平成12年(ワ)第5721号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成16年10月21日 主文 1 被告は,原告Aに対し,4174万6454円並びに内金3794万6454円に対する平成12年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金380万円に対する平成17年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B及び同Cに対し,それぞれ,2008万6472円並びに内金1828万6472円に対する平成12年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金180万円に対する平成17年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 5 この判決は,1項及び2項につき,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,6418万9510円並びに内金5918万9510円に対する平成12年3月7日(不法行為日)から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金500万円に対する平成17年1月28日(第1審判決言渡し日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B及び同Cに対し,それぞれ,3140万8000円並びに内金2890万8000円に対する平成12年3月7日(不法行為日)から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金250万円に対する平成17年1月28日(第1審判決言渡し日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要Dは,被告の開設するE病院(以下「被告病院」という。)において,閉塞性動脈硬化症に対する治療として経皮的血管形成術(以下「本件手術」という。)を受けたが,その後,出血性ショッ 。 第2 事案の概要Dは,被告の開設するE病院(以下「被告病院」という。)において,閉塞性動脈硬化症に対する治療として経皮的血管形成術(以下「本件手術」という。)を受けたが,その後,出血性ショックにより死亡した。 本件は,Dの相続人である原告らが,本件手術に関して被告病院医師に過失があったと主張して,被告に対し,不法行為責任(使用者責任)又は債務不履行責任に基づき,Dが死亡したことによる損害及びこれに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の賠償を求めた事案である。なお,原告らが平成17年1月28日(第1審判決言渡し日の翌日)から支払済みまでの期間について支払を求める金員は,弁護士費用に対する遅延損害金である。 1 前提となる事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に摘示する各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。 (1) 当事者ア原告ら原告Aは,Dの妻である。 原告B及び同Cは,Dと原告Aの間の子である。 イ被告被告は,日本赤十字法に基づく特殊法人である。 (2) 本件手術に至る治療経過ア平成11年6月11日,Dは,左下肢の間欠性跛行の症状を訴えて被告病院心臓血管外科を受診し,閉塞性動脈硬化症による跛行と診断された。 イ平成11年6月28日,Dは,被告病院心臓血管外科医師Fの診察を受けた。 F医師は,Dの閉塞性動脈硬化症の重症度を,フォンテイン(Fontaine)分類におけるⅡ度と診断した。 F医師は,外科的手術治療(血行再建術)の適応もあると考えたが,Dの希望もあり,内服薬による治療を行いながら様子を見ることにした。 ウ平成11年7月12日,F医師は,Dに内服薬による副作用がないことを確認した上で,以後の内服薬の処方を,Dのかかりつけ病院の医師に依頼した。 その後,Dは,同年9月13日,同月27日及び にした。 ウ平成11年7月12日,F医師は,Dに内服薬による副作用がないことを確認した上で,以後の内服薬の処方を,Dのかかりつけ病院の医師に依頼した。 その後,Dは,同年9月13日,同月27日及び同年11月4日にF医師の診察を受けた。 エ平成11年12月27日,Dは,F医師の診察を受けた。 F医師は,Dの左鼠径部の動脈拍動が消失していることなど,動脈硬化の進行を疑う所見を認めたため,動脈造影検査(デジタル・サブトラクション・アンギオグラフィー(DSA)による。乙3号証14頁)を行うこととした。 オ平成12年2月1日(以下,平成12年については月日のみを記載する。),Dは,検査目的で被告病院に入院した。 カ 2月2日,Dは,動脈造影検査(以下「本件造影検査」という。)を受けた。 F医師は,本件造影検査の結果,①左総腸骨動脈,右内腸骨動脈及び右浅大腿動脈の閉塞並びに右外腸骨動脈の狭窄を認めたが,②左浅大腿動脈から膝窩動脈は開存していることから,③右外腸骨動脈(又は総大腿動脈)から左大腿動脈へのバイパス手術により,左下肢の跛行症状を改善することができる旨,④同バイパス手術を行うに当たっては,これに先立ち,右外腸骨動脈の狭窄部に対し,経皮的血管形成術を行う必要がある旨診断した(乙1号証1頁)。 F医師は,同日,D及び原告Aに対し,本件造影検査の結果等について,次のとおり説明をした。 (ア) 病名閉塞性動脈硬化症(イ) 症状動脈硬化により,左腸骨動脈及び右大腿動脈が閉塞し,右腸骨動脈が狭窄している。 このため,下肢への血流量が低下し,歩くと足が痛む。 (ウ) 治療方法右側の狭くなった部分を風船で拡張し(後述するバルーン血管形成術を指す。),同部にステントを留置する。 その後,右から左へのバイパス手術をする。 (エ) 入院期間5日間キ 2月1 (ウ) 治療方法右側の狭くなった部分を風船で拡張し(後述するバルーン血管形成術を指す。),同部にステントを留置する。 その後,右から左へのバイパス手術をする。 (エ) 入院期間5日間キ 2月10日,D及び原告Aは,Dが「右腸骨動脈経皮形成術」を受けることについての同意書(甲3号証)をF医師に提出した。 ク 3月6日,Dは,翌7日に本件手術を受ける目的で被告病院に入院した(以下,単に「入院」というときには,このときの入院を指す。)。 なお,F医師は,Dが入院する前週,本件手術の準備をするために本件造影検査の結果について再度検討したが,バルーン血管形成術のみでは血管の良好な拡張が得られない可能性があり,血管内超音波検査の結果によっては,アテレクトミーを併せて行う必要があると判断していた。 (3) 本件手術経過3月7日,Dは,F医師の執刀による本件手術を受けた。 本件手術の経過は,次のとおりであった(乙2号証(32及び33頁),4号証,5号証及び証人Fの証言)。 ア午前10時過ぎころ,被告病院血管造影室において,検査及び治療が開始された。 F医師は,動脈造影検査,動脈圧測定及び血管内超音波検査を行い,その結果,右外腸骨動脈の狭窄は偏心性で石灰化が強く,アテレクトミーを行う必要があると判断した。 イ午前11時30分ころから,1回目のアテレクトミーが行われた。 同手術操作中,Dに異常は認められず,また,Dが異常を訴えることもなかった。 ウ午前11時50分ころ,1回目のアテレクトミー終了後,血管内超音波検査が行われた。 同検査の結果,狭窄の残存と内膜の解離様所見が認められた。 エ午後0時10分ころから,2回目のアテレクトミーが行われた。 同手術操作中も,Dに異常は認められず,また,Dが異常を訴えることもなかった。 オ午後0時25分ころ,2回目のアテレ 所見が認められた。 エ午後0時10分ころから,2回目のアテレクトミーが行われた。 同手術操作中も,Dに異常は認められず,また,Dが異常を訴えることもなかった。 オ午後0時25分ころ,2回目のアテレクトミー終了後,血管内超音波検査が行われた。 同検査の結果,狭窄の残存が認められた。 カ同検査中,Dの血圧が一時的に低下した(収縮期圧70mmHg程度)。このとき,Dの意識は正常であり,頻脈も見られなかった。また,Dは,腹部の痛みや気分不快がないか尋ねられたことに対し,何もない旨答えた。 F医師は,左上肢からの点滴を全開とし,酸素を毎分5リットルの割合で吸入させるとともに,同血圧低下の原因として動脈損傷による出血を疑い,動脈造影検査を行った。同造影検査の結果,右外腸骨動脈の壁に沿って造影剤の残留が認められたが,造影剤の血管外への明らかな流出は認められなかった。また,上記点滴と酸素投与後,間もなく,Dの血圧は回復した。 F医師は,上記造影検査の結果や点滴と酸素投与のみで血圧が回復したことなどから,造影剤の残留は血管壁の解離によるものであって,動脈の損傷はない旨,上記血圧低下は神経反射によるものである旨判断した。 キその後,F医師は,右外腸骨動脈には狭窄が残存しており,バルーンカテーテルによる追加拡張及びステント留置を行うことが必要であったが,①治療開始から2時間が経過していたこと,②Dに心疾患の既往があることからすると,上記血圧低下が心疾患によるものである可能性もあり,Dにさらに負担をかけることは避けた方がよいと考えたこと,③バルーンカテーテルによる追加拡張は,血管損傷の危険性を増すと考えたことから,治療を終了した。 ク F医師は,本件手術終了時に,Dに対して治療の概要について説明した。このとき,Dの意識は正常で,Dが腹部の痛み等の不調を訴えるこ 拡張は,血管損傷の危険性を増すと考えたことから,治療を終了した。 ク F医師は,本件手術終了時に,Dに対して治療の概要について説明した。このとき,Dの意識は正常で,Dが腹部の痛み等の不調を訴えることもなかったが,午後0時40分ころに右鼠径部から挿入していたシースを抜去した後,同部の圧迫止血に約50分を要した。 (4) 本件手術後,死亡に至る経過(乙2号証(6,16,27,28,36,37,43及び44頁),4号証及び証人Fの証言)ア同日午後2時,Dは,病室に帰室した。 帰室時の血圧及び脈拍は正常であり,Dが不調を訴えることもなかった。 イ同日午後5時,同9時,翌8日午前0時30分,同1時30分に,看護師がDの病室を訪れた際に,Dに異常は認められなかった。 上記午後9時の訪問時には,看護師が右鼠径部の圧迫を除去して安静を解除する処置をした。 ウ 3月8日午前3時,Dから腹痛を訴えるナ-スコ-ルがあった。 看護師が病室に駆けつけたところ,Dはベッド上で転げ回っており,間もなくショック状態となった。看護師は,直ちに蘇生処置を行うとともにF医師に連絡した。F医師が病室へ駆けつけた時点で,看護師がアンビューバッグによる人工呼吸及び心マッサージを行っていたが,既にDは呼吸停止の状態であった。F医師は,Dに対し,直ちに気管内挿管を行うとともに,循環器内科の当直医及びICUに応援を求め,蘇生処置を続行した。蘇生開始時にはモニターで自己心拍がみられたが,その後心室細動となったため電気的除細動を行った。急速輸液及び昇圧剤を投与したが,頚動脈及び右鼠径部での脈拍は触れず,間もなく心停止の状態となった。その後,蘇生処置を行いつつDをICUへ搬送し,人工呼吸,心マッサージ,昇圧剤の投与及び急速輸液等の蘇生処置を続けたが,Dの心拍は全く回復しなかった。Dの腹部が徐 れず,間もなく心停止の状態となった。その後,蘇生処置を行いつつDをICUへ搬送し,人工呼吸,心マッサージ,昇圧剤の投与及び急速輸液等の蘇生処置を続けたが,Dの心拍は全く回復しなかった。Dの腹部が徐々に膨満し,動脈出血が疑われたので,止血のため右鼠径部からバルーンカテーテルを挿入し,腸骨動脈内でバルーンを低圧で拡張したところ,心マッサージ時の血圧を60mmHg程度に上昇させることができた。しかし,心拍は回復せず腹部の膨満は更に進行した。 エ同日午前4時ころ,原告Aらは,看護師からDの容態が急変した旨の電話を受け,同5時過ぎころ被告病院へ駆けつけた。 F医師は,原告Aらに対し,2時間以上蘇生処置を続けたが心拍が全く回復せず救命の可能性がないことを説明し,同人らの同意を得た上でDに対する蘇生処置を中止し,同5時27分にDの死亡を確認した。 オ同日午前9時,原告Aらの同意を得て,Dの病理解剖が行われた。 解剖の結果,腹腔内は血腫で充満しており,右総腸骨動脈は大動脈からの分岐部から約5㎝の部分に,その前面に約4㎜の裂孔が認められ,直接死因は右総腸骨動脈穿孔による出血性ショックであると判断された。 F医師は,上記解剖に立ち会った後,原告Aらに対し,解剖所見から,Dの死亡原因は動脈出血によるショックであり,アテレクトミーにより動脈壁が薄くなったところが破れて出血を起こしたものと考えられる旨説明した。 (5) 本件における医学的知見ア閉塞性動脈硬化症に対する血管内治療について(乙6,7号証,8号証の1ないし4,14号証(「ここまで進んだ血管内治療法」平成10年),証人Fの証言及び鑑定の結果)(ア) 閉塞性動脈硬化症に対する血管内治療法としては,本件当時,バルーン血管形成術,ステント,アテレクトミー等が存在し,これらを単独で行うか,又は併用するのが一 年),証人Fの証言及び鑑定の結果)(ア) 閉塞性動脈硬化症に対する血管内治療法としては,本件当時,バルーン血管形成術,ステント,アテレクトミー等が存在し,これらを単独で行うか,又は併用するのが一般的であった。 (イ) バルーン血管形成術は,バルーンカテーテルのバルーン部を血管の病変部で加圧し,バルーン内圧の物理的な外力によって,狭窄している血管を強制的に拡張させる手技である。 (ウ) ステントは,カテーテルを用いて,コイル状,網目状又はジグザグ状の金属製の筒を血管の病変部に留置する手技であり,バルーン血管形成術等では再狭窄をきたしやすい症例において,再狭窄予防のために施行されることもある。 (エ) アテレクトミーは,動脈内の硬化性病変を直接削り取る手技である。 a 本手技の概要は次の様なものである。 まず,ガイドワイヤーを狭窄部を通過させた後,これに沿ってアテレクトミーカテーテルを注意深く挿入する。このカテーテルの先端部には,金属製のハウジング(housing)がある。ハウジングの内部には,シリンダー状のカッター及び切除した病変を収納するコレクションチャンバーが内蔵されている。また,その反対側にはバルーンが取り付けられており,バルーンを加圧することにより,病変部にカッターがあたる仕組みとなっている。 次に,カッターの開窓部を病変部に向けた状態でバルーンを加圧し,同開窓部に病変部を取り込んだ後,手元のモータードライブユニットによって,カッターを1分間に2000回転させながらゆっくりと前進させて病変部を切除し,切除した病変部を先端部にあるコレクションチャンバーに収納する。この操作は,カテーテルを少しづつ回転させながら,全方向に対して繰り返し行うことによって,病変部を十分に切除することが可能となる。 b 本手技の利点は,血管壁に無理な外力を加えるこ ャンバーに収納する。この操作は,カテーテルを少しづつ回転させながら,全方向に対して繰り返し行うことによって,病変部を十分に切除することが可能となる。 b 本手技の利点は,血管壁に無理な外力を加えることなく直接病変部を切除することができ,しかも,切除された内腔面は平滑であり,かつ,石灰化病変の切除も可能な点にあり,このため,バルーン血管形成術と対比して内膜解離の頻度が少ないだけでなく,遠隔期の再狭窄予防につながるとされている。 c もっとも,鑑定の結果によると,本手技は,本件当時は通常の手技として実施されていたが,その後,冠動脈に対する経皮的冠動脈形成術の分野を除き,腎動脈,骨格筋動脈,末梢動脈を対象とする経皮的血管形成術の分野では,手技が煩雑であることや,ステントの普及に伴って,実施率が著しく低下していることがうかがわれる。 イ合併症等について(ア) 乙12号証(「脈管学 2001年Vol.41.No.12『閉塞性動脈硬化症に対する血管内治療の合併症とその対策』」)によると,閉塞性動脈硬化症に対するバルーン血管形成術,ステント及びアテレクトミーの合併症の調査結果は,別紙資料のとおりである。 なお,同別紙の表2において,「PTA」とあるのは,バルーン血管形成術を指す。 (イ) アテレクトミーの合併症による死亡例については,乙15号証(「血管外科 1997年第16巻第1号『アテレクトミーの合併症とその外科治療』」)及び弁論の全趣旨によると,本件当時,国外の調査において,心筋梗塞(0.3%),動脈穿孔による出血死(0.1%)が報告されていたが,国内における死亡例は報告されていなかったことがうかがわれる。 また,鑑定人の調査した経皮的血管形成術の合併症に関する国内外の文献19編において,バルーン血管形成術の合併症による死亡例(血管穿孔による。)は報告 死亡例は報告されていなかったことがうかがわれる。 また,鑑定人の調査した経皮的血管形成術の合併症に関する国内外の文献19編において,バルーン血管形成術の合併症による死亡例(血管穿孔による。)は報告されているが,アテレクトミーの合併症による死亡例の報告はなかった。 2 本件における争点(1) アテレクトミーに関する説明義務違反の有無(2) アテレクトミーの適応性判断に関する過失の有無(3) 手技上の過失の有無等(4) 本件手術後の経過観察義務違反の有無等(5) 損害第3 争点及び当事者の主張 1 アテレクトミーに関する説明義務違反の有無(1) 原告らの主張アアテレクトミーによる狭窄病変の開大機序や合併症の発生機序等は,バルーン血管形成術によるそれとは異なるものであるから,アテレクトミーを追加する場合には,アテレクトミーの合併症等について,患者又は家族に対して十分に説明した上で同意を得るべき義務がある。しかるに,F医師は,アテレクトミーの合併症等について,Dらに説明していない。 イ F医師は,入院の前週に本件造影検査結果を再検討してアテレクトミーの併用が必要であると判断したというのであるから,Dらに説明する時間的余裕は十分にあった。 (2) 被告の主張ア F医師は,手術の前日である3月6日の夜に,Dに対して,アテレクトミーを併用する可能性もあること及びアテレクトミーを併用するか否かは手術当日の血管内超音波検査の所見により最終決定することを説明し,同意を得た。 「経皮的血管形成術」とは,バルーン,ステント又はアテレクトミーカテーテルを用いて血管内の狭窄病変部を拡張又は切除し,内腔の拡大を図る手術の総称であり,アテレクトミーを追加することは治療法の大きな変更ではないことから,改めて同意書の提出までは求めなかった。 イ Dは,2月10日か 管内の狭窄病変部を拡張又は切除し,内腔の拡大を図る手術の総称であり,アテレクトミーを追加することは治療法の大きな変更ではないことから,改めて同意書の提出までは求めなかった。 イ Dは,2月10日から3月6日までの間,被告病院を受診していないから,F医師が本件造影検査結果を再検討してからDが入院するまでの間に,Dに対してアテレクトミーについて説明する機会はなかった。治療方法等に大幅な変更がなければ,通常,担当医師が患者又は家族に対して個別に連絡することはない。 また,F医師が実際にアテレクトミーが必要であると最終決定したのは,手術当日の血管内超音波検査の所見を見てからである。 2 アテレクトミーの適応性判断に関する過失の有無(1) 原告らの主張甲6号証(「改訂版目で見る循環器病シリーズ6 心臓カテーテル『カテーテルインターベンション方向性アテレクトミー(DCA)』」)によると,高度の大腿又は腸骨動脈疾患はアテレクトミーの適応から除外されている。Dの場合,頚動脈,冠状動脈,大動脈及び下肢動脈の各病変が重症であり,また,全身的に動脈硬化が重症であったから,アテレクトミーの適応のある病変であったか否か重大な疑問がある。 (2) 被告の主張本件においてアテレクトミーを選択したことに問題はない。 原告の引用する甲6号証は,冠動脈に対するアテレクトミーの適応について記載したものであり,本件には当てはまらない。 3 手技上の過失の有無等(1) 原告らの主張ア Dが出血性ショックを起こして死亡したのは,F医師がアテレクトミーにより動脈血管壁を削りすぎたため,薄くなった血管壁がその後の血圧上昇により穿孔(以下「本件穿孔」という。)したことによる。 イアテレクトミーにおける動脈壁穿孔の合併症の発症例が比較的少ないことからすれば,本件においては,F医師の 薄くなった血管壁がその後の血圧上昇により穿孔(以下「本件穿孔」という。)したことによる。 イアテレクトミーにおける動脈壁穿孔の合併症の発症例が比較的少ないことからすれば,本件においては,F医師の技術上の過失が原因で動脈壁に損傷が生じ,又は動脈壁が薄くなり,そのため,本件穿孔が生じたものと考えざるを得ない。 (2) 被告の主張ア本件手術において,F医師は,マニュアルに従ってアテレクトミーカテーテルの操作を行い,また,X線透視下でカテーテルの位置及びカッターの動作を確認するなど十分な注意を払っており,その手技に誤りはない。 イそして,以下の事情によると,本件穿孔は,血管壁を削りすぎたことによるものとは認められない。 (ア) ①病理解剖の結果(乙2号証6頁)によると,本件穿孔は,穿孔部周辺に反応性の細胞浸潤などの生体反応が明らかでないことから,死亡直前に生じた病変と推定されるものであることが認められること,②2回目のアテレクトミー施行後に行われた動脈造影検査等で,動脈の損傷(穿孔)も出血もないことが確認されていること,③本件手術は局所麻酔のみで行われていたから,血管が破れればDが痛みを感じたはずであるが,本件手術中にDからは何らの訴えもなかったことなどの事情によると,本件手術中からDに出血が生じていたとは考え難く,したがって,本件穿孔は,アテレクトミーの施行により直接生じたものとは認められない。 なお,本件手術中にみられたDの血圧低下は,一時的なものであり,昇圧剤を投与することなく回復しているところ,仮に,出血が生じ,これが継続していたのであれば,昇圧剤を投与等することなく血圧が回復することはないから,同血圧低下をもって,本件手術中からDが出血していたことを認めることはできない。 (イ) また,病理組織検査の結果(乙2号証16頁)によると, 昇圧剤を投与等することなく血圧が回復することはないから,同血圧低下をもって,本件手術中からDが出血していたことを認めることはできない。 (イ) また,病理組織検査の結果(乙2号証16頁)によると,本件手術におけるアテレクトミーにより切除回収された切除片の組織標本(乙5及び17号証。以下「本件切除標本」という。)には,外膜組織が含まれていないから,アテレクトミーによる切除深度が深すぎたともいえない。 ウなお,本件手術におけるアテレクトミーに伴って発生したと考えられる血管壁の解離が,本件穿孔の原因であった可能性は考え得る。しかし,アテレクトミーでは,適正なサイズのカテーテルを用いてマニュアル通りに操作を行っても解離を起こすことがあり,解離の発生を完全に予防することは不可能である。また,術前に動脈造影検査又は超音波内視鏡検査を行って血管壁の性状を調べても,アテレクトミーにより解離が起こるか否かを正確に予測することは困難である。 4 本件手術後の経過観察義務違反の有無等(1) 原告らの主張ア本件における経過観察義務の内容について動脈損傷による動脈破裂のおそれがあれば,術後の経過観察を尽くして安静を保つとともに,異常又はそのおそれを早期に察知して対応し,未然に動脈破裂を避けるべきである。 一般的に,動脈を削るというアテレクトミーの施行後において血管破裂が生じることは予見可能である。特に,本件の場合,本件手術中に著しい血圧の低下や内膜の解離が認められたこと,F医師が動脈損傷のおそれを認識して治療を中止したこと,2時間の治療によりDが疲労していたこと及び右鼠径部のシース抜去後の止血に長時間を要したことなどの事情があったから,本件手術後には,特に慎重に経過観察を行う必要があった。 具体的には,Dを集中治療室に入れて頻繁に血圧及び脈拍等を測って経過観 び右鼠径部のシース抜去後の止血に長時間を要したことなどの事情があったから,本件手術後には,特に慎重に経過観察を行う必要があった。 具体的には,Dを集中治療室に入れて頻繁に血圧及び脈拍等を測って経過観察を行うか,病棟に帰室させた場合であっても,できる限り上記に近い経過観察を行うべきであった。 イ F医師らの注意義務違反F医師は,3月7日午後0時40分ころにDの血圧を回復させてから翌8日午前3時にナースコールがあるまでの約14時間,1度もDを診ておらず,看護師らに対し,万一の事態に備えた輸血の準備をしておくことなどの特別な指示を与えることなく,経過観察させたにすぎなかった。また,看護師らは,同月7日午後5時及び同9時にDの血圧及び脈拍を測定しただけであり,その後は,同月8日午前0時30分及び同1時30分に見回りをしたのみであり,通常程度の経過観察さえも怠っていた。 さらに,F医師は,Dに動脈破裂のおそれがあることをあらかじめ予見し得たのであるから,Dに対し緊急にあらゆる手段を尽くして救命を図るべきであったのにこれを怠り,同日午前3時のナースコール後,看護師からの1回目のコールでDの病室に駆けつけなかった。 (2) 被告の主張ア本件における経過観察義務の内容について(ア) 本件手術中のDの血圧低下の原因について,F医師は,造影検査で明らかな出血がなかったこと及び昇圧剤を投与することなく血圧が回復したことなどから神経反射によるものと判断した。治療を中止したのは,Dの疲労も考慮したためである。 (イ) 動脈壁の解離は,内膜又は中膜までの範囲に生じるものがほとんどであり,解離を起こした時点で血管外への造影剤の漏れがなければ一般的に急性出血の危険性は少ないものと考えられる。 本件手術においてDに生じた解離は,血流とは反対方向に生じたものであったから, ほとんどであり,解離を起こした時点で血管外への造影剤の漏れがなければ一般的に急性出血の危険性は少ないものと考えられる。 本件手術においてDに生じた解離は,血流とは反対方向に生じたものであったから,解離腔の中に血液が流れ込み,解離が拡大,破裂して急性出血を起こす可能性は少ないと考えられる。 (ウ) 本件手術後,Dの意識は正常で,腹部の痛み等の訴えはなく,血圧低下時の徴候である顔面蒼白及び冷汗は消失し,血圧及び脈拍は正常でバイタルサインが安定していた。また,Dが病棟へ帰室した3月7日午後2時にも,Dから腹痛及び吐き気の訴えはなく,血圧及び脈拍は正常であった。 (エ) アテレクトミーによって出血を起こした報告例は,造影剤の血管外への漏出により施行中に診断されたもののみであり,施行後13時間以上経過してから出血したとの報告例は見当たらない。 (オ) 以上の各事情によると,本件において,本件穿孔の発生を具体的に予見することは不可能であるから,F医師らは,本件穿孔を具体的に予見した上で,集中治療室において経過観察を行うなど,Dに対して特別に慎重な経過観察を行う義務まで負うものではない。 イ Dに対する経過観察について(ア) 被告病院の看護師らは,3月7日午後2時,同5時及び同9時と約3時間おきに経過観察を行い,午後2時及び同9時には血圧及び脈拍を測定している。また,3月8日午前0時30分及び同1時30分にも経過観察を行い,その際,Dから腹痛及び気分不快の訴えはなかった。以上のように,本件手術後のDに対する経過観察は十分に行われていた。 なお,経皮的血管形成術後の合併症として出血の可能性があることは看護師にも周知されている。本件の場合,本件手術終了時にはDの状態は安定しており,病棟への帰室後,Dの状態が急変するまでの間も,異常の徴候は何ら認められなか 術後の合併症として出血の可能性があることは看護師にも周知されている。本件の場合,本件手術終了時にはDの状態は安定しており,病棟への帰室後,Dの状態が急変するまでの間も,異常の徴候は何ら認められなかったから,看護師に対し,更なる特別の指示をすることは必要でなく,また,輸血を準備する必要もなかった。 (イ) F医師は,他の患者の検査及び手術のため,本件手術後,3月8日午前まで手術室にいたのであり,Dに異常があれば直ちにポケットベルで連絡を受けることになっていた。なお,看護師からF医師への1回目のコールはDの様子を見に行くとの連絡であり,2回目のコールにおいて緊急事態発生との連絡を受けたため,F医師はすぐにDの病室に駆けつけたのである。 5 損害(1) 原告らの主張ア Dの損害(ア) 逸失利益 5563万2000円(100円未満は切捨て)1548万円(平成11年度のDの給与収入額)×5.134(就労可能年数6年に対応する新ホフマン係数による中間利息控除)×0.7(生活費控除3割)(イ) 慰謝料 3000万円(ウ) Dの上記ア及びイの合計8563万2000円の損害賠償請求権のうち,原告Aは,その2分の1である4281万6000円,原告B及び同Cは,各4分の1である2140万8000円の各損害賠償請求権をそれぞれ相続により取得した。 イ原告Aの損害(ア) 慰謝料 1500万円(イ) 葬儀費用 137万3510円(ウ) 弁護士費用 500万円ウ原告B及び同Cの損害(ア) 慰謝料各750万円(イ) 弁護士費用各250万円(2) 被告の主張原告らの主張は争う。 第4 当裁判所の判断 1 説明義務違反の有無等について(1) F医師は,本件手術前日である3月6日午後8時ないし9時ころ,Dの病室を訪れ,Dに対し,「削ると 2) 被告の主張原告らの主張は争う。 第4 当裁判所の判断 1 説明義務違反の有無等について(1) F医師は,本件手術前日である3月6日午後8時ないし9時ころ,Dの病室を訪れ,Dに対し,「削るという方法(アテレクトミー)を追加するかもしれません。」と説明し,Dの承諾を得た旨証言している。 この点,前記前提となる事実,乙2号証,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によると,①被告病院においては,治療に使用するカテーテルを在庫として保存しておらず,治療を行うに先だって,検査画像から動脈の太さ等を判断し,治療に必要となるカテーテルを業者に発注して準備しておく必要があること,また,②F医師は,Dの入院の前週に,本件手術の準備のために本件造影検査結果を検討していること,③Dの入院診療録の3月6日欄(乙2号証7頁)に,F医師が「明日,アテレクトミー予定」と記載していること,④F医師は,本件当時,できるだけ全例において,手術前日に患者の病室を訪れ,患者の状況を把握するようにしていたことが認められる。これらの事情に照らすと,上記F医師の証言に不自然な点はなく,他に同証言の信用性に疑いを抱かせる事情もうかがわれないから,同証言に沿う事実を認定できる。 (2) また,F医師は,前記前提となる事実で認定したとおり,本件手術について,病変部を風船やステントにより拡張するなどの説明を行った上で,D及び原告Aから,「右腸骨動脈経皮形成術」を実施することについての同意書の提出を受けているところ,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,「経皮的血管形成術」との名称は,バルーン血管形成術や,ステント,アテレクトミー等,カテーテルを用いて血管内の狭窄病変を拡張又は切除し,内腔の拡大を図る手術の総称として使われることのあることがうかがわれる。 (3) 上記の事情に,前記前提となる事実(5 ,ステント,アテレクトミー等,カテーテルを用いて血管内の狭窄病変を拡張又は切除し,内腔の拡大を図る手術の総称として使われることのあることがうかがわれる。 (3) 上記の事情に,前記前提となる事実(5)イで認定したアテレクトミーとバルーン血管形成術における合併症の内容の類似性や,合併症発症率を合わせ考慮すると,風船等により病変部を拡張するなどの説明をした上で,「右腸骨動脈経皮形成術」を実施することについての同意書の提出を受けている本件においては,削るという方法を追加するかもしれない旨を伝えたことをもって,アテレクトミーについての説明は一応尽くされていると解することができる。 なお,原告らは,アテレクトミーとバルーン血管形成術とでは,合併症の発生機序等が異なるから,アテレクトミーを追加する場合には,アテレクトミーの合併症等について,患者らに十分に説明すべきである旨主張するところ,鑑定人もこれと同旨の指摘をしている。しかし,そもそも治療内容に関する説明が必要とされるのは,治療行為による身体の侵襲等について患者の承諾を得る,又は患者が治療内容を自ら選択,決定する機会を保障するなどの趣旨と考えられるところ,上記の事情に照らすと,本件におけるF医師の説明が,アテレクトミーそのものの説明としては必ずしも十分でなかったとしても,これにより,Dの本件手術に対する承諾の効力が左右されるということはできないし,Dが自己に対する治療内容を選択,決定する機会を不当に侵害されたとまでは認められない。 そうすると,上記原告らの主張を採用することはできない。 2 アテレクトミーの適応性判断における過失の有無について(1) 証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,前記前提となる事実で認定したDの治療経過,本件造影検査及び本件手術中に行われた各検査の結果等に照らして 応性判断における過失の有無について(1) 証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,前記前提となる事実で認定したDの治療経過,本件造影検査及び本件手術中に行われた各検査の結果等に照らして,F医師が,本件手術手技としてアテレクトミーを選択したことは適切であったことが認められる。 (2) 原告らは,甲6号証の記述を根拠として,Dの病状がアテレクトミーの適応のあるものであったのか疑問であると主張する。しかし,証人Fの証言及び弁論の全趣旨によると,甲6号証は,冠状動脈に対するアテレクトミーの適応について述べられたものであって,本件のような外腸骨動脈又は総腸骨動脈に対するアテレクトミーについても同様に当てはまるものとは認められないから,上記原告らの主張は採用できない。 3 手技上の過失の有無等について(1) Dが死亡するに至る経緯についてア甲4号証(死亡診断書),乙2(6頁,病理解剖報告書),4号証,証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,①Dの直接死因は,本件穿孔による出血性ショックであること,②同穿孔部は,右総腸骨動脈と右内外腸骨動脈の分岐部付近(右総腸骨動脈側)に位置するところ,同位置は,本件手術においてアテレクトミーを施行した範囲に含まれること,③同穿孔は,長さ約4㎜のもので,死亡直前に生じたものと推定されるものであることが認められる。 イ乙4号証及び弁論の全趣旨によると,被告病院は,病理解剖や病理組織検査の結果,本件でDが出血した原因について,アテレクトミーにより薄くなった動脈壁が破れたことによるものと判断し,その旨,書面(乙4号証)により原告Aに報告したことが認められ,また,前記前提となる事実(4)オのとおり,病理解剖に立ち会ったF医師が,原告Aらに対し,アテレクトミーにより動脈壁が薄くなったところが破れて出血を (乙4号証)により原告Aに報告したことが認められ,また,前記前提となる事実(4)オのとおり,病理解剖に立ち会ったF医師が,原告Aらに対し,アテレクトミーにより動脈壁が薄くなったところが破れて出血を起こしたと考えられる旨説明していることが認められる。 ウこれらの事情に,前記前提となる事実で認定した本件手術後の経過,証人Fの証言及び鑑定の結果を合わせ考慮すると,Dが死亡するに至る経緯については,3月8日午前3時ころ,本件手術におけるアテレクトミーによって薄くなった動脈壁に,体動に伴う血圧の上昇等の何らかの契機により本件穿孔が生じ,その後,同所からの出血による出血性ショックにより死亡したものと推認するのが相当である。 エなお,本件では,前記前提となる事実で認定したとおり,本件手術中に内膜の解離様所見が認められているところ,被告は,同内膜の解離が本件における出血の原因になった可能性がある旨主張している。しかし,証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,①上記のとおり,本件穿孔部はアテレクトミー施行範囲内に位置することが認められるところ,上記解離の認められた部位(造影検査において造影剤の残留が認められた部位)は,アテレクトミー施行範囲外であると考えられること,②上記解離の生じた方向は,血流と逆向きであった可能性が高いと考えられるところ,そのような場合に,解離を原因とする穿孔が生じる危険性は低いと考えられることが認められ,その他,本件各証拠によるも,上記解離と本件穿孔又は出血との間に何らかの関係があることをうかがわせる事情は認められない。そうすると,上記解離が本件穿孔又は出血の原因となったと認めることはできない。 (2) アテレクトミーによる切除深度等についてア乙9,12,13,22号証,証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると と,上記解離が本件穿孔又は出血の原因となったと認めることはできない。 (2) アテレクトミーによる切除深度等についてア乙9,12,13,22号証,証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,次のとおり認めることができる。 (ア) 血管壁は,血管内腔から,内膜,中膜及び外膜の3層から成っているところ,動脈硬化の場合,そのうちの内膜が肥厚,硬化して弾力性を失い,血液の流通が悪くなっている。 (イ) アテレクトミーは,内膜病変のみを取り除き,中膜は無傷のまま残す,すなわち中膜が血流の循環因子にさらされずに,かつ内膜に亀裂や断裂を作らずに,血管内腔を拡大するというコンセプトで開発された(乙13号証(「日本外科学会雑誌1996年第97巻第7号『アテレクトミー』」))。 しかし,アテレクトミーは,手技が複雑であり,シンリダー状のカッターを内臓しているハウジング部分(前記前提となる事実(5)ア(エ)a)の方向を病変部に正しく向けないと非有意病変部の動脈壁を切除し,血管穿孔の原因となると指摘されており(鑑定書4頁),穿孔の危険性があるので慎重に施行すべきであるとされている(乙9号証(「日本医学放射線学会誌平成8年第56巻第9号『閉塞性動脈硬化症に対するアテレクトミーの治療成績』」))。 (ウ) F医師は,アテレクトミーの施行について,病変部のある内膜のみを切除することが理想的であるものの,実際には,中膜の一部まで切除することも多いが,外膜が残っていれば,すぐに破れることはない旨考えており(甲12号証13頁,13号証19頁。証人Fの証人調書53頁),鑑定人も,アテレクトミーが施行された場合に穿孔が生じるのは,切除が外膜まで及ぶことに起因すると指摘している(鑑定書4頁)。 上記の(ア)ないし(ウ)に認定したところによると,アテレクトミーの施行において 人も,アテレクトミーが施行された場合に穿孔が生じるのは,切除が外膜まで及ぶことに起因すると指摘している(鑑定書4頁)。 上記の(ア)ないし(ウ)に認定したところによると,アテレクトミーの施行において,その深度をコントロールすることは必ずしも容易なことではなく,これを施行する医師は,ハウジング部分の方向及び切除の深度を慎重に操作すべきであって,殊に外膜まで切除すると穿孔を生じる危険性が高くなるので,切除深度が外膜には及ばないように注意すべきものであると解される。 イ本件手術における切除深度について検討する。 (ア)a 被告病院において行われた病理組織検査の結果については,組織学的所見として,「検体では一部に石灰沈着やコレステリン裂隙を伴い,硝子様変性・肥厚を示す内膜組織,および,内膜弾性線維,中膜組織成分を見る。内膜弾性線維では増生,走行の乱れが見られる。炎症細胞浸潤は乏しい。外膜成分ははっきりしない。」とされている(乙2号証16頁)。 b ところが,鑑定人は,①本件の組織標本の中に,内膜及び中膜が断裂しているだけでなく,外膜の一部の断裂像が認められること,②G大阪市立大学大学院病理病態学教授の判断を参考にすると,本件の切除標本から,明確に外膜が含まれていると断定はできないものの,ElasticavanGieson 染色による切除標本において,赤色成分の多い病変は膠原線維が豊富であることを示しており,これが外膜組織に似ていることなどによると,本件アテレクトミーによる切除は,血管病変の外膜まで及んでいたと考えられる旨指摘する(鑑定書10頁,鑑定補充書7頁)。 c 被告病院のH病理部長は,鑑定人の上記指摘を争い,①アテローム性変化の強い内膜は,しばしばElasticavanGieson 染色によって赤色調の変化をきたすことによると,鑑定 充書7頁)。 c 被告病院のH病理部長は,鑑定人の上記指摘を争い,①アテローム性変化の強い内膜は,しばしばElasticavanGieson 染色によって赤色調の変化をきたすことによると,鑑定人の指摘する部位は,アテローム性変化の強い内膜である可能性が十分考えられること,②通常動脈の中膜には弾性線維が多く存在し,ElasticavanGieson 染色では黒い線として,染色されるところ,本件において,鑑定人の指摘する部位から弾性線維が認められないことによると,切除標本内に外膜成分が採取されている可能性は極めて低いと考えられる旨指摘する(乙23号証2~3頁)。 (イ)a 上記のとおり,被告病院において行われた病理組織検査の結果においては,検査対象に外膜成分が含まれているかどうか明確でないとされているところ,鑑定人は,本件アテレクトミーによる切除が外膜まで及んでいたと考えられる旨指摘し,H病理部長は,これを争っている。そこで,この点について検討するに,H病理部長の上記指摘をみると,上記(ア)c①については,アテローム性変化の強い内膜であるとの可能性が考えられる旨をいうにすぎない。また,同②は,本件における剖検組織での当該血管を検討すると,中膜,外膜境界部までアテローム性変化が及んでいないので,同境界部が採取されているのであれば,必ず弾性線維が認められるはずであるとの知見を前提としており(乙23号証3頁),この点においても,中膜,外膜境界部が同時に採取されているのであれば,との留保を置いているのであって,採取の対象に関する正確な認識を前提とするものでないことが明らかである。また,動脈硬化が高度になると,中膜の一部の組織が破壊,置換され,弾性線維が消失することがあるところ(乙23号証3頁),本件においては,前記前提となる事実(2)イ,エ及 ものでないことが明らかである。また,動脈硬化が高度になると,中膜の一部の組織が破壊,置換され,弾性線維が消失することがあるところ(乙23号証3頁),本件においては,前記前提となる事実(2)イ,エ及びカのとおり,Dの右外腸骨動脈は動脈硬化によって狭窄し,石灰化が強いことからアテレクトミーを行う必要があるものと判断されたことが認められる。そうすると,上記の切除標本の対象とされた部位については動脈硬化が高度化し,中膜,外膜境界部の弾性線維が消失した可能性を否定することができない。 上記に検討したところによると,H病理部長の指摘をもって,前記鑑定人の指摘を排斥することは困難であるといわざるを得ない。 b そして,本件においては,(a)F医師自身,アテレクトミーを施行した部分と穿孔が生じた部分は場所的に一致すると認識していること(甲13号証13頁),(b)前記前提となる事実(3)のとおり,1回目のアテレクトミーの実施後,狭窄の残存が認められたことから,2回目のアテレクトミーが実施されたことによると,2回目の施行の際にはより切除深度を増した可能性が考えられること,(c)上記認定のとおり,内膜の解離が生じたり,中膜の一部が切除されても穿孔を生ずる危険性は高いものではないこと,との事情が存することによれば,鑑定人の指摘するとおり,本件アテレクトミーによる切除深度は,外膜にまで及んでいたものと推認することができる。 なお,被告は,本件手術中からDに出血があったことを認める足りる事情がないことをもって,本件穿孔が血管壁を削りすぎたことによるものとは認められない旨主張するが,弁論の全趣旨によると,アテレクトミーによる血管壁の切除が外膜まで及んだ場合であっても,このことから,その直後に常に手術を担当した医師が明確に認識し得る程度の出血を生ずるものであるとまでは認め が,弁論の全趣旨によると,アテレクトミーによる血管壁の切除が外膜まで及んだ場合であっても,このことから,その直後に常に手術を担当した医師が明確に認識し得る程度の出血を生ずるものであるとまでは認められないから,本件手術中に被告病院の医師らが出血のあったことを認識しなかったとしても,上記認定を左右するものでないことは明らかである。 (3) 過失の有無等について上記に検討したところによると,アテレクトミーを施行する医師は,穿孔が生ずることのないように血管壁の切除を内膜までにとどめることを目標とし,少なくとも外膜まで切除することのないよう慎重に実施する注意義務を負うと解すべきところ,F医師には,本件手術において,同注意義務に反し,外膜まで切除した過失がある。 (4) 因果関係についてア上記認定の事情によると,本件手術において外膜まで切除されたことを原因としてDに本件穿孔が生じるに至ったものと認めることができるから,F医師の上記過失とDが出血性ショックにより死亡したこととの間には,因果関係があるものと解される。 イところで,原告らは,被告病院は本件穿孔又は出血について予見することが可能であったところ,本件手術後の経過観察を慎重に行っていれば,Dを救命することができたとして,本件において被告病院が執った経過観察方法が不十分であった旨主張し,本件穿孔等について予見することが可能であったとする根拠として,①一般的に,アテレクトミーの施行後においては,血管穿孔が生じ得ると考えられること,②本件の場合,手術中に著しい血圧の低下が認められたこと,③手術中に内膜の解離が認められたこと,④F医師が動脈損傷のおそれを意識して治療を中止したことや,2時間の治療によりDが疲労していたこと,右鼠径部のシース抜去後の止血に長時間を要したことなどの事情を挙げる。 しか 解離が認められたこと,④F医師が動脈損傷のおそれを意識して治療を中止したことや,2時間の治療によりDが疲労していたこと,右鼠径部のシース抜去後の止血に長時間を要したことなどの事情を挙げる。 しかし,①前記前提となる事実(5)イで認定した合併症発症率や,上記3(2)で認定した事実によると,総腸骨動脈又は外腸骨動脈に対するアテレクトミー施行後の血管穿孔等の危険性は,決して高いものではないことが認められること,②前記前提となる事実,証人Fの証言,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,本件手術中に認められた血圧低下の原因について,F医師が神経反射によるものと判断したことには相応の理由があると認められること,③前記前提となる事実及び上記3(2)で認定した事実によると,内膜の解離が生じたからといって,直ちに血管穿孔が生じる危険性が高まるものとは認められないこと,④本件各証拠によるも,F医師が動脈損傷のおそれを意識して治療を中止したことや,患者が疲労していたこと,止血に長時間を要したことなどの事実から,直ちに血管穿孔の危険性が高いと判断できることをうかがわせる事情は認められないことに照らすと,被告病院において,本件穿孔等について予見可能だったと解することはできない。この点,鑑定人も,被告病院において,本件穿孔等を予見することは困難であった旨の意見を述べているところである。 また,上記3(1)で認定したとおり,本件穿孔は3月8日午前3時ころに生じたものと推認されるところ,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によると,前記前提となる事実において認定した被告病院による救命措置は適切であったことが認められ,また,仮に被告病院がより慎重な経過観察方法を執っていたとしても,Dを救命できなかったことに変わりはないことが認められる。 そうすると,本件手術後に被告病院の執った経過 は適切であったことが認められ,また,仮に被告病院がより慎重な経過観察方法を執っていたとしても,Dを救命できなかったことに変わりはないことが認められる。 そうすると,本件手術後に被告病院の執った経過観察方法が適切であればDを救命することができた旨の原告らの主張は理由がないことが明らかである。 4 損害について上記3に判示したとおり,F医師には,本件手術におけるアテレクトミーにおいて血管壁を削りすぎた過失が認められるから,被告は,民法715条及び709条により,同過失との間に相当因果関の認められる以下の損害について,原告らに賠償すべき責任がある。 (1) 逸失利益ア甲8ないし10号証,原告Aの本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると,Dが死亡する前年である平成11年における同人の給与収入額は,1548万円であったことが認められる。 イ甲11号証の1及び2並びに弁論の全趣旨によると,①本件においては,生活費控除割合については40%とし,②就労可能年数については,Dは死亡当時72歳であったから,厚生省第17回生命表による平均余命の2分の1である6年(端数切り上げ)とし,ライプニッツ方式により中間利息を控除する(ライプニッツ係数は5.076)のが相当である。 ウ以上を前提に,Dの逸失利益を算定すると,その額は4714万5888円となる。 15480000×(1-0.4)×5.076=47145888エ前記前提となる事実によると,原告らは,相続により,上記Dの損害賠償請求権を次のとおり取得したことが認められる。 (ア) 原告A(2分の1) 2357万2944円(イ) 原告B及び同C(各4分の1) 各1178万6472円(2) 慰謝料本件諸事情を考慮すると,原告らの慰謝料(相続により取得したDの慰謝料及び原告ら固有の慰謝料の合計額)は,原告A 944円(イ) 原告B及び同C(各4分の1) 各1178万6472円(2) 慰謝料本件諸事情を考慮すると,原告らの慰謝料(相続により取得したDの慰謝料及び原告ら固有の慰謝料の合計額)は,原告Aにつき1300万円,原告B及び同Cにつき各自650万円を下るものではない。 (3) 葬儀費用弁論の全趣旨によると,原告Aは,Dの葬儀費用として,137万3510円を支出したことが認められ,これは,本件と相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。 (4) 弁護士費用本件諸事情を考慮すると,本件と相当因果関係のある弁護士費用は,原告Aにつき380万円,原告B及び同Cにつき各180万円と認めるのが相当である。 (5) まとめ以上を合計すると,原告らの損害は,原告Aにつき4174万6454円,原告B及び同Cにつき各2008万6472円となる。 また,上記損害に対する遅延損害金については,弁護士費用を除いた残額につき平成12年3月7日(不法行為日)から,弁護士費用につき平成17年1月28日(原告ら主張日)から各支払済みまで,民法所定の年5分の割合で認められる。 第5 結論以上のとおりであるから,原告らの請求は,①原告Aの請求につき,4174万6454円並びに内金3794万6454円に対する平成12年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金380万円に対する平成17年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で,②原告B及び同Cの請求につき,それぞれ2008万6472円並びに内金1828万6472円に対する平成12年3月7日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金180万円に対する平成17年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求については理由 7日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金180万円に対する平成17年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求については理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文,65条1項を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官樋口英明裁判官及川勝広別紙資料は省略
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