平成5(ネ)3760 片山組自宅治療命令

裁判年月日・裁判所
平成7年3月16日 東京高等裁判所
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判決文本文12,053 文字)

主文 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。 右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。 事実 第一当事者の求める裁判一控訴人主文同旨二被控訴人 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 第二事案の概要及び争点一本件は、控訴人に雇傭されている被控訴人が、控訴人から自宅で病気(バセドウ病)を治療すべき旨の命令(以下「本件自宅治療命令」という。)を受け、控訴人に対し労務の提供をしなかった平成三年一〇月一日から同四年二月五日までの期間(但し、年次有給休暇の対象となった日を除く。以下「本件不就労期間」という。)のうち、同三年一〇月一一日から同四年二月五日までの期間の次の賃金及び同三年の冬期一時金の合計一八四万四七九七円(以下「本件賃金等」という。)及びこれに対する各括弧内に記載の弁済期の翌日から完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求めている事案である。 1 賃金(一) 平成三年一〇月一一日から同年一一月一〇日までの賃金四二万三三〇六円(同年一一月二一日)(二) 平成三年一一月一一日から同年一二月一〇日までの賃金四二万三三〇六円(同年一二月二一日)(三) 平成三年一二月一一日から平成四年一月一〇日までの賃金四二万三三〇六円(平成四年一月二一日)(四) 平成四年一月一一日から同年二月五日までの賃金四二万一二九五円(同年二月二一日) 2 冬期一時金一五万三五八四円(平成三年一二月一七日)二本訴請求の判断の前提となる事実関係のうち、次の各事実は、いずれも当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨から認められるものである。 1 当事者に関する事実(一) 控訴人は、土木建築の設計・施工・請負等を目的とする株式会社で、肩書地に 各事実は、いずれも当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨から認められるものである。 1 当事者に関する事実(一) 控訴人は、土木建築の設計・施工・請負等を目的とする株式会社で、肩書地に本店(本社)を、大阪市、福岡市及び札幌市にそれぞれ支店を置き、その従業員は約一三〇名である。 (二) 被控訴人は、昭和四五年三月二三日、控訴人に雇傭され、以来、本社の工事部に配属され、建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、昭和六三年四月五日以降、控訴人の従業員をもって組織された建築一般全日自労片山組分会(結成当初の名称は片山組労働組合。以下「訴外組合」という。)の執行委員長の立場にある。 2 本件自宅治療命令をめぐる事実(一) 控訴人は、平成三年八月一九日、被控訴人に対し、同月二〇日から当時控訴人が東京都府中市<以下略>に建設中の都営住宅の工事現場(以下「本件工事現場」という。)において現場監督業務に従事すべき旨の業務命令(以下「本件勤務命令」という。)を発した。これに対し、被控訴人は控訴人に対して、バセドウ病(以下「本件疾病」という。)に罹患しているため現場作業に従事することができない旨を申し出たが、同月二〇日から本件工事現場の勤務に就いた。 (二) 控訴人は、被控訴人に診断書の提出を求め、同年九月九日、被控訴人の主治医であったAの作成に係る同月七日付けの診断書(乙第八号証の一。以下「本件診断書」という。)が提出された後、更にその病状を補足して説明する書面の提出を求めたところ、同月二〇日、被控訴人が自らその病状を記載した回議箋(乙第九号証。以下「本件回議箋」という。)が提出されたため、同月三〇日付けの指示書(乙第一〇号証)をもって、被控訴人に対し、翌一〇月一日から当分の間自宅で本件疾病を治療すべき旨の本件自宅治療命令を発 第九号証。以下「本件回議箋」という。)が提出されたため、同月三〇日付けの指示書(乙第一〇号証)をもって、被控訴人に対し、翌一〇月一日から当分の間自宅で本件疾病を治療すべき旨の本件自宅治療命令を発した。 (三) 本件自宅治療命令は、控訴人が平成四年二月五日に被控訴人に対して本件工事現場の勤務に従事すべき旨の業務命令(以下「本件復職命令」という。)を発するまで継続し、平成三年一〇月一日から平成四年二月五日までの期間、被控訴人が労務に服することはなかった。 3 本件賃金等に関する事実(一) 賃金控訴人は、本件不就労期間中被控訴人を欠勤扱いとし、平成三年一一月分から同四年一月分まで賃金を支給せず、同年二月分については二〇一一円(同月六日から同月一〇日までの分)を支給したのみである。 控訴人においては、賃金は、前月一一日から当月一〇日までの分を当月二一日(但し、銀行の非営業日に該当するときは順次繰り上げた日)に支給することになっていた。そして、控訴人が被控訴人に対し、平成三年一〇月までの直近三か月に支払った賃金額は同年八月分が四二万八四二七円、同年九月分が四二万七〇二三円、同年一〇月分が四一万四四六八円で、平均賃金額は四二万三三〇六円であるから、右の欠勤扱いによって支給されなかった賃金は前記一1の(一)ないし(四)の合計一六九万一二一三円となる。 (二) 冬期一時金控訴人においては、従業員に対し、毎年七月に夏期一時金を、一二月に冬期一時金をそれぞれ支給することとしている。これら一時金は、基本給にその考課対象期間中の出勤率(所定就労日数から欠勤日数を控除した日数を所定就労日数で除した数値)を乗じ、これに各期について控訴人が決定する支給月数(基準月数)を乗じた金額(基準支給額)に、考課対象期間の考課による成績査定分を一〇〇〇円単位で加減し 数を控除した日数を所定就労日数で除した数値)を乗じ、これに各期について控訴人が決定する支給月数(基準月数)を乗じた金額(基準支給額)に、考課対象期間の考課による成績査定分を一〇〇〇円単位で加減し、最終的には原則として五〇〇〇円単位となるように決定することとされている。このうち、冬期一時金の考課対象期間は支給年の五月一一日から一一月一〇日までとされている。そして、控訴人は、平成三年の冬期一時金を同年一二月一七日に支給したが、被控訴人に対する冬期一時金の基準支給額は五九万三一五二円であった。 右の基準支給額は、前記の欠勤扱いによって本件不就労期間を含む冬期一時金の考課対象期間中の被控訴人の出勤率を一四一分の一一二として計算したものであって、右の欠勤扱いがされなければ、右期間中の被控訴人の出勤率は一となるから、これによる冬期一時金の基準支給額は七四万六七三六円となるので、被控訴人は、本来、控訴人から平成三年の冬期一時金として右の基準支給額との差額分である前記一2の一五万三五八四円の支給を受けることができた。 三本件における争点は、被控訴人が、本件不就労期間中控訴人から本件自宅治療命令を受けて控訴人の業務に従事していなかったにもかかわらず、控訴人に対し、本件賃金等の支払を求めることができるのか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、概略、次のとおりである。 1 被控訴人の主張(一) 被控訴人は、本件疾病により本件工事現場における現場作業を完全に行うことは困難であったが、現場監督業務は、現場作業と事務作業とからなるところ、少なくとも事務作業を行うことは可能であったし、本件勤務命令を受ける前に従事していた本社の工事本部工務監理部(以下「工務監理部」という。)における事務作業は可能であった。 (二) 控訴人は、被控訴人が右の労務を提供す を行うことは可能であったし、本件勤務命令を受ける前に従事していた本社の工事本部工務監理部(以下「工務監理部」という。)における事務作業は可能であった。 (二) 控訴人は、被控訴人が右の労務を提供することが可能であったにもかかわらず、本件自宅治療命令を発し、その後、本件復職命令を発するまでの期間、被控訴人が業務に従事することを拒絶したものであって、本件自宅治療命令は、その必要がなかったものであるから、本件不就労期間中被控訴人が控訴人の労務に服しなかったとしても、控訴人に対する報酬請求権を失うものではない。 (三) また、控訴人が、被控訴人に対して右のとおりに不必要な本件自宅治療命令を発したのは、訴外組合の結成当初からの執行委員長であった被控訴人の組合活動を嫌悪し、被控訴人が本件疾病に罹患していることを奇貨として、被控訴人の就労を拒絶して職場から排除し、賃金等の支払を拒絶するという不利益を与えることにより、他の従業員に対する見せしめとし、訴外組合の弱体化を狙ったものでもあって、本件自宅治療命令は不当労働行為にも該当する無効なものであるから、被控訴人が控訴人の業務に従事していないとしても、控訴人に対する報酬請求権を失うものではない。 2 控訴人の主張本件自宅治療命令は、被控訴人が提出したその主治医の作成に係る本件診断書、控訴人自身の作成に係る本件回議箋などから、被控訴人が本件工事現場における現場監督業務に従事することはできないと判断して発せられたものである。被控訴人の申し出た病状によれば、労務者の健康管理に配慮すべき使用者としても当然の措置であって、被控訴人主張のように不必要な措置でも、不当労働行為に該当するものでもない。 第三証拠(省略) 理由 一前提となる事実関係 1 当事者に関する事実及び本件自宅治療命令に関す て、被控訴人主張のように不必要な措置でも、不当労働行為に該当するものでもない。 第三証拠(省略) 理由 一前提となる事実関係 1 当事者に関する事実及び本件自宅治療命令に関する事実は、前記「事案の概要及び争点」の項の二に記載したとおりである。 2 右各事実並びにいずれも成立の真正について当事者間に争いのない乙第二、第六及び第七号証、同第八号証の一及び二、同第九及び第一〇号証、同第四八号証、原審における証人Bの証言(第一、二回)、原審及び当審における証人Cの各証言及び被控訴人の各本人尋問の結果、当審における証人Dの証言と弁論の全趣旨とを総合すれば(右の各証言及び被控訴人本人尋問の結果中、次の認定に反する部分を除く。)、本件自宅治療命令をめぐる事実関係として、更に次の各事実を認定することができ、この認定を左右するに足る証拠はない。 (一) 被控訴人は、控訴人に雇傭されてから現在に至るまで工事部に配属され、現場監督業務に従事してきた。 被控訴人は、平成二年夏、当時控訴人が建設中の名倉堂ビルの建築工事現場において現場監督業務に従事していた際、体調に異変を感じ、慶応義塾大学病院において受診したところ、本件疾病に罹患している旨の診断を受け、以後、同病院に通院して治療を受けていたが、控訴人に対して本件疾病に罹患している旨の申出をすることなく、右の現場監督業務を続けていた。 被控訴人は、右の現場監督業務を終えた平成三年二月から、次の現場監督業務が生ずるまでの間の臨時的、一時的業務として、工務監理部において図面の作成などの事務作業に従事していたところ、同年八月一九日、控訴人の本社工事本部長であるCから本件勤務命令を受けた。 (二) 被控訴人は、本件勤務命令を受けた際、C本部長に対し、本件疾病に罹患しているので、現場作業はできない旨 ていたところ、同年八月一九日、控訴人の本社工事本部長であるCから本件勤務命令を受けた。 (二) 被控訴人は、本件勤務命令を受けた際、C本部長に対し、本件疾病に罹患しているので、現場作業はできない旨の申出をし、翌二〇日、本件工事現場に赴任した際にも、現場責任者である工事課長のDに対し、本件疾病に罹患しているため、現場作業に従事することができず、残業も午後五時から午後六時までの一時間に限られ、日曜及び休日の勤務は不可能である旨の申出をし、更にその後、被控訴人を執行委員長とする訴外組合も、控訴人との団体交渉において、本件勤務命令の当否を問題にし、同年九月五日付けの質問書では、被控訴人の労務につき、①現場作業には従事できない、②就業時間は午前八時から午後五時まで、残業は午後六時までとする、③日曜、祭日、隔週土曜を休日とするとの三条件を控訴人が認めるか否かの回答を求めた。 (三) 控訴人は、被控訴人の病状に関する診断書の提出がないことから、訴外組合の質問に対しては、「病気のことは知らない。就業条件は会社就業規則のとおりとする。」との回答をするにとどまったが、同月九日、被控訴人から本件診断書が提出されたところ、これによれば、被控訴人は、「現在、内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する。」というのであった。 しかし、控訴人は、本件診断書の記載では、被控訴人の病状が必ずしも判然としないため、被控訴人に対し、更にその病状を補足して説明する旨の書面の提出を求め、同月二〇日、控訴人から自らその病状を記載した本件回議箋が提出されたが、これによると、被控訴人は、本件疾病の治療中で、「疲労が激しく、心臓動悸、発汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等も症状として発生しています。今だ暫く治療を要すると思われます。」というのであり、訴外組合が前記 は、本件疾病の治療中で、「疲労が激しく、心臓動悸、発汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等も症状として発生しています。今だ暫く治療を要すると思われます。」というのであり、訴外組合が前記の質問書によって控訴人に対して回答を求めた被控訴人の労務に関する三条件を認めることが不可欠であるというのであった。 そこで、控訴人は、被控訴人が本件勤務命令に係る本件工事現場の現場監督業務に従事することは不可能であり、また、被控訴人の健康面・安全面でも問題を生ずると判断して、本件自宅治療命令を発した。 (四) 被控訴人ないし訴外組合は、本件自宅治療命令が発せられた後も、右の要求を続け、特に被控訴人が本件疾病にもかかわらず現場監督業務のうちの事務作業あるいは工務監理部における事務作業を行うことができる根拠として、被控訴人の主治医である前記A医師の作成に係る平成三年一〇月一二日付けの診断書(乙第八号証の二)を提出した。これによれば、被控訴人は「現在経口剤にて治療中であり、甲状腺機能はほぼ正常に保たれている。中から重労働は控え、デスクワーク程度の労働が適切と考えられる。」というのであった。 控訴人は、前記診断書にも、被控訴人が現場監督業務に従事しうる旨の記載がないことから、自宅治療命令を持続していた。 その後、被控訴人から控訴人に対して賃金の仮払いを求める仮処分が申請されたが、右仮処分事件における審尋の過程において、A医師に意見を求めることになり、平成四年一月、同医師から被控訴人の病状に関する意見を聴取したところ、同医師の意見では、本件診断書に記載された「今後厳重な経過観察を要する」との記載は、医師の患者に対する一般的な指示を記載した程度のものであること、被控訴人が本件回議箋に記載した病状は本件疾病が発症した平成二年当時の病状を記載したものでは 「今後厳重な経過観察を要する」との記載は、医師の患者に対する一般的な指示を記載した程度のものであること、被控訴人が本件回議箋に記載した病状は本件疾病が発症した平成二年当時の病状を記載したものではないかということのほか、平成四年一月時点では、被控訴人の症状は仕事に支障がなく、スポーツも正常人と同様に行いうる状態であることなどが明らかになったため、控訴人は、同年二月五日、被控訴人に対し、本件工事現場で現場監督業務に従事すべき旨の本件復職命令を発した。 これに対し、被控訴人は、本件復職命令が発せられた後には、事務作業程度の労務の提供しかできないとして、控訴人に対し本件復職命令につき異議を申し出るということもなく、本件工事現場における現場監督としてその業務に従事することになった。 3 以上に認定した事実関係に照らすと、被控訴人は、本件勤務命令を受けた際、控訴人に対し、本件疾病を理由として、現場監督業務のうち事務作業又は工務監理部の事務作業に係る労務の提供をすることができるが、その余の業務に係る労務の提供を拒否する旨の意思を表示したものというべきであり、これに対し、控訴人は被控訴人に対し、本件自宅治療命令を発することにより、右労務の受領を拒否したものというべきである。なお、本件自宅治療命令のうち、被控訴人に対して本件疾病の治療を命じた部分が業務命令として有効であるか否かは、右の判断を左右するものではない。 二本訴請求に対する判断 1 ところで、労働者が、その故意若しくは過失に基づくことなく、また、使用者との雇傭契約に基づいて従事していた業務に起因することなく罹患した病気(以下「私病」という。)のため、右雇傭契約に基づいて使用者に対して提供すべき労務の全部又は一部の履行が不能となった場合、当該雇傭契約又は労働協約等において、当該労働者が使用者 ことなく罹患した病気(以下「私病」という。)のため、右雇傭契約に基づいて使用者に対して提供すべき労務の全部又は一部の履行が不能となった場合、当該雇傭契約又は労働協約等において、当該労働者が使用者に対し、賃金の全部又は一部を請求することができる等の定めがあるときは格別、そうでない限り、労務の全部の提供ができず履行不能となったときには、労働者は使用者に対し、賃金債権を取得する余地はないと解すべきであり(民法五三六条一項)、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができないときには、右可能な部分の労務のみの提供は、労働者の雇傭契約上の債務の本旨に従った履行の提供とはいえないのであるから、原則として、使用者は右労務の受領を拒否し、賃金支払債務を免れうるものというべきであるが、提供不能な労務の部分が右契約上提供すべき労務の全部と対比して量的にも質的にも僅かなものであるか、又は、使用者が、当該労働者の配置されている部署における他の労働者の担当労務と調整するなどして、当該労働者において提供可能な労務のみに従事させることが容易にできる事情があるなど、継続的契約関係にある使用者と労働者との間に適用されるべき信義則に照らし、使用者が当該可能な労務の提供を受領するのが相当であるといえるときには、使用者は当該労働者の提供可能な労務の受領をすべきであり、使用者がこれを拒否したため、当該労働者が労務の提供をすることができず、その履行が不能となったとしても、右労働者は履行したとすれば雇傭契約に基づき取得しうべき賃金債権等を喪失するものではないと解するのが相当である(民法五三六条二項)。そして、労働者が、使用者に対し、私病を理由として、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができない旨の申出をし、債務の一部の履行拒絶の意思を明らかにし 当である(民法五三六条二項)。そして、労働者が、使用者に対し、私病を理由として、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができない旨の申出をし、債務の一部の履行拒絶の意思を明らかにしたときには、使用者において、右労務の提供を受領すべきかどうかの判断にあたっては、当該私病の性質・程度、当該労働者の担当する労務の内容等に照らし、右労働者の申出に疑念をもつのが相当といえる事情のない限り、使用者としての立場から格別の医学的調査を経ることを要するものではないというべきである。 また、使用者が、私病に罹患した労働者の提供する労務を当該雇傭契約上の債務の本旨に従ったものではないとして、その受領を適法に拒絶した場合においては、その後、右労働者が、当該私病が治癒又は軽快し、右債務の本旨に従った労務の提供ができる状況になったことを使用者に明らかにし、その受領を催告しない限り、右雇傭契約に基づく賃金債権等を取得する余地はないというべきであり、使用者において、自ら進んで、当該労働者の私病につき医学的調査をして、就労することができるような状況になったかどうか等を検討し、かかる状況になったときには、就労を命じるべきであるとの義務を信義則上も負うとはいえないものと解すべきである。 2 以下、右のような見地に立って、本件について検討することとする。 (一) 弁論の全趣旨によると、被控訴人の本件疾病は、その故意若しくは過失に基づくものではなく、かつまた、控訴人の下で従事してきた現場監督業務に起因して罹患したものではなく、私病であると認められる。 (二) 控訴人と被控訴人との雇傭契約又は控訴人と訴外組合との労働協約等において、控訴人に雇傭されている労働者が、私病に罹患したため控訴人に対して提供すべき労務の全部又は一部の履行をすることが不能となった場合に、控訴 控訴人との雇傭契約又は控訴人と訴外組合との労働協約等において、控訴人に雇傭されている労働者が、私病に罹患したため控訴人に対して提供すべき労務の全部又は一部の履行をすることが不能となった場合に、控訴人に対し、賃金債権を取得する等の定めがあることについては、当事者の主張・立証しないところである。 (三) 被控訴人は、本件不就労期間中、控訴人に対して労務を提供することが可能であった旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、その労務の内容は、後記認定の本件工事現場における現場監督業務のすべてではなく、そのうちの事務作業又は本件勤務命令を受ける直前に従事していた工務監理部における事務作業であることが明らかである。そして、前記認定の事実関係に照らすと、本件不就労期間中、控訴人は、本件疾病に罹患していたため、現場監督業務のうち中ないしは重労働を含む現場作業に係る労務の提供は不可能であり、現場監督業務のうち事務作業に係る労務の提供のみが可能であったものというべきである。 (四) そこで、現場監督業務のうち、被控訴人において履行が不能であった現場作業の占める量的・質的な程度、控訴人が、信義則上、被控訴人を事務作業に従事させるのが相当といえる事情があったかどうか等につき、検討することとする。 いずれも成立の真正について当事者間に争いのない乙第三九号証、同第四〇号証の一ないし一七、同第四一号証の一ないし一九、同第四二号証の一ないし八三、同第四八号証、同第五〇号証、いずれも当審における証人Dの証言により成立の真正を認めることができる同第五七号証、同第五八号証、同第五九号証の一、二及び同第六〇号証ないし六二号証、前掲原審及び当審における証人Cの各証言並びに当審における証人Dの証言によると、以下の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。 (1) 本件 一、二及び同第六〇号証ないし六二号証、前掲原審及び当審における証人Cの各証言並びに当審における証人Dの証言によると、以下の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。 (1) 本件工事現場において控訴人が施工していた都営住宅(七階建、室数五六戸の共同住宅、二階部分までが鉄骨鉄筋コンクリート造、三階以上が鉄筋コンクリート造の仕様)建築工事は平成三年二月に着工し同四年九月竣工予定で進められたものであるが、被控訴人が本件勤務命令により本件工事現場において就労した平成三年八月二〇日から同年九月末までにおいて施工された工事は、鉄骨の建方工事、地中梁築造のためのコンクリート工事、鉄筋工事、型枠工事及び埋戻工事等であり、本件不就労期間中に施工予定ないしは実施された工事は、一階以上の躯体工事(型枠組立・解体工事、鉄筋工事、鉄骨工事、配筋組立・圧接、コンクリート打設工事等)であった。 (2) 現場監督業務は、①現場作業と②事務作業とに大別され、①現場作業は、右工事が設計どおりに適切に施工され、予定どおり工事が進行するよう下請け業者等を指揮監督することを主要な内容とする現場管理及び現場巡視と工事現場における安全管理とからなり、また、②事務作業は対外交渉、予算管理、右工事に応じて生じる図面の作成及び各種報告書の作成、作業内容の打合せ・確認、工事段取り、職人・材料手配等からなるが、そのうち対外交渉及び予算管理は、本件工事現場においては、現場責任者であるD課長が主として担当し、その余の現場監督者(本件不就労期間中は二名)の担当する事務作業は前記事項のその余の作業であり、現場監督業務としては付随的なものであって、しかも右事務作業も現場作業と照合して行う必要があるものが多く、単に事務所のみですることの出来る作業は補足的なもので限られたものであり、ま 余の作業であり、現場監督業務としては付随的なものであって、しかも右事務作業も現場作業と照合して行う必要があるものが多く、単に事務所のみですることの出来る作業は補足的なもので限られたものであり、また、工事が進行するにつれ事務作業は徐々に減少するものであって、本件不就労期間当時、本件工事現場における現場監督業務のうち事務作業の占める割合は、D課長以外の現場監督者においては全作業内容の二割を下回る程度に過ぎず、また、単に事務所のみですることの出来る補足的作業は全作業内容の一割に達しない程度であった。 (3) 右認定の事実関係によれば、本件不就労期間中、本件工事現場において、D課長以外の現場監督者の担当する現場監督業務の主要な内容は質、量とも現場作業がほとんどであり、事務作業は補足的なものに過ぎず、また、現場作業に従事することなく遂行できる事務作業は量的にも僅かなのであるから、被控訴人が現場作業に従事することなく遂行可能な補足的事務作業に係る労務を提供することが可能であったとしても、控訴人において、他の現場監督者の担当する右補足的事務作業を被控訴人に集中し担当させても、量的には僅かなものであり、信義則上被控訴人に集中して担当させる措置をとって被控訴人に担当させることが相当であったとはいえないものというべきである。 (4) 被控訴人は、本件勤務命令前に従事していた工務監理部における事務作業をも斟酌すべきである旨主張するが、前記認定のとおり、工務監理部における事務作業は臨時的、一時的なものであり、恒常的に存在するものではないのであって、本件不就労期間中に右事務作業が具体的に存在したことについては、これを認めるに足る証拠はないから、右事務作業を斟酌することはできないものというべきである。 (五) そして、前示の事実関係に照らすと、控訴人が、被控訴人 右事務作業が具体的に存在したことについては、これを認めるに足る証拠はないから、右事務作業を斟酌することはできないものというべきである。 (五) そして、前示の事実関係に照らすと、控訴人が、被控訴人に対し、本件自宅治療命令を発することにより、被控訴人からの事務作業に係る労務の提供の受領を拒否するにあたって、被控訴人の本件回議箋による本件疾病についての被控訴人自身の自覚症状、可能な労務の内容等の説明及び本件診断書につき疑念をもつべき事情があったとはいえないから、使用者としての立場に基づき、改めて医学的調査をすべきであったとはいえない。 (六) また、本件自宅治療命令後本件復職命令までの間に、被控訴人が、控訴人に対し、本件疾病が治癒又は軽快し、控訴人との雇傭契約上の債務の本旨に従った労務の提供ができるような状況になったことを明らかにし、その受領を催告したとの事実は、当事者の主張・立証しないところである。 3 被控訴人は、本件自宅治療命令が訴外組合の執行委員長である被控訴人に対して就労の機会を奪い、不利益を与え、訴外組合の活動を妨害するための不当労働行為であるとも主張する。 しかしながら、控訴人が、被控訴人の本件工事現場における現場監督業務の一部である事務作業に係る労務のみの提供を受領しなかったことにつき、信義則上これを受領するのが相当というべき事由がなく、本件不就労期間中被控訴人の控訴人に対する債務の履行が不能となったのであるから、被控訴人は控訴人に対し、本件不就労期間に係る本訴請求の賃金債権及び冬期一時金債権を取得しないことは前示のとおりであるところ、被控訴人の不当労働行為に係る右の主張は、右各債権の発生要件又は消滅障害事由のいずれにも該当しないことが明らかであるから、主張自体失当というべきである。のみならず、控訴人が、被控訴人に対し、本 ころ、被控訴人の不当労働行為に係る右の主張は、右各債権の発生要件又は消滅障害事由のいずれにも該当しないことが明らかであるから、主張自体失当というべきである。のみならず、控訴人が、被控訴人に対し、本件自宅治療命令を発し、被控訴人が提供可能であるとした事務作業に係る労務のみの受領をしなかったのが、被控訴人の右主張のような事由に基づいてされたことは、本件全証拠をもってしても認めるに足りないから、右主張はこの点からも理由がないものというべきである。 三以上説示のとおり、本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものであり、したがって、原判決中控訴人敗訴の部分は相当ではないから、これを取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官柴田保幸伊藤紘基滝澤孝臣)

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