平成28(ネ)3783 国家賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成30年10月24日 東京高等裁判所 棄却 東京地方裁判所 平成24(ワ)36185
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判決文本文11,161 文字)

主文 1 第1審原告らの控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は第1審原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 第1審被告は,第1審原告甲2に対し,損害金3450万円及びこれに対する不法行為の日である昭和18年5月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払え。 3 第1審被告は,第1審原告乙2に対し,損害金3450万円及びこれに対す る不法行為の日である昭和18年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払え。 第2 事案の概要(以下,略語は原判決の例による。) 1 本件は,治安維持法の施行下で,神奈川県警特高が,「泊会議」において共産党再建計画の謀議が行われた等のストーリーに基づいて,亡甲1及び亡乙1 を含む多数の関係者を同法違反の嫌疑で検挙し,拷問等による苛烈な取調べを行ったという,いわゆる横浜事件に関する国家賠償請求事件である。なお,甲1及び乙1に対する治安維持法違反被告事件は,執行猶予付き有罪判決の言渡しがされ確定したが(本件確定判決),その後の治安維持法の廃止及び大赦を経て,第三次再審請求に基づいて再審が開始され,免訴判決が言い渡された。 2 本件請求は,甲1の妻である第1審原告甲2及び乙1の長女である第1審原告乙2が,公務員の以下の違法行為を主張して,第1審被告に対し,甲1及び乙1からそれぞれ相続した国家賠償法又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,各6900万円(ただし,後述のとおり当審において請求の減縮がされている。)及び遅延損害金の支払を求めるものである。 (1) 特高警察官が事件をねつ造して甲1及び乙1を検挙し,拷問等による違法 円(ただし,後述のとおり当審において請求の減縮がされている。)及び遅延損害金の支払を求めるものである。 (1) 特高警察官が事件をねつ造して甲1及び乙1を検挙し,拷問等による違法 な取調べを行った行為(争点1-①関係)(2) 甲1及び乙1に対する治安維持法違反被告事件が,拷問による虚偽の自白の上に成り立つ虚構であることを認識し得たのに,検察官による起訴,予審判事による予審終結決定,判事による有罪判決が行われた行為,裁判所又は裁判所検事局関係者が,訴訟記録の保存規程に反して,判決原本を含む関係 書類を焼却した行為(争点1-②関係)(3) 第一次再審請求を担当した裁判官が,訴訟記録が存在しないことを理由に請求を違法に棄却した行為(争点1-③関係)(4) 第三次再審請求に係る再審公判を担当した裁判官が,無罪判決ではなく免訴判決をした行為(争点1-④関係) 3 原判決は,第1審原告らの請求を全部棄却したことから,第1審原告らが控訴を提起した。なお,控訴の趣旨(第1の2,3)記載のとおり,第1審原告らは当審において請求額を各3450万円及びその遅延損害金に減縮した。 4 前提事実及び争点に関する当事者の主張は,下記5,6のとおり加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の1,2及び第3記載のとおりであるか ら,これを引用する。 5 当審における第1審原告らの補充的主張(1) 国家賠償法施行前の公務員の行為と国家無答責の法理についてア原判決は,国家賠償法施行前の公務員の行為(特高警察官が事件をねつ造して甲1及び乙1を検挙し,拷問等による違法な取調べを行った行為, 甲1及び乙1に対する治安維持法被告事件についての検察官による起訴,予審判事による予審終結決定,判事による有罪判決が をねつ造して甲1及び乙1を検挙し,拷問等による違法な取調べを行った行為, 甲1及び乙1に対する治安維持法被告事件についての検察官による起訴,予審判事による予審終結決定,判事による有罪判決が行われた行為,裁判所又は裁判所検事局関係者が判決原本を含む関係書類を焼却した行為)につき,国家無答責の法理を適用して,第1 審被告の責任を否定した。しかし,国家無答責の法理とは,第1審被告が主張するように行政裁判法16 条や民法制定過程等の立法によって認められたものではなく,大審院昭和 16年2月27日判決・民集20巻2号118頁によって認められた判例法理にすぎない。そして,国家賠償法附則6項にいう「従前の例」に判例が含まれないことはいうまでもない。 また,「従前の例」において適用すべき旧法令が現行憲法に抵触する場合には,憲法の最高規範性ゆえに適用することができない。国家無答責の 法理は現行の日本国憲法17条に抵触するから当然に変更されなければならないのである。 イ第1審被告が国家無答責の法理を採用した判例として援用する最高裁昭和25年4月11日第三小法廷判決・裁判集民事3号225頁(以下「最高裁昭和25年判決」という。)は,先例としての価値を有しない。最高 裁昭和31年4月10日第三小法廷判決・裁判集民事21号665頁をみれば,最高裁昭和25年判決を排斥するのが最高裁の態度であるといえる。また,国家無答責の法理の適用が問題とされた一連の戦後補償請求訴訟において,最高裁平成19年4月27日第一小法廷判決・裁判集民事224号325頁は,国家無答責の法理を適用することなく,裁判上訴求す る権能の喪失という面から判断を示している。近時の裁判例においても,国家無答責の法理を認めないものが目立つようにな 集民事224号325頁は,国家無答責の法理を適用することなく,裁判上訴求す る権能の喪失という面から判断を示している。近時の裁判例においても,国家無答責の法理を認めないものが目立つようになっている(東京高裁平成12年11月30日判決・判例時報1741号40頁,京都地裁平成15年1月15日判決・判例時報1822号83頁,東京高裁平成15年7月22日判決・判例時報1843号32頁,新潟地裁平成16年3月26 日判決・訟務月報50巻12号3357頁,福岡高裁平成16年5月24日判決・判例時報1875号62頁等)。 (2) 第一次再審請求を棄却した裁判官らの行為の違法性についてア原判決は,第一次再審請求を棄却した裁判官の行為の国家賠償法上の違法性に関し,「当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたな ど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使した ものと認めうるような特別の事情があることを必要とする」旨の最高裁昭和57年3月12日第二小法廷判決・民集36巻3号329頁(以下「最高裁昭和57年判決」という。)の基準を採用して,違法な行為はなかったと判断した。 しかし,「当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をした」とい う,およそ通常では考えられないような例外的な場合を挙げる上記基準は,裁判官が争訟の裁判をするに当たって国家賠償法上の責任を負うことはないと宣言しているに等しく,到底承服できるものではない。 イ仮に,上記最判の基準を用いたとしても,第一次再審請求を棄却した裁判官らの裁判は,国家賠償法上違法であることは明らかである。すなわ ち,第一次再審請求に対する第1審横浜地方裁判所の昭和63年3月28日決定は,本件確定判決については起訴事実が判然と 却した裁判官らの裁判は,国家賠償法上違法であることは明らかである。すなわ ち,第一次再審請求に対する第1審横浜地方裁判所の昭和63年3月28日決定は,本件確定判決については起訴事実が判然としない上,その認定の基礎となった証拠の内容は概略的にも把握することができないなどとして,第一次再審請求を棄却したものであるが,訴訟記録を廃棄したのはほかならぬ裁判所であり,しかも意図的に行ったものである(刑事補償決定 中でその旨の認定がされている。)。その裁判所自らの責任を棚に挙げて,「訴訟記録がない」という形式的な理由により再審請求を棄却した横浜地方裁判所裁判官らの行為は,誠実さを欠き,極めて不合理である。抗告審及び特別抗告審の裁判官らについても同様である。 (3) 再審公判で免訴判決を言い渡した裁判官らの行為の違法性について 原判決が,ここでも最高裁昭和57年判決の基準に従っているのは不当であるが,同基準によっても,再審公判で免訴判決を言い渡した裁判官らの行為は,国家賠償法上違法というべきである。 すなわち,再審制度は,基本的に誤った実体判断を是正するための制度であり,名誉回復を含む無辜の救済を目的とするものである。かかる再審公判 において免訴判決を言い渡すことは,確定有罪判決の内容を吟味しないまま 再審公判を終結させることになり,再審制度の趣旨を没却することになってしまう。 6 第1審原告らの上記主張に対する第1審被告の反論(1) 国家賠償法施行前の公務員の行為と国家無答責の法理についてア国家無答責の法理が明治憲法下において基本的法政策として確立してい た実定法上の法理であることは,明治23年に公布された行政裁判法16条及び旧民法の制定において国家の公権力に係る行為から発生 ア国家無答責の法理が明治憲法下において基本的法政策として確立してい た実定法上の法理であることは,明治23年に公布された行政裁判法16条及び旧民法の制定において国家の公権力に係る行為から発生した損害の賠償責任を認める規定が設けられなかったこと,現行民法715条が公法上の行為には適用されないものとして制定されたこと,昭和22年に国家賠償法が国家無答責の法理を前提として制定されたことなどから明らかで ある。このことは,大審院及び最高裁判所において繰り返し承認されており,判例として確立しているところである。 この点は最高裁昭和25年判決において明らかにされているところであるが,近時の高等裁判所の判決を見るだけでも,国家無答責の法理を承認する根拠として最高裁昭和25年判決を引用する裁判例が多数存在し(東 京高裁平成17年3月31日判決・訟務月報51巻11号2913頁,東京高裁平成17年4月19日判決・訟務月報53巻1号1頁,東京高裁平成17年6月23日判決・判例時報1904号83頁,東京高裁平成17年7月19日判決・訟務月報53巻1号138頁,大阪高裁平成18年9月27日判決・訟務月報53巻5号1633頁,東京高裁平成19年3月 14日判決・訟務月報54巻6号1292頁,札幌高裁平成19年6月28日判決・訟務月報54巻6号1362頁,福岡高裁平成21年3月9日判決・訟務月報56巻4号1349頁等),かつ,いずれも上告審において判断が維持されている。 イ国家賠償法附則6項で用いられている「なお従前の例による」との法令 用語は,改廃直前の法令を含めた法制度をそのままの状態で適用すること を意味するのであり,国家無答責の法理が国家賠償法施行前の法規範として「従前の例」に当たることになる。 (2) 用語は,改廃直前の法令を含めた法制度をそのままの状態で適用すること を意味するのであり,国家無答責の法理が国家賠償法施行前の法規範として「従前の例」に当たることになる。 (2) 第一次再審請求を棄却した裁判官らの行為の違法性について最高裁昭和57年判決が判示した違法性判断基準は,その後の最高裁判決においても採用されており(最高裁昭和57年3月18日第一小法廷判決・ 裁判集民事135号405頁,最高裁平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号938頁),これを批判する第1審原告らの主張は,独自の見解に基づくものであって失当である。そして,訴訟記録が存在しないことを理由に再審請求を否定したことが違法であるとする第1審原告らの主張は,その判断内容の不満を述べるものにすぎず,最高裁昭和57年判決の基 準にいう特別の事情がないことは明らかである。 (3) 再審公判で免訴判決を言い渡した裁判官らの行為の違法性についてこの点についても,再審公判で免訴判決を言い渡した裁判官につき,最高裁昭和57年判決の基準にいう特別の事情がないことは明らかである。なお,甲1及び乙1は第一次再審請求において,第1審原告らは第三次再審請 求において,いずれも「無罪又は免訴」の判決を求めていたものである(甲4の1,2)。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,第1審原告らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,下記2のとおり原判決を補正し,下記3,4のとおり付け加えるほか は,原判決「事実及び理由」中の第4記載のとおりであるから,これを引用する。 2 原判決の補正33頁15行目から34頁23行目までを,次のとおり改める。 「オエまでに認定した警察官による拷問及び自白の強要,留置の継続, の第4記載のとおりであるから,これを引用する。 2 原判決の補正33頁15行目から34頁23行目までを,次のとおり改める。 「オエまでに認定した警察官による拷問及び自白の強要,留置の継続,公訴提 起,予審及び公判の裁判,本件確定判決に係る訴訟記録の廃棄の各行為は,国 家賠償法施行後に行われたとすれば,公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについての違法行為に当たるか,少なくともその可能性の高い行為である。 しかしながら,前記各行為は,国家賠償法施行日(昭和22年10月27日)よりも前の行為であるから,国家賠償法附則6項の規定(この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。)が適用される。同法附則 6項の規定によれば,同法に規定する行為に基づく損害に対する法律関係については,同法施行直前の法律制度をそのまま凍結した状態で適用することになる。同法施行直前の法律制度は,前記各行為のような統治権に基づく権力的行動に関しては,国は賠償責任を負わないというものであった。そうすると,前記各行為により国が賠償責任を負うことはないから,この点に関する第1審原 告らの請求は理由がない。 なお,第1審原告は,ポツダム宣言受諾後に担当の検察官,予審判事及び裁判官が治安維持法を適用したことを違法と主張する。しかしながら,ポツダム宣言受諾後も,昭和21年に日本国憲法の各種草案やこれに対する進駐軍(GHQ)の意見が明らかになるまでは,ポツダム宣言第10項(日本国政府ハ日 本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ。言論,宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ。)がどのように具体化されるかは,予想できなかったというべきである。そして,進駐軍の中核を構成するアメ 化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ。言論,宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ。)がどのように具体化されるかは,予想できなかったというべきである。そして,進駐軍の中核を構成するアメリカ合衆国においては,当時においても共産主義に対する抑圧的な政策がとられており,共産主義抑制策が多少は残ると考える ことも,昭和20年9月の時期においては全く根拠を欠くとはいえなかった。 昭和20年8月や9月は,日本国憲法施行前の時期であることはもちろん,日本国憲法草案の議論が始まる前の時期であって,占領政策が具体的にどのように展開されるのか,当時の日本人には全く予測がつかなかった時期である。言うまでもなく,治安維持法に関しては,昭和20年10月15日に全廃された から,その後にこれを適用すれば違法なことは明らかである。しかしながら, 当時は激動の時代であって,全廃の1か月前である昭和20年9月の時点においては,治安維持法が今後どのように改廃されるかが予想できなかったとしても,やむを得ないところである。昭和20年9月の時点における担当の検察官,予審判事及び裁判官による治安維持法の適用が,ポツダム宣言受諾後であるとの一事をもって違法になると断定するには無理がある。なお,ポツダム宣 言受諾の前後を問わず,警察官による拷問及び自白の強要,留置の継続が違法であることは,もちろんである。」 3 国家賠償法附則6項の解釈について(1) 第1審原告らの主張する争点1-①及び争点1-②記載の公務員の行為は,統治権に基づく権力的行動であって,国家賠償法施行日(昭和22年1 0月27日)よりも前の行為であるから,国家賠償法附則6項の規定(この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。)により国は賠償責任を負わ ,国家賠償法施行日(昭和22年1 0月27日)よりも前の行為であるから,国家賠償法附則6項の規定(この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。)により国は賠償責任を負わないことは,先に説示したとおりであるが,若干の補足的な説明を加えておく。 (2) 国家賠償法附則6項に規定する「従前」とは,法律用語としては,「施行 直前」という意味である。 (3) 国家賠償法附則6項に規定する「従前の例による」とは,法律用語としては,当該事項(この法律施行前の行為に基づく損害)については,同法施行直前の法律制度をそのまま凍結した状態で適用するという意味である。新規立法や法改正の場合においては,施行直前の旧規定(政省令などの下位法令 を含む。)を適用するという意味になることが通例である。本件のように,施行直前の旧規定として国家賠償制度について直接的に正面から定める法令がない場合には,施行直前の国家賠償制度についての解釈や同法附則6項についての立法者意思を参考にして,解釈していくことになる。 (4) 国家賠償法施行直前の国家賠償制度の解釈について検討する。 本件における公務員の行為は,統治権に基づく権力的行動である。少なく とも,このような公務員の行為(統治権に基づく権力的行動)に基づく損害については,国は賠償責任を負わないというのが,国家賠償法施行直前の国家賠償制度について広く通用していた解釈である。 このことは,国家賠償法施行直前には国家賠償制度をどのように構築するか(あるいは構築しないか)について,直接的に正面から定める法令がなか ったところ,施行直近の時期における判例において,大審院昭和16年2月27日判決(民集20巻2号118頁)や,大審院昭和18年9月30日判決(判決全集 ついて,直接的に正面から定める法令がなか ったところ,施行直近の時期における判例において,大審院昭和16年2月27日判決(民集20巻2号118頁)や,大審院昭和18年9月30日判決(判決全集10輯5号2頁)が国は統治権に基づく権力的行動による損害について賠償責任を負わないという趣旨を述べ,その後国家賠償法施行直前までの間にこれと異なる判例が見当たらないことから,裏付けられるところ である。 (5) 国家賠償法附則6項の立法者意思について検討する。 国家賠償法制定の国会審議の過程では,昭和22年7月28日の司法委員会において,次のようなやりとりがあった。佐瀬豊三委員から,「この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による」という原案で は,同法施行前の行為に基づいて同法施行後に発生した損害に対しては賠償が求められないという結果になるが,これは賠償の対象とするのが妥当ではないかという趣旨の質問がされたところ,奥野健一政府委員から,「本法施行前の行為に基く損害については,従前の例によって本法の適用がないという考えで立案をいたしたのでありまして・・・行為は本法施行前であるが,それ に基く損害の発生が本法施行後のような場合でも,行為の時で押えることになっております」との説明がされた。これに対し,佐瀬委員は,「あえて行為を基準にせずに,損害の発生の時期を基準にして本法の適用を決定するのが至当であると考えるのであります。」と述べて質問を終えた。以上のやり取りは,司法委員会の委員及び政府委員の双方とも,「従前の例」とは前記 の大審院昭和16年判決及び昭和18年判決の法理の適用であることを当然 の前提として,行為時基準と損害発生時基準のいずれが妥当かという各論的な議論を行ったものである( 例」とは前記 の大審院昭和16年判決及び昭和18年判決の法理の適用であることを当然 の前提として,行為時基準と損害発生時基準のいずれが妥当かという各論的な議論を行ったものである(結論として行為時を基準とする原案が維持されることになった。)。(乙8,9)また,国家賠償法制定の国会審議の過程では,政府提案の議案の要旨として「本案は,日本国憲法の施行に伴い,国又は公共団体の賠償責任に関する 法律制定の必要により提出せられたものである。従来公権力を行使する公務員の不法行為により生じた損害については,僅かに特別法に規定してある場合の外は,被害者は国又は公共団体に対しその救済を求める途がなかったのであるが,日本国憲法第17条に基き,本法案は第一に,公務員が如何なる行為をした場合に公務員の不法行為が成立するかを明らかにし,かかる不法 行為があれば悉く国又は公共団体がその損害を賠償すべきことを明確にして,国又は公共団体の賠償責任を明示すると共に,国と公務員との内部関係においては,公務員に対する求償権を規定している。」とされている。(乙8)以上によれば,国家賠償法附則6項の立法者は,施行直前の「従前の例」 は「少なくとも統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為に基づく損害については国は賠償責任を負わない」というものであるとの認識を有していたことになる。そうすると,国家賠償法附則6項の立法者意思による解釈は,「統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為のうち国家賠償法施行前に行われたものに基づく損害については,国は賠償責任を負わない。」 というものになる。 (6) (4)及び(5)を総合すると,国家賠償法附則6項の規定(この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。) いては,国は賠償責任を負わない。」 というものになる。 (6) (4)及び(5)を総合すると,国家賠償法附則6項の規定(この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。)の解釈として,統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為のうち国家賠償法施行前に行われたものに基づく損害については国は賠償責任を負わないと解するのが相当 である。 (7) もし,(6)の解釈を変更する必要があるとすれば,その方法としては,国民の代表たる立法府による国家賠償法附則6項の改正という手法によるのが適切かつ妥当であり,司法府の判例による解釈変更という手法は不適切であって妥当ではない。(5)記載のとおり国家賠償法附則6項の立法者意思が明確で,立法者意思に沿う解釈が行政府においても司法府においても半世紀以上 (70年以上)にわたり安定的に継続してきた。この間において,国家賠償法附則6項の改正が必要となるような社会情勢の変化があったこともうかがわれない。国家賠償法附則6項は,法令の新設,改正に伴う法秩序の移行,変更を円滑に行うためのいわゆる経過措置を定める経過規定であり,技術的な規定である。このような状況の下において,経過措置を定める経過規定を 法的安定性を損なってでも改正する必要があるかどうかは,国民の代表者により慎重に議論がされるべきである。 ある法律のXという事項について旧規定が改正された上で,経過措置として「この法律施行前のXについては,なお従前の例による。」という規定が置かれた場合を想定する。この場合において,旧規定の施行後当該改正まで の間に,最高裁判所がXという事項の解釈としてAという判例を示し,その後に最高裁判所大法廷がXという事項の解釈について判例変更をしてAとは相容れない 場合において,旧規定の施行後当該改正まで の間に,最高裁判所がXという事項の解釈としてAという判例を示し,その後に最高裁判所大法廷がXという事項の解釈について判例変更をしてAとは相容れないBという判例を示し,その後の旧規定の改正においてAともBとも相容れないCという規定が法律に置かれたときには,経過規定における「従前の例」の解釈はBに固定され,AでもCでもないというべきである。 第1審原告らの主張によれば,「従前の例」をCと解釈することを許容することになるが,無理があるというほかはない。「従前の例」という用語の解釈に当たって,過去に当該事項(本件においては国家賠償制度)に関する議論に変遷があったが,判例によって解釈の統一がされたときには,判例による解釈の統一の半世紀以上前にまでさかのぼって古い議論を参照すること に,あまり意味があるとは思われない。 4 第一次再審請求を棄却した裁判官らの行為の違法性及び再審公判で免訴判決を言い渡した裁判官らの行為の違法性について(1) 第1審原告らは,甲1及び乙1に対する本件確定判決に係る訴訟記録を廃棄したのはほかならぬ裁判所であるのに,その責任を棚に挙げて「訴訟記録がない」という形式的な理由により再審請求を棄却した横浜地方裁判所裁判 官らの行為は誠実さを欠き極めて不合理であるとして,国家賠償法上の違法性を主張する。 しかし,上記訴訟記録を廃棄した行為それ自体の責任と再審請求の当否は一応別個の問題であり,本件確定判決の原本及び訴訟記録が存在しない中で,本件確定判決が認定の基礎とした証拠の内容を概略的にも把握すること ができない等の理由で,再審請求を棄却する判断をしたことが,裁判官として付与された権限の趣旨に明らかに背いたものと解することはできず, 判決が認定の基礎とした証拠の内容を概略的にも把握すること ができない等の理由で,再審請求を棄却する判断をしたことが,裁判官として付与された権限の趣旨に明らかに背いたものと解することはできず,その裁判官の行為が国家賠償法上違法であるとはいえない。最高裁昭和57年判決の基準自体を批判する部分を含め,第1審原告らの主張は採用することができない。 (2) 第1審原告らは,再審制度は誤った実体判断を是正するための制度であり,名誉回復を含む無辜の救済を目的とするものであるのに,かかる再審公判において免訴判決を言い渡すことは再審制度の趣旨を没却することになるとして,国家賠償法上の違法性を主張する。しかし,この点は,再審公判の第1審,控訴審及び上告審を通じて争われ,最終的に決着した問題であり, 第1審原告らの主張は,これを国家賠償請求の形で蒸し返すものにすぎず,採用することはできない。丙の意見書(甲80)及び丁の陳述書(甲87)は,上記の判断を左右するものではない。 第4 結論以上のとおり,第1審原告らの請求を棄却した原判決は相当であって,本件 控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決 する。 東京高等裁判所第11民事部 裁判長裁判官野山宏 裁判官宮坂昌利 裁判官吉田彩

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