- 1 -主文被告人を懲役8年に処する。 未決勾留日数中320日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯,犯行状況等) 犯行に至る経緯(1)Aは,平成13年8月7日,分離前の相被告人であるBと同女の前夫であるCの長女として出生し,出生時から,その体格や体調に特に異常はなく,その後も順調に発育していた。 (2)Bは,Cとの結婚生活が破綻して,平成15年2月ころ,Aを連れて実家に戻っていたところ,同年8月ころから働き出したアルバイト先のカラオケ店で,ミュージシャンを目指していた被告人と知り合って夢中になり,同年11月ころから交際を始めた。その後,Bは,父親から,アルバイトを親に知らせず辞めたことなどについて強く叱責されたこともあり,被告人に,実家には居づらいと相談したところ,被告人から「一緒に住まないか「Aも一緒に連れてきたらいい」など,」,と被告人方での同居を提案された。そこで,Bは,平成16年4月22日ころ,実家に置き手紙を残して連絡先も知らせないままAを連れて後記の被告人方居室以,(「」。),,。 下本件居室というに転がり込み被告人B及びAの共同生活が始まった(3)被告人は,当初,Bに,2人で生活費を稼ごうなどと話していたが,実際,,,,は後記出張ホストのアルバイトを始めるまではほとんど働くことがなく結局Bがスナックで働いて3人の生活費を稼ぐほか,被告人の実家からの仕送り(月額五,六万円)を本件居室の家賃等の支払に充てるなどして生活していた。そして,同年5月ころから,被告人が,実家からの仕送りはもちろん,Bの日給も全額を受け取って管理するようになり,Bは,被告人から金をもらって買い物するなどしていた。 共同生活を始めて数か月のうちは,被告人とBとの円満な関係が続き,Bは,被- の仕送りはもちろん,Bの日給も全額を受け取って管理するようになり,Bは,被告人から金をもらって買い物するなどしていた。 共同生活を始めて数か月のうちは,被告人とBとの円満な関係が続き,Bは,被- 2 -告人の協力も得て,Aの世話をしていた。すなわち,1日2回の食事について,当初は,Bが,昼食と夕食を準備して3人で食事を摂っており,同年8月ころにBのスナックへの出勤時刻が早くなって,Bが夕食を準備することができなくなった後は,昼食は,Bが準備をしてAに食べさせ,夕食は,被告人がスーパーの総菜などを買ってきてAに与えていた。また,Bは,毎日のようにAを風呂に入れ,着替えをさせ,1日数回おむつを替えていたほか,被告人も,Aを可愛がって,一緒に遊んだり風呂に入れたり寝かしつけるなどしており,Aも被告人に懐いて,同年8月7日のAの誕生日には,被告人とBがお祝いをするなどしていた。 そのため,当時も,Aは,順調に発育しており,多少小柄ではあったが,健康で元気であり,基本的な挨拶もでき,かなりおしゃべりすることもできた。 ,,,,,(4)ところが被告人は同年9月ころからAが泣くとうるさがりBにも「Aを実家に帰せば」と言うなど,Aを疎んじる態度を示すようになった。そのため,Bは,被告人がAを邪魔に思っていると感じ取って,そのままではAばかりか自分まで嫌われてしまうのではないかと懸念するようになった。 そこで,Bは,被告人に嫌われたくない一心から,Aを被告人の目には触れない場所に追いやろうと決意して,同年10月上旬ころ,Aを本件居室のロフト(幅約2.6m,奥行き約1.1m,高さ約0.9m,居室床面からロフト床面までの高さ約2.0m。以下「ロフト」という)上に上げた上,ロフトの入口に段ボール。 で障壁を設けて,その後は,週に1度くらい風 約2.6m,奥行き約1.1m,高さ約0.9m,居室床面からロフト床面までの高さ約2.0m。以下「ロフト」という)上に上げた上,ロフトの入口に段ボール。 で障壁を設けて,その後は,週に1度くらい風呂に入れるとき以外,Aをロフトか。 ,,,「,ら下ろさなくなったその上でBが被告人に対しAの面倒は私が見るからもう見なくていいよ」と告げたところ,被告人も,これに同意したことから,Aはロフト上,被告人とBはロフト下の居室部分で分かれて過ごし,Bが時折Aの世話をするためにロフトに上がる生活が始まった。 しかし,被告人は,その後も,Aが泣くと,たばこを吸い始め「音楽に集中で,きない「Aがうるさい」と言うなど,嫌がる様子を露骨に示したり,Bに「音」,,楽する時間がない「2人で出ていって生活保護を受けたら」などと嫌みを言うこ」,- 3 -とが何度もあった。 (5)そのため,Bは,被告人がAを嫌っており,Aの世話をしていると,自分まで嫌われてしまうとの思いから,Aをロフト上に追いやっただけでなく,Aの世話も次第にしなくなっていった。すなわち,アAをロフト上に上げた当初は,Bがスナックに出勤した後,被告人が,Aに夕食を与えていたが,同年10月中旬ころ,Bが,被告人に申し入れて,自らAの食事の世話をすべてするようになってからは,Aの食事を時々抜くこともあった。 もっとも,そのころは,昼食としてラーメン1食,夕食としておにぎりか菓子パンを2個又はラーメン1食とおにぎり1個,水分もコップ1杯弱程度は与えており,同月下旬ころにおいても,Aは,少しやせ始めてはいたが,元気にロフト上を動き回り,同年輩の子供と同様の声でおしゃべりをしたり歌を歌うこともあった。 イさらに,Bは,同月下旬ころから,着替えやおむつの交換,入浴の回数も大幅に減 ,少しやせ始めてはいたが,元気にロフト上を動き回り,同年輩の子供と同様の声でおしゃべりをしたり歌を歌うこともあった。 イさらに,Bは,同月下旬ころから,着替えやおむつの交換,入浴の回数も大幅に減らしたほか,Aが,腹を空かせたり寂しがったりして泣いても,不機嫌な態度を見せたりする被告人を気遣い,早く泣きやませようとして,手拳や平手でAの顔や手足をたたき,時には,はさみの持ち手部分やガムテープ,金属製のティッシュケースでAの手足をたたくようになって,それが週二,三回程度にも及んだ。もっとも,最初のうちは,2回に1度程度,被告人から「やりすぎじゃないか」と言って注意され,暴行をやめることもあった。そして,Bは,同月終わりころには,Aの布団が汚れたとして,被告人の了解を得て,これを捨ててしまい,その後は,Aをソファのクッションの上に寝かせるようにもなった。 ウ同年11月初めから同月17日ころまでの間,Bは仕事がなく,被告人は出張ホストのアルバイトを始めたため,毎日昼ころ,被告人はアルバイト,Bは職探し等のため一緒に出掛け,夜までAを1人残して家を空けるようになった。そのころから,被告人が,Aに全く無関心となったばかりか,Bにも,その話をさえぎるなど,冷たくあしらうようになったこともあり,Bは,被告人には,Aの世話をしている姿を見られたくないとの思いも手伝って,Aを風呂に入れず,着替えもほと- 4 -んどさせなくなり,おむつの交換も食事時1回限りにしていた。さらに,Bは,Aの食事を夕食1食に減らし,その量も,被告人と外食した帰りに買うおにぎりか菓子パン1個又はラーメン1食で済ませて,水分としてコップ半分程度の水やジュース類を与えるようになり,しかも,2日に1回程度は食事をやらない日もあった。 エ次いで,同月18日ころ,Bが昼間の勤めを始めて パン1個又はラーメン1食で済ませて,水分としてコップ半分程度の水やジュース類を与えるようになり,しかも,2日に1回程度は食事をやらない日もあった。 エ次いで,同月18日ころ,Bが昼間の勤めを始めてからは,Bが早朝に,被告人が昼ころ出勤して,午後7時か8時ころ,被告人,Bが相次いで帰宅した後,共に外食のために出掛けるようになり,それ以外にも,2人でパチンコに行くなどすることもあったが,外出する際はいつも,被告人又はその意向に従ったBが灯りを消し暖房を切って,Aを本件居室に置き去りにしていた。また,Aに対する食事は,前同様のもので済ませていた。 そのため,Aは,同月の途中から,1口や2口しか食べずに食事を残すようになり,排泄量も減っていき,同月終わりころには,手足に次いで,胴体部分がやせ,あばら骨が見え始めたほか,元気もなくなって,歌ったり会話することもほとんどなくなり,立ってもすぐにしゃがみ込み,次第に座ることもできなくなって,Bからは,食事も抱いて与えられるようになった。 なお,Bは,昼間の仕事に就いてからも,日払の給料を全額被告人に手渡しており,被告人が生活費をすべて管理することに変わりはなかった。 オBは,次第にやせていき,食事を十分摂ることもできず衰弱していくAの様子を見て,Aが死んでしまうのではないかとも思ったが,Aの実父であるCにも,家出同然に飛び出した実家の両親にも,Aの状況を知られたくないとの思いから,Aを病院に連れていったり,食事を改善することはなかった。 (6)他方,被告人は,自らAを疎んじる態度をBに示すようになって以降の同年10月上旬ころから,BがAをロフト上に上げて下ろさなくなり,Bからは,Aの面倒は見なくてよいと言われたこと,同月下旬ころから,Aが泣くと,BがAに暴力を振るうようになったこと,同月終わりころ, 年10月上旬ころから,BがAをロフト上に上げて下ろさなくなり,Bからは,Aの面倒は見なくてよいと言われたこと,同月下旬ころから,Aが泣くと,BがAに暴力を振るうようになったこと,同月終わりころ,Bが,Aの布団を捨て,Aをクッションの上に寝かせるようになったことは,自らの体験として認識していた。ま- 5 -た,同年11月19日から同年12月1日までの間に三,四回Aに食事を与えた際には,Aの様子も現認している。 さらに,被告人は,居室としては約4.8畳の居間とその押入上から居間の上にせり出したロフトのみという狭い本件居室内において,居間にいても,ロフト上のAの声やその立てる物音は十分に聞こえ,Bがロフトに上がり下りする様子は現認していたほか,Bと共に行く買い物の状況もある程度は認識していた。 そのため,被告人は,これらの自ら認識しあるいは現認した状況から,Bが,同年10月ころから,Aの世話を意図的に怠るようになり,時に暴力を振るうなど虐待していただけでなく,食事の回数や量も減らしたため,Aが,次第にやせ細り,動きも鈍く,声も余り出せなくなって,衰弱していく様子を,概括的には認識しており,しかも,BがAを虐待する原因が,自らのA及びBに対する態度や言動にあることも,察知していたのに,あえて口出しすることなく,BのAに対する虐待を黙認していた。 それだけでなく,同年12月初めころ,それまでAを寝かせていたクッションが汚れたり,買い置きしていた市販の紙おむつがなくなったため,Bから相談を受けて,被告人が「新聞紙を何枚か重ねて寝かせておいたら「新聞紙は吸収力が良,」,いから,新聞紙を使っておいたら」などと言ったため,Bは,重ねた新聞紙の上にタオルを敷いてAを寝かせたり,数枚重ねて紙おむつの形に切った新聞紙をガムテープで留め,タオルをあてが 吸収力が良,」,いから,新聞紙を使っておいたら」などと言ったため,Bは,重ねた新聞紙の上にタオルを敷いてAを寝かせたり,数枚重ねて紙おむつの形に切った新聞紙をガムテープで留め,タオルをあてがい,おむつとして使用するようになった。 加えて,BがAをロフト上に上げて以降,本件居室内でBとAが2人きりになる,,,,ことはなく同年11月下旬に被告人が泊まりの仕事に行った際にも被告人は,。 Bには漫画喫茶で夜を明かすよう求めてAと2人きりになることを許さなかった 治療機会提供義務,殺意及び共謀の成立(1)以上のとおり,被告人は,本件居室でB及びAとの共同生活を始めた後,次第にAの存在を疎ましく思うようになって,それを態度や言動に示したところ,Bが,被告人との関係維持を図ろうとして,Aをロフト上に追いやり,食事を減ら- 6 -し,暴力を振るうなど,Aを虐待し始めたことを認識していた。ところが,被告人は,その態度を改めなかったばかりか,Bの相次ぐ虐待によりAが次第に衰弱していく様子を概括的に認識し,しかも,BがAを虐待する原因が,自分の態度や言動にあることも察知していたのに,あえて口出しすることなく,Bの虐待を黙認しただけでなく,Aの寝具やおむつを新聞紙で代替するように示唆したり,外出時には灯りを消し暖房を切ってAを本件居室に置き去りにするなど,自らもその虐待に加わるようになった。さらに,被告人は,Bが自分の愛情をつなぎ止めようとしてその意のままになることを利用して,外で働かせ,自分が外泊する際は,Bにも外泊させるなど,BとAが2人きりにならない状態を作出したばかりか,Bの稼ぐ生活費を全面的に管理して,Bが自由に金を使うことも困難にすることにより,Aを被告人の自宅である本件居室内のロフト上に隔離するとともに,被告人と同居してい にならない状態を作出したばかりか,Bの稼ぐ生活費を全面的に管理して,Bが自由に金を使うことも困難にすることにより,Aを被告人の自宅である本件居室内のロフト上に隔離するとともに,被告人と同居しているBとAの生活も管理する状況を作出したのである。 (2)そのような状況の中,同年12月に入ると,Aは,やせ細り,あばら骨や骨盤も浮き出て,腕や足も更に細くなり,頬がこけ始め,目も落ちくぼみ始めて,髪の毛の抜ける量も増えたほか,自分で起き上がることもできず,顔や手を動かすだけの寝たきりとなり,あいさつ程度しか話さず,泣くことも減り,泣き声もかすかになるなど,顕著に衰弱してきた。 (3)被告人は,同月6日午前,久し振りにAを風呂に入れた際,上記のようにやせ細ったAの姿を見て,そのまま放置すればAが死んでしまうかもしれないことを明確に認識して驚き,仕事中のBの携帯電話に対し,Aを風呂に入れた,電話が,,「。 欲しい旨のメールを送った上電話をかけてきたBに対し危ないんじゃないか病院に連れていかなくて大丈夫なのか。髪の毛がすごい抜けてた。すごいやせている」などと言って,病院等の医療機関による治療の必要性を指摘した。 。 ところが,Bは,かねてAが死んでしまうかもしれないことは認識していたものの,Aのこのような悲惨な状態をCや自分の両親に知られることを恐れ,Aが死んでも仕方がないという気持ちから「X君(被告人)は何も知らなかったことにし,- 7 -て。Aの面倒はもう見なくていいから。ロフトには上がらないで「私自身がし。」,たことだから。Xには何も関係ないから」などと強い口調で言って,病院に連れ。 ていくことを拒絶したところ,被告人も,それ以上は言わず「分かった」という,趣旨の返事をしてこれに同意した。 (4)次いで,同月8日ころの夜,B 係ないから」などと強い口調で言って,病院に連れ。 ていくことを拒絶したところ,被告人も,それ以上は言わず「分かった」という,趣旨の返事をしてこれに同意した。 (4)次いで,同月8日ころの夜,BがAに夕食を食べさせていると,Aが,何。 ,,「。 口か飲み込んでからおう吐したこれを見てBはとっさにAが吐いてしまうどうしよう」などと大声を出したことから,心配した被告人が「大丈夫なの」な。 ,どと言ってロフトに上がろうとした。しかし,Bは,被告人をなだめるためにロフトから下りて,なおも心配している被告人を座らせ「大丈夫だから「X君には,」,何も関係ないから。何も知らなかったことにすればいいから。ロフトには上がらないで」などと繰り返し話したところ,被告人も,相づちを打つように返事して,。 これに同意した。 (5)このような経過を経て,被告人は,Aが,栄養失調で衰弱し,食事の経口摂取も受け付けなくなるなど,それまでと同様の扱いを続ければ確実に死んでしまう危機的な状態に陥っており,その原因が,自らも容認するとともに,自分の態度や言動が一因ともなったBの虐待にあることを認識するに至った。それと同時に,同月上旬当時の状況として,被告人は,同居しているBとAの生活を管理する状況を自ら作出していたところ,Aは,被告人の自室である本件居室のロフト上で動くこともできずに寝たきりの状態にあり,その母親であるBは,Aに十分な食事等を与えないだけではなく,医療機関による治療を受けさせることも明確に拒否していたため,被告人としても,自分以外にはAの生命を救うことのできる者がいないことを理解するに至った。しかも,被告人としては,Aの生命を救う方法として,自ら医療機関に連れていき,119番通報し,あるいはBの実家等に連絡をとることについて,特段の支障 うことのできる者がいないことを理解するに至った。しかも,被告人としては,Aの生命を救う方法として,自ら医療機関に連れていき,119番通報し,あるいはBの実家等に連絡をとることについて,特段の支障は存在しなかった。加えて,Aは,同月中であれば,速やかな医療機関による治療により救命できる可能性は高かったのである。こうした状況の下,被告人は,上記のような各種の方法をとることにより,Aに対してその救命- 8 -のために速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を負うに至った。 ところが,被告人は,Bの態度が硬く,面倒に巻き込まれたくないとの思いも手伝って,被告人の関与を拒むBの申出に同意することによって,Bとの間で,Aに対し従来どおりの扱いを続けることにより,Aが死んでしまってもやむを得ないとの共通の認識の下,あえてAを放置する意思を相通じた。 (6)なお,その後も,被告人は,Bに対して二度ほど「Aを実家に連れていっ,た方がいいんじゃないの」などと言って,Aに医療機関による治療の機会を与える必要性を指摘することもあったが,Bが「Xには何も関係ないから。知らなかっ,たことにして」などとこれに応じる意思のない旨答えると,それ以上は何も言わ。 なかった。 犯行状況等(1)被告人及びBは,その後も,それまでと同様の生活を続けて,Aを医療機関に連れていくこともなかった。ところが,Aは,同年12月8日以降,Bが与えようとするおにぎりや菓子パン等をすぐに吐くなど,食事をほとんど受け付けなくなった。そのため,Bは,食事代わりに,チョコレートを1片ないし3片とコップ半分程度の水かジュース類を与えていたが,Aは,一気にやせていき,床ずれも生じるようになった。 (2)平成17年1月に入ってからも,被告人とBは,Aに対して,前同様の扱いを続けた。 し3片とコップ半分程度の水かジュース類を与えていたが,Aは,一気にやせていき,床ずれも生じるようになった。 (2)平成17年1月に入ってからも,被告人とBは,Aに対して,前同様の扱いを続けた。もっとも,そのころから,Bは,Aに朝夕2回の食事を与えるようになったが,Aは,おにぎりや菓子パン,ラーメン等はすぐに吐いて受け付けなかったため,結局,平均すると1回にチョコレート1片ないし3片とコップ4分の1程度の水かジュース類をAに与えたのみであった。また,Bは,同月に,当初は20着ほどあったAの洋服をほとんど捨ててしまった。 なお,同月18日ころ,Bは,Aに食事を与えたところ,Aがいつものように食べた物を吐き出したのを見て,耐えきれなくなり「Aがまた吐いちゃう。Aをこ,んな姿にしてしまった。どうしよう」のように言って取り乱し,被告人が「大丈。 ,- 9 -夫,大丈夫」などと言って気遣う様子を示したこともあったが,その後も,被告人及びBがAの扱いを変えることはなかった。 (3)そして,同月22日の朝,Bが,Aにチョコレート1片と飲み物をコップ4分の1程度与えた後,被告人は,Bと共にパチンコに出掛け,同日午後8時過ぎころ,帰宅したところ,Aが死亡しているのを発見した。 (罪となるべき事実)以上のとおり,被告人は,埼玉県所沢市a町b番地所在のアパートcのd号室の被告人方居室(本件居室)において,B及びその長女であるA(当時3歳)と同居していたものであるが,Bが,Aに十分な食事を与えなかったことなどによって,Aを極度にやせた状態(るいそう状態)に陥らせ,被告人及びBにおいて,平成16年12月上旬ころには医療機関による治療を受けさせなければAが低栄養によって死に至る危険があることを認識していたのであるから,Bは,その実母としてAを養育すべき立 せ,被告人及びBにおいて,平成16年12月上旬ころには医療機関による治療を受けさせなければAが低栄養によって死に至る危険があることを認識していたのであるから,Bは,その実母としてAを養育すべき立場から,被告人も,そのBを除けば,自室内で寝たきりの状態にあるAの生命を救うことのできる者はいないなどの事情から,それぞれに,Aに対してその救命のために速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を負うに至ったにもかかわらず,Aが死亡してもやむを得ないものと決意し,Bと共謀の上,そのころから平成17年1月22日までの間,Aに対し医療機関による治療を受けさせることなく,Aを同室内のロフト上に隔離したまま放置し,よって,同日,同所において,Aを極度の低栄養により飢餓死させて殺害した。 (証拠の標目(略))(事実認定の補足説明)弁護人は,被告人による殺人罪の実行行為は存在せず,被告人には殺意もなかったとして,被告人に殺人罪は成立しない旨主張し,被告人も,当公判廷において,この主張に沿う供述をしているので,以下,被告人について不作為による殺人罪が成立するかどうかについて当裁判所の判断を示すこととする。 証拠上明らかな事実- 10 -(1)判示犯行に至る経緯,犯行状況等のうち,同1(1)ないし(3)の各事実,同1(4)のうち,ロフトの広さや高さ,平成16年10月ころから,Aがロフトから下りなくなったこと,同1(5)アのうち,同月中旬ころから,被告人がAの世話をほとんどしなくなったこと,同1(5)イのうち,Bが,同月下旬ころから,Aの着替えやおむつの交換,入浴の回数も大幅に減らしたほか,手拳や平手でAの顔や手足をたたき,時には,はさみの持ち手部分やガムテープ,金属製のティッシュケー,,,スでAの手足をたたくようになり同月終わりころにはA 交換,入浴の回数も大幅に減らしたほか,手拳や平手でAの顔や手足をたたき,時には,はさみの持ち手部分やガムテープ,金属製のティッシュケー,,,スでAの手足をたたくようになり同月終わりころにはAの布団が汚れたとしてこれを捨ててしまい,その後,Aをソファのクッションの上に寝かせるようになったこと,同1(5)エのうち,被告人とBが外出する際には,本件居室の灯りを消し暖房を切っていたこと,同1(6)のうち,本件居室の広さや居間とロフトとの位置関係,同年11月19日から同年12月1日までの間に,被告人がAに三,四回食事を与えたこと,同月初めころ,被告人の勧めにより,Bが,重ねた新聞紙の上にタオルを敷いてAを寝かせたり,数枚重ねて紙おむつの形に切った新聞紙をガムテープで留め,タオルをあてがい,おむつとして使用するようになったこと,同年11月下旬,被告人が泊まりの仕事に行った際に,BもAを本件居室に置いて漫画喫茶に泊まったこと,同3(2)のうち,平成17年1月,Bが当初は20着ほどあったAの洋服をほとんど捨ててしまったこと,及び,判示罪となるべき事実のうち,平成17年1月22日,Aが本件居室内で極度の低栄養状態に陥ったことにより死亡したことは,関係各証拠から明らかであり,被告人も認めるか,少なくとも争ってはいない。 (2)また,Aの遺体は,極度にやせた状態(るいそう状態)にあり,身体が全体に萎縮し,皮下脂肪織がなく,主要臓器では高度の低栄養状態に起因する細胞の退行変性が進行していたこと,仙骨部のほか,躯幹部背面,左右上前腸骨棘部等の横臥時に圧力負荷がかかる部位に褥瘡が発生していたこと,右大腿骨下端の上方11㎝の部分から後方に斜めに骨折の跡があり,大腿骨外側には仮骨が形成されていたこと,眉間の周辺,右眼窩下縁,頭頂部に鈍体の軽微な打撲的作用によ かかる部位に褥瘡が発生していたこと,右大腿骨下端の上方11㎝の部分から後方に斜めに骨折の跡があり,大腿骨外側には仮骨が形成されていたこと,眉間の周辺,右眼窩下縁,頭頂部に鈍体の軽微な打撲的作用によるものと- 11 -みられる軽微な斑状皮下出血を主体とする創傷があったことは,関係各証拠により明らかである。 B証言について(1)Bは判示犯行に至る経緯犯行状況等のうち同1(1)ないし(6) 同2(2),,,,ないし(4)及び(6)並びに同3(1)ないし(3)の各事実に沿う証言をしているほか,平成16年12月上旬ころのAの身体の様子について,実況見分調書(甲26)添付の死亡後の写真の状態と比較して,これと同様に手足の骨は見えていた,もう少し肉が付いており,あばらは浮き出ていたが,お腹にもう少し肉が付いていた,顔は,細くはなっていたが,頬には,もう少し肉があった,目も,落ちくぼみ始めていたが,ここまでは落ちくぼんでいなかったなどと証言している(以下「B証言」という。 。)(2)そこで,このようなB証言の信用性について検討する。 アまず,B証言のうち,Aに与えた食事の量の推移とAの衰弱状況との関係に関する部分は,Aの年齢,衰弱前及び死亡後の身体の状況並びにこれらに基づく専門家による医学的判断とよく符合している。すなわち,(ア)小児科専門医師である証人Dの証言(以下「D証言」という)によれば,。 B証言にあるAに与えた食事の量の推移を前提とすれば,平成16年10月中旬以,,,,降の非常に栄養の不足した状態でまず健康体であったAの体重が減り次いで衰弱が進み,消化器や腎臓といった内臓に障害が現れて,摂取したカロリーすらも消化できない状況にまで陥ったこと,比較的早い段階で自立歩行が困難となり,寝たり起きたりの状態を経て寝 Aの体重が減り次いで衰弱が進み,消化器や腎臓といった内臓に障害が現れて,摂取したカロリーすらも消化できない状況にまで陥ったこと,比較的早い段階で自立歩行が困難となり,寝たり起きたりの状態を経て寝たきりとなり,その後,話すことも困難となるが,泣いたりうなり声を上げるというストレスや苦痛に対する反応は,比較的最後まで保たれるものの,涙が出なかったり,声にならないこともあり,死亡の2週間くらい前からは,声を出すことも困難になること,同年12月6日時点で,Aは,死亡時点よりは少し肉付きがよく,自力で寝返りを打つこともできたこと,母親から世話をしてもらえない状態になると,3歳程度の子供は,最初は,泣いたりだだをこね- 12 -たりするが,そのうちあきらめて無気力になり,食事をしなくなったり髪の毛が抜けるなどすることが専門医学的見地から推定されるところ,このような医学的に推定されるAの衰弱状況の推移は,B証言にあるそれとよく合致している。 なお,この点,本件居室の階上に住んでいたEは,平成17年1月10日ころ以降も数回,本件居室から子供の泣き声が聞こえた旨証言するが,D証言も,死亡の2週間くらい前(Aについては同月8日ころ)からは,声を出すことも困難になるとする一方,泣くといったストレスや苦痛に対する反応は,比較的最後まで保たれるともする以上,上記E証言がB証言やD証言と矛盾するとはいえないのである。 (イ)法医学専門医師である証人Fの証言(以下「F証言」という)及び同人作。 成の鑑定書(甲118)によれば,Aの遺体には,主要臓器に低栄養状態による細胞の退行変性がみられ,心臓の神経細胞は核が萎縮し,心筋細胞は全体的に萎縮するとともに一部に線維性が加わるなど変性しており,拒食症等で急速にやせた場合の所見とは異なっていて,低栄養状態が一定期間続いた の退行変性がみられ,心臓の神経細胞は核が萎縮し,心筋細胞は全体的に萎縮するとともに一部に線維性が加わるなど変性しており,拒食症等で急速にやせた場合の所見とは異なっていて,低栄養状態が一定期間続いたと考えられること,仙骨部の褥瘡部分にカビが生えていることから,数週間程度はほとんど身体を動かせない状態が続いたと考えられること,胃内には褐色液状物しかなく,これも胃の中で漏れだした血液が多少固まったものが主体であり,また,腸管内にある内容物に有形物はなく,ある程度の期間,形を残すような食べ物は摂取していないと考えられること,前額部や頭頂部に比較的新しい皮下出血があったほか,右大腿骨骨折は受傷後2か月ないし4か月が経過しているとみられることが認められるのであり,このようなAの遺体から法医学的に推定される,Aが死亡前に受けていた処遇状況は,B証言にあるそれとよく合致しているのである。 イまた,B証言は,Aに対する虐待を始めてからそれがエスカレートして死亡に至る経緯について,女性心理の観点からも自然かつ合理的に説明し得るものであり,前記の証拠上明らかな事実や他の客観証拠とも整合している。すなわち,(ア)Bは判示犯行に至る経緯犯行状況等1(4)ないし(6)及び2(1)ないし(5),,にあるように,平成16年9月ころ,被告人のAに対する態度から,Aを邪魔に思- 13 -っていると感じ取り,そのままでは自分まで嫌われてしまうのではないかと懸念して,被告人に嫌われたくない一心から,Aを被告人の目に触れないロフト上に追いやったが,その後も,被告人が,Aが泣くと嫌がる様子を露骨に示し,Bに対し,「2人で出ていって生活保護を受けたら」などと繰り返し嫌みを言うこともあったため,Aの世話をしていると自分まで嫌われてしまうとの思いから,Aの世話も次第にしなく と嫌がる様子を露骨に示し,Bに対し,「2人で出ていって生活保護を受けたら」などと繰り返し嫌みを言うこともあったため,Aの世話をしていると自分まで嫌われてしまうとの思いから,Aの世話も次第にしなくなっていった,その結果,Aが衰弱していく様子を見て,死んでしまうのではないかとも思ったが,Aの実父であるCにも,実家の両親にも,Aの状況を知られたくないとの思いから,Aを病院に連れていったり,食事を改善することもないまま,同年12月上旬には,被告人との間で,Aに対し従来どおりの扱いを続けることにより,Aが死んでしまってもやむを得ないとの共通の認識の下,あえてAを放置する意思を相通じたという趣旨の証言をしている。 そして,Bが証言する,上記のようなBのその時々の心理状態や虐待の理由,こ,,れらに対する被告人の影響等は徐々にAに対する虐待を強化させていったという前記証拠上明らかな事実と合致するものである。すなわち,被告人及びBの収入が特に減るなどしたわけではないのに,同年10月中旬ころ,Aがロフトから下りなくなった,Bは,同月下旬ころから,Aの着替えやおむつの交換,入浴の回数も大幅に減らし,手拳や平手でAの顔や手足をたたき,時には,物でAの手足をたたくようになり,同月終わりころには,Aの布団が汚れたことを理由に,これを捨ててしまった,その後,Bは,Aをソファのクッションの上に寝かせるようになったほか,2人が外出する際には,本件居室の灯りを消し暖房を切るようになった,さらに,Bは,同年12月初めころ,被告人の勧めにより,重ねた新聞紙の上にタオルを敷いてAを寝かせたり,数枚重ねて紙おむつの形に切った新聞紙をガムテープで,,,,留めタオルをあてがいおむつとして使用するようになり平成17年1月には当初20着ほどあったAの洋服をほとんど捨ててしま を寝かせたり,数枚重ねて紙おむつの形に切った新聞紙をガムテープで,,,,留めタオルをあてがいおむつとして使用するようになり平成17年1月には当初20着ほどあったAの洋服をほとんど捨ててしまったのである。 (イ)また,Bは,判示犯行に至る経緯,犯行状況等1(4)にあるように,平成16年10月ころ以降,被告人から「2人で出ていって生活保護を受けたら」などと- 14 -何度も嫌みを言われたことと関連する事実として,被告人への気兼ねから,同年11月5日に消費者金融会社から金を借りて,本件居室を出てAと生活するための部屋を借りようとしたが,資金が不足したため借りられなかった,その後,同年12月ころからは,被告人自ら,1人で引っ越すための部屋を借りようとしていた旨証言している。 そして,上記のB証言は,同年10月か11月ころに,被告人が「母子家庭は,国から援助が出るから,アパートからBと子供(A)が出て2人で暮らす」と話していたとする証人Gの証言,更には,関係各証拠により認められる,同年11月5,(,),日にBが消費者金融業者から10万円の融資を受ける契約を締結し甲112 113そのころ,被告人がBに「不動産行ってみたら・・・10万までで借りれるとこ捜しに・・・「部屋はお金もうちょっと貯めてからやな」というメールを送ってい」,る事実(甲51 ,同年12月21日,被告人がその母親から「引っ越しするにもお)金かかるよ」というメールを受信し,同月31日,Bが被告人に「Xの気持ちはともかくBは今でもXのことが大好き「来年引っ越ししても,たまにはBも相手に」,してください」というメールを送っている事実(以上,甲54)とも符合していて,これらの客観的事実によって裏付けられている。 (ウ)さらに,Bは,判示犯行に至る経緯,犯行状況 たまにはBも相手に」,してください」というメールを送っている事実(以上,甲54)とも符合していて,これらの客観的事実によって裏付けられている。 (ウ)さらに,Bは,判示犯行に至る経緯,犯行状況等2(3)にあるように,同年12月6日,被告人がAを風呂に入れた後,仕事中のBの携帯電話に,Aを風呂に入れた,電話が欲しい旨のメールを送った上,電話をかけてきたBに対し「危な,。 。 。 いんじゃないか病院に連れていかなくて大丈夫なのか髪の毛がすごい抜けてた。」,,,すごいやせているなどと言った旨証言しているところ同日午前に被告人がAを風呂に入れた後,Bに上記のようなメールを送信したことは,両者間のメールの履歴(甲51)から明らかであり,被告人も認めるところである。 そして,被告人は,その述べるところによっても,毎日昼休みにBから電話を受けていたというのに,Bの昼休みを待つことなく,電話をかけるよう催促しているのであって,この事実は,被告人がBに緊急に連絡をとりたいと考えていたことを- 15 -うかがわせるものとして,被告人がその後の電話で上記のような発言をしたことと整合している。 また,被告人は,その述べるところによっても,同日以降は,それまで気まぐれに行っていたというAの世話を全くしなくなったというのであるが,このことも,判示犯行に至る経緯,犯行状況等2(3)に沿う内容のB証言にあるように,Bが,被告人に対しAの面倒を見なくてよいなどと強く言ったのに対し被告人が分,,,「かった」という趣旨の返事をしてこれに同意したことを裏付けるものである。 ,,,,ウその他Bは犯行前の被告人やAとの生活状況Aに対する虐待が始まりそれが次第にエスカレートしていった状況やその原因,Aの衰弱状況,殺意を抱くに至った経緯や動機 裏付けるものである。 ,,,,ウその他Bは犯行前の被告人やAとの生活状況Aに対する虐待が始まりそれが次第にエスカレートしていった状況やその原因,Aの衰弱状況,殺意を抱くに至った経緯や動機,被告人との共謀状況及び犯行状況,A死亡後の被告人とのやり取り等について,自己に不利益なものも含め,極めて赤裸々に生々しく供述しており,その内容も,幼子を連れて男性と同棲した年若い女性の心理や行動として,ごく自然な流れに沿うものであり,特に不合理な点は見出し得ない。 また,その証言態度は,自責の念に駆られて,過換気症状を呈し,証言を中断したり,被告人に不利益な供述を維持するかどうかを迷って,自らの弁護人と相談するまで一時証言を回避するなどしながらも,質問にはできるだけ誠実に答えようとする姿勢が顕著で一貫しており,弁護人からの反対尋問にも全く動揺していない。 加えて,Bは,捜査段階の当初は,被告人がAを入浴させたことなど被告人に不利益な事実を隠していたが,その後,メールの解析結果を示されて供述するに至ったほか,公判段階でも,上記のように被告人に不利益な供述をすることを逡巡したしゅんじゅんり,被告人に対するなお変わりのない愛情を吐露するなど,殊更被告人に対して不利益な供述をしている状況はうかがわれないのである。 エ他方,弁護人は,B証言について,①Aの右大腿骨骨折の原因は自分の暴力であると供述するが,F証言から明らかなとおり,Bの暴力程度で大腿骨が骨折することはない,②平成16年12月上旬には,遺体の写真より「少し肉が付いていた程度」であったAが,同月8日に嘔吐を始めて「一気にやせ細ってしまう」と,- 16 -か,それから約1か月半も生き延びるというのは不自然である,③同月6日の被告人との電話のやり取りについて,警察官の取調べでは,公判証言のよ に嘔吐を始めて「一気にやせ細ってしまう」と,- 16 -か,それから約1か月半も生き延びるというのは不自然である,③同月6日の被告人との電話のやり取りについて,警察官の取調べでは,公判証言のようには述べていない,などの点を指摘して,その信用性を争っている。 (ア)そこで検討するに,①の点に関し,Bは,Aの右大腿骨骨折について,同,,年11月下旬から12月初めころに振るった自分の暴力が原因だと思う被告人はAが寝ないときに軽くたたくことはあったが,Aをロフト上に上げた後に暴力を振るうことはなかった旨証言しているところ,確かに,F証言によれば,Bの証言するような暴行によっては,Aの右大腿骨骨折が生じる可能性はほとんどないと認められ,Bは,それ以外に上記骨折の原因となり得る状況について説明していないのであるから,この点に関するB証言の信用性は低いといわざるを得ない。 しかしながら,F証言によれば,Aの上記骨折は,栄養状態が普通の場合であっても,仮骨を形成するまで約1か月,Aの当時の栄養状態を前提とすれば,2か月ないし4か月を要し,その結果,歩けなくなるほどの重傷であり,B証言にあるような暴行や高い所から飛び下りたのでは生じる可能性のほとんどないことが認められるところ,Aが受傷した時点及びその後の経過において,Aと狭い本件居室内で同居していたB及び被告人が,その受傷及びその原因について全く気付かないというような事態は想定できないのに,この点については,Bだけでなく,被告人も全く供述していないのである。しかも,前記ウで指摘したように,Bができれば被告人をかばいたいとの姿勢を公判段階で垣間見せていることにも照らすと,上記骨折の受傷原因について,自らの暴行によるとのみ述べて,すべての真実を語ろうとしないとしても,その証言全体の信用性に影響を与 告人をかばいたいとの姿勢を公判段階で垣間見せていることにも照らすと,上記骨折の受傷原因について,自らの暴行によるとのみ述べて,すべての真実を語ろうとしないとしても,その証言全体の信用性に影響を与えるものとはいえない。したがって,①の点に関する弁護人の主張は理由がない。 (イ)次に,②の点は,前認定のように,Aの遺体の状況からは,低栄養状態がある程度の期間続いたとうかがわれるところ,D証言によれば,B証言にあるAに対する食べ物及び飲み物の提供状況を前提としても,Aが平成17年1月22日に発見時のような状況で飢餓死することも十分あり得ること,それに先立つ平成16- 17 -年12月上旬ころのAは,死亡時より少し肉が付いた程度であり,普通の感覚からすれば,これは大変だと思うような状態であったこと,同月8日ころに食べ物をほとんど受け付けなくなってからの経過として,Aは,チョコレートの糖分がカロリー源となった可能性があること,虐待を受けた当時3歳であったAの体重は,虐待,,. ,前には12ないし18㎏程度と推定され死亡時には約58㎏であったところ文献によると,体重12㎏の子供が70日間で7㎏まで体重を減少させた例が報告されていることが認められる。しかも,同月8日ころ以降,Aは,カロリーをほとんど摂取できなくなったというのであるから,それに伴って,体重の減少に加え,その活動状況からも,日に日に衰弱していったことがうかがわれるのであり,それを見ていたBが,一気にやせ細ってしまったとの印象を抱くのは,ごく自然なことといえる。したがって,②の点に関する弁護人の主張も理由がない。 (ウ)③の点に関しても,確かに,B証言によれば,Bの平成17年2月7日付け供述調書には,平成16年12月6日の電話において,被告人から,このままでは死んでしまうぞと る弁護人の主張も理由がない。 (ウ)③の点に関しても,確かに,B証言によれば,Bの平成17年2月7日付け供述調書には,平成16年12月6日の電話において,被告人から,このままでは死んでしまうぞという内容の言葉を言われたとのみ記載されていて「危ないん,じゃないか。病院に連れていかなくて大丈夫なのか。髪の毛がすごい抜けてた。すごいやせている」などの内容の記載のないことが認められる。しかし,それと同。 時に,上記供述調書は,Bが,警察官からメールの解析結果を示されて,その日の被告人との電話のやり取りについて初めて供述したものと認められるのであり,Bが十分に記憶を喚起する前のものであったことがうかがわれる。しかも,その電話のやり取りにおける被告人による発言の趣旨については,B証言も上記供述調書も同様のものであるから,上記程度の表現の違いは,B証言の信用性を左右するものではなく,むしろその供述の一貫性を示すものともいえる。したがって,③の点に関する弁護人の主張も理由がない。 オ以上のとおり,B証言は,高い信用性を認めることができる。 被告人供述について(1)ア被告人は,捜査段階の当初,殺意を認める内容の上申書(乙26)を作成- 18 -し,それと同旨の供述調書(乙25,28~30)の作成にも応じている。 ,,,イこの点被告人はこれらの上申書や供述調書の作成に応じた理由についておおむね次のように弁解している。すなわち,(ア)平成17年1月24日にH警察官(以下「H警察官」という)の取調べを。 受けたが,自分の言い分は供述調書(乙25,28)に盛り込んでもらえず,言っていない内容が記載されていた。署名したときに,内容が間違っていないという意味で署名することは多分言われたと思うが,自分の気持ちとしては,取調べ後に,警察官が思った 28)に盛り込んでもらえず,言っていない内容が記載されていた。署名したときに,内容が間違っていないという意味で署名することは多分言われたと思うが,自分の気持ちとしては,取調べ後に,警察官が思った結果を記載するのが供述調書であり,取調べの事実を証明するための署名であると思っており,何が書いてあっても当時は署名していたと思う。 (イ)上申書(乙26)のうち,2枚目の「本当にどうしようもないパパとママでつらい思いばかりさせて・・・ごめんなさい」の部分以外は,H警察官が別の紙に書いた下書きを「写してくれ」と言われて書き写しただけである。何を言われて,も「できない」とか「やれない」とか言えない精神状態だったので,自分の考えとは違うことを書き写した。 (ウ)弁解録取書(乙25)や検察官調書(乙29)に署名したのは,警察や検察庁で出されたものに署名するのは当たり前という気持ちからである。 (エ)勾留質問では,裁判官から黙秘権を告知されて,殺人事件で弁解を聞くと言われた。あらかじめ何をするのか全く聞かされておらず,何をしていたのか分か。 ,「」,「」っていなかった被疑事実を読み聞かされ間違いはないかと聞かれてはいと答えた。自分の思っていることが言えない状態だったとしか考えられない。勾留質問調書(乙30)に署名したのは,納得していたわけではなく,出された書類に署名しないことは悪いことなのではないかと考えていたからである。 ウしかし,上記のような取調べ状況に関する被告人の公判供述は,H警察官の公判証言と大きく食い違うものであって,H警察官は,被告人の意思に反して供述調書を作成したことを明確に否定して,被告人の供述どおりに録取した旨証言している。しかも,被告人は,殺意の点については,警察官の言いなりに供述調書等が- 19 -作られた 被告人の意思に反して供述調書を作成したことを明確に否定して,被告人の供述どおりに録取した旨証言している。しかも,被告人は,殺意の点については,警察官の言いなりに供述調書等が- 19 -作られた旨供述する一方,Aの様子を3か月間見ていないとする点については,被告人の公判供述によっても,警察官の追及を受けながら頑なに否定し続けたというのである。この点,被告人は,供述調書の作成趣旨や署名の趣旨を取り違えていたとも供述するが,平成15年1月に占有離脱物横領により検挙された前歴を有する被告人が,供述調書の作成趣旨や署名の趣旨についてそのような誤解をするというのはいかにも不自然である。加えて,被告人は,その公判供述によっても,勾留質問で,真意に反して殺意を認めた理由については何ら合理的説明ができないのである。 したがって,前記供述調書等の作成に応じた理由に関する被告人の公判供述は,これを信用することが困難であり,他に被告人の捜査段階における自白の任意性に疑問を生じさせるべき事情は見当たらないのである。 エそして,被告人の捜査段階における供述は,内容にはかなり具体性があり,被告人に不利益な部分は,B証言とも合致するものであって,その信用性に疑問とすべき点は見出し難いのである。 (2)アこれに対し,被告人は,公判段階では,その供述を翻して,以下のとおり自己の責任を否定する供述をしている。すなわち,,,。 (ア)私としてAが死んでしまうとか死んでも構わないと思ったことはないBは,平成16年11月中旬ころから,Aの面倒をきちんと見ているとは思えなかったが,普通の母親と比べ,風呂などに関し劣っていたとしても,必要最低限の食事や着替え等はさせていると思っており,まさか殺してしまうような接し方をしているとは思わなかった。 (イ)私が「Aが少し ったが,普通の母親と比べ,風呂などに関し劣っていたとしても,必要最低限の食事や着替え等はさせていると思っており,まさか殺してしまうような接し方をしているとは思わなかった。 (イ)私が「Aが少しうるさい」とBにこぼしたのは,同年9月ころではなく,,同年4月ころからのことである「音楽をする時間がない」と言ったかどうかは覚。 えていないが,最初のころから,音楽をしているときに泣いたりすると「ちょっ,とうるさいから泣きやませて」などと言っていた。 また,同年12月上旬以降,Bに「Aを実家に連れていった方がいいんじゃな,- 20 -いか」と言ったことはある。それは,同年11月から,Aを外出させることがなかったので,私たち2人では十分に面倒を見られないのであれば,帰りづらいかもしれないが,実家に連れて帰ったほうがいいんじゃないかという趣旨である。 ,,,(ウ)同年10月ころAは自由にロフトから下りることはなくなったもののそれ以前と変わりない生活をしており,同年11月上旬になって初めて,ロフトに,。 ,,上がったままほとんど下りてこなくなったまた同年10月半ば過ぎころまで私もAの世話をしていたが,Bが仕事を辞めて生活のリズムが変わり,きちんと世話をするようになったから,私はAの面倒をほとんど見なくなった。なお,私の記憶では,同月中,Aの食事の量が減ったことはない。 私がAを嫌っているような素振りをしたことはなく,Bが本当にそう考えていたとは思えない。また,私から,Bに「生活保護を受けてAと別に暮らせば」と言,ったことはない。 (エ)同年11月に入ると,私は,午前中外出していたので,昼食については分からないが,食べさせていると思っており,夕食は毎日与えていたと思う。私がBに,暴力を「やりすぎなんじゃないか」という話をした記 )同年11月に入ると,私は,午前中外出していたので,昼食については分からないが,食べさせていると思っており,夕食は毎日与えていたと思う。私がBに,暴力を「やりすぎなんじゃないか」という話をした記憶はない。同月19日,同月20日,同年12月1日の3回,私がAに食事をあげたことは間違いない。Aはそれらを残さずに食べていた。 私は,Bと出掛けるときに部屋の暖房を切っていたが,19歳のころから何年もロフトで寝ており,部屋の温度差が大きく,冬でもロフトにいると暖かいことが分かっていたので,寒さに関してはそれほど心配していなかった。 (オ)同年12月1日に食事を与えたとき,Aは,少しやせていたのではないかと思う。腹部の膨らみが小さいという感じだった。食事の量が減ったからだと思ったが,心配はしておらず,Bに,Aがやせているという話はしていない。 ,,,,,私は同月もBが毎日食事を持ってロフトに上がっているのを見ていたが食べ残しを持って下りているのは気付かず,食べ残した物を見たこともない。 同月1日にAに食事を与えて以降,私は,風呂に入れるときにお菓子を上げたこ- 21 -とはあっても,Aに食事を与えてはいないが,BがAに食事を与えていると思っていた。Aに食事を与えている場面を直接見たわけではないが,Bは,Aの食事を毎日購入し,それを持ってロフト上に上がっており,食事を食べないということをBから聞くこともなかったので,Aが亡くなるときまで,ずっとBがAに食事を与えていると思い続けていた。 ,,。 (カ)同年11月中旬から同年12月6日までの間Aを三四回風呂に入れたその際,少しAの髪の毛が直径3㎝ほどの円形に抜けていることと,腰の辺りに少。 ,,し擦り傷があることに気付いたAは腹部の膨らみが少しへこんでいるくらいで手足等がが 間Aを三四回風呂に入れたその際,少しAの髪の毛が直径3㎝ほどの円形に抜けていることと,腰の辺りに少。 ,,し擦り傷があることに気付いたAは腹部の膨らみが少しへこんでいるくらいで手足等ががりがりにやせていたということはなく,立つこともできた。髪の毛はどうしたのだろうと少し思ったが,Aに関心がなかったので,心配することはなかっ。 ,,,,,たまた同年12月1日と同月6日当時Aは足が折れてはおらず話もでき食事することができた。Aが亡くなってしまったのは,右大腿骨骨折が原因で,何かが狂い,そこから急激にやせていったのではないかと思う。Aの骨折の原因について心当たりはなく,私は何もしていない。 (キ)同月6日,私がAを風呂に入れた後,Bに,Aを風呂に入れたというメールを送ったが,私は,Aの世話をしたときには,毎回Bに連絡をしており,その日以外は,お昼休みにBから電話を受けた際に話していたと思う。その日に,Bと電話で何を話したかまでは覚えていないが,Aを風呂に入れた際,Aの身体を見て,このままではAが死んでしまうのではないかと思ったことはなく,Bに,電話で,「このままではAが危ないんじゃないか」などと言ったこともない。最後に生きているAを見たのは,その日に風呂に入れたときである。 同月8日ころ,Bが「Aが吐いちゃう。どうしよう」などと大声で言ったこと。 は,記憶にない。Aが食べ物を受け付けず,頻繁に吐いていたということは,知らなかった。 (ク)同年12月や翌1月の昼間に,Aが泣くことはあったと思うが,私が家にいるときは,月に1回あったかどうかという程度であった。当時は,午前中,パチ- 22 -ンコやバンド活動のほか,仲間と会ったりするために,たまに外出しており,そのときは分からない。 私が部屋にいて,新聞紙のこすれ 1回あったかどうかという程度であった。当時は,午前中,パチ- 22 -ンコやバンド活動のほか,仲間と会ったりするために,たまに外出しており,そのときは分からない。 私が部屋にいて,新聞紙のこすれる音が聞こえるなどして,Aが起きてるのかなと思ったことはあった。1月に入ってからも,動きがあったように感じていたと思う。Aが危険な状態にあるということは分からなかった。普通子供というのはじっ,,としていないものだと思うがほとんど音がしなくても不思議に思わなかったのは無関心だったからである。 (ケ)Bは,平成17年1月も,おにぎりやコンビニの弁当などを買っており,Aに食事を与えていると思っていた。 同月18日ころ,Bがロフト上で食事をさせているときに,Bが「A,吐いち,ゃいな。ちょっと吐いちゃいな」などと言っていて,どうしたのか聞くと「ちょ。 ,っと,A,吐いちゃった。でも大丈夫」と答えたことはあったが,Bが取り乱す。 ようなことはなかった。 (コ)同月22日,Bが,いつものようにAに食事をさせようとロフトに上がったところ「Aが死んじゃう」と言って私を呼んだ。Bは,Aを抱えてパニック状,態になっており,私も,前年12月6日に見たのとは別人のようなAの姿を見て驚き,何が起こっているのか分からないような状況だった。そして,取りあえず,Aをロフトから下ろし,通報をした。 ,,,イ(ア)そこで被告人の上記公判供述の信用性について検討するに被告人は前認定のように非常に狭い本件居室内において,ロフト上にいるAとその死亡時まで生活を共にしていたのであるから,仮にその強調するように,被告人がAに対して無関心であったとしても,その発する声や立てる物音から,Aの衰弱状況を当然に察知していたはずである。したがって,被告人が,平成16年12月以降 のであるから,仮にその強調するように,被告人がAに対して無関心であったとしても,その発する声や立てる物音から,Aの衰弱状況を当然に察知していたはずである。したがって,被告人が,平成16年12月以降も,Aが亡くなるときまで,その右大腿骨骨折に気付かないだけでなく,ずっとBがAに食事を与えていると思い続けていたなどということはあり得ないというべきであり,その点から,被告人の公判供述は,まずもって,不自然極まりないものという- 23 -ほかない。 (イ)また,被告人が公判段階で供述するところの,B及びAとの共同生活の状況からすると,BがAに対して食事の量を減らしたり暴力を振るうなどして虐待し,。 ,,た理由について全く説明が付かなくなるとりわけ被告人の公判供述によればBは,同年12月6日当時まで,Aの体格等に大きな影響のない程度は食事を与えるなどAの面倒を見ていたというのに,その後,約1か月半という短期間でAを死亡させるに至るほどにその世話を怠るに至った理由については,全く説明できないのであり,その意味からも,被告人の公判供述はいかにも不自然なものというべきである。 (ウ)さらに,被告人が公判段階で述べる,同年12月6日当時のAの状態は,B証言に反するばかりか,D証言及びF証言から認められるところの,Aの衰弱状。 ,,況ないし右大腿骨骨折の経緯や時期とも明らかに食い違っているまた被告人は同月や翌1月の昼間に,Aが泣くことはあったと思うが,自分が本件居室にいるときは,月に1回あったかどうかであった旨供述するところ,この供述は,本件居室の階上に住んでいたEが証言する,平成16年12月当時は,ほぼ毎日のように,翌1月にも数回,午前中,本件居室から子供の泣く声が聞こえたという事実に反するものである。 (エ)しかも,被告人は,その公 の階上に住んでいたEが証言する,平成16年12月当時は,ほぼ毎日のように,翌1月にも数回,午前中,本件居室から子供の泣く声が聞こえたという事実に反するものである。 (エ)しかも,被告人は,その公判供述によっても,捜査段階の当初「3か月間,Aの姿を見ていない」と供述していたのに,メールの解析結果により否定できなくなるや,公判段階では,メールの記録からAとの接触が明らかな点に限って,Aに対する食事や入浴の世話をしたことを認めるに至ったというのである。また,被告人は,本件発覚前には,B以外の女性と頻繁に親密なメールの送受信を繰り返し,その内容をわざわざBに見せるなどしてBをないがしろにしていたのに,本件が発覚するや,突如,Bに対する強い愛情表現を始め,公判段階に至っても,接見禁止決定を潜脱してまで,Bに対し,自己の供述内容に沿う証言をするように促す手紙を書き送ることまでしているのであって,このような供述の変遷状況,Bに対する- 24 -態度の変化や働き掛けの事実は,被告人において自己の刑責を免れようとする姿勢が強いことをうかがわせるものである。 (オ)もっとも,被告人の友人であるIは,平成16年11月半ばから同年12月半ばまでの間に,何度か本件居室を訪れたい旨申し入れたところ,被告人は,断ることもあったが「ちょっとだったら来てもいいよ」と言ったため,四,五回本,,,,件居室を訪れたもののロフト上にいるAには全く気付かなかった旨同じくGは平成17年1月5日まで,月に一,二回,本件居室を訪れていたが,その際に,被告人は,事前に連絡をとっても訪問を断ることはなく,Aについて聞かれても,慌,「」,てた様子もなくいつも朝ご飯を食べてから寝てるので大丈夫だと答えており被告人から帰ることを促されることもなかった旨,同じくJは,同月 も訪問を断ることはなく,Aについて聞かれても,慌,「」,てた様子もなくいつも朝ご飯を食べてから寝てるので大丈夫だと答えており被告人から帰ることを促されることもなかった旨,同じくJは,同月3日に事前に連絡をとって本件居室を訪れたが,その際,被告人は,すぐに「来ていいよ」と言,,「。,。」って来訪を受け入れAについて聞くと被告人は元気やで今上で寝てるよと答え「見ていい」と聞くと,被告人は「いいよ」と答え,Jがはしごを上って,ロフト上をのぞこうとしても,被告人は特に変わった様子を示さなかった旨,それぞれに,被告人には,Aの状態についての危機意識がなく,Aの様子を友人らに知られることを嫌がる様子もなかったなどと,被告人の公判供述を一見裏付けるかのような証言をしている。 しかし,このうち上記Jの証言は,実際に見たというロフト上の様子として,被告人の供述によっても,当時はあるはずのない敷布団が,ロフト全体に敷かれており,掛け布団が膨れあがっていたと述べるなど,客観的な事実に明らかに反するもので,到底信用することができない。また,上記I及び同Gは共に,被告人の友人であり,被告人としては,同人らを自宅に招いても,ロフト上にいるAの姿さえ見られなければ,深刻な事態を察知されずに対応することも決して難しくはなかったから,被告人が両名の証言するような対応をしたとしても,Aが死亡する危険性を認識していたことと矛盾することにはならないのである。 (カ)以上のとおり,被告人の公判供述には,不自然な点や客観的な事実に反す- 25 -る点が数多く認められるから,高い信用性の認められるB証言と対比して,これを信用することは困難である。 争点に対する判断(1)以上みてきたとおり,高い信用性の認められるB証言を中心とする関係各証拠によれば, られるから,高い信用性の認められるB証言と対比して,これを信用することは困難である。 争点に対する判断(1)以上みてきたとおり,高い信用性の認められるB証言を中心とする関係各証拠によれば,判示犯行に至る経緯,犯行状況等のうち,同1(1)ないし(5),同2(2)及び(4)並びに同3(1)ないし(3)の各事実のすべて,並びに,同1(6)並びに同2(1),(3)及び(5)のうち,被告人の認識内容や言動の意図・目的,作為義務を除く外形的事実を優に認定することができる。また,以上の認定事実によれば,同1(6)並びに同2(1),(3)及び(5)のうち,被告人の認識内容や言動の意図・目的についても推認できるだけではなく,この推認は,被告人の捜査段階の供述によっても十分裏付けられるのである。 (2)そして以上認定事実を総合すれば判示犯行に至る経緯犯行状況等2(5),,,で認定したとおり,被告人は,速やかに医療機関の治療を受けさせなければ,Aが確実に死んでしまう危機的な状態に陥っており,その原因が自分にも責任のあるB。 ,,の虐待にあることを認識していたまた平成16年12月上旬当時の状況として,,被告人は同居しているB及びAの生活を管理する状況を自ら作出していたところ,,,Aは被告人の自宅である本件居室内で動くこともできず寝たきりの状態にあり速やかに医療機関による治療を受けさせれば救命できる可能性も高かったのに,Bは,Aに十分な食事等を与えなかっただけでなく,医療機関による治療を受けさせることも明確に拒否していたために,被告人としても,自分以外にはAの生命を救うことのできる者がいないことも理解していた。さらに,被告人が,自ら医療機関に連れていき,119番通報し,あるいはBの実家等に連絡をとるなどして,Aに医療機関による治療を ,自分以外にはAの生命を救うことのできる者がいないことも理解していた。さらに,被告人が,自ら医療機関に連れていき,119番通報し,あるいはBの実家等に連絡をとるなどして,Aに医療機関による治療を受けさせることについて,特段の支障はなかったのであるから,被告人としても,Aに対してその救命のために速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を負うに至ったと認められる。 ところが,被告人は,Bの態度が硬く,面倒に巻き込まれたくないとの思いも手- 26 -伝って,Aが死亡してもやむを得ないものと決意し,Bと意思を相通じた上,あえて,Bと共に,Aに対して速やかに医療機関による治療を受けさせるべき義務を怠り,Aをロフト上に隔離したまま放置し続けて死亡させたものであり,被告人が不作為による殺人罪の共同正犯としての刑事責任を免れないことは明らかというべきである。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法60条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処することとし,同法21条を適用して未決勾留日数中320日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,交際相手である女性共犯者と共謀の上,同女の当時3歳の長女(以下「被害児」という)を,3か月余りもの間,共犯者や被害児と同棲。 していたアパートの自室のロフト上に隔離し,共犯者が極めて不十分な食事と排泄の世話をする以外は,被害児をほとんど構わず虐待して,極度にやせた状態(るいそう状態)に陥らせていることを知りながら,これを容認しつつ共に放置し,医療機関による治療が必要な被害児に治療を受けさせないまま,極度の低栄養により飢餓死させた事案である。 2(1)もとより るいそう状態)に陥らせていることを知りながら,これを容認しつつ共に放置し,医療機関による治療が必要な被害児に治療を受けさせないまま,極度の低栄養により飢餓死させた事案である。 2(1)もとより,本件は,被害児の実母である共犯者が,被害児を被告人の愛情をつなぎ止める障害とみるや,必要な保護養育のほとんどすべてを放棄して,次第に被害児を衰弱させ,日々わずかな食事を与える際に,通常人であれば正視に耐えないほどにやせ衰えた同児の哀れな様子を現認して,医療機関による治療の必要性も十分に認識しながら,漫然と死にゆくままに任せて殺害したものである。しかも,共犯者は,被告人から,医療機関による治療の必要性を繰り返し指摘されたの,,,「。 にこれを頑なに拒否しただけでなく被告人にもX君には何も関係ないから何も知らなかったことにすればいいから。ロフトには上がらないで」などと言っ。 - 27 -て繰り返し同調を求め,被告人を巻き込んだものであって,共犯者が本件の首謀者としての責任を負うことは明らかである。 (2)しかし,被告人においても,平成16年4月から交際相手である共犯者及び被害児と自室での同居を始め,当初は,あたかも父親のように同児と接していたものの,自己の音楽活動に専念する上で,同児の存在が疎ましくなるや,その態度を共犯者に露骨に示すことにより,被告人の愛情をつなぎ止めようとする共犯者を本件犯行に駆り立てている。しかも,被告人は,共犯者が被害児に虐待を加えていることを察知しながらも,自らもこれを容認して同調しただけでなく,衰弱してやせ細ったその姿を現認した後の約1か月半もの間,被害児が次第に動かなくなってゆく気配を感じながら,同児を残したまま,共犯者と共に,灯りを消し暖房も切って,好き放題に外出し,食べたい物を食べ,パチンコに興じ たその姿を現認した後の約1か月半もの間,被害児が次第に動かなくなってゆく気配を感じながら,同児を残したまま,共犯者と共に,灯りを消し暖房も切って,好き放題に外出し,食べたい物を食べ,パチンコに興じるなどして,日常生活を謳歌する一方,被害児に対して医療機関による治療を受けさせることが極めて容易であったにもかかわらず,同児を殊更無視して顧ることなく,狭いアパートの更に狭いロフト上に居場所を限定しつつ,新聞紙を布団代わりやおむつ代わりとしながら,寝たきりとなって経口による栄養摂取もできなくなるまで放置し続けて,長。 ,,,期間の苦痛の末に被害児を殺害するに至ったのである加えて被告人はその間主として共犯者の稼ぐ収入で生活し,生活費を全面的に管理していたほか,共犯者及び被害児の生活も管理していたこと,犯行現場が被告人の居室内であったことも考慮すると,本件で被告人の果たした役割は極めて重要であり,生活を共にしていた3歳の幼児が実の母親に見殺しにされる様子を傍観し続けた冷酷非道さは,厳しい非難に値する。 (3)しかも,共犯者は,被害児をロフト上に上げて以降は,食事等の世話を怠るようになっただけでなく,次第に,被害児が泣きやまないときに,被告人が嫌がることをおもんぱかって感情的になり,その身体を,平手や手拳のみならず,はさ,,みの持ち手部分やガムテープ金属製のティッシュケースでも強打するようになり被害児が動けなくなるほど衰弱してからも暴行を継続し,本件の数日前にも暴行を- 28 -加えていたこともうかがわれる。ところが,被告人は,その様子を察知していたと,「」,いうのにやりすぎじゃないかと言うなど極めて不十分な注意を与えるだけでこの暴行も黙認したのであり,その点からも悪質といわざるを得ない。 (4)そして何よりも,被害児は,わ ていたと,「」,いうのにやりすぎじゃないかと言うなど極めて不十分な注意を与えるだけでこの暴行も黙認したのであり,その点からも悪質といわざるを得ない。 (4)そして何よりも,被害児は,わずか3歳にして,長期間にわたる非情な虐待の末に,その生命を断たれて,多くの可能性を秘めた将来を奪われており,結果は極めて重大である。被害児は,出生時から健康に恵まれ,共犯者の前夫との同居中は同人の,共犯者が実家に帰ってからは共犯者の実家の家族の愛情を一身に受けて,順調に成長し,被告人と共犯者とが同棲するようになってからも,被告人にもよく懐いて,共犯者からロフト上に上げられた後でさえ,自分の部屋ができたと言って喜び,無邪気に歌を歌うなどしていたものである。 その後,上記のような仕打ちを受けながらも,幼く,大人の庇護に頼る以外には生きる術のない被害児が,狭い空間に隔離された中で,わずかに与えられる食物や共犯者の垣間見せる愛情等を心待ちにしながら懸命に生き続けていたことは,想像に難くない。ところが,被害児は,遂には共犯者や被告人による助けを得られないまま,低栄養のため消化吸収機能の低下を経て全身諸臓器が退行変性し,低栄養ないしストレスにより頭部から大量に脱毛し,仙骨部・左右上前腸骨棘部・左右下肢の褥創,臓器の癒着,打撲傷及び大腿骨骨折等の重い傷害を負い,さらに,臀部にはかび様の物が生えるという悲惨な状況で命を落とさざるを得なかったのであって,その被った苦痛や絶望感は筆舌に尽くし難いものがある。 ,,,また被害児の実の父である共犯者の前夫は共犯者に被害児を連れ去られた上その約2年後には,見る影もなく変わり果てたその亡骸と対面せざるを得なかったのであり,同人が「加害者と同じことはしたくないから,水とチョコレートは供えない「人を殺した奴は死刑になれ 連れ去られた上その約2年後には,見る影もなく変わり果てたその亡骸と対面せざるを得なかったのであり,同人が「加害者と同じことはしたくないから,水とチョコレートは供えない「人を殺した奴は死刑になればいいんじゃないかと,おれは思います」など」,と述べて,被告人に対する厳罰を希望しているのも,当然というべきである。 (5)加えて,近年,乳幼児虐待の増加は,大きな社会問題となっており,本件についても,実の母親がその交際相手と共に我が子を飢餓死させた事例として,広- 29 -く社会に報道されたものであって,その社会的影響も軽視できないものがある。 (6)以上によれば,被告人の刑事責任は重大というべきである。 他方,被告人が負うべき治療機会提供義務は,被害児の実母である共犯者のそれを補完するものにとどまるほか,被告人の関与の態様も,共犯者から同調を求められて,その虐待行為を黙認し,積極的行為としては,証拠上,Aの寝具やおむつを新聞紙で代替するように示唆したり,外出時に本件居室の灯りを消し暖房を切った程度しか認められず,しかも,被告人は,犯行時においても,共犯者に対して医療機関による治療の必要性を繰り返し指摘しているなど,被告人の役割は従属的なものであり,その姿勢も比較的消極的なものにとどまること,被告人は,被害児の死亡の結果を認容していたとはいえ,それを積極的に意欲していたとまでは認められないこと,被告人が,捜査段階の当初は自らの刑責を素直に認め,反省の態度を示していたこと,被告人の母親が,情状証人として出廷し,家族と共に被告人を実家に迎え入れるなどして,その更生に協力すると約束していること,被告人は,犯行時23歳,現在も25歳と若く,前科もないこと,その他被告人のために酌むべき事情も認められる。 しかしながら,本件の結果の重大性,犯 などして,その更生に協力すると約束していること,被告人は,犯行時23歳,現在も25歳と若く,前科もないこと,その他被告人のために酌むべき事情も認められる。 しかしながら,本件の結果の重大性,犯行態様の非道さや残忍さ,被告人の果たした役割の重要性,遺族の被害感情の厳しさ等を考慮すれば,被告人に対してはその重い責任に見合った刑に処するほかはなく,以上の諸事情に加え,共犯者に対する量刑との均衡をも総合考慮すると,被告人に対しては懲役8年に処するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 さいたま地方裁判所第二刑事部(裁判長裁判官中谷雄二郎,裁判官蛯名日奈子,裁判官高嶋由子)
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