主文 本件訴えのうち,東京入国管理局長が平成17年7月20日付けでした在留特別許可をしない旨の処分の取消しを求める部分及び東京入国管理局長が同18年3月24日付けでした在留特別許可をしない旨の処分の取消しを求める部分をいずれも却下する。 法務大臣が原告に対して平成17年7月19日付けでした難民の認定をしない旨の処分を取り消す。 東京入国管理局主任審査官が原告に対して平成18年3月24日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。 東京入国管理局長が原告に対して平成17年7月20日付けでした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分が無効であることを確認する。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 事実及び理由 第1請求 主文2項及び3項と同旨 東京入国管理局長が原告に対して平成18年3月22日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。 東京入国管理局長が原告に対して平成18年3月24日付けでした出入国管 理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分を取り消す。 4(1) 主位的請求東京入国管理局長が原告に対して平成17年7月20日付けでした出入国管理及び難民認定法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分を取り消す。 (2) 予備的請求主文4項と同旨第2事案の概要ミャンマー連邦は,平成元年に名称をビルマ連邦 本件は,ミャンマー連邦(社会主義共和国から改称したものであるが,以下,改称の前後を区別すること)の国籍を有する男性である原告が,平なく,同国を「ミャンマー」という。 61条の2 をビルマ連邦 本件は,ミャンマー連邦(社会主義共和国から改称したものであるが,以下,改称の前後を区別すること)の国籍を有する男性である原告が,平なく,同国を「ミャンマー」という。 61条の2第成16年法律第73号による改正前の出入国管理及び難民認定法1項に基づき難民の認定を申請したところ,法務大臣から難民の認定をしない旨の処分を受け,61条出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の2の9に基づく原告の異議の申立てについても法務大臣から理由がない旨の東京入国管理局長(以決定を受け,さらに,法務大臣から権限の委任を受けたから2度にわたり入管法61条の2の2第2項下「東京入管局長」という。)による在留特別許可をしない旨の処分を受けたため,原告が「難民」に該当す難民の認定をしない旨の処分は違法るにもかかわらずこれを認めなかった上記在留特別許可をしない旨の処分は違法あるいは無効である旨主であり,上記各張して,被告に対し,上記在難民の認定をしない旨の処分の取消し及び上記各 留特別許可をしない旨の処分の取消しあるいは無効確認を求めるとともに,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から入管法24条6号(不法残留)に該当する旨の認定を受け,次いで,東京入管特別審理官から同認権限の委任を受けた東定に誤りがない旨の判定を受け,さらに,法務大臣から京入管局長から入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決,東京入管主任審査官から退去強制令書の発付を受けたため,原告がを受け「難民」に該当するにもかかわらずされた上記裁決には,東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用した違法があり,上記裁決を前提としてされた上記退去強制令書発付処分も違法である旨主張して,被告に対し,上記裁決及び上記退去強制令 ずされた上記裁決には,東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用した違法があり,上記裁決を前提としてされた上記退去強制令書発付処分も違法である旨主張して,被告に対し,上記裁決及び上記退去強制令書発付処分の取消しを求める事案である。 前提事実本件の前提となる事実は,次のとおりである。なお,証拠若しくは弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実又は当裁判所に顕著な事実は,その旨付記しており,それ以外の事実は,当事者間に争いがない。 (1)原告の身分事項原告は,ミャンマーのヤンゴンにおいて昭和▲年▲月▲日に出生した,ミャンマー国籍を有する外国人の男性である。(乙1,2)(2)原告の入国及び在留状況ア原告は,平成10年3月26日,○○号にて小倉港に入港し,同日,福岡入国管理局北九州出張所入国審査官から,上陸期間を同年4月10日までとする乗員上陸許可を受け,本邦に上陸したが,上記上陸許可期限を超えて本邦に不法に残留した。(乙4から6まで) イ原告は,東京都新宿区長(以下「新宿区長」という。)に対し,平成16年8月23日,居住地を「東京都新宿区α×番9号β×××」として,平成16年法律第73号による改正前の外国人登録法3条1項に基づき,登録の申請をし,同年10月12日,登録証明書の交付を受けた。(乙1,7)ウ原告は,新宿区長に対し,平成16年11月15日,新居住地を「東京都新宿区γ-××-7-×××」として,外国人登録法8条2項に基づき,居住地変更の登録の申請をした。(乙1,7)エ原告は,新宿区長に対し,平成17年8月24日,外国人登録法11条1項に基づき,確認の申請をし,同年9月13日,新たに登録証明書の交付を受けた。(乙1,8)オ原告は,新宿区長に対し,平成18年8月16日,新居住地を「東京都新宿区α-× 日,外国人登録法11条1項に基づき,確認の申請をし,同年9月13日,新たに登録証明書の交付を受けた。(乙1,8)オ原告は,新宿区長に対し,平成18年8月16日,新居住地を「東京都新宿区α-××-10-×××」として,外国人登録法8条2項に基づき,居住地変更の登録の申請をした。(乙1,8)カ原告は,新宿区長に対し,平成18年8月25日,外国人登録法11条1項に基づき,確認の申請をした。(乙1,8)(3)原告の退去強制手続ア警視庁目白警察署警察官は,平成17年2月23日,原告を入管法違反容疑で逮捕した。(乙1,10,14)イ東京入管入国警備官は,平成17年2月23日,原告が入管法24条6号に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け,同月24日,入管法65条に基づき,警視 庁目白警察署警察官から原告の引渡しを受け,同日,同令書を執行して,原告を東京入管収容場に収容し,同日,原告を入管法24条6号該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。(乙1,10から12まで)ウ東京入管入国審査官は,平成17年2月25日及び同年3月1日,原告について違反審査を実施し,同日,原告が入管法24条6号(不法残留)に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨の認定を行い,原告にこれを通知した。原告は,同日,東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。(乙13から15まで)エ東京入管特別審理官は,平成17年4月6日,原告について口頭審理を行い,東京入管入国審査官の認定に誤りがない旨判定し,原告にこれを通知した。原告は,この判定について,同日,法務大臣に異議の申出をした。 (乙16から18まで)オ原告は,平成17年4月22日,指定住居を「東京都新宿区γ-××-7δ×××」とする条件の下 これを通知した。原告は,この判定について,同日,法務大臣に異議の申出をした。 (乙16から18まで)オ原告は,平成17年4月22日,指定住居を「東京都新宿区γ-××-7δ×××」とする条件の下,仮放免の許可を受けて,仮放免された。 (乙19)カ法務大臣から入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入管局長は,平成18年3月22日,上記エの異議の申出について理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。同月23日に本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は,原告に対し,同月24日,本件裁決を通知するとともに,ミャンマーを送還先とする退去強制令書(以下「本件令書」という。)を発付した(以下,この処分を「本件退令処分」という。)。(甲4,乙20から22まで) キ東京入管入国警備官は,平成18年3月24日,本件令書を執行して,原告を東京入管収容場に収容した。(乙22)ク原告は,平成18年7月10日,仮放免の許可を受けて,仮放免された。 (乙22,23)(4)原告の難民の認定申請ア原告は,法務大臣に対し,平成17年3月2日,難民の認定を申請した(以下,この申請を「本件難民認定申請」という。)。(乙24)イ東京入管難民調査官は,原告に対し,平成17年3月31日,本件難民認定申請について,事実の調査を行った。(乙26)ウ法務大臣は,平成17年7月19日付けで,本件難民認定申請につき,難民の認定をしない旨の処分(以下「本件不認定処分」という。)をし,同月28日,原告にこれを通知した。(甲1,乙1)エ法務大臣から入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入管局長は,平成17年7月20日,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分(以下「本件不許可処分」という。)をし,同月28日,原告にこれ 9条の2に基づき権限の委任を受けた東京入管局長は,平成17年7月20日,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分(以下「本件不許可処分」という。)をし,同月28日,原告にこれを通知した。(甲3,乙1)オ法務大臣から入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入管局長は,平成17年7月20日,仮滞在を許可しない旨の処分をし,同月28日,原告にこれを通知した。(乙1,28)カ原告は,平成17年8月2日,本件不認定処分につき,法務大臣に異議申立てをした。(乙29)キ東京入管難民調査官は,原告に対し,平成17年12月9日,事実の調 査を行った。(乙33)ク法務大臣は,原告に対し,平成18年3月15日付けで,前記カの異議の申立てには理由がないので棄却する旨の決定をし,同月24日,原告にこれを告知した。(甲2,乙1)ケ法務大臣から入管法69条の2に基づき権限の委任を受けた東京入管局長は,平成18年3月24日付けで,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の通知(以下「本件不許可通知」という。)をした。(甲5)コ東京入管局長は,平成18年6月26日,本件不許可通知を取り消し,同日,原告にこれを通知した。(乙37)(5)本件訴えの提起原告は,平成18年9月22日,本件不認定処分,本件裁決,本件退令処分及び本件不許可通知の各取消しを求めるとともに,主位的に本件不許可処分の取消しを,予備的に本件不許可処分の無効確認を求める本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実) 争点 本件の主な争点は,次のとおりである。 (1)本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める訴えの適法性。具体的には,本件不許可処分の取消しを求める訴えは,出訴期間経過後に提起された不適法なものであるか。また,本件 とおりである。 (1)本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める訴えの適法性。具体的には,本件不許可処分の取消しを求める訴えは,出訴期間経過後に提起された不適法なものであるか。また,本件不許可通知の取消しを求める訴えは,取消しを求める対象を欠いた不適法なものであるか。 (2)難民該当性の有無。具体的には,本件不認定処分がされた平成17年7月 19日,本件不許可処分がされた同月20日,本件裁決がされた同18年3月22日,及び本件退令処分がされた同月24日当時,原告は,ミャンマー本国及び本邦において反政府活動をしていたことを理由として,ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有しているために,国籍国の外にいる者ということができるか。 (3)本件不許可処分の有効性。具体的には,本件不許可処分がされた平成17年7月20日当時,原告は,ミャンマーに送還されれば迫害を受けるおそれがあったので,在留特別許可を付与されるべきであったのに,これを付与しなかった本件不許可処分は,無効であるということができるか。 (4)本件裁決の適法性。具体的には,本件裁決がされた平成18年3月22日当時,原告は,ミャンマーに送還されれば迫害を受けるおそれがあったので,在留特別許可を付与されるべきであったのに,これを付与せずにされた本件裁決は,法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下,併せて「法務大臣等」という。)の有する裁量権を逸脱するなどしてされた違法なものであるということができるか。 (5)本件退令処分の適法性。具体的には,本件裁決が違法であるから,これを前提とする本件退令処分も違法であるか。また,本件退令処分はいわゆるノンルフールマン原則に反し違法であるか。 争点に関する当事者の主張の要旨 適法性。具体的には,本件裁決が違法であるから,これを前提とする本件退令処分も違法であるか。また,本件退令処分はいわゆるノンルフールマン原則に反し違法であるか。 争点に関する当事者の主張の要旨(1)争点(1)(本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める訴えの適法性)について(原告の主張) ア平成16年法律第73号による改正後の入管法が施行された当時,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定がされる際に,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分がされ,異議申立人に対しその旨の通知がされ,それに伴い,行政事件訴訟法46条による取消訴訟に関する教示がされていた。 イところが,法務省入国管理局は,近時,突如として,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定がされる際には,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分がされるものではなく,これまでされていた通知は処分があったことを示すものではないと主張するに至った。 ウ原告が本件不許可処分について訴えを提起しなかったのは,これまでの法務省入国管理局の前記アの取扱いに従ったものであって,原告の責めに帰すべき事由によるものではないから,行政事件訴訟法14条1項ただし書所定の正当な理由がある。 (被告の主張)ア原告が本件不許可処分の通知を受けたのは平成17年7月28日であるところ,本件不許可処分の取消しを求める訴えは,出訴期限である同18年1月28日を経過した後に提起されたものであるから,不適法である。 原告の主張するとおり,仮に,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定に際して,在留特別許可をしない旨の処分がされていたとしても,同処分は本件不許可処分とは別個の処分であるから,前者の処分について取消訴訟を提起する予定であったことが本件 に係る異議申立てに対する決定に際して,在留特別許可をしない旨の処分がされていたとしても,同処分は本件不許可処分とは別個の処分であるから,前者の処分について取消訴訟を提起する予定であったことが本件不許可処分を提起するについ ての行政事件訴訟法14条1項ただし書所定の「正当な理由」となるものではない。 また,入管法には難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定に際して,在留特別許可あるいは在留特別許可をしない旨の処分をする旨の規定はない上,原告に対する本件不許可処分の告知の際には,処分があったことを知った日から6箇月以内に取消訴訟を提起する必要がある旨教示されているのであるから,「正当な理由」が認められる余地はない。 イ東京入管局長が平成18年3月24日にした本件不許可通知は,本件不許可処分の内容について変更がない旨を単に通知したものであり,東京入管局長が本件不許可処分とは別に新たな在留特別許可をしない旨の処分をしたものではなく,取消訴訟の対象となるものではないけれども,本件のように,従前の教示を基にその取消訴訟が提起される場合があることにかんがみ,東京入管局長は,同年6月26日付けで,念のため,本件不許可通知を取り消す旨の通知をした。 したがって,本件不許可通知の取消しを求める訴えは,その取消しを求める対象を欠いているから,訴えの利益を欠き,不適法である。 (2)争点(2)(難民該当性の有無)について(原告の主張)ア原告は,昭和62年の廃貨令が出された次の日に,友人と話し合い,デモをしたり,ステージを作って演説をしたりしたところ,退学処分となった。 原告は,同63年3月から本格的に民主化活動をし,タダピュー事件 (平和的デモに対する警察の介入により多くの学生が捕まり,あるいはでき死した事件)の時にはデモに参加したが,そ 学処分となった。 原告は,同63年3月から本格的に民主化活動をし,タダピュー事件 (平和的デモに対する警察の介入により多くの学生が捕まり,あるいはでき死した事件)の時にはデモに参加したが,その翌日,警察署に連行され,取調べを受けた。原告は,解放される際,「もう政治活動はしない」という誓約書にサインをさせられた。 原告は,平成元年2月,警察署に連行され,インセイン刑務所へ連れて行かれて,そこで5日間ほど過ごした後,さらにシットゥエ刑務所へ連れて行かれ,そこで1年ほど過ごした。そして,原告は,再びインセイン刑務所へ連れて行かれた後,同2年2月に釈放された。原告は,釈放される際,「2度と政治活動にはかかわらない」という書面にサインをさせられ,両親と叔父も,原告を政治活動にかかわらせないという書面にサインをさせられた。 イ原告は,平成10年4月5日に日本に到着したが,同15年にディペイン事件が起きたことを知り,民主化活動団体であるaで活動をするようになり,デモにも参加するようになった。原告は,aにおいて,「b」のペンネームで活動し,aが発行する雑誌であるcに記事を書くだけでなく,広報担当の責任者を務め,cの配布も担当している。 また,原告は,同17年4月からd組合(以下「d」という。)に参加をし,オーガナイザーを務めている。 ウ以上のとおり,原告は,ミャンマーにおいて,民主化活動を理由として身柄を拘束された経験があり,日本においても,民主化活動を行い,民主化活動団体であるaやdという特定の社会的集団に属しているのであるから,難民というべき者である。 (被告の主張)ア原告が昭和62年以降の政治活動を理由として退学させられたり,取調べを受けたとの主張を裏付ける客観的証拠はない。 また,学校を退学になったとする時期や警察署に連行さ である。 (被告の主張)ア原告が昭和62年以降の政治活動を理由として退学させられたり,取調べを受けたとの主張を裏付ける客観的証拠はない。 また,学校を退学になったとする時期や警察署に連行されて取調べを受けた時期についての原告の供述は,合理的理由なく変遷しており,信用できない。 仮に,原告が主張する事実があったとしても,原告は,反政府活動の一参加者であったにすぎないから,この程度の活動を理由として,原告が本国政府から積極的な反政府活動家として関心を寄せられていたとは到底考え難い。 イ原告が平成元年2月ころに警察署に連行され,約1年間収監されたことを裏付ける客観的証拠はない。 また,原告は,収監されていたとする期間について,1年間も供述を変遷させており,収監されていたとする間の事情についても,供述を変遷させているのであるから,原告の供述は到底信用できない。 さらに,原告の船員手帳の記載は,原告の収監されていた時期に係る主張あるいは供述のいずれとも両立し得ないから,このような観点からみても,原告の主張を信用することはできない。 ウ原告は,正規の手続で自己名義の旅券を取得しているところ,ミャンマーにおいては,厳格な旅券発給等の審査が実施されており,反政府活動に関与した程度によって旅券発給の許否等が決定されていることに照らせば,正規旅券の発給等が認められた者は,少なくともその時点においては反政 府活動に深くかかわっているとミャンマー政府が考えない者であったと強く推認される。 エ原告は,平成10年1月14日に正規に出国を許可されており,その際に何ら問題がなかったことを自認しているところ,ミャンマーにおいては,反政府活動家に対する出国手続も相当厳格に実施されているから,仮に,軍事政権が原告を民主化運動家として敵視していることが事実 の際に何ら問題がなかったことを自認しているところ,ミャンマーにおいては,反政府活動家に対する出国手続も相当厳格に実施されているから,仮に,軍事政権が原告を民主化運動家として敵視していることが事実であるとすれば,そのような者に対して正規の出国許可がされるとは考え難く,むしろ,上記の出国許可がされた事実は,ミャンマー政府が原告を反政府活動家として把握していなかったことの証左というべきである。 オ原告の供述内容からすると,原告は,単なる稼働目的で出入国を繰り返し,その間の出入国手続は何ら問題なく行われていたのであるから,原告自身本国政府から迫害を受けるとの恐怖を有しておらず,客観的にもそのおそれはなかった。 カ原告は,本国を出国後,本邦以外の国々へ渡航しているところ,これらの国で保護を求めたり,難民認定申請に及んでいない上,来日後も約6年11箇月以上もの長期間にわたり,難民認定申請に及んでいないから,この間,原告が「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」を有していたとは考え難い。 キ原告の供述内容及び実際の行動状況と,原告が来日後約6年11箇月以上もの長期間にわたり難民認定申請に及んでいないことからすると,原告が単なる不法就労目的で本邦に不法滞在し,実際にも来日後は本邦での稼働にのみ専念していたことは明らかである。 ク原告の供述内容からすると,原告が本件難民認定申請の約2年前に本邦での政治活動を開始したものとしても,その活動は散発的かつ補助的なものにすぎないから,この程度の活動を理由として,原告が本国政府から積極的な反政府活動家として関心を寄せられ,警戒されていたとは考え難い。 (3)争点(3)(本件不許可処分の有効性)について(原告の主張)原告が難民である以上,原告を本国に送還することは,難民の地位に関す 政府活動家として関心を寄せられ,警戒されていたとは考え難い。 (3)争点(3)(本件不許可処分の有効性)について(原告の主張)原告が難民である以上,原告を本国に送還することは,難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)33条並びに拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」という。)3条に規定されているノンルフールマン原則に反し許されないから,本件不許可処分は無効である。 (被告の主張)原告は難民と認められないから,難民であることが原告の在留を特別に許可すべき事情に当たるとはいえず,また,原告が来日するまでは我が国社会と特段の関係を有しなかった者であり,稼働能力を有する成人であることを考慮すると,他に在留を特別に許可すべき積極的な理由は見当たらない。 そして,本件不許可処分に重大かつ明白な瑕疵はないから,本件不許可処分が無効であるとする原告の主張には理由がない。 (4)争点(4)(本件裁決の適法性)について(原告の主張)本国に送還されれば,その生命又は自由が脅威にさらされるおそれが高い者に対しては,第三国の受入れが保証されているものでない限り,在留特別 許可が義務付けられているのであるから,このような者に対してされた本件裁決は,ノンルフールマン原則に反し違法である。 (被告の主張)原告は,在留期限である平成10年4月10日を超えて本邦に不法残留するに至った者であり,入管法24条6号所定の退去強制事由に該当する。したがって,原告が法律上当然に退去強制されるべき外国人に当たることは明らかであり,本件裁決は適法である。 この点に関し,原告は,本件裁決がノンルフールマン原則に反する違法な処分である旨主張するが,本件裁決において判断されたのは,原告が退去強制対象者に該当す ことは明らかであり,本件裁決は適法である。 この点に関し,原告は,本件裁決がノンルフールマン原則に反する違法な処分である旨主張するが,本件裁決において判断されたのは,原告が退去強制対象者に該当するかどうかに係る特別審理官の判定に対する原告の異議の申出に理由があるか否かということのみであるところ,原告はこの点についての違法事由を主張していない上,他に本件裁決固有の瑕疵を主張しているものでもないから,上記主張により本件裁決の適法性が左右されるものではない。 (5)争点(5)(本件退令処分の適法性)について(原告の主張)本国に送還されれば,その生命又は自由が脅威にさらされるおそれが高い者に対して,その本国を送還先とする退去強制令書を発付することは,ノンルフールマン原則に反し違法であるから,本件退令処分は違法である。 (被告の主張)退去強制手続において,法務大臣から「異議の申出には理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を 発付しなければならないのであって,主任審査官には,退去強制令書を発付するにつき裁量の余地は全くないから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も当然に適法である。 また,原告が難民であるとは認められないから,本件退令処分がノンルフールマン原則に反する余地もない。 第3争点に対する判断 前記前提となる事実のほか,証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる(認定根拠は,各事実の後に付記することとする。)。 (1)ミャンマーの政治状況アミャンマーは,昭和23年1月4日に独立したが,ネウィン将軍が率いる軍が,同37年3月,クーデターを決行し,全権を掌握した。同年7月にはビルマ社会主義計画党が結成され,さらに,同39年3月の国家統制法により,他の政党が 1月4日に独立したが,ネウィン将軍が率いる軍が,同37年3月,クーデターを決行し,全権を掌握した。同年7月にはビルマ社会主義計画党が結成され,さらに,同39年3月の国家統制法により,他の政党が禁止された。(甲6,弁論の全趣旨)イ昭和63年3月以降,ヤンゴンで学生らの反政府デモが日増しに拡大して警察や軍と衝突し,同年8月8日には,学生や市民による反政府ゼネストが全国で行われるなど,大規模な民主化運動が起こった。しかし,上記民主化運動は,軍によって弾圧され,同年9月18日,軍事クーデターにより,国家法秩序回復評議会(以下「SLORC」という。)が全権を掌握し,SLORCによる軍事政権が成立した。(弁論の全趣旨)ウSLORCは,平成元年7月,アウンサンスーチーを国家破壊分子法違反を理由に自宅軟禁し,その政治活動を禁止した。(弁論の全趣旨)エ平成2年5月27日,約30年ぶりに複数政党参加による総選挙が施行 され,アウンサンスーチーの率いる国民民主連盟(以下「NLD」という。)が485議席中392議席を獲得し,約8割の議席を占めて勝利したにもかかわらず,SLORCは,民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして,NLDに政権を委譲しなかった。(甲6,弁論の全趣旨)オSLORCは,平成8年5月及び9月に,NLD主催の議員総会や党集会の前に多数のNLD関係者を拘束して,議員総会や党集会の開催を妨害した。(弁論の全趣旨)カ平成8年10月23日,ヤンゴンの学生約500人が警官の学生への暴力に抗議しデモを行ったのを始めとして,各地で学生デモが発生し,同年12月半ばまで続いたが,SLORCは学生を強制排除した。同9年1月,同8年12月のデモを扇動したとしてNLD党員11人を含む活動家34人が禁固7年の実刑判決を受けた。(弁論の全趣 モが発生し,同年12月半ばまで続いたが,SLORCは学生を強制排除した。同9年1月,同8年12月のデモを扇動したとしてNLD党員11人を含む活動家34人が禁固7年の実刑判決を受けた。(弁論の全趣旨)キ平成8年12月25日,ヤンゴンの仏教寺院において爆弾が爆発して死傷者を出すという事件があり,SLORCは,同事件にe及びfが関与している疑いがあると発表した。また,同9年4月7日,SLORCの第二書記であるg中将の自宅に小包が届き,これが爆発して同人の長女が死亡するという事件が起こった。(弁論の全趣旨)クSLORCは,平成9年5月,NLDの総選挙圧勝7周年記念の議員総会を阻止するため,NLD党員ら多数を拘束し,最終的には約300人を拘束した。また,SLORCは,同年9月27日及び同月28日に予定されていたNLDの創立9周年集会開催に関し,参加者の上限を300人とする条件付きで許可したが,その件につき,NLDの参加者全員に対し軍 情報局担当官に個人的な情報を報告させ,約30人のNLD活動家の参加を許可せず,その地域から追放した旨の報道がされた。(弁論の全趣旨)ケSLORCは,平成9年11月15日,国家平和発展評議会(SPDC)に改組された(なお,以下では,改組の前後を区別することなく,「SLORC」という。)。(弁論の全趣旨)コアウンサンスーチーは,平成8年後半から再び自宅外に出る自由及び訪問者を受け入れる自由を次第に制限されるようになり,同10年8月,同12年8月及び同年9月の計3回にわたり,NLDの幹部と共に地方に赴こうとするのを強制的に自宅に連れ戻されるという事件が起こり,その後は事実上の自宅軟禁の措置が採られ続けていたが,同14年5月6日,ようやく軟禁状態が解かれた。しかし,同15年5月30日には,アウンサンス るのを強制的に自宅に連れ戻されるという事件が起こり,その後は事実上の自宅軟禁の措置が採られ続けていたが,同14年5月6日,ようやく軟禁状態が解かれた。しかし,同15年5月30日には,アウンサンスーチーが地方遊説に出掛けていた際,それを妨害しようとした政府系の反NLD組織であるhによって襲撃され,アウンサンスーチー,iNLD副議長らがSLORCによって拘束されるというディペイン事件が起きた。(甲6,7,弁論の全趣旨)サSLORCは,現在においても,国民の政治的自由を認めずに人権抑圧の状態を継続している。ミャンマー政府は,言論,出版,集会,移動,政治活動及び結社の自由を制限しているほか,労働者の権利も制限し,労働組合を非合法化し,国民を強制労働に使用している。(甲6,10,弁論の全趣旨)シミャンマー政府は,政治活動家に対する嫌がらせ,脅迫,逮捕,拘禁及び身体的虐待によって政治活動家に対する管理を強化している。政治活動 を抑圧するために,監視の手段として,電話の盗聴,郵便物の検閲,尾行等のし意的な干渉を行うことがある。(甲6,10,弁論の全趣旨)スミャンマーにおいては,人権尊重の理念が浸透しているとはいい難く,軍の兵士が武装していない国民に対して超法規的死刑の執行,即決死刑の執行,し意的死刑の執行,強制労働,強制移住,強制失踪,し意的逮捕,財産の破壊及び没収,強姦等を行ったことが報告されている。(甲6,10,弁論の全趣旨)(2)原告の個別的事情ア原告の身分事項等(ア)原告は,ミャンマーのヤンゴンにおいて昭和▲年▲月▲日に出生した,ミャンマー国籍を有する外国人の男性である。(前記前提事実)(イ)原告には,両親,兄,弟2人及び妹がおり,弟2人は船員であり,両親,兄及び妹はミャンマーに在住している。(乙24から26ま 生した,ミャンマー国籍を有する外国人の男性である。(前記前提事実)(イ)原告には,両親,兄,弟2人及び妹がおり,弟2人は船員であり,両親,兄及び妹はミャンマーに在住している。(乙24から26まで)イ原告のミャンマーにおける活動等(ア)原告は,昭和62年5月,ε管区に在るjという学校のメカニックコースの3年生であったが,廃貨令が出されたことに抗議して,デモに参加したり演説をした。原告は,同年11月ころ,上記デモに参加したことを理由に,同学校を退学させられた。(甲67,乙10,14,16,24,25,26,31,33,原告本人)(イ)原告は,昭和63年3月ころ,ヤンゴン大学の周辺でデモに参加したところ,その翌日に警察署に連行されていわゆるタダピュー事件に関し取調べを受けたが,1日間拘束された後,政治活動をしない旨の書面 に署名をして釈放された。(甲67,乙14,16,31,33)(ウ)原告は,平成元年2月ころ,タダピュー付近で他の学生らと集まっていたところ,他の学生らと共に警察官に逮捕され,それから約1年間,ラカイン州のシットゥエ刑務所等に収容された。原告は,同2年2月ころに釈放されたが,その際,2度と政治活動にかかわらない旨の書面に署名した。(甲67,乙14,16,24,25,26,31,33,原告本人)(エ)原告は,平成3年8月ころ,ミャンマーの経済状態が悪化し,家計も苦しくなったことから,外国で働いて家族へ送金しようと考え,旅券の申請をし,同年11月に正規の旅券を取得した。原告は,その際,外国において政治活動は行わない旨の書面に署名した。原告は,同年12月ころ,ミャンマーを出国して,タイ王国のバンコクへ行き,同月から同9年7月までバンコクの船会社で稼働していた。(甲67,乙16,26,31)(オ)原告 ない旨の書面に署名した。原告は,同年12月ころ,ミャンマーを出国して,タイ王国のバンコクへ行き,同月から同9年7月までバンコクの船会社で稼働していた。(甲67,乙16,26,31)(オ)原告は,平成9年6月ころ,ミャンマーの景気が良くなったという話を聞いたことから,ミャンマーで稼働しようと帰国を決意し,ミャンマーへ帰国した。しかし,原告は,ミャンマーで仕事がなかったことから,再び出国することとし,同年9月12日,旅券を取得し,同10年1月14日,ミャンマーを出国して,再度バンコクへ行った。(乙2,16,24,25,26,31)(カ)原告は,バンコクで船員としての仕事を探していたところ,大韓民国の貨物船である○○号の船員の仕事を見付けたことから,平成10年 3月23日,同国へ行き,同船に乗船した。原告は,同船において船員として稼働していたところ,同船は,同月26日,小倉港に入港した。 原告は,同日,福岡入国管理局北九州出張所入国審査官から,上陸期間を同年4月10日までとする乗員上陸許可を受け,本邦に上陸したが,同船の船員であったミャンマー人から下船することを誘われ,このままミャンマーに帰国しても仕事がないため,本邦において稼働しようと考え,そのまま逃走した。(前記前提事実,甲67,乙2,14,16,24,26)ウ原告の日本における活動等(ア)原告は,本邦上陸後,平成10年5月ころから約2箇月間,東京都港区ζの居酒屋で稼働した後,同年7月ころから千葉県の養鶏場で,同13年から東京都新宿区で稼働するなどし,同17年2月からは,東京都品川区ηの印刷会社で稼働した。原告は,同社において,午前9時から午後8時まで日曜日を除く毎日稼働し,1箇月18万円の給料を得ていた。(乙14,25,26)(イ)原告は,本邦上陸後,反政府 京都品川区ηの印刷会社で稼働した。原告は,同社において,午前9時から午後8時まで日曜日を除く毎日稼働し,1箇月18万円の給料を得ていた。(乙14,25,26)(イ)原告は,本邦上陸後,反政府活動をしていなかったが,平成15年2月ころから,cと題する雑誌を発行しているaと称する団体とかかわりを持つようになった。cは,毎月1回,350部から600部発行されており,ミャンマー料理店,雑貨店,反政府組織等に無料で配布されているものであり,同18年7月以降は,それ以前に発行されたものの一部を含め,インターネット上で閲覧することができるものである。 原告は,同15年5月のディペイン事件をきっかけに,cの発行に積 極的に関与するようになり,同16年8月8日付け,同年9月20日付け,同年11月7日付け及び同年12月17日付けのcに,「b」のペンネームあるいは本名で,それぞれミャンマーの軍事政権やSPDC議長であるkに対する批判的内容の記事を掲載した。なお,上記各cは,いずれもインターネット上で閲覧することができる。 原告は,cの広報責任者として,cの配布先の料理店や雑貨店等との対応の窓口となっており,同17年1月からは,広報責任者として,原告のペンネームである「b」の名前がcに掲載されるようになった。 なお,原告がaに参加する以前に,既にaにはミャンマー人6名が参加していたが,当該6名のミャンマー人は,いずれも難民認定されている。(甲12,48の1,48の2,49,50の1から50の29まで,51から54まで,67,68,69の1から69の6まで,乙16,25,26,31,証人l,原告本人,弁論の全趣旨)(ウ)原告は,ディペイン事件をきっかけに,平成15年6月から,ミャンマー大使館前においてデモに参加するようになった。(甲67,乙14, 6,25,26,31,証人l,原告本人,弁論の全趣旨)(ウ)原告は,ディペイン事件をきっかけに,平成15年6月から,ミャンマー大使館前においてデモに参加するようになった。(甲67,乙14,16,26,31,原告本人)(エ)原告は,平成17年4月から同18年4月までの間,dに参加し,オーガナイザーとして組織への加入の勧誘をする役職を務めていた。dは,労働者問題を扱いながら,ミャンマーの民主化獲得を目指した政治活動への援助を目的の1つとしている。(甲13,14,67,乙31,33,証人l,原告本人)(3)事実認定の補足説明 ア昭和63年3月ころ警察署に連行されたこと等について(ア)被告は,昭和63年3月ころに警察署に連行された旨の原告の主張につき,その時期等に係る原告の供述が変遷していることを理由に,原告の当該供述には信用性がない旨主張する。 (イ)しかし,原告は,平成17年2月24日の違反調査時から,「1987年と1989年」の2回にわたり身柄を拘束され,そのうち「1989年」の時には約2年間刑務所に収容されていた旨供述しており(乙10),それ以降,同年3月1日の違反審査時にも,「1987年6月ころ」と「1989年」の2回にわたり身柄を拘束され,前者は1日間刑務所に,後者は「1989年から1991年まで」刑務所に収容されていた旨供述し(乙14),同月2日付けで作成された難民認定申請時に提出された申立書にも,「1987年」と「1989年」の2回にわたり身柄を拘束され,前者は1日間,後者は2年間収容されていた旨記載し(乙25),また,同年4月6日の口頭審理時にも,「1987年6月ごろ」と「1989年」の2回にわたり身柄を拘束され,前者は1日間刑務所に,後者は「1989年から1991年まで」刑務所に収容されていた 25),また,同年4月6日の口頭審理時にも,「1987年6月ごろ」と「1989年」の2回にわたり身柄を拘束され,前者は1日間刑務所に,後者は「1989年から1991年まで」刑務所に収容されていた旨供述している(乙16)のであって,このように,ほぼ一貫して,ミャンマーにおいて2回にわたり身柄を拘束され,その1回目は警察署に連行され1日間拘束されたものである旨供述していたのであるから,その後,1回目に身柄を拘束された時期についての供述を「1988年3月」と変遷させたとしても,2回にわたり身柄を拘束され,その1回目は1日間拘束されたものであるという主要な点において一致 しているのであるから,20年近く前の事実に係る供述等であり,記憶に多少の混乱があったとしても無理からぬことであることを併せ考慮すると,原告の上記供述を信用できないとまでいうことはできない。 そして,原告は,1回目に身柄を拘束された際,昭和63年3月に起きたいわゆるタダピュー事件に関し取調べを受けたというのであるから,原告が1回目に身柄を拘束された時期は,同月ころと認めるのが相当である。 イ平成元年2月ころからの刑務所における収容について(ア)被告は,平成元年2月ころから1年間刑務所に収容されていた旨の原告の主張につき,その期間に係る原告の供述に変遷があることを理由に,原告の当該供述は信用できない旨主張する。 (イ)確かに,前示のとおり,原告は,従前,平成元年から2年間刑務所に収容されていた旨供述していたにもかかわらず,本件不認定処分後に至って,同年から1年間刑務所に収容されていた旨供述を変遷させている。 この点につき,原告は,東京入管における調書作成時に,その誤りに気付き,東京入管の職員に訂正を申し出たが,同職員が訂正に応じてくれなかった旨供述するが,原告がいか れていた旨供述を変遷させている。 この点につき,原告は,東京入管における調書作成時に,その誤りに気付き,東京入管の職員に訂正を申し出たが,同職員が訂正に応じてくれなかった旨供述するが,原告がいかなる時点で上記申出をしたというのか必ずしも明らかではないものの,同17年4月6日に作成された口頭審理調書(乙16)中には,原告が大韓民国の船の船員になった時期について訂正を申し出た旨が記載されているのであるから,原告が訂正を申し出たにもかかわらず,東京入管の職員がこれに応じなかったとす る原告の上記供述は,にわかに信用し難い。 (ウ)しかし,その一方で,前示のとおり,原告の供述は,ミャンマーにおいて2回にわたり身柄を拘束され,その2回目は平成元年から長期間にわたるものであるという主要な点において一致していること,原告の供述録取書(甲67)及び原告本人尋問において,原告が身柄を拘束されていたというシットゥエ刑務所の様子について,詳細かつ具体的に述べていることからすると,原告が同刑務所に収容されていたこと自体は認められるというべきである。そして,同刑務所に収容された期間を2年間から1年間に供述を変更するということは,難民であると主張している原告にとっては,いわば不利益に供述を変更するものであることを考慮すると,原告は平成元年2月ころから1年間にわたり刑務所に収容されていたものと認めるのが相当である。 (エ)さらに,被告は,原告が刑務所に収容されていた旨供述している期間につき,原告の船員手帳(乙3)には船員として雇用されていた旨の記載があることを理由に,原告の供述が信用できない旨主張する。 この点につき,原告は,乗船歴がある方が就職に有利であるとして,同船員手帳を偽造して架空の乗船歴を記載した旨具体的に供述しており,原告の当該供述内容には 理由に,原告の供述が信用できない旨主張する。 この点につき,原告は,乗船歴がある方が就職に有利であるとして,同船員手帳を偽造して架空の乗船歴を記載した旨具体的に供述しており,原告の当該供述内容には一応の合理性が認められるから,前記(ウ)で述べたところと併せ考慮すると,同船員手帳の記載をもって,直ちに原告の供述が信用できないとまでいうことは困難である。 (オ)また,被告は,収容されていた場所についても原告の供述に変遷がある旨主張するが,シットゥエ刑務所において長期間収容されていたと いう点において一貫しているから,このことをもって原告の供述が信用できないとまでいうことはできない。 ウ以上のとおり,原告の供述には,被告が主張するような変遷があるものの,これをもって,直ちに原告の供述が信用できないとまではいえないから,被告の主張をにわかに採用することはできない。 争点(1)(本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める訴えの適法性)について(1)本件不許可処分の取消しを求める訴えの適法性についてア行政事件訴訟法14条1項は,取消訴訟は,処分又は裁決があったことを知った日から6箇月以内に提起しなければならない旨規定している。 それにもかかわらず,原告は,前記前提事実のとおり,平成17年7月28日,東京入管局長から,本件不許可処分の通知を受け,本件不許可処分があったことを知ったにもかかわらず,同日から起算して6箇月を経過した後である同18年9月22日に本件訴えを提起したものであるから,本件不許可処分の取消しを求める訴えは,上記出訴期間の定めを遵守しない不適法な訴えであるといわざるを得ない。 イこの点について,原告は,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定がされる際に,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしな 間の定めを遵守しない不適法な訴えであるといわざるを得ない。 イこの点について,原告は,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定がされる際に,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分がされ,異議申立人に対しその旨の通知がされるという取扱いがされていたことを理由に,行政事件訴訟法14条1項ただし書所定の正当な理由がある旨主張する。 確かに,前記前提事実のとおり,本件不認定処分に係る異議申立てに対 する決定がされた後,本件不許可処分とは別に,本件不許可通知がされていることからすると,難民不認定処分に係る異議申立てに対する決定がされる際に,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の通知がされるという取扱いがされていたことがうかがえるところである。 しかし,仮に,本件不許可通知が処分であるとしても,それは本件不許可処分とは別個の処分であるから,上記取扱いがあったことをもって,本件不許可処分の取消しを求める訴えにおける出訴期間を遵守しなかったことにつき,行政事件訴訟法14条1項ただし書所定の正当な理由があると直ちにいうことはできない。 ウしたがって,原告の主張を採用することはできない。 (2)本件不許可通知の取消しを求める訴えの適法性について前記前提事実のとおり,本件不許可通知は,仮にそれが処分であるとしても,既に東京入管局長によって取り消されていることが認められることからすると,本件不許可通知の取消しを求める訴えは,取消しの対象を欠くものであり,不適法であるといわざるを得ない。 争点(2)(難民該当性の有無)について(1)難民の意義についてア(ア)入管法61条の2第1項は,「法務大臣は,本邦にある外国人から法務省令で定める手続により申請があつたときは,その提出した資料に基づき,その者が難民 無)について(1)難民の意義についてア(ア)入管法61条の2第1項は,「法務大臣は,本邦にある外国人から法務省令で定める手続により申請があつたときは,その提出した資料に基づき,その者が難民である旨の認定…(略)…を行うことができる。」と規定している。そして,入管法2条3号の2は,入管法における「難民」の意義について,難民条約1条の規定又は難民の地位に関する議定 書(以下「難民議定書」という。)1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうものと規定している。 (イ)難民条約1条A(2)は,「1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であつて,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であつて,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」は,難民条約の適用上,「難民」という旨規定している。 (ウ)難民議定書1条2は,難民議定書の適用上,「難民」とは,難民条約1条A(2)の規定にある「1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,」及び「これらの事件の結果として」という文言が除かれているものとみなした場合に同条の定義に該当するすべての者をいう旨規定している。 イ入管法にいう「難民」とは,入管法2条3号の2,難民条約1条A(2)及び難民議定書1条2を合わせ読むと,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること ての者をいう旨規定している。 イ入管法にいう「難民」とは,入管法2条3号の2,難民条約1条A(2)及び難民議定書1条2を合わせ読むと,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような 恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないものをいうこととなる。そして,上記の「迫害」とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解するのが相当であり,また,上記にいう「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であると解するのが相当である。 (2)原告の難民該当性についてア(ア)本件不認定処分がされた平成17年7月19日,本件不許可処分がされた同月20日,本件裁決がされた同18年3月22日,及び本件退令処分がされた同月24日当時,原告がミャンマー本国及び本邦において反政府活動をしていたことを理由として,ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であるか否かについて検討する。 (イ)前記認定事実によると,①原告は,昭和62年5月,jという学校に在学中,廃貨令が出されたことに抗議して,デモに参加したり演説をしたところ,同年11月ころ,上記デモに参加したことを理由に,同学校を退学させられたこと,②原告は,同63年 62年5月,jという学校に在学中,廃貨令が出されたことに抗議して,デモに参加したり演説をしたところ,同年11月ころ,上記デモに参加したことを理由に,同学校を退学させられたこと,②原告は,同63年3月ころ,ヤンゴン大学の周辺でデモに参加したところ,その翌日に警察署に連行されていわゆるタダピュー事件に関し取調べを受け,1日間拘束された後,政治活動 をしない旨の書面に署名をして釈放されたこと,③原告は,平成元年2月ころ,タダピュー付近で他の学生らと集まっていたところ,他の学生らと共に警察官に逮捕され,それから約1年間,シットゥエ刑務所等に収容され,同2年2月ころ,2度と政治活動にかかわらない旨の書面に署名して釈放されたこと,④原告は,同3年11月に旅券を取得した際,外国において政治活動は行わない旨の書面に署名したこと,⑤原告は,同15年2月ころから,aとかかわりを持つようになり,同年5月のディペイン事件をきっかけに,cの発行に積極的に関与するようになり,同17年1月からは広報責任者として原告のペンネームである「b」の名前がcに掲載されるようになったこと,⑥原告は,同16年8月8日付け,同年9月20日付け,同年11月7日付け及び同年12月17日付けのcに,「b」のペンネームあるいは本名で,それぞれミャンマーの軍事政権やkに対する批判的内容の記事を掲載し,これらの記事は,いずれもインターネット上で閲覧が可能であること,⑦原告が参加する以前にaに参加していたミャンマー人6名は,いずれも難民認定されていること,⑧原告は,ディペイン事件をきっかけに,同15年6月から,ミャンマー大使館前においてデモに参加するようになったこと,⑨原告は,同17年4月から同18年4月までの間,dに参加し,オーガナイザーとして組織への加入の勧誘をする役職を務めて ,同15年6月から,ミャンマー大使館前においてデモに参加するようになったこと,⑨原告は,同17年4月から同18年4月までの間,dに参加し,オーガナイザーとして組織への加入の勧誘をする役職を務めていたことなどが認められる。 (ウ)このように,原告は,ミャンマーを出国する以前から,デモに参加するなどの反政府活動をし,そのために2度にわたり身柄を拘束され, しかも,2度目には約1年間という長期にわたって刑務所に収容され,政治活動にかかわらない旨の書面に署名して釈放され,さらに,旅券を取得する際にも外国において政治活動は行わない旨の書面に署名しているのであるから,反政府活動を行う人物であるとしてミャンマー政府に個別に把握されていたことが認められる。さらに,原告は,本邦上陸後も,ミャンマー大使館前におけるデモに参加したり,dのオーガナイザーとして組織への加入の勧誘をする役職を務めていたほか,aの広報責任者として活動したり,cと題する雑誌にミャンマーの軍事政権やkに対する批判的内容の記事を掲載し,これらの記事はインターネットを通じて閲覧することができたというのであるから,このような事情は,ミャンマー政府においても十分把握することが可能な状況にあったということができる(前示のとおり,上記記事の中には,「b」のペンネームが記載されているものがあるが,原告の氏名が「m」であり,「b」と類似していることや,cの中には原告の本名が記載されている部分があることなどの事情を考慮すると,この「b」と原告が同一人物であると認識することは,それほど困難なことではないというべきである。)。 (エ)以上によれば,本件不認定処分,本件不許可処分,本件裁決及び本件退令処分がされた当時,原告は,ミャンマー本国及び本邦において反政府活動をしていたことを理由として, ないというべきである。)。 (エ)以上によれば,本件不認定処分,本件不許可処分,本件裁決及び本件退令処分がされた当時,原告は,ミャンマー本国及び本邦において反政府活動をしていたことを理由として,ミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であると認めるのが相当である。 イ(ア)これに対し,被告は,①原告は,正規の手続で自己名義の旅券を取得 して正規に出国が許可されていること,②原告は,ミャンマー出国後相当長期間にわたり,保護を求めたり難民認定申請に及んでいないこと,③原告の本邦への入国が不法就労目的であること,④aでの活動内容及びcに掲載した記事を理由にミャンマー政府から迫害の対象とされるとは考え難いこと,⑤dでの活動を理由にミャンマー政府から迫害の対象とされるとは考え難いことなどを主張する。 (イ)被告は,原告の活動を個々にとらえて,それら個々の活動それ自体は本国政府が迫害の対象とするほどのものではなく,それだけでは原告がミャンマー政府から積極的な反政府活動家として関心を寄せられていたとは考え難い旨主張するが,前示のとおり,ミャンマーにおいて2度にわたり身柄を拘束されて反政府活動を行う人物であると把握されていた原告が,我が国においてもなお反政府活動をし,cにミャンマー政府やkを批判する記事を掲載していたなどという一連の事情を全体的にみれば,原告はミャンマー政府から迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有していたものと認めるのが相当である。 また,原告は,ミャンマー出国後相当長期間にわたり,保護を求めたり難民認定申請をしなかったことにつき,親族に迷惑をかけると思ったから政治活動をしなかった旨,及びaに参加するなどするようになって危険を感じるようになった マー出国後相当長期間にわたり,保護を求めたり難民認定申請をしなかったことにつき,親族に迷惑をかけると思ったから政治活動をしなかった旨,及びaに参加するなどするようになって危険を感じるようになった旨主張しているところ,その理由には首肯できる点があること,前示のとおり,原告のミャンマー本国及び我が国における反政府活動を全体的に見て難民該当性が認められる本件においては,正規の手続で自己名義の旅券を取得して正規に出国が許可されたこ とや不法就労目的で本邦に入国したことをもって,直ちに難民該当性を否定することは相当ではないというべきである。 (ウ)したがって,前記(ア)の被告の主張をにわかに採用することはできない。 本件不認定処分の適法性について以上によると,原告には難民該当性を認めることができるから,本件不認定処分は違法であるというべきである。したがって,本件不認定処分は,取消しを免れない。 争点(3)(本件不許可処分の有効性)について(1)ア入管法61条の2の2第2項は,法務大臣は,難民認定申請をした在留資格未取得外国人について,難民の認定をしない旨の処分をするとき,又は難民の認定をする場合であって,定住者の在留資格の取得を許可しないときは,当該在留資格未取得外国人の在留を特別に許可すべき事情があるか否かを審査し,当該事情があると認めるときは,その在留を特別に許可することができる旨規定しているところ,上記在留特別許可を付与するか否かの判断は,法務大臣等の極めて広範な裁量にゆだねられていると解するべきであるが,当該在留資格未取得外国人が入管法上の難民に当たるか否かは,法務大臣等が在留を特別に許可するか否かについて判断する場合に当然に考慮すべき極めて重要な考慮要素であるというべきである。 イところが,本件においては,東京入 国人が入管法上の難民に当たるか否かは,法務大臣等が在留を特別に許可するか否かについて判断する場合に当然に考慮すべき極めて重要な考慮要素であるというべきである。 イところが,本件においては,東京入管局長は,原告が入管法上の難民であることを考慮せずに本件不許可処分を行ったことが明らかである。そうすると,本件不許可処分は,原告が入管法上の難民に該当するという当然 に考慮すべき極めて重要な要素を一切考慮せずに行われたものといわざるを得ない。 ウしたがって,本件裁決は,東京入管局長がその裁量権の範囲を逸脱してした違法な処分というべきである。 (2)アところで,行政処分が法定の処分要件を欠き違法である場合に,当該処分の取消しを求める司法上の救済手続においては,法定の出訴期間の遵守が要求され,その所定の期間を経過した後においては,原則としてもはや当該処分の瑕疵を理由としてその効力を争うことはできないものとされているが,その瑕疵が重大かつ明白で当該処分が無効と評価される場合には,このような出訴期間による制限は課されないものとされている。ここで,無効原因として瑕疵の明白性が要求される理由は,重大な瑕疵による処分によって侵害された国民の権利保護の要請と,これに対するものとしての法的安全及び第三者の信頼保護(換言すれば,処分を無効とすることによって侵害される既得の権利の保護)の要請の調和を図る必要性にあるということができる。そうであるとすると,一般に,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分が当該外国人に対してのみ効力を有するもので,当該処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要が乏しいこと等を考慮すれば,当該処分の瑕疵が入管法の根幹についてのそれであって,出入国管理行政の安定とその円滑な運営の要請を考慮してもなお,出 ,当該処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要が乏しいこと等を考慮すれば,当該処分の瑕疵が入管法の根幹についてのそれであって,出入国管理行政の安定とその円滑な運営の要請を考慮してもなお,出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として当該外国人に処分による重大な不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,前記の過誤による瑕疵が必ずしも明 白なものでなくても,当該処分は当然無効と解するのが相当である(最高裁昭和42年(行ツ)第57号同48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁参照)。 イこれを本件についてみると,本件不許可処分は,難民である原告について入管法61条の2の2第2項による在留特別許可を付与しないというものであり,その結果,原告を,これを迫害するおそれのあるミャンマーに送還することとなるものであるが,我が国が難民条約及び拷問等禁止条約を批准し,難民条約33条1を前提に入管法53条3項が規定されていること,入管法上の難民の意義,性質等に照らせば,難民である外国人を,これを迫害するおそれのある国に向けて送還してはならないことは,入管法上明らかであるから,本件不許可処分は,難民である原告について入管法61条の2の2第2項による在留特別許可を付与せず,その結果,原告を,これを迫害するおそれのある国に向けて送還しようとする点において,入管法の根幹についての重大な過誤というべき瑕疵を有するものといわなければならない。 そうすると,本件不許可処分には,出入国管理行政の安定とその円滑な運営の要請を考慮してもなお,出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として,難民である原告について入管法61条の2の2第2項による在留特別許可を付与せず,その結果,原告に迫害を受けるおそれのあ 運営の要請を考慮してもなお,出訴期間の経過による不可争的効果の発生を理由として,難民である原告について入管法61条の2の2第2項による在留特別許可を付与せず,その結果,原告に迫害を受けるおそれのある国に送還されるという不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情があるというべきである。したがって,前記の過誤による瑕疵が明白なものでなくても,本件不許可処分は当然無効と解する のが相当である。 ウ以上によれば,本件不許可処分は,無効であるというべきである。 争点(4)(本件裁決の適法性)について(1)入管法は,法務大臣が,入管法49条1項に基づく異議の申出に対する裁決をするに当たって,異議の申出に理由がないと認める場合でも在留特別許可を付与することができるとする(入管法50条1項)一方,難民認定申請をした在留資格未取得外国人に係る退去強制手続については,同項を適用しないこととしている(入管法61条の2の6第4項)。このように,入管法が難民認定申請をした在留資格未取得外国人に係る退去強制手続について入管法50条1項の適用を除外したのは,難民認定申請をした在留資格未取得外国人については,入管法61条の2の2において,法務大臣が難民認定手続の中で本邦への在留の許否について判断することとしたことから,法務大臣が退去強制手続の中で入管法49条1項に基づく異議の申出に対する裁決をするに当たっては,異議を申し出た者が退去強制対象者に該当するかどうかという点に係る特別審理官の判定に対する異議の申出に理由があるかどうかを判断すれば足りることとしたものと解するのが,その文理解釈上相当である。 (2)これを本件についてみると,前記前提事実のとおり,原告は入管法61条の2の6第4項所定の難民認定申請をした在留資格未取得外国人 ば足りることとしたものと解するのが,その文理解釈上相当である。 (2)これを本件についてみると,前記前提事実のとおり,原告は入管法61条の2の6第4項所定の難民認定申請をした在留資格未取得外国人であるところ,前示のとおり,原告が難民であることは認められるものの,原告が難民であることは,原告が退去強制対象者に該当するかどうかという点に係る特別審理官の判定に対する異議の申出に理由がない旨の本件裁決の違法事由で あるということはできず,他に本件裁決における裁決固有の瑕疵(行政事件訴訟法10条2項参照)に係る主張はないから,結局,本件裁決は適法であるといわざるを得ない。 (3)したがって,本件裁決の取消しを求める原告の請求は,理由がない。 争点(5)(本件退令処分の適法性)について(1)主任審査官は,法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,速やかに当該外国人に対し,その旨を知らせるとともに,退去強制令書を発付しなければならないが(入管法49条6項),当該外国人が難民条約に定める難民であるときは,当該外国人を,これを迫害するおそれのある国に向けて送還することはできない(入管法53条3項,難民条約33条1,拷問等禁止条約3条)。したがって,当該外国人が難民であるにもかかわらず,その者を,これを迫害するおそれのある国に向けて送還する退去強制令書発付処分は違法であるというべきである。 (2)これを本件についてみると,前示のとおり,原告は難民であるということができるから,原告を,これを迫害するおそれのあるミャンマーへ向けて送還する本件退令処分は,違法であるというべきである。 結論 以上によれば,本件訴えのうち,本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める部分は不適法であるからいずれも却下し,その余の部 けて送還する本件退令処分は,違法であるというべきである。 結論 以上によれば,本件訴えのうち,本件不許可処分及び本件不許可通知の各取消しを求める部分は不適法であるからいずれも却下し,その余の部分に係る原告の請求は,本件不認定処分及び本件退令処分の各取消し並びに本件不許可処分の無効確認を求める限度において理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民訴 法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第38部杉原則彦裁判長裁判官松下貴彦裁判官島田尚人裁判官
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