令和7年12月9日宣告令和6年(わ)第186号殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件 主文 被告人を懲役22年に処する。 未決勾留日数中360日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 令和6年6月10日午前11時26分頃、大分県日田市a 町b 番c 号A株式会社B店(以下「本件店舗」という。)において、イートインコーナーで椅子に座っていた面識のないC(当時84歳、以下「被害者」という。)の背後から、殺意をもって、その右側頸部を右手に持っていた果物ナイフ(刃体の長さ約9. 9センチメートル、令和6年領第481号符号7)で突き刺すなどし、よって、同日午後0時32分頃、同市de 番地fD病院において、被害者を右側頸部刺切創に基づく失血により死亡させて殺害し、第2 業務その他正当な理由による場合でないのに、同日午前11時26分頃、本件店舗において、前記ナイフ1本を携帯した。 (争点に対する判断)第1 争点本件の争点は、被告人の犯人性であり、これが肯定された場合、責任能力の有無・程度が問題となる。 第2 当裁判所の判断 1 被告人の犯人性について⑴ 関係証拠によれば、① 日田警察署警察官は、本件当日午前11時30分、「Bにおいて、刃物で人を刺した。刺した者を確保している。刃物は取り上げた」旨の110番通報に基づき、本件店舗に臨場したところ、1階イートインコーナー において、40代くらいの男性1名に確保された右手に血痕様のものが付着している被告人を認め、被告人の周囲の床面に血液様のものが血だまりの状態で確認され、被告人の直近のテーブル上に刃の部分に血痕様のものが付着した果物ナイフ1本(刃体の長さ約9.9センチメートル、以下「本件ナイフ」という。)が 告人の周囲の床面に血液様のものが血だまりの状態で確認され、被告人の直近のテーブル上に刃の部分に血痕様のものが付着した果物ナイフ1本(刃体の長さ約9.9センチメートル、以下「本件ナイフ」という。)があり、被告人から目測約2メートル離れた床面に被害者が上衣に多量の血痕様のものが付着し、横たわって受け答えができない状態でいるのを確認するなどしたため、被告人を現に殺人未遂の罪を行い終わった現行犯人として逮捕したこと、② 被害者は、本件当日午後0時32分頃、救急搬送された病院において、右側頸部刺切創に基づく失血により死亡したこと、③ 被告人の右手から採取された血痕様のものには被害者のDNA型が含まれていると考えて矛盾しなかったこと、また、本件ナイフの刃体から採取された血痕様のもののDNA型と被害者のDNA型が全て一致したこと、④ 本件ナイフの遺留場所のすぐ近くにあった長机の上に白色ビニール袋に在中していた本件ナイフと一対のものである鞘1個が遺留されており、その鞘から被告人の指紋が検出されたことが認められる。 そして、偶然本件現場に居合わせ、110番通報をした証人Eは、当時の目撃状況等について、「イートインコーナー付近を通りがかった際、同コーナーで中年男性が椅子に座っている高齢女性の背後から覆いかぶさり、右腕が小刻みに動いている状況が見えた。二人は親子であり、男性が何か喉に詰まらせた女性を介抱しているのではないかと思い、二人のほうに近づくと、血が床に飛び散るのが見え、更に二人に近づいたところ、刃物様の柄を握った男性の右手が女性の首の右辺りにあり、同人の口から多量の血が出ていたので、刃物で刺していると思った。「何しよんか」と叫ぶと、男性は、右手に握っていた果物ナイフを床に落とし、女性の首元付近を押さえていた左手を離し、「下がれ、離れろ」と言うと、 口から多量の血が出ていたので、刃物で刺していると思った。「何しよんか」と叫ぶと、男性は、右手に握っていた果物ナイフを床に落とし、女性の首元付近を押さえていた左手を離し、「下がれ、離れろ」と言うと、男性は一、二歩下がったように見えた。警察に連絡しようと思い、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して操作していると、友人のFが男性に突進し、抱きつくような形で取り押さえたのが見えた。男性らのほうを見ながら110番通報をし、その後、駆け付けた 警察官が男性を取り押さえていた。最初に犯人の男性に声をかけた際、イートインコーナーには同人と被害者の女性以外の人物はいなかった」旨供述し、Eの友人である証人Fは、当時の目撃状況等について、「Eらとイートインコーナー付近を歩いていると、Eが同コーナー入口付近で「何してんだ」というような大声を上げたので、そちらを見ると、首の周りに血がたくさんついている高齢女性が椅子に座って苦しそうな顔をしており、その左側に立っている男性が女性の胸元をつかんでいた手を緩めていた。Eがスマートフォンを取り出して警察に連絡しようとすると、犯人が床にあった果物ナイフを右手で拾い、女性に向かって手を振り上げたので、犯人の前から組みつき、すぐに背後に回って組みつき続け、その場で、やって来た警察官に犯人を引き渡した。犯人に組みついた際、イートインコーナーには同人と被害者の女性以外の人物はいなかった」旨供述する。両証人は、いずれも至近距離で犯人らの様子を目撃するなど視認状況に問題はなく、それぞれの供述内容が前記①の事実関係やイートインコーナー付近を映した防犯カメラ映像と整合しており、信用性を疑わせる事情はないから、各供述どおりの事実が認定できる。 ⑵ 以上の事実関係によれば、Eが目撃したイートインコーナーの椅子に座っている被害者 ナー付近を映した防犯カメラ映像と整合しており、信用性を疑わせる事情はないから、各供述どおりの事実が認定できる。 ⑵ 以上の事実関係によれば、Eが目撃したイートインコーナーの椅子に座っている被害者の背後からその右側頸部付近に右手に持った本件ナイフを近づけるなどしていた男性と、同所において、Fに組みつかれ、臨場した警察官に引き渡されて、現行犯人逮捕された被告人は同一人物であり、Eが前記のような状況を目撃した際、イートインコーナーには被害者と被告人以外の人物はいなかったと認められる。こうした事情に加え、現行犯人逮捕時、被告人の右手に被害者のDNA型が含まれていると考えて矛盾しない血痕様のものが付着していたこと、本件ナイフの遺留場所のすぐ近くに遺留されていた本件ナイフと一対のものである鞘から被告人の指紋が検出されたことも併せ考慮すると、被告人の犯人性が強く推認できる。 これに対し、被告人は、当公判廷において、本件各犯行を否認し、「本件当日、財布と家の鍵を持ち、自転車に乗って家を出かけた後の記憶がなく、思い出せるのは、本件店舗のイートインコーナーの中で、知らない人に後ろから羽交い締めをされた ときからであり、その後、警察官に引き渡された」旨供述するが、不自然な内容であり、それ以外に前記の推認を妨げるような事情も見当たらない。 したがって、被告人の犯人性が優に肯定できる。 そうすると、被告人は、イートインコーナーで椅子に座っていた高齢の被害者の背後から、刃体の長さ約9.9センチメートルの本件ナイフを用いて、人体の枢要部である右側頸部を第4頸椎にまで刃先が到達するほどの強い力で突き刺すなどしたものといえ、かかる犯行態様に照らし、強固な殺意があったと認められる。また、関係証拠によれば、本件店舗は被告人が単身居住するその自宅から約1キロメートル 刃先が到達するほどの強い力で突き刺すなどしたものといえ、かかる犯行態様に照らし、強固な殺意があったと認められる。また、関係証拠によれば、本件店舗は被告人が単身居住するその自宅から約1キロメートル程度の位置にあり、現行犯人逮捕時の被告人の容貌・服装と矛盾しない人物が、本件当日午前11時15分頃被告人方の敷地内から自転車を後退させながら現れ、それに乗って出発し、午前11時21分本件店舗付近を進行していること、午前11時22分本件店舗に入った本件の犯人、すなわち被告人は、トイレに寄った後、ビニール袋等を持ちながら店内を移動し、午前11時25分イートインコーナーに入り、午前11時26分頃本件殺人の犯行に及んだこと、前記自転車と色・形状の点で矛盾しない自転車が本件店舗の駐輪場に遺留されており、現行犯人逮捕時に被告人が所持していた鍵で同自転車の馬蹄錠が開錠可能であったことが認められ、これらの事情を総合考慮すると、前記人物は被告人であると合理的に推認できるところ、自宅から自転車に乗って本件店舗へ向かっていた被告人がその移動中に本件ナイフを購入したり拾得したりしたとは考え難く、本件店舗の防犯カメラ映像上、被告人が同店到着後に本件ナイフを入手する様子はうかがわれない。のみならず、被告人が本件殺人の犯行に本件ナイフを用いたこと、前記④のとおり、本件ナイフの遺留場所のすぐ近くにあった長机の上に白色ビニール袋に在中していた本件ナイフと一対のものである鞘1個が遺留されており、その鞘から被告人の指紋が検出されたことも併せ考慮すれば、被告人は、本件ナイフを自宅から持ち出して不法に携帯していたものと認められる。 2 責任能力の有無・程度について ⑴ 弁護人は、被告人は犯行直前の被害者との何らかのやり取りをきっかけに、妄想性パーソナリティ障害を急激に悪化させ て不法に携帯していたものと認められる。 2 責任能力の有無・程度について ⑴ 弁護人は、被告人は犯行直前の被害者との何らかのやり取りをきっかけに、妄想性パーソナリティ障害を急激に悪化させ、事理弁識能力を失った(あるいは著しく減退させた)結果、犯行に至ったという可能性を排除できないと主張する。 ⑵ この点に関し、捜査段階で精神鑑定を担当したG医師は、当公判廷において、本件各犯行当時の被告人は妄想性パーソナリティ障害にり患していたと診断した上で、「被告人は、同障害の特徴である認知や判断が自己中心的かつ偏狭で、自己の個人的事情によって容易に影響され歪められる性質等を有しており、30歳頃に同障害を発症した可能性が高い。被告人の犯行時及び犯行前後の行動、犯行に至るまでの生活や経済状況、姉らとのやり取り、鑑定中の言動からすれば、幻覚妄想等の精神病症状が犯行に強く影響した可能性は低く、被告人自身の経済的問題を背景として、自己中心的で社会規範の乏しいパーソナリティ傾向等(妄想性パーソナリティ障害を前提としたものも含む。)が影響して被害者を殺害することを決意し、犯行を行った可能性が高いと考える」旨の意見を示している。 G医師の公正さや能力に疑いはなく、この意見を採用し得ない合理的な事情は認められない。 ⑶ そこで、G医師の前記意見を踏まえ、関係証拠によって認められる事実関係を前提に、被告人の責任能力の有無・程度につき検討すると、被告人が本件各犯行を否認しているため、その動機は判然としないが、防犯カメラ映像上の被告人と被害者の動きを見る限り、犯行直前に両者の間で何らかのやり取りがあった可能性は低いと思われるのに対し、本件各犯行当時の被告人は、所持金・預貯金口座の残高共に僅かの額しかなく、姉らによる送金が令和6年4月25日を最後に停止され、同 に両者の間で何らかのやり取りがあった可能性は低いと思われるのに対し、本件各犯行当時の被告人は、所持金・預貯金口座の残高共に僅かの額しかなく、姉らによる送金が令和6年4月25日を最後に停止され、同人らに対して執拗に送金要求をするなど、経済的に追い込まれた状態にあったことから、そのような経済的問題を背景に、同人らに対する当てつけ的な意味合いや自暴自棄になるなどして、本件各犯行に及んだものとも考え得るところ、かかる動機を前提にしても、そこから営業中の商業施設内で面識のない被害者を殺害するという一見して飛躍のある手段を選択し、それを実行している点には、妄想性パーソ ナリティ障害を前提とした自己中心的で社会規範の乏しいパーソナリティ傾向等が影響していた可能性は否定できない。 しかし、被告人は、本件各犯行に当たり、本件ナイフを自宅から持ち出して携行し、本件店舗において、白色ビニール袋の中にそれを隠匿して持ち歩き、多数の買い物客を本件ナイフで襲うような行動はとることなく、パーティション等で囲まれたイートインコーナーという比較的人目に付きにくい場所に高齢の被害者が一人で椅子に座っているのを発見すると、同コーナーの椅子にいったん着席した上で、被害者の背後からその首を狙って本件ナイフで突き刺すなどし、その際、目撃者であるEから「何しよんか」「下がれ、離れろ」と怒鳴られると、右手に持っていた本件ナイフを床に落として一、二歩下がり、同人が110番通報をしようとした隙に、再度本件ナイフを拾って被害者を攻撃しようとしたものの、目撃者であるFに組みつかれると、抵抗せず、本件ナイフを直近のテーブル上に置き、臨場した警察官に引き渡されるままになるなど、犯行遂行のための合目的的な行動をとっているのであって、犯行時及び犯行前後の行動に幻覚妄想等の存在をうかがわせる異 ず、本件ナイフを直近のテーブル上に置き、臨場した警察官に引き渡されるままになるなど、犯行遂行のための合目的的な行動をとっているのであって、犯行時及び犯行前後の行動に幻覚妄想等の存在をうかがわせる異常な点は見受けられないこと、臨場した警察官に対し、本件について一切語らず、「弁護士に言ってください」旨説明するのみであるなど、犯行後に自己防御的行動をとっていることからすれば、被告人は、殺人行為を悪いことと認識し、自らの目的や周囲の状況等に応じてその行為を制御したり実際に行動に移したりしていたといえ、正常な精神機能が十分に残っていたと評価できる。 ⑷ 以上によれば、被告人は、本件各犯行当時、自分の行為がしてもよいことか悪いことかを判断する能力又はその判断に従って行動をコントロールする能力を喪失していなかったのはもちろん、これらが著しく減弱した状態にもなく、完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由)本件の殺害態様は、抵抗が想定されない無関係の高齢被害者を狙い、自宅から持参して不法に携帯していた刃体の長さ約9.9センチメートルの果物ナイフを用い、 背後からその右側頸部を強い力で突き刺すなどしたという強固な殺意に基づく残忍なものであり、生命侵害の危険性、生命軽視の度合いが共に高い。もとより、落ち度のない被害者の生命が奪われた結果の重大性を前提にすると、遺族が厳重処罰を求めていることは十分理解できる。本件各犯行の動機は判然とせず、その形成や殺害という手段の選択・実行には妄想性パーソナリティ障害による精神症状が影響していた可能性があるものの、前記のとおり本件各犯行当時の被告人には正常な精神機能が十分に残っていたと評価できる以上、かかる影響を考慮するにも限界があり、通り魔的な要素も備えた意思決定は強い非難を免れない。 以上の犯 のの、前記のとおり本件各犯行当時の被告人には正常な精神機能が十分に残っていたと評価できる以上、かかる影響を考慮するにも限界があり、通り魔的な要素も備えた意思決定は強い非難を免れない。 以上の犯情を踏まえ、検察官が主張する同種事案(刃物類を用いた通り魔・無差別又は関係のない者を被害者とする殺人の単独犯であり、量刑上考慮した前科がないもの)の量刑傾向を参考にすると、被告人の刑事責任は、有期懲役刑を選択した上での処断刑の上限ないしそれに近い部類に位置付けられるものといえる。 そして、被告人は、本件各犯行を否認しているため、自身の行為に向き合って反省する様子が見られず、その他刑の量定を左右する一般情状が特に見当たらないことも考慮すると、主文の刑に処するのが相当である。 (求刑:懲役22年)令和7年12月9日大分地方裁判所刑事部 裁判長裁判官辛島靖崇 裁判官北島聖也 裁判官小野あゆみ
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