イこの点に関し,被告人は,N及びSとともにa組総本部を出発した後,「戊」で食事をしてから徒歩で本件ホテルに向かい,その際,B及びCとは行動を共にしていなかった旨供述し,S,B及びCのほか,当裁判所で証言したXYやFらも,被告人と同趣旨の,あるいはこれに沿う内容の供述をしている。 これらの者の供述は,その内容自体に著しく不自然,不合理な点があるというわけではなく,それぞれの供述者の立場から述べられた事実経過は相互におおむね整合している。加えて,以下に述べるように,被告人らの供述には,客観的な証拠によって認められる事実とも整合しやすい部分もあり,これらの証拠によりある程度裏付けられているといえる。すなわち,前記のとおり,本件ホテルでは,d会のO2が午後5時37分に,Zは午後5時50分にそれぞ って認められる事実とも整合しやすい部分もあり,これらの証拠によりある程度裏付けられているといえる。すなわち,前記のとおり,本件ホテルでは,d会のO2が午後5時37分に,Zは午後5時50分にそれぞれチェックインの手続をしているが,これは,被告人,N及びSを乗せた自動車を中心とする一団がa組総本部から本件ホテル近くの「戊」付近まで移動した後,被告人らを下車させて,代わりにZを乗せたK運転車両がしばらく大阪梅田の交差点付近で待機し,その後,本件ホテルに向かってZがチェックイン手続をしたとする被告人らの供述と整合しやすい(O2とZが近い時間帯にチェックインの手続をしていることは,b会関係者とd会関係者が行動を共にしていたことをある程度うかがわせる一方,Zのチェックイン時間がO2のチェックイン時間よりも13分程度遅くなっていることは,Zが大阪梅田の交差点付近でしばらく待機していたとする供述と整合しやすい。)。また,前記のようなb会関係者及びd会関係者の本件ホテル予約の経緯や部屋の割当て状況に照らすと,被告人が同日Nに本件ホテルへの宿泊や被告人の宿泊する階への部屋の変更を勧めたとする被告人らの説明は,特に不自然なものとはいえない。 そして,被告人らの立場や利害関係等に照らすと,被告人の利益を図るなどの目的から口裏合わせをする可能性があること自体は否定し難く,新証拠であるXYやFらを含めた被告人らの供述内容が自然なものであり,相互に一致していること自体により各供述の信用性が飛躍的に高まるとはいい難いものの,このように新証拠も含めて一致している供述が,客観的な証拠にある程度裏打ちされていることをも考慮すると,その全てが信用できないとすることも,また相当ではないと考えられる。 ウもっとも,被告人の供述中には,客観的な証拠と整合しにくい部分も存 的な証拠にある程度裏打ちされていることをも考慮すると,その全てが信用できないとすることも,また相当ではないと考えられる。 ウもっとも,被告人の供述中には,客観的な証拠と整合しにくい部分も存在する。すなわち,弁護人らが「戊」から取り寄せたという9月19日付け御勘定書(差戻前第1審平成14年押第105号の5,当審平成21年押第207号の5)及び「戊」の従業員であるU3の差戻前第1審での供述によると,同日,同店の2番テーブルに座った客3人が,つき出し3人前,ふぐのぶつ切り3人前,ふぐの唐揚げ3人前,松茸,雑炊2人前,ビール7本(更に2本注文したが取消し)及びウーロン茶3杯を注文している(その他,活ふぐ鍋3人前は注文した後,取消し)ことが認められる。 他方,被告人は,差戻前第1審において,「戊」に入った後,ふぐのぶつ切りや雑炊に加え,焼き松茸3人前やビールを注文して,注文済みの食べ物は最初から全部出すよう指示し,また,被告人はビールを飲まずに,ウーロン茶だけを飲み,食事の時間はだいたい四,五十分だったなどと供述しているところ,このうち,ふぐのぶつ切りや雑炊,松茸を食べたとする点は,上記御勘定書の記載と一致しているのであるが,被告人らの平素の酒量等からすると,被告人ら3人がビールを7本も注文したり,その上で四,五十分程度で食事を終えたりすることができたとは考え難い(なお,被告人は,店の従業員にビールを振る舞ったかもしれないと供述するが,仮にそのような事実があったとしても,店の従業員等の人数等に照らして,ビール7本というのは余りにも多すぎる。)。加えて,被告人は,ふぐ鍋を注文した記憶はないと供述しているが,前記のとおり,御勘定書には活ふぐ鍋を注文した後,取り消された旨の記載がなされている。 前記御勘定書には飲食時間の記載はなく,こ )。加えて,被告人は,ふぐ鍋を注文した記憶はないと供述しているが,前記のとおり,御勘定書には活ふぐ鍋を注文した後,取り消された旨の記載がなされている。 前記御勘定書には飲食時間の記載はなく,これが被告人らが供述する時間帯に同店を訪れた客の飲食状況を反映したものか否かは必ずしも明らかではないが(U3の供述によっても,この点はなお明らかとはいえない。),注文されたビールの本数など,先に述べたところに照らすと,少なくとも,その御勘定書が被告人らの食事に係るものであるとは考えにくい。そして,仮にその御勘定書が別の客のものであり,被告人らの食事に係る御勘定書が他に存在するのであれば,弁護人らがこれを入手し,証拠として提出することがそれほど困難であったとは考え難い。「戊」で食事をした旨の被告人の供述は,被告人らの食事に係るものではない可能性もある前記御勘定書の記載と矛盾するとまではいえないが,核心部分において,被告人の供述が真実であるとすれば存在してもおかしくないような裏付けを欠いているのであるから,その信用性には限界があるとみざるを得ない。そうすると,被告人らの供述に依拠して,被告人が「戊」で食事をしたという事実を認定することはできない。 エまた,本件においては,9月19日の夜にXYやZらが本件ホテルで食事をした際の領収書が存在する一方,被告人についてはこのような証拠は存在せず,この事実は,被告人が本件ホテル以外の場所で食事をした可能性を示唆するものではある。しかしながら,被告人が実際には「戊」以外の場所で食事をしながら,これを隠して「戊」で食事をしたという虚偽供述をする利益があるとはうかがわれず,そうすると,被告人が食事をした場所として「戊」のみを供述している本件において,その場所が「戊」以外の場所であったという可能性は,極めて で食事をしたという虚偽供述をする利益があるとはうかがわれず,そうすると,被告人が食事をした場所として「戊」のみを供述している本件において,その場所が「戊」以外の場所であったという可能性は,極めて低いと考えられる。 オ小括以上によれば,a組総本部から本件ホテルまで移動する間に,被告人がB及びCと別行動をし,「戊」その他の場所に立ち寄って食事をしたという事実は認められず,この点に関する弁護人の主張は採用できない。 もっとも,このことは,必ずしも被告人が厳重な警護を受け続けていたということを意味するものでもなく,結局,この間の被告人の行動及び警護状況は不明というほかない。 7 被告人の本件ホテル滞在中の警護態勢について検察官は,本件ホテル滞在中の被告人の警護態勢に関し,① 被告人らが宿泊した部屋は,被告人が宿泊していた2811号室とNが宿泊していた2806号室を中心として,その付近及び両端にb会及びd会の組員の部屋が配置され,何者かが宿泊客用エレベーターや従業員用エレベーターから出入りし,廊下を通って被告人やNの部屋に接近しようとする場合,それを監視・警戒することができ,特に不特定の宿泊客や外部の者が利用する客室エレベーター側からの不審者の来訪に対して,被告人やNの部屋を最も監視ないし防御しやすい配置となっており,Nらd会関係者が,いったん予約していた階の異なる部屋から28階の部屋に変更したことの意味もその点にあること,② 本件前日である9月19日の本件ホテル到着時から翌20日の本件当日朝までの間,b会やd会の組員が,宿泊客用のエレベーターホールなどに立ったり,廊下を通行する人物を部屋のドアを開け閉めして監視したりしていたことなどによると,厳重な警護態勢がとられていたことが明らかであり,被告人も,自分の付近あるいは近辺 エレベーターホールなどに立ったり,廊下を通行する人物を部屋のドアを開け閉めして監視したりしていたことなどによると,厳重な警護態勢がとられていたことが明らかであり,被告人も,自分の付近あるいは近辺でこのような警護態勢が取られていたのであるから,これを目にして認識し,受け入れて認容していたと主張する。 そこで,本件ホテル滞在中の被告人の警護態勢について検討する。 (1) 証拠によって認定できる基本的な事実関係ア O2は,本件前日の9月19日,本件ホテルの3部屋を予約し,同日午後5時37分ころ,本件ホテルから割り当てられていた33階の3302号室,3312号室及び3322号室の3部屋についてチェックインの手続をした。また,Zは,同月18日に宿泊予約をしていたが,同月19日午後5時50分ころ,チェックインの手続をし,その際,2811号室の宿泊者名簿の氏名欄には「A」と被告人の実名を記載した。Zの予約により割り当てられていた部屋は,当初,28階の2801号室,2811号室及び2822号室の3部屋であったが,O2は,チェックイン後に2人の男性を伴ってフロントに来て,既にd会関係者に割り当てられていた33階の3部屋全てを28階に変更するよう求めたことから,Zが既にチェックインしていた部屋のうち2801号室が2814号室に変更され,O2がチェックインした33階の各部屋は,28階の2801号室,2806号室,2823号室に変更された。この変更の結果,被告人は2811号室に,XY,Z及び運転手のKが2814号室に,B,C及び新神戸駅から自動車を運転してきたFが2822号室にそれぞれ宿泊した。また,O2が変更手続を取った3部屋には,Nが2806号室に,他のO1,O3,O2ら5名は,2801号室と2823号室のいずれかに宿泊した。 また,Sとその てきたFが2822号室にそれぞれ宿泊した。また,O2が変更手続を取った3部屋には,Nが2806号室に,他のO1,O3,O2ら5名は,2801号室と2823号室のいずれかに宿泊した。 また,Sとその秘書ら3名は,同月18日から27階の2部屋に宿泊していたが,同月19日,Sの部屋が27階から28階の2803号室に変更された(なお,その各部屋の位置関係は,別紙記載のとおりである。)。 イ被告人は,2811号室に入った後,シャワーを浴びて午後7時ころから,マッサージ師(延べ2名)によるマッサージを約3時間にわたって受けた。その間,同室の廊下側のドアノブにはマッサージ治療中の札が掛けられ,ドアの金具を外側に倒してドアが完全に閉まらないようにしていた。 ウ被告人は,翌20日午前7時前ころ,2811号室から電話で朝食を午前7時に部屋に届けるよう注文し,これに応じて,本件ホテルのルームサービス係のU4は,朝食をワゴンに乗せ,南側の従業員用エレベーターを使って28階に上がり,2811号室に行ったが,その際,同室のドアは全開状態であった。U4が,ドアをノックしてルームサービスであることを告げた上,室内を見ると,五,六十歳くらいの男性がソファーに座り,スーツ姿の男性2人が立っているのが確認できた。そして,U4が朝食を運び入れると,スーツ姿の男性の1人が朝食の伝票を受け取り,その署名欄に「A」と記入した。 (2) この場面に関する関係者の各供述の信用性についてところで,検察官は,本件ホテルの宿泊客のU5,本件ホテル客室係従業員U6,ホテルルームサービス係従業員の前記U4やU7の各供述は十分に信用できるものであって,それらの各供述に現れている事実や,そこから推認又は判断される事柄に照らすと,前記のとおり,b会及びd会の両組織の関係者が本件ホテ ス係従業員の前記U4やU7の各供述は十分に信用できるものであって,それらの各供述に現れている事実や,そこから推認又は判断される事柄に照らすと,前記のとおり,b会及びd会の両組織の関係者が本件ホテル28階において厳重な警護態勢を取っていたことは明白であると主張する。そこで,被告人の本件ホテル滞在中の警護態勢について検討を加える前に,これらの者の各供述の信用性について検討する。 ア U5の供述について(ア) U5は,① 9月19日午後5時ころから午後6時ころまでの間,宿泊していた2820号室に戻ろうとして宿泊客用エレベーターに乗ったところ,3人の男性が中におり,そのうち,黒っぽいジャケットかスーツを着て,身長はさほど高くなく,金ぶちの眼鏡と高級そうな時計を身に付けていたのが被告人で,グレーのような色のスーツを着て,被告人より少し身長が高く,金ぶちの眼鏡を身につけていたのがCだった,② 同日夕方から翌20日未明にかけて,28階のエレベーターホールと2820号室を何度か行き来した際,エレベーターホールやその付近でO2,O3,Zと思われる男を目撃したほか,前記エレベーターから2820号室に向かって廊下を歩いたり,同室に出入りしたりするたびに,2822号室や2806号室のドアが開閉し,2820号室のドア前から2806号室のドア奥にいたO1と思われる男と目が合ったことがある,などと供述する。 (イ) U5は,被告人らとはもともと面識がなく,虚偽の事実を作出してまでa組の最高幹部でもある被告人に不利益なことを述べる動機があるとは思えない。そして,U5が宿泊している部屋を出入りしたり,廊下を歩いたりするたびに近接する部屋のドアが開閉することは非日常的な出来事である上,U5はそのような光景を複数回目撃したというのであるから,②のうち,28階 U5が宿泊している部屋を出入りしたり,廊下を歩いたりするたびに近接する部屋のドアが開閉することは非日常的な出来事である上,U5はそのような光景を複数回目撃したというのであるから,②のうち,28階のエレベーターホールやその付近で複数の男たちを目撃したことや,2820号室に向かって廊下を歩いたり,同室に出入りしたりするたびに,その途中にある部屋のドアが開閉したという点については,信用性があるということができる。 しかしながら,U5が,本件ホテルでの宿泊時の状況について警察官から初めて事情聴取を受けたのは,本件ホテルに宿泊したときから既に約3年8か月余りが経過した時点であって,それまで一度も記憶を喚起する機会がなかったことからすると,細かな点についての記憶の正確性には,やはり問題があるといわざるを得ない。そして,①について,エレベーターに乗り合わせた3人の男性のうちの2人が被告人とCであったとする点は,U5の捜査段階における供述調書には現れておらず,差戻前第1審で供述し始めたことについて特に理由らしい理由は見当たらない上,①については,非日常的光景である②の場面とは関係なしに目撃したという点で観察の意識性は低かったといえる。また,②のうち,O2,O3及びZと思われる男を目撃したという点についても,その男たちの特徴について,U5は,年齢や身長のほかは,目つきが鋭く,愛想がない,カジュアルではないがスーツではないという芸能関係か何かと思うような服装だったなどといった漠然とした特徴を指摘できるにとどまっており,U5がエレベーターホールにいた男たちの顔について正確に観察することができなかったことをうかがわせる。さらに,2806号室からO1が顔をのぞかせていたという点についても,2806号室のドアが宿泊客用エレベーターの側に設置され,しかも の顔について正確に観察することができなかったことをうかがわせる。さらに,2806号室からO1が顔をのぞかせていたという点についても,2806号室のドアが宿泊客用エレベーターの側に設置され,しかも内側に開くような構造になっているとみられることから,U5が供述するように,二,三十センチ開いただけのドアの奥にいる人物を目撃できるような状況にあったとは考えにくい。加えて,U5は当時,女性の補整下着の訪問販売の会社の経営をしていて,職業柄,人の顔や名前を意識的に覚えるようにしていたと供述するが,①や②については場面が明らかに異なる。 これらの事情からすると,U5の供述のうち,①及び②の人物や部屋番号を具体的に特定する部分についての信用性には疑問がある。 したがって,U5の供述によって認定できるのは,前記の信用できるとした部分に沿う事実にとどまる。 イ U6の供述について(ア) U6は,① 9月19日午後6時ころ,2814号室からランドリーサービスの注文を受けたため,従業員用エレベーターから本件ホテル28階の廊下に出ると,二,三人の男がぽつぽつといた,② 同日午後8時30分ころ,①のランドリーサービスが仕上がったため,28階の廊下に行くと,廊下に五,六人の男がぽつりぽつりと立っており,茶色のスーツを着用した角刈りの男から本件ホテルの従業員かどうか確認されたこともあった,などと供述する。 (イ) 確かに,被告人らとU6との間にももともと面識がなく,U6が虚偽の事実を作出してまでa組最高幹部でもある被告人に不利益なことを述べる動機はないようにも思える。 しかしながら,①のうち,廊下の男たちについて述べる点は,本件発生の翌月の10月に録取された警察官調書にはそのような記載はない。 この点について,U6は当時の取調べにおいても,同日午後 も思える。 しかしながら,①のうち,廊下の男たちについて述べる点は,本件発生の翌月の10月に録取された警察官調書にはそのような記載はない。 この点について,U6は当時の取調べにおいても,同日午後6時ころ,28階の廊下に二,三人の男がぽつぽつといたことを警察官に話したと述べているが,仮にU6がそのような被告人らの警護態勢をうかがわせる事情を述べたとするなら,それが重要な事実であるだけに,警察官は調書に録取するのが通常といえるから,それがないことは,当時の取調べにおいてその旨話したということに疑いを生じさせる。そして,事件直後に供述していなかったことを約5年8か月経過した時点で急に思い出すということは通常考え難いことからすると,上記の点についてはその信用性に疑問が残る。 また,②のうち,茶色のスーツを着用した角刈りの男から本件ホテルの従業員かどうか確認されたという点も,同月に録取された警察官調書にはそのような記載がない。加えて,廊下に立っていたという五,六人の男については,9月に行われた事情聴取の際には2814号室内にいたと述べていたのが,翌10月に録取された警察官調書では廊下にいたという供述に変わり,さらに,平成13年に実施された実況見分ではその人数は3人だったと変わるなど,場所及び人数について不合理な変遷を遂げている。そして,2814号室内と28階廊下とでは場所的に相当に異なり,記憶が混同しにくい事項であることを考えると,上記の点についても同様にその信用性に疑問が残る。 ウ U4の供述について(ア) U4は,① 9月20日午前7時前ころ,2811号室の「A」という客から電話で朝食を部屋に届けるように注文を受けたため,朝食をワゴン車に乗せて,本件ホテル南側の従業員用エレベーターを使って28階に上がり,エレベーターホールと 時前ころ,2811号室の「A」という客から電話で朝食を部屋に届けるように注文を受けたため,朝食をワゴン車に乗せて,本件ホテル南側の従業員用エレベーターを使って28階に上がり,エレベーターホールと客室部分の廊下を仕切るドアを開けて廊下に出たところ,左右の部屋から3人くらいの男が顔をのぞかせて確認された,② ワゴン車を押して2811号室の前に行くと,部屋のドアが全開状態になっており,ドアをノックしてルームサービスであることを告げた上,室内を見ると,被告人と思われる五,六十歳くらいの男性がソファーに座り,その周りにスーツ姿の暴力団員風の男2名が立っているのが確認できた,③ 朝食を室内に運び入れると,スーツ姿の男のうちの1名が伝票に「A」とサインしたが,その男はCだった,などと供述する。 (イ) この①ないし③のうち,U4が朝食の注文を受けて2811号室に届けたこと,同室のドアが全開になっており,ノックして室内を見ると,同室には被告人と思われる男性と暴力団員風の男2名がおり,U4が自ら朝食を運び入れると,暴力団員風の男のうちの1人が伝票に「A」とサインしたとの部分は,その伝票の記載内容のほか,被告人の供述とも大きなそごがないことから,信用性を有するとみてよく,これに沿う事実を認定することができる。 また,①のうち,従業員用エレベーターと28階の廊下を仕切っているドアを開けたところ,廊下の左右の部屋から男が顔をのぞかせたという部分は非日常的な出来事であり,印象に残りやすい事実であり,信用性を有するようにも思える。しかし,U4は,同人の10月8日付け警察官調書の中ではそのことに触れていない。そして,この事実は,被告人らの警護態勢をうかがわせるものであるから,仮にU4が警察官に対しそのことを話したとするなら,前同様に警察官はそれを調書に 日付け警察官調書の中ではそのことに触れていない。そして,この事実は,被告人らの警護態勢をうかがわせるものであるから,仮にU4が警察官に対しそのことを話したとするなら,前同様に警察官はそれを調書に記載するのが通常といえるのに,そのような記載はなく,結局,U4は,印象に残りやすいはずの事実を,時間を経てから供述し始めたことになるから,実際にはそのような光景を目撃していないのではないかとの疑いが持たれる。 次に,③のうち,被告人の側にいたのがCだったという点について検討すると,U4は,伝票にサインしたとする暴力団員風の男の容貌について,雰囲気や体格,身長等を指摘するのみであり,顔の特徴に関する指摘はしていない上,10月8日に警察で面割写真台帳を見せられた際,その男の写真として,CではなくBの写真を選別していることも,U4が前記の暴力団員風の男の顔を十分に観察していないことの現れであるとみることができる。 これらの事情に照らすと,①のうち,廊下の左右の部屋から男が顔をのぞかせたという部分,③のうち,被告人のそばにいたのがCだったとする部分の信用性には疑問が残る。 エ U7の供述について(ア) U7は,Nの公判等において,① 2823号室のO2からモーニングサービスの注文を受け,9月20日午前9時ころ,従業員用エレベーターで28階に赴き,そのエレベーターを下りて廊下に出たところ,宿泊客用エレベーターの前に2人,2803号室の部屋の前の通路辺りに2人くらい,2806号室付近に1人か2人の男がおり,その男たちが一斉に自分の方を見て,人の目を気にするような感じを受けた,② U7が廊下を歩いていくと,廊下にいた男のうち1人が,「わしらが運びますから」と言ってきたので,その男にワゴンを渡し,伝票に「O2」とサインしてもらった,などと供 を気にするような感じを受けた,② U7が廊下を歩いていくと,廊下にいた男のうち1人が,「わしらが運びますから」と言ってきたので,その男にワゴンを渡し,伝票に「O2」とサインしてもらった,などと供述する。 (イ) これらのうち,28階の廊下にいた男の人数やその場所について,U7は,捜査段階では,2823号室の前にはチンピラ風の若い男とヤクザ風の中年男性の2人がいて,若い男性から伝票にサインをもらい,朝食を載せたワゴンを渡したと述べていたのであって,U7自身,その点については捜査段階における供述の方が正確であると述べていることからすると,①のうち,男の人数やその男らがいた場所に関する部分についての信用性には疑問がある。これに対し,②については,d会組員の中にあって,本件ホテルの予約やチェックインの手続,更には宿泊部屋の変更等の雑用を担っていたO2の役割に照らすと,その内容は合理的である上,捜査段階からその核心部分に変遷がないことからすると信用に値し,これに沿う事実を認定することができる。 オ当裁判所で明らかになった新たな事実ところで,当裁判所で取り調べた証拠によると,被告人が本件ホテルでマッサージを受けた際,被告人の警護が厳重でなかったといえる場面があったことが明らかになった。 差戻前第1審で取り調べられたVの警察官調書(甲168)には,日付が「9月19日」,客室番号が「2811」のマッサージ伝票が2枚添付されており,そのうち1枚の御芳名欄及び御客様御署名欄にはいずれも「XY」と(以下,この伝票を「伝票①」という。),もう1枚の御芳名欄には「Z」と(以下,「伝票②」という。)それぞれ記載されている。そして,XYは,当裁判所において,伝票①に「XY」と署名したのは自分でなく被告人だと思うと供述し,また,伝票②については,2 芳名欄には「Z」と(以下,「伝票②」という。)それぞれ記載されている。そして,XYは,当裁判所において,伝票①に「XY」と署名したのは自分でなく被告人だと思うと供述し,また,伝票②については,2番目に来たマッサージの女の人がサインをもらいにXYらの部屋を訪ねてきたので,Zがサインをしたと述べ,Zもこれに沿う供述をする。 そこで,検討するに,被告人は伝票①に「XY」と署名したかどうか覚えていないと供述するものの,当公判廷で被告人が書いた12個の「XY」という文字(被告人の供述速記録に添付のもの)と,伝票①の御芳名欄及び御客様御署名欄の「XY」という文字とを対比すると,いずれも「Y」という字が崩し字になっていて,その形状も非常によく似ている。具体的には,草冠の縦棒が横棒より下には伸びていないこと,草冠の横棒の中央より右側を出発点にして左斜め下に長い線が伸びていること,草冠の下に平仮名の「る」に類似した文字が書かれていること,右側に「`」があることなどが共通している。このように,伝票①の御芳名欄及び御客様御署名欄の「Y」と,被告人が当公判廷で書いた12個の「Y」という字が非常によく似ていることからすると,XYの前記供述の信用性は高いといえる。そして,XYを始めとするb会関係者が被告人の側にいるのであれば,それまでの例に照らし,その者が伝票に署名するのが通常であるから,少なくとも1人目のマッサージ師によるマッサージが終了した時点では,被告人の部屋には被告人とマッサージ師だけが在室していた可能性が非常に高い(なお,d会関係者及びSの関係者がいたという証拠もない。)。そうだとすると,少なくとも1人目のマッサージ師によるマッサージが終了したころには,警護らしい警護はなされていなかったことになり,本件ホテル滞在中においても,被告人の警護が厳 という証拠もない。)。そうだとすると,少なくとも1人目のマッサージ師によるマッサージが終了したころには,警護らしい警護はなされていなかったことになり,本件ホテル滞在中においても,被告人の警護が厳重でなかった場面が存在したといえる。 カ検討以上の事実を前提に,本件ホテル滞在中の被告人の警護態勢について検討する。 (ア) まず,検察官の主張を踏まえて本件ホテル28階での部屋割りについて検討するに,確かに,被告人の部屋(2811号室)やNの部屋(2806号室)から見て,従業員用エレベーターの側にはXYらの部屋(2814号室)があり,宿泊客用エレベーターの側にはB及びCらの部屋(2822号室)やd会組員の部屋(2801号室,2823号室)があって,各部屋は,双方のエレベーターの側からの襲撃に対して防御しやすいように配置されているようにも思える。また,当初予約されていた2801号室を2814号室に変更したことや,d会関係者の部屋を33階から28階に変更したことによりこのような配置が可能になったことによると,b会及びd会関係者が協力して組織的に警護していたと見る余地もある。 しかしながら,本件ホテル滞在中に,b会及びd会関係者が協力して警戒にあたっていたと認めるに足りる証拠はそもそもない。その上,これまでに検討してきたように,本件当時,b会本部事務所や被告人の自宅付近で組織的に厳重な警戒が行われていた様子はうかがわれず,また,本件前日に浜松駅を出発してから本件ホテルに到着するまでの間も,被告人に対する警護は厳重なものでも,あるいはこれに準じたものであったとも認められないだけでなく,前記のとおり,被告人が部屋でマッサージを受けた際には,ドアは完全に閉まらない状態になっていた上,その部屋には被告人とマッサージ師だけしかいなかっ れに準じたものであったとも認められないだけでなく,前記のとおり,被告人が部屋でマッサージを受けた際には,ドアは完全に閉まらない状態になっていた上,その部屋には被告人とマッサージ師だけしかいなかった場面もあったことなどによると,本件ホテル28階の部屋割りについても別の見方が可能なように思える。すなわち,被告人を含むb会関係者の部屋の配置を見ると,被告人の部屋(2811号室)は配下組員の部屋(2814号室と2822号室)の間にあるとはいえ,けん銃等を所持していたB及びCらが,同人らが宿泊していた2822号室から被告人の部屋に行くためには,28階の廊下の半分近くを移動しなければならず,突然の襲撃に対応するにはやや離れすぎている感がある。そうすると,被告人の宿泊部屋が配下組員の部屋に挟まれた位置にあるからといって,直ちに,警護しやすい配置であったとまで評価することはできない。 (イ) 続いて,本件前日及び本件当日の28階の状況について見てみると,U5の供述によると,前記のとおり,9月19日夕方から20日未明にかけて,28階のエレベーターホールやその付近で複数の男たちが目撃されたことや,U5が宿泊していた2820号室に向かって廊下を歩いたり,同室に出入りしたりするたびに,その途中にある部屋のドアが開閉したことが認められる。 しかしながら,エレベーターホールやその付近に立っていた男らがb会関係者であるかどうか,ドアが開閉した客室がb会関係者の宿泊した部屋(2822号室)であるかどうかは明らかでなく,その上,同日午前7時ころ,被告人の部屋のドアは全開状態にされており,その時点でBやCが同室に在室していたと認めるに足りる証拠もないことに照らすと,b会関係者において,組織的に被告人を警護する態勢を整え,継続的に監視の目を光らせ,その警護に は全開状態にされており,その時点でBやCが同室に在室していたと認めるに足りる証拠もないことに照らすと,b会関係者において,組織的に被告人を警護する態勢を整え,継続的に監視の目を光らせ,その警護に当たっていたというには,なお疑問を差し挟む余地がある。また,U7の供述によると,注文を受けて2823号室に朝食を運んだところ,廊下にいたO2から「わしらが運びますから」と言われたことが認められることから,28階で何らかの警備が行われていたとはいえそうであるが,U7がワゴンを2823号室前まで運ぶ途中には,b会関係者が宿泊していた2811号室,2814号室及び2822号室の前を通ったはずであるのに,それらの部屋,特に被告人が宿泊していた2811号室について全く言及していないことからすると,警備をしていたのはd会関係者のみであり,b会関係者においては前記のような警護態勢を取っていなかったと考えることも十分可能である。 (ウ) このような本件ホテルの28階の状況に加えて,被告人を警護するためであれば,被告人の部屋により近い2814号室にB及びCを宿泊させるのが合理的であると考えられることによると,「被告人の部屋とかなり離れていると,用事を言い付けられたときに不便だと思って部屋を変更してもらった。」とのZの供述もあながち不合理とまではいえないこととなる。したがって,被告人を警護しやすくするために部屋の配置を変更したとみるのは難しい。 (エ) 小括以上によると,被告人の本件ホテル滞在中,b会の配下組員が被告人を警護する態勢を整えて,被告人の警護に当たっていたと見るのは困難である。 なお,本件ホテルの宿泊者名簿に被告人の実名を記載した点については,P会の組員が本件ホテルの宿泊者名簿をきっかけに襲撃してくるとは考えにくく,宿泊者名簿に被 当たっていたと見るのは困難である。 なお,本件ホテルの宿泊者名簿に被告人の実名を記載した点については,P会の組員が本件ホテルの宿泊者名簿をきっかけに襲撃してくるとは考えにくく,宿泊者名簿に被告人の実名を記載したからといって,被告人の状況認識に影響を与えるものではない。 8 本件当日の本件ロビーでの警護態勢についてさらに,本件当日の本件ロビーでの被告人の警護態勢について検討する。 (1) 被告人らが本件ロビーで職務質問を受けるまでの状況ア証拠によって認められる事実関係本件当日午前10時19分ころまでに,d会関係者が宿泊した3部屋についてチェックアウトの手続が行われ,また,同日午前10時39分ころまでに,Zがb会関係者が宿泊した3部屋のチェックアウトの手続を行った。 そして,午前10時35分ころには,O3が,Nらより先に本件ホテル1階の本件ロビーに下りてきて,同ロビー中央に置かれた南東のソファーに座り,周囲の様子をうかがうなどした。暴力団関係者が宿泊している旨の情報を得て,一斉職務質問をするべく本件ロビー等で待機していた大阪府曽根崎警察署刑事課暴力犯係のU8らは,被告人らより先に,見張り役の組員がエレベーターで1階まで下り,その後に被告人らが下りてくると想定していたことから,O3をマークした。 午前10時40分ころ,エレベーターを出た被告人及びNらのb会及びd会の関係者10人前後の者が,おおむね一団となって,被告人を最前列中央にして本件ロビーを車寄せのある南側出入口に向かって歩いた。 イ認定に用いた証拠の評価(ア) 被告人の前記集団内の位置については,同警察署刑事課暴力犯係長のU9と他の警察官とでは供述内容が異なるが,U9は被告人に対する職務質問の担当者であり,現に最も早く被告人に接近して職務質問をし ) 被告人の前記集団内の位置については,同警察署刑事課暴力犯係長のU9と他の警察官とでは供述内容が異なるが,U9は被告人に対する職務質問の担当者であり,現に最も早く被告人に接近して職務質問をしていることからすると,U9は被告人らが本件ロビーに現れてから職務質問をするまでの間,被告人を注視し,その位置を最も正確に把握していたものといえるため,被告人は最前列の中央にいたというU9の供述が最も信用性が高い。 (イ) なお,弁護人は,この場面に関し,本件当日の朝,B及びCは,被告人らに遅れて別のエレベーターで1階に下りたのであり,被告人らがエレベーターで1階に下りてからどこかで立ち止まって隊列を組んだりすることもなく,一般の宿泊客と同様に人の流れに沿って前記南側出入口に向かって歩いて行ったことによると,C及びBは被告人に近接した位置にいたわけではないと主張する。しかしながら,被告人らに対する本件ロビーでの職務質問開始後間もなく,本件ロビーでB及びCも職務質問を受け始めていることなどに照らすと,B及びCは,被告人らとともに同じエレベーターに乗ったか,そうでないとしても,本件ロビーでは,前記のような一団の中にいたものと推認できるから,この点に関する弁護人の主張は採用しない。 (2) 被告人に対する職務質問時及びその後の状況証拠によって認められる事実関係は,次のとおりである。 ア被告人らが本件ホテル南側出入口に向かって歩いていた際,本件ロビーで待機していたU9は,被告人を見付けて,被告人の方に近付きながら一斉職務質問の開始の合図と決めていた略帽を被った。そして,何者にも制止等されることなく被告人の面前に出て,「曽根崎署の暴力犯です。」,「b会のAさんですね。」,「職務質問させていただきます。」などと声を掛け,職務質問をする旨告げ た略帽を被った。そして,何者にも制止等されることなく被告人の面前に出て,「曽根崎署の暴力犯です。」,「b会のAさんですね。」,「職務質問させていただきます。」などと声を掛け,職務質問をする旨告げると,被告人は「どうぞ。」と言って,抵抗することなくこれに応じたため,U9は,前記南側出入口前通路まで被告人を同行し,同所で被告人の衣服の上から所持品検査を実施したが,けん銃等は発見されなかった。 イ U9が略帽をかぶったのを合図に一斉に職務質問が行われ,その結果,前記のとおり,b会関係者であるB及びCと,d会関係者であるO1及びO3がそれぞれけん銃1丁とこれに適合する実包を携帯所持していたことが判明し,警察官らは,その4人を現行犯人逮捕するとともに,各けん銃及びその適合実包を差し押さえた。 ウその後,被告人は,前記南側出入口の車寄せに停車していたKが運転する自動車の後部座席にNとともに乗り込んで出発した(なお,助手席にはSが乗った。)。ところが,被告人は,出発後すぐに自動車を停止させ,前記南側出入口付近に歩いて戻り,警察官とかばんを引っ張り合っていたXYの頭を叩き,同人が所持していたかばんから書類を取り出すなどした後,再び前記自動車に乗って本件ホテルを出発した。 (3) 検討以上の事実(8の(1)及び(2)の事実)を前提に,前記3ないし7で検討した事情をも踏まえつつ,本件ロビーにおける被告人の警護状況について検討する。 ア確かに,被告人が,実包を装てんしたけん銃をいつでも発射することができる状態で所持していたB及びCを含むb会関係者のほか,Nを含むd会関係者やS及びその付き人とともに,前記のような一団となって本件ロビーを歩いていたことからすると,b会関係者も被告人を厳重に警護しながら,本件ロビーを移動していたと評価するこ 者のほか,Nを含むd会関係者やS及びその付き人とともに,前記のような一団となって本件ロビーを歩いていたことからすると,b会関係者も被告人を厳重に警護しながら,本件ロビーを移動していたと評価することも可能であるようにも思われる。 イしかしながら,仮にP会関係者の襲撃により被告人の生命が狙われる危険性が高いと考えて,被告人を厳重に警護しながら移動するというのであれば,被告人を一団の中心に置いて,その周囲を配下組員が囲みながら移動したほうが,その目的を達成しやすいと考えられるのに,被告人は集団の最前列中央にいたことからすると,少なくとも被告人に関する限り,本件ロビーにおける警護の程度は他の場面と同様にそう高くなかったと見ることもできる。また,U9が職務質問をするために被告人に近付いても,前記のとおり,U9を制止したり,被告人の前に出て被告人を守ろうとしたりする者はいなかったことからも,警護が厳重であったと見るには疑問が残る。 ウなお,U9が被告人に接近する際,U9は警察官であることを示す略帽を歩きながらかぶったのであるから,誰もU9を制止する行動に出なかったとしても特に不思議はないとの反論も考えられる。しかしながら,U9の供述によると,U9は被告人に向かって歩き出した時点では略帽をかぶっておらず,10歩くらい歩いた時点でかぶったというのであるから,その間はU9が警察官であるかどうかは不明というほかなく,仮にb会関係者が被告人を厳重に警護していたのだとすると,被告人に接近するU9の制止等に動くのが,むしろ自然であるといえる。 エしたがって,これらの事情によると,一見すると,被告人を警護しながら移動しているようには見えるものの,それが厳重なものであったとは認められない。 なお,弁護人は,被告人が一度自動車を発進させた後 たがって,これらの事情によると,一見すると,被告人を警護しながら移動しているようには見えるものの,それが厳重なものであったとは認められない。 なお,弁護人は,被告人が一度自動車を発進させた後,自動車を停車させ,多数の警察官のいる車寄せに引き返したという事実は,B及びCのけん銃所持を知らなかったことを雄弁に物語っていると主張するが,被告人が取りに戻った資料は,本件当日のa組総本部での会合で使用する資料であったことからすると,仮に被告人がB及びCのけん銃所持を知っていたとしても,それらは両立し得るものである。したがって,この事実は,被告人が,B及びCのけん銃所持を知っていたかどうかという点に大きく影響するものではなく,弁護人の主張を採用することはできない。 9 被告人に対する客観的な警護状況等について(1) 以上の第4の3から8で検討した各事実を総合して,被告人の客観的な警護態勢について検討すると,B及びCは,P会関係者からの襲撃に備え,被告人を警護する意図を持って本件けん銃等を所持した上,a組総本部での幹部会に向けて関西方面に出発した被告人に,被告人の付き人であるXYやZとともに同行したのであり,9月19日朝に浜松駅で集合してから翌20日に本件ロビーで警察官の一斉職務質問を受けるまでの多くの場面で,被告人の身近に付き従うなどしていたことが明らかである。また,b会本部事務所及び被告人の自宅付近において,M事件以前はb会関係者の車両が駐車されていなかった場所に,b会組員が乗車した車両が複数停車するようになったことなどからすると,b会本部事務所及び被告人の自宅付近に関し,何らかの警戒態勢が取られていたことも認められる。そうすると,b会幹部のBとCが,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,P会関係者からの襲撃に備えて,けん銃等を所 部事務所及び被告人の自宅付近に関し,何らかの警戒態勢が取られていたことも認められる。そうすると,b会幹部のBとCが,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,P会関係者からの襲撃に備えて,けん銃等を所持し,組織的に被告人を厳重に警護していたようにも思える。 しかしながら,前記のとおり,① 浜松駅構内や名古屋駅下り階段での様子は,到底厳重な警護というべきものではなく,名古屋駅上りエスカレーターの様子も,一見厳重な警護がなされているように見えながら,実際は,単に並んでエスカレーターに乗っていただけであるとも考えられること,②新幹線内でも,厳重な警護態勢,あるいはそれに準じた警護態勢が取られていたとは認められないこと,③ 本件ホテル滞在中に,BやCらを含むb会関係者が被告人を警護する態勢を整えて,継続的にその警護に当たっていたと見るのも困難であること,④ 本件ロビーでも,警護が厳重であったと見るには疑問があることなどからすると,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,a組総本部から本件ホテルに移動するまでの間を含め,B及びCらが被告人を厳重に警護し,あるいは厳重な警護態勢や,これに準ずる警護態勢を整えていたとはそもそも認められない。また,⑤ b会本部事務所及び被告人の自宅付近の警備状況についても,9月1日以降,ある程度の期間,何らかの警戒がなされていたこと自体は認められるものの,当裁判所で新たに取調べた新証拠も踏まえて検討すると,同日以降のb会事務所及び被告人の自宅について,組織的に厳重な警戒がなされていた様子はうかがえない。 (2) 検察官の主張の検討ア検察官は,この点に関連して,以下の各事実からすると,本件でB及びCに与えられていた役割は,けん銃を携帯し,それを用いてP会関係者等の襲撃者から被告人を警護するボディーガードであった の検討ア検察官は,この点に関連して,以下の各事実からすると,本件でB及びCに与えられていた役割は,けん銃を携帯し,それを用いてP会関係者等の襲撃者から被告人を警護するボディーガードであったと主張する。 すなわち,(ア) 東京都港区(以下略)所在のb会東京事務所に備付けの電話帳及びK方から押収された住所録の最初の各見開き部分には,B及びCの氏名及びその各携帯電話の番号が,XY及びZ,被告人が外出する際の自動車運転手であったD及びEの氏名とその各携帯電話の番号などとともにそれぞれ一括して記載され,また,Bの自宅から押収されたアドレス帳には,暴力団j会及びk会を始めとする関東地域に本拠を置く諸組織や他のa組のブロック別諸組織の各名簿が編綴されていた上,その中の特定の氏名等がそれぞれ黄色,オレンジ色又は青色の各ラインマーカーで塗られており,b会の組織内において,被告人に対する連絡等の必要がある場合,B及びCが極めて重要な存在であることが周知されていたことを強く示している。 (イ) 9月19日の浜松駅及び名古屋駅における各ビデオテープに映っている映像から判断される被告人一行の荷物は,両手にこれらの荷物を持つならば,XY及びZの2人で運ぶことができる量であると考えられるし,C又はBのいずれかが加わった3名であれば,十分運びうる量の荷物であるにもかかわらず,BとCの2名ともを被告人に同行させたという事実は,それ自体が,この両名が単なる荷物持ちの任務のみを担っていたとは考え難いことを示している。 (ウ) 本件当時,a組とP会の対立が深刻化しており,P会関係者が,Pを絶縁処分としたa組執行部の一員である被告人に対し,報復のために襲撃に及ぶ具体的危険がある情勢下において,B及びCのいずれもが,被告人を警護するためにけん銃等を携帯 化しており,P会関係者が,Pを絶縁処分としたa組執行部の一員である被告人に対し,報復のために襲撃に及ぶ具体的危険がある情勢下において,B及びCのいずれもが,被告人を警護するためにけん銃等を携帯して被告人に随行した事実とも併せ考えると,B及びCに与えられた役割は,単なる荷物持ちなどではなく,被告人を警護するボディーガードであったと認められる。また,a組総本部はけん銃等の持ち込みが禁止されており,総本部内でけん銃等が発見されると,被告人がa組から処分を受ける可能性もあったのであり,B及びCが,被告人のあずかり知らないところで,あるいは,被告人の意向に反してまでけん銃等を携帯して同行することなど到底考えられず,被告人の了解があったか,少なくとも,その意向に沿っていたことは明らかであるから,B及びCに与えられていた役割は,けん銃等を携帯して被告人を警護するボディーガードであったと認められる。 (エ) B及びCが携帯していたけん銃は,いずれも同じ口径0.38インチスペシャル型,米国製チャーターアームズ「オフ・デューティー」回転弾倉式けん銃であり,所持していた実包のうち各5発は同じ製造元のものであることから,各けん銃等は同一の機会に入手されたものであると認められ,また,B及びCが,手製又は既製のホルスターにけん銃を差し込んで携帯所持していたことなどの各事実も,B及びCがボディーガードであったことと整合する。 イ検討まず,(ア)の点について検討すると,確かに,関係証拠によると,検察官の主張するとおり,① b会東京事務所備え付けの電話帳見開き部分の左側には,B及びCの各携帯電話番号が記載されているほか,その下に,D,Z,E及びXYの姓と各携帯電話番号が記載され,右側には被告人が乗ると思われる車の番号などが記載されていること,② K き部分の左側には,B及びCの各携帯電話番号が記載されているほか,その下に,D,Z,E及びXYの姓と各携帯電話番号が記載され,右側には被告人が乗ると思われる車の番号などが記載されていること,② Kの自宅から押収された住所録の見開き部分にも,XYやZ,D,Eの姓と各携帯電話番号が記載されているほか,B及びCの姓と各携帯電話番号も,DとEの間に記載されていること,③ Bの自宅から押収されたアドレス帳には,暴力団j会及びk会など関東地域に本拠を置く諸組織や他のa組のブロック別諸組織の各名簿が編てつされていた上,その特定の氏名等がそれぞれ黄色,オレンジ色又は青色などの各ラインマーカーで塗られていたことが認められる。しかし,これらの事実からどのような事実が推認できるか検討すると,XY及びZが被告人の付き人であり,D及びEが被告人の荷物持ちや浜松ないし東京における被告人の運転手の役割を与えられていたことからすると,B及びCもこれらに類似する何らかの役割を与えられる立場にあったといえ,また,Bは,j会など他の組織の組員と連絡を取ることが可能な立場にあったとはいえるものの,推認できる事実はここまでであり,前記の3つの電話帳ないしアドレス帳に,B及びCの具体的な役割について手掛かりとなる記載は見られない以上,B及びCが被告人のボディーガードであったと推認することは困難である。 次に,(イ)の点について検討すると,被告人ら一行が所持していた荷物は,スーツ入りのケース1個,バッグ3個,インターフェロンの入った箱1個,紙袋複数個であり,割れ物であるインターフェロンは丁寧に扱わなければならなかったことからすると,紙袋のうちのいくつかは浜松駅で急遽購入された可能性があることを考慮に入れても,すべての荷物をXYとZの2人で持つことは困難である。そうすると, ロンは丁寧に扱わなければならなかったことからすると,紙袋のうちのいくつかは浜松駅で急遽購入された可能性があることを考慮に入れても,すべての荷物をXYとZの2人で持つことは困難である。そうすると,B及びCは荷物持ちの役割を少なからず担っていたといえる。また,3名であれば十分運びうる荷物であるのに,XY及びZに加えて,BとCの2名を同行させたからといって,この2名がボディーガードであったとはいえない。 続いて,(ウ)の点について検討すると,確かに,B及びCは,P会関係者が被告人に対して襲撃を加える危険を感じ,被告人を警護しようとしていたのであるが,前記のとおり,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,B及びCが被告人を厳重に警護し,あるいは厳重な警護態勢やこれに準ずる警護態勢を整えていたとは,結局認められないことからすると,B及びCのいずれもが,被告人を警護するためにけん銃等を携帯して被告人に同行していたからといって,B及びCがボディーガードであると推認することは困難である。また,B及びCがa組総本部にけん銃等を持ち込んだ点についても,けん銃の持ち込みが禁止されている同本部にけん銃等を持ち込んだことが発覚すると,被告人が処分を受ける可能性が高いのであれば,仮に被告人がB及びCのけん銃等の所持を知っていたとすると,B及びCを総本部内に入れないのがむしろ自然であるといえ,この事実は,かえって,総本部内にけん銃等を持ち込むというB及びCの行動が,被告人の意向に反していることを示すものともいえる。 さらに,(エ)の点について検討すると,確かに,BとCが所持していたけん銃が同じものであり,実包のうち各5発が同じ製造元であることからすると,各けん銃等は同一の機会に入手されたものである可能性が高いものの,その事実から,B及びCがボディーガードで Cが所持していたけん銃が同じものであり,実包のうち各5発が同じ製造元であることからすると,各けん銃等は同一の機会に入手されたものである可能性が高いものの,その事実から,B及びCがボディーガードであると推認できるわけではない。 ウしたがって,本件で,B及びCにP会関係者等の襲撃者から被告人を警護するボディーガードの役割が与えられていたことを直接証明する証拠はなく,また,そのように推認させる事実を認めるに足りる証拠もないことから,検察官の主張は採用することができない。 被告人の認識について以上のような客観的状況を踏まえて,被告人が,B及びCがけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたといえるかどうかについて検討する。 (1) まず,本件当時のa組やP会に関する情勢は前記第2の2で認定したとおりであって,新聞各社も,M事件の発生を契機として,a組関係団体をめぐる抗争事件の激化が懸念され,これを事前に防止するため,警察が,a組総本部,P会,M組,l組の各事務所等の捜索を実施したことや,a組の傘下組員によるP会への報復と見られるP会関係先に対するけん銃による発砲事件等が発生していることなどを各新聞に掲載していた。さらに,各週刊誌も,a組の傘下団体とP会が抗争に発展することを懸念する内容の記事を掲載するなどしていた。このように,M事件の発生後のa組とP会とをめぐる情勢は平時とは異なる状況にあった。また,b会でも,前記のとおり,9月1日以降,ある程度の期間,本部事務所や被告人の自宅付近で何らかの警戒がなされていた。さらに,Cは,「P会の跳ね返りに総長が襲われた場合に何とか手柄を挙げられると思ったのでけん銃等を持って行くことにした。」などと述べ,Bも,Cの意を汲んで,けん銃等を携帯 らかの警戒がなされていた。さらに,Cは,「P会の跳ね返りに総長が襲われた場合に何とか手柄を挙げられると思ったのでけん銃等を持って行くことにした。」などと述べ,Bも,Cの意を汲んで,けん銃等を携帯して被告人に同行することにしたことからすると,B及びCは,P会関係者からの襲撃の危険性があるものと考えて,けん銃等を所持して9月19日から翌20日にかけて,被告人に同行していたといえる。このように,a組とP会とが対立していた当時の情勢がマスコミにより報道され,b会でも対策を取り,BやCもそのような情勢を認識してけん銃等を所持していたことなどからすると,被告人においても,P会による襲撃の危険性を十分に認識し,a組総本部への移動の際には警護の者を同行させることを考えていたとしても不思議ではないともいえる。 しかしながら,これまで認定してきた客観的状況の中には,被告人が,P会関係者からの襲撃の危険性を十分に認識していたとするには不自然,不合理な事情も存在する。 すなわち,前記のとおり,浜松駅から本件ロビーに至るまでの間,a組総本部から本件ホテルに移動するまでの間を含め,B及びCらが被告人を厳重に警護し,あるいは厳重な警護態勢や,これに準ずる警護態勢を整えていたとは認められないことに加えて,被告人に関する個々のエピソードを見ても,例えば,① 浜松駅において,同行していたb会関係者4名のうち,Zのほか,けん銃等を所持していたBまでも,被告人の側を離れることを容認していること,② 本件ホテルにおいて,被告人が宿泊部屋でマッサージを受けた際には,ドアは完全に閉められていない状態にあったにもかかわらず,被告人とマッサージ師だけが在室していた時間帯があったこと,③ 本件当日の朝に本件ホテルの従業員が被告人の部屋に朝食を届けた際にも,同室のドアが全開 全に閉められていない状態にあったにもかかわらず,被告人とマッサージ師だけが在室していた時間帯があったこと,③ 本件当日の朝に本件ホテルの従業員が被告人の部屋に朝食を届けた際にも,同室のドアが全開になっており,ソファーに座っている被告人が部屋の入口から見えるような状態であったこと,④ 本件当日,被告人らが1階のエレベーターホールから南側出入口まで本件ロビーを横切る際も,被告人は集団の最前列中央という正面から最も狙われやすい位置にいたことなど,P会関係者からの襲撃に対して有効な防御ができないともいえる状況が種々の場面で見受けられる。その上,⑤ b会本部事務所や被告人の自宅付近での警戒が,組織的で厳重なものであった様子はうかがわれないだけでなく,被告人は,早朝一人で自宅付近を散歩したり,散髪に行ったりしているのである。このような事情からすると,被告人がP会関係者からの襲撃の危険性を十分に認識していたといえるか,疑問を差し挟む余地が大いにある。 また,a組及びP会をめぐる情勢についてみても,① Pが,前記絶縁処分に対して反発し,何らかの行動を起こそうとした事情はうかがわれず,かえって,P会関係先に対する多数の発砲事件があって,死者まで出ているのに,これに対するP会関係者による再報復といえるような事件はその後も含め1件も存在しなかったのであり,これは,正にa組への復帰を目指していたPが,関係組織の組員に対し,a組に仕返しをしないよう指示した結果であるとみられること(この点に関し,Hは,当裁判所で,9月3日にPがa組から絶縁処分を受けた際,Pが組幹部に対し,「辛抱せえ。」と命じた旨供述しているところ,Hは,本件当時,P会の幹部の地位にあった上,現在はどの暴力団組織にも属していないことからすると,b会関係者に比べて被告人に有利な虚偽の供述を 部に対し,「辛抱せえ。」と命じた旨供述しているところ,Hは,本件当時,P会の幹部の地位にあった上,現在はどの暴力団組織にも属していないことからすると,b会関係者に比べて被告人に有利な虚偽の供述をする動機はあまりなく,a組傘下団体の組員からP会に対する報復に対し,P会関係者からの再報復がなかった事実とも整合することから,その供述の信用性は高いとみてよい。),② 被告人やb会の最高幹部も,Pとのそれまでの関係やその地位等にかんがみると,その各供述どおり,Pがそうした意向を有しているという情報をつかんでいたものとみられること,③ b会関係者が起こしたP会傘下の事務所等に対する発砲事件について,実行犯がb会関係者であるとの報道が本件以前になされた事実はうかがわれず,本件当時,被告人は,それらの発砲事件の実行犯がb会関係者であることを知らなかった可能性が高いことなどを併せ考えると,この観点からも,被告人が,P会関係者からのけん銃等による襲撃の危険性を十分に認識していたことをうかがわせるような事情は認められない。 (2) そして,被告人が,B及びCを警護に当たらせていたといえるかどうかについても,(1)で検討したことに加えて,前記のとおり,① B及びCが被告人を警護するボディーガードの役割を与えられていたとはいえないこと,②M事件の発生から本件に至るまでの状況について見ても,O1は,NとともにMの通夜や告別式に出席しているのに対し,BやCが被告人とともにそれらに出席していたと認めるに足りる証拠はなく,また,被告人やXYらはその間に本件ホテルに何度か宿泊しているのに,B及びCが被告人とともに本件ホテルに宿泊したのは本件前日の9月19日だけであること,③ 前記のとおり,B及びCがa組総本部内にけん銃等を持ち込むことについて,被告人やXYらが か宿泊しているのに,B及びCが被告人とともに本件ホテルに宿泊したのは本件前日の9月19日だけであること,③ 前記のとおり,B及びCがa組総本部内にけん銃等を持ち込むことについて,被告人やXYらがB及びCに対し事前に注意喚起をするなどした事情は見受けられないこと(なお,d会では,けん銃等を所持していたO1及びO3はa組総本部の中に入らず,総本部の近所で待機していた。)などからすると,被告人が,B及びCを警護に当たらせていたと見ることもできない。 11 小括以上によると,被告人が,P会からのけん銃による襲撃の危険性を十分に認識し,これに対応するため配下のB及びCらを同行させて警護に当たらせていたと認めることはできない。 なお,このような証拠関係の下において,BやCがけん銃等を所持して被告人に同行していたこと自体から,同人らが所属する暴力団組織の長である被告人はそのことを当然認識,認容していたと推認できるという見解も,可能性としてはあり得るかもしれないが,仮にそのような見解に立ったとしても,これまでに検討してきたところによると,被告人において,BやCがけん銃等を所持している兆候を,未必的にでも認識していたと認めるには,なお合理的な疑いが残るというほかない。 第5 結論以上のように,けん銃をいつでも発射できる状態で所持したB及びCが,浜松駅から本件ロビーに至るまでの多くの場面で,b会総長である被告人に同行し,しかも,この両名が主観的にはP会からのけん銃による襲撃に備えて被告人を警護する意図を有していたとは認められるものの,全証拠によっても,被告人がB,Cがけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたと推認するには合理的な疑いが残るものというほかなく,ひいては,被告人がB,Cのけん銃 っても,被告人がB,Cがけん銃等を所持していることを認識した上で,それを当然のこととして受け入れて認容していたと推認するには合理的な疑いが残るものというほかなく,ひいては,被告人がB,Cのけん銃等の所持につき,同人らと共謀していたと推認することもできない。 したがって,被告人に対する本件公訴事実については,結局,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役10年)平成23年7月11日大阪地方裁判所第13刑事部 裁判長裁判官齋藤正人 裁判官増田 慧 裁判官徳井真は転官のため署名押印することができない。 裁判長裁判官齋藤正人

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