判決平成14年11月13日神戸地方裁判所平成13年(ワ)第2022号退職金請求事件 主文 1 被告は、原告Aに対し、2045万4070円及びこれに対する平成13年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Bに対し、1001万0079円、原告C、同D、同Eに対し、各333万6692円及び上記各金員に対する平成14年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告Aのその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は、原告Aに生じた費用の20分の1と被告に生じた費用の50分の1を原告Aの負担とし、原告A及び被告に生じたその余の費用と、原告B、同C、同D、同Eに生じた費用を被告の負担とする。 5 この判決は仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告Aに対し、2111万3890円及びこれに対する平成13年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 主文2項同旨第2 事案の概要本件は、原告A及び亡Fが、被告に対し、労働協約に基づく退職金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める事案である(なお、後述のとおり、亡Fが訴訟継続中に死亡したことにより、同人の相続人である原告B、同C、同D、同E(以下「原告Bら」と総称する)が亡Fの地位を承継した)。 1 争いのない事実等(以下の事実のうち争いがあるのは、後記(7)ア(イ)の原告Aに対する特別割増金の金額と、後記(7)イ(エ)の原告Bらに対する既払い額についてのみである)以下、特に断り書きのない限り、年度は の事実のうち争いがあるのは、後記(7)ア(イ)の原告Aに対する特別割増金の金額と、後記(7)イ(エ)の原告Bらに対する既払い額についてのみである)以下、特に断り書きのない限り、年度は平成13年である。 (1) 当事者被告は、海事及び貨物流通並びに食品衛生及び水質に関する公益を増進するため、鑑定・検査・検量及びこれらに関連する業務を行うことを目的として設立された公益法人である。被告には3月末日時点でおよそ1379名の従業員が在籍していた。 原告Aは昭和41年3月2日に、亡Fは昭和48年4月2日にそれぞれ被告に入社し、いずれも被告関西支部神戸事務所に所属して、検量職員として業務に従事していた。 被告には、検査職のみで組織されるGユニオンと、主に検量職員で組織されるH組合(以下「組合」という)とがあり、原告A及び亡Fは組合の組合員であった。 (2) 被告の選択定年制度被告と組合が平成3年4月17日に締結した労働協約には選択定年制度が定められていた。同制度は、55歳以上の者につき、本来の定年退職日(満63歳の誕生日の前日)以前に、本人の意思により定年退職日を選択することができ、その場合、退職金が一定の計算により割増加算されるというものであった。 (3) 被告の経営改善の必要性と労働協約の締結被告においては、昨今の貿易動向及び物流環境の激変により、検量業務の縮小と事業の再構築が迫られており、従業員のリストラとそれに伴う雇用の安定が最重要課題であった。 そこで、被告は、組合に対し、平成12年10月6日、①組織再編、②雇用延長・嘱託制度の導入、選択定年制度の廃止と特別措置、③新賃金体系の導入、④予算制度の導入、I 重要課題であった。 そこで、被告は、組合に対し、平成12年10月6日、①組織再編、②雇用延長・嘱託制度の導入、選択定年制度の廃止と特別措置、③新賃金体系の導入、④予算制度の導入、IT化の5施策を提案した。 組合は、2月16日の第55回全国臨時大会において、上記5施策のうち、②について条件付で合意することとし、2月28日、被告と、3つの協定書及び1つの覚書を締結した(以下、このうち「選択定年制度廃止に伴う特別措置に関する協定書」を「本件労働協約」という)。 ア本件労働協約の内容本件労働協約は、選択定年制度を2月28日付で廃止することに伴って、以下のとおりの特別措置(以下「本件特別措置」という)を定めたものである。 (ア) 特別措置の実施期間3月1日から8月31日まで(イ) 対象範囲満48歳以上、満63歳未満の者(ウ) 退職の申出日及び退職日原則として、希望日の20日前までに申し出るものとする。 (エ) 特別割増措置a 退職時年齢55歳以上の者なお、以下にいう「定額」は、勤続20年以上の場合100万円、勤続30年以上の場合200万円であり、「一律加算」の額は20万円である。 また、別紙1の「手帳保持者」とは、検量職員として登録された職員のことで、男性労働者を指す(従って、原告A及び亡Fはこれに該当する)。 (a) 勤続20年未満〔退職時の退職金算定基礎額×別紙2の表1の係数〕×別紙1の特別割増率+ (従って、原告A及び亡Fはこれに該当する)。 (a) 勤続20年未満〔退職時の退職金算定基礎額×別紙2の表1の係数〕×別紙1の特別割増率+一律加算(b) 勤続20年以上〔退職時の退職金算定基礎額×(別紙2の表3+別紙3の表5の各係数)+定額〕×別紙1の特別割増率+一律加算b 退職時年齢48歳以上55歳未満の者〔退職時の退職金算定基礎額×別紙2の表1の係数〕×別紙1の特別割増率(オ) 端数処理前項の割増額計算で100円未満の端数が生じた場合は100円に切り上げるものとする。 イ本件労働協約と同時に締結された協定書と覚書の内容本件労働協約と同時に締結された二つの協定書と覚書においては、55歳に到達した年度末に退職した場合、退職後について、年俸制で退職金の支給のない選定嘱託制を選択することができることを主たる内容とする選定嘱託制度が導入されるとともに、本件特別措置に従って退職を申し出た者については、55歳に到達した年度末に退職する場合でなくても、本人が選択した日から選定嘱託制度を選択することができる旨の経過措置が定められた。 (4) 希望退職者の予想外の殺到と被告の対応被告が、3月1日から、本件特別措置に従って、退職及び選定嘱託の希望者の募集をしたところ、被告の予想を超える多数の退職の申込みがあった。 そこで、被告は組合に対し、3月15日、被告の用意していた退職金の原資が約72億円であることからすると、290名をもって本件特別措置に基づく退職申込みを打ち の退職の申込みがあった。 そこで、被告は組合に対し、3月15日、被告の用意していた退職金の原資が約72億円であることからすると、290名をもって本件特別措置に基づく退職申込みを打ち切りたい旨伝えて、労使協議の申入れを行った。 また、被告は、上記の事態に対処するために、3月19日、組合との間で、本件特別措置に基づく退職金の支払いを分割払いする旨の協定を締結した。これにより、本件特別措置に基づき被告を完全に退職する者に対しては、退職時に退職金の90%を支払い、退職の1年後に10%を支払うことになった。また、本件特別措置に基づく退職後に選定嘱託制度を選択した者に対しては、退職時に退職金の70%を支払い、退職の3年後、4年後、5年後に各10%を支払う(ただし、死亡により選定嘱託が解約になる場合には、死亡解約時に未払分を全額支払う)ことになった。 被告は、3月22日、被告会長名で、被告各支部、各事業所及び各事務所長宛に、360名の退職申込みをもって本件特別措置を打ち切る旨を通知し、翌23日には、退職応募者が360名に達したので3月22日午後9時11分をもって本件特別措置に基づく退職申込みを中止した旨通知した。 その後、被告は、組合との間で、5月11日、本件特別措置について、退職申込者が360名に達した平成13年3月22日をもって打ち切る旨の協定(以下「本件期間短縮協定」という)を締結した。 (5) 原告A及び亡Fの退職申込み原告Aは、3月23日に、本件特別措置に基づき、希望退職日を8月13日とする退職を申し込むとともに、8月15日からの選定嘱託を申し込んだ。 亡Fは、3月28日に、本件特別措置に基づき、希望退職日を8月31日とする退職を申し込むと 希望退職日を8月13日とする退職を申し込むとともに、8月15日からの選定嘱託を申し込んだ。 亡Fは、3月28日に、本件特別措置に基づき、希望退職日を8月31日とする退職を申し込むとともに、9月1日からの選定嘱託を申し込んだ。 (6) 亡Fの死亡と相続亡Fは、本件訴訟継続中の平成14年2月5日に死亡し、その妻である原告B、その子である原告C、同D、同Eがその地位を相続により承継した。 (7) 原告A及び亡Fが仮に本件特別措置に従って退職金の支給を受け得るとした場合、原告らが取得すべき金額は以下のとおりとなる。 ア原告A(ア) 退職一時金本件特別措置に従い退職一時金を計算すると、21万8190円×43.20=942万5808円となるところ、本件特別措置に定める端数処理(100円未満の端数については100円単位に切り上げる)の結果942万5900円となる。 (イ) 特別割増金原告Aの退職時年齢は満54歳であるから、特別割増率は2.1である(これに対し、原告Aは、退職時の年齢は満53歳であるから特別割増率は2. 2であると主張する。しかしながら、原告Aは昭和22年8月14日生であるから、年齢計算ニ関スル法律及び民法143条によれば、退職日である平成13年8月13日における満年齢は54歳となる)。 従って、本件特別措置に従い特別割増金を計算すると、21万8190円×43.20×2.1=1979万4196円となるところ、端数処理の結果1979万4200円となる。 (ウ) 退職金額上記合計額は2922万0100円であり、選定嘱託の申込みをし 1979万4196円となるところ、端数処理の結果1979万4200円となる。 (ウ) 退職金額上記合計額は2922万0100円であり、選定嘱託の申込みをした場合の退職時支払額はこの70%であるから、原告Aは、8月13日に2045万4070円を請求することができる。 イ原告Bら(ア) 退職一時金本件特別措置に従い退職一時金を計算すると、21万4160円×40.8=873万7728円となるところ、端数処理の結果873万7800円となる。 (イ) 特別割増金本件特別措置に従い特別割増金を計算すると、21万4160円×40.8×2.4=2097万0547円となるところ、端数処理の結果2097万0600円となる。 (ウ) 退職金額上記合計額は2970万8400円であり、選定嘱託の申込みをした場合の退職時支払額はこの70%であるから、亡Fは、8月31日に2079万5880円を請求することができる。そして、亡Fが後に死亡したことにより、原告Bらは残り30%も請求することができる。 (エ) 既払額の控除原告Bらは、平成14年3月15日、被告から、亡F死亡による退職一時金として527万3500円、また、被告厚生年金基金(I銀行)から、退職一時金の一部である遺族一時金として497万3100円、合計1024万6600円の支払いを受けている。従って、本訴請求からこれを控除しなければならない(なお、被告の主張によれば、上記退職一時金527万3500円のうち5万2500円は被告の計算ミスによる払い過ぎということである。そうすると、この5万 従って、本訴請求からこれを控除しなければならない(なお、被告の主張によれば、上記退職一時金527万3500円のうち5万2500円は被告の計算ミスによる払い過ぎということである。そうすると、この5万2500円については弁済充当することができず、むしろ被告は原告Bらに対して返還請求し得るということになる。しかしながら、同返還請求に対して原告Bらが退職金請求権と相殺を主張した場合、結局、弁済充当されたと同様の結果になるのであるから、以下、527万3500円全額について既払い分として扱う)。 そこで、民法491条の定めに従い、亡Fが8月31日に受け取るべき2079万5880円(退職金総額の70%)に対する平成13年9月1日から平成14年3月15日まで196日分の遅延損害金55万8355円(=2079万5880円×0.05×196日÷365日)にまず上記既払金を充当し、次いで、残額968万8245円を退職金総額2970万8400円に充当すると、残額は2002万0155円となる。 従って、原告Bがその2分の1である1001万0079円を、原告C、同D、同Eがそれぞれその6分の1である333万6692円をそれぞれ承継取得することになる(なお、正確には、原告Bが1001万0077.5円、原告C、同D、同Eがそれぞれ333万6692.5円であるが、1円以下の端数の処理については原告の主張に合わせた)。 2 争点本件の争点は、①被告が、本件特別措置の実施期間を一方的に短縮することができるか、②本件期間短縮協定の効力は原告A及び亡Fに及ぶか、である。 (1) 被告の主張被告は、本件特別措置の申込受付を自ら3月22日をもって打ち切るとともに、5月11日には組合との間でも 間短縮協定の効力は原告A及び亡Fに及ぶか、である。 (1) 被告の主張被告は、本件特別措置の申込受付を自ら3月22日をもって打ち切るとともに、5月11日には組合との間でも3月22日をもってこれを打ち切る旨の本件期間短縮協定を締結した。従って、3月22日の後になされた原告A及び亡Fの退職申込みはいずれも無効である。その理由は以下のとおりである。 ア被告は、本件特別措置の実施期間を短縮することができる本件特別措置の実施期間は3月1日から8月31日までとされていたが、この期間設定は、この期間中に申し出た希望者は全て受け付けるという趣旨のものではなかった。被告は、厳しい経営環境を改善するための方策として本件特別措置を策定し、被告が準備しうる手持ち資金と、今後必要が見込まれる運営資金を考慮に入れて本件特別措置の費用を約70億円と決定し、過去の早期退職制度の結果などを参考に上記実施期間を設定したが、どの程度の希望者が出るかは予測不可能であったから、実施期間はあくまで見込みに基づくものに過ぎず、希望者がある程度の数に達すれば申込みを打ち切るということを前提に実施されたものであることは明らかである。 従って、本件特別措置の受付をいつ打ち切るかは、被告が、約70億円の原資を限度として、希望者の出願状況を見ながら決定することであり、高度の経営判断に属する事項であるから、経営権を持つ被告の専権事項であって、組合との団体交渉事項ではない。したがって、期間途中に本件特別措置を打ち切ることは組合の同意が必要という性質のものではない。 仮にこれを団体交渉事項とすると、交渉がまとまらない限り、本件特別措置を打ち切ることができないから、被告が予定した原資を 切ることは組合の同意が必要という性質のものではない。 仮にこれを団体交渉事項とすると、交渉がまとまらない限り、本件特別措置を打ち切ることができないから、被告が予定した原資を超えて支出をしなければならない事態となり、被告の経営は破綻してしまう。 なお、原告らは、本件特別措置の実施期間は労働協約の規範的部分であると主張するが、労働者の待遇に関する部分として規範的効力が及ぶのは、特別措置の適用者に対してであって、本件特別措置の適用者と認められない原告らに対する関係では、規範的効力は及ばない。本件の場合、本件特別措置が適用されてその効力が及ぶのは、申込みをしてそれが認められた者に限られるのである。 イ本件期間短縮協定の効力は原告A及び亡Fに及ぶ上記のとおり、本件特別措置の打ち切りは団体交渉事項には当たらないから、本来、組合の合意を得る必要はないが、組合員の中に、本件特別措置の打ち切りを不満とし、又は、打ち切りについて組合との協定を必要とするという意見が出た場合の混乱を避けるために、被告は、組合との間で、5月11日、本件特別措置を3月22日をもって打ち切る旨の本件期間短縮協定を締結した。本件期間短縮協定は、被告の経営危殆と混乱を避けるために取られた緊急措置であって、5月11日に締結されたとしても、その効力は全組合員に及ぶものである。 従って、たとえ、本件特別措置の打ち切りが被告の専権事項でないにしても、本件期間短縮協定の効力が組合員である原告A及び亡Fに及ぶ結果、原告A及び亡Fの本件特別措置に基づく退職金の請求は認められない。 (2) 原告の反論被告の主張は争う。具体的な反論は以下のとおりである。 ア被告が ぶ結果、原告A及び亡Fの本件特別措置に基づく退職金の請求は認められない。 (2) 原告の反論被告の主張は争う。具体的な反論は以下のとおりである。 ア被告が、本件特別措置の実施期間を短縮することはできない被告は、本件特別措置の期間途中の打ち切りは、組合の合意を得ることなく被告の経営判断により行うことができると主張する。 しかしながら、被告は、本協約締結の一方当事者として、本件協約に定められた本件特別措置を書面の内容どおりに実施する義務を負うことは当然である。そして、本件協約上、本件特別措置の実施期間は8月31日までと明記されており、他方で、途中打ち切りを許容する条項は一切設けられていないのであるから、被告が自己の判断で受付を打ち切ることができるという論理はおよそ成り立ち得ないものである。 被告は、本件特別措置の原資金額をどの程度にするかは団体交渉事項ではないから、原資金額の限度で何時締め切るかは被告の判断で決定できるというが、問題は、団体交渉事項かどうかということではなく、団交の結果制定された労働協約の内容と効力がどのようなものかということである。 被告は、予想を遙かに超える応募者が出て、予定していた一定の原資を超えることになったためやむを得なかったという。しかしながら、そうであるなら、労働協約中に、適用人数の上限若しくは支払い可能総額を明記するよう組合と交渉することもできたはずである。また、3月19日に退職金を分割払いにする旨の追加協定を締結した時点では、応募状況と原資金限度との関係が労使双方に意識されていたことは明らかで、ところが、追加協定においても、人数枠も支払い可能総額も定めず退職金の分割支給のみが定められている の追加協定を締結した時点では、応募状況と原資金限度との関係が労使双方に意識されていたことは明らかで、ところが、追加協定においても、人数枠も支払い可能総額も定めず退職金の分割支給のみが定められている。以上の経緯からすると、その後応募が多数に上ったとしても、そのことをもって予想外の事態が生じたなどといえず、せいぜい、被告が労務政策の判断を誤ったに過ぎない。 なお、本件特別措置の実施期間に関する定めは、本件労働協約の規範的部分に該当する。このことからも、これを被告が一方的に変更することは許されない。 イ本件期間短縮協定の効力は原告A及び亡Fに及ばない組合員個人について既に発生している権利の処分や雇用の終了などは、労働組合の一般的な労働協約締結権限の範囲外であり、当該個々人の特別な授権を得ることが必要である。 本件の場合、原告らが本件特別措置の実施期間中に退職申込みを行ったことによって、それぞれが申し出た退職希望日をもって本件特別措置による退職金請求権が具体的に発生したということができる。被告と組合間の本件期間短縮協定が締結されたのはその後のことであり、原告らが組合に対して個別具体的な授権をしたこともないから、本件期間短縮協定をもって、原告らに対する本件特別措置の適用を否定することはできない。 第3 争点に対する判断 1 被告は、本件特別措置の実施期間を短縮することができるか被告は、本件特別措置の打ち切り時期の決定は高度の経営判断事項であって、団体交渉の対象ではないから、組合との合意を得なくても変更しうる旨主張する。 しかしながら、高度の経営判断事項が団体交渉の対象にならないという問題と、団体交渉の結果締結された労働協約の効力の問題とは全く はないから、組合との合意を得なくても変更しうる旨主張する。 しかしながら、高度の経営判断事項が団体交渉の対象にならないという問題と、団体交渉の結果締結された労働協約の効力の問題とは全く別問題であって、いったん労働協約が締結された以上、使用者がこれに拘束されることは当然の理である。従って、高度の経営判断事項であるということは、それ自体としては労働協約の拘束力を免れる理由にはならない。被告の主張は、本件労働協約が、高度の経営判断事項であることを理由に本件特別措置の実施期間を短縮することを被告に対して許容しているかどうかという本件労働協約の解釈の問題としてとらえるしかない。そこで、以下、この点を検討する。 そもそも、労働協約の締結が書面による様式行為とされていること(労働組合法14条)に照らせば、労働協約の解釈は当該協約の形式、文言そのものに則してなされるべきである。そこで、本件労働協約の内容をみるに、特別措置の実施期間は8月31日までと明確に定められており、期間途中における打ち切りに関する定めも全くないことからすると、いかなる理由によるものであれ、期間の短縮は予定されていないと解するのが合理的である。 また、平成3年以降実施されてきた選択的定年制が廃止されたことに伴って本件特別措置が制定されたこと、本件特別措置の実施期間が6か月と比較的長期間であることに鑑みると、同実施期間は、本件特別措置に基づく早期退職の申込みをするかどうかを労働者が検討するために設けられた熟慮期間と解することができる。そうすると、被告が一方的にこれを短縮することは、申込みをすべきかどうかを検討中であった労働者から申込みの機会を奪い、不意打ちを与えるという意味で、実質的にも不当というべきである。 被告は、本件特別措置のために にこれを短縮することは、申込みをすべきかどうかを検討中であった労働者から申込みの機会を奪い、不意打ちを与えるという意味で、実質的にも不当というべきである。 被告は、本件特別措置のために用意していた原資を超えて申込者が予想以上に殺到したため、特別措置を打ち切らないと経営が破綻してしまうおそれがあったと主張する。しかしながら、本件特別措置に充てることのできる原資に限度があったというのであれば、本件労働協約中に、本件特別措置の申込人数の限度を設定したり、申込者に対する支払金の合計が一定の金額に達した場合には申込みを締め切る旨の条件を付したりすることで対処することができたはずであるのに、被告はこれをしなかったものである(本件労働協約締結に至る団交状況に関する被告労務部長Jの陳述書(乙15)をみても、本件特別措置に上記のような条件を付する旨被告の側から提案したという事実も、そのような提案を組合に拒絶されたという事実も認めることができない)。要するに、被告は、本件特別措置による退職希望者の数について見込み違いをしていたというだけのことである。にもかかわらず、予想を超えた人数の申込みがあったからといって、被告が一方的に実施期間を短縮し得るというのは、自らの見込み違いによる不利益を一方的に労働者の側に押しつけるものといわざるを得ない。被告の予想を超える希望者の殺到という事態に対しては、組合との再交渉により、本件労働協約を改廃することによって対応するしかない。そして、被告は現にこれを行って、まず、3月19日に退職金を分割払いする旨の労働協約を締結し、5月11日に本件期間短縮協定を締結したのであるから、本件期間短縮協定の締結以前になされた申込みに対しては応じるしかないというべきである(なお、3月23日から5月11日までの間になされた申込みの扱 、5月11日に本件期間短縮協定を締結したのであるから、本件期間短縮協定の締結以前になされた申込みに対しては応じるしかないというべきである(なお、3月23日から5月11日までの間になされた申込みの扱いについては後述する)。 以上の次第で、被告が本件特別措置の実施期間を一方的に短縮することは許されない。 2 本件期間短縮協定の効力は原告A及び亡Fに及ぶか被告は、組合との間で、5月11日、本件特別措置を3月22日に遡って打ち切る旨の本件期間短縮協定を締結している。そして、原告Aが退職申込みをしたのは3月23日、亡Fが同申込みをしたのは3月28日であるから、原告らの退職金請求が本件期間短縮協定によって無効になるかが問題になる。 そもそも、労働組合が、組合員個人の有する権利を労働協約によって奪うことは許されないから、組合員個人が既に有している権利を労働協約によって処分するためには当該組合員の個別的な授権を得ることを要すると解すべきである。 そして、本件特別措置は、早期希望退職及びその場合の退職金額に関するものであって、本件労働協約中の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」(労働組合法16条)に該当するから、本件労働協約中の規範的部分であって、個々の労働者と被告との間の労働契約の内容となるものである。従って、これに従って退職の申込みをした労働者には、希望退職日の到来を停止期限とする被告に対する退職金請求権が直ちに発生することになる。そうすると、組合は、本件特別措置を3月22日に遡って打ち切る旨の合意を5月11日に被告と締結したからといって、3月22日から5月11日までの間に退職の申込みをしたことによって既に退職金請求権を有している労働者に対しては、当該退職金請求権の処分について授権を得ない を5月11日に被告と締結したからといって、3月22日から5月11日までの間に退職の申込みをしたことによって既に退職金請求権を有している労働者に対しては、当該退職金請求権の処分について授権を得ない限り、これを奪うことはできないというべきである。 そして、原告Aは3月23日に、亡Fは3月28日に、それぞれ退職申込みをしたことに争いはないところ、これにより、原告A及び亡Fは本件特別措置に基づく停止期限付退職金請求権を取得する。ところが、原告A及び亡Fが組合に対し、同退職金請求権を処分する権限を授与したことを認めるに足りる証拠はない。 よって、原告A及び亡Fが有する上記停止条件付退職金請求権に対しては、本件期間短縮協定の効力は及ばない。 なお、被告は、本件特別措置の適用を受ける対象者の範囲を被告が決定しうるということを理由に、原告A及び亡Fは本件特別措置の適用を受けないのであるから、これらの者に対して本件特別措置は規範的効力を有しないと主張する。しかしながら、前記のとおり、被告が一方的に本件特別措置の実施期間を短縮することはできないのであるから、被告の主張は理由がない。 3 結論以上の次第で、原告A及び亡Fは、被告に対し、本件特別措置に基づく退職金の支払いを求めることができる。そして、その具体的金額は、前記争いのない事実等において認定したとおりであるから、原告Aは2045万4070円及びこれに対する弁済期の翌日である平成13年8月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを、原告Bは1001万0079円、原告C、同D、同Eはそれぞれ333万6692円及びこれらの金員に対するいずれも弁済期の経過した後である平成14年3月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払い 001万0079円、原告C、同D、同Eはそれぞれ333万6692円及びこれらの金員に対するいずれも弁済期の経過した後である平成14年3月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。 よって、原告Aの請求を一部認容し、原告Bらの請求を全部認容する。 神戸地方裁判所第4民事部裁判官太田敬司
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