平成15(う)165 業務上過失往来危険被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年7月6日 広島高等裁判所 下関簡易裁判所 平成14(ろ)59
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判決文本文7,488 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 本件控訴の趣意は,主任弁護人戸田滿弘及び弁護人千本りつ子連名作成の控訴趣意書(ただし,主任弁護人は,12丁10行目に「海潮流の影響を受けないため」とあるのを「海潮流を横切るため,行足は」と訂正した。),控訴趣意補充書,同(2)及び同(3),準備書面(被告人第1回ないし第3回)に,これに対する答弁は検察官尾知山明作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。 第1 訴訟手続の法令違反の論旨について 1 所論は,原審が,A号の航海日誌(原審検甲第19号証,第20号証)の2001年12月5日以降の部分について刑訴法323条2号書面として証拠採用決定をしたが,A号の航海日誌は,集団密航を秘匿するため,虚偽の航行状況を記載しており,内容の正確性が担保された書面とはいえないから,原審の証拠採用決定は違法である,というのである。 上記の航海日誌は,その体裁からすると,航走中の針路,速力,気象などの航行状況について継続的に記載されているところ,A号の乗務員の供述によれば,2001年12月4日までの部分については,A号が大連港を出航した後,実際には上海港には寄港していないのに,会社の指示により税金対策のために上海港を経由したとの明らかに虚偽の記載をしていたが,同月5日以降の部分については正しい記載をしていたというのであり,その信用性については慎重に検討する必要があるとはいえ,その記載内容全体が明らかに虚偽であるとはいえないから,刑訴法323条2号の書面として証拠能力を肯定した原審の判断が違法とまではいえない。 所論は理由がない。 2 所論は,原審が,C(検甲第12号証),D(検甲第13 虚偽であるとはいえないから,刑訴法323条2号の書面として証拠能力を肯定した原審の判断が違法とまではいえない。 所論は理由がない。 2 所論は,原審が,C(検甲第12号証),D(検甲第13号証)及びE(検甲第14号証)の海上保安官に対する各供述調書を刑訴法321条1項3号書面として証拠採用決定をしたが,C及びDの国外退去処分は違法であり,同人らが「国外にいて供述することができない」とはいえず,上記3通の供述調書には特信性があるとはいえないから,原審の証拠採用決定は違法である,というのである。 しかし,上記の3名は,いずれも中国に国籍があり,退去強制により国外に退去しており,証人として召喚することはできない。なお,上記各供述が特に信用すべき情況の下でなされたといえるかについては,後にこれらの者の供述の信用性と併せて検討する。 3 所論は,原審が,弁護人がFの公判調書(原審弁第5号証)を刑訴法321条1項1号書面又は刑訴法323条3号書面として証拠請求したのに,この証拠請求を却下したのは違法である,というのである。 しかし,Fが公判廷で証言を拒絶するなど供述不能に当たる事由はない。 また,被告人以外の者に対する公判調書が刑訴法323条3号書面に該当しないことも明らかである。 所論は理由がない。 4 所論は,原審が,弁護人が外国船舶立入検査記録(原審弁第6号証)を刑訴法323条1号書面,同条3号書面又は刑訴法321条3項書面として証拠請求したのに,これを却下したのは違法である,というのである。 弁護人請求の原審弁第6号証は,海上保安官が外国船舶に立ち入り検査を実施し,その結果を報告した文書であるから,刑訴法321条1項3号によって証拠能力を判断すべきであり,刑訴法323条1号又は3号書面には該当しない。また, 証は,海上保安官が外国船舶に立ち入り検査を実施し,その結果を報告した文書であるから,刑訴法321条1項3号によって証拠能力を判断すべきであり,刑訴法323条1号又は3号書面には該当しない。また,刑訴法321条3項書面としても,その作成の真正について立証がないことから,原審が証拠請求を却下したのは相当である。 所論は理由がない。 5 所論は,原審が,弁護人が請求したG,H,I,J,K,L及びMの各証人尋問の請求をいずれも却下したが,これらの証人については取調べの必要性があったから,これらを却下したのは違法である,というのである。 本件の審理経過,各証人の地位及び立証趣旨などにかんがみると,原審が各証人請求を却下したことが,証拠の採否について裁量を逸脱して著しく不当であるとはいえない。 所論は理由がない。 第2 事実誤認の論旨について 1 論旨は,要するに,原判決は,汽船B(総トン数498トン)に船長として乗り組み,操船等の業務に従事していた被告人が,平成13年12月9日午前5時45分ころ,和歌山県西牟婁郡すさみ町所在の江須埼灯台から真方位237度約2.1海里付近海上を愛知県衣浦港から福岡県博多港に向かい速力約9.5ノットで航行中,操舵位置を離れて海図台で自船の位置確認を行うに当たり,当時,夜間であり,付近には多数の船舶が航行していたのであるから,目視に加えてレーダー等を利用し,十分な見張りを行い,針路の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,目視のみで針路上に船舶がないものと軽信し,以後,見張りをせず,前記海図台での位置確認に専念したまま,前記速力で漫然航行した過失により,折から運転不自由船として航行中の貨物船A(総トン数973トン)を至近に迫ってようやく認め,回避措置を講じたが及ばず,同日午前5時50 での位置確認に専念したまま,前記速力で漫然航行した過失により,折から運転不自由船として航行中の貨物船A(総トン数973トン)を至近に迫ってようやく認め,回避措置を講じたが及ばず,同日午前5時50分ころ,前記江須埼灯台から真方位251度約2.6海里付近海上において,自船船首部を前記A左舷中央部に衝突させ,よって,同船の左舷中央部外板に破口を生じさせ,同日午後6時5分ころ,同県西牟婁郡串本町串本所在の潮岬灯台から真方位102度約15.4海里付近海上において,同船を前記破口からの浸水により沈没させ,もって船舶の往来の危険を生じさせたとの事実を認定したが,(1)貨物船Aは,集団密航者を上陸させるため,無灯火で漂泊していたものであり,無灯火船に対する見張り義務はないから,被告人には過失はなかったし,(2)Aの沈没は,船長が沈没防止の措置を講じなかったためであり,本件衝突との間には因果関係がないから,原判決には,明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある,というのである。 そこで,所論にかんがみ,原審の記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 2 関係証拠によれば,本件事故の状況は,概ね,以下のとおりであると認めることができる。 (1) 被告人は,汽船B(総トン数498トン,以下「B号」という。)の船長であり,被告人のほか,一等航海士,機関長及び一等機関士の3名が乗り組み,鉄パイプを積み込んで,平成13年12月8日午後6時45分ころ,愛知県衣浦港を出港し,福岡県博多港に向けて航行した。 被告人は,翌9日午前4時40分ころ,一等航海士と航海当直を交代し,船橋で操船をし,潮岬灯台沖の海上をほぼ北西に向けて約9.5ノットの速力でB号を航行させた。 (2) 貨物船A(総トン数約973トン,以下「A号」という。)は,同月 ,一等航海士と航海当直を交代し,船橋で操船をし,潮岬灯台沖の海上をほぼ北西に向けて約9.5ノットの速力でB号を航行させた。 (2) 貨物船A(総トン数約973トン,以下「A号」という。)は,同月2日,船長P,一等航海士E,三等航海士N,甲板長C,機関長D,四等機関士Fら12名の乗務員が乗り組み,マグネサイトを積み込んで,中国大連港を出発し,三重県四日市港に向かった。A号は,関門海峡,瀬戸内海,明石海峡を経由して,紀伊水道を通過し,翌9日,紀伊半島沿岸を潮岬に向けて航行していた。 (3) 被告人は,同日午前5時45分ころ,江須埼灯台から真方位237度約2.1海里付近海上をほぼ北西に向けて約9.5ノットの速力で航行中,付近海域にある浅瀬が気になり,目視で,針路上に船舶がないことを確認したうえ,操舵位置を離れて,船橋の左舷後方にある海図台に行き,船尾方向を向いて海図で位置を確認する作業などをした。 しばらくして,被告人は,船橋内が明るくなったように感じ,船首方向に振り向いたところ,船首右舷側に灯りが見え,急いで回避措置をとったが,午前5時50分ころ,江須埼灯台から真方位251度約2.6海里付近海上において,B号の船首部がA号左舷中央部に衝突した。 (4) A号は,その後,巡視船により曳航されたが,本件衝突により生じた破口から浸水し,同日午後6時5分ころ,潮岬灯台沖の海上において,浸水により沈没した。 (5) 本件事故後,A号に乗船していた乗務員らがB号に乗り移ったが,12名の乗務員のほかにも,合計29名の中国人密航者がA号に乗船していたことが発覚した。 (6) A号は,本件事故の翌日の同月10日午後3時ころ,四日市港に入港する予定であったが,中国からの直行船については,四日市港では,入港着岸時に税関及び海上保安部が船内の検査を とが発覚した。 (6) A号は,本件事故の翌日の同月10日午後3時ころ,四日市港に入港する予定であったが,中国からの直行船については,四日市港では,入港着岸時に税関及び海上保安部が船内の検査をすることになっていた。 A号は,中国船籍とカンボジア船籍の二重国籍船であり,大連港では「O」の船名で出航し,出航後,P船長,E一等航海士,N三等航海士,F四等機関士らが船名を「O」から「A」に塗り替えた。また,A号は,関税を免れるため,航海日誌には,上海港経由で日本に向けて航行したとの航跡を記載していたが,実際には,大連港から直接日本に向けて航行していた。 (7) A号に乗船していた中国人の集団密航について,出入国管理及び難民認定法違反事件の被疑者として,P船長,E一等航海士,N三等航海士及びF四等機関士らA号の乗務員が逮捕されて取調べを受けたが,F四等機関士のみが起訴され有罪の判決を受けた。 F四等機関士は,蛇頭関係者やA号の船主から,中国人の集団密航を持ちかけられ,これを引き受け,船内に密航者らを匿う部屋を用意し,密航者らを乗船させて部屋に匿った上,航行中は,密航者の行動を監視し,食事や水の世話にあたるとともに,日本の領海内に入ってからは,毎日,船主に,操舵室にある電話機で連絡をとり,A号の航行状況を伝えていた。 また,F四等機関士は,自身の捜査や公判では,P船長も,集団密航に関与しており,航行中,P船長から密航者の監視や船主への連絡を指示されるなどしていたなどと供述していた。 3 原判決は,A号の乗務員らの供述は相互に矛盾がなく信用性が高いところ,これら乗務員らの供述や航海日誌の記載から,本件事故当時,A号は,機関停止し,運転不自由船として漂泊していたこと,紅灯を含めて点灯していたことが認められ,被告人は,海図台に向か 信用性が高いところ,これら乗務員らの供述や航海日誌の記載から,本件事故当時,A号は,機関停止し,運転不自由船として漂泊していたこと,紅灯を含めて点灯していたことが認められ,被告人は,海図台に向かい浅瀬の確認作業に専念したため,目視はもとよりレーダーによる前方確認を怠った過失がある,と判示している。 A号の乗務員らは,いずれも,本件事故の前から,A号は機関の調子が悪く,速力は3ノット以下しか出ていなかったところ,クラッチの潤滑油を交換して修理するため,同月9日午前5時20分ころ,A号の機関を停止して漂泊を始めたが,航海灯のほか,運転不自由船を表す紅灯なども点灯していたなどと供述しており,A号の航海日誌にも,その旨の記載がなされている。 当時,A号には,29名もの多数の中国人密航者らが乗船していたところ,集団密航事件について起訴されたのは,F四等機関士のみであり,P船長やE一等航海士らの乗務員は,いずれも,本件事故まで,A号に密航者らが乗船していたことは知らなかったなどと供述している。しかしながら,A号が出航するにあたり,船長らの乗務員が船内の部屋の状況などを検査しなかったとは考え難いし,A号は,本件事故まで,ほぼ7日間にわたり航行を続けていたが,29名もの多数の密航者の監視や世話などについて,四等機関士が,他の乗務員らに気づかれずに,1人でこれら全てを行っていたと考えるのも困難である。また,他の乗務員の協力なしに,多数の密航者を船内から日本国内に上陸させるのは,かなり難しいと考えられる。そして,四等機関士のほかに,船長や一等機関士らも,集団密航に関わっていたとの疑いがもたれ,捜査機関から取調べを受けていたところ,刑事訴追を受けるまでには至らなかったものの,四等機関士の供述内容,集団密航の規模や状況などからすると,A号の船長や も,集団密航に関わっていたとの疑いがもたれ,捜査機関から取調べを受けていたところ,刑事訴追を受けるまでには至らなかったものの,四等機関士の供述内容,集団密航の規模や状況などからすると,A号の船長や他の主要な乗務員らも,船内に密航者らが乗船していることを知っており,集団密航について何らかの役割を担っていたと強く疑われるものといわなければならない。 また,A号は,本件事故の翌日,四日市港に入港する予定となっていたところ,四日市港では,中国から航行した船舶については,入港着岸時に税関及び海上保安部が船内の検査を実施する手はずとなっており,白昼,四日市港で密入国者を上陸させるとすれば,A号に乗船していた密航者らが発見されて集団密航が発覚するおそれも多分にあったといわなければならない。さらに,当審で取り調べた証拠(弁第50ないし53号証,第54号証,第56号証)によれば,平成4年5月,平成6年3月のほか,平成13年6月にも,潮岬沖の海域において,中国人数十名の集団密航者を漁船に乗船させて上陸させた事件があったことが認められる。四等機関士は,蛇頭関係者らと連絡を取り合っており,密航者らを上陸させる手順などについて指示を受けていたとうかがわれることからすると,入港着岸時の検査に関する情報を入手していたと考えても不思議ではなく,そうすると,A号は,本件事故付近の海域において,蛇頭関係者からの指示を受け,密航者らを日本国内に上陸させる機会をうかがっていた可能性も十分にあり得るというべきである。なお,F四等機関士は,自身の捜査及び公判において,密航者らを四日市港で上陸させる手はずになっていたなどと供述しているが,本件の集団密航には中国人の犯罪組織が関与していることに照らすと,犯罪組織に及ぼす影響を慮る余り,同人が集団密航の犯行状況について全面的には 日市港で上陸させる手はずになっていたなどと供述しているが,本件の集団密航には中国人の犯罪組織が関与していることに照らすと,犯罪組織に及ぼす影響を慮る余り,同人が集団密航の犯行状況について全面的には供述していないことも十分に考えられるところである。 また,航海日誌に記載された時刻,緯度や経度から,A号の航行状況をみると(当審検第7号証),A号は,本件事故当日の午前2時20分から本件事故が発生した午前5時50分までの間,速力約2.5ノットから約1.8ノット(平均約2.3ノット)で東に向けて航行したところ,本件付近の海域では,東に向けて約2ノット前後の潮流があったこと(当審弁第68号証)からすると,A号は,本件事故の約3時間半前からほぼ潮流に流されるままに漂泊していたことがうかがわれ,機関の不調及びこれに伴う機関の停止を考慮に入れても,その航行状況は余りにも不自然との感を否めない。 以上検討してきたところからすると,本件当時,A号は,密航者らを上陸させる機会をうかがい,あるいは,時間調整を図るなど意図的に本件海域付近を漂泊していたものであり,不審な航行状況について発見されるのを避けるため,無灯火の状態で漂泊していたとの疑いをぬぐい去ることができない。そして,A号の点灯状況に関する乗務員らの上記供述は,集団密航に関与していた疑いがあることに照らすと,その信用性には多大の疑問があるといわなければならない。 加えて,航海日誌の記載も,中国からの航路について虚偽の記載があったことも考え併せると,その信用性は乏しい。 4 そうすると,被告人は,目視で,針路上に船舶がないことを確認したうえ,操舵位置を離れて,海図台で船尾方向を向いて海図で位置を確認する作業などをし,本件事故の直前になって,A号の灯火に気づいたというのであるが,A号が無灯火で で,針路上に船舶がないことを確認したうえ,操舵位置を離れて,海図台で船尾方向を向いて海図で位置を確認する作業などをし,本件事故の直前になって,A号の灯火に気づいたというのであるが,A号が無灯火で漂泊しており,本件事故の直前に点灯したとの疑いをぬぐい去ることができないことからすると,被告人が,十分な見張りをしていたとしても,夜間,無灯火で漂泊する船舶を発見することができたか否かについては合理的な疑いがあるといわざるを得ず,被告人に対し,見張り不十分の過失を認定することはできない。 また,本件事故当時は,夜間とはいえ,天候や視界は良好であり,本件事故において,被告人に対し,レーダーによる見張り義務違反を過失として捉えるのは,相当でない。 論旨は理由がある。 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,更に判決する。 第3 自判本件公訴事実は,上記の原判示認定事実と同旨であるが,上記のとおり,結局,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとして,主文のとおり判決する。 平成16年7月6日広島高等裁判所第一部裁判官芦髙源裁判官島田一裁判長裁判官久保眞人は,退官のため署名押印することができない。 裁判官芦髙源

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