主文 被告人を懲役5年6月に処する。 未決勾留日数中450日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,障害者の自立支援を行う授産施設に通所し,同施設で実施する活動に従事していたものであるが,同施設内での人間関係が思うようにならないことなどにうっ憤を募らせ,大事件を起こして警察に捕まれば同施設との関係を断つことができると考えていたところ,平成19年1月17日午後2時28分ころ,大阪府八尾市a町b丁目c番地所在のA駅前歩道橋上において,同施設の活動の一環として菓子の販売を行っていた際,たまたま同所を通行していたB(当時3歳)を認めるや,同施設との関係を断つために,同児を同歩道橋上から路上に投げ落として殺害しようと決意し,そのころ,同所において,同児を背後から両手で抱え上げ,同歩道橋上から約6.4メートル下のアスファルト舗装の道路上に投げ落としたが,同児に加療約2か月間を要する頭蓋骨骨折,脳挫傷,急性硬膜外血腫等の傷害を負わせたに止まり,殺害するに至らなかったものである。 なお,被告人は,本件当時,知的障害及びこれに起因する激しい心理的葛藤状態のため心神耗弱の状態にあったものである。 (証拠の標目)省略(争点に対する判断) 被告人がBを歩道橋上から路上に落として傷害を負わせたことについては争いがないところ,弁護人は,(1)本件犯行態様及び被告人の犯意につき,被告人は,Bをあえて投げ落としたものではないし,被告人にはBに対する殺意もなかった旨,(2)被告人の本件当時の責任能力につき,被告人は,知的障害のみならず特定不能型の広汎性発達障害の影響により少なくとも心神耗弱の状態にあった旨それぞれ主張し,検察官は,被告人が完全責任能力を有していた旨主張していると ころ,当裁判所は,判示のとおり,被告人が殺意をもってBを投 広汎性発達障害の影響により少なくとも心神耗弱の状態にあった旨それぞれ主張し,検察官は,被告人が完全責任能力を有していた旨主張していると ころ,当裁判所は,判示のとおり,被告人が殺意をもってBを投げ落としたと認定するとともに,本件当時,被告人は知的障害に強いストレスが加わった激しい心理的葛藤状態のため心神耗弱の状態にあったと判断したので,以下,それらの理由を説明する。 関係各証拠によれば,被告人の精神障害等の概要,本件犯行に至るまでの被告人の生活状況,本件犯行時及びその前後の状況等は,次のとおりと認められる。 (1)被告人は,虚弱児として出生(昭和40年8月29日生)し,その直後ころから精神身体両面で発育の遅れがみられ,その後の生育過程においても左半身のまひや知的な発達の遅れを示して,小中学校はいずれも養護学級で過ごし,中学校卒業後には飴会社,印刷会社等で稼働したものの,長続きすることは少なく,職を転々としていたところ,昭和63年には,大阪府精神薄弱者更生相談所で軽度知的障害(B2)と判定され,療育手帳の交付を受けた。 (2)被告人は,その後児童館に通所したり,授産施設Cの寮に入所して職業訓練を受けるなどしていたが,平成11年8月からは大阪府八尾市内にある小規模通所授産施設Dに自宅から通所するようになり,同施設の活動として,職員らとともにE駅前やA駅前に出向いてクッキーを販売するなどの作業を行っていたほか,「ピア・カウンセリング」と呼ばれる障害者の集まりに参加したり,精神科病院Fで定期的に受診したりしていた。また,被告人は,平成16年4月から障害者が共同生活をする「グループホーム」に入居して,平日には同所からD施設へ通所し,週末には実母が住む実家へ帰る生活を送っていた。 (3)被告人には,いずれも幼児に対する拐取罪を含む4件の懲 月から障害者が共同生活をする「グループホーム」に入居して,平日には同所からD施設へ通所し,週末には実母が住む実家へ帰る生活を送っていた。 (3)被告人には,いずれも幼児に対する拐取罪を含む4件の懲役前科(うち2件は執行猶予付き)があり,直近のものとしては,平成12年6月に未成年者略取罪により懲役1年10月の判決を受けて服役し,平成14年3月に刑務所を出所した後は,再びD施設に通所するようになり,前記(2)のとおりの作業を行うなどしていた。 (4)被告人は,平成18年10月ころから,自らも知的障害を有してD施設に通所するGが,被告人の生活等について口出しをしたり,細々とした質問をし たりしてくることなどを不快に思っていたが,同女に直接言い返したり,職員に相談したりすることができず,次第にストレスを溜めるようになっていった。 また,被告人は,同年6月ころから同年11月ころにかけて,D施設が参加したバザーの客の行動に腹を立て,その客を後方から突き飛ばしたり,被告人がD施設に定刻になっても来なかったことを注意した女性職員を殴ったり,被告人がクッキー販売から勝手に1人で帰ろうとした際,それに付き添おうとした男性職員に対し,「1人で帰れる言うてるやろ。」と怒鳴って後方から突き飛ばしたりするなどの暴力事件を起こしていたが,それらの行動の際には,普段と異なる興奮状態を示していた。 (5)被告人は,平成19年1月17日(本件当日)午後1時15分ころから,D施設の他の通所者や職員らとともにA駅2階中央改札口付近の歩道橋となっている通路上でクッキー販売を開始した。同日午後2時28分ころ,被告人は,同所付近を1人で歩いていたBを見かけるや,その背後から駆け寄って同児を抱き上げ,前記通路から続く判示歩道橋(前記通路から階段を6段上がった高さのもの。以下, た。同日午後2時28分ころ,被告人は,同所付近を1人で歩いていたBを見かけるや,その背後から駆け寄って同児を抱き上げ,前記通路から続く判示歩道橋(前記通路から階段を6段上がった高さのもの。以下,「本件歩道橋」という。)に通じる階段を上り,その柵の外側から同児を地上に落下させた。その結果,Bは,同柵手摺りの上辺から約6. 4メートル下方のアスファルト路面に衝突し,加療約2か月間を要する頭部外傷(脳挫傷,急性硬膜外血腫等),左大腿骨骨幹部骨折,左肘頭骨折,肝損傷の傷害を負った。 弁護人は,本件において被告人がBを歩道橋から落下させた動作につき,これを「投げ落とした」と評価することはできない旨主張する。 そこで,この点について検討するに,本件現場付近でちらし配りをしていて本件を目撃した証人Hは,公判廷において,「被告人が小走りより少し速い感じで走ってきて,階段を上っていた子供の両脇を後ろから抱えて持ち上げ,そのまま走って歩道橋の上に行き,子供を被告人の目の高さより上に持ち上げて,そのままの勢いで前のほうに投げた。その際,被告人の腕は,肘から先のほうを,肘を中心に前のほうに振るような感じだった。下に向かってたたき付けるような動き はなかったが,投げ捨てるような感じだった」旨供述し,本件現場付近を通りかかって本件を目撃した証人Iは,公判廷において,「被告人が男の子を落とす瞬間から目撃したが,被告人は,男の子の胴体を被告人の顔の前辺りまで持ち上げ,叩き付けるようではなく,そっと手を離すような状態でもなく,その中間の態様で落とした。そして,その余韻のような感じで手が下に下がった」旨供述しているところ,両名の供述は,いずれも具体性があり,特段不自然,不合理な点はなく,概ね内容が符合している上,両名ともにその場に偶然居合わせた目撃者に過ぎず,被告 うな感じで手が下に下がった」旨供述しているところ,両名の供述は,いずれも具体性があり,特段不自然,不合理な点はなく,概ね内容が符合している上,両名ともにその場に偶然居合わせた目撃者に過ぎず,被告人及び被害者のいずれにも加担する理由がないことからすれば,それらの供述の信用性は高いということができる。加えて,被告人は,その検察官調書(乙22)(なお,同調書に任意性及び信用性が認められることは後述するとおりである。)において,検察官から男の子をどういうふうに放り投げたかと尋ねられた際,「後ろから,こういう風に持ち上げて,放り投げました。」と説明するとともに,広げた両手を上に上げ,下に振り下ろす動作を示したことが認められ,その説明内容は,前記両証人の各供述とほぼ合致している。 これに対し,本件当時,パート職員として被告人らとともにクッキー販売に従事していた証人Jは,公判廷において,「被告人が子供の両脇に入れた手を前に突き出して,両手を横に開いた。下に向けての力はかけていない」旨供述しているところ,同女は,捜査段階においては,「被告人が男の子を抱えていた両手を離したことは間違いないものの,両手の動きが被告人から見て,左右に広げる動作だったのか,上から下に向かって両手を振り下ろす動作だったのかというところまでは,私の位置が斜め後ろから見る状況であったからか,よくわかりません。 ただ,被告人の両手の動きが,被告人から見て前方に向かって突き出すような動きではなかったことは分かりました。」などと供述(甲15)していたもので,各供述の内容が大きく食い違っている上,かかる供述の変遷理由についての公判廷における同女の説明ははなはだ曖昧で首肯しがたいものである。加えて,Jの公判供述の内容が信用性の高い前記Hらの供述と符合しないこと,Jが被告人とD施設での活動で かかる供述の変遷理由についての公判廷における同女の説明ははなはだ曖昧で首肯しがたいものである。加えて,Jの公判供述の内容が信用性の高い前記Hらの供述と符合しないこと,Jが被告人とD施設での活動で日常的に接しており近しい立場にあることや,本件当時被告人 に付き添っており,本件の発生につき道義的責任を感じる立場にあったとみられることをも併せ考慮すれば,Jの当該公判供述の信用性は低いといわざるを得ない。 以上のことからすると,被告人がBを歩道橋上から落下させた際の動作は,同児を下方に叩き付けるようなものではなかったものの,走りながら自身の顔付近までBを持ち上げ,引き続き同児の身体を本件歩道橋の柵の外に出して,その勢いのままに同児を持った両手を下方に動かす中でその身体から離したというものであったと認められ,かかる動作が「投げ落とした」と評価できるものであることは明らかである。 次に,被告人の殺意の有無について検討する。 (1)関係各証拠によれば,本件当時,Bは,3歳4か月の幼児であり,身長が90センチメートル程度,体重が10キログラム程度であったこと,同児が落下した距離は約6.4メートルであり,落下地点は一面アスファルト舗装されている車道上であったことがそれぞれ認められるところ,精神的にも肉体的にもまったく未成熟な幼児が突然かかる危難に遭遇した場合,自身の身を守るすべのないまま身体の枢要部を路面に強打するなどして死亡する可能性が高いことは明白である。現に,Bは,前記2(5)のとおり脳挫傷等を含む重傷を負っており,本件当日にBを診察した医師は,放置すればBが死に至る可能性が高い旨診断しているのであって(甲18),当該落下の危険性は,このような客観的な結果によって裏付けられている。 さらに,被告人は,クッキー販売のため本件現場近辺にはかな 放置すればBが死に至る可能性が高い旨診断しているのであって(甲18),当該落下の危険性は,このような客観的な結果によって裏付けられている。 さらに,被告人は,クッキー販売のため本件現場近辺にはかなり頻繁に来ており,本件歩道橋の高さやその下方の状況等を十分に認識することができる機会があったと認められる上,被告人自身においても,捜査段階及び公判を通じ,ほぼ一貫して,「Bを抱きかかえたところの真下ぐらいにはバス停があり,同児が停車しているバスの屋根に落ちる可能性があったことから,そうならないように移動してから同児を落とした」旨供述していることからすれば,被告人は,Bを車道上に直接落下させることでより強い衝撃を与えることを認識して いたことはもとより,それを積極的に意図していたものと認めるのが相当である。 以上によれば,被告人のBに対する殺意はかなり強く推認される。 (2)また,殺意の有無に関する被告人の供述内容についてみるに,被告人は,公判廷においては,その点についてかなり不安定な供述をしており,結論的には,「現時点ではよくわからない」ということを言わんとしているものと解されるところ,他方,捜査段階においては,「Gとの軋轢から,D施設に戻るのが嫌になり,大事件を起こせばD施設に戻らずに済むと考え,Bを歩道橋から落として殺すことにした」旨供述し,自身が殺意を有していたことを一貫して明確に認めている。 これに対し,弁護人は,被告人には知的障害のために質問者の期待する答えに迎合する側面があるとして,被告人の捜査段階における供述調書は,かかる障害特性に何らの配慮もなされずに作成されたものであるから,その任意性及び信用性には重大な疑問がある旨主張する。 しかしながら,被告人は,捜査段階において,本件前のGとの軋轢状況や本件直前にJとやりとりした内 何らの配慮もなされずに作成されたものであるから,その任意性及び信用性には重大な疑問がある旨主張する。 しかしながら,被告人は,捜査段階において,本件前のGとの軋轢状況や本件直前にJとやりとりした内容,被告人自身の内心の葛藤状態,それらがBへの殺意に結びついたことなどを詳細に供述しているところ,そのように被告人以外の者では容易に認識しがたい事項を,捜査官が被告人の自主的な供述なくして作出しうるとはにわかに考えにくく,とりわけ,被告人の警察官に対する弁解録取書(乙1)は,本件が突発的に発生した平成19年1月17日午後2時28分ころからほとんど間を置かない同日午後2時45分ころに作成されており,本件の背景事情等をほとんど把握していないはずの捜査官において,同弁解録取書に記載されている犯行動機等を自ら作出して被告人に押しつけ,被告人がそれに迎合したなどということがあったとはまったく考えられない。 そして,被告人の検察官調書11通(弁解録取書を含む)のうち,9丁ある乙16以外はすべて5丁以下の短いものに区切られて作成されている上,全調書中9通(乙16ないし24)についてはそのすべてに問答体が使用されてい るところ,このような録取方法やその記載内容に照らしてみると,検察官は,被告人の知的障害に極力配慮し,その混乱の回避を図るとともに,なるべく平易な言葉で被告人にわかりやすく取り調べをしていることが窺われる上,被告人は,自己と検察官の認識が食い違う場合には,「いいえ,そこまでは思ってませんけど。」「それはなかったです。」などと検察官の質問を否定しており,被告人が検察官に誘導されたり,迎合したりしている様子は何ら認められない。 さらに,被告人自身,公判廷において,取調べの際に警察官に怒られることもなく普通に取調べを受けたこと,供述調書に記載された内容 被告人が検察官に誘導されたり,迎合したりしている様子は何ら認められない。 さらに,被告人自身,公判廷において,取調べの際に警察官に怒られることもなく普通に取調べを受けたこと,供述調書に記載された内容は被告人自身が自分の気持ちに従って話したものであること,その内容に間違いないかを十分確認して署名指印したことを率直に認める供述をしており,その供述態度に疑わしさはまったく存しない。 むしろ,被告人は,本件の被告人質問において,ときに誘導的となりがちな弁護人からの質問に対しても,自らの認識と異なるものについては臆せずに否定的な不利益供述をしていることが認められ,かかる被告人が捜査段階において迎合的な供述態度を示していたとは考えがたい。 以上によれば,Bに対する殺意を認める被告人の捜査段階の供述には,任意性及び信用性が十分認められる。 (3)以上を総合すれば,被告人がBに対して殺意を有していたことは優に認められる。 最後に,被告人の責任能力について検討する。 (1)まず,被告人の精神障害の内容等についてみることとする。 被告人は,前記2(1)のとおり,昭和63年に軽度知的障害と判定されているところ,平成18年4月21日時点においても,大阪府知的障害者更生相談所において,発達指数(DQ)48,発達年齢(MA)8歳7か月程度,療育手帳障害程度B2[軽度](社会生活を営む能力が軽度ないし中度以上で,行動及び医療保健等で若干の介助及び介護等を必要とするものを指す。)との判定を受けており(甲39),さらに,本件で精神鑑定を行った精神科医師Kの 検査結果によっても,IQ56(WAIS-Ⅲによるもの),軽度知的障害(9歳から12歳の精神年齢)とされており,被告人が軽度知的障害の精神障害を有することは明らかである。 さらに,K鑑定人は,被告人の精神障害に関 ても,IQ56(WAIS-Ⅲによるもの),軽度知的障害(9歳から12歳の精神年齢)とされており,被告人が軽度知的障害の精神障害を有することは明らかである。 さらに,K鑑定人は,被告人の精神障害に関し,①被告人には,軽度知的障害のほかに,その判断や行為に影響を与えるような中枢神経系の器質性異常や左上下肢不全麻痺以外の身体疾患は存在しないこと,②被告人が本件前夜に服用した抗精神病薬(リスパダール)は,その薬理効果や特性からみて,本件犯行に影響を及ぼした可能性はないこと,③被告人は,知的障害のために葛藤や欲求不満を処理,発散させて自己の安定を図ることが困難であり,そのため,安定した精神状態であれば被告人の持つ規範意識がそれなりに被告人の人格を支配し行動を抑止できるが,葛藤状態に至ると善悪の判断力も著しく動揺するところがあることをそれぞれ指摘しているところ,それらは,同鑑定人が本件関係書類の検討と被告人に対する面接及び各種検査結果等を前提として,その十分な医学的知識及び経験に基づいてなされたものと認められ,関係各証拠から認められる事実関係とも矛盾がなく,とりわけ,③の点に関しては,普段は温厚で人当たりがよく,D施設で安定的な生活態度を示していた被告人が,いきなり前記2(4)のような暴力事件を起こしたり,本件直後,被告人を追いかけてきたJの髪の毛を掴んでその首を絞め,その頭を殴りつけるなどの興奮状態にあったりしたことともよく符合している。 (2)次に,本件当時の被告人の行動,犯行動機等についてみることとする。 被告人は,捜査段階において,本件時及びその前後の状況等についてかなり詳細な供述をしている上,公判廷においても,Bに対する殺意に関しては曖昧な点があるものの,その他の点に関しては,他の客観的な証拠と符合する具体的な供述をし,さらにK鑑定人 前後の状況等についてかなり詳細な供述をしている上,公判廷においても,Bに対する殺意に関しては曖昧な点があるものの,その他の点に関しては,他の客観的な証拠と符合する具体的な供述をし,さらにK鑑定人に対しても,捜査段階とほぼ同様の説明をなしえており,同鑑定人が本件犯行状況について被告人に粗大な記憶の欠損はなく,見当識も正確に保たれている旨述べていることからすれば,本件当時の被告人の意識は清明であったことは明らかである。 また,被告人は,本件当日,D施設の職員らとクッキー販売に従事しているが,本件犯行直前に至るまでの被告人の言動等には何ら異常性は認められないし,被告人は,本件時,前記4(1)のとおり,敢えてBがバスの屋根には落ちないように同児を抱えて移動しているところ,その行動は同児を殺害する方法としては合目的的,合理的といえ,さらに,被告人は,Bを落下させた後,現場から逃走しようとしたことが認められるが,かかる行動も重大犯罪を犯した者が通常とりがちな自然なものである。 他方において,本件の犯行動機は,被告人が捜査段階で供述しているとおり,Bを殺害する大きな事件を起こすことにより,Gとの軋轢があるD施設に戻らなくて済むようにすることにあったものと認められるところ,なるほど,被告人がBを殺害して刑務所に入れば,Gの居るD施設に戻ることにはならず,Gとの軋轢も解消されることになるから,その判断にはそれなりの合理性があるかのようにみえる。しかしながら,被告人がGとの軋轢を解消したいのであれば,D施設の職員に相談するなどの方策をとることも十分可能であったといえる上,そもそも,D施設に通うこと自体,何ら義務的なものではなかったのであるから,被告人が通所をやめると申し出れば済むことであって,ことさらに本件のような重大犯罪までをも犯す必要性はまった たといえる上,そもそも,D施設に通うこと自体,何ら義務的なものではなかったのであるから,被告人が通所をやめると申し出れば済むことであって,ことさらに本件のような重大犯罪までをも犯す必要性はまったくなかったはずである。また,敢えて前記のような目的を達成する手段として犯罪を犯すとしても,重い刑責が科せられる殺人罪を犯すことはあまりにも目的と手段の均衡が失している。しかも,自己の不満の原因とはまったく無関係の通りがかりの幼児を見るや即座に相当の高さがある歩道橋から投げ落とすという犯行態様は,自己の不満の対象を直接攻撃した前記2(4)の3回の暴力事件と比較しても,不満の出方が大きく屈折した特異な面が加わったというべきで,本件当時における被告人の心理的葛藤状態がいかに大きなものであったかを強く推認させるというべきである。したがって,やはり,本件時の被告人の発想及びこれに基づく行動は成人の健常者にはみられない極めて短絡的かつ幼稚なもので,論理的にかなりの飛躍と特異性があるといわざるを得ず,これらを安易に了解可能なものと 認めることはできない。そして,かかる発想の飛躍は,前記(1)③でみた被告人の精神障害の特性の説明とよく符合することからすれば,本件時の被告人の行動がその知的障害及びこれに起因する激しい心理的葛藤状態の強い影響によるものであった可能性は十分にありうるというべきである。K鑑定人が,「被告人は本件犯行当時著しい葛藤状態にあり,本来的に低い『是非善悪と自己統御の能力』は一層低下し,著しく不十分となっていたと考える。」と述べるところも,このような観点から十分首肯できるところである。 (3)以上を総合すると,本件当時,被告人には意識障害や記憶障害がなく,被告人が前記(2)のような動機に基づき本件犯行方法をあえて選択していることなどか ような観点から十分首肯できるところである。 (3)以上を総合すると,本件当時,被告人には意識障害や記憶障害がなく,被告人が前記(2)のような動機に基づき本件犯行方法をあえて選択していることなどから,被告人において精神障害の影響により,是非善悪を弁識する能力及び行動制御能力を完全に失っていなかったことまでは認められるが,それらの能力が著しく減退していなかったとまではにわかに断じがたく,本件当時,被告人が完全責任能力を有していなかったという合理的な疑いが払拭できない。 したがって,被告人の責任能力にかかる弁護人の主張は,本件時,被告人が心神耗弱の状態にあったとする限度において理由がある。 (4)なお,弁護人は,被告人には,知的障害以外に特定不能型広汎性発達障害の精神障害がある旨主張するが,K鑑定人は,人恋しく,俗世間への興味も旺盛で,細やかに気を遣い相手の顔色を窺うという被告人の対人的能力を分析した上,それらのことは広汎性発達障害の特徴と相反するものであると結論づけており,その説明は十分合理的といえ,被告人の主治医であるF病院の医師Lの公判供述とも整合していることなどに照らすと,被告人に特定不能型広汎性発達障害があるとはにわかには考えられず,本件犯行がその影響によるものとみることはできない。 以上の次第であるので,判示のとおり,被告人がBに対する殺意をもって同児を本件歩道橋から投げ落としたと認定するとともに,本件当時,被告人は心神耗弱の状態にあったと判断した。 (累犯前科) 省略(法令の適用)省略(量刑の理由) 本件は,被告人が,殺意をもって,当時3歳の男児を歩道橋上から約6.4メートル下のアスファルト路面へ投げ落としたものの,同児に加療約2か月間を要する傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかったという殺人未遂の事 ,殺意をもって,当時3歳の男児を歩道橋上から約6.4メートル下のアスファルト路面へ投げ落としたものの,同児に加療約2か月間を要する傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかったという殺人未遂の事案である。 本件犯行に至る経緯については,既に「争点に対する判断」で述べたとおりであるが,知的障害とストレスが高じた影響による衝動的な犯行とはいえ,ストレスの原因となった人間関係から逃れるために本件のような犯罪を犯すこと自体が身勝手であることは明らかであり,犯行動機に酌むべきものは認められない。 そして,その犯行態様は,前記のように被害者を死亡させる危険性の非常に高いものであったといえ,相当に悪質である。 被害者は,たまたま本件現場付近を通りかかった幼児であり,まったく落ち度がないのに,突然被告人に背後から抱き上げられ,高所から投げ落とされた結果,頭蓋骨骨折等の重篤な傷害を負って長期間の入院治療を余儀なくされたものであり,当時3歳だった同児が受けた心身両面における苦痛が甚大であったことは明らかである。幸いにして,被害者は,一命を取り留め,現時点では保育園に通えるまでに回復はしているが,今後後遺症が発現する可能性は拭い切れない。 さらに,自らの目の前で被告人にいきなり孫が投げ落とされるのを目撃した祖母,事件を知らされて病院へ駆け付けた両親の驚愕,恐怖とその後の心労には非常に大きなものがあり,証人として出廷した祖母及び父親が,そろって被告人に対する厳重処罰を求める旨述べている心情は十分に理解できるところである。 被告人は,いずれも幼児を被害者とする拐取罪等により4件の懲役前科を有していながら,またしても幼児を被害者とする一層悪質な本件犯行を敢行しており,被告人による再犯が危惧される。 以上によれば,犯情は相当に悪く,被告人の刑事責任は重いとい により4件の懲役前科を有していながら,またしても幼児を被害者とする一層悪質な本件犯行を敢行しており,被告人による再犯が危惧される。 以上によれば,犯情は相当に悪く,被告人の刑事責任は重いといわなければならない。 そうすると,本件殺人が未遂にとどまったこと,本件当時,被告人が知的障害等の影響により心神耗弱状態にあったこと,内容に曖昧な点はあるものの,被告人自身は,現時点で記憶するところをありのままに供述していることが窺われ,被告人なりに真摯な反省の態度を示し,被害者への謝罪の言葉も述べていること,示談成立までには至っていないが,被告人側が,被害者側に治療費及び通院費等として146万円余りを既に支払い,慰謝料の内金400万円も用意していること,いずれも証人となった実母,実弟及び障害者施設の理事長が,そろって出所後の被告人の更生に協力する旨供述していることなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,被告人に対しては,主文の刑をもって臨むのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑・懲役12年)平成20年12月10日大阪地方裁判所第3刑事部裁判長裁判官樋口裕晃裁判官橋本健裁判官能宗美和
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