- 1 - 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中110日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は、国選弁護人D作成の控訴趣意書記載のとおりであるが、論旨 は、被告人を懲役24年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。 そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討する(関係者の略称は、原判決の例による。)。 第1 事案の概要等 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、特定少年であった被告人(当時19歳)が、令和5年3月9日、実家において、①実父B(当時51歳)に対し、殺意をもって、ダガーナイフ(刃体の長さ約15.3㎝。以下「本件ナイフ」という。)で、その胸部や左頸部等を複数回突き刺し、その場で失血死させて殺害し【原判示第1】、また、②被告人とBの間に立ちふさがって、被告人を止めようとした実 母C(当時46歳)に対し、殺意をもって、本件ナイフで、その左側胸部、背部等を複数回突き刺すなどし、その場で失血死させて殺害した【原判示第2】、というものである。 2 原審では、Cに対する殺意が争われたが、原判決は、Cに対しても殺人罪が成立する旨の認定をしたところ、当審では、量刑不当のみが主張されている。 3 原判決は、本件犯行に至る経緯等を、簡潔に説示しているが、論旨に鑑み、より詳しく述べると、次のとおりである。 被告人は、BとCの長男として出生し、学年が5つ離れた妹(長女)がいる。 被告人は、小学校低学年の頃から、Bから、学校の成績について叱られたり、自宅から外に放り出されたりするなどの心理的、身体的な虐待を受け続けていたと ころ、中学生になった後は、いつかBに仕返しをしてやろうという思いを心 頃から、Bから、学校の成績について叱られたり、自宅から外に放り出されたりするなどの心理的、身体的な虐待を受け続けていたと ころ、中学生になった後は、いつかBに仕返しをしてやろうという思いを心の支え - 2 -として生きていくようになり、高校生になると、いつかBを殺してやろうとの思いを抱くに至った。 被告人は、令和4年春にE大学に進学し、アパートで一人暮らしを始めたが、Bに対する殺意が消えることはなく、Bを殺害しなければ、これまで生きてきた意味がなくなってしまうと考えていた。そして、同年10月頃には、大学の勉強がお ろそかになってきたことから、あえて成績を上げずにBから叱責される機会を作り、それを利用して殺害を実行しようと考えるようになった。 被告人は、令和5年3月5日、被告人のアパートを訪ねてきたBから、大学の成績に関し強く叱責されたため、これを契機としてBの殺害を決意した。 被告人は、同月9日、事前に購入した本件ナイフを隠し持って実家へ赴き、 Bの前で正座をして2時間近くの説教を受けた後、本件犯行に及んだ。 本件犯行後、被告人は、いったん上記アパートに戻り、着替えをしてから、自動車を運転して山口県に赴いたが、同日、同県内で、本件により逮捕された。 被告人は、家庭裁判所でのいわゆる逆送決定を経て、本件で起訴された。 第2 原審の経過等 1 原審では、①Cに対する殺意の有無と②量刑が争点となり、原審弁護人は、後者について、少年法55条に基づく家庭裁判所への移送が相当である旨主張した。 2 原審では、検察官の請求に基づき、Cの遺体の解剖医が、また、弁護人の請求に基づき、被告人の親族らや情状鑑定を行った鑑定人の証人尋問が行われたほか、詳細な被告人質問が実施された。 3 証拠調べを では、検察官の請求に基づき、Cの遺体の解剖医が、また、弁護人の請求に基づき、被告人の親族らや情状鑑定を行った鑑定人の証人尋問が行われたほか、詳細な被告人質問が実施された。 3 証拠調べを終えて、原審検察官は、論告で、Cに対する殺意の証明も十分であるとして懲役28年を求刑した。他方、原審弁護人は、弁論で、Cに対する殺意は認められず、傷害致死罪にとどまるとした上で、主位的に少年法55条により本件を家庭裁判所へ移送するのが相当である旨、予備的に懲役5年の刑が相当である旨主張した。 4 原判決は、Cに対する殺意を認め、少年法55条による移送が相当であると - 3 -する原審弁護人の主張についても、少年院の収容期間では被告人の更生を図るために不十分であるし、ほぼ無抵抗の2名の被害者を一方的にナイフで刺殺した本件について、被告人を保護処分に付する許容性があるとはいえず、保護処分の相当性は認められないとして退けた。その上で、量刑の理由として、後記第3のとおり述べて、被告人を懲役24年に処したので、被告人が控訴を申し立てた。 第3 原判決の量刑判断原判決は、量刑の理由として、要旨、次のとおり説示した。 1 被告人は、実家のリビングで、あらかじめ準備した殺傷能力が高い本件ナイフを用いて、Bに対し、いきなり胸部等を複数回刺した上で、その場にいたCが被告人とBとの間に入って立ちふさがって止めようとしたのに対しては、B殺害の邪 魔になるのを排除しようとして、背部や胸部を手加減することなく刺して殺害し、さらに、Bが掃き出し窓から室外に出たのを追いかけ、その頸部を2回刺してとどめをさして殺害した。このように、被告人は、殺傷能力の高い凶器を用いて、ほぼ無抵抗の被害者らに対し一方的に攻撃を加えたものであり、人の生命を奪 し窓から室外に出たのを追いかけ、その頸部を2回刺してとどめをさして殺害した。このように、被告人は、殺傷能力の高い凶器を用いて、ほぼ無抵抗の被害者らに対し一方的に攻撃を加えたものであり、人の生命を奪う危険性が大変高い犯行態様であった。特に、Bの殺害行為については、強い殺意に基づく 執拗なものである上、事前に凶器となる本件ナイフを購入し、予備となる果物ナイフやピックと共に犯行現場に持参するとともに、血が目立たない色の服を着るなど、計画性も認められる。 2 本件犯行により、2名の被害者が亡くなるという取り返しのつかない結果が生じており、家庭内の事件であって、第三者に被害を及ぼしたものではないとはい え、犯行結果も極めて重大である。 3 被告人が、幼少期から、Bから心理的、身体的な虐待を受けるなどしたことが、B殺害を決意したことに大きく影響している。Bが被告人に対して厳しく接してきたのは、被告人への期待や愛情による部分もあったはずであり、そのようなBの気持ちが被告人に伝わっていなかったことは残念ではあるが、Bによる虐待行為 がなければ、被告人が本件犯行に及ぶことはなかったといえるし、Bを殺害しよう - 4 -と考えるまで被告人が追い詰められたことについては同情すべき部分がある。 4 もっとも、大学の成績についてBから叱責を受ける機会を作るなど、被告人が直接のきっかけを作って犯行を誘発した側面があることは否めない。また、Cの殺害行為については、被告人は、Bを殺害することに集中する余り、Cを巻き添えにしてしまったのであるが、Cが同席する場でBを殺害しようとすれば、Cがこれ を制止しようとする事態は当然予測できたはずであり、それまで被告人のために心を砕き、味方になってくれたはずのCまで殺害してしまうという事態を が、Cが同席する場でBを殺害しようとすれば、Cがこれ を制止しようとする事態は当然予測できたはずであり、それまで被告人のために心を砕き、味方になってくれたはずのCまで殺害してしまうという事態を避けることができなかったとはとても思われない。被告人がCを殺害した動機や経緯は、身勝手で自己中心的といわざるを得ない。 5 以上のような犯罪事実に直接関係する事情を中心に据えた上で、刑の公平性 の観点から、同種事案の量刑傾向に照らして検討すると、本件は、同種事案の中でも重い部類に属する事案といえ、被告人に対しては、相当長期間の実刑をもって臨むほかない。その上で、犯情以外の点を見ると、被告人の妹を含む相当数の遺族が、被告人の早期の社会復帰を望む旨の嘆願書を提出したほか、被告人の父方叔父と母方伯父が被告人に対する寛大な処分を望む旨証言したこと、被告人が、特定少年で あり、非行歴がないことなど有利に斟酌すべき事情が認められる。これに加えて、被告人が、淡々とした態度ではあるが、法廷で、事実関係を素直に供述するとともに、BやCを死に至らしめたことに対する後悔の言葉や謝罪の言葉を述べ、被告人なりに自分のしたことに向き合い、償いをしたいという気持ちがあることが十分に見て取れることを考慮すれば、懲役24年に処するのが相当である。 第4 当裁判所の判断以上のような原判決の量刑判断は、当裁判所も支持することができ、懲役24年の刑が重すぎて不当であるとはいえない。 1 所論は、原判決は、犯行動機に関する重要な事実、取り分け、被告人が幼少期からBによる苛烈な身体的虐待、心理的虐待及び教育虐待を受けていた事実を軽 視しており、その背景には、原審が自ら必要性を認めて採用した情状鑑定の結果を - 5 -およそ考慮できていないこ よる苛烈な身体的虐待、心理的虐待及び教育虐待を受けていた事実を軽 視しており、その背景には、原審が自ら必要性を認めて採用した情状鑑定の結果を - 5 -およそ考慮できていないことが指摘できる、という。 しかしながら、原判決は、犯行動機に関し、被告人が、Bから、心理的、身体的な虐待を受けるなどしたことが大きく影響している旨説示しており、かかる点を軽視しているとはいえない。そして、原判決は、そのような犯行動機を踏まえつつも、本件の経緯において、被告人が大学でわざと悪い成績を取るなどしてBから叱責を 受ける機会を作り、そのとおりに叱責を受けた上でBへの殺害行為に及んだことや、同席するCの制止を予測できたはずであるのに、Cの目の前でBの殺害行為に及び、味方であるはずのCをも巻き添えにしていることも重視して、被告人の責任非難の程度を評価しているのであり、かかる評価に不合理な点はない。また、原判決の犯情評価、すなわち、本件の結果を、2名の被害者を死亡させるという重大なもので あるとしたこと、本件の犯行態様を、殺傷能力の高い凶器を用い、ほぼ無抵抗の被害者らに対して、一方的に攻撃を加えたという危険性が高いものであり、殊にBの殺害行為については、強い殺意に基づく執拗なものであって、計画性も認められるとしたことにも、不合理な点はない。 2 所論は、上記犯情評価に関し、被告人が自らの判断でBの殺害を翻意したり、 実行を踏みとどまったりすることは不可能であったところ、凶器の購入等の準備があったからといって、非難の対象となるような「計画」があったとするのは安易にすぎ、本件は、計画性のない事案として量刑をすべきである、Cに対する犯行に計画性がないことは明白であるのに、原判決はこのことに全く触れておらず、量刑判断に偏りがある、 計画」があったとするのは安易にすぎ、本件は、計画性のない事案として量刑をすべきである、Cに対する犯行に計画性がないことは明白であるのに、原判決はこのことに全く触れておらず、量刑判断に偏りがある、という。 しかしながら、被告人は、かねてからBに対して殺意を抱いていたところ、4日前に、被告人のアパートを訪れたBから強く叱責されたことで殺害を決意し、凶器となる本件ナイフを購入するなどした上、本件当日は、最初からBを殺害するつもりで、実家に赴いて殺害行為に及んだのであるから、Bに対する犯行の計画性は明らかである。また、Cに対する犯行には、確かに計画性はないが、被告人は、Bに 対する犯行の際、Cが、被告人とBの間に立ちふさがって止めに入った場面で、C - 6 -を本件ナイフで刺しているのであるから、偶発的な犯行とは到底いえないところ、Bの殺害を邪魔するCを排除しようと考えたという、動機等が身勝手で自己中心的である旨の原判決の説示も相当であって、所論のように、量刑判断に偏りがあるなどということはできない。 3 所論は、被告人の妹や、B及びCの各実母を始めとする親族から、Cの友人 に至るまでが、被告人に対する寛大な処罰を望んでおり、厳罰を望む者は誰一人いないという点は、単なる一般情状ではなく、量刑を大きく左右する事情として重視されるべきである、という。 しかしながら、被害者自身の被害感情を知ることのできない殺人事件において、遺族らの処罰感情を過度に重視することは相当でなく、所論には賛同できない。 4 所論は、被告人は、犯行時19歳であったが、現在は20歳に到達しているため少年法55条に基づく移送を受けて少年院送致処分を受けることができなくなっており、また、令和4年4月に施行された改正少年法により、不定期刑 人は、犯行時19歳であったが、現在は20歳に到達しているため少年法55条に基づく移送を受けて少年院送致処分を受けることができなくなっており、また、令和4年4月に施行された改正少年法により、不定期刑の対象ともならないが、本件犯行が実際より1年早く行われていれば、被告人に科される刑は、最長でも15年以下の不定期刑となっていたところ、原判決の懲役24年の定 期刑との結果の違いはあまりに大きいから、量刑に当たっては相応の考慮が必要である、という。 しかしながら、被告人のBに対する殺意は、長年にわたるBとの父子関係の中で形成されたものであるが、被告人が、実際に本件犯行に及んだのは、所論が指摘する改正少年法が施行された後であるから、改正法に基づいて処遇されるべきである ことは、論を待たない。 5 以上によれば、論旨は理由がない。なお、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人が、反省を深めるとともに、妹が早期にB及びCの遺産を受け取れるよう、遺産全部を妹に相続させる旨の遺産分割協議を成立させたことが認められるが、これらの事情を考慮しても、原判決の量刑を変更すべきものとは 認められない。 - 7 -第5 結論よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数を原判決の刑に算入することにつき刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和6年3月6日福岡高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官松田俊哉 裁判官小松本 卓 裁判官山田直之 裁判長 裁判官 松田俊哉 裁判官 小松本 卓 裁判官 山田直之
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