令和5(わ)277 殺人未遂被告事件

裁判年月日・裁判所
令和5年11月14日 札幌地方裁判所
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判決文本文6,246 文字)

- 1 - 主文 被告人を懲役6年に処する。 差戻前第一審における未決勾留日数中150日をその刑に算入する。 札幌地方検察庁で保管中の包丁1本(令和3年領第688号符号2)を没収する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は、ホストクラブであるA(以下「本件店舗」という。)でホストとして勤務していたものであるが、令和3年7月2日に出勤した際、午後7時30分頃から多量に飲酒したため、声が大きくなったり店内をうろついたり服を脱いだりするようになり、更には本件店舗のルールに反し、指名されていない客の隣に座るなどした。 被告人は、日が変わった翌3日の午前0時前頃、上司であるBから注意を受けると、反抗的な様子で「はあ。」と答えた。その後、被告人は、本件店舗を出て近くのスーパーに赴き、同日午前0時20分頃に同スーパーで包丁(以下「本件包丁」という。)を購入した。そして、被告人は、本件店舗が入るビルに戻ると、1階エレベーターホールでは人目に付かないよう隠れるなどし、エレベーター内では上着の内ポケットに隠していた本件包丁を取り出し、本件店舗のある5階エレベーター入口前では人混みをよけながら早足で本件店舗に戻った。そして、被告人は、本件店舗内でBと目が合うと、本件包丁を右手に持ったままBに向かって近づいた。 被告人は、同等の体格であるBと向かい合って立つと、Bに両手首付近をつかまれたが、手を動かしてBの手を振り払った。しかし、振り払った勢いで体が回転したため、今度は背後からBに両手首付近をつかまれたことから、被告人は、再びBの手を振りほどいた。 (罪となるべき事実)被告人は、令和3年7月3日午前0時30分頃、札幌市a区b条c丁目d番地eC5階 - 2 -所在の本件店舗内に かまれたことから、被告人は、再びBの手を振りほどいた。 (罪となるべき事実)被告人は、令和3年7月3日午前0時30分頃、札幌市a区b条c丁目d番地eC5階 - 2 -所在の本件店舗内において、背後にいたB(当時36歳)の方に振り返るに当たり、Bに対し、人が死ぬ危険性の高い行為であると分かっていながら、あえて、右手に強く握った本件包丁(刃体の長さ約16.8cm、令和3年領第688号符号2)で強い力をもって骨盤のあるBの左臀部を1回突き刺し、本件包丁が骨を貫通して深さ約5.7cmに至る刺創を生じさせたが、Bに抵抗されるなどしたため、Bに全治約1か月間を要する骨盤骨折等の傷害を負わせたにとどまり、殺害を遂げなかった。 (証拠の標目)省略(争点に対する判断) 第1 事案の概要及び審理経過等 1 本件公訴事実の要旨は、罪となるべき事実と同旨である。 2 差戻前第一審では、殺意の有無と責任能力の程度が争点となったところ、被告人の完全責任能力は認めたものの、以下の理由から殺意があったとは認定できず、傷害罪が成立するにとどまると判断し、被告人を懲役2年に処した。 ○ 被告人は包丁を強く握りしめて骨盤が貫通するほどの相当な強い力で被害者を刺したと考えられるので、被害者の手を振り払った勢いで偶然包丁が刺さったとは考え難く、被告人が意図的に力を込めて被害者を刺した。 ○ 被告人が、同等の体格の被害者に後ろから両手首をつかまれた状態から手を振りほどき、体を左回転させてその勢いのまま左臀部のうち骨盤の上付近に水平に包丁を刺していることからすると、被告人は、少なくとも、包丁が被害者の左臀部である腰付近の体側部に刺さる可能性は認識していた。しかし、その範囲を超えて、重要な臓器が密集する腹部に刺さることまでは認識していなかった疑いが残る。 、被告人は、少なくとも、包丁が被害者の左臀部である腰付近の体側部に刺さる可能性は認識していた。しかし、その範囲を超えて、重要な臓器が密集する腹部に刺さることまでは認識していなかった疑いが残る。 ○ 左臀部である腰付近の体側部には、硬い骨である骨盤があり、腹部のように重要な臓器が密集しているわけではないから、そのような部位を包丁を用いて強い力で刺すことは、人が死ぬ危険性の高い行為であると一般的に認識 - 3 -されているとまではいい難い。 ○ そうすると、被告人が、被害者を刺した時点において、人が死ぬ危険性の高い行為であると分かっていたと認定することはできないので、被告人に殺意があったと認定することはできない。 3 これに対して検察官が控訴したところ、控訴審は、以下の理由から、差戻前第一審判決の判断には、判決に影響を及ぼす事実誤認があるとして同判決を破棄し、本件を札幌地方裁判所に差し戻した。 ○ 被告人が、包丁を強く握りしめて、骨盤が貫通するほどの相当な強い力で、意図的に力を込めて被害者を刺したとの判断は、不合理ではない。 ○ しかし、被告人が本件包丁で被害者を刺すまでの両者の動きをみてみると、被告人には、被害者の具体的な位置や姿勢・体の向き等を確認して、包丁を刺す箇所を調整するような時間的余裕は全くなかった。また、被害者が様々な行動をとることも想定されるので、刺す箇所の狙いを定めることは容易ならざる状況にあった。したがって、被告人が包丁の刺さる箇所を特定の箇所に調整することは相当困難であって、被告人がこれを具体的に認識することもまた相当に困難であった。 ○ また、D医師の証言や被害者の診察をした医師の説明等を踏まえると、包丁が刺さる可能性のある範囲には、重要な臓器が密集する腹部も含まれると認めるのが相当であるし、被告人の た相当に困難であった。 ○ また、D医師の証言や被害者の診察をした医師の説明等を踏まえると、包丁が刺さる可能性のある範囲には、重要な臓器が密集する腹部も含まれると認めるのが相当であるし、被告人の認識がこれと異なるものであったことをうかがわせる事情もない。 ○ 行為者が包丁で相手を刺した際に、包丁が相手の身体のどの部位に刺さる可能性があると認識していたのかを正しく判断するためには、行為者と相手との距離や位置関係に加えて、行為者と相手の動き等も認定した上で、これらを総合的に検討する必要がある。しかし、差戻前第一審判決は、そのような総合的検討をすることなく、包丁が刺さる箇所についての被告人の認識を限定的に認定し、その誤った判断を前提としたため、行為の危険性に関する - 4 -証拠の評価も誤り、被告人の殺意を否定したもので、論理則、経験則等に照らし不合理なものといわざるを得ず、是認できない。 第2 当審における争点と当裁判所の判断当審における争点は、殺意の有無及び責任能力の程度である。当裁判所は、いずれの争点についても、弁護人の主張を踏まえて合理的な疑いが生じないか検討したが、検察官の主張が相当であると判断した。以下、理由を述べる。 1 殺意の有無法医学の専門家であるD医師の証言によれば、Bが刺された骨盤(左腸骨翼)は厚みがあって強い骨なので、被告人が被害者の方を振り向いた拍子に偶然本件包丁が刺さったとは考えられない。また、Bの証言によれば、被告人は、背後からつかむBの手を振りほどいた際、一旦間を置いて回転しながらBを刺してきたというのであって、振りほどいた勢いで本件包丁がBに刺さったのではない。したがって、被告人は意図的にBを刺したと認められる。 次に、被告人の意図の内容を検討する前提として、被告人が行った行為の危険性に うのであって、振りほどいた勢いで本件包丁がBに刺さったのではない。したがって、被告人は意図的にBを刺したと認められる。 次に、被告人の意図の内容を検討する前提として、被告人が行った行為の危険性についてみると、被告人は、骨盤という硬い骨を貫通するほどの強い力で、Bの身体の重要部分を本件包丁で突き刺している。D医師の証言によれば、刺さった位置が5~10cm上にずれていた場合や包丁が更に2~3cm深く刺さっていた場合には、被害者が死亡していた危険性が高い。したがって、被告人の行為は人を死なせる危険性の高いものであった。 その上で被告人の認識についてみると、被告人は、事件の直前に自ら本件包丁を買っており、殺傷能力の高さは十分認識していた。そして、刺した当時も、被告人は、Bの左臀部をピンポイントで狙える状態にはなく、振り向きざまに水平に本件包丁を刺していることから、Bの脇腹や腹部を含む範囲に向けて本件包丁で刺したといえる。そうすると、被告人は、自身の行為が人を死なせるような危険なものであると分かっていたと評価でき、そのような認識がありながらBを刺したのであるから、Bが死亡しても構わないとの殺意があった - 5 -と認められる。 なお、弁護人は、被告人にはBが死んでも構わないと考えるほどの理由がない旨指摘する。しかし、たとえ被告人が普段からBのことを優しい上司として尊敬していたとしても、何気ない言動に苛立ったり、被告人の酒癖の悪さに呆れたような注意の仕方に憤ったりすることはあり得るし、日頃の鬱憤が積もって突発的な行動に出ることもあり得る。被告人が本件当夜は酔ってルールを無視するような行動に出るほど気が大きくなっていたことからすると、尚更である。したがって、弁護人の指摘が殺意の認定を妨げるものとはいえない。 2 責任能力の程度(1) 本件当夜は酔ってルールを無視するような行動に出るほど気が大きくなっていたことからすると、尚更である。したがって、弁護人の指摘が殺意の認定を妨げるものとはいえない。 2 責任能力の程度(1) 被告人は、犯行時及び犯行前後の状況について記憶がない旨述べている。 この点、精神科医であるE医師は、事件当時の被告人の血中アルコール濃度は1.384mg/ml(呼気に換算すると0.692mg/l)であり、被告人は軽度酩酊で抑制が取れた状態であったが、意識障害はなく、歩けない等の麻痺症状や著しい判断力の低下も来しておらず、外界に対する見当識は保たれ、見当識に基づき判断する現実検討能力があったと証言する。現に、犯行に至る経緯及び罪となるべき事実で認定した一連の被告人の行動を見ても、被告人は周囲の状況を認識し、その状況や目的に沿った合理的な行動をとれている。また、本件犯行直後に被害者に対して「捕まってもいいんだよ。」と発言していることからすると、被告人は、自身の行為の意味やそれが犯罪に当たることも理解している。したがって、被告人には、飲酒の影響はあるにせよ、自己の行為の意味を理解し、その判断に従って行動する能力は十分に保たれていたと認められる。 (2) これに対して弁護人は、①被告人は本件犯行当時、飲酒の影響で抑制が弱まっていたほか、②犯行前には、本件包丁で切れた手指の傷口を舐めたり血を顔に塗ったりする奇妙な行動を繰り返し、③犯行後には、臨場した警察官に「何があったのかわかんねえ。」「ビアガーデン行ったけど、ここはどこ - 6 -だ。」「向かいのホストに文句言ったんだ。」などと状況に沿わない発言をするなど、被告人の行動には不合理で奇妙な点が見られる旨指摘する。 アしかし、飲酒の影響で抑制が弱まっていたといっても、被告人は、本件店舗に戻る直前 に文句言ったんだ。」などと状況に沿わない発言をするなど、被告人の行動には不合理で奇妙な点が見られる旨指摘する。 アしかし、飲酒の影響で抑制が弱まっていたといっても、被告人は、本件店舗に戻る直前の5階エレベーター入口前では、人混みの中を人に当たることなく通行できているし、本件店舗に戻ると、目が合った被害者に近づくこともできている。そもそも被告人は、記憶がないと述べる時間帯でもそれなりに接客はできていたのであるから、責任能力に疑問を生じさせるほどひどく抑制が弱まっていたとは認められない。 イまた、犯行前に血を顔に塗るなどの行動も、たしかに奇妙ではあるが、酔った上で包丁を持参して上司に対峙するに当たりテンションが上がったための行動と見ることもできるし、血を拭くための行動が酔ってエスカレートしたものと見ることもでき、結局、責任能力に疑問を生じさせるほど奇妙な行動とは認められない。 ウさらに、犯行後に臨場した警察官に対する発言も、Bの証言によれば、被告人は警察官に対して「痛え、痛え。」などと言って自分が被害を受けた側であるかのように装っていたというのであるから、弁護人の指摘する状況に沿わない発言も言い訳めいた虚言であると考えられるし、あるいは、一部始終を終えた後の興奮状態で咄嗟に思いついたことを述べただけとも考えられ、やはり責任能力に疑問を生じさせるほどの奇妙な発言とは認められない。 (3) 以上より、被告人が犯行当時、心神耗弱状態にあった疑いはなく、完全責任能力があるものとして、通常の判断能力を有する者と同じ枠内で非難することができると判断した。 (法令の適用)罰条刑法203条、199条刑種の選択有期懲役刑を選択する。 - 7 -未決勾留日数算入刑法21条没収刑法19条 判断した。 (法令の適用)罰条刑法203条、199条刑種の選択有期懲役刑を選択する。 - 7 -未決勾留日数算入刑法21条没収刑法19条1項2号、2項本文(判示殺人未遂の犯罪行為に供された物で、被告人以外の者に属しない)訴訟費用(不負担) 刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)被告人がわざわざ包丁を買いに行って本件に及んだ点、骨盤を貫通するほど強い力でBの身体を刺しており、一歩間違えれば死に至らしめる危険な行為であった点で、本件の犯情は悪い。Bは当然の注意をしたまでで、落ち度はないところ、Bが負った怪我は軽微ではないし、事件から2年以上経った現在でも当時のことを思い出したくないと述べるなど精神的苦痛も無視できない。もっとも、被告人がBを刺したのは1回にとどまっており、強い殺意に基づく犯行とはいえないことも考慮すると、本件は、刃物を用いた殺人未遂罪の量刑傾向の中で中程度に位置づけられる事案といえる。 具体的な刑期を決めるに当たっては、被告人に前科前歴がないことは汲むべき事情として考慮する。もっとも、被告人は、差戻前第一審において被害弁償の意向ないし具体的な金策を示していたにもかかわらず、現在でも一切被害弁償をしていない。また、被告人の当公判廷における供述からは、自身の飲酒に対する認識の甘さは改善されていないと認められる。以上からすると、被告人が本件を真摯に反省しているか疑問があるといわざるを得ず、また、母の監督能力にも疑問がある。これらの事情を考慮し、被告人に対しては、主文のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑-懲役7年、主文同旨の没収)(弁護人の科刑意見-傷害罪の成立を前提に懲役3年、執行猶予5年) ては、主文のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑-懲役7年、主文同旨の没収)(弁護人の科刑意見-傷害罪の成立を前提に懲役3年、執行猶予5年)令和5年11月14日札幌地方裁判所刑事第2部 - 8 -裁判長裁判官井戸俊一裁判官新宅孝昭裁判官滝嶌秀輝

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