平成19年(わ)第539号,655号傷害致死,傷害被告事件判決〔本籍〕略〔住居〕略〔職業〕略被告人A生年月日略主文被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中380日をその刑に算入する。 訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由 【罪となるべき事実】第1被告人は,平成19年6月7日午前1時45分ころ,広島県呉市a町bcd番地e所在の畑付近から同市a町bf番地付近路上に至るまでの間において,B(当時78歳)から,かまで顔面を切り掛かられるなどの攻撃を受けたことから,自己の生命,身体を防衛するため,その防衛に必要な程度を超え,Bに対し,その顔面をこぶしで殴り,同人を路上に転倒させるなどの暴行を加え,同人に鼻出血等の傷害を負わせるとともに同人を意識消失に至らせ,よって,そのころ,同所において,同人を血液吸引による窒息により死亡させた。 第2被告人は,同日午前2時ころ,同市a町bg番地所在のC方において,C(当時52歳)に対し,その頭部等をこぶしで殴り,腰を足で蹴るなどの暴行を加え,よって,同人に少なくとも数日間の加療を要する頭部・顔面皮下血腫,後頭部挫創,腰部挫創等の傷害を負わせた。 【証拠の標目】略【争点に対する判断】 第1Bに対する傷害致死の公訴事実について上記の公訴事実の要旨は,被告人が,平成19年6月7日(以下,月日については特に断らない限り,平成19年のものとする。)午前1時45分ころ,Bに対して,かまで切り付け,顔面をこぶしで殴り,同人を路上に転倒させる等の暴行を加え,同人に鼻出血等の傷害を負わせるとともに同人を意識消失に至らせ,同人を血液吸引による窒息により死亡させたというものであり,被告人は,これについて,身に覚えがないと述べている(そもそも,被告人は,本件前日の午後8時過ぎか 負わせるとともに同人を意識消失に至らせ,同人を血液吸引による窒息により死亡させたというものであり,被告人は,これについて,身に覚えがないと述べている(そもそも,被告人は,本件前日の午後8時過ぎから本件当日の午前4時30分ころまでの間の記憶が全くないと述べている。)。 検察官及び弁護人の各主張に照らすと,本件の争点は,①事件性,すなわち,Bが死亡したのは何者かの暴行によるものかどうか,②犯人性,すなわち,Bに暴行を加えて死亡させたのが被告人かどうか,③正当防衛の成否,すなわち,被告人の暴行は,Bから攻撃を受けたことに対する正当防衛と評価されるのかどうかという3点である。 以下,これらの点について判断を示す。 事件性について(1) 関係各証拠によれば,次の事実が認められる。 アBは,6月7日午前2時16分ころ,広島県呉市a町bf番地付近路上に息がない状態で頭を南側に向けて仰向けで倒れているところを110番通報により臨場した警察官により発見された。 イBの顔面には,①右目の周囲,②鼻全体と左目の内側,③口の左部分,④左頬に,それぞれ表皮剥脱のない皮下出血があった。 さらに,Bの頭部には,⑤後頭部及び左側頭部にそれぞれ挫創及び皮下出血,⑥頭頂部に挫創及び表皮剥脱,⑦右側頭部に表皮剥脱があった。 Bが倒れていた路上には,Bの頭の位置に相当量の血痕があり,そのすぐ東側にある石垣には,毛髪及びBの血痕が付着していた。 (2) 証人Dは,Bの死体を解剖して鑑定を行った医師であるが,当法廷において,次のように供述する。 アBの上記①から④の顔面の傷は,その大きさ,目の周囲といったくぼんだ部分にも生じていること及びこれらの傷に表皮剥脱がないことなどから,手のこぶしくらいの大きさの表面が比較的平滑な鈍体による打撲によってできたと判断される。 これ その大きさ,目の周囲といったくぼんだ部分にも生じていること及びこれらの傷に表皮剥脱がないことなどから,手のこぶしくらいの大きさの表面が比較的平滑な鈍体による打撲によってできたと判断される。 これらの顔面の傷の箇所からして,Bの顔面には少なくとも4回の力が加わったと考えられる。 イBの頭部の傷は,路面や石垣など表面が滑らかではないものに打撲又は擦過するような力が加わってできたものと考えられる。 後頭部及び左側頭部の損傷状況からして,頭部の傷は2回以上の打撃が加わっていると考えられる。 ウBは,かなり強い外力が頭部に加わってクモ膜下出血を起こし,あるいは,これに脳震とうを併発して,意識を消失して鼻出血等を吸引し,窒息死したと考えられる。 (3) 以上の(1)の事実と(2)の証人Dの供述に加え,関係各証拠により認められる事実,すなわち,①Bには,前記の顔面や頭部の傷のほかにも,両手の肘や手の甲及びてのひら,両足首より下の部分等に多数の表皮剥脱等の傷があること,②Bが倒れていた場所に至るまでに同人が移動したと思われる場所には,同人が着用していたと認められる防寒靴(右足用),靴下(右足用),キャップ型帽子,長袖シャツ等が落ちていたことをも総合すると,Bが自らの不注意等で事故に遭って死亡したものでないことは明らかであり,Bと何者かとの間に争いがあり,Bは,その何者かにより,顔面を少なくとも4回殴るなどされたことにより鼻等から出血し,これと前後して少なくとも2回転倒するなどして,路面や石垣等に頭をぶつけたことが推認され,その結果,クモ膜下出血を起こし,あるいは,これに脳震とうを併発して意識を失い, 鼻出血等を吸引して窒息死したものと認定できる。 したがって,Bが死亡したのは何者かの暴行によるものであると認めることができる。 犯人性について あるいは,これに脳震とうを併発して意識を失い, 鼻出血等を吸引して窒息死したものと認定できる。 したがって,Bが死亡したのは何者かの暴行によるものであると認めることができる。 犯人性について(1) 関係各証拠によれば,次の事実が認められる。 ①Bは,6月7日午前1時45分ころ,広島県呉市a町bh番地の被告人が管理する居宅(以下「被告人の実家」という。)の玄関前に,被告人の実家の隣家に住むCを伴って訪れ,「わりゃ」「A」などと怒鳴るなどしたため,被告人の前妻であるEが近くの民家に駆け込んで電話を借りて110番通報をした。 ②Bが倒れていた場所の近くにはかま(以下「本件かま」という。)が落ちており,このかまの柄と刃の部分には,Bの血痕とともに,被告人の血痕が付着していた。 ③Bの右手親指の爪に被告人の組織片が残っていた。 ④Bの死体の頭の下に被告人のパジャマの下衣があった。 (2) ①の事実は,当時,被告人とBの間には,Eが110番通報をして警察官の介入を求めなければならないと感じるほどの争いに発展し得るような緊迫した状況があったことを示している。②③の事実は,被告人とBの両名の間で,何らかの形で本件かまが用いられたり,もみ合いやつかみ合いがあるなど激しい攻防があったことを示している。④の事実は,Bが倒れた後,その現場に被告人が居合わせたことを示している。これらによると,Bに暴行を加えて死亡させたのは被告人であることを認めることができる。 正当防衛の成否について(1) 弁護人は,仮に被告人がBに対して暴行を加えたとしても,それはBから本件かまによる先制攻撃(Bによる急迫不正の侵害)を受け,被告人は,これに対する反撃としてBに暴行を加えたものであり,正当防衛が成立すると 主張する。一方,検察官は,Bが被告人に対して,かまで ら本件かまによる先制攻撃(Bによる急迫不正の侵害)を受け,被告人は,これに対する反撃としてBに暴行を加えたものであり,正当防衛が成立すると 主張する。一方,検察官は,Bが被告人に対して,かまで先制攻撃をしたという事実はなく,むしろ,(a)本件かまを持ち出したのは被告人であり,(b)けんかをやめて自宅に帰ろうとするBを被告人が追い掛けて本件かまで攻撃したものであるなどとして,急迫不正の侵害はないと主張し,また,(c)被告人のBに対する暴行は自己の権利を防衛するための行為とはいえないと主張し,正当防衛は成立しないと主張する。 (2) そこで,正当防衛の成否について検討するに当たり,その前提として,本件に至る経緯等について見ると,関係各証拠によれば,次の事実が認められる。 ア被告人は,Eと離婚し独り身であった平成17年9月ころ,居住者のいなくなっていた被告人の実家に所用で帰省していた際,南側の隣家に住んでいたCと肉体関係を持ち,以後,同女と交際を続けていたところ,平成18年6月ころ,CがBと交際していることを知った。 BがCと交際していることや,CからBが被告人やその親族の悪口を言っていると聞いたことなどから,被告人は,Bのことを面白くない存在と思っていた。一方,Bも,被告人に悪感情を持っていた。 また,被告人がBに対して被告人やその親族の中傷をしていることに関して問いただしたり,Bが被告人に対して,被告人がbの実家に帰ってくるとろくなことがない,もう帰ってくるななどと言うなどしたりして,被告人とBとの間で言い争いになったことがある。 イ被告人は,1月ころ,Eと復縁することになり,Cとの関係を断った。 被告人は,被告人の実家に帰る都度,C宅における会話などをレシーバーにより受信して聞いていたところ,CがBに対して,被告人やその親族の悪 人は,1月ころ,Eと復縁することになり,Cとの関係を断った。 被告人は,被告人の実家に帰る都度,C宅における会話などをレシーバーにより受信して聞いていたところ,CがBに対して,被告人やその親族の悪口を言っているのを聞いた。 Eも,Cが被告人のことに関してうそばかり話しているのをレシーバーで聞いたことや,Cが被告人に対して頻繁に電話を掛けてくることなどか ら,Cに対して腹立たしく思っていた。 ウ被告人は,6月6日,Eとともに,被告人の実家に帰省し,草刈り等の作業をした後,午後7時30分過ぎころから,Eとともに,夕食を取りながら飲酒した。その際,被告人らは,C宅の電話をレシーバーにより受信して聞いていたところ,Cが,Bに電話で,被告人がC宅に来るかもしれず気持ち悪いといったようなことを話していた。 エこれに腹を立てたEは,C宅へ行き,C宅の台所にあった包丁を表に投げ捨てたり,包丁でC宅の畳等を傷付けるなどした。 Eが被告人の実家に戻ったところ,被告人とEとの間でけんかになりEは負傷した。 オ前記2(1)①のとおり,BとCは,6月7日午前1時45分ころ,被告人の実家の玄関前に来て,Bが「わりゃ」「A」などと怒鳴った。そのため,Eは,近くの民家に駆け込んで電話を借りて110番通報をした。 (3) Bによる急迫不正の侵害の有無についてア検察官がBによる急迫不正の侵害がないことの根拠として挙げる,(a)本件かまを持ち出したのは被告人であるとの主張について検討する。 (ア) まず,証拠を精査しても,本件かまが被告人の実家にあったものであることを裏付けるに足りる証拠はない。 (イ) 次に,Bの右のてのひらには,本件かまの刃を握ってできたような傷が認められるが,一方で,被告人の顔面には,かまの先端によって生じたと考えても矛盾しない傷が少なくとも2か に足りる証拠はない。 (イ) 次に,Bの右のてのひらには,本件かまの刃を握ってできたような傷が認められるが,一方で,被告人の顔面には,かまの先端によって生じたと考えても矛盾しない傷が少なくとも2か所ある。 証人Dの供述によれば,Bの傷はある程度止まっているような状態のかまを握ったときに生じるような傷であり,一方,被告人の傷は,仮にかまの先端によって生じた傷であるとすればかまの先端は動いていたものと認められる。 そうすると,むしろ,本件かまによる攻撃は,Bによるものの方が強 烈であったのではないかと疑われる。 (ウ) 前記(2)で見た本件に至る経緯,特に,本件前日のCに対するEの行動((2)エ)や被告人の実家の玄関前におけるBの言動((2)オ)等に照らすと,C宅の台所にあった包丁を表に投げ捨てるなどしたEの行為等に憤慨したCが,Bに対して,電話で,あるいは,呼び出すなどして,事情を話し(本件に至る経緯に照らすと,その際に,Cが,Bに対して,Eあるいは被告人の悪口を言うなどした可能性も否定できない。),これを聞いて憤慨したBが,Cとともに被告人の実家に赴いたと考えても不自然ではない。このようなBの当時の心理状態等に加え,本件現場付近の集落はみかん作りが盛んであり,みかん畑の草刈り用などにかまを所持している家が多いと認められることや,Bは,以前,かまを携行してC宅に押し掛け,かまを示して脅したことがうかがわれることなども考慮すると,Bが,その自宅あるいはC宅その他の場所から本件かまを持ち出し,これを何らかの形で携帯して,被告人の実家の玄関前に赴いたという可能性は否定できない。 なお,この点,検察官は,Eが,110番通報の際にも,また,当法廷で証言した際にも,Bがかまを持っているのを見たとは言っていないとして,Bがかまを携帯して被告人の実 たという可能性は否定できない。 なお,この点,検察官は,Eが,110番通報の際にも,また,当法廷で証言した際にも,Bがかまを持っているのを見たとは言っていないとして,Bがかまを携帯して被告人の実家にやってきたことはないと主張する。しかしながら,当時Eは,被告人に殴られて左目をけがしており,必ずしも視認状況が良くなかったことや,長時間Bを見ていたわけでもないこと,EがBを見たとき同人がかまを手に持っていたとは限らず,腰に差すなどして携帯していた可能性もあることなどからすると,EがBが持っているのを見たと言っていないことから,Bが本件かまを携帯して被告人の実家に赴いたことが完全に否定されるわけではない。 (エ) 一方,被告人は,前記(2)アのとおり,Bのことを嫌っており,同人との間で言い争いになったこともあるところ,被告人は,その供述によ れば,Bを意気地なしと軽べつしており,けんかになっても負けるはずはないと思っていたが,16歳も年長の高齢者であるBを殴ってもほめられることではないなどと考え,言い争いの際にも,手を出すことはしていなかったものと認められる。 このように,Bに対して優越感を持っていた被告人が,Bから,夜間突然怒鳴り込まれてきたとしても,かつて交際していたCの前で,やおらかまを持ち出してBに攻撃を加えるというのも,にわかに想定し難い。 (オ) 以上によれば,本件かまを持ち出したのは被告人であるという検察官の主張については,合理的な疑いが多分に残るところであり,むしろ,Bが本件かまを携帯して被告人の実家に赴き,その後,これを被告人に示し,さらには,本件かまで被告人に切り掛かるなどの攻撃を加えたのではないかと疑われるところである。 イ次に,上記(b)けんかをやめて自宅に帰ろうとするBを被告人が追い掛けてかまで攻撃したとの検 示し,さらには,本件かまで被告人に切り掛かるなどの攻撃を加えたのではないかと疑われるところである。 イ次に,上記(b)けんかをやめて自宅に帰ろうとするBを被告人が追い掛けてかまで攻撃したとの検察官の主張について検討する。 この点について,検察官は,Bは,広島県呉市a町bcd番地e所在の畑付近(以下,単に「畑付近」という。)で,被告人とけんかしたが,その後,けんかする意思がなくなり,自宅に向かっていたところ,被告人は,本件かまをどこかから持ち出し,Bを追い掛けて,攻撃したと主張する。 しかし,まず,被告人が本件かまを持ち出したということに合理的な疑いが残り,むしろ,Bが本件かまを携帯して被告人の実家の玄関前に赴き,このかまで,被告人に攻撃を加えるなどしたのではないかとの疑いがあることは前述したとおりである。 そして,畑付近にBが着用していた靴下(右足用)やキャップ型帽子が落ちていたことなどからすると,検察官の主張するとおり,畑付近で,被告人とBとの間で,何らかの攻防があったことは認められる。しかしながら,①畑付近から,Bが倒れていた場所までの間の路上には,Bが着用し ていた防寒靴(右足用)や長袖シャツ等が点々と落ちており,また,この間の路上には,被告人の血痕が3か所も付着していること,②Bには,前記1(1)(3)のとおりの多数の傷が認められるが,一方で,被告人にも,前記ア(イ)で示したようなかまの先端によって生じたと考えても矛盾しない傷のほか,顔面,上半身及び両手に皮下出血あるいは表皮剥脱を伴う多数の傷が認められることからすると,畑付近での被告人とBのけんかがいったん止んだ後,自宅に帰ろうとするBを追いかけてかまで攻撃したとの検察官の主張は,合理的な疑いが残る。むしろ,被告人とBは,畑付近から南側のBが倒れていた場所に至るまで,下 被告人とBのけんかがいったん止んだ後,自宅に帰ろうとするBを追いかけてかまで攻撃したとの検察官の主張は,合理的な疑いが残る。むしろ,被告人とBは,畑付近から南側のBが倒れていた場所に至るまで,下り勾配となっている路上を被告人とBの間で攻防を継続しつつ移動したものであり,かつ,Bは,この間(具体的にいつの時点かは,証拠上明らかではないが),かまで顔面に切り掛かるといった攻撃を含む暴行を被告人に加えていたと考えて不自然ではない。 ウまた,検察官は,仮にBが本件かまを持ち出したのであったとしても,Bが本件かまによる実質的な攻撃をする間もなく,被告人がそのかまを取り上げ,圧倒的優位に立ったことによって急迫不正の侵害はなくなったと主張する。しかしながら,これまで見たような被告人の傷の状況や本件現場の状況等によれば,Bが本件かまによる実質的な攻撃をする間もなく,被告人がその鎌を取り上げたと認定することはできない。 なお,本件かまは,倒れていたBの頭付近から北方約6.1m付近に,中途半端に裏返しになったBの長袖シャツとともに落ちていたものである。 そうすると,被告人が本件かまをBから取り上げたか何らかのもみ合いによるものかは不明であるが,少なくともこの地点で,本件かまがBの手を離れたことを推認でき,その侵害の程度はかなり低下したものということができる。 しかしながら,これまでの被告人とBとの関係や本件に至る経緯,被告 人の負傷状況等に照らすと,Bは,丸腰となった状態においてなおも被告人に対して攻撃を加えようとしていた可能性は否定できないし,他に,Bが侵害の意思を放棄するような態度を取ったことなど,侵害が終了したことを認定するに足る特段の事情も見当たらない。 エ以上によれば,被告人のBに対する暴行は,本件かまを携帯して被告人の実家の玄関前に が侵害の意思を放棄するような態度を取ったことなど,侵害が終了したことを認定するに足る特段の事情も見当たらない。 エ以上によれば,被告人のBに対する暴行は,本件かまを携帯して被告人の実家の玄関前に訪れ,その後,本件かまで被告人に切り掛かるなどして攻撃してきたBに対して行われた疑いが残るというべきであり,Bによる急迫不正の侵害の存在を否定することはできない。 (4) 防衛行為について次に,(c)被告人のBに対する暴行は自己の権利を防衛するための行為とはいえないとの検察官の主張について検討する。検察官は,被告人は,年齢体力で圧倒的優位に立ちながら,Bに対して激しい暴行を加えており,これは,Bに対する暴行の前に多量の酒を飲み,Eに対しても激しい暴力を振るって興奮状態にあった被告人が,自宅に怒鳴り込んできたBに対し,以前から積み重なってきた怒りの感情を爆発させ,積極的な攻撃意思のみに基づいて暴行したものと推認され,自己の権利を防衛するための行為とはいえないと主張する。 確かに,被告人とBとのこれまでの関係や,被告人がBを死に至らせるような暴行を加えた上,その後C宅へ行きCに対しても暴行を加えていること(第2の事実)などにかんがみると,被告人は,Bに対する暴行の際に,相当興奮状態にあり,Bに対する腹立ちや憤りも持ち併せていたことは否定できない。 しかしながら,(3)で示したとおり,Bは,被告人に対し,本件かまを用いて攻撃を加えた疑いがあり,被告人も相当程度の傷を負っていることなどからすれば,被告人のBに対する暴行は,自己の生命,身体を防衛するための行為であったと評価できる余地が十分あるというべきである。 なお,検察官は,被告人が防衛行為として暴行に及んだのであれば,事件直後に駆け付けてきた警察官に対してその旨告げるのが通常であるのに,「 為であったと評価できる余地が十分あるというべきである。 なお,検察官は,被告人が防衛行為として暴行に及んだのであれば,事件直後に駆け付けてきた警察官に対してその旨告げるのが通常であるのに,「何かあったんですか。」「知らんで。」などとBが死亡していることについて何も知らないという態度を取っているのは不自然であり,被告人は自己の犯行を隠そうとしたものであると主張する。しかしながら,事件直後において事件に関する記憶が被告人にあったとしても,被告人自身も相応の暴行行為に及んでおり,それによりBは意識を失い死亡しているのであるから,被告人が上記の態度を取っているからといって,防衛行為をした者の行動として不自然であるとまではいえない。検察官の主張は採用できない。 (5) 相当性さらに,被告人の暴行が自己の権利を守るために相当な範囲の行為であったといえるかについて検討する。 この点,(3)ウで示したとおり,①本件かまがBの手から離れた時点ではBの攻撃力はかなり低下していたと見られること,他方,②被告人は,Bに対し,顔面を少なくとも4回は殴り,頭部を石垣等といった固いものに少なくとも2回打ち付けさせるなど,激しい暴行を加え,Bは,顔面及び頭部等に多数の皮下出血や挫創等の傷を負っていること,③本件かまが落ちていた地点からBが倒れていた場所に至るまでの間にある石垣に,毛髪やBの血痕が付着していることなどから,本件かまがBの手を離れた後も被告人はBに対しし烈な暴行を加えたと推認されること,④被告人の暴行の結果,Bは死亡という重大な結果を生じていることなどにかんがみると,被告人の一連の暴行は,全体として防衛のためにやむを得ない程度を超えたものであったといわざるを得ない。 結論 以上のとおり,本件傷害致死の公訴事実については,被告人はBに対し,判示 んがみると,被告人の一連の暴行は,全体として防衛のためにやむを得ない程度を超えたものであったといわざるを得ない。 結論 以上のとおり,本件傷害致死の公訴事実については,被告人はBに対し,判示のとおりの暴行を加えて死亡させたことが認められるが,過剰防衛が成立す る。 第2Cに対する傷害の公訴事実についてCは,当法廷において,6月7日,自宅の仏間及びその他の部屋において,被告人から判示のとおりの暴行を受け,その結果傷害を負ったことを供述している。 これに対し,被告人は,Cに対する暴行の事実について身に覚えがないと述べ(この前後の記憶がないということは,前述のとおり。),弁護人は,Cの供述は信用できず,被告人がCに対して暴行した犯人と認定することはできないと主張する。 確かに,証拠によれば,被告人の実家から市道に出てC宅に至るまでの経路において,6か所にCの血痕が付着し,そのうち,屋外の支柱には相当量の血痕が付着していたほか,Cの両足のサンダルが落ちていたこと等の事実が認められ,その事実に照らすと,Cが上記経路において既に出血を伴う負傷をしていたことが疑われる。また,Cは,Eが本件前日夜にC宅に来たという事実や,その後,Bとともに被告人の実家に押し掛けたという事実を否定するなど,Bの死亡について,自らが引き金になるなどして関与したことがうかがわれる事実について,うその供述をしていることが認められる。 しかしながら,関係各証拠によれば,①Cが当時着用していたスウェット下衣には,Cの血液のほか,被告人の血液が付着していたことのほか,②C宅には,縁側,仏間,玄関北側3畳間,台所北側3畳間等にCの血痕があったこと,③被告人が着用していたトランクスには,Cの血痕が付着していたことなどの事実が認められる上,④Eも,当時,C宅近くにいたところ は,縁側,仏間,玄関北側3畳間,台所北側3畳間等にCの血痕があったこと,③被告人が着用していたトランクスには,Cの血痕が付着していたことなどの事実が認められる上,④Eも,当時,C宅近くにいたところ,C宅の方から,大きな叫び声が聞こえたと証言しており,C宅で被告人から暴行を受けたというCの供述はこれらの事実又は証拠に裏付けられている。また,C宅の各所に付着したCの血痕の量から見ても,C宅においてCが傷害の原因となる暴行を受けたことは明らかである。 したがって,Cの供述は,被告人から暴行を受けたという核心部分,すなわち,被告人から,頭部等をこぶしで殴られ,腰を足で蹴られるなどされたという供述部分については信用できるのであり,判示第2のとおり被告人による暴行の事実を認定した(C宅における被告人のCに対する暴行行為が防衛行為とならないことはもとより明らかである。)。なお,傷害の程度については,上記経路上で発生した傷害の存在も疑われることを考慮し,Cの公判供述によりC宅で生じた傷害と認められる後頭部挫創について,診断書(甲14)によれば,数日間の加療を要すると認められることから,その限度で認定をするにとどめた。 【法令の適用】〔罰条〕第1の行為刑法205条第2の行為刑法204条〔刑種の選択〕第2の罪懲役刑〔併合罪の処理〕刑法45条前段,47条本文,10条(重い第1の罪の刑に加重)〔未決勾留日数の算入〕刑法21条〔訴訟費用の負担〕刑訴法181条1項本文【量刑の理由】 本件は,被告人が,知人男性に対し,暴行を加えて路上に転倒させるなどし,鼻出血等の傷害を負わせるとともに意識消失に至らせ,同人を血液吸引により窒息させて死亡させたという傷害致死(ただし,過剰防衛)の事案と,その直後,隣家において,かつて交際していた 転倒させるなどし,鼻出血等の傷害を負わせるとともに意識消失に至らせ,同人を血液吸引により窒息させて死亡させたという傷害致死(ただし,過剰防衛)の事案と,その直後,隣家において,かつて交際していた女性に対し暴行を加え,数日間の加療を要する傷害を負わせたという傷害の事案である。 2(1) 犯行の態様について見ると,傷害致死の事案については,先に認定したとお り,被害者による急迫不正の侵害行為に対して行った疑いがあるものではあるが,被告人の暴行は,高齢である被害者の顔面を少なくとも4回殴り,路上等に頭を複数回ぶつけさせるなど,被害者を死に至らしめるほどの激しく,かつ,過剰で危険なものであったといえる。傷害の事案では,女性に対して,しつようで容赦ない暴行を加えており,犯情はよくない。 (2) 犯行の結果について見ると,傷害致死の被害男性は,当時78歳で,宅配便の取次ぎをしながら子の帰省や孫の成長を楽しみに日々を暮らしていたものであり,この世を突然去ることになった無念さは察するに余りある。被害男性の3人の子も,それぞれ,母亡き後に自分たちを慈しみ育ててくれた父親をしのびつつ,父親を失った事実を受け止めきれないまま悲嘆に暮れている。犯行によって生じた結果は誠に痛ましい。被告人に対して厳しい処罰を望んでいるのも無理のないところである。 傷害の事案についても,被害女性の傷害の程度は決して軽微なものではない。 被告人から受けた激しい暴行が被害女性に与えた精神的衝撃も大きい。 (3) これらの諸事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわなければならない。 しかしながら,他方,次のような被告人のために酌むべき事情も認められる。 (1) 本件各犯行は,被害者両名が深夜被告人のいる被告人の実家に押し掛け,被害男性が玄関前で「わりゃ」「A」などと怒鳴り,被告 しかしながら,他方,次のような被告人のために酌むべき事情も認められる。 (1) 本件各犯行は,被害者両名が深夜被告人のいる被告人の実家に押し掛け,被害男性が玄関前で「わりゃ」「A」などと怒鳴り,被告人がこれに応対した際,被害男性が,かまで被告人に対して攻撃をしたことが契機となっていると疑われるものであり,被害男性に対する傷害致死の行為については,全体として過剰ではあるが防衛行為であることを否定できないものである。そして,被告人と被害者両名との間のこれまでのいきさつに照らしても,被告人には多分に同情すべき面があることもまた否定できない。 (2) 被告人にはこれまでに前科前歴がない。 そこで,これらの諸事情を総合考慮し,被告人に対しては,主文の刑を科する のが相当であると判断した。 (検察官岡田志乃布,弁護人清水憲一郎公判出席)(求刑懲役8年)平成21年1月16日広島地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官伊名波宏仁裁判官髙橋康明裁判官工藤美香
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