平成27年6月18日宣告裁判所書記官平成26年(わ)第1005号現住建造物等放火被告事件判決主文被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中100日をその刑に算入する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は,平成26年9月15日午後6時頃,A(以下,「被害者」という。)が現に住居に使用し,かつ,同人が現にいる神戸市a区b町c丁目d番e号所在の同人方家屋(軽量鉄骨造スレート葺2階建,床面積合計108.62平方メートル,以下「本件建物」ともいう。)2階納戸内において,同納戸内に収納されていた物に火を点ければ,その物を焼損するにとどまらず,場合によっては同家屋に火が燃え移ることがあるのを認識しながら,あえて,ライターで同納戸内に収納されていた物に火を放ち,この火を同納戸に燃え移らせ,よって,同納戸及び同家屋2階東側洋室等を焼損(焼損面積合計約23.67平方メートル)したものである。 【証拠の標目】省略【争点に対する判断】 1 争点本件の争点は,①現住建造物等放火の故意の存否と②責任能力減弱の有無である。 2 争点①(現住建造物等放火の故意)について(1)当事者の主張検察官は,本件建物納戸内にはふとん等が収納されており,燃焼しやすい状態にあったところ,そのことを被告人も認識していたこと,被告人の目の前で 被告人が火を放った物から炎が上がったが,被告人は何らの消火活動も行わなかったこと,被告人の弁解を前提とすると,本件建物が火災になった事実を説明できないことなどを挙げ,被告人には現住建造物等放火の故意が認められると主張する。これに対し,弁護人は,被告人は,発作的に納戸内のふとんにライターで火を点け,すぐにその付近を左手で擦って消したこと,この弁解を前提としても,火災の発生を矛 造物等放火の故意が認められると主張する。これに対し,弁護人は,被告人は,発作的に納戸内のふとんにライターで火を点け,すぐにその付近を左手で擦って消したこと,この弁解を前提としても,火災の発生を矛盾無く説明できる余地があることなどを挙げ,被告人には,現住建造物等放火の故意はなく,建造物等以外放火罪が成立するにとどまると主張する。 (2)前提事実次の各事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠により容易に認められる。 ア平成26年9月15日午後6時頃本件建物で火災(以下「本件火災」という。)が発生し,本件建物の一部が焼損した。その出火元は納戸であった。 イ納戸の広さは,東西1.8メートル,南北2.7メートルであり,納戸内には,ふとんやカーペット,かばん,段ボール,本などが収納されていた。 ウ被告人は,本件建物で生活し,換気などの目的で日常的に納戸に出入りしていた。 (3)本件火災の原因ア被告人の弁解について被告人は,納戸内に収納されていたふとん(シーツで包まれていたもの,以下,併せて「ふとん」という。)の上面真ん中手前にライターで火を点け,その表面に3ミリメートルほどの穴が開いたところで,あわてて左手で擦って火を消す動作をしたが,その際炎は見ていない旨供述する。しかし,本件火災の原因を調査した科学捜査研究所員Bの証言(B証言は,科学捜査研究所員としての火災原因の調査に関する豊富な経験に基づくものである上,具体的根拠を示して述べられており信用できる。)によれば,そもそも,被告 人が供述するような,表面に3ミリメートル程度の穴しか開かないような態様の放火行為では熱量が足りず,ライターをふとんから遠ざけた後もふとんが炎を上げて燃えている状態とはならない。 また,仮に,被告人が供述 うな,表面に3ミリメートル程度の穴しか開かないような態様の放火行為では熱量が足りず,ライターをふとんから遠ざけた後もふとんが炎を上げて燃えている状態とはならない。 また,仮に,被告人が供述するように,ふとんに火は点いたものの,左手で擦ったことによって火が消えたとして,その後再びふとんが燃えて本件火災の発生につながる可能性としては,燻焼(再燃火災)が考えられる。しかし,前記B証言によれば,燻焼状態から炎を出して燃え上がるまで少なくとも2時間は必要であって,その間に多量の煙が発生するところ,本件建物2階階段上という設置箇所に照らして煙感知式のものであると解される火災報知器の音に気づいて本件建物1階から2階に上がった被害者が,その時点で炎を目にしている上,それまでは煙のにおいなどを感じていないことからすれば,本件火災が燻焼の経過をたどったとは考えられない。 以上によれば,被告人が供述するような態様の放火行為と本件火災とは結びつかないものといえる。 イ本件火災の原因について上記B証言を前提とすれば,本件火災の原因として,被告人が供述する放火行為とは異なる態様の放火行為があったと考えられ,その態様は,ライター(本件当時,使用可能な着火用具として考えられる物として,簡易ライターしかなかったことは,被告人も認めている。)を遠ざけても火を放った物が炎を上げて燃えているようなものであったと認められる(犯行時,本件建物には被告人と被害者しかいなかったこと,被害者が放火行為を行っていない点に争いはないことに照らせば,当該放火行為は被告人によるものと認められる。)。 そして,被告人が自室から納戸に行き放火行為をしていること,火を放った物から炎が燃え上がった初期の段階では,火を消すことが可能であったと考えられるのに,被告人は,自ら火を消す と認められる。)。 そして,被告人が自室から納戸に行き放火行為をしていること,火を放った物から炎が燃え上がった初期の段階では,火を消すことが可能であったと考えられるのに,被告人は,自ら火を消す,あるいは,被害者に助けを求め るなどの消火活動を何ら行っていないことからすれば,被告人に,放った火を消す意図はなかったものと認められる。 (4)現住建造物等放火の故意について前記認定事実によれば,納戸内は,狭く,可燃物が多く収納されていたため,燃焼しやすい状況であったところ,日常的に納戸に出入りしていた被告人は,その納戸内の状況を認識していたこと,被告人は,そのような認識のもとで,放った火を消すつもりもなく納戸内に収納されていた物にライターで火を放ったことが認められる。そのような状況下で可燃物に火を放てば,火が燃え上がり,本件建物に燃え移ることについて,被告人は容易に予見できたはずであり,それにもかかわらず,それを阻止するような行為を何らしていないことからすれば,火が本件建物に燃え移ることを認容していたというべきである。 以上によれば,被告人は,納戸内に収納された物に火を点ければ,放った火が本件建物に燃え移ることを認識認容した上で,あえてそのような行為に及んでいるのであるから,被告人に現住建造物等放火の故意が認められる。 (5)弁護人の主張これに対し,弁護人は,被告人は,火災発覚当時,本件建物2階に位置する自室で,飲酒等により朦朧とした意識状態で過ごしていたこと,煙に気付いて,眼鏡もかけずに自室の窓から飛び降りていることを指摘して,被告人は火事になることを予測していなかったと主張する。 しかし,被告人が飲酒や睡眠薬を摂取したのは,放火したことによって動揺した気を落ち着かせるためであったとも考 降りていることを指摘して,被告人は火事になることを予測していなかったと主張する。 しかし,被告人が飲酒や睡眠薬を摂取したのは,放火したことによって動揺した気を落ち着かせるためであったとも考えられるし,2階の窓から飛び降りた点についても,火災の規模に驚き我にかえって咄嗟にとった行動と評価することも可能であるから,上記事実は,被告人に現住建造物等放火の故意が認められることと矛盾するものではない。 3 争点②(責任能力)について(1)当事者の主張 弁護人は,本件犯行は,うつ状態に陥り,体調不良も加わって感情が不安定になった被告人が,酩酊状態下で引き起こしたものであることを根拠として,被告人は本件犯行当時,心神耗弱の状態にあったと主張し,検察官は,被告人はアルコールと睡眠薬の摂取により単純酩酊状態にあったものの,完全責任能力を有していたと主張する。 (2)当裁判所の判断ア C証言の要旨捜査段階において,被告人の精神鑑定を行った精神科医のCは,本件犯行当時,被告人は,軽度知的障害とアルコール依存症を有していたが,そのいずれも本件犯行に直接的な影響は与えていないこと,また,被告人は,飲酒や睡眠薬の服用によって酩酊状態にあったが,その程度は単純酩酊にとどまり,それが犯行に与えた影響の程度は軽度であったことなどを証言している。 C証人は,精神科医としての経歴や複数の精神鑑定の経験を有する医師であり,その証言内容は,捜査記録のほか,多数回にわたる被告人との面接,臨床心理検査の結果等の適切な判断資料に基づくものであって,その判断根拠に不合理な点はないから,その証言は信用できる。 イ責任能力の有無上記C証言を前提として,当裁判所で取り調べた証拠も踏まえつつ,犯行当時の被告人の責任能力,特に,飲酒や睡 て,その判断根拠に不合理な点はないから,その証言は信用できる。 イ責任能力の有無上記C証言を前提として,当裁判所で取り調べた証拠も踏まえつつ,犯行当時の被告人の責任能力,特に,飲酒や睡眠薬の服用による酩酊の程度やそれが犯行に与えた影響の程度を検討する。 記憶の有無被告人は,犯行時のことについては,ふとんの前でライターを持って火を点け,あわてて左手で擦って火を消したこと以外に記憶がない旨供述するが,犯行前のことについては,缶酎ハイを2缶飲んだこと,食事をしたこと,父親に電話をしたこと,泣いていたことなどの記憶がある旨供述し,犯行後のことについては,飲酒をして睡眠薬を飲んだこと,嘔吐したこと, 自室内の煙に気が付き,窓から飛び降りたこと,その際の状況やその後近隣住民に助けられた際の状況について記憶している旨供述する。犯行時の記憶がほとんどないという被告人の供述を前提としても,犯行前後の事情に関しては比較的多くの記憶が保持されている。 犯行当時の意思疎通力等被害者証言によれば,本件犯行前の午後1時頃,被害者が買い物から帰宅し,自室にいた被告人に声をかけると,被告人が缶酎ハイなどを持って自室に戻っていったこと,被害者の生活音などが原因で被告人と言い合いになり,被告人が被害者に向かって包丁を振り回したことなどの事実が認められる。また,被告人は,本件犯行後には,救急隊員に対して火災に気がついた状況や身体の状況,飲酒状況などを適切に説明している。これらの被告人の行動を前提とすれば,被告人は犯行前後に,他人と意思疎通をとることができていたと評価できる。 被告人の感情や行動被告人は,普段から感情を物や被害者にぶつけることがよくあり,過去には火を点けた物を入れたゴミ箱を被害者に投げつけたことがあっ をとることができていたと評価できる。 被告人の感情や行動被告人は,普段から感情を物や被害者にぶつけることがよくあり,過去には火を点けた物を入れたゴミ箱を被害者に投げつけたことがあったほか,本件犯行当日には,被害者に対し包丁を振り回しており,被告人には感情が不安定となった場合に衝動的な行動をとる傾向が認められる。 そして,本件犯行については,そのような被告人の行動傾向からはやや飛躍しているとはいいうるが,それからおよそかけ離れた異常なものであるとまではいえない。 以上の点を考慮すれば,被告人の酩酊の度合いは,意識障害の程度が軽い単純酩酊にとどまっており,本件犯行当時,被告人の善悪を判断する能力及び行動を制御する能力は十分保たれていたといえる。 したがって,被告人は,本件犯行当時,心神耗弱の状態になかったものであり,完全責任能力が認められる。 (3)弁護人の主張これに対し,弁護人は,被告人が心神耗弱の状態にあったことの根拠として,被告人が従前から,がんの疑いや更年期障害などの健康不安をかかえて恒常的にイライラしていたこと,犯行前日には隠れ脳梗塞と診断され大きなショックを受けていたことを主張する。 しかし,そのような事情は,被告人が本件犯行へと至るきっかけの一つになったと考えられるとしても,意識障害の程度など被告人の責任能力に影響を与えるものではなく,上記主張は採用できない。 【法令の適用】罰条刑法108条刑種の選択有期懲役刑を選択酌量減軽刑法66条,71条,68条3号未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書【量刑の理由】本件犯行の態様は, 減軽刑法66条,71条,68条3号未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書【量刑の理由】本件犯行の態様は,住宅街の中にある家屋内の納戸に収納されていた物にライターで火を放ったというもので,放火当時,被害者が在宅していたこと,火勢は強く,本件建物2階部分が広範囲にわたって焼損する結果が生じ,消防の活動によりようやく鎮火していることなどを考えると,放火行為として大きな危険性があったものといえる。焼損による被害者個人の経済的損失は火災保険で補填されているものの,社会的にみると,多大な損失が生じているのであって,それを軽視することはできない。 本件犯行の動機については明らかでない部分も多いが,闘病生活を送っていた前夫が亡くなって以降,精神的に不安定となっていた被告人が,自身の健康上の不安に被害者や実父との確執などが重なって自暴自棄になったことが,本件犯行の原因となった可能性は高いと考えられる。このような経緯に照らせば,被告人 に精神的に追い詰められていた面があったことも否定できず,本件犯行に至る経緯については,ある程度同情の余地が認められるほか,心神耗弱とはいえないものの,被告人の単純酩酊状態がその衝動抑制に一定程度の影響を及ぼしていた可能性を否定できないことも考慮すれば,被告人の意思決定に対する非難の程度は一定程度弱められるというべきである。 これらの事情からすれば,本件犯行に係る行為責任は,同種事案(住宅密集地にある現住建造物への放火で一部焼損の結果を生じた,方法として燃料を使用していない,犯行に計画性がないといった類型化の条件による。)の中でも,相対的にみて中位程度の部類に属するものといえる。 以上の点に加味して一般情状を検討すると,被 果を生じた,方法として燃料を使用していない,犯行に計画性がないといった類型化の条件による。)の中でも,相対的にみて中位程度の部類に属するものといえる。 以上の点に加味して一般情状を検討すると,被告人は,被害者や近隣住民に対し恐怖を与えたことについて申し訳なかった旨供述するものの,当公判廷におけるその他の言動等をみると,本件犯行に向き合った上での真摯な反省が示されているとはみられない。被告人の行為責任の重さにこのような事情を併せて考えれば,被害者が被告人を許している点を考慮しても,執行猶予を付することは相当とはいえない。 その上で,被告人に科する刑期について検討すると,被告人には前科前歴がないこと,被告人が健康状態の回復やアルコール依存症の克服に務める旨述べ,被害者と被告人の実父が社会復帰後の監督及び更生への援助を申し出ていることなど被告人の更生に関する事情も考慮して,主文程度の実刑が相当であると判断した。 (求刑懲役6年)平成27年6月18日神戸地方裁判所第2刑事部 裁判長裁判官増田耕兒 裁判官森幸督 裁判官安井亜季
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