主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人中安邦夫作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書(一)ないし(四),控訴趣意書の訂正書及び控訴趣意補充書(業務上保管について)に記載されているとおりであるから,これらを引用する(ただし,弁護人は,法令適用の誤りの主張は,原判示第1の業務上横領罪に関してのみ主張するものであり,原判示第2の有印私文書偽造・同行使罪について主張するものではない,と釈明した。)第1 原判示第1の各事実に関する事実誤認の主張について所論は,要するに,業務上横領の各事実について,被告人には,(1)株式会社Aの現金を業務上占有する身分がないし,(2)被告人には不法領得の意思もないのに,これらの事実があると認めて,被告人に対し,業務上横領罪が成立するとした原判決の認定には,事実の誤認がある,というのである。 そこで,検討すると,原判決の(罪となるべき事実)の冒頭及び第1の認定事実は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができるから,原判決には,所論のいう事実の誤認はない。以下,付言する。 1 業務上の占有について関係証拠によれば,次の事実が認められる。 (1) 被告人は,平成12年6月26日,株式会社Aの代表取締役に就任し,平成13年12月17日ころから平成14年3月29日ころまでの本件各犯行当時,引き続き,その地位にあった。 (2) Aの定款第26条1項には,「取締役社長は,当会社を代表し,会社の業務を統轄する。」と規定されている。 (3) Aには,その当時,常勤の取締役として,代表取締役である被告人と代表権のない常務取締役の2名が選任されており,その業務は,研修部,教育事業部及び総務部に分掌されていて, と規定されている。 (3) Aには,その当時,常勤の取締役として,代表取締役である被告人と代表権のない常務取締役の2名が選任されており,その業務は,研修部,教育事業部及び総務部に分掌されていて,各部長のほか,数名の従業員がいたところ,総務部の下に経理部があり,経理部は,資金の調達及び運用,予算及び決算,備品・物品等の調達及び管理などの業務を担当していた。 (4) Aにおいては,経費の支出に関して決裁制度が執られていたところ,被告人は,本件の各出金に先立ち,前後6回にわたり,総務部長に指示して,合計7冊の研修用教材の作成に関し,「平成14年度研修教材原稿の執筆依頼及び経費の支出について(伺い)」と題する稟議書を起案させ,常務取締役及び被告人が決裁し,平成13年12月から平成14年3月にかけて,前後6回にわたり,その執筆者に支払う原稿執筆料の名目で現金合計1557万円をAの会社資金から出金させて,被告人が受け取った。 (5) 被告人は,平成14年9月ころ,経理関係の業務分掌を変更し,同年10月1日付けで,総務部と研修部の部長や従業員について配置換えによる異動を実施した。 そこで検討すると,株式会社の代表取締役は,法律上,会社業務を執行する権限を有し,業務を統轄し,会社財産を管理する権利義務を有するものであるが,会社資金の占有権限があるかどうかについては,法律の規定に加え,その会社の定款,内部の分掌規定あるいは業務執行の慣例や実態などを総合して判断すべきであると解される。そして,Aにおいては,上記のとおり,定款の規定により代表取締役である被告人が,会社の業務を統轄する権限を有しており,会社資金及び物品等の運用管理については,総務部長等に権限を分掌し委任していたが,それにより自らの会社財産に対する管理保管の権利を失い義務を免れるもの 被告人が,会社の業務を統轄する権限を有しており,会社資金及び物品等の運用管理については,総務部長等に権限を分掌し委任していたが,それにより自らの会社財産に対する管理保管の権利を失い義務を免れるものではなく,支出に関する決裁や委任をした者に対する指揮監督権を通じて,依然として会社資金に対する業務上の占有を有していたというべきである。 所論は,Aにおける経理事務は,「B」というコンピューターソフトによって一括管理されており,そのパスワードを経理担当の従業員が個人的に保管していたから,被告人には会社資金に対する占有権限がなかった,というのである。しかしながら,所論が指摘するような事情があるからといって,被告人が,会社資金や財産の管理処分権限を有しており,決裁制度や従業員に対する指揮監督権を通じて,会社資金を業務上占有していたことと何ら矛盾するものではない。 この点に関する所論は採用することができない。 2 不法領得の意思について関係証拠によれば,上記1(1)ないし(5)の事実に加えて,次の事実が認められる。 (6) 被告人は,総務部長に対し,実際は研修用教材の作成について,稟議書に記載させた部外者に原稿の執筆依頼をしていないのに,その旨依頼したとうそをついて,現金を出金させて受け取った。 (7) 被告人は,その現金について,個人のクレジットの支払いなどのために使用しており,本件犯行前の時点における預金残高が約47万円であった被告人名義の銀行預金口座に,①平成13年12月18日,283万5000円全額を,②平成14年1月25日,243万円全額を,③同年2月9日,220万5000円全額を,④同月26日,283万5000円全額をそれぞれ入金し,⑤同年3月22日,総務部長から受け取った283万5000円のうち270万円を入金 243万円全額を,③同年2月9日,220万5000円全額を,④同月26日,283万5000円全額をそれぞれ入金し,⑤同年3月22日,総務部長から受け取った283万5000円のうち270万円を入金して,手元に13万5000円を残し,⑥同月29日,総務部長から受け取った243万円全額を手元に残した。 そして,被告人は,同年10月30日,自ら警察署へ出頭し,その後の取り調べにおいて,これまで自腹で営業活動を行った資金の回収を図り,県庁の後輩達とつき合うなど,にぎやかな状態を維持するために自由にできる金がほしかった,当初予定していたマンションの購入金額を増額したため,その支払いや老後の蓄えのために犯行に及んだ,クレジットの支払に67万円余りを充てたほか,この預金口座から適宜払い戻して,新しく購入したマンションの経費や電化製品の購入費などに356万円余り,生活費などに137万円余り,遊興費に420万円余りを費消しており,この遊興費の中には,愛人に渡した150万円が含まれているなどと供述している。 そこで,被告人の上記供述を検討すると,生活費などに支出した137万円余りのうち,同年9月18日に支出した墓の補修代約57万円については,その前日,被告人の兄から100万円の送金を受けているから,本件横領金と結びつけることには疑問が残るが,それ以外の費消については,預金通帳の記載やマンション購入などの客観的な事実,関係者の供述とよく符合しており,十分信用することができる。 以上の認定事実や被告人の供述によれば,被告人は,業務上占有していたAの会社資金のうち1557万円について,その委託された任務に背いて,権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をもって,総務部長に出金させて受け取ったこと,すなわち,不法領得の意思があっ 社資金のうち1557万円について,その委託された任務に背いて,権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をもって,総務部長に出金させて受け取ったこと,すなわち,不法領得の意思があったと認めることができる。 所論は,Aが活用していた高度情報処理技術者の養成に関する基金について,平成14年度からは研修事業に利用できなくなるという話があり,赤字に転落することが予想されたため,被告人は,Aの利益を上げるために,研修用教材の作成を急ぎ,平成13年度の経常利益の中から,平成14年度の営業活動費を確保しようと考え,本件行為に及んだのであって,不法領得の意思はなかった,というのである。そして,被告人は,原審及び当審の公判廷で,所論に沿う供述をし,上記の遊興費と分類された金額の中には,営業のための接待費として費消した居酒屋などの飲食代金が含まれていると述べている。 しかしながら,被告人は,総務部長から受け取った現金のほとんどを,その間もない時点で個人的に使用していた預金口座に入金し,被告人の預金と混然一体のものにした後,適宜払い戻すなどした上,費消している。そして,居酒屋などでの飲食が営業活動と具体的にどのような関係を有しているのかについては,被告人の供述によっても,具体性に乏しく明らかでないし,そのような事実があったとしても費消した金額の一部に留まり,大部分は被告人の私的な目的のために費消されているのであって,被告人がもっぱらAのために出金させて受け取ったものとは到底いえないから,被告人に不法領得の意思があったことは明らかである。 この点に関する所論は採用することができない。 3 その他,所論がいろいろと指摘している点を検討してみても,原判決の認定に所論のいう事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 第2 原判示 この点に関する所論は採用することができない。 3 その他,所論がいろいろと指摘している点を検討してみても,原判決の認定に所論のいう事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 第2 原判示第2の各事実に関する事実誤認の主張について所論は,要するに,原判決は,有印私文書偽造・同行使の各事実について,「前記業務上横領の発覚を免れる目的で」と認定しているが,被告人に業務上横領の意思はなかったから,原判決の認定には事実の誤認がある,というのである。 しかしながら,上記第1のとおり,被告人に原判示第1の別表1に関する各業務上横領罪が成立することは明らかであり,被告人は,その犯行の発覚を免れるため,原判示第2のとおり,有印私文書偽造・同行使の各犯行に及んだのであるから,原判決の認定は正当なものとして是認することができる。 論旨は理由がない。 第3 原判示第1の各事実に関する法令適用の誤りの主張について所論は,要するに,被告人は,Aの会社資金を占有していた総務部長に対し,実際は部外者に執筆依頼をしていないのにその旨依頼したことにして,出金手続をさせたのであり,被告人の欺罔行為により総務部長を錯誤に陥らせて出金という処分行為を行わせたと評価することができるのであって,詐欺罪に該当するが,業務上横領罪は成立しないから,原判示第1の各行為について刑法253条を適用した原判決には,法令適用の誤りがある,というのである。 しかしながら,上記第1の1で説示したとおり,被告人は,Aの会社資金を業務上占有していたから,総務部長には事実を秘して出金手続をさせた上,被告人に現金を交付させているものの,これは着服横領の手段としてなされたに過ぎず,詐欺罪における財物の交付をさせるための欺罔行為には当たらないというべきである。したがって, して出金手続をさせた上,被告人に現金を交付させているものの,これは着服横領の手段としてなされたに過ぎず,詐欺罪における財物の交付をさせるための欺罔行為には当たらないというべきである。したがって,被告人に詐欺罪は成立せず,業務上横領罪が成立するから,原判決に所論のいう法令適用の誤りはない。 論旨は理由がない。 (なお,原判決の法令の適用には,(1)科刑上一罪の処理について,「別表2の番号1の偽造有印私文書行使罪の刑で処断」と記載すべきところを,「別表1の番号1の偽造有印私文書行使罪の刑で処断」と誤記し,(2)併合罪加重について,「ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。」との記載を脱漏した誤りがあるが,いずれも判決に影響を及ぼすものではない。)。 第4 量刑不当の主張について所論は,要するに,被告人を懲役3年,4年間執行猶予に処した原判決の量刑は,不当に重い,というのである。 そこで,検討すると,本件は,いわゆる第3セクター方式により設立された被害会社の代表取締役であった被告人が,研修用教材の原稿執筆料を装い,前後6回にわたり,業務上保管していた現金のうち合計1557万円を着服して横領し(原判示第1の各事実),この犯行の発覚を免れるため,自ら又は事情を知らない広島県の職員を利用して領収書となる書面7通を偽造し,これを行使した(原判示第2の各事実),という事案である。 被告人は,公的性格の強い被害会社において,現金を横領しており,財産的被害が多額であることはもとより,同社に対する信用についても大きく低下させているのであって,その結果は重大である。被告人は,横領した金の大部分を,自宅マンションに関連する費用や遊興費,生活費などに費消しており,私利私欲に基づいた犯行に酌むべき事情はない。犯行態様は,代表取 いるのであって,その結果は重大である。被告人は,横領した金の大部分を,自宅マンションに関連する費用や遊興費,生活費などに費消しており,私利私欲に基づいた犯行に酌むべき事情はない。犯行態様は,代表取締役としての地位を利用し,部下に対し,偽りを述べて出金させており,背信性が強く,さらに,その発覚を免れるため,現職の公務員を巻き込んで虚偽の領収書を偽造し,行使しているのであって,悪質である。そして,犯行後も,書類の書換えなど種々の不正工作を重ねており,規範意識が低下しているとの非難を免れない。 加えて,被告人は,当審において,一審では実刑になる心配があったので事実を認めたが,自分の行為は法に触れるものではないなどと供述しているのであって,被告人の自覚の無さには唖然とせざるを得ない。 そうすると,本件の犯情はよくなく,被告人の刑事責任はかなり重いというべきである。 したがって,被告人は,自ら警察に出頭して,捜査段階及び原審公判廷では,一応事実を認める態度を示していたこと,被害金額の全額について弁償をしたこと,前科前歴がないこと,長く広島県の職員として働いていたことなど,被告人のために酌むべき事情を考慮してみても,実刑に処することなく,刑の執行を猶予した原判決の量刑が重過ぎて不当であるなどとは到底いえない。 論旨は理由がない。 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,主文のとおり判決する。 平成15年9月25日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官久保眞人 裁判官芦髙源裁判官島田一 裁判官 芦髙源 裁判官 島田一
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