平成27年2月26日判決言渡同日原本交付裁判所書記官平成23年(ワ)第14368号職務発明対価請求事件口頭弁論終結日平成26年11月13日判決さいたま市<以下略>原告 A同訴訟代理人弁護士赤尾直人東京都千代田区<以下略>被告株式会社リケン同訴訟代理人弁護士日野修男藤井冨弘山本卓也同訴訟復代理人弁護士大林和人 主文 1 被告は,原告に対し,223万9585円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを50分し,その1を被告の,その余を原告の各負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,1億1380万7102円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,3件の特許権に係る職務発明についての特許を受ける権利を被告に承継させたことによる平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下「旧35条」という。)3項に基づく相当の対価1億1380万7102円及びこれに対する請求日の後である平成23年5月21日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実並びに当裁判所に顕著な事実)(1) 当事者ア原告は,大学卒業後,昭和48年 遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実並びに当裁判所に顕著な事実)(1) 当事者ア原告は,大学卒業後,昭和48年4月に被告に入社し,平成21年6月に退職するまで,主として金属材料の表面処理に関する技術開発等に従事した。 イ被告は,各種ピストンリング及びシール部品等の自動車部品並びに他の産業機械部品の製造及び販売等を目的とする株式会社である。 (2) 被告の特許権ア被告は,下記の特許権(以下,順に「本件特許権1」,その特許を「本件特許1」などといい,「本件各特許権」,「本件各特許」と総称する。 また,それぞれの特許出願の願書に添付された明細書(本件特許2については平成12年10月2日に確定した訂正後のもの)を順に「本件明細書1」などという。)を保有していた。(甲1の1~3,2の2,乙5,43)。 (ア) 本件特許権1登録番号特許第2732519号発明の名称ピストンリング及びその製造方法原出願日昭和59年10月5日(特願昭59-207986号。以下「本件原出願」という。)分割出願の日平成7年1月26日(特願平7-10393号)公開日平成7年10月31日(特開平7-286261号)登録日平成9年12月26日存続期間満了日平成16年10月5日発明者原告なお,本件特許1については,本件訴訟提起後の無効審判請求により無効とする旨の審決が確定した。 (イ) 本件特許権2登録番号特許第2692758号発明の名称ピストンリング原出願日 (ア)と同じ(本件特許権1及び2は同一の原出願からの分割出願である。)分割出願 ) 本件特許権2登録番号特許第2692758号発明の名称ピストンリング原出願日 (ア)と同じ(本件特許権1及び2は同一の原出願からの分割出願である。)分割出願の日平成7年1月26日(特願平7-10452号)公開日平成7年10月31日(特開平7-286262号)登録日平成9年9月5日登録抹消日平成16年9月5日発明者原告(ウ) 本件特許権3登録番号特許第2771947号発明の名称摺動部材出願日平成6年4月21日(特願平6-104993号)公開日平成7年11月7日(特開平7-292458号)登録日平成10年4月17日発明者原告,B(以下「B」という。)イ本件各特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,順に「本件発明1」などといい,「本件各発明」と総称する。なお,本件発明2は上記訂正後の特許請求の範囲である。)(甲1の1~3,乙5)。 (ア) 本件発明1「少なくとも一つの摺動面に,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織を主成分とした組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成したことを特徴とするピストンリング。」(イ) 本件発明2「少なくとも一つの摺動面に,X線回折法で同定されるCrN型窒化クロムのみを主成分とし,CrN相の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成したことを特徴とするピストンリング。」(ウ) 本件発明3「鋳鉄または鋼からなる母材の表面にイオンプレーティングによるクロムと窒素とを主成分とする皮膜を被覆させた摺動部材において,皮膜を被覆させる母材の表 とするピストンリング。」(ウ) 本件発明3「鋳鉄または鋼からなる母材の表面にイオンプレーティングによるクロムと窒素とを主成分とする皮膜を被覆させた摺動部材において,皮膜を被覆させる母材の表面粗さがブラスチング処理による2μm~8μmであり,皮膜の表面粗さを0.8μm以下とし,且つ膜厚を10μm~60μmとしたことを特徴とする摺動部材。」(3) 特許を受ける権利の承継等ア原告は,被告に在職中に,被告における原告の職務に属する行為により,本件発明1及び2は単独で,本件発明3は被告の従業員Bと共同で,それぞれ発明した。 イ被告は,職務発明に関し,特許規定,特許表彰要領,特許社長表彰運用基準等を定めている(以下,これらを併せて「本件特許規定等」という。)。本件特許規定等には,職務発明に係る特許を受ける権利は被告に承継され,被告は,特許発明を実施したときなどに,職務発明をした従業員に対し所定の金銭を支払う旨が規定されている。 ウ本件特許1及び2は本件原出願の分割出願に係る特許であるところ,被告は,昭和59年9月10日,本件特許規定等に基づいて本件原出願の対象とされた発明について特許を受ける権利を原告から承継した。また,被告は,平成6年2月21日,本件特許規定等に基づいて本件発明3について特許を受ける権利を原告及びBから承継した。(乙3,4)エ被告は,本件各特許につき,第三者に実施許諾をしていない。 (4) 被告の製品アピストンリングは自動車等のエンジン内のピストンとシリンダ内壁との間の隙間をなくすためにピストンに装着される部品であり,燃焼室側からトップリング,セカンドリング及びオイルリングの3本が装着される。オイルリングの種類として,レール(スリーピースオイルリング)及びDVM(ツーピースオイルリング)がある れる部品であり,燃焼室側からトップリング,セカンドリング及びオイルリングの3本が装着される。オイルリングの種類として,レール(スリーピースオイルリング)及びDVM(ツーピースオイルリング)がある。(乙91,95,96)イ被告は,イオンプレーティングにより窒化クロムの皮膜を形成したトップリング及びオイルリング(DVM及びレール)を製造していたが,これらは,IP番号(イオンプレーティング皮膜の種類を分類するために被告が付した番号)により分類することが可能である。 被告が製造する上記トップリング及びオイルリングには,●(省略)●(以下「Crアンダーコート品」という。)と,このような下地の皮膜を成膜していない製品があった。 (5) 被告による支払被告は,原告に対し,本件特許規定等に基づき,次のとおりの支払をした。 ア実施賞(合計78万7400円)(ア) 平成10年度分(平成10年4月1日から平成11年3月31日までの特許発明の実施を理由に支払われた金員をいう。以下,各年度分につき同旨。ただし,実施の有無については後記のとおり争いがある。)平成11年11月30日に,本件特許1及び2につき各1万円を支払った。 (イ) 平成11年度分平成12年12月29日に,本件各特許につき各1万円を支払った。 (ウ) 平成12年度分平成13年12月4日に,本件特許1につき2万円,本件特許2につき5000円,本件特許3につき1万5000円を支払った。 (エ) 平成13年度分平成14年12月10日に,本件特許1につき2万円,本件特許2につき2万円,本件特許3につき1万円を支払った。 (オ) 平成14年度分平成15年12月8日に,本件特許1につき4万円,本件特許2につき3万円,本件特許3につき1万5000円を支払っ 特許2につき2万円,本件特許3につき1万円を支払った。 (オ) 平成14年度分平成15年12月8日に,本件特許1につき4万円,本件特許2につき3万円,本件特許3につき1万5000円を支払った。 (カ) 平成15年度分平成16年12月8日に,本件特許1につき3万円,本件特許2につき2万円,本件特許3につき1万5000円を支払った。 (キ) 平成16年度分平成17年12月13日に,本件特許1につき1万3400円,本件特許2につき1万5400円,本件特許3につき3万7700円を支払った。 (ク) 平成17年度分平成18年12月15日に,本件特許3につき7万7800円を支払った。 (ケ) 平成18年度分平成20年1月31日に,本件特許3につき11万3300円を支払った。 (コ) 平成19年度分平成21年3月31日に,本件特許3につき12万3900円を支払った。 (サ) 平成20年度分平成22年11月25日に,本件特許3について11万5900円を支払った。 イ社長表彰(合計43万7000円)平成12年12月5日に,トップリングについて18万3000円,オイルリングについて25万4000円を支払った。 (6) 本件訴訟における経過ア原告は,平成23年4月28日,本件訴訟を提起した。 イ被告は,平成23年9月28日第1回弁論準備手続期日において,後記2(2)(被告の主張)アの相当の対価支払請求権全部についての消滅時効を援用する意思表示をした。また,平成24年9月4日第6回弁論準備手続期日において,同イの各年度分の相当の対価支払請求権についての消滅時効を援用する意思表示をした。 2 争点及び争点に関する当事者の主張本件各発明が旧35条1項の職務発明に当たることに争いはなく, 日において,同イの各年度分の相当の対価支払請求権についての消滅時効を援用する意思表示をした。 2 争点及び争点に関する当事者の主張本件各発明が旧35条1項の職務発明に当たることに争いはなく,原告は,被告が本件各発明を独占的に実施して利益を得たとして,これについての相当の対価(同条3項,4項)の支払を求めている。本件の争点は,(1) 被告による本件各発明の実施の有無(争点1),(2) 消滅時効の成否(争点2),(3) 本件各発明により受けるべき利益の額(争点3),(4) 相当の対価の額(争点4)であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。 (1) 被告による本件各発明の実施の有無(争点1)について(原告の主張)ア被告の製品(ア) 本件発明1被告は,本件特許1の出願公開日である平成7年10月31日から存続期間満了日である平成16年10月5日まで,本件発明1の実施品であるIP200トップリング及びIP200オイルリング(DVM及びレール)(以下「被告製品1」と総称する。)を製造販売していた。 (イ) 本件発明2被告は,本件特許2の出願公開日である平成7年10月31日から存続期間満了日である平成16年10月5日まで,本件発明2の実施品であるIP251トップリング,IP251オイルリング(DVM),IP253トップリング及びIP300トップリング(以下「被告製品2」と総称する。)を製造販売していた。 (ウ) 本件発明3被告は,本件特許3の出願公開日である平成7年11月7日から平成21年7月まで,本件発明3の実施品である被告製品1及び被告製品2(以下,被告製品1及び2を併せて「被告各製品」ということがある。)を製造販売していた。 (エ) 炉ごとの実施期間被告は,1~10号炉,試作炉(HCD炉 の実施品である被告製品1及び被告製品2(以下,被告製品1及び2を併せて「被告各製品」ということがある。)を製造販売していた。 (エ) 炉ごとの実施期間被告は,1~10号炉,試作炉(HCD炉)及び試作炉(AIP炉)2炉を設置し,各炉でイオンプレーティングをしていた。本件各発明の炉ごとの実施期間は,別紙主張対照表①~④の「原告」欄の各「実施(製造)開始」欄の日又は月から各「同終了」欄の日又は月までである。 イ技術的範囲の属否について(ア) 本件発明1a 本件発明1の技術的範囲(a) 「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる」とは,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムが含まれていれば足り,その割合は問わない。 (b) 特許請求の範囲にはイオンプレーティングの方式に関する記載はないから,イオンプレーティングの方式(HCD方式かAIP方式か)を問わず本件発明1の技術的範囲に属する。 (c) Crアンダーコート品も本件発明1の技術的範囲に属する。 b 充足性被告製品1は,「少なくとも一つの摺動面に,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織を主成分とした組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成した」ピストンリングであるから,Cr2N型窒化クロムの割合,製造した炉の種類及びCrアンダーコートの有無を問わず,本件発明1の構成要件を充足する。 (イ) 本件発明2についてa 本件発明2の技術的範囲(a) 「CrN相の大きさ」とは,CrN相を形成する結晶子の大きさを意味する。 (b) 特許請求の範囲にはイオンプレーティングの方式に関する記載はないから,イオンプレーティングの方式を問わず本件発明2の技術的範囲に属する。 (c) Crアンダーコート品も本件発明2の技術的範囲に属する。 の範囲にはイオンプレーティングの方式に関する記載はないから,イオンプレーティングの方式を問わず本件発明2の技術的範囲に属する。 (c) Crアンダーコート品も本件発明2の技術的範囲に属する。 b 充足性被告製品2は,「少なくとも一つの摺動面に,X線回折法で同定されるCrN型窒化クロムを主成分とし」,CrN相を形成する結晶子の「大きさが1000オングストローム以下の超微細組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成した」ピストンリングであるから,製造した炉の種類及びCrアンダーコートの有無を問わず,本件発明2の構成要件を充足する。 (ウ) 本件発明3についてa 本件発明3の技術的範囲(a) 「表面粗さ」の指標はRz(十点平均粗さ)である。 (b) 特許請求の範囲にはイオンプレーティングの方式に関する記載はないから,イオンプレーティングの方式を問わず本件発明3の技術的範囲に属する。 (c) Crアンダーコート品も本件発明3の技術的範囲に属する。 b 充足性(a) 被告各製品のうち,●(省略)●を使用したものは「母材の表面粗さがブラスチング処理による2μm~8μm」(Rzの指標)に当たる。 (b) 被告各製品のうち,別紙主張対照表③及び④の発明3の「原告」欄の「実施(製造)開始」欄の日から「同終了」欄の日までに製造されたものは,●(省略)●を使用している。 (c) 上記(b)の製品は,「鋳鉄または鋼からなる母材の表面にイオンプレーティングによるクロムと窒素とを主成分とする皮膜を被覆させた摺動部材」であって,「皮膜の表面粗さを0.8μm以下とし,且つ膜厚を10μm~60μmとした」摺動部材であるから,製造した炉の種類及びCrアンダーコートの有無を問わず,本件発明3の構成要件を充足する。 (エ) 試作炉における実 さを0.8μm以下とし,且つ膜厚を10μm~60μmとした」摺動部材であるから,製造した炉の種類及びCrアンダーコートの有無を問わず,本件発明3の構成要件を充足する。 (エ) 試作炉における実施について(本件各発明を通じ)被告は試作炉において製造したピストンリングを顧客に販売しているから,これが試験又は研究のためにする実施に当たることはない。 (被告の主張)ア被告の製品被告各製品の製造期間は,別紙主張対照表①~④の「被告」欄の各「実施(製造)開始」欄の日又は月から各「同終了」欄の日又は月までである。 イ技術的範囲の属否について(ア) 本件発明1a 本件発明1の技術的範囲(a) 本件明細書1の段落【0012】及び【図4】によれば,「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織」とは,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの含有割合がほぼ同程度である場合に限られる。 (b) 本件明細書1にはイオンプレーティングの方式としてHCD方式についての記載はあるがAIP方式についての記載はない。また,本件明細書1の段落【0011】には,クロムの蒸着速度がチタンの蒸着速度より極めて速いことが記載されているが,AIP方式ではクロムよりチタンの蒸着速度の方が早く,本件発明1の効果を得ることができない。 したがって,AIP方式によるイオンプレーティングは本件発明1の技術的範囲に属しない。 (c) Crアンダーコート品は,窒化クロムから成るイオンプレーティング被覆層の下にイオンプレーティングにより金属クロムから成る皮膜を成膜したものであり,窒化クロムを主成分とするものでないから,本件発明1の技術的範囲に属しない。 b 充足性(a) CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロム る皮膜を成膜したものであり,窒化クロムを主成分とするものでないから,本件発明1の技術的範囲に属しない。 b 充足性(a) CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの混合相では,本件発明1の作用効果である剥離防止,耐摩耗性及び耐焼き付き特性の向上(段落【0010】)の作用効果を得られないから,被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属しない。 (b) 被告製品1のうちAIP炉で製造した製品は,CrN型窒化クロム単一相である。仮に,Cr2N型窒化クロムが含まれるとしてもその割合は非常に小さいから,上記a(a)に照らし,「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織」を充足しない。 また,AIP炉で製造した製品は,上記a(b)に照らし,本件発明1の技術的範囲に属しない。 (c) 被告製品1のうちCrアンダーコート品は,上記a(c)に照らし,本件発明1の技術的範囲に属しない。 (イ) 本件発明2についてa 本件発明2の技術的範囲(a) ① 「CrN相」とはCrNの状態を意味するから,大きさを観念することはできないこと,② 仮に「CrN相」をCrN相を形成する結晶の大きさと解するとしても,結晶子の大きさか結晶粒の大きさかは不明であること,③ X線回折により結晶粒子の大きさを検出する際の測定可能な最大値は1000オングストロームであり,「CrN相の大きさ」をX線回折により測定される結晶子の大きさとすると本件発明2の数値限定は無意味なものとなることからすれば,「CrN相の大きさ」をCrN相を形成する結晶子の大きさとする原告の解釈は不当である。 (b) 本件明細書2にはイオンプレーティングの方式としてHCD方式についての記載はあるがAIP方式についての記載はない。また,本件明細書2の段 する結晶子の大きさとする原告の解釈は不当である。 (b) 本件明細書2にはイオンプレーティングの方式としてHCD方式についての記載はあるがAIP方式についての記載はない。また,本件明細書2の段落【0011】には,クロムの蒸着速度がチタンの蒸着速度より極めて速いことが記載されているが,AIP方式ではクロムよりチタンの蒸着速度の方が早く,本件発明2の効果を得ることができない。 したがって,AIP方式によるイオンプレーティングは本件発明2の技術的範囲に属しない。 (c) Crアンダーコート品は,窒化クロムから成るイオンプレーティング被覆層の下にイオンプレーティングにより金属クロムから成る皮膜を成膜したものであり,窒化クロムのみを主成分とするものでないから,本件発明2の技術的範囲に属しない。 b 被告製品2の充足性(a) 「CrN相の大きさ」はCrNの結晶粒の大きさと解すべきものであり,そうであるとすると,被告製品2の結晶粒の大きさは1000オングストローム以下ではないから,本件発明2の技術的範囲に属しない。 (b) 被告製品2のうちAIP炉で製造した製品は,上記a(b)に照らし,本件発明2の技術的範囲に属しない。 (c) 被告製品2のうちCrアンダーコート品は,上記a(c)に照らし,本件発明2の技術的範囲に属しない。 (ウ) 本件発明3についてa 本件発明3の技術的範囲(a) 表面粗さの指標には,Ra(中心線平均粗さ),Rmax(最大高さ),Rz(十点平均粗さ)があるが,特許請求の範囲及び本件明細書3の記載からはいずれであるのか不明であり,Rzであるとする原告の解釈は不当である。 (b) 本件明細書3にはHCD方式についての記載はあるがAIP方式についての記載はないし,本件明細書3の段落【0009】には,クロ あるのか不明であり,Rzであるとする原告の解釈は不当である。 (b) 本件明細書3にはHCD方式についての記載はあるがAIP方式についての記載はないし,本件明細書3の段落【0009】には,クロムの蒸着速度がチタンの蒸着速度より速いことが記載されているが,AIP方式ではクロムよりチタンの蒸着速度の方が早く,本件発明3の効果を得ることができない。 したがって,AIP方式によるイオンプレーティングは本件発明3の技術的範囲に含まれない。 (c) Crアンダーコート品は,窒化クロムから成るイオンプレーティング被覆層の下にイオンプレーティングにより金属クロムから成る皮膜を成膜したものであり,クロムと窒素を主成分とするものでないから,本件発明3の技術的範囲に属しない。 b 被告各製品の充足性(a) 被告各製品のブラスチングの際に用いるホーニング材は,別紙主張対照表③及び④の「被告」欄の●(省略)●に切り替えた。切替え後のものは,「母材の表面粗さ」がRzであっても「2μm~8μm」を充足しない。 (b) 被告各製品のうちAIP炉で製造した製品は,上記a(b)に照らし,本件発明3の技術的範囲に属しない。 (c) 被告各製品のうちCrアンダーコート品は,上記a(c)に照らし,本件発明3の技術的範囲に属しない。 (エ) 試作炉における製造について(本件各発明を通じ)被告各製品のうち試作炉で製造されたピストンリングは,顧客において試験又は研究のために使用され,量産車で使用するために作られたものではないから,本件各発明の独占的効力に基づく実施に当たらない。 (2) 消滅時効の成否(争点2)について(被告の主張)ア相当の対価支払請求権全部の消滅時効(主位的主張)本件特許規定等には相当の対価の支払時期の定めはないので,特許を受け たらない。 (2) 消滅時効の成否(争点2)について(被告の主張)ア相当の対価支払請求権全部の消滅時効(主位的主張)本件特許規定等には相当の対価の支払時期の定めはないので,特許を受ける権利の移転時が消滅時効の起算点となる。 (ア) 本件発明1及び2分割出願された本件発明1及び2について特許を受ける権利は,本件原出願に係る発明の特許を受ける権利の移転時である昭和59年9月10日に原告から被告に移転し,同日,相当の対価支払請求権が発生した。 したがって,同日から時効期間が進行し,平成6年9月10日の経過により,本件発明1及び2についての相当の対価支払請求権は消滅した。 (イ) 本件発明3本件発明3について特許を受ける権利は平成6年2月21日に原告及びBから被告に移転し,同日,相当の対価支払請求権が発生した。したがって,同日から時効期間が進行し,平成16年2月21日の経過により,本件発明3についての相当の対価支払請求権は消滅した。 イ各年度分の相当の対価支払請求権の消滅時効(予備的主張)仮に,上記アの主張が認められないとしても,次のとおり,相当の対価支払請求権の一部は時効により消滅した。 (ア) 本件発明1a 本件特許規定等には,職務発明に係る特許権の設定登録がされた日の属する年度の末日までの実施に対する対価についての規定はないから,平成9年12月26日(本件特許権1の設定登録日)から平成10年3月31日までの実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効は平成9年12月26日から進行し,平成19年12月26日の経過により消滅した。 b 本件特許規定等には,特許権の設定登録がされた日の翌年度以降の実施については,年度ごとに実施賞を支払う旨の定めがある。 被告は,原告に対し,平成10年度分の実施賞を の経過により消滅した。 b 本件特許規定等には,特許権の設定登録がされた日の翌年度以降の実施については,年度ごとに実施賞を支払う旨の定めがある。 被告は,原告に対し,平成10年度分の実施賞を平成11年11月30日に,平成11年度分の実施賞を平成12年12月29日にそれぞれ支払ったから,各支払日から当該期間分の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効が進行し,平成21年11月30日及び平成22年12月29日の経過により上記各年度分の相当の対価支払請求権はそれぞれ消滅した。 (イ) 本件発明2a 本件特許規定等には,平成9年9月5日(本件特許権2の設定登録日)から平成10年3月31日までの実施に対する対価についての規定はないから,同期間分の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効は平成9年9月5日から進行し,平成19年9月5日の経過により消滅した。 b 被告は,原告に対し,平成10年度分及び平成11年度分の実施賞を本件発明1と同様に支払ったから,上記各年度分の実施に対応する相当の対価支払請求権はそれぞれ平成21年11月30日及び平成22年12月29日の経過により消滅した。 (ウ) 本件発明3a 本件特許規定等には,平成10年4月17日(本件特許権3の設定登録日)から平成11年3月31日までの実施に対する対価についての規定はないから,同期間分の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効は平成10年4月17日から進行し,平成20年4月17日の経過により消滅した。 b 被告は,平成12年12月29日,原告に対し,平成11年度分の実施賞を支払ったから,上記期間分の実施に対応する相当の対価支払請求権は平成22年12月29日の経過により消滅した。 (エ) 本件発明1~3a 本件特許規定等には,特許発明が3年間にわ 年度分の実施賞を支払ったから,上記期間分の実施に対応する相当の対価支払請求権は平成22年12月29日の経過により消滅した。 (エ) 本件発明1~3a 本件特許規定等には,特許発明が3年間にわたり実施されており,かつ,発明の評価及び年間実績利益評価額が一定以上の場合には社長表彰を支払うことが定められている。 b 被告は,平成12年12月5日,原告に社長表彰を支払ったから,平成9年度~平成11年度の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効は同日から進行し,平成22年12月5日の経過により消滅した。 (原告の主張)ア相当の対価支払請求権全部の消滅時効に対し(ア) 起算点本件発明1及び2の特許を受ける権利が移転したのはこれらの発明に係る分割出願時(平成7年1月26日)であり,本件発明1及び2の相当の対価支払請求権も同日に発生した。 (イ) 承認実施賞及び社長表彰の支払は,本件各発明それぞれについて,相当の対価全体に対する債務の承認に当たる。 (ウ) 時効の利益の放棄仮に,本件発明1及び2の相当の対価支払請求権の消滅時効の起算点が昭和59年9月10日であり,上記(イ)の承認前に消滅時効が完成しているとしても,実施賞等の支払は時効完成後の承認であり,時効の利益を放棄したものといえる。 イ各年度分の相当の対価支払請求権の消滅時効に対し相当の対価支払請求権に基づく債務は毎年度累積し,実施賞及び社長表彰の支払は法定充当により過去の実施分に対応する相当の対価の支払に充当される。したがって,実施賞等の支払は,本件各発明それぞれについて,相当の対価支払請求権全体に対する債務の承認に当たる。 (3) 本件各発明により受けるべき利益の額(争点3)について(原告の主張)ア実施品の売上高本件各発明の実 発明それぞれについて,相当の対価支払請求権全体に対する債務の承認に当たる。 (3) 本件各発明により受けるべき利益の額(争点3)について(原告の主張)ア実施品の売上高本件各発明の実施品の製造本数は別紙主張対照表①~④の「原告」欄の「製造本数」欄の,売上高は同「売上高」欄のとおりであり,本件各発明ごとの実施品の売上高の合計は次のとおりである。 (ア) 本件発明1 合計51億0997万8187円トップリング 3315万0669円オイルリング(DVM及びレール) 50億7682万7518円(イ) 本件発明2 合計52億6307万8238円トップリング 52億6128万3396円オイルリング(DVM) 179万4842円(ウ) 本件発明3 合計55億0562万7116円トップリング 45億1625万4810円オイルリング(DVM及びレール) 9億8937万2306円イ超過売上げの割合(ア) 被告は,代表的な自動車メーカーを含む国内の内燃機関使用メーカーのほとんど全てにピストンリング製品を販売しており,ピストンリング製品の国内市場において50%のシェアを有している。 (イ) 平成8年当時,オイルリングについてPVD-CrN法(物理蒸着法による窒化クロム皮膜)を採用したメーカーは被告以外には存在せず,オイルリングの競合品はないから,被告はオイルリング(DVM及びレール)の国内市場を独占している。 トップリングについては,日本ピストンリング株式会社(以下「NPR社」という。)及びTPR株式会社(旧商号は帝国ピストンリング株式会社。以下「TPR社」という。)がPVD-CrN法によるトップリングを納品していたが,その割合は僅かであり,被告はトップリングの国内市場のほとんどを占めていた。 (ウ) 本 国ピストンリング株式会社。以下「TPR社」という。)がPVD-CrN法によるトップリングを納品していたが,その割合は僅かであり,被告はトップリングの国内市場のほとんどを占めていた。 (ウ) 本件各製品の利益率は被告が製造販売する他の製品に比して非常に高いが,これは本件各発明の実施による超過売上げの割合が高いことを意味する。 (エ) 以上によれば,オイルリングの超過売上げの割合は50%であり,トップリングの超過売上げの割合は25%である。 (オ) 被告は,下記(被告の主張)のとおり主張するが,不当である。 aNPR社及びTPR社のピストンリング製品は性能が劣り,被告各製品の競合品たり得ない。 bTPR社が保有する特許権(特許第3350157号)は,IP300トップリングのうちのCrアンダーコート品に対応する技術にすぎず,その余の被告各製品との関係で代替技術であるとはいえない。 c 本件各特許に無効理由は存在しない。 仮に無効理由があるとしても,特許権を保有して特許発明を実施してきた被告が,職務発明に係る相当の対価支払請求に対して無効理由を主張することは許されない。また,本件特許1及び2の分割出願は,被告が依頼した弁理士が行ったものであり,分割出願により無効理由が生じたことを原告に主張するのは不当である。 ウ仮想実施料率(ア) 本件原出願は,多数の窒化クロム被膜に関する特許出願のうち最初に出願されたものであり,本件発明1及び2は,コストや耐久性の面から一般の自動車及びバイクに使用できるイオンプレーティング法によるCrN皮膜によるピストンリングを提供するパイオニア発明であって,被告のピストンリング製品の性能を基礎付けている。また,被告の社長表彰の算定に際して「製品の技術的構成の主要部をなし,権利効果が顕著であって, によるピストンリングを提供するパイオニア発明であって,被告のピストンリング製品の性能を基礎付けている。また,被告の社長表彰の算定に際して「製品の技術的構成の主要部をなし,権利効果が顕著であって,独創性ないし開発努力がかなり大きい」旨の評価を得ている。 (イ) 本件発明3は,本件発明1及び2にホーニングの工程を付加することでコストダウンに寄与している。本件発明3は,それまで必要とされていた母材の表面の酸化膜等の除去のためのボンバード工程の代わりにサンドブラスト方式を採用したことにより,13.7%の原価比率によるコストダウンを実現した。被告の社長表彰の算定における本件発明1及び2と本件発明3の技術的価値の比率は0.9:0.4である。 (ウ) 被告各製品の利益率は被告の他の製品の利益率の約3倍であり,これは本件各発明の実施による。また,被告の主張する他の特許権及び実用新案権に係る発明及び考案の売上げに対する寄与の割合は不明である。 (エ) 以上によれば,本件発明1及び2の実施料率は各7%,本件発明3の実施料率は3%を下らない。 (被告の主張)ア被告各製品の売上高(ア) 被告は,原告が主張する実施期間の被告各製品の売上高の記録を廃棄しており,製造本数及び売上高は不明である。原告が算定の基礎として使用した被告の製品図面番号に関するデータ(甲37の1~4。以下「甲37号証」という。)及び原告の陳述書(甲64)の基になるデータが真正なものであるかは疑問である。 また,仮に真正なものであるとしても,甲37号証は被告の図面管理用データベースのデータであり,文書の秘密性及びその使用の違法性に照らせば,証拠として提出することには反社会性があり,信義則(民事訴訟法2条)に反するものであって証拠排除されるべきである。 (イ) 原告による推 のデータであり,文書の秘密性及びその使用の違法性に照らせば,証拠として提出することには反社会性があり,信義則(民事訴訟法2条)に反するものであって証拠排除されるべきである。 (イ) 原告による推計は,各炉の生産能力を考慮しない点及び製造本数と売上げが正比例するという前提で売上高を算定している点で不当であり,平成20年9月以降のリーマンショックによる生産減を無視している点も誤りである。 仮に,原告が製造本数の推計を行うのに用いたデータの数値が正しいとしても,上記各点を考慮すれば,被告各製品の製造本数は,別紙主張対照表①~④の「被告」欄の「製造本数」欄のとおりであり,製造本数と売上高が正比例するとの前提が正しいと仮定した場合の売上高は同「売上高」欄記載のとおりである。 イ超過売上げの不存在(ア) 競合品及び代替技術の存在a 被告は,ピストンリング製品の市場において国内の約50%のシェアを,海外の約20%のシェアを有し,NPR社とTPR社は被告各製品の競合品を製造販売していた。 bTPR社は,本件各発明の代替技術である摺動部材及びその製造方法に係る発明についての特許権(特許第3350157号。平成5年6月7日出願,平成14年9月13日登録)を保有している。 (イ) 本件各特許には無効理由があることa 本件特許1本件特許1の分割出願に際して添付された明細書は,本件原出願に際して添付された明細書に記載のない試料NO.4の耐摩耗試験結果を新規に追加したものであり,分割要件に違反し出願日の遡及が認められない。そして,本件原出願の公開特許公報には本件発明1の構成が記載されているから,本件発明1に係る特許には新規性欠如の無効理由があり,その旨の審決が確定している。 b 本件特許2本件特許2には,次の無効理由がある 願の公開特許公報には本件発明1の構成が記載されているから,本件発明1に係る特許には新規性欠如の無効理由があり,その旨の審決が確定している。 b 本件特許2本件特許2には,次の無効理由があることが明らかである。 (a) 本件特許2の出願手続において,特許請求の範囲に「CrN相の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織」と付け加える補正がされたが,これは補正要件に反し不適法であるから,本件特許2の出願は不適法な補正を看過して特許されたものとして,その出願時は上記補正に係る手続補正書を提出した時に繰り下がる。 そして,本件原出願の公開特許公報に開示された発明からすれば,本件発明2は新規性又は進歩性が欠如している。 (b) 「CrN相の大きさ」の意義が不明であって実施可能要件に反する。 (c) 出願前に頒布された刊行物である「PVDを利用した新材料開発の動向」(乙23)には結晶子の大きさが1000オングストローム以下である旨記載されており,本件発明2は新規性が欠如している。 (d) 結晶子の大きさが1000オングストローム以下であることにつき明細書に記載がなく,サポート要件に反する。 (e) 実願昭58-19565号(実開昭59-126159号)のマイクロフィルムには,イオンプレーティング法により摺動面に窒化クロムを主成分とした組織でなる被覆層を形成したピストンリングが開示されている。X線回折により測定が可能な最大値は1000オングストロームであり,X線回折により測定したCrN相の大きさは必ず1000オングストローム以下となるから,本件発明2は進歩性が欠如している。 c 本件特許3「表面粗さ」の指標について記載がなく,実施可能要件違反の無効理由があることが明らかである。 (ウ) 他社に対する権利行使の経 となるから,本件発明2は進歩性が欠如している。 c 本件特許3「表面粗さ」の指標について記載がなく,実施可能要件違反の無効理由があることが明らかである。 (ウ) 他社に対する権利行使の経緯●(省略)●(エ) 以上によれば,本件各発明の実施による超過売上げは存在しない。 ウ仮想実施料率(ア) 平成21年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握」(乙130)の技術分野別ロイヤルティ料率(国内アンケート調査)によると,対象となる製品・技術例に「真空蒸着」を例示する「冶金」において,ロイヤルティ料率の平均値は3.2%である。 (イ) 被告は被告各製品に関し,被告の保有する10件の特許権及び実用新案権(特許第1627634号,特許第2859889号,特許第3090520号,特許第3262391号,特許第3895730号,特許第2757974号,実用新案登録第2076633号,実用新案登録第2100203号,実用新案登録第2138473号,実用新案登録第2594891号)に係る発明及び考案を実施していたから,被告各製品の売上げに対する本件各発明の寄与は限定的である。 (ウ) ピストンリング製品の生産においては,本件各発明のような表面処理に関する技術のほか,リングの形状,鋳造,機械加工,塑性加工,材料の選定,製品の評価等に関する技術も重要である。 本件発明1及び2はピストンリング製品における摺動面の被膜に関する発明であり,ピストンリング製品全体に対する本件発明1及び2の寄与度はそれぞれ30%を超えない。 本件発明3は摺動面の被覆の加工の過程に関する発明であって,ピストリング製品全体に対 被膜に関する発明であり,ピストンリング製品全体に対する本件発明1及び2の寄与度はそれぞれ30%を超えない。 本件発明3は摺動面の被覆の加工の過程に関する発明であって,ピストリング製品全体に対する本件発明3の寄与度は20%を超えない。また,本件発明3の「母材の表面粗さ」の侵害立証は不可能であり権利行使に適さない発明であること,「母材の表面粗さ」に関する数値限定は先行技術を回避するために設けたもので,この数値限定を充たさなくても同等の作用効果を奏することができることからすれば,本件発明3の技術的価値は低い。 (エ) 前記イの事情及び上記(ア)~(ウ)の事情によれば,本件各発明の仮想実施料率は限りなくゼロに近い。 (4) 相当の対価の額(争点4)について(原告の主張)ア被告の貢献度① 本件各発明は,旧科学技術庁金属材料研究所の設備を借用して行われており,発明に要した費用は,材料費,出張旅費及び僅かな手みやげ代にすぎないこと,② 本件原出願及び本件発明3の特許出願における出願時明細書の作成,拒絶理由に対する対応は原告ないしBが行っており,出願に際して被告が負担した費用は通常の場合より低額であること,③ 本件各発明は,原告(本件発明3についてはBも)以外の被告の従業員からの示唆や助力を得ずに行われたこと,④ 被告各製品の製造を行うために被告は新たな装置を準備したが,試作は専ら原告が担当したこと,⑤ 被告各製品の売上げが平成8年度以降大幅に増加している一方,被告のピストンリング全体の売上げの増加は1.16倍にすぎず,また,被告各製品の平均利益率(経常利益率に該当する。)は,被告の平成9年度~平成17年度における経常利益率の約3倍であることからすれば,被告の営業努力ではなく,本件各発明の技術的価値が売上げに貢献したのである 品の平均利益率(経常利益率に該当する。)は,被告の平成9年度~平成17年度における経常利益率の約3倍であることからすれば,被告の営業努力ではなく,本件各発明の技術的価値が売上げに貢献したのであること,⑥ 原告は,平均より昇進が遅く,本件各発明をしたことにより好待遇を受けていないことからすれば,被告の本件各発明に対する貢献度は本件発明1及び2については60%,本件発明3については80%である。 イ共同発明者間の寄与率本件発明3における共同発明者Bの関与は,データの取得及び明細書の作成が主であったから,本件発明3の70%が原告の貢献によるものである。 ウ以上によれば,原告が支払を受けるべき本件各発明の相当の対価は,次のとおり,合計1億1498万1502円であり,既払金117万4400円(実施賞73万7400円,社長表彰43万7000円)を控除した残額は1億1380万7102円である。 (ア) 本件発明1a トップリング3315万0669円×25%×7%×(100-60)%=23万2055円b オイルリング(DVM及びレール)50億7682万7518円×50%×7%×(100-60)%=7107万5585円(イ) 本件発明2a トップリング52億6128万3396円×25%×7%×(100-60)%=3682万8984円b オイルリング(DVM)179万4842円×50%×7%×(100-60)%=2万5128円(ウ) 本件発明3a トップリング45億1625万4810円×25%×3%×(100-80)%×70%=474万2068円b オイルリング(DVM及びレール)9億8937万2306円×50%×3%×(100-80)%×70%=207万7682 ×25%×3%×(100-80)%×70%=474万2068円b オイルリング(DVM及びレール)9億8937万2306円×50%×3%×(100-80)%×70%=207万7682円(被告の主張)ア被告の貢献度本件各発明は,被告が原告に年度ごとの開発計画のテーマを割り当て,原告の上司が金属材料研究所を紹介し,被告が給与,出張費,日当等を拠出してされたものであり,原告の貢献度は1%を上回らない。 イ共同発明者間の寄与率本件発明3における原告の寄与率は60%を上回ることはない。 第3 当裁判所の判断 1 被告による本件各発明の実施の有無(争点1)について(1) 被告が被告各製品を製造していたことには争いがないから,被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するかについて検討する(なお,本件各発明の実施期間については後記3(2)において判断する。)。 (2) 本件発明1ア本件発明1の技術的範囲(ア) 前記争いのない事実等,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 本件明細書1の発明の詳細な説明の欄には次の趣旨の記載があるが,イオンプレーティング法をHCD方式に限定する旨の記載や,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの比率の技術的意義に関する記載はない。(甲1の1)(a) 発明が解決しようとする課題従来の金属チタンの窒化物や炭化物の皮膜は,硬度が高く柔軟性に欠け,また,熱膨張係数が金属のそれに比べて著しく小さいために,金属母材との密着性が悪く,特に応力の作用状態の下で使用されるピストンリングの摺動面層としてこれらの窒化物や炭化物層を形成する場合には機関の運転中にリング母材から剥離を生じやすいという問題があり,実用に供されるには至っていない。また,イオンプレ 使用されるピストンリングの摺動面層としてこれらの窒化物や炭化物層を形成する場合には機関の運転中にリング母材から剥離を生じやすいという問題があり,実用に供されるには至っていない。また,イオンプレーティング法による上記皮膜の形成は皮膜生成速度が遅く,充分な厚さの被覆膜を形成するには長時間を要するので生産上難があり実用に供し得ない。そこで,過酷な使用条件下においても充分な耐摩耗耐焼き付き特性を示し,皮膜の剥離が起こり難いピストンリング及び皮膜形成速度が速いピストンリング皮膜形成方法を提供することを発明の目的としている。(段落【0005】~【0007】)(b) 課題を解決するための手段課題解決のために本件発明1に係る特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した。(段落【0008】)(c) 発明の作用ピストンリングの被覆層はPVD法,好ましくは減圧された窒素ガス雰囲気中で金属クロムを蒸着させる反応性イオンプレーティング法を利用し,金属クロムの蒸着過程で該金属をCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムから成る混合組織に転換させることにより形成することができる。被覆膜を構成する成分をクロムの窒化物であるCrNとCr2Nにしたのは,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムから成る混合組織の熱膨張係数が母材金属のそれに近く,ピストンリングの使用中に被覆層が金属母材から剥離することを防止でき,硬質クロムめっきより硬度も堅く,耐摩耗耐焼き付き特性も良好であることによる。皮膜層構成成分としてクロムを採用するのは,イオンプレーティング法による金属クロムの蒸着速度が他の金属よりも大で,例えば,チタンの蒸着速度は0.34μm/minであるのに対し,クロムは4.0μm/minであって,生産性の観点から極めて有効であることによる。(段落【00 属クロムの蒸着速度が他の金属よりも大で,例えば,チタンの蒸着速度は0.34μm/minであるのに対し,クロムは4.0μm/minであって,生産性の観点から極めて有効であることによる。(段落【0009】~【0011】)(d) 実施例鋳鉄製平板の試料素材につき,ボンバード処理等を行った後に,反応性イオンプレーティング装置の容器内において,窒素ガスを導入し所定の窒素ガス分圧にし,金属クロムを蒸発材としてHCD型電子銃により蒸発させ蒸着処理を行い,この試料の被覆層について摺動相手材との耐焼き付き試験を行った。 また,ばね鋼製ピストンリング母材について同様の方法により被覆層を形成し,被覆層をX線回折により分析したところ得られたX線回折チャートは【図4】(CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの比率はほぼ同程度)のとおりであった。このピストンリングについて摩耗量の測定を行ったところ,硬質クロムめっきを施した従来のピストンリングの摩耗量より少なく,被覆層の剥離も生じていなかった。 (段落【0012】,【0014】~【0016】,【0021】~【0024】)(e) 発明の効果過酷な運転条件下で使用される内燃機関に使用する場合に剥離がなく特にその効果が顕著である。(段落【0025】)b イオンプレーティングとは,真空を利用した物理的なプロセスによる気相被覆法(PVD法)の一つである。イオンプレーティングの方式にはHCD方式(ホロー・カソード方式),AIP方式(アーク放電方式)等がある。HCD方式は,低電圧大電流の特殊電子銃(HCD電子銃)による電子ビームでクロム等の物質を加熱,蒸発させてイオン化し,蒸着させて薄膜を形成する方式である。AIP方式は,クロム等の物質を陰極ターゲットとして用い,アーク放電によって冷却され CD電子銃)による電子ビームでクロム等の物質を加熱,蒸発させてイオン化し,蒸着させて薄膜を形成する方式である。AIP方式は,クロム等の物質を陰極ターゲットとして用い,アーク放電によって冷却された金属を局部的に溶かし同時にイオン化し蒸着させて薄膜を形成する方式である。(乙17の1~3)cAIP方式では,チタンの方がクロムより成膜速度が速いが,その場合のクロムの成膜速度は「0.0414×アーク電流の大きさ」により,チタンの成膜速度は「0.0480×アーク電流の大きさ」により表される。(乙50)(イ) 上記事実関係に基づき,「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる」の意義について検討する。 a 特許請求の範囲には「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる」との記載があるのみで,両成分の含有割合については何ら限定がないこと,本件明細書1の発明の詳細な説明にも両成分の含有割合を限定する記載がないことからすれば,「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる」とは,イオンプレーティング被覆層にCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムが含まれていれば足り,含有割合は問わないものと解される。 b 被告は,本件明細書1のX線回折チャート(【図4】)を根拠に,「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる」はこれらの比率がほぼ同程度である場合に限られると主張するが,【図4】は実施例に関する記載にすぎず,被告の主張は採用できない。 (ウ) 次に,「イオンプレーティング」の方式について検討する。 a イオンプレーティングにはHCD方式やAIP方式があることから,「イオンプレーティング」の方式が問題となり得るが,本件発明1は物の発明に関する特許であり,特許請求の範囲にはイオンプレーティングの方式を限定する記載はない はHCD方式やAIP方式があることから,「イオンプレーティング」の方式が問題となり得るが,本件発明1は物の発明に関する特許であり,特許請求の範囲にはイオンプレーティングの方式を限定する記載はないし,本件明細書1の発明の詳細な説明にもイオンプレーティングの方式をHCD方式に限定する記載はない。 したがって,「イオンプレーティング」の方式は限定されておらず,AIP方式によってイオンプレーティング被覆層を形成する場合も本件発明1の技術的範囲から除外されないと解される。 b これに対し,被告は,① 本件明細書1にはHCD方式のみの記載があること,② AIP方式による場合には,金属クロムの方が他の金属よりも蒸着速度が速い(段落【0011】)という本件発明1の効果が得られないことから,「イオンプレーティング」はHCD方式に限定され,AIP方式は含まれないと主張する。 しかし,①について,AIP方式もイオンプレーティングの一方式であるから,AIP方式によるイオンプレーティングも文言上特許請求の範囲の「イオンプレーティング」に含まれるところ,本件明細書1におけるHCD方式の記載は実施例に関するものにすぎない。 また,②について,AIP方式ではクロムの蒸着速度はチタンに比し多少遅い程度であるから(上記(ア)a(c)及び同c参照),この点はAIP方式が本件発明1の技術的範囲から除外される根拠にならないと考えられる。 以上によれば,被告の主張は採用できない。 (エ) さらに,Crアンダーコート品の属否についてみるに,本件発明1に係る特許請求の範囲には,「少なくとも一つの摺動面に」「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織を主成分とした組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成」すると記載されているだけであるから,上記イオ には,「少なくとも一つの摺動面に」「CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムからなる混合組織を主成分とした組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成」すると記載されているだけであるから,上記イオンプレーティング被覆層は,摺動相手材と摺動する面に形成されていれば足り,直接母材に形成されることは要しないと解される。 したがって,Crアンダーコート品が本件発明1の技術的範囲から除外されることはない。 イ被告製品1の充足性(ア) 被告製品1の構成a 前記争いのない事実等,証拠(甲12,乙58,94)及び弁論の全趣旨によれば,① 被告は,1号炉,2号炉,6号炉及び試作炉(HCD炉)において被告製品1を製造していたこと,② HCD炉(1号炉及び試作炉)で製造した上記①の製品は,少なくとも一つの摺動面にCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムを同程度の割合で含む組織で成るイオンプレーティング被覆層を形成したピストンリングであること,③ AIP炉(2号炉,6号炉)で製造した上記①の製品は,CrN型窒化クロムが大部分を占めるが,Cr2N型窒化クロムを数%(X線回折によればCrN100に対して4~6の比率で)含む組織で成るイオンプレーティング被覆層を形成したピストンリングであること,④ 6号炉で製造した上記①の製品はCrアンダーコート品であることが認められる。 b 被告は,上記a③に関し,AIP炉で製造した製品にはCr2N型窒化クロムが含まれていないと主張する。 ●(省略)●(乙58),これと異なる認定をするに足りる証拠はない。したがって,被告の上記主張は採用できない。 (イ) 充足性a 前記ア(イ)~(エ)のとおり,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの含有割合,イオンプレーティングの方式及びCrアンダーコートの有無は ,被告の上記主張は採用できない。 (イ) 充足性a 前記ア(イ)~(エ)のとおり,CrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの含有割合,イオンプレーティングの方式及びCrアンダーコートの有無は本件発明1の技術的範囲の属否に関わりがないから,上記(ア)a①記載の被告製品1はその技術的範囲に属しており,被告は本件発明1を実施していたものと認められる。 b これに対し,被告は,① ●(省略)●② 被告製品1のうち試作炉で製造したものは,顧客が試験又は研究をするために使用され,量産車で使用するために製造されたものではないから実施に当たらないことを主張する。 しかし,①について,本件発明1は従来技術である金属チタンの窒化物や炭化物の被膜における課題を解決するための発明であり(本件明細書1の段落【0004】~【0007】),被告の主張するCrN型窒化クロム単一相との比較は適切でない。 また,②について,被告が特許発明の技術的範囲に属する製品を製造して販売した以上は実施に当たり,購入した顧客が試験又は研究のために使用したことは本件発明1の実施の成否に影響しない。 したがって,被告の主張は採用できない。 (3) 本件発明2ア本件発明2の技術的範囲(ア) 前記争いのない事実等,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 本件明細書2の発明の詳細な説明の欄には次の趣旨の記載があるが,イオンプレーティング法をHCD方式に限定する旨の記載はない。 (甲1の2,乙5)。 (a) 発明が解決しようとする課題本件発明1(前記(2)ア(ア)a(a))と同じ。(段落【0005】~【0007】)(b) 課題を解決するための手段課題解決のために本件発明2に係る特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した。(段落 (前記(2)ア(ア)a(a))と同じ。(段落【0005】~【0007】)(b) 課題を解決するための手段課題解決のために本件発明2に係る特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した。(段落【0008】)(c) 発明の作用本件発明1(前記(2)ア(ア)a(c))と同じ。(段落【0009】~【0011】)(d) 実施例鋳鉄製平板の試料素材について,ボンバード処理等を行った後に,反応性イオンプレーティング装置の容器内において,窒素ガスを導入し所定の窒素ガス分圧にし,金属クロムを蒸発材としてHCD型電子銃により蒸発させ蒸着処理を行い,この試料の被覆層について摺動相手材との耐焼き付き試験及び耐摩耗試験を行った。 また,ばね鋼製ピストンリング母材について同様の方法により被覆層を形成し,被覆層をX線回折により分析したところCrNの存在を確認した。このピストンリングについて摩耗量の測定を行ったところ,硬質クロムめっきを施した従来のピストンリングの摩耗量より少なかった。また,被覆層の剥離も生じていなかった。 (段落【0012】,【0014】~【0016】,【0021】~【0026】)(e) 発明の効果本件発明1(前記(2)ア(ア)a(e))と同じ。(段落【0027】)b 一般に,結晶粒は複数の結晶子によって構成されている。結晶子とは回折に寄与する最小単位で,結晶粒の中で単結晶とみなせる微結晶を意味する。結晶子の大きさは結晶粒径よりも小さいか,若しくは等しくなる。結晶子の大きさはX線回折法により測定した数値を計算式に適用して測定するのに対し,結晶粒の大きさは電子顕微鏡像によって測定する。(乙18~21)c 被告は,平成14年7月頃,本件特許権2の権利行使のために他社製品を分析するに際し,X線回折によって得ら 用して測定するのに対し,結晶粒の大きさは電子顕微鏡像によって測定する。(乙18~21)c 被告は,平成14年7月頃,本件特許権2の権利行使のために他社製品を分析するに際し,X線回折によって得られた数値を用いて簡易計算によりCrN結晶子サイズを求め,これに基づいて技術的範囲の属否を判断していた。(甲19)(イ) 上記事実関係に基づき,「CrN相の大きさ」の意義について検討する。 a 「相」とは,「物質系の一部がその内部で物理的・化学的に全く同一性質を示す時,その部分が同じ相にあるという」(広辞苑第6版1614頁参照)とされるものであり,特許請求の範囲には「CrN相の大きさ」が「1000オングストローム以下の超微細組織でなる」と記載されていること,「相」それ自体の大きさは明らかに概念し難いことからすれば,「CrN相の大きさ」とはCrN相を形成する結晶の大きさを意味すると解することが可能である。 また,特許請求の範囲には,CrN相の同定に際してX線回折を用いる旨の記載に続いて「CrN相の大きさ」に関する記載があることから,上記のCrN相を形成する結晶の大きさは,X線回折により測定できる結晶子の大きさであると解するのが自然である。さらに,発明の技術的範囲を画する際に,結晶子の集まりである結晶粒ではなく,回折に寄与する最小単位である結晶子の大きさの上限をもって数値限定を設けるのは合理的であるといえるし,被告自身も本件特許権2の権利行使に際して同様の解釈を採っている。 以上によれば,「CrN相の大きさ」とは,CrN相を形成する結晶子の大きさを意味するものと解するのが相当である。 b これに対し,被告は,X線回折による測定可能な結晶粒子の大きさの最大値は1000オングストロームであり,「CrN相の大きさが1000オングストロー 大きさを意味するものと解するのが相当である。 b これに対し,被告は,X線回折による測定可能な結晶粒子の大きさの最大値は1000オングストロームであり,「CrN相の大きさが1000オングストローム以下」をX線回折により測定される結晶子の大きさと解すると数値限定が無意味なものとなると主張するが,昭和55年頃における上記測定の最大値は2000オングストローム程度とされており(乙20の1~3),被告の主張は前提を欠く。 (ウ) 次に,「イオンプレーティング」の方式が問題となり得るが,本件発明1について説示したところ(前記(2)ア(ウ))と同様の理由により,被告の主張は採用することができず,本件発明2についても,HCD方式だけでなく,AIP方式によってイオンプレーティング被覆層を形成する場合も技術的範囲から除外されることはないと解される。 (エ) また,Crアンダーコート品についても,本件発明2の特許請求の範囲の記載に照らせば,本件発明1と同様に(前記(2)ア(エ)参照),本件発明2の技術的範囲から除外されることはないと解される。 イ被告製品2の充足性(ア) 被告製品2の構成前記争いのない事実等,証拠(甲17,乙94)及び弁論の全趣旨によれば,① 被告は,2~6号炉,8~10号炉及び試作炉(AIP炉)2炉において,被告製品2を製造していたこと,② 上記①の製品は,少なくとも一つの摺動面に,X線回折法で同定されるCrN型窒化クロムのみを主成分とし,CrN相を形成する結晶子の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成したピストンリングであること,③ ①記載の各炉は全てAIP炉であること,④ 4~6号炉,8~10号炉及び試作炉(AIP炉)2炉で製造した上記①の製品の一部はCrアンダーコー ーティング被覆層を形成したピストンリングであること,③ ①記載の各炉は全てAIP炉であること,④ 4~6号炉,8~10号炉及び試作炉(AIP炉)2炉で製造した上記①の製品の一部はCrアンダーコート品であることが認められる。 (イ) 充足性a 前記ア(ウ)及び(エ)のとおり,イオンプレーティングの方式及びCrアンダーコートの有無は本件発明2の技術的範囲の属否に関わりがないから,上記(ア)①記載の被告製品2は,本件発明2の技術的範囲に属しており,被告は本件発明2を実施していたものと認められる。 b 被告は,被告製品2のうち試作炉で製造したものは実施に当たらないと主張するが,本件発明1につき前記(2)イ(イ)bにおいて説示したとおりであって,被告の主張は採用できない。 (4) 本件発明3ア本件発明3の技術的範囲(ア) 前記争いのない事実等,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 本件明細書3の発明の詳細な説明の欄には次の趣旨の記載があるが,イオンプレーティング法をHCD方式に限定する旨の記載はない。 (甲1の3)(a) 従来の技術ピストンリングや摺動部材の摺動表面は高い摺動性能が要求され,硬質クロムめっきが用いられてきたが,近年内燃機関の高出力化等により摺動部材表面の受ける負荷は増大してきており,イオンプレーティングによるTiN膜,TiC膜及びCrN膜が用いられるようになっている。 PVD法におけるTiN膜などは非常に硬く,脆い上,皮膜の残留応力が高いので密着性が悪く,厚膜で使用すると,使用時膜が剥離したり,皮膜表面粗さが粗いと相手材を摩耗させるという問題を生じる。このため,常法によりピストンリング母材を製造し,その表面粗さを研磨等により調節し,その上に非常に薄いTiN皮膜を形成さ 膜が剥離したり,皮膜表面粗さが粗いと相手材を摩耗させるという問題を生じる。このため,常法によりピストンリング母材を製造し,その表面粗さを研磨等により調節し,その上に非常に薄いTiN皮膜を形成させているが,皮膜形成後の加工は原則として行わず,せいぜいラッピングを行う程度である。 このように従来技術においては,下地表面の粗さを研磨等により加工調節するため,加工時に下地に変質層が発生し,これはイオンプレーティング工程での前処理であるイオンボンバード程度では除くことができないので,下地と膜との密着性が充分でなく,皮膜を厚くすると皮膜が剥離しやすくなり,一方,皮膜の密着性を確保するため膜厚を薄くすると,摺動部材の耐久性が不十分であった。 (段落【0002】~【0004】)(b) 発明が解決しようとする課題TiN膜やTiC膜等のイオンプレーティング膜が施された摺動部材が有する上記のような問題点を解消し,耐久性に優れた摺動部品を提供する。(段落【0005】)(c) 課題を解決するための手段及び作用課題解決のために,本件発明3に係る特許請求の範囲に記載の構成を採用した。 耐摩耗性皮膜を有する摺動部材の摺動面の形成方法としては,皮膜厚さを研磨代分厚くコーティングし,表面を研磨仕上げにより表面粗さを細かくすることが考えられるが,イオンプレーティング膜の場合には,上記方法では研磨時に皮膜の剥離が発生する上,TiN膜やTiC膜はイオンプレーティングでの膜形成速度が遅く研磨代分厚くコーティングすることが工業的には得策ではないとして,行われていなかった。 本発明は,第一に,ブラストにより下地表面の加工変質層の除去を行い,表面粗さを2μmから8μmの粗さとする。表面粗さが2μm以下では皮膜の残留応力が高く,皮膜の密着性が悪く,8 れていなかった。 本発明は,第一に,ブラストにより下地表面の加工変質層の除去を行い,表面粗さを2μmから8μmの粗さとする。表面粗さが2μm以下では皮膜の残留応力が高く,皮膜の密着性が悪く,8μm以上では皮膜の残留応力低下の効果が少なく,皮膜表面を細かくするのにかかる工数及びそのための膜厚確保が必要となり,効率が悪いからである。ブラストにより下地加工変質層は物理的に削り取れるので,下地の活性な面が得られる。この活性な状態はイオンプレーティング時まで保たれるわけではないが,イオンプレーティング工程でのイオンボンバード処理により容易に活性が取り戻せるので,イオンプレーティング膜と下地との密着性が良くなる。また表面粗さが粗くなることによってイオンプレーティング膜との接触面積が増加するので下地と密着性は更に良くなる。同時に,皮膜の残留圧縮応力は小さくなるので,皮膜の剥離性は弱くなっているものと推定される。このようなことから,皮膜の密着性が高まるので,皮膜形成後に研磨しても剥離することはない。 第二に,イオンプレーティング皮膜をクロムと窒素を主成分とする皮膜とする。クロムと窒素より成る皮膜とした理由は,クロムはチタンに比べ非常に高い蒸気圧をもっているので蒸発しやすく,したがって,イオンプレーティング皮膜形成速度も速い。そのため,研磨代分の膜厚を形成することは経済的にも問題がない。また,クロムと窒素より成る皮膜は,耐焼き付き性,耐摩耗性,耐食性に優れているので摺動部材の表面皮膜として適しているばかりでなく,またTiN膜や TiC膜に比べ内部応力が低く,耐剥離性に優れるので,膜厚を厚くすることができることから,耐久性に優れた摺動部品を得ることができるからである。クロムと窒素より成る皮膜とは,Cr,Cr2N,CrN及びそれらの混合物 部応力が低く,耐剥離性に優れるので,膜厚を厚くすることができることから,耐久性に優れた摺動部品を得ることができるからである。クロムと窒素より成る皮膜とは,Cr,Cr2N,CrN及びそれらの混合物より成る皮膜であり,CrとNとの比率が皮膜内部より皮膜外部に向かって,N濃度が連続的又は段階的に増加している皮膜を含み,皮膜組織がアモルファス組織である場合も含まれている。 (段落【0006】~【0009】)(d) 実施例ブラスト工程で一定の手法を採用することにより母材の平均表面粗さを変えることができる。また,平均表面粗さを変化させることで皮膜の残留応力が変化する。(段落【0011】,【0012】)被処理物にHCD方式によりイオンプレーティングによるコーティングを行った。(段落【0015】)(e) 発明の効果本発明の摺動部材は耐久性に優れたものであり,工業的利用価値が高い。(段落【0024】)b 工業製品の表面粗さの指標としては,Ra(中心線平均粗さ),Rmax(最大高さ)及びRz(十点平均粗さ)がある。 このうちRaは「粗さ曲線からその中心線の方向に測定長さlの部分を抜き取り,この抜き取り部分の中心線をX軸,縦倍率の方向をY軸とし,粗さ曲線をy=f(x)で表したとき,所定の式によって求められる値をマイクロメートル(μm)で表したもの」である。Rzは「断面曲線から基準長さだけ抜き取った部分において,平均線に平行,かつ,断面曲線を横切らない直線から縦倍率の方向に測定した最高から5番目までの山頂の標高の平均値と最深から5番目までの谷底の標高の平均値の差をマイクロメートル(μm)で表したもの」である。 Raの測定には直線軸に沿った積分を要するが,Rzの測定には積分は不要である。(乙42の1及び2,45)c 目までの谷底の標高の平均値の差をマイクロメートル(μm)で表したもの」である。 Raの測定には直線軸に沿った積分を要するが,Rzの測定には積分は不要である。(乙42の1及び2,45)c 被告は,自社及び他社のピストンリングの母材の表面粗さやイオンプレーティング後の粗さを測定する際にRz(十点平均粗さ)の指標を用いている。(甲22~24)(イ) 上記事実関係に基づき「表面粗さ」の指標について検討する。 本件発明3に係る特許請求の範囲には,「表面粗さ」がRa,Rmax及びRzのうちいずれであるかの記載がないため,「表面粗さ」の意義が問題となる。 上記のとおり,本件明細書3の実施例(上記(ア)a(d))において平均粗さの指標を用いていることからすれば,Rmaxによるものでないことは明らかと解される。これに加え,ピストンリングは円形の部材であり,摺動面は通常曲面を含むから,積分を用いるRaの指標により正確な計測をするのは困難な場合があること,当業者である被告自身がピストンリングの表面粗さを測定する際にRzの指標を用いていることからすれば,本件発明3の「表面粗さ」はRz(十点平均粗さ)の指標による表面粗さをいうものと解するのが相当である。 (ウ) 次に,「イオンプレーティング」の方式につき,被告は,HCD方式に限定される旨主張するが,本件発明1について判示したところ(前記(2)ア(ウ))と同様の理由により,AIP方式によってイオンプレーティング被覆層を形成する場合も本件発明3の技術的範囲から除外されることはないと解される。 (エ) Crアンダーコート品の属否本件発明3に係る特許請求の範囲には,「母材の表面にイオンプレーティングによるクロムと窒素とを主成分とする皮膜を被覆させた」と記載され,本件明細書3には,クロムと ) Crアンダーコート品の属否本件発明3に係る特許請求の範囲には,「母材の表面にイオンプレーティングによるクロムと窒素とを主成分とする皮膜を被覆させた」と記載され,本件明細書3には,クロムと窒素より成る皮膜とは,Cr,Cr2N,CrN及びそれらの混合物より成る皮膜であり,CrとNとの比率が皮膜内部より皮膜外部に向かってN濃度が連続的又は段階的に増加している皮膜を含むことが記載されている(前記(ア)a(c),段落【0009】)。 以上によれば,母材にイオンプレーティングにより金属クロムから成る皮膜を成膜した上に窒化クロムのイオンプレーティング被覆層を形成したCrアンダーコート品の皮膜も「クロムと窒素とを主成分とする皮膜」に含まれると解することができる。 イ被告各製品の充足性(ア) 被告各製品の構成証拠(甲12,17,22,23,乙25,27,58,64,94,120)及び弁論の全趣旨によれば,① 被告は,1~5号炉,10号炉,試作炉(HCD炉)及び試作炉(AIP炉)2炉において,被告各製品を製造していたこと,② 上記①の製品のうち,●(省略)●を使用したものは,鋳鉄又は鋼から成る母材の表面にイオンプレーティングによる皮膜を被覆させた摺動部材において,皮膜を被覆させる母材の表面粗さがブラスチング処理によるRz2μm~8μmであり,皮膜の表面粗さをRz0.8μm以下とし,かつ,膜厚を10μm~60μmとしたことを特徴とする摺動部材であること,③ 1号炉及び試作炉(HCD炉)はHCD炉であり,その余の炉はAIP炉であること,④ 上記①の製品のうち,10号炉及び試作炉(AIP炉)2炉で製造した製品はCrアンダーコート品であり,その余はCrアンダーコート品ではないが,いずれもイオンプレーティングによりCrN型窒化クロムと 上記①の製品のうち,10号炉及び試作炉(AIP炉)2炉で製造した製品はCrアンダーコート品であり,その余はCrアンダーコート品ではないが,いずれもイオンプレーティングによりCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの混合相又はCrN型窒化クロム単一相の皮膜を被覆させたものであることが認められる。 (イ) 充足性a 前記ア(ウ)及び(エ)のとおり,イオンプレーティングの方式及びCrアンダーコートの有無は本件発明3の技術的範囲の属否に関わりがないから,上記(ア)①記載の被告各製品のうち,●(省略)●を使用した製品は本件発明3の技術的範囲に属しており,被告は本件発明3を実施していたものと認められる。 b 被告は,被告各製品のうち試作炉で製造したものは実施に当たらないと主張するが,本件発明1及び2と同様の理由により,被告の主張は採用できない。 (5) 以上によれば,被告は,本件各発明を実施していたものと認められる。 2 消滅時効の成否(争点2)について(1) 消滅時効の起算点ア勤務規則等の定めに基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は,使用者に対し相当の対価支払請求権を取得するところ(旧35条3項),同請求権についての消滅時効の起算点は,特許を受ける権利の承継時であるのが原則であるが,勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは,その支払時期が消滅時効の起算点となると解される(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決民集57巻4号477頁参照)。 イそこで,本件特許規定等に対価の支払時期に関する定めがあるかを検討するに,証拠(甲6,30,乙7~10。なお,枝番の記載は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許規定等について以下のとおり認められ ,本件特許規定等に対価の支払時期に関する定めがあるかを検討するに,証拠(甲6,30,乙7~10。なお,枝番の記載は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許規定等について以下のとおり認められる。 (ア) 本件原出願に係る発明の特許を受ける権利の移転(昭和59年9月10日)当時の特許規定等a 特許規定(昭和46年施行)には,① 会社が職務発明について特許を受ける権利を承継したとき及び実施したときは,会社は従業者に対し相当の褒賞を支払うこと(9条1項),② 褒賞の金額及び支払の方法は特許表彰規定によること(同条4項),③ 褒賞の金額に不服があるときは,会社に対し異議の申立てができること(同条5項)が規定されている。 b 特許表彰規定(昭和51年施行)には,① 会社が出願したときは出願賞を支払うこと(2条1項),② 1年間の継続的な実施がされるごとに当該特許発明の有効期間中実施賞を支払うこと(3条1項),③ 特許発明の実施効果が特に顕著なとき等には,事業所長の申請により社長表彰を行うことができること(同条3項)が規定されている。 (イ) 本件発明3の特許を受ける権利の移転(平成6年2月21日)当時の特許規定等a 特許規定(平成2年施行)には,① 上記(ア)a①と同趣旨の規定(9条1項),② 褒賞の金額及び支払の方法は特許表彰要領による旨の規定(同条2項),③ 上記(ア)a③と同趣旨の規定(9条3項)がある。 b 特許表彰要領(平成5年施行)には,① 上記(ア)b①と同趣旨の規定(2条1項),② 出願賞は出願完了後に支払うこと(同条2項),③ 出願が登録されたときは登録賞を支払うこと(3条),④特許発明の実施が1年間を通じて継続的にされた場合は,当該年度の実施に対し実施賞を支払うこと(4条1項),⑤ 特許発明の実施効 条2項),③ 出願が登録されたときは登録賞を支払うこと(3条),④特許発明の実施が1年間を通じて継続的にされた場合は,当該年度の実施に対し実施賞を支払うこと(4条1項),⑤ 特許発明の実施効果が特に顕著であるときは,特許審査会審査長の申請により,社長表彰を行うことができ,その運用は特許社長表彰運用基準によること(同条2項),⑥ 特許審査会審査長は3月末までに特許審査部会長に実施賞支払の申請をすること(5条1項)が規定されている。 (ウ) その後,本件特許規定等は数度にわたり改訂され,施行されたが,これらの改訂を通じ,出願賞,登録賞及び実施賞を支払うこと,褒賞の金額に不服があるときは異議申立てができること,実施賞は年度内の特許発明の実施を要件とすること(平成15年施行の改訂により,1年間の継続的な実施ではなく年度内に実施があれば足りるとされた。),出願賞が出願完了後に支払われること,実施賞は対象となる年度の後に支払手続がされることが規定されている。 また,上記の本件特許規定等の改訂に当たり,実施賞等の支払に関して経過規定は設けられていない。 ウ本件において原告は被告が本件各発明を実施して利益を得たことについて相当の対価の支払を求めているところ,上記認定事実によれば,原告が実施を主張する平成7年10月31日以降に適用される本件特許規定等は,被告が特許を受ける権利を承継した職務発明を実施したときは発明者に対し実施賞を支払うこと,実施賞の支払は特許の登録後最初に到来する年度末の翌日以降の各年度の実施を対象とすることを定める一方,それより前の実施については実施賞の支払の対象としていないということができる。 そして,実施賞は年度ごとの実施(更に平成14年度までは年度を通じての実施)を要件として支払われるものであり,当該年度が終了 前の実施については実施賞の支払の対象としていないということができる。 そして,実施賞は年度ごとの実施(更に平成14年度までは年度を通じての実施)を要件として支払われるものであり,当該年度が終了しなければ相当の対価の額を算定することができず,したがって,その支払を請求することもできないから,実施賞の支払対象となる年度の実施についての相当の対価支払請求権の消滅時効は当該年度が終了するまで進行することはないと解すべきものである。他方,実施賞の支払対象となっていない期間における実施についての相当の対価支払請求権については,上記原則どおり,特許を受ける権利の承継の時から消滅時効が進行すると解される。 (2) 相当の対価支払請求権全部の消滅時効についてア被告は,本件各発明についての相当の対価支払請求権の消滅時効は特許を受ける権利の承継の時から進行するから,本件発明1及び2については平成6年9月10日の経過により,本件発明3については平成16年2月21日の経過により消滅したと主張する。 イそこで,上記(1)ウの説示に基づいて判断する。 (ア) 本件発明1及び2の相当の対価支払請求権についてa 本件発明1及び2の特許登録がされたのはそれぞれ平成9年12月26日及び同年9月5日であるから,原告が相当の対価の請求対象とする期間のうち平成7年10月31日から平成10年3月31日までの実施には実施賞の適用がなく,同期間の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効はこれらについて特許を受ける権利が承継された時から進行する。 b 前記争いのない事実等によれば,被告は本件原出願に係る発明について特許を受ける権利を昭和59年9月10日に承継し,本件発明1及び2は本件原出願に包含された発明の一部であるとして分割出願されたものであるから(特許法4 等によれば,被告は本件原出願に係る発明について特許を受ける権利を昭和59年9月10日に承継し,本件発明1及び2は本件原出願に包含された発明の一部であるとして分割出願されたものであるから(特許法44条1項参照),本件発明1及び2について特許を受ける権利も同日に承継されたと解するのが相当である。 これに対し,原告は,本件発明1及び2の相当の対価を受ける権利は本件特許1及び2の分割出願の日に発生したと主張するが,独自の見解であって採用できない。 そうすると,平成10年3月31日までの実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効の起算点は昭和59年9月10日であり,本件訴訟の提起までに消滅時効期間が経過したものと認められるから,被告による消滅時効の援用はその限度で理由がある。 c 平成10年4月1日以降の実施については,実施賞の適用があり,相当の対価の支払時期に関する定めがあるから,支払時期の定めがないことを前提とする被告の消滅時効の主張は失当である。 (イ) 本件発明3の相当の対価支払請求権についてa 本件発明3の特許登録がされたのは平成10年4月17日であるから,平成7年11月7日から平成11年3月31日までの実施には実施賞の適用がない。また,被告が本件発明3について特許を受ける権利を承継したのは前記争いのない事実等のとおり平成6年2月21日である。 そうすると,平成11年3月31日までの実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効の起算点は平成6年2月21日であるから,上記(ア)bと同様に被告の消滅時効の援用は理由がある。 b 平成11年4月1日以降の実施については,支払時期の定めがないことを前提とする被告の消滅時効の主張は上記(ア)cと同様に失当である。 ウ原告は,実施賞及び社長表彰の支払は本件各発明の相当の対 b 平成11年4月1日以降の実施については,支払時期の定めがないことを前提とする被告の消滅時効の主張は上記(ア)cと同様に失当である。 ウ原告は,実施賞及び社長表彰の支払は本件各発明の相当の対価全体に対する承認に当たり,これにより本件各発明の相当の対価全体についての時効が中断し,又は時効利益の放棄に当たると主張する。 しかし,本件特許規定等の定めに照らせば,実施賞は現に各年度において特許発明の実施があった場合に支払われるものであると認められるから,実施賞の支払により被告が承認したとみることのできる債務は当該年度の実施についての対価に限られ,これ以外の対価の存在を認めるものと解するのは相当ではない。 また,社長表彰については,本件特許規定等において,実施賞とは別に,被告が特に認めた場合に任意に支払うもの(従業者の側から支払を求めることはできないもの)として規定しており,その名称からも相当の対価とは別の性質の報奨であると解されるから,社長表彰の支払が相当の対価の支払債務の承認に当たるとは認められない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 各年度分の相当の対価支払請求権の消滅時効についてア被告は,本件発明1及び2の平成10年4月1日から平成12年3月31日まで並びに本件発明3の平成11年4月1日から平成12年3月31日までの各実施に対応する相当の対価支払請求権は時効により消滅したと主張する。 イ前記争いのない事実等によれば,被告は,原告に対し,平成11年11月30日に平成10年度分の実施賞(本件発明1及び2に関し)を,平成12年12月29日に平成11年度分の実施賞(本件各発明に関し)を支払ったものであるところ,上記各実施賞の支払は平成10年度及び平成11年度の実施に対する相当の対価についての 及び2に関し)を,平成12年12月29日に平成11年度分の実施賞(本件各発明に関し)を支払ったものであるところ,上記各実施賞の支払は平成10年度及び平成11年度の実施に対する相当の対価についての債務の承認であるから,各支払日から消滅時効が進行する。 したがって,被告による消滅時効の援用は,① 本件発明1及び2の相当の対価支払請求権のうち平成10年4月1日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分,② 本件発明3の相当の対価支払請求権のうち平成11年4月1日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分について理由がある。 ウ原告は,実施賞や社長表彰の支払が本件各発明の相当の対価全体に対する支払であり,承認に当たることを前提とする主張をするが,上記(2)ウのとおり,これを採用することはできない。 (4) 以上によれば,本件各発明についての相当の対価支払請求権のうち,本件発明1及び2につき平成7年10月31日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分並びに本件発明3につき平成7年11月7日から平成12年3月31日までの実施に対応する部分は,時効により消滅したものと認められる。 3 本件各発明により受けるべき利益の額(争点3)について(1) 勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は,当該勤務規則等による対価の額が旧35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる(前記最高裁判決参照)。もっとも,使用者は,特許を受ける権利を承継しない場合でも,職務発明につき通常実施権を有するから(同条1項),同条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者が通常実施権により得るべき利 使用者は,特許を受ける権利を承継しない場合でも,職務発明につき通常実施権を有するから(同条1項),同条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者が通常実施権により得るべき利益を控除したもの,すなわち,特許発明の実施を排他的に独占することにより得るべき利益のことであり(以下,この利益を「独占の利益」という。),特許権者である使用者が自ら発明を実施している場合の独占の利益は,通常実施権による売上げを超えた超過売上げを基礎として,それが他者に実施許諾された場合の実施料相当額として算定するのが相当であり,具体的には,実施品の売上高に超過売上げの割合及び仮想実施料率を乗じることにより算定することができる。 (2) 実施品の売上高ア上記2のとおり,本件各発明についての相当の対価支払請求権のうち,平成12年3月31日までの実施に係る部分は時効により消滅しているから,同年4月1日以降の実施による売上高に基づいて相当の対価の額を算定すべきものとなる。 イ炉ごとの実施期間前記1のとおり,原告が本件発明1及び2の実施を主張する各炉(ただし,本件発明1につき,原告が6~10号炉で製造したと主張する部分は被告の主張に従い6号炉のものと認める。)において製造された被告各製品は本件発明1及び2の実施品であり,原告が本件発明3の実施を主張する各炉において製造された被告各製品のうち,●(省略)●を使用したものは,本件発明3の実施品であると認められるから,これを前提に,本件各発明の実施期間を検討する。 (ア) 本件発明1について1号炉のIP200オイルリング(DVM及びレール)及び6号炉のIP200オイルリング(レール)の実施期間の終期については,別紙主張対照表①の「同終了」欄のとおり争いがあるが,原告の主張を裏付ける的 号炉のIP200オイルリング(DVM及びレール)及び6号炉のIP200オイルリング(レール)の実施期間の終期については,別紙主張対照表①の「同終了」欄のとおり争いがあるが,原告の主張を裏付ける的確な証拠がないから,それぞれ被告が自認する平成15年2月28日及び平成16年4月30日(なお,月単位で主張されている終期については当該月の末日と解した。以下同じ。)を終期と認める。 (イ) 本件発明2についてa 原告が特許権の期間満了日(平成16年10月5日)までの実施を主張しているものについては,特許権の登録抹消日(同年9月5日)を終期として,相当の対価を算定する。 b 試作炉(AIP炉)2炉におけるIP251オイルリング(DVM)の製造を認めるに足りる証拠はない(ただし,売上高の計算に際してのこれらの製品の扱いについては,下記ウ(イ)のとおり。)。 (ウ) 本件発明3についてa 試作炉(AIP炉)2炉におけるIP251オイルリング(DVM)の製造を認めるに足りる証拠はない。 b 試作炉(HCD炉)における●(省略)●の使用の継続について原告の主張を裏付ける的確な証拠はなく,証拠(乙120)及び弁論の全趣旨により実施期間の終期を平成16年5月30日と認める。 (エ) 以上によれば,本件各発明の相当の対価の算定の対象とする実施期間は,別紙売上高一覧表①~③の「認定」欄の「算定対象期間」欄のとおりである(ただし,斜字体で記載した本件発明2の試作炉(AIP炉)2炉のIP251オイルリング(DVM)の欄は,売上高算定のために便宜上記載したものであり,この部分を除く。)。 ウ炉ごとの売上高(ア) 原告は,被告に勤務中に入手した資料に基づき推計した被告各製品の製造本数や売上高に基づき別紙主張対照表①~④の「原告」欄の「製造本数」及び あり,この部分を除く。)。 ウ炉ごとの売上高(ア) 原告は,被告に勤務中に入手した資料に基づき推計した被告各製品の製造本数や売上高に基づき別紙主張対照表①~④の「原告」欄の「製造本数」及び「売上高」欄のとおり主張するのに対し,被告は,実施期間の会計書類は廃棄済みであり製造本数及び売上高を検証することができないが,原告が推計の基礎としたデータの信用性には疑問があり,また,原告による推計は,実際の炉の生産能力及び平成20年9月のリーマンショックによる生産減を考慮していない点や,製造本数と売上高が正比例することを前提としている点で不正確であると主張する。 a そこで検討するに,証拠(甲37の1~4,62の1及び2,64,乙121,122)及び弁論の全趣旨によれば,① 原告の主張する製造本数及び売上高は,原告が在職中に入手した本件各発明の出願公開の日から平成12年3月31日まで及び同年4月1日から平成15年3月までの被告各製品の製造本数及び売上高のデータに基づいて,これらの各期間以外の期間の製造本数及び売上高を推計し,これを各炉で製造するリングの種類等を勘案して各炉に割り付けた結果に基づくものであること,② 被告は,文書管理規定及び経理規定により,財務諸表,会計帳簿,伝票及び証憑書類以外の会計関係書類を当該会計年度終了後7年間保存すると定めていること,③ 原告は,平成22年4月頃,被告に本件各発明に係る相当の対価の支払につき協議を行うよう申し入れたことが認められる。 上記事実関係によれば,原告の推計は相応の根拠に基づくものというべきである。これに対し,被告が原告から上記の申入れを受けた以降に相当の対価の算定に必要となる会計書類を全て廃棄するとは考えにくいこと,被告が生産減を主張する平成20年9月以降の会計書類は廃棄対象ではな ある。これに対し,被告が原告から上記の申入れを受けた以降に相当の対価の算定に必要となる会計書類を全て廃棄するとは考えにくいこと,被告が生産減を主張する平成20年9月以降の会計書類は廃棄対象ではないことからすれば,被告は,全期間ではないにしても資料に基づく一定の具体的な推計が可能であるのに,これをしないものと解さざるを得ない。 以上に照らせば,本件各発明の実施による製造本数及び売上高は,原告の推計のとおりであると認めるのが相当である。 b 被告は,炉の生産能力に基づいて各炉への割り付けをすべきであると主張して,その旨の従業員作成の陳述書(乙131)を提出するが,炉の生産能力を算定する基礎となる各炉の「軸数」や「1軸の有効長さ」の記載は被告の担当者が作成した過去の資料(甲68)と合致しておらず,直ちに採用できない。また,被告は,甲37号証を書証として提出するのは訴訟上の信義則に反すると主張するが,原告がこれを違法に入手したといった事情を認めるに足りる証拠はなく,被告の主張を採用することはできない。 (イ) 平成12年4月1日以降の実施による売上高は,具体的な期間ごとの売上高の増減等を認めるに足りる的確な証拠がないので,原告の主張の売上高を原告主張の実施期間日数で按分し,上記イの実施期間日数を乗じることにより算出するのが相当であり,これによれば,別紙売上高一覧表①~③の「認定」欄のとおりであると認められる(小数点以下切り捨て。以下同じ)。算出に際し,本件発明3に関して原告が実施期間の始期を平成7年10月31日と主張するのは公開日(同年11月7日)の誤りと認めてこれを前提に按分計算をし,また,3号炉及び10号炉の売上高は各炉の実施期間により按分した。 なお,同表のうち,本件発明2に関する試作炉(AIP炉)2炉でのIP251オイ 月7日)の誤りと認めてこれを前提に按分計算をし,また,3号炉及び10号炉の売上高は各炉の実施期間により按分した。 なお,同表のうち,本件発明2に関する試作炉(AIP炉)2炉でのIP251オイルリング(DVM)の製造の事実は認められないが(前記イ(イ)b参照),同じ本数の実施品を量産炉で製造していたことが認められる(弁論の全趣旨)から,同表記載の売上高を本件発明2の実施による売上高に加算するのが相当である。これに対し,本件発明3に関しては(同(ウ)a参照),同じ本数の製品が量産炉で製造されていたとしても,当該量産炉で製造した製品のホーニング材が明らかではないため,本件発明3の実施による売上高には加算しない。 エ以上によれば,平成12年4月1日以降の本件各発明の実施品の売上高の合計は次のとおりとなる。 (ア) 本件発明1 合計 29億7732万3966円トップリング 2025万4470円オイルリング(DVM及びレール) 29億5706万9496円(イ) 本件発明2 合計 31億9886万6086円トップリング 31億9716万5873円オイルリング(DVM) 170万0213円(ウ) 本件発明3 合計 36億1792万9445円トップリング 34億0842万9403円オイルリング(DVM及びレール) 2億0950万0042円(3) 超過売上げの割合ア競合品について(ア) 前記争いのない事実等,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。 a 被告は昭和30年代から国内の自動車用ピストンリング製品の市場において約50%のシェアを有し,また,国外への輸出により昭和50年代から世界の自動車用ピストンリングの20%弱のシェアを有する。国内では,被告のほかNPR社及びTPR社が自動 トンリング製品の市場において約50%のシェアを有し,また,国外への輸出により昭和50年代から世界の自動車用ピストンリングの20%弱のシェアを有する。国内では,被告のほかNPR社及びTPR社が自動車用ピストンリング製品の製造販売を行っている。これら各社のピストンリング製品のうちのイオンプレーティング法による窒化クロムの被膜層を形成したピストンリングの比率は約10%となっている。(乙1,2の2,141)bTPR社は,平成4年8月頃からイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロム単一相のピストンリングを,平成10年6月頃にはイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロムの被覆層を形成したピストンリングを,平成12年7月~10月頃にはCrN型窒化クロムの被覆層を形成したオイルリングを,平成14年7月頃にはCrN型窒化クロムの被覆層を形成したトップリングを製造販売していた。 (甲12,19,42,乙58,乙65の1,102~107,109,110の1~3,111,138,140,141)cNPR社は,平成10年6月~8月頃にはイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロムの皮膜のピストンリング及びイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムを含む被覆層を形成したトップリングを,平成12年10月頃にはイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロムとCr2N型窒化クロムの混合相の被覆層を形成したオイルリングを,平成15年3月頃にはイオンプレーティング法によるCrN型窒化クロムの被覆層を形成したトップリングを製造販売していた。 (甲12,17,25,42,乙31,32,58,107,141)dTPR社は,「摺動部材およびその製造方法」に関する特許権(特許第3350157号。平成5年6月7日出願,平成1 売していた。 (甲12,17,25,42,乙31,32,58,107,141)dTPR社は,「摺動部材およびその製造方法」に関する特許権(特許第3350157号。平成5年6月7日出願,平成14年9月13日登録)を保有している(乙100)。 上記特許の特許請求の範囲には,「少なくとも摺動面にCr,Cr2NおよびCrNの中の少なくとも一つからなり0.1~15μmの厚さの下地皮膜が被覆され,CrNの結晶構造中に3~20重量%の割合で酸素が固溶されており且つビッカース硬さが1600~2200の範囲にある硬質被覆材からなる硬質皮膜が前記下地皮膜上に被覆されていることを特徴とする摺動部材。」(【請求項1】),「前記下地皮膜がCr皮膜であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。」(【請求項2】),「前記皮膜が被覆されている部材がピストンリングであり,皮膜が形成されている面が外周面であることを特徴とする請求項1~7のいずれかに記載の摺動部材。」(【請求項8】)の記載があり,また,発明の詳細な説明の欄には,発明の目的がCrN皮膜の摺動特性と靱性とを向上させた硬質皮膜が密着性良く少なくとも摺動面に被覆されている摺動部材を提供することにある旨(段落【0007】)の記載がある。 (イ) 以上のとおり,被告はイオンプレーティング法による窒化クロムの被覆層を形成したピストンリング製品の分野において国内で約50%の,海外で約20%のシェアを有し,他方,国内の競業他社であるNPR社及びTPR社は平成12年4月より前からイオンプレーティング法による窒化クロムの被覆層を採用していたことからすれば,NPR社とTPR社は被告各製品の競合品であるピストンリング製品を製造販売していたということができる。また,TPR社は,本件発明1及び2と同様の作用効果を奏し, 被覆層を採用していたことからすれば,NPR社とTPR社は被告各製品の競合品であるピストンリング製品を製造販売していたということができる。また,TPR社は,本件発明1及び2と同様の作用効果を奏し,これらの代替技術となり得る特許権を有していたことが認められる。 イ本件各特許の無効理由について(ア) 本件特許1について前記争いのない事実等のとおり,本件特許1についてはこれを無効とする旨の審決が確定している。なお,この無効審判は本件訴訟提起後に被告代理人が請求したものであり,無効とされた理由は,本件特許1の分割出願は新たな技術的事項を含むものとして分割要件に反するので,出願日の遡及が認められず,その結果,本件原出願の公開特許公報により新規性を欠くというものである(乙43)。 (イ) 本件特許2についてa 被告の主張(前記第2の2(3)(被告の主張)イ(イ)b)のうち補正要件違反による新規性等の欠如について検討する。 (a) 証拠(乙30,32,34,35,38)及び弁論の全趣旨によれば,① 昭和61年5月6日公開の本件原出願の公開特許公報(特開昭61-87950号)には,特許請求の範囲として「少なくとも一つの摺動面に,金属クロムと窒化クロムとの超微細な混合組織でなる被覆層を形成させたことを特徴とするピストンリング。」と,発明の詳細な説明として「被覆層において,金属クロム相と窒化クロム相との混合相」の「大きさは概ね1000Å以下である」と記載されていること,② 本件特許2の分割出願時の願書に添付した明細書には上記①の混合相の大きさに相当する記載はなかったこと,③ 被告は,平成9年4月30日付け手続補正書により,特許請求の範囲の記載を「少なくとも一つの摺動面に,CrN型窒化クロムを主成分とし,CrN相の大きさが1000オン に相当する記載はなかったこと,③ 被告は,平成9年4月30日付け手続補正書により,特許請求の範囲の記載を「少なくとも一つの摺動面に,CrN型窒化クロムを主成分とし,CrN相の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織でなるイオンプレーティング被覆層を形成したことを特徴とするピストンリング。」と変更し,発明の詳細な説明中に「CrN相の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織でなる」との記載を追加する補正(以下「本件補正」という。)をし,これに基づいて本件特許2について特許登録がされたこと,以上の事実が認められる一方,「CrN相の大きさが1000オングストローム以下の超微細組織から成る」ことが分割出願の当初明細書又は図面の記載から自明であると認めるに足りる証拠はない。 (b) 上記事実関係によれば,本件補正は,いわゆる要旨の変更に当たるものであって,不適法と認められるから,本件特許2の出願は平成9年4月30日にされたものとみなされる。そして,それより前に頒布された本件原出願の公開特許公報には,金属クロム相と窒化クロム相の混合相の大きさがおおむね1000オングストローム以下であるピストンリングが開示されている。そうすると,本件発明2は新規性又は少なくとも進歩性を欠くと解することができる。 b 以上によれば,その余の原告主張について判断するまでもなく,本件特許2には無効理由があると認められる。 (ウ) 本件特許3について被告は,本件発明3の「母材の表面粗さ」についてどの指標によるべきか記載されておらず,実施可能要件違反の無効理由があると主張するが,前記1(4)ア(イ)に説示したとおり,Rz(十点平均粗さ)によるものと解するのが相当であるから,被告の主張は採用できない。 (エ) 以上のとおり,本件特許1及び2には無 効理由があると主張するが,前記1(4)ア(イ)に説示したとおり,Rz(十点平均粗さ)によるものと解するのが相当であるから,被告の主張は採用できない。 (エ) 以上のとおり,本件特許1及び2には無効理由があると認められ,本件特許3には無効理由があるとは認められない。 ウ本件各特許の権利行使前記争いのない事実等,証拠(甲19,25,乙31~37,39~41)及び弁論の全趣旨によれば,① ●(省略)●以上の事実が認められる。 エ超過売上げの割合上記ア~ウの諸事情,すなわち,被告は本件各発明の実施品である被告各製品だけでなくそれ以外のピストンリング製品についても相当高いシェアを有していること,競業他社が被告各製品の競合品の製造販売をしていること,TPR社は本件発明1及び2の代替技術に係る特許を保有していたこと,本件発明1及び2に係る特許には無効理由があり,これを一因として被告による競業他社に対する権利行使が奏功しなかったこと,被告は本件特許1については権利行使を試みていないことなど本件における諸事情を考慮すれば,本件各発明が本件各製品の売上げに寄与したといえるとしても,その程度が高いとみることは困難である。以上によれば,被告各製品の売上げのうち本件各特許権に基づく超過売上げの割合はいずれも20%であると認めるのが相当である。 オこれに対し,原告は,① 被告がオイルリング製品の市場を独占していること,② TPR社及びNPR社のピストンリング製品は,その性能上被告各製品の競合品となり得ないこと,③ 被告各製品は被告の他の製品より利益率が高いこと,④ TPR社が保有する特許権はIP300のトップリングのうちCrアンダーコート品に対応する技術にすぎず,その余の被告各製品との関係で代替技術であるとはいえないこと,⑤ 相当の対 利益率が高いこと,④ TPR社が保有する特許権はIP300のトップリングのうちCrアンダーコート品に対応する技術にすぎず,その余の被告各製品との関係で代替技術であるとはいえないこと,⑤ 相当の対価の支払請求に対し,特許権者である被告が特許の無効理由を主張することは許されないことを根拠に,超過売上げの割合はオイルリングが50%,トップリングが25%であると主張する。 しかし,①及び②について,前記ア(ア)a~cに認定したところに照らし,被告がオイルリング製品の市場を独占していたとは認められず,国内の競業他社が製造販売するイオンプレーティング法による窒化クロムの被覆層を形成したピストンリング製品が被告各製品の競合品となっていたということができる。③について,利益率が高いことを裏付ける的確な証拠はない上,利益率が高いとしてもそのことから上記エの判断を覆すことは困難である。④について,前記ア(ア)dの特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1及び2の実施品に代替し得る技術であると解することができる。 ⑤について,特許発明を独占的に実施した使用者が,その後,従業員による相当の対価の支払請求を拒むために特許無効を主張することは適切といい難いが,本件においては,本件特許権2については現に無効理由の存在が競業他社に対する権利行使不奏功の一因となっており,また,本件特許権1については被告がその権利行使をしたとすれば競業他社が無効理由の存在を指摘する可能性が高かったと考えられるから,これら無効理由の存在が被告による本件発明1及び2の独占的実施の妨げになっていたといい得る。さらに,被告が選任した弁理士による特許出願手続の過程で無効理由が生じたものであるとしても,この点に被告の帰責事由があるとは認められない。そうすると,本件における独占の利益を算定するに といい得る。さらに,被告が選任した弁理士による特許出願手続の過程で無効理由が生じたものであるとしても,この点に被告の帰責事由があるとは認められない。そうすると,本件における独占の利益を算定するに当たり,被告による無効理由の主張が許されないと解すべきではない。 したがって,原告の主張はいずれも採用できない。 カ他方,被告は,被告各製品の競合品の存在や特許の無効理由の存在からすれば,被告に独占の利益はなく超過売上げは存在しないと主張する。しかし,競合品や無効理由が存在することのみをもって特許発明の独占の利益が否定されるものではないから,被告の主張は失当というべきである。 (4) 仮想実施料率ア前記争いのない事実等,前記1において認定した本件各明細書の記載に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (ア) 本件発明1及び2は,従来技術であるイオンプレーティング法により金属チタンの窒化物又は炭化物の皮膜を形成させたピストンリングにおける皮膜と母材との密着性が悪く皮膜の剥離を生じやすいことなどの課題を解決するために,充分な耐摩耗耐焼き付き特性を有するピストンリングを提供することを目的とする発明であり,これらの発明に係る特許は,ピストンリング製品の表面処理に関する基本的な技術をその権利範囲とするものである。 (イ) 本件発明3は,従来技術であるピストンリング母材の表面粗さを研磨等により調節し,その上に薄いTiN皮膜を形成し,後の加工はせいぜい初期なじみを改善するためラッピングを施す程度の処理を行ったピストンリングにおいて,下地と皮膜との密着性が不十分になるという課題を解決し,耐久性に優れた摺動部材を提供することを目的とする発明であり,本件発明3に係る特許は,摺動部材の表面処理に関し,ブラストにより表面を において,下地と皮膜との密着性が不十分になるという課題を解決し,耐久性に優れた摺動部材を提供することを目的とする発明であり,本件発明3に係る特許は,摺動部材の表面処理に関し,ブラストにより表面を活性にする工程及び表面をラッピング等により研磨する工程に際しての表面粗さを特定することにより,イオンプレーティング膜と下地との密着性を高めるなどして摺動部材の耐久性を改善する技術に関するものである。 被告は,平成14年頃から多くの製品において●(省略)●に順次変更し,本件発明3の「母材の表面粗さ」の数値限定を充足しない製品を量産するようになった。(乙27,120)(ウ) ピストンリング製品の製造には,表面処理に関する技術のほか,リングの形状に関する技術,鋳造,機械加工や塑性加工に関する技術,材料の選定に関する技術,製品の評価等に関する技術を用いることを要するところ,被告は,被告各製品の製造に当たって,前記1のとおり本件各発明を実施しているほか,原告以外の被告従業員を発明者又は考案者とする被告の保有する次の特許権ないし実用新案権に係る発明ないし考案を実施していた。(甲40,乙91,137)a 特許第1627634号の特許権(乙72,81)「ピストンリングのラッピング装置」に係る発明であり,IP200及びIP251ピストンリングのラッピングに際し実施していた。 b 特許第2859889号の特許権(乙76,85)「スペーサエキスパンダの合口部ジョイント嵌入方法及び装置」に係る発明であり,IP200オイルリング(レール)について実施していた。 c 特許第3090520号の特許権(乙78,87)「ピストンリングとその製造方法」に係る発明であり,IP251トップリング及びIP300トップリングに実施していた。 d 特許第32 いた。 c 特許第3090520号の特許権(乙78,87)「ピストンリングとその製造方法」に係る発明であり,IP251トップリング及びIP300トップリングに実施していた。 d 特許第3262391号の特許権(乙79,88)「レーザマーキングの異常検出方法」に係る発明であり,被告各製品全てにおいて実施していた。 e 特許第3895730号の特許権(乙80,89)「外周が上下非対称形状を為す部材の方向検出方法およびその装置」に係る発明であり,被告各製品のほぼ全てにおいて実施していた。 f 特許第2757974号の特許権(乙101)「ピストンリング」に係る発明であり,IP300ピストンリングにおいて実施していた。 g 実用新案登録第2076633号の実用新案権(乙73,82)「スペーサエキスパンダー耳部加工装置」に係る実用新案であり,IP200オイルリング(レール)について実施していた。 h 実用新案登録第2100203号の実用新案権(乙74,83)「組合せオイルリング」に係る実用新案であり,IP200のオイルリング(レール)について実施していた。 i 実用新案登録第2138473号の実用新案権(乙75,84)「内燃機関」に係る実用新案であり,IP251ピストンリングの一部について実施していた。 j 実用新案登録第2594891号の実用新案権(乙77,86)「鋼製組合せオイルコントロールリング」に係る実用新案であり,IP200オイルリング(レール)に実施していた。 (エ) NPR社は,本件原出願に先立つ昭和58年2月15日,実用新案登録請求の範囲を「鋳鉄又は鋼製ピストンリングの全表面に軟窒化層を有し,且つリング外周面の前記軟窒化層上にTiNもしくはCrNのイオンプレーティング層を有すること 立つ昭和58年2月15日,実用新案登録請求の範囲を「鋳鉄又は鋼製ピストンリングの全表面に軟窒化層を有し,且つリング外周面の前記軟窒化層上にTiNもしくはCrNのイオンプレーティング層を有することを特徴とするピストンリング」とする実用新案登録出願をした。(乙136)(オ) 本件各発明と同一又は類似の技術分野における実施許諾契約について調査した文献によれば,平均的な実施料率は3~4%程度であるとされている。(甲3,69,乙130)イ以上に認定した事実関係によれば,① 本件各発明はピストンリングのうち専ら摺動面の表面処理に関するものであり,② 本件発明1及び2は,基本的技術に関するものであるが,いわゆるパイオニア発明とは認められず(上記ア(エ)参照),③ 本件発明3は性能の改善に関するものであるということができる。本件各発明の実施に係るこれらの事情を考慮すると,本件発明1及び2の仮想実施料率は各4%,本件発明3の仮想実施料率は2%と認めるのが相当である。 ウこれに対し,原告は本件各発明の仮想実施料率はより高率である旨,被告はこれがゼロに近い旨をそれぞれ主張するが,以上に説示したところに照らし,いずれも採用できない。 4 相当の対価の額(争点4)について(1) 被告の貢献度についてア前記争いのない事実等に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,① 被告は,昭和2年に創業した理化学興業株式会社を前身とし,日本で初めて実用ピストンリングの製造を開始した会社であり,東京証券取引所第1部に上場され,現在に至るまで国内及び海外においてピストンリングを含むエンジン部品等の自動車関連部品を中心に製造販売しており,ピストンリング製品につき国内では約50%の,海外では約20%のシェアを維持していること(乙1,2の1~3,141),② ピストンリングを含むエンジン部品等の自動車関連部品を中心に製造販売しており,ピストンリング製品につき国内では約50%の,海外では約20%のシェアを維持していること(乙1,2の1~3,141),② 被告のピストンリング事業部には,製造部門のほか,技術開発部が置かれており,開発グループに所属する複数の従業員が製品の開発や改良,他社製品の分析等に携わっていること(甲12,13,17,22,23,41~43,乙12,13,16,24~27,58,62,63,65の2,66,102,106,107,120),③ 被告には知的財産権部が設置され,特許権の維持管理,他社への権利行使や実施許諾などを担当しており(甲19,25,28,乙31),また,営業部において客先に対する売り込みや情報収集,技術サービス部において客先への技術説明や苦情処理等の業務を行っていたこと(甲24,乙103~105),④ 原告は,大学を卒業した昭和48年に被告に入社し,技術開発部等に所属していたところ,昭和56年頃,耐摩耗性及び耐焼き付き性に優れたイオンプレーティング皮膜の開発に着手するよう上司から命じられたこと(甲70),⑤ 原告は,上司の指示に従い,紹介された旧科学技術庁金属材料研究所において同研究所の所有する装置を使用してイオンプレーティングを行うともに(同研究所には昭和61年頃まで月1回程度赴いた。),蒸発材及び被処理物の準備やイオンプレーティング後の観察,試験等は被告の施設を使用して研究を行い,昭和59年9月頃,本件原出願に係る発明をするに至ったこと(甲70,乙3),⑥ 原告は,その後,商品企画室,特許情報室等への異動を経て,平成4年頃からイオンプレーティングによる窒化クロム皮膜の開発に携わり,被告の施設を使用して研究を続け,平成6年2月頃までにBと共同で本 ⑥ 原告は,その後,商品企画室,特許情報室等への異動を経て,平成4年頃からイオンプレーティングによる窒化クロム皮膜の開発に携わり,被告の施設を使用して研究を続け,平成6年2月頃までにBと共同で本件発明3を完成させたこと(甲70,乙4,6),⑦ 本件原出願には弁理士が関与せず,原告が中心となって特許出願手続を行ったが,本件各特許の出願手続は被告が代理人として選任した弁理士が行ったこと(甲1の1~3,乙28,29),⑧ 被告は平成2年頃からイオンプレーティングによる窒化クロム皮膜のピストンリングの量産化を開始し,2号炉~10号炉を増設する,ホーニング機を改造するなどの設備投資をしたこと(甲68,70,乙64,131),以上の事実が認められる。なお,被告における原告の処遇が,原告の経歴,職務実績等に照らし他の従業員に比して格別劣っていたことをうかがわせる証拠はない。 イ上記事実関係によれば,本件各発明が原告の努力及び創意工夫によることは確かであるが,原告は,被告による費用負担の下,被告入社後に得た知識経験に基づき,上司の指示に従い,開発グループでの職務を通じて,本件各発明を完成させるに至ったとみることができる。また,本件各発明の実施品である本件各製品が前記3(2)のとおり多大な売上げを計上したことに関しては,被告がピストンリングの分野で長年の実績を有していること,量産化のための設備投資を行ったこと,研究開発のみならず製造,営業その他の部署に属する多数の従業員の協力によるものであることは明らかと解される。 これらの諸事情を総合考慮すると,本件各発明の実施に係る相当の対価の算定に当たっては,被告の貢献度を95%と認めるのが相当である。 ウこれに対し,原告は被告の貢献度は60~80%である旨,被告は原告の貢献度は1%程度である旨それ 件各発明の実施に係る相当の対価の算定に当たっては,被告の貢献度を95%と認めるのが相当である。 ウこれに対し,原告は被告の貢献度は60~80%である旨,被告は原告の貢献度は1%程度である旨それぞれ主張するが,以上に説示したところに照らし,いずれも採用することができない。 (2) 共同発明者間の寄与率証拠(甲70,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明3は原告が主体となって行ったことが認められ,原告の寄与の割合は70%と認めるのが相当である。 (3) 相当の対価の額の計算ア本件発明1(ア) 売上高 29億7732万3966円(イ) 超過売上げの割合 20%(ウ) 仮想実施料率 4%(エ) 被告の寄与度 95%(オ) 相当の対価の額 119万0929円(計算式)29億7732万3966円×20%×4%×(100-95%)=119万0929円イ本件発明2(ア) 売上高 31億9886万6086円(イ) 超過売上げの割合 20%(ウ) 仮想実施料率 4%(エ) 被告の寄与度 95%(オ) 相当の対価の額 127万9546円(計算式)31億9886万6086円×20%×4%×(100-95%)=127万9546円ウ本件発明3(ア) 売上高 36億1792万9445円(イ) 超過売上げの割合 20%(ウ) 仮想実施料率 2%(エ) 被告の寄与度 95%(オ) 共同発明における原告の寄与度 70%(カ) 相当の対価の額 50万6510円(計算式)36億1792万9445円×20%×2%×(100-95%)×70%=50万6510円(4) まとめしたがって,平成12年4月1日以降の実施に対応する本件各発明の相当の対価の額は合計297万6985円と 445円×20%×2%×(100-95%)×70%=50万6510円(4) まとめしたがって,平成12年4月1日以降の実施に対応する本件各発明の相当の対価の額は合計297万6985円となる。 上記金額から,上記相当の対価の一部として被告が原告に支払った平成12年度分以降の実施賞73万7400円(前記争いのない事実等(5)ア(ウ)~(サ))を控除すると,残額は223万9585円である(なお,社長表彰は,前記2(2)ウのとおり相当の対価の一部とは認められないから,控除の対象とはならない。)。 5 結論以上によれば,原告の請求は223万9585円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官長谷川浩二 裁判官清野正彦 裁判官髙橋彩
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