令和7年10月21日宣告令和5年(わ)第521号判決 主文 被告人を懲役8年に処する。 未決勾留日数のうち470日をその刑に算入する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、令和5年8月11日午後5時54分頃、静岡市a区b町c番地所在のd会館前路上において、同所が歩行者天国として一時交通規制中であったにもかか わらず、同所に設置されたテーブルセット(テーブル及び椅子)で食事をとるなどしていたA(当時48歳)ら7名に対し、Aらが自己の運転する普通乗用自動車の前方におり、同車との衝突等によりAらを死亡させる危険性の高いことを認識しながら、同車を時速約14ないし19キロメートルで進行させ、Aの背後からその腰部等に同車を衝突させてAが座っていたテーブルセットのテーブルの上にAを倒れ 込ませ、さらに、氏名不詳者3名(当時の年齢、傷害内容及び加療期間はいずれも不明)並びにB(当時36歳)とその子であるC(当時9歳)及びD(当時2歳)(以下、この3名を「B親子」という。)に同車との衝突を回避させて、B親子を路上に転倒させるなどしたが、Aに加療約2週間を要する頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を、Bに加療約2週間を要する右肘挫傷、右肩挫傷、右股関節挫傷、右足関節挫 傷、右膝挫傷の傷害を、Cに加療約2週間を要する右膝挫傷の傷害を、Dに加療約1週間を要する顔面挫傷の傷害をそれぞれ負わせたにとどまり、いずれも死亡させるには至らなかった。 【証拠の標目】(省略) 【争点に対する判断】 1 争点本件の争点は、①被告人の行為が人を死亡させる危険性の高い行為であったか否か(殺人の実行行為性の有無)、②被告人が、人を死亡させる危険性の高い行為であると分か 対する判断】 1 争点本件の争点は、①被告人の行為が人を死亡させる危険性の高い行為であったか否か(殺人の実行行為性の有無)、②被告人が、人を死亡させる危険性の高い行為であると分かってこれを行ったか否か(殺意の有無)である。 2 争点①(被告人の行為が人を死亡させる危険性の高い行為であったか否か) ⑴ 本件現場の状況本件現場は、b町交差点からb町通りを北方向に上った静岡市a区b町c番地所在のd会館前路上(以下「本件路上」という。)であり、令和5年8月11日当日(以下、時刻のみの表記は令和5年8月11日のそれを指す。)に開催されていた「第59回静岡夏祭り夜店市」のため、午前11時から午後9時30分までの間、歩行者 天国として交通規制が施され、本件路上への車両の進入等が禁止されていた。本件路上には、露店や複数のテーブルセット(テーブル及び椅子)が設置されていた。 被告人が運転する普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が本件路上に進入した午後5時54分頃の時点で、Aは、b町交差点に最も近い位置に設置されたテーブルセットに、d会館を前にして、b町交差点方向に背を向ける形で着席し、当時 2歳のDは、本件車両の停止位置付近に、ベルトで固定された状態でベビーカーに乗っていた。被害者ら7名のほかにも、テーブルセットに着席している者や本件路上を往来している者、幼い子どもらがおり、不特定多数の来場者が同所を訪れていた。 本件路上は、通常は一方通行の車道であり、その道幅は広いとはいえず(約5. 1ないし7.1メートル)、車道の両脇は歩道と接している。被害者7名が着席していたテーブルセットの西側(d会館前)は、車道と歩道との間に駐輪場が設置され、二輪車等が複数駐輪している状況であった。 ⑵ 本件車両の形状等 )、車道の両脇は歩道と接している。被害者7名が着席していたテーブルセットの西側(d会館前)は、車道と歩道との間に駐輪場が設置され、二輪車等が複数駐輪している状況であった。 ⑵ 本件車両の形状等本件車両は、1トンを超える重さの普通乗用自動車であり、路面から車底部まで の高さ(最も低い箇所)は約8.4センチメートルである。被告人は、令和4年4 月から本件車両を使用していた。 ⑶ 犯行態様本件車両は、b町交差点を左折して本件路上に進入し、時速約14ないし19キロメートルでほぼ真っすぐに進行し、Aやテーブルセットと衝突しながら進行を続け、本件路上入り口に設けられた停止線から約30.2メートル先の地点で停止し た。停止した地点では、テーブルセットの一部が、本件車両のタイヤの下敷きになるなどしていた。 なお、検察官は、本件車両が加速して本件路上を直進したと主張する。しかし、b町交差点を左折した際の本件車両の速度は証明されておらず、左折直後の地点の速度が時速約19キロメートル、停止直前の速度が時速約14キロメートルである ことが認められるにすぎない。被告人がアクセルを踏んでいた旨の供述をしていることを踏まえても、本件車両が本件路上を加速して直進した事実を認定することはできない。 ⑷ 検討事件当時の本件路上は、歩行者天国として一時交通規制中であり、被害者ら7名 を含む来場者は、本件路上に車両が進入してくるなどということをそもそも想定していなかったと認められる。幼い子どもを含む不特定多数の者が来場し、テーブルセットに着席したり、本件路上を往来したりするなどしており、中でも、Aは、d会館を前にして、b町交差点方向に背を向ける形でテーブルセットに着席し、当時2歳のDは、本件車両の停止位置付近に、ベルトに固 セットに着席したり、本件路上を往来したりするなどしており、中でも、Aは、d会館を前にして、b町交差点方向に背を向ける形でテーブルセットに着席し、当時2歳のDは、本件車両の停止位置付近に、ベルトに固定された状態でベビーカーに 乗っていたというのであり、本件車両との衝突等を簡単に避けられるような状況にはなかった(現に、Aは、本件車両の左前部にその腰部等を衝突させられているし、Dは、衝突寸前に、父親であるBにベビーカーごとつかまれて投げられたことにより、本件車両との衝突を避けられた。)。そのような状況で、被告人は、1トンを超える重さの普通乗用自動車を本件路上に進入させ、加速したことまでは認められな いものの、時速約14ないし19キロメートルでほぼ真っすぐに本件車両を進行さ せたものである。その行為は、本件路上の状況等を踏まえて常識的に考えれば、被害者らを含む本件路上に居合わせた者が、本件車両に衝突したり、衝突を回避しようとしたりして転倒し、路面や設置物等に頭部を打ち付けて死亡する危険性や、路面と本件車両の車底部との間に巻き込まれて引きずられたり、本件車両の下敷きになったりして死亡する危険性が高いものであったと評価することができる(車両と の衝突によって生じ得るこれらの事態は、常識的に容易に想定することができるものであり、これと同じ評価を述べる証人Eの公判供述がなければ上記の判断ができないというものではない。また、証人Fは、被告人の行為は人を死亡させる危険性の高い行為であったといえない旨を述べるが、本件車両がAに衝突したことやDが本件車両との衝突を回避した際に顔面にけがをしたことなど、本件現場の状況等を 前提としていないため、その意見を判断の参考にすることは難しい。)。 ⑸ 結論以上によれば、被告人の行為は が本件車両との衝突を回避した際に顔面にけがをしたことなど、本件現場の状況等を 前提としていないため、その意見を判断の参考にすることは難しい。)。 ⑸ 結論以上によれば、被告人の行為は人を死亡させる危険性の高い行為であったと認められる。 3 争点②(被告人が、人を死亡させる危険性の高い行為であると分かってこれを 行ったか否か)⑴ 被告人が本件車両を本件路上に進入させる前の状況被告人は、犯行前の午後5時21分頃から午後5時48分頃までの間に、7回にわたり、本件路上付近の交差点を、本件車両を運転して通過しており、その時点で、本件路上が歩行者天国になっており、不特定多数の来場者が往来している状況を認 識していたと認められる(被告人も、自らの借金や当時の交際相手との関係で悩み、どうにでもなれと思って、歩行者天国を楽しむ人たちに車で突っ込もうと考えたなどと述べており、犯行前の時点で、このような状況を認識していたことは認めている。)。 ⑵ 被告人が本件車両を本件路上に進入させる直前の状況 被告人は、⑴の認識のまま、b町交差点を左折して本件車両を本件路上に進入さ せたことが認められる。 ⑶ 被告人が本件車両を本件路上に進入させた後の状況被告人は、本件車両を運転していたのであるから、本件路上に不特定多数の来場者がおり、進路前方には、被害者ら7名のほかにも、テーブルセットに着席していた者や本件路上を往来していた者がいた状況を認識していたと認められる。一方、 被告人が、本件車両を人と衝突させないように避けて進行させたような状況は認められない(なお、検察官が主張するように、被告人が被害者らを標的にして本件車両を進行させた状況も認められない。)。 ⑷ 検討2⑴から⑶までの事情と、3⑴から⑶までの て進行させたような状況は認められない(なお、検察官が主張するように、被告人が被害者らを標的にして本件車両を進行させた状況も認められない。)。 ⑷ 検討2⑴から⑶までの事情と、3⑴から⑶までの事情を併せて考慮して、常識的に考 えれば、被告人は、本件車両を本件路上に進入させることによって、どのような結果が生じても構わないと考えており、人を死亡させることを除外してはいなかったと認められるから、被告人は、人を死亡させる危険性の高い行為であることを分かってこれを行ったものと認められる。被告人は、犯行の2日後に、検察官に対し、本件路上に進入した際に小さな子どもの顔を見たと供述しているところ(乙4)、犯 行後間もない時期にされた不利益事実に関する被告人の供述であり、信用することができる。この供述によれば、被告人は、本件路上に子どもがいることを認識していたと認められ、防犯カメラ映像(甲72)にも、被害者らのほかに、幼い子どもが本件路上にいたことが認められるから、このような被告人の認識は、当裁判所の上記認定を裏付けている。 これに対し、被告人は、公判において、人にけがをさせるかもしれないとは思っていたが、人が死ぬとは思っていなかった、b町交差点を左折した後は頭が真っ白になった、目の前の人が逃げている状況を見たのは覚えているなどと供述する。しかし、本件路上の状況に関する供述は検察官に対する供述(乙4)の内容から後退している上、被告人の公判供述を前提としても、当裁判所の上記認定は覆らない。 なお、検察官は、被告人が、犯行直後から、臨場した警察官や取調べを担当した 捜査官に対し、人が死ぬかもしれないと思っていた旨の供述をしているから、被告人に殺意が認められると主張する。しかし、被告人が述べるように、その時点での内心 臨場した警察官や取調べを担当した 捜査官に対し、人が死ぬかもしれないと思っていた旨の供述をしているから、被告人に殺意が認められると主張する。しかし、被告人が述べるように、その時点での内心を供述したものであるとしても、その供述そのものから直ちに殺意があると判断することはできない。 ⑸ 結論 以上によれば、被告人が、人を死亡させる危険性の高い行為であると分かってこれを行ったことが認められる。 【法令の適用】(省略)【量刑の理由】 本件犯行は、歩行者天国として車両の進入等が禁止され、幼い子どもを含む不特定多数の者が来場していた路上に、普通乗用自動車を進入させ、進行させるという態様で行われた。被害者らを始めとして、同所に居合わせた人たちは、車両の進入を予期していなかったのであり、被害を拡大させるおそれが高かった。車両の速度が時速約14ないし19キロメートルと高速度ではなく、加速した事実が認められ ないことを踏まえても、本件は、自動車を凶器として使った、相手を選ばない無差別な犯行であり、その場に居合わせた人を死亡させる危険性の高い犯行であるといえる。 被告人は、自らの借金や交際関係の悩みを抱え込み、問題を解決できないストレスからむしゃくしゃして、その怒りを、偶然その場に居合わせ、楽しそうにしてい るように見えた不特定多数の祭りの来場者にぶつけたいという思いから本件犯行を決意しており、その身勝手かつ自己中心的な意思決定は強い非難に値する。被告人は、当時、急性の適応障害の状態であったが、精神鑑定を担当したG医師によれば、その他の精神障害はなく、犯行動機はストレス反応という正常心理によるものであると理解することができるから、その非難の程度を弱める事情にはならない。 被害者7名のうち4名は負 G医師によれば、その他の精神障害はなく、犯行動機はストレス反応という正常心理によるものであると理解することができるから、その非難の程度を弱める事情にはならない。 被害者7名のうち4名は負傷しており、そのうちの一人である当時2歳の男児は、 事件後に心的外傷後ストレス障害と診断され、そのほかの3名の被害者も、大きな精神的苦痛を被っている。被告人に対する処罰感情も厳しい。本件により生じた結果を軽視することはできない。 もっとも、幸いなことに死亡の結果は生じておらず、傷害の程度も加療期間約2週間を超えない軽いものにとどまっている。被告人が、人を死亡させることを積極 的に意図していたものではないことと併せて、これらの事情を被告人に有利な犯情として考慮しても、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。 他方、被告人が、客観的な事実については認めた上で、被害者らに対する謝罪の言葉を述べていることは、被告人の反省の態度を示すものである。被告人の父親の援助を得たとはいえ、負傷した被害者4名との間で示談が成立し、被害者らに対し て被害弁償が行われたことは、被告人による被害回復がされたものと評価することができる。被告人の父親が、被告人を監督して被告人の更生を支援する旨を表明している点は、被告人自らが更生の道を歩む努力をすることを決意することによって初めて意味を持つものである。以上の事情は、被告人に有利な一般情状として考慮するのが相当である。 その上で、検察官が求刑意見において指摘した量刑傾向や、「(処断罪)殺人未遂、(凶器等)あり、(被告人から見た被害者の立場)通り魔・無差別」という条件による裁判員量刑検索システムの検索結果を踏まえた量刑傾向等に照らして検討すると、被告人に対しては、主文の刑を科するのが相当であ 凶器等)あり、(被告人から見た被害者の立場)通り魔・無差別」という条件による裁判員量刑検索システムの検索結果を踏まえた量刑傾向等に照らして検討すると、被告人に対しては、主文の刑を科するのが相当である。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役12年)令和7年10月22日静岡地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官丹羽芳徳 裁判官野々山優子 裁判官河口嵩朋
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