平成14(ワ)5782 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成16年1月26日 東京地方裁判所
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判決文本文37,345 文字)

H16.1.26判決東京地方裁判所平成14年(ワ)第5782号損害賠償請求事件 主文 1 被告らは,連帯して,原告Aに対し,170万円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告Aのその余の請求並びに原告B,原告C及び原告Dの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,被告らに生じた費用の20分の15と原告Aに生じた費用の20分の19を原告Aの負担とし,被告らに生じた費用の20分の4と原告B,原告C及び原告Dに生じた費用を同原告らの負担とし,被告らに生じた費用の20分の1と原告Aに生じた費用の20分の1を被告らの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは,連帯して,原告Aに対し,8420万0837円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,連帯して,原告Bに対し,1117万2922円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告らは,連帯して,原告Cに対し,558万6461円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告らは,連帯して,原告Dに対し,558万6461円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告Eが開設するF病院(以下「被告病院」という。)において,原告Aが,被告Gから受けた甲状腺癌摘出手術に関して,手術前及び手術中の説明義務違反,手術前に十分な検査をしなかった注意義務違反,手術準備上の注意義務違反,手術における判断・手技に関する注意義務違反,頸動脈損傷後の修復処置を誤った注意義務違反があり,これによって 中の説明義務違反,手術前に十分な検査をしなかった注意義務違反,手術準備上の注意義務違反,手術における判断・手技に関する注意義務違反,頸動脈損傷後の修復処置を誤った注意義務違反があり,これによって,原告Aに後遺症が残ったと主張し,原告A及びその家族が,被告Gに対しては不法行為に基づき,被告Eに対しては,不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償金の支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)(1) 当事者ア原告ら原告Aは,昭和19年5月2日生まれの女性であり,平成13年7月19日,東京都から,脳梗塞による体幹機能障害及び左上肢機能障害により,身体障害程度等級1級の認定を受けた(甲A2。以下,枝番のある書証については,特に枝番を示さない限り,すべての枝番を含む。)。 原告Bは,原告Aの夫であり,原告C及び原告Dは,原告Aの子である。 イ被告ら被告Eは,被告病院を開設する医師であり,被告Gは,被告病院に勤務する医師である。 (2) 原告Aの診療経過ア被告病院入院以前の診療経過原告Aは,平成11年に東京医科大学病院において,甲状腺癌摘出手術(以下「前回手術」という。)を受け,外来通院で経過観察されていた。平成12年2月に頸部腫瘤が2か所発見されたが,1か所が消失したため,特に生検は行われず,経過観察されていた。 イ被告病院における診療経過(ア) 原告Aは,平成12年11月7日,被告病院において,被告Gの診察を受け,平成13年3月7日,被告病院に入院し,被告Eとの間で診療契約を締結した(以下「本件診療契約」という。)。 そして,原告Aは,平成13年3月9日,被告Gの執刀による甲状腺癌摘出手術を受けた(以下「本件手術」という。)。 (イ) 被告病院における診療経過は,別 約を締結した(以下「本件診療契約」という。)。 そして,原告Aは,平成13年3月9日,被告Gの執刀による甲状腺癌摘出手術を受けた(以下「本件手術」という。)。 (イ) 被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである(当事者の主張が相違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。 ウ被告病院退院後の診療経過(ア) 原告Aは,平成13年3月19日,被告病院を退院し,東京都済生会中央病院(以下「済生会病院」という。)に入院した。 (イ) 原告Aは,平成13年5月16日,済生会病院を退院し,財団法人日産厚生会総合病院玉川病院(以下「玉川病院」という。)に入院し,現在は,自宅で介護を受けている。 (3) 医学専門用語本件における医学専門用語の意味は,別紙専門用語集記載のとおりである。 2 争点(1) 本件手術前に説明を怠った注意義務違反の有無(原告らの主張)ア原告Aの甲状腺癌について(ア) 本件手術の危険性について甲状腺の両側には,総頸動脈が走っており,総頸動脈を切断した場合,25パーセントから30パーセントの頻度で半身麻痺,10パーセントの頻度で死亡するといわれている(甲B1)。 また,原告Aにとって,本件手術が2度目の甲状腺癌摘出手術であって,頸動脈にリンパ節が癒着している可能性があり,リンパ節を頸動脈から剥離する際に,頸動脈を傷つけてしまう危険性があり得ることについて,専門医である被告Gは,当然認識していたはずである。 そして,本件手術前の頸部CT検査においても,腫瘍と頸動脈が接触しており,本件手術が危険なものであることが判明していた。 (イ) 本件手術の必要性についてa 一般に,甲状腺癌は進行が遅いので,必ずしも緊急の手術をする必要はないとされており,済生会病院においても,原告Aの甲状腺癌は乳頭癌であり,その進行は遅い いた。 (イ) 本件手術の必要性についてa 一般に,甲状腺癌は進行が遅いので,必ずしも緊急の手術をする必要はないとされており,済生会病院においても,原告Aの甲状腺癌は乳頭癌であり,その進行は遅いと指摘されている(甲A3)。 b また,原告Aの甲状腺癌は,平成11年に東京医科大学病院で手術後,経過観察されていたものであり,平成14年1月22日に,玉川病院で頸部CT検査を行った際にも,特に異常は認められていない。 そして,原告Aは,本件手術以前,何ら生活に不自由のない状態であった。 c さらに,本件では,原告Aにとって,手術の危険性と比較して,手術によらない放射線療法も重大かつ現実的な選択肢であった。 文献においても,再手術が行われたが,総頸動脈と癒着しており,剥離不能と判断し,放射線照射を行った例が報告されている(甲B2)。被告病院にも,放射線療法を行う設備が存在する。 イ本件手術前の説明義務違反(ア) 一般に,ある治療による危険について,その発生の可能性が低いとしても,その治療に固有であり,発生した場合の結果も重大なものについては,事前に患者に説明した上,その治療を受けるかどうかを判断する機会を与えなければならない。 (イ) 本件においては,仮に,頸動脈損傷の可能性が低いとしても,その危険性は,甲状腺癌の手術に固有であり,発生した場合の結果も重大であること,前記のように,本件手術の必要性が小さいことに照らして,被告Gは,原告Aに対し,本件手術前に,本件手術が頸動脈を傷つけるかもしれない危険なものであること,頸動脈を傷つけた場合,半身麻痺又は死亡に至る可能性があることについて説明し,本件手術を受けるかどうかについて判断する機会を与える義務を負っていた。 にもかかわらず,被告Gは,本件手術後の平成13年3月27日に,原告B及び原告Cに対 亡に至る可能性があることについて説明し,本件手術を受けるかどうかについて判断する機会を与える義務を負っていた。 にもかかわらず,被告Gは,本件手術後の平成13年3月27日に,原告B及び原告Cに対し,説明義務を果たさなかったことをはっきりと認めており,義務が果たされていなかった。 (ウ) そして,本件手術について適切な説明を受けていれば,原告Aは,癌の進行速度,日常生活に何らの不便も感じていないことなどから,あえて本件手術を希望せず,放射線療法を選択した蓋然性が高く,本件手術による後遺障害が生じることもなかった。 また,本件手術がなければ後遺症が生じなかったことは物理的に明らかであり,前記のとおり,説明義務違反がなければ本件手術がなかった相当程度の可能性が認められることなどを総合考慮すれば,被告Gの行為は後遺症について少なくとも9割の寄与度があり,少なくとも割合的因果関係は認められる。 ウまとめ以上によれば,被告Gには,本件手術前の説明を怠ったという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対し,使用者責任又は本件診療契約上の債務不履行責任を負う。 (被告らの主張)ア原告Aの甲状腺癌について(ア) 本件手術の危険性について原告らが,総頸動脈を切断した場合に半身麻痺が生じる危険性が25パーセントから30パーセントであると主張するのは,甲状腺癌の手術そのものの危険性でなく,偶発症として総頸動脈損傷が発生した場合という非常に限られた数少ない状況が発生した場合における頻度であり,本件手術における偶発症の頻度ではない。 実際に,被告Gが,今まで甲状腺癌の手術において頸動脈損傷を起こしたことはない。 (イ) 本件手術の必要性についてa 被告G医師は,前回手術から約1年とい ,本件手術における偶発症の頻度ではない。 実際に,被告Gが,今まで甲状腺癌の手術において頸動脈損傷を起こしたことはない。 (イ) 本件手術の必要性についてa 被告G医師は,前回手術から約1年という比較的早期の再発であり,甲状腺癌の予後危険因子であるところの,50歳以上という年齢及び頸動脈近傍という再発部位から,経過観察により腫瘤が頸動脈に更に浸潤し,根治手術が不可能となり,頸動脈破裂すら起こりうる可能性があることを考慮した上で,本件手術を勧めている。 甲状腺癌の進行が遅いという一般論のみで,本件手術の必要性を判断することはできない。 b 放射線療法は,分化癌では効果が少なく,原告の挙げる文献でも,再増大し,手術が行われている(甲B2)。 また,同文献の症例は,剥離不能と判断された後のものであり,剥離操作に入る前の段階で,頸動脈からの出血が見られた本件の場合には該当しない。 イ本件手術前の説明について(ア) 被告Gは,平成12年11月7日初診時の頸部エコー検査,同月20日の細胞診により甲状腺癌が認められたため,同月28日,原告Aにその旨説明し,本件手術を行うこととなった。 (イ) 原告Aは,東京医科大学病院で甲状腺癌の手術を受け,手術後すぐに頸部左側にしこりを感じていたが,東京医科大学病院では,手術等はできないと説明され,甲状腺癌の再発を疑うとともに,非常に神経質になっていた(乙A3・1頁)。 そして,被告病院における検査で甲状腺癌の再発が明らかになったが,その際,被告Gにおいては,癌の再発を恐れ,手術を行った医療機関ではなく,あえて他医を選ぶという心理状態にまで追い込まれている原告Aに対し,被告Gが自らも一度も経験していない頸動脈損傷の可能性についてまで説明すべき義務はなかった。 (ウ) 頸部は,胸腔等とは異なり,空間がなく狭い部 選ぶという心理状態にまで追い込まれている原告Aに対し,被告Gが自らも一度も経験していない頸動脈損傷の可能性についてまで説明すべき義務はなかった。 (ウ) 頸部は,胸腔等とは異なり,空間がなく狭い部位であり,各臓器が密接している。そのような狭い空間である頸部に甲状腺腫瘤ができた場合,その大きさ,良性,悪性にかかわらず,気管・食道・頸動脈・反回神経に接してしまうことは,通常にあることである。 したがって,本件手術前の判断として,腫瘤が頸動脈に接しているという状態だけで,頸動脈損傷の可能性があると説明する必要はない。 また,本件手術前の頸部CT検査・エコー検査や病変の大きさから考えて,本件手術前に癌が頸動脈に浸潤しているとは認識できず,そのような状況下で,剥離する際の癒着の程度や剥離による頸動脈損傷の可能性を説明することはできない。 (エ) そして,甲状腺癌の再発に対して,非常に神経質になっていた原告Aに対し,極めて発生頻度の低い頸動脈損傷を説明したとしても,それにより,原告Aにおいて,最も心配している甲状腺癌に対する本件手術を受けないという判断をすることはあり得なかった。 ウまとめ以上によれば,被告Gが,本件手術前に頸動脈損傷の可能性等について説明をしなかったことについて注意義務違反はない。 (2) 本件手術を中止して説明を行わなかった注意義務違反の有無(原告らの主張)ア本件手術を中止し,説明をすべき義務について被告Gは,本件手術中,リンパ節と総頸動脈の癒着を確認し,リンパ節郭清術を行おうとすれば,総頸動脈を傷つける危険性が極めて高いことを認識した。 したがって,頸部全体に癒着を確認した時点で,前記の本件手術の必要性や剥離の危険性,本件手術前に頸動脈を傷つける危険性について何も説明していないという経緯に照らして,被告Gはリンパ節郭清 識した。 したがって,頸部全体に癒着を確認した時点で,前記の本件手術の必要性や剥離の危険性,本件手術前に頸動脈を傷つける危険性について何も説明していないという経緯に照らして,被告Gはリンパ節郭清術を行わず,そのまま切開部を閉じて本件手術を中止すべきであり,本件手術を中止した後,被告Gは,原告Aに対し,本件手術を中止した理由,再手術を行うのであれば,その理由,リンパ節郭清術は総頸動脈を傷つける危険性が高く,その場合は半身不随にもなりうることなどについて説明し,再手術を受けるかどうかについて判断する機会を与える義務を負っていた。 そして,本件手術が中止され,再手術の危険性について適切な説明がなされていれば,原告Aは,癌の進行速度,日常生活に何らの不自由も感じていないことなどから,あえて再手術を希望することはなく,後遺障害が生じることはなかったし,少なくとも割合的因果関係が認められる。 イまとめ以上によれば,被告Gには,本件手術を中止して説明を行わなかったという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対し,使用者責任又は本件診療契約上の債務不履行責任を負う。 (被告らの主張)ア本件手術を中止すべき義務について(ア) 本件手術における総頸動脈損傷(以下「本件頸動脈損傷」という。)は,腫瘤に至るために剥離操作を進めていく上で発生したのであり,再発した腫瘤そのものが,頸動脈に浸潤しており,それを剥離しようとした際の総頸動脈損傷ではない。 そして,癒着が存在するというだけで,本件手術を中止する必要はなく,剥離不能と判断されれば,手術を中止するものである。 (イ) 一度手術を断念し,切開部を閉じて,再度手術をやり直すと,手術を重ねることにより,癒着は更に強固となり,再手術時の 術を中止する必要はなく,剥離不能と判断されれば,手術を中止するものである。 (イ) 一度手術を断念し,切開部を閉じて,再度手術をやり直すと,手術を重ねることにより,癒着は更に強固となり,再手術時の危険性が高まる。 このような事後の推移を考慮すると,確率として極めて低い総頸動脈損傷を恐れて,本件手術を中止するのではなく,再手術時の危険性が高まることを考慮した上,本件手術を続行した被告Gの判断に注意義務違反はない。 イまとめ以上によれば,被告Gには,本件手術を中止しなかったことについて注意義務違反はない。 (3) 右頸部の腫瘤の再発について,十分な検査をせずに本件手術を行った注意義務違反の有無(原告らの主張)ア右頸部の再発の確証がないこと術前の画像診断や超音波ガイド下での細胞診等では,本件頸動脈損傷を起こした右頸部に再発腫瘤があったというデータは存在しておらず,そもそも右頸部に再発腫瘤が存在するという診断はできなかったはずである。すなわち,右頸部に再発腫瘤が存在すると診断するためには,検査が不十分であったというべきである。 また,仮に右頸部に腫瘤が存在していたとしても,それはたまたま存在していたにすぎず,事前にその存在を確かめるための超音波検査,細胞診の再検査,タリウム,MRI検査などの追加検査を十分しないで手術を行うことは許されない。 イ前医の情報を取り寄せていないこと被告らは,前回手術した病院の診療情報を取り寄せるのは普通である(甲B5の1(匿名の甲状腺外科医の意見書(以下「本件意見書」という。))にもかかわらず,原告Aの前医である東京医科大学病院から診療情報を求めていなかった。 ウまとめ合併症を起こさずに再度手術を行うには,腫瘤の位置関係を把握し,十分な視野を確保し,どのように手術を進めるのかの戦略が必要であり(本件 る東京医科大学病院から診療情報を求めていなかった。 ウまとめ合併症を起こさずに再度手術を行うには,腫瘤の位置関係を把握し,十分な視野を確保し,どのように手術を進めるのかの戦略が必要であり(本件意見書),そのためには,被告Gには,腫瘤の位置関係を把握するため,事前に十分な検査を行わなければならない注意義務があった。 しかし,被告Gは,前医の情報を取り寄せず,右頸部の再発腫瘤に関して十分な検査もせずに右頸部について本件手術を行ったことには重大な注意義務違反がある。 右頸部の手術を行っていなければ,本件頸動脈損傷を起こすことはなかったのである。 (被告らの主張)ア被告Gは,触診,エコー検査により,右頸部の腫瘤再発を疑い,切除に進んだものである。 原告らが認めるように,右頸部には現に腫瘤が存在していたのであるから,被告Gの前記判断と結果は合致しており,注意義務違反はない。 イなお,追加検査を実施しなかったのは,右傍気管の腫瘤(以下「本件右側腫瘤」という。)は位置的に細胞診の行いにくい場所であり,検査を繰り返しても有意な結果が期待できにくいこと,他の診断手段を用いても確定診断はつかないこと,既に本件左側リンパ節に関しては切除すべきものと判断されていたことから,本件手術時に本件右側腫瘤も検索切除することが最も確実であると判断されたからである。 (4) 手術準備上の注意義務違反の有無(原告らの主張)ア甲状腺癌の手術準備について甲状腺癌において浸潤が疑われる場合の手術の準備については,移動性のない腫瘤が総頸動脈に取り込まれていても十分な準備,すなわち,いつでもシャントが装着できるような状態で手術に対処すると,意外に切除可能な場合が多い。 それのためには,どの程度まで浸潤が及んでいるかを知ることが必要であり,エコー検査やCT検査等の補助診 わち,いつでもシャントが装着できるような状態で手術に対処すると,意外に切除可能な場合が多い。 それのためには,どの程度まで浸潤が及んでいるかを知ることが必要であり,エコー検査やCT検査等の補助診断法を適宜用いて,血管浸潤の情報を得なければならないとされており(甲B2),頸動脈への浸潤が疑われる場合には,事前のCT検査は,進行癌での動静脈への浸潤の有無,転移の存在を知るのに適しているとされている(甲B3)。 イ本件の手術準備について被告病院においては,本件手術前の平成13年3月7日又は8日にCT検査を実施し,事前に総頸動脈への浸潤について情報を得ていたはずであり,少なくとも,CT画像によれば,腫瘍と総頸動脈が接していることが明らかであった。そして,本件手術が再手術であること,最初の手術の状況が判明していなかったこと,腫瘤の部位を認識していたことなどからすれば,被告Gは,本件手術に当たって,少なくともシャントの準備をすべきであった。 具体的には,本件手術は,シャントの準備をしながら操作を進め,浸潤範囲が3分の1周までならパッチ縫着で,3分の1周以上ならば人工血管による置換を行い(甲B3),シャントをいつでも使用できる用意の下で,総頸動脈に浸潤しているリンパ節を削るようにして切除する(甲B2)べきであった。 そして,脳に対する血流遮断の防止は,シャント法による血流対策であるとされている(甲B2)ことから,被告Gが,シャントを用いるなどして,血流の確保を行っていれば,たとえ総頸動脈を損傷したとしても,原告Aが脳梗塞に至ることはなかった。 ウまとめ以上によれば,被告Gには,本件手術を行うに当たって,シャントの準備をしなかったという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対 以上によれば,被告Gには,本件手術を行うに当たって,シャントの準備をしなかったという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対し,使用者責任又は本件診療契約上の債務不履行責任を負う。 (被告らの主張)ア甲状腺癌の手術準備について(ア) シャントを置いて頸動脈再建を行うには,血管外科医の助力が不可欠である。 被告病院においては,手術中に,腫瘤が頸動脈に浸潤し,剥離困難と判断した場合には,シャントをおいてまで切除するという方針をとっていない。 (イ) 本件手術前のCT検査では,右頸動脈背側の腫瘤は発見されず,頸部エコー検査では,8ミリメートル大の腫瘤影が右頸動脈背側と気管の間に存在し,左鎖骨上に10ミリメートル大の腫瘤影(本件左側リンパ節)が認められた。エコー検査での診断は,いずれも乳頭癌のリンパ節転移巣であった。CT検査は,大きな病変には有用であるが,本件のように小さな病変では,CT検査よりも,エコー検査の所見によるところが大きかった。 そして,腫瘤が小さく,腫瘤自体が頸動脈に浸潤しているとは,本件手術前には考えられなかったため,被告Gは,シャントの準備をしていなかった。 また,被告Gは,腫瘤が頸動脈に浸潤していた場合,シャントを置いてまで切除するつもりはなく,切除自体を断念するつもりであった。 (ウ) 被告Gは,浸潤の程度については,本件手術中も確実には把握できておらず,腫瘤に到達する前に出血し,止血することが極めて困難であったこと,止血コントロール後に再剥離,再出血の危険を回避するために,頸動脈背側の腫瘤を直視することは断念した。 被告Gは,本件手術中の触診で,小さいが固いリンパ節と思われる腫瘤を触知しており,浸潤のためか,癒着のためかの判断は難しいが,可動性はな 回避するために,頸動脈背側の腫瘤を直視することは断念した。 被告Gは,本件手術中の触診で,小さいが固いリンパ節と思われる腫瘤を触知しており,浸潤のためか,癒着のためかの判断は難しいが,可動性はなかった。 (エ) また,本件の総頸動脈の損傷部位は,腕頭動脈からの分岐直上の深い位置であり,出血点の確認が困難であり,出血量が多く,多量の輸血も要した。 そのような状況でシャントを置くには,出血点の上下で,頸動脈を更に剥離・遊離した上で行う必要があり,更なる出血による生命の危険があったため,シャントの準備があっても行える状況ではなかった。 イまとめ以上によれば,被告Gには,本件手術前にシャントを準備しなかったことについて注意義務違反はない。 (5) 剥離に関する注意義務違反の有無(原告らの主張)ア甲状腺癌の癒着が判明した場合について文献においては,甲状腺癌の手術について,剥離不能と判断されたため,剥離を中止し,放射線照射を行った事例が報告されている(甲B2)。 このように,再手術が困難になるという理由だけで,本件手術を続行したという被告Gの判断には誤りがあり,剥離の難易性について十分検討し,本件においては,剥離を行うべきではなかった。 被告Gには,剥離の危険性を予見しなかったという注意義務違反がある。 イ仮に,剥離の危険性を考慮に入れたとしても,被告Gは,術中の剥離の危険性についての判断を誤った注意義務違反がある。 ウ本件頸動脈損傷の原因について被告Gには,以下のように,単純な手技上のミスにより本件頸動脈損傷を起こした注意義務違反がある。 (ア) 視野の確保が不十分であったことどのような手術でも視野が不十分な場合,損傷する危険性が高くなり,損傷の修復が困難になってくるのは当然のことである(本件意見書)。 そして,鎖骨下静脈の分岐部直上 ア) 視野の確保が不十分であったことどのような手術でも視野が不十分な場合,損傷する危険性が高くなり,損傷の修復が困難になってくるのは当然のことである(本件意見書)。 そして,鎖骨下静脈の分岐部直上の動脈を損傷したことがカルテに記載されているが,通常の頸部切開だけではこの部の十分な視野の確保は困難である(本件意見書)。すなわち,本件手術は通常の頸部切開であって,カルテ記載の箇所で損傷があったことから,視野の確保が不十分であったことを意味する。 また,被告らは,乙A4号証において,出血部位が明らかでなかったと述べているが,このことは視野が不十分であったことを端的に表している。 (イ) 頸動脈の走行が把握されていなかったこと被告らは,繊維性被膜を右総頸動脈の拍動を目安に気管と総頸動脈の間を進めたとする(乙A4)が,頸動脈の走行を把握していれば,ケリーの剥離鉗子(以下「ケリー鉗子」という。)での鈍的剥離で通常は頸動脈を損傷することは起こりにくい(本件意見書)。 したがって,本件頸動脈損傷の原因は,頸動脈の走行の把握を誤ったことであると考えられる。 (ウ) 上記のように,本件頸動脈損傷の直接の原因は,頸動脈の走行の把握を誤ったことである。頸動脈の走行の把握を誤ったため,ケリー鉗子によって,又は,その他の操作によって頸動脈を損傷したのである。そして,頸動脈の走行の把握を誤った原因は,視野の確保が不十分であったことによると推測される。 合併症を起こさず再手術を行うには腫瘤の位置関係を把握し,十分な視野を確保し,どのように手術を進めるのかの戦略が必要である(本件意見書)ところ,本件手術では視野の確保が不十分であったにもかかわらず,剥離操作を行っており,当然の注意義務を怠っていることは明らかである。 なお,仮に視野が確保されていたとしても,それにもかかわ 件意見書)ところ,本件手術では視野の確保が不十分であったにもかかわらず,剥離操作を行っており,当然の注意義務を怠っていることは明らかである。 なお,仮に視野が確保されていたとしても,それにもかかわらず頸動脈の走行の把握を誤ったならば,頸動脈の走行の把握を誤ったこと自体に重大な注意義務違反がある。 エ割合的因果関係について被告らは,本件頸動脈損傷の原因は右頸部の癒着が強固であったことにあると主張するが,なぜ癒着が強固であれば総頸動脈の損傷が生じるのかということを明らかにできない以上,本件頸動脈損傷の原因をたまたま癒着が強固であったからにすぎないと片付けることはできない。 被告らには,本件頸動脈損傷,後遺症について重大な寄与があり,本件に現れた事情を総合すれば,その寄与度は少なくとも9割が相当である。 オまとめ以上によれば,被告Gには,剥離の判断・手技を誤って総頸動脈を損傷したという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対し,使用者責任又は本件診療契約上の債務不履行責任を負う。 (被告らの主張)ア本件頸動脈損傷について一般に,手術など観血的な体内操作が加わった場合,その部位は炎症及び創傷になり,体内には,白血球などの炎症性細胞の浸潤,繊維組織の造成などが生じて瘢痕化するという炎症及び創傷を治癒させるための機転が働く。 本件では,前回手術の際に,総頸動脈,内頸静脈などを全周性に剥離した後,脂肪組織を切除してリンパ節の郭清を行っており,総頸動脈は全周性に炎症,創傷を起こしたことになることから,術後,同部位は全周性に造成された繊維性組織を介して周辺の組織,臓器に癒着し,血管壁と周辺組織は固く癒着が生じ,それらの境界も判然としなくなった。 本件手術においては,まずはさみ ことになることから,術後,同部位は全周性に造成された繊維性組織を介して周辺の組織,臓器に癒着し,血管壁と周辺組織は固く癒着が生じ,それらの境界も判然としなくなった。 本件手術においては,まずはさみを用いて総頸動脈と繊維組織との間に小切開を加え,ケリー鉗子を用いて鈍的剥離を進めたが,腫瘤に至るために前回手術後に生じた繊維性癒着を総頸動脈から剥離していく際に本件頸動脈損傷が発生したのであり,再発した腫瘤を総頸動脈から剥離しようとした際に生じたものではない。 また,癒着があるというだけで,手術を中止する必要はなく,剥離操作を行い,癒着が強く,剥離不能と判断されれば,中止することになるにすぎない。 イ視野の確保について(ア) 原告らが主張する十分な視野の確保とは具体的に何を示すのか主張されてはいないものの,胸骨を切開し,又は胸骨を外し縦隔を開け,中枢側の動脈を確保してから腫瘤に達するという方法のことを指していると思われる。 そのように解すれば,当初から縦隔を開けるという方法は,本件では明らかに過剰手術である。本件のような場合に,いかなる術前検査を追加しても,当初から縦隔を開けて本件手術にとりかかることにはなりえない。 仮に,上記のような,縦隔を開ける術式をとっていたとしても,頸動脈周辺の癒着を剥離する手順は何ら変わらず,本件頸動脈損傷は回避できなかった。 (イ) 原告らは,頸動脈の走行の把握を誤ったと主張するが,本件頸動脈損傷は,何らかの頸動脈の走行の把握のための検査・手技を怠ったために起こったものではなく,剥離操作の際の不可抗力による偶発的な損傷としか判断できない。 すなわち,前回手術において,通常は行われない前頸筋群の切除を行ったために,本件手術の際に頸動脈,迷走神経,内頸静脈,気管の頸部全体が繊維性の癒着により団子状になり,一塊となっ しか判断できない。 すなわち,前回手術において,通常は行われない前頸筋群の切除を行ったために,本件手術の際に頸動脈,迷走神経,内頸静脈,気管の頸部全体が繊維性の癒着により団子状になり,一塊となってしまったのである。この一塊となった部位から各血管神経を遊離,剥離していく際にこれらを直視することはできず,動脈の拍動を頼りに剥離していくしか方法はない。この状態は視野を十分に確保しても変わることはなく,本件頸動脈損傷は偶発的なものとしかいいようがない。 ウまとめ以上によれば,本件頸動脈損傷が発生したことについて,被告Gには注意義務違反はない。 (6) 本件頸動脈損傷後の修復処置を誤った注意義務違反の有無(原告らの主張)ア本件頸動脈損傷後の修復処置(ア) 被告Gは,本件手術後,「リンパ節が頸動脈に浸潤性に腫大しており,切除した際,頸動脈より出血,修復しましたが,血流は乏しくなってしまいました。その分グリセオール,ヘパリンで様子をみておりました」と報告している(甲A4)。 この報告からして,被告Gの修復処置が,頸動脈の血流が乏しくなるようなものであったことは明らかである。 また,頸動脈に対しては,パッチ装着,あるいは血管移植は自家の大伏在静脈などを用い,総頸動脈においては人工血管で移植しても差し支えないとされており(甲B2),このような処置をすれば,頸動脈の血流が乏しくなることはなかったはずである。 (イ) また,手術視野が不十分であったため修復が困難となり(本件意見書参照),出血部位が明確でないので少し大きめに縫っていかざるを得なかった(乙A4)。そして,大きめに縫ったため,その部分に血栓が生じ,それが飛んで脳梗塞に至ったと考えられる。 さらに,損傷部に生じた血栓が遊離するだけでなく,その場(損傷部の内部)で大きくなり,内外総頸動脈分 4)。そして,大きめに縫ったため,その部分に血栓が生じ,それが飛んで脳梗塞に至ったと考えられる。 さらに,損傷部に生じた血栓が遊離するだけでなく,その場(損傷部の内部)で大きくなり,内外総頸動脈分岐部を超えることにより,広汎な脳梗塞を起こした可能性もある(本件意見書)。これは,まさに大きめに縫ったことにより,血栓が損傷部で大きくなり,広汎な脳梗塞を起こしたと考えられる。 一般に頸動脈を損傷したからといって脳梗塞となるわけではなく,頸動脈を損傷しても適切な血管縫合措置を取れば,脳梗塞にはならなかった。 にもかかわらず,上記のとおり,損傷部位を大きめに縫ったことにより,血栓を生じさせて,その結果脳梗塞に至らしめたのであるから,大きめに縫ったという修復措置には注意義務違反があったといわざるを得ない。 また,出血部位が明らかでないので少し大きめに縫っていかざるを得なかった(乙A4)ということは,視野を十分に確保しなかったという自らの注意義務違反ある先行行為によるものであるから,このことをもって修復措置に注意義務違反がないとはいえない。 イまとめ以上によれば,被告Gには,本件頸動脈損傷後の修復処置を誤ったという注意義務違反があるから,被告Gは,原告らに対し,不法行為責任を負い,被告Eは,被告Gの使用者として,原告らに対し,使用者責任又は本件診療契約上の債務不履行責任を負う。 (被告らの主張)ア本件頸動脈損傷後の修復処置について(ア) 本件では,頸動脈の剥離操作の比較的早い時期に出血が生じた。 動脈血の出血点の修復には中枢側と末梢側の動脈確保が必要であるが,本件では癒着が激しく,動脈確保のため,剥離を進めていく最中にも出血は続き,血圧低下など循環動態にも影響が出始め,出血をコントロールしなければ生命の存続にも危機的な状態となっていった。 そこで が,本件では癒着が激しく,動脈確保のため,剥離を進めていく最中にも出血は続き,血圧低下など循環動態にも影響が出始め,出血をコントロールしなければ生命の存続にも危機的な状態となっていった。 そこで,動脈の狭窄が起こらないように動脈壁を小さな縫い代で縫合したが,動脈壁が繊維性の癒着の内部に存在し,出血点が腕頭動脈からの分岐直上の深い位置であったことから,出血点を正確に把握できず,十分な止血効果が得られなかった。その間も出血は続き,多量の輸血を行っても血圧の十分な上昇が得られない状況となってきたため,被告Gは,早急に出血を止めるべく,それ以上の剥離操作を断念し,縫い代を大きく取って出血点と思われる損傷部位を血管縫合糸を用いて縫合し,これにより出血を抑えることができた。 (イ) 本来であれば,出血点の頭側及び尾側にテーピングして,出血点を直視下にさらして,修復するが,そのためには,剥離操作を更に加えなければならず,出血点の拡大,出血量の増加を来し,生命そのものも脅かす事態になる。 生命の危機が生じた状況にあっては,上記以外にとるべき方法はなく,適切な処置であったと考えられる。また,止血した時点で血流が乏しくなったが,被告Gが血流を改善するための再剥離及び血管再建することを断念したのは,さらなる危険を回避したためであって,やむを得ないというべきである。 イまとめ以上によれば,被告Gには,本件頸動脈損傷後の修復処置について注意義務違反はない。 (7) 損害(原告らの主張)ア原告Aの損害合計8420万0837円(ア) 治療費等合計32万3412円a 済生会病院 41万1113円(甲C1)b 玉川病院 46万4600円(甲C2)c オムツ代 合計32万3412円a 済生会病院 41万1113円(甲C1)b 玉川病院 46万4600円(甲C2)c オムツ代 6万0960円(甲C3)d その他 10万8184円(甲C4)e まとめ前記合計104万4857円から,国民健康保険等から支給を受けた72万1445円(甲C5,C6,C7)を控除した32万3412円が損害である。 (イ) 将来の介護費及びオムツ代等合計1364万6109円a 原告Aの平均余命は29.58年(当時57歳)であり,甲状腺癌を患っていたことを考慮して,余命を20年とすると,1日当たりの介護費,オムツ代等3000円について,3000円×365日×12.4622(20年のライプニッツ係数)=1364万6109円が損害となる。 b 現在,原告Aは,介護施設に通所又は短期入所しているが,同居して介護している原告Bが65歳と高齢であることから,原告Aは,介護施設に入所して介護されることが望ましい。 入所費用は,原告Aの介護度が要介護3であり,個室(トイレあり)とした場合,1日当たり9120円となるが,1か月のうち23日までは介護保険により1割負担で済む。 したがって,1日当たりの入所費用は,(9120円×23日×10パーセント+9120円×7日)÷30日=2827円となる(甲C9)。 これに1日当たりのオムツ代等の雑費として173円を加えると,1日当たり3000円が,介護費,オムツ代等の費用となる。 (ウ) 逸失利益 2639万1998円原告Aが主婦であったことから,賃金センサスの女子労働者全年齢平均の年収額である341万7900円を基礎とし,原告Aは,甲状腺癌を患っていたが,平 逸失利益 2639万1998円原告Aが主婦であったことから,賃金センサスの女子労働者全年齢平均の年収額である341万7900円を基礎とし,原告Aは,甲状腺癌を患っていたが,平均余命が29.58年であって,少なくとも67歳までは労働が可能であったと推認されることから,労働能力を100パーセント喪失したことによる逸失利益は,341万7900円×7.7217(10年のライプニッツ係数)×100パーセント=2639万1998円となる。 (エ) 慰謝料 3500万0000円原告Aが,常時介護を要する状態となり,身体障害程度等級1級の後遺障害を負っていること,被告Gには専門医としての著しい注意義務違反があることからすれば,原告Aの慰謝料としては3500万円が相当である。 (オ) 弁護士費用 883万9318円原告Aの弁護士費用としては883万9318円が相当である。 イ原告Bの損害合計1117万2922円(ア) 慰謝料 1000万0000円最愛の妻である原告Aが,被告Gから適切な説明を受けず,不意打ち的に重篤な後遺障害を負ったこと,今後も一生原告Aの介護を続けなければならないことなどからすれば,原告Bの慰謝料としては1000万円が相当である。 (イ) 弁護士費用 117万2922円原告Bの弁護士費用としては,117万2922円が相当である。 ウ原告C及び原告Dの損害各558万6461円(ア) 慰謝料各500万0000円母である原告Aが,被告Gから適切な説明を受けず,不意打ち的に重篤な後遺障害を負ったこと,今後,原告Bとともに,原告 慰謝料各500万0000円母である原告Aが,被告Gから適切な説明を受けず,不意打ち的に重篤な後遺障害を負ったこと,今後,原告Bとともに,原告Aの介護を続けなければならないことからすれば,原告C及び原告Dの慰謝料としては各500万円が相当である。 (イ) 弁護士費用各58万6461円原告C及び原告Dの弁護士費用としては各58万6461円が相当である。 エまとめよって,被告Gは不法行為に基づき,被告Eは不法行為(使用者責任)又は本件診療契約の債務不履行に基づき,連帯して,原告Aに対し8420万0837円,原告Bに対し1117万2922円,原告Cに対し558万6461円,原告Dに対し558万6461円及びこれらに対する本件手術の日である平成13年3月9日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。 (被告らの主張)原告らの主張は争う。 第3 判断 1 認定事実前記前提事実,証拠(認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 被告病院を受診するまでの経緯ア東京医科大学病院での診療原告Aは,平成11年7月,下頸部右側の腫瘤に自分で触知し,かかりつけ医の紹介で東京医科大学病院を受診したところ,同年10月26日に甲状腺癌であると告知され,同年11月11日に手術(前回手術)を受けた(前記前提事実,甲A6,乙A1・5頁)。その手術は,右耳の後ろから,右下頸部,左下頸部にかけてL字状に切開をして行われ,甲状腺は全摘された(乙A1・1頁,8頁,24頁,A2・1頁,被告G本人)。前回手術の瘢痕は本件手術時においても残っており,右耳下部は一部ケロイド状であり(甲A8,乙A1・1頁,14頁,A2・1頁,原 腺は全摘された(乙A1・1頁,8頁,24頁,A2・1頁,被告G本人)。前回手術の瘢痕は本件手術時においても残っており,右耳下部は一部ケロイド状であり(甲A8,乙A1・1頁,14頁,A2・1頁,原告B・被告G各本人),原告Aはケロイド状の瘢痕ができてしまったことを気にしていた(甲A8,原告B本人)。 平成12年2月,エコー検査の結果,下頸部中央に腫瘤が2個発見され,うち1個は消失したが,もう1個については増大したものの,東京医科大学病院では,平成12年10月時点では,生検も再手術もせず(乙A1・1頁,5頁,A3・1頁),不安を感じた(乙A2・1頁,弁論の全趣旨)。 イ H神経内科そのころ,原告Aは,同原告の友人の夫が被告病院で手術を受けたところ,手術痕が分からないくらいうまく手術されたという話を聞いたので,同原告の妹である訴外Iに対し,同人がかかっているH神経内科(東京都狛江市a町b番c号所在)の医師に被告病院への紹介状を書いてほしいと頼んだ。訴外Iが同神経内科のJ医師に相談したところ,J医師の了解を得たので,平成12年11月6日,原告AはH神経内科を受診し,J医師から甲状腺治療の専門病院ということで被告病院宛の紹介状(診療情報提供書。以下「本件紹介状」という。)を書いてもらった。(甲A6,A8,乙A1・5頁,原告B本人)(2) 被告病院における診療ア被告病院外来における診療(ア) 原告Aは,平成12年11月7日,本件紹介状(乙A1・5頁)を持って被告病院を受診し,精密検査を希望した(乙A1・1頁)。担当医は,被告Gであった(甲A6,乙A1・3頁,A6,被告G本人)。 原告Aの頸部は視診では異常はなく(乙A1・1頁),甲状腺腫は不明であった(乙A1・2頁)。原告Aは,気管前面右側付近の7,8ミリメートルのリンパ節のしこりを訴えた( 1・3頁,A6,被告G本人)。 原告Aの頸部は視診では異常はなく(乙A1・1頁),甲状腺腫は不明であった(乙A1・2頁)。原告Aは,気管前面右側付近の7,8ミリメートルのリンパ節のしこりを訴えた(乙A1・2頁)。 同日,頸部エコー検査,血液検査,尿検査を実施したところ,頸部エコー検査の結果,左内深頸領域のリンパ節転移(悪性病変)であるとの診断がされ(乙A1・3頁,7頁),右総頸動脈背側及び左鎖骨上(左内深頸領域)にリンパ節と思われる異常陰影を認め,甲状腺癌の再発が疑われた(診療経過一覧表)。 (イ) 原告Aは,同月11日に被告病院を受診したときに次回手術をするかどうか決めることとなった(乙A1・4頁)。 同月20日にはエコー下での左鎖骨状のリンパ節(以下「本件左側リンパ節」といい,本件左側リンパ節部の腫瘤を「本件左側腫瘤」という。)及び右総頸動脈背側リンパ節(以下「本件右側リンパ節」といい,本件右側リンパ節部の腫瘤を「本件右側腫瘤」という。)より穿刺吸引細胞診が行われ,エコー所見では,本件左側腫瘤は10ミリメートル大,本件右側腫瘤は8ミリメートル大で,甲状腺癌のリンパ節転移が疑われ(乙A1・8頁),細胞診の結果,本件左側リンパ節からは癌細胞が発見され,甲状腺乳頭癌の転移であると診断された(診療経過一覧表,乙A1・4頁,8頁,9頁,A6,被告G本人)が,本件右側腫瘤からは癌細胞は認められず,(癌と診断するには)不十分であるとされた(乙A1・4頁,8頁,A6,被告G本人)。 同月28日,被告Gは,前記検査結果及び手術が望ましい旨原告Aに伝えたところ,原告Aは手術を希望し,入院予約の申込みをした(診療経過一覧表)。本件左側リンパ節については郭清していないようなので郭清することとなり,全身麻酔下での手術が予定された(乙A1・9頁)。 (ウ) そ ,原告Aは手術を希望し,入院予約の申込みをした(診療経過一覧表)。本件左側リンパ節については郭清していないようなので郭清することとなり,全身麻酔下での手術が予定された(乙A1・9頁)。 (ウ) その後,同年12月26日,平成13年1月31日に手術前検査として,胸部エックス線検査,ECG等が行われ,同年2月27日にも被告Gの診察が行われ,原告Aは,本件手術の2日前である同年3月7日に被告病院に入院した(診療経過一覧表,乙A1・1頁,9頁から11頁まで,A2・1頁,A3・1頁)。 イ被告病院入院後(ア) 同年3月7日の被告病院入院の際,被告Gは,原告Aに対し,予定されている手術についての説明を行った(診療経過一覧表,乙A1・15頁。具体的な説明内容については後に判示する。)。原告Aには,嚥下困難,呼吸困難は認められなかった(乙A2・1頁)。 また,同日,血液検査,頸部CR,食道透視XP,呼吸機能検査が行われた(診療経過一覧表,乙A1・11頁,12頁)。 (イ) 同年3月8日には,頸部CT検査,空腹時血糖検査が行われた(診療経過一覧表,乙A1・12頁,14頁,24頁,38頁)。なお,頸部CT検査の「検査目的」欄には,甲状腺全摘後の本件左側リンパ節への転移であることが記載されているのみで,本件右側リンパ節については記載されなかった(乙A1・24頁)。 (ウ) 本件手術の実施(診療経過一覧表,乙A1・13頁,14頁,30頁から32頁まで,35-2頁,A2・5頁,6頁)同月9日,被告Gの執刀により,本件手術が実施された。 本件手術は午後2時45分から全身麻酔下で実施され,東京医科大学病院での前回手術の手術創の下頸部の部分を切開して開始された。本件右側腫瘤は,気管及び右総頸動脈に強く癒着していた。 午後2時55分ころ,右総頸動脈の右鎖骨下動脈との分 麻酔下で実施され,東京医科大学病院での前回手術の手術創の下頸部の部分を切開して開始された。本件右側腫瘤は,気管及び右総頸動脈に強く癒着していた。 午後2時55分ころ,右総頸動脈の右鎖骨下動脈との分岐部の損傷(本件頸動脈損傷)が確認された(本件頸動脈損傷に至る具体的な経緯,原因については,後に判示する。)。損傷部位を縫合するも,癒着がひどく,動脈硬化が強かったため,クランプするのに手間取り,出血が多かった。このため,本件手術中,原告Bの承諾を得て濃厚赤血球が輸血され,その他,血栓防止のためにヘパリンの投与も行われた。右総頸動脈,右鎖骨下動脈の血流は少なくなった。 被告Gは,本件右側腫瘤の摘出を断念し,全身状態が落ち着いたところで,左頸部の郭清を行い,午後5時7分,本件手術を終了した。本件手術中の出血量は合計4030ミリリットルであった。 (エ) 本件手術後の状態本件手術後,同日午後5時20分には,原告Aには,四肢冷感があり,顔色不良で,チアノーゼが見られ,同日午後5時35分の段階では,対光反射がなく,左上下肢の動きが見られず,その後も左半身の動作が見られない状況が続き(乙A2・8頁から10頁まで),翌3月10日,頭部MRIによって右大脳に多発性の梗塞を認めた(診療経過一覧表,乙A1・16頁から18頁,26頁)。 そこで,済生会病院K医師の診察を受けたところ,原告Aの右脳梗塞は,以後進行する可能性は皆無ではないが,1週間くらいで意識状態,麻痺は改善すると思われるので,その後リハビリが必要であるとされ,転医が予定された。K医師は,原告Aの家族にも,多発性脳梗塞であること,回復の可能性はあるが,麻痺は残るであろうこと,リハビリが必要であること,ここ1週間で改善するか,悪化するかは経過を見ないと判断できないことを説明した。(乙A1・18頁) ,多発性脳梗塞であること,回復の可能性はあるが,麻痺は残るであろうこと,リハビリが必要であること,ここ1週間で改善するか,悪化するかは経過を見ないと判断できないことを説明した。(乙A1・18頁)(オ) 再手術同月11日午前0時ころより,ヘパリンによると思われる創部出血が認められたため,同日午前に手術によって止血が行われた(診療経過一覧表,乙A1・18頁,19頁,34頁,42頁,乙A2・10頁から12頁まで)。 ウ被告病院退院後の経過原告Aは,同月19日,被告病院を退院し,済生会病院に入院し,同年5月16日には,済生会病院を退院して玉川病院に入院したが,同年10月28日には玉川病院も退院して,現在は自宅で介護を受けている(前記前提事実,診療経過一覧表,乙A1・29頁,51頁,A2・4頁)。 2 本頸動脈損傷の原因について本件頸動脈損傷の原因については当事者間に争いがあり,本件手術の執刀医である被告Gも様々な可能性について供述しており(乙A6,被告G本人),被告Gの義務違反を検討する前提として,本件頸動脈損傷の直接的な原因が何であったかの検討が必要であると考えられる。 そこで,本件頸動脈損傷が確認されるに至った経緯を明らかにした上で,本件頸動脈損傷の原因が何であったと考えられるか検討する。 (1) 本件頸動脈損傷の確認に至る経緯被告Gは,本件手術を開始し,鎖骨上2横指頭側(前回手術の手術創と同位置)に襟状切開を置き,皮下を剥離した後,癒着の強度を確認し,本件右側腫瘤の摘出を行うかどうかを判断するべく,同腫瘤を検索するため,右頸動脈の拍動確認後,ケリー鉗子を使用し,本件右側腫瘤の1.5ないし2センチメートル頭側から,ケリー鉗子の彎曲部分を下に向けて入れて開き,上から下へ向かって繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を開始したところ,本件右側腫瘤 後,ケリー鉗子を使用し,本件右側腫瘤の1.5ないし2センチメートル頭側から,ケリー鉗子の彎曲部分を下に向けて入れて開き,上から下へ向かって繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を開始したところ,本件右側腫瘤に至る以前の剥離操作開始後5分後ないし10分後といった非常に早期の段階で出血(本件頸動脈損傷)を確認したと供述する(乙A6,被告G本人)。 被告Gの前記供述は,本件手術開始後約10分後(午後2時55分ころ)に本件頸動脈損傷が確認されたことが記載されている麻酔記録(乙A1・32頁)と符合する。また,前回手術の手術痕から,前回手術においては主として頸部右側の手術をしたものと認められ(甲A7,被告G本人),手術をした部位には繊維性の癒着が生じるのが通常であるから,本件手術の際にも原告Aの頸部右側には繊維性の癒着があったものと推認される。そして,本件手術前には本件右側腫瘤が転移癌であることは判明していなかった(前記認定事実)ので,本件手術において頸部右側の癒着を剥離して本件右側腫瘤を検索して確認する必要があった(手術の手順として,本件左側リンパ節の郭清よりも,より集中力を要求される本件右側腫瘤の摘出を先行させたとする被告Gの供述には不自然な点は認められない。)ものと認められる。 これらの事実から判断すると,本件手術開始後,繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を始めて間もないころに本件頸動脈損傷が確認されたとする被告Gの前記供述内容は,事実経過として自然であり,同供述どおりの事実があったものと認められる(済生会病院宛の紹介状(甲A1,乙A1・29頁)には,「切除した際」に本件頸動脈損傷が生じたと記載されているが,これは,用語法にまで意識せずに不正確な記載になったものと解される(被告G本人)。)。 (2) 本件頸動脈損傷の原因さきに認定したとおり,本件手術開始後 に本件頸動脈損傷が生じたと記載されているが,これは,用語法にまで意識せずに不正確な記載になったものと解される(被告G本人)。)。 (2) 本件頸動脈損傷の原因さきに認定したとおり,本件手術開始後,鎖骨上2横指頭側(前回手術の手術創と同位置)に襟状切開を置き,皮下を剥離(皮弁作成)した後,癒着の強度を確認し,本件右側腫瘤の摘出を行うかどうかを判断するべく,同腫瘤を検索するため,右頸動脈の拍動確認後,ケリー鉗子を使用し,本件右側リンパ節の1.5ないし2センチメートル頭側から,ケリー鉗子の彎曲部分を下に向けて入れて開き,上から下へ向かって繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を開始したところ,剥離操作開始後5分後ないし10分後(午後2時55分ころ)に出血(本件頸動脈損傷)が確認された。 そこで,本件頸動脈損傷の原因としては,本件頸動脈損傷確認前までの手術手技が考えられ,具体的には,皮膚切開,皮弁作成,癒着剥離操作が考えられる。 ア皮膚切開についてこの点,皮膚切開の位置は,鎖骨上2横指頭側の前回手術の手術創と同位置であり,本件頸動脈損傷が生じた部位である右総頸動脈の右鎖骨下動脈との分岐部よりも1センチメートル程度上であって,メスの角度が少し下に向いていたとしても,本件頸動脈損傷が生じた部位に達することは考えにくい(被告G本人)。 また,皮膚切開時に本件頸動脈損傷が生じたとすれば,直後から右総動脈から大量に出血し,容易に確認できると考えられるが,本件においては,皮膚切開直後に出血があったことを窺わせるような証拠は存しない。 したがって,本件頸動脈損傷の原因が皮膚切開の手技であるとは認められない。 イ皮弁作成について皮弁を作成する際には,電気メスを使用して皮膚の下の脂肪組織を剥離していくが,本件頸動脈損傷の生じた部位も電気メスが及びうる範囲には入る 皮膚切開の手技であるとは認められない。 イ皮弁作成について皮弁を作成する際には,電気メスを使用して皮膚の下の脂肪組織を剥離していくが,本件頸動脈損傷の生じた部位も電気メスが及びうる範囲には入る(被告G本人)。 しかし,皮弁作成の際には,手術助手が皮膚を引っ張り,視野が確保されている中で,電気メスを皮膚と水平方向に操作すること(被告G本人)から,頸部の臓器を損傷することは考えにくい上,皮弁作成時に本件頸動脈損傷が生じたとすれば,直後から右総動脈から大量に出血し,容易に確認できると考えられるが,本件においては,皮弁作成直後に出血があったことを窺わせるような証拠は存しない。 したがって,本件頸動脈損傷の原因が皮弁作成の手技であるとは認められない。 ウ癒着剥離操作について(ア) 本件において,被告Gは,先端が鈍的(非鋭利)であるケリー鉗子を使用し,本件右側腫瘤の1.5ないし2センチメートル頭側から,ケリー鉗子の彎曲部分を下に向けて入れて開き,上から下へ向かって繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を開始したものであるが,被告Gの供述によれば,本件頸動脈損傷を確認したときの剥離位置は本件頸動脈損傷が生じた部位より約1センチメートル上であったということであり(被告G本人),原告Aの頸部の血管の走行が一般的な頸部の解剖(甲B1,B4)と異なっていたことも窺われず,その操作手技又はケリー鉗子の形状(乙B1)からしても,ケリー鉗子が右総頸動脈を直接損傷し,本件頸動脈損傷を引き起こしたとは考えにくい(本件意見書,被告G本人)。 (イ) そこで,上方での繊維性組織による癒着の剥離操作によって加わった力が,下方の本件頸動脈損傷が生じた部位に癒着していた繊維性組織に作用し,さらに右鎖骨下動脈との分岐点近傍で右総頸動脈が曲がっていることから力の加わり具合が変わっ よる癒着の剥離操作によって加わった力が,下方の本件頸動脈損傷が生じた部位に癒着していた繊維性組織に作用し,さらに右鎖骨下動脈との分岐点近傍で右総頸動脈が曲がっていることから力の加わり具合が変わったことで,繊維性組織が頸動脈を傷つけ,本件頸動脈損傷につながった可能性が考えられる(被告G本人)。 この点,本件手術時の癒着は強度であったと認められ(前記認定事実。 被告Gは,2回目の手術の際の癒着としては非常に強度であったと供述している(乙A6,被告G本人)。),その剥離操作には慎重さが必要であると解されるが,被告Gによれば,同程度の強度の癒着は,同部位を3回目,4回目に手術する際にも経験されることがあるが,そのような場合を含め,癒着剥離操作の際に頸動脈から出血したことを見聞きしたことはないというのであり(被告G本人),癒着している繊維性組織と血管等の組織は性質が異なるため,癒着の剥離操作によって頸動脈に亀裂・損傷が生じることは考え難い上,本件手術中の癒着剥離操作手技が粗暴粗雑であったことを窺わせる証拠もない。 もっとも,前回手術において,通常手術では剥かない右総頸動脈の表面を覆っている漿膜が剥かれていた可能性がある(被告G本人)。漿膜自体は非常に薄く,動脈壁の強度には余り関与していないが,癒着の剥離操作を容易にするものであり(被告G本人),その漿膜がなければ癒着の剥離が容易ではなくなると考えられる。そして,前回手術において,通常行わない前頸筋群の切除が行われたこと(乙A6,被告G本人)から,癒着が強度になった可能性もあり,漿膜が剥がれていたことが,血管壁の脆弱さと相まって,本件頸動脈損傷につながった可能性はある(被告G本人)。 しかし,これらの事実については,いずれも推測にすぎず,これが本件頸動脈損傷の原因であると断定することはできない。 血管壁の脆弱さと相まって,本件頸動脈損傷につながった可能性はある(被告G本人)。 しかし,これらの事実については,いずれも推測にすぎず,これが本件頸動脈損傷の原因であると断定することはできない。 (3) 以上のように,本件頸動脈損傷の原因としては,皮膚切開であるとも皮弁作成であるとも認めることはできず,本件頸動脈損傷が癒着剥離操作の途中に発生したことから,癒着剥離操作が原因となったことは推認されるが,前記のとおり,本件頸動脈損傷からの出血の態様から判断して,被告Gの癒着剥離操作は,直接本件頸動脈損傷部位に及んでいたとは認め難いので,同剥離操作から本件頸動脈損傷が発生した具体的機序は明らかではないといわざるを得ない。 そこで,このことを前提に,以下,争点について検討する。 3 争点(1)(本件手術前の説明義務違反の有無)について(1) 被告Gの原告Aに対する本件手術についての説明内容被告Gは,原告Aに対し,細胞診で左側のしこり(本件左側腫瘤)が甲状腺癌の再発であることが分かったこと,右側のしこり(本件右側腫瘤)については,細胞診では分からなかったが,癌である疑いが強く,本件左側腫瘤を切除するのと同一視野・同一の皮膚切開で切除可能であるから,右側のしこり(本件右側腫瘤)も切除した方がよいこと,被告病院入院の際に,本件右側及び左側腫瘤の摘出についての説明と併せて,合併症として,半回神経損傷による声の変化(声がかすれること(嗄声))の可能性があること,本件手術中又は術後に小さな血管等から出血する可能性があること,本件手術後に血中カルシウムが低下する可能性があることを説明したが,予後や合併症については余り厳しい説明はせず,癒着が激しい可能性があること,頸動脈を損傷する可能性があること,その結果,脳梗塞によって半身麻痺が起こる可能性があることについ 性があることを説明したが,予後や合併症については余り厳しい説明はせず,癒着が激しい可能性があること,頸動脈を損傷する可能性があること,その結果,脳梗塞によって半身麻痺が起こる可能性があることについても説明しなかったと供述する(乙A6,被告G本人)。 この点,本件紹介状(乙A1・5頁)の裏面に頸部の図が図示されており,そこには本件右側及び左側腫瘤が描かれていること,平成12年11月28日には原告Aが手術を希望し,入院予約があったこと(前記認定事実),原告Aが平成13年3月7日に被告病院に入院する際に作成された入院診療計画書(乙A1・15頁)にも本件右側及び左側腫瘤が描かれた頸部が図示された上,#1から#3として,甲状腺乳頭癌の再発がリンパ節にあり,とる予定であること,術式及び前記の合併症が記載されていることから,被告Gの前記供述の信用性が認められ,被告Gの前記説明内容はその供述どおりであったものと認められる。 なお,原告Bは,原告Aは,被告Gから,本件手術に際して一切説明を受けていないと供述する(原告B本人)が,陳述書(甲A6)においては,原告Aが被告病院に入院する際に,被告Gから,頸部左右の甲状腺付近のリンパ節に甲状腺乳頭癌が再発しているので,それを摘出する予定である等の説明を受けたとしており,原告Bが本件手術以前に被告病院に原告Aに付き添っていっていないことからすれば,原告Aが,被告Gから,本件手術に際して一切説明を受けていないとの供述は信用できない。 (2) 本件手術前の説明義務違反についてそこで,被告Gの本件手術前の説明義務違反の有無について検討する。 ア本件手術の必要性甲状腺癌のうち,分化癌(乳頭癌,濾胞癌)は予後は良好であるが,乳頭癌は増殖の早さは遅いものの,リンパ節に転移しやすく,周辺の臓器に対する浸潤能力が強い癌であり いて検討する。 ア本件手術の必要性甲状腺癌のうち,分化癌(乳頭癌,濾胞癌)は予後は良好であるが,乳頭癌は増殖の早さは遅いものの,リンパ節に転移しやすく,周辺の臓器に対する浸潤能力が強い癌であり,致死的になることもある(専門用語集)。本件では,前回手術後約3か月で腫瘤が確認され,約1年後には被告病院において本件左側リンパ節から再発と考えられる乳頭癌が発見されており(前記認定事実),再発転移癌であり,浸潤能力が強い癌であることを考えると,根治手術が困難となってしまう前に,本件手術を行う必要性はあったものと認められる(甲状腺癌は,進行すると声がれ,呼吸困難,嚥下障害が認められる(専門用語集)が,本件手術時にはそれらの症状は認められていない(前記認定事実)ことから,根治手術が困難であったとは認められない。)。 もっとも,本件右側腫瘤については,8ミリメートル大であり,癌の疑いはあるものの,確定診断は得られていない状況であって,本件右側腫瘤を切除しない場合には根治手術が困難になるおそれがあること(被告G本人)を考慮しても,癌の転移であると診断された本件左側リンパ節の郭清の必要性や本件左側リンパ節の郭清手術と同一機会に同一視野で摘出できるという利点がなければ,手術にまで踏み切らない程度のものであった(前記認定事実,乙A6,被告G本人)。 イ本件手術の危険性について頸部は,狭い範囲に,気管,食道,甲状腺のほか,総頸動脈や内頸静脈をはじめとする動静脈,神経,筋肉等の臓器・組織が密集・錯綜して存在する部位であり(甲B1,B4),頸部の手術においては隣接する他の臓器・組織に影響を与える危険性がある。本件左側腫瘤は左鎖骨上に存在し,血管に接してはいなかった(被告G本人)が,本件右側腫瘤は右総頸動脈背側に接して存在することが本件手術前に判明していた( る他の臓器・組織に影響を与える危険性がある。本件左側腫瘤は左鎖骨上に存在し,血管に接してはいなかった(被告G本人)が,本件右側腫瘤は右総頸動脈背側に接して存在することが本件手術前に判明していた(前記認定事実,甲A7,乙A6,被告G本人)。 また,一度甲状腺手術をした場合には,郭清範囲,術後の経過時期などにより程度は異なるものの,手術部位に繊維性の癒着を来しているのが通常であり,手術の際に剥離操作が必要で,手術の難易に影響する(本件意見書,乙A6,被告G本人)。東京医科大学病院での前回手術においては,頸部左側は手術を行っておらず,主として頸部右側について手術を行ったこと(甲A7,乙A1・1頁,14頁,被告G本人)から,頸部右側に癒着が生じていることが予想され,本件手術において本件右側腫瘤の摘出を行おうとする場合には,本件右側腫瘤を検索するに当たって,頸部右側に生じている癒着を剥離するという,前回手術では行われなかった手技が必要となるため,本件右側腫瘤の摘出の方が本件左側リンパ節の郭清よりも難度すなわち危険度が高いことが予想された(被告G本人)。 ウ本件手術前の説明義務前記のとおり,被告Gは,原告Aに対し,本件手術が頸動脈を傷つける危険があること,頸動脈を傷つけた場合,半身麻痺又は死亡に至る可能性があること(総頸動脈を切断した場合,25パーセントから30パーセントの頻度で半身麻痺,10パーセントの頻度で死亡するとする文献がある(甲B1)。)については,何ら説明をしていない。 前記のとおり,本件頸動脈損傷が発生した具体的機序は明らかでなく,被告Gが本件手術前に本件頸動脈損傷の発生機序を予測して,その具体的な危険性について説明することは不可能であったといわざるを得ないが,本件頸動脈損傷は,癒着剥離操作の途中に発生したものであり,癒着剥離 告Gが本件手術前に本件頸動脈損傷の発生機序を予測して,その具体的な危険性について説明することは不可能であったといわざるを得ないが,本件頸動脈損傷は,癒着剥離操作の途中に発生したものであり,癒着剥離操作が原因となったことは推認されるから,その意味では,「本件右側腫瘤の摘出は,その存在部位及び癒着の可能性がある点から本件左側リンパ節の郭清よりも難度すなわち危険度が高い」という術前に予想された範囲内の危険に属するものというべきであり,そのような危険については説明可能であり,原告Aが本件手術を受けるかどうか,特に本件右側腫瘤の摘出手術を受けるかどうかを判断するのに重要な要素となるものであったから,説明すべきであったというべきである。 被告らは,原告Aが非常に神経質であったとして,そのような危険について説明することの妥当性に疑問を呈するが,原告Aは甲状腺癌の再発に直面して不安であったことは認められるものの,精神内科を受診するほどの強度の神経質であったわけではなく(前記認定事実),被告Gは,精神内科からの紹介であったことからそのような誤解をしたにすぎないものと解される。 したがって,被告Gは,原告Aに対し,本件手術前に,本件手術の必要性,特に本件右側腫瘤の摘出の必要性とともに,それに伴う危険性,特に,本件右側腫瘤の摘出は,その存在部位及び癒着の可能性がある点から本件左側リンパ節の郭清よりも難度すなわち危険度が高いことについても十分に説明すべき義務(以下「本件説明義務」という。)があったにもかかわらず,これを怠ったものというべきである(以下「本件説明義務違反」という。)。 (3) 説明義務違反と本件頸動脈損傷との因果関係についてア前記のとおり,本件左側腫瘤は乳頭癌であるところ,乳頭癌は,予後は良好であり,増殖の早さは遅いこと,本件右側腫瘤は癌の疑 反」という。)。 (3) 説明義務違反と本件頸動脈損傷との因果関係についてア前記のとおり,本件左側腫瘤は乳頭癌であるところ,乳頭癌は,予後は良好であり,増殖の早さは遅いこと,本件右側腫瘤は癌の疑いはあったが,確定診断は得られていなかったこと,などから考えると,被告Gが本件手術前に本件説明義務を尽くしていれば,原告Aが,本件左側リンパ節の郭清にとどめ,本件右側腫瘤の切除については見合わせることにした可能性や,本件手術を受けるのを躊躇し,しばらく経過観察をすることにした可能性など,他の選択肢を選んだ可能性があることは否定できない。 イしかし,原告Aは,前回手術後に腫瘤が発見されたが,東京医科大学病院では生検も手術も行われなかったことから不安を感じ,精密検査を希望しており,甲状腺癌の再発を心配していたと解されること,前回手術によってケロイド状の瘢痕ができてしまったことを気にしており,被告病院の手術は手術痕が分からないくらい上手であるという話を聞いたことから,わざわざ妹を通じて同人が通院していた神経内科の医師に被告病院への紹介状を書いてくれるように頼むまでして甲状腺の専門病院である被告病院を受診したもので,被告病院の手術手技を信頼していたと解されること,本件左側リンパ節の郭清手術の必要性は高かったこと,本件右側腫瘤については,癌であるとの確定診断こそされていないが,甲状腺癌の再発であることが疑われ,前回手術の手術創に沿って切開し,本件左側リンパ節の郭清手術と同一機会に同一視野で摘出でき,前回手術以上の手術創ができるわけではないし,本件右側腫瘤を本件手術で切除しない場合には根治手術が困難になるおそれがあったこと,など(いずれもこれまでに認定したとおり)から判断すると,仮に,被告Gが本件説明義務を尽くしていたとしても,原告Aが,本件手術を受 件手術で切除しない場合には根治手術が困難になるおそれがあったこと,など(いずれもこれまでに認定したとおり)から判断すると,仮に,被告Gが本件説明義務を尽くしていたとしても,原告Aが,本件手術を受けるという判断をした可能性も相当程度にあったものと考えられる。 したがって,被告Gに本件説明義務違反がなければ,原告Aは本件手術を受けることはなく,本件頸動脈損傷も生じなかったと断定することはできない。 なお,原告らは,放射線療法も重大かつ現実的な選択肢であったと主張し,原告Aについては放射線療法(アイソトープ治療)も可能ではあった(被告G本人)が,原告らが挙げる文献(甲B2)の症例でもそれほど効果があったかについては疑問があり,一般的に,腫瘍の増殖速度が遅い甲状腺分化癌では放射線外照射の効果は少なく,通常の治療手段として用いることは稀であること(専門用語集)から,放射線療法が有力な選択肢であるとは認められず,本件手術前に放射線療法について説明を受けたとしても,原告Aが放射線治療を選んだとは認められない。 ウ原告らは,本件説明義務違反がなければ原告Aが本件手術を受けなかった相当程度の可能性が認められることなどを考慮し,被告Gの行為は後遺症について少なくとも9割の寄与度があり,少なくとも割合的因果関係は認められると主張するが,本件説明義務違反と本件手術との間の因果関係は,これが認められるか否かであって,割合的に認められるということはあり得ないものというべきであり,原告らの主張は採用できない。 もっとも,被告Gが本件手術前に本件説明義務を尽くしていれば,原告Aが,本件左側リンパ節の郭清にとどめ,本件右側腫瘤の切除については見合わせることにした可能性や,本件手術を受けるのを躊躇し,しばらく経過観察をすることにした可能性など,他の選択肢を選んだ可能性 告Aが,本件左側リンパ節の郭清にとどめ,本件右側腫瘤の切除については見合わせることにした可能性や,本件手術を受けるのを躊躇し,しばらく経過観察をすることにした可能性など,他の選択肢を選んだ可能性があることは前記のとおりであるから,本件頸動脈損傷は発生せず,原告Aにさきに認定したような脳梗塞やそれに伴う重い後遺症が発生することはなかった可能性は否定できない。また,被告Gが本件説明義務を尽くしていれば,原告Aが本件手術を選択したとしても,本件右側腫瘤の摘出には,癒着に伴う危険があることを理解した上で本件手術を受けることになるので,同原告は,本件手術の結果である脳梗塞やそれに伴う重い後遺症を自らの判断の結果として受け入れることができたと考えられるが,本件説明義務が尽くされていないため,これを受け入れることができない状態にあるものと認められる(原告B本人,弁論の全趣旨)。 したがって,被告Gは,本件説明義務違反によって原告Aが被った精神的損害については,不法行為による損害賠償として,同原告に対し,これを賠償すべき義務があるものと認められ(前記のとおり,原告らは,割合的因果関係の主張もしており,原告らの損害の主張には,このような精神的損害の主張も含まれているものと解される。),被告Eは,被告Gの使用者として,同損害を賠償すべき義務があるものと認められる。 エ本件説明義務は,被告Gが原告Aに対して負うものであり,したがって,本件説明義務違反によって賠償すべき精神的損害も原告Aに生じた精神的損害であり,その余の原告らについては,本件説明義務違反による損害賠償は認められない。 オ以上の結論は,原告Aから被告Eに対する本件診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求についても異なるところはない。 4 争点(2)(本件手術の中止義務・説明義務違反の有無 害賠償は認められない。 オ以上の結論は,原告Aから被告Eに対する本件診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求についても異なるところはない。 4 争点(2)(本件手術の中止義務・説明義務違反の有無)について(1) 本件手術を中止し,説明をすべき義務について原告らは,被告Gが,本件手術中,リンパ節と総頸動脈の癒着を確認した時点で,リンパ節郭清術を行おうとすれば,総頸動脈を傷つける危険性が極めて高いことから,リンパ節郭清術を行わず,そのまま切開部を閉じて本件手術を中止して,危険性について説明すべきであったと主張する。 この点,さきに認定したように,本件手術時の癒着は2回目の手術としては強度であったと認められ,被告Gも,2回目の手術の際の癒着としては非常に強度であったと認識した(乙A6,被告G本人)ものの,同部位の再手術の際には繊維性の癒着は通常生じるものであり,癒着している繊維性組織と血管等の組織は性質が異なるため,癒着の剥離操作によって頸動脈に亀裂・損傷が生じることは考え難い(被告G本人)し,同程度の強度の癒着は,同部位を3回目,4回目に手術する際にも経験されることがあり,そのような場合にも同様の操作手技で癒着の剥離操作が進められるのである(被告G本人)から,繊維性の癒着があり,その癒着が2回目としては非常に強度のものであったとしても,そのことが判明した段階で直ちに本件手術を中止すべきであるとはいえない。 また,後記6のように,腫瘤が頸動脈に浸潤していることが判明した場合には,腫瘤を切除する際に頸動脈を損傷し,脳に障害を与える危険があり,シャントの準備がなく,血管外科医の立会いがない以上,腫瘍を残して,又は,血管に浸潤している部分以外の腫瘍を可及的にとるにとどめ,それ以上の手術を中止すべきであるが,本件においては,さきに認定したように, トの準備がなく,血管外科医の立会いがない以上,腫瘍を残して,又は,血管に浸潤している部分以外の腫瘍を可及的にとるにとどめ,それ以上の手術を中止すべきであるが,本件においては,さきに認定したように,被告Gは,本件右側腫瘤の検索をするために繊維性癒着と頸動脈の剥離操作を開始したところ,本件右側腫瘤に至る以前の剥離操作開始後早期の段階で本件頸動脈損傷が発生したのであり,本件右側腫瘤の状態を確認し,摘出を行うか否かを判断できる状態に至っていなかった手術初期の段階であるから,本件頸動脈損傷以前の時点で本件手術を中止すべきであったとはいえない。 (2) まとめしたがって,被告Gが本件頸動脈損傷以前の時点(癒着を確認した時点)で本件手術を中止すべきであったとは認められず,中止義務を前提とした説明義務があったとも認められない。 5 争点(3)(右頸部の腫瘤の再発について,十分な検査をせずに本件手術を行った注意義務違反の有無)について(1) さきに認定したように,本件においては,被告病院初診時である平成12年11月7日の頸部エコー検査で本件右側腫瘤の異常陰影が確認され,同月20日にはエコー下での穿刺吸引細胞診が行われ,エコー所見では,本件右側リンパ節は8ミリメートル大で,甲状腺癌のリンパ節転移が疑われたが,細胞診の結果,本件右側リンパ節からは癌細胞は認められず,(癌と診断するには)不十分であるとされたものの,平成12年3月9日に,本件右側腫瘤の摘出も目的として本件手術が行われた。 (2) 被告Gの術前の検査に関する注意義務違反についてそこで,原告らは,右頸部に再発腫瘤が存在すると診断するためには,検査が不十分であり,事前にその存在を確かめるための超音波検査,細胞診の再検査,タリウム,MRI検査などの追加検査を行うべきであり,また,前医の診療情報を取 に再発腫瘤が存在すると診断するためには,検査が不十分であり,事前にその存在を確かめるための超音波検査,細胞診の再検査,タリウム,MRI検査などの追加検査を行うべきであり,また,前医の診療情報を取り寄せるべきであったと主張する。 この点,担当医としては,手術前にどのような検査を行うかについては,従前の経緯,当該患者の状態やその検査によって期待できる結果・効果等を考慮し,必要な範囲で行うべきであるところ,本件意見書においては,超音波検査,細胞診の再検査,タリウムシンチグラム,MRIをするべきことや前医の診療情報を取り寄せることは普通であるとの意見が述べられ,術前の検査として同様の項目を掲げる文献(甲B3,B4)もある。 しかし,良性・悪性判定に最も有意義であると考えられる穿刺吸引細胞診(甲B3,弁論の全趣旨)については,本件右側腫瘤は8ミリメートル程度の大きさで右総頸動脈の背側にあり,細胞診をするためには血管を突き破る必要があることから,細胞の採取は手技上困難であり,再度実施しても有意な結果を期待できない(乙A6,被告G本人)し,タリウムシンチグラムは,実施方法によっては腫瘍の良性・悪性の鑑別に有用であるが,確実とまではいえない(甲B3,乙A6,被告G本人)。また,本件右側リンパ節の他臓器との位置関係の把握についても,同リンパ節の大きさが8ミリメートルとそれほど大きくなかったことから,MRIやCT検査によっては描出されることは期待できなかった(甲A3,乙A6,被告G本人。結果的には,平成12年3月8日のCT検査に本件右側腫瘤も描出されていた(乙A1・24頁参照)。)。前医である東京医科大学病院の診療情報については,被告病院においても頸部エコー検査,穿刺吸引細胞診等の検査によって原告Aの病状を把握することは可能であり,現実にも被告病院で行っ 1・24頁参照)。)。前医である東京医科大学病院の診療情報については,被告病院においても頸部エコー検査,穿刺吸引細胞診等の検査によって原告Aの病状を把握することは可能であり,現実にも被告病院で行った検査によって,原告Aの病状をある程度把握できており(前記認定事実),J医師からの紹介状(乙A1・5頁)や原告Aの話(乙A1・1頁。A2・1頁,A3・1頁)からも,前医である東京医科大学病院での診断状況を知ることができたのであるから,前医の診療情報を取り寄せることによって,より正確な病状把握に役立ちうるとしても,不可欠のものであったとは認められない。 他方,甲状腺癌においても転移・再発の可能性が十分ある(専門用語集,甲B3)ところ,本件においても前回手術後約3か月で腫瘤が確認され,約1年後には被告病院において,頸部エコー検査で本件左側及び右側リンパ節の異常腫瘤が確認された上,本件左側リンパ節については穿刺吸引細胞診において癌細胞が発見されたこと(前記認定事実),頸部腫瘤としては,肉芽のような良性のものは通常存在しないこと(被告G本人)からすれば,本件右側腫瘤については,甲状腺癌の再発が疑われる状況にあったものと認められる。 そのような状況にあって,さきに認定したとおり,本件左側リンパ節については手術の必要性が認められ,右耳の後ろから,右下頸部,左下頸部にかけてL字に切開した前回手術の手術創の下頸部の部分と同部位で切開すれば,本件右側リンパ節を摘出するために右側にも切開を広げても,本件手術で手術痕が余計に残ることはない(被告G本人)ので,本件左側リンパ節と同一機会に,本件右側腫瘤の性状についても直接検索して確認し,可能であれば摘出することが,最も確実であり,原告Aにとって利益であると考えることには合理性が認められる。 以上の事情を総合考慮すると と同一機会に,本件右側腫瘤の性状についても直接検索して確認し,可能であれば摘出することが,最も確実であり,原告Aにとって利益であると考えることには合理性が認められる。 以上の事情を総合考慮すると,前医である東京医科大学病院の診療情報の取り寄せを行う義務があったとは認められず,また,被告病院における本件手術前の検査等以上の検査を行うべき義務があったとも認められない。 (3) したがって,被告Gが,前医の情報を取り寄せ,事前に十分な検査を行わなければならない注意義務に違反したとは認められない。 6 争点(4)(手術準備上の注意義務違反の有無)について(1) 甲状腺癌が動脈系の血管に浸潤している場合には,浸潤血管の切除の際に脳への血流が遮断されるのを防止するため,シャントを準備した上で手術を行う必要がある(専門用語集,甲B2,B3)。したがって,術前の検査において,甲状腺癌が動脈系の血管に浸潤している疑いがある場合には,シャントを準備した上で手術に臨む必要がある。被告病院においては,シャントが実施できる血管外科医がいないのである(乙A6,被告G本人)から,甲状腺癌が動脈系の血管に浸潤している疑いがある場合には,血管外科医がいる施設に転医させるか,血管外科医の立会いを得た上でシャントの準備をして手術を実施すべきである。 もっとも,手術中に甲状腺癌が総頸動脈など動脈系の血管に癒着・浸潤している例は,信州大学医学部第2外科においては昭和28年から昭和59年までの32年間で甲状腺癌手術症例1063例中90例(うち,癌の浸潤のために姑息手術に終わった症例は8例(未分化癌5例,分化癌3例))と少なく,鈍的な剥離で切除できる例が多いとされており(甲B2),頸部は,狭い範囲に,気管,食道,甲状腺のほか,総頸動脈や内頸静脈をはじめとする動静脈,神経,筋肉等の 例(未分化癌5例,分化癌3例))と少なく,鈍的な剥離で切除できる例が多いとされており(甲B2),頸部は,狭い範囲に,気管,食道,甲状腺のほか,総頸動脈や内頸静脈をはじめとする動静脈,神経,筋肉等の臓器・組織が密集・錯綜して存在する部位であり(甲B1,B4),腫瘤が他の臓器・組織に接着していることはむしろ通常である(乙A6,被告G本人)から,リンパ節転移である腫瘤が動脈に接していたり,圧排していることが画像診断で分かったとしても,本当に浸潤しているかどうかの診断は難しい(甲B3)。 (2) 本件においては,被告Gは,本件頸動脈損傷後,止血ができた段階で本件右側腫瘤部分を触ったところ,可動性のない,硬いリンパ腺と思われるものが触れたと供述し(被告G本人),癒着があった影響も考えられるものの,右総頸動脈に腫瘤が浸潤していた可能性は否定できない。 しかし,仮に右総頸動脈に腫瘤が浸潤していたとしても,本件手術前の検査においては,本件右側腫瘤が癌細胞であるとの診断は得られておらず,8ミリメートル大の小さな腫瘤であり,平成13年3月8日のCT検査においても,同月13日に診断したL医師の所見・診断では,本件右側及び左側リンパ節付近に腫大があるとされているものの,血管浸潤は認められていないこと(乙A1・24頁)から,本件手術前の段階では,本件右側腫瘤が右総頸動脈に浸潤しているとは診断できず,被告Gが本件右側腫瘤が右総頸動脈に浸潤しているとの疑いを持たなかったことも,前記のように浸潤例が少なく,診断も難しいことからすると,やむを得なかったものと解される。 (3) したがって,被告Gが,手術準備上の注意義務に違反したとは認められない。 7 争点(5)(剥離に関する注意義務違反の有無)について(1) 被告Gの注意義務違反についてさきに判示したとおり,本件頸動脈 したがって,被告Gが,手術準備上の注意義務に違反したとは認められない。 7 争点(5)(剥離に関する注意義務違反の有無)について(1) 被告Gの注意義務違反についてさきに判示したとおり,本件頸動脈損傷の原因としては,皮膚切開であるとも皮弁作成であるとも認めることはできず,癒着剥離操作が原因となったことは推認されるが,被告Gの癒着剥離操作から本件頸動脈損傷が発生した具体的機序は明らかではないといわざるを得ない。 したがって,本件頸動脈損傷の発生を具体的に予見することは難しいといわざるを得ないし,本件頸動脈損傷が確認されるまでの被告Gの具体的な本件手術手技に本件頸動脈損傷に直接結びつくような不適切な点があったことを窺わせるような証拠も存しない。 原告らは視野の確保の不十分さや頸動脈の走行の把握の誤りを主張するが,視野の確保のために縦隔を開く術式が必要であるとは認められず(甲B1参照),本件手術では前回手術の手術創と同じ部位に鎖骨上2横指頭側に襟状切開をとっており,本件手術に十分な視野が確保されていたものと解される。また,頸動脈の走行の把握が不十分であったと認めるに足りる証拠もない。 なお,仮に,視野の確保や頸動脈の走行の把握を問題にする余地があったとしても,本件頸動脈損傷の具体的な機序が明らかでない以上,被告Gの癒着剥離操作の中で,本件頸動脈損傷の発生につながる不適切な部分があったと認めることもできない(前記4(2)のとおり,癒着があったからといって本件手術を中止すべきであったとはいえない。)。 (2) したがって,被告Gが癒着の剥離に関する注意義務に違反したとは認められない。 8 争点(6)(本件頸動脈損傷後の修復処置を誤った注意義務違反の有無)について(1) 本件頸動脈損傷後の被告Gの修復処置被告Gは,本件頸動脈損傷を確認し,当初は小さ に違反したとは認められない。 8 争点(6)(本件頸動脈損傷後の修復処置を誤った注意義務違反の有無)について(1) 本件頸動脈損傷後の被告Gの修復処置被告Gは,本件頸動脈損傷を確認し,当初は小さな縫い代で出血部位を縫合しようとしたが,出血が止まらなかったため,少し大きめに縫い代をとって出血部位を縫合したことが認められる(乙A1・31頁,32頁,A4,A6,被告G本人)。 (2) この点,小さな縫い代で縫合すると,血管内腔の狭窄が少なくて済むが,縫い代を大きくとると,亀裂の修復は行いやすいが,内腔の狭窄が起こりやすく(乙A6,被告G本人),本件においても,大きめに縫い代をとって出血部位を縫合したために,右総頸動脈,右鎖骨下動脈の血流が少なくなっており(前記認定事実),本件手術中に出血部位で血栓が生じ,その血栓が遊離するのみならず,血栓が本件頸動脈損傷を起こした部位で大きくなり,内外総頸動脈分岐部を超えることにより,多発性脳梗塞に至ったものと推認されること(本件意見書,被告G本人)からすると,頸動脈に出血が生じた場合には,脳への血流を確保し,小さな縫い代で縫合するほか,パッチ装着や血管移植によって,脳への血流が乏しくならないような手段を講じ,血液の凝固が生じないようにすることが望ましかったといえる。 しかし,本件で出血を起こした総頸動脈は,心臓から近く,脳へ血液を運搬させる主要な動脈であるから,本件頸動脈損傷による出血量が多く,出血性ショックを防止するためには早急な止血措置が不可欠である(被告G本人)ところ,本件頸動脈損傷確認後,大量の出血によって原告Aの血圧の低下が認められ(乙A1・32頁),また,さきに認定したように,被告Gが本件頸動脈損傷を確認した時点では,繊維性の癒着の剥離はいまだ本件総動脈損傷を起こした部位まで達しておらず,出 て原告Aの血圧の低下が認められ(乙A1・32頁),また,さきに認定したように,被告Gが本件頸動脈損傷を確認した時点では,繊維性の癒着の剥離はいまだ本件総動脈損傷を起こした部位まで達しておらず,出血部位は深部にあって,強度の繊維性の癒着に覆われた状態であり,しかも,多量の出血が続いていて,出血部位の確認ですらできない状況であったのであるから,小さな縫い代で縫合しても出血を止めることができなかったものと認められる。 このような状況下では,出血性ショックに陥ることを回避するため,縫い代を大きめにとって出血部位であると考えられる部分を縫合すること(血栓に対する対応として,血液凝固を防止するためにヘパリンを投与している。)は,次善の策としてやむを得なかったというべきである。 (3) したがって,被告Gが,本件頸動脈損傷後の修復処置を誤り,注意義務に違反したとは認められない。 9 争点(7)(損害)について以上によれば,原告らの請求は,原告Aが被告らに対し,本件説明義務違反を理由にその精神的損害に対する慰謝料及び弁護士費用相当の損害を請求する限度で理由があり,その余は理由がない(不法行為に基づいても,本件診療契約の債務不履行に基づいても,結論は変わらない。)が,上記慰謝料については,本件説明義務違反の態様等,本件に現れた諸般の事情を斟酌し,150万円と認めるのが相当であり,弁護士費用相当の損害としては,20万円と認めるのが相当である。 10 結論よって,原告らの請求は,原告Aが被告らに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,損害金170万円及びこれに対する不法行為日である平成13年3月9日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告Aのその余の請求並びに原告B,同C 円及びこれに対する不法行為日である平成13年3月9日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告Aのその余の請求並びに原告B,同C及び同Dの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官福田剛久裁判官村主幸子裁判官吉岡大地

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