平成14年6月28日判決言渡平成12年(ワ)第3569号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,金1590万円及びこれに対する平成12年7月4日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分し,その4を被告の,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金2948万8855円及びこれに対する平成12年7月4日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,陳旧性脳梗塞に伴うてんかんのために,被告の設置する東京醫科大学病院(以下「被告病院」という。)に入院したAが,治療中に転倒して頭部を打撲し,硬膜下出血による脳軟化により死亡したため,Aの妻であり相続人である原告が,被告に対して,債務不履行による損害賠償と遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠により認定した事実については,括弧内に証拠を示す。)(1) 当事者原告は,平成10年9月24日死亡したAの妻であり,Aの子は,相続人B,同C及び同Dの3名がいるが,この3名はいずれも東京家庭裁判所において,Aの相続放棄の申述を行いそれぞれ受理されたため,原告は,Aの兄弟姉妹らと共同相続をするところとなり,Aの相続財産を4分の3の割合により相続した(甲1ないし4,9,11)。 被告は,東京都新宿区a町b丁目c番d号に被告病院を設置し,その管理運営をする学校法人である。 (2) Aの被告病 続財産を4分の3の割合により相続した(甲1ないし4,9,11)。 被告は,東京都新宿区a町b丁目c番d号に被告病院を設置し,その管理運営をする学校法人である。 (2) Aの被告病院への入院及びその後の経過Aは,平成10年9月15日午前0時13分,意識障害のため,救急車で被告病院に搬送されて入院した。 被告病院は,AのCTスキャンを撮って診察し,陳旧性脳梗塞に伴う痙攣発作(てんかん)と診断してAを入院させ,入院後,保存的治療をしたところ,Aの意識は改善され,同月20日からは,症状の固定後の退院を目指してリハビリテーションを開始することになった。 (3) Aの死亡Aは,平成10年9月21日,被告病院における集中治療室においてリハビリテーション中,付添いの看護婦EがAのもとを離れた間に,転倒して頭部を打撲し(以下「本件事故」という。),しばらくして意識を失い,同月24日午後8時53分,硬膜下出血による脳軟化により死亡した(甲6,10,乙1の21頁ないし33頁)。 2 争点(1) 不完全履行による被告の責任の有無(2) 損害 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)[不完全履行による被告の責任の有無](原告)ア本件事故の態様Aは,椅子座位のリハビリテーション中に,座位を保持できなくなった結果,椅子から転落し,又は,上半身が後方に傾斜して,上半身の重みで椅子ごと後方に転倒した。若しくは,Aは,椅子から立ち上がろうとしたが,その動作を継続できなかったため,又は,立ち上がったものの,その姿勢を保持できなかったため,椅子ごと後方に転倒したものである。 イ被告の過失(ア) 予見可能性被告病院の担 続できなかったため,又は,立ち上がったものの,その姿勢を保持できなかったため,椅子ごと後方に転倒したものである。 イ被告の過失(ア) 予見可能性被告病院の担当看護婦のEは,本件事故発生当時において,Aの座位保持リハビリテーションはまだ2日目であるから,長時間のリハビリテーションを行った場合は,Aにとって座位保持が困難になることが予見できた。 また,被告病院の担当者は,Aには場所についての見当識障害があることを認識していたのであるから,同人が,リハビリテーション中に椅子から立ち上がるなどの危険行動を起こして,転倒による受傷などの結果の発生があり得ることを予見可能であった。 (イ) 結果回避義務違反被告は,下記のうちのいずれかの措置をとれば,Aの転倒による受傷の結果を回避できたにもかかわらず,いずれの措置もとらなかった。 ① Aのリハビリテーション中,看護婦が,終始付き添う。 ② 看護婦が付添いを中断する際,リハビリテーションを中断する。 ③ 長時間の座位保持のリハビリテーションを回避する。 ④ Aが,椅子の後方に転倒しないための措置,すなわち,車椅子や背丈の高い背もたれ付きの椅子を利用するか,あるいは,壁に近接して椅子を置くなどの措置をとる。 ⑤ Aが,リハビリテーション中に立ち上がれないように,身体を椅子にベルトなどで固定する等の措置をとる。 (被告)本件事故当時,Aは,担当看護婦のEと十分なコミュニケーションがとれており,本件事故発生日も,Aの午後の検査予定を確認しに行く直前に「動かないようにしてね。」と声をかけた際にも頷いて,同看護婦の言うことを十分理解し,その指示に従った行動を コミュニケーションがとれており,本件事故発生日も,Aの午後の検査予定を確認しに行く直前に「動かないようにしてね。」と声をかけた際にも頷いて,同看護婦の言うことを十分理解し,その指示に従った行動を取ることができていた。 また,Aは,身体的にも,少なくとも,担当看護婦がナース・ステーションに午後の検査予定を確認しに行き戻ってくるまでの間,椅子座位姿勢を保持するのに十分な状態であった。 さらに,Aにみられた見当識障害は,場所についてのみであり,この見当識障害は,立ち上がる動作をすることとの間に論理的な関係はないから,見当識障害が存することを根拠に,Aの転倒を予見できることにはならない。 したがって,本件事故は,予測不可能なものであり,被告に過失はない。 (2) 争点(2)[損害](原告)Aは,本件事故により,下記アないしウのとおり,合計3931万8474円の損害を被った。 ア逸失利益 1211万8474円(ア) Aは,平成10年1月1日から,死亡する同年9月24日までの賃金として,有限会社昭和ビルサービスから250万円の支払を受けていた。 この賃金を基礎にして下記計算式により,Aの死亡時の年収を算出すると341万7602円となる。 計算式 2,500,000×365÷267=3,417,602円(イ) Aは,死亡時の年齢が63歳であり,労働能力喪失期間は4年である。 前記(ア)の年収に対し,労働能力喪失期間4年間のライプニッツ計数3.5459をかけて中間利息を控除した後の逸失利益は,1211万8474円である。 イ慰謝料 2600万円Aは,原告及びDの一家の主として家計を支えていたものである。したが 459をかけて中間利息を控除した後の逸失利益は,1211万8474円である。 イ慰謝料 2600万円Aは,原告及びDの一家の主として家計を支えていたものである。したがって,Aの死亡による慰謝料は,2600万円を下回ることはない。 ウ葬儀費用 120万円Aの葬儀については,合計386万0368円を要したが,本件事故と相当因果関係のある損害は,このうち120万円である。 エ本件訴訟で請求する損害金額 2948万8855円前記アないしウの損害額の合計は,以上のとおり,3931万8474円であるが,原告は,同人の子らが相続放棄した結果,Aの妻として法定相続分4分の3を相続したので,原告は,本件訴訟で,2948万8855円の損害金を請求する。 (被告)原告の損害についての主張は否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 前提となる事実前記争いのない事実等,証拠(証人E,同F),後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。 (1) Aが被告病院に入院した経緯及びその後の病状ア Aは,従来より糖尿病(インスリン療法中),陳旧性脳梗塞,糖尿病性網膜症として,高度の視力障害を呈しており,平成9年1月又は2月ころから被告病院に通院していたところ,平成10年9月14日午前に,自らが購入した,被告病院の処方ではないドイツ製の脳梗塞の薬を服用した後,夕方に顔面蒼白,食事摂取不可能となり,夜に嘔吐し,痙攣,左半身麻痺が出現したとして,救急隊を要請し,翌15日午前0時13分に被告病院に搬送された(甲5,乙1の4頁,5頁,14頁,96頁,乙4,5)。 イ搬送時のAの状態は,以下の通りであった(甲5,乙1の4頁,5頁 ,救急隊を要請し,翌15日午前0時13分に被告病院に搬送された(甲5,乙1の4頁,5頁,14頁,96頁,乙4,5)。 イ搬送時のAの状態は,以下の通りであった(甲5,乙1の4頁,5頁,15頁,乙4,5)。 ① 意識レベルは,ジャパン・コーマ・スケール(JCS)で300(「刺激をしても覚醒しない状態」で「痛み刺激に全く反応しない」)。 ② 瞳孔は3.0㎜等大,左共同偏視あり,対光反射両側なし。 ③ 血圧232/120,脈拍120とかなりの高血圧,頻脈。 ④ 顔面,下腿の浮腫著明。 被告病院では,鎮静処置後に気管内挿管して,頭部CTスキャンを実施したが,右後頭葉の陳旧性脳梗塞,蝶形骨洞に占拠性病変があり,年齢に比して高度な脳萎縮が認められた(乙1の16頁,乙5)。 ウ Aは,同月15日午前1時ころ,被告病院の救命医療センターに入院し,その後徐々に意識レベルが上昇して,約1時間後に抜管したが,その時点で自発呼吸は良好で,意識レベルもジャパン・コーマ・スケール(JCS)で3(「刺激しないでも覚醒している状態」のうち,「自分の名前,生年月日が言えない」もの)ないし10(「刺激すると覚醒する状態」で「普通の呼びかけで容易に開眼する」もの)となっていた(乙1の16頁ないし18頁,乙5)。 エ Aは,その後,入院による拘禁症候群のためと思われる「夜間せん妄」や,「ごきぶりがいる」などの幻覚症状(乙1の18頁,117頁[9月15日~16日]),意味不明の言動(乙1の119頁[9月16日~17日],123頁[9月18日~19日],125頁[9月19日~20日]),暴れることや暴言(乙1の121頁[9月17日~9月18日],123 6日]),意味不明の言動(乙1の119頁[9月16日~17日],123頁[9月18日~19日],125頁[9月19日~20日]),暴れることや暴言(乙1の121頁[9月17日~9月18日],123頁[9月18日~19日]),意識混濁状態(乙1の20頁[9月18日]),覚醒不良の症状(乙1の123頁[9月18日~19日],125頁[9月19日~20日])などがあり,活動性の上昇がなかなかみられなかったが,9月20日には,場所について見当識障害があったものの,意識レベルは1ないし2まで回復していた(乙1の21頁,35頁,乙5)。 Aは,看護婦との間で,9月20日午前9時30分ころには,「あいさつはしっかりとね,しますよ。今日は天気いいね。」という会話をした(乙1の127頁[9月20日~21日])。 (2) 本件事故発生前のAのリハビリテーションア Aは,9月19日には,ベッド上ギャッジ・アップ姿勢をとることができるようになり,同月20日には,午前11時ころから椅子座位姿勢によるリハビリテーションが開始された(乙1の127頁[9月20日~21日],乙5)。 イなお,同月19日から20日にかけてのAの症状は,看護記録中の「A&Pサイン」欄記載(乙1の125頁[9月19日~20日])によれば,「21°ころ覚醒す。その后不明言動きかれ,失見当識あり。」「夜間時に覚醒,朝方に入眠する。意味不明なことを言う時もある。」「朝方入眠したのは,低血糖のためか?」「BS徐々に低下し,43まで低下」「BSコントロールつかず要注意」などの記載があるから,Aは,この時点において,これらの症状を呈していたことが認められる。 (3) 本件事故発生当日(平成10年9月21日)の経緯ア午前9時ころから午 要注意」などの記載があるから,Aは,この時点において,これらの症状を呈していたことが認められる。 (3) 本件事故発生当日(平成10年9月21日)の経緯ア午前9時ころから午前11時ころまで(ア) 被告病院のAの担当看護婦であるEは,この時間帯に勤務しており,深夜勤の看護婦から,Aについて,場所や日時についての見当識障害はあるもののバイタルは安定しているという申し送りを受けて,午前9時ころには,Aのベッドサイドへ行った(乙5)。 (イ) その後,Aの全身の清拭を行うこととなり,Aは,Eからスポンジとタオルを渡されると,ベッド上で自分で身体を拭いた(乙5)。 (ウ) 清拭後,しばらく休憩してから,Eは,ベッド上ギャッジ・アップにて,Aの上半身を挙上した姿勢とし,午前10時30分ころから,姿勢保持のリハビリテーションを開始した(乙5)。 (エ) この間,Eは,Aに付き添って話し相手となりながら,その様子を観察したところ,AはEとの間で「俺は息子がいるんだ。でもね,ずっと会っていないんだ。」,「家のトイレ新しいんだよ。新しいトイレになってから1週間だから,早くそれを使いたいなあ。まだ駄目なの?仕方ないねえ。今家じゃないの?そう。病院なの。じゃあ仕方ないねえ。」などの会話を交わした(乙5)。 Aのこの時の意識レベルは,場所についての見当識障害があったため,ジャパン・コーマ・スケール(JCS)で1ないし2程度であった(乙5)。 イ午前11時ころから正午ころまで(ア) 午前11時ころに担当医の回診があり,担当医は,Eに対し,前日と同様の椅子座位による姿勢保持のリハビリテーションを行うこと,前日よりもリハビリテーションの時間 ら正午ころまで(ア) 午前11時ころに担当医の回診があり,担当医は,Eに対し,前日と同様の椅子座位による姿勢保持のリハビリテーションを行うこと,前日よりもリハビリテーションの時間を延ばし,食事も椅子座位姿勢でとるようにしてみようとの指示を行った。これを受けて,Eは,Aをベッドから下ろして,椅子に座らせ,椅子座位姿勢とした。この時,Eともうひとりの看護婦が介助し,2人でAに肩を貸すようにし,パジャマのズボンを持ってベッドから椅子へ移動させた(乙5)。 (イ) Aの座位姿勢によるリハビリテーションの際に使用した椅子は,パラマウントベッド社製で,被告病院で椅子座位姿勢のリハビリテーションに通常用いられている椅子であった(以下「本件椅子」という。)。 Eは,本件椅子にAを座らせ,その前に長テーブルを置いて挟むようにして固定した。また,このテーブルの脚には左右各5㎏の砂袋の重りを乗せてテーブル自体の固定をしていた(乙2,5)。 (ウ) Eの同日の昼の食事休憩の時間は,午前11時から正午までの予定であったが,Eは,午前11時ころにAをベッド上ギャッジ・アップから椅子座位へ変えたばかりであったことから,Aの様子をしばらく観察し,Aが苦痛や異常を訴えないことを確認した上で,同20分過ぎに別の看護婦に付添いの交替を依頼し,食事休憩をとった(乙5)。 ウ正午前ころから午後1時ころまで(ア) Eは,急いで昼食をとり終えて正午前にはAのところへ戻り,Eの食事休憩中,交替して付き添った看護婦に,Aに変わりがなかったかどうか確認したが,Aは異常や苦痛を訴えることはなく,辛そうな様子もなく,話も無理なくできていたという報告を受けた(乙5)。 また,Eは,Aにもこの間苦 ,Aに変わりがなかったかどうか確認したが,Aは異常や苦痛を訴えることはなく,辛そうな様子もなく,話も無理なくできていたという報告を受けた(乙5)。 また,Eは,Aにもこの間苦痛がなかったことを確認した上で,予定通り椅子座位姿勢のままAに昼食をとらせることとした(乙1の114頁,5)。 (イ) 食事は,他の患者のものと一緒に,救急医療センター配膳室前の廊下に配膳車に乗せて用意されており,Eは,食事が用意されたとの連絡を受けたため,Aに,「食事を取ってくるので動かないでね。」と声をかけ,Aが頷いてこれを理解していることを確認して,数メートル先の配膳車のところへ行き,食事を取ってきた(乙5)。 Aの前のテーブルの上に食事を乗せて勧めると,Aは,準備された食事を,自力でほぼ全部摂取できた。Eは,Aに,動かないよう声をかけ,救急医療センター配膳室前の廊下にある配膳車に下膳した(乙5)。 (ウ) Eは,Aに対して,昼食後,午後0時30分ころに食後の服薬を行い,その後続けて歯磨きをさせた(乙5)。 Eは,これらのときもAのもとを離れ,Aのいる病室の前の洗面所に,服薬のための飲用水を汲みに行ったり,歯磨きのためのタオルと口腔内をすすぐ水及び洗面器を取りに行った(乙5)。 Eは,Aに,「歯磨きの用意をしてくるから動かないでね。」,「薬のお水を持ってくるから動かないでね。」と声をかけ,Aの顔や表情を観察して,Aが頷いたり,「大丈夫。」などと答えたりするのを確認した上でその場を離れた(乙5)。 エ午後1時ころからAの転倒発見まで(ア) 服薬及び歯磨きが終わった時点で,Aの椅子座位での姿勢保持のリハビリテーションは約 のを確認した上でその場を離れた(乙5)。 エ午後1時ころからAの転倒発見まで(ア) 服薬及び歯磨きが終わった時点で,Aの椅子座位での姿勢保持のリハビリテーションは約2時間を経過したことから,Eは,Aに,「その姿勢で辛くないですか。」と話しかけたところ,Aは,「大丈夫。」と答えた(乙5)。 (イ) Eは,午後1時10分ころ,Aの午後の検査の予定をナース・ステーションに確認しに行った。このとき,Eは,Aに,「動かないようにしてね。」と声をかけ,Eは,病室の廊下を隔て斜め向かいにある数メートル先のナース・ステーションへ向かった(乙5)。 (ウ) Eが,ナース・ステーションにあるカウンターのあたりで,詰めていた看護婦に声をかけ,Aの検査の予定を確認しようとしたところ,背後でガタンという音がしたので急いで見てみると,Aと同室に入院中の患者の家族が飛び出してきて,Aが倒れている旨をEに伝えた(乙5)。 オ転倒後の経過とAの死亡(ア) Aは,床に仰向けで後ろ側に倒れており,Eが名前を2~3回呼んだところ,頭をさすりながら,はっきりした口調で「頭打っちゃった。」と答えた。 Aが座っていた椅子は,Aが倒れていた右側頭部付近に倒れており,テーブルは動いていなかった(乙5)。 (イ) 本件事故により医師の診断を受けたAの意識レベルは,徐々に低下し,CT所見で左側頭部に硬膜下血腫及びこれによると思われる正中偏位が認められたため,急性硬膜下血腫と診断され,緊急で小開頭血腫洗浄,ドレナージ術が施行された。その術後,CTで血腫の増大が認められたため,さらに緊急で開頭血腫除去術が施行されたが,平成10年9月24日午後8時53分,硬膜下出血による脳軟化により死亡した 血腫洗浄,ドレナージ術が施行された。その術後,CTで血腫の増大が認められたため,さらに緊急で開頭血腫除去術が施行されたが,平成10年9月24日午後8時53分,硬膜下出血による脳軟化により死亡した(甲10,乙1の21頁ないし33頁,乙5)。 2 争点に対する判断(1) 争点(1)[不完全履行による被告の責任の有無]についてア Aの本件事故の態様前記前提となる事実によれば,Aの転倒を直接現認した者はいなかったのであるから,転倒の態様について厳密に全ての過程を特定することは容易ではないものの,①本件椅子は,写真撮影報告書(乙2)中の写真で示されているもので,鉄パイプ製の脚,肘置きのついたものであるが,背もたれの高さは比較的低く,折り畳み式のものであること(証人E7頁10頁),②被告代理人岡田隆志弁護士が,実際に本件椅子に腰かけて後方に寄りかかってみても,そのままでは容易に転倒しないこと(証人E11頁),③Aは,床に仰向けに転倒しており,椅子はAの右斜め上のあたりに折り畳まれている状態で床にあったこと(証人E7頁),④本件椅子の後方には何もなかったこと(証人E6頁)などを総合して判断すると,Aは,立ち上がり,又は,立ち上がろうとして体のバランスを失い,椅子ごと後方に転倒し,左側頭部を強打したものと認めるのが相当である。 イ本件事故の予見可能性本件各証拠及び前記争いのない事実等,前提となる事実並びに弁論の全趣旨によれば,以下のとおり,本件事故は予見可能であったというべきである。 (ア) まず,Aの運動機能については,本件事故当時,自ら立ち上がり,歩行することが,十分にできるだけの運動機能があったか否かは不明であるが,少なくとも,看護婦に挟まれた状態では,自分 (ア) まず,Aの運動機能については,本件事故当時,自ら立ち上がり,歩行することが,十分にできるだけの運動機能があったか否かは不明であるが,少なくとも,看護婦に挟まれた状態では,自分で立っていることが可能であったことが認められるのであるから,本件事故当時,自ら立ち上がり,又は,立ち上がろうとする運動機能を有していたこが認められる(証人E11頁)。 (イ) 次に,Aが看護婦の声掛けを理解し,かつ,それに従って自己の行動を制御することができる程度の弁識能力,制御能力があったか否かについては,以下のとおり,これらを認めることはできない。 すなわち,Aが,被告病院に入院することになったのは,自ら購入して服用したドイツ製の脳梗塞の薬の作用による「陳旧性脳梗塞に伴うてんかん」のためであり,入院後に,漸次,意識障害及びてんかんの発作は改善をみたものの,9月18日においては,Aは,陳旧性脳梗塞に起因するてんかん発作後の昏迷状態にあった事実が認められ(乙1の121頁[9月17日~18日],123頁[9月18日~19日],証人F13頁),平成10年9月19日から20日にかけては,意味不明の言動を行い,朝方に眠るなど,覚醒不良の症状を示していたことが認められる(乙1の125頁[9月19日~20日])。 そして,本件事故のあった前日(平成10年9月20日)においても,看護日誌(乙1の127頁[9月20日~21日])の「A&Pサイン」欄には「ES自力摂取可も手元おぼつかないかんじあり。呂律回らない様な,もぐもぐした口調。 イスに移る時めまいあるも,ほぼ自力で移動可。」「ES時,自力摂取せず,食べていてもそしゃくをやめてしまう。ボオーッとしてしまう。左側に倒れてしまうため,と中でベッドへ戻す。」「 もぐもぐした口調。 イスに移る時めまいあるも,ほぼ自力で移動可。」「ES時,自力摂取せず,食べていてもそしゃくをやめてしまう。ボオーッとしてしまう。左側に倒れてしまうため,と中でベッドへ戻す。」「時々ボーッとするのは,てんかんか?」「確実に内服させ,血中濃度保っていく。」「ここはどこだっけ。」「会話成立するも失見当識あり。」「ES取りこぼし多く,ほとんど介助にて摂取す。」「BSムラあるため,低血糖,高血糖症状に注意す。」などの記載があり,9月20日の時点で,Aは,これらの症状を呈していた事実が認められ,さらに,同日において,Aは,「アレビアチン」という抗痙攣薬を処方されていたこと,そして,この場合に,Aの血中濃度を維持しないと再発作を起こす可能性があったことが認められる(証人F13頁,14頁)。 結局,Aにおいては,陳旧性脳梗塞に伴うてんかん発作にかかわると考えられるこれらの症状が,翌9月21日の本件事故当日において再発しないといえる程度にまで寛解しているとは言い難い状態であったことが認められるのであるから,Aは,看護婦の指示を聞き,これを弁識し,かつ,その指示に従って行動を制御する十分な能力を有していたとは認められないというべきである(乙1,4,5,証人F13頁,14頁)。 (ウ) そうであるとすれば,被告担当医師は,Aが看護婦の指示に対して頷くなどの行動をとったとしても,場所的見当識障害などが原因で,自己にされた指示の内容を理解せず,あるいは,いったんは理解したとしても,これを失念して,立ち上がろうとするなどの行動をとること,その際,体のバランスを失って転倒するような事故が生ずべきことも予見することが可能であったというべきである。 ウ結果回避可能性前記イのとおり, るなどの行動をとること,その際,体のバランスを失って転倒するような事故が生ずべきことも予見することが可能であったというべきである。 ウ結果回避可能性前記イのとおり,Aの座位保持リハビリテーションを行うについては,転倒による受傷の可能性を予見し得たのであるから,被告担当医師ないし看護婦は,これを回避するために必要な措置を講ずるべきであった。 具体的には,テーブルを設置して前方への転倒を防ぐべき方策を講じるだけではなく,原告の主張するとおり,本件椅子の後ろに壁を近接させるなどして後方への転倒を防ぐべき措置をとったり,又は,付添いを中断するときは,その間,椅子から立ち上がれないように身体を固定したり,転倒を防止するために常時看護婦が付き添うなど,通常取り得る措置を講ずることによって,転倒防止を図ることが可能であったというべきである(現に,被告病院においては,5㎏の砂袋2個を脚に乗せたテーブルを設置することによって,前方への転倒による受傷防止策を講じていたものであるが,後方への転倒防止策は欠如していたものといえる。)。 エ被告の債務不履行について(ア) 被告担当医師は,前記イ,ウのとおり,医療従事者として,Aの本件事故による受傷を予見し,かつ,これを回避することが可能であったというべきところ,座位保持のリハビリテーションを行うにあたり,担当のEに指示して,安全なリハビリテーションを行うべきであったにもかかわらず,転倒を回避すべき方策をEになさしめることなく,漫然とリハビリテーションを継続させ,また,Eにおいても転倒を防止する策を講じないままAのもとを離れたのであるから,被告には医療行為を行う上で過失があり,債務不履行があったものというべきである。 (イ) ンを継続させ,また,Eにおいても転倒を防止する策を講じないままAのもとを離れたのであるから,被告には医療行為を行う上で過失があり,債務不履行があったものというべきである。 (イ) これに対し,被告は,① Aは,椅子座位のリハビリテーションについて,十分これを行うことができる身体的状態にあり,② Aは,順調に意識障害を改善し,Eとの意思疎通にも会話にも問題なく,また,③ Aは,食事を自力で摂取し,食後の服薬,歯磨きも自力ででき,④ Aのリハビリテーションは約2時間を経過したので,Eが「その姿勢で辛くないですか。」と問いかけると,「大丈夫。」と答えていた,⑤ Eが,ナース・ステーションに午後の検査の予定を確認しに行く直前に,「動かないようにしてね。」と声をかけたところ,Aはこれに対して頷いて,Eの言ったことを理解し,しかも苦痛や異常を訴えることはなかった,⑥ 本件椅子は,左右に肘置き及び背もたれがあり,安定性のあるものであって,椅子の前には5㎏の砂袋2個を脚に乗せて固定したテーブルを設置していたもので,安全が確保されていたのであるから,これらを根拠として,本件事故は,被告においては予見不可能であり,被告に過失はなかったと主張する。 しかしながら,前記イ(イ)のとおり,Aの病状は,「陳旧性脳梗塞に伴うてんかん」の発作が再発しないといえる程度にまでは改善されておらず,かつ,その治療のための薬を服用しているところであり,再び,てんかんの発作,場所的見当識障害などが発現することも十分に予想されていたのであるから,Aが場所的見当識障害などにより看護婦の指示に反して立ち上がろうとするなどの行動をとることも予見可能であったものというべきである。したがって,また,医療に携わる者としては,このような患者を対象にリハビリ 所的見当識障害などにより看護婦の指示に反して立ち上がろうとするなどの行動をとることも予見可能であったものというべきである。したがって,また,医療に携わる者としては,このような患者を対象にリハビリテーションを実施する場合,患者の入院後の経過を十分に考慮して,安全に椅子座位保持のリハビリテーションを実施する義務があったというべきであり,Aがてんかん発作や見当識障害などにより看護婦の指示に従わずに立ち上がるなどの行動を起こし,その結果,Aが転倒することも予想して,転倒による受傷を回避するための措置をとるべきであったところ,これを怠ったのであるから,被告の主張は到底採用できない。 (2) 争点(2)[損害]についてア逸失利益についてAは,被告病院に入院する前から糖尿病及び脳梗塞に罹患し,被告病院に入院してからは陳旧性脳梗塞に伴うてんかんの症状を呈し,歩行も容易にできるような状況になかったこと(証人E11頁)が認められ,本件事故当時において,陳旧性脳梗塞の後遺症を改善するためのリハビリテーションに着手した段階であり(乙5),死亡したときは,満63歳であったことが認められる(甲2の1,2)。 以上の事実及び弁論の全趣旨によれば,Aは,本件事故が起こらず,しかるべき時期に被告病院を退院したとしても,入院前のように就労して収入を得る蓋然性は低く,逸失利益を認めるのは相当でない。 イ A死亡にかかる慰謝料についてAは,平成5年6月4日,原告と婚姻し,平成8年3月25日にはDと養子縁組をした事実が認められる(甲2の2)ところ,被告病院に入院した時点では,Aは,糖尿病,陳旧性脳梗塞に罹患し,視力障害を有するなどにより,少なくとも経済的には,一家の支柱という地位にあるものとは認 縁組をした事実が認められる(甲2の2)ところ,被告病院に入院した時点では,Aは,糖尿病,陳旧性脳梗塞に罹患し,視力障害を有するなどにより,少なくとも経済的には,一家の支柱という地位にあるものとは認められず,Aの本件転倒による死亡にかかる慰謝料は,2000万円とするのが相当である。 ウ葬儀費用について祭壇・式典費用等明細書及び葬儀費用合計請求書(甲8の1,2)によると,Aの葬儀に要した費用は,合計386万0368円であることが認められるが,このうち120万円が,本件事故と相当因果関係があると認められる。 エ以上のとおり,Aの死亡にかかる損害金の総額は,合計2120万円であるが,原告は,その4分の3につき,Aの遺産を相続したのであるから,原告の損害は1590万円である。 第4 結論以上によれば,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容することとし,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第 1 部裁判長裁判官小磯武男裁判官坂口公一裁判官大谷太
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