平成15(ワ)1566 配分金等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成18年3月22日 那覇地方裁判所 棄却
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判決文本文26,208 文字)

- 1 -平成18年3月22日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成15年(ワ)第1566号事件(以下「第1事件」という。),平成16年(ワ)第162号事件(以下「第2事件」という。),同第163号事件(以下「第3事件」という。),同第673号事件(以下「第4事件」という。),同第674号事件(以下「第5事件」という。)配分金等請求事件(口頭弁論終結日平成17年12月14日)判決主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1請求の趣旨 第1,第2,第4事件(1)各原告らと被告管理会との間で,各原告らが被告管理会の会員たる地位を有することをそれぞれ確認する。 (2)被告管理会は,各原告らに対し,別紙「原告配分金請求内訳表」の「配分金」欄記載の各金員,及びこれに対する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の各遅延損害金発生日より支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第3,第5事件被告らは,各自,各原告らに対し,別紙「各原告不当利得返還請求金内訳表」の「不当利得返還請求金」欄記載の各金員及びこれに対する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の各遅延損害金発生日より支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,原告らが,①被告管理会の会員たる資格を有しているとして,その- 2 -旨の確認を求め,②金武町公有林について国から金武町に米軍用地料が支払われた上,被告管理会にその2分の1が分収金として支払われ,被告管理会は会員に対して配分金として配分しているところ,各原告が,被告管理会の会員たる地位を取得した日以降に,入会権に基づく配分金請求権として被告管理会が会員に対して配分した配分金と同額の金員及びこれについて各配分金の支払日の翌日以降の各遅延 ところ,各原告が,被告管理会の会員たる地位を取得した日以降に,入会権に基づく配分金請求権として被告管理会が会員に対して配分した配分金と同額の金員及びこれについて各配分金の支払日の翌日以降の各遅延損害金の支払を求め,③被告管理会が入会集団として総有している並里区総有地について,並里区総有地の入会権の対価である米軍用地料等の収入の管理・運用を被告区に委託した黙示の決議が無効であり,この黙示の決議によって被告区が軍用地料等を被告区の歳入とし,そのうちの大部分を被告区の歳出としており,被告区に居住している入会権者(被告管理会会員)のみに入会権の対価が配分され,原告らが被告管理会の会員たる地位を取得した日以降,損失を受けたとして,不当利得返還請求権に基づき,また,被告管理会及び被告区が共同して,原告らの入会権を違法に侵害したものとして不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告管理会及び被告区に対し,被告区が受領した米軍用地料等のうち並里区の歳出として支出した金額を入会権者の総数で除した金額の各金員及び遅延損害金の支払を求めたものである。 争いのない事実(1)並里区は,金武村(昭和55年4月1日に金武町へ変更)にある区の一つとして,並里区の住民の先祖らが国から払下げを受けた別紙物件目録記載の土地(以下「本件公有地」という。)について,町村制施行以前から続いていた杣山を使用する慣行(旧慣)に基づいた旧慣使用権を有する入会集団であった。なお,本件公有地は,遅くとも昭和12年ころまでの間に所有権者を金武村とされたが,本件公有地の利用状況は従前と同じであった。 (2)太平洋戦争以前,並里区には,以下の10組があった。 ①内組(うちぐみ)②宜味武門組(ぎみんじょうぐみ)- 3 -③仲栄組(なかえぐみ)④大川組(うっかーぐみ)⑤源原 った。 (2)太平洋戦争以前,並里区には,以下の10組があった。 ①内組(うちぐみ)②宜味武門組(ぎみんじょうぐみ)- 3 -③仲栄組(なかえぐみ)④大川組(うっかーぐみ)⑤源原組(げんばるぐみ)⑥美里組(んだとぅぐみ)⑦仁牛組(んじゅいぐみ)⑧川端組(かーばたぐみ)⑨前組(めーぐみ)⑩東江組(あがりえぐみ)(3)沖縄県は,昭和13年ころから並里区の東側山の手に広がる平坦な原野において開墾事業を展開したり,拓南訓練所を開設したことから,同場所には沖縄県中南部などから多くの入植者が移住した。金武村は,このような経緯の中で,戦前新たに中川区を設けた。さらに,太平洋戦争末期には,金武村が沖縄県中南部方面からの疎開者や避難民等の受け入れを行ったことから,一時的には中川区と並里区の人口が2万人を超える状況になったこともあった。 そして,金武村は,昭和21年4月1日,行政区画を変更し,源原組の世帯が居住する地域を中川区とした。 (4)戦後,本件公有地は,昭和34年に米軍用地(キャンプ・ハンセン演習場部分)として接収された。昭和47年5月15日の本土復帰以降,米軍が本件公有地を使用することに対して国(防衛施設庁)から支払われる米軍用地賃料については,全額を金武村の収入役が受領し,その2分の1を「歳計外現金」として収入役が保管する形で歳入予算には計上しないまま並里区等へ配分していた。金武町は,昭和57年1月6日,並里区等の入会権と入会権に基づく米軍用地賃料の分収について定めた「旧慣による金武町と公有財産の管理等に関する条例」(以下「旧慣条例」という。)を制定した。 (6)被告管理会は,昭和57年5月に設立され,「並里財産管理会・会則」- 4 -(以下「会則」という。)1条において,金武町よりの分収金及びこれよ 条例」(以下「旧慣条例」という。)を制定した。 (6)被告管理会は,昭和57年5月に設立され,「並里財産管理会・会則」- 4 -(以下「会則」という。)1条において,金武町よりの分収金及びこれより生ずる収益財産を管理運営し,会員相互の福祉の向上と地域社会の発展に寄与することを目的とすると定められ,会則6条において,会員資格について,以下のとおり定めている。 第6条この会の会員とは次の各号の一つに該当する者で,且つ会員名簿に登録された者とする。 ①昭和21年4月1日以前に並里区に本籍を有した者で,現に並里区に居住している世帯主。 ②昭和21年4月1日以前から,並里区に本籍を有した者の一方又は双方を親又は先祖にもつ者で現に並里区に本籍を有し居住している世帯主。 ③会員資格を有しない世帯主の配偶者で,①又は②の条件を充たす者。 ④この会の会員である者が死亡したとき,その配偶者は子孫が世帯主になるまで会員になることができる。 そして,被告管理会は,本件公有地に関して金武町が受け取った米軍用地料の分収金の2分の1について金武町から受け取り,そのうちの一部を被告管理会会員に配分している。被告管理会が平成5年から平成15年までの11年間に会員である個々の入会権者に配分した金員の内訳は次のとおりであり,配分金の合計は1名当たり240万円に上っている。 ア平成5年度10万円イ平成6年度10万円ウ平成7年度10万円エ平成8年度10万円オ平成9年度12万円カ平成10年度13万円キ平成11年度15万円- 5 -ク平成12年度18万円ケ平成13年度20万円コ平成14年度24万円サ平成15年度98万円(6)しかし,被告管理会は,かつて源原組に所属していたが現在中川区に編入された地域に居住し並 12年度18万円ケ平成13年度20万円コ平成14年度24万円サ平成15年度98万円(6)しかし,被告管理会は,かつて源原組に所属していたが現在中川区に編入された地域に居住し並里区に住所を有しない者については,被告管理会の会員として扱わず,分収金の配分を拒否している。 (7)次の各土地(以下「本件総有地」という。)のうち,①ないし⑤については,被告区が防衛施設庁より支払われる米軍用地料を受け取っており,⑥については,被告区は,並里区,中川区に住む住民らに賃貸して,民間借地料を得ている(以下,①ないし⑥について被告区が受け取る収入を併せて「米軍用地料等」という。)。 ①億首ダム建設用地内の旧並里区総有地②金武キャンプ・ブルービーチ内の旧並里区総有地③ギンバル訓練場内の旧並里区総有地④キャンプ・ハンセン内の旧並里区総有地⑤米軍演習場内の旧並里区総有地⑥並里区・中川区内に存在するその他の旧並里区総有地これらの米軍用地料等は,並里区議会の議決を経て毎年予算化され,並里区民の福祉や教育等に供されている。 争点及び争点に関する当事者の主張(1)被告管理会と被告区の関係(原告らの主張)被告管理会は,従前から存在していた入会集団である旧並里区が,旧慣条例の制定に伴って金武町役場の肝いりで再組織された団体である。すなわち,原告らないしその祖先である源原組の世帯主を含む10組の世帯主らで構成- 6 -された旧並里区の世帯主を構成員とする入会集団そのものである。 被告管理会は,単に本件公有地にとどまらず本件総有地についても同様に入会権を有する者の入会集団であって,被告区が本件総有地の米軍用地料等を収受しているのは,被告管理会が被告区に対して本件総有地についての管理を委託しているものと理解することができる。 本 ても同様に入会権を有する者の入会集団であって,被告区が本件総有地の米軍用地料等を収受しているのは,被告管理会が被告区に対して本件総有地についての管理を委託しているものと理解することができる。 本来,入会権の管理利用の権能は,不可分一体のものであり,その一部のみが「分収金受領権の管理主体」になることはあり得ない。入会林野からの収益の収受のみを特定の窓口が行うことはあり得るとしても,本件公有地と本件総有地の入会集団が同一である以上,入会林野からの収益は,一体として管理運用されるべきである。 (被告らの主張)被告管理会は,本件公有地上の入会権を権利客体とする入会集団であり,被告区は,本件総有地を権利客体とする入会集団である。 入会集団の林野の管理,構成員の夫役,構成員の得喪についての意思決定及び事務執行は,一定の管理機関によって行われるのが通例である。この管理機関について,徳川時代(琉球においては,実質的に薩摩に不庸していた王府時代)の村の延長である地域生活共同体たる住民集団が管理機関となることは珍しいことではなく,金武においては,「区」と呼称される部落が管理することが慣行となっていた。 戦後,米軍用地料の分収が始まって後しばらくの間は,分収金は被告区が受け入れ,使途も被告区の道路改修費用などの公共の費用に充当した。しかし,分収金の処理について住民訴訟が提起されたことが契機となって旧慣条例が制定され,条例上,米軍用地料は部落民会が分収するものと定められてしまった。そこで,被告区は,条例との整合性を図るため被告管理会を設立し,被告管理会が米軍用地料を受領するようになった。被告管理会設立後も,分収金は,いったん被告管理会において受け入れた後直ちに全額被告区に回- 7 -していたが,他の区の財産管理会において米軍用地料の個人への配分がなされ を受領するようになった。被告管理会設立後も,分収金は,いったん被告管理会において受け入れた後直ちに全額被告区に回- 7 -していたが,他の区の財産管理会において米軍用地料の個人への配分がなされていたことから,被告管理会においても個人への配分を求める声が強まり,結果的に被告管理会は,被告区とは別の組織として会則に基づいて運営されるようになり,分収金の個人への配分もなされるようになったものである。 このように被告管理会は,金武町から受ける分収金に限定して,並里地区住民である入会権者の組織として,その受け入れ及び管理処分を行っているにすぎず,その他の財産に関しては何らの権利義務も有しない。 これに対し,本件総有地は,入会権管理に特化した団体を結成する必要が特になかったため,旧来どおりの管理機構ないし運営組織による入会集団である被告区の管理によっているのであって,被告管理会が本件総有地を管理したことはない。 (2)源原組の住民は,入会集団としての旧並里区から離脱し,本件公有地や本件総有地への入会権を喪失したか(被告らの主張)源原組の中川区への統合は,単なる行政区の所属の変更にとどまらず,並里という地域生活共同体からの離脱であり,入会権の喪失原因に当たるものであった。 ア被告区は,入会権に基づく杣山の使用収益及び管理について,強固な規範を設け,それを維持していた。 枯枝,枯草や量的にはわずかなものにすぎない自己建築用材については,個人が直接杣山で採取・利用することができたものの,中心的な立木の管理については,既に18世紀半ばには,個別利用が禁止された団体的な管理が確立していた。明治以降においても,立木については,自己建築用材としての利用以外に個人的利用はできず,売却代金(公有地については村と分収)は旧並里区の財源とされたのである。 家屋 れた団体的な管理が確立していた。明治以降においても,立木については,自己建築用材としての利用以外に個人的利用はできず,売却代金(公有地については村と分収)は旧並里区の財源とされたのである。 家屋新築などのため用材を伐採するためには,被告区の許可が必要であ- 8 -った。盗伐を監視するため,被告区には常に山係が置かれ,杣山を巡回し,違反を監視していた。山林の撫育(植林,下刈りなど),山道の設置管理等も区長の指示に基づき,組単位で必要な人員を出し,共同作業で行っていた(この夫役はタキダキブーと呼ばれていた。)。源原組も,戦前の一時期は,旧並里区の部落共同体に属し,部落行事や共益活動などの部落民としての義務を果していたから,旧並里区の入会林野の入会団体構成員として認められていたのである。 イ戦後も,入会林野の管理は被告区の所管事項であり,入会林野に関する決定は,すべて被告区によって行われ,決定事項は並里区長から各班の班長を通じて周知されてきた。 立木を被告区が落札により販売した後の山林の植林撫育も,並里区民の夫役で行われていた。年度当初に被告区の役員会で,年間の世帯当たりの夫役日数を決め,この夫役によって,植林・撫育,林道の補修などが行われ,夫役に参加しなかった世帯は,その分を金銭で支払い,夫役に参加した世帯がこの配分を受け取ることとなっていた。 被告区による積極的な植林・撫育は,昭和30年代末若しくは昭和40年代初めころまでなされていた。昭和30年代後半ないし昭和40年代初めころには,米海兵隊の演習に起因する山火事により造林撫育が困難となってきたこと,米軍の規制も厳しくなってきたこと,更にはガスの普及など生活習慣の変化で木材の需要自体が低下したことなどにより,積極的な造林がなされなくなり,復帰後はフェンスが張られ,日常的な立入りは完 てきたこと,米軍の規制も厳しくなってきたこと,更にはガスの普及など生活習慣の変化で木材の需要自体が低下したことなどにより,積極的な造林がなされなくなり,復帰後はフェンスが張られ,日常的な立入りは完全にできなくなった。 ウこれに対し,戦後,源原組の住民は,並里区という部落(地域生活共同体)から離脱して,中川区という部落に属し,中川区の部落民として,中川区の部落行事,共益的活動,運営に参加するようになり,並里区の祭りなどの部落行事,村賦などの共益活動にも,また,入会集団構成員として- 9 -の義務の履行にも全く参加しなくなった。戦後,源原組の構成員が並里区のタキダキブーに参加した事実はない。 源原組は,戦災で灰燼に帰し主要な耕作地も取り上げられた並里部落と分かれ,戦災を免れ行政機構も格段に整備されていた中川地区において,同地域の居住者である入植者や寄留民と共に中川区という新しい地域生活共同体を構成することを選んだのである。 その後昭和21年4月に,行政区という事務分配の地理的範囲を定める際に,社会的実体としての地域生活共同体の範囲を無視して線引きをすることは考え難いものである。源原組の住民は,社会的実体として,並里部落の地域生活共同体としての住民集団を離脱していたことから,この実体に合わせて行政区の線引きがなされたにすぎない。 エ源原組は,昭和25,6年ころ,被告区に対し,並里区の共有財産の分割を要求し,代表者間で協議が行われた。その際,被告区側は,権利を要求するならば並里区に戻ったらどうかと提案したが,源原組の代表者はこれを拒否した。共有財産の分割の要求は,並里区という生活共同体から既に離脱したことを前提とした要求であり,当時源原組住民は,歴史的な生活共同体である並里区から分離したことを自覚していたのである。 オ源原組の住民が戦 財産の分割の要求は,並里区という生活共同体から既に離脱したことを前提とした要求であり,当時源原組住民は,歴史的な生活共同体である並里区から分離したことを自覚していたのである。 オ源原組の住民が戦後並里区という部落から離脱した以上,被告区が管理統制する林野の入会団体構成員として認められないことは,当然である。 ただし,燃料としての枯れ枝の採取は,入会団体の構成員であるか否かにかかわらず,もともと自由であった。また,自己使用の建築資材のための生木の伐採については,並里区長が発行する入林許可証が必要であったが,許可証は,並里区以外の者に対しても発行されていた。 自己建築用材以外には,中川小学校の建築のための用材の伐採については被告区が伐採を許可しているが,それ以外にも生木を伐採したとすれば,それは盗伐に他ならない。 - 10 -(原告らの主張)ア源原組の世帯主(ないしその世帯主を相続した世帯主)らにおいて,全員で入会権者の制限に同意したり,自らの入会権を放棄したという事実はなく,かつ旧並里区の区域内であった源原組の居住区域内(現行の行政区としての中川区の範囲と同じになる。)に現に居住し続けているのであって,入会集団としての並里区及びその後身である被告管理会から離脱した事実はない。入会権の主体である入会集団の範囲は,必ずしも行政上の部落(行政区)の範囲とは一致せず,歴史的な地域生活共同体であるか否かによって決せられるものである。 イ旧並里区の入会林野の利用形態は,部落住民各自の自由な収益を認める古典的共同利用形態であり,団体直轄利用形態や個人分割利用形態や契約利用形態ではない。 入会林野の利用に関し,戦前,入会林野に関する総出賦(スーンジブー)としての山仕事は年2回くらいあり,戦後も,米軍がフェンスで囲ったために入会林野が利用できなく 割利用形態や契約利用形態ではない。 入会林野の利用に関し,戦前,入会林野に関する総出賦(スーンジブー)としての山仕事は年2回くらいあり,戦後も,米軍がフェンスで囲ったために入会林野が利用できなくなるまでの間,源原組に属する住民も,昭和34年ころまで,並里区の他の組の住民と同様に入会林野などに入って薪取りをしたほか,並里区長の許可や山係の指示を受けて牛小屋や馬小屋を造るための生立木を入会林野から切り出した。戦前はキースバーの入札がなされていたが,生立木の入札が行われた事実は確認できなかった。 戦後,キースバーの入札が行われたことはなく,被告区が入札と称して区画を区切っての生立木の大量伐採や大木の伐採を行ったが,入会集団に無断で行ったものである。また,戦後,自己使用の建築用材のための生木の伐採について,並里区長が並里区以外の者に入林許可証を発行した事実はない。さらに,源原組に属する住民も並里区の他の組の住民と同様に,日常的に山道の補修や猪垣の補修などをしていたほか,火災や盗伐の防止など,絶えず自主的に入会林野の維持管理を行っていた。このように源原組- 11 -の構成員は,戦後も,入会慣習に基づく統制に服し,入会林野の管理利用を行い,入会権者としての義務を履行していたのである。なお,戦後,入会林野の管理は被告区の所管事項ではなく,被告区が並里区の共同作業として植林した事実はない。また,戦後,入会集団の管理統制として行われていたのは,並里区長の許可による自己使用の建築用材のための生立木の伐採のみであり,それ以外には管理統制がなかった。 ウまた,仮に被告区が,戦後,戦前と同様の山仕事を含むスーンジブーを行っていたとしても,源原組の入会権者がこれに参加しなかったのは,被告区が源原組に賦役の連絡や指示を行わなかったからであり,源原組の入会権 仮に被告区が,戦後,戦前と同様の山仕事を含むスーンジブーを行っていたとしても,源原組の入会権者がこれに参加しなかったのは,被告区が源原組に賦役の連絡や指示を行わなかったからであり,源原組の入会権者が賦役の連絡や指示を受けながら,これを拒絶した事実はない。さらに,賦役の過不足の精算は,別の賦役やごく少額の金銭で調整されることになっていたが,スーンジブーに参加できない世帯は,親類・隣家の世帯に代わって出てもらうことで対処しており,実際には金銭による調整はほとんど行われなかった。スーンジブーの作業自体も苦役ではなく,個々の入会権者が,仮に年1,2回程度の賦役に参加しなかったからといって,直ちに入会権を喪失するほどの重大な義務違反になるという慣習はなく,原告らを初めとする入会権者は,スーンジブーなどの賦役への不参加が直ちに入会権の喪失の原因になるとは認識してこなかった。 エ源原組の住民が,中川区への統合に伴って,旧並里区の総有地の配分を求めたことは,旧並里区が単に公有地の入会権者であったばかりでなく,総有地の入会権者でもあったことから,入会財産である総有地の配分(分割)を要請したものと考えられる。 (3)原告らは,被告管理会の会員たる地位を有するか否か(原告らの主張)「入会集団としての旧並里区」は,遅くとも昭和12年の町有林野統一の際に金武村と協定し,本件入会林野について入会権を有していた地縁集団で- 12 -ある並里区に所属した世帯主ないしその世帯主を相続した世帯主をもって構成され,かつ本件入会林野に入会権を有し,総有財産を所有し管理していた。 そして,入会集団としての旧並里区と,昭和12年当時の「行政区としての並里区」とは,いずれも源原組を含む10組で構成されており,同じ区域を対象とする地縁集団であって,前者は世帯を単位として構成 た。 そして,入会集団としての旧並里区と,昭和12年当時の「行政区としての並里区」とは,いずれも源原組を含む10組で構成されており,同じ区域を対象とする地縁集団であって,前者は世帯を単位として構成され,世帯主が世帯を代表するのに対し,後者の構成員は全住民である点を除き,原則として一致していた。 戦後,金武村により行政区の範囲が変更されたため,現行の行政区としての並里区と入会集団としての旧並里区は構成員が一致しなくなったが,このことは入会集団としての旧並里区の構成員の範囲に何ら変動を及ぼすものではない。原告らは,現行の行政区としての並里区の構成員ではなくなったが,依然として入会集団としての旧並里区の構成員であり,その後身である被告管理会の構成員である。 しかし,被告管理会は,会則6条1号の「昭和21年4月1日以前に並里区に本籍を有した」の「並里区」と,「現に並里区に居住している世帯主」の「並里区」,2号の「現に並里区に本籍を有し居住している世帯主」の「並里区」について,昭和21年4月以前の「並里区」は,「(現在の)行政区としての並里区」と「行政区としての中川区」に分区される以前の「並里区」の範囲であるにもかかわらず,「現に『並里区』に居住している」の『並里区』は,昭和21年4月に分区された後の「行政区としての並里区」の範囲に縮小された範囲であると誤解し,運用している。会則6条における「並里区」とは,いずれも「(現在の)行政区としての並里区」と「行政区としての中川区」に分区される以前の「並里区」,すなわち旧並里区の範囲である。 そして,「会員資格の得喪に関する規定」5条ないし8条に照らせば,被告管理会の会員資格要件は,- 13 -①旧並里区の世帯主ないしその子孫である世帯主であること②旧並里区(現並里区と現中川区の範囲内)に居住 格の得喪に関する規定」5条ないし8条に照らせば,被告管理会の会員資格要件は,- 13 -①旧並里区の世帯主ないしその子孫である世帯主であること②旧並里区(現並里区と現中川区の範囲内)に居住していることであるが,③住民票上の世帯主でなくとも,会員資格のない世帯主の配偶者で上記①又は②の要件を満たす場合,もしくは,同一敷地に親子で生活しているとしても棟を別にしたり,2階と1階に外部階段で区分したり,平屋であっても建物を二分して生計が独立している場合には,会員資格における資格要件を有する世帯主であるとみて,入会権者とする。 原告らは,いずれも,昭和12年当時,源原組に所属した世帯主ないしその世帯主を相続した世帯主,または,当時は旧並里区内の源原組以外の組に所属し,その後源原組に転居した世帯主やその世帯主を相続した世帯主であって,別紙会員資格取得経過一覧表(3)のとおり,被告管理会の会員資格を有している。 (被告管理会の主張)「並里区」と呼称される部落は,琉球王府時代の並里村(ムラ)を起源とする部落(生活共同体としての住民集団)であり,戦前と戦後において,同一性を喪失したものではない。 被告管理会は,会則6条における複数の「並里区」について,いずれも地域生活共同体としての並里区を意味するものとして理解しており,このような意味において,同一条文中の「並里区」の意味は同一である。 前記(2)(被告らの主張)のとおり,旧源原組の住民は,戦前は,他の並里区民と同様,並里区という地域生活共同体の構成員としての義務を果たしていたことから,入会集団の構成員の地位を獲得・維持していたものであるが,戦後,並里区という地域共同体の構成員としての義務を何ら果たさなかったことから,その構成員たる地位を喪失したものである。被告管理会の構成員の資格について 成員の地位を獲得・維持していたものであるが,戦後,並里区という地域共同体の構成員としての義務を何ら果たさなかったことから,その構成員たる地位を喪失したものである。被告管理会の構成員の資格については,古来からの慣行を踏まえて会則で定めているところ,- 14 -被告管理会において原告らの会員資格を認めない理由は,原告らが会則の定める居住要件を満たしていないからである。 (4)本件公有地に関する,原告らの被告管理会に対する配分金請求権の有無(原告らの主張)被告管理会は,本件公有地の分収金の一部を各会員に対して,配分する旨の決議を行い,実際に配分がなされた。原告らは,本件公有林に対する入会集団である旧並里区の入会権者であり,被告管理会の会員であるから,原告らを除外して行われた被告管理会の上記決議は本来無効である。しかし,原告らは,これを追認することとし,配分決議に基づく原告らへの配分金請求をする。 (被告管理会の主張)原告らは,被告管理会の会員でないため,配分決議に基づく配分金請求権を有しない。 (5)本件総有地に関する,原告らの被告管理会に対する金員支払請求権の有無ア不当利得返還請求権(原告らの主張)原告らは,いずれも被告管理会の会員である。 被告管理会は,本件総有地を総有している。 すなわち,本件総有地は,前記(1)(原告らの主張)のとおり,本件公有地と同様に,旧並里区を入会集団とする入会林野であり,現在,入会集団である旧並里区の入会権者を構成員として組織されている被告管理会が入会集団として総有している。そうすると,本件総有地に対する米軍用地料等は,本来入会権の対価として被告管理会が収受し得るのであり,所定の手続に基づいて管理・運用されなければならないが,被告管理会は,本件総有地の管理・運用を,被告区に委託するとの黙示の決 る米軍用地料等は,本来入会権の対価として被告管理会が収受し得るのであり,所定の手続に基づいて管理・運用されなければならないが,被告管理会は,本件総有地の管理・運用を,被告区に委託するとの黙示の決議を行った。 - 15 -被告区は,本件総有地に係る米軍用地料等について区の歳出として支出しており,実質的には入会権の対価が配分されているものといえる。 しかし,被告管理会の会員である原告らを排除してなされた上記黙示の決議は無効であり,被告区が区の歳出としてなした,現並里区に居住する入会権者に対する実質的な配分は法律上の原因を欠くものである。そして,原告ら以外の入会権者,すなわち被告管理会は,被告区の区の歳出として,軍用地料等が支出された範囲で利得していることになる。 平成5年度から平成16年度の間に,被告並里区が旧並里区総有地(部落有地)の米軍用地料等収入から支出した金額は以下のとおりである。 (ア)各年度ごとの「米軍用地料」,「土地賃貸料」のほか,旧並里区総有地(部落有地)の一部についての「土地売却金」の合計額は,各年度の入会権の対価として把握することができる。 なお,「財源調整基金の処分による繰入金」は,他年度に発生していた入会権の対価を財源とする積立金の一部取り崩しとして把握することができる。 (イ)また同時に,各年度ごとに決算された歳出額から「積立金」として保管された額を除いた上,入会権の運用とは無関係に,被告区が金武町から並里区事務所の運営費の一部として受領している「事務委託料」のほか,億首ダム関係の「補助金」などを控除した残高が,米軍用地料等の入会権の対価から被告区が支出した「事業費合計金」と把握することができる。 (ウ)そこで,別紙「各年度並里区事業費計算書」記載のとおり,各年度ごとの支出合計額から積立金として保管された金 地料等の入会権の対価から被告区が支出した「事業費合計金」と把握することができる。 (ウ)そこで,別紙「各年度並里区事業費計算書」記載のとおり,各年度ごとの支出合計額から積立金として保管された金員と,金武町から支給される事務委託料,補助金等を控除した残額が,入会権の対価からの事業費合計(配分)額となる。 (エ)その結果,原告らの「損失」は,別紙「1人当たりの事業費計算- 16 -書」記載のとおり,各年度ごとの会員合計数(被告管理会会員数と源原組会員数を合計したもの)で当該年度の並里区事業費を割ったものとなる。 (被告管理会の主張)原告らが,被告管理会の会員であることは争う。 被告管理会は,前記(1)(被告らの主張)のとおり,本件公有地上の入会権を権利客体とする入会集団であり,被告区は本件総有地を権利客体とする入会集団である。旧慣条例の制定という外的要因により,本件公有地上の入会権に関して,分収金を受領するため,分収金の管理団体である被告管理会が結成されたのであり,本件総有地を被告管理会が総有しているということはない。 したがって,本件総有地に関する原告の請求については前提が誤っている。 また,被告区の歳出として支出された分については,地域の行事費などに使われたものであり,被告管理会が受領したものではなく,被告管理会には利得はない。 イ不法行為に基づく損害賠償請求権(原告らの主張)原告らは,被告管理会の会員である。本件総有地は,本件公有地と同様に,旧並里区を入会集団とする入会林野であり,現在,旧並里区の入会権者を構成員として組織されている被告管理会が入会集団として総有している。 被告管理会は,前記アのとおり,無効な黙示の決議に基づいて,被告区をして本件総有地の入会権の対価のほとんどを区の歳出の形式で,原告ら以外の入会権者に ている被告管理会が入会集団として総有している。 被告管理会は,前記アのとおり,無効な黙示の決議に基づいて,被告区をして本件総有地の入会権の対価のほとんどを区の歳出の形式で,原告ら以外の入会権者に対して配分させている。かかる配分により,原告らは,原告ら以外の入会権者が配分を受けた範囲において,本件総有地に対する- 17 -自己の入会権を侵害されている。 被告管理会は,故意又は過失により,無効な黙示の決議を行って原告らの入会権を侵害したものであり,かかる決議と原告らの損害との間には因果関係がある。 平成5年度から平成16年度の間に,被告並里区が旧並里区総有地(部落有地)の軍用地料等収入から支出した金額は,以下のとおりである。 (ア)各年度ごとの「米軍用地料」,「土地賃貸料」のほか,旧並里区総有地(部落有地)の一部についての「土地売却金」の合計額は,各年度の入会権の対価として把握することができる。 なお,「財源調整基金の処分による繰入金」は,他年度に発生していた入会権の対価を財源とする積立金の一部取り崩しとして把握することができる。 (イ)また同時に,各年度ごとに決算された歳出額から「積立金」として保管された額を除いた上,入会権の運用とは無関係に,被告並里区が金武町から並里区事務所の運営費の一部として受領している「事務委託料」のほか,億首ダム関係の「補助金」などを控除した残高が,米軍用地料など入会権の対価から被告並里区が支出した「事業費合計金」と把握することができる。 (ウ)そこで,別紙「各年度並里区事業費計算書」記載のとおり,各年度ごとの支出合計額から積立金として保管された金員と,金武町から支給される事務委託料,補助金等を控除した残額が,入会権の対価からの事業費合計(配分)額となる。 (エ)その結果,原告らの「損害」は,別紙「1 支出合計額から積立金として保管された金員と,金武町から支給される事務委託料,補助金等を控除した残額が,入会権の対価からの事業費合計(配分)額となる。 (エ)その結果,原告らの「損害」は,別紙「1人当たりの事業費計算書」記載のとおり,各年度ごとの会員合計数(被告管理会会員数と源原組会員数を合計したもの)で当該年度の並里区事業費を割ったものとなる。 - 18 -(被告管理会の主張)原告らが,被告管理会の会員であることは争う。 被告管理会は,本件公有地上の入会権を権利客体とする入会集団であり,被告区は本件総有地を権利客体とする入会集団である。旧慣条例の制定という外的要因により,本件公有地上の入会権に関しては,分収金を受領するため,被告管理会が結成されて入会集団は分化したものであり,本件総有地を,被告管理会が総有しているということはない。そのため,被告区が行った支出について,被告管理会が関与をしたことはない。 したがって,原告らの請求は,前提が誤っており,理由がない。 (6)本件総有地に関する,原告らの被告区に対する金員支払請求権の有無(原告らの主張)原告らは,被告管理会の会員である。本件総有地は,本件公有地と同様に,旧並里区を入会集団とする入会林野であり,現在,旧並里区の入会権者を構成員として組織されている被告管理会が入会集団として総有している。 被告区は,被告管理会の黙示の決議による委託に基づいて,本件総有地の入会権の対価のほとんどを行政区としての並里区の範囲内に限定した歳出として支出し,並里区の運営費に費消している。 しかし,本来,自治会たる被告区は,本件総有地の入会権の対価を並里区の運営費に費消する権限はなく,かつ被告管理会が被告区に委託する旨の黙示の決議も無効であるから,入会権の対価を支出する正当な権限がない。 その結果,被 たる被告区は,本件総有地の入会権の対価を並里区の運営費に費消する権限はなく,かつ被告管理会が被告区に委託する旨の黙示の決議も無効であるから,入会権の対価を支出する正当な権限がない。 その結果,被告区が入会権の対価を区の歳出として支出したことにより,原告らは,原告ら以外の入会権者が区の歳出により利益を受けた範囲において,損害を被った。その損害額については,(5)ア,イの損失額等と同額である。 - 19 -そして,被告区には,入会権の対価を正当な権限なく原告ら以外の入会権者のために区の歳出として支出したことについて,少なくとも過失がある。 したがって,原告らは,被告区に対して,不法行為に基づく損害賠償請求権として,上記損害の賠償を請求する。 (被告区の主張)原告らが被告管理会の会員でないこと,被告管理会が本件総有地の入会集団ではないことについては,被告管理会の主張を援用する。 被告区は,戦前も戦後も入会集団であり,本件総有地は,被告区の所有であって,被告管理会の所有ではない。 そのため,本件総有地に関する米軍用地料等を被告区が収受しているのであり,これらの米軍用地料等は,並里区議会の議決を経て毎年予算化され,区民全体の福祉や教育等に供しているから,原告らの請求は失当である。 第3当裁判所の判断 認定事実(1)並里区と源原組並里区は,金武村(昭和55年4月1日に金武町へ変更)にある区の一つである。 琉球王府時代,本件公有地,すなわち杣山は,琉球王府の御用木を調達するために仕立てられた山林であり,琉球王府が監督し,間切,島,村が共同で使用収益するという旧慣の下で管理され,明治時代になっても,この杣山制度は旧慣尊重ということで存置され,間切,村住民に限り,建築用材は役所長,薪炭材は山筆者の許可を得て伐採していた。そのため,並里区は 用収益するという旧慣の下で管理され,明治時代になっても,この杣山制度は旧慣尊重ということで存置され,間切,村住民に限り,建築用材は役所長,薪炭材は山筆者の許可を得て伐採していた。そのため,並里区は,上記旧慣に基づく,杣山の使用収益権を有する入会集団であった。 その後,杣山は,明治32年に沖縄県土地整理法の施行により国有林とさ- 20 -れたが,明治39年に沖縄県杣山特別処分規則により国から各間切,村への有償払下げがなされ,遅くとも昭和12年ころまでの間に所有権者を金武村とされた。しかし,本件公有地の使用状況は従前と同じであり,並里区が本件公有地について使用収益権を有するという旧慣に基づく入会集団であることも従前と同じであった。 太平洋戦争以前,並里区には,前記第2の1(2)のとおり,行政の末端組織としての組が10組存在していた。そのうち源原組は,億首川の北側に位置する組であり,戦前は約40世帯からなっていた。源原組の起源については諸説あるが,少なくとも,太平洋戦争以前の昭和12年ころの時点では,並里区の10組のうちの1つの組であった。(甲全1,2,9,10,16,乙全30)(2)村の共同作業村の環境整備のために,並里区には,村賦(ムラブー)というものがあった。村賦とは,労働力を村に提供することであり,村が主催して作業内容を決めて実施した。村賦には,スーンジブーとタキダキブーの2つの仕組みがあった。 スーンジブーとは,各所帯から1人ずつ出席し,村事務所の計画する諸作業に従事することである。スーンジブーの主な作業は,田植え前のウッカガー,キンタガー(湧泉)の清掃及び下流の水さらい,生活道路の補修,側溝,暗渠排水の補修,ンタバルのウフンジュ(大溝)さらい等である。 タキダキブーとは,各家庭の可働者の数に応じて村に労働を提供する仕組み キンタガー(湧泉)の清掃及び下流の水さらい,生活道路の補修,側溝,暗渠排水の補修,ンタバルのウフンジュ(大溝)さらい等である。 タキダキブーとは,各家庭の可働者の数に応じて村に労働を提供する仕組みのことである。あらかじめ村から出働日数が割り当てられ,毎年1回,4月ころ,サトウキビと稲の作付けなどの農作業が終わった直後に行われるクシユクイ(腰休め)と呼ばれる並里区の総会の際に,割当日数の過不足を精算し不足者から不足分の金を徴収し,超過して出働した者に支給する。このように,平等に労働を平均化することをブータキダキ(平均化)という。タ- 21 -キダキブーの主な作業の内容としては,農道,生活道路の補修,防風,防潮林の補植,山道の補修,植林その他事務所の計画する諸事業などがある。 (甲全10,48,乙全25)また,地域住民の自治規範として村内法が定められており,山野の管理と取締りに関する内容としては,山野の松の造林は年次ごとに種子をまくようにさせること,山野の境界には小松を入念に植え付けさせること,松の種子は寒露の節に取るようにいいつけること,人の山野から茅,草,蘇鉄などを刈り取る者は原札を渡し2銭の罰金,他人の山野から生木や枝葉,枯木,唐竹,竹の子,蘇鉄を伐採する者には札を渡すことなどが定められていた。そして,山札は,具体的には,村事務所の許可なく,山から生木を伐採した者(立枯木は取っても可。),他人の原野から生木,立枯木,山茅を取った者(枯枝は取っても可。),他村の山から生木,山茅を刈り取る者に渡されていた。(甲全10)戦前においては,源原組の住民も,並里区という入会集団の一員として,上記のようなスーンジブー,タキダキブー等に参加していた(甲全26,27,29,40,42,乙全6)。 (3)中川区の設置源原組の住民は,前記(1)の の住民も,並里区という入会集団の一員として,上記のようなスーンジブー,タキダキブー等に参加していた(甲全26,27,29,40,42,乙全6)。 (3)中川区の設置源原組の住民は,前記(1)のとおり,億首川の北側で生活していたが,沖縄県が昭和13年ころから,山手に広がる平坦な原野に県営開墾事業を開始し,南方進出の開拓者を養成する機関として県立の拓南訓練所を開設するなどしたため,上記原野には沖縄県中南部などから多くの入植者が移住してきた。金武村は,このような経緯の中で,戦前,新たに現在の国道329号線より西側に中川区を設けた。なお,このころも源原組の居住する地域(現在の国道329号線より東側)の行政区画は並里区であった。 そして,太平洋戦争末期になると,金武村が沖縄県中南部方面からの疎開者や避難民等の受入れを行ったことから,一時的に人口が急増し,中川区だ- 22 -けで2万人を超える状況になった。また,米軍が侵攻し,金武村池原に飛行場を建設したことから,並里区の住民は,米軍から中川以北へ強制的に退去することを命じられたが,昭和21年1月,元の住居地へ戻ることが許された。 また,金武村は,同年4月1日,行政区画を変更し,源原組の世帯が居住する地域も中川区とすることとした。 中川区は,急激に人口が増加したため,太平洋戦争後,学校や,診療所,配給所,警察署等が設置された。しかし,その後は避難民が元の地域へ戻ったり,都市部の復興により人口が都市部へ流出したこと等により,中川区の人口は大幅に減少した。(甲全9,10,乙全23,26)(4)戦後における村の共同作業と源原組ア前記(3)のとおり,強制的に退去することを命じられた住民たちは,昭和21年1月,元の住居地へ戻ることが許され,並里区の元の住居地へ戻っていった。しかし,住宅はすべて焼 ける村の共同作業と源原組ア前記(3)のとおり,強制的に退去することを命じられた住民たちは,昭和21年1月,元の住居地へ戻ることが許され,並里区の元の住居地へ戻っていった。しかし,住宅はすべて焼き払われていたため,規格住宅が建築されることとなった。その作業は,スーンジブーによって行われ,女子は草刈り作業,男子は家屋の組立てと屋根葺きを分担し,およそ3,4か月の月日をかけて行われた。この作業は,並里区民総出で行われたが,親戚が建築指導者をしていた関係から原告Qが作業に従事した以外には,源原組の住民は参加していなかった。(甲全48,50,乙全4,23,26,証人B)イまた,太平洋戦争後は,物資が不足していたこともあり,杣山等に並里区民だけではなく,避難民等も入り,薪を取ったりし,前記(2)のとおり禁止されていた生木を伐採する者も相当数いた。並里区は,戦後も山係を置き,杣山の管理を行っていた。(甲全28,29,47,乙全6,7,証人B)上記のとおり,盗伐等が行われたこともあり,並里区でも,戦後6代目- 23 -区長のCの在任期間(昭和30年6月から2年間)までは,植林が行われ,松の種を集めたり,下草刈り,撫育等が行われていた。その後,昭和32年6月に戦後7代目区長のDが就任したころ以降は,琉球政府から種子が無償配布されていたため,松の種を集めることはなくなったが,植林,下草刈り,撫育等は行われ,これらの作業は,並里区民のタキダキブーとして行われていた。なお,D区長の時代には,タキダキブーの仕組みは,各世帯への割当日数の過不足を金銭により精算するという方法から,タキダキブーに出席した者に日当を支給するという方法に変わった。その後,昭和36年6月に就任した戦後8代目区長Eの時代の終わりころ,すなわち昭和39年12月ころになると,植 精算するという方法から,タキダキブーに出席した者に日当を支給するという方法に変わった。その後,昭和36年6月に就任した戦後8代目区長Eの時代の終わりころ,すなわち昭和39年12月ころになると,植林は行われなくなったが,下草刈り,撫育等の作業は行われていた。 これらの作業に,戦後,源原組の住民は参加していない。(乙全4,6,7,8の28,乙全36,37,証人B)ウまた,昭和22,23年ころ,源原組の代表者として,F,G,Hらが並里区に対して,並里区の区有地を源原組に対して分けるよう申し入れたことがあった。そこで,上記源原組の代表者らと並里区の代表者であるI,J,Kらとが並里区事務所で協議をしたが,結局,区有財産の源原組への分割は困難との結論に達した。(甲全46,乙全6,証人L,原告M)エその他,太平洋戦争後は,並里区の行事に源原組の住民が参加することはなかった。(乙全7)(5)旧慣条例の制定と被告管理会の設立ア前記(3)のとおり,太平洋戦争末ころに米軍が飛行場を建設していたこともあり,金武村には太平洋戦争後も米軍が駐留することになった。そして,本件公有地は,昭和34年,米軍用地(現在のキャンプ・ハンセン演習場部分)として接収された。(甲全9)昭和47年5月15日に,沖縄が日本に復帰すると,米軍が本件公有地- 24 -を使用することに対して,国(防衛施設庁)から支払われる米軍用地料については,金武村の収入役が受領した上で,その2分の1を「歳出外現金」として,収入役が保管する形で歳入予算には計上しないまま,並里区等へ配分していた。 しかし,中川区には祖先伝来の山がないという理由で米軍用地料が配分されていなかったことから,中川区に住む金武村住民らは,昭和52年,金武村の村長,収入役を被告として,上記の方法で行った昭和51年度 しかし,中川区には祖先伝来の山がないという理由で米軍用地料が配分されていなかったことから,中川区に住む金武村住民らは,昭和52年,金武村の村長,収入役を被告として,上記の方法で行った昭和51年度の米軍用地料の配分が違法な支出であるとして,支出した金額の賠償を求める住民訴訟を那覇地方裁判所に提起した(同裁判所昭和52年(行ウ)第5号金武村に代位して行う損害賠償請求事件)。那覇地方裁判所は,昭和57年10月27日,上記事件について,金武町(前記のとおり訴訟係属中の昭和55年4月1日に町制に移行した。)住民らの請求を一部認容し,村長及び収入役に対し,金武町に1億2436万6917円及び遅延損害金を支払うよう命じた。(甲全4)そこで,金武町は,上記訴訟係属中の昭和57年1月6日,並里区等の公有財産の使用権について旧慣の存在を認めて,公有財産の管理,処分に関して必要な事項を定める旧慣条例を定めた。(甲全11の1・2)旧慣条例の内容としては,以下のような定めがある。(甲全5)第1条この条例は,明治39年,金武町内の各部落において政府より払い下げた杣山を,金武村公有財産に統合の際,将来における杣山の使用権について,「当該部落民会と第4条に規定する旧慣について」協定のあったことを確認し,その財産の管理,処分に関し必要な事項を定めるものとする。 第2条この条例において「部落民会」とは,杣山払い下げ当時当該部落の住民として生活のため杣山を利用していた者及び当該部落民会の協議によって会員と定めた者の団体をいい,「金武町公有財産」と- 25 -は第3条に規定されている財産をいう。 2項この条例において「旧慣使用権」とは,町村制施行以前から続いていた杣山を使用する慣行(旧慣)をいい,その権利は当該部落の住民又は当該部落民会の協議によって認められ に規定されている財産をいう。 2項この条例において「旧慣使用権」とは,町村制施行以前から続いていた杣山を使用する慣行(旧慣)をいい,その権利は当該部落の住民又は当該部落民会の協議によって認められた者及び当該慣行のある公有財産につき,金武町議会の議決を経て新たに使用権を得た者の有する使用権をいう。 第4条旧慣による使用権の設定されている公有財産の管理及び処分は,旧慣により次の各号の定めるところによるものとする。 3号当該公有財産の用法にしたがって収取される生産物,又は使用の対価として収受する金銭その他の物(以下「収益」という。)若しくは処分によって収受する収益は,金武町と当該部落民会の両者において各々100分の50宛分収するものとする。 イ前記アのとおり,金武町議会において,旧慣条例が制定され,公有財産から生じる収益については,旧慣条例4条3号において,金武町と当該部落民会の両者において各々100分の50宛分収すると定められた。 そこで,並里区の住民は,旧慣条例で定める部落民会として,被告管理会を,金武町よりの分収金及びこれより生ずる収益財産を管理運営する目的(会則1条)で設立した。 被告管理会の会員資格としては,会則6条に以下のとおり定めがある。 第6条この会の会員とは次の各号の一つに該当する者で,且つ会員名簿に登録された者とする。 ①昭和21年4月1日以前に並里区に本籍を有した者で,現に並里区に居住している世帯主。 ②昭和21年4月1日以前から,並里区に本籍を有した者の一方又は双方を親又は先祖にもつ者で現に並里区に本籍を有し居住している世帯主。 - 26 -③会員資格を有しない世帯主の配偶者で,前1号又は2号の条件を充たす者。 ④この会の会員である者が死亡したとき,その配偶者は子孫が世帯主になるまで会員になることがで いる世帯主。 - 26 -③会員資格を有しない世帯主の配偶者で,前1号又は2号の条件を充たす者。 ④この会の会員である者が死亡したとき,その配偶者は子孫が世帯主になるまで会員になることができる。(甲全6の1・2,証人N)ウそして,被告管理会は,本件公有林から生ずる収益,すなわち金武町より受領する分収金を,被告管理会の会員に対して,配分規定3条に従い,以下のとおり配分の方法を定めている(甲6の3)。 第3条本会の配分金は,会員に対し配分する。 2項会員は,毎年4月1日現在並里区に住民登録を有し,引き続き9月30日現在居住している者とする。 但し,6か月以上不在とする場合はその旨を本人が届け出なければならない。健康上の理由で届け出ができない場合は代理届け出とする。 3項昭和21年4月1日以前に並里区に本籍を有した者で,満80歳以上に達した者に対し予算の範囲内において報奨金を支給することができる。 被告管理会は,上記配分規定3条に従い,金武町よりの分収金を被告管理会会員に対して配分しているが,源原組の子孫の者で,現並里区内に移住してきた者についても,会員資格を認め,分収金を配分している。 (6)昭和52年,第62回金武村議会定例会議において,当時の中川区長であった原告Aが,中川区に対する補助金交付を陳情し,金武村議会は,総務財政委員会に付託し,その後村議会で議論がなされたが,その議論の中で,総務財政委員長からは,中川区長からは分収金ではなく補助金の要求であるとの説明を受けているとの説明をし,金武村長も補助金という形で審議をしていると答弁をした。(乙全15,16)また,同年9月19日付けで,当時の中川区長であった原告Aから,金武- 27 -村議会に対して,中川区も金武村の1つの行政区としての機能を有し,かつ金武村の行政機関 答弁をした。(乙全15,16)また,同年9月19日付けで,当時の中川区長であった原告Aから,金武- 27 -村議会に対して,中川区も金武村の1つの行政区としての機能を有し,かつ金武村の行政機関とは別個に区特有の組織(区長,区政委員会及び区民大会)を持ち,地域住民の福祉向上に努めていることなど,金武村の他の区と同様な状況であるから,村当局が各区に交付している分収金を,中川区にも適正な額を交付してほしい旨陳情がなされたが,同陳情は,同月27日,金武村議会において,不採択となった(甲全52,乙全14,17)。 (7)また,本件総有地については,琉球王府時代の村山野であって,古来間切や村が共同で管理・使用収益し,杣山同様,スーンジブーやタキダキブーにより山林の撫育作業が行われていた。本件総有地については,登記名義人が個人となっているものの,被告区が区有地台帳を所有して管理しており,那覇防衛施設局等も本件総有地に対する米軍用地料等を被告区に支払っている(甲全32~35,乙全30)。 そして,被告区は,本件総有地について受け取る米軍用地料等について,並里区議会の議決を経て毎年予算化し,並里区民の福祉や教育等に供しているが,住民に直接配分することは一切していない。 争点(1)(被告管理会と被告区の関係)について前記1(5)で認められる被告管理会の設立経過,会則1条で定められる被告管理会の目的に照らすと,被告管理会は,金武町が旧慣条例を制定し,公有財産(本件公有地)から生じる収益を部落民会と2分の1ずつ分収すると定めたことにより,金武町から受け取る分収金の受入れ及び管理処分を行う組織であると認めることができる。 この点,原告らは,被告管理会は,旧並里区の世帯主を構成員とする入会集団そのものであり,単に本件公有地にとどまらず本件総有地についても 収金の受入れ及び管理処分を行う組織であると認めることができる。 この点,原告らは,被告管理会は,旧並里区の世帯主を構成員とする入会集団そのものであり,単に本件公有地にとどまらず本件総有地についても同様に入会権を有する者の入会集団であって,被告区が本件総有地の米軍用地料等を収受しているのは,被告管理会が被告区に,本件総有地に対する米軍用地料等の収受等の管理を委託しているものと理解することができると主張する。 - 28 -しかしながら,上記のとおり,会則1条で,被告管理会の目的は,旧慣条例で定める部落民会として,町よりの分収金及びこれより生ずる収益財産を管理運営することと定められているところ,被告管理会が受領する金武町からの分収金が本件公有地に係る米軍用地料であることは,旧慣条例(甲全5)の規定上からも明らかである。そして,本件総有地に関しては,前記1(7)のとおり,琉球王府時代の村山野であって,杣山に由来する本件公有地とは明らかに出自が異なっており,本件総有地から生ずる収益について,金武町において旧慣条例が定められ被告管理会が設立された後も,依然として,被告区が防衛施設局から直接収受して,予算化していることも,旧慣条例及び被告管理会の会則に照らして当然のことといわざるを得ない。 そうすると,原告らの上記主張は,被告管理会の構成員が本件公有地及び本件総有地のいずれについても入会権を有するという点では首肯できなくもないが,被告管理会の設立に至る経緯並びに旧慣条例及び被告管理会の会則と明らかに合致せず,これを採用することはできない。 争点(2)(源原組の住民は,入会集団としての旧並里区から離脱し,本件公有地や本件総有地への入会権を喪失したか)について(1)前記1(2)ないし(4),(6)のとおり,太平洋戦争以前は,源原組の住民も,並里 源原組の住民は,入会集団としての旧並里区から離脱し,本件公有地や本件総有地への入会権を喪失したか)について(1)前記1(2)ないし(4),(6)のとおり,太平洋戦争以前は,源原組の住民も,並里区という入会集団に属しており,他の組の住民と同様,区の行事やスーンジブー,タキダキブー等の共同作業にも参加しており,入会集団としての義務を果たしていた。しかし,太平洋戦争後,中川区以北に避難していた並里区住民らが元の住居に戻った際に,並里区の住民らは,スーンジブーとして住居建設を行ったが,この作業に源原組の住民はほとんど参加していない。 また,太平洋戦争後も山の作業としてタキダキブーが行われたが,その折にも源原組の住民は参加していなかったものである。 また,前記1(4)ウのとおり,昭和22年ないし23年ころ,源原組の代表者が並里区に対し,並里区の区有地を分けるように申し入れているが,こ- 29 -のことは,同時点において,源原組の住民がもはや並里区への帰属意識を持たなくなったことを端的に示すものといわざるを得ない。 さらに,前記1(6)のとおり,昭和52年当時,中川区の区長を務めていた原告Aは,中川区を代表して,金武村に対して補助金あるいは分収金を請求するなどしている。このことは,原告Aを始めとする源原組の住民が,中川区に帰属していることを前提として,金武村内における他の区と比較しての中川区への不利益な扱いを是正しようという意識しか有していなかったことを推認させるものである(当時,源原組の住民が本件と同様の請求を被告区に行っていたような事実は,本件証拠上全く窺えない。)。 (2)この点について,原告らは,太平洋戦争後も並里区におけるスーンジブー等の作業に源原組の住民も参加していたと主張し,Oはその陳述書(甲全41)において,昭和28年ころ,並 上全く窺えない。)。 (2)この点について,原告らは,太平洋戦争後も並里区におけるスーンジブー等の作業に源原組の住民も参加していたと主張し,Oはその陳述書(甲全41)において,昭和28年ころ,並里区の住民と源原組の住民が一緒にタンカジョーと呼ばれる山に山仕事をするために入って行った旨を記載している。 しかしながら,Oは源原組の住民ではなく,Oが目撃した光景がスーンジブーないしタキダキブーであったとはこれを認めるに足りない。O自身も,後に提出した陳述書(2)(甲全47)において,ユイマールの作業だったかもしれないと否定的な趣旨の記載をしている。 そして,その他に太平洋戦争後に,源原組の住民が入会集団である並里区の一員としてスーンジブー,タキダキブー等の作業に参加していたと認めるに足りる証拠はなく,かえって,原告A,原告M自身,源原組の住民がスーンジブー,タキダキブー等に参加していなかったことを自認する供述をしているものである。また,原告Pも,その陳述書(甲全40)において,昭和17年ころから昭和23年に結婚するまでの間に,3,4回程度,スーンジブーに参加したが,戦後はスーンジブーに参加した記憶はない旨を記載している。 また,原告らは,源原組の住民がスーンジブー,タキダキブーに参加して- 30 -いなかったとしても,それは,被告区からの連絡がなかったからであるとも主張する。確かに,証拠(乙全7)によれば,タキダキブー等の作業については,被告区から各班の班長を通じて日程等が連絡されるが,太平洋戦争後は,源原組の住民にはその連絡がなされていないことも認められる。しかしながら,被告区から中川区に居住する源原組の住民に対して連絡がなされていないということは,少なくとも,被告区としては,太平洋戦争後は中川区に居住する源原組の住民が本件公有地及び も認められる。しかしながら,被告区から中川区に居住する源原組の住民に対して連絡がなされていないということは,少なくとも,被告区としては,太平洋戦争後は中川区に居住する源原組の住民が本件公有地及び本件総有地に対する入会集団から離脱したと認識し,それを前提とした連絡体制を取っていたものと推認することができる。そして,他方,源原組の住民は,終戦後,薪取りなどのために頻繁に山に立ち入り,並里区の住民らによるスーンジブー,タキダキブーの作業に接する機会があったと考えられるにもかかわらず,上記作業に関する連絡が源原組の住民に届いていないことを並里区に問い合わせたような形跡は,本件証拠上全く窺えない。 その他,昭和27年2月1日に開催された被告区の区政委員会議事録(乙全8の28)によると,盗伐防止のために山係を置くことについて議論がなされ,当時の区長が「中川では希望する者が居ると思います。」と発言し,区政委員の中には「それはさせれば責任を感じますからよいと思う。」と発言している者もいることが認められ,原告らは,このような区長の発言について,源原組の住民が入会集団から離脱していないからであるとも指摘する。 しかしながら,区政委員の「それはさせれば責任を感じますから。」という発言をみても,区長や区政委員のこれらの発言は,源原組の住民を含む中川区の住民が,杣山に対して何らの責任ある行動を取っていなかったことの裏付けるものであり,むしろ,昭和27年ころには源原組の住民が入会権者としての行動をとっていなかったことを窺わせる事実というべきである。 (3)以上の点を総合すると,源原組の住民は,太平洋戦争以前は並里区の入会集団に属していたものの,太平洋戦争後,入会集団である旧並里区から離- 31 -脱し,本件公有地,本件総有地に関する入会権を喪失したものと判断 合すると,源原組の住民は,太平洋戦争以前は並里区の入会集団に属していたものの,太平洋戦争後,入会集団である旧並里区から離- 31 -脱し,本件公有地,本件総有地に関する入会権を喪失したものと判断するのが相当である。 そして,前記3のとおり,源原組の住民が,太平洋戦争後,入会集団である旧並里区から離脱し,本件公有地,本件総有地に関する入会権を喪失したものと認められる以上,原告らが源原組の住民の子孫あるいはその他の並里区の住民の子孫であり,かつ現在,かつての源原組の所在地で生活する住民であったとしても,本件公有地及び本件総有地に関する入会権を主張し得るいわれはないこととなる。 第4 結論 以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は,いずれも理由がないこととなる。 よって,主文のとおり判決する。 那覇地方裁判所民事第1部裁判長裁判官西井和徒裁判官岩﨑慎裁判官北村治樹- 32 -別紙原告目録(省略)別紙平成16年8月2日付け請求の趣旨拡張並びに変更申立書添付の「原告配分金請求内訳表」(省略)別紙平成17年11月28日付け請求の趣旨減縮並びに変更申立書添付の「各原告不当利得返還請求金内訳表」(省略)別紙平成15年(ワ)第1566号事件訴状別紙物件目録(省略)別紙原告ら平成17年2月21日付け準備書面(8)別紙会員資格取得経過一覧表(3)(省略)別紙原告ら平成17年11月28日付け準備書面(15)添付「各年度並里区事業費計算書」,「1人当たりの事業費計算書」(省略)

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