平成12(わ)378 現住建造物等放火被告

裁判年月日・裁判所
平成14年5月28日 岡山地方裁判所
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判決文本文9,928 文字)

- 1 -主文被告人を懲役3年6月に処する。 未決勾留日数中340日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は,小学校6年生のころに,学校で,同級生の教科書を破った犯人扱いをされたことがあったが,そのころから,次第に,他人の目を異常に気にしたり,他人から自分の悪口を言われていると感じたりするなど,他人と付き合うことに耐えられなくなった。被告人は,高校2年生に進級したころに,大学病院の精神科を受診したところ,対人恐怖症と診断され,このころから,家の中では,やせたいと思うあまりの拒食と,その反動としての過食を繰り返すようになり,対人恐怖が直らないことから,学校も休学し,そのまま退学した。その後,被告人は,短期間ながらもいくつかアルバイトをしたり,通信制の高校に通うなどしたが,続かず,平成7年ころからは,他人と会うことを極端に嫌うようになって,外出することがほとんどなくなり,情緒不安定に陥り,過食と拒食を繰り返し,両親が,そういう自分を理解してくれないと感じて,母親に対し頻繁に暴力を振るい,ときには父親に対してまで暴力を振るうなどの行動が続き,また,次第に父親に対して激しい嫌悪感を抱くようになり,そのため,父親は,平成10年ころから,被告人を刺激しないように別居して,被告人宅に隣接する被告人の祖母宅で寝起きするようになった。さらに,平成11年ころには,被告人は,自分の手首を切ったり,消毒薬を飲むなどの自傷行為にも及んだ。それでも被告人は,自分の症状を治療しようと考え,いくつもの精神科や心療科を受診したが,治療の効果が上がらなかったり,対人恐怖のため他人と一緒にタクシーを含む交通機関に乗ることに耐えられず,長続きしなかった。 (罪となるべき事実)被告人は- 2 -第1自分の対人恐怖症や摂食障害を治そうと,入院治療を希 り,対人恐怖のため他人と一緒にタクシーを含む交通機関に乗ることに耐えられず,長続きしなかった。 (罪となるべき事実)被告人は- 2 -第1自分の対人恐怖症や摂食障害を治そうと,入院治療を希望していたところ,平成12年2月22日,保健所の精神科休日夜間相談センターの相談を予約し,そのために普段はめったにしない入浴もして準備していたにもかかわらず,車で送ってもらおうと考えていた父親も弟も仕事のため帰宅することができないうちに,被告人自身も睡眠導入剤を飲んでいたため眠ってしまい,予約の時間を過ぎてしまった。そこで,被告人は,自分が入院までして自分の症状を治療しようと決意していたのに,せっかくの治療の機会を失ったと考え,その焦燥感を過食で紛らわそうと,母親に命じて食べ物を買いに行かせ,それを食べては吐くなどしていたが,家族が協力してくれずに治療の機会を失ったなどと思うにつけ,苛立ちが募る一方となり,母親に暴力を振るったところ,そこに駆けつけた被告人の伯父夫婦が,被告人の暴力により倒れた母親を病院に連れて行ったことから,被告人は,自宅に1人取り残された形になった。そこでまた,被告人は,家族が自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考え,その苛立ちないし焦燥感を紛らわすため,自宅の柱などを叩いたり,自宅の隣にある岡山市ab番地所在の被告人の祖母A方の窓ガラスを割るなどしたが,それでも気分が落ち着かなかったため,火をつければ苛立ちないし焦燥感が治まるのではないかと考え,同祖母方木造セメント瓦葺一部2階建家屋(延べ面積約181.8平方メートル)に放火しようと決意し,平成12年2月23日午前3時ころ,上記祖母方家屋の窓ガラスの穴から,所携のマッチに点火して投げ込むなどして,同家屋1階東側4畳半間のこたつ掛け及び1階北側8畳間のカーテンに に放火しようと決意し,平成12年2月23日午前3時ころ,上記祖母方家屋の窓ガラスの穴から,所携のマッチに点火して投げ込むなどして,同家屋1階東側4畳半間のこたつ掛け及び1階北側8畳間のカーテンにそれぞれ点火して火を放ち,床及び天井等に燃え移らせ,さらに引き続いて,同祖母方に隣接する自宅である同所所在の被告人の母親B方木造セメント瓦葺一部2階建家屋(延べ面積約112平方メートル)にも放火しようと決意し,自宅に戻り,同所において,1階西側8畳間の新聞紙等及び1階中央和室の掛け布団にそれぞれ所携のライターで点火して火を放ち,床及び天井等に燃え移らせ,よって,A及びBらが現に住居に使用する上記家屋合計2棟を- 3 -それぞれ全焼させて焼損し第2判示第1のとおり,自宅等を焼損させた後,岡山県倉敷市cd番地所在のC住宅D団地e号棟f号室で,両親,弟と同居するようになったが,同年11月17日午後9時50分ころ,上記506号室において,父親のE(当時53歳)が自分の過食についてどのように思っているか聞こうと思い,同人を自分の部屋に呼んだところ,同人は過食についての意見は言わないばかりか,かえって被告人が室内で喫煙していたことを注意したため,自分の苦しみや気持ちを理解してくれないと考えて立腹し,それを紛らわそうと母親に食べ物を買ってくるよう命じたところ,父親が母親と一緒に自宅を出て行こうとしたので,被告人は過食を治したいのに,自分の命じるまま食べ物を買ってくる両親は自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考え,日頃から父親に対して激しい嫌悪感を抱いていたことと相まって,上記のような態度を見せる父親に立腹し,そのころ,同所において,同人に対し,その背部を文化包丁(平成13年押第34号の1。刃体の長さ約14.2センチメートル)で1回突き刺し, ていたことと相まって,上記のような態度を見せる父親に立腹し,そのころ,同所において,同人に対し,その背部を文化包丁(平成13年押第34号の1。刃体の長さ約14.2センチメートル)で1回突き刺し,よって,同人に加療約3週間を要する右胸背部刺創等の傷害を負わせたものである。 (証拠の標目)略(法令の適用)被告人の判示第1の所為は包括して刑法108条に,判示第2の所為は同法204条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については有期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をし,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中340日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 - 4 -(弁護人の主張に対する判断) 弁護人は,本件各犯行の被告人の動機を争い,また,本件各犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあったと主張するところ,動機を争うとの主張は,被告人が心神耗弱の状態にあったことの一つの証左として,了解可能な動機がないとの趣旨と思料されるので,以下,併せて論じる。 判示犯行に至る経緯のとおり,被告人は,本件各犯行当時,対人恐怖,摂食障害,情緒不安定の状態にあり,医師Fの警察官調書(76)によれば,平成11年に過食症,対人恐怖症,境界型人格障害と診断され,そのための治療を受けていたことが認められる。 そして,判示第1の犯行について,甲作成の精神鑑定書(36)及び第2回公判調書中の同人の供述部分(以下,併せて「甲鑑定」とい 界型人格障害と診断され,そのための治療を受けていたことが認められる。 そして,判示第1の犯行について,甲作成の精神鑑定書(36)及び第2回公判調書中の同人の供述部分(以下,併せて「甲鑑定」という。)によれば,被告人は,DSM-Ⅳ精神疾患の分類と診断の手引(48。以下「DSM-Ⅳ」という。)記載の(摂食障害を伴う)境界型人格障害(境界性人格障害も同義)と診断され,判示第1の犯行当時,幻覚妄想のような認知障害も,意識障害を呈するほどの情動の変化もなく,是非善悪を弁識する能力はあり,その弁識に従って行動することのできる能力には若干の減弱がみられると判断されていることが認められる。また,判示第2の犯行について,乙作成の精神鑑定書(80。以下「乙鑑定」という。)によれば,被告人は,DSM-Ⅳの境界型人格障害と診断され(副次的に対人恐怖が発生し,摂食障害も伴う。),分裂病型人格障害や分裂病質人格障害の合併はなく,判示第2の犯行前,犯行当時において,幻覚,妄想,意識障害,意識解離などの症状はみられず,自己の行動の是非を判別し,その弁別に従って行為する能力に問題はなかったと判断されていることが認められる。 さらに,判示第1,第2の各犯行について,丙作成の精神鑑定書及び同人の証言(以下,併せて「丙鑑定」という。)によれば,被告人は,DSM-Ⅳの分裂病質人格障害と診断され,判示第1,第2の各犯行は,幻覚妄想などの精神病状態や意識障害下でなされたものではないが,被告人には,精神分裂病性の性格変化- 5 -との共通性があることは否定できず,被告人を精神分裂病とは診断できないものの,上記分裂病質人格障害という診断には,将来精神分裂病を顕在する例,極めて軽症の精神分裂病を含んでいる可能性があって,本件各犯行当時,被告人の是非善悪を弁識する能力及び弁識に従っ 診断できないものの,上記分裂病質人格障害という診断には,将来精神分裂病を顕在する例,極めて軽症の精神分裂病を含んでいる可能性があって,本件各犯行当時,被告人の是非善悪を弁識する能力及び弁識に従って行為する能力は,相当程度低下していたと判断され,鑑定人の私見として,限定責任能力とまではいえなくても,ある程度の責任能力の減弱が認められてはどうかと考えると付加されていることが認められる。 上記3鑑定は,いずれも診断の資料となった客観的諸事実に誤りがなく,かつ首肯しうる合理的方法で診断が行われているものであるから,診断の結果を尊重すべきところ,上記のとおり,甲鑑定及び乙鑑定と丙鑑定との間には,診断名などに相違がみられる。すなわち,丙鑑定は,被告人には境界型人格障害の典型例にしばしばみられる「理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる不安定で激しい対人関係様式」(DSM-Ⅳによる境界型人格障害の診断基準(2)が認められないこと(甲鑑定及び乙鑑定もこの診断基準に該当するとの判断を示していない。)などから,甲鑑定及び乙鑑定による境界型人格障害との診断に疑問を呈し,被告人はDSM-Ⅳによる分裂病質人格障害の診断基準を満たしていると認めて,分裂病質人格障害と診断しているのであるが,他方で,丙鑑定にも,被告人を分裂病質人格障害と診断すると,被告人にみられる摂食障害や対人恐怖の症状が合併することの説明が不十分であったり,本件各犯行などの激しい焦燥感と攻撃性・衝動性は境界型人格障害以外の他の人格障害ではみられない特徴であるといった難点があることは,丙鑑定自体がこれを認めている。そして,丙の証言によっても,境界型人格障害と分裂病質人格障害を明確に分類することは不可能であり,複合的な類型もありうることが認められる。その上,甲鑑定及び乙鑑 とは,丙鑑定自体がこれを認めている。そして,丙の証言によっても,境界型人格障害と分裂病質人格障害を明確に分類することは不可能であり,複合的な類型もありうることが認められる。その上,甲鑑定及び乙鑑定と丙鑑定との間では,被告人の症状のDSM-Ⅳによる診断基準への当てはめ,評価について差異が認められるものの,共通する部分も多く,また,被告人の生活歴,犯行状況,心理検査の結果等,前提とした客観的- 6 -諸事実は共通である。そうすると,被告人が境界型人格障害,分裂病質人格障害または両者の混合型のいずれであるのかは,決し難いところである。 しかし,上記3鑑定は,被告人が本件各犯行当時,人格障害に罹患していたが,幻覚妄想などの認知障害や意識障害はなく,被告人の是非善悪を弁識する能力及びその弁識に従って行動する能力に低下はあるものの,それは著しいものではなく,完全責任能力であったと判断する点では,一致した内容となっている。 この点,弁護人は,丙鑑定が,分裂病質人格障害という診断には将来精神分裂病を顕在化する例,極めて軽症の精神分裂病を含んでいる可能性があるとし,さらに,丙が,「被告人の場合でも,恐らく20年ほど前にこういう鑑定がなされたら,単純型分裂病と言われた可能性がある。分裂病という診断が,仮にきちっと出されたとした場合には,被告人は限定責任能力になると思う。」と証言していることを根拠に,被告人は心神耗弱の状態にあったと主張する。 しかし,丙鑑定は,甲鑑定及び乙鑑定と同様に,合理的根拠に基づき,被告人を精神分裂病とは診断できないとしている上,分裂病質人格障害という診断には上記の可能性があることを前提としながらも,なお,責任能力について,上記のとおり判断しているのであるから,仮に,丙鑑定に依拠したとしても,被告人が心神耗弱の状態にあったという結論 障害という診断には上記の可能性があることを前提としながらも,なお,責任能力について,上記のとおり判断しているのであるから,仮に,丙鑑定に依拠したとしても,被告人が心神耗弱の状態にあったという結論が導き出されるものではない。 そこで,次に,本件各犯行の動機,態様等について,以下検討する。 (1) 本件各犯行の動機について,弁護人は,被告人には激しい焦燥感があり,攻撃性,衝動性から計画性もなく短絡的になされたもので,現在もこれらの犯行に対する反省の気持ちも深刻さも欠けているのであって,正常人が納得できる確たる動機もなく行われたものであり,放火の公訴事実に記載されている「うっぷんを晴らす」というのは結果であって動機ではない,と主張する。 しかし,被告人,被告人の母親であるB及び被告人の父親であるEの供述によれば,被告人は自己の対人恐怖や摂食障害の症状に悩み,これらを治したいと常々考えており,他方で,対人恐怖から他人と関わらざるを得ない入通院が- 7 -満足にできないことに焦燥感を抱いていたこと,その焦燥感などを紛らわそうと過食をしてしまうために一層自己嫌悪に陥っていたこと,家族が被告人を怒らせないように腫れ物に触るように接していたことや,被告人の命じるままに食べ物を買ってくることに対しても,家族は自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考えていたことが認められる。 そして,判示第1の犯行直前,被告人が予約していた治療を受けることができず,母親に暴力を振るい,結局,自宅に1人取り残された形になった経緯は,判示認定のとおりである。 以上の事実によれば,被告人は,せっかく入院を決意したのに,家族の協力が得られないため治療の機会を失ったなどと考えて,苛立ちを募らせ,母親に当たった結果,自宅に1人置き去りにされたことから,家族は自分の苦しみや れば,被告人は,せっかく入院を決意したのに,家族の協力が得られないため治療の機会を失ったなどと考えて,苛立ちを募らせ,母親に当たった結果,自宅に1人置き去りにされたことから,家族は自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考え,そのような家族に対する苛立ちないし焦燥感にかられ,これを紛らわそうと物に当たったが,苛立ちないし焦燥感を治めることができずに,これを解消させようとして祖母宅に放火したものと,その犯行の動機を合理的に推認できる。 そして,確かに,祖母宅の放火に加え,自宅までも放火したことについて,丙鑑定によれば,被告人は,鑑定人との問診で,祖母宅の放火だけでは気が引けるから,ついでに自宅にも火をつけたと答えており,検察官調書(45)でも,自宅にまで放火した理由は分からないと供述している。しかし,祖母宅と自宅は隣り合っており,祖母宅の放火の直後に自宅の放火を決意し,その後,「ざまあみろ。」などといった気持ちを覚えていること(44)からすれば,自宅に放火した直接の動機は,祖母宅の放火では苛立ちないし焦燥感がなお解消しなかったことにあると認められる。 以上によれば,判示第1の犯行の動機は,了解可能なものというべきである。 また,判示第2の犯行についてみると,そもそも当時,被告人が父親の姿を見ることさえ拒むほどに父親を嫌悪していたことや,自己の過食について父親- 8 -に意見を求めたことに端を発する犯行直前の経緯は,判示認定のとおりである。 以上の事実によれば,被告人は,自分が過食について悩んでいるのに父親がそれについては何も言わず,本当は過食をしたくないのに,父親が,自分の言うがまま,母親と2人で食べ物を買いに出かけようとしたことから,元々嫌悪していた父親が,自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考えて立腹し,父親を刺したもの をしたくないのに,父親が,自分の言うがまま,母親と2人で食べ物を買いに出かけようとしたことから,元々嫌悪していた父親が,自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと考えて立腹し,父親を刺したものと認められる。そうすると,その犯行の動機は,了解可能なものというべきである。 (2) 犯行の態様についてみると,判示第1の犯行において,被告人は,祖母宅の放火では,毛糸ならば,良く燃えると考え,毛糸のこたつ掛けの上に,何本ものマッチを点火して投げ込んで,こたつ掛けを燃え上がらせており,また,自宅の放火では,家屋の奥の方から順次火をつけ,玄関から安全に逃げることができるような方法で放火するなど,合理的な行動をしている。また,判示第2の犯行において,被告人は,一度文化包丁を取り出そうとしたとき,その場にいた母親に見つかれば止められると考え,包丁を手にするのをやめ,その場にあったコーヒーメーカーや皿などを床に投げつけて,母親と父親がそれを片づけようとした隙に文化包丁を取り出すなど,犯行実現に向けて合理的な行動をしている。 (3) さらに,被告人には,本件各犯行についての記憶がおおよそ清明に保たれているし,本件各犯行当時,被告人に幻覚妄想や意識障害がなかったことも明らかである。 (4) そして,被告人の攻撃の対象は常に家族にのみ向けられており,他人に対する攻撃性が認められない上,判示第1の犯行において,被告人は,祖母宅の窓ガラスを割ったときに,世間体を考えて周囲の様子を見るなどしており,抑制的な思考,行動もみられる。 そうすると,被告人が,放火や傷害自体の一般的な違法性は認識し,近所の人などには迷惑をかけ悪いことをしたと考えてはいるものの,自己の行為は悪くな- 9 -いと考え,反省の気持ちが今なおみられないことや,単純な暴行,器物損壊にとどまら 一般的な違法性は認識し,近所の人などには迷惑をかけ悪いことをしたと考えてはいるものの,自己の行為は悪くな- 9 -いと考え,反省の気持ちが今なおみられないことや,単純な暴行,器物損壊にとどまらず,凶器を使っての傷害や家屋2棟の放火という極端な行動に出たこと,さらに前記3鑑定の診断などに照らして,被告人は,本件各犯行当時,人格障害により事理善悪を弁識する能力及びその弁識に従って行動する能力が低下していたことは否定できないが,上記3及び4で検討した諸事情によれば,その低下の程度は著しいものとはいえず,被告人は心神耗弱の状態にはなかったものと認められる。よって,弁護人の主張は理由がない。 (量刑の理由)本件は,自宅及びその隣にある祖母宅に放火して,全焼させた事案(判示第1の犯行)及び自宅において,父親を文化包丁で刺して,傷害を負わせた事案(判示第2の犯行)である。 判示第1の犯行についてみると,被告人は,判示のとおり,自分が対人恐怖症や摂食障害に悩み,これを治したいと考えているのに,家族が自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと思い込んで,本件犯行に及んだものであるが,実際には,被害者である被告人の家族は,被告人のために言い知れぬ苦労や努力をしており,何ら落ち度がないことからすれば,その動機は身勝手なものである。被告人は,祖母宅に放火し,さらに自宅まで放火するなど,犯行態様が執拗である上,その結果2棟の住居として使用されていた家屋が全焼し,現に祖母宅には祖母がいたのであって,その生命,身体に対して与えた危険は極めて大きい。また,近隣に存在する住宅への延焼は幸いにも免れたものの,その危険は極めて高かった上,深夜の放火であり,近隣住民に与えた不安感にも大きいものがある。 次いで,判示第2の犯行については,家族が自分の苦しみや気持ちを理解し 住宅への延焼は幸いにも免れたものの,その危険は極めて高かった上,深夜の放火であり,近隣住民に与えた不安感にも大きいものがある。 次いで,判示第2の犯行については,家族が自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないとの考えに加えて,日頃嫌悪している父親に対する立腹から犯行に及んだもので,動機は身勝手である。被告人のために苦労し努力していた被害者である父親に,特に落ち度は認められない。被告人は,目的敢行のために,文化包丁を取り出すところをそばにいた母親に見られないように考えを巡らせており,周到であ- 10 -るし,刃体の長さ約14.2センチメートルもの文化包丁で、背中を背後から突き刺す行為は,一歩間違えれば死につながる極めて危険な行為であり,態様は悪質である。現実に被害者である父親は,右胸背部刺創,右肋間動脈損傷,右血気胸の傷害を負い,放置すれば死の危険さえあったものであって,結果は決して軽くない。 さらに,判示第2の犯行は,判示第1の犯行について裁判中に犯したものであることからも,厳しい非難を免れない。 被告人は,放火や傷害の一般的な違法性は認識しているものの,被告人によれば自分の苦しみや気持ちを理解してくれない家族に対して,このような危害を加えたことについて,罪悪感を感じておらず,反省している様子は窺われないのであって,その身勝手さや,偏った価値観が改まらない限り,再犯の危険も多分に懸念される。 したがって,被告人の刑事責任には重いものがあって,被告人に社会内での更生の機会を与えることは相当でない。 しかし,被告人が対人恐怖,摂食障害などの症状を有し,人格障害に罹患していることに疑いはなく,被告人が,自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと感じている家族に対して,本件各犯行に及んだことは,正にその人格障害の故であり,そのため是非弁別能 し,人格障害に罹患していることに疑いはなく,被告人が,自分の苦しみや気持ちを理解してくれていないと感じている家族に対して,本件各犯行に及んだことは,正にその人格障害の故であり,そのため是非弁別能力,行動制御能力が低下していたことは否定し難いこと,被告人も自分の症状に悩み,治療したいと考えていたのであって,本件各犯行に及ぶまでの被告人の心境には同情の余地もあること,本件各犯行の被害者は主として被告人の家族であり,いずれも処罰を望んでいないこと,被告人の家族に対する感情は,少しずつ改善されてきており,前向きに生きていこうという姿勢もみられること,被告人の人格障害は,精神科に入院し,薬物療法や精神療法により,症状の改善が期待できるものであって,将来,精神科への入院が必要であること,被告人も治療に苦痛が伴うことを覚悟し,入院を決意していること,被害者である家族は今後も被告人を受け入れていくことを証言していること,被告人の治療のため精神科医の受け入れ態勢も整っていること,すでに長期間身柄を拘束されていること,前科前歴がないことなど,被告人に有利な事情も多々あるので,以上を考慮して,- 11 -酌量減軽した上で,主文の刑を定めた。 (求刑懲役5年)平成14年5月28日岡山地方裁判所第一刑事部裁判長裁判官西田真基裁判官金子隆雄裁判官永野公規

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