- 1 -令和元年(行コ)第107号原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴事件(原審大阪地方裁判所平成25年(行ウ)第215号,第224号) 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 厚生労働大臣が控訴人に対して平成22年9月29日付けでした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の認定申請の却下処分を取り消す。 第2 事案の概要 1 控訴に至る経緯等本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項所定の厚生労働大臣の認定(以下「原爆症認定」という。)を申請した控訴人が,申請却下処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,当該処分によ って被ったとする損害の賠償金300万円及びこれに対する平成25年11月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 原審が控訴人の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したところ,控訴人は,申請却下処分の取消しを求める部分について不服として本件控訴を提起 した(以下において,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律を単に「法」といい,原子爆弾由来の放射線に曝されることを,法令用語に従って「被爆」という。原判決引用部分に「被爆者援護法」「被曝」とある場合には,これを「法」「被爆」と読み替えた上で引用する。また,原爆症認定は,負傷と疾病を対象とするが,本件で問題となっているのは疾病であるから,以下の摘示や 説示も疾病を念頭において行う。)。 言渡令和3年1月14日交付裁判所書記 。また,原爆症認定は,負傷と疾病を対象とするが,本件で問題となっているのは疾病であるから,以下の摘示や 説示も疾病を念頭において行う。)。 言渡令和3年1月14日交付裁判所書記官 - 2 - 2 関係法令等の定め⑴ 原爆症認定の仕組みア法1条は,法にいう「被爆者」を,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(同条1号)等であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものと定義 する(以下,本判決においても「被爆者」という場合はいずれも法1条が定義する「被爆者」を指す。)。 イ法10条1項は,「厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して…疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該…疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでな いときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」と定め,法11条1項は,上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の原爆症認定を受けなければならないと規定する。 ウすなわち,法10条1項は,原爆症認定がされるためには,ある疾病に ついて,被爆者が現に医療を要する状態にあること,及び「原子爆弾の傷害作用に起因して」当該疾病にかかっていることの二つの処分要件を充足する必要がある旨を定めている(以下,前者のある疾病につき要医療状態にあることという処分要件を「要医療性」といい,後者の「原子爆弾の傷害作用に起因して」ある疾病につき要医療状態にあることという処分要件 を「放射線起因性」という。)。 そして,同項の本文とただし書きをあわ う処分要件を「要医療性」といい,後者の「原子爆弾の傷害作用に起因して」ある疾病につき要医療状態にあることという処分要件 を「放射線起因性」という。)。 そして,同項の本文とただし書きをあわせ読むと,放射線起因性とは,原子爆弾の放射線に起因する疾病により要医療状態が生じた場合に肯定されるほか,原子爆弾の放射線に起因するものでない疾病についても,放射線が治癒能力の低下をもたらした結果として要医療状態が生じた場合にも 肯定されることになる。 - 3 -⑵ 法に基づく各種手当(原子爆弾小頭症手当を除く)の概要ア法は,被爆者に対し支給される手当として,医療特別手当(24条),特別手当(25条),健康管理手当(27条),保健手当(28条)及び介護手当(31条)を規定している。 医療特別手当と特別手当は原爆症認定を受けた被爆者に対し支給される 手当であり,健康管理手当,保健手当は原爆症認定を受けていない被爆者に対し(申請に基づく都道府県知事の認定を経て)支給される手当である。 ただし,医療特別手当,特別手当,健康管理手当及び保健手当の併給はされず,いずれか一つの手当だけが支給される仕組みになっている。 イ法24条所定の医療特別手当は,ある疾病について原爆症認定を受 けた被爆者が要医療状態にある場合に限り,支給される。法25条所定の特別手当は,ある疾病について原爆症認定を受けた被爆者が要医療状態でなくなった(すなわち当該疾病が治癒した)後に支給される。 ウ法27条所定の健康管理手当は,被爆者が造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病にかかっている場合に,当 該疾病が原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかでない限り,支給される。そして 爆者が造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病にかかっている場合に,当 該疾病が原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかでない限り,支給される。そして,法施行規則51条は,上記「障害」について,造血機能障害と肝臓機能障害を含む11種類の障害を列挙している。 すなわち,健康管理手当は,被爆者がそれら11種類の障害をもたらす疾病にかかっている場合には,当該疾病の放射線起因性が積極的に否定さ れない限り支給される手当である。例えば,糖尿病は,法施行規則51条4号所定の「内分泌腺機能障害」を伴う疾病に該当するから,糖尿病にかかっている被爆者に対しては,その糖尿病の放射線起因性が積極的に否定されない限り健康管理手当が支給されることになる。 エ法28条所定の保健手当は,被爆者のうち,爆心地から2㎞の区域内の 被爆者に対し,疾病にかかっているかどうかにかかわりなく支給される。 - 4 -オ法31条所定の介護手当は,被爆者が厚生労働省令で定める範囲の精神上又は身体上の障害により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けている場合には,当該障害が原子爆弾の傷害作用の影響によるものであることが積極的に否定されない限り,支給される。 カかつて,健康管理手当は老齢福祉年金と同額とされ,医療特別手当は健 康管理手当の4倍に2000円を加えた額とされ,特別手当は健康管理手当の1.5倍の額とされており,現在では,これらの額は物価スライド方式で改定することとされているが(法29条1項),上記の三つの手当の額の関係は大きく変わっていない。 平成26年法律第69号による改正後の法が定める手当の月額は,医療 特別手当が13万5400円(法24条3項 が(法29条1項),上記の三つの手当の額の関係は大きく変わっていない。 平成26年法律第69号による改正後の法が定める手当の月額は,医療 特別手当が13万5400円(法24条3項),特別手当が5万円(法25条3項),健康管理手当が3万3300円(法27条4項),保健手当が1万6700円(法28条3項)である。 ⑶ 原爆症認定の審査の方針ア法11条2項及び法施行令9条は,厚生労働大臣は,原爆症認定を行う に当たり,当該疾病の放射線起因性の有無が明らかである場合を除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならない旨を規定するところ,厚生労働省組織令133条2項及び疾病・障害認定審査会令5条1項は,疾病・障害認定審査会のうち原子爆弾被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)が,法の規定に基づき疾病・障害認定審査会の権限に属す る事項を処理するものと規定する。 イ医療分科会は,平成13年5月25日付けで「原爆症認定に関する審査の方針」(乙A2。以下「旧審査方針」という。)を作成し,これを原爆症認定に係る審査に用いていた。旧審査方針は,原因確率という考え方に基づき,白血病,悪性腫瘍及び副甲状腺機能亢進症の3疾患を対象として 放射線起因性を認定しようとするものであった。 - 5 -ウ医療分科会は,平成20年3月17日付けで旧審査方針に代わる「新しい審査の方針」(乙A1の1)を作成し,平成21年6月22日にこれを若干の改訂を加えた(乙A1の2。以下,その改定後のものを「前審査方針」という。)。 エ医療分科会は,平成25年12月16日に前審査方針に大幅な改訂を加 えた。その改訂後の「新しい審査の方針」(乙A17。以下「本件審査方針」という。)は, 「前審査方針」という。)。 エ医療分科会は,平成25年12月16日に前審査方針に大幅な改訂を加 えた。その改訂後の「新しい審査の方針」(乙A17。以下「本件審査方針」という。)は,別紙2のとおりである。 3 前提事実当事者間に争いのないか,証拠(原判決引用部分及び次に掲記のもの)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は,次のとおり補正するほか,原判 決「事実及び理由」第2の2(4頁13行目から5頁8行目まで及び6頁1行目から7頁5行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 ⑴ 原判決4頁20行目の末尾に,「控訴人は,40歳代後半で糖尿病を発症し,平成元年8月30日,糖尿病を申請疾病として健康管理手当の支給を申請し,その支給認定を受けて同年11月から健康管理手当の支給を受けてい る(甲D2,乙D4,7)。」を加える。 ⑵ 同4頁22行目の「肝機能障害を追加し」の次に,「(以下「本件追加申請」という。)」を加える。 ⑶ 同5頁1行目,2,3行目及び6行目の「原告A却下処分」を,いずれも「本件処分」に改める。 ⑷ 同6頁1行目の「」を「⑶」に改める。 4 争点の摘示本件の主たる争点は,次のとおりである。 ⑴ 放射線起因性の判断枠組み(争点⑴)⑵ 控訴人の原爆症認定要件該当性(争点⑵) 5 主たる争点に関する当事者の主張 - 6 -主たる争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第2の4(7頁12行目から20頁13行目まで)のとおりであるから,これを引用する(引用部分中に「原告ら」とあるのを「控訴人」と読み替える。)。 ⑴ 原判決10頁25行目から11頁2行目までを次のとおりに 頁12行目から20頁13行目まで)のとおりであるから,これを引用する(引用部分中に「原告ら」とあるのを「控訴人」と読み替える。)。 ⑴ 原判決10頁25行目から11頁2行目までを次のとおりに改める。 「 原爆放射線は全身に照射されるが,膵臓,とりわけ膵尾部が被爆することによって,インスリン分泌機能が損なわれる。また,視床下部が被爆することによって,視床下部から分泌される成長ホルモンの分泌が抑制されるとともに,脂肪細胞が被爆して脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンの分泌が低下することによって,インスリン抵抗性が増し,細胞にブドウ糖が運ば れなくなって血糖値が上昇する。加えて,被爆後の炎症性サイトカインの持続的増加によってもインスリン分泌の不全が起こる。これらによって,原爆被爆者には糖尿病発症のリスクが増大する。」 同11頁13行目の末尾に「原爆被爆者の糖尿病罹患率が非被爆群に比して有意に高いことを示す「くまもと被爆者健康調査プロジェクト04」(甲 D63),チェルノブイリ除染作業員に2型糖尿病の罹患率が高いことを示す研究報告(甲D57),放射線療法を受けた癌患者(殊に放射線感受性が高い小児癌患者)に糖尿病の発病率が高いことを示す多数の外国の疫学的調査報告(甲D49,51~55)などによって,放射線被爆線量が多ければ多いほど,糖尿病罹患率が増えるという関係にあり,このことに「しきい値」 はないことが判明している。他方,放射線に起因した糖尿病を発症するのが,特定の遺伝子タイプを有する者に限られるなどとの研究成果はなく,被控訴人の主張は論文の誤用である。」を加える。 ⑶ 同12頁24行目の「脂肪肝」を「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」に改める。 ⑷ 同13頁7行目から 研究成果はなく,被控訴人の主張は論文の誤用である。」を加える。 ⑶ 同12頁24行目の「脂肪肝」を「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」に改める。 ⑷ 同13頁7行目から14頁11行目までを次のとおりに改める。 - 7 -「b 控訴人がNAFLDに該当する場合であっても,積極認定の対象である慢性肝炎に該当すること慢性肝炎は,ウイルス性のものに限定されず,NAFLDなどの慢性脂肪性肝疾患を含む。控訴人は,6か月以上長期にわたってALT値が異常値を示しており,日本肝臓学会の診断基準(甲D64)によれば,慢性肝 炎に該当することに疑いの余地はない。 c 原爆被爆によるNAFLDの発症原爆の放射線被爆によって,インスリン抵抗性が増加するとともに,炎症性サイトカインの増加をもたらし,これらがNAFLDを引き起こす。 NAFLDは,より重篤な肝硬変や肝癌の発症要因になるNASH(非ア ルコール性肝炎)に移行し得る。」⑸ 同15頁4行目の「また」から11行目末尾までを「また,慢性肝炎から肝硬変に移行し,さらに肝癌を発症するルートはよく知られており,控訴人についても,現在,血液中の血清鉄が増加し,既にNAFLDがNASHに移行している可能性が高く,積極的治療が必要不可欠になっているところ, そのような進行性の疾病に対する治療の一環として医師による経過観察が行われていたのである。実際,疾病の進行の度合いに照らし,平成26年10月以降,肝炎の治療薬であるウルソの投与が始まり,これによりALT値が改善していることは,本件追加申請時ないし本件処分時における経過観察が医療措置として必要であったことを裏付けている。したがって,控訴人の慢性 肝炎(肝機能障害)に 始まり,これによりALT値が改善していることは,本件追加申請時ないし本件処分時における経過観察が医療措置として必要であったことを裏付けている。したがって,控訴人の慢性 肝炎(肝機能障害)には要医療性が認められる。」に改める。 ⑹ 同16頁25行目の末尾に,「控訴人が援用する「くまもと被爆者健康調査プロジェクト04」(甲D63)は,調査集団の選択に偏りがあり,チェルノブイリ除染作業員の2型糖尿病に関する学会報告(甲D57)についても,その研究成果の詳細は不明である。また,放射線治療を受けた癌患者の 疫学的調査であるとする外国文献は,いずれも放射線治療によって相当に高 - 8 -い線量の放射線に被爆をした症例に関する報告であって,低線量被爆である原爆被爆とは前提を異にし,いずれも原爆放射線による被爆と糖尿病との間に関連性があることを証明するものとはいえない。」を加える。 ⑺ 同18頁6行目の末尾に「殊に,肝炎に至らない単純性脂肪肝は,成人の20ないし30%にみられる一般的な病態で,進行することが稀であって, 「慢性肝炎」に含まれないことは明らかである。原爆症認定制度の在り方に関する検討会においても,脂肪性肝炎や脂肪肝を積極認定の対象とするための議論はされなかった。」を加える。 ⑻ 同19頁24行目の「かかる治療を」から26行目の「ものではない。」までを「経過観察を受けている被爆者に要医療性が認められるためには,経 過観察自体が,当該疾病を治療するために必要不可欠な行為であり,かつ,積極的治療行為(治療適応時期を見極めるための行為や疾病に対する一般的な予防行為を超える治療行為をいう。)の一環と評価できる特別の事情があることを要する(最高裁判所令和2年2月25日第三小法廷判決・民集74巻2号1 療適応時期を見極めるための行為や疾病に対する一般的な予防行為を超える治療行為をいう。)の一環と評価できる特別の事情があることを要する(最高裁判所令和2年2月25日第三小法廷判決・民集74巻2号19頁)。」に改める。 ⑼ 同20頁10行目の末尾に「控訴人のNAFLDに対する経過観察は,食事・運動療法による減量の指導をしながら,積極的治療行為を要する病態に進行していないかを確認するためにとどまるから,上記特別の事情は認められない。また,控訴人は,平成26年10月からウルソの投薬を受けているが,これは本件追加申請から5年余り経過した後にされたものであって,本 件追加申請時の要医療性判断の材料たりえない。」を加える。 ⑽ 同28頁5行目の「」を「⑶」に改める。 第3 当裁判所の判断 1 争点⑴(放射線起因性の判断枠組み)について⑴ 法10条1項所定の原爆症認定の処分要件のうち,放射線起因性(すなわ ち「原子爆弾の傷害作用に起因して」ある疾病につき要医療状態にあること) - 9 -とは,前記のとおり,原子爆弾の放射線に起因する疾病又は治癒能力の低下が原因となって要治療状態に陥ったことを意味するのであるが,法的には,被爆の事実と申請疾病に係る要医療状態との間に因果関係が認められることを意味するものと解される。 法は,健康管理手当や介護手当の支給認定に際しては,被爆者であるとの 事実があれば放射線起因性(上記の因果関係)を推認するとしているものと解されるから(法27条,31条),これら手当の申請却下処分の取消訴訟においては,行政庁がその推認を覆す事情につき立証責任を負う。これに対し,医療特別手当及び特別手当に直結する原爆症認定については,同様の規定を置いていないから,原爆症認定の申 申請却下処分の取消訴訟においては,行政庁がその推認を覆す事情につき立証責任を負う。これに対し,医療特別手当及び特別手当に直結する原爆症認定については,同様の規定を置いていないから,原爆症認定の申請却下処分の取消訴訟においては, 申請者(被爆者)が放射線起因性(上記の因果関係)につき立証責任を負うと解される。なお,その立証の程度は,通常の民事訴訟の程度と異なるものではなく,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解される(最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷判決・集民198号529頁参照。以下,同判決を「平成12年最高裁判 決」という。)。」⑵ もっとも,人間の身体に疾病が生じて要医療状態に陥る過程においては,多くの要因が複合的に関連していることが通常であり,その過程で被爆の事実が寄与していたとしても,被爆に起因する特異な症状が現れるとは限らないし,そもそも放射線が人体に影響を与える機序の詳細は科学的に解明され ているわけではない。本件の証拠に照らせば,長年にわたって放射線と疾病に関する多数の調査がされたにもかかわらず,放射線と疾病の関係についての知見は疫学的解析による有意性の確認といった限定的なものにとどまっていることが明らかであって,科学的知見を用いて放射線起因性を判断することにも一定の限界がある。 そうすると,放射線起因性の判断に当たっては,疾病が生じて要医療状態 - 10 -に陥る医学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の被爆の程度と科学的知見(主に疫学的知見)を中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病の症状の推移,その他の疾病に係る病歴,当該疾病等に係る他原因(危険因子)の有無及び程度等をも考慮し,総合的な判断を 爆の程度と科学的知見(主に疫学的知見)を中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病の症状の推移,その他の疾病に係る病歴,当該疾病等に係る他原因(危険因子)の有無及び程度等をも考慮し,総合的な判断を行うのが相当である。 また,被曝の程度を認定,評価するに当たっては,各種調査において爆心地から1.5㎞を超える地点で被爆した被爆者(いわゆる遠距離被爆者)や入市被爆者に脱毛や皮下出血等の急性症状が相当数発生したことが報告されており(甲A105,118,147~154等),これらを初期放射線による外部被曝の影響のみをもって合理的に説明することは困難であることを 踏まえ,初期放射線による被曝だけでなく,残留放射線,すなわち,誘導放射線(原子爆弾の初期放射線の中性子によって誘導放射化された放射性物質が放出する放射線)や放射性降下物が放出する放射線(原子爆弾の核分裂によって生成された放射性物質等で地上に降下したものが放出する放射線)による外部被曝,さらには放射性物質が体内に取り込まれて生じる内部被曝の 可能性も考慮に入れる必要があるというべきである。 ⑶ ところで,旧審査方針は,平成12年最高裁判決(これは原爆症認定申請却下処分が違法であるとして取り消された事案に関する最高裁判所の判断を示した判決である。)を契機として策定されたが,旧審査方針の下での原爆症認定申請却下処分を取り消す司法判断が相次いだことから,旧審査方針を 大幅に改訂する内容の前審査方針が定められ,これにより,原爆症認定を受ける被爆者が,平成19年度末時点の約2000人から平成22年度末時点の約7200人まで飛躍的に増えた(乙A24の2)。 しかし,前審査方針が策定された後も,原爆症認定申請却下処分を取り消す司法判断が相次ぐ事態が続き,悪性腫瘍 点の約2000人から平成22年度末時点の約7200人まで飛躍的に増えた(乙A24の2)。 しかし,前審査方針が策定された後も,原爆症認定申請却下処分を取り消す司法判断が相次ぐ事態が続き,悪性腫瘍以外の疾病に関し,行政認定と司 法判断の乖離がみられることが問題となったことから,厚生労働省は,原爆 - 11 -症認定制度の在り方に関する検討会を立ち上げ,前審査方針の改訂を検討することになった(乙A15,16)。同検討会は,その構成員が学識経験者を中心とする15名であり,平成22年12月から平成25年12月まで26回にわたって議事を行い,同年12月4日付けで最終的な報告書をまとめた。そして,医療分科会は,同報告書に従い,前審査方針を改訂する形で 本件審査方針(乙A17)を定めたのである。 上記26回の議事では,平成12年最高裁判決が示した放射線起因性(因果関係)の判断手法(上記),科学的知見とその限界を前提とした総合的判断の必要性(上記)を念頭においた上で,行政認定と司法判断の乖離をどのように解消すべきなのかについて活発な議論がされており(乙A19な いし44の各1及び2),同検討会は,国が敗訴した多数の判決において,科学的知見にも幅や限界があって未解明の部分が少なくないことから,個別の事情を総合的に考慮して原爆症認定をすべき旨の指摘がされているとの認識の下,行政認定と司法判断の乖離を解消することは難しいが,その乖離をできる限り縮めていく努力が重要であるとの考えに基づき,前審査方針の改 訂を勧告したのであり,その勧告を受けて本件審査方針が定められたのである(乙A16)。 本件審査方針は,行政手続法5条所定の「審査基準」に当たると解されるが,これが策定された上記経緯を踏まえ,かつ,本件審査方針の判断手 その勧告を受けて本件審査方針が定められたのである(乙A16)。 本件審査方針は,行政手続法5条所定の「審査基準」に当たると解されるが,これが策定された上記経緯を踏まえ,かつ,本件審査方針の判断手法の合理性について本件では特段の疑問を差し挟む理由が見出せないことからす れば,本件で裁判所が行う放射線起因性の判断も本件審査指針に沿って行うのが相当である。 2 争点⑵に関連する認定事実について前提事実に加え,証拠(甲D1,原審における控訴人本人尋問の結果,別紙3に掲記の書証及び後掲の書証)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認 められる。 - 12 -⑴ 慢性肝炎(甲D64,乙A801,804,822,862)ア慢性肝炎は,肝臓に血液中のリンパ球が集まって炎症を起こし,持続する炎症によって肝細胞が長期間にわたり壊れ続けるという疾病である。 慢性肝炎が持続すると肝細胞が壊れた後に繊維が沈着して肝臓が繊維化して硬くなり(肝硬変),肝癌を合併する場合がある。 イ肝細胞が壊れている状態を反映する酵素として,AST(GOT)とALT(GPT)がある。AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)とALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)は,いずれも肝細胞に含まれている酵素であり,肝細胞が壊れるとこれらの酵素が血中に逸脱する。正常な代謝とみられる範囲(基準範囲)を超えて血中のAST,A LTが上昇した場合,肝細胞に障害が起きている状態とみなされる。一般的に,血中のAST値とALT値の基準範囲の上限は,いずれも40(単位は「U/L」又は「IU/L」である。以下,単位を省略する。)である。 ウ慢性肝炎に特徴的な自覚症状はなく,その診断は血液検査の結果によっ 値とALT値の基準範囲の上限は,いずれも40(単位は「U/L」又は「IU/L」である。以下,単位を省略する。)である。 ウ慢性肝炎に特徴的な自覚症状はなく,その診断は血液検査の結果によっ て行われる。臨床医療においては,一般的に,血中のAST値又はALT値が6か月以上にわたって上昇している場合には慢性肝炎と診断される。 エ肝細胞の炎症(血中AST値,ALT値の上昇)が起きる原因は様々であるが,ウイルス(B型,C型)が肝細胞で増殖することが原因となって生じることが最も多い(ウイルス性肝炎)。しかし,免疫機能が誤って自 己の肝細胞を攻撃して炎症が生じることもあり(自己免疫性肝炎),さらには,アルコールの飲み過ぎ,肥満,糖尿病などによって肝細胞に脂肪が溜まる場合も肝細胞の炎症が生じる(脂肪性肝炎)。 ⑵ 脂肪性肝疾患(乙A811,812,817,818,862)ア脂肪性肝疾患(脂肪肝)とは,肝細胞に中性脂肪が沈着して,肝障害を きたす疾病の総称である。AST値やALT値の300までの上昇は非特 - 13 -異的であり,無症状である人の血液検査におけるALT値のごく軽度の上昇は,脂肪肝が最も可能性の高い原因であるとされている。 イ明らかな飲酒歴がない脂肪性肝疾患が非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれる。NAFLDは血中のALTの増加を特徴とする疾病であるが,特徴的な自覚症状というものがなく,他覚所見も肝腫大程度 であって,成人の健康診断受診者の20ないし30%にNAFLDが認められるとする報告もある。 ウ NAFLDは,肥満とそれに基づくインスリン抵抗性が主な病因と考えられており,大部分のNAFLDは肥満,糖尿病,高インスリン血症,脂質異常症を伴っ FLDが認められるとする報告もある。 ウ NAFLDは,肥満とそれに基づくインスリン抵抗性が主な病因と考えられており,大部分のNAFLDは肥満,糖尿病,高インスリン血症,脂質異常症を伴っている。2型糖尿病患者(180例)の69.4%に腹部 エコー検査でNAFLDが認められたとする報告もある(乙A818・12頁文献2)。 エ NAFLDは,予後良好な単純性脂肪肝と進行性の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に分かれる。 NAFLDの大部分は単純性脂肪肝であるが,NAFLDのうち約10な いし20%は非アルコール性脂肪肝炎(NASH)である。NASHは,単純性脂肪肝が進行したもので,肝臓への脂肪の沈着に加え,肝臓の線維化と炎症性がみられる病態であり,5ないし10年の経過観察の報告では,そのうち5ないし20%が肝硬変へ進行するとされている。 ⑶ 糖尿病(乙A810,851,854) ア糖尿病は,インスリン作用の不足に基づく慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群である。高血糖状態かどうかを知るための指標として,臨床上,全ヘモグロビン中の糖化したヘモグロビンの割合を百分率で表したHbA1c(糖化ヘモグロビン率)が用いられる。 イ糖尿病を成因から分類すると,1型糖尿病,2型糖尿病及びその他の特 定の機序等によるものがあり,我が国の全糖尿病患者のうち95ないし - 14 -97%程度が2型糖尿病である。2型糖尿病とは,自己免疫疾患機序により発症する糖尿病(1型糖尿病)を除く糖尿病全般を指し,インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす複数の遺伝因子に,過食・運動不足などの生活習慣及びその結果としての肥満が環境因子として加わりインスリン作用不足を生じて発症する糖尿病 糖尿病全般を指し,インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす複数の遺伝因子に,過食・運動不足などの生活習慣及びその結果としての肥満が環境因子として加わりインスリン作用不足を生じて発症する糖尿病である。 ウ厚生労働省が平成14年11月に実施した糖尿病実態調査によれば,糖尿病が強く疑われる人(HbA1cが6.1%以上又は糖尿病の治療を受けている人)は約740万人,糖尿病の可能性を否定し得ない人(HbA1c値が5.6%以上6.1%未満で糖尿病の治療を受けていない人)をあわせると約1620万人と推計されており,男性の場合,糖尿病が強く 疑われる人の全体に対する割合は,40ないし49歳で4.4%,50ないし59歳で14.0%,60ないし69歳で17.9%,70歳以上で21.3%とされており,加齢とともに有病率が増加している。 ⑷ 控訴人の被爆状況ア控訴人(昭和18年▲月▲日生)は,母Bと共に,昭和20年8月6日 午前8時15分頃(当時2歳〇か月),広島市(住所省略)の自宅(爆心地から約1.5㎞)において,広島原爆に被爆した(甲D38,乙D4)。 被爆当時,母Bは自宅の裏庭で洗濯物を干しており,控訴人は玄関脇の防火水槽の近く(屋外)で遊んでおり,被爆直後,全身灰まみれになって泣いていた。 イ母Bは,被爆後,控訴人を連れて,自宅近くの寺院裏のC川の河原に避難した(甲D38~40)。母Bと控訴人は,自宅が焼け落ち,住む場所も食べる物がなかった状況下で,数日間,自宅裏の防空壕で寝泊まりし,池に浮いている鯉を食べたり,井戸水を飲むなどしたが,帰ってきた控訴人の父が自宅の焼け跡に小屋(バラック)を建てたことから,父母ととも にその小屋で暮らし,自宅周辺の畑で採れる野菜や麦を食 ,池に浮いている鯉を食べたり,井戸水を飲むなどしたが,帰ってきた控訴人の父が自宅の焼け跡に小屋(バラック)を建てたことから,父母ととも にその小屋で暮らし,自宅周辺の畑で採れる野菜や麦を食べるようになっ - 15 -た。控訴人は,18歳の大学入学時に広島を離れるまで,上記の自宅(控訴人が小学校低学年の頃に建て替えられた。)で生活した。 ウなお,控訴人と共に自宅で被爆した母Bは,昭和62年(当時82歳)に再生不良性貧血,糖尿病,腎不全等で死亡した。 ⑸ 控訴人の病歴等 ア幼年期の控訴人は,痩せていて虚弱体質であり,原因不明の発疹や長期間の微熱に悩まされることが多く,小学校低学年の頃には,中耳炎で何年間も通院するなどしたが,完治しなかった。控訴人は,現在も右耳は人の声を聞き取ることができない。 控訴人は,小学校高学年の検診の際,白血球の数値が異常であると指摘 されたことがあった。控訴人は,大学生になってからも同様の指摘を受けたことがある。 イ控訴人は,昭和48年頃(当時30歳)に十二指腸潰瘍及び胃潰瘍になり,その後も再発を繰り返し,現在も投薬等の治療を受けている。 控訴人は,昭和50年頃(当時32歳),甲状腺に3㎝ほどの腫瘍がで き,京都大学医学部附属病院で腫瘍内部の液体を抜き取った。また,昭和52年頃(当時34歳),下唇の口腔内部に5㎜ほどの腫瘍が発見され,同病院において日帰りの摘出手術を受けた。さらに,平成3年頃(当時48歳),左耳の耳下腺に3㎝ほどの腫瘍が発見され,同病院において摘出手術を受けた。また,控訴人は,若い頃から,健康診断等において,高 血圧,高血糖,高コレステロール等を指摘されることがあった。 ウ控訴人は,40歳代後 瘍が発見され,同病院において摘出手術を受けた。また,控訴人は,若い頃から,健康診断等において,高 血圧,高血糖,高コレステロール等を指摘されることがあった。 ウ控訴人は,40歳代後半には糖尿病(2型糖尿病)を発症し,以後,現在に至るまで,継続的に通院してその治療を続けており(乙D2),平成元年8月30日,糖尿病を申請疾病として健康管理手当の支給を申請し,同年11月以降,健康管理手当の支給を受けている(乙D4)。 エ控訴人は,平成21年3月17日に糖尿病を申請疾病とする原爆症認定 - 16 -の申請をしたが,その後の同年7月頃(当時66歳)に狭心症(狭窄率50%)と診断され,狭心症に関する投薬治療を受けている。 オ控訴人は,血液検査でALT値の異常が指摘される状態が長期にわたって続いていたところ,D診療所(京都府α市所在)のE医師は,同年9月,控訴人が慢性肝炎の状態にある旨の診断をした。そこで,控訴人は,同年 9月28日,申請疾病に肝機能障害を追加した(乙D7,8)。控訴人は,平成26年10月(当時71歳)からは肝庇護薬のウルソ(ウルソデオキシコール酸,UDCA)の投与を受けている(甲D35)。 ⑹ 血液検査の検査数値の推移控訴人は,糖尿病の治療のため定期的に通院して血液検査を受けていたほ か,概ね年に1回人間ドッグを受診していた。平成8年12月24日(当時53歳)から平成28年7月27日(当時73歳)までの控訴人の血液検査におけるALT値,HbA1c及び脂質(中性脂肪,HDLコレステロール,LDLコレステロール)の値は,別紙3(「ALT(GPT)・HbA1c(JDS)・脂質検査値の推移」)のとおりであった(別紙3掲記の証拠)。 ALT値は,平 ,HDLコレステロール,LDLコレステロール)の値は,別紙3(「ALT(GPT)・HbA1c(JDS)・脂質検査値の推移」)のとおりであった(別紙3掲記の証拠)。 ALT値は,平成13年10月から平成21年10月まで7年以上にわたり,基準値の上限(40)を超えていた。 ⑺ 人間ドックにおける検査結果(甲D23,24,乙D17,18)ア平成10年1月16,17日の人間ドックにおけるAST値は29,ALT値は47であり,「軽度肝障害(脂肪肝)」と診断され,その程度は BF判定(僅かに異常があるが,日常生活に差し支えがない)であった。 イ平成19年11月20日の人間ドックにおけるAST値は33,ALT値は68であり,「肝障害(脂肪肝)」と診断され,その程度はC判定(日常生活上注意を要する)であった。 ウ平成20年11月10日の人間ドックにおけるASTは34,ALT値 69であり,「ALT上昇」と診断され,その程度はC判定であった。 - 17 -エ平成21年12月18日の人間ドックにおけるASTは30,ALT値は37であり,肝臓につき特記すべき異常は認めないとされた。 オ平成22年12月10日の人間ドックにおけるAST値は32,ALT値は51であり,腹部エコー検査では脂肪肝等は認められなかったが,ALT値の上昇は肥満にともなったものとも考えられるので注意深く経過を みる必要があるとされた。同日における控訴人の身長は172.7㎝,体重は74.7㎏であり,BMI(体重(㎏)を身長(m)の2乗で除した数値であり,25未満が基準範囲,25を超えると肥満と分類される。)が25.046であった。なお,人間ドックで計測された身長と体重によって計算される控訴人のB (体重(㎏)を身長(m)の2乗で除した数値であり,25未満が基準範囲,25を超えると肥満と分類される。)が25.046であった。なお,人間ドックで計測された身長と体重によって計算される控訴人のBMIが25を超えたのはこの時だけであった。 カ平成23年12月8日の人間ドックにおけるAST値は34,ALT値は39であり,肝臓につき特記すべき異常は認めないとされた。 キ平成24年12月10日の人間ドックにおけるAST値は30,ALT値は35であり,腹部エコーにより脂肪肝と診断され,その程度はC判定であった。 ク平成25年12月10日の人間ドックにおけるAST値は36,ALT値は70であり,「軽度肝障害」と診断され,その程度はBF判定であった。 3 申請疾病「慢性肝炎(肝機能障害)」の放射線起因性について⑴ 前記のとおりの事実が認められるところ,控訴人の血液検査にみられるA LT値の推移及び人間ドックの検査結果を全体としてみると,控訴人は,本件処分時(平成22年9月29日)において,ALT値が基準範囲を超える異常値を示す状態が長期間継続しており,臨床医療上は慢性肝炎と診断される状態にあったと認められる。 ⑵ 本件審査方針は,被爆地点が爆心地より約2.0㎞以内である被爆者から 慢性肝炎を申請疾病とする原爆症認定の申請がある場合,格段に反対すべき - 18 -事由がない限り,放射線起因性を積極的に認定するものとするとしている。 本件において裁判所が行う放射線起因性の判断も本件審査指針に沿って行うのが相当と解されることは前記のとおりであるから,控訴人の慢性肝炎については放射線起因性が肯定される。 ⑶ 被控訴人は,本件審査指針が放射線起因性を積極的に認定する 断も本件審査指針に沿って行うのが相当と解されることは前記のとおりであるから,控訴人の慢性肝炎については放射線起因性が肯定される。 ⑶ 被控訴人は,本件審査指針が放射線起因性を積極的に認定するとした慢性 肝炎とは,ウイルス感染や自己免疫不全によるものに限定され,脂肪性のものはこれに含まれないと主張するようであるから,以下,この主張の当否について検討する。 確かに,脂肪性肝疾患と慢性肝炎とを別異に取り扱うという考え方もないわけではない(肝炎対策基本法(平成21年11月25日施行),肝炎対策 の推進に関する基本的な指針(平成28年6月30日号外厚生労働省告示第278号)など)。しかし,前記認定のとおり,慢性肝炎は,肝細胞の炎症が慢性的に持続する病態全般を指す医学上の概念であり,臨床医療上,血液検査によって肝細胞障害(ALT高値)が6か月以上続くことが分かれば慢性肝炎と診断して差支えがないとされている。しかも,厚生労働省健康局総 務課原子爆弾被爆者救護対策室は,本件審査方針を解説した「原爆症認定について」(甲D44)において,「慢性肝炎・肝硬変の一般的な知識」として,「ウイルス,自己免疫,薬物,先天性代謝異常,アルコール,肥満,糖尿病などが原因となって起こるといわれています。」とし,ウイルス感染や自己免疫不全によるものに限定せず,脂肪性のものも含むものとして慢性肝 炎の説明をし,その上で,慢性肝炎の範囲について何らの限定もしないで「慢性肝炎・肝硬変と放射線との関係」を説明しているのであるから,本件審査指針にいう「慢性肝炎」がウイルス感染や自己免疫不全によるものだけを意味するという理解は,甲D44と整合しない。 また,脂肪性の肝疾患であってもウイルス感染や自己免疫不全による場合 と同様,肝 「慢性肝炎」がウイルス感染や自己免疫不全によるものだけを意味するという理解は,甲D44と整合しない。 また,脂肪性の肝疾患であってもウイルス感染や自己免疫不全による場合 と同様,肝細胞が壊れることによって血中にASTとALTが逸脱するとい - 19 -う病態は変わらないのであるから,血液検査においてAST値・ALT値が6か月以上にわたって上昇している場合には脂肪性のものであっても,本件審査方針がいう「慢性肝炎」に該当すると理解することは,医学的にも不合理なことではない。 したがって,本件審査方針がいう「慢性肝炎」を限定的に理解しようとす る被控訴人の上記主張は採用することができない。 ⑷ なお,前記認定の事実関係に照らせば,本件処分当時の控訴人の疾病は,血液検査で慢性肝炎と診断されるもののうち,NASH(非アルコール性肝炎)に移行していないNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)であると認めるのが相当であるところ,被控訴人は,NASHに移行していないNA FLDは,成人の20ないし30%にみられるような生活習慣病であって原爆被爆による放射線に起因して生じるとの医学的,科学的根拠はない旨を主張する。この主張は,本件審査指針がいう,放射線起因性を「格段に反対すべき事由」に関する主張とも解される。 しかし,前記厚生労働省健康局総務課原子爆弾被爆者救護対策室の「原爆 症認定について」(甲D44)は,慢性肝疾患と原爆放射線との関連が示唆的である解析が一部にある一方,500ミリシーベルト以下の低線量域での解析では有意な関連は認められず低線量で肝炎・肝硬変が起きるとの国際的知見もないということを踏まえた上で,慢性肝炎の放射線起因性を「積極的に認定する範囲」を設定したとされているところ の低線量域での解析では有意な関連は認められず低線量で肝炎・肝硬変が起きるとの国際的知見もないということを踏まえた上で,慢性肝炎の放射線起因性を「積極的に認定する範囲」を設定したとされているところ,山田美智子ら「原爆被爆 者におけるがん以外の疾患の発生率(1958-1998 年)」(甲D6,62。平成16年)によれば,脂肪肝単独と他のすべての慢性肝疾患において,被爆との間で有意な線形線量反応が認められた旨,赤星正純ら放射線影響研究所「長崎原爆被爆者における放射線の脂肪肝および虚血性心疾患危険因子に及ぼす影響」(甲D45,65,乙A541。平成15年)によれば,被爆放 射線量は,脂肪肝と正の相関を示し,被爆放射線量がインスリン抵抗性症候 - 20 -群に伴う虚血性心疾患危険因子の集簇している脂肪肝に関連していることを示唆している旨,大石和佳ら「非アルコール性脂肪性肝疾患の有病率と病態に関連する因子の検討」(甲D47。平成26年)において,NAFLD有病率の増加に独立して関連する因子のオッズ比として,放射線被爆1グレイが1.5であった旨がそれぞれ示唆されているところである。 控訴人は,放射線感受性が高い幼年期に,爆心地から約1.5キロメートルという近距離の屋外で初期放射線に直接的に被爆しており,被爆後間もなく池に浮いていた鯉を食べたり井戸水を飲んだりし,その後も,自宅の焼け跡に建てられた小屋で生活し,周辺の畑で採れる野菜等を食べていたというのであるから,初期放射線の外部被爆のみならず,空気中に浮遊する土埃等 に含まれる放射性物質を吸入したり,放射性物質により汚染された水や食物を摂取したりすることにより,少なからず放射性物質を体内に取り込んで内部被爆を受けたものと推認される。そして,控訴人が,幼年 に含まれる放射性物質を吸入したり,放射性物質により汚染された水や食物を摂取したりすることにより,少なからず放射性物質を体内に取り込んで内部被爆を受けたものと推認される。そして,控訴人が,幼年期から病弱であったことや前記認定の病歴に照らせば,控訴人の慢性肝炎(NASHに移行していないNAFLD)は,被爆した放射線の影響に起因すると考えること に一応の合理性が認められるのであって,その放射線起因性を「格段に反対すべき事由」があるとはいえない。 4 申請疾病「慢性肝炎(肝機能障害)」の要医療性について⑴ 本件審査方針においても,要医療性については「当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとする。」とされているところ,前記認定のとおり, 控訴人は,本件追加申請をした平成21年9月28日及び本件処分がされた平成22年9月29日の時点において,前記の慢性肝炎(NASHに移行していないNAFLD)は概ね軽度のものと判定され,特段の治療はされず,経過観察とされていた。 ⑵ ところで,ある疾病について原爆症認定がされる場合とされない場合とで は支給される手当の額に大きな違いがあり,原爆被爆者に対する段階的な救 - 21 -済の制度の枠組みにおいて,法が特に手厚い援護と位置付けている医療特別手当を支給するためには原爆症認定が必要であり,原爆症認定においては要医療性が処分要件とされていることに照らせば,ある疾病で経過観察とされている被爆者に要医療性が認められるためには,医学的に必要かつ妥当な経過観察が行われているというだけでは足りず,経過観察の対象とされている 疾病が,類型的に悪化又は再発のおそれが高く,その悪化又は再発の状況に応じて的確に治療行為をする必要があるなど,経過観察自体が,当該疾病を治 るというだけでは足りず,経過観察の対象とされている 疾病が,類型的に悪化又は再発のおそれが高く,その悪化又は再発の状況に応じて的確に治療行為をする必要があるなど,経過観察自体が,当該疾病を治療するために必要不可欠な行為であり,かつ,積極的治療行為(治療適応時期を見極めるための行為や疾病に対する一般的な予防行為を超える治療行為をいう。)の一環と評価できる特別の事情があることを要するものと解す るのが相当であり,そのような特別の事情があるといえるか否かは,経過観察の対象とされている疾病の悪化又は再発の医学的蓋然性の程度や悪化又は再発による結果の重大性,経過観察の目的,頻度及び態様,医師の指示内容その他の医学的にみて当該経過観察を必要とすべき事情を総合考慮して,個別具体的に判断すべきである(最高裁判所令和2年2月25日第三小法廷判 決・民集74巻2号19頁参照)。 ⑶ 控訴人は,慢性肝炎が進行性の疾病であるとし,平成26年10月頃からウルソの投与を受けてALT値が改善したことも踏まえ,本件追加申請時ないし本件処分時の経過観察は,治療にとって必要不可欠なものであったと主張する。 しかし,前記認定のとおり,控訴人のALT値はかなり長期間にわたり基準範囲を越えていたものの,本件申請直後の平成21年12月18日のALT値は正常値内にとどまっていた。そして,E医師は,本件追加申請の際に作成した意見書の中で医療の内容として「定期的肝機能検査が必要」と記載しただけであったし(乙D8),原審の証人尋問においても,控訴人のエコ ー検査には格別の所見のある脂肪肝はなく,あっても軽いものであったとか, - 22 -ALT値の異常はあったがそれほど高度ではなかったので経過観察としていた旨の証言をしている。 ー検査には格別の所見のある脂肪肝はなく,あっても軽いものであったとか, - 22 -ALT値の異常はあったがそれほど高度ではなかったので経過観察としていた旨の証言をしている。 また,ウルソの投与によって,ALT値の改善効果があったこと自体は否定されるものではないが,「NAFLD/NASH診療ガイドライン2014」では,常用量のウルソは,NAFLDやNASHに対して有効でないため投 与しないことを提案するとされているところである(乙A818)。そうすると,ウルソ投与前の数年にわたる経過観察が治療措置として必要であり,その経過観察がされていたが故にNAFLDに対する適時・適切な治療として平成26年にウルソ投与が開始されたとも断言し難いところである。 結局のところ,本件追加申請時ないし本件処分時における控訴人の慢性肝 炎(NASHに移行していないNAFLD)に対する経過観察は,その悪化によって重大な結果が生ずる医学的蓋然性が高い状況であるために行われていたものとはいい難く,NASH等の続発症が発症しないかを確認するにとどまる行為であって,積極的治療行為の一環と評価できる前記特別の事情があるとは認められない。 ⑷ 以上のとおり,申請疾病のうち慢性肝炎(肝機能障害)については,少なくとも本件処分時において要医療性を認めることができないから,原爆症認定の処分要件を充足していない。 5 申請疾病「糖尿病」の放射線起因性について⑴ 控訴人の糖尿病については,本件処分時において医療を要する状態にあっ たことは前記認定のとおりであるから,放射線起因性の有無が問題となる。 しかし,慢性肝炎・肝硬変とは異なり,糖尿病は,本件審査方針において,一定の被爆者について放射線起因 状態にあっ たことは前記認定のとおりであるから,放射線起因性の有無が問題となる。 しかし,慢性肝炎・肝硬変とは異なり,糖尿病は,本件審査方針において,一定の被爆者について放射線起因性を積極的に認定する疾病とは位置付けられておらず,その放射線起因性は,本件審査方針が述べるとおり,科学的知見を基本としながら,控訴人の被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総 合的に勘案して,総合的に判断すべきことになる。 - 23 -⑵ 糖尿病は,膵臓のインスリン作用不足が生じて発症する疾病であるところ,膵臓の放射線感受性に関する科学的知見としては,放射線被曝者医療国際協力推進協議会編「原爆放射線の人体影響1992」(乙A105)が多数の知見を検討した上で,「膵臓は放射線感受性の低い臓器と考えられており,放射線被曝の急性期においても数百radの放射線被曝では組織学的にも内 分泌学的にも異常は報告されていない。」としている。 原田寿子ほか「被爆者検診受診者における糖尿病有病率」(乙A855。 長崎医学会雑誌79巻特集号・平成16年)は,平成14年度の原爆一般検診受診者3万9269例について糖尿病有病率を検討した上,さらに,被爆状況別に,被爆距離2.0㎞以内の群,2.1㎞以上の群,入市その他の三 つの群に分けて糖尿病有病率を検討した研究成果であるが,原爆一般検診受診者の糖尿病有病率(男性13.0%,女性7.5%)は,厚生労働省が実施した平成14年糖尿病実態調査(速報)で判明した我が国全体の糖尿病有病率(男性14.0%,女性7.9%)と近似しているとし,被爆状況と糖尿病有病率との間にも明らかな関連は認められなかったとする。 上記の科学的知見に照らせば,糖尿病と原爆被爆との関連性を肯定するこ 0%,女性7.9%)と近似しているとし,被爆状況と糖尿病有病率との間にも明らかな関連は認められなかったとする。 上記の科学的知見に照らせば,糖尿病と原爆被爆との関連性を肯定することは容易ではない。 ⑶ 控訴人は,原爆被爆による糖尿病発症の機序として,膵臓,とりわけ膵尾部の被爆によるインスリン分泌不全,脂肪細胞の被爆によるアディポネクチンの分泌低下と視床下部の被爆による成長ホルモンの分泌抑制によるインス リン抵抗性の増加,これらに加えて,被爆後の炎症性サイトカインの持続的増加によるインスリン分泌不全などによって,糖尿病を発病させる旨を主張するとともに,疫学的な裏付けとして,①牟田喜雄「くまもと被爆者健康調査プロジェクト04」(甲D63。平成17年),②楠洋一郎ら「原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を越えて」(甲A508,甲D3。 平成16年),③NataliaDombrovska ら「早期に放射線被爆をした2型糖尿 - 24 -病男性患者における血清アディポネクチン」(甲D57。平成30年)を挙げる。 上記①の調査は,熊本県内に居住する58歳以上の被爆者278名と非被爆者530名とを比較検討した健康調査であり,2㎞以遠被爆及び入市被爆の男性被爆者は非被爆者に比べて糖尿病発症率が高いとするが,同調査によ っても男女計では被爆者と非被爆者との間に有意な発症率の違いはないとされる。また,非被爆者群(年金者組合組合員,教職員退職者の会会員など調査協力の呼びかけに呼応した者ら)が一般市民と同程度の糖尿病罹患率の集団なのかが判然としない。 上記②は,林奉権ら「HLAハプロタイプは原爆被爆者における糖尿病発 症に関係している」(乙A865。平成15年)の調査過程で得 民と同程度の糖尿病罹患率の集団なのかが判然としない。 上記②は,林奉権ら「HLAハプロタイプは原爆被爆者における糖尿病発 症に関係している」(乙A865。平成15年)の調査過程で得られた広島での被爆者885人(糖尿病患者が111人,対照者が774人)のデータを再び解析して得られた知見であるが,被爆時20歳未満だった人のうち最も高線量に被爆した群(>1.5グレイ)について,ヒト白血球抗原(HLA)遺伝子座のDQA1*03及びDRB1*09対立遺伝子又はDQA1* 0401及びDRB1*08対立遺伝子のいずれかを有する場合の糖尿病発症のオッズ比は,非被爆対照群や低線量被爆群において観察されたいずれのオッズ比と比べても有意に高かったが,それらのいずれの対立遺伝子も持たない被爆者の場合は糖尿病罹患率に同様の線量依存的増加は見られなかったとした上で,20歳未満の若年高線量被爆者における糖尿病のリスクに強く かかわる免疫系の何らかの構成要素は,特定のHLAクラスⅡ遺伝子(あるいは,緊密に関係する特定の遺伝子や遺伝子群の場合もあり得る)の影響を受けると考えられるとするものである。しかし,原審におけるEの証言及び控訴人本人尋問の結果によれば,控訴人が上記の対立遺伝子タイプを有する者ではないことが明らかであるから,上記知見を控訴人に当てはめることは できない。 - 25 -上記③は,ウクライナのチェルノブイリ原発事故で放射線の除染作業に従事した労働者に2型糖尿病の頻度が有意に高く,非被爆者群の有病率が3ないし9パーセントに対し,除染作業従事者群の有病率が15ないし21パーセントもあったことを,第20回欧州内分泌学会(平成30年開催)において報告したものであるが,同調査の前提となった除染作業員の放 いし9パーセントに対し,除染作業従事者群の有病率が15ないし21パーセントもあったことを,第20回欧州内分泌学会(平成30年開催)において報告したものであるが,同調査の前提となった除染作業員の放射線被爆量 は不明である。 以上のとおりであるから,上記①ないし③の知見をもって,控訴人の糖尿病の放射線起因性を肯定する根拠とすることは困難である。 ⑷ 控訴人は,放射線治療を受けた癌患者に糖尿病の有病率が高いことを示す多数の外国の調査報告があると指摘するところ,後掲証拠によれば,その外 国の調査報告は次のアないしキのものであることが認められる。そして,当審証人眞鍋穰は,低線量被爆であっても糖尿病の発症率は上がること,このことに「しきい値」はないことを証言する。 ア LillianR. Meacham ら「小児癌長期生存者における糖尿病:放射線療法にともなうリスク増加」(甲D55,乙A868。平成21年)は,放射 線照射を受けた小児癌患者の糖尿病発症率(2.5%)が放射線治療を受けていないその兄弟姉妹の糖尿病発症率(1.7%)に比して有意に高く,その中でも全身照射を受けた場合のオッズ比が最も高かったなどとする。 イ FlorentdeVathaire ら「小児癌生存者における膵臓への放射線量と糖尿病リスク:後ろ向きコホート研究」(甲D49の1・2,乙A867の 1。平成24年)は,糖尿病の発症リスクが膵尾部への放射線照射量と強く相関し,20ないし29グレイまでは放射線照射量を増やすほど糖尿病有病率が増え,特に2歳以下の小児癌患者の場合,年齢の高い子に比して2.1倍高いなどとする。 ウ FrederikaA.vanNimwegen ら「ホジキンリンパ腫長期生存者における糖 率が増え,特に2歳以下の小児癌患者の場合,年齢の高い子に比して2.1倍高いなどとする。 ウ FrederikaA.vanNimwegen ら「ホジキンリンパ腫長期生存者における糖 尿病リスク」(甲D51,乙A867の2。平成26年)は,ホジキンリ - 26 -ンパ腫患者に対し,大動脈周辺リンパ節及び脾臓に36グレイ以上の照射をした場合に,糖尿病発症リスクが2.3倍となり,膵尾部への放射線量を増やすほど糖尿病発症リスクが有意に増加するなどとする。 エ DanaBarnea ら「小児癌後の肥満と代謝性疾患」(甲D52,乙A867の3。平成27年)は,小児癌の放射線の全身照射または腹部照射の治療を 受けた者で,肥満と2型糖尿病のリスクが高く,これはレプチンやアディポネクチンの分泌変化,膵機能不全,粗末な食生活,体を動かさない生活,腸内細菌の変化によるとみられるなどとする。 オ KerriA. Nottage ら「急性リンパ性白血病長期生存者におけるメタボリック症候群と心臓血管危険因子」(甲D53。平成26年)は,急性リン パ性白血病治療のための事前頭蓋放射線療法を受けた者に,メタボリック症候群,肥満及び心血管リスクが高いなどとする。 カ RasoulYahyapour ら「放射線起因性炎症と自己免疫疾患」(甲D54,乙A869。平成30年)は,放射線照射による炎症誘発性サイトカインの慢性の増加が,膵臓β細胞の死や機能障害を引き起こし,インスリンの 分泌にも障害を与えているなどとする。 キ ShubhankarSumanらのマウスへの放射線照射によるレプチンとIGF1の増加に関する論稿(甲D56。平成27年)は,2グレイのγ線照射をしたマウスで,IGF1(インスリ る。 キ ShubhankarSumanらのマウスへの放射線照射によるレプチンとIGF1の増加に関する論稿(甲D56。平成27年)は,2グレイのγ線照射をしたマウスで,IGF1(インスリン様成長因子)受容体とレプチン受容体が増加し,アディポネクチン受容体が低下したなどとする。 ⑸ しかし,上記アないしカの知見は,いずれも悪性腫瘍に対する放射線療法として照射を受けた症例について,糖尿病有病率が高いことなどを示す研究であって,局所的に短時間に高線量の放射線被爆を受けた場合であり,上記キはマウスへの動物実験であるところ,広島原爆の爆心地から約1.5キロメートル地点で被爆した控訴人の同所における推定初期放射線量は0.5グ レイ程度であって(乙A2,108,169),残留放射線による外部被爆 - 27 -及び内部被爆等を考慮しても,上記放射線治療やマウスによる実験の場合と同列に扱うことはできない。かえって,上記ウの論稿では,10から35グレイ程度の場合には,糖尿病の有意な増加はなかった旨の報告もされているところである。 したがって,上記アないしキの知見をもって,控訴人の糖尿病の放射線起 因性を肯定する根拠とすることは困難である。 ⑹ 以上にみたとおりであるから,上記⑶の②の知見が示す特定の遺伝子タイプを有しない被爆者について,被爆と糖尿病の関連性を基礎付ける科学的知見は必ずしも十分ではないし,2型糖尿病は,複数の遺伝的素因や過食,運動不足などの生活習慣及びその結果としての肥満が環境因子として加わって 発症する疾病であり,前記2⑶ウのとおり,我が国一般での男性の糖尿病有病率が非常に高い(50歳代で14.0%,60歳代で17.9%,70歳以上で21.3%)疾病であることに照らせば,控訴 て 発症する疾病であり,前記2⑶ウのとおり,我が国一般での男性の糖尿病有病率が非常に高い(50歳代で14.0%,60歳代で17.9%,70歳以上で21.3%)疾病であることに照らせば,控訴人の被爆線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案してみても,控訴人が糖尿病の要医療状態に陥った原因(あるいは有力な原因の一つ)が広島原爆の被爆にあるとい う理解をするには,やはり決め手に欠けるといわざるをえない。 控訴人の糖尿病については,放射線起因性が肯定できないから,原爆症認定の処分要件を充足していない。 6 結論以上によれば,申請疾病のうち慢性肝炎については放射線起因性が認められ るものの要医療性を認めることができず,申請疾病のうち糖尿病については要医療性が認められるものの放射線起因性を認めることができないから,控訴人の原爆症認定申請を却下した本件処分は適法であり,これが違法であることを原因とする控訴人の本件請求はいずれも理由がない。原判決は結論において相当である。 よって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり - 28 -判決する。 大阪高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官大島眞一 裁判官橋詰均 裁判官佐藤克則 (別紙3省略) - 29 -(別紙 2)新しい審査の方針第1 放射線起因性の判断放射線起因性の要件該当性の判断は,科学 (別紙 2)新しい審査の方針第1 放射線起因性の判断放射線起因性の要件該当性の判断は,科学的知見を基本としながら,総合的に実施するものである。 特に,被爆者救済及び審査の迅速化の見地から,現在の科学的知見として放射線被曝による健康影響を肯定できる範囲に加え,放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含め,次のように「積極的に認定する範囲」を設定する。 1 積極的に認定する範囲 (1) 悪性腫瘍(固形がんなど),白血病,副甲状腺機能亢進症ア悪性腫瘍(固形がんなど)イ白血病ウ副甲状腺機能亢進症の各疾病については, (ア) 被爆地点が爆心地より約3.5㎞以内である者(イ) 原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2㎞以内に入市した者(ウ) 原爆投下より約100時間経過後から,原爆投下より約2週間以内の期間に,爆心地から約2㎞以内の地点に1週間程度以上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべ き事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定するものとする。 (2) 心筋梗塞,甲状腺機能低下症,慢性肝炎・肝硬変ア心筋梗塞イ甲状腺機能低下症 ウ慢性肝炎・肝硬変 - 30 -の各疾病については,(ア) 被爆地点が爆心地より約2.0㎞以内である者(イ) 原爆投下より翌日までに爆心地から約1.0㎞以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合につい (ア) 被爆地点が爆心地より約2.0㎞以内である者(イ) 原爆投下より翌日までに爆心地から約1.0㎞以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認 定するものとする。 (3) 放射線白内障(加齢性白内障を除く)放射線白内障(加齢性白内障を除く)については,被爆地点が爆心地より約1.5㎞以内である者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定す るものとする。 これらの場合,認定の判断に当たっては,積極的に認定を行うため,申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが,客観的な資料が無い場合にも,申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。 2 1に該当する場合以外の申請について 1に該当する場合以外の申請についても,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断するものとする。 第2 要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとす る。 第3 方針の見直しこの方針は,新しい科学的知見の集積等の状況を踏まえて随時必要な見直しを行うものとする。 以上
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