昭和39(う)488 業務上過失致傷被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和41年6月29日 大阪高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      本件控訴を棄却する。      当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。          理    由  本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人田中福一作成の控訴趣意書に

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主文本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人田中福一作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。 論旨は、事実誤認をいい、要するに、被告人には本件医療行為につき過失はないと主張するのである。しかし原審において取り調べた総ての証拠および当審における事実取調べの結果を総合すれば、被告人は本件発生当時(昭和三一年四月ころ)、ストロンチューム九〇によるA治療は開拓途上にあつて、その適応症の範囲およびその症状に応じた照射線量の程度については臨床医学的にもなんら見るべき研究成果がなく、被告人においても、本件表在性皮膚疾患に対して右照射治療をするにあたつて、その方法に関する経験もなく、かつ十分な知識もなかつたのであるから、その施用については医師として、当然べーター線照射の皮膚におよぼす影響など十分研究のうえ、細心の注意を払つて治療すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、漫然、これを怠り原判示の顔面毛細血管拡張症患者B、同C、顔面および右側頸部血管腫患者Dおよび顔面眼上顎部、右頬、頸部黒褐色色素性母斑患者Eに対して、右ストロンチューム九〇によるべーター線照射治療をするに際し、照射線量の過大な、いわゆる過照射治療をして同人らにそれぞれ原判示のような傷害を負わせた過失を認めることができる。所論は、まず、本件過失の前提である被告人の能力について、被告人は有能な医師であつて、F協会主催の第六回G講習会において受講しべーター線ならびに同照射治療方法に関する知識と経験を十分有していたというのであるけれども、右証拠、特に被告人の司法警察職員に対する昭和三三年八月四日附供述調書(記録一六五八丁)京都大学医学部長H作成の回答 線ならびに同照射治療方法に関する知識と経験を十分有していたというのであるけれども、右証拠、特に被告人の司法警察職員に対する昭和三三年八月四日附供述調書(記録一六五八丁)京都大学医学部長H作成の回答書(記録一三八丁)、F協会会長I作成の回答書(記録七四丁以下)および原審証人J同Zの証人尋問調書(記録九三〇丁以下)によれば、被告人は、L在のM軍医学校に学んで医学一般を修め、昭和一九年三月同校を卒業して軍医となつたのであるが、終戦程なくして内地に引き揚げ昭和二二年三月二四日附で厚生省から医師の免許を受けたこと、同年一〇月三一日附で京都大学N部O科P科教室に医員介補として入局し、昭和二三年九月一日附で志願医局員として採用され、主任教授Hの下で、一、皮膚科領域におけるビタミンB1代謝の研究二、皮膚の美容形成、特にその手術的治療に関する研究を研究題目として、右教室において研究、診療のかたわら約二ケ年間X線、ラジユウムなどの放射線治療に従事し、昭和二八年八月六日附で右皮膚科領域におけるビタミンB1代射の研究で学位を授与されたが、べーター線による皮膚疾患の特別の治療経験はないこと、その間昭和二六年一一月から大阪市a区b町c番地において皮膚科整形外科などを診療科目として診療所を開設して医療に従事し、昭和二九年三月三一日附で右医局員を退職したこと、Qに依頼し健康管理者となつてもらい社団法人F協会を通じて総理府科学技術庁ヘストロンチューム九〇のべーター線発生源器の輸入を申請し、昭和三一年四月五日ころ、英国S製作のストロンチューム九〇の五ミリキュウリー、R発生源器六個、同一〇ミリキュウリー、R発生源器二個が被告人方へ到着したこと、その購入にあたり、昭和三〇年九月五日から同月一四日まで施行された前記協会主催の第六回G講習会に参加して同月一〇日右講習を修了した 個、同一〇ミリキュウリー、R発生源器二個が被告人方へ到着したこと、その購入にあたり、昭和三〇年九月五日から同月一四日まで施行された前記協会主催の第六回G講習会に参加して同月一〇日右講習を修了したものであるが、右の講習会は、医学、土木、気象、自衛隊などの各関係者が参加したものであつて、基本的な原子物理学及び医学、生化学、工業、農業等への応用に関する講義と実習とを目的とし、受講者に限り輸入したR発生源器を配給することにして、その発生源器の使用上の注意をするなどの基礎的事項に関する講習であり、現実にストロンチューム九〇の外面照射方法、その照射線量などに関する臨床的な講義や実験はなかつたことが認められるのみならず、Qの検察官に対する供述調書中、「要するにW医師は講習を受けて来ただけで、紅斑が後から起ることも十分知らず、経験なしで、いきなり患者に施療したという点が今回の原因をつくつたものと思う。」旨の供述記載(記録二、〇四一丁以下)に徴すると、事件発生当時(昭和三一年四月ころ)被告人のストロンチューム九〇によるA治療の知識は不十分、経験は皆無であつたことが明らかである。なるほど所論指摘の被告人が使用したストロンチューム九〇のべーター線発生源器には「T証明書」が添付されており、その源器の性能、放射線量などは、右証明書を信用する以外に方法がなかつたことは首肯できるが、右証明書(被告人の司法警察職員に対する昭和三三年八月四日附供述調書添付のもの、記録一六八八丁以下。)によれば、公称容量五ミリキユウリーの発生源器(但し五六年型番号三二三ないし三二八)のものは、作用面積一平方センチメートル、放射線吸収線量は、毎秒二・二ないし二・七ラド・プラス・マイナス二〇パーセント(2.2~2.7rad/sec±20%)であり、同一〇ミリキュウリーのものは作用面積四平 、作用面積一平方センチメートル、放射線吸収線量は、毎秒二・二ないし二・七ラド・プラス・マイナス二〇パーセント(2.2~2.7rad/sec±20%)であり、同一〇ミリキュウリーのものは作用面積四平方センチメートル、吸収線量毎秒四・三ラド、プラスマイナス二〇パーセントと記載されているから、右の源器を使用するばあいの吸収線量は明示されているわけであるが、後に説示するとおり、被告人は、その証明書の記載にかかわらず過照射を行つていることが明らかであるから、証明書は、本件発生源器の性能や具体的な照射線量に関する被告人の知識に対して、影響がなかつたものといわなければならない。更に、所論指摘の本件発生当時(昭和三一年四月ころ)におけるストロンチユーム九〇によるA治療の普及程度、適応症の範囲、感受性の有無、照射線量などに関する研究状況についてみるに、一、原審鑑定人Uは(記録二一四丁以下)、「現在国立大阪病院の放射線科の部長であるが、R専用の照射器を使用したのは、大阪大学の放射線科にいた当時、昭和三二年五月、六月、七月の三ヶ月にわたつてドイツから来たばかりのべルマプラッテというストロンチューム九〇の五〇ミリキュウリーはいつた照射器を使つて治療したことがある。それから国立大阪病院へ変つてからは、昭和三四年の春にアメリカのトレーサーラブ会社の製造したストロンチューム九〇の照射器を使つて現在に至つている。放射線の作用は弱くても傷害的で量次第によつて火傷に至るいろいろの段階の傷害が起る。(中略)べーター線の対外照射療法が行われ始めたのは、ラジュームに含まれるべーター線を対象としたものは、一九〇〇年であるが、R専用の治療は放射性燐(P・32)を使い出した一九四〇年の初であり、アメリカの壬がその権威である。ストロンチューム九〇によるべーター線の治療は一九四七 ー線を対象としたものは、一九〇〇年であるが、R専用の治療は放射性燐(P・32)を使い出した一九四〇年の初であり、アメリカの壬がその権威である。ストロンチューム九〇によるべーター線の治療は一九四七、八年で、日本で行われるようになつたのは、昭和三〇年前後である。昭和三〇年前後には、東京大学のV教授が初めてそのような照射器を自作して、いろんなテストをしたり臨床実験をしていたので実用段階に入つたといつてよい。Rの外面照射の術式としては、非常にインテンシテイーの弱いものを十数時間、あるいは数十時間かける、例えば、P・32によるような方法と、それから、現在われわれが使用しているような二〇ミリキュウリーとか、五〇ミリキュウリーとかいうもので、二センチメートル平方ないし三センチメートル平方の照射面のものを何分というふうにかける方法とあるが、疾患によつて、いろいろ違うけれども、子供の血管腫を一番たくさん治療している。数分かけて線量にして三〇〇ラド、五〇〇ラドあるいは時に一、〇〇〇ラドの量を使い三週間から三ヶ月くらいの間隔で観察しながら、くりかえして行くと、一ぺんで治療した場合もある。(中略)人体の細胞の部位と年令による差異があつて、年の若いものほど感受性が高い。Rの治療に適する病気は、第一番に皮膚とか粘膜の表面にある癌である。そのはか肉腫のような悪性腫の中の感受性の高いものがこれにはいる。第二番目は、血管腫である。なかんづく子供の血管腫によくきく。血管腫のうち、海綿状と単純性とがあるが、海綿様のあざやかな赤い色をしたもの(ストローベリー・マーク)には非常によくきく。そのほかに母斑があるが、経験上あまりきかない。それから毛細血管拡張症、そのほか眼科領域には結膜とか角膜の疾患に使われているようであるが、私には経験がない。海綿状血管腫のうちでも感受性の低い くきく。そのほかに母斑があるが、経験上あまりきかない。それから毛細血管拡張症、そのほか眼科領域には結膜とか角膜の疾患に使われているようであるが、私には経験がない。海綿状血管腫のうちでも感受性の低いもの、単純性のぶどう酒のようなもの(ポートワイン・シュテイン)にほなかなか効果が出ないから、反覆照射しているうちに放射線の影響が色素沈着を起すとか、つやがなくなるとか、白斑を形成するとか、やけどの跡のような萎縮を起すとかで効果が最上とはいえない。母斑は、黒色が消えて正常の皮膚と同じようにはなかなかなおらないで放射線の障害の方が強く現われる。したがつて最初の状態と最後の状態とを考えて、あとの方が見かけ上よいという判断をくだしてから取り掛ることにしている。 べーター線治療は透過力に限度があるので、二ミリメートル・三ミリメートル以上もあるものは効果がない。そのほか放射線感受性がないとか、あるいは低いとかいうような疾患は適応しない。(中略)Rを照射した場合の皮膚の症状は数時間で紅斑、赤い斑点が起きる。続いて二日目か三日目ごろから色素沈着が起きる。色素沈着がだんだん強くなつて最盛期が二、三週間くらいのところにある。更に線量が強いと皮膚炎の状態になる。それが二週間くらいと思う。三週間くらいに皮膚炎は一番強くなつて来る。そして更にその量が多い場合には表皮が剥離を起こす。表皮剥離の状態が来るまでに分泌が高まり湿性皮膚炎となる。湿性皮膚炎の手前までのものを乾性皮膚炎といつているが、湿性皮膚炎から表皮剥離更に真皮が浸されると潰瘍になる。潰瘍が深いと瘢痕を作つて色素異常も現われて来るし、毛細血管の拡張とか萎縮ということになる。更に高度の照射をすると潰瘍が最後まで治癒しないことが起きる可能性がある。一たんなおつて、数ヶ月とか数年経つてまた潰瘍ができることがある。これ われて来るし、毛細血管の拡張とか萎縮ということになる。更に高度の照射をすると潰瘍が最後まで治癒しないことが起きる可能性がある。一たんなおつて、数ヶ月とか数年経つてまた潰瘍ができることがある。これは晩期潰瘍といつて癌の発生傾向が強いといわれている。紅斑を生ずる程度のストロンチューム九〇の線量は、私の経験では三〇〇ないし八〇〇ラドである。年令差以外に個人差があつて、一番強いのは二、〇〇〇ないし三、〇〇〇ラドくらいで紅斑だけですむ人もあるが、それだけかけると乾性皮膚炎をみたり、あるいは痂皮(かさぶた)を作るような湿性皮膚炎を伴う人もある。湿性皮膚炎を起す程度は、個人差はあるが三、〇〇〇ラド以上だと思う。私は三、五〇〇ラド以上を一ぺんにかけた経験はない。外面照射を行う場合に、その線量の基準決定は、わが国では不幸にしてRの測定装置があまりないので、どこででも測れるわけではない。私が使用したものは、すべてあちらから送つて来る時についてくる証明書をそのまま信用する。血管腫の治療などでは、二歳、三歳の幼児には経験上三〇〇ないし五〇〇ラドを使つているが、大人では一、〇〇〇ラド以上でないと効果はほとんど認められない。 一、〇〇〇ラドは一回の照射量であるか、それで効果と反応をにらみ合わせて、あまり大した皮膚炎が起らないときには、更に一、八〇〇ないし二、四〇〇ラドまて上げてやる。そのうちに効果があるかないか大体わかつて来るので、中止するか継続するかを決める。反応をみて適切な線量を選び、副作用を少なくする意味で分割照射をすることにしているが、間隔は、線量がよほど少なかつたと思う場合は、一週間ないし三週間くらいで追加する。適当だと思う場合は一ケ月ないし三ケ月といい長い間隔を置いてやる。癌を含めて悪性腫瘍以外は軽い湿性皮膚炎までである。 それは顔面以外の母斑で瘢痕 つたと思う場合は、一週間ないし三週間くらいで追加する。適当だと思う場合は一ケ月ないし三ケ月といい長い間隔を置いてやる。癌を含めて悪性腫瘍以外は軽い湿性皮膚炎までである。 それは顔面以外の母斑で瘢痕ができてもよいからというのでかけることがあるが、それが前述の三、五〇〇ラドてある。定説は乾性皮膚炎までで、表皮剥離を起さない程度の弱い照射量ということである。私が扱つた患者で血管腫で一回に照射量最大かけたのは二、四〇〇ないし二、八〇〇ラドくらいまでで、総照射量は七、〇〇〇ないし八、〇〇〇ラドくらいである。色素性母斑の患者では、一番たくさんかけたのが三、五〇〇ラドであつたが、痂皮ができて色素性母斑はびくともしないので中止した。毛細血管拡張症の患者では最高二千四、五百ラドを三回くらいかけて、あまり効果がなくてやめた経験があり、近頃はあまりやらないことにしている。 (中略)大体、三、四週間までに反応をみて、それから一ケ月、二ケ月とみていつて、次第によくなる傾向が見えたら更にやる。三ケ月以上たち、線量を変えても効果がないときにはやめる。R発生源器使用の際注意すべきことは、線量の証明書を信用し、治療文献を見て先人の経験のデータを使うが、それをすぐに始めるのでなく、控え目にかけていく。われわれの場合、子供が多いが大腿部とか腹部とか目に当らない所に控え目な線量をかけて反応を調べることにしている。昭和二八、九年当時、被告人から放射性燐(P・32)を買う方法をきかれたことがある。その時P・32を皮膚につかう場合には濾紙にP・32リン酸溶液をしませて、それを乾かしてセロハンで包んであるものを使つており、当時、わが国のあちこちで行われたべーター線治療であるが、汚染の虞が大きいので、ストロンチューム九〇(Sr90)の方が使用に便利であろうと申しておいた。(中略)昭和三 ンで包んであるものを使つており、当時、わが国のあちこちで行われたべーター線治療であるが、汚染の虞が大きいので、ストロンチューム九〇(Sr90)の方が使用に便利であろうと申しておいた。(中略)昭和三一年四、五月ころべーター線は、リンの濾紙にしませた一平方センチメートル当りのマイクロキュウリー数に、時間を乗じて、マイクロキュウリーアワーの数字が出されていた。外国では当時ストロンチューム九〇による臨床効果を発表した文献がすでにあつたように思うが、わが国ではV教授のものが昭和三〇年か昭和三一年の日本放射医学雑誌に発表されたと思う。昭和三一年の初ころはストロンチューム九〇を日本で医療目的に使うということは極めて初期といえる。しかし非常に柔らかいエックス線の態度がRと比較的に似ているから私は、それと比較して割合近い線量を使つていたし、P・32の臨床効果を参考にしてやつていたので、その苦心をしたとは考えないP・32とSr・90との取扱いは大差がないと見てよいと思うが、透過力はSr・90のRの方が強い。それは、ストロンチュームからイツトリニウムが生れ、二つのアイソトープからRが出る。そして、イツトリュウムは二・二ミリオン電子ボルトであるのにP・32のべーター線は一偶で一・七ミリオン電子ボルトの最大量を持つているので、Sr・90の方が強いのである、しかし表面量を比較する場合にはあまり大差がないと考えてよいが透過力によつて差が出て来るので、Sr・90はP・32の二倍ということがいえる。」旨供述し、二、原審証人Qの尋問調書(記録六四九丁以下)及び同証人の当審における供述は、「昭和二二年から阪大N部の放射線科の科長であつたが、同三一年国立呉病院院長となつた。年は記憶しないが、阪大当時、Wが訪れ、ストロンチュームを購入したいという相談に来たことがある。( おける供述は、「昭和二二年から阪大N部の放射線科の科長であつたが、同三一年国立呉病院院長となつた。年は記憶しないが、阪大当時、Wが訪れ、ストロンチュームを購入したいという相談に来たことがある。(東京で講習を受け、慶応大学教授になつたY氏に講習を受けて来たというので信用した―当審)。F協会へ申しこむと周旋してくれるといつていた。当時、そのような治療機は、全国でも輸入されているのを聞かなかつた。ラジュームからはアルファー線とべーター線とガンマー線とが出るが、ストロンチュームはべーター線ばかり出るから、べーター線治療には普通、ストロンチュームの方が理想的で、私が始めたころは、ストロンチュームの器械がなかつたから、専ら皮膚病の治療にはラジュームのRばかりを使つて治療しており、ストロンチュームを使用しはじめたのは呉病院へ来てからのことである。(中略)日ははつきり覚えないが、Wが英国ラジオ・ケミカル・センター製のストロンチューム九〇の発生源器を輸入して見せに来た。ストロンチュームの出る所が一平方センチメートルで、その周囲に二・五ミリメートルくらいのわくが取つてあり、後についている棒を持つて患部に当てるようになつていた。私はラジュームからの量と換算してみて、Wに対し普通の大人で三〇分くらいが極限だろうといつておいた。そして極限をあてると後で紅斑ができる。一週間ばかりでその紅斑は消えるのが普通であるが、それを越えると今度は、赤くはれ上つて水泡ができることは常識であるから紅斑量を話せばわかるはずである。適量は年令、皮膚の部位、男女の別によつて相違があるが、普通大人の皮膚は大腿の前側で放射線の紅斑量を測定する。疾病によつても適量が違うが、私の経験では、あざであると一平方センチメートル当り、大人で、一〇ミリキュウリーで、一五分くらいかげているが、五ミリキ 通大人の皮膚は大腿の前側で放射線の紅斑量を測定する。疾病によつても適量が違うが、私の経験では、あざであると一平方センチメートル当り、大人で、一〇ミリキュウリーで、一五分くらいかげているが、五ミリキュウリーで三〇分くらいではないかと思う。控え目にやるのが普通であるから二〇分くらいが適当だと思うと言つたように思う。その後一〇日くらいたつて、Wから電話で、二〇分でも三〇分でも紅斑は出ないと言つてきた。私は、それはすぐ来ないので、一週間もしてから来ることがあるから気をつけないといけないと言つたように思う。(中略)その後、Wから見てもらいたい患者があるという電話により同人方へ行つたところ、娘さん(Bのこと)がいて両方の頬がまつかにはれており、ストロンチュームを当てた所に白斑ができていた。それは額に四つくらい、両頬に一二、三個ついていた。原因は量が多過ぎたと思つた。患者は一時間以上かけたと言つていた。二時間以上かけたとも言つていた。Wは、三〇分と言つた。白斑は、四年五年たつと余程変つてくる。Wに対して『こんなにびしやつと当ててたら境界が鮮明になつていけないから、当てるなら動かしなさい。』と教えた。かけ過ぎると、まず赤く弛緩し、その部分に水泡ができ、水がたまつて水泡が潰れて潰瘍になる。表皮が取れて、それが治ると瘢痕になる。色素はもらできないが、年数がたつと、周囲から健康な皮膚の組織がはつてくるから、しまいには、ほんの中心だけ白斑が残るかもしれない。その患者は、二度三度くらいの皮膚炎だと思った。私は一時間くらいちようど紅斑の起る倍くらいの量がかかっているのて、患者の言っている方が正しいと思つた。Wはサンド・ペーぺーでこすると言つていた。ほかの刺激が加わらなくてもそのようになる。一ケ所で一時間もかけるといけないので、一平方センチメートル以上であれば、 、患者の言っている方が正しいと思つた。Wはサンド・ペーぺーでこすると言つていた。ほかの刺激が加わらなくてもそのようになる。一ケ所で一時間もかけるといけないので、一平方センチメートル以上であれば、セロハンを当ててスライドし、それ以下であれば、そのところに鉛をあて患者だけに当てるようにしたらよいと注意した。ストロンチューム九〇のべーター線照射治療の適応症は血管腫がもっとも適応する。雀斑(そばかす)、赤鼻にもよくきく。毛細血管拡張症は鼻の赤いのをやつてよく取れたが、その他の場所のはやつたことがない。一般的な照射量についていえば、日本人の成人の健康な皮膚の場合に、紅斑量はストロンチューム九〇で一、〇〇〇ないし一、五〇〇ラドで、潰瘍の起るのはその一倍半以上である。Wの購入した器具では一平方センチメートル当り五ミリキュウリーで一秒で二・四ラドであるから、一分で大体一四四ラド、一〇分で約一・五〇〇ラド、(線量は成人で一〇分一・四〇〇ないし一・五〇〇ラドの間とする―当審)」というのであり、三、原審証人Jの尋問調書(記録八九〇丁以下)中、「昭和一七年五月東京警察病院の皮膚科、泌尿器科の医長となり、昭和三四年から東大附属病院整形外科長である。ストロンチューム九〇のべーター線照射治療は、昭和三一年一二月ころから使つたと思う。初めにP・32とSr・90を使つていたが、現在はSr・90しか使つていない。Sr・90は血管腫のうちのあるもの、およびケロイドの早期のものに使つていた。その他には癌、悪性腫瘍にも使つた。血管腫などの治療の場合の照射線量は二〇〇マイクロキュゥリー・アワーないし三〇〇マィクロキュゥリー・アワーを照射して数日間待つてその反応を見て、それから一ケ月又は隔月毎に照射を何回か繰り返したけれども、それによつて軽い皮膚炎などが起きることもあつた ゥリー・アワーないし三〇〇マィクロキュゥリー・アワーを照射して数日間待つてその反応を見て、それから一ケ月又は隔月毎に照射を何回か繰り返したけれども、それによつて軽い皮膚炎などが起きることもあつたので、漸次、その照射方法を変えて、現在では大人の場合でも、一〇〇マイクロキュウリー・アワーを最初にかけ、数ケ月の間隔を置いて、その変化のないことを確めたならば二〇〇マイクロキュウリー時間に延ばす。しかしいかなることがあつても合計一、五〇〇マイクロキュウリーだと思うがそれ以上はかけないようにしている。毛細血管拡張症は適応症の一部になるがストロンチューム九〇のような一連のアイソトープを使うと皮膚色の変化が起つてくるから私は使つたことはない。 色素性母斑には絶対に使つたことはない。大田氏母斑も色素性母斑の一部であるが、私は非適応症だと思う。それは深いところにあるから治療できない。べーター線治療は皮膚に軽いやけどを起すことであるから、たくさんかけることによつて、後がえりのできない変化を起すことは最もいむべきことである。それでさようなことの起らない量を求めて、それ以下の量で止めるようにしている。Rを照射しすぎた場合は、結果として得られるのは皮膚の萎縮であり、次は皮膚の色が脱色して白斑ができるかまたは別の意味でしみができる。もう少しひどくなると皮膚の表面に毛細血管がたくさん浮き出てくる。もう少しひどくなると潰瘍化して瘢痕となる。 日本人の紅斑量は一一〇マイクロキュウリ―時間くらいである。私はもう手足その他身体の隠れた場所に試してみてその結果を納得してから顔に使つた。(中略)昭和三一年上半期当時はストロンチユーム九〇の人体の外面照射治療は、極めて初期といつた方がよいと思う。当時、わが国においてストロンチューム九〇の発生源器はドイッの甲社製の五〇ミリキユウリーの 中略)昭和三一年上半期当時はストロンチユーム九〇の人体の外面照射治療は、極めて初期といつた方がよいと思う。当時、わが国においてストロンチューム九〇の発生源器はドイッの甲社製の五〇ミリキユウリーのダーモ・プレート型が皮膚科の間で一番使われていたと思うが、それ以外のものは記憶がない。当時、放射線治療はP・32が主体であつて、Sr・90に関する臨床医学界の権威は記憶にない。Sr・90の当時の適応症は皮膚癌、皮膚の悪性腫瘍であつた。Yさんの名でアイソトープはあざにきくという記事がX新聞に出た。私は海綿状血管腫にはきくのではないかと思うが、色素性母斑にはきかない。当時単純性血管腫という平らな赤あざにもきくといら報告があり、自分も適応症の一つに考えたが、今はそうでなく、表皮のすぐ下にある毛細血管の拡張している赤あざだけは注意してやれば、ある程度の効果があるのではないかと思う程度である。」旨の供述記載があり、四、原審証人Zの尋問調書(記録九二二丁以下)中「東京警察病院医師で皮膚科、泌尿器科、血液が専門である。Sr・90は、昭和三一年一二月から治療用として西独の甲会社のゲルマプレートを使つている。ケロイドと悪性の血管腫に使用する。それはストローベリー・マーク・タイプという血管腫であつて、時にはポートワイン・マークという血管腫にも使用している。毛細血管拡張症には使つていない。色素性母斑も適応症でない。使用方法は、ストローベリー・マーク・タイプの血管腫は、生後二、三日してストローベリーの血管腫ができて次第に大きくなり、一、二年で最大になり、その後だんだん平らになつて五、六年で消滅するものであつて、自然に放置しておいても治るが、Sr・90を使うと短期間に治るといえる。それに使う線量は大体二〇〇マイクロキュウリー・アワー、一センチメートル平方である。 らになつて五、六年で消滅するものであつて、自然に放置しておいても治るが、Sr・90を使うと短期間に治るといえる。それに使う線量は大体二〇〇マイクロキュウリー・アワー、一センチメートル平方である。一回が大体三〇マイクロキュウリー・アワー、一センチメートル平方を、三ケ月くらいに分けて七回やつている。それからポートワイン・マークは、単純性血管腫で、生れた時からあり、皮膚と同じ高さてポートワインのように赤くなつている。これは非常に問題で、私は美容的な効果を上げて血管腫が治るとは思つていない。少しでも薄くなる程度で、放射線障害を起さない程度ということになると、総量で、一、〇〇〇マイクロキュウリー・アワー、一センチメートル平方、回数は大体三ケ月間隔で三回ないし四回、一回の線量二〇〇ないし三〇〇マイクロキュウリー・アワーであるが実際はなおらない。海綿状血管腫は皮膚全体が高くなつて、ストローベリーのようにでこぼこしていない。これにはきかない。今までマイクロキュウリーをレツプやラドに換算したことはないが、一応換算すると、P・32の一マイクロキュウリー時間パー平方センチメートルは四、三レツプ、時間パー、グラムに当り、ラドも大体同じである。ストロンチユームの紅斑量は、年齢、部位、皮膚の黒白によつて違うが、大人の上膊内側で一五〇ないし四〇〇マイクロキュウリー時間パー、センチメートル二乗である。紅斑量を越えると、水泡ができ皮膚に破壊が起る。すなわち、水泡がくずれて糜爛になり、普通は目立たないほどの瘢痕となつてなおるはずであるが、線量が非常に多いばあいには永久的な瘢痕となる。(中略)昭和三年初ころ臨床医学界において、Sr・90の外面照射治療の適応症について発表はなかつたと思う。P・32のR治療の発表があつたにすぎない。べーター線治療の適応症とせられていたのは、 なる。(中略)昭和三年初ころ臨床医学界において、Sr・90の外面照射治療の適応症について発表はなかつたと思う。P・32のR治療の発表があつたにすぎない。べーター線治療の適応症とせられていたのは、色素性母斑、血管腫、皮膚の悪性腫瘍程度のものであつた。昭和三一年一二月頃は、血管腫は、海綿状と単純性の二種に分けられており、ストローベリー・マーク・タイプの存在を知らなかつたので、単純性血管腫と同じ量を使つていたが、昭和三二年ころから三種に分ける考え方が出できた。現在では、ストローベリー・マーク・タイプの血管腫とごく浅い所にあるポートワイン・マーク・タイプの血管腫(単純性血管腫のこと)だけが適応症であつて、その他の血管腫や毛細血管拡張症は美容的にいつて適応症ではない。」旨の供述記載があり、五、原審証人Y(のちに慶応義塾大学教授)の尋問調書(記録九三八丁以下)中「癌研究会附属病院医師で、専門は、放射線医学科である。昭和一〇年ころから放射線による治療を始め、主としてラジウムとレントゲンを使用しているが、Sr・90を使用したのは、昭和二七、八年ころからと思う。日本にストロンチユームがはいつて一番最初に私が使つたと思う。当時Sr・90はイギリスおよびアメリカ合衆国から輸入され、主に英国から来たと思う。現在でもSr・90を治療に使用しているが、主に表在性の皮膚疾患に対して使う。英国ラジオ・ヶミヵル・センター製のSr・90のべーター線発生源器は、私自身使つた経験はない。適応症は、単純性血管腫、色素性母斑、苔癬が主なものである。(中略)色素性母斑は当初適応症と考えていたが、その後の研究では色素性母斑の総てのものが適応症ではない。べーター線の透過率が非常に少ないので皮膚から五ミリで、それより深い所にあるものにはきかない。そういう種類のものは適応症からは と考えていたが、その後の研究では色素性母斑の総てのものが適応症ではない。べーター線の透過率が非常に少ないので皮膚から五ミリで、それより深い所にあるものにはきかない。そういう種類のものは適応症からはずすことに考えが変つた。顔にできた紫色のあざを太田氏母斑というが、これがそれに相当する。昭和三〇年ころから非適応症であると考えが変つた。毛細血管拡張症には、毛細血管拡張性の血管腫(海綿状血管腫という)や放射線治療のために起つた毛細血管拡張症などがある。生れつきのあざとしての海綿状血管腫は、治療の対象になると考えている人は多いと思うが、後天的毛細血管拡張症に対しては、私は特にこのR治療は無効であると思う。私自身としては、海綿状血管腫や広い意味の毛細血管拡張症に対してはべーター線治療は行つていない。(中略)マイクロキュウリーというのは、一平方センチメートルに対してかけるアイソトープやラジュームの量によつて示す単位であつて、ラジュ一ムーグラムが一キュゥリーに相当し、一マィクロキュゥリーは、それの一〇〇〇分の一の一〇〇〇分の一である。それからラド(吸収線量ラジェイション)、レップ(表面線量レントゲン・イクイヴァレント・フィジカル)というのは、線量単位で表わす。発生源器に密封されたものはメーカーの示すレップとラドという単位を使用してかけるより仕方がない。ストロンチュームのようなべーター線治療を行うときにレップやラドで表わすことはむづかしいが、私のやる装置では、一マイクロキュウリーは三・六ラドである。これはローペアーの出した値いと偶然に一致している。R治療をするにあたつて添附療法でやる場合にフイルターをつけないで、じかにやることは原則としてやらない。おそらくセロハン紙か薄いゴムとか透過度の高いものを使つてかけるのが普通で、じかにかけると容器が長持ちしな にあたつて添附療法でやる場合にフイルターをつけないで、じかにやることは原則としてやらない。おそらくセロハン紙か薄いゴムとか透過度の高いものを使つてかけるのが普通で、じかにかけると容器が長持ちしないからである。(中略)照射量については、病気の種類、発生部位によつて違い、また、年令差、個人差が大きいので慎重にしなければならない。私は慎重論を唱える方であるから、私の使う線量は、あまり一般の参考にはならんと思う。色素性母斑の場合は、ある程度、瘢痕を残すくらいの線量をかけないときかない。瘢痕ができても、目立たない場合には相当思いきつてかけてよいと思う。しかし、これも時間的の因子がある。私の経験は、分割照射であつて、一回の治療でなおそうとせず、半年か一年を目安とし、少ない線量を何回かに分けて線量の合計は相当多いものをかける方法をとる。大体、一回に七〇〇マイクロキュウリー・アワーくらいである。私の特別な装置で換算すると一二〇〇ラド程度だと思う。全線量は三、〇〇〇ないし五、〇〇〇ラドくらいにあたると思う。大体反応がとれたら、一ケ月半の間隔でやるが、色素性母斑に限り、ある場合には一〇回くらいにやることも可能である。したがつて一回量は一、〇〇〇ラド以下となる。右に述べたのは色素性母斑で瘢痕を作つても美容上問題にならないばあいのことで、瘢痕が美容上目立つ場合には慎重にやるべきで、四〇〇とか三〇〇以下の非常に少ない線量に滅らさなければならない。血管腫の場合では、四〇〇マイクロキュウリー・アワーである。最初血管腫でも七〇〇マイクロキュウリー・アワーを顔面にかけていたこともある。ストロンチュームに代えると非常に反応が強いので測定器ができて測つて見たところ、P・32では七三〇マィクロキュウリーがちようどよいが、ストロンチュームでは四〇〇マイクロキュウリー・アワー こともある。ストロンチュームに代えると非常に反応が強いので測定器ができて測つて見たところ、P・32では七三〇マィクロキュウリーがちようどよいが、ストロンチュームでは四〇〇マイクロキュウリー・アワーに相当することがわかつた。 最初はP・32とSr・90はほとんど変りがないたろうと考え、辛大学教授ローベァーが初めてP・32を使つてやつた報告書の線量にならつてやつた時代があるが、そのままSr・90にかえると大きな誤であり、P・32とSr・90は三対二であることが臨床上わかつたので、P・32で七〇〇マイクロキュウリーであれば、Sr・90では四〇〇マイクロキュウリーに減らさなければならない。(中略)血管腫の場合、四〇〇マイクロキュウリー・アワーは二、五〇〇ラドであるが、壬などはもつと多い量をかけている。対象がアメリカ人であるから白瘢を残すことは美容上問題にならないが、日本人は黄色人種だから肌色になおさなくてはならないという難点がある。アメリカの文献をそのままうのみにすると失敗する。特にべーター線治療の場合は人種の特異性を考えなくてはならない。日本人の顔面の紅斑量は、P・32で七〇〇マイクロキュウリー、高度のもので一、〇〇〇、体質により一〇〇か二〇〇で紅斑を起す人もある。ストロンチュームの場合には三分の二に減らざなければならない。瘢痕について、私の経験によると、一回の線量よりも反覆する回数が問題であり、一度にやや大量をやつても、一回だけであればそんなに大きな瘢痕を残さないが、一回やつて大したことはないと思つて二度目にやると思いがけない反応がある。三度目、四度目になると、ますます反応が強くなる。 統計上血管腫について六回以上くり返えすと悪い例が出る。べーター線治療に際して医師として注意すべきは、Rの性質をよく知ること、放射線による破壊の防止、患者に対 度目になると、ますます反応が強くなる。 統計上血管腫について六回以上くり返えすと悪い例が出る。べーター線治療に際して医師として注意すべきは、Rの性質をよく知ること、放射線による破壊の防止、患者に対する反応の程度を確めて線量を掌握することであり、色素性母斑の場合はある程度薄くなればよいので、白斑が起つてもおしろいを塗ればわからない程度に目立たなくなればよい方に入れてよい。単純性血管腫は色素斑も白斑も残さず色調が薄くなつて桃色程度にすればよいので非常に微量照射をして跡を残さないようにする。」旨の供述記載があり、六、原審証人乙の尋問調書(記録九八一丁以下)中「丙大学丁学部戊病院勤務で放射線医学専門である。Rの線源として、ストロンチューウム九〇を使用したのは、昭和三〇年ころからである。Rの外面照射治療で、主として血管腫の治療に使つていた。血管腫は、いわゆる赤あざといつて皮膚の表面に存在するものが多い。 単純性血管腫と海綿状血管腫とがあり、毛細血管拡張症は血管腫の一種と考えている。私の経験では、色素性母斑はほとんどやつていない。太田氏母斑については人によつて考えが違うが私はやつていない。大部分は子供の血管腫である。血管腫の治療としては、放射線として通常二種類使うが、一つが、Sr・90、一つがP・32である。Sr・90の方は、私の使用する容器の直径が約二センチメートルであるから、これ以上大きいものや形が不規則なものを治療するのに適しないので、私はP・32を多く使うことにしている。その理由の一つは、Sr・90は非常に強いべーター線を出して照射時間が一分以内(強線短時間照射)であるが、これに反してP・32は任意に濃度を決めることがてきる(弱線長時間照射)から、危険の無い弱照射で治療ができるという利点があり、次に二センチ以上の広さの血管腫に対し直径 内(強線短時間照射)であるが、これに反してP・32は任意に濃度を決めることがてきる(弱線長時間照射)から、危険の無い弱照射で治療ができるという利点があり、次に二センチ以上の広さの血管腫に対し直径二センチの器械を使うと何回かにわけ場所を変える必要があり、そのため、重なる部分ができて湿性皮膚炎を起す危険があり、照射できない部分がまだらになるからである。私の使用している容器はドイツ製のSr・90ゲルマ・プレートて、直径約二センチメートルの円板、強さは五〇ミリキュウリー、一分間の照射線量は二四〇レップのものである。ラドとレップとは、ほとんど同じであると現在考えているが、測定器によつて約二倍の値を示したことがある。(中略)子供も大人も同様に三〇秒ないし一分というのが通常であるが、大人ならばその一倍半くらいの線量にしても大丈夫と思う。それを何回かに分けて照射するのであるが、一日一回として毎日あるいは一日置き、あるいは一週二回程度で総計五回ないし一〇回というのが一番多い。治療の総線量は、患者によつて個人差が非常に多いために一定しないが少ないのは六〇〇ラドて十分治る人もあるし、一、三二〇ラド与えてもよくならない例もある。美容を目的とする治療であるから、たえず皮膚の状態を確かめ危険のない程度にする。すなわちただれ(靡爛)を生ずるおそれのある場合はすぐ止めるのが原則である。ただれに乾性と湿性とあり、それが潰瘍を形成すると必ず瘢痕を残す。私はストロンチューム九〇による強線短時間照射の場合一二〇レップから二四〇レップまでを限度としている。」旨の供述記載があり、七、原審証人己の尋問調書(記録一〇六六丁以下)中「科学技術庁放射線医学総合研究所勤務で、ストロンチューム九〇によるRの外面照射治療を実施した経験がある。Sr・90を使用したのは、東京大学医学部医局 、原審証人己の尋問調書(記録一〇六六丁以下)中「科学技術庁放射線医学総合研究所勤務で、ストロンチューム九〇によるRの外面照射治療を実施した経験がある。Sr・90を使用したのは、東京大学医学部医局にいた昭和三一年からである。私は大体血管腫を主体として治療していた。それから眼科的な翼状贅片という角膜のところに肥厚がてきるものに使つたことがある。この外に皮膚癌にも使う。ものの本にはいろいろの種類の病気があげられているが私は自信のないものには手を出したくないので、今まで大体二種類くらいに限つてやつて来た。治療方法は、大体一回に一〇〇ないし二五〇レップくらいで、その年令その他個人差がいろいろあるから、その時によつて線量は多少変る。周囲を薄い鉛て遮蔽し、その患部だけを出すようにして、一回のクールを大体一週間とし、毎日行い、合計一、〇〇ないし一、五〇〇レップくらい、時には二、〇〇〇レップくらいまでやることがある。そして数ケ月おいて様子を見て更に必要であればまたやる。私は大体三、〇〇ないし五、〇〇〇レップくらいを限度としている。容器の一〇ミリキュゥリーのもので、一分ないし三分間が照射時間である。(中略)昭和二七年ころからP・32のデータが出ていたのでその結果を見てむしろ控え目にやる。ラドで考えても大体同じになるが、私は血管腫の照射限度は一回クール三、〇〇ラド以上はかけないつものである。」旨の供述記載があり、八、原審証人庚の尋問調書(記録一一〇八丁以下)中、「東北大学医学部教授で専門は放射線医学である。Sr・90は昭和三二年ころに一年間治療に使つていたが、適当な症例が少なかつたのと手がかかるから現在は使用していない。P・32で間に合つている。P・32は昭和二八年ころに入手して盛んに使い現在に及んでいる。Sr・90といつても、実際はストロンチュー が、適当な症例が少なかつたのと手がかかるから現在は使用していない。P・32で間に合つている。P・32は昭和二八年ころに入手して盛んに使い現在に及んでいる。Sr・90といつても、実際はストロンチュームだけではなく、イットリュ・ウームが混つている。ストロンチュームだけであるとP・32よりも少し弱いべーター線が出るわけであるが、イットリュウームから出るべーター線が強いので、一緒にすると、P・32よりも少し強いR群ということになる。しかしその開きは、いくらもないので、同じ目的にべーター線として使える。P・32の経験に基いてSr・90の使用を始めたが、その他の文献などにより、場合によつては私の理論的発理からやっている。(中略)美容を目的とする顔面の血管腫などの治療に際しては分割方式をとるが、一回の照射量は大体三〇〇ないし四〇〇マイクロキュウリー・パー・センチメーターくらいで、総量一、〇〇〇ないし二、〇〇〇ラドくらいに相当する。症例によつては、一週間に二回やつて治療期間を短かくしたものもある。総照射線量は五、〇〇〇ないし八、〇〇〇ラドくらいが限度である。 とにかく五、〇〇〇ないし八、〇〇〇ラドくらいの線量を五、六回に分けて一週間間隔くらいで行い。反応を見ながら徐々にかけて行くやり方をしている。血管腫以外の病気にSr・90を使用したことはない。Sr・90を使用する場合にフィルターを使らことは適当でないことは昭和三〇年ころからわかつていた。」旨の供述記載がある。 以上に徴すると、Rの外面照射治療が行われ始めたのは、一九〇〇年ころからであり、ラジュームに含有するRを対象としたものであつたこと、エネルギーの大部分が真皮浅層に吸収せられ深部に到達しない特徴を有するべーター線専用の照射治療は、一九四〇年初ころアメリカのカリフォルニや大学壬教授によつて放射性 するRを対象としたものであつたこと、エネルギーの大部分が真皮浅層に吸収せられ深部に到達しない特徴を有するべーター線専用の照射治療は、一九四〇年初ころアメリカのカリフォルニや大学壬教授によつて放射性燐(P・32)が使われて現在にいたつており、ストロンチューム九〇(Sr・90)によるべーター線の照射治療は、一九四八年ころから行われていること、わが国においては、従来ラジュウーム、放射性燐(P・32)によるべーター線の外面照射治療が行われていたのであるが、ストロンチューム九〇によるべーター線の外面照射治療は昭和二八年ころ、当時の慶応義塾大学助教授Y博士によつてその発生源器を輸入して臨床医学に使用したのを始めとして、昭和三〇年ころには、東京大学V教授が、Sr・90のべーター線発生源器を試作して実験し、これを臨床医学に使用していた程度であつて、本件発生の昭和三一年四月ころには、京都大学、大阪大学、東北大学など著名な研究室においてさえこれがない状態であり、極めて初期の段階にありその開拓途上にあつたことが認められる。そして、右のRを強力に用いれば原疾患は完全に破壊せられ消失するけれども、そうすれば、健常皮膚に放射線障害を残すのみならず、照射のあとに瘢痕化、色素沈着又は脱失等の醜形を残し整容的治療としての目的に反する結果となり、しかも、一年ないし数年を経て顕著となる晩発性障害を残すおそれのあることは当時すでに判明していたことであるから、医家はそれぞれ適応症の選択に苦心していたのであつて、当時適応症については、表在性の癌腫及び血管腫(単純性血管腫、海綿状血管腫)と色素性母斑があげられていたが、皮膚の深部にある疾患および太田氏母斑については適応しないものであり、毛細血管拡張症は枝状に広がる病変であつて病変部のみを選択照射することが困難であるため適応症であ と色素性母斑があげられていたが、皮膚の深部にある疾患および太田氏母斑については適応しないものであり、毛細血管拡張症は枝状に広がる病変であつて病変部のみを選択照射することが困難であるため適応症であるか否かについて説がわかれており、血管腫についても、その大部分が自然に治療するものであるから、施術を必要としないばあいが多く、所論にように前記三種の皮膚疾患のすべてが適応症であると考えられていたとはとうてい認められない。また所論指摘の感受性については、昭和二八年ころ右Y博士がSr・90を使用した当時既に、その感受性には年令差や個人差があること、人体の部位、細胞組織によつて感受性に強弱のあることなどはわかつていたことが明らかである。そして所論指摘の照射線量については、P・32は弱線で長時間照射できるのに反し、Sr・90は強線で短時間照射すべきものであるから、P・32とSr・90との線の強度に差異があるが、後者については資料が少ないため、P・32の治療結果資料をSr・90の照射治療の参考に供していたことは所論のとおりであるが、P・32は疾患に応じて濃度を決め、それを患部の面積形状に合わせて切り抜き貼布することができ、かつ、弱線で長時間使用することができる利点があるが、Sr・90は、本件の発生源器でいえば、銀製容器に収容せられ、約三ミリメートルのわくがめぐらされているので、患部がその容器よりも広いときは、容器を並列させても前後左右にすき間ができて照射の結果がいわゆる市松模様の瘢痕等を残すおそれがあり、施術に不便であるうえに、強線短時間使用を原則とするから取扱に危険を伴うことは、右の療法を実施する医師として当然認識しなければならないことであり、かつ認識し得たことである。従つて、Sr・90の照射線量の決定は、皮膚疾患の種類、発生部位、年令、放射線感受性 扱に危険を伴うことは、右の療法を実施する医師として当然認識しなければならないことであり、かつ認識し得たことである。従つて、Sr・90の照射線量の決定は、皮膚疾患の種類、発生部位、年令、放射線感受性の強弱、治療目的のいかんによつて異なるものであつて、そのいずれの場合においても分割照射の術式がとられていることが明らかである。 分割照射の場合に、一回あるいは一クールの線量、照射時間、総線量については、それぞれの専門家によつて一様ではなく右Y証人は、一回の照射線量は、色素性母斑については七〇〇ないし一、〇〇〇マイクロキュゥリー、一ケ月半くらいの間隔、血管腫については四〇〇マイクロキュウリー(二、五〇〇ラド)、反覆回数六回以下とし、右土屋証人は、血管腫について毎日一回くらい一回の照射線量は一〇〇ないし二五〇レップ、照射時間は一分ないし三分くらい、一クール一、〇〇〇ないし一、五〇〇レップ、二ケ月ないし三ケ月ようすをみて必要があれば更に照射するが、総線量は三、〇〇〇ないし五、〇〇〇レップが限度であるとし、右庚証人は、血管腫について、一回の照射線量は一、〇〇〇ないし二、〇〇〇ラド、一週に一回が原則であり、総線量は五、〇〇〇ないし八、〇〇〇ラドが限度であるが、結果については、有色人種のばあいは白色人種に比べてむづかしく、美容目的の治療としては良好な結果を得がたいとし、右癸証人は、血管腫について、一回の線量は二〇〇ないし三〇〇マイクロキュリー、一ケ月ことに照射して軽い皮膚炎を起したので、現在大人でも一〇〇マイクロキュウリー、数ケ月の間隔をおいて変化のないことを確かめ照射する。総線量は一、五〇〇マイクロキュゥリーが限度であるとし、右乙証人は、血管腫について、一回の照射線量は一二〇ないし二四〇レップ、照射時間は三〇秒ないし一分であり、五回ないし一〇回が限度 確かめ照射する。総線量は一、五〇〇マイクロキュゥリーが限度であるとし、右乙証人は、血管腫について、一回の照射線量は一二〇ないし二四〇レップ、照射時間は三〇秒ないし一分であり、五回ないし一〇回が限度で、総線量は六〇〇ないし二、四〇〇レップであるとし、右U証人は、大人の血管腫について、一回の照射線量は一、〇〇〇ないし二、八〇〇ラドで、総線量は七、〇〇〇ないし八、〇〇〇ラドが限度である。色素性母斑については、三、五〇〇までかけたが患部がかぶれ、かつ、母斑がびくともしなかつたので中止したとし、右Q証人は三〇分くらいが極度で、照射線量は五、〇〇〇ラドまでであるとし、以上は、いずれも、一平方センチメートルについてのものであること、一マイクロキュウリーは、被告人の使用した源器についてその証明書のとおりとすれば約一・八ラドに相当すること(当審鑑定人Yの供述)が明らかである。したがつて、本件当時において一回の照射時間の限度は三〇分であり、照射線量の限度は五、〇〇〇ラドであつて、総線量は八、〇〇〇ラドが限度であると考えられていたことを認めることができる。これを本件について見るに、原判決挙示の対応証拠および当審における鑑定人A1の鑑定結果によれば、いずれも美容を目的とする治療方法として、顔面の毛細血管拡張症患者B(原判示第一)に対して、一回の照射時間六〇分ないし一二〇分、一平方センチメートル当り(以下同様)、線量九、〇〇〇ないし一八、〇〇〇ラド、前同様の患者C(原判示第二)に対して、一回の照射時間六〇分、線量九、〇〇〇ラド、右側頸部の血管腫患者D(原判示第三)に対して、一回の照射時間六〇分ないし一二〇分、線量四、五〇〇ないし九、〇〇〇ラド、右頸及び頸部の黒褐色色素性母斑患者E(原判示第四)に対して、一回目の照射時間六〇分、線量九、〇〇〇ラド、二回目の照射 して、一回の照射時間六〇分ないし一二〇分、線量四、五〇〇ないし九、〇〇〇ラド、右頸及び頸部の黒褐色色素性母斑患者E(原判示第四)に対して、一回目の照射時間六〇分、線量九、〇〇〇ラド、二回目の照射時間六〇分、線量四、五〇〇ラド、三回目、四回目の各照射時間四〇分ずつ、線量各三、〇〇〇ラド、総線量合計一九、五〇〇ラドの照射治療をし、右Bに対しては、治療約二ケ月を要する放射線皮膚炎に罹患させ、皮膚炎治癒後六一箇所にわたるいちまつ模様の瘢痕を残させ、右Cに対しては治療約二週間を要する放射線皮膚炎に罹患させ、皮膚炎治癒後両頬部に二十数箇所に同様の瘢痕を残させ、右Dに対しては、治療約一ケ月以上を要する放射線皮膚炎に罹患させ、皮膚炎治癒後二十箇所くらいの白斑を残させ、右Eに対しては治療一ケ月以上を要する放射線皮膚炎に罹患させ、皮膚炎治癒後かえつて患部の皮膚萎縮、色素沈着及び無数の白斑を残させていることが認められるのであつて、前記線量限度からすれば、明らかに過照射であると断じなければならない。 更に所論指摘のフィルターの使用について見るに、前掲原審証人Yの証人尋問調書中「ストロンチューム九〇によるベータ一線の発生源器にフィルターを使用しないのが原則であつて、つけるとしても容器の保存のためのものでセロハン紙、薄いゴム程度の透過度の高いものを用いるに過ぎない。」旨供述し、同庚の証人尋問調書中、「フィルターを使わないのが適当であつて、このことは昭和三〇年当時には判明していたはずである。それはべーター線が固いものにあたると、べーター線からデルター線が出ることがあり、これを避けるのが装置技術のポイントである。」と供述しているのみならず、F協会会長I作成名義の昭和三三年九月四日附回答書によれば「べーター線発生源器の使用にあたつて、照射時間が適当であればアルミフ これを避けるのが装置技術のポイントである。」と供述しているのみならず、F協会会長I作成名義の昭和三三年九月四日附回答書によれば「べーター線発生源器の使用にあたつて、照射時間が適当であればアルミフィルターなどを使用する必要はない」と記載されているところからみると、一般的にべーター線の照射治療にはストロンチューム九〇を含む源器に更にフィルターを使用せず源器を皮膚に密着させて治療する建前であることが明らかである。本件被告人は捜査官の取り調べおよび原審において、アルミ板、銀紙などのフィルターを使用して照射線量の軽減を図つた旨供述しているのであるけれども、被害者B、C、E、Dの各証人尋問調書を精査しても、被告人が本件ストロンチューム九〇によるべーター線照射治療をするにあたつて、線量軽減のために発生源器にフィルターを使用したことを認めるに足る確たる証拠がない。(もつとも右Eは、第一回証人尋問調書において、キャラメル粒のようなものは銀紙で包んであつた。包んであつたのもあるが又はずしてあつたのもある。私の場合は何も包まないでそのままのものが置かれた感じがした(記録七四六丁)、銀紙で包んであつたような感じもしたが、はつきり記憶しない(同七五六丁)。と供述しているけれども、フィルター使用を肯定するに値しない)。そして前記Qの証人尋問調書中「ストロンチューム九〇の治療器具の使用にあたつて、Wからフィルターを使用することについて相談をうけたことがあるが、それはBという患者を診察した直後で昭和三一年六月下旬頃であつた。その時始めてWはフィルターを使えば量が減るから、相当長時間かけてもよいという話をした。私は時間を長くやろうと思えばそれてもよいが、そんな必要はない。線量の計算がむづかしくなるし、時間を短くすれば結果は同じだし、距離を離せば量を少くすることもでき 当長時間かけてもよいという話をした。私は時間を長くやろうと思えばそれてもよいが、そんな必要はない。線量の計算がむづかしくなるし、時間を短くすれば結果は同じだし、距離を離せば量を少くすることもできるからと話してやつた」旨供述しており、原審証人B1(一〇五五丁以下)も「被告人方の住込見習看護婦であつたが、放射線の出る所に銀紙を貼らないで直接皮膚に密着させたと記憶する」旨供述しており、かつ、本件被害者に存する白斑等傷害の跡から考えると、原審証人C1のこの点に関する供述は信用できない。結局被告人は本件治療にあたつて発生源器にフィルターを使用していなかつたものと断ずるの外はない。原判決は、判示第三(D関係)、第四(E関係但し昭和三一年五月七日以降の分)において、各べーター線照射治療に際して発生源器の照射面に〇・六ミリのアルミフィルターを使用した旨認定しているけれども、前示のとおり、フィルターの使用を認定するに足りる証拠がないから、この点において事実の誤認があるといわなければならないけれども、右誤認は判決に影響を及ぼす程度のものでないから、結局所論は採用できない、更に所論は、ハイドロキノン・モノペンジール・エステル(H・M・E)軟膏について、被告人がCに対するA治療後同女に対して右軟膏を投薬したために、同人に瘢痕を生ぜしめたものであつて、べーター線の過照射によるものではないというのであるけれども、原判示第二の対応証拠によれば、被害者Cが密着貼付法によるべーター線照射治療を受けたのは昭和三一年四月一〇日ころであり、被告人の検察官に対する昭和三四年三月二八日附供述調書によれば、右軟膏を投薬したのは昭和三一年六月一八日であることが明らかであるところからみると、なるほど瘢痕の生じたのは右照射治療の後に現われたものではあるが、瘢痕の主要原因は過照射にある 日附供述調書によれば、右軟膏を投薬したのは昭和三一年六月一八日であることが明らかであるところからみると、なるほど瘢痕の生じたのは右照射治療の後に現われたものではあるが、瘢痕の主要原因は過照射にあるものと認められるのであつて、右軟膏によるものとは、とうてい考えられないから、所論は採用できない。また所論は、被告人は患者に対して本件治療行為後において患部保護の注意指示を与えたというのであるけれども、前掲B、C、D、Eの各証人尋問調書を精査しても、被告人が本件A治療をした後患者たる同人らに対して患部保護につき注意指示したことを認めるに足りる証拠はない。医師の常識として日常その業務上において無意識的に各患者ごとに、これを行つていたものであると推定すべきだとする所論も採用できない。所論は医師の過失責任について、治療行為の場合は、治療行為そのものに過失があつても、その過失が重過失である場合に限つて刑事上の過失責任を負担すべきものであるというのであるけれども、業務上過失犯における過失は、業務の性質上危険を伴うことを前提とするものであるから重過失であると否とを問わないものである。 したがつて医師の治療行為そのものに過失のある場合は、重過失の場合に限るとする所論は独自の見解にもとづくものであつて、とうてい採用できない。 <要旨>そもそも毛細血管拡張症、血管腫、色素性母斑などの非悪性疾患に対しては、皮膚癌のような悪性疾患と異</要旨>り、美容的に治癒させることを第一の条件とすることは自明の理であり、本件の被害者たちはいずれも、その目的をもつて、被告人の治療を受けたものである。したがつて瘢痕、色素沈着又は脱失等の後遺症を残し、前よりも醜い傷害を与えることは医師としての任務に反するものといわなければならない。従つて、放射性同位原素(アイソトープ)による治療に たものである。したがつて瘢痕、色素沈着又は脱失等の後遺症を残し、前よりも醜い傷害を与えることは医師としての任務に反するものといわなければならない。従つて、放射性同位原素(アイソトープ)による治療に従事する医家は、適応症の選択及び投与線量と照射方法すなわち一回の線量、休止期間、総線量について理論的かつ経験的に慎重な研究をしていたのである。以上の次第で、本件は被告人がストロスチューム九〇によるべーター線照射治療にあたつて、十分な知識経験もなく、当時右照射治療は初期研究の段階であつて、臨床医学的にも見るべき研究成果もなく放射性燐の研究資料を参考にするほかなかつたのであるから、医師として、これを人体に応用するに当つては、ストロンチューム九〇によるべーター線照射の皮膚に及ぼす影響など十分研究し、治療目的と合せ考え、その目的に反する放射線障害を起させないように細心の注意を払つて、慎重に治療すべき業務上の注意義務がある。もとより医療の進歩は医家の創意と研究とによる新技術の発見にまたなければならないが、放射線のような危険を伴う物質による新療法を導入するに当つては、十分な知識と経験とを有すると同時に、慎重戒心し事故の発生を防止するために最善の努力をしなければならないのであつて、いやしくも青年男女の顔面を実験台に供することは許されないことである。 本件は、要するに、被告人が外国の新療法を無批判に導入し、ストロンチューム九〇の性能や影響について臨床上の研究経験を積まず、発生源器輸入の直後から患者に対して施用を開始し、しかも分割照射によつて反応をみながら施療を進める方式を採らず、大量の放射線照射を行い、本件被害者Bほか三名に対して前記のような傷害を負わせたものであるから、被告人の本件行為は業務上過失致傷罪の刑事責任を免れることはできないものと断じなければな 方式を採らず、大量の放射線照射を行い、本件被害者Bほか三名に対して前記のような傷害を負わせたものであるから、被告人の本件行為は業務上過失致傷罪の刑事責任を免れることはできないものと断じなければならない。所論は現在の医学知識をもつて、昭和三一年当時の医療行為につき過失の有無を判断するのは不当であると主張するが、放射線の過照射により紅斑を生じ更に進んで乾性皮膚炎から湿性皮膚炎へ進み、その結果潰瘍を生じ、瘢痕化、色素沈着又は脱失等の後遺症を残すことは、その当時においても医師として公知の経過であり、さればこそ整容的治療を目的とする施療においては紅斑の限度において中止し、その影響の消失を待つて次の施療に進むという分割方式が妥当とせられているのである。当時においても、現在においても、右のような医師の注意義務に変りはない。その他記録を精査しても、原判決には所論のような理由のくいちがい及び事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。 よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法第一八一条第一項本文を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官山崎薫裁判官竹沢喜代治裁判官浅野芳朗)

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