令和4(ワ)3982 国家賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和6年3月12日 名古屋地方裁判所
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判決文本文24,954 文字)

- 1 - 令和6年3月12日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和4年(ワ)第3982号国家賠償請求事件口頭弁論終結日令和5年12月19日判決当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり(同別紙中で定義した略称は、 以下においても同様に用いる。) 主文 1 被告は、原告1に対し、1430万円及びこれに対する令和4年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告2に対し、220万円及びこれに対する令和4年10月15日 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、原告1に生じた費用の15分の2と被告に生じた費用の15分の1を原告1の負担とし、原告2に生じた費用の6分の5と被告に生じた費用の5分の2を原告2の負担とし、その余は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告1に対し、1650万円及びこれに対する昭和50年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告2に対し、1320万円及びこれに対する昭和50年5月31 日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、母体保護法(平成8年法律第105号による改正前のもの。同改正前の法律の題名は優生保護法。以下「優生保護法」という。)に基づく優生手術(生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定める もの。優生保護法2条1項)を受けたと主張する原告1及びその配偶者である- 2 - 原告2が、優生保護法は自己決定権、リプロダクティブ・ライツ、性と生殖に関する人格権及び平等権等を侵害する違憲なもの 優生保護法2条1項)を受けたと主張する原告1及びその配偶者である- 2 - 原告2が、優生保護法は自己決定権、リプロダクティブ・ライツ、性と生殖に関する人格権及び平等権等を侵害する違憲なものであり、①国会議員が優生保護法を立法したこと、②厚生大臣(当時。以下同じ。)が優生手術を実施しないよう都道府県知事を指導すべき注意義務を負っていたにもかかわらず優生手術を積極的に実施させたことがいずれも違法であると主張して、被告に対し、国 家賠償法1条1項に基づき、それぞれ損害賠償金(原告1について1650万円(慰謝料1500万円、弁護士費用150万円)、原告2について1320万円(慰謝料1200万円、弁護士費用120万円))及びこれに対する不法行為の後の日である昭和50年5月31日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害 金の支払を求めた事案である。 被告が、上記の損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅した旨主張するのに対し、原告らは、除斥期間は経過していない、あるいは民法724条後段の効果が生じない旨主張している。 1 関係法令の定め (1) 優生保護法(乙B1の1参照)ア目的優生保護法は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする(1条)。 イ医師の認定による優生手術 医師は、次の①から④までのいずれかに該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術(生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるもの。2条1項)を行うことができる。ただし、未成年者、精 事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術(生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるもの。2条1項)を行うことができる。ただし、未成年者、精神病者又は精神薄弱者 については、この限りでない。(3条1項)- 3 - ① 本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの② 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているもの ③ 妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの④ 現に数人の子を有し、かつ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下するおそれのあるものウ審査を要件とする優生手術(ア) 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患(遺伝性精神病、遺伝性精神 薄弱、顕著な遺伝性精神病質、顕著な遺伝性身体疾患、強度な遺伝性奇型)にかかっていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない(4条1項)。 (イ) 都道府県優生保護審査会は、前記(ア)の申請を受けたときは、優生手術を受けるべき者にその旨を通知するとともに、前記(ア)の要件をそなえているかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び優生手術を受けるべき者に通知する(5条1項)。 都道府県優生保護審査会は、優生手術を行うことが適当である旨の決 定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医 請者及び優生手術を受けるべき者に通知する(5条1項)。 都道府県優生保護審査会は、優生手術を行うことが適当である旨の決 定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医師を指定し、申請者、優生手術を受けるべき者及び当該医師に、これを通知する(5条2項)。 (ウ) 5条1項の規定によって優生手術を受けるべき旨の決定を受けた者又はその配偶者等は、その決定に異議があるときは、同項の通知を受けた 日から2週間以内に、公衆衛生審議会に対し、その再審査を申請するこ- 4 - とができる(6条1項、2項)。 公衆衛生審議会は、上記再審査の申請を受けたときは、審査の上、改めて優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、再審査の申請者、優生手術を受けるべき者、都道府県優生保護審査会及び手術を行うべき医師に通知する(7条)。 公衆衛生審議会の決定に対して不服のある者は、その取消しの訴えを提起することができる(9条)。 (エ) 優生手術を行うことが適当である旨の決定に異議がないとき又はその決定若しくはこれに関する判決が確定したときは、前記(イ)の医師が、優生手術を行う(10条)。 (オ) 医師は、別表第1号又は第2号に掲げる遺伝性のもの(遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱)以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者について、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律20条又は同法21条に規定する保護者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる(12条)。都 道府県優生保護審査会は、この申請を受けたときは、本人が上記の精神病又は精神薄弱にかかっているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上、優生 12条)。都 道府県優生保護審査会は、この申請を受けたときは、本人が上記の精神病又は精神薄弱にかかっているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を申請者及び上記の同意をした者に通知する(13条1項)。医師は、優生手術を行うことが適当である旨の決定があった ときは、優生手術を行うことができる(同条2項)。 (2) 母体保護法施行規則(平成8年厚生省令第54号による改正前のもの。同改正前の省令の題名は優生保護法施行規則。乙B1の3参照)優生保護法2条に規定する優生手術は、次に掲げる術式による(1条)。 ① 精管切除結さつ法(精管を陰のう根部で精索からはく離して、2㎝以 上を切除し、各断端を焼しゃく結さつするものをいう。)- 5 - ② 精管離断変位法(精管を陰のう根部で精索からはく離して切断し、各断端を結さつしてから変位固定するものをいう。)③ 卵管圧ざ結さつ法(マドレーネル氏法)(卵管をおよそ中央部では持し、直角又は鋭角に屈曲させて、その両脚を圧ざかん子で圧ざしてから結さつするものをいう。) ④ 卵管間質部けい状切除法(卵管峡部で卵管を結さつ切断してから子宮角にけい状切開を施して間質部を除去し、残存の卵管断端を広じん帯又は腹膜内に埋没するものをいう。) 2 前提事実(当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)ア原告1は、昭和25年生まれの女性であり(甲A1)、先天性の聴覚障害があり、両耳が全く聞こえない(甲A2、弁論の全趣旨)。 イ原告2は、昭和22年生まれの男性であり(甲A1)、生後間もなく聴覚障害を負い、両耳が全く聞こえ の女性であり(甲A1)、先天性の聴覚障害があり、両耳が全く聞こえない(甲A2、弁論の全趣旨)。 イ原告2は、昭和22年生まれの男性であり(甲A1)、生後間もなく聴覚障害を負い、両耳が全く聞こえない(甲A3、弁論の全趣旨)。 ウ原告1と原告2は、昭和50年4月、婚姻した(甲A1)。 (2) 原告1の下腹部には、長さ5㎝の横切開の手術痕がある(甲A4)。 (3) 原告らは、令和4年9月26日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。 3 主な争点本件の主な争点は、次のとおりである。なお、被告は、原告1が優生保護法に基づく優生手術を受けた事実を知らないとするが、前記前提事実(2)に原告 ら本人尋問の結果を総合すれば、原告1が昭和50年5月に優生保護法3条に基づく優生手術を受けた事実が認められる。また、原告らは、民法724条後段の規定は不法行為によって発生した損害賠償請求権の消滅時効を定めたものである旨主張するが、同条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであるから(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・ 民集43巻12号2209頁)、原告らの上記主張は失当である。 - 6 - (1) 被告が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負うかア優生保護法を制定したことが、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるかイ厚生大臣の行為が国家賠償法1条1項の適用上違法であるといえるか(2) 除斥期間について ア除斥期間の起算点イ民法724条後段の効果が生じないといえるか 4 主な争点に関する当事者の主張の要旨(1) 争点(1)(被告が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負うか)(原告らの主張の要旨) ア優生保護法3条から13 ないといえるか 4 主な争点に関する当事者の主張の要旨(1) 争点(1)(被告が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負うか)(原告らの主張の要旨) ア優生保護法3条から13条までの規定は、次の(ア)から(ウ)までのとおり、憲法の人権規定に根底から違反し、違憲無効であった。しかるに、優生保護法制定当時の国会議員は、上記各規定が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったにもかかわらず、故意又は重過失、少なくとも過失により、優生手術の違憲性を何ら顧慮するこ となく、優生保護法を制定した。 したがって、優生保護法を制定したことは、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受け、被告は国家賠償責任を負う。 (ア) 憲法は、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むか等について、個人の自由な意思決定に委ねることとし、自己決定権、リプロダ クティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)、性と生殖に関する人格権等の人権として保障した(憲法13条、24条)。 しかるに、審査を要件とする優生手術(優生保護法4条又は12条)は、本人の同意なく強制的に実施されるものであり、同手術の対象者等の上記人権を侵害することは明らかである。また、本人の同意による優 生手術(優生保護法3条1項)及び優生思想に基づく人工妊娠中絶につ- 7 - いても、国から「不良」であるとみなされ子孫を出生しないよう不当な働きかけを受ける立場に置かれた人は、子どもを産むか産まないかについて自由な意思決定ができない状況にあったから、形式的に本人の同意があるからといって、それが真の同意でないことは明らかであり、同手術等の対象者等の上記人権を侵害するものである。 (イ) 人に対して、 思決定ができない状況にあったから、形式的に本人の同意があるからといって、それが真の同意でないことは明らかであり、同手術等の対象者等の上記人権を侵害するものである。 (イ) 人に対して、合理的な理由なく他者と異なる取扱いをしたり、他者より劣ったものと処遇したりすることは、平等権(憲法14条1項)を不当に侵害する。 優生保護法は、特定の疾患や障害があることを理由に、対象者を「不良」であるとみなし、優生手術及び人工妊娠中絶の対象とするものであ る。したがって、優生保護法は、対象者に対する取扱いを合理的な理由なくそれ以外の者と異なるものとする点で、平等権を不当に侵害し、対象者を他の者と対等の尊厳ある存在と認めない点において、平等権の根幹を否定するものである。 (ウ) 優生手術及び優生思想に基づく人工妊娠中絶は、個人の身体内部に侵 襲し、これを強制的に改変、壊乱するものであるから、人権保障の基礎たる個人の尊厳(憲法13条)そのものに対する重大な侵犯であるし、身体の自由(憲法31条等)を根底から否定し、不当に侵害するものである。 イ優生保護法は前記アのとおり違憲かつ違法であることが明らかであり、 優生保護法を所管していた厚生大臣は、国家公務員として憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っており、優生手術を実施しないよう、都道府県知事を指導すべき注意義務を負っていた。 しかるに、厚生大臣は、昭和28年6月12日付けの都道府県知事宛ての通知において、優生保護法3条1項に基づく優生手術について「かなり 広範囲に適用されるものである」、審査を要件とする優生手術について「真- 8 - にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある」などとし、さらに、昭和 用されるものである」、審査を要件とする優生手術について「真- 8 - にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある」などとし、さらに、昭和32年4月の都道府県宛ての通知において各都道府県に手術の実施件数を増やすよう求めるなどして、違憲かつ違法な優生手術を積極的に実施させていた。このような厚生大臣の行為は、憲法尊重擁護義務に基づく上記注意義務に著 しく違反するものである。 したがって、上記のような厚生大臣の故意又は重過失、少なくとも過失による公権力の行使たる職務行為について、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受け、被告は国家賠償責任を負う。 (被告の主張の要旨) 争う。 (2) 争点(2)ア(除斥期間の起算点)(被告の主張の要旨)国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権は、同法4条及び民法724条後段により、「不法行為の時」から20年を経過したときに消滅するところ、 原告らが主張する違法事由に係る「不法行為の時」とは、原告1が優生手術を受けたとする時点、すなわち昭和50年5月頃と解すべきである。 (原告らの主張の要旨)原告1のように優生手術を受けさせられた者は、優生保護法の下、一方的に「不良」との認定を受け、非人道的かつ差別的な烙印ともいうべき状態に 置かれた。優生保護法は、平成8年9月26日に廃止されたが、長期間にわたる被告の差別的な姿勢、施策は広く深く社会に根付いていた上、日本政府や国会が長らく優生保護法の人権侵害性・違憲性を明らかにしなかったことにより、原告らを含む優生手術の被害者に対する権利侵害状態は継続し続けた。このような中、厚生労働大臣は、平成16年3月24日に至って、よう やく、国家機関として初めて、参議院 にしなかったことにより、原告らを含む優生手術の被害者に対する権利侵害状態は継続し続けた。このような中、厚生労働大臣は、平成16年3月24日に至って、よう やく、国家機関として初めて、参議院厚生労働委員会において、優生手術の- 9 - 実態調査・補償等の必要性に言及した。 以上のような事情に照らせば、本件においては、「不法行為による損害であることが顕在化した時点」をもって「損害」が発生した時と考えるべきであり、除斥期間の起算点は、どんなに早くとも、優生手術の被害が重大な人権侵害であって、国家的救済を受けるべきものであると認識する可能性が生じ た時である平成16年3月24日と考えるべきである。 (3) 争点(2)イ(民法724条後段の効果が生じないといえるか)(原告らの主張の要旨)仮に本件訴訟提起の時点において除斥期間の起算点から20年以上が経過しているとしても、次のとおり、民法724条後段の効果は生じない。 ア最高裁平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁(以下「最高裁平成10年判決」という。)及び最高裁平成21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁(以下「最高裁平成21年判決」という。)によれば、被害者による権利行使を民法724条後段所定の期間の経過によって排斥することが著しく正義・公平の理念に反するよ うな特段の事情がある場合には、信義則又は権利濫用の利用、時効停止の規定の「法意」に照らすことや、条理上、その効果を制限するべきである。 本件においては、以下の特段の事情が認められるから、①主位的に、被告が優生条項を憲法の規定に違反していると認めた時、又は優生条項が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時のいず れか早 以下の特段の事情が認められるから、①主位的に、被告が優生条項を憲法の規定に違反していると認めた時、又は優生条項が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時のいず れか早い時期から相当期間が経過するまで、②予備的に、自己の受けた被害が被告による不法行為であることを客観的に認識し得た時から相当期間が経過するまでは、同条後段の効果は生じないものと解すべきである。 (ア) 本件は、違憲である法に基づき、被告の施策として、被害者に対して強度の人権侵害を行った事案であり、被害者の多くは「不良」な存在と して差別を受けた上、その意に反して強度の侵襲を伴う不妊手術を受け- 10 - させられ、生殖機能を回復不可能な状態にさせられたこと(イ) 被告は、優生保護法制定当初から優生手術を積極的に推進し、学校教育の場でも教科書に優生思想を正当化する旨の記載をする等しており、被告の施策によって、優生手術の対象者に対する偏見・差別が社会に浸透したものと評価でき、被害者が優生保護法に基づく手術であることを 認識し難い構造的な仕組みを構築し、被害救済のための措置を執らなかったこと(ウ) 憲法違反の法律に基づく施策によって生じた被害の救済を、憲法より下位規範である民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは慎重であるべきであるし、被害者に生じた損害賠償請求権は 憲法17条により保障された権利であり、本来対等な私人間の関係を規律する民法の条文の適用・解釈に当たっては、公務員の違法な行為に対して救済を求める国民の憲法上保障された権利を実質的に損なうことのないよう留意しなければならないこと(エ) 被害者が自己の受けた被害自体は認識していたとしても、それが被告 による不法行為により生じたもので 国民の憲法上保障された権利を実質的に損なうことのないよう留意しなければならないこと(エ) 被害者が自己の受けた被害自体は認識していたとしても、それが被告 による不法行為により生じたものであることを認識できないうちは、被告に対し損害賠償請求権を行使することは現実的に期待できないから、それ以前に除斥期間の経過により当然に消滅するというのは被害者にとって極めて酷であること(オ) 不法行為制度の理念は、損害の公平な分担にあるところ、被告は、平 成8年改正後も被害者が自己の受けた被害についての情報を入手できる制度の整備を怠ってきたこと等からすると、除斥期間の経過の一事をもって、被告が損害賠償責任を免れ、被害者の権利を消滅させることは、被害者に生じた被害の重大性に照らしても、著しく正義・公平の理念に反すること イ前記ア②の「客観的に認識し得た時」について、旧優生保護法に基づく- 11 - 優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律(以下「一時金支給法」という。)はその前文において優生手術を受けた被害者に対する謝罪の意を表明していること等からすると、一時金支給法が制定された平成31年4月24日になって、ようやく社会全体として、優生保護法下における優生手術が違憲であり、被告による不法行為を構成するものである ことを明確に認識することが可能になったと認められる。すなわち、「客観的に認識し得た時」は、平成31年4月24日であると解すべきである。 また、前記ア②の「相当期間」について、一時金支給法5条3項が、「請求は、施行日から起算して5年を経過したときは、することができない。」と定めていること等からすると、一時金支給法の請求よりもさらに困難で ある訴訟提起について、少なくとも一時金支給法の施行 請求は、施行日から起算して5年を経過したときは、することができない。」と定めていること等からすると、一時金支給法の請求よりもさらに困難で ある訴訟提起について、少なくとも一時金支給法の施行日から5年間の猶予期間を与えるべきである。すなわち、「相当期間」は、5年間とすべきである。 したがって、優生手術の実施による不法行為に基づく損害賠償請求については、一時金支給法の施行日である平成31年4月24日から5年間が 経過するまでは、民法724条後段の効果は生じないものと解すべきである。 (被告の主張の要旨)原告らの主張は、最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決が示した判例法理の理解を誤り、その結果民法724条後段の解釈・適用を誤った ものであるから、理由がない。 ア最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決は、民法724条後段所定の除斥期間が経過した場合であっても、「特段の事情」が認められるときは、同法158条1項又は160条の法意に照らし、同法724条後段の効果が生じないことを、除斥期間経過の効果制限に関する判例法理とし て示したものである。そして、「特段の事情」が認められるためには、少な- 12 - くとも、法律上の根拠として、同法158条1項又は160条のように、これを適用すれば期間の経過による不利益を回避し得ることを許容するものとしてその法意を参照することが可能な明文の規定(除斥期間の経過による効果を制限する根拠となる規定)が存在することが必要であり、当該明文の規定により法定された客観的な事由に相当する事由が認められ ることが必要であるというべきである(以下「基準①」という。)。また、除斥期間の法的性質に照らすと、その例外を広く認めるのはおよそ相当ではなく、基 定された客観的な事由に相当する事由が認められ ることが必要であるというべきである(以下「基準①」という。)。また、除斥期間の法的性質に照らすと、その例外を広く認めるのはおよそ相当ではなく、基準①と併せて、基準①に係る客観的な事由が債務者(加害者)の不法行為に起因するため、除斥期間の経過による効果を債権者(被害者)に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反すると評価されることが 必要であるというべきである(以下「基準②」という。)。 イ本件についてみると、民法158条等が定める時効停止事由に相当する客観的な事由があったとは認められず、そのほか除斥期間の経過による効果を制限する根拠となる明文の規定は見当たらないから(信義則違反、権利濫用といった一般条項や条理、時効停止の規定に共通する「法意」を根 拠とすることはできない。)、基準①の要件を充足しない。また、基準①に係る客観的な事由が債務者の不法行為に起因するため、除斥期間の経過による効果を債権者に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反すると評価することもできないから、基準②の要件も充足しない。 したがって、本件は、除斥期間の経過による効果を制限すべき例外的な 場合には該当しない。 ウ原告らの主張について、民法724条後段の規定上、損害賠償請求権に係る不法行為の内容や違法性ないし法益侵害の大小等といった事情は、除斥期間の経過による効果の発生を左右する事由とされない。また、被告が優生手術を推進していたことや学校の教育現場で優生思想を正当化する 旨記載された教科書を使用していたからといって、被告の行った施策によ- 13 - って優生手術の対象者に対する偏見・差別が社会に浸透したと評価することには無理がある。加えて、平成8年の 旨記載された教科書を使用していたからといって、被告の行った施策によ- 13 - って優生手術の対象者に対する偏見・差別が社会に浸透したと評価することには無理がある。加えて、平成8年の優生保護法の改正に至った経緯や被告が優生手術の対象であった障害者等に対する差別等の温床ともなり得る法律について、必要な改正を行うなどし、一貫して障害者等に対する差別等を解消するための取組を行ってきたことからすれば、被告が障害者 等に対する差別・偏見を助長したなどということはできず、除斥期間の経過による効果を発生させることが著しく正義・公平の理念に反すると評価することはできない。そして、損害賠償請求権を行使することの期待可能性について、被害者の認識あるいは主観的な事由は、除斥期間に関して問題とすべきものではないし、遅くとも平成8年の優生保護法の改正後は原 告らが優生手術に係る国家賠償請求訴訟の提起ができない状況にあったとはいえない。そのほか、一時金支給法5条3項の規定等が民法724条後段の規定の解釈適用に影響を与えるものではないことは明らかである。 以上に照らせば、原告らが主張する事情は、除斥期間経過の効果制限に関する判例法理にいう「特段の事情」には当たらない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実等前記前提事実に当事者間に争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。 (1) 優生保護法の提案理由 優生保護法は、昭和23年7月に制定されたが、その際、参議院厚生委員会において、法案の提案理由として、要旨次の内容を含む説明がされた(甲B2)。 我が国は敗戦によりその領土の4割強を失った結果、甚だしく狭められた国土の上に8000万人からの国民が生活しているため、食糧 いて、法案の提案理由として、要旨次の内容を含む説明がされた(甲B2)。 我が国は敗戦によりその領土の4割強を失った結果、甚だしく狭められた国土の上に8000万人からの国民が生活しているため、食糧不足が今後も 当分持続する。これに対してどのような方法をもって政治的に対処するかで- 14 - あるが、そのうちの一つの対策として考えられることは、産児の制限である。 ただし、これについては、子どもの将来を考えるような比較的優秀な階級の人々が産児制限を行い、無自覚者や低脳者(ママ)などはこれを行わないために、国民素質の低下すなわち民族の逆淘汰が現れてくるおそれがある。現に我が国においては既に逆淘汰の傾向が現れ始めている。例えば精神病患者や先天 性の失明者が増加し、従前は浮浪児のうち半数が精神薄弱すなわち低脳であるといわれていたのが、先月の調査成績をみると低脳児が80%に増加している。このような先天性の遺伝病者の出生を抑制することが、国民の急速な増加を防ぐ上からも、民族の逆淘汰を防止する点からも極めて必要であると思うので、優生保護法案を提出した次第である。 (2) 厚生省(当時。以下同じ。)による優生手術の推進ア厚生事務次官は、昭和28年、各都道府県知事宛ての「優生保護法の施行について」と題する通知を発出した。これは、厚生省が優生保護法の施行について従来発出していた通知を整理したものである。この通知においては、優生保護法3条1項の規定は、本人又は配偶者のいずれか一方の側 に該当者があれば、その本人についてもその配偶者についても優生手術を行うことができることを定めたものであり、かなり広範囲に適用されるとされていた。また、この通知においては、優生保護法4条の規定に基づく優生手術は、本人の意見に反してもこれを行う についても優生手術を行うことができることを定めたものであり、かなり広範囲に適用されるとされていた。また、この通知においては、優生保護法4条の規定に基づく優生手術は、本人の意見に反してもこれを行うことができるものである、この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のもの でなければならないので、なるべく有形力の行使はつつしまなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えないとされていた。(甲B3)イ厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年、各都道府県衛生部長宛ての 「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する書簡を発出- 15 - し、なお一層努力して、優生保護法4条に基づく手術を計画どおりに実施するよう求めた(甲B27)。また、同局精神衛生課長は、昭和32年、各都道府県衛生主管部(局)長宛ての書簡を発出し、優生手術の実施件数の増加を求めた(甲B28)。 (3) 優生思想に関する学校教育 ア文部省(当時。以下同じ。)が定めた昭和24年度の「学習指導要領家庭科編高等学校用」では、「結婚の資格としたく」と題する単元において、「結婚生活に成功するに必要な要素を認識する」という目標が掲げられ、その学習活動として、生物学的要素のうち「遺伝の問題」を考えることが挙げられ、参考として、「よい遺伝の家族とわるい遺伝の家族の話」が挙げ られた(甲B38)。 文部省が定めた「高等学校学習指導要領保健体育科編昭和31年度改訂版」では、高等学校の「保健」の内容として、「国民生活と国民保健」が挙げられ、その中で「国民優生」等を取り扱うものとされた(甲B36)。 が定めた「高等学校学習指導要領保健体育科編昭和31年度改訂版」では、高等学校の「保健」の内容として、「国民生活と国民保健」が挙げられ、その中で「国民優生」等を取り扱うものとされた(甲B36)。 その後も、学習指導要領等において、高等学校等の保健体育教科で優生 思想について指導する旨の取扱いは継続された(甲B39、41から46まで、48)。 イ文部大臣(当時)の検定を経て昭和45年に発行された高等学校の保健体育の教科書である「高等保健体育三訂版」には、公衆衛生に関する「国民優生」という項において、要旨次のような記載がされていた(甲B26 の1)。この頃に発行されたほかの教科書にも同旨の記載があり、遺伝病として精神病、精神薄弱、躁うつ病、色盲、血友病、遺伝性奇形等が挙げられていた(甲B26の2から4まで)。 国民優生とは、優生学(人類集団の遺伝的構成を改善し、人類の発展に寄与することを主張する科学。健全な素質をもつ人口の増加を図り、劣悪 な遺伝素質をもつ人口の増加を防ぐのが主眼で、そのため先天的な身体あ- 16 - るいは精神の欠陥者の発現に関する全ての条件や因子の研究が中心となっている。)に基づいて国民の質の向上に努めることである。そのために、劣悪な遺伝素質をもっている人々に対しては、できる限り受胎調節を勧め、必要な場合は、優生保護法により、受胎・出産を制限することができる。 また、国民優生思想の普及により、人々が進んで国民優生政策に協力し、 劣悪な遺伝病を防ぐことが望ましい。 優生結婚とは、遺伝学的にみて素質の健全な者同士の結婚を勧め、精神分裂病・先天性ろうなどのような遺伝性疾患の素質が結婚によって現れるのを防ぐことである。したがって、優生結婚をするには自分及び相手の家系を調査し、遺伝病患者の て素質の健全な者同士の結婚を勧め、精神分裂病・先天性ろうなどのような遺伝性疾患の素質が結婚によって現れるのを防ぐことである。したがって、優生結婚をするには自分及び相手の家系を調査し、遺伝病患者の有無を確かめなければならない。 ウ昭和50年代に発行された高等学校の保健体育の教科書にも、前記イと同旨の記載があった(甲B49から52まで)。 エ昭和53年に改正された高等学校学習指導要領には、高等学校の保健体育教科で優生思想について指導する旨の明確な記載はない(甲B47)。ただし、同年に発行された、学習指導要領の作成に協力した大学教授等の執 筆に係る書籍である「改訂高等学校学習指導要領の展開保健体育科編」には、健康な子孫を得ることが健全な家庭を築く上で大切であることから、優生に触れ、その意義や優生保護の重要性について知らせる旨の記載があった(甲B48)。 (4) 優生保護法に関する動向 ア自由民主党の政務調査会社会部会優生保護法等検討小委員会が昭和58年に取りまとめた「優生保護法の取扱いについて」には、①優生保護法は、終戦直後の特殊な社会経済情勢と国民意識を背景として制定されたものであることから、立法趣旨の根底に人口政策や民族の逆淘汰の防止といった思想が存在することが判明した、したがって今日の社会思潮と医学水準等 に照らして法の基本面に問題があるものとの認識を有するようになった、- 17 - すなわち目的規定の中の「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」との表現や3条1項に掲げる優生手術の適応事由及び別表に掲げる遺伝性疾患等がその具体例である、②優生保護法をこのまま維持し何らの改正や検討を必要としないということについては、少なくともかなりの問題があるものと思われるという大方の認識が形 事由及び別表に掲げる遺伝性疾患等がその具体例である、②優生保護法をこのまま維持し何らの改正や検討を必要としないということについては、少なくともかなりの問題があるものと思われるという大方の認識が形成されつつある旨の記載がある (甲B60)。 イ優生保護法を所管する厚生省保健医療局精神保健課は、昭和61年、「優生保護法の改正について(案)」を作成し、優生保護法の問題点及び改正の是非の検討から国会に改正法案を提出するまでの手順について全体を5年間として各年度に割り振る計画を策定した。上記文書には、優生保護法に ついて、各方面から、①優生保護法の目的について、優生上の見地とは何か、不良な子孫とは何か、②優生手術の必要性について、人道的に問題があるのではないか、③いわゆる「女性の産む権利」について、産む・産まないは女性(及び配偶者)の判断に任せるべきではないか、などの問題点が指摘されている旨の記載がある。(乙B6、弁論の全趣旨) ウ厚生省内では、昭和63年、優生保護法の問題点に関し、改正の検討が必要と考えられる条文ごとに検討事項等を整理した文書が作成された。この文書では、(ア)優生保護法1条について、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを除外することや、「適正な出産の権利を保障する」ことを加えること、(イ)優生保護法3条、4条、12条について、①優生思 想の排除、②3条1項1号から3号までの取扱い、③強制優生手術の是非等が、それぞれ検討事項として挙げられていた。(乙B8、弁論の全趣旨)(5) 優生保護法の改正ア平成8年6月18日、優生保護法の一部を改正する法律(平成8年法律第105号。以下「本件改正法」という。)が成立し、優生保護法の題名が 母体保護法に改められたほか、要旨、①法 護法の改正ア平成8年6月18日、優生保護法の一部を改正する法律(平成8年法律第105号。以下「本件改正法」という。)が成立し、優生保護法の題名が 母体保護法に改められたほか、要旨、①法律の目的(1条)から、「優生上- 18 - の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを除外する、②「優生手術」を「不妊手術」に改める、③医師の認定による優生手術(不妊手術)をすることができる場合(3条)から、本人又は配偶者等が遺伝性の疾患等を有している場合(1項1号、2号)を除外する、④審査を要件とする優生手術に関する規定(4条から13条まで)を削除するなどの改正がされた。 イ本件改正法の成立を受けて、厚生省公衆衛生審議会優生保護部会において、平成8年6月25日に会議が開かれた。この会議において、委員から、この改正によって、遺伝性の精神病や遺伝性奇形といった疾患のある者がどんどん生まれることになるのかという旨の質問がされたのに対し、同省保健医療局精神保健課長は、障害や疾患があることを理由として優生手術 (不妊手術)をすることはできなくなる、飽くまで、妊娠又は分娩が母体の生命に危険を及ぼすおそれがある、あるいは子供がたくさんいる、という理由でしてくださいということである旨の回答をした。(乙B4)(6) 本件改正法制定後の事実経過等ア国際連合の関連機関である自由権規約委員会は、平成10年11月19 日、我が国に対し、「障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告する。」との見解を示した(甲B5・3枚目)。 これに対して、日本国政府は、平成18年12月、要旨次のとおりの報 告をした( 定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告する。」との見解を示した(甲B5・3枚目)。 これに対して、日本国政府は、平成18年12月、要旨次のとおりの報 告をした(甲B6・3枚目)。すなわち、①優生保護法は、遺伝性精神病等の疾患にかかっており、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認められる者について、都道府県優生保護審査会の審査、公衆衛生審議会による再審査、本人等による裁判所への訴えの提起等の厳格な手続を経て、その者の同意を得ることなく当該手術を行う旨 等を規定していたものである。②優生保護法は、本件改正法により改正さ- 19 - れ、本人の同意を得ない優生手術に係る規定等は削除されたところであるが、優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えていない。 イ平成30年1月、優生保護法に基づく優生手術を受けたとする者により、被告に対して損害賠償を求める訴訟が提起された。 ウ平成31年4月24日、一時金支給法が成立し、施行された。 一時金支給法の前文には、優生保護法に基づき、あるいは優生保護法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、本件改正法が制定されるまでの間において生殖を不能にする手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきたことに対し、 我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする旨の文言がある。また、一時金支給法3条、4条は、被告が、一時金支給法の定めるところにより、優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対し、一時金320万円を支給する旨を規定する。 2 争点(1)(被告が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負うか)につい の定めるところにより、優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対し、一時金320万円を支給する旨を規定する。 2 争点(1)(被告が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負うか)につい て(1) 優生保護法のうち審査を要件とする優生手術に関する規定(4条から13条まで)の憲法適合性ア憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つと して、何人も、子どもをもうけるか否か、もうけるとすれば、いつ、何人もうけるかを決定する自由(以下、単に「子どもをもうけるか否か等を決定する自由」という。)を有するものと解される。優生手術は、生殖を不能にする手術であるから、このような手術を受けることが強制される場合には、優生手術を受ける者及びその配偶者等の子どもをもうけるか否か等を 決定する自由に対する重大な制約に当たるというべきである。 - 20 - また、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、憲法13条によって保障されていることは明らかである。優生手術は、精管や卵管を結さつしたり切断したりする手術であり、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果をもたらす身体への強度な侵襲で あるから、このような手術を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たるというべきである。 そうすると、審査を要件とする優生手術に関する規定(優生保護法4条から13条まで)は、子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を受けない自由を制約するものであり、このような制約は、上記 各自由の重要性に照らし、必 に関する規定(優生保護法4条から13条まで)は、子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を受けない自由を制約するものであり、このような制約は、上記 各自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。 そして、上記規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、上記規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度 等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。 上記規定の目的は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する(優生保護法1条)、すなわち、国家が、生まれてくる生命に優劣をつけて、その出生をコントロールするというものであって、憲法13条前段が、すべて国民は個人として尊重されると定めるところに照らして、合理性を認め ることができない。そして、子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を受けない自由は、いずれも重要な自由というべきである。 さらに、優生手術は、生命又は身体に対する危険を伴い、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすものである。 以上を踏まえると、上記規定による上記各自由の制約については、必要 かつ合理的なものということができない。 - 21 - イ憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものである(最大判昭和39年5月27日・民集18巻4号676頁、最大判昭和48年4月4日・刑集27巻3号265頁等)。そして、審査を要件とする優生手術に関する規定(優生保護法4条から13 条まで)は、一定の疾患を有す 年5月27日・民集18巻4号676頁、最大判昭和48年4月4日・刑集27巻3号265頁等)。そして、審査を要件とする優生手術に関する規定(優生保護法4条から13 条まで)は、一定の疾患を有する者についてのみ、本人の同意がなくても優生手術をすることができる旨を定めており、これによって、上記の優生手術の可否に関し一定の疾患を有する者とそうでない者とを区別しているから、このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には、上記規定は憲法14条1項に違反する ことになると解するのが相当である。 そこで検討すると、前記アのとおり、上記規定の立法目的に合理性を認めることができないのであり、優生手術の可否に関し一定の疾患を有する者とそうでない者とを区別する合理的な根拠はないというべきである。 ウ以上によれば、審査を要件とする優生手術に関する規定(優生保護法4 条から13条まで)は、優生保護法の制定当時から、憲法13条及び14条1項に違反していたものというべきである。 (2) 優生保護法3条の憲法適合性前記(1)のとおり、優生手術が、生命又は身体に対する危険を伴い、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすことに鑑みると、優生保 護法3条1項にいう「本人の同意」とは、本人が、自由な意思に基づいて子どもをもうけないことを選択したことによる同意をいうものと解するのが相当である(なお、優生保護法制定の際の国会における議論でも、同条について、本人が事の是非を十分に判断した上で同意するということがその本質的要素である旨の説明がされていた(甲B2)。)。同項を以上のように解釈した 場合、同項は子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を- 22 - 受けな いうことがその本質的要素である旨の説明がされていた(甲B2)。)。同項を以上のように解釈した 場合、同項は子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を- 22 - 受けない自由を侵害するものと直ちにはいえない。 ただし、前記(1)のとおり、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという目的の下に優生保護法が制定されており、優生保護法3条1項1号及び2号の疾患のある者から「不良な子孫」が出生する可能性があることが想定されている。また、優生保護法が成立するに当たって特段の異論が出た形 跡がないことからすると、当時、遺伝性の疾患等のある者は劣った者であり、そのような者が増加するべきではないという認識が我が国の社会に相当程度広まっていたことがうかがわれる。そうすると、優生保護法3条に基づく優生手術の実施に当たって、上記のような同意の確認が適切にされないおそれが高かったものといえる。さらに、上記の認識が社会に相当程度広まってい ることにより、遺伝性の疾患等のある者である本人自身が、自分は劣った者であり、子どもをもうけるべきではない旨の規範を内面化していることが多かったものと考えられる。そこで、遺伝性の疾患等のある者である本人自身が、家族や医師から優生手術を勧められた際、十分な説明を求めたり、優生手術を行うか否かを検討する機会を十分に求めたりすることができず、自由 な意思によらずに同意するおそれも高かったものといえる。 そうすると、優生保護法3条1項1号及び2号は、憲法に違反するものと直ちにはいえないものの、その適用において、実質的に、審査を要件とする優生手術に関する規定と同様の権利・利益の侵害をもたらすおそれが高い規定であったものというべきである。 (3) 厚生大臣の行為の違法性ア その適用において、実質的に、審査を要件とする優生手術に関する規定と同様の権利・利益の侵害をもたらすおそれが高い規定であったものというべきである。 (3) 厚生大臣の行為の違法性ア制定時の優生保護法においては、優生手術等に関する適否の審査等を行う優生保護委員会は、中央優生保護委員会、都道府県優生保護委員会、地区優生保護委員会とされ、中央優生保護委員会は厚生大臣の監督に属するものとされた(16条、17条)。その後、老人保健法(昭和57年法律第 80号)附則38条による改正によって、中央優生保護委員会は厚生大臣- 23 - の諮問機関である公衆衛生審議会に吸収統合された。この改正により同審議会に設置された優生保護部会においては、優生手術に関する適否の再審査その他優生保護に関する重要事項について調査審議することとされた(昭和57年政令第235号による改正後の公衆衛生審議会令4条の2第1、2項。甲B88・110頁以下参照)。 以上のような優生保護法等の規定に照らして、厚生大臣は、優生手術の実施について規制権限を有していたものと解される。そして、前記(2)で説示したとおり、優生保護法3条1項にいう「本人の同意」の確認が適切にされず、また本人が自由な意思によらずに同意するおそれが高かったことからすると、厚生大臣は、上記の規制権限を行使して、通達を発出するな どして、同項の規定に基づく優生手術を行う際には、本人が、自由な意思に基づいて子どもをもうけないことを選択したことにより同意したことを確認するように指導監督すべき義務を負っていたものというべきである。 しかるに、厚生大臣は、上記義務を怠ったものであり、厚生大臣が上記 の規制権限を行使しなかったことは、優生保護法3条に反して同条1項にいう「本人の き義務を負っていたものというべきである。 しかるに、厚生大臣は、上記義務を怠ったものであり、厚生大臣が上記 の規制権限を行使しなかったことは、優生保護法3条に反して同条1項にいう「本人の同意」を欠いた優生手術を受けた者及びその配偶者等の関係において、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。 イ前記(2)において説示した優生保護法3条の解釈に照らすと、同条1項に いう「本人の同意」の有無は、本人が医師から優生手術の具体的な内容について説明を受けたか、優生手術を行うか否かを検討する機会を十分に与えられたか、当時本人が子どもをもうけることを望まない積極的な理由があったか等の事情を考慮して判断すべきであると解するのが相当である。 これを本件についてみると、原告1本人尋問の結果によれば、原告1に 対する優生手術の実施の手続は原告1の母が主導して行ったものであっ- 24 - て、原告1は医師から優生手術の具体的な内容について説明を受けていなかったこと、医師等は原告1本人の意思を直接確認していなかったこと、原告らが子どもをもうけることを望まない積極的な理由があったわけではないこと等が認められる。そうすると、原告1に対する優生手術について優生保護法3条1項にいう「本人の同意」はなかったものというべきで あるから、上記優生手術は同項に反する違法なものであった。 ウ以上によれば、被告は、原告らに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償債務を負う。 3 争点(2)ア(除斥期間の起算点)について民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されて おり、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点になると解す 起算点)について民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されて おり、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点になると解すべきである。 これを本件についてみると、原告1は、前記2(3)で説示した厚生大臣の違法行為によって「本人の同意」なく優生手術を受けた昭和50年5月の時点で、子どもをもうけるか否か等を決定する自由及び身体への侵襲を受けない自由を 侵害され、原告2は、この時点で、子どもをもうけるか否か等を決定する自由を侵害されたのであるから、原告らの精神的損害は、この時に発生したというべきである。 そうすると、原告らの損害賠償請求権の除斥期間の起算点は、遅くとも昭和50年5月末日である。 4 争点(2)イ(民法724条後段の効果が生じないといえるか)について(1) 前記認定事実によれば、優生保護法は、遺伝性の疾患等のある者は劣った者であり、その出生を抑制する必要があるとの発想の下で成立した法律である。優生保護法が成立するに当たって特段の異論が出た形跡がないことからすると、当時、遺伝性の疾患等のある者は劣った者であり、そのような者が 増加するべきではないという認識が我が国の社会に相当程度広まっていたこ- 25 - とがうかがわれる。そして、優生保護法は憲法に違反する条項を多数含む法律であったにもかかわらず、被告は、欺罔等の手段を用いて優生手術をすることが許される場合もあるとの立場に立って、優生手術を推進するとともに、遺伝性の疾患等のある者に対しては受胎調節を勧め、劣悪な遺伝性疾患の素質が結婚によって現れるのを防ぐべきである旨の学校教育を進めたというの であり、上記認識が我が国の社会に広がり定着することを促進したものというべ 者に対しては受胎調節を勧め、劣悪な遺伝性疾患の素質が結婚によって現れるのを防ぐべきである旨の学校教育を進めたというの であり、上記認識が我が国の社会に広がり定着することを促進したものというべきである。 原告1には先天性の聴覚障害があり、両耳が全く聞こえないところ、昭和25年生まれであること(前記前提事実(1)ア)からすると、社会生活を営み、あるいは学校教育を受けて、優生手術を受けた昭和50年までの間に、聴覚 障害者は劣った者であり、子どもをもうけるべきではない旨の規範を内面化したものと推認される。また、原告2についても、生後間もなく両耳が全く聞こえなくなったものであり、昭和22年生まれであること(同イ)からすると、原告1について述べたところと同様であると認められる。 このような原告らにおいて、除斥期間が経過する前(当時、本件改正法は 制定されていなかった。)に損害賠償請求権を行使することはおよそ不可能であったものというべきである。 また、除斥期間の経過後である平成8年に本件改正法が制定されたが、その後一時金支給法が制定されるまでの間、被告は優生手術を受けた者に対する補償をしない旨の意向を一貫して示していた。そして、平成31年に一時 金支給法が制定されたが、一時金支給法には、違法な優生手術を受けた者等が被告に対して損害賠償請求権を有することを前提とする規定はなく、一時金支給法に基づいて支給される一時金の額は一律320万円であって、優生手術等を受けた者が被った損害の程度に照らして僅少といわざるを得ず、上記一時金が損害賠償金の性質を有するとは解し難い。かえって、このような 一時金の法的性質は法律の専門家であれば理解することができるものの、遺- 26 - 伝性の疾患等があることを理由に劣った者として扱わ 償金の性質を有するとは解し難い。かえって、このような 一時金の法的性質は法律の専門家であれば理解することができるものの、遺- 26 - 伝性の疾患等があることを理由に劣った者として扱われ、優生手術等を受けた者にとっては、上記一時金のほかに損害賠償請求権を行使することはできないとの誤解や、損害賠償請求権を行使すれば過剰に経済的利益を得ようとするものであるとして道義的な非難を受けるのではないかとの懸念を生じさせるおそれすらある。そうすると、一時金支給法が制定されたために、かえ って損害賠償請求権の行使が困難になったものという余地もある。 そうすると、一時金支給法が制定された後も、原告らにおいて、損害賠償請求権を行使することは極めて困難であったものというべきである。 しかるに、民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば、違法に優生手術を受けた者等が、不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がな いまま、同請求権が除斥期間により消滅することとなる。しかしながら、被告は、憲法に違反する条項を多数含む優生保護法に基づき、遺伝性の疾患等のある者は劣った者であり、そのような者が増加するべきではないという認識が我が国の社会に広がり定着することを促進し、本件改正法の制定後も補償を一貫して拒否するなどして、違法に優生手術を受けた者等が権利を行使 することが極めて困難となる状況を作出したものである。そのために権利を行使しないまま除斥期間が経過した場合にも、違法に優生手術を受けた者等が権利行使をすることが許されず、権利行使をすることが極めて困難となる原因を作った被告は損害賠償義務を免れるということは、著しく正義・公平の理念に反する。このような場合、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確 定という民法724条後段の趣旨は が極めて困難となる原因を作った被告は損害賠償義務を免れるということは、著しく正義・公平の理念に反する。このような場合、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確 定という民法724条後段の趣旨はもはや妥当しないものというべきである(これは、被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるという除斥期間の制度に内在する制約であるといえる。)。 したがって、上記の場合には、民法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。 (2) これに対して、被告は、最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決- 27 - を引用して、民法724条後段所定の除斥期間が経過した場合、「特段の事情」がない限り、同条後段の効果が生ずるところ、「特段の事情」が認められるためには、少なくとも、法律上の根拠として、民法158条1項又は160条のように、これを適用すれば期間の経過による不利益を回避し得ることを許容するものとしてその法意を参照することが可能な明文の規定が存在するこ とが必要であるなどと主張する。 しかしながら、被告の上記主張のように解すべき法律上の根拠はない。また、最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決は、いずれも当該判決の事案に即した判断をしたものであって、被告が主張するような法理を判示したものではない。そして、上記各判決は本件とは事案を異にする。 したがって、被告の上記主張は採用することができない。 5 損害額原告1は、子どもをもうけることを希望していたにもかかわらず(原告1本人)、優生手術によって身体への強度な侵襲を受け、生殖機能を喪失し、子どもをもうけることができなくなったものであり、長年にわたり重大な精神的苦痛 を受け続けたというべきである。そうすると、原 人)、優生手術によって身体への強度な侵襲を受け、生殖機能を喪失し、子どもをもうけることができなくなったものであり、長年にわたり重大な精神的苦痛 を受け続けたというべきである。そうすると、原告1の慰謝料として1300万円を認めるのが相当であり、厚生大臣の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用として130万円を認めるのが相当である。 原告2は、原告1との間に子どもをもうけることを希望していたにもかかわらず(原告2本人)、優生手術によってこれができなくなったものであり、長年 にわたり精神的苦痛を受け続けたというべきである。原告2自身が優生手術を受けたのではないこと等を考慮すると、その慰謝料として200万円を認めるのが相当であり、厚生大臣の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用として20万円を認めるのが相当である。 なお、原告らの損害が発生したのは原告1に対する優生手術がされた時点で あるが、その額の算定に当たって、長年にわたり精神的苦痛を受け続けたこと- 28 - が重要な要素として考慮されていることなどに鑑みて、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に照らし、原告らの損害賠償請求に係る遅延損害金の起算日は、訴状送達の日の翌日である令和4年10月15日とするのが相当である。 第4 結論よって、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言については、相当でない からこれを付さないこととする。 名古屋地方裁判所民事第7部 裁判長裁判官齋藤毅 裁判官岡田恵梨 裁判官飯塚大航 裁判官岡田恵梨 裁判官飯塚大航

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