主文 1 被告らは,原告に対し,連帯して,741万4680円及びこれに対する被告aについては平成17年9月20日から,被告bについては平成24年9月8日から,各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の負担とし,その余は被告らの連帯負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求 被告らは,原告に対し,連帯して,3008万円及びこれに対する平成17年9月20日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 原告は,被承継人c病院(被承継人dの旧称。以下「c病院」という。)と診療契約を締結した。c病院のe医師は,原告から生検で採取した組織の病理診 断を被告aに委託し,その結果(解釈に争いがある。)に基づき原告を乳がん(浸潤性)と診断して,乳房温存・リンパ節郭清手術を施行した。e医師は,術中に採取した組織の病理診断も被告aに委託し,被告aは乳がん(非浸潤性)という診断結果を送付した。しかし,その後,原告は,他の病院で上記各採取組織ないしその写真に基づく病理診断を受け,がんは認められないという診断を 受けた。 本件は,原告が,被告aの病理医で上記生検組織の病理診断を担当したf医師に,これを誤ってがんであると診断したことによる不法行為責任があるとして,被告aに対し,使用者行為(民法715条)に基づく損害賠償として,治療費・逸失利益・慰謝料及び弁護士費用の合計3008万円及びこれに対する あると診断したことによる不法行為責任があるとして,被告aに対し,使用者行為(民法715条)に基づく損害賠償として,治療費・逸失利益・慰謝料及び弁護士費用の合計3008万円及びこれに対する 不法行為(手術)の日である平成17年9月20日から支払済みまで民法所定 の遅延損害金の支払を求め,c病院の債務を承継した被告bに対し,c病院(e医師)において原告にがんがあると誤診して上記手術をした債務不履行があり,また,被告aは原告に対するc病院の債務について履行補助者であるから,c病院を承継した被告bは被告aの過失についても責任を負うとして,債務不履行に基づく損害賠償として,上記と同額の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。)⑴ 当事者等ア原告は,昭和39年1月24日生まれの女性である(乙A1)。 イ被告aは,病理検査を目的とする有限会社であり,平成17年当時,c 病院から継続的に依頼を受けて病理検査を実施していた。f医師は,平成17年当時,被告aの被用者である病理医であった。(弁論の全趣旨)ウ c病院は,平成27年3月31日,商号をdに変更し,被告bは,平成26年11月1日,脱退被告dから事業譲渡を受け,その原告に対する債務を承継した(弁論の全趣旨)。 ⑵ 診療経過等ア原告は,平成17年8月25日,c病院との間で,原告の左乳房の乳腺部の腫れのようなもの(以下「本件患部」という。)について,診療契約を締結した(乙A1)。 イ c病院乳腺外科のe医師は,アの診療契約に基づき,原告に対し,本件 患部の触診・マンモグラフィ・超音波検査等を実施し,がんの疑いがあると診断した。 て,診療契約を締結した(乙A1)。 イ c病院乳腺外科のe医師は,アの診療契約に基づき,原告に対し,本件 患部の触診・マンモグラフィ・超音波検査等を実施し,がんの疑いがあると診断した。 e医師は,平成17年9月1日,本件患部の針生検を行い,その病理検査を被告aに依頼した。被告aではf医師がこの病理検査を担当し,同月2日,e医師に対し,悪性所見なしとの診断結果を伝えた。e医師は, 同月6日,原告にこの結果を伝えた。(乙A1) ウ e医師は,針生検の結果だけでは確定的にがんの有無を判断できないと考え,平成17年9月8日,原告に対し,本件患部の切除生検(乳腺導管から組織を採取するもの。このとき採取された組織から作成された標本(検体)2個を,以下「本件生検標本」という。)を行い,その病理検査を被告aに依頼した。 この病理検査を担当したf医師は,HE染色(ヘマトキシリン・エオジンで組織を染色するもの。がんの有無を判断するための標準的な検査方法である。)標本を作製し,顕微鏡でこれを観察して良性・悪性を検討し,同月9日,e医師に対し,「(病理診断)」として,「Papillotubularcarcinoma,breast(乳頭腺管がん)」,「2ケの組織各々2分割しました。 大きい方の組織片では,その端のごく1部に,Atypia(異型)を示す細胞群が増生。Papillotubularcarcinoma(乳頭腺管がん)とされます。小さいfocus(病巣)ですが,carcinoma(がん)はあると考えます。殆どは,mastopathia(乳腺症)を見ますが。」(括弧内は引用者)と記載した報告書(以下「本件報告書」という。)を送付した(乙A1,乙A2)。 乳がんには浸潤がんと非浸潤がんがあり,非浸潤がんか stopathia(乳腺症)を見ますが。」(括弧内は引用者)と記載した報告書(以下「本件報告書」という。)を送付した(乙A1,乙A2)。 乳がんには浸潤がんと非浸潤がんがあり,非浸潤がんから浸潤がんに進行する。浸潤がんは,手術のほか,ホルモン療法及び化学療法の適応となるが,被浸潤がんは化学療法の適応はない。乳頭腺管がんは浸潤がんに分類される。(甲B14)エ e医師は,平成17年9月12日,原告にがんであると告知し,乳房温 存手術を実施することを決定した(乙A1)。 オ e医師は,平成17年9月14日,骨シンチグラフィー検査,腹部CT検査を,同月16日,胸部CT検査,MR検査を実施した(乙A1)。 カ原告は,平成17年9月19日,c病院に入院した。e医師は,同月20日,原告の乳房温存手術(乳房扇状部分切除術)及びリンパ節の郭清を 施行した(以下この手術を「本件手術」という。乙A1)。 キ e医師は,被告aに,本件手術の際に切除した組織(以下,この組織から作成された標本(検体)を「手術時標本」という。)の病理検査を依頼した。被告aでは,g医師が手術時標本の病理検査を担当した。 g医師は,平成17年9月28日,e医師に対し,「(病理診断)」として「Breast(乳腺),quadrantectomy(扇状切除術),ductalcarcinomain situ(非浸潤性乳管がん),lowgrade(低異型性),lymphbnodes(リンパ節),Level Ⅰ(0/8)(レベルⅠ。リンパ節8個のうち転移は0個)」「標本番号の8,11,14,19,21において核異型のみられる腺管の増生を認めます。乳管内に限局して増生する腫瘍で,異型度は低異型度です。篩状構造も認められます。二層性は消失し,低異 は0個)」「標本番号の8,11,14,19,21において核異型のみられる腺管の増生を認めます。乳管内に限局して増生する腫瘍で,異型度は低異型度です。篩状構造も認められます。二層性は消失し,低異型度のDCIS(非 浸潤性乳管がん)の所見です。その他の標本内には異型細胞はなく,浸潤性の増生は認めません。また同時に切除された所属リンパ節には上記のごとく転移は認めませんでした」と記載した報告書(以下「g報告書」という。なお,「(0/8)」を除き,かっこ書きは引用者)を送付した。(乙A3) ク原告は,平成17年10月12日から同年11月16日まで,h病院において放射線治療を受けた(乙A2,乙A3)。 ケ原告は,平成17年10月23日にc病院を退院し,同年11月18日からc病院でホルモン治療を受けた(乙A2,乙A3)。 コ原告は,平成17年12月から,i病院で,j医師によるホルモン治療 を受け,平成18年11月1日にj医師がj診療所を開設した後,j診療所に転院し,平成22年5月21日にj医師が死亡するまで,そこでホルモン治療を受けていた(甲A1の1・2,乙A2)。 サ j医師は,平成20年1月30日,本件生検標本(プレパラート)をk大学に送付して,病理診断を依頼した。同大学のl医師は,病理診断を実 施し,同年2月7日,これに対する回答をj医師に送付した。これには, 「前回病理報告」として,「cancercell なし(?)」と,「臨床事項」(j医師からの依頼内容と認められる。)として「他院ope 材料で前回プレパラートの検鏡診断をして頂きましたが,それらはすべてexsionalbiopsy(切除生検)後の温存手術のプレパラートでした。今回その前の,excisionalbiopsy のプレパラ 回プレパラートの検鏡診断をして頂きましたが,それらはすべてexsionalbiopsy(切除生検)後の温存手術のプレパラートでした。今回その前の,excisionalbiopsy のプレパラートをお借りしたので,再度検鏡診断お願 い申し上げます。」と,「組織診報告書」の「Diagnosis」(診断)欄には「1.Intraductalpapillomawithfocalcellularatypia,oftherightbreast,excision(#1)」(乳管内乳頭腫,部分的な細胞異型を伴う,右乳腺,切除標本),「2.Fibroblasticproliferationidentifiedintherightbreast,excision(#2)」(右乳腺に繊維芽 細胞の増殖を認める,切除標本)と,「所見」欄には「左乳腺腫瘤生検(c病院5Z-11972)」「#1:ductpapillomatosis(乳管乳頭腫症)様の非常に多彩な形態を示すintraductallesion(乳管内病変)あり。一部核異型を伴い,Intraductalpapillomawithfocalatypia(部分的な異型を伴う乳管内乳頭腫)とでもすべき組織像。要フォロー」「♯2:間質に紡 錐形細胞の増生あり。異型乏しくfibromatosis 或いはscar を考えます。 以前にope 既往あるのでしょうか?」という記載がある(括弧内は,#1,#2を除き引用者註)。(甲A1の4)シ原告は,平成22年5月26日,j診療所で自身のカルテ写しの交付を受け,同診療所医師に依頼してh病院への紹介状の交付を受けた(甲A 2)。 ス原告は,平成22年6月9日,h病院乳腺外科を受診して,本件生検標本及び手術 j診療所で自身のカルテ写しの交付を受け,同診療所医師に依頼してh病院への紹介状の交付を受けた(甲A 2)。 ス原告は,平成22年6月9日,h病院乳腺外科を受診して,本件生検標本及び手術時標本の病理検査を依頼し,同科のm医師は,c病院から本件生検標本及び手術時標本を取り寄せた。 同科は,上記各標本の病理診断をh病院病理診断科のn医師及びo医師 に依頼し,両医師は,p大学のq教授にも標本を送付して意見を聴取した 上で,同月16日頃,HE染色(本件生検標本及び手術時標本)及び免疫組織化学的検討(本件生検標本のみ)の結果,病変部分の腺管には筋上皮細胞があることなどから,良性増殖性病変であって浸潤がんは否定的である旨報告し,追加として,本件生検標本について「明らかに悪性と判断される異型増殖性病変は標本中では認められません」等と,手術時標本に ついて,「組織学的には,高度の通常型乳管過形成,乳頭腫(中枢型,末梢型),放射状瘢痕,が認められます。悪性所見は確認されませんでした」等と報告した。m医師は,同年7月7日,原告に対し,上記病理診断の結果を説明した。(甲A2,乙A2) 3 争点及び当事者の主張 ⑴ aの不法行為責任についてア f医師は,がんがある旨確定診断したか。本件生検標本の病理検査においてがんがあると判断することは,通常の病理医の注意義務に反するか(争点1)(原告) f医師は,がんがある旨確定診断したが,本件生検標本には,浸潤がんと判断すべき指標も,非浸潤がんと判断すべき指標もなく,がんがあると判断することは,通常の病理医の注意義務に反する。 f医師は本件報告書において,がんがあると確定的に診断した。すなわち,「乳頭腺管がん」「大きい方の組織片では,その端のごく一部に, ,がんがあると判断することは,通常の病理医の注意義務に反する。 f医師は本件報告書において,がんがあると確定的に診断した。すなわち,「乳頭腺管がん」「大きい方の組織片では,その端のごく一部に, 異型を示す…乳頭腺管がんとされます。小さいfocus(病巣)ですが,carcinoma(がん)はあると考えます。」という記載は,浸潤がんの一種である乳頭腺管がんである旨の診断である。「がんはあると考えます」というのも,単なる疑いではなく,がんであることを明確に示している。 乳管の病変部にがんがあるか否かは,①二相性の有無,②細胞異型の 有無を主な観点とし,筋上皮細胞,基底膜の存否,間質の状況,管状構 造の配列,壊死細胞の有無等を総合的に考慮して判断する。 良性の場合,乳管を形成する腺上皮細胞と筋上皮細胞という二種類の上皮細胞のいずれもがみられ,これを二相性という。ただし,正確には,これらの中間的な細胞も増殖しており,細胞の核の形態,大きさ,染色性において多彩な細胞が混在している状態である。 乳癌のうち,がん細胞の増殖が乳管内にとどまるものを非浸潤がんといい,がん細胞が,乳管と間質結合組織の境の基底膜を破り,小葉間や乳管間の繊維性組織や脂肪組織に浸潤したものを浸潤がんという。乳がん細胞が基底膜を破る際に筋上皮細胞が消失するため,筋上皮細胞が消失していること,すなわち二相性がないことは,浸潤がんの指標である。 ただし,病理検査で筋上皮細胞が見えなくても存在している場合もあり,また,基底膜に接していない部分には通常筋上皮細胞がないから,筋上皮細胞の有無だけで浸潤がんか否かを確定的に判断することはできない。また,細胞異型が認められることも,浸潤がんの指標である。 一方,乳管内内腔の増殖細胞の性質及び大きさや 筋上皮細胞がないから,筋上皮細胞の有無だけで浸潤がんか否かを確定的に判断することはできない。また,細胞異型が認められることも,浸潤がんの指標である。 一方,乳管内内腔の増殖細胞の性質及び大きさや形が揃っていること が非浸潤がんの指標であり,基底膜に沿って見られる筋上皮細胞の有無は関係がない。これに対し,様々な細胞が存在し,形や色が多様であること,空隙の形が様々であることは良性の指標である。 本件生検標本では,別紙写真1(20倍)のAないしDにある細胞異型等ががんを疑わせるが,これを拡大した別紙写真2(200倍)のH ないしJにおいても,増生している導管上皮内に筋上皮様の細胞があるから,二相性が認められる。筋上皮細胞が確認しにくい部分が一部あるが,放射線瘢痕(中心部に瘢痕様繊維弾性組織体があり,しばしば管内過形成を伴う二相性の管状構造が放射状に伸びる良性の増殖性病変)であり,単なる過形成であって,良性である。 また,二相性の状況,細胞の配列状況,細胞の形,壊死細胞,変性核 の状況等からも,明らかに悪性と判断される異型増殖性病変は認められず,良性の増殖性病変と判定すべき通常型乳管過形成,末梢型乳頭腫,アポクリン化成,放射状瘢痕が認められるのみであるから,非浸潤がんとも判断できない。 さらに,細胞が間質に浸出している部分も細胞異型もなく,細胞の形 がばらばらであることからも,良性といえる。 (被告a)f医師は,本件生体標本をもってがんと確定診断したのではなく,疑いがあるとしたにすぎない。 f医師は,本件報告書において,二相性が明確に確認できないこと及 び細胞の配列が不規則であることという浸潤癌の指標の存在を前提としつつ,がんと判定できる大きな病巣がないこと,異型が認められたのは検体の 本件報告書において,二相性が明確に確認できないこと及 び細胞の配列が不規則であることという浸潤癌の指標の存在を前提としつつ,がんと判定できる大きな病巣がないこと,異型が認められたのは検体のうちごく一部である旨記載した。なお,f医師は,放射状瘢痕を浸潤がんと誤認したものではない。 病変部にがんがあるか否かは,①二相性の有無,②細胞異型の有無,③ 背景を総合的に考慮して判断する。 二相性とは,乳腺導管を形成する上皮細胞に,腺上皮細胞と筋上皮細胞の2種類の細胞が認められる状態をいう。乳がんは,非浸潤がんを経て浸潤がんに進行し,非浸潤がんでは二相性が残っているが,間質結合組織にがん細胞が浸潤する過程で基底膜が破壊されて筋上皮細胞が消失 し,浸潤がんでは二相性が失われる。したがって,細胞の増生がみられる部分において,上皮細胞のみが増生して筋上皮細胞が見られないことは,浸潤がんの指標となる。 また,細胞の形が規則的でなく異型を伴うこと,細胞がばらばらになり配列が無秩序であることも,がんの指標である。ただし,乳がんの場 合,異型の乏しい小型細胞の出現頻度が高いから,異型が小さいことが 良性の指標とはいえない。 さらに,背景に壊死物,変性核,核片が多く存在するのもがんの指標である。 本件生検標本には,倍率400倍でも筋上皮細胞を伴う細胞の増生が確認できず(別紙写真3),したがって二相性が明確に確認できない 部分や,二相性のほか基底膜も確認できない部分があるから,がん細胞が浸潤している可能性を否定できない。 また,本件生検標本は,細胞の配列が不規則であり,異型もある。放射状瘢痕はがんを合併することもあるから,これがあることはがんを否定する根拠にはならない。 原告が主張する注意義務は,一般の また,本件生検標本は,細胞の配列が不規則であり,異型もある。放射状瘢痕はがんを合併することもあるから,これがあることはがんを否定する根拠にはならない。 原告が主張する注意義務は,一般の病理医に求められるものではない。 原告がその見解を援用するn医師は,乳腺における病理診断には特殊性があって,核の形や大きさがばらばらであるという一般的な基準は当てはまらず,細胞の異型の弱いがん(核が小さく,丸く,均等に並ん でいる。)と良性の増殖を区別することは難しい,本件生検標本はこれに当たる,などとするが,h病院病理診断部に所属していた乳腺の病理の専門家である同医師の見解は,仮に正しいとしても,一般の病理医に求められる基準とはいえない。 イ f医師の注意義務違反と本件手術との因果関係(争点2) (原告)e医師は,f医師の誤った診断に基づき,原告をがんと診断して本件手術を行ったから,f医師の注意義務違反と本件手術及びその結果との間に因果関係が認められる。一般に,病理診断はがんの有無に関する最終診断である。 本件手術時,原告に乳がんがあったとはいえない。 l医師による手術時標本の病理検査(前提事実サの「前回病理報告」)及びh病院による本件生検標本及び手術時標本の病理検査でも,がんは認められていない。 (被告a)e医師は,病理診断だけでなく,他の検査結果等を総合して,原告がが んであると診断したのであるから,f医師の診断結果と本件手術との間に相当因果関係を認めることはできない。病理診断は,がんの診断において重要ではあるが,最終診断ではない。 本件手術時,原告には乳がんがあったから,本件手術は客観的に必要であった。g報告書も,手術時標本をもって低異型度の非浸潤性乳管がんと し の診断において重要ではあるが,最終診断ではない。 本件手術時,原告には乳がんがあったから,本件手術は客観的に必要であった。g報告書も,手術時標本をもって低異型度の非浸潤性乳管がんと している。そうすると,f医師ががんという確定診断をし,それに注意義務違反があったとしても,これによる損害はない。 ⑵ 被告bの債務不履行責任についてア e医師に,本件生検標本の病理検査の後,他の検査等をする義務があったか(争点3) (原告)e医師が,本件生検標本の病理診断結果を安易に信用し,他の検査をすることなくがんと診断したことは,その注意義務違反に当たる。 医師は,がんの診断に当たって,病理検査の結論だけでなく,その詳細や他の検査結果を総合して判断すべきである。 本件報告書中の「小さい病巣ですががんはあると考えます、、、、」(傍点引用者)という表現は,がんを確定的なものと考えていないことを示唆している。e医師による視触診,マンモグラフィ,超音波検査の結果から直ちに乳がんと診断をすることも困難であり,針生検の結果も陰性であった。そうすると,本件患部ががんでない可能性は十分に残っており,e医師は,他の病理医の 意見を求めるか,経過観察をして本件患部の変化をみる等の対応を取る義 務があった。 (被告b)病理診断は原則として最終診断であり,一般病院の医師は,がんの有無に関する病理診断の結果に特に疑うべき事情がない限り,それを最終的な判断とすることができる。 医療水準の判断においては,当該医療機関の置かれている社会的・経済的・地理的諸環境を判断要素とすべきである。本件手術当時病理医は不足しており,病理医が不在の一般病院も多く,c病院も同様であった。また,同一の病理標本を複数の検 該医療機関の置かれている社会的・経済的・地理的諸環境を判断要素とすべきである。本件手術当時病理医は不足しており,病理医が不在の一般病院も多く,c病院も同様であった。また,同一の病理標本を複数の検査機関に委託することは保険実務上許されず,他の病理医に病理診断を依頼することは一般的な医療水準として求められな い。したがって,特に病理診断の結果を疑うべき事情がない場合,自ら病理診断をし,又は他の病理医に病理診断を依頼する義務は認められない。本件では,以下のとおり,本件報告書からも,その他の検査結果からも,病理診断を疑うべき事情は認められない。 本件報告書は,「Papillotubularcarcinoma,breast」(乳頭腺管がん) と,がんである旨を明確に記載しており,「がんはあると考えます」という記載も,診断を確定できない旨の記載がない以上,確定的診断と読むことになる。したがって,本件報告書からは,がんの存在を疑うべき理由はない。 e医師の施行した視触診では左乳腺外側に硬い腫瘤が触知され,マ ンモグラフィでは左乳腺にカテゴリー4の局所的非対称性陰影が認められ,超音波診断でもカテゴリー4から5と判定される不整形の腫瘤エコー像が認められ,これらはがんの疑いを示すものであった。針生検は,組織を正確に採取できない可能性があるから,陰性であっても偽陰性の可能性があり,がんを否定するものではない。 イ被告aは,本件生検標本の検査について,c病院の原告に対する債務の履 行補助者に当たるか(争点4)(原告)被告aは,本件生検標本の検査について,原告に対するc病院の債務の履行補助者であるから,c病院の債務を承継した被告bは,被告aの義務違反について責任を負う。 患者と診療契 4)(原告)被告aは,本件生検標本の検査について,原告に対するc病院の債務の履行補助者であるから,c病院の債務を承継した被告bは,被告aの義務違反について責任を負う。 患者と診療契約を締結した医療機関が外部検査機関を用いた場合,債務の履行としての診療行為の一部を当該外部検査機関に担わせているから,当該外部検査機関は患者との関係で当該医療機関の履行補助者に当たる。 外部検査機関の行為が債務者の債務の履行に組み込まれていれば,当該外部機関が専門性を持ち,当該医療機関との間に支配・従属関係や指示・監督 の関係がなくても,当該医療機関の履行補助者に当たる。 (被告b)被告aはc病院の履行補助者ではないから,c病院を承継した被告bは,被告aの義務違反による責任を負わない。 外部検査機関は通常の医師,医療関係者が持ち得ない高度な技術を用い て検査を実施するのであり,このような専門性から,医師の独立性・裁量性がより強く認められ,検査を委託した医師との間に指示・監督関係は基本的に存在しない。また,本件では,検査機関の利用により,医療機関だけではなく患者も利益を得るのであるから,履行補助者の過失の根拠である使用者の報償責任論は当てはまらない。債務不履行責任の主張で,外部検査機関 の過失を医療機関の過失と同視することは,同じ事実関係に基づく共同不法行為の主張とのバランスを欠く。 そうすると,依頼した医師が外部検査機関の判定結果を再確認すべき特段の事情があるような場合を除き,外部検査機関の注意義務違反をもってこれを依頼した医師の責任を肯定することはできないのであり,本件では かかる特段の事情はない。 ウ f医師の注意義務違反又はe医師の過失と損害との因果関係(争点3)(原告)f医師及びe医師 師の責任を肯定することはできないのであり,本件では かかる特段の事情はない。 ウ f医師の注意義務違反又はe医師の過失と損害との因果関係(争点3)(原告)f医師及びe医師の誤った診断がなければ,本件手術は施行されず,これによる下記⑶の損害は生じなかった。 原告が客観的に乳がんを発症していたことは否認する。 (被告ら)争う。 仮に本件生検標本だけではがんと診断できないとしても,原告は客観的には乳がんを発症していたから,本件手術は必要なものであり,損害の因果関係は認められない。 ⑶ 損害(争点5)(原告)原告は乳がんでないにもかかわらず,乳房を切除され,リンパ節を郭清され,受ける必要のない放射線治療およびホルモン治療を受けることで,健康な身体が傷つけられ,また,有害である可能性の高い治療を受けることに なった。原告の損害の合計額は,以下のとおり合計3008万円である。 ア治療費 116万円イ逸失利益 622万円原告は,乳房温存手術後の放射線治療やホルモン治療のため,平成18年4月,手術前の職場を退職した。原告は,月額18万円の給与を得てい たから,退職後失業していた期間はその全額が,他の職場に勤務した期間はこれによる収入との差額が,それぞれ逸失利益となる。 すなわち,原告は平成18年5月及び6月は失業していたから月額18万円(合計36万円)が,同年7月から12月は月額7万円の給与を得ていたから月額11万円(合計66万円)が,それぞれ逸失利益となる。 また,原告は平成19年から平成22年は年額116万円の給与を得て いたから,年額100万円(合計400万円)が逸失利益となる。原告は平成23年1月及び2月は失業していたから月額18万円(合計3 原告は平成19年から平成22年は年額116万円の給与を得て いたから,年額100万円(合計400万円)が逸失利益となる。原告は平成23年1月及び2月は失業していたから月額18万円(合計36万円)が,3月及び4月は月額11万円の給与を得ていたから月額7万円(合計14万円)が,5月から11月は月額8万円の給与を得ていたから月額10万円(合計70万円)がそれぞれ逸失利益となる。 これらの合計は622万円である。 ウ慰謝料 2000万円本件手術により,原告の左上肢の可動域制限が生じており,これは後遺症の12級6号に該当する。 原告は,乳房に大きな侵襲を受けて女性として苦しみ,切除個所の痛み にも悩まされている。また,リンパ節の郭清によってリンパ浮腫の不安が生涯つきまとうことになり,重い荷物を持つことや左手を傷つけて細菌が侵入することは,リンパ浮腫の原因になるため,生活が制限されている。 さらに,不要な放射線治療を受けたことによって身体に問題が生じるかもしれないという不安を抱え,5年間のホルモン治療によって,ホルモン バランスが乱れ,生理が急に止まり,身体が疲れやすく,常に倦怠感に悩まされている。 以上の事由に鑑みると,原告の受けた身体的苦痛,精神的苦痛を金銭に換算すると,2000万円を下らない。 エ弁護士費用 270万円 (被告ら)争う。 (被告a)原告は,e医師が,手術後,本件手術で取れたのは浸潤がんでなかったから,放射線治療を行わないという選択もあり得ると説明したにもかかわら ず,必要のない放射線療法を敢えて受けていた。そのような治療による損害 とf医師の診断との間に因果関係は認められない。 第3 裁判所の判断 1 被告aの不法行為責任について⑴ ず,必要のない放射線療法を敢えて受けていた。そのような治療による損害 とf医師の診断との間に因果関係は認められない。 第3 裁判所の判断 1 被告aの不法行為責任について⑴ f医師は,がんがある旨確定診断したか。本件生検標本の病理検査によりがんがあると確定診断することは,通常の病理医の注意義務に反するか(争 点1)ア乳がんの鑑別に関する医学的知見乳腺は,乳管(乳腺導管と同じ)とそれを取り巻く間質結合組織から構成され,乳管と間質結合織とは基底膜で境されている(丁B2)。乳管を形成する上皮細胞は腺上皮細胞と筋上皮細胞の2種類からなっており, ある部位で腺上皮細胞と筋上皮細胞がともに認められる状態を二相性があるという(甲B14,丁B2)。 乳がんには非浸潤がんと浸潤がんがあり,がん細胞が乳管内あるいは小葉内に限局し間質へ浸潤していないものが非浸潤がん,非浸潤がんが発育してがん細胞が間質に浸潤した状態が浸潤がんである。がん化する のは上皮細胞であり,間質結合組織内にがん細胞が浸潤していく過程で,基底膜が破壊され,筋上皮細胞が消失するため,浸潤性乳管がんでは筋上皮細胞がなく,上皮細胞と筋上皮細胞との二相性が認められない。したがって,浸潤がんとそれ以外の判別において,二相性の有無は重要な指標である。なお,中心部に瘢痕様繊維弾性組織があり,そこからしばしば管内 過形成を伴う二層性の管状構造が放射状に外へ伸びている状態を放射状瘢痕といい,画像,肉眼及び低倍率観察では浸潤がんに類似する。(甲B13,甲B14,丁B2)一方,非浸潤がんと良性病変(良性腫瘍,通常型乳管過形成を含む。)はいずれも筋上皮細胞と上皮細胞との二相性を保持しているから,その 判別においては乳管内腔の増殖細胞の性質 甲B14,丁B2)一方,非浸潤がんと良性病変(良性腫瘍,通常型乳管過形成を含む。)はいずれも筋上皮細胞と上皮細胞との二相性を保持しているから,その 判別においては乳管内腔の増殖細胞の性質が重要である(甲B16,丁B 2)。通常型乳管過形成は,基底膜で囲まれた空間内に生ずる乳管上皮細胞の良性増殖で,基底膜上において3層以上の細胞の増加がみられ,核は大きさ,形,位置について不均一でしばしば重なり合うという,多様性・不規則性・無秩序性がみられる。これに対し,非浸潤性乳管がんでは,がん細胞の特徴である核分裂像の増加や壊死がみられ,異型が軽い場合は 核が単調・規則的・幾何学的で,異型が強い場合は核の多形成がみられるという違いはあるが,いずれにしても,核が小又は中等大で,異型が軽く,多様性・混合性(不規則性・無秩序性)が認められる通常型乳管過形成とは異なる(甲B13)。 病理検査は,通常HE染色によってされるが,HE染色で確定診断に至 らない場合,少なくとも現在では,免疫染色の方法によることになる。 イ f医師の判断本件報告書の「(病理診断)」という欄には,「Papillotubularcarcinoma,breast(乳頭腺管がん)」という記載と,行を改めて,「2ケの組織各々2分割しました。大きい方の組織片では,その端のごく1部に,Atypia(異型) を示す細胞群が増生。Papillotubularcarcinoma(乳頭腺管がん)とされます。小さいfocus(病巣)ですが,carcinoma(がん)はあると考えます。 殆どは,mastopathie(乳腺症)と見ますが。」という記載があり,ほかにこの記載を補足・修正する趣旨の記載はない(前提事実⑵ウ。)。そうすると,本件報告書において,作成者のf ると考えます。 殆どは,mastopathie(乳腺症)と見ますが。」という記載があり,ほかにこの記載を補足・修正する趣旨の記載はない(前提事実⑵ウ。)。そうすると,本件報告書において,作成者のf医師は,まず病理診断の結論が乳頭腺管が んであるとした上で,その説明として上記「2ケの」以下を記載したものと認められ,これらの記載は,本件生検標本について,乳頭腺管がんという確定診断をする趣旨と解するのが相当である。 証人fの証言及び弁論の全趣旨によれば,がんの疑いはあるが確定診断できない場合,(がんの)「疑い」と記載するのが一般であり,f医師も同様 の記載をしていることが認められ,上記記載中にはがんであることを疑う 根拠の記載もない(「殆どはmastopathie(乳腺症)と見ますが」という記載も,がんの病巣が小さいというにとどまり,当該病巣ががんであることを疑うべき事情として書かれたとは解されない。)から,「小さいfocus(病巣)ですが,carcinoma(がん)はあると考えます」という記載も,確定診断であることを否定する根拠にはならない。 ウ本件生検標本によりがんと確定診断することは病理医としての注意義務に反するか以下のとおり,一般の病理医は,本件生検標本からがんと確定診断してはならないという注意義務を負い,f医師はこれに反したというべきである。 乳がんの鑑別において,筋上皮細胞と腺上皮細胞との二相性がないことが浸潤がんのメルクマールであることは,上記1⑴アのとおりであり,原告は,本件生検標本で二相性の消失は認められず,筋上皮細胞が確認しにくい部分も良性の増殖性病変(放射状瘢痕)であって,これをがんと確定診断するのは一般の病理医の注意義務に反する旨主張するのに対 し, 件生検標本で二相性の消失は認められず,筋上皮細胞が確認しにくい部分も良性の増殖性病変(放射状瘢痕)であって,これをがんと確定診断するのは一般の病理医の注意義務に反する旨主張するのに対 し,被告aは,本件生検標本には明確に筋上皮細胞といえるものが見られず,二相性の有無を直ちに判別できない部分があるから,二相性がないとしてがんと判断することは病理医としての注意義務に反しない旨主張する。 甲A9の7,丁B1及び証人fの証言によれば,f医師は,本件生検 標本中,別紙写真2記載I及びJの部分,特に概ねIの一部である別紙写真3記載Lの部分で二相性が確認し難く,別紙写真3記載Kの矢印のやや先の部分で細胞の配列の不規則及び細胞の小さい異型が認められ,これらの部分の細胞は核が肥大し,染色後の色調も異なると判断し,これらの状況から,判断は難しいが,結論として浸潤がんであると判断し たことが認められる(なお,証人fの証言によっても,本件生検標本に おいて積極的に浸潤というべき部分があるとは認められない。)。 しかし,証人fの上記証言によっても,別紙写真上,二相性の消失や細胞異型の存在を認定する具体的基準・指標は必ずしも明らかではない。 そして,甲A11(n医師の陳述書)及び証人nの証言によれば,本件生検標本中,別紙写真2記載Iの部分において,筋上皮細胞と上皮細胞 との中間的性質を持つ細胞が存在することを前提に,これによって二相性が保たれているとみることも可能であることが認められる。また,証人n及び証人fの証言によれば,一般に乳がんにおける細胞の異型は小さいことが認められ,上記アのとおり,良性である通常型乳管過形成の場合,核(細胞)の大きさ,形,位置について不多様性・不規則性・無 秩序性がみられるのに対し,非浸潤 がんにおける細胞の異型は小さいことが認められ,上記アのとおり,良性である通常型乳管過形成の場合,核(細胞)の大きさ,形,位置について不多様性・不規則性・無 秩序性がみられるのに対し,非浸潤性乳管がんでは,異型が軽い場合(核が単調・規則的・幾何学的)及び強い場合(核の多形成がみられる。)のいずれも,通常型乳管過形成のような多様性・混合性(不規則性・無秩序性)は認められない。このことと,甲A11,甲B13(63頁)及び証人nの証言によれば,本件生検標本中,別紙写真3記載Kの矢印の 先の部分にみられる細胞の大きさ・形・色の不揃いは,がんよりも良性の細胞増殖である可能性があることが認められ,少なくとも,本件生検標本から積極的にがん,特に浸潤がんの存在を認めることはできないというべきである。 かえって,甲A11,甲A18から20及び証人nの証言によれば, n医師及びo医師は,本件生検標本を,HE染色に加え,より精度が高いとされる免疫組織化学検査によって検討し,良性の変化であってがんではないと診断し,意見を求められたp大学病理学科のq医師も同様の見解を示したことが認められ,本件生検標本からは,がんは存在しないと評価すべきであったとも解される。 なお,甲A7の1・2(原告及び原告訴訟代理人らによるh病院病理 診断科r教授からの聞取り記録)によれば,本件生検標本には二相性が消失していて細胞が増えているように見える部分があり,その外側に筋上皮細胞がないとみれば浸潤がんであり,あるとみれば浸潤がんではないと判断することになるのであって,乳管の中で細胞が増えている部分が良性である過形成か非浸潤がんかの鑑別も上記二相性が消失して細胞 が増えているように見える部分の解釈によるのであり,判断に迷った場合の対処は病 になるのであって,乳管の中で細胞が増えている部分が良性である過形成か非浸潤がんかの鑑別も上記二相性が消失して細胞 が増えているように見える部分の解釈によるのであり,判断に迷った場合の対処は病理医によって違うかもしれないというのであり,一般的な病理医にとって,原告の本件生検標本から良性・悪性の確定的診断をすることに困難であることがうかがえるから,f医師に,本件生検標本を良性と診断すべき義務があるとまではいえない。しかし,がんでないも のをがんと診断することは,患者に不要な治療による身体的侵襲や経済的・心理的負担等を与えることになるから,良性・悪性の確定的判断が困難であって良性と診断すべき義務が認められない場合に,悪性であるという確定診断をすることは,病理医の注意義務に反するというべきである。 ⑵ f医師の注意義務違反と本件手術との因果関係(争点2)ア証人eの証言によれば,e医師は,本件報告書に基づいて原告を乳がんと診断し,本件手術を行ったことが認められるから,f医師の注意義務違反と本件手術の間に相当因果関係が認められる。 証拠(甲B6の2,甲B14,証人e)によれば,乳がんの診断は問診・ 視触診,マンモグラフィ・超音波検査等の画像診断,針生検や切除生検による病理診断の順でするものであること,切除生検は,患部の組織をブロックで採取し,これをスライスした標本を顕微鏡で見て組織の変化等から良性・悪性を判断するものであること,針生検で悪性の可能性が高いと判断された場合は一般に切除生検が勧められることが認められる。また,切除生検は 組織を直接検査するものであるから,問診・触診や画像診断に比べて精度が 高いと認められ,これより更に精度の高い検査方法で一般的に採用されているものがあると認めるに足りる 切除生検は 組織を直接検査するものであるから,問診・触診や画像診断に比べて精度が 高いと認められ,これより更に精度の高い検査方法で一般的に採用されているものがあると認めるに足りる証拠はない。そして,証人eの証言によれば,e医師が原告について切除生検までにした他の検査では,悪性であることを疑わせるものはあったが,針生検を含め,悪性であることを明確に示すものはなかったことが認められるから,本件生検標本からがんの確定診断 をした本件報告書がなければ,e医師は本件手術を施行しなかったと認められる。 イ原告が本件手術時点で乳がんを発症していたと認めるに足りる証拠はないから,仮にe医師が更なる検査をしたとしても,本件生検標本からがんの確定診断をした本件報告書がなければ,本件手術を施行することはなかっ たというべきである。 被告aは,原告には現にがんがあったから本件手術は必要であった旨主張するが,本件生検標本からがん(浸潤がん)があったと認められないことおりである。 また,本件生検標本及び手術時標本のいずれについても,非浸潤がんが 存在したと認めるに足りる証拠はない。g報告書には,手術時標本に被浸潤がんが認められる旨の記載があるが(前提事実キ),甲B2の1・2によれば,j医師からの本件生検標本プレパラートの病理検査依頼に対するl医師の報告書に,前回病理報告として「cancercell なし(?)」との記載があって,これは手術時標本の検査を指すものであり,l医師は,手術時標本 の病理検査の結果,確定的ではないが,がん細胞はないと診断したことが認められ,また,甲A11,甲A18から20及び証人nの証言によれば,n医師及びo医師は,手術時標本をHE染色によって検討し,良性の変化であってがんではないと診断 が,がん細胞はないと診断したことが認められ,また,甲A11,甲A18から20及び証人nの証言によれば,n医師及びo医師は,手術時標本をHE染色によって検討し,良性の変化であってがんではないと診断し,意見を求められたp大学病理学科のq医師も同様の見解を示したことが認められ,これらの事実に照らすと,g報告書は 採用できず,他に被告aの上記主張を裏付けるに足りる証拠はない。 また,被告aは,放射線治療をしないことも考えられたから,これとf医師の注意義務違反とは因果関係がないと主張する。そして,証拠(乙A3,証人e,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,e医師は,本件手術後,原告に,乳房温存手術後は温存乳腺に対する放射線治療が標準治療であるが,手術時標本は非浸潤がんのみの所見で断端陰性(標本の周縁部分にがんの 組織が見当たらないという趣旨)であり,リンパ節転移もなかったから,放射線治療を省略する選択肢もあると説明したこと,h病院放射線核医学科のs医師も,放射線治療は生存率に寄与しないとしてこれを行わない選択肢もあると説明したこと,しかし,原告は,できる限りの治療をしておきたいと希望して放射線治療を受けたことが認められる。しかし,乙A3によれ ば,h病院放射線核医学科のカンファレンスで,原告に放射線治療を行うことに問題はないとされたことが認められるから,その時点で,放射線治療は原告にとって医学的に無効・不要であったとは考えられていなかったと解され,上記e医師の説明を前提としても,これを選択することが不相当であったということはできない。そうすると,f医師の義務違反と放射線治療と の相当因果関係を否定することはできない。 2 被告bの債務不履行責任について⑴ e医師に,本件生検標本の病理検査の後,他の検査等を はできない。そうすると,f医師の義務違反と放射線治療と の相当因果関係を否定することはできない。 2 被告bの債務不履行責任について⑴ e医師に,本件生検標本の病理検査の後,他の検査等をする義務があったか(争点3)1⑵に判示した乳がん診断における切除生検の位置付けに加え,乳がん検 査における健康保険の適用上,生検は1回のみ認められていること(弁論の全趣旨)に照らすと,病理医に切除生検を依頼した医師は,その結果を疑うべき特段の事情がない限り,再度の検査を行う義務を負うことはないと解される(なお,e医師が,触診,マンモグラフィ,超音波検査等の結果から,乳がんを疑っていたことは前提事実イのとおりであり,この疑い自体が不当で あると認めるに足りる証拠はない。)。 そして,e医師が本件報告書を受領した時点で,その結論を疑うべき特段の事情があったとは認められない。原告は,「がんはあると考えます」という記載が,がんかどうかはっきりしないことを示していると主張するが,「考えます」という表現が何らかの留保を示すものとは解されず,他に,本件報告書に診断を確定できないことをうかがわせる記載(「疑い」という表現や,他 の検査を示唆する等)はない。したがって,本件報告書は,がんがあるという病理診断と解すべきものであり,e医師がこれをもって直ちに原告をがんと診断したことが同医師の注意義務違反とはいえない。 ⑵ 被告aは,本件生検標本の検査について,c病院の原告に対する債務の履行補助者に当たるか(争点4) 診療契約を締結した医療機関が,その履行のため外部検査機関に検査を外注した場合,契約において医療機関が責任を負わない旨約定したような場合は格別,外部検査機関による検査は当該医療機関の債務の履行の一部となり, 締結した医療機関が,その履行のため外部検査機関に検査を外注した場合,契約において医療機関が責任を負わない旨約定したような場合は格別,外部検査機関による検査は当該医療機関の債務の履行の一部となり,外部検査機関は医療機関の履行補助者に当たると解するのが相当である。 被告bは,患者も検査機関の利用によって利益を受けるのであるから,検 査機関の過失を医療機関の過失と同視すべきではない旨主張するが,疾病の診断が診療契約に基づく医療機関の債務の一部である以上,医療機関は医療水準に基づいてそれを履行する義務を負い,当該医療機関が一部の医療行為について自ら医療水準を満たすことができないためにこれを他の医療機関等に委ねる場合,医療機関は自らの能力では本来履行し得ない内容の診療契約 を締結しているのに対し,患者は診療契約に則り,医療水準に基づく債務の履行を受けるにとどまり,特別の利益を受けるわけではないから,被告bの上記主張は採用することができない。 したがって,c病院は,履行補助者であるa(その履行補助者であるf医師)の注意義務違反についても責任を負う。 3 損害(争点5) 原告は,本件手術によって乳房を切除されるとともにリンパ節を郭清され,その後,放射線治療及びホルモン治療を受けたが,これらはいずれも原告の身体に対する侵襲であり,原告はこれによって,以下のとおり積極的・消極的損害を被ったと認められる。 ⑴ 治療費 0円 上記認定のとおり,本件生検標本にがんが認められる旨のf医師の病理診断は相当でなく,他に本件手術当時原告に乳がんがあったことを認めるに足りる証拠はないから,がんがあることを前提とするその後の検査や放射線治療等は必要性を欠き,これらに要した治療費はf医師の不法行為及びc病院の債務不履行に 手術当時原告に乳がんがあったことを認めるに足りる証拠はないから,がんがあることを前提とするその後の検査や放射線治療等は必要性を欠き,これらに要した治療費はf医師の不法行為及びc病院の債務不履行による損害となる。そして,証人eの証言及び原告本人尋問の 結果並びに弁論の全趣旨によれば,原告が,本件手術に加え,再発防止のための放射線治療等を受けたことは一応認められる。 しかし,上記治療の具体的内容及び費用を認めるに足りる的確な証拠はない。原告本人尋問の結果中には,平成17年に検査代等30万円,放射線治療15万円を支払った等これに沿う部分があるが,これを裏付ける客観的な 証拠はなく,その入手・保存が困難であった等の事情もうかがえないから,にわかに採用することができない。原告が作成したメモ(甲C1)は,原告が後に記憶に基づいて作成したもので,客観性に乏しい。また,原告が受けた治療の内容及び費用を概括的にでもうかがうに足りる主張立証はなく,また,このような損害は,性質上その額を立証することが極めて困難であると いうことはできないから,民訴法248条の適用も困難である。 よって,原告の主張する治療費の損害は認められない。 ⑵ 逸失利益ア休業損害 0円原告は,放射線治療やホルモン治療のため職場を退職した後平成23年 11月までの収入と退職前の収入との差額が逸失利益であると主張し,原 告本人尋問の結果によれば,原告は,本件手術前の職場で月18万円の給料を得ており,本件手術後一度職場に復帰したが,本件手術の半年余り後,ホルモン治療開始から3か月余り後である平成18年4月に,リンパ節郭清により重い物を持てなくなったことを主な理由として退職したこと,その後,婦人服売り場でのパートで月7万円の収入を得て 半年余り後,ホルモン治療開始から3か月余り後である平成18年4月に,リンパ節郭清により重い物を持てなくなったことを主な理由として退職したこと,その後,婦人服売り場でのパートで月7万円の収入を得ていた時期や歯科医院 の助手のパートをしていた時期があること,歯科医院のパートは勤務先の廃業により一旦終了したが,平成24年以降別の歯科医院で働き月25万円の収入を得ていることが認められる。 しかし,原告主張の上記損害は,受傷に基づく治療(入院又は通院)のため休業したことによる逸失利益ではなく,後遺障害による逸失利益であ るというべきであるから,下記イのとおり,後遺障害による労働能力喪失率によって算定するのが相当であり,原告が主張するように,受傷後退職又は転職したために生じた受傷前の収入とその後の収入との差額をもって損害と評価することは相当ではない。そうすると,原告の逸失利益については,下記イのとおり,後遺障害による逸失利益として評価すべきであり,原告の 主張もその趣旨を含むと解するのが相当である。 イ後遺障害逸失利益 153万4680円甲C8,甲C10の2によれば,原告の肩関節の可動域は,平成30年4月26日時点で,右が屈曲160度,外転120度,内転45度であるのに対し,左は屈曲120度,外転80度,内転15度であり,左上 肢の可動域が右上肢の4分の3以下に制限されていることが認められる。 原告には他にその原因と考えられる事情がうかがわれないから,上記可動域制限は,本件手術を原因として生じた後遺症であると推認することができる。これは,一上肢の三大関節の一関節の機能に障害を残すものに当たるから,これによる労働能力喪失率は14%と認めるのが相当で ある。 乙A3によれば,原告は本件手術後に関 ができる。これは,一上肢の三大関節の一関節の機能に障害を残すものに当たるから,これによる労働能力喪失率は14%と認めるのが相当で ある。 乙A3によれば,原告は本件手術後に関節可動域訓練等を方針とするリハビリを受け,平成17年9月30日には,異常がなければ退院可能であるが入院延長と判断されたことが認められる。そして,その後原告の左肩上関節に可動域制限を生じるような事実があったことはうかがわれないから,原告がc病院を退院した同年10月23日(前提事実⑵ケ) には,症状が固定したと認めるべきである。なお,甲C10の1には症状固定日が平成30年5月8日である旨の記載があるが,平成17年に本件手術を受けた後平成30年まで上記症状が固定しないということは通常考え難く,採用できない。 原告の退職前の年収は216万円(18万円×12か月)である(上記 ⑵ア)。 は平成18年4月まで本件手術前からの職場に勤務して月額18万円の収入を得ていたから,労働能力喪失期間は,同年5月から,原告が逸失利益を請求する終期である平成23年11月までであり,6年として算定 するのが相当である(なお,原告は昭和39年1月24日生まれである。 前提事実⑴ア)。これに対応するライプニッツ係数は5.075である。 以上によれば,原告の逸失利益として,153万4680円(216万円×5.075×0.14)を認めるのが相当である。 ⑶ 慰謝料 ア原告は,平成17年9月19日にc病院に入院して本件手術を受け,同年10月23日に退院し,その後平成17年11月16日までh病院で放射線治療を受け,同月18日から平成22年5月21日まで3か月に1回の通院(原告本人)によるホルモン治療を受けた(前提事実⑵カ,ク,ケ,コ)から,1か月 ,その後平成17年11月16日までh病院で放射線治療を受け,同月18日から平成22年5月21日まで3か月に1回の通院(原告本人)によるホルモン治療を受けた(前提事実⑵カ,ク,ケ,コ)から,1か月入院して4年7か月通院したことになり,入通院慰 謝料としては121万円が相当である。 イ術が女性の乳房の一部切除及びリンパ節郭清であり,リンパ浮腫の不安も否定できないこと等を考慮すると,後遺症による慰謝料は400万円が相当である。 ⑷ 弁護士費用 被告らの過失と相当因果関係にある原告の弁護士費用は67万円と認めるのが相当である。 4 結論したがって,原告は,被告aに対して,不法行為に基づく損害賠償として,741万4680円及びこれに対する不法行為の後である平成17年9月20 日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金,被告bに対して,債務不履行に基づく損害賠償として,741万4680円及びこれに対する催告(訴状送達)の日の翌日である平成24年9月8日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金を請求することができる。これらの損害賠償請求権は,同一の損害に係るものであるから,被告bに対する損害賠償請求権の金額の範囲で 不真正連帯債務の関係になる。 よって,原告の請求は,主文第1項記載の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 京都地方裁判所第3民事部 裁判長裁判官久保田浩史 裁判官力元慶雄 裁判官上田 裁判官力元慶雄 裁判官上田千愛
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