平成19(わ)310 薬事法違反,過失致死

裁判年月日・裁判所
平成21年2月18日 岐阜地方裁判所
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判決文本文23,775 文字)

- 1 -主文被告人を懲役1年及び罰金50万円に処する。 その罰金を完納することができないときは,金5000円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 この裁判確定の日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。 本件公訴事実中過失致死の点については,被告人は無罪。 理由 (犯罪事実)被告人は,神奈川県逗子市ad丁目e番f号の自宅において,「B自然療法室」の名称で食事療法等の指導を行うとともに,横浜市g区hi丁目j番地kにおいて,「Sショップ」の名称で,「Y」なる医薬品等の販売業を営んでいたものであるが第1東京都渋谷区mn丁目o番q号r所在のU株式会社が管理するサーバーコンピューターにホームページ「S」を開設した上,厚生労働大臣の承認を受けていない医薬品である「Y」の広告を掲載することを企て,平成17年3月下旬ころから同年7月21日ころまでの間,同都千代田区s町t丁目u番v号wビル所在の前記U株式会社データセンター内に設置された前記サーバーコンピζューターの記憶装置であるハードディスク内に,前記医薬品である「Y」に関し,商品見本写真を掲載した上,「Yについて思い付くまま簡単にご説明します。これを飲用することで人体の中にZ菌を発生させる。Z菌は人間の体液(だ液,血液,汗,アカ,大小便など)に触れることにより発生する菌である。Z菌は,体内のあらゆる酸化物(活性酸素,添加物,農薬,重金属など)を分解する。分解した酸化物を人間の穴という穴(目,鼻,口,毛穴などや大小便など)から全部体外に出してしまう。」,「西洋医学に携わっている医学者のなかでも,この『Y』の素晴らしさに注目している人が増えている。」,「現代,私たちは未だ特効薬のない,ガン,エイズ,アトピーなど,またはそ- 2 -のほかのさまざまな難病,奇病に脅かされています。 なかでも,この『Y』の素晴らしさに注目している人が増えている。」,「現代,私たちは未だ特効薬のない,ガン,エイズ,アトピーなど,またはそ- 2 -のほかのさまざまな難病,奇病に脅かされています。」,「ところが,世界中の学者たちが解決し得なかったこれらの難問題を,一挙に解決してしまうすばらしい浄化菌『Z菌』がこの世に創造されました。」,「ヒメガマ(沼地に生育する植物でガマの一種)から特殊製法でつくられた微粉末を飲用することによって,各人の体内で発生する『Z菌』は個人の病を癒し」などと掲載し,前記「Y」の名称,効能,効果等の内容が閲覧可能な状態を設定し,もって厚生労働大臣の承認を受けていない医薬品の名称,効能,効果等に関する広告をし,第2薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者ではなく,かつ,法定の除外事由がないのに,業として,別表(添付省略)のとおり,平成17年3月22日ころから同年7月8日ころまでの間,前後4回にわたり,前記B自然療法室において,Dほか2名に対し,販売代金合計11万1300円で販売する約束の下に,医薬品である「Y1500メッシュ」ほか5点を宅配便で東京都目黒区αγ丁目δ番ε号D方ほか2か所あてに発送し,同年3月23日ころから,同年7月9日ころまでの間,情を知らない宅配便配達員をして,同宅配便を前記D方ほか2か所に配達させて前記Dほか2名に受領させ,もって無許可で業として医薬品を販売したものである。 (一部無罪の理由)第1本件公訴事実中,過失致死罪に関する事実の概要は以下のとおりである。すなわち,被告人は,判示B自然療法室を訪れたE(本件当時12歳)が生命を維持するためにはインスリンの投与が必要不可欠なⅠ型糖尿病に罹患していることを知った上,同人に対し,判示Yの使用を勧めてこれを飲用させるなどの指導を行 自然療法室を訪れたE(本件当時12歳)が生命を維持するためにはインスリンの投与が必要不可欠なⅠ型糖尿病に罹患していることを知った上,同人に対し,判示Yの使用を勧めてこれを飲用させるなどの指導を行い,さらに岐阜県恵那市x町y番地zにある前記Yの研究施設であるV研究所(以下「研究所」という。)への宿泊を勧め,Eにおいて,研究所に宿泊していたところ,平成17年7月17日午後6時29分ころ,愛知県内又- 3 -はその周辺において,同研究所にいた同研究所責任者Fから自己の携帯電話に電話を受け(以下,この電話を「6時29分の電話」という。),同人から,Eの息が荒いこと,さらには,電話を替わった同研究所職員Gから,Eに嘔吐,食事不摂取等の症状が発現し,症状が一向に改善しないこと,同人がインスリンを持参しておらず,インスリンの投与を中断していることを聞知したのであるから,直ちに医師による医療措置を講じるよう指示してEの生命の危険を未然に防止すべき注意義務があるのに,これを怠り,自己の医療知識を過信し,Gに対し,「すぐに高血糖でどうにかなるということはないから,インスリンは絶対に打たないでね。」などと申し向け,水分の継続補給を指示したのみで,医師による適切な医療措置を講じさせなかった過失により,同月18日午前5時30分ころ,研究所において,Eを高度のケトアシドーシスによる糖尿病性昏睡により死亡するに至らしめたものである,というのである。 第2検察官は,Eの母であるJが,Eの病気に悩み,被告人の自然療法に関する講演を聴いたり,被告人が経営する自然療法室を訪れて療法を受けていたこと,その中で被告人にYを勧められてEに飲用させたところ,体調が良くなったように思われたことから被告人を信頼していたこと,JがEの病状について被告人に相談し,被告人はインスリン て療法を受けていたこと,その中で被告人にYを勧められてEに飲用させたところ,体調が良くなったように思われたことから被告人を信頼していたこと,JがEの病状について被告人に相談し,被告人はインスリンの投与量を減らすようアドバイスをしていたこと,被告人が,自分の入信していたW神社の行事にJ及びEを誘い,結局,両名がW神社に入信したこと,本件当日Eが研究所に宿泊するようになった経緯は,被告人がJに,W神社の主宰者でYの開発者でもあるFがEをW神社の施設である研究所に招待しており,研究所のパワーで病気が治ると言って研究所行きを勧めたことが発端であること,その際Jは,Eが研究所にインスリンを持参しないと言っていることを被告人に伝えて賛同を受けたことなどを前提として,①被告人は,看護師免許取得者であり,Ⅰ型糖尿病について概括的な知識を有しており,Eがインスリン投与を中断すると生命に重大な危険を生じることが十分に予見できた,②被告人は,6時29分の電話を受けた際- 4 -に,Eの息が荒いこと,食事が摂取できていないことなど,体調不良を呈していることを認識できたのであるから,その原因がインスリン投与の中断によるものである可能性を容易に判断することができ,その場合は医師の医療措置を受けさせるよう指示するなど,Eの生命に重大な危険が及ぶ結果の発生を回避することができた,③被告人は,J及びEと深く関わり,特別な信頼関係があり,FらもEの体調不良の際に被告人を頼って6時29分の電話において対処方法を相談したのであるから,その場合,被告人には,直ちに医師による医療措置を講じるよう適切な指示をして,Eの生命の危険を未然に防止すべき条理上の注意義務が発生していた,④しかし,被告人は,自己の医療知識を過信して前記公訴事実記載のとおりの指示を行い,特に医療機関によ 措置を講じるよう適切な指示をして,Eの生命の危険を未然に防止すべき条理上の注意義務が発生していた,④しかし,被告人は,自己の医療知識を過信して前記公訴事実記載のとおりの指示を行い,特に医療機関による適切な医療措置を講じさせる指示をしないまま電話を切ったものであり,被告人にはこの点で過失がある,⑤Eに意識低下の現れである失禁が見られたのは,7月17日午後10時30分ころであり,その約3時間前である6時29分の電話の時点において,被告人が適切な医療措置を講じさせる指示をしていれば,Eは救急車で適切な医療措置を受けることのできる病院へ搬送され,合理的な疑いを超える程度に救命が確実であったから,被告人の行為とEの死亡の結果との間に刑法上の因果関係が認められる,などとして,被告人には過失致死罪が成立する旨主張する。 一方,弁護人は,Jは,被告人と知り合う前からインスリンの注射をいやがるEのいいなりになって,医師の指示する量のインスリン投与を怠り,Eの血糖値コントロールは不十分であったのであり,被告人がインスリンの量を減らすよう指示をしたことはないこと,Eが研究所に宿泊することになったのは,FがEを夏休みに親同伴で呼んでやるようにと指示をしたためであり,被告人は別人を介して電話で取り次いだのみであること,Eが研究所に行く際にインスリンを持参しないなどという相談は事前に受けておらず,Eがインスリンを持っていっていないことを初めて知ったのは,7月17日午後8時台のJとの- 5 -電話の際であったことなどを前提として,①被告人に看護師資格があったとしても,6時29分の電話の時点で被告人に伝えられていた情報では,Eが重篤な状態であるなどという判断は不可能であり,被告人の方から積極的に病院に連れていくべきかどうかの判断,指示をすることは不可能であった, 6時29分の電話の時点で被告人に伝えられていた情報では,Eが重篤な状態であるなどという判断は不可能であり,被告人の方から積極的に病院に連れていくべきかどうかの判断,指示をすることは不可能であった,②被告人とJ及びEとの間に検察官が主張するほどの特別な信頼関係はなく,Fも6時29分の電話の時点で被告人の話が要領を得ないものであったことから,Jに電話で連絡し,Jから病院に連れていかなくても良い旨伝えられたため,その判断に従ったに過ぎない,本件はもっぱらJの過失によるものである,③Eの確実な救命可能時点は,7月17日の午前中であり,6時29分の電話の時点ではEの確実な救命は可能ではなく,Eの死亡という結果の回避可能性は認められない,などとして,被告人は無罪であると主張する。 そして,当裁判所は,弁護人の主張する③の点が証拠上排斥できない,すなわち,6時29分の電話の時点で,既に,合理的な疑いを容れない程度にEの確実な救命が可能であったとはいえないから,その余の点については判断するまでもなく,被告人に過失致死の刑事責任を問うことはできず,無罪であると判断した。 以下,その理由を説明する。 第3前提となる事実まず,Eの従前の病状,被告人とJ及びEとの関係,Eが研究所に宿泊することになった経緯,宿泊してからのEの症状とこれに対する対応の状況,Eの死亡に至る経緯及び死因等について,関係証拠上疑いなく認められる事実は以下のとおりである。 E(平成4年12月10日生)は,小学校3年生であった平成13年10月,突然,食欲不振,口渇等の症状が現れ,神奈川県所在の乙病院でⅠ型糖尿病との診断を受けた。Ⅰ型糖尿病は,免疫機能等の異常によって,膵臓内に存在する膵β細胞が破壊されることにより,同細胞内で生産され,血糖値を下げ- 6 -る機能を持つ唯一のホル 在の乙病院でⅠ型糖尿病との診断を受けた。Ⅰ型糖尿病は,免疫機能等の異常によって,膵臓内に存在する膵β細胞が破壊されることにより,同細胞内で生産され,血糖値を下げ- 6 -る機能を持つ唯一のホルモンであるインスリンを分泌することができず,インスリンが欠乏した状態になる疾病である。インスリンは,①血中のブドウ糖を全身の筋肉や脳,肝臓等の臓器細胞に取り込ませる,②肝臓や筋肉の内部でグリコーゲンの合成を促進し,同時に貯蔵されていたグリコーゲン分解を抑制する,③脂肪組織における脂肪の合成を促進し,脂肪の分解を抑制する,という機能を持つホルモンである。健康人においては,食事の摂取等により血糖値が上昇するとインスリンが大量に分泌され,血液中のブドウ糖を筋肉や肝臓等の臓器細胞に取り込むとともに,脂肪組織に脂肪を蓄える働きを促進し,逆に血糖値が下がり出せばインスリンの分泌が減少してこれらの働きを抑制する。このことによって,摂取された糖や脂肪が筋組織,肝臓及び脂肪組織に蓄積され,これらが必要に応じて分解された上で血液中にエネルギー源として放出されているが,インスリンが欠乏すると,糖や脂肪の蓄積作用が働かなくなる。 Ⅰ型糖尿病を発症した際の主な症状としては,多尿,多飲,多食,体重減少,疲れやすいといったものがあり,高血糖状態が継続すると,腎症,網膜症,神経障害等の慢性合併症をひきおこすことがある。Ⅰ型糖尿病は,いったん発症すると,現在の医療技術では完全な健康体に戻すことは不可能であり,現実的に有効な治療法としては,不足したインスリンを注射で補う以外にない。その場合は,医師が病状に合わせて,効果の速度と持続期間が異なる数種類のインスリンを組み合わせて処方し,患者自身が血糖値を確認した上,医師の指示に従って1日数回注射するのが通常の治療法である。このように 場合は,医師が病状に合わせて,効果の速度と持続期間が異なる数種類のインスリンを組み合わせて処方し,患者自身が血糖値を確認した上,医師の指示に従って1日数回注射するのが通常の治療法である。このようにして必要なインスリンを注射で補うとともに,適切な食事と運動を行うことにより,適正な血糖値のコントロールが維持できれば,Ⅰ型糖尿病の患者は,健康人と全く変わりない日常生活を送ることができる。一方,血糖値のコントロールが良好でない場合には,低血糖症又はケトアシドーシスといった,直ちに生命の危険につながる急激な合併症を引き起こすことがある。低血糖症は,インスリン投与量が過剰である,インスリンが効き過ぎる,インスリン投与後の食事の摂取量が- 7 -少なかったり,食事を摂るタイミングが遅れるなどの理由で,血糖値が下がりすぎた際に生じる合併症であり,低血糖により脳の働きが低下することにより,程度の軽い場合は異常な空腹感,悪心,あくびなどが,程度が進むに連れてだるさ,無表情,冷や汗,脈が速くなる,腹痛などが,さらに程度が進むと異常行動,意識混濁,けいれん,深い昏睡に至るまで,多様な症状が発現する。一方,ケトアシドーシスは,Ⅰ型糖尿病患者に特有の合併症であり,著しい高血糖と脱水に血液の酸性化が加わり,意識障害をきたす危険な状態をいう。この合併症は,健康な人がⅠ型糖尿病を急激に発症した場合や,インスリン治療中のⅠ型糖尿病患者が何らかの理由でインスリン注射を中断した際等,インスリンの著しい欠乏によって引き起こされる。すなわち,インスリンが欠乏すると,前記のとおり,肝臓,筋肉及び脂肪組織に糖分や脂肪分が蓄積される働きがおこらないことから,仮に血液中に糖分等が過剰な状態になっていても,組織にその情報が伝達されず,その結果,空腹時と同様に,肝臓,筋肉が血液中に糖 臓,筋肉及び脂肪組織に糖分や脂肪分が蓄積される働きがおこらないことから,仮に血液中に糖分等が過剰な状態になっていても,組織にその情報が伝達されず,その結果,空腹時と同様に,肝臓,筋肉が血液中に糖分を放出し続けて血糖値が著しく上昇し,脂肪組織では脂肪が急激に分解され,大量の脂肪酸が血液中に放出される。放出された脂肪酸を肝臓に取り込んで正常に処理するにはインスリンが必要であるところ,インスリンが欠乏した状態の肝臓は,脂肪酸を酸化させて作り出した過剰な物質をケトン体と呼ばれるエネルギー源に変えて血液中に放出する。ケトン体は過剰になると体に害を与える毒の一種となり(この状態をケトーシスという),また,血液中にケトン体が増えると血液のpH値が下がり,通常弱アルカリ性である血液が酸性になる(この状態をアシドーシス[酸血症]という)。ケトアシドーシスの際に起こる症状としては,以下のようなものがある。①インスリンの不足により高血糖になることから,のどの渇きや多尿の症状が出て,これに伴い脱水が進行する,②脱水と脂肪分解により,体重が急激に減少する,③皮膚が乾燥して温かく,血圧は低下して脈拍が速くなる,④酸血症が進むと,体中の細胞のはたらきや営みが衰え,腸の循環が悪くなることから,腹痛,吐き気,嘔- 8 -吐等が起きる,⑤酸血症になると,血液中の二酸化炭素を排出することでpH値をアルカリ性に戻そうとする調節反応が起こり,深呼吸のような大きく深い呼吸をし(クスマウル大呼吸),荒い呼吸が継続する,⑥同時に酸血症の進行に伴って脳や神経系の機能も低下し,意識障害が進み,放置するようなことがあれば必ず死に至る,というものである。 Eは,Ⅰ型糖尿病が発症した直後,乙病院に入院し,退院後も同病院のK医師を主治医として継続的に通院し,治療と指導を受けていた。発症 み,放置するようなことがあれば必ず死に至る,というものである。 Eは,Ⅰ型糖尿病が発症した直後,乙病院に入院し,退院後も同病院のK医師を主治医として継続的に通院し,治療と指導を受けていた。発症時のEの年齢が低かったことから,Jも同伴して治療と日常生活に関する指導を受けていた。その内容は,Ⅰ型糖尿病にはインスリンの注射が不可欠であること,1日数回,血糖値を測定してインスリン注射をすること,E及びJが病気を受容し,Eが自分で注射をするための訓練をすること等が含まれていた。しかし,Eは血糖値の測定等をいやがり,平成14年ころにはJもインスリンを注射するとEの腎臓付近が腫れて熱を持っているように思われた。EやJは,主治医に無断でインスリン注射を減らすことがあり,医師もJやEが処方されたインスリンの量を勝手に減らしているのではないかと考えていた。平成15年11月,Eの主治医がL医師に変わった。L医師は,Eの血糖値のコントロールを改善するため,従前の医師の指示を変更して,インスリン注射を1日5回に増やすように指示した。しかし,Eは,平成16年3月,同年5月,同年8月の3回にわたり,糖尿病性ケトアシドーシスにより入退院を繰り返しており,血糖値のコントロールは良好ではなかった。 Jは,Eがインスリン注射などを苦痛に感じて泣いたり,血糖値の測定やインスリン注射をしたくないなどと訴える姿をしばしば目にして,Eがなぜこのような病気になるのか,医師からは治らないと言われているが,何とか治してやりたいという思いから,健康によいと言われる水や健康食品等を購入してEに与えるなどしていた。Jは,健康食品を購入していた自然食品店の経営者であるMから,自然療法を行っているという被告人の話を聞き,地域誌で被告人- 9 -の自然療法に関する講座の案内を見たことか Eに与えるなどしていた。Jは,健康食品を購入していた自然食品店の経営者であるMから,自然療法を行っているという被告人の話を聞き,地域誌で被告人- 9 -の自然療法に関する講座の案内を見たことから,平成17年1月,被告人の講座を受講し,初めて被告人と会った。JとEは,その後被告人の経営する「Sショップ」や「B自然療法室」を訪れ,食事療法,体操,個人診断等を受けると共にYの使用を勧められ,Yを購入して使用するようになった。当時,被告人はJからEの病気がⅠ型糖尿病であると聞いて認識していた。また,このころ,Jは被告人が当時所属していた宗教団体であるW神社とその宗祖であるFの話を聞いて興味を持ち,同月31日,「B自然療法室」の従業員と一緒にW神社を訪れた。なお,同月30日,Eはケトアシドーシスにより入院した。 Jは,被告人に勧められたYを使用するようになってから,Eの顔色が良くなってきたように思われたことと,被告人に看護師の資格があることもあいまって,被告人を強く信頼するようになった。また,Jは,W神社の関係者から,宗祖であるFに病気を治すパワーがあることや,Yで治らないといわれていた病気が治り,現に糖尿病の患者が治癒したことなどを聞き,Yさえ飲んでいればインスリンに頼らなくてもよいのではないかなどと言われたこともあって,自らもFのパワーや,Yの効能を強く信じ込み,Eのインスリンの量を減らしていたが,そのことをL医師には話さず,Yの使用についても同医師には話していなかった。一方,Eの血糖値のコントロールは依然として良くなく,同年2月18日にも高血糖の調整のため入院した。 JとEは,同年4月25日に,東京都江戸川区で開催されたW神社の行事である「御降臨祭」に出席し,同年5月20日から22日にかけて,愛知県蒲郡市所在のホテルXで行われ 高血糖の調整のため入院した。 JとEは,同年4月25日に,東京都江戸川区で開催されたW神社の行事である「御降臨祭」に出席し,同年5月20日から22日にかけて,愛知県蒲郡市所在のホテルXで行われたW神社の神職登用研修会にも出席し,その際,JとEは,被告人が幹部を務める「B会」の一員としてW神社に入信することとなった。同研修会にはFも出席しており,J及びEは新たに入信した信者として紹介され,その際,Eが糖尿病に罹患しているとの情報も伝えられた。同研修会終了後,FはEを1か月くらいの日程で自分の下である研究所へ連れてきてはどうかと言いだし,その意向は,同神社副総括のNを介して,被告人に電- 10 -話で伝えられた。被告人は,同研修会からの帰途,Nからの連絡を受け,同じく研修会からの帰途でJ及びEと同じ車中に乗り合わせていたMに電話連絡し,FがEを研究所に連れてきて滞在させることを勧めている旨伝え,MはそれをただちにJらに伝えた。その後,Eが研究所に滞在する日程が検討され,最終的にはFの都合により7月15日から同月23日までの8泊9日となったが,Jは当初から仕事の都合で7月15日だけEと共に研究所に宿泊し,その後はEを研究所に残して帰宅する予定でいた。当時,研究所のスタッフであり,Fの秘書的な業務を務めていたGは,その概括的な経緯について承知していた。なお,研究所はYの効能等について研究する施設ではあったものの,医療機関や療養のための施設ではなく,医療設備はなかった。また,研究所のスタッフには,Gの妹で助産師と看護師の資格を持つOもいたが,常駐しているわけではなく,Gにも医療事務の経験があったことから,多少の医学知識はあったものの,医療に関する専門的な知識や資格を持つスタッフは他にいなかった。この間,6月30日にはW神社の行事である「 しているわけではなく,Gにも医療事務の経験があったことから,多少の医学知識はあったものの,医療に関する専門的な知識や資格を持つスタッフは他にいなかった。この間,6月30日にはW神社の行事である「大はらい」,7月7日には「七夕」がそれぞれ執り行われ,JとEはいずれも出席した。 同年3月25日の時点で,L医師のもとにおけるEの検査結果は,血糖値はやや高いものの,通常の小児糖尿病の患者としての範囲内にコントロールされていた。しかし,同年5月9日におけるEの検査結果は,血糖値649,糖質や脂肪の代謝を示すHbAlc値11.1パーセントと高く,同年3月25日時点での検査結果と比較して病状の悪化を伺わせる所見が出ていた。JはL医師に対して,Eの血糖は高めであるが元気である旨の説明をしていた。同年7月4日のEの検査結果では,血糖値618,HbAlc12.8パーセントという異常な高値を示した。L医師はEの病状の悪化が現代の医学では考えられないほど異常であり,インスリンの量が足りていないのではないかと考えて,同月11日,Jを呼んでEの様子やインスリン量を確認したところ,Jは,Eの血糖値は高めだが元気であり,インスリンの量についても指示された量を注- 11 -射している旨答えた。L医師はJの説明に腑に落ちないものを感じたが,余り疑うのもどうかと考えて,インスリンを増量する旨Jに申し出たところ,Jはこれを了承した。 Eは研究所に滞在する2,3日前に,自ら研究所にインスリンを持って行かないと言いだした。Jは,研究所にはFのパワーがあり,それでEの病状が改善するものと信じていたことから,Eの意向を尊重してインスリンを持っていかせないことにしたが,夫にはそれを黙っていた。Eが最後にインスリンを注射したのは,7月14日又は15日の朝であった。 7月 善するものと信じていたことから,Eの意向を尊重してインスリンを持っていかせないことにしたが,夫にはそれを黙っていた。Eが最後にインスリンを注射したのは,7月14日又は15日の朝であった。 7月15日,JとEは,研究所に向かうため岐阜県恵那市に赴き,恵那駅で研究所のスタッフの出迎えを受けた。Eはこのころから水分を多量に欲しがり,Y入りの茶やかき氷,ジュースなどを多量に摂っていた。JはEの血糖値が上がって脱水症状が始まっているのではないかと心配になったが,Fのパワーで病状が改善するものと信じ,大丈夫であると考えた。研究所に到着した後,JとEはFに挨拶をし,同日午後7時30分ころから,EはF,G,Jのほか研究所のスタッフを交えて,ステーキ,ポテトサラダ,いんげんのごまあえ,杏仁豆腐などの夕食を摂ったが,その際のEの食欲は旺盛であった。夕食後,JとEはFの部屋に呼ばれ,EはFのパワーを受けるためとしてFと手をつなぐなどした。この間の同日午後10時ころ,GがFの部屋に「かんから餅」という菓子や果物等を運び,Eはかんから餅を1,2個食べ,その後入浴し,自室に戻ってJと共に就寝した。 翌16日の早朝,EはJに「気持ちが悪い」「のどが乾いた」などと訴え,JはY入りの茶や水を飲ませるなどしたが,EはJに付き添われて便所に行き,嘔吐した。Gは,同日午前8時ころ,スタッフの一人からEの気分が悪いようであると聞き,Eに「大丈夫。」と尋ねたところ,Eは「はい。」と答えた。GはEの症状は好転反応(病気が良くなる前に一時的に症状が重くなる現象)であると考えていた。Jは,同日の午前中に帰宅する予定であったが,E- 12 -の体調が思わしくないことから夕方まで残ることにし,その間Eの看病をした。Eは茶や水などの水分を摂取しては嘔吐を繰り返していた。同日の午後 Jは,同日の午前中に帰宅する予定であったが,E- 12 -の体調が思わしくないことから夕方まで残ることにし,その間Eの看病をした。Eは茶や水などの水分を摂取しては嘔吐を繰り返していた。同日の午後には嘔吐の回数は減り,Jの問いかけに対しては簡単に返事をするものの,ぐったりとベッドに横たわる状態であった。Jは高血糖の症状と似ているとは思っていたものの,Fのパワーを信じており,研究所にいれば大丈夫と思い込んでいたことなどもあって,同日の午後4時過ぎころ,Eを研究所に残して単独で帰宅した。一方,Gは,当日の午前中はFと共に外出し,午後2時ころ研究所に戻ったが,Eの様子を見て,同日,JがEを残して帰宅したことに不安を感じていた。Gは,FからEの看病を命じられたためその指示に従い,Eの嘔吐に備えて室内に洗面器を持ち込み,熱を測ったところ37度2分あったので,額にタオルを当てるなどの看病をした。FはEが嘔吐していたことを聞いて,食べすぎではないかなどと話していた。Eはその日の夕食を食べず,何も食べたくないといって寝ていた。Gがすいかを3切れほど持って行くとEはそれを食べ,おかわりを求めたため,Gは更にすいかを持っていくと,Eはそれも1切れ半ほど食べた。Eはその他にY入りの茶を飲んでいた。Gは,同日の夜の看病を研究所の別のスタッフに任せたが,深夜,Eの様子を見たところ,Eは普通に寝ており,特に変わった様子は見られなかった。 翌17日午前7時30分ころ,Gは起床して看病をスタッフと代わった。Eに嘔吐はなく,多少息づかいが荒くなっていたが,Gが気になるほどではなかった。Gが「Eちゃん,大丈夫。」と尋ねると,Eは「大丈夫」又は「はい」などと返答して反応していた。Gが熱を測ったところ,37度2分あり,Gは氷枕を換えたり,額にタオルを当てたり,Eに水 どではなかった。Gが「Eちゃん,大丈夫。」と尋ねると,Eは「大丈夫」又は「はい」などと返答して反応していた。Gが熱を測ったところ,37度2分あり,Gは氷枕を換えたり,額にタオルを当てたり,Eに水分を摂らせるなどの看病をした。Eはこの日の午前中は会話に反応し,「トイレに行きたい。」「りんごジュースが飲みたい。」などと話しており,自分で起きて,Gにもたれかかりながらも歩いて便所に行くことが可能であり,水分もストローで吸って摂取することができた。同日午前10時45分ころ,GはFの講演会の準備に関する連- 13 -絡のため,被告人に電話を掛けた。その際,Gは被告人から「Eちゃん,どう。」と尋ねられ,熱が37度2分あること,昨日から水分以外取れていないことを話したが,被告人は「若いから好転反応出るのも早いわね」という返答であった。 Jは同日午後12時44分ころ,研究所に電話してEの容態を尋ね,GはEに微熱があること,水分のほか何も食べていないことなどをJに伝えたところ,Jは飲み物にYを混ぜて与えてくれと依頼した。同日午後2時過ぎころ,Eは「背中が痛い」と言い,Gは背中をさするなどしてやったが,その際背中が少し腫れているように思われた。また,Eは水分をストローで吸えなくなったため,Gは介護用品の楽のみを買ってきてEに水分を与えた。同日の午後ころから,Eとの会話はほとんどなくなり,便所にはGが支えていくことができたものの,午前中より歩きにくそうであり,Gは便所の中にEと一緒に入って便座に座らせてやるなどしていた。同日午後6時ころには,Eは,楽のみを使用しての水分摂取はできていた。そのころ,Fが研究所に戻り,GにEの様子を尋ね,GはEが何も食べていないことなどを報告した。FはEの様子を見に行き,Gに「息が荒いが,大丈夫か。」「Bさんにちょ を使用しての水分摂取はできていた。そのころ,Fが研究所に戻り,GにEの様子を尋ね,GはEが何も食べていないことなどを報告した。FはEの様子を見に行き,Gに「息が荒いが,大丈夫か。」「Bさんにちょっと電話して。」と言った。GもEの息づかいが荒くなっていることを確認した上,被告人がEの病気のことを最も良く知っているものと思い,携帯電話で被告人に6時29分の電話をかけた。被告人は,当日,多治見市で行われたFの講演会に出席し,その後名古屋市で知人と夕食を摂るなどしており,6時29分の電話を受けた際は帰宅途中の新幹線の車中であった。まずFが被告人と話し,次いでGが代わって,Eの息が荒いこと,熱が37度2分あること,昨日から何も食べておらず,水分しか取れていないことを被告人に伝えた。被告人はGに対し,「インシュリン打った。」「持ってきてるか見てみて。」と言った。その時点で,GはEが糖尿病であってインスリンの投与を必要とすること,糖尿病にはⅠ型とⅡ型があること,インスリンは血糖値を下げるために注射するものであること- 14 -などは理解していた。Gは,Eのバッグの中や室内などを探したがインスリンは発見されず,寝ていたEに「Eちゃん,インシュリン打った。」と問いかけたところ,Eは横を向いてしまい何も返答しなかった。Gは被告人に電話で「探したけど,ないので,打っていないと思います。」と返答したところ,被告人は,「高血糖ですぐにどうにかなるわけはないので,絶対打たせないで。」と言った。その直後に被告人はGに何か医学的な話をしたようであったが,Gには聞き取れず,「じゃ,看病頑張ってね。」と言われて電話を終えた。Gは被告人との電話の内容をFに報告し,Eがインスリンを打たなければいけないようであると話した。Gは,Fのいる研究所で具合が急に悪くなるなどと ず,「じゃ,看病頑張ってね。」と言われて電話を終えた。Gは被告人との電話の内容をFに報告し,Eがインスリンを打たなければいけないようであると話した。Gは,Fのいる研究所で具合が急に悪くなるなどとは考えてもおらず,Yを飲んでいれば大丈夫と考えていた。一方,被告人は,6時29分の電話の直後である午後6時32分ころから,Jに3度にわたって電話し,研究所からEの具合があまりよくないと聞いた旨Jに伝えた。Jは被告人との電話の後,午後6時39分ころ研究所に電話をしたが,その際,Fが電話に出て,Eの具合が大分悪いようであるが,病院に連れていかなくてよいのか尋ねた。Jは,研究所でEの身体が治るものと信じており,Eをインスリンの必要のない生活にしてやりたいがために研究所に連れていったにもかかわらず,ここで病院に行けばまたインスリンを打ち続けなければならない生活の繰り返しになってしまうとの思いから,Fに対して,病院には連れていかなくて結構ですと答えた。Eは当日の夕食も食べず,午後7時30分過ぎころに,Gが雑炊を作り,Eの口元にスプーンですくって持っていって食べさせようとしたところ,Eが首を振るしぐさをして,全然食べようとしなかった。GはEのしぐさを見て,食べたくないという意味だと理解して雑炊を下げた。 その後,Gは他のスタッフに一時看病を交代した。同日午後10時30分ころ,OがEの様子をのぞいたところ,体温が37度2分あり,呼吸が少し荒いような状況であったが,Oは,声を掛けると返答があり,水分補給用のペットボトルがあり,失禁しているような様子も見られなかったので,その時点で重- 15 -篤な状況であるとは思わなかった。Gはその後,同日午後11時ころまでの間にスタッフと交代して再びEの看病にあたった。その際,Eの息づかいは荒い感じで,寝返りをあち たので,その時点で重- 15 -篤な状況であるとは思わなかった。Gはその後,同日午後11時ころまでの間にスタッフと交代して再びEの看病にあたった。その際,Eの息づかいは荒い感じで,寝返りをあちこち向いていた。このときGがふとんに手を当てたところ,Eが失禁しているのに気づき,GはEに話しかけながら服やふとんを換えてやったが,Eは荒い息づかいで反応がなかった。Eの体温は37度2分から3分で変動はなく,楽のみで水分を飲ませると飲んでいた。その後,GはEに添い寝をして看病していたが,翌18日午前2時ころ,再びEが失禁しているのに気づき,Gはちょうど様子をのぞきに来たOと一緒に服やふとんを換えてやった。その際のEの様子は,相変わらず微熱があり,息づかいが荒く,寝返りを打っており,Gの話しかけに対する反応はなかった。Oは,一般的に本当に具合の悪い時には汗や尿がでにくくなることから,失禁についても尿が出ることはよいことであると判断し,その旨Gに話していた。 同日午前5時30分ころ,GはEの息づかいが穏やかになってきたのに気付いて,熱を測ったところ,36度5分であった。このとき,Eに若干の失禁があり,Gはバスタオルを敷いたり下着を替えるなどしてやった。Gは熱が下がってきたことに安心して,そのまま眠り込んだが,同日午前7時30分ころ目覚めると,Eが全く動いておらず,声を掛けても何も言わず,呼吸をしているかどうかもわからない状態であった。GはあわててOを起こしに行き,駆けつけたOは,Eに意識がなく,心停止と呼吸停止の状態であることを確認したことから,ただちに心臓マッサージと人工呼吸を開始した。Fの指示で救急車を要請し,Eは同日午前8時05分ころ,岐阜県恵那市所在の甲病院に搬送されたが,直後の同日午前8時07分,同病院のP医師によって死亡が確認さ だちに心臓マッサージと人工呼吸を開始した。Fの指示で救急車を要請し,Eは同日午前8時05分ころ,岐阜県恵那市所在の甲病院に搬送されたが,直後の同日午前8時07分,同病院のP医師によって死亡が確認された。P医師は,Eと同行してきたGが午前5時30分ころまでは息があったと話していたことや,Eの遺体の硬直の程度,直腸温等から総合的に判断して,死体検案書に,死亡時刻を同日午前5時30分ころと記載した。 Eの死因は,遺体の鑑定の結果によれば,インスリン投与の中止を主原因と- 16 -して,高度なケトアシドーシス状態に陥り,昏睡致死に至ったものと認められる。Eの死因を鑑定したQ医師は,Eの遺体のHbAlc値は13.4パーセントであり,死亡の1,2か月以上前から血糖コントロールが悪い状態,すなわち必要なインスリン量が投与されていないなどの状態にあったと推定している。 第4関係各証拠の評価以上の事実は,Eの受診経過を表すカルテ等の記載,L医師及びP医師の供述など客観性に疑いのない証拠のほか,J及びGの証言中,疑いなく信用できる部分,その他,被告人を含むW神社の関係者の供述を総合して認定したものである。 このうち,中核となるのはGの証言である。Gは,Eが研究所に滞在している間,最も身近にいて看病していた者として,時間の経過に伴うEの症状の変化とその際の対応状況を具体的に説明している。その観察状況は,Eの死因となったケトアシドーシス発症から悪化の過程において,通常たどるプロセスとよく合致しており,Gが医療事務の経験があるという以上に医療に関する専門的な知識を持たないことを勘案しても,相応の客観性を持つものと評価できる。なお,Oの供述中には一部,Gが観察したEの容態と必ずしも一致しない箇所も認められるが,Oは看護師資格があるとはいえ,Gと異なり な知識を持たないことを勘案しても,相応の客観性を持つものと評価できる。なお,Oの供述中には一部,Gが観察したEの容態と必ずしも一致しない箇所も認められるが,Oは看護師資格があるとはいえ,Gと異なり継続してEの様子を観察していたものではないこと,Eの病気に関する予備知識を全く持たない状態での観察であることなどからして,Gの供述に疑いを差し挟むまでのものとはいえない。また,Gは,Eが研究所に滞在するに至った経緯,研究所スタッフの対応や被告人の言動についても具体的に説明している。Gは,本件当時は研究所のスタッフであり,かつW神社の信者という立場にはあったものの,被告人やFにとって不利益と思われる事実についても率直に証言し,他の関係者の供述とも概ね合致していることを考慮すると,細部におけるくいちがいはともかく,その中核部分については高い信用性があるというべきであ- 17 -る。 一方,Jの証言については,JがEの母親であり,最も関わりの深い遺族であると同時に,Eの死亡について母親である自己の過失が否定できない立場でもあること,特に被告人との関係やその言動については,証言の内容が被告人の供述と大きく異なっていることのほか,Eの研究所への滞在期間について当初1年学校を休学させるという話があったという点など,W神社の関係者の大半の供述と大きく齟齬している点や,被告人と知り合う前にも医師の指示によらずインスリンを減らしていた形跡が窺われるにもかかわらず,その事実を否定するなどしている箇所なども散見されることから,その全体的な信用性については慎重に検討すべきである。しかし,少なくともJの供述中,客観的な証拠や被告人を含む他の者の供述と符合する点についてはその信用性に疑いはない。また,Jの供述には,Eの病状にはインスリンが不可欠であり,その欠乏は生 きである。しかし,少なくともJの供述中,客観的な証拠や被告人を含む他の者の供述と符合する点についてはその信用性に疑いはない。また,Jの供述には,Eの病状にはインスリンが不可欠であり,その欠乏は生命の危機に直結するという知識を十分持っていながら,Eが研究所にインスリンを持参しないと言い出した際にそれを許容したことや,研究所に赴く当初からEに脱水を思わせる症状があり,これまでの経験に照らして高血糖ではないかとの疑いを持っていたにもかかわらず,病状が次第に悪化しているように見受けられるEを研究所に残して単身帰宅し,Fから病院に連れて行かなくてよいのかなどと問い合わせがあった際にもそれを拒否する返答をしたことなど,一見すると自己に著しく不利益である上,通常の合理的な思考ではおよそ考えがたい内容が含まれている。これらの供述は,Jが,Eの病気が現代の医学では不治のものであり,生涯インスリン注射を継続しなければならないという現実に直面して,Eの苦痛を軽減してやりたいという思いから,現代医学以外の治療方法に深い関心を持つようになったこと,被告人から勧められたYでEの体調が良くなったように思われたことなどから被告人に全幅の信頼を置き,同時に被告人の加入するW神社の信仰にも深く傾倒して,Yの効能と,宗祖であるFのパワーによってEの病気が治るという根拠のない確信を抱いて- 18 -いたことなどを前提としてはじめて理解が可能なものであり,少なくともJがそのように信じて行動していたことについて疑うべき点は見当たらない。したがって,Jの供述中,これらの点についてはむしろ信用性が高いものと評価できる。ただし,Jがそのような確信を抱くに至った理由が,Jのいうようにすべて被告人の言動によるものであるか否かについては,なお慎重な検討が必要と思われるが,少なくとも, しろ信用性が高いものと評価できる。ただし,Jがそのような確信を抱くに至った理由が,Jのいうようにすべて被告人の言動によるものであるか否かについては,なお慎重な検討が必要と思われるが,少なくとも,本件争点の判断に必要とされる前記認定の限度においては,疑いなく認められるものと判断した。 第5Eの救命可能時点について以上の事実を前提として,被告人が応答した6時29分の電話の時点におけるEの救命可能性について検討する。 検察官は,L医師が,6時29分の電話の時点において,Eを医者に連れて行ってインスリン投与等の措置をとっていれば命は助かったかという質問に対し,「やり方によっては助かったと思いますし,脳浮腫を抑える治療をしながら治療をしてくれる先生がおったならば,助かったと思います。」「失禁というのは,自分が排尿したことがわからない,だから脳細胞の障害によって意識レベルが低下していたと思います。」「(そういう状態の時点で病院に連れていって適切な措置を受けても)助かる率は低くなると思います」などと供述していること,また,「脳浮腫を抑えながらの治療は,CTがなかったり,専門医がないとだめであったり,高次病院でないと取り扱えない」旨供述しており,これらの点については,小児内分泌の専門医である証人R医師も概ね同旨の供述をしているところ,研究所に最寄りの総合病院である前記甲病院のP医師の供述によれば,同病院は救急指定病院であり,CT等も備えており,Ⅰ型糖尿病患者が夜間,救急患者として搬送された場合でも,脳浮腫を抑えながら適切に応対ができ,場合によっては,丙病院へ医師が付き添いの上救急車で搬送可能であり,十分救命が可能である旨供述していることを根拠に,前記のとおり,Eに意識低下の現れといえる失禁があったのは,6時29分の電話の約- 19 -3時 丙病院へ医師が付き添いの上救急車で搬送可能であり,十分救命が可能である旨供述していることを根拠に,前記のとおり,Eに意識低下の現れといえる失禁があったのは,6時29分の電話の約- 19 -3時間後であるから,被告人がこの電話の際にEに医師による適切な医療措置を講じさせていれば,救急車で甲病院に搬送され,合理的な疑いを超える程度の救命が確実であったと主張する。 確かに,L医師及びR医師の供述中には,検察官の主張に沿う箇所も存在することは事実である。しかし,L医師及びR医師の供述内容は,いずれもその全体を総合すると,むしろ6時29分の電話の時点においては合理的な疑いを超えて救命が可能であったとは言い切れないとの趣旨であると解するのが相当であって,検察官の主張はその前提を欠くといわざるを得ない。 L医師の供述についてL医師は,小児内分泌学の豊富な経験を持つ専門医であり,本件の直前までEの主治医として診察や治療にたずさわっており,Eの普段の病状等については最も詳しい医師である。同医師は,前記に認定した事実にほぼ沿うEの病状の推移を前提として,血糖値など客観的な検査結果がない状況での推測という留保付きではあるが,Eの救命可能時点について概ね以下のとおり供述している。①7月16日の時点,水分を与えると嘔吐を繰り返すという段階では,ケトーシスが起こっており,嘔吐で脱水やミネラル分が失われている状態で糖尿病が悪化していると思われるが,この時点で救急車で病院に搬送していれば救命はできた,②同日の午後にかけては,血糖値が上がりっぱなしの状態であり,ケトーシスになって頭がうとうとしてくる可能性がある,③7月17日,歩いてトイレに行ったという行動は気丈な子供であれば意識が少しもうろうとしていてもできる,④同日,ジュースをストローで飲むことができた時点 シスになって頭がうとうとしてくる可能性がある,③7月17日,歩いてトイレに行ったという行動は気丈な子供であれば意識が少しもうろうとしていてもできる,④同日,ジュースをストローで飲むことができた時点は,意識低下が徐々に始まる途中の段階であった可能性がある,楽のみを使用して水分を摂るというのは原始的な反応であり,意識が全くなくなってしまってはできないが,意識が低下していても割合に可能である,⑤同日午後6時ころ,Eの息づかいが荒くなり,GがEにインスリンを打ったか確認したら向こうを向いたという時点では,EはGに口をきく気も話す気もなく向こうを向いたの- 20 -ではないかと思われる,⑥午後6時台にインスリンを投与するなどの措置をとった場合,やり方によっては助かったと思う,脳浮腫を抑える治療をしながら糖尿病の治療をしてくれる医師がいたら助かったと思う,それには,高次病院でCT等の設備があり,専門医が治療にあたることが必要である,⑦ただ,同日の時点においては,糖尿病の場合,治療によって逆に死亡に至ることもある,特に長期間血糖値が高いとき,救急車で運ばれてすぐに点滴をしたり,インスリンを多量に投与すると,急に脳浮腫が進行して死亡したり,助かる場合も脳障害を伴うことがある,もっと早いほうがいい,⑧同日午後10時から11時の時点,息が荒く失禁しており,楽のみでの水分摂取はできたという段階では,昏迷の状態にあり,脳細胞の障害により意識レベルが低下していたと思う,この段階で助かる率は非常に低くなると思う,⑨その後の病状の推移,声をかけても反応のない状態から,呼吸が穏やかになり体温が低下していく状況は,末期的な症状であり非常に死が近いことを知らされる,⑩Eの生命が助かっていたと思われる最終的な時点は,7月17日のお昼ころから夕方5時か6時の所見が出る 呼吸が穏やかになり体温が低下していく状況は,末期的な症状であり非常に死が近いことを知らされる,⑩Eの生命が助かっていたと思われる最終的な時点は,7月17日のお昼ころから夕方5時か6時の所見が出るまでの間,それも夕方に至る前のほうがよかった,失禁をしたり応答のない時点では既に遅い,以上である。 以上の同医師の供述内容を総合すると,同医師の見解は,Eの救命がほぼ確実に可能な時点として指摘できるのは,遅くとも7月17日の昼ころであり,それ以降については,適切な治療を設備の整った病院で受けることができれば救命できる可能性はあるものの,この時点に至っては急変により死亡したり,生命は助かっても重篤な脳障害を起こす可能性があり,特に長期間血糖値の高い場合は,逆に治療により急変して死亡する可能性がより高くなる,という趣旨と解するべきである。 R医師の供述についてR医師も,小児内分泌学の専門医であり,この分野における学識を備えた医師である。同医師も,前記認定の事実にほぼ沿うEの病状の推移を前提とし- 21 -て,L医師同様,Eの救命可能時点について概ね以下のとおり供述している。 ①7月16日の朝,Eが水分を摂取しては嘔吐を繰り返すという症状は,他の要因がなければ,ケトアシドーシスの可能性がある,②7月17日の朝,多少息が荒くなり,微熱があり,人にもたれかかってトイレに歩いて行くという段階では,ケトアシドーシスが進んでいると捉えるのが一番自然な解釈である,③同日の午後,ストローで水分を吸えなくなり,楽のみを使用したという時点では,次第にケトアシドーシスの症状が進んできて,飲む力がなくなりつつあるという印象である,④同日午後の時点で,会話をしていたり,水分を飲み込んだりする動作がきちんとできていれは,医療機関に搬入された場合,おそらく救命は大丈夫で 状が進んできて,飲む力がなくなりつつあるという印象である,④同日午後の時点で,会話をしていたり,水分を飲み込んだりする動作がきちんとできていれは,医療機関に搬入された場合,おそらく救命は大丈夫であったと思われる,ただ,糖尿病のケトアシドーシスは,治療をうまく行わないといろいろな合併症を起こすことがある難しい治療であり,100パーセント大丈夫ということはできないが,意識がはっきりしている状態であればかなり希望はあった,⑤同日午後6時ころ,EがGの問いかけに向こうを向いたという時点では,答える力がなかったのか,ただ単に答えたくなかったのかは分からないが,症状として,答えられなかったという可能性もある,⑥その後,雑炊を食べさせようとした際首を振ったというのは,吐き気が強かったか,飲みたかったけど飲む力が残っていなかったというどちらかの可能性が高い,⑦同日午後6時から6時30分ころの時点で,医療機関での適切な措置を受けた場合,もし辛うじて意識があってコミュニケーションをとれる状態であったとすれば,もしかしたら助かる可能性は十分にあった,ただ,短時間で病状が悪くなるということもあり,搬送や治療の手はずを整える時間まで考えると,このあたりからだんだん,全く後遺症なく救命できた可能性は低くなる。R医師の経験で,この状態で命が確実に助かるとか,確実に後遺症が残るというのは分からない,非常に難しい,⑧7月17日の深夜,失禁をしたあたりからは,適切な治療が行われても救命はかなり厳しい状態であるといえる,無事に救命できる限界としてはこのあたりであろうと思われる,⑨- 22 -逆に,7月17日の午前中に受診をしていれば,適切に治療がいって予期せぬことが起きなければ救命できると思われる,その後次第に意識障害が現れてくる段階では,その状況が急激に進むことも ⑨- 22 -逆に,7月17日の午前中に受診をしていれば,適切に治療がいって予期せぬことが起きなければ救命できると思われる,その後次第に意識障害が現れてくる段階では,その状況が急激に進むこともあるので,実際に治療をしてみないと分からない,⑩L医師が7月17日の午後6時ころの段階では助からなかったかもしれないと述べているとすれば,そのとおりと思う,同医師がこの段階で,高次機能病院で専門医が治療しなければ助からないという趣旨の証言をしているとすれば,R医師の持っている印象と大きく外れてはいない,以上である。 以上のR医師の供述を総合すると,Eの意識がはっきりしていた7月17日の午前中の段階で医療機関に搬入され適切な治療を受けることができれば,ほぼ救命はできたものと思われるが,その後意識障害が現れてくるに従って次第に救命可能性は低下する,午後6時前後の時点でのEの意識レベルは不明であり,仮に辛うじて意識があれば救命可能性は十分にあったが,急変等の可能性があることを考慮すると,確実な救命ができる時期としての線引きは非常に困難であり,同刻前後に治療を開始した場合にも救命ができたかどうかは分からない,という趣旨と解される。 L医師,R医師両医師の供述の評価についてL医師,R医師の所見は,医学的に十分なデータが不足している状況での推測ではあるものの,その所見の中核部分はほぼ一致している。両医師が,共に小児内分泌の専門医としての十分な学識と経験を持ち合わせていることをも考慮すると,両医師の所見には高度の信用をおくことができるというべきである。 小括そうすると,6時29分の電話の時点におけるEの救命可能性については,以下のように考えるべきである。まず,Eの容態にかんがみると,この時点においても,救急車を要請するなどして迅速に適切な医療行 小括そうすると,6時29分の電話の時点におけるEの救命可能性については,以下のように考えるべきである。まず,Eの容態にかんがみると,この時点においても,救急車を要請するなどして迅速に適切な医療行為を受けていれば,- 23 -救命できていたという可能性があったこと自体は否定できない。P医師の証言によれば,甲病院においても,Eの救命のため最低限必要な医療機器,設備等はあるというのであり,同医師の証言する治療の手順も,限られた条件下でのものであるとはいえ,相応の医学的知識,経験に則ったものであることからすると,このような条件下であっても,Eの救命が全く不可能であったとまではいえない。しかし,同医師の救命可能性に関する見解は,限られた条件下であっても,救命の可能性が少しでもあれば医師として救命に最善を尽くすという観点からのものと解すべきであって,救命可能性の確実性の程度を検討する際には,観点を異にするといわなければならない。そして,Eの救命がほぼ確実に可能であったと認められる時点は,L医師及びR医師の供述するように,7月17日の午前中,遅くとも昼の段階であったというべきである。それ以降のEの病状の推移については,必ずしも明確でない点はあるものの,Eのケトアシドーシスは次第に進行し,重い症状を呈し出していたのであり,救命の可能性が時間を追う毎に低下していくことは明らかに認められる。そして,同日午後6時前後の状況をみると,意識レベルについては客観的に不明であるが,Gの問いかけにも応答が困難である程度に意識が低下していた可能性もあるというのであって,仮にこの時点で,最善の適切な治療を受け得たとしても,客観的には既に救命が困難であった可能性がある。また,この段階に至れば,L医師,R医師両医師が共に指摘するように,搬送中や待機中に容態が急変する可 仮にこの時点で,最善の適切な治療を受け得たとしても,客観的には既に救命が困難であった可能性がある。また,この段階に至れば,L医師,R医師両医師が共に指摘するように,搬送中や待機中に容態が急変する可能性,及び,治療行為自体によって逆に脳浮腫等が急速に進行して死亡に至る可能性も相当程度あるものといわなければならない。そうすると,6時29分の電話の時点で,被告人が適切な指示をしていれば,合理的な疑いを超えてEの救命が確実であったとは到底言い得ないことは明らかである。 第6 結論 以上のとおりであって,仮に被告人が,検察官主張のとおり,6時29分の電話の時点において,GにEの医療機関への搬送等を指示していたとしても,- 24 -Eの死亡の結果を回避することが合理的な疑いを超えて確実であったとは認められない。そうすると,検察官の主張するその余の点について判断するまでもなく,被告人にEの死亡の結果についての刑事責任を問い得ないことは明らかである。したがって,本件過失致死の公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に無罪の言渡しをする。 (法令の適用)記載省略(量刑の理由)本件は,自然食品等の販売業を営んでいた被告人が,自己の開設したホームページに厚生労働大臣の承認を得ていない医薬品であるYの効能等を広告した事案,及び,Yを無許可で業として販売した事案である。 被告人は,Yに難病等を治療する効能があるとして,自己の経営する自然食品販売店の店頭や宅配の方法で継続販売していたものであり,本件はいずれもその一環である。被告人は,広告や販売の適法性については製造元がチェックしているものと考えていた旨供述するが,人の健康に直結する商品を販売する者として誠に安易な態度である。本件は,医薬品の品質,有効性及び安全性の確保と 人は,広告や販売の適法性については製造元がチェックしているものと考えていた旨供述するが,人の健康に直結する商品を販売する者として誠に安易な態度である。本件は,医薬品の品質,有効性及び安全性の確保という法の趣旨をないがしろにする行為である。被告人は,Yの販売により,相当多額の利益も得ており,その犯情はよくない。 しかし,被告人が本件につき反省の態度を示していること,本件の発覚後,ホームページを閉鎖して,Yの販売を中止し,その後自然食品販売業についても他人に営業を譲渡したこと,これまで前科等はなく,通常の社会生活を送ってきたものであること,身体に障害を持つ夫がその身を案じて出廷し,今後の監督を誓約していることなど,酌むべき事情もあるので,懲役刑の執行は猶予する。 (検察官福田直俊,私選弁護人・田弘幸〔主任〕,同櫻井義之,同加藤美代各出席)(求刑懲役1年6月及び罰金100万円)- 25 -平成21年2月18日岐阜地方裁判所刑事部裁判官田邊三保子

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