令和5年6月6日宣告広島高等裁判所令和4年第99号邸宅侵入、現住建造物等放火、建造物侵入、窃盗、非現住建造物等放火、住居侵入、建造物損壊、器物損壊、建造物等以外放火被告事件原審広島地方裁判所平成31年(わ)第251号、令和元年(わ)第272号、第401号、第515号、第605号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人桑原崇作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用するが、論旨は、公共の危険の発生を認めて原判示第7の建造物等以外放火罪が成立するとした原判決には、⑴判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、⑵その手続には釈明義務を尽くさずに事実を認定した審理不尽の違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討するが、弁護人の主張内容に鑑み、以下、控訴理由の論理的順序にかかわらず、訴訟手続の法令違反をいう論旨に先立って、事実誤認をいう論旨に関する判断を示すこととする(なお、略称については原判決のそれと同様である。)。 第1 原判決の判断概要 1 原判決が判示第7として認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、深夜、簡易宿泊施設A前路上において、西側門の木製門扉前に新聞紙を置き、灯油をかけた上で、ライターで点火するなどして火を放ち、同門扉の一部等を焼損させ、そのまま放置すれば、同所に近接する建物等に延焼するおそれがある危険な状態を発生させ、もって公共の危険を 発生させた、というものである。 2 原判決は、まず、本件門扉及び周囲の状況や、放火の態様及び本件門扉の損傷状況等を具体的に認定した上、本件犯行 を発生させ、もって公共の危険を 発生させた、というものである。 2 原判決は、まず、本件門扉及び周囲の状況や、放火の態様及び本件門扉の損傷状況等を具体的に認定した上、本件犯行現場付近は、木造家屋が立ち並ぶ住宅地域であり、現に、簡易宿泊施設A及びこれに隣接するB邸も、その家屋のみならず、門扉や門塀、仕切り板等、可燃性の木材で構築された構造物が多数存在し、それらが物理的に接着ないし接近している状態にあり、このような場所に、被告人は灯油を用いて放火しており、現に本件門扉の約半分が焼け抜けるほどの焼損が生じ、軒にまで焼損が生じていることからすると、それだけでも、一般・通常人から見て、そのまま放置すれば本件門扉に物理的に近接するこれら家屋や構造物に延焼する危険を感じる状態が生じていたことがうかがわれると指摘している。 そして、本件門扉周辺の状況を再現して行われた本件燃焼実験は、仮想門扉のほぼ全体が焼け抜けるとともに、炎が仮想の軒の高さにまで達し、軒に沿うような形で左右に炎が吹き抜け、仮想の隣接家屋門塀上部まで炎が達する状態に至ったというものであるところ、本件燃焼実験を踏まえて本件門扉からの延焼可能性について、C証人は、①本件門扉の延焼によって生じた高温ガスが軒を伝って仕切り板付近に到達し、仕切り板や高温ガスの経路にある障害物が熱せられて延焼した可能性、②仕切り板に直接火が燃え移り延焼した可能性、③隣接家屋の木製門塀に直接火が燃え移り延焼した可能性を指摘したのに対し、原判決は、上記①の延焼可能性については疑問の余地があるとしたものの、上記②③の延焼可能性については、本件門扉その他周囲の位置関係や材質に照らし自然に理解することができるとの判断を示し、さらに、本件燃焼実験と本件門扉の燃焼の違いについては、風向きや風速の違 ものの、上記②③の延焼可能性については、本件門扉その他周囲の位置関係や材質に照らし自然に理解することができるとの判断を示し、さらに、本件燃焼実験と本件門扉の燃焼の違いについては、風向きや風速の違いに由来すると説明するC証言も自然かつ合理的であるとも指摘した上で、本件犯行当時は 他の物や建造物に延焼せずに自然鎮火したとしても、風向きや風速等の気象条件次第では、本件燃焼実験と同様の燃焼が生じ、仕切り板や隣接家屋の木製門塀等に延焼した可能性があったと考えられるから、いかなる条件の下でも絶対にこれらの物に燃え移る可能性がなかったとはいえず、客観的にも、一般・通常人から見て、他の物や建物に燃え移る危険を感じる状態にあったと認められ、そのような延焼可能性の判断は客観的な裏付けを伴う合理的な判断といえると結論付け、なお、門扉の含水量や灯油の使用量・散布方法が特定されておらず、再現性に疑義があるという原審弁護人の主張を踏まえても、気象条件次第で本件同様の燃焼に至った可能性は否定されないとの判断を示したものである。 第2 事実誤認をいう論旨について 1 原判決は、被告人が本件門扉に火を放ち、その火が本件門扉の右半分及びその上部の軒を焼損させるほどの状態に至っているということからすると、一般・通常人から見て、そのまま放置すれば他の建造物等へ燃え移る危険を感じる状態であったと判断できるから、公共の危険が発生したと認められる、と結論付けているところ、原判決が指摘する本件門扉及び周囲の状況、本件門扉の下部に新聞紙を立て掛け更に灯油を撒いて火を点けるという行為態様、それにより本件門扉の相当範囲が焼け落ち、その上部の軒が炭化し、その右側の軒が一部焼損していたという焼損等の状況といった客観的事情からすれば、不特定多数の一般通常人をして、本 点けるという行為態様、それにより本件門扉の相当範囲が焼け落ち、その上部の軒が炭化し、その右側の軒が一部焼損していたという焼損等の状況といった客観的事情からすれば、不特定多数の一般通常人をして、本件門扉の燃焼が、風向きの影響を受けたり構造物の損壊を招いたりすることによって更に別の構造物に燃え移るなどして、近隣家屋や簡易宿泊施設Aの家屋自体への延焼結果が発生するおそれがあると客観的に思わせるに十分な状態であったと強く推認されるのであって、加えて、本件門扉やその周囲の状況、その他本件犯行当時あり得た条件やそれに近い条件をできる限り採用した本件燃焼実験を踏まえ、本件門扉か ら隣接家屋等への延焼可能性が複数あることを説明するC証言については、少なくとも前記②③の延焼可能性に関しては不合理な点は見出せないのであって、本件門扉から隣接家屋等への物理的な延焼可能性も疑いなく認められ、本件現場の状況から客観的に推認される公共の危険の発生に確たる疑問を生じさせる事情もないのであるから、本件において公共の危険が生じたことは優に認定することができるというべきである。 原判決の認定判断に論理則・経験則等に照らして不合理なところは認められない。 2⑴ 所論は、前記①ないし③の延焼可能性について、C証人は、①の延焼可能性が最も可能性として高いと考えており、②③の延焼可能性については、ほとんど言及せず、客観的な根拠を提示してもいないのであって、原判決は、主観的に、「一般・通常人から見てそのまま放置すれば本件門扉に物理的に近接するこれら家屋や構造物に延焼する危険を感じる状態が生じていたことがうかがわれる」として、②③の延焼可能性について客観的な根拠に基づかない感覚的な憶測によって判断しているなどというのである。 しかしながら、原判決も指 に延焼する危険を感じる状態が生じていたことがうかがわれる」として、②③の延焼可能性について客観的な根拠に基づかない感覚的な憶測によって判断しているなどというのである。 しかしながら、原判決も指摘するとおり、C証人は、本件燃焼実験においては仕切り板と軒の間を炎が吹き抜けており、仕切り板や木製門塀に直接燃え移る程度の火勢となっていたこと、風速や風向きは燃焼を促進させる酸素の供給量や炎の傾きに影響を与え、このことが本件燃焼実験と本件犯行での本件門扉の燃え方との違いの原因の一つであること、気象条件次第で、犯行当時も本件燃焼と同様の燃焼に至っていた可能性があることなどを具体的に説明し、②③の延焼可能性のいずれも十分な可能性があるとも証言しているのである。原判決は、C証人の意見を検討するに先立ち、本件門扉やその周囲の状況、放火の態様や本件門扉の損傷状況といった客観的な事情に基づいて公共の 危険を生じさせたことを推認しているのであって、その判断内容が主観的であるなどといえないことは明らかである。また、C証人がいう②③の延焼可能性についても、本件燃焼実験での火勢の状況や、本件門扉、軒、門塀、仕切り板等の位置関係や材質を踏まえて検討しているのであって、十分に客観的な根拠に基づく合理的な説明ということができる。 原判決の検討の在り方が主観的であるとか感覚的な憶測に基づく判断であるなどと断じることは当を得たものとはいえず、所論はおよそ採用の限りではない。 ⑵ また、所論は、本件燃焼実験を踏まえたC証言に依拠し、本件について延焼可能性を認めた原判決の判断について、㋐本件犯行の前日には降雨があり湿度も高い数値で推移し、本件犯行時刻頃の湿度は92パーセントにも上っていたのであり、本件犯行当時、本件門扉や仕切り板を含む周囲の物等は多 認めた原判決の判断について、㋐本件犯行の前日には降雨があり湿度も高い数値で推移し、本件犯行時刻頃の湿度は92パーセントにも上っていたのであり、本件犯行当時、本件門扉や仕切り板を含む周囲の物等は多分に水分を含んでいたとみられる一方、本件燃焼実験時はこれより乾燥しており含水量も全く異なっていたと考えられるのであるから、C証人やD証人といった専門家証人も含水量や湿度が燃焼に影響する旨明言しているにもかかわらず、本件門扉の含水量に影響を与える降雨や湿度等の気象条件まで固定条件としなければならない根拠はないとして、含水量や湿度の影響を無視した本件燃焼実験やC証言に依拠した原判決の判断には誤りがある、㋑本件犯行と本件燃焼実験では門扉等が燃焼した範囲に違いがあることが明らかであり、これが灯油の量の違いによる可能性があるのに、本件犯行で散布された灯油量が本件燃焼実験より少なかったとしても結論に影響がないとのC証言に依拠した原判決の判断は誤っている、㋒灯油の散布方法についても本件犯行と本件燃焼実験では大きな違いが生じており、そのことが燃焼の機序に影響を与えることは明らかであるのに、 これを全く考慮していないC証言に依拠して散布方法の違いを考慮しない原判決の判断は誤っているなどと、原判決の認定判断を縷々論難する。 しかしながら、所論が指摘する上記㋐の点についてみるに、本件燃焼実験当時の気象条件やそれに伴う仮想の本件門扉の含水量が、本件犯行当時現実にあり得た気象条件や含水量と極端に乖離したものとはいえないというC証言に照らせば、気象条件や含水量という条件の違いが多少あったからといって、本件門扉から隣接家屋等への物理的延焼可能性を検討する本件燃焼実験が、再現実験として全く不適切で合理性を欠くなどと断じることはできないというべきであ 含水量という条件の違いが多少あったからといって、本件門扉から隣接家屋等への物理的延焼可能性を検討する本件燃焼実験が、再現実験として全く不適切で合理性を欠くなどと断じることはできないというべきである。含水量に影響を与える降雨や湿度などの気象条件まで固定条件としなければならない根拠はないという原判決の判断に誤りがあるとはいえない。所論が指摘する上記㋑の点についてみても、C証人は、本件燃焼実験より本件犯行当時の灯油量が少なかったとしても、灯油は本件門扉を燃やすきっかけにすぎず、本件犯行によって現に本件門扉が相応の範囲にわたって焼け落ちており、それに相当する燃焼エネルギーがあったことが重要であると説明しているのであり、その説明内容は合理的で十分に首肯し得るものであって、灯油量が全く同量でなかったとしても延焼可能性の判断には影響がない旨をいうC証言に依拠した原判決の判断にも誤りがあるとはいえない。また、所論が指摘する上記㋒の点についても、所論のいうような散布方法の違いを検討してみても、四つ折りにしてL字型に立て掛けた新聞紙に灯油を散布するという基本的な態様は再現されており、新聞紙という着火物に灯油を散布した方法に多少の違いがあるからといって、本件燃焼実験結果と被告人がした散布方法を完全に再現できた場合の燃焼実験結果との間で有意な差が生じるとは考えられず、また、前述したとおり、本件においては、 本件門扉が相応の範囲にわたって焼け落ちたことが延焼可能性の判断において重視されるべきところであるから、その前段階である着火物に対する灯油の散布方法の僅かな差異によって延焼可能性の判断が左右されるなどとはいえない。この点に関する原判決の判断にも不合理なところは認められない。 なお付言するに、原判決の判断構造は、本件門扉及びその周囲 の散布方法の僅かな差異によって延焼可能性の判断が左右されるなどとはいえない。この点に関する原判決の判断にも不合理なところは認められない。 なお付言するに、原判決の判断構造は、本件門扉及びその周囲の客観的状況、当時の被告人の行為状況や、実際の本件門扉の燃焼結果やその上部の軒の焼損状況等から、本件犯行当時に公共の危険が生じていたことがうかがわれるとの判断を示した上で、そのような判断について、本件燃焼実験を踏まえたC証言によれば、風向や風速等の気象条件次第では本件門扉から隣接家屋等に延焼した可能性があったと考えられ、本件犯行当時、考え得る状況下において物理的に延焼が生じた可能性は否定し得ないといった一定の客観的な裏付けを示したものであって、そのような判断構造における本件燃焼実験の位置付けや目的等に鑑みれば、本件犯行時の状況と可能な限り同じ状況のもとで行うべきであるとはいえても、必ずしも厳密に完全な同一条件の設定が求められるまでの実験ではないといわざるを得ないのである。 3 原判決の判断を縷々論難する所論をなお十分に検討してみても、所論はいずれも採用することができない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第3 訴訟手続の法令違反をいう論旨について所論は、前記①ないし③の延焼可能性について、原判決は、①の延焼可能性については疑問を差し挟む余地があるとしながら、②③の延焼可能性を認める旨説示しているが、原審で主に争点とされていたのは①の延焼可能性であり、C証人やD証人の各尋問もそのほとんどが①の延焼可能性における延焼経路等に関する説明に終始していたにもかかわらず、 原判決は釈明義務を尽くさず不意打ちのように②③による延焼可能性を認める旨の判断を示したのであるから、原審には審理不尽の違法があるなどというのである。 していたにもかかわらず、 原判決は釈明義務を尽くさず不意打ちのように②③による延焼可能性を認める旨の判断を示したのであるから、原審には審理不尽の違法があるなどというのである。 しかしながら、C証人は、前記②③の延焼可能性についても、その根拠を示してこれらの可能性を肯定する旨明確に証言しているのであって、なお、C証人は、①ないし③の延焼可能性以外の延焼可能性についても言及しているのであり、このような証人尋問の内容等本件審理の状況に照らせば、原審における攻撃防御の対象が専ら①の延焼可能性に限局されていたなどとはおよそ見受けられず、②③などのその他の延焼可能性についても審理は尽くされていたことは明らかというべきであるから、所論のいうような釈明義務違反を検討する余地はないといわざるを得ない。 原審に審理不尽の違法があるなどという所論は採用の限りではなく、訴訟手続の法令違反をいう論旨も理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和5年6月6日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官森浩史 裁判官富張真紀 裁判官家入美香
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