- 1 - 主文 被告人を懲役5年6月に処する。 未決勾留日数中200日をその刑に算入する。 高松地方検察庁で保管中の包丁1本(令和6年高松地検領第761号符号1)を没収する。 理由 (犯行に至る経緯) 1 被告人は、令和5年5月24日、技能実習生として来日した。A及びBは、被告人の実習先である造船会社に、通訳や技能実習生の日本語指導、生活面のサポート等を行うために派遣されている者らであり、被告人の日本語教育や日本における生活全般の世話役を担っていた。 2 令和6年2月16日、被告人が、実習先で鉄を切断する作業中、左手及び顔面に火傷を負う事故が発生した。同日、A及びBは、被告人が作業中に火傷をしたことの報告を受けたが、Aは、被告人に対し、誰かに火傷について聞かれた際には、料理中に油で火傷をしたと説明するよう指示し、その後、被告人の皮膚科の受診に付き添ったBは、医師に対し、火傷の原因は、被告人が調理中に油が手にかかったものである旨説明した。被告人は、顔の包帯が取れるまでは出勤しないよう指示を受け、同月19日及び20日に休暇を取得した。同月21日、顔の包帯が取れて出勤した被告人は、上司から、傷などを日本人に見られないよう、工具保管庫の中で座って待機するよう指示を受け、仕事を与えられず、トイレや昼食以外の時間は、暗い工具保管庫の中で待機して過ごした。同日以降、被告人が出勤したにもかかわらず工具保管庫で過ごした日数は、合計13日であった。この間、被告人は、不安な気持ちがどんどん大きくなり、絶望に近い気持ちになって、夜に眠ることができなくなった。 3 令和6年3月11日、被告人は、職場に向かう途中、同僚から無視されたと感じ、出勤するのをやめて寮の自室に戻った。また、寮に戻る途 なり、絶望に近い気持ちになって、夜に眠ることができなくなった。 3 令和6年3月11日、被告人は、職場に向かう途中、同僚から無視されたと感じ、出勤するのをやめて寮の自室に戻った。また、寮に戻る途中、Bから冷たい- 2 -対応をされ、Bに見捨てられたものと感じた。その後、Aが、自室で過ごす被告人を訪ね、被告人のタイムカードを渡すように伝えたところ、被告人は、会社がカードを取り上げて被告人を解雇したいのだと考えた。加えて、Aに、中国に帰りたいことを伝えたが、帰国のための手続をしてもらえなかった。また、同日、被告人が、ウィチャットを通じて妻に対して送金したはずの10万円が送金できておらず、被告人の携帯電話機からウィチャット等のアプリが消えてしまうなどの出来事があった。被告人は、同日夜から翌朝にかけ、一睡もできなかった。同月12日、国際電話が通じなくなったため、被告人は、Aに携帯電話を借りることを依頼するとともに、中国に帰りたいことも伝えたが、対応してもらえず、Aの態度を冷たいと感じた。また、携帯電話機が誰かに遠隔操作されてアプリが消えているなどと考え、恐怖心を抱くとともに、家族との連絡方法が途絶え、不安や絶望感を感じた。被告人は、身を守るために、寮の部屋にあった包丁を持ち出し、ベッドの下に隠れるなどした。B及びAが被告人の部屋を訪ねたところ、部屋の中から被告人の泣き声や叫び声が聞こえた。被告人は、ウィチャットでの送金ができなかったことから、ATMで預金口座の残高を確認しようと、包丁をズボンのウエストに差し入れてコンビニに向かったが、ATMの操作手順が分からなくなり、残高を確認することはできなかった。被告人は、コンビニから寮の自室に戻る途中でBと会い、Bから車に乗るよう指示され助手席に乗ろうとしたが、Bから後部座席に座るよう言われ、冷 作手順が分からなくなり、残高を確認することはできなかった。被告人は、コンビニから寮の自室に戻る途中でBと会い、Bから車に乗るよう指示され助手席に乗ろうとしたが、Bから後部座席に座るよう言われ、冷たく、悪意をもって言われたと感じたことで、それまでためこんでいたものが爆発した。 (罪となるべき事実)被告人は第1 令和6年3月12日午前11時5分頃から同日午前11時8分頃までの間に、香川県仲多度郡(住所省略)a 敷地内及び同所に停車中又は走行中の自動車内において、B(当時47歳)に対し、殺意をもって、手に持った包丁(刃体の長さ約14.3cm。令和6年高松地検領第761号符号1)で同人の顔面等を- 3 -多数回切り付けるなどして同人を殺害しようとしたが、同人に加療約3か月間を要する顔面多発切創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった第2 令和6年3月12日午前11時5分頃から同日午前11時20分頃までの間に、前記a 敷地内において、A(当時49歳)に対し、殺意をもって、手に持った前記包丁で同人の頭部を複数回切り付けて同人を殺害しようとしたが、同人に全治3週間を要する頭部切創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった第3 業務その他正当な理由による場合でないのに、令和6年3月12日午前11時5分頃から同日午前11時20分頃までの間、前記a 敷地内及び同所に停車中又は走行中の自動車内において、前記包丁1本を携帯した。 なお、被告人は、本件各犯行当時、重度のうつ病のため心神耗弱の状態にあった。 (証拠の標目)(略)(法令の適用)(略)(心神耗弱について)当裁判所が、被告人が本件各犯行時、心神耗弱の状態にあったと認めた理由は、次のとおりである。 信用できるC医師の証言によれば、同 (略)(法令の適用)(略)(心神耗弱について)当裁判所が、被告人が本件各犯行時、心神耗弱の状態にあったと認めた理由は、次のとおりである。 信用できるC医師の証言によれば、同医師が捜査段階で被告人を鑑定した結果、被告人は、犯行時、気分に一致しない精神症性、不安性の苦痛を伴う重度のうつ病であり、うつ病の症状が犯行に多大な影響を与え、また、被告人には軽度の知的発達症の疑いがあり、うつ病の発症及び症状の悪化に影響を与え、各犯行に間接的、限定的に影響を与えた可能性があると認められる。そして、前記犯行に至る経緯のとおり、被告人は、AやBを含めた会社関係者による労災隠しやその後の会社からの対応をきっかけにうつ病を発症し、その症状としての思考力・集中力の低下や認- 4 -知のゆがみ、被害妄想等に由来するものも含め、不満や不信感、苛立ち、恐怖心、希死念慮、絶望感等の感情をため込んでいき、Bから冷たい対応をとられたと感じたことをきっかけに、ため込んでいたものを爆発させ、各犯行に及んでいるから、各犯行にうつ病の著しい影響があったことは明らかである。他方、被告人は、各犯行に及んだことには、労災隠しに関わったB及びAに対する、嘘をつかれた、助けてくれなかったとの不満や怒りもあったというのであり、周囲から助けがなければ不満や恨みが表現されるという被告人の元々の性格傾向から生じた側面も認められる上に、その心情から各犯行に至ったことは、正常な心理状態で了解可能である。 各犯行の直前には、ウィチャットで送金できずお金がなくなったと考えたことから、ATMで口座の残高を把握しようとコンビニに向かい、その際には、包丁を一応外からは見えないようにするなど、自身の状況に応じた行動をとっていたことも踏まえると、善悪を判断する能力や行動を制御する能力が失わ Mで口座の残高を把握しようとコンビニに向かい、その際には、包丁を一応外からは見えないようにするなど、自身の状況に応じた行動をとっていたことも踏まえると、善悪を判断する能力や行動を制御する能力が失われていなかったと認められる。したがって、各犯行当時、被告人は重度のうつ病により、善悪を判断する能力や行動を制御する能力が著しく減退していたものであり、心神耗弱の状態にあったと認められる。 (量刑の理由)被告人は、刃物を用いて、Bに対しては少なくとも9回、Aに対しては少なくとも2回、その顔面や頭部等を切り付けた。特に、Bについては右側頭動脈が切断され、失血死のおそれもあった。非常に危険かつ執拗な犯行である。Bはその顔面等に顔面神経麻痺が残る加療約3か月の傷害を負い、その結果は重い。Aも、全治3週間の傷害を負ったのであり、その結果は軽視できるものではない。被害者らの感じた恐怖や精神的苦痛は計り知れない。結果は重いが、慰謝の措置は講じられていない(なお、被告人は、Bらの対応に対する感情を爆発させ、また、Aに対してはBを攻撃中に鉄パイプようのもので頭部等を殴打されたことに激しい怒りを覚え、鋭利な包丁(刃体の長さ約14.3cm)で頭部や顔面等の人体の枢要部を手加減を加えることなく複数回切り付けたものであり、被害者らの負傷状況も踏まえると、- 5 -被害者両名に対する殺意が認められる。)。また、うつ病の著しい影響によるものとはいえ、自らの感情を被害者らにこのような非常に危険な攻撃として転嫁したことは、非難されるべきである。加えて、被告人は、Bに対する攻撃にとどまらず、Bへの攻撃を制止したAに対しても、なお怒りなどを爆発させ、切り付ける行為に出た。被告人の意思決定は強い非難に値する。 他方、判示のとおり、被告人が、勤務中に火傷を負ったにもかか 撃にとどまらず、Bへの攻撃を制止したAに対しても、なお怒りなどを爆発させ、切り付ける行為に出た。被告人の意思決定は強い非難に値する。 他方、判示のとおり、被告人が、勤務中に火傷を負ったにもかかわらず、被害者らを含む勤務先関係者によって事実関係を隠蔽され、頼れる者が他になかった中で、勤務時間を暗い工具保管庫で過ごすことを余儀なくされるなどしてうつ病を発症し、症状が悪化し、その影響下で犯行に至ったとの経緯については、同情すべきところが大きい。また、被告人の性格傾向を踏まえても、うつ病が各犯行に与えた影響は多大なものと認められ、非難の程度を緩和する事情として相当に大きく考慮すべきである。被告人の刑事責任は重く、相応の実刑判決は免れないが、これらの酌むべき事情のほか、被告人が、罪を認め、被害者らに謝罪の言葉を述べ、再犯しない旨を誓うなど、被告人なりに反省の態度を示したこと、前科がないことなど、被告人のために酌むことができる事情も考慮して、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑懲役7年弁護人の科刑意見懲役6年以下)令和7年4月28日高松地方裁判所刑事部 裁判長裁判官横山浩典 裁判官池内継史 - 6 - 裁判官安部祐希
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