令和2(わ)643 殺人、殺人未遂、公務執行妨害、傷害

裁判年月日・裁判所
令和4年6月3日 名古屋地方裁判所 岡崎支部
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判決文本文7,712 文字)

1 令和2年(わ)第643号 殺人、殺人未遂、公務執行妨害、傷害被告事件 主 文 被告人を懲役20年に処する。 未決勾留日数中300日をその刑に算入する。 理 由 (罪となるべき事実) 第1 被告人は、令和2年7月27日午後2時30分頃、自己の運転する普通乗用 自動車(以下「被告人車両」という。)を時速約130キロメートルまで加速走 行させていたところ、愛知県豊橋市a町b番地付近路上(以下、「本件現場」と いう。)において、前方で作業中の普通貨物自動車(軽四)(以下「規制車両」 という。)の手前に立って交通整理をしているA(当時46歳)の存在を認識し、 Aを死亡させるに至るかもしれないと認識しながら、あえて被告人車両を規制 車両付近の中央分離帯に向かって走行させ、被告人車両前部を中央分離帯の縁 石に衝突させた後、前記速度のまま被告人車両前部をAに衝突させた上、Aを はね飛ばして路上に転倒させ、よって、その頃、同所において、Aを大脳及び 小脳半球のクモ膜下出血、全身の多発骨折、胸部大動脈断裂等の多発損傷に基 づく外傷性ショックにより死亡させ、さらに、被告人車両前部を規制車両に衝 突させ、同車運転席に乗車していたB(当時64歳)を車外に放出して路上に 転倒させ、よって、Bに加療約3か月間を要する全身打撲、右上前腸骨棘骨折 等の傷害を負わせたが、Bを死亡させるには至らず、さらに、規制車両荷台の 積載物を同車前方で除草作業に従事していたC(当時44歳)に衝突させてC を路上に転倒させ、よって、Cに加療約8週間を要する全身打撲、左母指中手 骨骨折等の傷害を負わせたが、Cを死亡させるには至らなかった。 第2 被告人は、同月28日午前11時44分頃、同市八町通3丁目8番地愛知県 豊橋警察署4階刑事課第4号取調室において、前記第1の事件について取 等の傷害を負わせたが、Cを死亡させるには至らなかった。 第2 被告人は、同月28日午前11時44分頃、同市八町通3丁目8番地愛知県 豊橋警察署4階刑事課第4号取調室において、前記第1の事件について取調べ を受けた際、同取調べの補助をしていた同署地域課勤務の司法巡査D(当時2 2 7歳)に対し、その顔面を右手拳で1回殴る暴行を加え、もって同巡査の職務 の執行を妨害するとともに、前記暴行により、同巡査に加療約7日間を要する 右頬部打撲、右頬粘膜挫傷の傷害を負わせた。 (証拠能力の判断について) 1 判示第1の事実に関し、検察官は、被告人質問終了後、公判前整理手続におい て証拠調請求をしていた被告人の令和2年8月5日付け(乙8)及び同月7日付 け(乙10)の各検察官調書中の弁護人不同意部分について、改めて刑訴法32 2条1項前段に基づく請求を行い、弁護人は、当該部分の任意性を争う旨の証拠 意見を述べたところ、当裁判所は、上記各検察官調書の不同意部分につき、いず れも任意性の立証がなされていないと判断して却下したため、その理由を以下に 補足して説明する。 前提として、公判廷における被告人の供述状況を踏まえると、被告人は被誘導 性が強いことが窺われるため、その供述の任意性は慎重に検討する必要がある。 検察官が任意性立証のために請求した被告人に対する取調状況の録音録画に 係る記録媒体(甲85)は、令和2年7月29日、同月31日、同年8月5日(乙 8の作成日)、同月7日(乙10の作成日)の各取調状況の一部分のみが記録され たものであるところ、同月7日の取調べに係る音声映像は、乙10の不同意部分 とは異なるやりとりを記録したもので、乙10の不同意部分に係る被告人供述が どのようなやりとりを経て作成されたかを明らかにするものではないから、これ について任意性が立証されたと は、乙10の不同意部分 とは異なるやりとりを記録したもので、乙10の不同意部分に係る被告人供述が どのようなやりとりを経て作成されたかを明らかにするものではないから、これ について任意性が立証されたとは認められない(なお、乙10の請求に関して刑 訴法301条の2第1項の手続が適切に履践されたとも認められない。)。 次に、同月5日の取調べに係る音声映像は、乙8の不同意部分(Aの存在につ いての認識の程度や被告人が本件現場において被告人車両を向かわせようとした 場所)に係るやりとりが記録されたものであるところ、被告人は、公判廷におい て、検察官調書の作成時に、Aをはっきり認識できていたか否かについて、あま りはっきり認識できていなかったという内容に供述調書を訂正するよう申し出た 3 が、対応してもらえなかった旨述べていることや、作業車両(規制車両)と中央 分離帯の間に突っ込ませようと思った旨の発言をしているにもかかわらず、乙8 の不同意部分には作業員や作業車両に突っ込んだ旨の記載がなされていることを 踏まえると、これについても任意性が立証されたとはいえない(刑訴法301条 の2第1項の手続も適切に履践されたとは認められない。)。 2 他方、前記判断を踏まえて検察官が請求した同年7月29日付け弁解録取書抄 本(乙15、職4)については、やむを得ない事由(刑訴法316条の32第1 項)があるとは認められないことや、刑訴法301条の2第1項の手続が適切に 履践されたとは認められないこと(同2項)により却下は免れない。しかしなが ら、甲85に記録された同日の取調状況を見ると、検察官の質問が誘導的である とは認められず、被告人も自らの言葉で具体的に供述しており、乙15(職4) はその供述と同内容が記載されているものであるから、任意性の立証はなされて いると認められる。し と、検察官の質問が誘導的である とは認められず、被告人も自らの言葉で具体的に供述しており、乙15(職4) はその供述と同内容が記載されているものであるから、任意性の立証はなされて いると認められる。したがって、必要性に鑑み、これを職権で採用することが相 当であると判断した。 (判示第1の事実認定の補足説明) 第1 争点 判示第1の日時に、本件現場において、被告人が、時速約130キロメート ルまで加速走行させていた被告人車両を、交通整理をしていたA及び規制車両 に衝突させ(以下「本件事故」という。)、その結果、A、B、C(以下、3名 を合わせて「被害者ら」という。)にそれぞれ判示第1の結果が生じたことに争 いはない。本件に係る事実認定上の争点は、被害者らに対する殺意の有無及び 程度である。 検察官は、被告人は、規制車両周辺にAや他の作業員がいることを認識しな がら、あえて衝突したから、被告人には被害者らに対する強い殺意があると主 張し、弁護人は、被告人は、被害者らの存在を認識していなかったから、自己 の行為が被害者らが死ぬ危険性の高い行為と認識していたとはいえず、殺意は 4 認められないと主張し、被告人もこれに沿った供述をする。 第2 前提事実 関係証拠によれば、前記の争いのない事実のほか、以下の事実も容易に認定 することができる。 1 本件現場の状況 本件現場は、中央分離帯のある片側2車線の直線道路(県道c線)の北向き 車線上であり、d信号交差点(以下「本件交差点」という。)から北上した位置 にあり、交通量が多い場所である。 本件事故当時、本件現場付近では被害者らが中央分離帯の除草作業に従事し ており、本件交差点の北側の横断歩道から約63.2メートル北上した第2通 行帯上に規制車両が、さらに北上した第2通行帯上にパ 本件事故当時、本件現場付近では被害者らが中央分離帯の除草作業に従事し ており、本件交差点の北側の横断歩道から約63.2メートル北上した第2通 行帯上に規制車両が、さらに北上した第2通行帯上にパッカー車がそれぞれ存 在し、Aは、規制車両の南側において、縦87.5センチメートル、横91セ ンチメートルの緑色の旗を持って交通整理を行っていた。規制車両は白色の軽 トラック(車両重量720キログラム)で、荷台には、南側から進行してくる 車両に向けた黄色い規制看板(重量82キログラム)等を積載しており、Bは 規制車両の運転席に乗車し、Cは規制車両とパッカー車の間にいた。 2 被告人の走行態様等 被告人は、本件事故の当日である令和2年7月27日午後2時24分頃、帰 宅するために被告人車両を運転して愛知県豊橋市e町f番地g所在のE店駐 車場を出発した後、高速度で、歩道上を走行したり、信号待ちをしている車両 に衝突したり、対向車線を約494メートルにわたって逆走したりしながら、 本件交差点手前に至る頃には、県道c線北向き車線の第2通行帯を高速度で北 進していた。 そして、本件交差点では、東側から右折進入してきたトラックを、第1通行 帯側に避けるようにしてその左側から追い越し、再び第2通行帯に移って第1 通行帯を先行するエスティマを追い越して時速約130キロメートルで北進 5 を続けたが、本件交差点北側横断歩道から38.2メートル地点に位置する中 央分離帯の縁石に衝突し、さらに、Aに衝突し、規制車両にも衝突し、最終的 に第1通行帯と歩道との間のガードパイプ支柱に衝突した状態で停止した。な お、被告人は、本件交差点に進入する前から規制車両の存在には気づいていた が、その後、ブレーキをかけることはなかった。 第3 被害者らに対する殺意の有無及び程度について に衝突した状態で停止した。な お、被告人は、本件交差点に進入する前から規制車両の存在には気づいていた が、その後、ブレーキをかけることはなかった。 第3 被害者らに対する殺意の有無及び程度について 1 Aに対する殺意について 検察官は、前記のとおり、被告人にはAに対する強い殺意があったと主張し ている。しかし、被告人は、公判廷において、Aの存在には気が付かなかった 旨供述するとともに、「本件交差点の手前で『そこに突っ込め』という声が頭の 中に聞こえて突っ込んだ。『そこ』というのは規制車両の隣の中央分離帯のこと である。」旨供述しているところ、被告人車両の後続車のドライブレコーダーに 記録された映像や被告人車両のEDRの解析結果を検討すると、被告人は、右 折してきたトラックを追い越し、再び第2通行帯に車線変更してエスティマを 追い越し、その頃いったん道路に平行に被告人車両の向きを整えた後、ハンド ルを右に切って規制車両の約25メートル手前(Aがいた場所からも10メー トル程度手前であったと考えられる。)で中央分離帯の縁石に衝突し、それによ り被告人車両の向きが左寄りに変わってA及び規制車両に衝突したことが認 められるのであって、そうすると、中央分離帯に向かって突っ込んだという被 告人の公判供述の信用性を否定することはできない。なお、被告人は、前記の とおり、「規制車両の隣」の中央分離帯に突っ込んだ旨供述しているのであるが、 規制車両よりもかなり手前の縁石に衝突していることや、本件当時、被告人車 両が時速約130キロメートルという高速度で走行していたことからすると、 規制車両のすぐ隣の一地点を衝突目標としていたとまでは認められない。以上 からすると、被告人にAに対する強い殺意があったとはいえない。 しかしながら、被告人は、時速約130キロメートルの高速度で、Aが付 車両のすぐ隣の一地点を衝突目標としていたとまでは認められない。以上 からすると、被告人にAに対する強い殺意があったとはいえない。 しかしながら、被告人は、時速約130キロメートルの高速度で、Aが付近 6 で交通整理をしている中央分離帯に向かって被告人車両を走行させ、その勢い のままA及び規制車両に被告人車両を衝突させたのであるから、その行為は、 客観的に見て、Aが死ぬ危険性の高い行為であったと認められる。 また、本件現場付近において、被告人の視界を遮るものとしては、本件交差 点を東西方向に直進又は右折してくる自動車があるが、証拠によれば、被告人 が中央分離帯の縁石に衝突する直前の10秒間において、前記自動車等により 被告人の視界が遮られるのは、わずか3.3秒間であって、遅くとも、被告人 が本件交差点を右折してきたトラックを追い越して以降は、被告人の視界を遮 るものはなかったことが認められ、Aが被告人車両のほぼ真正面で緑色の大き な旗を振っていたことも併せ考慮すると、被告人は、遅くとも右折してきたト ラックを追い越した時点において、前方にAが存在していることを十分に認識 できる状況にあったと認められる。そして、このような客観的な状況に加え、 被告人が、本件事故の二日後に行われた弁解録取の手続において、検察官に対 し、「車道上で作業をしている人達に突っ込む前に、車道上に立って交通整理を している男の人が見えました。」と、当時のAの様子を含めて具体的に述べてい ることを踏まえると、被告人は、遅くとも右折してきたトラックを追い越した 時点において、前方にAが存在していることを認識していたと認められる。 これに対し、被告人は公判廷において、Aの存在には気が付かなかった旨述 べ、弁護人においても、被告人が双極Ⅱ型障害に罹患していたことにより、認 知、認識機能 ることを認識していたと認められる。 これに対し、被告人は公判廷において、Aの存在には気が付かなかった旨述 べ、弁護人においても、被告人が双極Ⅱ型障害に罹患していたことにより、認 知、認識機能が低下していた可能性や、高速走行による視野狭窄の可能性、視 界に盲点が存在していることなどから、被告人はAを認識できていなかったと 主張する。しかしながら、捜査段階において被告人の精神状態について鑑定を 実施したF医師は、公判廷において、被告人は、本件犯行当時に軽躁状態であっ たが、知覚の障害は認められず、状況把握能力が極端に落ちていたとは認めら れない旨を証言するところ、この証言は、精神科医としての専門的知見・経験 等に基づき、被告人との面接結果や取調状況の録音録画媒体を確認した上でな 7 されたものであることに加え、被告人が衝突直前に右折してきたトラックを含 め、本件犯行前の高速走行において、概ね他の車両を適切に避けていることと も整合的であり、信用できる。そして、他に被告人の認知、認識機能が低下し ていたことを裏付ける事情は証拠上認められないことからすると、被告人が双 極Ⅱ型障害の影響により認知、認識機能が低下して、Aを認識できなかったと は認められない。その他、弁護人が主張する事情を踏まえても、被告人が、A を認識できたという前記判断は左右されず、これと反する被告人の公判供述は 信用できない。 以上によれば、被告人は、被告人車両を時速約130キロメートルで走行さ せ、付近で交通整理をしているAの存在を認識しながら、ブレーキを踏むなど の回避措置を取ることなく、被告人車両を中央分離帯に向かって走行させたの であるから、自らの行為が、人が死ぬ危険性の高い行為であると認識した上で、 それでも構わないと考えて行為に及んだものと認められ、Aに対して未必の殺 意 なく、被告人車両を中央分離帯に向かって走行させたの であるから、自らの行為が、人が死ぬ危険性の高い行為であると認識した上で、 それでも構わないと考えて行為に及んだものと認められ、Aに対して未必の殺 意があったと認められる。 2 B及びCに対する殺意について Aに対する殺意が認められることをひとまず措いてB及びCに対する殺意 を検討した場合、検察官が主張するように強い殺意が認められるわけではない とはいえるものの、未必の殺意について積極的にこれを認定することができる かどうかは容易に判断し難い。しかし、被告人がAに対する未必の殺意を有し て被告人車両を中央分離帯に向かって走行させた結果、B及びCに対しそれぞ れ判示第1の傷害結果が生じ、かつ衝突行為と傷害結果との間に因果関係が認 められることからすれば、被告人がB及びCの存在を認識していたとまでは認 められないとしても、B及びCに対しても殺人未遂罪がそれぞれ成立する。 (量刑の理由) 本件は、被告人が、①進路上で交通整理をしているA及び規制車両の存在を認識 しながら、未必の殺意をもって、被告人車両を衝突させて同人を死亡させ、その際、 8 付近にいたB及びCにも傷害を負わせ、②その後の取調べの際に、警察官を手拳で 殴打するなどした殺人、殺人未遂、公務執行妨害、傷害の事案である。 量刑判断の中心となる殺人、殺人未遂の犯行についてみると、交通量の多い日中 の一般道路において、第2通行帯上で作業中の人や車両がある中で、その近くの中 央分離帯に向かって自動車を時速約130キロメートルという高速度で走行させた 行為は、不特定多数の無関係な人に危害が及ぶおそれが高い極めて危険で悪質な行 為である。また、現にAは死亡し、B及びCにも判示第1のとおり重い傷害が生じ、 Cにおいては利き手が不自由になるなどしているのである 、不特定多数の無関係な人に危害が及ぶおそれが高い極めて危険で悪質な行 為である。また、現にAは死亡し、B及びCにも判示第1のとおり重い傷害が生じ、 Cにおいては利き手が不自由になるなどしているのであるから、結果は重大である。 他方、被告人が強い殺意をもって被告人車両を人や規制車両に意図的に衝突させ たとまでは認められないこと、被告人の罹患していた双極Ⅱ型障害が、気分の不安 定さという点で本件犯行の背景にあり、本件犯行の原因となった衝動性の突出を助 長したことが窺われること、被告人が自身の全財産を拠出してAの遺族に対し合計 1000万円を支払ったことは、被告人の刑を軽くする事情として適切に考慮すべ きである。 以上に加えて、自動車を凶器として使用した殺人罪の量刑傾向等も考慮し、被告 人に対しては、主文のとおりの刑を量定するのが相当であると判断した。 令和4年6月8日 名古屋地方裁判所岡崎支部刑事部 裁判長裁判官 村 瀬 賢 裕 裁判官 西 脇 典 子 裁判官 足 立 瑞 貴

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