令和6(わ)185 傷害

裁判年月日・裁判所
令和7年6月30日 福島地方裁判所 郡山支部
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判決文本文13,075 文字)

- 1 -宣告日令和7年6月30日事件番号令和6年(わ)第185号事件名傷害 主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実及び争点本件公訴事実は、「被告人は、令和6年8月10日午後5時30分頃から同月11日午前8時頃までの間に、福島県郡山市(住所省略)Aa号室において、B(当時86歳)に対し、その頭部を杖様のものでたたき、壁にたたきつけるなどの暴行 を加え、よって、同人に全治約3週間の頭部外傷等の傷害を負わせた」というものである。なお、公訴事実記載の「頭部外傷等」の具体的内容について、検察官は、「左前額部から顔面の挫傷、頭頂後部の打撲瘤及び両手甲の打撲」である旨釈明した。 弁護人は、被告人が被害者に暴行を加えた事実はない旨主張するところ、当裁 判所は、前記の傷害のうち、左前額部から顔面の挫傷(以下「左額の挫傷」という。)及び頭頂後部の打撲瘤が、公訴事実記載の期間(以下「本件期間」という。)内に生じた事実は認められるものの(他方で、両手甲の打撲が本件期間内に生じたと認めるには合理的疑いが残るものと判断した。)、これらの傷害の部位や程度等からは、被害者の転倒等による自傷の可能性は否定し切れない上、被告人から暴行を 受けた旨の被害者証言の信用性には疑問が残ることから、結局、被告人が暴行を加えたことには合理的疑いが残り、本件公訴事実を認定することはできないと判断したので、以下、補足して説明する。 第2 認定事実 1 被害者は、本件当時、公訴事実記載の場所に所在するサービス付き高齢者向 け住宅である、Aa号室に入居していた。Aは4階建てで、1階には食堂や事務室 - 2 -等の共用スペースがあり、2階から4階が居住スペース(各階20室)になってお るサービス付き高齢者向 け住宅である、Aa号室に入居していた。Aは4階建てで、1階には食堂や事務室 - 2 -等の共用スペースがあり、2階から4階が居住スペース(各階20室)になっており、被害者の居室であるa号室は3階にある。居室内にはベッド、たんす等の家具のほか、トイレ、洗面台が設置されている。 2 被害者の主治医であるC医師作成の令和6年5月15日付け(以下、月日は令和6年のものを指し、8月の日時については月の記載を省略する。)主治医意見 書によれば、被害者はアルツハイマー型痴呆と診断され、短期記憶は問題あり、日常の意思決定を行うための認知能力及び自分の意思の伝達能力はいくらか困難、認知症の周辺症状(幻視・幻聴、妄想等を含む)は無し、両下肢筋力の低下は中程度、現在あるかまたは今後発生の高い病態とその対処方針については転倒・骨折にチェックが付けられている。 3 被告人は、Aに介護職員として勤務しており、10日午後4時から11日午前10時までの間、夜勤者として、被害者を含む3階の入居者の介護を担当していた。同時間帯には、介護職員であるDも勤務しており、同人は2階の入居者の担当であった(なお、4階の入居者は、被告人及びDの両名が担当であった。)。10日午後7時頃以降翌朝までの間にA内に存在した職員は、被告人及びDの2名のみで あった。 4 被害者は、11日午前10時頃、Aの看護師であるEに対し、昨日、夜勤者の人に無理やり動かされてけがをした、ベッドにどんと押されて頭を壁にぶつけた、と言いながら、体と頭を同時に後ろに持っていくような仕草をした。Eが、被害者の頭頂部を確認したところ、頭頂部が赤紫色になって腫れており、被害者の左右の 額にも赤い内出血があった。被害者が、鼻血も出た、と言ったので、Eが、被 ろに持っていくような仕草をした。Eが、被害者の頭頂部を確認したところ、頭頂部が赤紫色になって腫れており、被害者の左右の 額にも赤い内出血があった。被害者が、鼻血も出た、と言ったので、Eが、被害者の鼻を覗いたところ、赤黒い出血液の塊のようなものがあった。 Eは、AのケアマネージャーであるF(以下「Fケアマネ」という。)に報告した上、被告人を呼び、被害者が述べる内容を伝えたところ、被告人は、俺はやっていない、と答えた。 Eは、被害者を伴ってFケアマネを訪れ、被害者は、Fケアマネに対し、被告人 - 3 -に、廊下に連れ出されて、ダーン、バーン、ダーンとやられた、と言いながら、両手を左右に動かすような動作をするとともに、持っていた杖を折られた、と言った。 5 13日、被害者の額及び頭頂部の内出血の範囲が広がってきたことから、C医師は、同日午前9時頃、Aを訪問し、被害者の診察をしたところ、被害者の両方のこめかみから額にかけた範囲と頭頂部に打撲痕が認められ、被害者の負傷 箇所について、甲第5号証の2頁目ないし5頁目の写真が撮影された。被害者は、C医師に対し、男性職員に殴られたと述べた。 6 被害者は、14日、G病院を受診し、神経外科医であるH医師の診察を受けた。左前頭から側頭部に径5センチメートル×6センチメートルの皮下出血を伴う挫傷、頭頂後部に径3センチメートルの打撲瘤が認められ、全治3週間と診 断された。また、被害者は、同病院の整形外科医であるI医師の診察を受け、「右第4,5,6,7,8,9,10,11肋骨骨折胸骨柄骨折両手打撲疑い」との診断を受けた。なお、骨折については、既に仮骨(新しい骨)が形成されていることから、7月上旬から下旬頃に受傷したものと診断された。 第3 傷害の発生時期について 骨折両手打撲疑い」との診断を受けた。なお、骨折については、既に仮骨(新しい骨)が形成されていることから、7月上旬から下旬頃に受傷したものと診断された。 第3 傷害の発生時期について 1 前記認定によれば、11日午前10時頃に、Eによって、被害者の左の額及び頭頂後部に新しい傷があることが確認されているところ、これらの傷について、13日に診察したC医師は、概ね1週間以内にできた傷である旨証言し、14日に診察したH医師は、顔面の挫傷は皮下出血後二、三日経った紫色の黒っぽいものであり、頭頂部のこぶは、紫から黒っぽく変色しており、傷ができてから そんなに日は経っていないものであった旨証言している。 そして、Aの介護職員であるJは、10日午前9時頃、被害者の入浴介護をして洗髪をしたり、頭髪を乾かしたりした際には、被害者の顔面や頭頂部にけがはなかったが、11日午後4時頃、被害者に会った際には、左の額に赤紫色の大きなあざがあった旨証言しているし、看護師であるKは、10日午後5時15分か ら20分頃、被害者の健康状態の確認と服薬介助をした際には、被害者の顔と頭 - 4 -頂部にけがはなかったという趣旨の証言をしている。また、Dは、11日午前7時50分頃、被害者の左額に内出血のようなものがあり、前日にはなかった気がしたので気になった旨証言している。これらの証言によれば、被害者の左額の挫傷及び頭頂後部の打撲瘤は、10日午後5時20分頃から11日午前7時50分頃までの間に生じたものと認められる。 2 次に、両手甲の打撲について、Eは、証人尋問において、11日午前10時頃、被害者の両手の甲に新しい内出血を確認した旨証言し、被害者の両腕が撮影された写真上に内出血の位置を示すなど、相応に具体的な証言をしている。 もっとも、甲 Eは、証人尋問において、11日午前10時頃、被害者の両手の甲に新しい内出血を確認した旨証言し、被害者の両腕が撮影された写真上に内出血の位置を示すなど、相応に具体的な証言をしている。 もっとも、甲第5号証5頁目の写真を見ると、被害者の両手甲には、証人尋問の際にEが示した部位以外にも、多数の変色部分が認められるところ、Eが示した位 置にある変色と、他の位置にある変色との間に、色調等において大きな差異があるものとは認められない。被害者の看護記録の7月28日の箇所には、「朝1Fへ降りる時左手背ぶつけ出血した。自分で創をいじり広がっている」「左手背約3cm皮フハクリあり」との記載があることや、Eが、被害者の手の甲には以前から内出血があったことや、被害者には老人性の皮下出血があり、腕や手に内出血を作るこ とが多いことを証言していること、Kが、被害者は手の皮膚がひどい状態で、軟膏処置をしており、常に白い手袋をしていた旨証言していることなどからすると、被害者の両手甲には、本件期間以前にも複数のけがや内出血が生じていたものと認められる。Eが、10日に被害者の両手甲のどの部分に内出血があるかを確認してはいないこと、検察官からの「以前からあるものとは違うように見えるけががあった ということですか」という質問に対し、はい、と答えているものの、それ以上に古いけがと新しいけがを区別した根拠について述べているわけではないことも踏まえると、Eが示した箇所のけがが、本件期間内に生じたものと認定するには、合理的な疑いが残るものと判断した。 第4 傷害の成傷原因について 1 そこで、左額の挫傷及び頭頂後部の打撲瘤(以下、これらを「本件傷害」 - 5 -という。)について、これらが被告人の暴行によって生じたものと認められるかについて検討す 因について 1 そこで、左額の挫傷及び頭頂後部の打撲瘤(以下、これらを「本件傷害」 - 5 -という。)について、これらが被告人の暴行によって生じたものと認められるかについて検討すると、検察官は、①腫脹が認められるほど相応に重いけがが、自転倒によっては生じ難いと考えられる頭頂後部に認められたこと、②被害者がA内で同様の箇所を負傷したことは本件以前にはなかったことから、頭頂後部の打撲瘤が自転倒などの被害者自身の行動により生じたとは考え難い、とした上で、 ③被害者が本件期間内に左額の挫傷も負っており、被害者自身の行動によりこのような顕著な傷害が同時期に複数生じることはやや不自然であることから、これらのけがは、他者による加害行為によって生じたことが強く推認される、と主張する。更に、④本件期間内にAに存在した職員は被告人及びDしかおらず、被告人は被害者の居室のある3階の担当者であったこと、⑤被害者が11日の朝に、 Eに対して被告人から暴行を受けた旨の訴えをしており、その内容も被害者の負傷状況と整合することなどから、これらの傷害は被告人による暴行によって生じたものであることが強く推認される、と主張する。 2 この点、①について、C医師は、転倒して頭部外傷を作る人は多いが、頭頂部という経験はなく、転倒してできた傷ではないのではないかと考えた旨証言 しているし、H医師は、頭頂部の腫瘤は、被害者が頭を後ろにそらせながら後部に倒れて壁に頭をぶつけた痕だと考えられるとした上で、顔面の挫傷が押さえられてできたものであると考えられることから、両者を合わせると、被害者が顔面を押さえられて後方の壁に頭をぶつけられたものと想像した旨証言している。もっとも、H医師は、後記のとおり、左額の挫傷は壁にぶつけてもできないことは ない とから、両者を合わせると、被害者が顔面を押さえられて後方の壁に頭をぶつけられたものと想像した旨証言している。もっとも、H医師は、後記のとおり、左額の挫傷は壁にぶつけてもできないことは ない旨述べ、頭頂後部の打撲瘤についても、例えば、たんすの下に頭があって、立ち上がるときに頭の上を打つこともあり得るし、自転倒によって生じたか否かについては何とも言えない旨述べて、これらの可能性を否定しているわけではないから、前記のH医師の証言は、結局のところ、その述べる態様の暴行を被害者が受けたとしても本件傷害とは矛盾しないという限度で理解せざるを得ない。そ して、確かに、被害者が歩行中に転倒した際に、頭頂後部を床に打ち付けること - 6 -は想像し難いといえるが、例えば、前後左右によろけた際に壁に頭頂後部をぶつけるということは考えられるし、H医師が述べるように、立ち上がった際に上方に存在する物に頭頂後部をぶつけることや、上から物が落ちてくるなどの可能性も否定できない。被害者は、寝たきりであるなどおよそ行動することができない心身の状態ではなく、本件期間内の被害者の具体的な行動も証拠上明らかではな いこと、後記のとおり、被害者が頻繁に転倒等をしていることからすると、被害者が転倒等の被害者自身の行為によって頭頂後部の打撲瘤を負った可能性については、ある程度広範なものを想定せざるを得ないところ、頭頂後部の打撲瘤が、その位置や程度から直ちに、被害者自身の行為からはおよそ生じ難いものであって、他者の加害によって生じた可能性が高いものとまで認めることはできない。 そうすると、②についても、被害者に関する看護記録や、Aの職員らの証言からは、被害者が本件以前には頭頂後部に同様のけがをした事実が認められないからといって、そのこと自体が、頭頂後 できない。 そうすると、②についても、被害者に関する看護記録や、Aの職員らの証言からは、被害者が本件以前には頭頂後部に同様のけがをした事実が認められないからといって、そのこと自体が、頭頂後部の打撲瘤が他者による加害によって生じた可能性を高めるものとはいえない。 3 次に、③について、左額の挫傷については、その位置からして、転倒等の 被害者自身の行為によって生じることが十分に考えられ、C医師は、被害者は何回も転倒を繰り返していたので、普通に転倒してできたと思った旨証言しているし、H医師も、壁に頭をぶつけてもできないことはない旨述べている。また、C医師は、被害者の両方のこめかみから額にかけて広く認められる打撲痕は、1回ではなく何回も繰り返している傷であり、中には古い傷と思われるものもあった 旨証言しているところ、Aの職員らは、被害者は頻繁に転倒している旨口々に証言しており、看護記録等を見ても、12日には被害者が居室で2回転んだこと(被害者の訴えに基づく記載であり、職員が被害者が転倒したところを現認したわけではないが、この訴えを聞いて被害者の頭部を確認したEが、11日には気づかなかった後頭部のはれが12日には確認できた旨述べていることからすると、 実際に転倒し、後頭部を打った可能性がある。)、22日には1階の食堂で転倒し - 7 -て左後頭部を打ったこと、23日にも食堂で転倒したことなどが記載されている。 そうすると、被害者が、本件期間以前に、額を含む顔面に複数のけがを負っていた事実が認められる上、その原因は、転倒等の被害者自身の行為である可能性が高いといえる。また、14日に診断された被害者の肋骨骨折は、7月上旬から下旬ころの間に受傷したものとされているが、その発生原因は証拠上明確ではなく、 これも被害者 被害者自身の行為である可能性が高いといえる。また、14日に診断された被害者の肋骨骨折は、7月上旬から下旬ころの間に受傷したものとされているが、その発生原因は証拠上明確ではなく、 これも被害者自身の行為によるものである可能性がある。このように、被害者が頻繁に転倒等しており、それによって種々の負傷をしているものと認められることからすると、被害者が、本件期間内に、頭頂後部の打撲瘤に加えて、左額の挫傷も負ったという事実が、本件傷害が他者の加害によって生じた可能性を特段に高めるものとはいえない。 4 ④について、本件期間内に何者かが被害者に暴行を加えたことを前提とすれば、その何者かは被告人である可能性が高いとはいえるものの、①ないし③で検討したところによれば、そのような前提に立つことはできないのであるから、④の事実が被告人が暴行を加えたという事実を推認させるものとはいえない。 5 また、⑤について、被害者が、本件傷害が生じた直後に、Eに対して被告 人から暴行を受けた旨訴え、その後C医師らに対しても同様の訴えをしている事実が認められるが、かかる事実が被告人が犯人であることの根拠となるか否かは、結局のところ被害者の被害申告が信用できるか否かによるのであって、被害申告をしていること、その内容が傷害結果と矛盾しないものであることが、独立して被告人による暴行の事実を推認させるものとはいえない。 6 以上によれば、本件傷害の存在や形状などの証拠によって認められる事実関係から、直ちに本件傷害が被告人による暴行によって生じたものであると推認することはできず、被害者の証言の信用性を検討する必要がある。 第5 被害者証言の信用性の検討 1 公判証言の要旨 私は、夕食後、被告人に車いすで部屋に連れて行かれた。杖がないと困る することはできず、被害者の証言の信用性を検討する必要がある。 第5 被害者証言の信用性の検討 1 公判証言の要旨 私は、夕食後、被告人に車いすで部屋に連れて行かれた。杖がないと困るので、 - 8 -戻って、杖をもらってきてもらわな困る、と言ったら、被告人から、お前なんか、杖なんかいらない、杖なんかなくたって何でもできるだろう、と言われた。 被告人から、両手で抱き上げられ、ベッドの上に思いっきり投げ捨てる行為を、10回位繰り返された。その後、起こされ、壁に全身を押し付けられて、殴られた。 ベッドのわきの壁の前に立たされて、被告人が両手を前に出すようにして、頭を、 がーん、がーん、がーんと壁にボールを投げるみたいに、思いきり、壁に穴の空くほどぶつけられた。また、ほほの骨が折れるんじゃないかと思うくらい、両頬をつねられた。施設から借りていた鉄のステッキで、背中や、おなかなど、手当たり次第にたたかれた。また、ベッドから床に落とされ、被告人から足でぼんぼんと蹴られた。血が出てきて、洗面所で自分で洗ってティッシュペーパーで拭いて捨てた。 暴行を受けていた時間は1時間以上あった。被告人が、何も言わずに私から離れて終わった。ナースコールは、被告人が根元から引き抜いて、押せない状態にしていた。翌朝、係の人に、取れたから直してください、と言ってナースコールを渡した。 話が広がるのが嫌だったから、被告人が抜いたとは言わなかった。 また、被告人から上記のようなひどい暴行を受けた日の朝食の時間に、被告人か ら、両手をつかまれて床の上を引きずられ、部屋から外の廊下に出されてエレベーターまで連れて行かれた。朝食の時間だったので周りには誰もいなかった。 私が書いたメモの11日のところに、「起きられない、昨夜のことを考えると」と書か 引きずられ、部屋から外の廊下に出されてエレベーターまで連れて行かれた。朝食の時間だったので周りには誰もいなかった。 私が書いたメモの11日のところに、「起きられない、昨夜のことを考えると」と書かれているのは、夜につねられたり、赤ちゃんみたいに抱っこしては投げられたりしたことだと思う。また、「ケアーマネジャに例の(被告人の氏)の話をする」 と書かれているのは、被告人から受けた暴行のことを話したのだと思う。 2 信用性の検討⑴ 被害者は、11日の朝以降、公判証言に至るまで、被告人から暴行を受けた旨を一貫して述べており、被害者が証言する被告人の暴行態様によって、本件傷害が生じ得るといえること(検察官は、H医師が、前記のとおり、被害者が顔面を 押さえられて後方の壁に頭をぶつけられたと想像した旨証言していることを引用す - 9 -るなどして、かかる態様の暴行を受けた旨の被害者証言が強く裏付けられる旨主張している。)、被害者が日常的にあった出来事をその都度記載しているメモ(以下「本件メモ」という。)に、前記のような被害者証言の裏付けとも評価し得る記載があることなどは、被害者証言の信用性を肯定する方向の事情ということができる。 もっとも、本件は、各証拠によって認定できる客観的事実からは被告人による犯 行であることを推認することはできず、被告人の犯行であるか否かは、被害者証言によらざるを得ないという証拠構造を有していることからすると、被害者証言の信用性は、慎重に検討することを要するといえる。このような観点からは、被害者証言について、以下のように、その信用性に疑問を抱かせる点があることを指摘しなければならない。 ⑵ まず、傷害結果との整合性について、被害者が述べる被告人による暴行態様は、ベッドの上に思いっきり投げ捨 、以下のように、その信用性に疑問を抱かせる点があることを指摘しなければならない。 ⑵ まず、傷害結果との整合性について、被害者が述べる被告人による暴行態様は、ベッドの上に思いっきり投げ捨てる行為を10回位繰り返し、顔面を押さえて後頭部を壁に何度もたたきつけ、杖で体中を叩き、身体を足で蹴るなどという激しいものであって、このような暴行を受けた場合、高齢であざのできやすい体質である被害者には、多数の内出血等が生じることが自然であるし、骨折等のより重大 な傷害が生じてもおかしくないものといえる。この点、甲第5号証2頁目ないし5頁目、甲第6号証添付の写真1ないし12、甲第10号証3頁目及び4頁目の写真各葉によれば、被害者の身体には複数の内出血様のものなどが認められるが、前記のとおり、顔面や両手のけがの中には、本件期間以前に生じていたものも多く含まれているものと認定せざるを得ないし、後頭部のはれは12日に生じた可能性があ る。また、甲第6号証の写真9(15日に撮影されたもの)にある左頬の変色について、H医師は、14日の診察当時にはなかったので、診察後に出現したものだと思うが、本件期間内に生じていた傷が、15日になって出てくることはないと思う旨述べていることからすると、これは12日から14日にかけて負傷したものと考えられる。そうすると、これらの内出血様のもののうち、証拠上間違いなく本件期 間内に生じたものとして認定できるのは、本件傷害に加え、右眉上及び脇の小さな - 10 -内出血(これらについては、E証言及びC証言から認定できる。)程度であって、これらについても、Eは、被害者の額のけがは、11日の時点では1センチ前後くらいの大きさであり、診察までは不要であると思った旨証言している。そうすると、被害者が本件期間内に できる。)程度であって、これらについても、Eは、被害者の額のけがは、11日の時点では1センチ前後くらいの大きさであり、診察までは不要であると思った旨証言している。そうすると、被害者が本件期間内に負ったものと認められる傷害が、その述べる暴行態様と整合的であるとは言い切れない。 ⑶ 本件メモについて、「起きられない、昨夜のことを考えると」「ケアーマネジャに例の(被告人の氏)の話をする」との記載は、被告人から暴行を受けた旨を明確に記載しているわけではなく、多義的な理解が可能なものである。メモが被害者の個人的なものであり、これに被告人から暴行を受けた旨を記載することに特段の支障はないと考えられるにもかかわらず、その旨の記載がないことを考えると、 これを被告人から暴行を受けた旨の被害者証言を裏付けるものとして過大視することはできない。 ⑷ 被害者は、被告人から、夕食後の時間帯に、1時間以上もの間、前記のような激しい暴行を受けた旨述べるが、Dによれば、夜勤者は、夕食後、夕食の片づけ、入居者の歯磨きや服薬のフォロー、トイレの対応などの業務を行う必要があり、 被告人が、1時間も被害者居室に留まっていたとは考え難いし、未だ入居者らが就寝していない時間帯に、被害者に長時間激しい暴行を加えれば、その物音を他の入居者や職員に聞きとがめられる可能性が高いことに照らして、不自然といえる(Dは、居室の防音性はさほど高くなく、夜中に、居室で人が倒れたり、壁に当たったりしたら、同じ階にいれば聞こえると思う旨述べているし、午後7時までの間は、 夜勤者以外に遅番の職員も勤務している旨述べている。)。 ⑸ その余の被害者証言を見ても、被告人が被害者に暴行を加える前にナースコールを引き抜いた旨述べる点は、Jが、11日に被害者居室を訪れた際、ナース 以外に遅番の職員も勤務している旨述べている。)。 ⑸ その余の被害者証言を見ても、被告人が被害者に暴行を加える前にナースコールを引き抜いた旨述べる点は、Jが、11日に被害者居室を訪れた際、ナースコールはつながっていたし、これが断線したなどという話は聞いていない旨証言していることに沿わないものであるし、仮に、被害者が述べるように被告人がナース コールを引き抜いたとしても、翌朝に職員につなぎ直してもらったというのであれ - 11 -ば、その際に被告人からの被害の事実を申告するのが自然であるように思われる。 また、朝食時に、被告人から両手をつかまれて床の上を引きずられ、部屋から外の廊下に出されてエレベーターまで連れて行かれた旨の証言は、このような他者から見とがめられやすい行為を朝食時に行うとは考え難く、実際にあった出来事を述べているものとは考え難い。 ⑹ さらに、被害者は、Aの職員らに対し、事実を誇張し、あるいは被害的に訴える傾向があることが認められる(例えば、介護職員であるLは、7日午前2時50分頃、ナースコールがあり、被害者から転びました、と言われたため被害者居室を訪れると、被害者がトイレで排泄しており、左側に転んだ、頭を打った、ベッド柵につかまったら、今度は胸を柵に打ち付けた、と言っていた、外傷チェックを したが、記録に残していないということは傷を確認できなかったのだと思う旨証言している。また、Jも、16日の朝、被害者居室を訪れ、朝食への声掛けをして布団をめくったところ、被害者から、起きられません、暴力しないでください、と強く拒否された旨証言している。)。 中でも、被害者は、7月30日に便を失禁し、被告人が被害者を車いすに乗せて 浴室に連れてきた際、介護職員であるMに対し、無理やり連れてこられた旨述べる と強く拒否された旨証言している。)。 中でも、被害者は、7月30日に便を失禁し、被告人が被害者を車いすに乗せて 浴室に連れてきた際、介護職員であるMに対し、無理やり連れてこられた旨述べるとともに、本件メモに、「(被告人の氏)職員に文句いわれ何も持てずまた1Fへ連れていかれ相変わらず暴力をふるわれそのままお風呂場で身体を洗う事になってしまった」と記載しているが、Mは、被害者が被告人に連れられてきた際、被害者には乱暴された形跡や怖がっている様子はなかった旨証言しており、この際に、被告 人が被害者に対して暴力をふるったとの事実があったとは認め難い。それにもかかわらず、被害者が被告人から暴力を受けた旨をMに訴えるとともに、本件メモにもその旨記載していることは、被害者が被告人に対して悪感情を抱いていた可能性を疑わせるものと評価せざるを得ない。 また、Fケアマネは、11日に被害者が事務所を訪れた際に、被告人に杖を折ら れたと言われ、杖を見せられたが、杖は折れていなかった、左肘の外側のあざを指 - 12 -して、ここを昨日やられた、と言っていたが、同席したEは、当該あざはずっと前からあると言っていた旨証言している。この点も、被害者が、本件当初から、客観的事実に沿わない訴えをしていた点として、その証言の信用性の評価においては考慮せざるを得ない。 ⑺ ところで、被告人は、当公判廷において、10日午後11時50分頃、被 害者居室に行ったところ、歩いていた被害者が、私を見るなり膝を崩してぺたんと倒れた、立てないと言われたので、お姫様だっこをしてベッドに移すことにし、被害者を持ち上げた際、被害者から、何するんですか、わたし、あちこち痛いって言ってるのに、と言われた、被害者はベッドの上で杖を両手で握っており、杖を抱えたまま眠る だっこをしてベッドに移すことにし、被害者を持ち上げた際、被害者から、何するんですか、わたし、あちこち痛いって言ってるのに、と言われた、被害者はベッドの上で杖を両手で握っており、杖を抱えたまま眠ると骨折するおそれがあるため、被害者に対し、杖を預かってもいいか、 と言ったところ、被害者は、杖がないと歩けない、なんで私からとろうとするんですか、と言って興奮した、被害者に話を聞いてもらおうと思い、両頬を触ってこねるようにした、被害者は、何をするんですか、と首を振って興奮したので、被害者が杖を握っている指を一つずつ外して杖を取ったところ、被害者は、なんでこんなことするんですか、と言いながら、私の肩や右の頬、目のあたりをたたいた、その ときに、被害者から4回転倒したという発言があった。もう一度、けがなどをチェックしたところ、頭頂部に1センチにも満たない、どす黒いものがあった、その後、被害者におむつを付けさせるために衣服を脱がせようとした際、被害者から、何するんですか、私とあなた、そういう関係じゃないのに、なんでこういう風に脱がそうとするんですか、と言いながら暴れられた、などと供述する。 被告人の公判供述は、このような被害者との間でのやり取りが実際にあったとすれば、バイタル測定等の所要の処置を行った上、Dに報告したり、夜勤日誌に記載したりするのが通常と考えられるのに、夜勤日誌にそのような記載はないこと、被告人は被害者が4回転倒した旨述べていることをDに報告した旨供述するが、Dは夜勤中に被害者に関する話をした記憶はない旨証言していることなどから、その全 てを信用できるものではない。もっとも、被害者をお姫様だっこしてベッドに移し - 13 -たという点や、被害者から杖を取ろうとした点、両頬を触った点、服を脱がそうとし などから、その全 てを信用できるものではない。もっとも、被害者をお姫様だっこしてベッドに移し - 13 -たという点や、被害者から杖を取ろうとした点、両頬を触った点、服を脱がそうとした際に被害者からそういう関係じゃないのに、と言われたという点(被害者は、証人尋問の際に、「お付き合いも何にもないのに」「お付き合いしてるわけでもないのに」などという表現を数回使っている。)などは、被害者の証言に一部沿うものといえ、被告人が述べる経緯が全て虚偽であるとは断じ得ない。そうすると、被害 者が、10日から11日にかけて被告人から受けた行為により、被告人に対して不満等の悪感情を抱いた可能性は否定できず、これまで検討した被害者証言の信用性に疑問を抱かせる諸点も併せ考えると、被害者が、被告人に対して抱いた悪感情や、周囲の関心を引きたいなどの心理から、実際には受けていない被害を訴えた可能性も、具体的なものとして考慮せざるを得ない。 ⑻ このように、被害者証言には、その信用性に疑問を抱かざるを得ない点が複数指摘できるのであって、前記のような証拠構造を有する本件において、被害者証言が、被告人に対して有罪の判断をするに足りる程度の信用性を備えたものとは認められない。その他の証拠を見ても、被告人が被害者に対し、本件傷害を生じさせるに足りる暴行を加えた事実を認定することができるものはなく、本件において 犯罪の証明がされたものとは認められない。 第6 結論したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑-懲役1年) 令和7年6月30日福島地方裁判所郡山支部 裁判官下山洋司 - により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑-懲役1年) 令和7年6月30日 福島地方裁判所郡山支部 裁判官 下山洋司

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