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主文 原判決を破棄する。本件を広島高等裁判所に差し戻す。理由 広島高等検察庁検事長松本武裕の上告理由序説及び同第一点ないし第九点について。所論は縷々論説するが、帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でないものであつて、いずれも、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。しかし、当裁判所は同四一一条の職権を発動して、本事案を調査し、原判決の当否を検討することとする。第一、原判決は冒頭において、本件有罪、無罪を解決するの鍵は、一にかかつてAの供述の信憑力いかんにあると云つても敢えて過言でないと明言している。そして、原判決はその供述の虚言に満ちていることを縷々説明しているのてある。当初の犯行否認から、単独犯行説、六人共犯説、五人共犯説、二人共犯説、更に再転して五人共犯説、二人共犯説、五人共犯説、二人共犯説と変転し、最後に五人共犯を固執するに至るまでの経過を具さに検討し、このように変転するAの心境動機、更にその各場合における客観的状況までも詳しく詮索し、次いでA供述の信憑力の具体的検討と題しB、C、D、Eの各供述との関連においてAの供述を分析解明し、以てその虚言性(原判決によれば、それは彼の生れながらの性格的のものであるという)を暴露し、延いて以てA単独犯行説の結論に資しているのである。成る程、Aの逮捕以来Aの供述は四転五転殆んど底止するところを知らないほどの有様であり、その中には虚言に満ちている部分のあることは、原判決の云うとおりである。例えば、六人共犯説、二人共犯説の如きは正にその最たるものであり、また五人共犯説を前提とする供述の中においても、部分的にデタラメのあることは原判決の正- 1 -当に判示するところである。しかし、ここで裁判官として大事なことは幾変遷したAの供述 たるものであり、また五人共犯説を前提とする供述の中においても、部分的にデタラメのあることは原判決の正- 1 -当に判示するところである。 決の云うとおりである。例えば、六人共犯説、二人共犯説の如きは正にその最たるものであり、また五人共犯説を前提とする供述の中においても、部分的にデタラメのあることは原判決の正- 1 -当に判示するところである。しかし、ここで裁判官として大事なことは幾変遷したAの供述 たるものであり、また五人共犯説を前提とする供述の中においても、部分的にデタラメのあることは原判決の正- 1 -当に判示するところである。しかし、ここで裁判官として大事なことは幾変遷したAの供述の中にも、何か真実に触れるものがないであろうかと疑つてみることである。例えば、二人共犯説の如きは、主として弁護人に対する関係において、述べられているのであるが、Aはこの供述の中で途方もない人物を拉し来つて共犯者だと述べているのである、この供述はB、C、E、Dらの弁護人に対する面目や義理からその体裁を繕ろわんとするの余りデタラメを云つているものであること、そして、このような供述こそはとりも直さず、自分の他に犯行者のあることを暗示し、端的に単独犯行説に疑惑を抱かしむる点であることは右供述に関する部分を熟読吟味すれば、誰しも容易に気付き得るところである。ところが、この点について原判決は、「(前略)、しかし当公廷における証人Aの証言及び同人の栗本検事に対する一回ないし一四回調書によれば、F某、G某は虚無人で、H某なる者は死亡していたこと、従つて二人共犯の各自供の虚構であることを認めるに十分であつて、二人共犯を前提とする供述が信用に値しないこと勿論であるが、被告人ら四名が本件に関係ないと供述したところに右自供は意義を有するのである。Aの前掲証言中一人でやつたと云うては通らんから、なる供述部分は当公廷で初めて証言したものではなく、他にも全く同趣旨の供述記載があるのであつて、これらの証言及び供述記載によれば、Aが曾つて平生警察署において単独犯行を自供した際取調警察官がこれを毫も信用しなかつたため、この経験に懲り、単独犯行の自供では到底他人を納得さすことができないものと考え、一面単独犯行を自供すれば、自己に対する責任又は非難が加重されることを虞れ、F外二名の がこれを毫も信用しなかつたため、この経験に懲り、単独犯行の自供では到底他人を納得さすことができないものと考え、一面単独犯行を自供すれば、自己に対する責任又は非難が加重されることを虞れ、F外二名の虚無人又は死者の名前を点々と掲げて二人共犯の自供をなしたものと推察される、かような観点からすれば、二人共犯の自供は益々重要な意味をもつものと云うべく」云々と、云うのである。 加重されることを虞れ、F外二名の がこれを毫も信用しなかつたため、この経験に懲り、単独犯行の自供では到底他人を納得さすことができないものと考え、一面単独犯行を自供すれば、自己に対する責任又は非難が加重されることを虞れ、F外二名の虚無人又は死者の名前を点々と掲げて二人共犯の自供をなしたものと推察される、かような観点からすれば、二人共犯の自供は益々重要な意味をもつものと云うべく」云々と、云うのである。原判決が嘘だデタラメだと云つているAの供述を、この場合は信用して右のような推察をしているのであり、しかも二人共犯説が、被告人ら四名において本件に関係ないと供述したと- 2 -ころに右自供は意義を有するものであると云うに至つては、虚言だ虚言だと云つている二人共犯説にどうしてそのような重大な意味をもたせなければならないのか解釈に苦しむものである。原判決は続いて、Aは二人共犯の自供をなすに至つた動機について、被告人B及びIより依頼をうけ且つI、正木等より金品の贈与を受けたためであると証言するのであるが、たとえ、その動機がAの証言するとおりであつたとしても、被告人らが本件に関係ないとの供述部分に関する限り、関係証拠を十分に検討した上でないと、軽々に虚偽であるとは断じ難いと云い、Aの供述の攻撃に終始しているのである。原判決のA供述を責むることの急なるかくの如くである。しかし、記録を反覆熟読すれば、A供述の中には真実に触れ、これを如実に物語つている部分のあることを到底見遁し得ないのである。弁護人はAは能弁で巧みにデタラメを書くというが、Aの物した次の短文は一部に某死刑囚の手記の中の文章を借用した部分もあるが彼の本心を端的に吐露し真実に触れているものがあると認められる。後に添付したAの上申書中に書かれてある、懺悔と悔悟に満ちている部分などについても同じように解し得られるのである。した部分もあるが彼の本心を端的に吐露し真実に触れているものがあると認められる。後に添付したAの上申書中に書かれてある、懺悔と悔悟に満ちている部分などについても同じように解し得られるのである。上申書私は昭和二八年九月一八日広島高等裁判所において強盗殺人罪により無期懲役を受て広島刑務所服役中の者でありますが、昭和二九年一一月一五日原田弁護士に伏見裁判長と最高裁判所連記宛に書いた上申書を持つて帰られましたのでその上申書について真実を申上げます に触れているものがあると認められる。後に添付したAの上申書中に書かれてある、懺悔と悔悟に満ちている部分などについても同じように解し得られるのである。上申書私は昭和二八年九月一八日広島高等裁判所において強盗殺人罪により無期懲役を受て広島刑務所服役中の者でありますが、昭和二九年一一月一五日原田弁護士に伏見裁判長と最高裁判所連記宛に書いた上申書を持つて帰られましたのでその上申書について真実を申上げます 理由 原田弁護士にわたした上申書は作り事であつて、私の共犯であるB又DEC達にたのまれて私はあんな嘘の事を書いたものでありますなせその様なことを書いたかと申しますと私が上告を取下けて当刑務所にくる時Bはお前はよくなつておれはどんなになつてもよいと云うのか、それならおれにも考へがあると云つた事かありま- 3 -した、私としましてはBとは仲のよい友達でありその友達が今死刑になつているのを見かねて、又Bの気持になりあの様な気持になつたのであります私の性格の弱さを知つている彼等は私にこの事を強く申すのでその云うままになりそれをよい事にして否認をつゞけて居るのが残念に思ひます。私が今日迄多くさんの上申書を書いて居りますのでどれが本当であるか、わからないと思われる事でありましようそんなになつたのも私にとりましては色々と理由があるのです今更そんなことを申しましても無だだと思ひます。そんな嘘を書てお手すうかけるのは私が悪いのでありまずけれども、嘘を云う様にしたのは誰がしたのですか私が一審二審の公判中にはこんなことを考へた事もなかつたのですが、それかと云つてB達からたのまれては居りましたが、その頃の私は真実を申し正しい刑を受て被害者K様や社会皆様にお詫 のは誰がしたのですか私が一審二審の公判中にはこんなことを考へた事もなかつたのですが、それかと云つてB達からたのまれては居りましたが、その頃の私は真実を申し正しい刑を受て被害者K様や社会皆様にお詫びを申上げる事ばかりでありました。私はどんな事を申ても又共犯達がどんな事を云つても真実は一つでありますからいくら嘘を云つてもわかるのでありますから私がこんな事を申さなくてもよいのでありますが私として嘘を云つていると心がくるしいので又今頃裁判官という本を正木弁護士が出して世の人達をさわがして居られるので私としまして、このまゝおいたのでは気持がおさまらないので真実を申して世の人に罪の一切を告白して皆様方にお詫び申上る次第でありますだが、私として一言聞いていたゞきたい事は私が何故この様な酷悪非だうの男でありながら上告裁判を受けずに私から望んで犯せし罪の償の道を行く事を願うになつたのかと申しますとそれは私の悪心を根本からくつ返す様な方が私の前に現われたからでありますそれはイエスキリスト様であつたのです教えの話を聞く事が重なる度にだんだんと神の御心がわかりやつと最近になりまして心の片隅に僅かに残されていた自己の良心のへんりんを心の眼に見い出す事が出来得たような気が致して来たので御座います私はそれから私の犯せし罪悪を心の底から悔改め自分の罪の深さを知り罪の一切を告白致す気持が出来たのでありますBDECは私の共犯である- 4 -ことを「チカイ」ます。 からでありますそれはイエスキリスト様であつたのです教えの話を聞く事が重なる度にだんだんと神の御心がわかりやつと最近になりまして心の片隅に僅かに残されていた自己の良心のへんりんを心の眼に見い出す事が出来得たような気が致して来たので御座います私はそれから私の犯せし罪悪を心の底から悔改め自分の罪の深さを知り罪の一切を告白致す気持が出来たのでありますBDECは私の共犯である- 4 -ことを「チカイ」ます。昭和三〇年六月五日広島刑務所在監A本件の判決が下されたら知らせて下さい東京最高検察所安平政吉検事殿右は本人の示指印なる事を証明す法務事務官看守L凡そ事実審 ら知らせて下さい東京最高検察所安平政吉検事殿右は本人の示指印なる事を証明す法務事務官看守L凡そ事実審裁判官は被告人の供述であれ証人の供述であれ、供述の部分部分の分析解明にのみ力を致すべきでなく、(勿論そのことが大事でないとは云わない)部分部分の分析解明から事件全体の把握を怠つてならないことは云うまでもなく、また全体の把握から部分部分の分析に及ぶべきであることも勿論である。当審の見るところでは、原審はA供述が本事件の真相を解く鍵だと云いなから、余りにその供述の分析解明にとらわれ過ぎ、大筋の追及に緩漫で全体を把握する努力に欠けていたのではないかと考えるのである。そこで当審はAの供述を検討することとする。さてAは犯行後心の動揺も収まり平静に帰したであろうと思われる昭和三〇年六月二五日から同年八月一九日までの間前後一二回に亘り、栗本検事の取調をうけ五人共犯説を確言し、更に同年六月二一日頃から昭和三二年二月二三日頃までの間約一〇回にわたり、書面を以て検察官に対し或は最高裁判所に宛てて五人共犯を前提とする上申書による自供をなし、更に原審における二二回にわたる証人としての供述においても五人共犯の自供を一貫して主張しているのである。これらの供述の中には部分的には嘘もあり、喰い違いもあることは原判示のとおりであるが、それらの供述は素朴で卒直であり原判示に云うほどの不自然さも感じられず、むしろ大筋- 5 -を外れていないと思われる。おしなべて被告人の供述にしろ、証人の供述にしろ、供述というものは枝葉末節に至るまで一致するものではない。記憶違いもあり、喰い違いもあり、しやべり過ぎて嘘のある場合もあるであろう。だからと云つて、そのような供述が常に不正確で採用に 嘘もあり、喰い違いもあることは原判示のとおりであるが、それらの供述は素朴で卒直であり原判示に云うほどの不自然さも感じられず、むしろ大筋- 5 -を外れていないと思われる。おしなべて被告人の供述にしろ、証人の供述にしろ、供述というものは枝葉末節に至るまで一致するものではない。記憶違いもあり、喰い違いもあり、しやべり過ぎて嘘のある場合もあるであろう。だからと云つて、そのような供述が常に不正確で採用に の供述にしろ、供述というものは枝葉末節に至るまで一致するものではない。記憶違いもあり、喰い違いもあり、しやべり過ぎて嘘のある場合もあるであろう。だからと云つて、そのような供述が常に不正確で採用に値しないものということはできない。同じ供述でも採用出来る部分もあれば、出来ない部分もあるのであつて、大事な点はその供述が大筋を外れているかいないかである。原判決は被告人B外三名の供述との比照においてA供述の虚言性を衝かんとしている。事実審裁判所としてそれは当然でもあろうし、右比照においてA供述に部分的嘘や矛盾撞着のある点も或は原判示のとおりであろう。しかし、右両者の供述において、いずれが事案の大筋に外れていないかというと、当裁判所はAの五人共犯の供述に大体において信を措き、それが大筋に外れていないものと考えざるを得ないものである。それを雄弁に物語るものは、本件犯行直後行われた検証において認められる凄惨な現場の状景と被告人らのアリバイ崩壊である。原判決がA供述の部分的分析解明にとらわれて大局を見失つているという当審の考え方も、ここに強い根拠があるわけである。検証における現場の状景やアリバイの崩壊については後に述べることとして、A供述の重要性に鑑みA供述の中の二、三を左に摘録して当裁判所の上来叙説の説明に資し度いと思う。その第一、第二は犯行直後における地元警察官のAに対する取調調書であり、第三は差戻前控訴審公判調書であり、第四は前差戻上告審においてAの最高裁判所宛に提出した直筆の書面である。第五回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a町字b住居山口県熊毛郡c村字d職業経木製造A- 6 - 字a町字b住居山口県熊毛郡c村字d職業経木製造A- 6 -昭和三年三月二十九日生満二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月一日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の通り供述した一、今迄私が申した事は嘘の話しが有りますからほんとうの事を申します此の度Kの事件を一緒にやつたのは私しとB、E、C、Dの五人で有ります二、此の事件をやる前に私しと外の四人の者は金がないので事件をやらうと本年一月十五日午后七時過ぎ頃にも私しがc村のe部落のeの娘の処に遊びに行く途中八海橋を渡つた処附近の道路で歩く歩く話した事が有ります其の后本年一月十九日の日にも時間は覚へませんがa町のM旅館の前の二階に五人の者が集まつてBが焼酎を一升買つて飲ました時にも皆んなの者が金がのうてはやれぬの―金が有る処へ盗みに行くと「ヨイ」の―と話し出しました其の時にBが私しに良い処が有れば決めて置けと言つて居りました其の后本月二十三日の日午后七時頃にBの処に行きました処が叮度、Bは居りましてE、C、Dの五人になりましたので四方八方話しをしてから私しが此の間のは俺の処のN屋なら良かろうではないか、あしこは二人ぢやから、金も、大小、位あろうではないかこれなら見付けられても後には山が有るし見付けられても逃げるいや――愈々いけぬ時にはしばつて置くか――と話しました外の者は夫れならそうしょうと言ひ出しました其処で皆んなが話し合つて、明日の晩の九時頃か九時半頃に八海橋の処へ集らうと話しが決りました C、Dの五人になりましたので四方八方話しをしてから私しが此の間のは俺の処のN屋なら良かろうではないか、あしこは二人ぢやから、金も、大小、位あろうではないかこれなら見付けられても後には山が有るし見付けられても逃げるいや――愈々いけぬ時にはしばつて置くか――と話しました外の者は夫れならそうしょうと言ひ出しました其処で皆んなが話し合つて、明日の晩の九時頃か九時半頃に八海橋の処へ集らうと話しが決りました るいや――愈々いけぬ時にはしばつて置くか――と話しました外の者は夫れならそうしょうと言ひ出しました其処で皆んなが話し合つて、明日の晩の九時頃か九時半頃に八海橋の処へ集らうと話しが決りました- 7 -其の時にBか何か言つて居りましたが覚て居りません私しはB方では其の話しが決つたので午后七時半頃には自宅に帰へりました三、二十四日の日になつては前回に申した様にc村のg部落のOさんの処で焼酎を飲んで居たが午后六時半頃か午后七時頃にOさん方を出て行き焼酎を四合瓶に入れた儘B方に行つて見ました行つた頃の時間は解りませんがOさん方からB方迄の距離は十町余り位で有ります私しがBの内に行つた時はh部落の宅でBも誰も居りませんので昨日の約束の時間に早いと思つてB方を出て行き私し一人がd部落をブラブラと歩き廻つて居りましたおゝ方良い時間頃と思つてa町の方向に行きますと八海橋を渡つた処でBとEとCが待つて居りました四人になりましたが、Dが来ないのでボツボツ行きよるか―と言う事になりましたが、其の内にDがiの方からやつて来ました其の頃は時間は覚えませんが午后九時は過ぎて居りました五人が揃つたので私しが俺が先に這つて戸を開けてやるからと言つて五人揃つてiのKの方に歩いて行きました四、五人の者がiの三又路になつた自動尊様の処に行つた時に旧道と新道が有りますから私しは、こつちから行かうと言つて私が旧道を行きますと後からBがついて来て居りました外の三人の者は新道を歩いて行きました私しはKの近くに行つた頃に右手の山側に密柑の木がありますが其の通りの畠の中を通つて山の岸伝ひにKの部屋の北側の山の処に行きました此の時は私しとBの二人で外の者は来て居りませんでした私しは一人でKの家の中の状況や家の中に簡単に這る処を探して最初に裏手の山 りの畠の中を通つて山の岸伝ひにKの部屋の北側の山の処に行きました此の時は私しとBの二人で外の者は来て居りませんでした私しは一人でKの家の中の状況や家の中に簡単に這る処を探して最初に裏手の山岸沿ひに裏に行き這入る処も見当らないので南側に廻つて壁の外の畠の中を通つて- 8 -Kの出入の道で風呂の横に下駄を脱いで置いて素足で表側の母屋と部屋の中間の硝子障子の処に行きました此の時私しが手に提げて居たOから貰らつた四合入りの残りの焼酎をコンクリ張の上に置いて出入口の障子を引張つて見ましたが開かないので止めて再び裏手に廻る事にして居りましたが、私しは大便が出そうになつたので月夜で明るいから風呂場の北側の便所の前の暗い処で大便をしたので有ります夫れから表側の前を通つて裏手に行きまして、板戸が締めて有る処に下側に板が壁に着いて居る処が有りましたので其の板を手ではぐりますと見安く外れましたので良く見れば私しが中に這入れる位の穴で有りました直ぐ私しは懐中電池を灯して床の下に這入りました五、私しは今から五、六年前にKの内には遊びに行つて居たから台所や表側の状況が解つて居つたので床の下に這入つてからは台所の方向に向いて行き階段の下側に当る所に三尺幅に二尺高さの板が有つたので其れを障つて見たら動いたので之れは外れると思つて、はめこんで有つた板を外して台所に出て行きました台所の庭に立つて見ると、家の中は電燈の光は見当りませんでした私しは台所から炊事場に行き附近を見ると角の柵の上に瓶類が見えました其処から台が炊事場の中程に有りましたが夫れを一周して見ると台に引出が付いて居たので良い物が中にないかと思つて抜いて見ましたが、中には庖丁か十本位有つたと思つて居ります別に炊事場には良い物も見当らないので外の四人の者に戸を開けてやると言つて居たの を外して台所に出て行きました台所の庭に立つて見ると、家の中は電燈の光は見当りませんでした私しは台所から炊事場に行き附近を見ると角の柵の上に瓶類が見えました其処から台が炊事場の中程に有りましたが夫れを一周して見ると台に引出が付いて居たので良い物が中にないかと思つて抜いて見ましたが、中には庖丁か十本位有つたと思つて居ります別に炊事場には良い物も見当らないので外の四人の者に戸を開けてやると言つて居たの ると台に引出が付いて居たので良い物が中にないかと思つて抜いて見ましたが、中には庖丁か十本位有つたと思つて居ります別に炊事場には良い物も見当らないので外の四人の者に戸を開けてやると言つて居たので母屋と部屋の間の硝子障子の捻込錠を開けて一尺位戸を開いて先に置いて居た焼酎が四合瓶に残つて居たものを手に取てから障子は開けた儘放つて置きました私しは残りの焼酎を容れものが大きいので炊事場の角の柵に沢山瓶が置いて有つ- 9 -た中からサイダー瓶を取つて瓶をやり替へようと思つて其の時に手に持つて居た棒電池を口にくわえて焼酎の入替をしました私しが最初に持つて居た四合入れ位の瓶はサイダー瓶の有つた箇所に替へて置きました私しは其のサイダー瓶の焼酎をラツパで飲んでから炊事場の北側に出入口が有る事も知つて居たので、焼酎入りのサイダ―瓶を持つて北の出入口に行きました出入口は硝子戸に柱との間に「つかせ」がして有りましたので夫れを除けて障子をゆつくり開けて其の外側に板戸が締めて有りました其の板戸は戸の上側に敷居に「落し掛け」がついて居たので夫れを外して板戸を開けてやりました其の時外は見て居りませんが誰れか居ると思つて私しが持つて居たサイダー瓶の焼酎を小さい声でこれを此処に置いておくと言つて出入口の向つて右側の柱の側に置きました私しは炊事場から電池は消して台所の板の間に行き次の間の畳座敷迄ゆつくり上つて行きました家の者が寝て居れば箪笥の中には金が有るに違ひないと思つて奥の座敷の方に近寄ると家の者が目を覚して居るらしく布団が動く様な気が致しましたので、炊事場迄下つて来て前に庖丁が台の引出の中に有つたのを見て居るので庖丁を持つて寝間に行つて大きな声を出したらこれが有るどと言つて怖らかしてやらうと思つて引出の中の出刀庖丁を左手に持つて炊事 ので、炊事場迄下つて来て前に庖丁が台の引出の中に有つたのを見て居るので庖丁を持つて寝間に行つて大きな声を出したらこれが有るどと言つて怖らかしてやらうと思つて引出の中の出刀庖丁を左手に持つて炊事場から台所に行つた頃に、Bが何処から家の中に入つたか知りませんが薪割を持つて来てBがこれを持つて行けと小さい声で私しに呉れました私しは薪割で若しも、たけつたら怖らかしてやる気で持つて奥の間の家の人が寝て居る襖の処に行き左側の襖を「そろつと」開けて居りますと中から誰れが言つた- 10 -か知りませんが誰れかと言つた様に声がしました私しは襖を開けたので中を見たら寝間には小さい電球が灯れて居りましたので顔を見られたと思つてこれはつまらない、殺してやらうと思つて寝間に起き上り掛けて居た人で其の時は、ぢいさんかばあさんか解らなかつたが持つてゐた薪割で殴り付けました、回数は覚へて居りませんが殴つたら其の人は後に倒れました其の瞬間に南側に、ばあさんが布団から起き上つて「やあ―」とたけつて布団の中に頭をつくこんだので薪割を其場に放つてばあさんの処に行き、たけらすまいと思つてばあさんの口を両手で押へ付け直ぐ片手で喉笛の処を押へて居りますとBとDがそちらが先か覚ませんが私しの処に来てBとDの二人が首を手で締めて呉れますので私しは箪笥の中に金が有ると思つて右側の上の七寸位の引出しを開けて見ると革製の「チヤク付」が見当りましたのて中を開けて見ると一円や五円の補助貨が有つて其の中に箪笥の鍵が入つて居りましたので金だけはスボンのポケツトに入れて置いて其の鍵で右下の扉を開けて中側の五寸の幅の引出しの下側の分を開けると千円札の新品が有りましたので枚数も数へずズボンのポケツトに入れて置き其の後で最初に開けた引出が開いて居たので、締め様とした時に良く見ると引出の中に百円 七寸位の引出しを開けて見ると革製の「チヤク付」が見当りましたのて中を開けて見ると一円や五円の補助貨が有つて其の中に箪笥の鍵が入つて居りましたので金だけはスボンのポケツトに入れて置いて其の鍵で右下の扉を開けて中側の五寸の幅の引出しの下側の分を開けると千円札の新品が有りましたので枚数も数へずズボンのポケツトに入れて置き其の後で最初に開けた引出が開いて居たので、締め様とした時に良く見ると引出の中に百円 けて中側の五寸の幅の引出しの下側の分を開けると千円札の新品が有りましたので枚数も数へずズボンのポケツトに入れて置き其の後で最初に開けた引出が開いて居たので、締め様とした時に良く見ると引出の中に百円札の新品が約二十枚と十円札の新品が約五十枚位有りましたので前と同様にポケツト内に取つて入れました後を振向いた時には婆さんは首を締めては居りませんでした其の処にはDは居りませんでしたがBは婆さんがぐにやつとなつた処から箪笥の方に来て箪笥をいらつて居りましたが金は有つたなかつた知りません私しは婆さんが死んで居ないと思つて首を両手で締めて居りましたするとBは婆さんの処を通つて次の間に出る時に婆さんは、あんまり死なくから首を絞めてやらうと小さい声で言ひますので私しは婆さんの両手を持つて居るとBが次の間からこつちえ出せと言ひますので私しは次の間に婆さんを手を捕えて出し- 11 -て居るとBがあつたあつた自転車にあつたと言つて細さいロープを持って居りましたBは私しが次の間に婆さんを運んだ頃に婆さんの手を持つて引張つて鴨居の有る下に置きました其処にEとCとDが居りました私しは最初に顔を見られて居るから婆さんが生きかえるといけんと思つてあれにくゝつて置うや――と言つて手で鴨居を示しまして私しが婆さんの腰のあたりを持つて居るとBが婆さんの前から首に持って居たロープを廻して後側で一回程締めたのを見受けましたすると側に居たCは私しと二人で腰の辺を持つて上に差上げてやりBとEとDの三人はロープで鴨居に取り付けてくゝつて居りますので私しは台所の所に行く同じ座敷で階段の附近に服か着物の様な物が有りました其の側に黒い紐が見当りましたから紐を首を吊す足にしようと思つてロープの側の鴨居に一と廻ししてくゝりましたが其の紐は結局役に立たず切れて仕舞ひまし 同じ座敷で階段の附近に服か着物の様な物が有りました其の側に黒い紐が見当りましたから紐を首を吊す足にしようと思つてロープの側の鴨居に一と廻ししてくゝりましたが其の紐は結局役に立たず切れて仕舞ひました婆さんを首を吊す事が済んだので私しは箪笥の鍵を締めて居なかつたので箪笥の処に行つて元の様に錠を掛けて次の間に出ようとするとDが最初殺した側の火鉢の灰で座敷に撒いて居りましたが其の撒いた上を私しが歩くと足跡かつくから灰を撒いて置けとDが言ひますので私しも灰を火鉢から素手で取って二回位座敷の私しの足跡に撒いて置きました此の時火鉢の中には手が入つて居りましたが其の手は私しが殺したKさんの手で邪魔になつたので憶へて居ります此の現場で足袋を履いて居ないのは私しだけで外の者は皆足袋を履いて居りました手袋は私しと、CとEの三人が掛けて居なかつたと思ひますBやEやCは婆さんの首を吊り上げてからは座敷から土間に降りて行き私しが次- 12 -の間に行つた時はDも座敷から炊事場の方に行つて居りました私しは婆さんを殺した首吊りの座敷に来た時に座敷の電気を灯して婆さんが気になるから見ましたら婆さんは「ぐんにやり」として鴨居に下つて居るので「死んだの」と思つて、電気は灯した儘炊事場に降りて行き走り場に行つて手を洗つて帰へろうと思つて見ると走り場に金盥の中に水が残つて居たので其の水で手を洗い走り場の側の四角の蓋の有る水タンクの中に金盥で水を汲もうとすると水タンクの中には柄が有つたので水を盥に取て手を洗つて水を一杯柄で飲んで居りますと誰れが言つたか覚えませんがBとDの二人が炊事の台の向い側に居て金は出てから分けよ―と言つて居りました私しは御前等は出へ俺が締めて置くからと言つてやりますとBとDは裏口からか表の出入口から出たか外に出て行きました私しは濡 に水が残つて居たので其の水で手を洗い走り場の側の四角の蓋の有る水タンクの中に金盥で水を汲もうとすると水タンクの中には柄が有つたので水を盥に取て手を洗つて水を一杯柄で飲んで居りますと誰れが言つたか覚えませんがBとDの二人が炊事の台の向い側に居て金は出てから分けよ―と言つて居りました私しは御前等は出へ俺が締めて置くからと言つてやりますとBとDは裏口からか表の出入口から出たか外に出て行きました私しは濡 Dの二人が炊事の台の向い側に居て金は出てから分けよ―と言つて居りました私しは御前等は出へ俺が締めて置くからと言つてやりますとBとDは裏口からか表の出入口から出たか外に出て行きました私しは濡れた手をズボンや首に巻いて居た「タオル」で拭いて母屋と部屋の中間の硝子障子を締めて元の様に捻込錠を掛けて置きました次に炊事場の北の出入口を板戸から締めて落し掛けも最初の通りにして其の後硝子障子を締めて側に置いて有つた竹の親指より少し大きいもので元の様に突張りをして置きました私しは最初に家に這入つた床の下から出ようと思つて台所に行きました座敷の状況を一寸見ましたが庖丁は婆さんを吊した下側に置いて有りましたが誰れが使つたか知りません薪割はKさんが死んで行つた頭の上に当る婆さんの吊し上げた間の襖の側に置いて有りました私しは階段の下の幅三尺高さ二尺の板の処から足の方から這入つて行き板は元の通りに締めて置いて床下から外に出て行き外の板は元の儘にこしらえて置いて山の岸沿いに北側の通路から表側の下駄の位置迄行きました- 13 -其の時附近には誰れも見当りませんでした私しはKの出入の道を下駄を提げてKの新宅の側を通つて海岸に出て行き下駄を履いて八海橋の方に上つて行きますとOさんと言ふ家の附近で外の者は見当りましたので其れに追付いて一緒になつて行きましたがBが小さい声で私しに後をヱー具合に締めて置いたかと尋ねましたので私しはヱー具合に仕舞つて置いたと話しをして八海橋に向けて出て行きました八海橋を渡つた頃に私しとBの二人が金を分けんにやいけまいと話して八海橋を渡つた処から右側の川土手の古い橋の跡から八海橋の真中位の処に行つて此処なら良かろうと言つて五人の者か立つてBが金を持つて居る者は出せと言ひますので、私しはポケツトの中から千円札を二 話して八海橋を渡つた処から右側の川土手の古い橋の跡から八海橋の真中位の処に行つて此処なら良かろうと言つて五人の者か立つてBが金を持つて居る者は出せと言ひますので、私しはポケツトの中から千円札を二枚と百円札を五、六枚の計二千五、六百円をBには渡さず、私しが直接Dに其の金は渡してやりましたので其の金はDかCやEに渡して居るので誰れが幾等になつたか知りませんBは本人が持つて居た金の内をDやCやEに分配して居りますが幾等づつ渡したものか私しでは分りません金の分配が済んでからBが此の事は口はさけても言うまいでよと言ひ出しました私し達四人の者も口を揃へて言うまいでよ気を付けようでよと注意し合つてからDが帰へらうと言うので二人が八海橋を渡つて帰へりかけましたが、私しはDに俺はjの方に出て見ようと言つてDと別れましたBやCやEは八海橋の処迄来て居りましたが別れ別れで解らなくなりました其の頃が午后十一時頃で有つた様に思ひます私しはDと別れて八海橋の堤の土手の処で三十分位、伏せ込んで人を殺した事が気になるので考へて居りましたがaの町に向つて行きP自動車屋に行き自動車を雇つて代金四百五十円を支払ひj町のkの処に止めて貰いました此の時P自動車屋の伯母さんに渡した金は百円札の新品が四枚に十円札の新品が五枚で有りました- 14 -私がjに着いてからはlの遊廊に行きQの知り合ひのRと言ふ女の処に行きました其の頃が午前一時頃で有つたと思います身代は千円で有りましたので二十一日の身代の借金が千円有つたので合計二千円になりましたが手持の金がありますので二十六日の朝迄の身代を二千三百円にして貰ひ仲居にチツプ代百円と総合計四千四百円を、千円札四枚と、百円札三枚と十円札十枚を仲居に渡しました二十四日の夜中から二十六日の朝迄の間に於て百円札や十円札の新 らはlの遊廊に行きQの知り合ひのRと言ふ女の処に行きました其の頃が午前一時頃で有つたと思います身代は千円で有りましたので二十一日の身代の借金が千円有つたので合計二千円になりましたが手持の金がありますので二十六日の朝迄の身代を二千三百円にして貰ひ仲居にチツプ代百円と総合計四千四百円を、千円札四枚と、百円札三枚と十円札十枚を仲居に渡しました二十四日の夜中から二十六日の朝迄の間に於て百円札や十円札の新 十六日の朝迄の身代を二千三百円にして貰ひ仲居にチツプ代百円と総合計四千四百円を、千円札四枚と、百円札三枚と十円札十枚を仲居に渡しました二十四日の夜中から二十六日の朝迄の間に於て百円札や十円札の新品と補助貨の全部を仲居やRを使いに町に出して酒や竹輪、寿司、莨、生菓子代やRに小使を百円程やつて合計して約千五、六百円費つて残りの金が千円札が一枚になりましたが其の金は現に提出中の金で有ります六、問、其の元は事件の現場で血を自分の持物以外の物で拭いた事が有るか答、夫れは婆さんを吊した側で私しの両手に血が着いて居りましたので附近の台の処で紙を取つて拭いて、台所の庭の方に放りなげて置きました七、問、其の許が手に血が着いたのは何時か答、私しが婆さんを寝間から次の間に引出す時に火鉢の附近で右手を畳に突いた時に血が着いて左手で拭つたので両手に血が着いたと思います八、問、其の許は今日迄病気をした事が有るか答、夫れは私しが光市の海軍工廠に居る頃で十七才の時肺浸潤をして二ケ月間位光の海軍病院で冶療した事が有ります外別に病気は致しません九、問、其の許は外にも斯様な事をしては居ないか答、今度初めて一緒で人を殺したので有りますが盗人なら致して居りますので今から其の事に就いて申し立てます十、1、夫れは昨年四月の初頃で有りました日は憶へて居りませんが私しとBの二人で光市のmと言ふ所に兄のSが商売をして居る頃に知り合ひに遊びに行き其の帰へりnからc村へ帰る途中c村の字oの歯- 15 -医者のTと言ふ宅に来た頃に私しがTの内には此の間米を取られたと言ふ事だから米が確か有るだろうから今夜盗みに行つて見ると言ひました処がBは金もなく私しも金がないのでBはそれなら行つて来いと言つて居りました私しは相談をして二人でBの宅迄遊びに行き午后十時過ぎ迄遊んで から米が確か有るだろうから今夜盗みに行つて見ると言ひました処がBは金もなく私しも金がないのでBはそれなら行つて来いと言つて居りました私しは相談をして二人でBの宅迄遊びに行き午后十時過ぎ迄遊んで居りましたが叮度其の頃にBが母親に遠慮して小さい声で私しに今から例の米を取りに行つて来いと言いBは二人いけばUが一緒に家を出るとおふくろがどんなにか思ふから一人で行つて来いと言ふので私一人でc村のo部落のT医者の家に行きました家の人は寝て居て午后十一時頃で有りましたTの納屋の裏に廻つて納屋に這入る処を探して見ると牛小屋の土壁が破れかけて居たのが見当りました私しが這入られる位に素手にて破つて納屋の中に入つて一間位の押込に錠がなかつたので夫れを開けて見ると中には米俵が十俵位有つたので盗んでやらうと附近を探すと「叺と竹さし」が、見当つたので玄米を叺の中に入れ二叺にして一俵分(四斗)を盗んで置き納屋の前側の板戸の「落し掛け」の錠を内から外して、玄米二叺を二回に亘つて前の山の中に隠して置き其の儘逃げて再びB方に行つて盗んで置いた事をBに話しやり其の晩はB方に泊つて居ります此の米は売つて現金にする事になつて居たので翌朝十時頃に知り合ひa町pのqのVさんと言ふ年令五十年位の宅に行つて、玄米を若い者が売つて呉れと頼まれて居るが買つて呉れぬかと話して見ますとVさんは値段を問ひますので値段は一升当り八十円の割にて四斗を売る事に決めました其の晩方六時頃に私しはBを連れて前日盗んで隠して置いた玄米二叺の処に連れて行き玄米二叺を二人で一叺宛持つてc村字rの御宮の下の田の側に運んで置き其処にBを張番さして私しは午後七時頃に其処から五丁位隔るa町のqのVさんの処に行き今から米を持つて来るからと言つて自転車を借つて待つて居るBの処に行き叺入り玄米四斗を自転車に積 Vさんは値段を問ひますので値段は一升当り八十円の割にて四斗を売る事に決めました其の晩方六時頃に私しはBを連れて前日盗んで隠して置いた玄米二叺の処に連れて行き玄米二叺を二人で一叺宛持つてc村字rの御宮の下の田の側に運んで置き其処にBを張番さして私しは午後七時頃に其処から五丁位隔るa町のqのVさんの処に行き今から米を持つて来るからと言つて自転車を借つて待つて居るBの処に行き叺入り玄米四斗を自転車に積 田の側に運んで置き其処にBを張番さして私しは午後七時頃に其処から五丁位隔るa町のqのVさんの処に行き今から米を持つて来るからと言つて自転車を借つて待つて居るBの処に行き叺入り玄米四斗を自転車に積んでBと二人でVの内に持つて行きました- 16 -私しはVの内には一人が叺入りの玄米を持つて行きますとVの主人とおばさんも子供二人も居りましたが代金参千三百円を貰ひました此の玄米はVの主人とおばさんが量つて見られての計算で有りましたので金参千三百円になつたので有ります此の代金を受取つてからBに金干円をやり残りはBと二人で其の晩j町に行き遊興費に費つて仕舞ひました2.昨年三月下旬頃にも小使銭に困つて私しの小さい時に隣り合はせで知り合ひのa町字sのW商Xの内に午後十一時過ぎに、金でも有れば盗でやらうと思つて、私しが一人でXの裏に行き横の引戸に掛金がなかつたので其処から家の中に這入り土間に行き左側に下駄箱が有つたので夫れを開けて見ると中に男物チヨコレート靴一足女物黒中ヒール靴一足女物チヨコレート靴一足女物チヨコレートサンザル靴一足皮草履一足フエレト草履二足が見当つたので其の附近に竹に掛けて有つた風呂敷に包んで全部盗んで置き、其の土間の奥に行き台所の物置場に壷が有りましたので蓋を開けて見ると白米が一斗位有りましたので風呂敷と同様に竹に掛けて有つた米袋の白いものを取つて壷の白米を舛で音がしない様三升か四升位を盗んで這いつた処から逃げてB方に逃げて行きました3.其の後も小使銭に困つてからBが何処かで盗んでこいと言うので昨年五月中頃で有りました午後十一時頃で有つたと思ひますc しない様三升か四升位を盗んで這いつた処から逃げてB方に逃げて行きました3.其の後も小使銭に困つてからBが何処かで盗んでこいと言うので昨年五月中頃で有りました午後十一時頃で有つたと思ひますc村字rの農業をして居るYと云う家に入つて金でも有ればと思つて裏手の硝子- 17 -障子の処から家の様子を見ると電気が灯れて壁に洋服が掛けで有つたのが見当りましたので裏の山の方から紙障子を引いて見ると内側に竹の詰がして有つたので障子の紙を破つて詰を外して其処から其の服の掛けて有る間に入るとおぢいさんが一人で良く寝て居たので壁に掛けて有つた黒背広服上、下一着縞柄のズボン一枚を盗んで脇に抱いてd部落の稲荷様の附近の草の中に隠して置き翌日Bと二人でj町t町の質屋の氏名不詳の宅に持つて行き入質し金六百円を借受けて居りますが其の質札はBが持つて居たので其の後はどの様になつたか知りません4.其の後遊興費に困つたので本年一月十五日の日にc村字e部落のeと言う家の娘の処に私しとBとCとE、Dの五人の者が遊びに行き午後十時頃に私し一人がe方を出て行き附近をブラブラして居るとc村の農業協同組合の処迄行つた時組合の前の出入口の処に二十八吋の自転車に手提鞄の布製のものがハンドルに掛けて有るのが見当りましたので盗んで逃げてやらうと思つて附近を見たが誰も人影もないので其の儘盗んで外の者が遊んで居るeの方にBを連れに行きました其の途中自転車につて居た手提鞄を開けて見たら其の中に万年筆が一本有つて外は書物だつたので万年筆は私しが取つてe方附近の田の中に放つてe方に居るBを呼出して万年筆一本はBに此盗んだ話しをして無償でやり盗んだ自転車に二人乗りして午後十一時頃はa町u町のC方に立寄つてBの自転車にBが乗つて二人でj町l遊廊に行きZと言ふ内の女と 誰も人影もないので其の儘盗んで外の者が遊んで居るeの方にBを連れに行きました其の途中自転車につて居た手提鞄を開けて見たら其の中に万年筆が一本有つて外は書物だつたので万年筆は私しが取つてe方附近の田の中に放つてe方に居るBを呼出して万年筆一本はBに此盗んだ話しをして無償でやり盗んだ自転車に二人乗りして午後十一時頃はa町u町のC方に立寄つてBの自転車にBが乗つて二人でj町l遊廊に行きZと言ふ内の女と つてe方に居るBを呼出して万年筆一本はBに此盗んだ話しをして無償でやり盗んだ自転車に二人乗りして午後十一時頃はa町u町のC方に立寄つてBの自転車にBが乗つて二人でj町l遊廊に行きZと言ふ内の女と遊んでBが身代七百円の代りに置いて今日に至つて居ります十一、問、盗んだ先と親族の関係は如何答、親族の関係は全く有りません十二、問、本件に関して利益の申立はなきや答、別に有ません- 18 -供述人 A右の通り録取して読聞かせた処誤りのない事を申し立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Aa第六回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a町b住居山口県熊毛郡c村字d職業経木製造A昭和三年三月二十九日生満二十二年右の者に対する強盗殺人被害事件につき昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の通り供述した。一、私しは今日取調べの方から私しの兄がKの内に行つて位牌に対して私しが殺した事をあやまつて居た事を聞いて悪い事をした事が気になり兄達にすまないと思いますが一緒になつてやつたBやEやDやCがほんとうの話しをするとどんなひどい目に合はかも知れず恐ろしいのでほんとの事は言はなかつたので有りますが、言はずに居ると皆んなが私しに罪を振りかけて知らぬ振りを致しますので兄や親が心配して可愛想ですから、ほんとうの事を話し なひどい目に合はかも知れず恐ろしいのでほんとの事は言はなかつたので有りますが、言はずに居ると皆んなが私しに罪を振りかけて知らぬ振りを致しますので兄や親が心配して可愛想ですから、ほんとうの事を話します二、此の度Kの事件を一緒にやつたのは前回申した通りで五人で有りますが、此の事件を起す前に今年の一月十五日の日の午後七時過ぎ頃で有りました私し達五人の者はB方からc村字vのAbと言う娘の処に遊びに行く途中でaからcへ行く八海- 19 -橋を渡つた頃にBが歩く歩く「エートコ」があつたら金を取りに行こうと言ひましたするとCが八海橋の側に有るAcの家を指してこれに行かうか―と言つて居りましたDはAcはつまらんと言ひ私しは人数が多いし犬も居るから這入ればほえるからだめだと言つてやりました処がBはそれではつまらんと言つて居りました其の頃から五人の者は何処かで事件を起そうと言ふ事になつて居りましたか、事件をやる家が決らなかつたので有ります其の後今年の一月十八日の日にも午後八時頃にBの内に遊びに行き其の晩泊つて居りますと翌朝七時頃にBの知り合ひのAdとa町のpのAeの二人がやつて来ました此の日はa町のwのAeが居たのでBと私しはAdの三人でBzの内に遊びに行き其処に見付けた事のないAhと言ふ人が居たので五人で四方八方話しをして居りましたが午後一時頃になつてEが遊びに来ました其の内に午後三時頃にBの婆さんがBzにやつて来てDとCが来て居るから帰つて来いと言つて呼びに来ました其処でBはAdとAhを連れてa町のAgに行つて居るから一寸と呼びに行つて来いと私しとEに言ひますので私しはEと二人でBの内に待つて居たDとCを呼びに行き四人でM旅館に行きBが居る二階の表側から三室目に行きました其の頃が午後五時半頃で有りました集まつて居た ましたが午後一時頃になつてEが遊びに来ました其の内に午後三時頃にBの婆さんがBzにやつて来てDとCが来て居るから帰つて来いと言つて呼びに来ました其処でBはAdとAhを連れてa町のAgに行つて居るから一寸と呼びに行つて来いと私しとEに言ひますので私しはEと二人でBの内に待つて居たDとCを呼びに行き四人でM旅館に行きBが居る二階の表側から三室目に行きました其の頃が午後五時半頃で有りました集まつて居た に行つて来いと私しとEに言ひますので私しはEと二人でBの内に待つて居たDとCを呼びに行き四人でM旅館に行きBが居る二階の表側から三室目に行きました其の頃が午後五時半頃で有りました集まつて居た者は私し達五人とAdとAhの七人で有りましたが、三十分位話しをして居りました処Bが今日は「おごる」から飲うではないかと言つて最初金を百円出して、私しに「天ぷら」を前の店(Ai商店)で買つて来いと言うので酒の肴- 20 -と思つて「天ぷら」を買つて帰へりました処、今度は焼酎を買つて来いと言つてBが現金を三百三十円出しましたので私しが町のAj酒場に焼酒一升を買つて帰へりました其の後でBが莨を買つて来いと言つて百円出してピース二個を買へと言つて私しに呉れましたのでMの前のAkに行つて見ますとピースがなかつたので光一個と新生二個を買つて二十円の釣銭でAi商店で飴を買つて帰へりました午後六時頃から其の間で七人の者が焼酎を飲み初めて午後七時頃迄飲んだら焼酎はなくなりました其の間にも私しはBの使いで二回に亘つて飴を五十円とリンゴを百円をAi商店から買つて帰へつて居ります焼酎を飲み終つた後の事で有りますが、皆の者が其の間から前の間に出て行き出たり入つたり女の処にして居る時で有りましたBが金がないからエー処があつたらやるか―と言ひ出すと私しも外の者もほんならやるか―と返事をしましたBはdのAlはどうぢやろうか―と言ふので、私しはあれはおつさんが太い人だし犬も居るからだめだ―と話しました話しは一寸とぎれましたが、Bが再びdの下のAmはぞうかと尋ねますので、私しはあれは人数が多いから、それよりN屋はぞうぢやろうかと口を出しました続いて私しがKなら年老りが二人居るから逃げるにしても見安いからと言ひましたBも外の者もそれならそれにするか― すので、私しはあれは人数が多いから、それよりN屋はぞうぢやろうかと口を出しました続いて私しがKなら年老りが二人居るから逃げるにしても見安いからと言ひましたBも外の者もそれならそれにするか―と一様話しが決りましたが日取りは決めて居りませんでした其の内にc村からeの娘と他に二人の三人がやつて来て女の話しでごたごたするので私しは自分の内に帰へりました、其の頃が午後八時半頃で内に帰へつた時間は- 21 -午後十時頃て有りました其の後本年一月二十二日の日には午後六時頃に私しの内にDがやつて来てAは居るか―と言うて兄と話して居りましたが私しが便所に居たので側に来て、Bが今晩来いといや―今夜はBは居だろうと言つて帰へつて行きました私しは気に向かなかつたので其の晩はBの内に行かず寝て仕舞ひました其の翌日二十三日の晩午後七時半頃に私しはBの内に遊びに行きました処B方にはEやCやDが来て居て五人になりました当時Bの母親も同じ間で居りましたがBが小さい声で私し等に此の間の話しを明日の晩やろうか―と言うので他の者はそうしようか―と言つて居たので私しは九時半か十時頃なら良かろうではないかと話したら外の者はそれなら其の頃に八海橋の方に出て行かうと話しを決めたので有ります其の後でBが家の者に知れぬ様に出て来い、知られたら口を合はせて置けと言つて居りました其の後で仕事の話しや世間話が出て話して居りましたが、私しは三〇分位経つた午後八時頃に自分の内に帰つて休みました三、私しは二十四日の日になつては前回申した様にB方に行つて見ると誰も居ないので約束の時間に早いと思つてBを出て行きd部落をブラブラと歩いて廻つて居りましたが、おゝ方良い時間頃と思つて八海橋を渡つて行きますとa寄の橋の上でBとEとCに出合ひました四人になりましたが、Dが来な 言つて居りました其の後で仕事の話しや世間話が出て話して居りましたが、私しは三〇分位経つた午後八時頃に自分の内に帰つて休みました三、私しは二十四日の日になつては前回申した様にB方に行つて見ると誰も居ないので約束の時間に早いと思つてBを出て行きd部落をブラブラと歩いて廻つて居りましたが、おゝ方良い時間頃と思つて八海橋を渡つて行きますとa寄の橋の上でBとEとCに出合ひました四人になりましたが、Dが来な 束の時間に早いと思つてBを出て行きd部落をブラブラと歩いて廻つて居りましたが、おゝ方良い時間頃と思つて八海橋を渡つて行きますとa寄の橋の上でBとEとCに出合ひました四人になりましたが、Dが来ないのでポツポツ歩いて行きようと言う事になりましたが、其の内にDが私達がdに向いて橋を渡つた頃にやつて来ました其の頃が考へて見れば午後九時半頃で有つたかと思います五人の者が揃つたので私しは俺が先に這つて開けてやるから御前等ははいて来いよ―と言うとBがそれなら御前先に這入れと言つて居りました- 22 -五人の者はiに下つて行き出しますとBがDにこんなが(私しの事)開けてやると言うCがロープを探すEちゃん(Eの事)が人が来たら口笛を吹く吹いたら山の方に逃げる其の時は一人一人逃げる、Dは婆さんを叩いて首を締めるBは、俺が薪割りを探すと言ひ中に這入つたら入口を開けて置いて其処から逃げよ―と皆んなと話す話すゆつくり歩いてKの方に行つて居りましたが八海橋から自動尊様の処の中間位に歩いた頃にBが又皆んなに家の中に這入つたら、ぢいさんはこんなに先に叩かせる(私しの事)そしておらが叩き其の後がD其の次ぎがE次ぎはCの順で一人が一回づつ殴らう、婆さんは叩かずに首を締めよ―と言つて其の後で夫婦喧嘩の様に見せかけようではないかと言ひ出しました皆んなはそれもよかろうと返答をして居りました其の後でBは一寸俺も聞いたのだが、身に血が着いたら石油かアルコールかオキシフルで拭けば落ちるけなと言つたのでそんならDが成る可くなら血を着けぬ様にせようでよと話しました此の時Kのぢいさんと婆さんを殺すと言う事が決まつたので有ります四、私し達五人の者は前回申した様に別れ別れでKの部屋の北側の山の側に行きました私しが其処に行つた時は外の三人の者は来て居りませんでした私しは ぢいさんと婆さんを殺すと言う事が決まつたので有ります四、私し達五人の者は前回申した様に別れ別れでKの部屋の北側の山の側に行きました私しが其処に行つた時は外の三人の者は来て居りませんでした私しは一人でKの家の中の状況や家の中に簡単に這る処を探して最初に裏手の山岸沿いに裏に行き這る処も見当らないので南側を廻つて表側の壁の外の畠の中を通つてKの出入道の横に風呂の有る処の側に履いて居た下駄を脱で置き素足になつて表の母屋と部屋の中間の硝子戸の処に行き柱の側のコンクリートの上に当時持つて居たOから貰らつた四合瓶入りの残りの焼酎を置いて其の出入口の障子を引張りましたが開かないので止めて裏手に廻る事に致しましたが大便が出たくなり以前からBから盗人に這る時には大便をしたら満が良いと教へて貰つて居るので部屋の前の風呂場の横の便所の前の暗い処に大便を致しました其の時Bが部屋の横の中連の処で硝子障子をかたがた動がして居りました- 23 -私しは表側の前を通つて裏手に行き板戸が締めて有る処に下側に板が壁に着けて有りましたので其の板を手ではぐりますと見安く外れましたので良く電池を灯して見ると私しが中に這れる位の穴で有つたので直ぐ床の下に這入つて行き私しは五、六年前にKの内には遊んで居た事も有るので家の中の状態が判るので床下に入つてからは台所の方向に這入つて行き階段の下の三尺幅に二尺高さの板が有つたので其れを外して台所の庭に出て行きました家の中は電燈の光は見当りませんでした私しは台所から炊事場に行く処に板戸が締めて釘が止めて有つたので其れを開けて炊事場に行きました附近を見るとかどの棚の上に瓶類が見えました炊事場の中程には台が見当り夫れを一周りして見ると台には引出が見当りましたので、其の中に何か良い物はないかと思つて抜いて見たが中には庖丁が十本位有つ 行き階段の下の三尺幅に二尺高さの板が有つたので其れを外して台所の庭に出て行きました家の中は電燈の光は見当りませんでした私しは台所から炊事場に行く処に板戸が締めて釘が止めて有つたので其れを開けて炊事場に行きました附近を見るとかどの棚の上に瓶類が見えました炊事場の中程には台が見当り夫れを一周りして見ると台には引出が見当りましたので、其の中に何か良い物はないかと思つて抜いて見たが中には庖丁が十本位有つ きました附近を見るとかどの棚の上に瓶類が見えました炊事場の中程には台が見当り夫れを一周りして見ると台には引出が見当りましたので、其の中に何か良い物はないかと思つて抜いて見たが中には庖丁が十本位有つたと思います別に其処では良い物も見当らないので外に居る者に戸を開けてやると言つたので最初に母屋と部屋の中間の硝子戸を捻込錠を外して一尺位開けて先に私しが置いて居た焼酎が四合瓶に残つて居たものを手に取つて障子は開けた儘放つて置きました私しは残りの焼酎の容れ物が大きいので炊事場のすみの瓶棚に沢山瓶が有つた中からサイダー瓶を取つて瓶をやり替へようと思つて其の時に持つて居た棒電池を口にくわえて焼酎の入替をしました、私しが最初持つて居た四合瓶はサイダー瓶の置いて有つた所へ替へて置きました私しは其のサイダー瓶の焼酎をラツパで飲んでから炊事場の北側に出入口が有る事も知つで居たのて焼酎入りのサイダー瓶を持つて北の出入口に行きました出入口は硝子戸に柱との間に「つかせ」がして有りましたので夫れを除けて障子を開き外側の板戸には上側に敷居と「落し掛け」がして有りましたので夫れを外して板戸を開きました其の時を見ると二、三人の者は月の明りで見えませたので、私しが持つて居たサ- 24 -イダ―瓶の焼酎を此処に置くと言つて右側の柱の側に置いておきました私しは炊事場から電池を消して台所の板の間を通つて畳の間に「ゆつくり」と上つて行きました家の者が寝て居れば箪笥の中に金が有るに違いないと思つて奥の座敷の方に近寄りますと家の者は目を覚して居るらしく布団が動く様な気が致しますので私しは炊事場の処迄引返しました其の時Bが炊事場に来て居りました何処からBは家に這入つたか解りませんが出合つた時Bは庖丁は有るかと尋ねましたので庖丁は此処に有ると小さい声で先に見付け しますので私しは炊事場の処迄引返しました其の時Bが炊事場に来て居りました何処からBは家に這入つたか解りませんが出合つた時Bは庖丁は有るかと尋ねましたので庖丁は此処に有ると小さい声で先に見付けて居た台の引出の処に私しが行つて出刃庖丁一挺程持つて台所の板座敷の処に行つた時にBはこれを持つて行けと言つて小さい声で薪割を私しに呉れました私しは薪割で先に話し合はせた様にたけつたら殺してやらうと思つて其れを受け取り庖丁は板座敷に置いて再び家の人が寝て居る次の間に行き襖の処で左側の襖を「ゆつくり」開けて居りますと中から誰れが言つたか解りませんが、誰れが言つたか解りませんが誰れかと言ひました一寸見合はせて私しは襖を開けたので中を見たら寝間には小さい電燈が灯れて居りました処がBが側に来て居たので小さい声でおらにかせと言つて薪割をBが取つてKさんを薪割で殴り付けました回数は一回で有りましたがKさんは「うーン」と言つて居ました其の時に婆さんが南側で布団から起き上つて「やあんー」と言つて布団の中に頭を突き込ましたので私しは前持つて話し合はせた通りに婆さんの処に行き婆さんの口を両手で押へて居りましたが直く片手にして片手は婆さんの喉笛の処を押へて居りました処にBが薪割を置いて私しの処に来て首を締める手伝ひをやりました其の時にはDはKさんの処に来て薪割で一回程殴り付けて居るの見て居ります私しはBが婆さんの処に来たので直ぐKさんの処に行き側に置いて有つた薪割で一回程Kさんの顔の辺を殴り付けました- 25 -其の時にEが私しの附近に来て居りましたが私しが薪割を置いて箪笥に金を取りに行く時にEが薪割でKさんを一回位殴り付けて居りました私しが箪笥の処に行き金を探した状況は前回申した通りで有りますが、其処にBが首を締めるのをDと代つて箪笥の処に来て手袋 で一回程殴り付けて居るの見て居ります私しはBが婆さんの処に来たので直ぐKさんの処に行き側に置いて有つた薪割で一回程Kさんの顔の辺を殴り付けました- 25 -其の時にEが私しの附近に来て居りましたが私しが薪割を置いて箪笥に金を取りに行く時にEが薪割でKさんを一回位殴り付けて居りました私しが箪笥の処に行き金を探した状況は前回申した通りで有りますが、其処にBが首を締めるのをDと代つて箪笥の処に来て手袋 を置いて箪笥に金を取りに行く時にEが薪割でKさんを一回位殴り付けて居りました私しが箪笥の処に行き金を探した状況は前回申した通りで有りますが、其処にBが首を締めるのをDと代つて箪笥の処に来て手袋の儘大きな引出を探して居りましたがBは着物の間が何処か判りませんが引出しの中から金を取り出しましたが幾等の金が有つたか知りません私しは今考へて見れば千円札が八枚と百円札が二十枚位と十円札が五十枚位と五円、一円取り合はせ百円余りとなつて居たと思います私しが盗んだ引出や扉は元の儘に錠を締めて置き後を振り向いた時にはEが次の間で鴨居に黒い紐を取り付けて居りました其の頃Bも金を取のが済んで居たのでBが金は畳の下にあろう探して見いと言うので私しが北側の襖の方に行き箪笥の方にDが行つてKさんの寝て居る下側の畳をはぐつて見ましたが、金も何も有りませんでした、夫れが済んだので私しとBの二人がぐにやつとした婆さんを一人が片手宛持つて次の間の座敷に引ずり出しました其の時はDは奥の間で畳が布団かをなおして居りました次の間に行つた時にEが黒い紐にこれにぶらさげーと言ふので其の時にDが其処に来て四人で婆さんを差上げて首をくゝりましたが夫れが切れて仕舞いました其の内にCがロープを台所の方から持つて来て婆さんの首の前からロープを後に廻して一回程締めて私しとCの二人が婆さんの腰の方を持つて差上げてやり、BとDとEが鴨居と首の中間をくゝり手を離して見たら落ちないので私しは最初の間に行きDが座敷に灰を撒けと言うのでKさんの処の丸い火鉢の灰を片手で四、五回座- 26 -敷に撒いて置きました此の時Kさんは死んで居て火鉢の中に手を入れて居たので邪魔になつたので今でも覚えて居ります婆さんの首吊りの仕事が済んでからBが夫婦喧嘩をした様に見せかけ 五回座- 26 -敷に撒いて置きました此の時Kさんは死んで居て火鉢の中に手を入れて居たので邪魔になつたので今でも覚えて居ります婆さんの首吊りの仕事が済んでからBが夫婦喧嘩をした様に見せかける様に婆さんの手や足に血を着けると言ひますので私しは其の間の電燈を灯してやりました処がBがKさんの死んで居る処の血を紙に着けると言て其の間の台の附近の紙一枚を取つて枕元の血を其の紙につけて吊した婆さんの両手の掌に血を塗り付けて続いて両足か片足か覚へて居りませんが足の腹にも塗り付けて居りました其の後で再び枕元に行き紙に血をつけて吊したロープに塗り付け首の附近にも塗つて居りました二回目には婆さんの両手についた血で最初にKさんの枕元に有つた薪割を私しがBに渡してからBは薪割を婆さんの両手に握らして血の跡をつけて下にはつたり落して手袋で端の方を握つて襖の側に置いて次に私しか持つて居た出刃庖丁が板座敷に有つたものをEが持つて来てこれもついでにやつておけと言つてBに渡しましたBは其の庖丁を婆さんの右手に握らして婆さんの首の真下に落して其の儘で有りました薪割や庖丁は婆さんが主人と喧嘩して使つた様に見せかけたので有りますあの薪割や庖丁には婆さんの指紋が出ると思います此の時現場に足袋や手袋を掛けて居たのは足袋は私しの外、全員が履いて居り手袋はBとDと二人が掛けて居たと思つて居ります夫婦の者は殺して金も盗んだので皆なは座敷から降りて行きました私しは最後に婆さんを吊した台の上の新聞紙の屑を取つてKさんの枕元の血をつけて私しが最初庖丁を出した引出しに持つて行き血を庖丁に着けて置きました其れは婆さんが喧嘩をして庖丁を取りに行つた様に見せかけて置き、其の新聞紙の屑は私しのポケツトの中に仕舞つて置いて炊事場に於て前回申した様に手を洗い- 27 - とDと二人が掛けて居たと思つて居ります夫婦の者は殺して金も盗んだので皆なは座敷から降りて行きました私しは最後に婆さんを吊した台の上の新聞紙の屑を取つてKさんの枕元の血をつけて私しが最初庖丁を出した引出しに持つて行き血を庖丁に着けて置きました其れは婆さんが喧嘩をして庖丁を取りに行つた様に見せかけて置き、其の新聞紙の屑は私しのポケツトの中に仕舞つて置いて炊事場に於て前回申した様に手を洗い- 27 - て行き血を庖丁に着けて置きました其れは婆さんが喧嘩をして庖丁を取りに行つた様に見せかけて置き、其の新聞紙の屑は私しのポケツトの中に仕舞つて置いて炊事場に於て前回申した様に手を洗い- 27 -水を飲んで居る時CEは外に出て居ませんでしたBかDのどちらが言つたか覚えませんが、金は出てから分けよーと言つて居りました私しは御前等は出て居れ俺が締めるからと言うとBDは北側の出入口から外に出て行きました私しは濡れた手をズボンや首に巻いて居たタオル等で拭いて母屋と部屋の中間の硝子戸を締めて元の様に捻込錠を掛けて次に炊事場の北の出入口の板戸を締め元の様に錠をして硝子戸を締めて側に有つた竹の親指より大きい竹で元の様に突張りをして置きました私しは最初に家に這入つた床の下から出ようと思つて台所に行き階段の下の板の処から床下に足から這つて板を元の様にこしらへて置いて山手の裏に出て行き其処で板を元の様につくらつて置いて北側に出て表面に行き下駄の置いた処で下駄を提げて直ぐ前のKの新宅を出た処の海岸の道に出た処で下駄を履いて八海橋の方に上つて行きますとAnの家の附近に他の者が見当りましたので其れに追付いて一緒になりましたBが足袋と手袋は海に捨てゝ置かうで―と言つたのて外の者は「オー」と返事をして居りました続いてBは帰へる帰へる部屋の裹に子供の様な足の跡をこしらへたと言つて居りました外の者はどの様にして拵へたか尋ねて見たらつま先の跡を先につけて其の附近に踵の足跡を拵へたから足の寸が子供の様な足を造つて置いたと話して居りました帰へる途中で其の後で此の事は警察に行くとあれが言うたこれが言うたと山を掛けるから言うなよーと外の者に話す々々八海橋の方に上つて行きました、其の頃はもう八海橋の附近で有りました八海橋の上に行つた時に誰れが言つたか覚え の事は警察に行くとあれが言うたこれが言うたと山を掛けるから言うなよーと外の者に話す々々八海橋の方に上つて行きました、其の頃はもう八海橋の附近で有りました八海橋の上に行つた時に誰れが言つたか覚えませんが持つて居た手袋や足袋を海- 28 -の中に落しましたので私しも血の着いた新聞紙の屑をポケツトから出して海の中に落しました其の時海の汐の状況は見て居りませんが落した事は間違ひ有りません八海橋を渡つた頃に誰れかがあつちに行かうと言つて八海橋の右側に折れて一寸と行つた頃に歩く歩くBが此の事は警察に行つても叩かれたら口か合はない様に言うそして裁判所へ行つたら帳ボが合はぬから今頃は証拠がなければ良いのだから一応は警察に行つて叩かれるからやつたと言うたけど実際はやつて居りせんと言うてやろうや―御前も言うて置けよと言ひますので私しはそお言おうと言つて居りましたBは補償金も取れるのではないか知らんと言つて居りましたが、誰れか其れは取れる取れると話して居りました事件を言うた者は責任を持つて一人やつたようにする、それがやくだのシンギだとDが言つて居りましたBは警察では絶対口を合はぬ様にせよ現場に連れて行かれて「カツコー」をやらせられたら知らぬ振りして「トボケ」ておろう、公判では皆んながAをやりこめてやろう、そしたらAは何も言はんから俺等は罪がのがれると言つて、私しを恐らかして居りました其の内に八海橋から旧橋の中程に行つた頃に、Bが此の辺で金を分けんにやいけまあ、こゝでよかろうはと言つて立止つて其の場で、金を持つて居る者は出せと言いますので私しはC、E、Dに金千円を渡して合計三千円を出したので有りますBは私しは何ぼう持つて居るかと問いますので二、三千円位しかないと言うとBはそれなら良いと言つてBが持つて居る金を出して、一人が三千宛なら良かろうと 言つて、私しを恐らかして居りました其の内に八海橋から旧橋の中程に行つた頃に、Bが此の辺で金を分けんにやいけまあ、こゝでよかろうはと言つて立止つて其の場で、金を持つて居る者は出せと言いますので私しはC、E、Dに金千円を渡して合計三千円を出したので有りますBは私しは何ぼう持つて居るかと問いますので二、三千円位しかないと言うとBはそれなら良いと言つてBが持つて居る金を出して、一人が三千宛なら良かろうと Dに金千円を渡して合計三千円を出したので有りますBは私しは何ぼう持つて居るかと問いますので二、三千円位しかないと言うとBはそれなら良いと言つてBが持つて居る金を出して、一人が三千宛なら良かろうと言つて、C、D、Eに渡して居りますが、私しの渡した金と一緒で参千円になるのかBが三千円出して渡したのか知りません金の分配が済んでからBが此の事は口が裂けても言うまいと言ふと外の者は御互に気をつけよーデーと言つた後でBが警察で調べられた時は這入り口が簡単に開いたのでつうと這入つて行つて座敷に行つて襖を開けたら誰れかとたけられて逃げよ- 29 -うと思つたら上り口の処に薪割が有つたので夢中になつてぢいさんを殴つた処婆さんが強盗ぢやと言つたので口を押へに行つて押へて居たので死んだので其の内に金を取つたと私しが第一回目に申し立てた事を教へて呉れましたが色々と良い具合に嘘を話せと言つて居りました其の時刻は十一時半前頃と思つて居ります其の後の状況に就いては前回申し立と同様で有りまして結局私しがKで盗んだ金は壱万五百五十円位になります供述人 A右の通り録取して読聞せた処誤りのない事を申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Aa公判調書被告人 A右に対する強盗殺人、窃盗被告事件について昭和二十八年七月二十二日広島高等裁判所第一部公判の法廷において裁判長判事伏見正保判事尾坂貞治判事小竹 いて裁判長判事伏見正保判事尾坂貞治判事小竹正裁判所書記官補平岡正行列席し検事渡辺礼之助出席して公判を開いた弁護人田坂戒三出席被告人は出頭した。裁判長は- 30 -被告人に対し問、現在の気持は答、皆さんに手数をかけたことを申訳けないと思つて居ります。問、健康状態はどうか答、別に異状はありません問、昭和二十六年一月二十四日の夜山口県熊毛郡c村字dK方押入り同人とその妻Aoの両名を殺して金を奪つたことは間違ひないか答、其の通り間違いありません問、一人で行つたのかそれとも誰か連れがあつたとすれば何人で行つたのか答、B、D、E、C及び私の五人で行きました。 30 -被告人に対し問、現在の気持は答、皆さんに手数をかけたことを申訳けないと思つて居ります。問、健康状態はどうか答、別に異状はありません問、昭和二十六年一月二十四日の夜山口県熊毛郡c村字dK方押入り同人とその妻Aoの両名を殺して金を奪つたことは間違ひないか答、其の通り間違いありません問、一人で行つたのかそれとも誰か連れがあつたとすれば何人で行つたのか答、B、D、E、C及び私の五人で行きました。問、被告人か逮捕されて警察で取調を受ける際最初のうちは否認したかそれとも認めたか答、初めは黙つていて何も云わなかつたのですが、次には色々考えた結果悪いことをしたのだから白状すれはよいと思つて私が一人でやつたと云つたのであります。問、警察で取調べられた際私がやつたのではありませんと云つたことはないか答、其の様に申したかも知れませんがよく憶えません。問、警察で自分が一人でやつたと云ひ乍ら其の後の取調べでAqを加えた六人でやつたと云つているがそれは如何なるわけか答、それは悪いことをして帰る途中川原のところで色々話合ひましたが其の時「捕まつたら実際やつていないものも加えて置こう」という話がありましたので私だけが本当のことを云えば自分の顔が立たぬので其の様に申上げたのであります。問、あくまで一人でやつたとは云ひ張れなかつたのか答、一人でやつたと云つ ものも加えて置こう」という話がありましたので私だけが本当のことを云えば自分の顔が立たぬので其の様に申上げたのであります。問、あくまで一人でやつたとは云ひ張れなかつたのか答、一人でやつたと云つても辻褄の合わぬ点があつてそれは出来ませんでした。問、どの様な点で辻褄が合わないのか- 31 -答、例えば下から括つたのかと問われたのに対し下から括りましたと答えたのですが其の後又同じことを尋ねられた時は前に下から括つたと答えたことを忘れていて其の時は上から括りましたと答えたのでありまして一事が万事其の様に辻褄が合わぬことばかりでありますから一人でやつたものであるとは云ひ切れなかつたのです。問、一人でやつたと云つても警察で他に共犯者が居るのだろうとせめられた様なことはなかつたか答、其の様なことはありませんでした問、Aqの名前を出したのは前述の川原の話に従つて被告人が自ら云ひ出したことか答、左様であります警察から名前を云われたことはありません問、被告人に対する検事の第五回供述調書によると其の時警察の方がAqも悪いことをしたのではないかと聞かれるのでそんなことはないと思うが或は私の考え違いでそんな事があつたかも知れんと申しました。 居るのだろうとせめられた様なことはなかつたか答、其の様なことはありませんでした問、Aqの名前を出したのは前述の川原の話に従つて被告人が自ら云ひ出したことか答、左様であります警察から名前を云われたことはありません問、被告人に対する検事の第五回供述調書によると其の時警察の方がAqも悪いことをしたのではないかと聞かれるのでそんなことはないと思うが或は私の考え違いでそんな事があつたかも知れんと申しました。と述べている様であるが其の様なことがあつたか答、当時其の様に申上げているとすれば或は其の様に云つたかも知れません。問、其の後Aqを外して五人でやつたと云う様になつたのは何故か答、実際にやつていない者の名前を云つても刑事さんは聴入れてくれませんので色々考えた結果いくらうそを云つても刑事さんの方では判るのだなと云うことが判りましたので本当の事を云う気になつたのであります。問、被告人が一人でやつたのではないか答、私が一人でやつたのでないことは事実であります。問、Aqも一緒にや の方では判るのだなと云うことが判りましたので本当の事を云う気になつたのであります。問、被告人が一人でやつたのではないか答、私が一人でやつたのでないことは事実であります。問、Aqも一緒にやつたのではないのか- 32 -答、BがAqも一人入れて置こうと云つたので、私もAqも一緒にやつた様に申したのでありますがAq君は実際はやつていないのであります。問、何時頃から本当の事を云はうという気持ちになつたのか答、私が警察に居る時兄がKさんの家へ詫に行つたということを聞き肉親に色々迷惑をかけていると感じ心安くしている友達を助けるのが妥当か肉親に迷惑をかけぬことが妥当か色々考えている時兄が面会に来て「本当の事を云え」と申しますのでこれ以上肉親に心配させてはいかぬと思い本当の事を申上げる気になつたのであります問、警察の第六回供述調書によると被告人は此の様に述べているがどうか此の時裁判長は被告人に対する司法警察員の第六回供述調書の第一項(記録第六〇二丁裏)を読聞かせた答、警察で其の様に申上げたことは間違ひありません問、それでは其の時より前の取調べの際は本当の事も云ひ又うそのことも云つたということになるのか答、左様であります。問、Kの家に行く前に八海橋のところに集つた様であるが其の時の模様を話してみよ。答、酒の入つた瓶を持つてぶらぶらし乍ら八海橋のところまで来ますとB、Cも来ましたが間もなくEが一人でやつて来ましたするとBがEにEちやんやあれは到頭もどらんづくぢやつた金の出場所がはつきりすればよいがのうと云つて居りましたが私はなんの事か判らぬので尋ねると、Bはお前には用はない- 33 -と云つて怒りました。 であります。問、Kの家に行く前に八海橋のところに集つた様であるが其の時の模様を話してみよ。答、酒の入つた瓶を持つてぶらぶらし乍ら八海橋のところまで来ますとB、Cも来ましたが間もなくEが一人でやつて来ましたするとBがEにEちやんやあれは到頭もどらんづくぢやつた金の出場所がはつきりすればよいがのうと云つて居りましたが私はなんの事か判らぬので尋ねると、Bはお前には用はない- 33 -と云つて怒りました。そこえDかやつて来たのでありますが、BはDにやつぼり夫婦喧嘩をした つて居りましたが私はなんの事か判らぬので尋ねると、Bはお前には用はない- 33 -と云つて怒りました。そこえDかやつて来たのでありますが、BはDにやつぼり夫婦喧嘩をした様にする方が良いのうと云うとDは事件にしない方がよいなあと云つて居りましたそしてBはAに戸を開けさせるからお前(D)は中に入つて金をとれ、Cはロープを探し俺は長斧を探すそしてEが笛を吹いたら逃げるのだがかたまつて逃げない様に別々に逃げるのだと云つて居りました。其の時Bが其の他にどの様なことを云うたか細いことは忘れましたが、「血がついたら石油かアルコールで拭けばとれる」とも云つて居りました問、Kは何で殴つた答、長斧(ちようの)であります問、警察では被告人は薪割と云ひ検察庁では長斧と云つているが答、長斧(ちようの)とも云ひ薪割とも申します問、K夫婦を殺して夫婦喧嘩をした様に見せかけることに話はきまつていたのか答、私はくわしい事は話してくれぬので知りませんが其の様な話はして居りました。問、八海橋のところえは誰が最初に来たのか答、私が八海橋のところまで来るとBとCがやつて来ましたそして次にEが来て最後にDが来たのであります問、Bはどの方向から来たか- 34 -答、iの方からやつて来ました問、Bの住む部落名は知つているか答、よく知りません問、被告人が行つた時はBDは既に来て居りaの方からEとCが来たと警察では云つているがどうか答、…………(答えない)問、警察では本当の事を云ひ乍らうその事も云つていたのか答、出鱈目を云つておけと云つたので皆んなの云う通りにせねば悪いと思つて云つたのであります問、八海橋のところえ集ろうということは何時何処で定めたのか答、 事を云ひ乍らうその事も云つていたのか答、出鱈目を云つておけと云つたので皆んなの云う通りにせねば悪いと思つて云つたのであります問、八海橋のところえ集ろうということは何時何処で定めたのか答、二十三日の晩であつたと思いますか私の家にDが来て私に今晩是非Bか来てくれと云つている、多分あの話と思う俺も行くが一寸用があるから遅くなるかもわからないからお前先に一人で行つおれといつて私の家を出て行きましたそれでBの家え行こうと思つて家を出て行きましたところ途中でB等に出会ひました。 皆んなの云う通りにせねば悪いと思つて云つたのであります問、八海橋のところえ集ろうということは何時何処で定めたのか答、二十三日の晩であつたと思いますか私の家にDが来て私に今晩是非Bか来てくれと云つている、多分あの話と思う俺も行くが一寸用があるから遅くなるかもわからないからお前先に一人で行つおれといつて私の家を出て行きましたそれでBの家え行こうと思つて家を出て行きましたところ途中でB等に出会ひました。するとBは私に明晩やるからお前が持つている懐中電灯を持つて来いそれから手袋を忘れるなと申しましたので何時頃出て来ればよいかと尋ねたところBは十時か十一時頃出て来ればよかろうと申したのであります- 35 -問、Bは何処え来いと云つたのか答、八海橋の上に集ろうと云つた様に思ひますがくわしいことは憶えません問、被告人は当夜は何処え集る考えで家を出たのか答、B方へ行つてみようと思つて八海橋の方へ行つたのであります。問、集る場所については明らかな話はなかつたのか答、よく憶えません問、集る時間は今でも憶えているか答、何時に来ればよいかと尋ねたところBは十時か十一時頃来ればよいと申しました。問、其の時間の点について被告人に対する警察に於ける第五回供述調書によると其の時は九時から九時半と述べ第六回供述調書によると其の時は九時半から十時頃と述べ検察庁における第一回供述調書によると其の時は九時半から十時頃と述べているに拘らず公判廷では十時か十一時頃と述べるのであるがBが十時か十一時頃来ればよいと云つたとはつきり憶えているのなら最初から本当の事を云えばよいではない の時は九時半から十時頃と述べているに拘らず公判廷では十時か十一時頃と述べるのであるがBが十時か十一時頃来ればよいと云つたとはつきり憶えているのなら最初から本当の事を云えばよいではないか答、何時頃行けばよいかと尋ねたらBが十時か十一時頃来れはよいと云つたこととは間違ひありません。問、そうではなくアリバイの関係上九時か九時半では早過ぎるので十時か十一時頃と云う気持になつたのではないか答、そうではありません- 36 -問、K方に入ることは何処で決めたか答、十四か十五日であつたと思ひますが私がa町へ自転車で行く途中BとCに捕り三人で飲食店で飲んだのでありますが其の時Bが何処かえ行かねばならぬがと云つて居りましたしかし其の時は何処え入るというはつきりした話が決つたわけではありません。 そうではなくアリバイの関係上九時か九時半では早過ぎるので十時か十一時頃と云う気持になつたのではないか答、そうではありません- 36 -問、K方に入ることは何処で決めたか答、十四か十五日であつたと思ひますが私がa町へ自転車で行く途中BとCに捕り三人で飲食店で飲んだのでありますが其の時Bが何処かえ行かねばならぬがと云つて居りましたしかし其の時は何処え入るというはつきりした話が決つたわけではありません。K方に入ることに決定したのは其の後M旅館であつた様に思ひます問、其の点について被告人に対する警察に於ける第五回供述調書及び検察庁に於ける第一回供述調書によると其の時は執れも二十三日にB方でK方に入ることに決まつたと述べて居り話の決まつた場所が明らかでないがどうか答、十九日であつたと思ひますがBの女であるAdが来た時M旅館に皆んな集りました其の時DがArちやん方(K方のこと)はどうぢやろうかあれには此の間金を送つて来たし山の傍だから良かろうと云ひましたしかし行く日についてははつきり決まつてはいませんでしたがK方へ行くことは決まつていました。問、何をしに行くと思つたか答、当時私等は酒を飲んだりして歩いていたので借金があり又私か馬車にいたずらをしてその謝罪の意味で酒を買つたり又M旅館の宿泊代に困つていたので金を作るためにK方へ行くということは判つていました。問、窃盗のつもりか、強 だりして歩いていたので借金があり又私か馬車にいたずらをしてその謝罪の意味で酒を買つたり又M旅館の宿泊代に困つていたので金を作るためにK方へ行くということは判つていました。問、窃盗のつもりか、強盗のつもりか答、窃盗をする考えでありました- 37 -問、一月十五日にB、D、E、C等とe部落に行つている様であるが憶えているか答、其の様な事がありました問、其の頃自転車を盗んだことは間違ひないか答、Bと一緒に盗みましたがその金は遊興に使ひました問、それより前にX方へ泥棒に行つたことがあるか答、あります問、被告人がやつた泥棒は被告人が積極的にやつたかそれともBから云われてやつたのか答、BがXに金はありはせぬか今晩行つて来いと云つたので行つたのであります。問、如何なる動機からK方へ金を取りに行く様になつたのか答、飲み代やら旅館代が溜つているので其の金が慾しさに行つたのであります問、八海橋からK方へ行く途中Asが自転車で追ひ越したと述べているが其の様な事があつたか答、左様であります其の時Bが「Asのおぢさんだなあ」と云ひました。 が積極的にやつたかそれともBから云われてやつたのか答、BがXに金はありはせぬか今晩行つて来いと云つたので行つたのであります。問、如何なる動機からK方へ金を取りに行く様になつたのか答、飲み代やら旅館代が溜つているので其の金が慾しさに行つたのであります問、八海橋からK方へ行く途中Asが自転車で追ひ越したと述べているが其の様な事があつたか答、左様であります其の時Bが「Asのおぢさんだなあ」と云ひました。問、其の時Asは一人であつたか答、誰か居た様にも思ひますがよく憶えません問、Asを証人として調べた際最初は同人はAtより自転車で帰つたと云ひ其の後調べた時は連れと一緒に歩いて帰つたと述べているのであるが其の様な事があつたか答、自転車に乗つていたと思いますが連れの人があつたかどうか其の点は憶えません問、最初にKの家へ着いたのは誰々か- 38 -答、二組に分れて行つたのですが、私とBは一緒に海の方から行きました。問、Bと一緒に何処に着いたのか答、家の傍へ着いたと思います問、それは道路から家の方に向つて右の方か答、八海橋寄りの方であります問、家の裏 ですが、私とBは一緒に海の方から行きました。問、Bと一緒に何処に着いたのか答、家の傍へ着いたと思います問、それは道路から家の方に向つて右の方か答、八海橋寄りの方であります問、家の裏側の方か答、私は裏の方に廻りました問、それからどうしたのか答、私は家の裏を廻つて表に出るとBも其処に居りました。それで母屋と部屋との間の硝子戸を開けようと思つてさわつてみましたが開かないので其処え酒瓶を置いてはなれの便所の所に行きましたところ他の三人(D、C、E)も来て居りBがそこの窓を開け様としましたが仲々開きませんでしたするとDが「これでやつてみい」と云つて其の時は判らなかつたのですが、曲つた鉄棒を渡しましたのでBはそれを使つて開けました。そしてそこからDとBが中に入りましたので私もそこから入ろうとしましたところDがお前は此処から入るな母屋の裏の方に入る処があるかもわがらぬからCと裏へ廻れと云つたので裏え廻つて床下の板をはいで其処から入つたのであります。問、BとDがはなれの便所の所から入り被告人とCが裏の床下から入つたわけか答、左様であります問、被告人に対する警察に於ける第一回供述調書によると其の時は母屋と部屋との硝子障子が開いたので其処から入り出る時裏の床下から出たと述べて居り、第三回供述調書によると其の時は- 39 -最後に床下をくぐつて出たと述べて居り又第五回供述調書によると其の時は母屋の裏の床下から入り母屋と部屋との間の戸を開けたと述べているがBとDがはなれから入つた形跡は認められないがどうか答、警察に居る時は皆んなが口を合さぬ方がよかろうから出鱈目を云つて置けと云つたので本当の事を云えば皆んなから怒られると思つて色々なことを云つたのであります。 ら出たと述べて居り、第三回供述調書によると其の時は- 39 -最後に床下をくぐつて出たと述べて居り又第五回供述調書によると其の時は母屋の裏の床下から入り母屋と部屋との間の戸を開けたと述べているがBとDがはなれから入つた形跡は認められないがどうか答、警察に居る時は皆んなが口を合さぬ方がよかろうから出鱈目を云つて置けと云つたので本当の事を云えば皆んなから怒られると思つて色々なことを云つたのであります。問、 た形跡は認められないがどうか答、警察に居る時は皆んなが口を合さぬ方がよかろうから出鱈目を云つて置けと云つたので本当の事を云えば皆んなから怒られると思つて色々なことを云つたのであります。問、誰が最初にKを殴つたのか答、最初はBが殴り其の後はD、私、Eの順で殴つたと思います問、被告人に対する警察に於ける第三回供述調書によれば其の時はKが誰かと云つたので自分で薪割で二回殴り其の後Bが一、二回殴つたと述べて居り第五回供述調書によれば其の時は殺してやろうと思つて寝間に起き上りかけた人を自分が殴つたと述べているが其の点はどうか答、Bが長斧を持つて行けと云つたのでそれを持つて奥の間の襖を開けるとおぢいさん(K)が「誰か」と呼んだのでびつくりして後に退りましたところBが其の様なことでつまるかと云つて私が持つていた長斧を取つておぢいさんを殴つたのであります問、実際は被告人が殴つたのだがBが殴つたと云えば自分に有利になると思つて其の様に云うのではないか答、今までの調べでは本当の事を云えば皆んなが困りはせぬかと思ひ又皆んなを悪くいえば怒りはせぬかと思つてうその事を云つたのであります。問、箪笥から金を取つた時の様子を述べてみよ答、箪笥の一番上の引出しを開けたところ一寸位の厚さの百円札束がありました- 40 -ので、その金をBに渡すとBは其の中から五、六枚を抜いてこれをあつた所に入れて置けと云つて渡してくれましたが金を取りに来て残して置かなくてもよかろうと思つて私はその金をポケツトに入れ続けて探していたところ懐中(財布)が有りましたので、それを開けてみると中には細い銭(硬貨)と鍵がありましたのでその鍵で一番下の引出しを開けたところ千円札束がありましたので又その金をBに渡しますとBは前と同 ていたところ懐中(財布)が有りましたので、それを開けてみると中には細い銭(硬貨)と鍵がありましたのでその鍵で一番下の引出しを開けたところ千円札束がありましたので又その金をBに渡しますとBは前と同様その中から二、三枚か五枚抜いて入れて置けと云ひましたが此の時もBに判らぬ様にポケツトに入れたのでありますそして八海橋のところで金を分配する時Bが私にA、残して置けと云つた金をとりはせぬかと云つたので残す必要がないと思つたので取つたと云うとBが夫婦喧嘩に見せかけたのに金がなければ直ぐ判るではないかと云いましたので此の時夫婦喧嘩をした様に見せかけたものと初めて私は知つたのであります。 ますとBは前と同様その中から二、三枚か五枚抜いて入れて置けと云ひましたが此の時もBに判らぬ様にポケツトに入れたのでありますそして八海橋のところで金を分配する時Bが私にA、残して置けと云つた金をとりはせぬかと云つたので残す必要がないと思つたので取つたと云うとBが夫婦喧嘩に見せかけたのに金がなければ直ぐ判るではないかと云いましたので此の時夫婦喧嘩をした様に見せかけたものと初めて私は知つたのであります。問、箪笥の中にあつた金は百円、千円札と硬貨のみであつたか答、その外に十円札もあつた様に思います問、十円札は何処にあつたのか答、上の引出しではなかつたかと思います問、誰がとつたか答、私であつたと思います問、被告人に対する第一回第四回各供述調書によると其の時は五円、一円、五十銭の補助貨が合計百円位、千円札新品五枚、百円札の新品- 41 -が二十枚位、十円札の新品が五、六十枚あつたと述べているし第三回供述調書によると其の時はDもとつたと述べて居り第五回供述調書によると其の時は一円や五円の補助貨、千円札の新品が数枚、百円札の新品約二十枚、十円札の新品か約五十枚位あつた。と述べて居り同じく第六回供述調書によると其の時は五円、一円合せて百円位、千円札が八枚、百円札が二十枚位、十円札が五十枚位あつたと述べて居り又検察庁に於ける第一回供述調書によれば其の時は一番上の引出しには百円札、十円札が「コヨリ」で結んであり懐中に五十銭銀貨一円銀貨かあり一番下の引出しに千円 札が五十枚位あつたと述べて居り又検察庁に於ける第一回供述調書によれば其の時は一番上の引出しには百円札、十円札が「コヨリ」で結んであり懐中に五十銭銀貨一円銀貨かあり一番下の引出しに千円札が塵紙に包んであつた。と述べ此の時初めてBも取つたと述べているがDもBもとつたのか答、警察では好い加減のことを云つたのでどの様なことを云つたか憶えませんが検察庁公判廷では色々考えた上で申上げたことであります問、分配した時の様子を話してみよ答、Bが私に残して置けと云つた金を出せと云つたので其の中からBを除くその他の者に千円宛やりましたするとBは今日はさしむき三千円宛やつて置こうと云ひ私にはお前は持つているからやらぬと云つて- 42 -三人に出してやつて居りましたが三千円やつたのか四千円やつたのか私は知りません。問、残りは全部Bが持つていたのか答、残りは借金等の計算をした上で分けるから今晩は預つて置くと云つて残りは全部Bが取りました問、それ以外には預る理由についてBは話さなかつたか答、…………(答えない)問、今までの調べで弁護士費とか保釈保証金の費用にあてると云つたと述べている箇所もあるがどうか答、捕まつたら出鱈目を云つて口を合さぬ様にしよう。 て居りましたが三千円やつたのか四千円やつたのか私は知りません。問、残りは全部Bが持つていたのか答、残りは借金等の計算をした上で分けるから今晩は預つて置くと云つて残りは全部Bが取りました問、それ以外には預る理由についてBは話さなかつたか答、…………(答えない)問、今までの調べで弁護士費とか保釈保証金の費用にあてると云つたと述べている箇所もあるがどうか答、捕まつたら出鱈目を云つて口を合さぬ様にしよう。それでいけない場合は一人だけでも入れて置こうそうすればそれに金がいるかも知れぬということは云つて居りました。問、被告人として十円札を他の人に渡した記憶はないか答、渡したかもわかりませんがよく憶えません問、Bが十円札を出したのは見ていないか答、どこかから十円札を出したとBが云つていた様な気は致します問、金を分配する際被告人が金を渡したことについて被告人に対する警察に於ける第六回供述調書によると其の時は本日と同趣旨 は見ていないか答、どこかから十円札を出したとBが云つていた様な気は致します問、金を分配する際被告人が金を渡したことについて被告人に対する警察に於ける第六回供述調書によると其の時は本日と同趣旨のことを述べているにも拘らず第五回供述調書によると其の時は私はポケツトの中から千円札を二枚と百円札五、六枚をDに渡したのみであると述べているがそれは何故か答、其の様に書いてある以上は其の様に云つたことは間違ひないと思いますが其の時どの様に云つたか現在は記憶致しません。- 43 -第八回公判調書の被告人供述部分中の該当部分(記録第七六五丁表九行以下第七六八丁表九行まで)を読聞かせた上問、床下を出る時家の人が「ねずみ」だろうかと云つたことがあるか答、おぢいさんであつたかお婆さんであつたか判りませんが「ねずみ」ぢやあないかと云う話がありました。問、家の人が起きていることは判つていたわけか答、話声がしたので直く判りました。問、家人か起きていることを知つていながら其の後の行動をしたことがあるのか答、起きているからやつてやろうと思つてやつたわけではなく其の時の気持は判りません。私は金を取りに行こうと思つて座敷へ上つたら誰かと云われたの後退したのであります。問、手袋を他の人がはめていたことは間違ひないか答、間違ひないと思ひますd様で会つた時「手袋を持つて来たか」と聞いたので「忘れた」と云つたら「仕方がない」と申しました。 問、家人か起きていることを知つていながら其の後の行動をしたことがあるのか答、起きているからやつてやろうと思つてやつたわけではなく其の時の気持は判りません。私は金を取りに行こうと思つて座敷へ上つたら誰かと云われたの後退したのであります。問、手袋を他の人がはめていたことは間違ひないか答、間違ひないと思ひますd様で会つた時「手袋を持つて来たか」と聞いたので「忘れた」と云つたら「仕方がない」と申しました。其の時Bは手袋をやつていました問、どの様な手袋であつたか憶えているか答、よく憶えませんが仕事の際やる手袋ではなかつたかと思ひます問、八海橋の上から何か投げたというが被告人は何を投げたか答、私は何も投げて居りません帰りにBが手拭の様なものを投げたのを見ましたが何を投げ ませんが仕事の際やる手袋ではなかつたかと思ひます問、八海橋の上から何か投げたというが被告人は何を投げたか答、私は何も投げて居りません帰りにBが手拭の様なものを投げたのを見ましたが何を投げたか知りません小竹判事は被告人に対し- 44 -問、K方へ行く時被告人は何を履いていつたか答、下駄ではなかつたかと思う程度ではつきりした記憶はありません。問、草履ばきの人は居なかつたか答、Dも下駄を履いていたかも知れませんが他の者は草履であつたかズツクであつたか知りません問、八海橋のところで被告人がBを除く他の三人に千円宛渡したと云うが千円札で渡したのかそれとも百円札で渡したのか答、よく憶えません問、分配して被告人はDと一緒に帰途についた様であるがそれにも拘らず被告人は何故家に帰らなかつたのか答、金を分けて帰る時今晩は何処えも行つてはいかぬぞと云つて居りましたが私がjへ行こうかと云つたら皆んなが出たらいかぬぞと申しましたので私はDと一緒に帰へりかけたのですが私は家え帰へり度くなかつたのでjえ行くぞと云たつらDは行かぬ方がよいがどうしてもjへ行くのなら姉さん(jに居る私の姉のこと)に昼から居たと云つて貰う様に頼んで置けと申しました。裁判長は、- 45 -被告人に対し被告人に対する検事の第二回供述調書中第二問答(記録第六三三丁裏)及同第四回供述調書中第十一項(記録第六四八丁を)読聞かせた上問、皆んなから此の様なことを云われたことは間違ひないか答、間違ひありません問、今まで述べたことで自己を有利にするため他の人に不利に云つた様なことはないか答、別にありません問、一人でやつたと云えば死刑になるからそれが恐しくやつていな しました。裁判長は、- 45 -被告人に対し被告人に対する検事の第二回供述調書中第二問答(記録第六三三丁裏)及同第四回供述調書中第十一項(記録第六四八丁を)読聞かせた上問、皆んなから此の様なことを云われたことは間違ひないか答、間違ひありません問、今まで述べたことで自己を有利にするため他の人に不利に云つた様なことはないか答、別にありません問、一人でやつたと云えば死刑になるからそれが恐しくやつていな ないか答、間違ひありません問、今まで述べたことで自己を有利にするため他の人に不利に云つた様なことはないか答、別にありません問、一人でやつたと云えば死刑になるからそれが恐しくやつていないB等と一緒にやつたと云えば少しでも軽くなると思つてあの様なことを云つていると人が云つたら被告人はなんと思うか答、人はなんと言つても調べても貰えば判ることで自分は本当のことを云えばよいと思つています。問、どうして自分の罪を償うつもりでいるか答、自分のした丈けのことは罪になると思つています。あれ丈けのことをしたのですから死んで行かねばいかぬと云われれば立派に死んで行きます裁判長は、此の程度で次回に続行し次回公判期日には被告人B、同D、同E、同Cに対する各強盗殺人被告事件と併合して審理する旨を告げ次回公判期日を来る七月三十一日午后一時と指定告知した。昭和二十八年七月二十二日広島高等裁判所第一部裁判所書記官補平岡正行上申書- 46 -住居山口県熊毛郡c村d現在広島刑務所在監A一、 昭和二十六年一月二十四日夜友人B、D、E、C、私の五名が共に山口県熊毛郡c村dK氏宅に押入り同家主人K妻Aoの老夫婦を殺害金品を強奪して捕はれ現在広島刑務所で無期懲役の刑を服役致して居るAと申す者であります。私が前記四人と共に犯した事件に関して昨今単行本「裁判官」(著者正木)と云う本が出版されて居りますが此の本の内容が私達の犯した事実より全然違う事が書かれてある為何も知らない世間の人達の心に色々と疑惑を抱かせて、大きな反響を巻起して居るとの事を耳に致ますので此の事に就ては私自身にも重大な責任がありま の本の内容が私達の犯した事実より全然違う事が書かれてある為何も知らない世間の人達の心に色々と疑惑を抱かせて、大きな反響を巻起して居るとの事を耳に致ますので此の事に就ては私自身にも重大な責任がありますので此の際私達の犯した偽り無き真実を申述べ度と思ひます。 ある為何も知らない世間の人達の心に色々と疑惑を抱かせて、大きな反響を巻起して居るとの事を耳に致ますので此の事に就ては私自身にも重大な責任がありま の本の内容が私達の犯した事実より全然違う事が書かれてある為何も知らない世間の人達の心に色々と疑惑を抱かせて、大きな反響を巻起して居るとの事を耳に致ますので此の事に就ては私自身にも重大な責任がありますので此の際私達の犯した偽り無き真実を申述べ度と思ひます。そして亡き御二方様の仏様にお詫び申したく思うのであります。二、(告白)(イ)昭和二十六年一月十九日私達五人Bの妻AdAhと七人が山口県熊毛郡a町M旅館に集まつた時女に分からないように私達五人がとなりの部屋に行つたとき、Bは右の話を持ち出した。「とうとうせつぱ詰まつたぞどこかよい所はないか、dのAlはどうであろうか、Amはどうであろうか」と云い出したのでDが「Amは犬が居るし、家旅が多いし、又Alにも犬が居るし、Alのおやじは、力が強いから、それよりもKのArちやん方は(K方)の事」どうであろうか、あれにはこの前金が入つたそうだと申すので「私もArちやん方ならどうであろうか」、と云うとEは「あの家は山の縁ではないか、それならよいぞ」と云つて居りました。そしてBはDに「セビロ」をもつて金をかつてくるように云つて居りました。それから、私達は酒としようちうをかつて、又テンプラや、チクはなぞをかつて酒をのみはじめたのであります、この時私達がM旅館にきたのが五時半頃ではな- 47 -かつたかと思います。そして一時間ぐらいしてからと思ひますがBが私をよんだので、廊下に出ると「Kにするから皆んなに云うておけ、その金で「馬車の金も」出すから、と云うので、私は、DやEやCを一人りづつ廊下に呼んで「BがK方に行くからと云つていたぞ」と云つておきましたがその他の詳しい話はしませんでした。(ロ)その後同月二十二日午後一時頃に私は同郡a町x停留所に行つて自動車を待つて居りますと、Bは私を見つけて、そ 方に行くからと云つていたぞ」と云つておきましたがその他の詳しい話はしませんでした。(ロ)その後同月二十二日午後一時頃に私は同郡a町x停留所に行つて自動車を待つて居りますと、Bは私を見つけて、それとなくBは「お前はやるやると云つてやつた事があるが、今夜やるとか云つて出て来れはせんではないか」、と云うので私は「兄が出さないのだから仕方がないのではないか」と云うと「兄が出さないと云つても、お前が出て来る気があれば出て来れるのではないか、そんな事を云つて俺をごまかそうと思つて居るのだろう、まだまだ俺はお前達にはごまかされはせんぞ、この前の金の事で俺はやられた、その変りにお前を今からやつてやろうか、お前みたいな者をなぐつた所で仕方がないが、まあーころいてやるから、この前M旅館で話したろうげーM旅館で、あれをやればそのぐらいの金は出来るから、それを守れよ判つたのう」と申して居る時自動車が来たので私は自動車にのるとBは「よいか、もし、やらなかつたらどんな事になるか覚えておけよ」と大けな声でたけつたので自動車にのつて居る人は魂消て私の顔を見すめて居りました。 、その変りにお前を今からやつてやろうか、お前みたいな者をなぐつた所で仕方がないが、まあーころいてやるから、この前M旅館で話したろうげーM旅館で、あれをやればそのぐらいの金は出来るから、それを守れよ判つたのう」と申して居る時自動車が来たので私は自動車にのるとBは「よいか、もし、やらなかつたらどんな事になるか覚えておけよ」と大けな声でたけつたので自動車にのつて居る人は魂消て私の顔を見すめて居りました。(ハ)同年二十三日夜七時半頃に私の家にDが来たのであります、その時私は便所に入つて居りました、Dは便所のそばに来て「Aかお前が出てこないからBは起つて居るぞ、ゆんべはもどつておらないと思つてこなかつたが、今夜はもどつているからいつてみてくれとBが云つたから来たのじやが今夜はぜひ出てこいといや、「たぶんあの話しと思うか」(あの話しと云うのはM旅館で話した事)俺も行くが俺はちよつとようがあるから、おそくなるかも知れないから先に行つて居れ」と云つて私の家を出て行きました、それから私は三十分ぐらいして家を出てB方の近所の「イナリさん」がある所でB、D、E、C出会つたのであります。Bは、私に、- なるかも知れないから先に行つて居れ」と云つて私の家を出て行きました、それから私は三十分ぐらいして家を出てB方の近所の「イナリさん」がある所でB、D、E、C出会つたのであります。Bは、私に、- 48 -「明日の晩やるからお前が持つていた懐中電燈を持つてこい、それから手袋を忘れるなよ」と申しますので、私は、「何時頃に出てくればよいか」と尋ねますと、Bは、「そうぢやのう、十時か十一時頃に出てくればよかろう」と申して居りました。そしてBは他の三人に「どうふゆうにやるか」、「火を付けるか」「うめるか」とか云つていますので、私は何の事か分からないので「どうするかと尋ねる」とBはお前はだまつておけとか、?分からなくともよいのだと云つておこりましたのであります、それから私にはくわしい話しはしてくれない内にB達と別れて私の家に帰つたのであります。(ニ)更に同月二十四日私はBと酒を呑んだその酒代を私の兄に申して出してもらいたかつたのですが、何度も兄には無理ばかり云つて居るので、私が持つていた「アカ」をAvと云う家に持つて行きましたが思ほどはありませんでした、この日は私は午前まではDの姉の家に行つて居りました。そして日に帰つて、y川に「かい」をとりにいつて帰つてOのおばさんに出会つたので、私はおばさんに「あるかね」「酒の事」と云うとおばさんは、「あるよ」と云われたのでおばさんと一つしよにOの家に行つて酒をのんだのであります。 のですが、何度も兄には無理ばかり云つて居るので、私が持つていた「アカ」をAvと云う家に持つて行きましたが思ほどはありませんでした、この日は私は午前まではDの姉の家に行つて居りました。そして日に帰つて、y川に「かい」をとりにいつて帰つてOのおばさんに出会つたので、私はおばさんに「あるかね」「酒の事」と云うとおばさんは、「あるよ」と云われたのでおばさんと一つしよにOの家に行つて酒をのんだのであります。そして三時か四時頃に私の家に「モチ」をとりに帰つてOの子供にやつて又その内におぢさんが帰られたので二人で酒をのんだのでありますがもうおそくなつたので、二合ぐらいもらつてその「ビン」を持つてOの家を出たのが八時頃と思います。そしてそのビンを持つてぶらぶら歩いて「Aw」のへんで私はあまりえらいので道の縁で一と寝りしたのであります。そ くなつたので、二合ぐらいもらつてその「ビン」を持つてOの家を出たのが八時頃と思います。そしてそのビンを持つてぶらぶら歩いて「Aw」のへんで私はあまりえらいので道の縁で一と寝りしたのであります。それが一時間ぐらい休んだように思ひます。そして又ふらふらしてB方の方に行つてみましたが(図面一葉省略)Bはいないそうであつたので又ひき返してdのAxと云う家の前のべんでOの家に行つて又酒をのもうと思ひ、O方の方に行きかけたのでありますが、いまからいつておそくなつたら、それはのみすぎて、おそくなつたらBが起るかもしれないので、「z」の橋のヘンでひきかえしてB方の方にいつ- 49 -たのであります、そのとき八海橋の上にでBとCに出会つたので、Bは、私に「懐中電燈を持つてきたか」と云うので私は「持つてきた」と云うと、「手袋をも持つてきたか」と云うので「忘れた」と云うと「しもうたのう」とざんねんがつて居りましたが、Bはまあよい仕方がないと云つて居りました、そこにEが来たので、Bは、Eに、「ありやのうE」(Eの事)「とうとうもどらんずくだつた」金の出ばがはつきりするとよいがのう」まあ仕方がない、それならDどうであつたのか」と云うとEは「Dによく云つておいた」と云うとBは「へらいおそいのう」と云うとEは、「Dも家が出ぬくいのだろう、その内に出てくる」と云うとBはEに「家の方はよいか」と云うとEは「おおセワア」ないと云つて居りました、するとそこえ、Dが来たので、BはDに「ありやのうD、やつぱり夫婦喧嘩をしたほうがよいぞ」と云うと、Dは「事件にしないほうがよかろうのう」と申すと「家の方はよいか」と云うのでDは「せはない」と云つて居りました、するとEがDに「俺がお前方に行く前にAyでも行つて居たのではないか」と云うとDは、「おおAy方に行つていた」と云つて居り に「家の方はよいか」と云うとEは「おおセワア」ないと云つて居りました、するとそこえ、Dが来たので、BはDに「ありやのうD、やつぱり夫婦喧嘩をしたほうがよいぞ」と云うと、Dは「事件にしないほうがよかろうのう」と申すと「家の方はよいか」と云うのでDは「せはない」と云つて居りました、するとEがDに「俺がお前方に行く前にAyでも行つて居たのではないか」と云うとDは、「おおAy方に行つていた」と云つて居り 」と申すと「家の方はよいか」と云うのでDは「せはない」と云つて居りました、するとEがDに「俺がお前方に行く前にAyでも行つて居たのではないか」と云うとDは、「おおAy方に行つていた」と云つて居りました、BはDに、「それからのうDAに逃げ道を作くらそう。お前は金をさがせい、俺はちようのをさがすから、Cが「ロウプ」をさがすからのう、それからEが口笛をふくから逃げるのだ、逃げる時には、かたまつて逃げないようにちらばらになつて逃げようで、たたくのはAに一番さきになぐらそう、そしてみんなが一回ずつなぐつておこう、おれもちよつと人に聞いたのだが、身に血がついたら「アルコウルか、キアツウか、又はセキウかでふけばとれるげな、「へじやが服についたらとれないそうだ」と云うと、Dは「それならつけないようにきをつけようでと云乍がら歩いてdの地蔵様の所に来るとAlさんがとうられたので、Bは「あれはAlのおやじではないか」と云うので、私も、DもあれはAlのおやじだと云つたのであります。するとBは、ここからはかれていこうと云うのでD、E、Cはy川の新道を行き、私とBと二人は、古道を通つて行つたのであります、- 50 -その途中、Bは「オバはぬいでおけ」又じやまになるので私の家の前に原木の上にぬいておいてジヤンバは、うらからはしてきたのであります。「オーバー」は、家の中においたのではなく、家の前の「のき下」にぬいだのでありますから、時間の内には、はいるものではありません、そしてKさんの北につき、Bは、玄関のほうに行き私は家の裏にまわつて玄関のほうにいき、その玄関の前の「ヘイ」の近くにゲタをぬいで、「カツテ」口の戸をあけようとさわつてみましたが、あかないので、そこに酒の入つた「ビン」をおいて、外便所の所にくるとBが「へや」のチウれん戸をあけようと、さわつて居りまし イ」の近くにゲタをぬいで、「カツテ」口の戸をあけようとさわつてみましたが、あかないので、そこに酒の入つた「ビン」をおいて、外便所の所にくるとBが「へや」のチウれん戸をあけようと、さわつて居りました。 の「ヘイ」の近くにゲタをぬいで、「カツテ」口の戸をあけようとさわつてみましたが、あかないので、そこに酒の入つた「ビン」をおいて、外便所の所にくるとBが「へや」のチウれん戸をあけようと、さわつて居りまし イ」の近くにゲタをぬいで、「カツテ」口の戸をあけようとさわつてみましたが、あかないので、そこに酒の入つた「ビン」をおいて、外便所の所にくるとBが「へや」のチウれん戸をあけようと、さわつて居りました。するとDがきてあくかと云うので「あき」にくいとみい」と云うとDがあかなければこれでやつてみいと云つてなにかのずけておりました。そしてDはそこの便所に入いつていき、Bは私に「懐中電灯をかせ」と云うのでBにわたしてやりました。私はその便所にはいろうと思つたのですがDがはいつているのでDはその便所の中でマツチをすつておりましたそれでそこえ私は、腹番をして居ると「バーン」と大けな音がしたのでBは、しばらく、しずまつて居りますたがやかて、それをあけ、BD二人ははいつていつたので私もそれから、はいろと思うと、BかDかが、「お前はこれからはいるな、「おもや」と部屋とに人がいたら、困るからお前はCと裏のへんにどこかわいるところがあると思うから、はいれ」と云つて金のS方をした者と懐中電灯をくれたのでありますが、そのバアル」をはすれてはいけないので「ミカン木の下にタイヒがあつたらその中にさしこんで家の裏に床下には二分板がうつけてありたのであるが、思うほどかんたんにはがれたのであります、それから私が入つていき、土間に出ると、AoさんかKさんかが「ネズミ」であろうとか、云うこえがきこえておりました、そしてそこにある、シキ戸をみると紙み、(図面省略)みたいな者が上に上かつたり下に下がつたりして居りました。そして上をみると、ナイフではないかそんな者でさして居りましたので、B達だなと思ひその戸をコツコツとたたくと、むこうからもコツコツとタタ- 51 -イてくれたのでまつていると下のしきいがぬれてきましたそれは音をさせないよう又あけるのにみあすいように水をまいた者であ 達だなと思ひその戸をコツコツとたたくと、むこうからもコツコツとタタ- 51 -イてくれたのでまつていると下のしきいがぬれてきましたそれは音をさせないよう又あけるのにみあすいように水をまいた者でありましよう、そしてそのシキ戸をあけるとBはたしか玄関のほにいつたように思ひます。 51 -イてくれたのでまつていると下のしきいがぬれてきましたそれは音をさせないよう又あけるのにみあすいように水をまいた者であ 達だなと思ひその戸をコツコツとたたくと、むこうからもコツコツとタタ- 51 -イてくれたのでまつていると下のしきいがぬれてきましたそれは音をさせないよう又あけるのにみあすいように水をまいた者でありましよう、そしてそのシキ戸をあけるとBはたしか玄関のほにいつたように思ひます。私はもと、カツテ口の所に酒のはいつたビンをおいたのをトリにいつてそのがらす戸は、三尺ぐらいあけておきました、そのビンわとりにいく前に、そこの「テイブルにあつたヒキだしをあけてみると、その中にはほいちよが十本ぐらい在つたのでそれをもとどおりしめて居いて、ビンをとりにいつて、その土間のタナにはビンのからがあつたので、B達に酒をみんなのまれてはいけないと思ひBにもうないといいたいために、私が持つていたビンとそこのビンに入れかえたのであります。そして北裏口の戸をあけに行くと、そこにはCがみはりして居りましたがそれでCにこれをもつていてくれといつてとこの下において私一人がAoさんがねている所に行こうとしてフスマの所にくるとフトンがいごくような音がして居りましたので下におりますと、そこではBがマチをスつて居りました、Bは私に「ほいちようはないかと云うので」、私は「ほいちようならここにあつたと云うとBは、それを持つていけと云うので「私はそのほいちよう出して板の間にきたのであります。「私達がKについてここまでの仕事が十五分であつたとようにきをくして居ります。」それからBはこのほうがよいと云うでチヨウのを私にくれたので、その板の間の上にほいちようをいて私とBとD三人がねまの間のフスマを私があけると「どなたですか」と云われたのに私はビクリしてあとにさかると、Bはそんな事でつまるかと云つて私が持つていたチヨウのをとつて、Kさんをいきなりなぐりつけたので、そこにねていたAoさんが、人殺し あけると「どなたですか」と云われたのに私はビクリしてあとにさかると、Bはそんな事でつまるかと云つて私が持つていたチヨウのをとつて、Kさんをいきなりなぐりつけたので、そこにねていたAoさんが、人殺しだとか又ぬしど盗しとだとか云つて逃げかけようとしたのを私が行つておさえるとBがすぐきておさえてくれました、するとDがこれでなぐつて金をさがせと云つてチヨウのをくれたのでそのちようのでKさんのどこかを一回なぐつておきましたするとEがそのちようので又なぐつておりました。 ると、Bはそんな事でつまるかと云つて私が持つていたチヨウのをとつて、Kさんをいきなりなぐりつけたので、そこにねていたAoさんが、人殺しだとか又ぬしど盗しとだとか云つて逃げかけようとしたのを私が行つておさえるとBがすぐきておさえてくれました、するとDがこれでなぐつて金をさがせと云つてチヨウのをくれたのでそのちようのでKさんのどこかを一回なぐつておきましたするとEがそのちようので又なぐつておりました。私がAoさんをDと変るときにはま- 52 -だ足をバタバタしておりました。それで私はタンスのヒキダシをあけると百円札や十円札があつたのでそれをBにここに金があるどとわたすと、その中から六七枚ぬいてこれを入れておけと云うので、むりにのけなくともよいのにと思つて私のぽけつとに入その中には「かぎ」があつたので、下の小さなヒキだしをあけると千円札がやく一寸ぐらいあつたので又Bにここにもあつたと云うとBは又その中から五六七枚ぬいてあつた所に入れておけと云うので、おかしな事をするなと思つてそれをのけないで私が又とつたのであります。Bはそのときはタンスの長かイヒキダシをあけてみて居りました。その頃はまだDがAoさんをおさいておりました。Bはタタミの下にもあればせんかみてみいと云うので私も、Dもはぐつてみました、そしてBは、私にちよつとこたをひつぱれと云うのでみるともうAoさんは死んで居られました、そして私は、BとAoさんの手をひつぱつて、つぎのまに出したのであります。するとEがこれに下げようと云つて、「くロいひもでAoさんの首にかけたので、私とBと「かかえ」たものおもたくて手がしだつたので私が手をはなすとそのつながきれて下におちたのでそこに、Cがロープをもつてきたので又首にCがくくり私とEと 「くロいひもでAoさんの首にかけたので、私とBと「かかえ」たものおもたくて手がしだつたので私が手をはなすとそのつながきれて下におちたのでそこに、Cがロープをもつてきたので又首にCがくくり私とEとBがかかえましたもの、おもたくて又私が酒によつていたつかえらいので手をゆるめると、Bがよくかかえんかとえつて又上に上ば又CがAoさんの首が「ぐにやぐにや」してようくくらないので、もつと上げもつと上げと云つて上げたり下げたりして、ようやくCがくくろうとするとき、Dがきて私に「ハエをまいておけと云うのでDと変るとき私が手をはなしたのですこし下にずつたと思ひます。 をもつてきたので又首にCがくくり私とEとBがかかえましたもの、おもたくて又私が酒によつていたつかえらいので手をゆるめると、Bがよくかかえんかとえつて又上に上ば又CがAoさんの首が「ぐにやぐにや」してようくくらないので、もつと上げもつと上げと云つて上げたり下げたりして、ようやくCがくくろうとするとき、Dがきて私に「ハエをまいておけと云うのでDと変るとき私が手をはなしたのですこし下にずつたと思ひます。そして私はそこのハいを二、三回まいておきました、その時たしかKさんはヒバチの中に手をいれておられたような気がします。Bは、Eに「そこの血をつけてくれ」と云うのでEは紙につけてBにわたすとBはAoさのの手や足につけ、そして手につけてその手にチヨウのをにぎらして、Aoさんの手の「しもん」をつけて下におとすとEがこれにもつけておこと云うので又そのほいチヨウを手ににぎらし- 53 -てそのそばにおとしてたのであります、するとCは、「ミシ」を「ミシンの頭の事」もつていくかと云つたらBであつたかDであつたかよく思ひませんがそんな者を持つていつてはいけない金があるからよいではないか、といつて居りました私はBがAoさんの手や足に血をつける事がそのときにわからなかつたので、なぜそのような事をするのかと云うとBはお前には分からなくともよいのだ、と云つておこつたのであります、Bは私にとこの血をつけてこいと云うので血を紙につけていくとほいちようがあつたところにつけておけと云うのでそのヒキだしにつけておきましたBはそこのアバイバデ手をあらいながら私にあとしまつをよくしておけといつてBDECは家を出て行つたので私は につけていくとほいちようがあつたところにつけておけと云うのでそのヒキだしにつけておきましたBはそこのアバイバデ手をあらいながら私にあとしまつをよくしておけといつてBDECは家を出て行つたので私は戸をしめて、もとはいたところから出ていきそして玄関の所の「ヘイ」のそばにぬいでいたげたをとりy川のOと云う工場の川のへりでB四人においつきました。Bは私に「後しまつはよくしておいたかと云うので」「よくしておいたと云うと、Bは「俺れは家のうらに小さな足のあとをつけておいたいや」と云うと、EかDかが「どうしてそのような足のあとをつけたかと云う」とBは足の先をつけてやつて見せてくれました。そしてBはたぶんよかろうと思うが、もしも、事件に見られた時は「テツテイテキ」に調べるから話はあわしておかないといけないぞ」と云うとEは、Dに「俺れがお前方に行つたのは仕事との事で行つた事にしよう、まあ仕事は仕事であつたのだから」と云つて居りました。 のうらに小さな足のあとをつけておいたいや」と云うと、EかDかが「どうしてそのような足のあとをつけたかと云う」とBは足の先をつけてやつて見せてくれました。そしてBはたぶんよかろうと思うが、もしも、事件に見られた時は「テツテイテキ」に調べるから話はあわしておかないといけないぞ」と云うとEは、Dに「俺れがお前方に行つたのは仕事との事で行つた事にしよう、まあ仕事は仕事であつたのだから」と云つて居りました。Bは「この事件で調べられるようになつても、俺達の名前は出すまいで、それが「ヤクザ」である又つかまつた者が、その責任はもとうで」と云うので、DもEも俺もそのぐらいの事は考へている」と云うので私は「一人で犯したと云うのはどうふに云つたらよいか」と尋とBは「そうじやのうまず金をとりにはいつたらおちさんが盗しとだと云うので風呂に入いつていたおばあさんがおつかけてきたので、そこにあつたちようのでかつとなつたからなぐつたかつとなつたからと云つたら罪のかるいから、そしておばあさんがほいちようもつてきたのでおつかけてこないようにくく- 54 -つたその時にはまだいきがあつた。俺達三人でかかえてもあれだけおもたかつたので一人でかかえてくくる事は出来ないと云う事はわかるからと云つたのであります。そしてどうでもいけないときにはかんけいのない つたその時にはまだいきがあつた。俺達三人でかかえてもあれだけおもたかつたので一人でかかえてくくる事は出来ないと云う事はわかるからと云つたのであります。そしてどうでもいけないときにはかんけいのない者を一人いれておけそうすると裁判所で返すのにぐはいがよいからと、こんな事を云つて居りました、そして八海橋の上からBはここにすてようと云つてDも何かすてていました。Bは私に「俺がのけておけと云つた金をおまえはとつたのではないか」と云うので、私は「むりにのけないでもよいではないか」と云うと、Bは、「馬鹿者のせつかく夫婦げんかをしたようにみせかけたのに金が一つせんでも無かつたら誰がみてもおかしいと思はれるではないか、そんな事がお前には分かるまいげ」と云つておこつたのであります。それでBはまあ仕方がない、その金はどのぐらいあるかと」云うので私はこれだけあると云つて出すと、D達に千円ずつやれと云うので、私は三人に千円ほどやりました。Bは、今日はさしむき三千円づつやつておくから、あす又「サンにようをしよ」うと云つて居りました。 したようにみせかけたのに金が一つせんでも無かつたら誰がみてもおかしいと思はれるではないか、そんな事がお前には分かるまいげ」と云つておこつたのであります。それでBはまあ仕方がない、その金はどのぐらいあるかと」云うので私はこれだけあると云つて出すと、D達に千円ずつやれと云うので、私は三人に千円ほどやりました。Bは、今日はさしむき三千円づつやつておくから、あす又「サンにようをしよ」うと云つて居りました。Bは警察でどうにもならないときには、ちヨウシヨをあはさないように、てれんほれん云つておけばよいよい警察で云うのは証拠さえなければ、警察が拷問をかけたと云えばせはあないからその時にはかんけいのない者を入れておけば裁判にもつていつたときには返すのにぐはいがよい本当にやつていない者は分かるからそれにつれて俺らもやらんのだと云ば、警察で云つたのは警察が拷問をかけた事にあるのだと云つて居りました。それからBはあすは仕事にいかなければいけんどどこにもいくなよ、と云つて早く帰えろうと云つてBは早足で家に帰つて行きました。そして私とDは家に帰りかけたのでありますが、どうも気がすすまないので、Dに「jに行こうかしら、といつたら」Dは行くな、と云うので くなよ、と云つて早く帰えろうと云つてBは早足で家に帰つて行きました。そして私とDは家に帰りかけたのでありますが、どうも気がすすまないので、Dに「jに行こうかしら、といつたら」Dは行くな、と云うので「行つてもよかろうげ」と云うとどうしても行くのならPに行つて兄がびようきと云つて自動車を出してもらえ、それから今日の日からおつたように兄にたのんでもらえと云うので私はDとはかれたのでありますがjに行こうかどちらにしようかと- 55 -八海橋をわたつてaの道のへりで考えで居るとついねむつてしましたのであります。それが一時間はねむつたように思ひます。(三)そして私達五人は熊毛地区平生警察署に逮捕されたのであります。私は最初は否認して居りましたが、ためらしいB達は、つかまつているのかなと考へましたが、まだつかまつていなようであるようであつたので、Bが云つて居りましたように私の一人の単独犯行と云えば顔もたつと思つてそのように申立てたのであります。しかしBが云うように、そんなにかんたんにやつた現場のようにいくら考へれても云えず第二回の調べられるときには私は困つたのであります。 区平生警察署に逮捕されたのであります。私は最初は否認して居りましたが、ためらしいB達は、つかまつているのかなと考へましたが、まだつかまつていなようであるようであつたので、Bが云つて居りましたように私の一人の単独犯行と云えば顔もたつと思つてそのように申立てたのであります。しかしBが云うように、そんなにかんたんにやつた現場のようにいくら考へれても云えず第二回の調べられるときには私は困つたのであります。第一回はかんたんにウソもとうりましたがこんどは尋ねられるのに答えるのに困つてまいりました。それでこんどは、一人かんけいのない者を入れて六人と申立てたのであります。しかし警察の人はお前の云うのは本当か云はれたので、これはB達は五人と云つているのだろう、Bから云ひはなへて五人と云うとはたよりないそんな事を考へている内に他の人が私の兄がK様におはびにいつている事を聞いたので、こんな事ではいけない本当を申し立てて、社会に対して亦故人御二方に対しての何らの償ひであり、御詫びであるのではないかと考へた者のやはり共犯としてくやくそくがあつてゼンブ本当を申す事が出来なかつたのであります。然かる ない本当を申し立てて、社会に対して亦故人御二方に対しての何らの償ひであり、御詫びであるのではないかと考へた者のやはり共犯としてくやくそくがあつてゼンブ本当を申す事が出来なかつたのであります。然かるに、私達の第一審公判が山口地方裁判所岩国支部で開廷される頃、私はBに出会い、Bは「事件をかやしてくれ、そのぐらいの事はするから」と申したのでありますが、当時の私の心境と致しては自分達の罪の余りの深さに自責の念に耐えず、一日も早く公正な裁判を受けていさぎよく服罪して故人の霊に対し又世間の皆様に対して御詫び申したい気持で一杯でしたからBから此の要求を断つて私は私なり真実を申上げて来たのであります。そして、いよいよ検事殿より私達五人は人間として法律の示す所で最高の刑と云われる死刑を全員が求刑されたのであります。いかなる裁きを受けたとて、その裁きを受けて、故人の霊にお詫びをしなければと心にきめて居りましたが。やはり生きる- 56 -と云う我慾が出て、その我慾の中で死んで被害者にお詫びする方法はない者かと反問して苦しみました死刑囚人と云ば必ず殺さねばならぬ程の罪悪を犯した者である事は間違いないのでありますが、その生かして置けない悪人の私達さえも情ある法のおとり計らいで絶たるべき生命を赦されましたのであります。 かなる裁きを受けたとて、その裁きを受けて、故人の霊にお詫びをしなければと心にきめて居りましたが。やはり生きる- 56 -と云う我慾が出て、その我慾の中で死んで被害者にお詫びする方法はない者かと反問して苦しみました死刑囚人と云ば必ず殺さねばならぬ程の罪悪を犯した者である事は間違いないのでありますが、その生かして置けない悪人の私達さえも情ある法のおとり計らいで絶たるべき生命を赦されましたのであります。その事を深く胸に抱き感謝致してまいつたので御座居ます。理由 (イ)昭二十八年十月頃か十一月頃の様に思ひますが、私が午前十一時頃に手紙を書いて居ると「Dが私のそばにきて」、「どうして俺れ達の云う事を聞かないのか今からでもよいからかやせ」と申してきたのであります。(ロ)その後四、五日立つて、やはりそこで手紙を書いているとBが風呂から出て来て「ツマラン」デはないか、どうしておれ達の云う事を聞かないのか、おれ達の云う事を聞 かやせ」と申してきたのであります。(ロ)その後四、五日立つて、やはりそこで手紙を書いているとBが風呂から出て来て「ツマラン」デはないか、どうしておれ達の云う事を聞かないのか、おれ達の云う事を聞けば悪い様にはしないのに今からでもまにあうから返せ、一人でやつたと云つても誰が見ても分かるから「aのH」が死んで居るからHとやつたと云えおれが弁護士によく話すからのう」と申したのであります。(ハ)十一月十二日頃に私は運動に出ていると風呂場からBが覗いて「この事は本屋に心窓として出すから、その金が入つたらお前にやるから弁護士によく云つて居け」と云つたのである。(ニ)私が洗濯物をとりに出るとEに会ひEは私に「今度は間違いないであろうのおー、頼むぞ、そのぐらいの事はするからのう」と云つた事があります。(ホ)十二月はじめ頃に私が風呂のはいるとBがはいつて来ましたBは私の所のそばにきて人にきこえないように、私のみみのところに口をもつて来「とにかく警察で拷問をうけたのであんな事をいつた。十円札が証こにしているのは警察がつくつたのだろうと云つて、お前がうまいぐういに云えばこの事件はかやるのしやけい、おれが出さいすればお前にはしてやると云うのしやないか、今お前も困まつている- 57 -だろうげ」と云うので私は「困るのは困るが仕方がない」それをおれがしてやると云うのしやないか、こんどの弁護士はの共産党の弁護士であるからおもしろくなるぞうみちよつてみい、今はお前に金を入れる事は出来ないがなんとかして入れてやるからのう」と云うので私はたのむど上申書を書くようになれば少しはいるからと云つたら、「おお心配するな入れてやるいや」と云つた事があつたのであります。 お前も困まつている- 57 -だろうげ」と云うので私は「困るのは困るが仕方がない」それをおれがしてやると云うのしやないか、こんどの弁護士はの共産党の弁護士であるからおもしろくなるぞうみちよつてみい、今はお前に金を入れる事は出来ないがなんとかして入れてやるからのう」と云うので私はたのむど上申書を書くようになれば少しはいるからと云つたら、「おお心配するな入れてやるいや」と云つた事があつたのであります。(ヘ)弁護士Iとの連述「これはところところを私が思つて居る事を書いたのであります。昭和二十九年 ば少しはいるからと云つたら、「おお心配するな入れてやるいや」と云つた事があつたのであります。(ヘ)弁護士Iとの連述「これはところところを私が思つて居る事を書いたのであります。昭和二十九年一月六日原田氏は私に面会されて私に対して「私はB達についている弁護士でありますが、どうですか房の中に居るのは退屈でしよう」と申されたので「私は退屈ですねと申しますと」「度々面会して上げますから一度私に面会して呉れと云う手紙を下さい」、貴男達の事件はB君からだいたい聞いては居りますが貴男も私に話して下さい又貴男は本当の事を云つて悔悟して居られますが、B達は云つて居りませんね」と云われたので私は「今からでも助ける事が出来ますか」と尋ねると原田さんは出来ますともその事をよくけんきうして上げますB達の事と貴男の事をよく考へて上げます。と云われて帰られたと思ひます。二回の面会「この本を入れて上げますからどうしてその様な気持になつたかととはれたら、この本をよんでそのきもちになつたと申しなさい」そして帰られたと思ひます、私がFの話しをしたのは、三回の面会のように思ひます、Hの名前を云うと思つたのですがBが云うように本当かウソかよくわからないのでもしウソであつたら困るのでFと云う架空人物を作つて云つた事があります原田さんは「私に上申書を書いて下さいと云はれたので」私は「書いてあげますが「かみがないのです」と云うと金を五円入れて居きましようね」と云つて帰られたと思ひます。その後原田さんは度々面会されて居りますが、いつの面会であつたか思つては- 58 -居りませんが貴男が一人でやつたと云うなら上告を取り下げなさい又二人か三人でやつた事でしたら、上告はして居きなさい貴男の刑はもつとかるくなると思ひます、私が貴男の弁ゴして上げます。 書を書いて下さいと云はれたので」私は「書いてあげますが「かみがないのです」と云うと金を五円入れて居きましようね」と云つて帰られたと思ひます。その後原田さんは度々面会されて居りますが、いつの面会であつたか思つては- 58 -居りませんが貴男が一人でやつたと云うなら上告を取り下げなさい又二人か三人でやつた事でしたら、上告はして居きなさい貴男の刑はもつとかるくなると思ひます、私が貴男の弁ゴして上げます。……又日を変えて私は りませんが貴男が一人でやつたと云うなら上告を取り下げなさい又二人か三人でやつた事でしたら、上告はして居きなさい貴男の刑はもつとかるくなると思ひます、私が貴男の弁ゴして上げます。……又日を変えて私は誰とやつたと云うことは云ひませんとにかくこの事件にB達がかんけいないとつぱつて下さればよいのです、貴男にも考へがある事でしようから又この事件は新聞社が買うと云つて居りましたから金がいれば云つてくださいでも今多くさん入れられませんよ金をいれて貴男に云わさせると云うにかんずかれると悪いから少しずつ入れて上げます、又……この事件を返した事はだれにも云わないで下さいね貴男についていた弁護士にも、ここの人にも、私が云つてもよいと云つたら云ひなさいそれまでちやんとしたくをしないといけませんからねと云つて居られた、又、日を変えて「この事件の「シンソウ」を書くために本屋から一万円もらつたから先では上げますからね、又ある日事件の事を話しているとその面会している「ツウロ」を看守の人がとうられたので「シユ」と云つて「ペン」でそのほうさされた事がありました、それはなぜそのような事をされたのでしよう、正しい事と思つて居られるなら人がとうてもよいのではないが。又今裁判の「キロク」をうつして居りますから、それが出来たら入れて上げますからそれをみて書いて下さい。又この事は新聞や本に出して少し事を大けくしなければ裁判所がとり上げてくれませんから本にも出します刑務所の面会で「Dが書いた上告「シギシヨを送りますからそれをみて書いて下さい、又貴男が伏見裁判長にBとべつにしてとはれたしよるいを入れますからそれに「ハンバツシン」を書いて下さい、又あてなは最高裁判所と伏見裁判長と二人に書いて下さいと云つて居られました。(ト)私が確定して二、三日頃と思ひますが、私が病者の風呂に入つ るいを入れますからそれに「ハンバツシン」を書いて下さい、又あてなは最高裁判所と伏見裁判長と二人に書いて下さいと云つて居られました。 すからそれをみて書いて下さい、又貴男が伏見裁判長にBとべつにしてとはれたしよるいを入れますからそれに「ハンバツシン」を書いて下さい、又あてなは最高裁判所と伏見裁判長と二人に書いて下さいと云つて居られました。(ト)私が確定して二、三日頃と思ひますが、私が病者の風呂に入つ るいを入れますからそれに「ハンバツシン」を書いて下さい、又あてなは最高裁判所と伏見裁判長と二人に書いて下さいと云つて居られました。(ト)私が確定して二、三日頃と思ひますが、私が病者の風呂に入つて居ると「Bが私のはいつている風呂場の戸をあけて、その戸口にたつてBは「とうとう確定したか、お前はよくなつておれ達はどんなになつてもよいというのか、それなら俺- 59 -達にも考へがあるから、おぼえておけ」と云つたのであります。(チ)私が確定して「分類に行くときDが運動に出て居りましたDは私に「とうとう確定したかおぼえておけよと云つた事がありました。(リ)昭和二十九年一月二十日頃と思ひますが私が風呂にはいるとEが入つて居りましたEは私に「この前おふくろが面会に来たがお前に金を入れさせようと考へたがおれ達が金を入れるとなぜAに金を入れるのかお前に云わすため金を入れる事がわかるから入れさせなかつたのがいる者があつたら云えその内に金もなんとかして入るから、弁ゴ士にもよく云つておく」と云つたので「私は、金は弁ゴ士に入れてもらつているが、お前方のおふくろがこの前来たときAに入れて上げようと前から思つていたが悪く思はれるといけないから一度弁護士に話したそうだ、そしたら弁護士は入れてやれ百円ぐらいならよい又今日は金をもつて来ていたから百円入れておくといつて入れてくれた、お前方おふくろも先でけしてやると云つて居られた又Eのおばさんも頼むからと云つて居られたよ」と弁ゴ士が云つたと申すと、Eはおふくろがしなくともおれ達がするよそこをおれ達が云うのだお前もよい俺達もよいそれが友達であるとにかく一人でやつたと云つてもつまらんぞ、二人か三人かでやつたと云はなければ一人でやつたと云つても通るのではないから、それから俺達の証拠と出されている者はBがいうように、Az よいそれが友達であるとにかく一人でやつたと云つてもつまらんぞ、二人か三人かでやつたと云はなければ一人でやつたと云つても通るのではないから、それから俺達の証拠と出されている者はBがいうように、Azが作くつたと云え、又、Az司法主によくしてもらつたと云えそのかわりにうまいぐういに云わなければつまらんぞ、弁ゴ士はこう云え、ああ云えと、云つてくればせんから警察かのう、拷問をかけたと、とにかくそれを云え」と申したのである。 あるとにかく一人でやつたと云つてもつまらんぞ、二人か三人かでやつたと云はなければ一人でやつたと云つても通るのではないから、それから俺達の証拠と出されている者はBがいうように、Azが作くつたと云え、又、Az司法主によくしてもらつたと云えそのかわりにうまいぐういに云わなければつまらんぞ、弁ゴ士はこう云え、ああ云えと、云つてくればせんから警察かのう、拷問をかけたと、とにかくそれを云え」と申したのである。(ヌ)正木弁護士より私の宛の手紙の中にこんな事が書いてあつた「この事件はB達が関係がない事を知りつつも裁判長は判決をして居るので、君が病気で死んでくればとそれを願つて居りますそんな悪巧みにのつてはなりません、私は貧乏う弁ゴ士でありますが友人には金- 60 -持もいますB君達を助けるためなら金も多さん出してくれる人もいるでしよう、今君に金を入れると金のために返したと思はれてはいけませんから多さん入れられませんが、B君達が無罪になつたら貴男達に金を上げる事が出来ます。それまで貴男は体をたいせつにしなければなりません、金は今日送られませんが早く病気の回服が出来るようにします。金が居る事があれば云つて下さいと書いてあつた。(ル)「昭和二十九年四、五月頃に正木氏からハガキが来た」「君からもらつた手紙の中に君が病気で困つて居ると云う事が書いてあつたので、少しだが二千円送つて上げたが、君から便りがないので「あるいわなくなつてしまつた者と思つて居ります。まだだつたら知らして下さい」これをよんだ私は、とちうでなくなると云う事はないのに、金を送つてやつたが返事がない又金をとつたぎりで俺達の云うとうりをきいてくれなければ、その金を返せと云わんばかりのハガキだと私はこんなに考へたのであります」それで私はうるさいから云うようにしてやれば今 を送つてやつたが返事がない又金をとつたぎりで俺達の云うとうりをきいてくれなければ、その金を返せと云わんばかりのハガキだと私はこんなに考へたのであります」それで私はうるさいから云うようにしてやれば今までの金は返せとは云わないだろうと思つたのであります(オ)「昭和二十九年十一、二月頃に正木氏は私に「私は半年かんのあいだにケンキユうしましたが、貴男が酒によつて自分でも分からないほど事件を犯してしまつたのではないかと思つて居ります、酒の上でした事は自分でも分からないのです。 れなければ、その金を返せと云わんばかりのハガキだと私はこんなに考へたのであります」それで私はうるさいから云うようにしてやれば今までの金は返せとは云わないだろうと思つたのであります(オ)「昭和二十九年十一、二月頃に正木氏は私に「私は半年かんのあいだにケンキユうしましたが、貴男が酒によつて自分でも分からないほど事件を犯してしまつたのではないかと思つて居ります、酒の上でした事は自分でも分からないのです。人間は一度ウソを云うとなかなか信用してもらえないのですから貴男が一人でついやつてしまつたのではないかと考ます。貴男が云うHとかの共犯は死んでいますね。そんないない人を云つたて」、ウソですと思ひます、ちかいうちに本を出版したいのですが、悪い事した人が本当に変つた人間になつたと書きたいのでほねをおつて居るはげです。この事件はなかなかむつかしい所にきて居りますので少し事を大けくしなければ裁判所がとり上げてくれないので本に書いて世の裁判をするつもりです」「この手紙をよんだとき私が一人であると云うほうがよい、人間は一度ウソをつ- 61 -くとあとは中中むつかしいのです。だから一人と云うほうが裁判長は信用してくれるからそういつてくれと云う事だなと思ひましたが、私が考へ又B達も云つていたように、この事件は一人では出来ないと云う事がわかるから、二、三人かでやつたと云えと云つて居りましたそれは、私がやつてよくしつて居りますからBも拘置所で考へてそう云つたのでしよう、ですから私も考へ一人と云つても、分かるので「H」と云う人を出したのでありますこれが一人でやれる事が出来るのなら私は確定して居りますから一人と云つても死刑になるはけでもない又二人と云つても、刑がかるくなるはけでありませんか ても、分かるので「H」と云う人を出したのでありますこれが一人でやれる事が出来るのなら私は確定して居りますから一人と云つても死刑になるはけでもない又二人と云つても、刑がかるくなるはけでありませんから出来る者ならいない人の名前はださないで私の一人と申したほうが信用してもらえ、Bをたすける事が出来るから、そのように申します、しかし、犯してよくしつて居りますから、そんなバカな事は申し立てないのです。正木氏はかんたんに考へ又私が警察で私の一人と云つた事があるからそのように云つて居られるのでありますが正木氏はこの事件は一人であろうと二人であろうと、B等が無罪になればよいのだと考えて居られる事と思ひますが、しかしB等をたすけるには誰が考へても現場のあつたように云つて、裁判長の目をくらまし、ウソを本当に信じてもらつてBがたすかるのではないでしようか、でありますから私はBの云うように、Hを出したのであります(ワ)(正木弁護士が差入れ)(一)昭和二十九年三月頃に、二千円広島拘置所に送金」これは私はたのんだ金ではない(二)昭和二十九年十一月頃に四百円刑務所に送金」これは私がかみだいとしてたのんだ金」(三)昭和三十年二千円Ba様を通じて二千円送金」これは私が歯が悪いからと云つてたのんだ金でありますが、Baさんになぜ送つたのでしよう。 はないでしようか、でありますから私はBの云うように、Hを出したのであります(ワ)(正木弁護士が差入れ)(一)昭和二十九年三月頃に、二千円広島拘置所に送金」これは私はたのんだ金ではない(二)昭和二十九年十一月頃に四百円刑務所に送金」これは私がかみだいとしてたのんだ金」(三)昭和三十年二千円Ba様を通じて二千円送金」これは私が歯が悪いからと云つてたのんだ金でありますが、Baさんになぜ送つたのでしよう。私が思ひではAが又もとにもどすと正木さんから金を送つてもらつたからあんな事を云つたと云- 62 -われたときには、自分のめんぼくを失しなうのであんな事をされたと思ひます又原田さんと云つて居られた、金のために又金を正木さんからもらつているからあんな事を云つたと云うようになつてはいけないから、と正木さんが云つて居られたと云つて居られましたが、そんなおそれがあるなら、なぜ金を送つたのでしよう又そのとき私は原田さんに、正 らもらつているからあんな事を云つたと云うようになつてはいけないから、と正木さんが云つて居られたと云つて居られましたが、そんなおそれがあるなら、なぜ金を送つたのでしよう又そのとき私は原田さんに、正木さんに歯がよいから、送らないように手紙を出してくださいとことわつたのに送られたのです。それわ私に云つてもらうと思つて、又私にきげんをとるためでありましよう。すなわち、これは明かに私の歓心を買はんとして居る証左である。(四)(原田弁護士からの差入れ)昭和二十九年一月十日頃、五百円)これは私はたのんだのでなく、この金でかみをかつてくれ」と云つて入れてくれた金である。上申書をかくために又書いてくれと云つたのである(五)二十九年一月二十日頃Bb兄の名前で五百円)私の名前で入れるとわるいから貴男の兄さんの名前で入れたのである(六)一月三十日頃Bb兄の名前で六百円)これは新聞者にこの事件をうつたからと云つて居られたので原田さんがたてかいてくれた金である」(七)二月頃正木の名前で二千円)(新聞者にうりつけた金であるが、私がくすりをかうのに私がたのんだ金である)(八)(三月頃に三百円)(あまり多くさん入れるとわるいから少しずつ入れると云つて三百円入れられたのである)(十)(三月二十日頃三百円)(確定しするのに金をすしもつておきなさい先きでB君達が無罪になつたら上げますからねと云つて居られたのである)(十一)(昭和二十九年十二月頃四百円刑務所に)(十二)(一月七日三百円)- 63 -(十三)(四月十二日三百円)(私が面会をことはつたので面会してもらうと思つて三百円を送つてくられたのである、私はたのみもしないのに、送つてきたのである)(十四)(四月二十日頃に五百円)(十五)その他の差入は「本が十札」バカリ」「ズボン一 おきなさい先きでB君達が無罪になつたら上げますからねと云つて居られたのである)(十一)(昭和二十九年十二月頃四百円刑務所に)(十二)(一月七日三百円)- 63 -(十三)(四月十二日三百円)(私が面会をことはつたので面会してもらうと思つて三百円を送つてくられたのである、私はたのみもしないのに、送つてきたのである)(十四)(四月二十日頃に五百円)(十五)その他の差入は「本が十札」バカリ」「ズボン一 たので面会してもらうと思つて三百円を送つてくられたのである、私はたのみもしないのに、送つてきたのである)(十四)(四月二十日頃に五百円)(十五)その他の差入は「本が十札」バカリ」「ズボン一枚」これが三百円ぐらいの金め、ズボンが、「本がやく千円ぐらい(十六)食物の差入れ(昭和二十九年二月二十二日「バン五」ベビバン十」一月八日「アブラバン五」(リンゴ、牛乳)がやく二週間)二十三日「アメ五十」「アマナツト」五十円」「アブラマメ五十」「キヤメル四十円」(十七)Cの弟が私に食物の差入(昭和二十八年三、四月頃に(ミカン五、アマナツト五、ケイキ五、アメ五〇)食物が計千二百円、(計一万二千五百円)之は明かに私の歓心を買はんとして居る証左である(カ)原田さんは私に伏見裁判長と最高裁判所に上申書を書いて下さいと度々云つてこられたので又正木氏からも云われたので友達を助けるためにと考へ。又それが「ヤクザ」のなかまであると考へ又B等の云うようにすれば、気げんもよくなると思つて今回の如き架空人物による虚偽の事件を申立てたので御座居ます。そして前後理非の考へも無く私が申立てた嘘による今日まで取返しの出来ない程大きな迷惑を世間の皆様に対してお掛け致して私の新兄弟に対しても言語に絶する程の深い苦しみを掛けて来た私の愚かさを私は今頃になつてやつと気が仕く事が出来たので御座居ます。私は何と云う馬鹿な人間だつたのでせう私の嘘が是程に社会の世論を騒がせる様な反響を起すとは夢にも考へずただB達を助けてやれば良いのだと簡単に考へて- 64 -居た私の愚かさが今更らに悔いられてなりません。想へば他から頼まれたとは云え一時は私の浅果かな間違つたB達の件で再たび人間の道を誤り真実を曲げた申立てをして罪の上に更せら罪を重ねるが如き事態を招き た私の愚かさが今更らに悔いられてなりません。想へば他から頼まれたとは云え一時は私の浅果かな間違つたB達の件で再たび人間の道を誤り真実を曲げた申立てをして罪の上に更せら罪を重ねるが如き事態を招き社会の皆様に対して御詫びの云葉も無い程大きな御迷惑と御不快を御掛け申した事を大変申し訳けがないと存じて居ります。 B達の件で再たび人間の道を誤り真実を曲げた申立てをして罪の上に更せら罪を重ねるが如き事態を招き た私の愚かさが今更らに悔いられてなりません。想へば他から頼まれたとは云え一時は私の浅果かな間違つたB達の件で再たび人間の道を誤り真実を曲げた申立てをして罪の上に更せら罪を重ねるが如き事態を招き社会の皆様に対して御詫びの云葉も無い程大きな御迷惑と御不快を御掛け申した事を大変申し訳けがないと存じて居ります。現在の私はやつと目醒めた気持で御座居ます、私の心の中に僅かに残されて居た良心の片鱗が是れ以上真実を曲げていつはりの申立てをする事が許しませんでした。私が現在の様な人間らしい落着きを為し得たと云うのも、社会の皆様方やBcおばさんの御言葉が私にとりましては大けな原因になつたのであります。それから自分の犯せし罪悪を心の底から悔改め自分の罪の深さを知り今日までの罪の一切を告白致す心が出来たので御座居ます。しかし今までの様な私ではまだまだ修養がたらない事が私に分つてまいりました。私としても生きて居る人間であり悪人であつたとは云えどもやはり赤い血潮は体内を流れて居るのであります。雨のふる日や人の寝静まつた深夜などには、如何にしたらば此の深き罪業が償いおうせるものかという事を思い合せますと一分間といえども亡き人の冥福を祈らずには居られぬのであります。そして生きる事だけが罪深い私の社会に対して又亡き御二人方に対しての何よりの償ひであり御詫びであると云う事が分つてまいりましたので御座居ます。五、(裁判官、著者正木に対する答弁)(ア)「鉄格子の中からBの手紙、正木ひろし弁護士殿」(一)Yの供述の矛盾する点を一、二述てみますと、警察での、はじめの取調べには一人で出来るか誰か共犯者がいるのだろう、と拷問され、じつは六名共犯ですと申し立て、その六人が全部逮捕されると、こんどは五名共犯なのですと変り、犯行の時刻のごときは、そのつどはなはだしくあり異なり自 一人で出来るか誰か共犯者がいるのだろう、と拷問され、じつは六名共犯ですと申し立て、その六人が全部逮捕されると、こんどは五名共犯なのですと変り、犯行の時刻のごときは、そのつどはなはだしくあり異なり自分のつごうの悪くなつたばあいには「よくおぼえていません、と変つたりしてまつたく口は便利なものです、- 65 -証拠は嘘をつくことはできないか、口は嘘をつくことが出来ます。 そのつどはなはだしくあり異なり自 一人で出来るか誰か共犯者がいるのだろう、と拷問され、じつは六名共犯ですと申し立て、その六人が全部逮捕されると、こんどは五名共犯なのですと変り、犯行の時刻のごときは、そのつどはなはだしくあり異なり自分のつごうの悪くなつたばあいには「よくおぼえていません、と変つたりしてまつたく口は便利なものです、- 65 -証拠は嘘をつくことはできないか、口は嘘をつくことが出来ます。(ア)警察で私の一人とか、又六人とか申立てた様な事になつたのは、前「十ページ」の所で述べて居りますようにBが、その様な事を云つて居りましたので、最初から本当の事を云うとBがおこるので、又みんなが罪をきるより出来るものなら、少ないほうがよいBの云う様にすれば、Bがよくしてくれると考へあんな馬鹿な事を云つたのであります。私かあんな事を云つて居るからそれをよい事にして居るのであります。Bの手紙を見ますと、私がひきいれたと云うのでありますが、よくもそんな事が云える事と思ひます。いかにもBは正しい事を云つているのだと云うような事を書いて居りますがBの嘘はたなに上げて私が嘘を云つて罪におとしたと云うのでありますが人間として、しかもそれが友達に罪におとしいれる事が良心が許しましようか、友達が苦しんでいたり又困つていたら、助けてやるのが友達でないでしようか、(二)Yにたいする警察の待遇が松川事件Be君まではいきませんが、私どもとはまつたく区別され、ひじように大切にされていたのです。第一審の実地検証のとき未決監より警官に移された時でも私どもには、タバコの一服もできないのにYは始終ゆうと、タバコを私どもの目の前でスウつて、いるのです、又ある警官はYにズボンまでやり、食ものを与えたりしているのです、私の知らない待遇が他にいくらあるか、それは「ナゾ」デシヨウそして警察官第一審の裁判官、検事が を私どもの目の前でスウつて、いるのです、又ある警官はYにズボンまでやり、食ものを与えたりしているのです、私の知らない待遇が他にいくらあるか、それは「ナゾ」デシヨウそして警察官第一審の裁判官、検事がつねに手紙なぞでYを励ましくつがえすことをふさぎ私どもの敵になつて罪をきせようと努力しているのです(イ)一審の実地検証にdに行つて岩国に帰る時「トラツク」に五人が「ノツテ」帰つたのですが。その時は、私がタバコを「スワ」ないでいると「Bは私にタバコに火をつけてくれ、そして「カタ」目をつぶつたのです、その「カタ」目つぶつたのは、うまく云つて呉れと云う「ナゾ」でしよう、そのようにBは私にしたのであ- 66 -りますその事を警察のかけて云るのであると思ひますBの云つているように裁判官が罪をきせようと努力して居ると云つているのです、そんな裁判官がいるでしよう、「シヨウキ」ではとても考へられません、まつたくBはデタラメを云つている事をBその者が云つている一つの証拠ではないかと考へて居ります(三)(三所で証人B八海が犯行のあつた、二日前にa町のx停留所の所でBがAにたいし馬車の箱をひつくり返したので何とかせんにやならんが十九日の晩にきめたのそやろうといつた、という証言であるB判決はこの立ち聞きの証言によつて被告人らの共同謀議がなかつたとは云ふなという、意味の断定をしている、しかしこの断定の云葉もよく読むとちよつと変つたとも思える、推認しようところであつて共同謀議に確証がないとはいえない、と云うのだが推認しうるということはいつまでたつても推認であり推認が転びを確証になるというのは言葉のアヤを使つているような印象を与える言葉の「アヤ」で死刑にされてはたまらない、(ウ)正木氏が云つているように言葉のアヤかも知れないが、その時の話しは、アヤではない、前 味の断定をしている、しかしこの断定の云葉もよく読むとちよつと変つたとも思える、推認しようところであつて共同謀議に確証がないとはいえない、と云うのだが推認しうるということはいつまでたつても推認であり推認が転びを確証になるというのは言葉のアヤを使つているような印象を与える言葉の「アヤ」で死刑にされてはたまらない、(ウ)正木氏が云つているように言葉のアヤかも知れないが、その時の話しは、アヤではない、前 を確証になるというのは言葉のアヤを使つているような印象を与える言葉の「アヤ」で死刑にされてはたまらない、(ウ)正木氏が云つているように言葉のアヤかも知れないが、その時の話しは、アヤではない、前、(ロ)の所で申して居りますようにBは云つているのであつて、あんな云葉であるから、他の者が聞てもよくなんの事かわ分からないのである、それはK方に行く事であるが、あんな話しであるから人が多さん居ても誰だつて云うであろう、もし云つて人に分かると思つたらBは云わないであろう、人に分つて事件を犯かさない内に、つかまつてしまうであろう、だからそこをうまく云つたのである。(四)(第四)この判決では悪性の人物からこれこれの事をしたろう、と云う順序になつているが前のアリバイのところでも「推認」の根拠として「Bの性格というものがあげられているが性格が悪いから、アリバイもウソで固めているのがという論法なのである」(エ)Bは私が公判で事件を返さないので色目を変て私に対してはそれとなく強- 67 -く云ひ、すなはち、脅迫するようなたいどの口で申すのが目に見える事は明らかである。Bはたとえ、私と犯罪をおかしていない者なら、そんな「たいど」はしなくともよいであろう「自分は正しい事を云つているのだ」だから正しい者がカツと信じていないからである、私はBがどんな事を云つてもよい、正しい事を云つておけば最後には正しい者になるのだからと信じて居りました。悪性の人物だからこれこれの事をするとは云えないけれども、Bが自分の心がとがめるから、私にそのような「たい」どをして事件を返せようとするのである、(五)(第五)(五八頁)この二つの判決理由の中の人物論をみるとBは親分肌の遊蕩児ですこぶる奸智にたけ部下を操することが。うまく、犯跡を残さないように十分に兇悪犯罪を実行し、けい とするのである、(五)(第五)(五八頁)この二つの判決理由の中の人物論をみるとBは親分肌の遊蕩児ですこぶる奸智にたけ部下を操することが。 が自分の心がとがめるから、私にそのような「たい」どをして事件を返せようとするのである、(五)(第五)(五八頁)この二つの判決理由の中の人物論をみるとBは親分肌の遊蕩児ですこぶる奸智にたけ部下を操することが。うまく、犯跡を残さないように十分に兇悪犯罪を実行し、けい とするのである、(五)(第五)(五八頁)この二つの判決理由の中の人物論をみるとBは親分肌の遊蕩児ですこぶる奸智にたけ部下を操することが。うまく、犯跡を残さないように十分に兇悪犯罪を実行し、けいさつでは部下にわぢと真実をかくさせろ犯人を一人多くさせたり、つじつまの合わないように自供させておいて裁判になつてから「ヒツク」り返す云す、準備をした。(オ)Bが親分と云うのではないが、今までBの云うによつてなに事も私はしてきて居ります。Bは犯罪を犯す時は研究に研究をしてから事件を犯かすのである。Bの悪知恵と云うものはすばらい考へをもつている。Dも前には強盗事件をおかしている事があるので、犯罪については、警察や裁判所のうらと云う者をよくしつているのである「一つれいを上げて見る」と、Bは私に「こめ」をとつてこい「それは、判決にあるコメである」、おれがいくとよいが、おれが行つたらもしお前がつかまつた所には、お前の事を云つてくれる者がないおれがいて、おふくろにお前がうちの家にいたと云わさせなければいけない、又ハキものは、お前の足より大けな者か、又小さい者をはいていけよ、他の誰かの名前が書いてある「タオル」みたいな者を、おとしておくといよい、又雨の降つたあとには足のあとがつくから右にかえるのう、わざと左に少し歩いて行つて、そのほうににげたように見せかけるとよい、と云つたので私はTに行つて、こめをとり、Bと二人で自転車につんで、Vの- 68 -家の前でくると、お前がもつて行つてこいおれが中にはいるとくわいがわるいからと云つて中には、はいりませんでしたのはどうしてであろうか、家の中に二人がはいるともしのばあいは、Bも共犯であると見られたらいけないからであろう、又私に罪をきせようとしたのではないであろうか、(六)(五八頁) 又Aは年少者であり、口の軽 してであろうか、家の中に二人がはいるともしのばあいは、Bも共犯であると見られたらいけないからであろう、又私に罪をきせようとしたのではないであろうか、(六)(五八頁) 又Aは年少者であり、口の軽い、オツチヨコで、Bをしたつて弟のようなつもりでいつも悪の手先となつてBに忠勤をつくしていたとされ又B、四人はAをバカ者あつかいにしてくわしい事は彼に知らせなかつた、そしていよいよとなると人のいいAだけが一人で罪を背負つてしまうように圧迫されている、この人物論跡は判決の理由として述べられているようであるから街の人物評論とちがつてこの評論がそのまま死刑に連続しているわけであるが私は「フと」こんな疑問をもつた。 ヨコで、Bをしたつて弟のようなつもりでいつも悪の手先となつてBに忠勤をつくしていたとされ又B、四人はAをバカ者あつかいにしてくわしい事は彼に知らせなかつた、そしていよいよとなると人のいいAだけが一人で罪を背負つてしまうように圧迫されている、この人物論跡は判決の理由として述べられているようであるから街の人物評論とちがつてこの評論がそのまま死刑に連続しているわけであるが私は「フと」こんな疑問をもつた。Bがもし判決で云つて居るような用意周到の男だつたら、どうしてAみたいなたよりない男を五人組の仲間に入れたのだろうか一人でも弱体な構成部分があれば鉄の結束もそこから崩れさることぐらいは悪党なら分かりそのうものだ(カ)今頃になつて私は気がついたのでありますが。Bが私を馬鹿者あつかいにしていた事は、私とBとの中でそんな事はないと思つて居りましたが、今までの事を考へてみるとBは私をバカにしていたのでしよう。その馬鹿者を事件の中にいれたと云う事も、私は考へられない、けれども正木氏の云うように、一人でも弱体な構成部分があれば鉄束もそこから、崩さる事と思われる、その私を五人の中に入れたのは、B達と酒をのんでその金があり又K方に行く事を私に話して居るので四人がいつたら私に、かんずかれるので、そして、云われるおそれがあり又K方を私がよくしつて居る事と、又Bとはいつも少さな事件を犯していたのであるから、私をつれて行く事をきめ、又Bが「アアセイ」こうせいと云つてつかうのにベンリがよいので私をつれていつたのである、他の四人ではそんな事を云つてツカウ事が出来ない も少さな事件を犯していたのであるから、私をつれて行く事をきめ、又Bが「アアセイ」こうせいと云つてつかうのにベンリがよいので私をつれていつたのである、他の四人ではそんな事を云つてツカウ事が出来ないからである、正木氏が云つて居る事になればBは私と小さな犯罪をおかしてい- 69 -るのであろうか、それは、私をつかうのにベンリがよいからであるからどうでも私をつれて行つたのである、(七)しかし判決の云うようにAがBの云うにしたがつて犯罪にまつたく関係のないAqをくわいて六人で実行したと述べているあいだにほかの四被告人は五人で実行した真目信じているのだとするとBをふくめて四名だけがBの言にしたがわなかつたということになるAが六人説をとなえていたときほかの四人名も同時に六人説をとなえた云うのであればBの云ひというもの考がハツキリ分かるのであるが、Bじしんが六人説を持ちださないと云う事となると論理がオカシクはないか、(キ)Bが六人で云つて他の三人が六人と云はなかつたのならBの云うにしたがわなかつた事になるがBも五人と述ているのであるからBの云うにしたがはなかつた事にはならない、B等は、六人と云わなかつたのは、私がさいしよに警察で私が一人と述べて居る事を知つた四被告人は、B方か、又とこかにあつまつて、うちあはせをして居る事であろう、それは警察がきてもとぼけて警察にいこう、Aにあのような事を云つているから、おれらわAが云つているように述べてはいけないと色々と話しをして居るからBも六人と云わなかつたのでしようとして私にみんな罪をきせようとしたのでありましよう。 事にはならない、B等は、六人と云わなかつたのは、私がさいしよに警察で私が一人と述べて居る事を知つた四被告人は、B方か、又とこかにあつまつて、うちあはせをして居る事であろう、それは警察がきてもとぼけて警察にいこう、Aにあのような事を云つているから、おれらわAが云つているように述べてはいけないと色々と話しをして居るからBも六人と云わなかつたのでしようとして私にみんな罪をきせようとしたのでありましよう。それはどんな事から私に考へられるかと申しますと昭和二十七年九、十月頃ではなかつたかと思ひますが、私が二房にはいつているとBが外から私をよぶので、窓にのぞいてみると、Bは「お前がどうしてもおれ う。それはどんな事から私に考へられるかと申しますと昭和二十七年九、十月頃ではなかつたかと思ひますが、私が二房にはいつているとBが外から私をよぶので、窓にのぞいてみると、Bは「お前がどうしてもおれらの云うとりにならんのなら、お前はそんするぞ、おれらはちやんと話をしてあるから「セワナイ」と云うので私は、「とうふになつて居るのか」ときくとBは「きくか」、と云うのでいるとき「カンシ」の人が話をするなと云われたのでそれぎりなつたのであるが、Bは私にそんな事を云つているから、話しはしているなと云う事が分かるのである。(八)(六一頁)八海橋集合- 70 -まず老夫婦のところへ強盗に行くのに五人組と云うのは常識的にみて人数が多すぎるのではないだろうか」(ク)一人でこれだけの仕事が出来るであろうかしかも、Kさんを、ちょうのでたたき、Aoさんを手で首をしめ、首つりをしたようにするのに一人ではできない、Kさんをたたいて、Aoさんをしめるのであるかそれかとてもこそがしい事であろう、私とB、D三人で「ヘヤ」にはいつたのであるから、多すぎるにともない又三人であつたから「それはヘヤにはいつたこと」それだけの仕事がふつくり出来たのである、(九)(六二頁)「又集合してから取りきめた各自の分担がありまりにも細かすぎるようではあるまいか、怨恨の殺人ならともかくそうでもないのに侵入前から夫婦殺害を決定し、そればかりか、その後にやるべき夫婦自殺装のための首つりの細引の捜し役まであらかじめきめておくとは正気のさたとは思えない(ケ)K方に金がある事を知つたDは、金が出ないときには、Aoさんを、おどさなければいけないそうなると、事件になつて事が大けくなるとうるさくなるので、考へ事件にしないように考へたのである。 細かすぎるようではあるまいか、怨恨の殺人ならともかくそうでもないのに侵入前から夫婦殺害を決定し、そればかりか、その後にやるべき夫婦自殺装のための首つりの細引の捜し役まであらかじめきめておくとは正気のさたとは思えない(ケ)K方に金がある事を知つたDは、金が出ないときには、Aoさんを、おどさなければいけないそうなると、事件になつて事が大けくなるとうるさくなるので、考へ事件にしないように考へたのである。又ニゲる事も考へたのであるが、とにかく金のもくて 出ないときには、Aoさんを、おどさなければいけないそうなると、事件になつて事が大けくなるとうるさくなるので、考へ事件にしないように考へたのである。又ニゲる事も考へたのであるが、とにかく金のもくてきであるから、事件にしないようにして金をとる事を考へたのである、しかし、正木氏は、そんな事は、ウソであるときめているが、私の云う事がもしもウソであるのなら、正木氏が私に面会に行たとき、B等がかんけいないと私が云つたのであるがそれなら、正木氏はどうしてB等とやりましたと云つたのですか、それは木当ですか誰の前でも申されるですか、一審二審、どうしてあんな事を云つたのですかと、それからまず私に尋ねなければならないのに。私がB等はかんけいないのですと云たら「そうですか、Bは今に死刑になりますよ」と云つてわらい「もうウソを云つてつまりませんよ「管理部長さんも聞いて居られますからね又書いてもらつているのですよ」とこんな事よりほかに尋ねた事はないそれはBがかんけい- 71 -ないと云つてくればよいのだ又その証拠として書いてもらつたのである。私の云う事はウソである事を知つているのなら、私がよんでも東京からわざわさ面会にくなくともよいであろう、それはBがかんけいないと云つてもらつてもらおうと、思つて面会されたのではないかと考へます。B等がかんけいない事を信じているのなら、どうして、あんな事を云つたのですか又こんな事をどうして云つたのか又Hとの共犯を尋ねかたより外に尋ねる事が多くさんあるはずのに又警察が拷問をかけたと云うのは本当ですかと、そんな事を、くわしく尋ねなければならないのにそんな事は一つも尋ねていない、君は警察で拷問をうけてきずがあると云つて居りましたか、それはどこですかと云われたので私はこれですと云つた所でもこれは本当でありますか、」「テジヨウでこんな 、どうして、あんな事を云つたのですか又こんな事をどうして云つたのか又Hとの共犯を尋ねかたより外に尋ねる事が多くさんあるはずのに又警察が拷問をかけたと云うのは本当ですかと、そんな事を、くわしく尋ねなければならないのにそんな事は一つも尋ねていない、君は警察で拷問をうけてきずがあると云つて居りましたか、それはどこですかと云われたので私はこれですと云つた所でもこれは本当でありますか、」「テジヨウでこんな らないのにそんな事は一つも尋ねていない、君は警察で拷問をうけてきずがあると云つて居りましたか、それはどこですかと云われたので私はこれですと云つた所でもこれは本当でありますか、」「テジヨウでこんな所にきずかつきますか、といわなけれはならないのに正木氏のりつかよいのは本当にして、他のHとはウソであるとききている現在でも、そのきずはありますか、これは誰がみても「テシヨウ」のキズかすぐわかるのである、そのすぐわかる、きずを、私はなぜ云つたかと申しますと原田氏が私に面会されたとき、貴男は警察で拷問を受けて、きずをしたそうではないですか、私はいいえ、と云つたら」証拠があるとよいです、と云つて居られたので、その後、面会されたので、警察で拷問をうけたときのきずはこれです。と云つたら。「これはよいですね、これなら、ちよと、そつとではきえないね、一度、この「イシヤ」にみてもらつておくとよいですねと云た事はあります。だから原田氏もこれはテジヨのキズテはないと云う事もしつていられたのではないかと思ひます、いずれにしても、こうして証拠をこしらえておけばよしと云う事である、だから、正木氏の私の尋ねかたでも、あんな尋ねかたをしたのではないてしようか、(十)(六、二頁)しかし広い世の中には精病者も多い右の事がほんとうだつたらやむえないが、しかしこれだけの折合わせをするのにいつたい時間的に何分ぐらいかかるだろうか、とても五分十分ではすむまいと思うが、- 72 -(コ) 私の知つているのは、十九日M旅館と、二十二日x停留所のときと二十三日夜B方のふきんで、話したのと、二十四日夜八海橋にあつまつたときに話したので、二度に話したのでないから、正木氏が云つているように時間はかかつてはいないのである、私が知らない所にも話しているのではないかと思つて居ります。(十一) 十四日夜八海橋にあつまつたときに話したので、二度に話したのでないから、正木氏が云つているように時間はかかつてはいないのである、私が知らない所にも話しているのではないかと思つて居ります。 きんで、話したのと、二十四日夜八海橋にあつまつたときに話したので、二度に話したのでないから、正木氏が云つているように時間はかかつてはいないのである、私が知らない所にも話しているのではないかと思つて居ります。(十一) 十四日夜八海橋にあつまつたときに話したので、二度に話したのでないから、正木氏が云つているように時間はかかつてはいないのである、私が知らない所にも話しているのではないかと思つて居ります。(十一)(六、三頁)またCが八海橋の集合てときにBから指定された役割にしたがつ、Aoさんの首つり用のロープを捜してきたと云うこともほんとうなら仕方がないがあまりにも、ツジマが合いすぎて不自然な感じがしないだろうか(サ) 二十四日夜八海橋から歩くときBは私達四人は、かく、仕事を、はりあてて、いたからCが「ロプ」を持つてきたのである、正木氏か考へるにこんな所がへんな、又どうしてあんな事を云つたのか、私に面会のときにきくべきであるこんな事を尋ねないのは、私にBらがかんけいないと云つてくれと云わんばかりの事であろう(十二)(九、九頁)死の恐怖バラトツス」同判決ではこのデタラメの供述をわざと真実を隠したと思われると評しそのデタラメな事をそれ自身かどつはBの指名による事実の行動であつてまさにAが裁判所になじて内情暴露した供述とビクリと符合する、したがつて四被告人がデタラメを云えば云うほど、それはAの自供の真実を示すものであるからしたがつて同時に証明されると断定しているだけこの論法はなかなかむずかしい論法である「彼は人を殺しても殺さないという男だときめられたら彼は殺した、といつても罰さられるも殺さないと云いばお前は殺したときに殺さないと云う男だから殺したにちがいないといつて罰せられるいわゆる、バラドツクス逆理の論法であつて、」(シ)これは正木氏の云訳であり、又、口実であるとも云えるのであろう、私や、裁判長かバラドスクなり正木氏はなんであろうか、正木氏は「バラトツクス」ではないであろうか、正木氏は、共犯者がいると云えば、「いたい」、「いない」と云- 口実であるとも云えるのであろう、私や、裁判長かバラドスクなり正木氏はなんであろうか、正木氏は「バラトツクス」ではないであろうか、正木氏は、共犯者がいると云えば、「いたい」、「いない」と云- 73 -えばいると云つているではありませんか、(十三)(八、七頁)「警察は何をしたか」最後の何回かまわしましたと云う意味がよく分からないが私はAがロープで死体を引きあげるためにロープを鴨居越しに引張つたと思うそうでなければ鴨居の擦れ跡はできるはずがないもちろんAoさんが出刃庖丁でむかつてきたと云うのはオカシイ」(ス)私がもし一人で首りをしたのなら、ロープをくくつた事もよく知つて居るのでそんなたよりない事を云わないである。 いるではありませんか、(十三)(八、七頁)「警察は何をしたか」最後の何回かまわしましたと云う意味がよく分からないが私はAがロープで死体を引きあげるためにロープを鴨居越しに引張つたと思うそうでなければ鴨居の擦れ跡はできるはずがないもちろんAoさんが出刃庖丁でむかつてきたと云うのはオカシイ」(ス)私がもし一人で首りをしたのなら、ロープをくくつた事もよく知つて居るのでそんなたよりない事を云わないである。私が本当にくつていない者であるからなんかいかまはしましたと、ほやしているのである。しかしわざとそのように云つたのだとも考へられるものであるがB等であつたら云つているかもしれないが、私は、馬鹿正直に云つて居ります。それがロープの事でなし他の事をウソを云つたのは、Bが云えと云つて居たからである、(十四)(一〇五頁)Az捜査主任はAが血がついているのにに少しも血がついてなかつた事を不審に思つたのであろう同主任にたいするB供述書の最後の部分は左のようになつているそれは「Bgからわりあい早く帰つたのでそのとき風呂に入りました事件をやつたが体にあまり血がつかなかつたのと帰りに海で手を洗つたので帰つて風呂に入りませんでした」と云うているが(セ)Bのよな人間か帰つて風呂にはいらない事はない、これわBgから帰つたときは、はいつていないでK方を出て帰つて風呂にはいつているのであろうK方に行つたときは、B、D、Eはほうかぶりをして居りました。私に血がついているぐらいであるから、Bにも血がついているのである、しかもそれがBが第一回になぐつ 出て帰つて風呂にはいつているのであろうK方に行つたときは、B、D、Eはほうかぶりをして居りました。私に血がついているぐらいであるから、Bにも血がついているのである、しかもそれがBが第一回になぐつているのである。その血のついたのをかたずけているのは明かである、返えり血と云うのは第一回の者より他の者には、つかない事はそうであるが、なぐつた「ズンバンハ」BD私、Eはまちがいない、それが私に血がついているのは、Bが一回め- 74 -をなぐるときにはそこにいた、そしてAoさんがぬしとだとか云つてにげかけたので私が云つておさえたのであるが、その行くときでも血がついたのではないかと、考へて居ります。それでなければつくはづがない、と思つて居ります。(十五)(一二六頁)床下侵入口は夫婦の寝に接近しているうえに図面(第14図一二七ページ)にあるとおりその前面竹竿が数本つみかさねられていてこれをかたづけなければ羽目板をはがすことはできない又現にはがした羽目板口釘のところが割れおちて新しい木地が、露出しているほどであるからこの床下口から入るとすれはその前後にすくなくとも五分間ぐらい大けな音響か連続したにちがいない、この音でK夫婦が目をさまさぬはずはない、(ソ)この床下の板は、どんな板が現物を見ればよくはかるが、二分板のスギ板でしかも古い板であるから、正木氏が云うような、大けな音はしない、少しぐらいは音はしたが、その音で、そこにねていたKさんが目をさますような音であない、又竹竿はあつたがそれをのけるのに一分もかかるはずがありません。 るとすれはその前後にすくなくとも五分間ぐらい大けな音響か連続したにちがいない、この音でK夫婦が目をさまさぬはずはない、(ソ)この床下の板は、どんな板が現物を見ればよくはかるが、二分板のスギ板でしかも古い板であるから、正木氏が云うような、大けな音はしない、少しぐらいは音はしたが、その音で、そこにねていたKさんが目をさますような音であない、又竹竿はあつたがそれをのけるのに一分もかかるはずがありません。(十六)四合ビンかなサイダービンに焼酎をつめかえたと云う事は心理学的にみてAが侵入当時すくなくとも四合ビンの中に二合ぐらいは焼酎を所持していたと見るべきで、Oの女房がAに与えた量が二合だというのであるから午後七時半にO方 ービンに焼酎をつめかえたと云う事は心理学的にみてAが侵入当時すくなくとも四合ビンの中に二合ぐらいは焼酎を所持していたと見るべきで、Oの女房がAに与えた量が二合だというのであるから午後七時半にO方を出発してからその焼酎を飲みおわらないうちにAはK方に到着したということ(タ)これは、私が栗本検事さんの目の前でやつて居りますが、正木氏が云つているように時間はかかつては居りません、又、誰が考へて見ても、正木氏が云うほど時間がかかるであろうか。又私がどうしていれかえたのかと申すならば、八海橋の上でB達がのんでいるので、もういくらもないのでみんなのまれてはいけないから、Bにそのビンのからを見せるためにいれかえたのである。(十七)(5)戸外便の外に脱糞してあつたと云う事実は夫婦喧嘩という自殺擬装とまつたく矛盾するしたがつて擬装は殺害後色々着想したものであつて脱糞とい- 75 -う顕著な既成事実を忘れてしまつたほど犯人はあはてていたものであること(共犯五人で一人だけ脱糞というのもオカシイことだ(チ)正木氏の云うのには五人がK方に行つたのなら五人が脱糞をしなければいけないと云う事であるがそんな馬鹿な事はない、Bが云つていたが誰かが脱糞をすればまんがよいと云つていたので、私とDがしたのであるが、私が一人であつたらそこに外の便所があるのでその便所の中にはいつてするのである、それが出来なかつたのは、そのときDがその便所にはいつたからである、正木氏が云つて居るように私の一人の事件であつたら、そこの外便所にはいつて、私は脱糞をするのであります、これからみても他に共犯者がいた事は分かるのである、しにくい所でしないでも便所ですればみやすいのでその便所にはいつて脱糞するのであるがそれがDがはいつて居たから、私は便所にはいる事が出来なかつたのであるだから他に共 つてするのである、それが出来なかつたのは、そのときDがその便所にはいつたからである、正木氏が云つて居るように私の一人の事件であつたら、そこの外便所にはいつて、私は脱糞をするのであります、これからみても他に共犯者がいた事は分かるのである、しにくい所でしないでも便所ですればみやすいのでその便所にはいつて脱糞するのであるがそれがDがはいつて居たから、私は便所にはいる事が出来なかつたのであるだから他に共 に共犯者がいた事は分かるのである、しにくい所でしないでも便所ですればみやすいのでその便所にはいつて脱糞するのであるがそれがDがはいつて居たから、私は便所にはいる事が出来なかつたのであるだから他に共犯者かいるべきとみるのが正しい事である、(十八)(6)AがP自動車店に行つたときは素足にゲタばきであつたというが一月二十五日の厳寒の真夜中の外出にどんな分見え人でもはじめから素足ではないと見るべきだろうから犯行のときにはいていたタビは捨てものでありK寝室の畳の上に一個残つていたタビの足跡はAのものと認むべきなのにAが素足と自供したというのでこの点を調べず別人としたのは軽信であること(ツ)私はそのごろ二十三日、四はy川に、「オオガイ」をとりに行つてタビをぬらしたので又、ぬいだそのままで、はかなつた事は事実であります。それは私がOにいつた時もはいて居りませんでした、正木氏か云うのは、いかにも見たような事を云つているが、よくもそんなデタラメが云える事であります、私等の悪人が申立たてるならはなしも分かるのでありますが、正しい裁判に立つて公正なる裁をしょうと云う人がそんな事では正き裁はで来ないであろう、血がついてタビをすてるぐらいであつたら、ズボンもスてるはずである私がタビをはいていなかつたのは、- 76 -足のうらに血がついていた事からみてもタビははいていなかつたとすべきである(十九)(9)dを捜査した結果出たものはAのものとK方のものだけで四被告人の自供したものは、一つも出ないし四被告人と関係のあるものも一つも出なかつたこれも検察官としては重要視すべきであつた事、(テ)私は八海橋の上から「ステた」者はないのでありますから私の者が出るはずがありません、私の者と云うのは、なにをみてそのような事が云えるのであろうか橋の上からステたのは、Bと すべきであつた事、(テ)私は八海橋の上から「ステた」者はないのでありますから私の者が出るはずがありません、私の者と云うのは、なにをみてそのような事が云えるのであろうか橋の上からステたのは、BとDEである、そのすてた者はなにかよくはからないがすてた事は事実であるそれは、B等がふくめんしていたのでその者をすてたのか又手ぶくろをすてたのではないかと思ひます(二十)(10)警察の方ではCやBの内妻がK方にあつた新しい、十円紙幣と同番になるものをもつていたというがAの第六回供述によると「私はCEDに金を千円を渡しましたBは二千円か三千円ずつやりましたとなつてCに十円紙幣をやつたという供述は全然ないから同番にえの十円紙幣というのは根拠がオカシイはずであること(ト)私はBがのけておけと云つた、金をむりにのけないでもよかろうのにと思ひとつた事をBがカンずいたのでしょう、それでBはおれがのけておけと云つた金をつとたのではないかと云つたので、むりにのけなくてもよいではないかと云うと馬鹿者せつかく夫婦ゲンカにみせかけたのに金が一つもなければだれだつておかしいと思うではないか、そんな事がわれに分かるまいゲーその金はどのくらいあるかと云うので私はたしならDらにやれと云つたので十円もだしてやり又千円も出してやつた事はあります、又Bも他の三人に金を出して居りましたのは事実である、(二十一)(一二九頁)池田検事は、昭和二十六年二月三日からAをしらべはじめて山口地方裁判所岩国支部で第一回公判が開かれる五月十四日までに九回しらべている池田検事が客観的事実を尊重すれば四被告人たちを即時釈放しなければなら- 77 -るまいもちろん、これは、山口県警察部にとつてゆ―しい黒居となるまかりまちがうと多数の警察官の拷問事件までおきる可能性があつた私の想像だが池田検事は したのは事実である、(二十一)(一二九頁)池田検事は、昭和二十六年二月三日からAをしらべはじめて山口地方裁判所岩国支部で第一回公判が開かれる五月十四日までに九回しらべている池田検事が客観的事実を尊重すれば四被告人たちを即時釈放しなければなら- 77 -るまいもちろん、これは、山口県警察部にとつてゆ―しい黒居となるまかりまちがうと多数の警察官の拷問事件までおきる可能性があつた私の想像だが池田検事は 四被告人たちを即時釈放しなければなら- 77 -るまいもちろん、これは、山口県警察部にとつてゆ―しい黒居となるまかりまちがうと多数の警察官の拷問事件までおきる可能性があつた私の想像だが池田検事は四被告人たちのえん罪なることを感知したから警察の面目をたてるために、いちおう四被告人を起訴して判断の責任を山口地方裁判所岩国支部の裁判官の手にゆだねたのではあるまいか(ナ)正木氏が云うように少しでも池田検事が知つていたら裁判官の手にゆだねまい、なせならば、裁判官の手にわたすと、検事がBは、この事件にかんけいない事が分かるくらいであるから裁判官にはなをさらはかるので、そうなると警察の拷問事件はますます大けくなり、面目を立てるどころが悪くするので、池田検事の手でうまくまるめてしまうのである。であるから池田検事はそんなばかな事はすまいと考へるべきであろう、(二十二)(一三〇頁)Aの迷によると五人がKの屋敷に着いてからA一人だけが十六夜のこうこうと照るところで脱糞をはじめたところ、Bはそのそばのガラス窓をガタガタと音をさせながらあけよとしていたが開かなかつた、Aが「どうしたか」と聞くとBがあかないからお前の懐中電灯を貸せ」というのでAが貸してやつたそこえDがきて窓があかんにや、これでやれといつて金棒みたいなものを貸した」と云う事である、(ニ)この二十四日夜は月があつた事はあつたように思うが、しかし正木氏が云つている様にそれほどこうこうと照るつてはいなかつたのである。その晩はクモが出てAlさんの顔がうすらとみえるぐらいの晩であつたのであります。月が出ていたと云つてもこうこうと照るほどの月ではなく、小さなはん月であつたのでありますがこれは正木氏が大ケタ書いた者である。(二十三)(一三一)バ―アルについて帰途八海橋の近くでAがDにかつたの返 ていたと云つてもこうこうと照るほどの月ではなく、小さなはん月であつたのでありますがこれは正木氏が大ケタ書いた者である。 ある。その晩はクモが出てAlさんの顔がうすらとみえるぐらいの晩であつたのであります。月が出ていたと云つてもこうこうと照るほどの月ではなく、小さなはん月であつたのでありますがこれは正木氏が大ケタ書いた者である。(二十三)(一三一)バ―アルについて帰途八海橋の近くでAがDにかつたの返 ていたと云つてもこうこうと照るほどの月ではなく、小さなはん月であつたのでありますがこれは正木氏が大ケタ書いた者である。(二十三)(一三一)バ―アルについて帰途八海橋の近くでAがDにかつたの返還を請求されたと右の事情を話したらDはびツクりして「あつシマツタ」しかたが- 78 -ない」といつたというのである、なぜならDの家と現場とは百メートルもはなれてはいない「シマツタ」と云う必要はなくすぐとりかえしにゆけるはずだ。(ヌ)Dがバールをかくした者でなく、又土の中にさしこんだので、とこにあるか分らないのでDはとりにゆかなかつたのであつて、又だれがみてもすぐはかる者ではない土の中にうめれてあるので、いつでもとりにゆける事と、又私がその晩ばDわかれたのであるからDはゆかなかつた事であろう正木氏は私に面会したときにこんな事を尋ねるべきであろうのに、こんなことは一つも尋ないで、ただBがかんけいない事を云つてもらえばよいと思つていたのであるそしてこんな事はかつてに書いたものである、又原田氏は私に面会されたとき左の様な事を云つている、この、バアルは、Bhさんや、Alさんがかくしたのではないでしょうか「私はそんな事はないでしよう」貴男が一番きをつけなければいけない人はだれですか。私は「それは、どう云う事ですか」と云うと、「原田氏は、「こんなものをつくる人です」「こんな者と云つたのはバ―ルのシヤシンをさしていわれたのである」まあBhさんとか又AlさんとかAzとか云う人がくさいと云う事はないですか」とこんな事を云つたことがあるが、これは、私にBhさんがバ―アルをかくシタものとか又Al、Azかつくつたものと云つてくれと云われたのではないかと考へて居ります、私はそう思つたのであります、(二十四)(一三二頁)彼一人が自宅に帰つて、オバーをぬいで活躍の準備を かくシタものとか又Al、Azかつくつたものと云つてくれと云われたのではないかと考へて居ります、私はそう思つたのであります、(二十四)(一三二頁)彼一人が自宅に帰つて、オバーをぬいで活躍の準備をととのえたと云う事はなつてこの事実と烏合の衆のような五人共犯説とどう調和するのだろうかしかしAがオ―バを家においた事実はここ一カ所だけに記録されあとにも先にも、だれもこれを問題とサず不用のまま、二つの裁判がおわつてしまつたのである、(ネ)私は私の家の中にオ―バをぬいておいたのではありません。 居ります、私はそう思つたのであります、(二十四)(一三二頁)彼一人が自宅に帰つて、オバーをぬいで活躍の準備をととのえたと云う事はなつてこの事実と烏合の衆のような五人共犯説とどう調和するのだろうかしかしAがオ―バを家においた事実はここ一カ所だけに記録されあとにも先にも、だれもこれを問題とサず不用のまま、二つの裁判がおわつてしまつたのである、(ネ)私は私の家の中にオ―バをぬいておいたのではありません。私の家は道のへりであつて家の前には原木があつたのでその木の上に又家のノキ下の木の上にお- 79 -いたのであるから時間のうチにはいる事はない、正木氏はこれも尋ねるべきではないであろう、(二十五)(板戸の突き傷)板戸に小刀を突きさしにオトシ錠の位置をさぐり(ジツサイにワオトシ錠はなかつた」それが九個におよんでいることは一つ一分間としても九分間は傍観していたことになる(ノ)正木氏の云うのには、一つあけるのに、一分かかると云うのであるが、そんなバカな事はない、「雨戸の板戸と云うものは、どこの家の戸でも、きまつているものである。その戸の板のあつみは二分であつてしかも、スギ板であるから九個におよんでいても一分もかからない、いくら音をしないようにしても、それほどかかる者ではない事は正しい人の考へかたであつたらだれが考へても、又やつてみても分る事である、悪い事をするのに、時間をかけてする者がいるであろうか、まごまごしていたら、すぐつかまつてしまうのである、この様な板戸の事も私に尋るべきである、それはBがこの事件にかんけいないと信ずるためには、どのくらい時間かかつたのですかと尋ねるべきが当然である、それなのに、このような問題になる事は一つも尋ねていないの な板戸の事も私に尋るべきである、それはBがこの事件にかんけいないと信ずるためには、どのくらい時間かかつたのですかと尋ねるべきが当然である、それなのに、このような問題になる事は一つも尋ねていないのは、なぜだろうか、今まで、の二つの判決ではAの一人の仕事ではないB等といつしよである、と判決が下されているのであるからB等の云う事ばかり聞くより、私の云う事を聞く事が、本当ではないであろうか、それは「君は今まで一審二審ではB等とやつていたのは、どうしてそんな事を云つたのですか又でも一審二審ではBらとやつたと云つていますね、B等が君の友達であるから、たすけてやろうと云う心になつたのではないですか」とこのように一度、私にためしに尋ねるべきである。 一人の仕事ではないB等といつしよである、と判決が下されているのであるからB等の云う事ばかり聞くより、私の云う事を聞く事が、本当ではないであろうか、それは「君は今まで一審二審ではB等とやつていたのは、どうしてそんな事を云つたのですか又でも一審二審ではBらとやつたと云つていますね、B等が君の友達であるから、たすけてやろうと云う心になつたのではないですか」とこのように一度、私にためしに尋ねるべきである。そして裁判で問題になつた事をくわしく尋ねてこそ、B等は無実であるとか又Aの云う事はウソであると云う事であるなら話しもわかるが、ただB等がかんけいないのですか、警察で拷問を受けたときのきずはどこにあ- 80 -るのですか、又Hとやつたのはどうふにやつたのですか、と云つているがこれだけの尋ねかたでB等はかんけいない又Aが今まで云つたのはウソであるとキメてよいだろうか、又これだきの尋ねかたでは本当の事は分る者ではない、いくら裁判所のキロクをみたと云つても、B等が犯罪を犯していないと云う事が分るべきではない(二十六)(一四五頁)弁護士の壁、三十分か三時間か、物的証拠にのこつた犯行の跡だけをたどつてみてもたとえ犯人が五人であろうと、一人であろうと、休みなく実演したとしても正味最小限度二時間以上はかかるのである、この時間は物的証拠の問題だから絶対に短縮することはできない、K方滞在二、三十分の仕事ではない(ハ)私達の犯行の時間の跡だけをたどつて「キオク」してみると左の様になる(1) 八海橋からK方まで(五分) は物的証拠の問題だから絶対に短縮することはできない、K方滞在二、三十分の仕事ではない(ハ)私達の犯行の時間の跡だけをたどつて「キオク」してみると左の様になる(1) 八海橋からK方まで(五分)(2) 便所のカラス窓から侵入し板戸をひらくまで、又私が床下から土間に出るまで(十分)(3) 焼酎をつめかえ、カツテ口や、北裏口などの戸をひらいて上に上がるまで(五分)(4) 夫婦殺して金をさがし、首つり血塗り灰まき、(十五分か十八分)(5) 戸をしめて出るまで(五分)(6) K方から八海橋まで(三、四分)帰りには早く歩いていたので、行くときよりも早い(7) 八海橋からC方まで(十五、八分)(ニ)計一時間と五分これは事実犯した者であるからキをくがあつて云う事が出来るのである又家の中にいたのは、三十分もあれば五人であるからゆつくり仕事が出来るのであるしかし、正木氏の云事によれば一人であつても五人であつても時間は同じであると云うので- 81 -あるが一人りが仕事をするのも五人がするのも同じだと云う事と同じであるがそんなバカな事はないこの様な時間を問題にして、世の人に疑問を抱かせよとしている証左である。 と五分これは事実犯した者であるからキをくがあつて云う事が出来るのである又家の中にいたのは、三十分もあれば五人であるからゆつくり仕事が出来るのであるしかし、正木氏の云事によれば一人であつても五人であつても時間は同じであると云うので- 81 -あるが一人りが仕事をするのも五人がするのも同じだと云う事と同じであるがそんなバカな事はないこの様な時間を問題にして、世の人に疑問を抱かせよとしている証左である。(二十七)(一、一、三頁)Dの自供、この供述をもし心理学者が見たらこれだけでもDのえん罪は十分に分るのではなかと思う、それは第一回はチンプンカンブンの供述だが二回三回とするとにしたがつて、共同議謀議のことなどはDの供述がいちばんくわしいことになる(フ)DはBと同じ様に犯罪を犯しているのは、二、三度もあつてその犯罪と云うのは、窃盗や、強姦、や強盗事件もある、その中の強姦はDが光の「バクゲキ」で気がくるつてした事にしてdのみんなが警察に行つてたのんだのでその強姦はのがれたのである、だから私等と違つて悪かしこくて警察や、裁 窃盗や、強姦、や強盗事件もある、その中の強姦はDが光の「バクゲキ」で気がくるつてした事にしてdのみんなが警察に行つてたのんだのでその強姦はのがれたのである、だから私等と違つて悪かしこくて警察や、裁判のうらと云うか、そのうら道をよくしつているから、わざとそのような事を述べているのである。それは犯罪をおかすときいつていたように、BDは今頃は証拠さえなければせわあないと云つて、又よく考へた上で犯罪を犯かすのてある。又血かついたら「アルコオル、カキハツウカ、又は石油でフケばとれるとBが云つていたように、これから考へてもBの考へはどれほどのものがわかるのではないでしょうか、又このアルコオルとか云つたと云うのは正木氏はAがウソを云つていると云つているが、私の考でそんな考が出るであろうかそれほどの考へもつているのなら血のついたそのままほつてはいないであろう、Bが云つたがそれほど私は問題にしていなかつたのである。(二十八)Cの自白、ただいま申上げたことは私として絶対にまちがいないと断云できます。多少の小さい考ちがいはあるかもしれませんが全部申し上げました、本当に取りかえしのつかない馬鹿な事をしました。その中でも私やDEの三人はとくにバカな目にあつたと思ひつて、くやしくてやりません、BとAは相当よい事をしたと思ひ- 82 -ます。 ほつてはいないであろう、Bが云つたがそれほど私は問題にしていなかつたのである。(二十八)Cの自白、ただいま申上げたことは私として絶対にまちがいないと断云できます。多少の小さい考ちがいはあるかもしれませんが全部申し上げました、本当に取りかえしのつかない馬鹿な事をしました。その中でも私やDEの三人はとくにバカな目にあつたと思ひつて、くやしくてやりません、BとAは相当よい事をしたと思ひ- 82 -ます。どうか御寛大にお願いします(ヘ)Cが警察で拷問を受けて苦しまぎれに云つた事ならこの様な云葉が云えるだろうか、なぜならば、もし、警察で拷問を受けて苦しいまぎれに云つた事になれば、その場のがれで、Cの「リツ」のよいように云わなくても、本当に犯罪を犯していないのなら、こんな事を云わなくとも無罪になるのでこんなバカな事を自白するはずがないDの自白のように、チグハグナツていなければならない、又警察が「コウだろう」ああであろう ても、本当に犯罪を犯していないのなら、こんな事を云わなくとも無罪になるのでこんなバカな事を自白するはずがないDの自白のように、チグハグナツていなければならない、又警察が「コウだろう」ああであろうと云つたのでハイそうですと云つたのであつたら、警察官がそんな事を云わないでもよいだろう又そんな事を云う者人はない、これはCの本心から出た自白であつて少しでも罪をかるくしてもらおうと考へ又バカオしたと悔悟していた云葉である、しかしB等の手前があつて、その後否認したのである四被告の中ではCが一番、すなをな者でありますが、そのはんめんには、ぎりがたい所もあります、Cが今になつて本当の事が云えないのはB等の手前があつて本当の事が云えないのである、又警察が拷問をかけてない事は私も、もちろんされて居りませんが、私が六人と云つていた、Aqが逮捕され終始否認していたのかかわらず、二晩留置されただけでベツダン暴行や、強制を受ける事なく釈放されて居る事からみても、ゆはいる、警察の拷問はウソであると考へて居ります。(二十九)(現地を探る)(一八八頁)犯行のおこなはれたK氏の宅にはたびたび証人に出ているBhさんがいた。同氏は、われわれが四人のえん罪の調査のために来訪したことを知つてひじょうに不機嫌であつた、Bh氏はAがBらにだまされて犯行をおこなつたものだと信じこんでいた。Aが五人の共犯を自白してくれたことを徳とし彼にひじょうに好感をもち差しいれをしたり裁判所にたいし減刑嘆願書を出していた。 と考へて居ります。(二十九)(現地を探る)(一八八頁)犯行のおこなはれたK氏の宅にはたびたび証人に出ているBhさんがいた。同氏は、われわれが四人のえん罪の調査のために来訪したことを知つてひじょうに不機嫌であつた、Bh氏はAがBらにだまされて犯行をおこなつたものだと信じこんでいた。Aが五人の共犯を自白してくれたことを徳とし彼にひじょうに好感をもち差しいれをしたり裁判所にたいし減刑嘆願書を出していた。のである。(ホ)私はBh様に御詫びの手紙を出した事はありますか、Bh様から手紙をもらつた事もなければ、差しいれをしてもらつた事もなければ、減刑嘆願書を出して- 83 -もらつた事もないのである、これは調べればわかる事である、又私が五人と云つてくれたからBhさんは「徳とし」 もらつた事もなければ、差しいれをしてもらつた事もなければ、減刑嘆願書を出して- 83 -もらつた事もないのである、これは調べればわかる事である、又私が五人と云つてくれたからBhさんは「徳とし」と云うのであるが、私が一人と云つても五人と云つてもBhさんには、かんけいのない事である、このようなウソと云う事は正木氏にわかりきつて書いているのであるか、ばれたときには、Aが云つたとか自分のソウゾウだと云訳するにちかいわないが今更云訳がとうらないであろうこのような事は原田氏からも聞いた事はない、正木氏の作り事であるであるから、私はふと、こんな疑問をもつた、正木氏の考へはウソでもよいから、世の人か興味と疑感を抱かせて、本がよくうれる様に巧妙に金もうける取欲くを考へている証左である、すなわち狡猾な弁護士とも云いうるだろう。(三十)(一三六頁)すなわちBとBi証人とが十時三十五分か四十分にAtの近くで会つたというのはBi証人の時間の計算に誤りであるBi証人はAtが十時十五分におわつたと思つているがそれは、十時だしたがつてBとBi証人とが、Atの近くであつたのは、十時二十分か二十五分だ」とB判決は断定したのだ、これはBのアリバイを排斥するB判決のもつとも鋭く見える個所であつて、しかも、トンダまちがえであるか、それはのちに記することにする。Aの右供述によるとBがBi証人と会うよりまにすでに八海橋の向こうがわでAl証人とスレちがつているというのであるからBの方がAl証人よりさきにAtの所をさつて八海橋附近まで来ていなければAlとスレちがう事が出来ないはずだ。 、十時二十分か二十五分だ」とB判決は断定したのだ、これはBのアリバイを排斥するB判決のもつとも鋭く見える個所であつて、しかも、トンダまちがえであるか、それはのちに記することにする。Aの右供述によるとBがBi証人と会うよりまにすでに八海橋の向こうがわでAl証人とスレちがつているというのであるからBの方がAl証人よりさきにAtの所をさつて八海橋附近まで来ていなければAlとスレちがう事が出来ないはずだ。(マ)これは、Al証人が云うのが正しいと考へるべきであるなぜならばAl証人はBi証人とちがつて、浪花節がすんでもすぐ出るはけにはいかないそれは、はきものをとらなければならない、そのはき者をとるの (マ)これは、Al証人が云うのが正しいと考へるべきであるなぜならばAl証人はBi証人とちがつて、浪花節がすんでもすぐ出るはけにはいかないそれは、はきものをとらなければならない、そのはき者をとるのであるが後と行けば、どうしても十分十二、三分はかかるのである、それほどかかるのは早く出れば早く出る事が出来るか、Al証人はそんなにあはてる人間ではない事は私はよく知つている、そのテンはBi証人は、いぐでも出る事ができるので- 84 -ある、Bi証人が浪花節がすんで十五分ぐらいして出たと云つているがそれはそう思うたいどである、Bi証人の時間が正しい事にすれば私と八海橋でAl証人とスレちがう事は出来ないのである、ゲンにAlとは私達とは云つているのであつて、Al証人かAtを出てから十時のサイレンがなつたと云つている又サイレンを念頭におくものであるから信用するべきである、Bi証人はAlよりAtを十分ぐらい早く出ているのである(三十一)(一六六頁)第二審における裁判長の詳細な尋問が小竹判事のこの短い尋問によつて判決では全面的に抹殺され上申書が法廷における証云にかわつてしまつたのである、しかしこの巡査が上申書はまちがつていたあれは上司と相談して書きましたと云えばすぐさま自分の生活の死活に関してくるのだしかしBjの上申書が生るとなるとBkがBg方を出発したのが十二時近くなりしたがつてそれより一時間前に出たBは十一時四十分頃にBi証人に会う事になり、Atがハネタのが十一時頃となる、(ミ)Bj証人は、第一審の公判では「私がチヨウシヨウ書いていたら、ねてしまつて目をさまして自分の時計を見ると、十一時過ぎていました、もうおそくなつたと思ひC方の「ハシラドケイ」をみると十一時四十分か四五分ではないかと思ひますと云つて居りますではありませんか、Bj証人とCの のが十二時近くなりしたがつてそれより一時間前に出たBは十一時四十分頃にBi証人に会う事になり、Atがハネタのが十一時頃となる、(ミ)Bj証人は、第一審の公判では「私がチヨウシヨウ書いていたら、ねてしまつて目をさまして自分の時計を見ると、十一時過ぎていました、もうおそくなつたと思ひC方の「ハシラドケイ」をみると十一時四十分か四五分ではないかと思ひますと云つて居りますではありませんか、Bj証人とCの て目をさまして自分の時計を見ると、十一時過ぎていました、もうおそくなつたと思ひC方の「ハシラドケイ」をみると十一時四十分か四五分ではないかと思ひますと云つて居りますではありませんか、Bj証人とCの母とはどれほどの中であつたか?。しかも肉体関係までしている仲のよい二人りであつた。その者がなんとかして助けてやろうと思つたのだが、ウソを云えば分る事であつから一審では本当の時間を云ひそのご、二審では返したのであるその時間を十一時四十分である者を、十時四十分と、なおしたのはCの母親Bl氏が十時四十分と云わさせたのである。それは昭和二十八年三、四月頃に私が運動に出たとき、Eが私に、「Bj「ジンサ」はこの前の実地検証の時に証人に出て、うまくいつてくれたから、こんどはお前さえうまく云つてくればよいCのおばさんがBjにたのんだので時間はなおしてくれ- 85 -た、」と云つてのであります。すなはちBjに二審の証人ではCの母にたのまれてCを助ける事に決心をしたのである又Bは自転車でCと二人のりして帰つたのであるがその帰る途中に自転車の「チーン」がきれたと云うのであるもちろんBi証人が会つた時は、自転車をおしていたと云つているからチーンがきれていたのであるとしても、どこできれたかが又Bの云う事を信用すべきでかである。Bは、そのチーンがきれた事をよい事にして、そのきれたところを作くるとこの時間があはなくなつてくるから「ウソを」それはキレタ所を考へ自白して居る事である事を考へられるのである、B、CがBg方を出たのが、十時前には出ているはずである。そして十時五分前頃にa町Bm店前でBi証人と会つた事になるのであるこの時間は、物的証拠の問題だから絶対に短縮する事は出来ない、したがつてBが八海橋にきたのが十時十五分頃にAlとスレちがつて「それは私五人の事」いるのであ 町Bm店前でBi証人と会つた事になるのであるこの時間は、物的証拠の問題だから絶対に短縮する事は出来ない、したがつてBが八海橋にきたのが十時十五分頃にAlとスレちがつて「それは私五人の事」いるのである、このように時間的にヘンに思われる所があるので、そをよい事にして問題にしているのであるがなんと云うムちやな書き方であろう。 八海橋にきたのが十時十五分頃にAlとスレちがつて「それは私五人の事」いるのであ 町Bm店前でBi証人と会つた事になるのであるこの時間は、物的証拠の問題だから絶対に短縮する事は出来ない、したがつてBが八海橋にきたのが十時十五分頃にAlとスレちがつて「それは私五人の事」いるのである、このように時間的にヘンに思われる所があるので、そをよい事にして問題にしているのであるがなんと云うムちやな書き方であろう。(ム)正木氏の手紙の中にこんな事が書いてあつた「人間は一度ウソをつくと後は中々信用してもらえないのです。私はやはり君が酒をのみすぎて自分でもわからないほどやつてしまつたものと考へて居ります。」この手紙をよんだ私は、私の一人の犯行と云つてくれ、もう服役しているから罪はふえる事はないから前にFと云う人をだしてそれを返しているから今云つているHと云う人も死んでいるのでウソと云う事になるからそれよりも一人と云つたほうがよい、と云つているのだと考へて居ります、(メ)又こんな手紙もきている、「この事件は今や天下に知れわたつて来ましたので警察では五人を共犯説を本当のことにしなければ自分達の首があぶなくなつたのであわてています、きつと君の方へも何とかはたらきかけていつたことと想像しています、そんな事をすれはいよいよ自分達のやつたインチキとごうもんとか明る- 86 -みに出るのですが学問のない警察の人たちにはそれかわからないようです。これには警察が私の方にはたらきにきたような事を書いてあるが、それは私にこのように云つてくれ、そうすればよいからと云う事であると考へて居ります他の人には私のよな考へはとらねれないか知れないが、私としてはそうしかとれないのです、(モ)又こんな事も書いてきているこの事件は、B君等がかんけいない事を知りつつも裁判長は判決をしている事がよくわかります。ですからそのウソをどこまでも本当にしないと自分達の面 かとれないのです、(モ)又こんな事も書いてきているこの事件は、B君等がかんけいない事を知りつつも裁判長は判決をしている事がよくわかります。ですからそのウソをどこまでも本当にしないと自分達の面目を失なうので、君が病気で死んでくればとそれを願うているでしょう、そんな悪巧みにのつてはなりません、私は貧乏弁護士ですが正義にかけては、多くの人に知られて居ります、貴男やB君達をたすけるためなら金をだしてくれる人も多さんいるでしよう、その金のために貴男事件を返したと思われてはなりません原田さんもそれを気にして居りました。 ている事がよくわかります。ですからそのウソをどこまでも本当にしないと自分達の面目を失なうので、君が病気で死んでくればとそれを願うているでしょう、そんな悪巧みにのつてはなりません、私は貧乏弁護士ですが正義にかけては、多くの人に知られて居ります、貴男やB君達をたすけるためなら金をだしてくれる人も多さんいるでしよう、その金のために貴男事件を返したと思われてはなりません原田さんもそれを気にして居りました。今は金を送る事は出来ませんが、B君達が無罪になつたら、貴男に金を上げる事が出来るのです、今は金は日ようで送られませんが、貴男の病気が、かいふくするように手はいします。金のいる事があれば知らせて下さいそしてその後二千円送つて居りますのは、私の歓心を買はんとして居るのである、以上のように正木氏等は、私にたいする四被告人等のために無罪の証人又あらゆるの証拠のうらずけをけソをとして、私にナンクセを見いだすことに努力をしたのではないかと思はれる「フシン」が、私に思はれる六、昭和二十九年十一月十五日付で広島高等裁判所伏見裁判長と最高裁判所連記宛の上申書を原田弁護士に提出した。その中には左の様な事が作つり事の申立をしましたのであります。(A)Hとの犯行であると申立をした事、(B)警察で拷問を受け、Az司法主任に金をもらつたと書いてある事、- 87 -(C)昭和二十九年七月二十七日広島高等裁判所第一部公開の法廷において私が伏見裁判長から尋ねられた事の事実を、B等が無罪になる様に云訳をして書いた事、(D)Dが私に今年三月十七日頃に洗濯物をほしに来た時警察で拷問を受けたと、Dかおしえてくれた事を、私がそれは、警察で拷問を受けてあんな事を云つ た事の事実を、B等が無罪になる様に云訳をして書いた事、(D)Dが私に今年三月十七日頃に洗濯物をほしに来た時警察で拷問を受けたと、Dかおしえてくれた事を、私がそれは、警察で拷問を受けてあんな事を云つたと、B等よいように書いた事、(E)昭和三十六年二月三日に、Bjの上申書に十一時半と書いてあるのでこれは、Az司法主任がそのように書かしたのであると、書いた事、「これは前も申して居ります様に、Cの母親がたのんで十一時半である事実を十時半になをしたので、それをりようとして、Az司法主任がそのように書かしたと、申立てなければこの事件をやぶつ事か出来ないからその様に書いたのであります。 けてあんな事を云つたと、B等よいように書いた事、(E)昭和三十六年二月三日に、Bjの上申書に十一時半と書いてあるのでこれは、Az司法主任がそのように書かしたのであると、書いた事、「これは前も申して居ります様に、Cの母親がたのんで十一時半である事実を十時半になをしたので、それをりようとして、Az司法主任がそのように書かしたと、申立てなければこの事件をやぶつ事か出来ないからその様に書いたのであります。」(F)Azが池田検事の所にきて「Al証人」をおしえてくれたと書いた事、「それはDが昭和二十八年三月頃に私が洗濯物をほしに来つた時私をDがよぶので、行くとDは、「岩国の公判のある頃に、Azや、Bn刑事らが、きて警察で云つたように、云わなければつまらん」と云つたと云えそして差入れをしてくれたと云えと云つた事があつたので、Alも、Az司法主任が云つたと云つたらよいだろうと思つて申立てたのであります、(G)警察の取調べのさえ、十円札を十枚ばかりと千円札を一枚出したのであるかその中の十円札が私か出した事になつておらないのがおかしい、と書いた事、「これは、前の(12)ページの(ホ)所で申して居りますようにBが警察が作つたのだと云つて居りましたので、そのように云つたら、B等の証拠と云うものがなくなるので書いたのでありますこれらのきろくは、原田氏が裁判のきろくを入れて上げるからそれをみてB等のはんたいろんを書いて下さいと、私が拘置所にいるとこき、いつておられたので、この刑務で私がそれをたのんだのであります、原田氏は、この中に貴男が伏見裁判長に一人で尋ねられた事のはんたいろんを書 てB等のはんたいろんを書いて下さいと、私が拘置所にいるとこき、いつておられたので、この刑務で私がそれをたのんだのであります、原田氏は、この中に貴男が伏見裁判長に一人で尋ねられた事のはんたいろんを書いてくだ- 88 -さい又伏見裁判長と最高裁判所と、りょうほうに書いて書いて下さいと云つていれて下さつたので、それをみて書いたのである(H)最後に、私がB等にお詫び様な手紙のようなつもりで、書いたのでありますが、B達を助けるためには、こうして、いかにも私がひきいれたように書いたらよかろうと考へて書いたのであります、七、B等を無罪にするためには上申書だけは、いけないと思つて正木氏や、原田氏や、岡林弁護士にB達は無実でありますと書いた手紙を多くさんだして居りますのは、私と弁ゴ士との話しの中では、裁判長殿にわからないから、それは私がB等は無罪であると云つて居ります事が、」わかつてもらえないから弁ゴ士に手紙で書いておいたら、弁ゴ士が裁判所に証拠として出すような事も聞いて居りましたので、証拠として裁判所に出してもらおと考へて出した事があります。 上申書だけは、いけないと思つて正木氏や、原田氏や、岡林弁護士にB達は無実でありますと書いた手紙を多くさんだして居りますのは、私と弁ゴ士との話しの中では、裁判長殿にわからないから、それは私がB等は無罪であると云つて居ります事が、」わかつてもらえないから弁ゴ士に手紙で書いておいたら、弁ゴ士が裁判所に証拠として出すような事も聞いて居りましたので、証拠として裁判所に出してもらおと考へて出した事があります。その手紙は弁護士に出した手紙の事であります。八、B、D、E、C、等は私の共犯である事は左の様な事から判断をしてみると分かるのではないかと思つて居ります。(1)現場をみれば一人の仕事が五人の仕事かと云う事、(2)仲のよい友人が私ともしも犯罪を犯かしていないのなら、一諸にやつたと云えるものではない、友達と云う者は、友達が困つていたり苦しんでいた時には助すけてやるのが、友人であるのではないではあるまいか、私はBとはとても仲のよい二人りの中でありました、それで私はBにも、無理を云つてしてもらつて居りますが、私もずいふんしてもやつて居ります(3)五人は、たいてい酒をのんでいたのでその酒だいがたまつたので犯罪 とても仲のよい二人りの中でありました、それで私はBにも、無理を云つてしてもらつて居りますが、私もずいふんしてもやつて居ります(3)五人は、たいてい酒をのんでいたのでその酒だいがたまつたので犯罪を犯すようになつた事、(4)十九日M旅館や、二十二日x停留所や、二十二日夜Dが私をよびに行たのであるが、又いつたいなんのためにあつまつて話しをしたのであるかと云う事、- 89 -(5)一人の犯行なら、「ホイチヨウ」と「チヨウノ」二つも持つてAoさん二人がねているまに行く事が出来な、又二つもいらない云う事、(6)私の一人の仕事なら、かならず、Aoさんにも「キズ」がついていなければいけないKさん一人り「キズ」がついていると云う事はオカしい事、(7)一人の仕事であるなら首つりがデツタイに出来ない事、(8)その時の私の考へでは、あの様な考へは出来ない、それは「Bが云つていたように、金をのこしておかなければいけないと云つたのに私は、そのような事が分からなかつたので、とつたのであるが、そんな考がうかばない事又血のぬりつけも考へがうかばない、今なら、そのような事なら出来るが、そのとう時はうかばない事、(9)私が一人の仕事なら、シキ戸の戸をあけなければいけないが私はそのシキ戸のカギはよくしていおりますから、戸にあるようにあんな、めんどくさい事をしないでもあくから、私がへやの外便の所からはいつていたならそんな事はしない。 たのに私は、そのような事が分からなかつたので、とつたのであるが、そんな考がうかばない事又血のぬりつけも考へがうかばない、今なら、そのような事なら出来るが、そのとう時はうかばない事、(9)私が一人の仕事なら、シキ戸の戸をあけなければいけないが私はそのシキ戸のカギはよくしていおりますから、戸にあるようにあんな、めんどくさい事をしないでもあくから、私がへやの外便の所からはいつていたならそんな事はしない。私は、床下からはいつているからである事、(10)一人の仕事なら、まだ金を持つていなければならない事、(11)K方の家のまはりには「ゾウリ」「ゲタ」「クツ」の足のあとがあつた事(12)Bが云うには、Aとは、二十二日から出会つた事はないと云つているがそれなら、左の様な事を私が知るはずがない。(13)前の(4ぺージ)「 は「ゾウリ」「ゲタ」「クツ」の足のあとがあつた事(12)Bが云うには、Aとは、二十二日から出会つた事はないと云つているがそれなら、左の様な事を私が知るはずがない。(13)前の(4ぺージ)「の下に」述べて居りますようにBがEに「ありやのう「E」とうとうもどうなかつたずくだ、金の出場がはつきりするとよいがと云つて」居りましたのであるか、それは金のアリバイを作くるためか、この金をどこから出したかととはれたときにはBgからもらつたと云うために、金をもらいに行つているのであるが、そのとき私はなんの事かわからないの、と尋ねたのであるがB- 90 -わ云つてくれなかつたが、とうとうもどらないずくだつたと云うのは、Bgがもどらなかつた事であるがB等か二十四日夜Bgの方に行つて八海橋の上でaaにいつていないのなら私があんな事を云うはずがない事、(14)二十四日夜DはAy方に行つているが、Eが云つたので私か知つた事、(15)二十日夜EがD方に行つた事を私にわからない云う事てある事、以上の様な事実を判断をすれば四被告人は私の共犯であると云う事である九、Bは私がBo了を愛していたのでそのうらみがあつて、ひきいれていると、云訳をしていると云う事ですが。もしもBの云つている事が本当にしたら、Bにうらみがあるだけで、他の三人はうらみはないのである、しかし、この事件を犯す前には、愛し合つて結ばれていた、彼女がいたので、あります。その彼女の名前に上げて申しません。なせならば現在彼女は、もう結婚して幸福な生活を毎日送つて居りますので、もしも私の様な大罪人がいたと云う事を男が知ると、二人の中をやぶつ事になるので、又彼女が可愛想であるから申しませんが、この様な愛していた彼女がいたので、Boと云う女は、私には、かんけいない事であります。 はないのである、しかし、この事件を犯す前には、愛し合つて結ばれていた、彼女がいたので、あります。その彼女の名前に上げて申しません。なせならば現在彼女は、もう結婚して幸福な生活を毎日送つて居りますので、もしも私の様な大罪人がいたと云う事を男が知ると、二人の中をやぶつ事になるので、又彼女が可愛想であるから申しませんが、この様な愛していた彼女がいたので、Boと云う女は、私には、かんけいない事であります。BはBoと一緒になれと云 う事を男が知ると、二人の中をやぶつ事になるので、又彼女が可愛想であるから申しませんが、この様な愛していた彼女がいたので、Boと云う女は、私には、かんけいない事であります。BはBoと一緒になれと云うた事はありましたが、本気になつた事ではありませんただ、かもうてみただけであるのです、Bの云うように私が頭を下げてたのんだ事はありませんそのときは、Bはそれをりようとして私に金を出してBo方につた事と思つて居ります。その時のBのやりかたはこうであつた。おれが金をもつていないから、「キシヤチンは」だしてくれ、又、みやげをもつて行かなければいけないからかえといつて、「リンゴや「ミカン」色んな者をかつて持つていつたら、おれがもつてはいる、と云つて、いかにもBがかつてた様にして、これは少ないがと云つてわたしたのであります。そのごBからBoとはかんけいしたと云う事を聞いて居ります。が、それほど私がBoを愛しているのなら、それからはBとはつきあつて居りません。このよな事はBpがいいづけをして居る事である、- 91 -十、正木氏は、新聞で左の様な事を批評している。Aが歯が悪いから、二千円送つて呉れと云うのてBaを通じて二千円送つてやつた、それから、カミだいとして六百円送つとくと云うので、三百円送つてやつた、そのご金を送れと云つたが、ケイカイして送らなかつた。又そのごAからこんな手紙をおこしている「俺れのために裁判官と云う本で金をもうけたろう、先生が私の事を信用してくれないので、もうしらない、と云うような、たかりの手紙をおこしている、Aはねつからの悪当であるから、わるじえがあるから、Aの云う事は信用はできない、でも、もう、証拠があるからだいじようぶだと、云つておられるが、それほど私が悪当である事を知つて私のたのみを聞いているではないではありませんか、 ら、わるじえがあるから、Aの云う事は信用はできない、でも、もう、証拠があるからだいじようぶだと、云つておられるが、それほど私が悪当である事を知つて私のたのみを聞いているではないではありませんか、私の云う事にウソであると云う事は正木氏ははじめから思つていたのであるのに、そのウソをの云う事をきかなければよいではないではありませんか、私が歯が悪いと云つて二千円送つてくれといつた事はありましたがそのご、原田弁護士に、そのことはことわつて下さいと云つたのにもかかわらず送つたのであります、又Baさに送らなければいけないほど私をうたがつているなら送らなければよいと思つて居ります。 ないではありませんか、私の云う事にウソであると云う事は正木氏ははじめから思つていたのであるのに、そのウソをの云う事をきかなければよいではないではありませんか、私が歯が悪いと云つて二千円送つてくれといつた事はありましたがそのご、原田弁護士に、そのことはことわつて下さいと云つたのにもかかわらず送つたのであります、又Baさに送らなければいけないほど私をうたがつているなら送らなければよいと思つて居ります。又俺れのために裁判官と云う本で金をもうけたろうと云う手紙を書いたのは、原田氏が面会されたので、私が正木さんは、どうしてあんな事を云われるのですか、正木さんはね自分がこうだと云ひだしたら聞かないのである人です、この本にも書いてあるように、原田先生の努力はなみたいでいてはないと云つて居られるように、ボクと君にも少しはありますよ、正木さんはこの本で金をもうけられたよと云つた事がありましたので私は、そのような事を書いて出したのであります、その後金を送くと云う手紙を出した事はありません、私が金をおくれと云つ事のはカミだいと云つて出した手紙と、歯が悪いと云つただけであします私が金を送れと云つたらば正木氏の事であるから送つて居りますいずれにしても、私に多さんの金を送つてくれると云う事は、私の歓心を買はんとして居る証左であるのではないか- 92 -と考へて居ります。正木氏は私の云うHとの犯行とキメナかつたのは、Hは死でいるし、又Gと云うのではじをかいているので、又Aがもとにもどすと、正木の面目をうしなうので、Aの一人との犯行と云つて、AにはB等がかんけいがないと云つてもらえばそれで とキメナかつたのは、Hは死でいるし、又Gと云うのではじをかいているので、又Aがもとにもどすと、正木の面目をうしなうので、Aの一人との犯行と云つて、AにはB等がかんけいがないと云つてもらえばそれでよい、又それは、私か正木氏がしゃしんをとられたので午後から面会しなかつたので、こんな事ではまだまだB等を助けてやる気持になつていない、であるからAの云うように聞いていると又はじをかくので、そのようにキメてしまつたのも正木氏のさくせんであると考て居ります、正木氏は、私の一人の仕事とキメテにしているが、なにをキメてにしているのでありましようか、その証拠もないのに、ただ私が警察でBを助けてやろうと考へ云つたのをよいことにしてそれをキメテにしているが、あまりにも、ムチヤデあると思ひます、私がB等を助けてやろうと考へてウソを云つたのでありますが。 らAの云うように聞いていると又はじをかくので、そのようにキメてしまつたのも正木氏のさくせんであると考て居ります、正木氏は、私の一人の仕事とキメテにしているが、なにをキメてにしているのでありましようか、その証拠もないのに、ただ私が警察でBを助けてやろうと考へ云つたのをよいことにしてそれをキメテにしているが、あまりにも、ムチヤデあると思ひます、私がB等を助けてやろうと考へてウソを云つたのでありますが。そしてバカをみているのでありますがこれほで正木氏らに、私の一人の仕事、又ねつから悪当と云われたのでは、私はたまつたものてはありませんでありますから、正しいことをどこまでも云つて正しい裁判をしてもらわなければ仏になられたK様にたいしても申訳がありませんと思つて居ります。そして正しいのだと世の人に聞いてもらいたいのであります。しかし、正木氏は弁護士であるから、弁護士がとんなことは云うはずかない。Aが云うのはウソだとしらない人は思つて居られる事と思つて居ります、ゲんにBaさんは、正木氏の云う事を信して居られる様に、悪人と弁護人であるから一般の人は弁護士の云う事を信用される事であろう、それが私にしては不利な立場でありますが、しかし、自分の事は自分か信じて居ります。そして正しい事を述べば、最後には、正しい者がかつ事と信じて居ります。十一、最後に申し上げたい事は、昨今出版された。正木著書裁判官と云う本に書かれて、ある様に し、自分の事は自分か信じて居ります。そして正しい事を述べば、最後には、正しい者がかつ事と信じて居ります。十一、最後に申し上げたい事は、昨今出版された。正木著書裁判官と云う本に書かれて、ある様に真実であるとしたら。- 93 -一審二審の弁護士は「トンマ」でその嘘をどこまでも、たたきつぶさなかつたと云う事になるが、しかし、その本に書かれてあるほど日本の裁判がそんなに暗黒であるはずがない、第一そんな本が出版されると云うのが、一つの証拠である。だからその本をそのまま、信用してはいけないのであります。広い世の中であるから、この本を「タネ」にする者も出てこないとは云えないから気をつける事でありますと思つて居ります。従来から裁判は神聖なものを正木氏等は神聖なものではないと司法権を擾撰をしている事は明らかである、しかしながら、言論の自由を基調として成立する、民主主義社会とは云えども、擾撰はするべきではない日本の裁判になにかたくらみを抱かせようとしているような気がしてならないのてあります。 であります。広い世の中であるから、この本を「タネ」にする者も出てこないとは云えないから気をつける事でありますと思つて居ります。従来から裁判は神聖なものを正木氏等は神聖なものではないと司法権を擾撰をしている事は明らかである、しかしながら、言論の自由を基調として成立する、民主主義社会とは云えども、擾撰はするべきではない日本の裁判になにかたくらみを抱かせようとしているような気がしてならないのてあります。しかしそのような擾撰によつて一般の人が圧迫される日本ではないと思つて居ります。私は社会の世論を騒した事や、多の裁判長や検事殿にお手数をかけた事をお詫びして、公正なる法の裁きを持つ者であります。昭和三十年九月二十二日東京最高裁判所御中広島刑務所在監A第二原判決は本件兇行現場の諸般の状況よりしてもA単独犯説を断定できるものとしているのである。そしてAは判示にいわゆる中連窓を自分携行のバールを以てこじ明けて入り、床下口を通り抜けて逃げ去つたものであることはその明白な証拠であるという。これに対し検察官はAは侵入の際も、脱出の際も床下を通過したものである いわゆる中連窓を自分携行のバールを以てこじ明けて入り、床下口を通り抜けて逃げ去つたものであることはその明白な証拠であるという。これに対し検察官はAは侵入の際も、脱出の際も床下を通過したものであるといつており、此の点検察官、弁護人間において攻防の烈しい場面となつている。その点を争うことは全然無意味でもなく、殊にバールが真にA所携のものであるかどうか、バールの棄て場所等の問題を解決することは大事なことであるが、- 94 -いつたいAが中連窓から侵入し床下から脱出したとすれば、A単独犯行説を認めなければならないという理屈があるのであろうか。Aが中連窓から侵入した後に共同犯行者が同じ中連窓から侵入する可能性もあるであろう、またAが侵入脱出とも床下を通過したとしても、単独犯行説が成り立たないという理屈があるわけでもなかろう、それよりも問題の重点は兇行の現場である屋内にA一人しかいなかつたか、或は他にも誰かいたかどうか兇行はA一人の手口であつたか、共同者のそれであつたか、それが屋内の客観的状況から判断できるかどうかの点でなければならない。昭和二六年一月二五日朝被害者宅を訪れて初めて本件兇行のあつたことを知つたAlは第一審検証の現場において次の如く供述している。 、単独犯行説が成り立たないという理屈があるわけでもなかろう、それよりも問題の重点は兇行の現場である屋内にA一人しかいなかつたか、或は他にも誰かいたかどうか兇行はA一人の手口であつたか、共同者のそれであつたか、それが屋内の客観的状況から判断できるかどうかの点でなければならない。昭和二六年一月二五日朝被害者宅を訪れて初めて本件兇行のあつたことを知つたAlは第一審検証の現場において次の如く供述している。「(前略)夫れから廊下を通つて台所と母屋の境の処まで来ました、その時Bqが私の後をついて来られましたが、此処まで来て母屋の方を見ますとお婆さんが鴨居に首を吊つて入口の方に向いているのが見えましたお婆さんの首を吊つて居られる間は母屋の納戸の下方の間でした、その時私は大変な事になつたと声を出したと思いますがそれから直ぐ土間を通つて納戸の隣りの間の仏壇のある間を見ましたが何事もありませんでした、その中にBqが納戸の間に行かれお爺さんが倒れていると云いました(中略)Kは納戸の間で頭を北に向け上 思いますがそれから直ぐ土間を通つて納戸の隣りの間の仏壇のある間を見ましたが何事もありませんでした、その中にBqが納戸の間に行かれお爺さんが倒れていると云いました(中略)Kは納戸の間で頭を北に向け上向きになり左手を火鉢に入れる様な恰好になり布団障子戸襖等血みどろの中に亡くなつておりました、そしてKやお婆さんらの寝ていたらしい布団の上に灰が散乱してありました。(中略)お婆さんの首吊り死体の直ぐ下足下辺りに庖丁が一本ありました、それからお婆さんの首吊り死体のある間とお爺さんの死体のあつた納戸の間との境辺りだつたと思いますが手斧が一丁ありました手斧にはそれぞれ血が付着しておりました」云々又、本事件の捜査主任として活躍した警察官Br等は右と回じ検証現場において次の如く供述しているのである。「(只前略)現場に急行して直ちにK方に入りましたところ、北側の部屋と母屋の通路の戸が開いて居りました、そこから入つて台- 95 -所に行くと台所の板の間になつている次の間にお婆さんが顔を炊事場の方に向け首を吊つて死んでいました、そしてお婆さんの真下辺りに庖丁が一本あり、その斜め西側の処に手斧がありました、私一人が上つて台所を通つて納戸の間の障子を開けてみるとお爺さんが北側に頭を向け上向きになり左手を火鉢の中に入れて血だるまになつて死んでおりました、内部の状況外部の状況を一応調査してどうもおかしいので、Bs巡査に犯行現場写真をとらせ直ちに県の鑑識課及び捜査課に連絡し応援を求め現場は全然手をつけませんでした、それからKさんの死んで居る間の南角の処に箪笥がありますが、その抽斗が乱雑に閉められており先程申したとおり庖丁手斧等があり炊事場の処にあるテーブルの抽斗を開けてみると庖丁が二、三本あつて、その柄に血痕があり炊事場の流しの水溜の蓋をとつてみると杓子がありそれに 況を一応調査してどうもおかしいので、Bs巡査に犯行現場写真をとらせ直ちに県の鑑識課及び捜査課に連絡し応援を求め現場は全然手をつけませんでした、それからKさんの死んで居る間の南角の処に箪笥がありますが、その抽斗が乱雑に閉められており先程申したとおり庖丁手斧等があり炊事場の処にあるテーブルの抽斗を開けてみると庖丁が二、三本あつて、その柄に血痕があり炊事場の流しの水溜の蓋をとつてみると杓子がありそれに の抽斗が乱雑に閉められており先程申したとおり庖丁手斧等があり炊事場の処にあるテーブルの抽斗を開けてみると庖丁が二、三本あつて、その柄に血痕があり炊事場の流しの水溜の蓋をとつてみると杓子がありそれに血痕が附着しており台所の土間を見ると血のついた紙が放り込んでありお婆さんの首吊り死体の足先が足裏を上に向けて畳についており足裏に血が付着して居りました」云々。次に被害者らの近親であるというBhは回じ検証の際に現場実見の模様を次の如く云うのである、「(前略)KAo両名が亡くなつたときいたので変だなと思い自転車で無我夢中で此処にやつてきました、そしてすぐ中に入つてみました処、お婆さんが鴨居に首を吊つて居ますので額に手を当ててみましたがすでに冷くなつていました、それから納戸に入つてみましたところお爺さんか頭顔辺り全部で五ケ所やられ血だるまになつて布団の上に倒れて居ました、そして障子や布団畳等に血がべつたりついて居ました、それからお婆さんの首を吊つている真下辺りに庖丁があり、その柄に血がついて居り手斧が納戸の入口の敷居近くにありお婆さんの足先は足の裏を上に向けて畳について居ました、それから申し落しましたがお爺さんの倒れておる納戸部屋に火鉢の灰が散乱してありました」云々そして記録を通覧すれば明瞭であるが、前示抽斗の中からは金銭が盗み取られているのであり、老婆の首吊りの模様は末尾添付の写真三葉のとおりである。- 96 -以上は簡単であるが兇行直後の現場の客観的状況である。これによつて見れば、犯人は老夫婦を殺害した後、老婆の自殺を装うべく同女を隣室に運び首吊り工作をし、しかも一方灰などを撤き散らしなどして犯跡を隠蔽しようとしていること明瞭である。犯人とすれば、兇行後兇行現場から早々に退散せんとするはその犯人当然の心理状態であると思われるのであるが、 り工作をし、しかも一方灰などを撤き散らしなどして犯跡を隠蔽しようとしていること明瞭である。 後の現場の客観的状況である。これによつて見れば、犯人は老夫婦を殺害した後、老婆の自殺を装うべく同女を隣室に運び首吊り工作をし、しかも一方灰などを撤き散らしなどして犯跡を隠蔽しようとしていること明瞭である。犯人とすれば、兇行後兇行現場から早々に退散せんとするはその犯人当然の心理状態であると思われるのであるが、 り工作をし、しかも一方灰などを撤き散らしなどして犯跡を隠蔽しようとしていること明瞭である。犯人とすれば、兇行後兇行現場から早々に退散せんとするはその犯人当然の心理状態であると思われるのであるが、右のような乱暴狼籍には相当時間を要したであろうに、右のような状景がA一人の手で現出できた客観的状況であると認めることができるであろうか、殊にその首吊工作を仔細に検討するときは、それが犯人一人の力や思い付きの限度を遙に越えているものと認めざるを得ないのであつて、この点に関する原判決の判断には甚大な疑問を抱かざるを得ないのである。原判決は首吊の工作の説明に数頁を割いている。殊にいわゆる腰紐のくゝられている理由がA単独犯であることを一層明瞭にするものだとして縷々として述べているのである。しかし当裁判所の見解によれば、その説明は少しも納得ができない。犯人にそんな工作をする時間と余裕があつたとすることこそは却つて複数人で工作したことの明かな証拠となるではないかとさえ反問したいくらいである。それはそれとして末尾写真によつて一見明瞭なロープによる首吊り工作は、しかも一方において屍体を抱えながらのその工作は実に手のこんだものなのである。原判決の云うが如く犯行者が如何に屈強元気な若者であつてもその力や思い付きだけでは容易に為し遂げ得ない仕業と考えられるのである。ここで、右首吊の状況を簡単に述べるが、前記写真を凝視するに、老婆の頸部に引つかけた二条のロープがその後頭部において緊結されており、それからロープは二筋のものとなつて上向の上鴨居を越えて左右に垂れ下り、(従つてロープは計四筋となつているわけである)そして頭部と鴨居の中間やや鴨居寄りのところで二筋宛を組合せてぐるぐると捲き付けたような尋常一様でない複雑な結び方をしているのである。恐らく、縊死形の死体が落下し ープは計四筋となつているわけである)そして頭部と鴨居の中間やや鴨居寄りのところで二筋宛を組合せてぐるぐると捲き付けたような尋常一様でない複雑な結び方をしているのである。 を越えて左右に垂れ下り、(従つてロープは計四筋となつているわけである)そして頭部と鴨居の中間やや鴨居寄りのところで二筋宛を組合せてぐるぐると捲き付けたような尋常一様でない複雑な結び方をしているのである。恐らく、縊死形の死体が落下し ープは計四筋となつているわけである)そして頭部と鴨居の中間やや鴨居寄りのところで二筋宛を組合せてぐるぐると捲き付けたような尋常一様でない複雑な結び方をしているのである。恐らく、縊死形の死体が落下しないように堅く緊縛したものであろうが、誠に手のこんだ周到な縛り方をしたものだと云- 97 -わなければならない。(しかも、老婆の足の裏に血かべとりと附着している部分はAの前示供述等と符合し見遁し得ない点である。)然るに、原判決は首吊り工作がAの単独行為であることを冗漫と思われる程に叙説しているにかかわらず、この肝腎な点に至つては恰も顧みて他を云うが如く「Aoの頸部を麻繩で緊結しその両端を左右鴨居の上に通しAoの死体を抱え上げると同時に繩の両端を引下げて結びつけることにより」云々といともあつさりと説示しているだけなのである。不可解という以外に批評の言葉を見出し得ない。以上によつて当裁判所は兇行現場の客観的状況はA一人の手口によつて作為されたものとは認められず、複数人の手口によつて現出されたものと認めざるを得ないものであり、このことは同時に前記A供述が一片の作り話でないことを強力に裏付けるものであると信ずるものである。ここで念の為捜査段階において作成された被告人Dに対する第三回供述調書中首吊工作に関する部分を引用し右の裏付としたいと考える。「(前略)Aは婆さんを床から半分位引出し後から馬乗りになつて締めて居りましたのをBが行つて同様に交替し首をしめAが奥の方に行き何にか物を捜していた様であります、そのとき私達三人かBを手伝つて私が腰をもち皆の者は四方からたかり抱いて中の間に持出しました。そのときはもう婆さんはぐにやぐにやになつ居りました、そしたらBがやろうと云つて前鴨居の方を見ましたので私はつるす事だと思つて後から抱き上げCやEは両横から婆 からたかり抱いて中の間に持出しました。そのときはもう婆さんはぐにやぐにやになつ居りました、そしたらBがやろうと云つて前鴨居の方を見ましたので私はつるす事だと思つて後から抱き上げCやEは両横から婆さんを持上げました、Bは婆さんの腰紐をほどいて上の鴨居に結びつけそして皆んなが婆さんをつりさげて離そうと思つて手をゆるめましたら紐がびりびりと云つて切れましたので又下におろし私がやはり後から抱いて支へて居りました、するとBがすぐこんなぢや駄目だと云つて庭の方に下りて行きましたが間もなく麻繩を丸るめた儘で持つてきて一本を前鴨居にかけ片方の端を婆さんの首に結びそうして二本一緒にして釣り上げたので私達も前と回じ様に下から抱き上げました、そうしてBが縄を鴨居にしばり付けたのてありま- 98 -す云々」上来叙説のとおりであつて本件はAの単独犯行ではなく多数犯人の実行したものであると考えられるのであるが、最高裁判所の差戻判決はこの点に関し一、被害の客観的状況においてKの傷の多いことと一審判決の説示したように殺害が同時であると認められるのに殺害の方法は違つているところから、Kに対する八回強打とAoの頸部搾拒は二人以上の人によつてなされた可能性がある。 を鴨居にしばり付けたのてありま- 98 -す云々」上来叙説のとおりであつて本件はAの単独犯行ではなく多数犯人の実行したものであると考えられるのであるが、最高裁判所の差戻判決はこの点に関し一、被害の客観的状況においてKの傷の多いことと一審判決の説示したように殺害が同時であると認められるのに殺害の方法は違つているところから、Kに対する八回強打とAoの頸部搾拒は二人以上の人によつてなされた可能性がある。二、K、Aoが被害後少くとも動かなくなつてから灰撒きや畳上や或は重く扱いにくいと思われるAoを鴨居に吊す擬装工作をしかつ戸締をすることも二人以上の人によつてなされた可能性がある。三、単独犯行なら犯人は前記被害状況から見られるような擬装工作などのために余り多くの労力を費やし余り長く現場に居残らないのが通常ではないかと思われると判示し、更に垂水小数意見は被害状況から見ると殺害及び擬装工作が二人以上の者によつて行われた蓋然性の方が多くはないかと思うと述べておるのは詞に宜なる哉と考える次第である。なお、( と思われると判示し、更に垂水小数意見は被害状況から見ると殺害及び擬装工作が二人以上の者によつて行われた蓋然性の方が多くはないかと思うと述べておるのは詞に宜なる哉と考える次第である。なお、(一)前記Aの上申書の記載によれば、Bが誰かが脱糞をすればまんがよいと云つていたので、私とDがしたのであるが、そのときDが外の便所にはいつてマツチをすつていて私はそこに入れぬため他の場所でしたものである旨述べており、証人Azの第一審における供述中(記録第一冊一〇七丁、一〇八丁)納家の処の便所の処に大便がしてありその附近にマツチが五、六本すつてありましたなる記載があり、また、広島地方裁判所の民事口頭弁論調書の写中(記録第八冊二九〇六丁、二九二三丁裏二九二四丁)に証人Aaの供述として便所の前に脱糞があり、それとその前に土足のままで行かれる便所がありそれにも大便をしており、そこにはマツチのすりかすが五六本台の上に落ちておりました。ですから大便は二ケ所あつた旨の記載- 99 -があり、これらによれば、Aの前記記載が真実であることが窺われること。(二)Aの上申書の記載によれば、本件犯行当時Aは、K方において素足であつて、足の裏に血がついていたことが認められる。然るに検証調書中の写真No. 207(記録三〇四丁裏)並びに原判決の記載(原判決一七六頁)によれば、Kの死体のあつた部屋に足袋の足跡であると指摘されれば、或はそうであるかも知れないと思われる程度の足跡らしいものが顕出されていること。 よれば、Aの前記記載が真実であることが窺われること。(二)Aの上申書の記載によれば、本件犯行当時Aは、K方において素足であつて、足の裏に血がついていたことが認められる。然るに検証調書中の写真No. 207(記録三〇四丁裏)並びに原判決の記載(原判決一七六頁)によれば、Kの死体のあつた部屋に足袋の足跡であると指摘されれば、或はそうであるかも知れないと思われる程度の足跡らしいものが顕出されていること。(三)前記Aaの証言中(記録第八冊二九二三丁)便所の外にちよつと三名分の足跡があつた旨の記載があること。等によつてもAの単独犯行でないことか明らがである。第三次にアリバイの点について。(一)Bjの供述について。原判決はC、Bらの本件犯行に対するアリバイ の足跡があつた旨の記載があること。等によつてもAの単独犯行でないことか明らがである。第三次にアリバイの点について。(一)Bjの供述について。原判決はC、Bらの本件犯行に対するアリバイが成立するか否かの問題について、Bjの供述は極めて重大な比重をもつものと云つている。当時警察官であつたBjは本事件についてCの足取りにつき捜査段階当時より数回に互り取り調べをうけ、或は上申書を提出したりなどしていたものであり、Cの為め有利な供述をしていたものである、例えば熊毛地区警察署長宛の上申書においては「私は二四日の夜C方に行つたがその時間は一一時四〇分か四五分位ではなかつたかと思う私がC方に入つた際C(被告人)は上り口のところに腰をかけており黒の短靴をぬいで寝間に入つた。零時二〇分頃と思うが外から誰かがC(被告人Cのこと)と声をかけた者があり私は誰かと尋ねたらおばさんはBちやん(Bのこと)だろうと云つた」と云い、次に第一審における証言において「私は一月二四日C方に行つたが、その時間は午後一一時四〇分か五〇分頃ではなかつたかと思う、それから約三〇分位して外から誰かがCとか云つて呼んだ私はCの母に誰かと尋ねたらBちやんだろうと云つた(中略)私がC方に行つて間もなくCは就寝した」云々と云い、次に差戻前の控訴審- 100 -において証人として「私は一月二四日C方に行つたがその時間は一〇時過ぎか一一時頃だつたと思う私が行つたときCは敷居のところに腰かけていたが、間もなく寝間に入つた私がC方に行つて一四分か一五分位たつて外からCと呼んだが誰が呼んだのか知らない」云々といつて本件兇行の時刻頃にはCは自宅に就寝していたであろうことを一貫して述べていたのである。 間もなくCは就寝した」云々と云い、次に差戻前の控訴審- 100 -において証人として「私は一月二四日C方に行つたがその時間は一〇時過ぎか一一時頃だつたと思う私が行つたときCは敷居のところに腰かけていたが、間もなく寝間に入つた私がC方に行つて一四分か一五分位たつて外からCと呼んだが誰が呼んだのか知らない」云々といつて本件兇行の時刻頃にはCは自宅に就寝していたであろうことを一貫して述べていたのである。そして同人は更に本事件の広島高裁における差戻審の公判において昭和三三年五月一〇日、同年六月五 らない」云々といつて本件兇行の時刻頃にはCは自宅に就寝していたであろうことを一貫して述べていたのである。そして同人は更に本事件の広島高裁における差戻審の公判において昭和三三年五月一〇日、同年六月五日、同年七月一日の三回に互り宣誓をした証人として取調をうけた際前記と同趣旨の供述をなしたのであつたが、同年一二月一四日、同月一五日、同月一七日、同月一八日の四回にも亘つて検察官に対し右供述は虚言である旨を自供した結果、広島地方裁判所に偽証罪として起訴されるに至り、Bjは(一)C方に着いた時刻は午後九時三〇分頃である(二)同夜C方前をCに対する呼びかけとしてCと声をかけて通り過ぎた者がありその時刻は一〇時五分か一〇分付前である(三)BjがC方に着いてからCは五分位してから外出し同月二五日の午前零時過頃BjとCの母の同衾中に帰宅し、その為Bjは狼狽の余り同家押入内にかくれたものであるとの事実、を述べたので遂に偽証罪として懲役一年三年間執行猶予の判決をうけているのであり、他方Cの事件当夜の足取りはCら被告人らの従来の供述を覆えす程の有力な反証が現出されたことになつたわけであり、同時に本件犯行時刻の点に関しても重要な示唆を与えているのである。思うに偽証の判決は再審の事由となる程に重大な証拠価値のあるものであり、本件は無罪の場合であるから同一に論ずることは得ないとはいえ、証拠上極めて重要な価値を有するものであり、裁判所として軽軽に遇すべき筋合のものでないことは云うをまたない。況んや本件において右判決が弁護人側から裁判官検察官の馴合判決、認諾判決などと非難攻撃されておるにおいておやである。然るに原判決はBjの新供述は極めて疑わしく容易に信じ難いとして一蹴しているのである。しかもその理由とするところは被告人らの供述が正確であることを前提とする- 101 ないとはいえ、証拠上極めて重要な価値を有するものであり、裁判所として軽軽に遇すべき筋合のものでないことは云うをまたない。況んや本件において右判決が弁護人側から裁判官検察官の馴合判決、認諾判決などと非難攻撃されておるにおいておやである。然るに原判決はBjの新供述は極めて疑わしく容易に信じ難いとして一蹴しているのである。しかもその理由とするところは被告人らの供述が正確であることを前提とする- 101 れておるにおいておやである。然るに原判決はBjの新供述は極めて疑わしく容易に信じ難いとして一蹴しているのである。しかもその理由とするところは被告人らの供述が正確であることを前提とする- 101 -ものであつて、原審の判断は予断にあらずんばBjの心境への憶測に過ぎず当裁判所の到底納得し能わざるところである。原判決の考方からすれば偽証判決は明らかに誤判であるということになるのであろう。そのようなことが軽々に考えられることであろうか、原審として真にBjの新供述が疑わしきものと認めるならば、何故に起訴官その他を証人として尋問する等むしろBjの新供述が虚偽であることを積極的に証明することを要するものといわなければならない。しかるに、原判決が単に消極的に措信し難い旨判示するに止まるのは、採証の法則を誤るものというべきである。(二)Boの供述について。Boは本件事犯発生当時Bの内縁の妻であり、従前はほぼ一貫してBの為め有利な供述を続けていたのであるが、原審六四回、六五回公判において従前の供述を変更し、Bらに不利な供述をするに至つたことは原判示のとおりである。ところで同女は本事件の原審における公判において偽証をしたという理由で起訴され、昭和三四年三月一二日山口地方裁判所において有罪を宣告され懲役六月二年間執行猶予の刑に処せられ、その刑はすでに確定していたのである。そして右判決の理由とするところは、第一、昭和二六年一月二四日頃夜山口県熊毛郡a町hB方より同人と共に同郡n町大字c字dAq方に赴き同夜より同月二八日朝まで同所に宿泊したこと及び同月二四日夜同所においてBか同人の浴衣及びズボンを洗濯し、同月二六日頃までこれを同所家屋内に干していたことを記憶しているにもかかわらず、故らに昭和二六年一月二四日夜は前記B方で同人とともに就寝し、前記Aq方に 同所においてBか同人の浴衣及びズボンを洗濯し、同月二六日頃までこれを同所家屋内に干していたことを記憶しているにもかかわらず、故らに昭和二六年一月二四日夜は前記B方で同人とともに就寝し、前記Aq方に宿泊したのは同月二五日夜より同月二八日朝までの間であり且つ同月二四日Aq方において前記のように衣類洗濯がなされたこともなく又その衣類が干されたこともない旨、第二、同年一月二九日防府市国鉄ab駅前においてBが本件強盗殺人事件の容疑で逮捕された際これに同道しその際Bは現金六〇〇円を所持しており、同日山口県熊毛- 102 -地区警察署において警察官の求めにより右所持金(但一部は汽車賃に費消済み)より十円札一枚を任意提出し、これが押収された外残金は右警察署において押収されたことがないことを記憶し、且つ本事件の証拠物として扱われている十円札は警察官が被害者方にあつたものを以てすりかえたと認識していないにもかかわらず、故らに右現金六〇〇円を所持していたものが自分であつたかBであつたか記憶がない、本強盗殺人事件の証拠物として取扱われている十円札一枚は警察官が右強盗事件の被害者K方にあつた十円札一枚を以てすり替えこれに充てており恰も被告人が所持していたものの如く作為したものと思う又前記残金も警察官がとりあげて自分にかえしてくれたかどうか覚えがない旨各記憶に反した供述をなし以て偽証をなしたものであるというのであつて、この事実を被告人の公廷に於ける自白その他八通の証拠書類によつて認定しているのである。 殺人事件の証拠物として取扱われている十円札一枚は警察官が右強盗事件の被害者K方にあつた十円札一枚を以てすり替えこれに充てており恰も被告人が所持していたものの如く作為したものと思う又前記残金も警察官がとりあげて自分にかえしてくれたかどうか覚えがない旨各記憶に反した供述をなし以て偽証をなしたものであるというのであつて、この事実を被告人の公廷に於ける自白その他八通の証拠書類によつて認定しているのである。この偽証判決も前段に述べたと同じ理由により甚大な価値のあるものであり、本件の帰趨を決するにおいても無視すべき筋合のものでないことは論なきところであるにかかわらず、原判決は右判決の如きは殆んど眼中になきが如く右判決内容と相容れざる判断を敢えてしているのである。そ り、本件の帰趨を決するにおいても無視すべき筋合のものでないことは論なきところであるにかかわらず、原判決は右判決の如きは殆んど眼中になきが如く右判決内容と相容れざる判断を敢えてしているのである。その不合理はともあれBoの前示六四回の公判における供述はアリバイに関する従前の供述がくずれたばかりでなく本件の全貌を理解する上において看過できないものと認められるからいささか冗漫であるが、次にその全部を掲げて上来叙説したところを論証したく考えるのである。(三四(あ)二一四八)原審証人Boの原審第六四回公判における証言(四六冊一八、一一一丁以下)裁判長あなたはこの前この法廷へ来ていただいたね。はい。- 103 -何回目になるかね。きようで三べん目です。一番最初はいつだつたですか。七月の月と九月の月だつたと思います。その時に言つたことを覚えてますか、大体。はつきり覚えてないですけどね。覚えておらない。はあ、覚えておるところもございますけど。じゃあ大部分は忘れたという意味になるのか、そうではない。はあ調書に取つておられれば、わたしが言つたには間違いないんですけど。それはいいんだけどね、あんた自身述べたことを覚えておられるかどうかということを今お尋ねしておるんです。記憶しておるところもあります。そういうように、今まで述べた中でね、実際と違つたようなことを述べたようなことがありますか。はああります。どういう点、細かい点は追つて詳しく尋ねるが、大まかなことを言うと、どこが違つていましたか。二十四日の晩にhの家に休んだと言うていたところと、洗濯物と十円札関係と。 。それはいいんだけどね、あんた自身述べたことを覚えておられるかどうかということを今お尋ねしておるんです。記憶しておるところもあります。そういうように、今まで述べた中でね、実際と違つたようなことを述べたようなことがありますか。はああります。どういう点、細かい点は追つて詳しく尋ねるが、大まかなことを言うと、どこが違つていましたか。二十四日の晩にhの家に休んだと言うていたところと、洗濯物と十円札関係と。はああります。どういう点、細かい点は追つて詳しく尋ねるが、大まかなことを言うと、どこが違つていましたか。二十四日の晩にhの家に休んだと言うていたところと、洗濯物と十円札関係と。その三点だね。はい。詳しいことはね、追つてこれから尋ねますからね、あなたはこの事件で一番最初に警察で調べられたのはいつだつたと言いましたかね。aの警察署ですか。ええ、aの警察で。一月の二十九日でした。それから何日間調べを受けましたか。何日間つてはつきりは覚えていませんですけど、三、四へんぐらい行つたと思うんですけど。日にちをはつきり覚えていない。はい。三、四へんは呼ばれて行つた。はい。その時警察では大体ありのままを言つたんですか嘘を言つたんですか。違つておりました。どこが違つておつた。やはりhの家に休んだと言うております。hの家に休んだと言うておる、それが違う。はい。それだけですか。いやM旅館で隣の部屋でごそごそ出たりはいつたりしたような形勢もないとか。そういうことを言つた記憶がある。はい。一体あなたはa町へは何日に行つたんですかね。a町へ来たのですか。うん。一月の十九日でした。ところが警察の調書五百十五丁によるとね、本年一月二十日午前七時ごろ、a町のM旅館に二十三日まで泊り、夕方ごろにBの家に行くと、こう調書にあるんだがね、これはどういうわけですか。ことさら嘘を言うたんですか。はい。日にちまで嘘を言わなくてもいいと思うが、行つた日を嘘を言うたのか。いえ、はつきり覚えていなかつたので。しかしこれはその いうわけですか。ことさら嘘を言うたんですか。はい。日にちまで嘘を言わなくてもいいと思うが、行つた日を嘘を言うたのか。いえ、はつきり覚えていなかつたので。しかしこれはその年のしかもその月の一月二十九日に調べを受けているんですよ。はい。今はこの事件から言えばもう八年だからね、その一番初めの調書は二十六年一月二十九日に調書が取られた、その時にもう忘れていたんですか。 えていなかつたので。しかしこれはその いうわけですか。ことさら嘘を言うたんですか。はい。日にちまで嘘を言わなくてもいいと思うが、行つた日を嘘を言うたのか。いえ、はつきり覚えていなかつたので。しかしこれはその年のしかもその月の一月二十九日に調べを受けているんですよ。はい。今はこの事件から言えばもう八年だからね、その一番初めの調書は二十六年一月二十九日に調書が取られた、その時にもう忘れていたんですか。いえ私もそれまでは警察へ行つたことがないでしよう。それでまあ日にちをめくつて詳しく言えばよかつたんですけどね。しかし三回も四回も調べを受けたんだからね。思い出さんはずないでしょう。それから後も二十日つて言つてますか。いやあんたそう言つたでしょう。一月二十九日から三べんぐらい調べを受けたつて言つたでしょう。はい。それだつたらそうあがつて日にちを間違うというのはおかしいと思うね、その当時すでに記憶が薄れておつたんですか。わたし二十日の日に来たんじやないか知らんと思つて。そうすると、警察で調べを受けたのは自分が行つたのは二十日だつたと思つた、それでそのように述べた。はい。あんた子供さんおりましたね。はい。幾つでしたかね。数え年五つです。あんた無職だとさつき言われたけど、どうしてあんた自身あるいは子供さんは暮しておられるんですか。まあ主人を連れております。ご主人は名前何と言われるんですか。Btと申します。どういう字ですか。●の徳です。徳は道徳の徳ですか。はい。それから。多い横一です。その人とはいつ一緒になつたんですか。去年の九月です。お幾つですか 字ですか。●の徳です。徳は道徳の徳ですか。はい。それから。多い横一です。その人とはいつ一緒になったんですか。去年の九月です。お幾つですか。三十五才です。職業は。大工です。あなたはこの前ね、九月に証人に出られてから後、警察官あるいは検事さんの調べを受けたことがありますか。はい。最初はいつでした。もう一度言って下さい。この前九月の三日だったかね、本年の九月十三日にね、あんた二度目に証人に出てもらってね、それから後に警察官あるいは検事さんの調べを受けたことがありますか。あります。一番最初はいつでしたか。防府のac町の駐在所です。誰の調べを受けた。卜部検事さん。それはいつですか。ここの公判から帰って間もなかったと思うんですけど。その時にはどういうお尋ねを受けた。 ますか。はい。最初はいつでした。もう一度言って下さい。この前九月の三日だったかね、本年の九月十三日にね、あんた二度目に証人に出てもらってね、それから後に警察官あるいは検事さんの調べを受けたことがありますか。あります。一番最初はいつでしたか。防府のac町の駐在所です。誰の調べを受けた。卜部検事さん。それはいつですか。ここの公判から帰って間もなかったと思うんですけど。その時にはどういうお尋ねを受けた。細かい点がわからなければ、何の点について。金の点でした。十円札。はい。その点だけですか。それと細かいことを聞かれましたけど。細かい点はどういうことですか。記憶にある範囲のことを述べてみてください。どういう点を調べられた、調書は取られましたか。はい。何通調書を取られましたか。あまりたくさんじゃなかったと思うんですけど。その日は一回ですか、それとも何回調べを受けたですか。その時はものの二三時間でした。その日はそれで終わった。はい。それからその後は。その後はこの度逮捕せられました。それから前に逮捕を受けたことはあったんじゃないですか。そういうことはなかった。いいえな。それで終った。はい。それからその後は。その後はこの度逮捕せられました。それから前に逮捕を受けたことはあったんじゃないですか。そういうことはなかった。いいえないんです。それじゃあその次はいつ逮捕されたんですか。十一月十日の日です。どこへ連れて行かれた。初めに徳山署に一晩と、明けての日の夕方から平生署でした。初め徳山署で調べを受けて、それから平生署へ行った。はい。どういうわけで平生署へ行くようになったんでしょうね。あんたのおられるところから言えばaは遠いわけだが、どういうわけで。それはわかりません。平生署では誰の調べを受けましたか。中野検事さんです。最初から最後まで。はい。何日間勾留を受けたんですか。二十三日間でした。まあ二十三日の間に尋ねられることはあまりにもたくさんあったと思うからね、一口に言うのは非常にむつかしいと思うけれども、どういうお尋ねがあったですか。まず一番最初のころはどういう尋ねがあった。一番最初はM旅館のことから聞かれまして、二十四日。M旅館ではどういうことを聞かれた。友達が隣の部屋へ入ってお話するのを、出たり入ったりするのを見たですかと言うて聞かれました。それから。それから二十四日の晩。二十四日の晩のこと。 に尋ねられることはあまりにもたくさんあったと思うからね、一口に言うのは非常にむつかしいと思うけれども、どういうお尋ねがあったですか。まず一番最初のころはどういう尋ねがあった。一番最初はM旅館のことから聞かれまして、二十四日。M旅館ではどういうことを聞かれた。友達が隣の部屋へ入ってお話するのを、出たり入ったりするのを見たですかと言うて聞かれました。それから。それから二十四日の晩。二十四日の晩のこと。はい。逮捕されて調べを受けるようになってから、最初からそういうことを聞かれた。はあ、十円札関係。十円札、M旅館、それから二十四日の晩のこと。それから拷問やら。それであなたは最初否定しておったんですか。否定ということはちょっとあなたにわかりにくいかもしれないが、今までの供述を 十円札、M旅館、それから二十四日の晩のこと。それから拷問やら。それであなたは最初否定しておつたんですか。否定ということはちよつとあなたにわかりにくいかも知れないが、今までの供述をその通りつつぱつておつたわけですか。はい、十六日まではつつぱつておりました。十七日にそれでは間違いだということを認めたわけですか。十六日の晩だつたと思うんです、おとうさんの。ちょつと待ちなさい。その間あなたは取調官以外の人とは誰々と会いましたか。会つた人記憶にある範囲でみな述べてみなさい。嘘言つちやいけないよ。はい。十六日までの間にですか。ええ。そういうようにあんたが自白するようになるまでの間に誰々と会つたか、一番最初から順に思い出してみてください。調べる人は別ですよ。中野検事さんはこれは取調べする人だから会わなければ調べができないからね、やむを得ないが、調べをする以外の人で会つた人をもれなく述べてみてください。外のかたでしよう。外でも内でもよろしい、中野検事さん以外の人。警察官の人はいろいろ見ました。見たんでなくて、話をした人。見た程度のことはよろしい。弁護士のかたが一人見えました。誰ですか。Buとか何とかおつしやいましたけど。それから。それとわたしの主人が一度来ましたです。あなたの主人、Btさんがね。はい。それは何日に来ましたか。十三日ごろだつたと思います。一回きりですか。はい。それは朝ですか昼ですか晩ですか。昼前ごろじやなかつたかと思うんですけど。主人は何のために来たんでしょう。今連れております子供の養育費を請求しておるんでございます。 しい。弁護士のかたが一人見えました。誰ですか。Buとか何とかおつしやいましたけど。それから。それとわたしの主人が一度来ましたです。あなたの主人、Btさんがね。はい。それは何日に来ましたか。十三日ごろだつたと思います。一回きりですか。はい。それは朝ですか昼ですか晩ですか。昼前ごろじやなかつたかと思うんですけど。主人は何のために来たんでしょう。今連れております子供の養育費を請求しておるんでございます。それの裁判 それは朝ですか昼ですか晩ですか。昼前ごろじゃなかったかと思うんですけど。主人は何のために来たんでしょう。今連れております子供の養育費を請求しておるんでございます。それの裁判が二十五日の日にありますからね、それまでに帰していただくようにと言うて。それまでに帰していただくようにということを検事さんに頼みに来た。はい。それをもう少し具体的に言うと、今連れ添っておる子供の養育費を誰に請求する、Bという人ですか。はい。もとの主人であるBという人に、どこへ訴えを出すと言うんですか。山口です。山口地方裁判所へね。はい。それが二十三日にある。二十五日です。それでそれまでにあんたを釈放してくれと。はい。いうことを頼みに見えたんですね、あなたの主人が、はい。あなたどうしてわかったの、それが。わたしは二十五日にそれがあるということは知らなかったんです、それで主人が言うて来たわけです。どこでそういう話をしたんです、あんたと。aの警察署の当直室で検事さんを相対でお話を聞きましたです。主人は検事さんにどういうことを訴えておりましたか。二十五日に子供のあれが来ていますからね、なるべく早く済めば帰していただくように、子供が待っているからと、それからB事件のことについてわたしが主人に少しでも話しておればどういうことを聞かれたかということを聞かれました。それは検事さんがあんたのご主人に聞かれた。はい。それはどのくらいの時間ですか。ほんのわずかの時間でした。ほんのわずかでもええがどのくらいの時間。二十分くらいじゃなかったかと思うんで。のご主人に聞かれた。はい。それはどのくらいの時間ですか。ほんのわずかの時間でした。ほんのわずかでもええがどのくらいの時間。二十分くらいじゃなかったかと思うんですけど。あなたのご主人も検察官の取調べを受けたんですか。中野検事さんがBx事件のことについてBoさんから何か聞いてないですかと聞かれたです。 んのわずかの時間でした。ほんのわずかでもええがどのくらいの時間。二十分くらいじゃなかったかと思うんで。のご主人に聞かれた。はい。それはどのくらいの時間ですか。ほんのわずかの時間でした。ほんのわずかでもええがどのくらいの時間。二十分くらいじゃなかったかと思うんですけど。あなたのご主人も検察官の取調べを受けたんですか。中野検事さんがBx事件のことについてBoさんから何か聞いてないですかと聞かれたです。まあその時はあんたそれだけしか知らないからね。その後になってあなた保釈を受けて帰ったんでしょう。はい保釈は十二月の三日の日に帰りました。その後主人に会われて、主人から何か聞かれたことがありますか。検察官の調べを受けたということを。いいえ。お聞きにならない。主人が調書を、わたしのへりで中野検事さんが何かBoさんから聞いたことないかと聞かれる時にわたしはそばにおりましたです。その時だけですか。はい。それであなたの勾留中は子供はどうしておったんですか。おばあちゃんの所へ預けておりました。里のね。はい。それであなたと、今のご主人との間は円満にいっておるんですか。はい逮捕されて保釈になって帰ってからというものは特に円満にいっています。勾留当時はそれじゃあ何か調子の悪いことがあったんですか。いいえ勾留当時でなしに、今まで去年の九月からね、こっち逮捕を受けるまでは。悪かった。はい。どういうわけで、それは。度々公判に出頭せえと言うて紙が来れば、やっぱり男としてもええ気持がせんでしょう。少しは愚痴が出ておりました。証人に呼び出されたりなんかすると、ご主人がいやな顔をしておったと、こういうわけですか。はい。それで保釈を受けた後になって てもええ気持がせんでしょう。少しは愚痴が出ておりました。証人に呼び出されたりなんかすると、ご主人がいやな顔をしておつたと、こういうわけですか。はい。それで保釈を受けた後になつてよくなつたという理由はどういうことなんですか。わたしが今まで隠していたんですから、改心したんですからと言うて。主人には改心ということがわかるんですか。さあ。あなたご自身が起訴を受けているんじやないですか。はあ。起訴と言うちやわからんかも知れんが、山口の地方裁判所へ偽証罪によつて、検察官によつて訴えられておるんじやないですか。はい、まだ保釈はできでおりますけど。裁判に訴えられているんでしょう。 なつてよくなつたという理由はどういうことなんですか。わたしが今まで隠していたんですから、改心したんですからと言うて。主人には改心ということがわかるんですか。さあ。あなたご自身が起訴を受けているんじやないですか。はあ。起訴と言うちやわからんかも知れんが、山口の地方裁判所へ偽証罪によつて、検察官によつて訴えられておるんじやないですか。はい、まだ保釈はできでおりますけど。裁判に訴えられているんでしょう。はい。そうすると、ますます裁判所へ呼ばれる機会が多くなる、今までは証人であつたけれども、被告人として再々裁判所へ呼ばれることになると思うんだが、それでもご主人は喜んでおられるんですか。別に喜ぶというわけでもないですけどね、人間があたりまえのことを良心に誓つて証言するならば理解してくださいます。そういう意味ですね。はい。あなたはM旅館へ幾晩泊られましたか。二晩だつたと思うんですけど。それから自分のうちへ帰るまでですね。二十八日にお宅へ帰つたでしょう。それより前B方へ幾晩泊りましたか。三晩くらい泊つたと思います。Aq方へは幾晩泊りましたか。二十四日から二十七日まで。じやあもう一ぺん尋ねますよ、Mへは二晩ですか。はい。B方へは三晩ですか。はい。あんたそんなにはつきり覚えておられるのにね、警察で先程お尋ねしたようにね、これは二十六年の一月二十九日ですからね、その月ですよ、事件が勃 はい。B方へは三晩ですか。はい。あんたそんなにはつきり覚えておられるのにね、警察で先程お尋ねしたようにね、これは二十六年の一月二十九日ですからね、その月ですよ、事件が勃発して数日の間に聞かれておるにかかわらず、日にちを間違われておるのはどういうわけで- 115 -すか。わたしは今までこうして度々証言に出るし、また検事さんからも調書を取られましたです。その時にもいろいろと嘘偽りを申し立ててきました。この度逮捕をいただきましてから取調べを受ける時に、人間というものは嘘でこの世は通らないと思いまして、一生懸命二十三日間考えました。警察では先程あんた記憶違いであつたとおつしやつたでしょう。一月二十日に行つたと思うと、こうおつしやつたでしよう。はい。事件が勃発してから一月二十九日は数日の間ですがね、四五日しか経つておらない時にすでにあなた日にちをお間違いになつておられるんです。今そう正確に記憶しておられますか。はい。 きましてから取調べを受ける時に、人間というものは嘘でこの世は通らないと思いまして、一生懸命二十三日間考えました。警察では先程あんた記憶違いであつたとおつしやつたでしょう。一月二十日に行つたと思うと、こうおつしやつたでしよう。はい。事件が勃発してから一月二十九日は数日の間ですがね、四五日しか経つておらない時にすでにあなた日にちをお間違いになつておられるんです。今そう正確に記憶しておられますか。はい。それは何んかのですね、いろんな知識を入れられて、あんたがそう思い込まれている場合もあるんじやないですか。いいえ。そうじやないですか。はい。それは今申しあげるように、一月二十九日の調書にね、あんたがね、そのようにすでに記憶違いのことを述べておられるんでね、それでお尋ねしておるわけです。それでは細いことは追つて尋ねますけどね、そのように嘘を言うようになつた動機はどういうわけだつたんですか。どういうわけでそのような嘘を言わなければならなかつた。いろいろBさんから言われたことや、Bさんのおかあさんから言われたり、自分に、あと、もしこの人達がそういう立場に陥つて出て来られた際に自分の身か- 116 -危いと思つて嘘偽りを申しまし いろいろBさんから言われたことや、Bさんのおかあさんから言われたり、自分に、あと、もしこの人達がそういう立場に陥つて出て来られた際に自分の身か- 116 -危いと思つて嘘偽りを申しました。自分の身が危いと。はい。どういうわけで危いと思つた。もしお前さえ言うてくれにやあよかつたのに言うて、わたしも子供のおる身ですから、手一つあてられても子供に対してすまんから嘘偽りを申しました。いつごろそういうことをどこで言われたんですか。まずおかあさんはあとから尋ねるが、Bにはいつごろどこでそういうことを言われたんですか。二十九日の晩にaの警察署へ行きましたでしょう、そしてAqさんの宅へ帰つて休んで明けての日、三十日の日にhのBのおかあさんのうちへ帰りましたんです。ちよつと待ちなさいよ。Bから都合の悪いことを言つてくれるなと、こうあんた言われたと言うんでしょう。はい。だからそれは一番最初言われたのは、何月何日にどこで言われたかということを今お尋ねしておるんです。Bさんが二十六日の晩Aqの家で、Atから帰りまして日をたいてあたる時に、二十四日の晩はhに寝とつたと言うて、お前ももしわしらが疑われて警察へ行くようなことがあつたらそう言うておけ、お袋も知つとるんしやけえ言うて。 なさいよ。Bから都合の悪いことを言つてくれるなと、こうあんた言われたと言うんでしょう。はい。だからそれは一番最初言われたのは、何月何日にどこで言われたかということを今お尋ねしておるんです。Bさんが二十六日の晩Aqの家で、Atから帰りまして日をたいてあたる時に、二十四日の晩はhに寝とつたと言うて、お前ももしわしらが疑われて警察へ行くようなことがあつたらそう言うておけ、お袋も知つとるんしやけえ言うて。二十六日の晩の話ですか。はい。楽団から帰つてね。はい。火をたいておつた。- 117 -はい。その時誰々おりましたかね。BさんDさんEさんCさんがいらつしやいました。それだけですか。Aqさんはよく覚えてないんですけど。もう一度言つてみなさい。どう言つた。二十四日の晩、ぼくらがもし疑われて引つぱられる時には、お前も調べられ いました。それだけですか。Aqさんはよく覚えてないんですけど。もう一度言つてみなさい。どう言つた。二十四日の晩、ぼくらがもし疑われて引つぱられる時には、お前も調べられるかもわからんけど、二十四日の晩はhへ寝とつたんじやけえお袋も知つとるんじやからそう言うておりやあええと言うておりましたです。もう少し早い時期じゃなかつたんですか。その時が一番初めですか。はい。それでおかあさんからはいつどういう機会に。三十日の日にhに帰りましたらわたしがBちやん警察へ行つとるんよ言うて言うたら、知つておる言われたです。そしてこの間言うたことを水に流してくれと、こう言われましたです。そしてわたしはまた警察へ行かにやあならん言うて座敷へ一応上りました。そして警察でどういうことを聞かれたですかと聞かれたから、ずつとわたしがBさんを知り合つてから現在までのことを聞かれ.わたしは二十四日の晩ここへ寝とるように言うた言うてね言いましたです。そしたらパス取りに行つてからByちやんと一緒にもどつたんじや言われるけえ、わたしもそれからはそのまま言うてしまいました。そうすると、おばあさんが頼んだことはあまり意味がないんですか。Bに頼まれたことが意味がある。はい。おばあさんに頼まれてから嘘を言うたわけではないんですね。それも影響して- 118 -おるかもわからんが、主にBに頼まれたんですか。それから後にあんたが一番証人になるんじやけえ、あんたさえしつかりしておつてくれてなら心配はないんじやからつて言われて、そうですか言うてわたしも今まで通りに嘘の証言をして来たわけです。 、おばあさんが頼んだことはあまり意味がないんですか。Bに頼まれたことが意味がある。はい。おばあさんに頼まれてから嘘を言うたわけではないんですね。それも影響して- 118 -おるかもわからんが、主にBに頼まれたんですか。それから後にあんたが一番証人になるんじやけえ、あんたさえしつかりしておつてくれてなら心配はないんじやからつて言われて、そうですか言うてわたしも今まで通りに嘘の証言をして来たわけです。しかしBから頼まれて、Bに不利益なことを言えば自分の身が危いと思つたと、こう言うんでしょう。そうだとすると、あんたがそうい て、そうですか言うてわたしも今まで通りに嘘の証言をして来たわけです。しかしBから頼まれて、Bに不利益なことを言えば自分の身が危いと思つたと、こう言うんでしょう。そうだとすると、あんたがそういうように嘘を言うておつたのは、主としてBに言われたことが影響しておるわけですか。はい。まあおかあさんからも言われるし、本人からも聞いておりますから。前に証言しておられるからね、あまりダブらんようにお尋ねしたいと思うんですがね、十九日のことはさしあたりおいて、二十四日のことをこれからお尋ねしますがね。二十四日にはB方におられたんですか。二十四日の晩は。朝のことからお尋ねしよう。朝はどうだつたんですか。二十四日の朝はhの家におりましたです。何をしましたか、その日あんた。朝Bさんがおられる間にDさんが仕事に行くのに誘いに来られましたです。そこへ後程聞いたんですけど集金にね、何かお金か何か取りに人が見えられました。そしてBさんはたんすの方のそばに隠れるようにしてDさんが出てその人とお話なさいましたです。そしてはいつて来られてから、二十五日までに払うように解決つけたからと話しておられましたです。それから後に、Bzさんいうて、わたしがaへ来る時。Aeさんのおかあさんですね。はい。おかあさんが来た時あんた自身は何しておつた。- 119 -髪をときよつたと思うんですけど。それは記憶違いじやないですか。いやわたしは確か髪をときよつたと思うんですけど。それでBzのおばさんはどう言うたんですか。Aeさんがaへ来られます時に着物をAhから借りて来られたんです。それをわたしがBさんに言うたが妹さんに言うたか、まあわたしが結局二人のどちらかに言うたわけです。それが どう言うたんですか。Aeさんがaへ来られます時に着物をAhから借りて来られたんです。 ときよつたと思うんですけど。それは記憶違いじやないですか。いやわたしは確か髪をときよつたと思うんですけど。それでBzのおばさんはどう言うたんですか。Aeさんがaへ来られます時に着物をAhから借りて来られたんです。それをわたしがBさんに言うたが妹さんに言うたか、まあわたしが結局二人のどちらかに言うたわけです。それが どう言うたんですか。Aeさんがaへ来られます時に着物をAhから借りて来られたんです。それをわたしがBさんに言うたが妹さんに言うたか、まあわたしが結局二人のどちらかに言うたわけです。それが外へもれたんです。それでAeさんの母親がBへ来られましてね、あんたの所へ来ておる人が言うてなきやあ人が知ろうわけがないと言うて言うて来られましたです。それで。それでわたしは言やせん言うたんですけど、そしたらBのおかあさんが、あんたが言わんで誰が云うかねとしつこく言われますから、わたしもちよつと口で返答したですけど、はぶててものを言わずすぐ洗濯をしましたです。口げんかをしたんですか。はい。おかあさんとね。はい。それは二十四日に間違いありませんか。はい。洗濯したりBzのおばさんが来たという日は。はい。間違いないかね。はい。それで、Bzのおばさんが来た日を二十四日だというように八年も経つて思い- 120 -出したのはどういうところに理由があるんですか。何でそういうように思い出したんですか。朝二十四日の日に男の人が来られた時Dさんがあしたの二十五日の日にね金を払うように話をつけたと言われましたですからね、そのあとすぐ引つかけて来られましたですからよく覚えております。Aeのおかあさんがね。はい。それでその日はあなたは何をしたんです。その日は長く手間をかけて洗濯をして、それから後は、おかあさんらが原料を編まれるへりに坐つておりましたです。Caさんという人は何をしておつた。あれも原料編んでおられたんじやないですか。Cbという子供さんは何をしておりましたか。こたつの中へはいつておられたんじやないかと思 です。Caさんという人は何をしておつた。あれも原料編んでおられたんじやないですか。Cbという子供さんは何をしておりましたか。こたつの中へはいつておられたんじやないかと思うんですけど。昼食はその日は食べたの食べないの。食べませんでした。朝食は。朝ご飯は食べましたです。昼食はどうして食べなかつた。 んじやないですか。Cbという子供さんは何をしておりましたか。こたつの中へはいつておられたんじやないかと思 です。Caさんという人は何をしておつた。あれも原料編んでおられたんじやないですか。Cbという子供さんは何をしておりましたか。こたつの中へはいつておられたんじやないかと思うんですけど。昼食はその日は食べたの食べないの。食べませんでした。朝食は。朝ご飯は食べましたです。昼食はどうして食べなかつた。おかあさんと。けんかしたから。はあ。あんたがふてたのか、まあ俗な言葉で言えば。自分自身にはふてたわけです。そういうことであんたの方で食べなかつた、腹が立つて。はい。それから午後は何をしましたか。夕方までは家におりましたです。他の人は。みなおられましたです。何をしていましたか。原料を編んでおられたと思うんです。それで夕飯はいつごろ食べたんですか。夕飯はわたしは食べなかつたんです。あんたが口げんかしたために食べなかつた。はい。他の人は。食べられましたです。何時ごろ食べた。夕方でしたです。その二十四日の日Bは何時ごろ出かけたんですか。朝出ました。朝何時頃出かけましたか。八時ちよつと前ぐらいじやなかつたかと思うんです。服装はどんな服装でしたか。オーバーを上へ着て出ましたですけど。まあオーバーはよろしい、下は。はきものですか。はきものじゃない、どんなものを着ておられたんですか。ズボンを着ておられましたが、オーバーの下へどんなものを着ておられたかようわからんのです。ズボンはどんなのを着ていた。白つぽいようなズボンじやなかつたかと思うん れたんですか。ズボンを着ておられましたが、オーバーの下へどんなものを着ておられたかようわからんのです。ズボンはどんなのを着ていた。白つぽいようなズボンじやなかつたかと思うんですけど。はきものは。はつきりはきものは覚えないんですけど。帽子は。帽子はかぶつておつたということは知らないです。手袋は。手袋も知らないです。それからあんた自身先程洗濯をしたと言うたですが、何を洗つたんですか。Bさんのふんどしとジヤンパーを洗いました。そしてその日Bはいつごろ帰つて来たんですか。夕方帰つて来ました。何時ごろ帰つた。日暮れでした。まあ正確な時間はわからんけど、大体の見当はつきやあしませんか。七時前ころじやなかつたかと思います。それからBは食事をしたんですか、しないんですか。 うことは知らないです。手袋は。手袋も知らないです。それからあんた自身先程洗濯をしたと言うたですが、何を洗つたんですか。Bさんのふんどしとジヤンパーを洗いました。そしてその日Bはいつごろ帰つて来たんですか。夕方帰つて来ました。何時ごろ帰つた。日暮れでした。まあ正確な時間はわからんけど、大体の見当はつきやあしませんか。七時前ころじやなかつたかと思います。それからBは食事をしたんですか、しないんですか。してないです。それからどうしたんですか。帰つて来られてから、お便所の方へ行かれましたから、わたしがすぐついて行きました。あんたのおかあさんとけんかしてご飯食べておらんと、こう私が言いましたら、ちょうどええ家を借つたから見に行こうと言うて、そんならついて行こう言うてついて行きました。すぐついて行つたんですか。はい。何か持物を持つて出たんですか。何も持たずに手ぶらで出たんですか。持物を持つていたということは記憶にないんです。Bは帰る時に自転車で帰りましたか、何で帰りましたか。歩いていましたか、それとも自転車で。自転車を持つてなかうたように思うんです。どうしたんでしよう。わたしはBさんの所へ自転車があつたというのを全然今のところ記憶がないんですけど、朝も確かDさんと歩いて 自転車で。自転車を持つてなかうたように思うんです。どうしたんでしよう。わたしはBさんの所へ自転車があつたというのを全然今のところ記憶がないんですけど、朝も確かDさんと歩いて出たと思うんですけど。それでは別に持物は持つて出たようには思わんのですか。はい。あなた自身もBも、はい。じやあ帰るとほとんど間なしに夕食もせずに出たんですか。はい。おかあさんには無断で。はい。Bは上へ上りましたか上りませんでしたか。表口から上られて、お便所へ行つて、お便所から出て、また畳の上を通つて表から出ました。便所へ行くのをあなた追いかけて話してそれからすぐ出たわけですね。はい。それからはどこへ行つたんですか。Aqさんの宅へ行きました。誰かいましたか。はあ、行く時Bさんの家を出たときにDさんがいらつしやいました。Dがいた。はい、三人が連れ合うて、Aqさんの宅へ行きました。Dはどこにおつた。かどの方におられました。それで三人でAqの宅へ行つたんだね。はい。Aq方には誰がおつたですか。Aqさんがいらつしやいました。他には誰もいなかつた。はい。 それからすぐ出たわけですね。はい。それからはどこへ行つたんですか。Aqさんの宅へ行きました。誰かいましたか。はあ、行く時Bさんの家を出たときにDさんがいらつしやいました。Dがいた。はい、三人が連れ合うて、Aqさんの宅へ行きました。Dはどこにおつた。かどの方におられました。それで三人でAqの宅へ行つたんだね。はい。Aq方には誰がおつたですか。Aqさんがいらつしやいました。他には誰もいなかつた。はい。おつてなかつたと思うんですけど。それからどうしたんですか。それでわたし表の方で待つていたかと思うんですけど、その時にどの部屋を貸してくれるか見られて、わたしも上つて部屋見ましたです。上へ上られたわけですか。はい。みんな上つたんですか。いいえ、わたしとBが上りました。D君は。あれは上つてなかつたです。Aqは。Aqさんがその部 ですか。はい。みんな上つたんですか。いいえ、わたしとBが上りました。D君は。あれは上つてなかつたです。Aqは。Aqさんがその部屋へ来られたか来られんかよくわからないんです。それからどうしたんですか。それから賃金取りに今から行くから言うてAqの家を出まして、三人が八海橋の所まで出まして。誰々出たの、三人と言うのは。DさんとBさんとわたしと三人です。それから賃金を取りに行くと。はい。歩いて行つたの。八海橋を半分へんまで来られた時にBさんかDさんに、Aqの所へ行つて自転車借りて来てくれ言われて、DさんかAqさん宅へ自転車借りに行かれると、わたしら二人歩いて出ました。それで。それでずつと歩いてCさんの宅まで行きましたです。あんたもCのうちへ行つたの。はい。Cのうちには誰々おりましたか。Cさんのうちに、お客さんが確か二人ぐらい後向になつておられたと思うんですけど、お客さんの声がしておりました。あんたの知つた人では誰がおつたんですか。わたしが知つた人言うたら、わたしも中へはいつたんでないんですから、確かCさんはおられたと思うんですけど、わたしがCの家に着くか着かんかに、確かDさんとEさんが自転車で来られたと思うんです。まず先にね。はい。それで。それでわたしはすぐその足で帰りました。あんた一体何のためにC方まで行つたんですか。うどん食べさしてやるからと言うからついて行きました。それで食べたの。いいえ、食べなかつたです。でもしかし食べさしてやると言うて。わたしも人がおつてじやから恥かし すから、確かCさんはおられたと思うんですけど、わたしがCの家に着くか着かんかに、確かDさんとEさんが自転車で来られたと思うんです。まず先にね。はい。それで。それでわたしはすぐその足で帰りました。あんた一体何のためにC方まで行つたんですか。うどん食べさしてやるからと言うからついて行きました。それで食べたの。いいえ、食べなかつたです。でもしかし食べさしてやると言うて。わたしも人がおつてじやから恥かし うどん食べさしてやるからと言うからついて行きました。それで食べたの。いいえ、食べなかつたです。でもしかし食べさしてやると言うて。わたしも人がおつてじやから恥かしいからはいらんと言いました。どうしてはずかしい。そりやあわたしは知らん所へ行きますとひがみますから。しかしうどん屋へはいる、あそこは食堂のようなことをしてたんでしよう。はい。初めからうどん食べさしてやると言うなら、何もそんなにひがむ必要も恐れる必要もないと思うんだが。やはり知らん所へはいるのはええ気持がしないです。そう言よつたら、あんた店の中へはいれないじやないですか。どこだつて、広島でもうどん食べようと思つたらみな新しい店でしよう。はい、最近は店屋でもうどん食べに行つたことあるんですが、あの時分はそんな所へ、食堂なんかへはいつたことなかつたです。でもBかおつたんでしよう。しかし知らん人が二人ぐらいおつたです。それで、おかあさんが、まあはいらしてならええのにと言われたです。それで帰りましたです。帰つて風呂へはいつておけと言われたから帰りましたです。それであんたすぐ帰つたんですか。はい。帰つてからどうしたの。hに帰つて風呂にはいつて、風呂からあがつてご飯食べなさいと勧められましたけど。じゃあ今度はAq方じやなくて、B方へ帰つた。はい。風呂へはいつておけ言うて別れましたから、一応hへ帰つて、お風呂にはいつてお風呂からあがつたらご飯食べなさい言うて勧められましたです。それでわたしも強情なから食べませんでした。それでどうしたんですか。それで風呂からあがりまして原料編んでおられるへりへ坐つて お風呂からあがつたらご飯食べなさい言うて勧められましたです。それでわたしも強情なから食べませんでした。それでどうしたんですか。それで風呂からあがりまして原料編んでおられるへりへ坐つて見ていました。それで九時過ぎごろじやつたと思うんですけどEさんがいらつしやいました。 したです。それでわたしも強情なから食べませんでした。それでどうしたんですか。それで風呂からあがりまして原料編んでおられるへりへ坐つて お風呂からあがつたらご飯食べなさい言うて勧められましたです。それでわたしも強情なから食べませんでした。それでどうしたんですか。それで風呂からあがりまして原料編んでおられるへりへ坐つて見ていました。それで九時過ぎごろじやつたと思うんですけどEさんがいらつしやいました。E君は上へ上つたんですか上らんのですか。初めは上つてなかつたですけど、Bのおかあさんか上りなさいと勧めたら上つたです。それで。そしてあしたからBちやんはacへ仕事に行くんでパス貸してくれ言うてじやから、パスあした取りに来てか、それとも今から取りに来てかと言われたです。そう一度そこを言つてみなさい、今の点。Eさんがいらつしやいましてね、勧められて座敷に上られましてね、Bちやんは勘定取りに行つて遅うなるからとこう言われたです。そしてどこへ言うたら- 128 -adとか何とか言うておつたです。そしてわたしは給料取りに行つておるということは知つていましたけど、おかあさんには言うてなかつたんです。そしてあしたからacへ仕事に行くようになつたから、パスを貸してくれ言うてじやから貸そうと思うから取りに来てくれと言うたです。それはまあそれで打ち切つて、そのほか何か話しがありましたか。来られた時、まだ座敷に上つてない時に、Dにもあしたacへ行くように言うておかにやあ、あれはきよう早う帰つたから知らんから、Dの家へ行つたらおらんaeのCcちやんとかいう、あそこへ行つてもおらん言うて、とうとう会うたとかどうとか言うておつたから、今度ここへ言うて来たと言うておられたです。何を云うて来た。パスを取りに来てくれ、あしたからacへ行くから言うてね。そのほかの話は。そのほかの話つて別になかつたと思うんですけど こへ言うて来たと言うておられたです。何を云うて来た。パスを取りに来てくれ、あしたからacへ行くから言うてね。そのほかの話は。そのほかの話つて別になかつたと思うんですけど。それでEはB方でどのくらいおつたんですか。時間を正確に勘定するのは非常にむつかしいんでね、正確なことをあんたが記憶しておるとは思わんのだが、大体感じとしてどのくらいおつたように思いますか。二十分ぐらいじやなかつたかと思うんですけど。 へ言うて来たと言うておられたです。何を云うて来た。パスを取りに来てくれ、あしたからacへ行くから言うてね。そのほかの話は。そのほかの話つて別になかつたと思うんですけど。それでEはB方でどのくらいおつたんですか。時間を正確に勘定するのは非常にむつかしいんでね、正確なことをあんたが記憶しておるとは思わんのだが、大体感じとしてどのくらいおつたように思いますか。二十分ぐらいじやなかつたかと思うんですけど。そりやあまあ感じだからね、時計でも見ておれば正確なことが言えるんだけどね、じやあそれからEのうちへ出かけたんですか。はい。誰々わたしと妹のCaさんと。三人でね。はい。Eは自転車を持つておつたんじゃないですか。はい、突いておられました。突いておると言うのは押しておるという意味ですか。はい。じやあ歩いて出かけたんですね。はい。それはおよそ何時ごろか、およその見当がつきますか。時計見ておりやあ別だけど。hの家を出ましてね、小さい細い道があるんです。それを出て大きな大道路に出て、今度また田の中の細い道にはいりかけたころに確かサイレンが鳴つた、それもわたしは、あれが十時のサイレンが夜鳴るということを聞きましたけどね。ちよつと待つてください。家を出てどの辺ですか。そのサイレンを聞いたという場所は。裏町にはいる細い道です。どの辺がもう少しわかりやすく表現できませんか。店の名前だとか、ぼくら裏町と言われても、どこまでが裏町かわからんのだけどね、あんたもあんまり詳しく知らんかも知れないが、店の名前とか。裏町へはいるまでには店はないです。その辺でサイレンを聞いた。裏町と言われても、どこまでが裏町かわからんのだけどね、あんたもあんまり詳しく知らんかも知れないが、店の名前とか。裏町へはいるまでには店はないです。その辺でサイレンを聞いた。はい。そうこうことをいつ思い出したんですが、サイレンを聞いたということは。それはわたしが一月三十日の日にBさんの宅へ行きましてから、jの飲食店へ勤めるまでの間に、いろいろ話が出てね、それがその時に警察でわたしは何時ごろかと時間をとてもやかましゆう聞かれましたです。それでわたしも時間言われ- 130 -たつて、あなたも時計持つておつても一々わからんでしょう、わたしはないんだからなおさらわかりませんと言うたんです。それで、そうそうあそこで十時のサイレンが鳴つたがと、わたしは確かそう言うたと思うんですけどね、十時と言うて断言がきれるかと言うてひどく怒られたです。 いろいろ話が出てね、それがその時に警察でわたしは何時ごろかと時間をとてもやかましゆう聞かれましたです。それでわたしも時間言われ- 130 -たつて、あなたも時計持つておつても一々わからんでしょう、わたしはないんだからなおさらわかりませんと言うたんです。それで、そうそうあそこで十時のサイレンが鳴つたがと、わたしは確かそう言うたと思うんですけどね、十時と言うて断言がきれるかと言うてひどく怒られたです。それで確か裏町へはいる時には鳴つたように思うんですけど、Bのおかあさんに十時のサイレンが、パス借りに行く時に鳴つたんじやけえ言うたんです、わたしが、そしたらBのおかあさんか、嘘を言いなさい、うちでおる時に十時のサイレンが鳴つたしやないか、それからしばらくして行つたじやないか言うて、そうじやつたかね言うて、それからわたしも十時のサイレンがhで鳴つたと言うております。言つておることはいいんだけどね、サイレンの話なんか知つておりやあ、警察でもその点は隠す必要がないと思うんですがね、述べてもいいと思うんですけどね、そういうことは述べた覚えがないんですか、警察で。警察では一番初め九時ごろにEさんが来たように言うていると思うんですけど。それはまたなぜそのように言うた。わたしがBの宅へ帰りましてね、風呂へはいつて原料編むのをじつと見ておりましてからあまり長い時 九時ごろにEさんが来たように言うていると思うんですけど。それはまたなぜそのように言うた。わたしがBの宅へ帰りましてね、風呂へはいつて原料編むのをじつと見ておりましてからあまり長い時間と言う程でもなかつたと思うんです。それで連れ合うて出る時に、裏町のはいつた所だと思うんですけどね、大きなサイレンが鳴りましたです。それで帰りばなに、女二人じやあ恐ろしいねと、わたしも初めてそこを通つたんです。帰りに鳴つたんですか。いいえ、行きしなです。帰りがこわいと言うたんです。それでE方へ行かれたんですね。はい。それでパスを受け取られたのは従来通り間違いないんですね。はい。それからCd商店の附近であんたとCaさんとだね帰つておる時Bと会つた事実、これは本当なんですか、嘘なんですか。本当です。時間関係を除けば、これは間違いない事実なんですね。はい。それで一緒になつてからどうしたんですか。Bと一緒になつてからどうしたんですか。Bさんと会いまして、妹さんが先に帰られまして、わたくしとBが。 かれたんですね。はい。それでパスを受け取られたのは従来通り間違いないんですね。はい。それからCd商店の附近であんたとCaさんとだね帰つておる時Bと会つた事実、これは本当なんですか、嘘なんですか。本当です。時間関係を除けば、これは間違いない事実なんですね。はい。それで一緒になつてからどうしたんですか。Bと一緒になつてからどうしたんですか。Bさんと会いまして、妹さんが先に帰られまして、わたくしとBが。ちよつと待ちなさい、自転車はどうしておつたんですか。Bは持つていたんですか、持つていないんですか。持つておられました。そしてその自転車は何か故障があつたんですか。はい、チエンが切れておりました。それも従来通り間違いないんだね、あんた述べておられる通り、はい。そしてCaの方が先にどうしたと言うんですか。先に帰られましたです。それからあんたかたは。わたしとBは自転車を押してAqの。誰が押したんです。Bが突いておりました。Bはその時に何かものを持つていましたか。たです。それからあんたかたは。わたしとBは自転車を押してAqの。誰が押したんです。Bが突いておりました。Bはその時に何かものを持っていましたか。パンを一つ持っておりました。パンだけですか。はい。何かつくだ煮とかてんぷらとかいうものを持っていたんじゃないんですか。いいえ、わたしは見ませんでした。そのパンはどうしたんですか。二人が食べましたです。誰と誰が。Bと二人が。妹のCaに与えたんではないんですか。いいえ。あんたらが食べたんですか。はい。それは帰ってからですか、途中ですか。途中です。歩き歩き食べた。はい。そのころ誰かと人に会いましたか。はい、八海橋の所まで帰った時に、Dさんに会いました。Dはどの辺におったんですか。橋を渡った所辺におられました。橋を渡った所に。橋を渡って左に折れる川伝いでない方に立っておられました。左に折れる、そうするとD部落の方。川伝いに右に折れるんです。渡って右。はい。右いうと、Aq方の方ですよ。はい、橋を渡って川伝いに降りるんです。そこのちょっと角になっておる所に立っておられたんです。どういう恰好をしておりましたか。オーバーを着ておられました。それで。そのほかよく覚えてないんです。はきものとか。はきものはよく。あなた全然記憶にないんですか。はい。それで何か話をしたんですか、Dと。Bさんがちょっとものを言われましたです。 川伝いに右に折れるんです。渡って右。はい。右いうと、Aq方の方ですよ。はい、橋を渡って川伝いに降りるんです。そこのちょっと角になっておる所に立っておられたんです。どういう恰好をしておりましたか。オーバーを着ておられました。それで。そのほかよく覚えてないんです。はきものとか。はきものはよく。あなた全然記憶にないんですか。はい。それで何か話をしたんですか、Dと。Bさんがちょっとものを言われましたです。どういうことを言うた。さあ、わたしは完 あなた全然記憶にないんですか。はい。それで何か話をしたんですか、Dと。Bさんがちょっとものを言われましたです。どういうことを言うた。さあ、わたしは完全には聞いておらんですけど。記憶にある範囲で。あと来るからとかどうとかちょっと言われたと思うんです。はっきりは聞いてないんですけど。それからどうした。わたしとBはAqの家へ行きました。Bと二人で。はい。Ceは。ついて来てなかったです。帰った時Aqおりましたか、いなかったですか。おってなかったように思うんですけど。電気はついていましたか、いなかったですか。ついていたように思うんです。そうしてどうした、上ったの上らないの。上らなかったです。自転車をやだりに置かれまして、止めてちょっと出てくるからと言うてすぐ出られましたです。自転車をどこに置いて。Aqの軒先におかれましたです。そしてちょっと出て来ると言うて出かけた。はい。どちらへ出かけた。それは言うてなかったです。それであんたはどうしたんです。わたしは座敷に上りまして、床を引いて服を着たまま横になっておりました。それでAqはどうしておりましたか。おってなかったかと思うんですけどね。いなかったと思う。はい。その後の行動は知らんのですか。Bがその後どこへ出かけたか知らんのですか。はい。どこへ出かけられたか知らんのです。ちょっと出て来ると言うて。ちょっと出て来る言うた時に、Dさんの所へ行かれるんだろうと思ったんです、それでdの橋があるでしょう。あの方へ出て行くのを どこへ出かけられたか知らんのです。ちょっと出て来ると言うて。ちょっと出て来る言うた時に、Dさんの所へ行かれるんだろうと思ったんです、それでdの橋があるでしょう。あの方へ出て行くのをちょっと見たんです。誰ということはわからんが、ちょっと人影が二人程見えましたです。どこで見たんですか。橋を渡ってAqの方へ下がる道です。 へ行かれるんだろうと思ったんです、それでdの橋があるでしょう。あの方へ出て行くのを どこへ出かけられたか知らんのです。ちょっと出て来ると言うて。ちょっと出て来る言うた時に、Dさんの所へ行かれるんだろうと思ったんです、それでdの橋があるでしょう。あの方へ出て行くのをちょっと見たんです。誰ということはわからんが、ちょっと人影が二人程見えましたです。どこで見たんですか。橋を渡ってAqの方へ下がる道です。Aqの方へ下がる。橋を渡って。渡ると言うのはc部落の方へですか、aの方ですか。Aqの家へ下がるのに、下がる道があるです。あそこへ橋を渡ってどのくらいかね、ちょうどAqさんの家からdの方へ向いて見たら斜め向こうに見えます。じゃあ橋の手前ですか。はあAqの方へ手前です。あんたの方から言ってね、手前。はい。その辺に二三人の人影があったと言うんですか。二人の影を見ました。それは誰と誰だったんでしょう、あんたの想像では。それはわかりませんね。あんたどこで見たの、それを。Aqの軒先で見たんです。それからあんたどうしたんです。床へはいりましたです。それで。三十分か一時間ぐらいの間だったと思うんです、帰って来られたです。三十分か一時間した時にね。はい。その時にDさんとBと二人が大かた一緒ぐらいの程度に帰って来ました。BDが一緒ぐらいにね。はい、そして今度はEさんとCさんがやって来られました。それはちょっとあとに来たんですか。はい。時間はどうだった。いっしょにはいらずに、あらいてはいられましたです。BDが最初に二人帰ったと言うんでしょう。はい、それで後に。どのくらい間があったんですか。まあ五分あ はどうだつた。一緒にはいらずに、あらいてはいられましたてす。BDが最初に二人帰つたと言うんでしょう。はい、それで後に。どのくらい間があつたんですか。まあ五分あいておつたわけじやないですけどね、ちよつと。二三分ぐらいですか。はい。来てからEとCがはいつた。Eさんがはいつて来られて、一番あとでした、Cさんがはいつて来られたのは。あんたその時寝とつたんですか。いやBが帰つて来た時にすぐ起きましたです。起きてどこへ出た。土間へ出ました。- 137 -前の時見たEの服装と、その時見たEの服装は同じでしたか違つておりましたか。スプリングコートを上へ着ておられました。Cはどういう服装でしたか。CさんはMやなんかで見ておりました進駐軍の服のようなものを着ておられました。 はいつて来られて、一番あとでした、Cさんがはいつて来られたのは。あんたその時寝とつたんですか。いやBが帰つて来た時にすぐ起きましたです。起きてどこへ出た。土間へ出ました。- 137 -前の時見たEの服装と、その時見たEの服装は同じでしたか違つておりましたか。スプリングコートを上へ着ておられました。Cはどういう服装でしたか。CさんはMやなんかで見ておりました進駐軍の服のようなものを着ておられました。それでその時どういう話があつたんですか。お互に、あんた聞いておる範囲で述べてみなさい、どういうことを言うた。帰つて来られてね、遅いから静かにせえつてBか言われましたです。何。帰つて来られた時ね、一番最後にCさんがトランクをさげてはいつて来られましたです。それをBが受け取つて寝間の頭元に置いておりましたです。そしてみなご飯食べる所の板の間へ上りましてから、上るまで静かにせえ言うて言よつたです。Bがね。それで上つてからご飯をたいて食べようじやないかと、それでわたしに米をとぎに行け言いましたから釜をのぞけてお米を入れていただきましてね、炊事場がどこにあるんかと聞きましたらAqさんが教えてくれましたです。Aqはそれじやあおつたんですか。はあ、Bが帰つて来る前に何か帰つて来られたようにも思うんですけど、はつきりあれがAqさんだつた にあるんかと聞きましたらAqさんが教えてくれましたです。Aqはそれじやあおつたんですか。はあ、Bが帰つて来る前に何か帰つて来られたようにも思うんですけど、はつきりあれがAqさんだつたということはわたしも転げていたからはつきり覚えていなかつたですけど、Bが帰つておればおられたです。Aqがいつ帰つたかわからない。はい。それでAqに教わつて。裏に出られましてね、こうこう行かれたら井戸があると教えてくださいま- 138 -したです。それで竹藪があつて暗いですからね、わたしは行かない言うたんてす。そしたら米をようとがんような女ならとり捨てるがええとほかの人がひやかされましたです。そしたらBがわしがとぎに行つてやろうと言うてついて来てくれましたです。そして井戸ばたに出るまでに懐中電燈を出されて、これで明りを見せえ言うて出されましたです。それで米をとぐ時にはわたしが懐中電燈を見せてBがとぎましたです。そしてとぐ時には出とりやあええのに、どうせわしが出て来るのに、みんなからひやかされて穴があつたらはいりたかつたと言よりましたです。 り捨てるがええとほかの人がひやかされましたです。そしたらBがわしがとぎに行つてやろうと言うてついて来てくれましたです。そして井戸ばたに出るまでに懐中電燈を出されて、これで明りを見せえ言うて出されましたです。それで米をとぐ時にはわたしが懐中電燈を見せてBがとぎましたです。そしてとぐ時には出とりやあええのに、どうせわしが出て来るのに、みんなからひやかされて穴があつたらはいりたかつたと言よりましたです。そしてお米をといでしまつて、Aqのはいり口にはいる時に電燈を貸せと言うからわたしましたです。どこへ入れられたかわからないですがね、そのままはいりましてわたしが木が無いと言うたんです。そしたらDさんが、わしが割つてやろうと言うて、床下の方から木を出して大きな声で言うたから、静かにせえ、隣近所の迷惑になるからと言われたです。そして割つてわたしがご飯をたきつける時だと思うんですが、おかずがないからつくだ煮を買いに行くと言うてEさんが出られる時に、確かCさんがついて帰られたように思うんですけど、一緒に出られたと思うんですけどね、そしてご飯ができたのと同じぐらいの程度にEさんが帰つて来られた らつくだ煮を買いに行くと言うてEさんが出られる時に、確かCさんがついて帰られたように思うんですけど、一緒に出られたと思うんですけどね、そしてご飯ができたのと同じぐらいの程度にEさんが帰つて来られたです。ずい分捜したけど、みな休んでおる言うて、ようよう買うて来たと言うて塩こぶを買うて来ておられたんです。どこで買つて来たんかな。さあどこということは聞いていなかつたけど。それで。それでみんながご飯を食べましたです。ご飯がすんでからDさんとEさんが、あしたから早いから誘いに来るからと言うて帰りかけられましたです。そして戸口先へ出られた時にね、自転車を入れておつてあげよう言うて自転車を入れられて、そしてあした早よう来るからと言うて帰られましたです。それから後わたしは- 139 -食べたものをかたずけるのにはしりで茶わんを洗いよつたんです。そしたらBさんがきよう寒いから浴衣を着込んどつた言うて、えりあかがついたから洗う言うて浴衣を脱がれましたです。そしておかしい人じや、この人は服の下に着物を着とると思つたんですが、寒いから着込んでおられる言うておられるんだから、何も言わなかつたです。浴衣にえりあかがついたから洗う言うておられたです、それできようばらす上げるのにズボンのすそが汚れたからついでにズボンのすそも洗うと、こう言うて、そしてわたしは茶わんを洗つてしまつてから火鉢のへりへ行つて、わたしが洗つてあげようか言うたら、きようは遅いからまた洗つてもらうから言うてAqさんにたらいがどこにあるかと言うて聞かれましたです。 ら着込んでおられる言うておられるんだから、何も言わなかつたです。浴衣にえりあかがついたから洗う言うておられたです、それできようばらす上げるのにズボンのすそが汚れたからついでにズボンのすそも洗うと、こう言うて、そしてわたしは茶わんを洗つてしまつてから火鉢のへりへ行つて、わたしが洗つてあげようか言うたら、きようは遅いからまた洗つてもらうから言うてAqさんにたらいがどこにあるかと言うて聞かれましたです。それで土間の向こうにあるから言われたです。それでたらいを出して二人で水をくみに出ましたです。それで水を入れてあげて、Bさんが自分で腕まくりをして洗濯をしかけちやつたです。きよう現場でうしろから自動車が来てか 向こうにあるから言われたです。それでたらいを出して二人で水をくみに出ましたです。それで水を入れてあげて、Bさんが自分で腕まくりをして洗濯をしかけちやつたです。きよう現場でうしろから自動車が来てから怪我人があつて、事故があつたから仕事にならんじやつた言うて洗濯をしておられましたです。それからわたしが晩にしたつて干場もないのにこごりつくが言うてわたしが言うたんです。そしたら家の中へ干しておいたら差支えないから言われたです。それもそうだ思つてわたしも黙つて火鉢のへりにあたつておつたです。それでものの一時間も二時間もかからなかつたですか、ほんのわずかですんでから、そのまま休んだです。何々洗つたの、一体。ズボンと確か浴衣だつたと思いますけど。それで洗つたのをあんた見ておつたんですね。はい。それで干したの、干さないの。家の中へ干されましたです。どの辺に。- 140 -表板の間です。ほかのものは別に洗わなかつた。ほかのものはなかつたように思うんですけど。浴衣とズボンだけ。はい。そのズボンと言うのは、昼間着ておつたズボンですか。白つぽいようなズボンでした。あんた昼間見ておつたでしようが、晩方見ておつたでしよう。はい。そのズボンですか。はい、白つぽいズボンでした。それじやあ家の中へ竿を入れて、そこへ干したわけですか。竿という何でなしに、洗濯ものを干すような竿じやないんてす。かさ棚みたいな細い竹竿が通してあつたんです。そしてその晩そのまま寝たんですか。何か話でもあつたんですか。その晩は、あんたもこちらへ来たんじやから帰らずに、こつちにおりきりにおれ言うて言われたです。この際一緒になろうじやないか言わ よう。はい。そのズボンですか。はい、白つぽいズボンでした。それじやあ家の中へ竿を入れて、そこへ干したわけですか。竿という何でなしに、洗濯ものを干すような竿じやないんてす。かさ棚みたいな細い竹竿が通してあつたんです。そしてその晩そのまま寝たんですか。何か話でもあつたんですか。その晩は、あんたもこちらへ来たんじやから帰らずに、こつちにおりきりにおれ言うて言われたです。この際一緒になろうじやないか言わ そしてその晩そのまま寝たんですか。何か話でもあったんですか。その晩は、あんたもこちらへ来たんじゃから帰らずに、こっちにおりきりにおれ言うて言われたです。この際一緒になろうじゃないか言われて、わたしははい言うておったです。それで。そのまま休みまして、あまり長いこと休んだように思わないんですけどね、二三時間経ったころに、もうDさんが口笛を吹いて誘いに来られたです。二三時間経ったころに。はい。翌朝の話だね。はい、晩はそのまま話がすんでからすぐ休みましたです。そしたらDが口笛を吹いて誘いに来た。はい。それで朝食はどうした。朝ご飯はDさんのお弁当をわたしとBか半分分けして食べましたです。じゃ前の晩にたいたのはもうなかったんですか。はい。全然なかった。はい。Dの弁当を二人で食べた。はい。そしてBはすぐ出かけたんですか。はい。何を着て出かけたんですか。やはりオーバーを上へひっかけておられたと思うんです。下は。下はズボンをはいておられたです。その洗ったズボン。いいえ下にもう一枚ズボンをはいておられたです。もう一枚のズボン。はい。重ねておったのかね、ズボンを。はい。オーバーは洗わなかった。いいえ。洗わなかった。はい。上着も上着も洗ったか洗わなかったか、確かわたしはズボンのすそが汚れたということは聞いたですが、自分で脱いで洗ったんですから、洗ったのか洗わないのか。それじゃあ浴衣とズボンだけですね。はい。今二十四日を中心に聞いておるんだが、その後の そが汚れたということは聞いたですが、自分で脱いで洗つたんですから、洗つたのか洗わないのか。それじやあ浴衣とズボンだけですね。はい。今二十四日を中心に聞いておるんだが、その後の事情で今まで述べた点と変つたことがありますか。十円札の問題は一応おいて、そのほかのことで、その後の事情であんたがことさらに今まで嘘を述べたというのがありますか。二十四日の点はあんた今おつしやるように、今まで述べたところと違うからね、明らかに。 ことは聞いたですが、自分で脱いで洗つたんですから、洗つたのか洗わないのか。それじやあ浴衣とズボンだけですね。はい。今二十四日を中心に聞いておるんだが、その後の事情で今まで述べた点と変つたことがありますか。十円札の問題は一応おいて、そのほかのことで、その後の事情であんたがことさらに今まで嘘を述べたというのがありますか。二十四日の点はあんた今おつしやるように、今まで述べたところと違うからね、明らかに。はい。その後の点はどうですか。ことさらに自分が嘘を述べたような記憶がありますか。二十四日以後ですか。二十四日以後。二十六日の日に隣の土手の奥さんが来られたのを、見ないと言うて嘘を言うておりました。二十六日にね。はい。その点が違う。そのほかあんたが記憶にある点で、ことさらに嘘を言うたということになれば、記憶にあるはずだがね。- 143 -家のあれでない、ほかのことについてもですか。家のあれでなくとも、ことさらにあんたが良心にとがめるような嘘を言うた点ですね、十円札の問題はええですよ。これはまあさしあたり除いて、それ以外に。警察で夜ぱんぱん音がしたというのも違います。それじゃあ二十四日より前の点だね。今あとのことをお尋ねしたわけだが、二十四日より前の点についてね、自分が今省みてね、あれは嘘だつたと良心にとがめるというような、はつきりした思い出がありますか。二十四日より前言うたら。前の点についてだね、あんた今まで述べている場合、警察でも述べる、一審の裁判所でも、あなたここの裁判所でも二回に渡つて詳細に述べているんだけどね、細かい点はあんた忘れていると思うかね、それで自分がことさらに嘘を言うたという点は記憶がある る場合、警察でも述べる、一審の裁判所でも、あなたここの裁判所でも二回に渡つて詳細に述べているんだけどね、細かい点はあんた忘れていると思うかね、それで自分がことさらに嘘を言うたという点は記憶があると思うんです。M旅館のことも嘘です。じゃあどういう点が嘘かその点を述べてみなさい。M旅館へわたし達が行きましてね、BAさんやらDさんやらみな来られましてね、隣の部屋へはいられましてね、何の話をしていたかは聞いていませんけど、何かお話しておられたです。その時にAhが百円程出しましてね、Ahにみかんを買うて来てくれと命令をせられて、みかんを買うて来られて、わたしはそのみかんを二人で食べる間隣の部屋に入つて何か一生懸命に話しておられたです。 ゃあどういう点が嘘かその点を述べてみなさい。M旅館へわたし達が行きましてね、BAさんやらDさんやらみな来られましてね、隣の部屋へはいられましてね、何の話をしていたかは聞いていませんけど、何かお話しておられたです。その時にAhが百円程出しましてね、Ahにみかんを買うて来てくれと命令をせられて、みかんを買うて来られて、わたしはそのみかんを二人で食べる間隣の部屋に入つて何か一生懸命に話しておられたです。隣の部屋と言うのは大きい部屋ですか。小さい部屋ですか。小さい部屋です。小さい部屋へ他の人がはいつた。はい。それはAをも含めてですか。- 144 -Aさんもはいつておられたと思うんですけど。Bfはどうですか。Bfさんはお酒を飲み終つて、Aさんが帰るんと、入れ違いぐらいに来られたです。酒飲んでしまつて。はい。そのころ、一番奥の隣の部屋にはお客さんがおつたんじやなかつたですか。はいおられましたです。あんたもAに廊下へ呼び出されたんじやなかつたですか。はい呼び出されました。どういうことをAに言われましたか。あんたBが好きなんかと言われたです。それで私ははいと言うたです。そしたらBちやんが水の中へでも火の中へでもはいれと言われたらはいるかと言われたから、はいると私は言うたです。そしたらそうか言うてすぐ帰つたです。そうすると、AとBfは一緒のことはなかつたわけですか。入れ違いになつたわけです の中へでもはいれと言われたらはいるかと言われたから、はいると私は言うたです。そしたらそうか言うてすぐ帰つたです。そうすると、AとBfは一緒のことはなかつたわけですか。入れ違いになつたわけですか。はい。そりやあ入口から階段に上られるまでに話をされたら知りませんけどね、部屋で一所ということはなかつたです。それでBfが来てからも、隣の部屋で相談でもあつたんですか。いいえ、Bfさんが来られた時には、Bfさんが女の人を連れて来ておられたと思うんですけどね。何かBに言われる時にね廊下に出られて廊下の方から隣の部屋へはいる方のつらで何か話しておられましたです。BがBfに。はい。どこで、もう一度正確に言えば。- 145 -廊下へ出まして、隣の三畳の部屋の方へ、廊下の方からはいる、小さい、畳半分敷ぐらいの板の間があると思うんです。どこかその辺で話しておられたように思うんです。そちらから中へはいられたかも知れんですけど、いずれにせよ、わたしらの部屋から隣の部屋にはいらずに。 時にね廊下に出られて廊下の方から隣の部屋へはいる方のつらで何か話しておられましたです。BがBfに。はい。どこで、もう一度正確に言えば。- 145 -廊下へ出まして、隣の三畳の部屋の方へ、廊下の方からはいる、小さい、畳半分敷ぐらいの板の間があると思うんです。どこかその辺で話しておられたように思うんです。そちらから中へはいられたかも知れんですけど、いずれにせよ、わたしらの部屋から隣の部屋にはいらずに。そりやあ何の話だつたんですか。さあ知りませんです。女の話じやなかつた。よくわたしは話は聞いていないから知りません。Bfは女を二人連れて来ておつたらしいんだがね、証拠の上からみるとね。わたしも見ました、そのように。その女のことを何か話しておつたんじやないですか。さあそりやあ知りません。ではM旅館ではその程度のことはそのほかのことは今まで述べておる通り間違いないんですか。今訂正された範囲で違うけれども、そのほかは何か思い出してみて、違うところがありますか、ないですか。拷問が違います。拷問の点は先程あんたが訂正したからよろしい。その点はもう裁判所がきよう尋ねる た範囲で違うけれども、そのほかは何か思い出してみて、違うところがありますか、ないですか。拷問が違います。拷問の点は先程あんたが訂正したからよろしい。その点はもう裁判所がきよう尋ねる予定にしていないからね。はい。それじやあ具体的にもう少し尋ねると、Bから二十四日以後にね、あんた自身が金をもらつたようなことがあるんですか、ないんですか。二十七日の晩にいただきました。幾らもらつたんですか。三百円の上がじようにはなかつたと思うんです。- 146 -それは前に述べた通りですね。はい。そうすると、金をもらつたとか、もらわないとかいう点も従来通り間違いないんですね。はい。それから里へ帰つて千円お宅でもらわれたと、これも間違いない。はい間違いありません。それからAq方で、二十四日以後、あんたが食うや食わずで、ほとんど食わなかつたと証言しましたね。はい。それも間違いない。はい間違いありません。そうすると違つた点は主として二十四日の晩のことに関するわけですね。はい。それからさつきあんたが言いかけたのを、こちらで押さえたような恰好になつたから、ここで改めてお聞するんだが、あんたが今まで嘘を言うておつたのを、中野検事さんに自白するようになつたその動機をさつきちよつと言いかけたんで、わたしの方で止めた、別に押える積りではなかつたんだが混乱するといけないから一応あの時は押えたんだが、どういうわけか、もう一度詳しくおつしやつてください。 のことに関するわけですね。はい。それからさつきあんたが言いかけたのを、こちらで押さえたような恰好になつたから、ここで改めてお聞するんだが、あんたが今まで嘘を言うておつたのを、中野検事さんに自白するようになつたその動機をさつきちよつと言いかけたんで、わたしの方で止めた、別に押える積りではなかつたんだが混乱するといけないから一応あの時は押えたんだが、どういうわけか、もう一度詳しくおつしやつてください。十六日の晩にね、おとうさんのなくなられて三年目の命日が十七日だつたんです。それで十六日に法事をなされたんです。その晩に、わたしはたいがい親元の方へ帰る時におとうさんの墓参りをするん さい。十六日の晩にね、おとうさんのなくなられて三年目の命日が十七日だつたんです。それで十六日に法事をなされたんです。その晩に、わたしはたいがい親元の方へ帰る時におとうさんの墓参りをするんです。それが近い日の朝法事によう帰らん、心のうちで淋しい思いをしておつたんです。それで晩に休みましてからね、おかしい夢を見まして寝られなんだです。それでおとうさんも出られましたです。- 147 -おとうさんが正直な人間じやつたのに、どうしてお前はそういう子供になつてくれたかと出られましたです。それでああ自分が悪かつた。子供を連れておる親でありながら、どうして無責任なことを言つて世間を騒がしたのかと思つて自分から進んで自白しましたです。十日から十六日までの間、どのくらいの時間いつも調べを受けたんですか。朝の十時頃からわたしは早く帰りたいですからね、夜が明けるまで調べられてもええとわたしから頼みましたけど。あんたの方から夜が明けるまででも調べてほしいということで交渉して調べを受けたんですね。いいえ、女の体でそんな夜まで調べるというようなことをしたんでは。できないと。はい、できないから言うて。まあそれはよろしいが、朝の十時ごろから何時ごろまでいつも調べを受けていた。十時前ごろ、九時ごろまで。夜の九時頃まで。はい。毎日ですか、それは。はい、一日ぐらい昼二時からやられたことがありました。それであんたの方では、もう徹夜でもええから早く調べて帰してもらいたいと、こういうように訴えたんですか。はい。検事さんはそういう調べをすると、女ではあるしね、いろいろ差し支えるからいかんというわけで、遅くとも十時ごろには打ち切つておられたと、こういうわけ- 148 べを受けていた。十時前ごろ、九時ごろまで。夜の九時頃まで。はい。毎日ですか、それは。はい、一日ぐらい昼二時からやられたことがありました。それであんたの方では、もう徹夜でもええから早く調べて帰してもらいたいと、こういうように訴えたんですか。はい。検事さんはそういう調べをすると、女ではあるしね、いろいろ差し支えるからいかんというわけで、遅くとも十時ごろには打ち切つておられたと、こういうわけ- 148 に訴えたんですか。はい。検事さんはそういう調べをすると、女ではあるしね、いろいろ差し支えるからいかんというわけで、遅くとも十時ごろには打ち切つておられたと、こういうわけ- 148 -ですか。はい。どうしてそんなに徹夜までして取調べを受けて早く帰りたかつたんですか。わたしも子供を今まで手所から離したことがないですからね、黙つてそのまま置いて出ましたからね、一日も早よう調書がすんで帰られるもんならね、わたしが良心に誓つて調書を作つてもらいさえすれば帰られるものとばかり信じてね早くして帰してくださいとわたしから頼んだんです。それはいいんだけどね、要するに子供可愛さから、そういうことをあんたが申し出たと、こう言うんですか。はい。それ程子供が可愛いのであれば、一番最切の日に自白すればすぐ帰してもらつたかもわからんじやないですか。それがやつぱり言い初めというものが、どうしても、今まで六年も七年も世間様にご迷惑をかけておるので、なかなか口をきるのが容易なことではなかつたです。それであんたが子供の愛情にひかれて徹夜でもいいから調べてほしいと、こういうことまで申し出るのであればね、徹夜までして調べてもらいたいと言うのは、どういう意味になるんですか。あんた嘘をつつぱる積りでおればね、徹夜までして調べても同じ結果になるんじやないですか。どういうわけだ、それは。悪いことを言うて来たと思つて自分に良心に誓つてね、記憶のある限りはわたしが今から言うから調書に取つてくださいと。いやこちらで尋ねておるのは、逮捕されてから自白するまでの間のことを聞いているわけです。さつきそういうようにお尋ねしたはずですよ。逮捕されてからあんたが自白するまでの間の調べ状況についてこちらがお尋ねしたん らで尋ねておるのは、逮捕されてから自白するまでの間のことを聞いているわけです。さつきそういうようにお尋ねしたはずですよ。逮捕されてからあんたが自白するまでの間の調べ状況についてこちらがお尋ねしたんですよ。 で尋ねておるのは、逮捕されてから自白するまでの間のことを聞いているわけです。さつきそういうようにお尋ねしたはずですよ。逮捕されてからあんたが自白するまでの間の調べ状況についてこちらがお尋ねしたん らで尋ねておるのは、逮捕されてから自白するまでの間のことを聞いているわけです。さつきそういうようにお尋ねしたはずですよ。逮捕されてからあんたが自白するまでの間の調べ状況についてこちらがお尋ねしたんですよ。それに- 149 -対してあなたは朝十時ごろから、夜九時十時ごろまでの調べだつた。それから日によつては二時ごろから始まつたこともあつたと、こういうことだつたでしょう。それからあなたの方から徹夜でもいいから調べてほしいということを申し出た。しかし検事さんの方ではそういうことはできない。こういうように断わられて、夜九時十時ごろで打ち切られたと、こういう証言をされたわけですよ、今、これは間違いないんですか。はい。それ程しかし子供が可愛くて徹夜までして調べをしてもらつたらいいという気持ならね、早く自白すれば、ことは早く解決つくように思うんだけどね、先程言う通り、なかなか機会がつかめなかつたと。はい。そうすると徹夜までして調べてくれと言われても意味がないんじやないですか。いやわたしが徹夜までやつて調べてくれと頼みましたのは、十六日から以後でした。さつきは十日から十六日を前提に置いて尋ねたんです。自白してから後はそんなに暇がかからなかつたんじやないですか。あんたがすらすら自白すれば、そうではないんですか。二十三日間おりましてね、十六日から三日の夜帰りましたから、二日の夕方ごろまで調べられましたのはね、それまでに、いろいろ思い出す限りは詳しく思い出そうと思つてね、もう少し待つて下さい、そこずつと詳しい記憶の出る範囲は出しますからと言うて、わたしは考えるのに、なかなかいろいろ暇がかかりましたです。長くかかりましたけど、十六日までは知りません知りませんでわたしは通して来たんです。主人のBtさ 憶の出る範囲は出しますからと言うて、わたしは考えるのに、なかなかいろいろ暇がかかりましたです。長くかかりましたけど、十六日までは知りません知りませんでわたしは通して来たんです。主人のBtさんに何か勧告受けたようなことはないんですか。勧告言うても、- 150 -むずかしい言葉だけど、どう言つたらええですかね、勧告という言葉わかりますか。 は知りません知りませんでわたしは通して来たんです。主人のBtさ 憶の出る範囲は出しますからと言うて、わたしは考えるのに、なかなかいろいろ暇がかかりましたです。長くかかりましたけど、十六日までは知りません知りませんでわたしは通して来たんです。主人のBtさんに何か勧告受けたようなことはないんですか。勧告言うても、- 150 -むずかしい言葉だけど、どう言つたらええですかね、勧告という言葉わかりますか。わかりません。たとえば正直に言いなさいとか、あるいはそれに類するようなことを、ご主人から言われたようなことがありますか。いいえ、聞いておりません。その時子供さん連れて来たんですか、連れては来なかつたの。いいえ。連れては来ない。はい。藤間裁判官ちよつとお尋ねしますけどね、あんた最初Bwさんという人と一緒になつておつたんですね。はい。それはいつまで一緒になつておつたんですか。昭和二十九年の五月に結婚して、三十一年の十二月に別れました。子供が一人生れたわけですね。はい。男の子ですか女の子ですか。男の子です。どういうわけで別れたんですか。最初に一緒になる時におかあさんが、この人はこうこういう過去を持つてね、証人に出にやあならんやらわからんけど、それをBwさん承知してくれるかと、まあ許可を得たわけです。そしたらいつでも行かせるからという承諾で一緒になつたわけです。そして一度原田弁護士がaへ来られました時に、聴取りに来られまし- 151 -た時には気嫌よう行かしてくれましたです。それでその時に行く時に、この度で、二度と呼ばれることのないように始末をして帰れと言われたんです。それで自分はそうする積りでしたけど、三十一年にjの民事裁判に出頭せえと言うて紙が来たんです。それがおかあさんの所 行く時に、この度で、二度と呼ばれることのないように始末をして帰れと言われたんです。それで自分はそうする積りでしたけど、三十一年にjの民事裁判に出頭せえと言うて紙が来たんです。それがおかあさんの所へ初めに来まして、十二月の二日でした母がわたしの所へ持つて来てくれたんです。そしてBwと申しますが、Bwちやんこういうものが来ておるんじやが、行かしてもらえんかと言うて、言うて行つたわけです。母親がものを一つも言われんわけです。片方がね、それでどうするんかね、行かせんのなら行かせんように罰金をあんたが払つてくれるんじやねと母が言うたわけです。 判に出頭せえと言うて紙が来たんです。それがおかあさんの所へ初めに来まして、十二月の二日でした母がわたしの所へ持つて来てくれたんです。そしてBwと申しますが、Bwちやんこういうものが来ておるんじやが、行かしてもらえんかと言うて、言うて行つたわけです。母親がものを一つも言われんわけです。片方がね、それでどうするんかね、行かせんのなら行かせんように罰金をあんたが払つてくれるんじやねと母が言うたわけです。そして何にも言わんからおかあさんがそのまま持つて帰つたわけです。それから二日の晩から三日の朝にかけましてね、裁判所へ子供が具合が悪いなりとなんとなりと手紙を出せと、こう言うたんです。それでわたしが嘘を言うたつてしかられるかわからんけえ、出え言うんなら出してくれ言うたんです。いや手紙を出せ言うから、新生の状袋に、子供が具合が悪いと手紙を出したんです。それで罰金は払つてやらんと、こう言いましたからね、罰金も払つてくれんなら、放つたらかしておくと、こう言うたんです。そしたら五日の朝になつて、とりあえず、親兄弟のめんつがあるから事件が解決つくまでいんでくれんかと言うて、男が頭を下げて頼むんじやから言いましたからね、じやあそれは本気で言われるんですかと言うたら。親兄弟のめんつがあるというのは、誰の親兄弟かね。Bwのです。Bw自身の親兄弟のめんつがあるから。はい。帰つてくれ言われるから、本気で言われるんだねとわたしが言いましたら、男が頭を下げるんだから、なまやさいしいことではないと言われたから、男が金持つて出ましたから、わたしはその間に帰つて来ましたです。そうすると、Bwさんの方では、 るんだねとわたしが言いましたら、男が頭を下げるんだから、なまやさいしいことではないと言われたから、男が金持つて出ましたから、わたしはその間に帰つて来ましたです。そうすると、Bwさんの方では、あんたがBx事件に関係して、再々証人で調- 152 -べられるということを嫌つたわけですか。はあ調べに出ますでしよう。あれが親に言うてないから、親の顔がつぶれると、こう言うんです。再々証人に出ることを嫌つたわけかね。はい。そしてあんたが証人に出てね、どういうことを証言したかということは、Bwは知つておつたんでしようかね。いいえ、Bx事件のことについては、わたしは言うてないです。たとえば、あんたが言つたことが新聞に出るとか何とかして、あんたがどういうことを証言しておるかということを、証言の内容をBwさんは知つておつたんでしよかね。 ないから、親の顔がつぶれると、こう言うんです。再々証人に出ることを嫌つたわけかね。はい。そしてあんたが証人に出てね、どういうことを証言したかということは、Bwは知つておつたんでしようかね。いいえ、Bx事件のことについては、わたしは言うてないです。たとえば、あんたが言つたことが新聞に出るとか何とかして、あんたがどういうことを証言しておるかということを、証言の内容をBwさんは知つておつたんでしよかね。いいえ、いろいろとわたしがここえ来て証言することも、わたしがこういうように出たということも、別にきようここへ出て、何の話があつたということをするわけでなし。そんなことはBwさんに話さんわけですね。はい。そうすると、再々証人に引つぱられるということは知つておつたけれども、どういうことをあなたがしやべつておるかということは、Bwさんは知らなかつたんでしようかね。はい。それとも新聞とか何かで知つておつたんじやないでしようか。殺人事件ということは知つておりました。わたしがBwにね、結婚する時にね、こうこういう過去があると言うたわけじやないんです。おかあさんが、これが初めに結婚しておつた男が、無実の罪ではいつておると、おかあさんが言うたん- 153 -です。初め結婚しておつた男が無実の罪ではいつておるということを、あんたのおか です。おかあさんが、これが初めに結婚しておつた男が、無実の罪ではいつておると、おかあさんが言うたん- 153 -です。初め結婚しておつた男が無実の罪ではいつておるということを、あんたのおかあさんが、Bwに話しておつたわけだね。はい、その証人に出るということをおかあさんが言うておつたんです。そのおかあさんがBちやんどうかつていろいろ聞かれたけど、わたしが二十四日の晩宵の口から一緒に寝とつたと言うたばつかりに関係がないと信じておるわけです。あんたとしても、Bwさんとは別れたくなかつたんですか。別に縁がなくて別れたというんじやないんです。自分としては子供もあるし、一緒にやりたかつたんですか。いや、この事件で通知やなんかない時はまあ金がないんで内輪げんかということはあつたですけど、別にどうこういう何はなかつたです。そうすると、それまで愛情の関係ではどうこうということはなかつたんですか。わたしの失策でしかられるということはあつたですけど、別に別れるという仲のことはなかつたです。 つたんですか。別に縁がなくて別れたというんじやないんです。自分としては子供もあるし、一緒にやりたかつたんですか。いや、この事件で通知やなんかない時はまあ金がないんで内輪げんかということはあつたですけど、別にどうこういう何はなかつたです。そうすると、それまで愛情の関係ではどうこうということはなかつたんですか。わたしの失策でしかられるということはあつたですけど、別に別れるという仲のことはなかつたです。そうすると結局どういうことになるんですか。Bwとしても再々Bx事件であんたが調べられるんで、それを嫌つてあんたを帰したことになる。はい。あんたとしては、そうすると子供もあることだし、そのままずつといければ、一緒に生活したいという気は持つておつたんですか。はあその当時は子供がおりますからね、なるべくなら、それまでによう内輪げんかする時でも、帰れと男として言いますしね、子供がおる身じやから、もう少し辛抱しようと思つて。そういう気持でおつたわけだね。はい。- 154 -今のBtさんとはいつ一緒になつたんですか。去年の九月です。この人にはBx事件の関係では証人に出る ようと思って。そういう気持でおったわけだね。はい。主文 今のBtさんとはいつ一緒になったんですか。去年の九月です。この人にはBx事件の関係では証人に出るかも知れんということは話してあったんですか。はい。それで承知の上でBtさんは結婚したんですか。はい。やはりわたしが無実の罪では言っておるから、証人の通知が来た時はいつでも行かしてくれるかと言うたわけです。Bなんかが無実の罪では言っておるから、そのことに関して自分が証人調べを受けるかも知れないが、すぐ行かしてもらえるかと、こう言うたわけだね。はい。それを納得の上で結婚したわけだね。はい。それでその夫婦仲はあんまりよくないようなことをさっき言いましたね。一緒になってから。はい、やはりわたしがこういう大きな事件を背に隠してきておりましたから、どうしても家庭は円満にはいかなかったです。どういうことですか、具体的に言いますと。まあ女としての愛情が足らなかったんだと思うんですけど。Btさんはどういう仕打ちをしたですか、あんたに。どういう仕打ちということもないですけど、このBx事件のことについてあまり聞かれないですけどね、男としてね、まあ過去を抱えてくる女というものはあんまりない言うて言われたですけどね。 な事件を背に隠してきておりましたから、どうしても家庭は円満にはいかなかったです。どういうことですか、具体的に言いますと。まあ女としての愛情が足らなかったんだと思うんですけど。Btさんはどういう仕打ちをしたですか、あんたに。どういう仕打ちということもないですけど、このBx事件のことについてあまり聞かれないですけどね、男としてね、まあ過去を抱えてくる女というものはあんまりない言うて言われたですけどね。過去を抱えてくる女というのはないということを言うんですね。はい。あんたに暴行するとかなんかということはなかったんですか。別に暴行ということは。Bx事件のことであんたが証人に出たりなんかすることについて、向こうが腹立てて暴行するとか何とかということはなかったんですか。いいえ。そういうことはなかったんですか。いうことは。Bx事件のことであんたが証人に出たりなんかすることについて、向こうが腹立てて暴行するとか何とかということはなかつたんですか。いいえ。そういうことはなかつたんですか。はい。そうすると、証人なんかにあんたが出ることに対しては、Btさんは了解しておつたんですか、嫌つておつたんですか。ええ気持はせんと言うておりましたけど、やはり裁判所からの通知でしたらまあ少しの金でも、汽車賃の足しにと言うてある時にはくださいます。裁判長それではまだ裁判所も全部終つたわけではないんだが、まだ検察官弁護人からお尋ねがあるからね、午後一時から再開します。藤間裁判官午前中の続きだけど、あなたが偽証罪で逮捕されるようになつてからは、ご主人のBtさんとは非常に円満になつた、こう言いましたね。はあ保釈になつて帰つてからです。保釈になつて帰つて来てから非常に円満になつたと。はい。それまでは、それほど仲がよくなかつたようなことを言いましたね。はい。どういうわけでですね、この保釈になつて帰つてから、そんなに円満になつた- 156 -んでしようかね。私があの改心したというてね、言いましたんです。あなたが改心したと。はい。それで主人の態度が変つて来たというわけですか。はい。それともですね、このあなたが、そのただ改心したというだけでなくて検察庁の取調を受けた時に、こういうことを言つたという、その言つた内容のことを話しましたか、ご主人に……。いいえ、私から言つていません。今まではこういうふうに言つておつたんだけど、今度、検察官の取調を受けるようになつてから、こういうふうに言つたんだという内容をですね、ご主人に話しま 。それで主人の態度が変つて来たというわけですか。はい。それともですね、このあなたが、そのただ改心したというだけでなくて検察庁の取調を受けた時に、こういうことを言つたという、その言つた内容のことを話しましたか、ご主人に……。いいえ、私から言つていません。今まではこういうふうに言つておつたんだけど、今度、検察官の取調を受けるようになつてから、こういうふうに言つたんだという内容をですね、ご主人に話しま …。いいえ、私から言つていません。今まではこういうふうに言つておつたんだけど、今度、検察官の取調を受けるようになつてから、こういうふうに言つたんだという内容をですね、ご主人に話しましたか。全然、話していません。全然話していないんですか。はい。そうするとただ改心したというだけなんですか。はい、それと私があの逮捕を受けましてから留守中ね、子供がとつても寂しい思いをしておつたと言うてね、親がそういう重たい荷を、無実じや、無実じや言うて、大きなことを言うて来て、子供に対してもすまんというてね、親が教育するだけの資格がないじやないか言うてね、改心したんなら子供のために母親として立派に育てて行こう、自分も力になるから言うてね、夫婦円満にいきます。今までは、あなたはその主人に向つてですね、Bあたりは無実だということを言つておつたわけですか。- 157 -はい。そうして今度保釈になつてから後は、そうじやないということを言い出したんですか。私から主人にはね、こうこう言うて、こういうふうにうそを言うておつたということは言うていないんです。いろいろ主人も新聞やなんかを見て知つておるんじやないかと思うんです。新聞なんかを見てあなたが検察官に対してどういうことを言うたかということは主人は知つとるわけですか。はい。端的に言うと、今まではあなたがBなんかの有利なことを言つておつたんで主人はその点をですね、きらつておつたんじやないんですか。有利とは……。有利にBが無実になるように、あなたが言つておつたわけですね。その点を主人がきらつておつたんじやないんですか。いいえそうじやないです。そうすると主人があなたを、その主人とあなたとの仲がです にBが無実になるように、あなたが言つておつたわけですね。その点を主人がきらつておつたんじやないんですか。いいえそうじやないです。そうすると主人があなたを、その主人とあなたとの仲がですね、あまり今までよくなかつたということは、どういうことかね、結局、さいさいあなたが証人なんかで検察庁や裁判所あたりに呼ばれるので、それをきらつておつたという意味ですか。 ると主人があなたを、その主人とあなたとの仲がです にBが無実になるように、あなたが言つておつたわけですね。その点を主人がきらつておつたんじやないんですか。いいえそうじやないです。そうすると主人があなたを、その主人とあなたとの仲がですね、あまり今までよくなかつたということは、どういうことかね、結局、さいさいあなたが証人なんかで検察庁や裁判所あたりに呼ばれるので、それをきらつておつたという意味ですか。はい、やつぱり出て行けば動揺がありますからね、日稼ぎぐらいの所帯でお金もいり、また男としても、ものも一日でもさびしい思いをさせますから、そういう点でまあ、いろいろ事情があつたんでしようけどね。だけど保釈になつて帰つたにしろ、あなたは偽証罪で起訴されたんでしよう。はい。- 158 -懲役になるかも知れんですよ、そんな状態にあるのにですね、たとえあなたが改心したからといつて、そう主人の気持がですねやはらぐということは、ちよつと理解出来ないような気がするんですがね。主人は私にね、あんたは私に一緒になる時に、無実の罪で証人に出るから、あのそれを行かしてくれ、承諾してくれてなら結婚するという約束で一緒になつたのに、どういうわけで偽証罪になつたかというふうにね、あれが帰つて来ましてから聞かれたですけど、私がうそを言つておつたから偽証罪にかかつたわけで、私が明らかにお話を良心に誓つて話をして保釈をしていただいたんだけれども、保釈金も主人が積んでくれたんですけどね、こうして出られて、今ちようど山口に行くのも自分がその今まで、うそを言つていたつぐないをしてきれいなからだになるから、そうして初めて家庭を何するから言うて、今までのことはこらえてくれ言うて、頭を下げました。そうしたら納得して下さいまして、夫婦円満にいくわけです。あなたが、そのBらに対して不利 らだになるから、そうして初めて家庭を何するから言うて、今までのことはこらえてくれ言うて、頭を下げました。そうしたら納得して下さいまして、夫婦円満にいくわけです。あなたが、そのBらに対して不利益なことを言い出したので、それで主人の気がとけたんじやないんですか。いいえ、そういうわけじやないんです、初めに結婚する時に、無実の罪ではいつておられるのを行かしてくれ、無実の罪ではいつておるのなら私が行かしてやるというあれで一緒になつたわけです。主人でみると私が、まあ裏切つたようなものですよね。 、頭を下げました。そうしたら納得して下さいまして、夫婦円満にいくわけです。あなたが、そのBらに対して不利益なことを言い出したので、それで主人の気がとけたんじやないんですか。いいえ、そういうわけじやないんです、初めに結婚する時に、無実の罪ではいつておられるのを行かしてくれ、無実の罪ではいつておるのなら私が行かしてやるというあれで一緒になつたわけです。主人でみると私が、まあ裏切つたようなものですよね。あんた今の主人とはもちろん別れたくないんでしような。はい。いつまでも夫婦で暮したいという気持を持つているんでしようね。はいあります。それから、これは話は違いますけれども、Aqのうちを借りるという話はいつあつたんでしようか。- 159 -二十四日の夕方帰つて来られて、私が、きよう、こうこうであのお母さんと口ずもうをとつた言うて話しましたから、ちようどええ家を借つたから出て行こうと言われました。そうするとあなたが話をする前に、BはAqと話をしてですね、家を借りる約束をしておつたということになるんですか。まあそういうことです、それは私の目の前でそういう約束をせられたこともなし約束を友達に聞いておるということも聞かしてもらつていないです。突然のことです。ちようど、いい家を借りることになつておるからと、こういう趣旨のことを言つたわけですね。はい。それから、これはまた話が違いますけれども、hのBのうちから、Eのうちに行く途中で十時のサイレンを聞いたようなことを言いましたね。はい。これは間違ないですか。はい。そうするとEのうちまで行つてパスを借りて、 も、hのBのうちから、Eのうちに行く途中で十時のサイレンを聞いたようなことを言いましたね。はい。これは間違ないですか。はい。そうするとEのうちまで行つてパスを借りて、そうしてBと一緒になつてAqのうちに行つたわけですね。はい。行つて、そうしてBがですね、Aqのうちを出たのは、およそどのくらいな時間ですか。十時のサイレンが裏町で鳴りまして、Eさんのところに行つてすぐパスを出して下さいましたから、それを受取りまして、EさんとBmさんのところはあまり遠くなのでそこで会いました。別に走つたわけでない、歩いて行つたんですが、- 160 -どの位かかるか、まあ十分か十五分ぐらいじやないかと思うんです。そうしてAqのうちに行つて、間もなく出たんですか。はいすぐ出ました。 を出たのは、およそどのくらいな時間ですか。十時のサイレンが裏町で鳴りまして、Eさんのところに行つてすぐパスを出して下さいましたから、それを受取りまして、EさんとBmさんのところはあまり遠くなのでそこで会いました。別に走つたわけでない、歩いて行つたんですが、- 160 -どの位かかるか、まあ十分か十五分ぐらいじやないかと思うんです。そうしてAqのうちに行つて、間もなく出たんですか。はいすぐ出ました。あるいは、その借りる部屋を見分するとか、そこでAqと話しこむということはなかつたんですか。いいえ、別に話いうてなかつたです。そうすると、あんたの感じでは、気持ではBのうちに行く途中で十時のサイレンの鳴るのを聞いてそれからEのうちに行つてパスを借りて、でBと一緒になつてAqのうちに行つてですね、AqのうちをBが出るまでの時間はですね、大体、十分か十五分ぐらいなものだとこう言うんですか。はい、ようかかつても三十分はかからないです。そうすると、あなたはBが出てから床を引いて服を着たまま横になつたわけですね。はい。午前中の証言では三十分か一時間ぐらいしてBは帰つて来たと言いましたね。はい。時間はそのくらいでしたか。はあ、あまり長い時間ではなかつたです。その間にあなたは寝ましたか。横になつておりました。横になつておつたけど寝ていなかつた はい。時間はそのくらいでしたか。はあ、あまり長い時間ではなかったです。その間にあなたは寝ましたか。横になっておりました。横になっておったけど寝ていなかったですか。眠り込んではいませんでした。そうすると、今の考えでは、大体三十分か一時間ぐらいの時間だと思うと、あまり長い時間じゃなかった、こういうことですか。はい。三十分か一時間してBらが帰って来てその時の状況で何か変わったことはなかったですか。いいえ、別に、帰って来られた時にトランクを下げて来られましたからね、Cさんがトランクを遅れて持ってはいられましたからね……。トランク。青いような……。大きさは……。どの位言うたらいいかしら、普通のまあトランクですね、あまり小さいんじゃないんです。小さいんじゃない……。小さくもなければ、大きようもなかったです。普通のトランク。はい。それ以外にですね、格別、Bらの挙動等については変わった点はなかったですか。はい。トランクはなんか入っていましたか。別に私は中を見ませんでした。 がトランクを遅れて持ってはいられましたからね……。トランク。青いような……。大きさは……。どの位言うたらいいかしら、普通のまあトランクですね、あまり小さいんじゃないんです。小さいんじゃない……。小さくもなければ、大きようもなかったです。普通のトランク。はい。それ以外にですね、格別、Bらの挙動等については変わった点はなかったですか。はい。トランクはなんか入っていましたか。別に私は中を見ませんでした。トランクを開けたりなんかしなかったですか、Eとか……。いいえ、そんなことはなかったです。お互いどうしで帰って来てから、いろんなことを話をするというようなこともなかったですか。いいえ、別に帰って来られて、みんなは入って来られてから、座敷に上がりましてね……。座敷というのは、あなたが寝ておられる部屋ですか。炊事場です。炊事場のほうに上がって、そうして格別変わった話はしていなかったですか。はい。その米はどうしたんじゃろうかね、めしを炊く米です。あなたが寝ておられる部屋ですか。炊事場です。炊事場のほうに上がって、そうして格別変った話はしていなかったですか。はい。その米はどうしたんでしょうかね、めしを炊く米ですね。さあそれは知りませんですけれども……。それは誰が持って来たかわからん……。Bがはがまに入れてくれました。どこから出したの。表の板の間のほうから持って来ました。何にはいっておったですか。なんか色もんのような袋でしたけれども、確実に袋は覚えていないんです。色もんの袋。はい。米はどのくらいあったんですか。一升あるかないか、ぐらいじゃなかったかと思うんですが……。その米を全部、使ってご飯を炊いたんですか。はい。その袋はどうしたんでしょうか。どういうようにしたか知りませんけど……。どうしたかわからん。はい。Eが下げて帰って来たというトランクはどうなったんでしょうか。Cさんが下げて来たトランクですか。ええ。結局どうなったんですか、そのトランクというのは……。あの私がafに帰る時に借りて帰りましたです。あなたが借りて帰った。はい。帰って来てからその晩に洗濯をしたと言いましたね。はい。それは何で洗ったんですか、水で洗ったんですか、お湯ですか。水です。水はどこにあったんですか。Aqさんの前にある、表にある井戸です。野天井戸ですね。はい。そこから水を汲んで洗ったわけですか。はい。そうして板の間のところに、その洗濯物を干したと言いましたね。 ンクというのは……。あの私がafに帰る時に借りて帰りましたです。あなたが借りて帰った。はい。帰って来てからその晩に洗濯をしたと言いましたね。はい。それは何で洗ったんですか、水で洗ったんですか、お湯ですか。水です。水はどこにあったんですか。Aqさんの前にある、表にある井戸です。野天井戸ですね。はい。そこから水を汲んで洗ったわけですか。はい。そうして板の間のところに、その洗濯物を干したと言いましたね。はい。竹ざおはどうしたものなのですか、干 はい。そこから水をくんで洗ったわけですか。はい。そうして板の間のところに、その洗濯物を干したと言いましたね。はい。竹ざおはどうしたものなのですか、干す竹のさおですね。さおは、私は洗濯物を干されるまで見ていなかったですが、どこから持って来られたか、そこに前からあったのか、それは知りませんです。そうすると洗った洗濯物というのはどうなったんですか。かわいてから私がかたづけたか、Bさんがかたづけられたか、そこは私もよく記憶していないんです。そうすると二十五日も干してあったんですか。はい。その板の間にですね。はい。その後は、そうすると、あなたはかたづけたのか、どうなったのか、自分はわからんと言うんですか。私がかたづけたのか、そこもよくわからないんですが……。洗った品物はですね、洗濯したものは、午前中言いましたようにゆかたとそれからズボン二つですか。はい、私の前ではズボンが仕事場でよごれたから言うて、ゆかたはえりあかがついたからと言うて、私の前では二枚しか出されていなかったです。その二点ですか。はあ二点しかなかったと思うんですが……。まだほかにあったんじゃないんですか。さあ、そこははっきり覚えていませんが、二枚ほど干してあったのは覚えておるんですが……。裁判長先ほど、Bはズボンを二枚はいておったと、こういうふうに証言されましたね。はい。どういうズボンですか、もう一枚は。何か色もんのズボンのようにあったですが……。どういう色ですか。紫の薄うなったようなズボンをはいておったように思うんですが……。その時以外に見たことがあり すか、もう一枚は。何か色もんのズボンのようにあつたですが……。どういう色ですか。紫の薄うなつたようなズボンをはいておつたように思うんですが……。その時以外に見たことがありますか、そのズボンを。あれはあのafにdに関係のない、私がaに来ん前に、afに来られた時- 165 -に、セビロを上下そろいを着て来られた時に、一応うちへ帰るいうて出られまして、夕方また引返して来た時に上のええほうのズボンだけ質にかまされまして下に青いズボンをはいておられました。 ですが……。どういう色ですか。紫の薄うなつたようなズボンをはいておつたように思うんですが……。その時以外に見たことがありますか、そのズボンを。あれはあのafにdに関係のない、私がaに来ん前に、afに来られた時- 165 -に、セビロを上下そろいを着て来られた時に、一応うちへ帰るいうて出られまして、夕方また引返して来た時に上のええほうのズボンだけ質にかまされまして下に青いズボンをはいておられました。その時にはいておられたズボンによく似ておりました。そうすると作業着じやないんですか。作業着にもなるような古いズボンです。Bはいつもそういうふうに二枚ズボンをはいておるんですか。日頃は知りませんが、afでも一度そういうふうに見たことがあります。それから、さつき午前中の話だけれども、Bがせんたくする前にけがをしたとか、なんとか、あんたがちよつと言つたんだけれども、それはどういうことを言うたのかね、もうすこし覚えておる範囲で言つてみなさい。きよう、現場で、仕事場でバラスを上げよつたら、うしろから自動車か来て人が下敷になつたとか言うて、けが人が出て仕事にならんだつたと言うておられました。そのズボンとかゆかたは、あんたごらんになつたんですか。はい、見ました。なんか血でもついておつたですか。いいえ、赤いものいうて別についておりませんでしたけれども、ひざから下にちよつとぐらい黒いようなものがついておりました。血であるかどうかわからなかつた。確実、血というのは見ていないですが……。ゆかたのほうは……。ゆかたは別に目をかけなかつたですけれども……。ゆかたをなぜ洗つたんだろうね。血であるかどうかわからなかつた。確実、血というのは見ていないですが……。ゆかたのほうは……。ゆかたは別に目をかけなかつたですけれども……。ゆかたをなぜ洗つたんだろうね。寝巻に必要だと思うんだけど、なぜゆかたを- 166 -洗つたんかね。えりあかがついたからと言うておられました。えりあかがついたにしても夜寝るのに寝巻に必要だろうと思うが、なぜ洗つたんだろう。そこは知りません。ゆかたの上にオーバーを着ておつたんじやないんですか。オーバーは着ておられました。ゆかたも着ておつたの。はい。じやゆかたの上にオーバーを着ておつたんかね。はい。じや、そのゆかたのほうだけ洗つてオーバーは洗わなかつたと、こういうわけになるかね。はい。それからね、これは前、あんた二回も証言しておられるから系統だつたことは聞かないが、とびとびしたことだけしか、お尋ねしないが、間違わないようにお答願いたいんだがね、Bm商店の前でBと会つた時、あなたとBとの話、あるいはCaとBとの話、その三人で話し合つたことばで、あんた記憶にある範囲のことを思い出してみて下さい。 じや、そのゆかたのほうだけ洗つてオーバーは洗わなかつたと、こういうわけになるかね。はい。それからね、これは前、あんた二回も証言しておられるから系統だつたことは聞かないが、とびとびしたことだけしか、お尋ねしないが、間違わないようにお答願いたいんだがね、Bm商店の前でBと会つた時、あなたとBとの話、あるいはCaとBとの話、その三人で話し合つたことばで、あんた記憶にある範囲のことを思い出してみて下さい。あんた前のことを、ずいぶん思い出しておられるから、その時にかわしたことばを全部思い出す範囲で述べて見て下さい。どういう話があつたか。Bm商店の前で会いました時に前うしろぐらいに離れておりまして今晩わ、言うてBさんがたけつておられたんです、それで私は帰ろう言うて妹さんに言いましたんです。妹さんが透かしてみて、お兄ちやんじやないの言うてへりに寄つて行- 167 -かれましたです。私もBいうことがわかりましたからそばへ寄つて行きましたです。その時にパスを渡されたか、渡されないか見ておらなかつ て、お兄ちやんじやないの言うてへりに寄つて行- 167 -かれましたです。私もBいうことがわかりましたからそばへ寄つて行きましたです。その時にパスを渡されたか、渡されないか見ておらなかつたてすか、それからというものは、三人がひとところで話しをしていなかつたです。何か割木の話があつたんじやないですか。あれはBさんが、私が帰ろう言うたんです、割木を買うて帰らにやいうておられましたです。Bが。はい。ええ、ええもう帰ろう遅いから言うて、それで買わせなかつたんです。Bが割木を買うて帰らにやいけん言うたんですね。はい。それであんたがもういいから帰ろう帰ろう、こう言うたというんですか。はい。(昭和三十三年二月十二日施行検証調書添付の第二図を示す)これはね、ぴつたり、その場所を当てるということは非常に無理な話ですから、大体の感じとして、どのへんで十時のサイレンを聞いたんですか。このへんです。八海橋からaのほうに向けて行くとagという橋がある、その次のa寄りのところに、南にはいるたんぼ道があるわけですね、そのたんぼ道にはいつた、そのたんぼ道の大体三分の一ぐらいはいつたところで十時のサイレンを聞いたと、こういうふうに聞いていいんですか。はい。間違つておつたら訂正して下さい。サイレンを聞きました時に、Eさんか、おつつけBのBちやんも帰つて来- 168 -ると言われました。 か。このへんです。八海橋からaのほうに向けて行くとagという橋がある、その次のa寄りのところに、南にはいるたんぼ道があるわけですね、そのたんぼ道にはいつた、そのたんぼ道の大体三分の一ぐらいはいつたところで十時のサイレンを聞いたと、こういうふうに聞いていいんですか。はい。間違つておつたら訂正して下さい。サイレンを聞きました時に、Eさんか、おつつけBのBちやんも帰つて来- 168 -ると言われました。中野検察官一月十九日にMに行かれた時のことで一つほど聞いてみたいんですがね。飲んでおる最中にAがあなたを廊下に呼び出したということは先ほど証言された通りですか。はい。そのほかに人を呼び出したようなことはないでしようか、Aが。あのほかのDさん、Eさん んでおる最中にAがあなたを廊下に呼び出したということは先ほど証言された通りですか。はい。そのほかに人を呼び出したようなことはないでしようか、Aが。あのほかのDさん、Eさん、Cさんを交替のように呼んで話しておられましたです。それは飲んでおる部屋……。以外の部屋です。部屋かまあ外へ、表に出られたんではないでしょうが、廊下のすみのほうか、隣の部屋にはいられたか、そこまで見届けていないんですが……。とにかく部屋の外に、それは一緒でなしに入れ替りのようなことでですか。はい。その時期は、およそいつ頃でしようか。たとえば、あの飲み出してから初め頃とか、飲み出してから、おおかた飲み終つた頃とか、中間頃とか、いろいろ表現があると思うんですが、およそ、いつ頃でしようか。酒を飲み始める前にも、騒々しておられましたし、酒を飲まれて酒がなくなる前にも騒々しておられましたです。そのAが今、Eとか、Dとか、Cですね、こういう人を入れ替りに廊下に呼び出しておつたという、その時期ですね、およそ、飲み終る頃とか、飲み出して初め頃とか、およそ言えませんか。お酒がすんでからのようにもあるんですが、お酒を飲む最中はあまりAが- 169 -出てどうこうということはなかつたように思うんですけど、お酒がなくなつてから帰られる前に出られて話されるということもありましたです。お酒を飲む最中は、初めの時にはそういうことはなかつたです。それはあなたがAに呼び出される前ですか、あとですか。先です。Mから今度、Bの家に移つてからのことですかね。はい。Ahが尋ねて来たようなことかありますか。 うにもあるんですが、お酒を飲む最中はあまりAが- 169 -出てどうこうということはなかつたように思うんですけど、お酒がなくなつてから帰られる前に出られて話されるということもありましたです。お酒を飲む最中は、初めの時にはそういうことはなかつたです。それはあなたがAに呼び出される前ですか、あとですか。先です。Mから今度、Bの家に移つてからのことですかね。はい。Ahが尋ねて来たようなことかありますか。はあ、あります。それはいつ頃ですか。私がMからBのうちに帰つて、あ Mから今度、Bの家に移ってからのことですかね。はい。Ahが尋ねて来たようなことかありますか。はあ、あります。それはいつ頃ですか。私がMからBのうちに帰って、あけての日じやないかと思いますか……。あけての日と言うと。二十二日じやなかったか知らんと思うんですが……。それはどういうことで来たんでしょうか。afに帰るから、帰らんか言うて来られました。それはAhでしたか。いいえ、Eさんと二人でした。それであんたはどういうふうに返事をしたですか。今あの仕事に行って留守をあけておるし、金もないしするから帰らんと言いました。そうすると誘いに来たけれども、金もないし、Bも留守だから帰らなかったというわけですね。はい。二十四日の夕方までBの家におられたということですが、Bの家におる間ですね、お風呂はどうでしょうか、毎日たいておられましたか。それともどういうような方法でしようか。一日おきとか毎日とか。さあ、それはよく知りませんです。けれども私がMから帰りました晩には、はいりました。そのあけての日の晩もはいったように思うんですけど、とにかくひていぐらいじゃなかったかと思うんですがね。二十四日の晩はあなたが先ほどBの家で風呂にはいったと言われましたね。はい。そうすると二十四日までに何か一日ぐらいははいらなかったように思うんですか。はい。それからhのBの家にBfが来たことはありませんか。はあ、一度あのB、D、Cさんらが遊びに来たあとか、とにかくBさんがおらない時にBfさんが遊びに来られたことがあります。それは夜ですか、昼ですか。夜です。およそ何時頃だったでしょうか。あのB、D、Cさんらが遊びに来たあとか、とにかくBさんがおらない時にBfさんが遊びに来られたことがあります。それは夜ですか、昼ですか。夜です。およそ何時頃だったでしょうか。 からhのBの家にBfが来たことはありませんか。はあ、一度あのB、D、Cさんらが遊びに来たあとか、とにかくBさんがおらない時にBfさんが遊びに来られたことがあります。それは夜ですか、昼ですか。夜です。およそ何時頃だったでしょうか。あのB、D、Cさんらが遊びに来たあとか、とにかくBさんがおらない時にBfさんが遊びに来られたことがあります。それは夜ですか、昼ですか。夜です。およそ何時頃だったでしょうか。宵の口でした。それはあの何日か、よくわかりませんか、何日の夜であったか。二十二日か三日かお酒を飲んだあと来られたか、そのあけての日じゃったか、よく覚えていないんですけど……。二十二日か三日かよくわからない。はい。それから、一月二十四日のことについて、すこし尋ねますが、証人がBとAqの家に出かけて行く時ですね。一番最初にね。はい。その時の証人の服装はどんな服装だったでしょうか。証人とは。あなたです。青の緑のようなオーバーを着て、靴をはいてサージの、紺のサージの上下を着ておりました。履物はなんだったですか。ズツクをはいておりました。ズツクはどんな色のズツクでしょうか。茶色の靴です。横どめで茶色のズツクをはいておりました。それから、Aqの家に行く時はDも一緒だったと言われましたね。はい。それからBが賃銀を取りに行くというので、DとあなたとBの三人が八海橋まで出たと言われましたね。はい。それでDが自転車を取りに帰ったんですか、Aqの家にね。はい。それであなたとBはCの家に行かれたというんですが、それはあなたがついて行くと言われたんか、どうですか。最初、八海橋を渡った時、帰って風呂にはいれと言われたがahのところまでついて行くと言いましたんです。ついでにウドンを食べさしてやるからと言いましたからCまで行ったんです。その時こんな遠いところからみな遊びに来てんじゃねえ、言いました。れと言われたがahのところまでついて行くと言いましたんです。ついでにウドンを食べさしてやるからと言いましたからCまで行ったんです。その時こんな遠いところからみな遊びに来てんじゃねえ、言いました。そうするとCの家にはその時が初めてだったんですか。はい。それで、わりに遠い感じがしたもんだからこんな遠いところから、Cさんは遊びに来られるんですかと、Bに言うたことがあるというわけですか。はい。そうすると、あなたが一応、hの家に帰って風呂にはいっておけと、Bから言われたけれども、いやだと言ってことわったんですか。 らCまで行ったんです。その時こんな遠いところからみな遊びに来てんじゃねえ、言いました。そうするとCの家にはその時が初めてだったんですか。はい。それで、わりに遠い感じがしたもんだからこんな遠いところから、Cさんは遊びに来られるんですかと、Bに言うたことがあるというわけですか。はい。そうすると、あなたが一応、hの家に帰って風呂にはいっておけと、Bから言われたけれども、いやだと言ってことわったんですか。はい。それはどういうわけで、いやだと言うたんでしょうか。初めに、帰つとけえ言われたんですけど、いやというよりも、まあ、あの道でなしに、もう一つはいる道がありますからね、どうでも帰れ言われれば、そこから帰ろうと思う気持でついて行きましたんです。そうしたらahのところまで来たら、ウドンを食べさしてやると言ったわけですか。はい。それでついて行った。はい。そうするとCの家まで歩いて行かれたわけでしょう。はい。二人が。はい。Bは何も持っていませんでしたか。はい。自転車をついておるというようなこともなかったですか。いいえ。なかった。はい。それからCの家についてからですね。どのくらいしてDやEが来たんでしょうか。あの私と、おおかた一緒ぐらいでした。おおかた一緒、もう着いたか、着かんぐらい。はい。同じ頃に。はい。二人とも自転車のように言われましたが間違いないですか。はい、確か突いておられたように思うんですけど。おかた一緒、もう着いたか、着かんぐらい。はい。同じ頃に。はい。二人とも自転車のように言われましたが間違ないですか。はい、確か突いておられたように思うんてすけど、乗つておられたように思うんですけれども……。DもEも。はい。Cの家で、Cのお母さんですね、これは顔を見られましたか。いいえ、私も見ません、向こうも見てはなかつたと思います。何かCのおばさんと話をされたようなことはありませんでしたか。いいえ、私は話しはしませんでした。Cの家の中にはいらずに前に立つておられたというわけですね。はい。時間にしてどのくらいのもんでしようか。五分ぐらいじやなかつたかと思うんですけど……。それからBに先に帰つて風呂にはいつとけえと言われたんで、hの家に帰られたと言われましたね。はい。せつかくAqの家に部屋が決まつているんだから、そちらに帰られたらよさそうなもんですが、それはどうでしようかね。知らない若い男の人、一人でしたから、主人が帰るまでと思いましてね、hのほうに帰りました。 いうわけですね。はい。時間にしてどのくらいのもんでしようか。五分ぐらいじやなかつたかと思うんですけど……。それからBに先に帰つて風呂にはいつとけえと言われたんで、hの家に帰られたと言われましたね。はい。せつかくAqの家に部屋が決まつているんだから、そちらに帰られたらよさそうなもんですが、それはどうでしようかね。知らない若い男の人、一人でしたから、主人が帰るまでと思いましてね、hのほうに帰りました。それから、あのhの家に帰られて、お風呂にはいられたと言われましたね。はい。Bのお母さんや妹さんと話をされたことがありますか、帰られてから……。いいえ、ものは言つていません。何か仕事でもしておられたんですか。はあ、原料を組んでおられましたです。それはBの母も妹もですか。はい。そうするとあなた黙つて見ておられたというわけですか。はい。それからBm商店の付近でBと出会つて、それからBとAqの家に帰つた、それから妹のCaさんはhの家に帰つた、こういうことでしたね。あなた黙つて見ておられたというわけですか。はい。それからBm商店の付近でBと出会つて、それからBとAqの家に帰つた、それから妹のCaさんはhの家に帰つた、こういうことでしたね。はい。そのCaさんには自分達はこれからAqの家に行くんだというようなことは言わなかつたんですか。はい。そうするとCaさんとあなたとBとですね、これは相当、離れておつたんですか、それとも、どういうふうにしてCaさんをはぐらかしたんでしようか。別にAqに行くからと言つたわけでもないんですけどね。初めはかけ足の- 175 -ようにして行かれて、ずんずん私らがゆつくり歩いているうちに姿が見えなくなりました。そうするとあなたとBは意識してですね、特にゆつくり歩いたというようなこともないんですか。別にゆつくりというわけでもないんですが、片方か急いで帰つて行かれました。何かその妹さんのほうは、ごきげんでも悪かつたような様子があつたんですかね。そこはよく知りませんけれども、じやまになるという程度か、どういうものか先に帰られました。じやまになるというのは、若いどうしだからですか。はい、じやないかと思うんですけど。その晩、それから、まつすぐあなたとBはAqの家に行かれたと言うんですが、妹のCaさんは、あなた達が黙つてAqの家に行つたということであとで何か文句を言うたようなことはないんですか。 ごきげんでも悪かつたような様子があつたんですかね。そこはよく知りませんけれども、じやまになるという程度か、どういうものか先に帰られました。じやまになるというのは、若いどうしだからですか。はい、じやないかと思うんですけど。その晩、それから、まつすぐあなたとBはAqの家に行かれたと言うんですが、妹のCaさんは、あなた達が黙つてAqの家に行つたということであとで何か文句を言うたようなことはないんですか。はい、二十五日の日のお昼前だつたと思うんですが、Ayで聞いたと言うて来られましたです。どこへ。Aqさんの宅へ、AyのBちやんに聞いたんだけど、黙つて出んでも、出るんなら出る言うて出りやええのに言うて来られましたです。そうすると、ちよつど文句めいたことを言いに来たわけ どこへ。Aqさんの宅へ、AyのBちやんに聞いたんだけど、黙つて出んでも、出るんなら出る言うて出りやええのに言うて来られましたです。そうすると、ちよつど文句めいたことを言いに来たわけですね。はい。その時、妹さんは何かそのほか話はしませんでしたか。はい、ゆんべcで事件があつたんよ、言うてくれましたです。- 176 -そうするとAqの家で、そのCaさんから二十五日にcでゆんべ事件が起きたということを、これを聞かれたことは、これは間違ないですか。はい。この前の七月と九月の公判に証言に出られた時は、二十五日にBの家で妹さんから聞かれたように証言されておるんですが、それはうそでしたか。はい、hにおるということを明らかにするためにうそを言つたわけです。それから、Bとあなたがですね、二十四日の晩ずつとCaさんをはぐらかしてから、八海橋のほうに行つて、渡りきつた付近にDがおつたと言われましたね。はい。あの位置をちよつと図面で、およそ指摘してもらいたいと思うんですがね。はい。(昭和三十三年二月十二日施行検証調書添付の第四図を示す)この図面でどこですか。ここです。そうすると、第四図で言えば、八海橋を渡つて川沿にAqのほうに右に回わる、その分岐点の付近のですね、Acの家の前あたりだつたというわげですね。はい。その位置はAqの家のほうに寄つたところだと。はい。そのDが立つているのに、会われた時にその附近にはほかに人影は見受けませんでしたか。あのほかに人は見ませんでしたけれども、一応、Bと一緒にAqの家に帰りまして後、先に自転車を置いて行かれる時に、私がそこから見た時に、橋の手前に人影が二人ほどありましたです。 qのほうに右に回わる、その分岐点の付近のですね、Acの家の前あたりだつたというわげですね。はい。その位置はAqの家のほうに寄つたところだと。はい。そのDが立つているのに、会われた時にその附近にはほかに人影は見受けませんでしたか。あのほかに人は見ませんでしたけれども、一応、Bと一緒にAqの家に帰りまして後、先に自転車を置いて行かれる時に、私がそこから見た時に、橋の手前に人影が二人ほどありましたです。んでしたか。あのほかに人は見ませんでしたけれども、一応、Bと一緒にAqの家に帰りまして後、先に自転車を置いて行かれる時に、私がそこから見た時に、橋の手前に人影が二人ほどありましたです。- 177 -そうするとその人影というのは、Dがですね、立つておつた位置ですね、その位置にはやはりDと思える人影があつたわけですか。はい。Dさんでない人影が二人ほどありました。そうするとDがおつた付近にも人影はあつたんですか。はい、ありましたです。そうするとあなたがBと一緒に八海橋を渡つて、Dと会つて、一応、Aqの家に帰つて、Bがちよつと用事かあると言つて出かけて行つたと。はい。その時橋のほうを見たら別に人影が二人ぐらい見えたと言うんですか。はい。ちよつとその位置を示して下さい(昭和三十三年二月十二日施行検証調書添付の第四図を示す)ここです。第四図で言うと八海橋を渡りきつてAqのほうに通ずる川土手の右に曲つた付近ですね。はい。そうするとあなたはAqの家の前からですね、見て、あとはその人影のほうまで行くところまで見ましたか。いいえ、見ませんでした。Bがどの近所まで歩いて行くのを見たんでしようか。dのほうに向いて上がつて行くのは見ましたが、その人影のところまで行かないうちに、私は家にはいりましたです。dのほうと言うのは橋のほうですね。はい。- 178 -そうするとその後、Bがどういう行動をとつたとか、Dや、二人ぐらいの人影がどういう行動をとつたかということについては見ておられない。はい。BはAqの家からちよと出て来ると言うて出かける時に、何か持つていましたか。いいえ、別に持つてはおられません がどういう行動をとつたかということについては見ておられない。はい。BはAqの家からちよと出て来ると言うて出かける時に、何か持つていましたか。いいえ、別に持つてはおられませんでした。持つていなかつた。はい。それから、その後三十分か、一時間ぐらいたつた頃、B達がAqの家に帰つて来たということなんですがね。 家からちよと出て来ると言うて出かける時に、何か持つていましたか。いいえ、別に持つてはおられません がどういう行動をとつたかということについては見ておられない。はい。BはAqの家からちよと出て来ると言うて出かける時に、何か持つていましたか。いいえ、別に持つてはおられませんでした。持つていなかつた。はい。それから、その後三十分か、一時間ぐらいたつた頃、B達がAqの家に帰つて来たということなんですがね。最初、BとDかAqの家に帰つて来たんですか。はい。BとDがAqの家に帰つて来た時に何か持つているようなものはなかつたでしようか。何かあの棒のようなものを、長いものを持つておられましたけれども確実、何というそれは見届けませんでしたが……。それはあなたが、どこで、どういうふうにして見られたんでしようか。あのあれが帰つて来まして、私が床から出て表に、板の間をのぞきました時にBさんがうしろ手にかわしてね、Dさんに長い物を渡される時に、私がちよつと見ましたら戸詰めじやとか、どうとか、言うて押込みのほうにかたづけよられました。そうするとあなたがあのAqの家の表側の板の間の戸口のほうに出られた、その時にBかうしろ手に何か持つておつて、それをこう、うしろからDに渡しておつたと言うんですか。はい。- 179 -何か長いようなものであつたと。はい。それでDはこれは戸詰めだと言うておつたというんですね。はい。それは、あなたが聞かれたから、そういうふうにDが答えたんでしようか。いいえ、私が聞いたわけじやないんです。戸詰めとDが言うたというんですか、あなたはその戸詰めということはですね、どういうふうに聞き取られたでしようか。あの戸口やなんかの鍵を下しますね、棒でつつぱりますね、戸が開かんように、あれのように聞きま うたというんですか、あなたはその戸詰めということはですね、どういうふうに聞き取られたでしようか。あの戸口やなんかの鍵を下しますね、棒でつつぱりますね、戸が開かんように、あれのように聞きましたです。そうするとその時、Aqの家の表の出入口は戸がしまつておつたんでしようか、帰つて来た時……。いいえ、障子だけがたててありました。そうするとあなたが障子戸に戸詰めでもしてあつて、取外してあつたというような状況はなかつたんですか。はい、ないです。それはどんな品物か記憶がありますか。いいえ、わかりませんけれども……。 なんかの鍵を下しますね、棒でつつぱりますね、戸が開かんように、あれのように聞きましたです。そうするとその時、Aqの家の表の出入口は戸がしまつておつたんでしようか、帰つて来た時……。いいえ、障子だけがたててありました。そうするとあなたが障子戸に戸詰めでもしてあつて、取外してあつたというような状況はなかつたんですか。はい、ないです。それはどんな品物か記憶がありますか。いいえ、わかりませんけれども……。たとえば長さにして、どのくらいのもんだつたんですか。このくらいです。尺にしてどのくらいですか。二尺ぐらいのものじやないかと思うんてすが、はつきり見ていないんです。その棒のようなものは何で作つてあつたかということはわかりませんか。はい、わかりません。それはどこにDがしまつたんでしようか。押込みのほうに立てかけておくとか、なんとか、そういうふうに言うておられましたですけど……。押込みのほうに立てかけておいたような様子でしたか。はい。その押込みというのはどこにあるんですか。Aqさんの表入口をはいつて右つらにあります。表をはいれば右側に、それは土間ですね。はい。土間の右側に物置かあると。はい。押込みですか。はい。その前に立てかけたわけですか、Dが。はい。それからB達と米をといで食べたということについては、先ほど裁判長から聞かれたような様子でしたか。はい。間違ないですか。はい。米とぎに出る時に、裏出口に出たと い。それからB達と米をといで食べたということについては、先ほど裁判長から聞かれたような様子でしたか。はい。間違ないですか。はい。米とぎに出る時に、裏出口に出たところで、Bが電池をあなたに持たしたと言いましたね。はい。その電池というのは、どんな形の電池でしたか。棒電池です。大きさはどのくらい。あまり大きくない、あの豆電池でもなかったですけどね。まあ中ぐらいの大きいというほうでもなかったです。普通の大きさの。棒電池だったです。丸いあの長いやつですか。はい。その棒電池というのは、Bの家にあなたがおられる間に見かけられたようなことがありましたか。いいえ、見たことはありません。ない。はい。そうすると二十四日の晩、その米とぎの時に見ただけであって、その後電池をAqの家、その他で見かけたようなことがありますか。いいえ、ありません。どういうふうに処分されたかわからないですか。知りません。わからない。 通の大きさの。棒電池だったです。丸いあの長いやつですか。はい。その棒電池というのは、Bの家にあなたがおられる間に見かけられたようなことがありましたか。いいえ、見たことはありません。ない。はい。そうすると二十四日の晩、その米とぎの時に見ただけであって、その後電池をAqの家、その他で見かけたようなことがありますか。いいえ、ありません。どういうふうに処分されたかわからないですか。知りません。わからない。はい。それから米をとぐのに井戸に行かれたということなんですが、屋内には水がめか、なんか水でも入っておったんじゃないんですか。はあ、見ましたのですが、なかったのです。水がめがあったことはあったんですか。はいありました。てんでないことはなかったですけれども、お米をとぐほどなかったんです。その井戸は位置は、Aqの家の裏口からどのくらい離れておるところにあったんでしょうか。どのくらい言われて、私には見当がつかないですけれども、Aqさんの裏に竹やぶみたいな山があります、あの近くでした。山手のほうにある井戸ですか。い離れておるところにあったんでしょうか。どのくらい言われて、私には見当がつかないですけれども、Aqさんの裏に竹やぶみたいな山があります、あの近くでした。山手のほうにある井戸ですか。はい。そうすると、先ほどあなたは洗濯をする時の水汲みはAqの家の前にある井戸の水を使われたと言われましたね。はい。どうしてAqの家の前の井戸を使われなかったんでしょうか。あれは最初、私がAqさんから炊事場を習います時に、表にもあるけれども飲み水にならんからと言われたんです。その時にそうすると、表にも井戸があるけれども飲み水にはならんということをAqから聞いておったわけですか。はい。それから、洗濯物のことを、ちょっと聞くんですがね、洗濯をしたのは、白っぽいようなズボンと、それから、浴衣のようなものと思うと言われましたね。はい。白っぽいようなズボンというのはどういうズボンなんでしょうか。あの洗い晒して白っぽくなったズボンと思うんです。洗い晒して白っぽくなったようなズボン。はい。そうすると、たとえば、よく仕事着なんかに派手な服を着ますね、そうしてそんなズボンがたびたび洗って白くなったというようなものなんですか。はい。それから浴衣ですね、たとえば浴衣の模様なんか、どんなものだったというようなことを覚えておられませんか。 はい。白っぽいようなズボンというのはどういうズボンなんでしょうか。あの洗い晒して白っぽくなったズボンと思うんです。洗い晒して白っぽくなったようなズボン。はい。そうすると、たとえば、よく仕事着なんかに派手な服を着ますね、そうしてそんなズボンがたびたび洗って白くなったというようなものなんですか。はい。それから浴衣ですね、たとえば浴衣の模様なんか、どんなものだったというようなことを覚えておられませんか。はい、白地に青の菱形になった柄でした。白地に青の菱形の入った浴衣だったと。はい。そうすると青という色ですね、この空色ですね、あんな色ですか。はい。この浴衣はBの家でも見かけたようなことがありますか。はい、Hでも見たことがあります。はい。そうすると青という色ですね、この空色ですね、あんな色ですか。はい。このゆかたはBの家でも見かけたようなことがありますか。はい、hでも見たことがあります。それはBがhでも寝巻にでも使用しておったものですか。はい。せんたくの場所は屋内でしようか屋外でしようか、ちょっと記憶がありますか、どの近所でやられたという……。干してあったのですか。たとえば、たらいを……。裏口の土間より外かうちか、よく覚えないんですけど、いずれあの電気の明かりのとどくところでせられました。Aqの家の電気というのは、どこについておるんですか。あのご飯を食べる、あの裏の板の間の格子戸のへりについておりました。そうすると、裏口の出入りの付近には大体光がとどくような状況だったですか。はい。それから、水くみですね、水くみはどういうふうにしたんでしょうか、せんたくをするのに……。最初の一杯、水をくむ時は二人が出ました。二人が出た。はい。それは何か入れるものを下げて出られたわけですか。バケツを持って出ました。バケツで……。はい。そうするとせんたくに使った水ですね、水と言いますか、これは沸かした湯を使ったようなことはないんですか。いいえ、水でした。せっけんなんかどうでしょうか。さあ、せっけんはよく覚えていないんですが……。使ったかどうかわからない。はい。どうしてね、ちょっと女の人がね、せんたくをするのが、普通なんですがね、あなた黙って見ておられたんでしょうか、それとも自分がせんたくをしてやろうとか、ひと言でも言われたことがありますか。はい、ひと口 、ちよつと女の人がね、せんたくをするのが、普通なんですがね、あなた黙つて見ておられたんでしようか、それとも自分がせんたくをしてやろうとか、ひと言でも言われたことがありますか。 たかどうかわからない。はい。どうしてね、ちょっと女の人がね、せんたくをするのが、普通なんですがね、あなた黙って見ておられたんでしょうか、それとも自分がせんたくをしてやろうとか、ひと言でも言われたことがありますか。はい、ひと口 、ちよつと女の人がね、せんたくをするのが、普通なんですがね、あなた黙つて見ておられたんでしようか、それとも自分がせんたくをしてやろうとか、ひと言でも言われたことがありますか。はい、ひと口、私が洗おうと言いましたら、きようは遅いから、またこれからは洗うてもらうと言われました。それから、あのバラス上げの現場ですね、けが人か出て仕事にならなかつたというようなことを、あんた言うておつたようですが。- 185 -はい。これはどういう拍子にそういうことをBが言い出したんでしょうかね。ズボンをぬがれる時にバラスを上げる仕事をする時に、ズボンがよごれたと、こう言われたんです。それで私が洗うてあげようと言うて、火ばちのへりにすわつた時にひざから下に全部ついておつたわけじやないんですが、赤黒いものが点々とついておりました。それであの私が手に取つて、洗おうと思つて手に取ろうとした時に、きようは現場でこうこうしてと言う言う持つておりて、せんたくを始められました。そうすると、あなたとしては、Bからけが人が出たというようなことを言われて、そういうズボンに点々と何か赤黒ずんだようなものが、ついておつたとそうすると、けが人の血でもついておるように思われたわけですか。Bの言うことを聞かれて。はい。それは間違ないことですか。私にすれば血なら真赤なのがついておれば本当ですが、黒味がかつておつたです。それから、せんたく物をですね、このゆすぎますね、ゆすぎ水を使いますね、ああいうゆすぎ水なんかはどういうふうにしたんですか。あれは自分で前に行かれたか、うしろに行かれたか知りませんけれども、自分でゆすいで来られましたです。自分でとは、Bがですか。はい。それから、せんたく物を干し たんですか。あれは自分で前に行かれたか、うしろに行かれたか知りませんけれども、自分でゆすいで来られましたです。自分でとは、Bがですか。はい。それから、せんたく物を干した場所ですね、ちょっと場所を図面で示してもらいたいんですが。ここです。そうすると、表側の板の間の、表側に近いほうにたててある障子寄りのかもいにかけてあったですか。 れましたです。自分でとは、Bがですか。はい。それから、せんたく物を干し たんですか。あれは自分で前に行かれたか、うしろに行かれたか知りませんけれども、自分でゆすいで来られましたです。自分でとは、Bがですか。はい。それから、せんたく物を干した場所ですね、ちょっと場所を図面で示してもらいたいんですが。ここです。そうすると、表側の板の間の、表側に近いほうにたててある障子寄りのかもいにかけてあったですか。はい。この竹を渡してですか。はい。それから、先ほど裁判長から聞かれましてね、DやEがAqの家から帰る時に自転車を土間の中に入れたように言うておられましたね。はい。その入れた自転車というのは、どの自転車ですか。あのチエンの切れた自転車以外の自転車でした。そうするとチエンの切れた自転車はすでにAqの家の土間に入れてあったんですか。はい。そうするとそれは、いつ頃入れられたかということはご存じないんですか、チエンの切れた自転車を……。誰がいつ頃入れられたというのは知りませんです。そのほかにもう一台、Aqの家の外にあった自転車を、D、Eが帰りがけに入れてくれたというわけですか。はい。それは誰の自転車かわかりませんですか。はい、知りませんです。そうするとあなたが、休まれる時は土間には二台の自転車があったわけですか。はい。このチエンの切れた自転車ですね、これはBの家で見かけたことがないように先ほど言われましたがね、どんな自転車ですか、たとえば型とか、あるいは新しいとか古いとかいうようなことで、何か表現できませんか。男乗りの自 転車ですね、これはBの家で見かけたことがないように先ほど言われましたがね、どんな自転車ですか、たとえば型とか、あるいは新しいとか古いとかいうようなことで、何か表現できませんか。男乗りの自転車で、新しい自転車でなく、赤くさびておりました。赤くさびておつたというのは、非常に古くなつてですか。はい。もう一台の自転車はよく覚えませんか。はい、どんなということを、晩に休む前にちよつと見ただけですから、よく覚えていないんです。そうすると晩に休む時に、ちよつと見ただけと言われましたが、チエンの切れた自転車以外のもう一台の自転車ですね。はい。その自転車はそうすると、いつ頃どういうふうにしてなくなつたんでしようか。あの二十五日の期、仕事に行かれる時に乗つて出られました。誰が。Dさんが朝誘いに来られまして、二人が一緒に出られる時、乗つて出られましたです。 いうことを、晩に休む前にちよつと見ただけですから、よく覚えていないんです。そうすると晩に休む時に、ちよつと見ただけと言われましたが、チエンの切れた自転車以外のもう一台の自転車ですね。はい。その自転車はそうすると、いつ頃どういうふうにしてなくなつたんでしようか。あの二十五日の期、仕事に行かれる時に乗つて出られました。誰が。Dさんが朝誘いに来られまして、二人が一緒に出られる時、乗つて出られましたです。それは誰が、Bがですか。はい。持つて出るところをあんた見られたんですか。いいえ。私が見たわけではないんですけど、横になつている時にね、自転車を出して持つて出る音がしましたです。- 188 -そうすると、その後二十五日の夕方ですね、Bが帰つて来た時には、その自転車を持つて帰らなかつたんですか。はい。そうするとチエンの切れた自転車以外のもう一台の自転車は二十四日の晩、寝る前にちよつと見ただけで、それ以後、見かけたことがないわけですか。はい、ありません。それから、本年の七月と九月の証言に、あなたが証言をされた時に、二十四日の晩にCgという人がBの家に来たというようなことを証言しておられますがね、これはそういうことがあつたんでしようか。あの私がCgさんが来られたと の証言に、あなたが証言をされた時に、二十四日の晩にCgという人がBの家に来たというようなことを証言しておられますがね、これはそういうことがあつたんでしようか。あの私がCgさんが来られたということを前の公判に出て証言いたしましたのは、私自身がCgさんを見たわけじやないんです。Bのお母さんが、あんたが風呂にはいつとる時にCgのCgか来ちやつたのう、と言われたから、それを明らかに見たように言うたわけです。そうするとあなたがCgという人が来たかどうか、見ていないんですね。はい、見ておりません。でAqの家で二十四日の晩、めしをたいて食べる時にCはいなかつたですか。はい、おつてんなかつたです。Aqの家に二十八日の朝までおられたわけですが、夜遅くB、D、E、こういう人達が集まつて、めしをたいて食べたというようなことは、ほかにはなかつたでしょうか。いいえ、ありませんでした。これが一回だけですか。はい。今度は二十五日の様子を聞いてみますが、二十五日の夕方、BかAqの家に帰- 189 -つて来た時、Bと何か話をされたことがありますか。はい、仕事から帰つて来られましたから、きようChが来ちやつたと言うて私が言いました。 でおられたわけですが、夜遅くB、D、E、こういう人達が集まつて、めしをたいて食べたというようなことは、ほかにはなかつたでしょうか。いいえ、ありませんでした。これが一回だけですか。はい。今度は二十五日の様子を聞いてみますが、二十五日の夕方、BかAqの家に帰- 189 -つて来た時、Bと何か話をされたことがありますか。はい、仕事から帰つて来られましたから、きようChが来ちやつたと言うて私が言いました。そうしたら、うん仕事から帰りにhに寄つて来たと言うておられましたです。そうするとCaさんが昼間来たこともBに話したわけですね。はい。そうすると事件がcで起きたということは言われませんでしたか。はあ、言いましたです。それについてBは何か言うておりましたか。いいえ、別に言うておられなかつたです。この二十五日の昼間ね、あなたはAqの家から外に出てどつかに行かれたようなことがありますか。いいえ、ありません。な いいえ、別に言うておられなかったです。この二十五日の昼間ね、あなたはAqの家から外に出てどこかに行かれたようなことがありますか。いいえ、ありません。ない。はい。hのBの家に行ったようなことはないんですか。はい、ありません。七月と九月の公判で証言されたのによりますとね、二十五日の午後ですか、Aの兄がhのBの家に尋ねて来たことを知っておるような証言をされておるんですか、これはうそですか、そうすると。はい、うそです。どういうわけで、こういうふうな証言になったんでしょうか。あれはBのお母さんがね、あの夕方頃にあのBbさんが来ちゃったんじゃ、来ちゃったじゃないかと言われましたから、そうじゃったかいね言うて、私は返事をして、それから後、そういうふうに言うたわけです。そうするとBの母親の話というのはいつ頃あったんですか。三十日頃に聞いたんです。そうすると三十日というのは二十六年の一月のですか。はい。そうするとhの家には全然行かれなかった。はい。二十五日、hのBの家にEが行ったというような話を聞かれたようなことはありませんか。いいえ、聞きません。そういうところを見かけたこともないですか。はい、知りませんです。二十五日のこの夕方、Bが帰って来てから後に、B達と一緒にa町のCiとかいうところにAを捜しに行ったようなことはないんですか。いいえ、私は行った覚えはありません。ない。はい。二十五日の晩はあのD、E、Cですね、こういう人達はAqの家に来たんでしょうか。 の家にEが行ったというような話を聞かれたようなことはありませんか。いいえ、聞きません。そういうところを見かけたこともないですか。はい、知りませんです。二十五日のこの夕方、Bが帰って来てから後に、B達と一緒にa町のCiとかいうところにAを捜しに行ったようなことはないんですか。いいえ、私は行った覚えはありません。ない。はい。二十五日の晩はあのD、E、Cですね、こういう人達はAqの家に来たんでしょうか。はい、来られましたです。来てどういうことを、話をして帰ったぐらいのことで ない。はい。二十五日の晩はあのD、E、Cですね、こういう人達はAqの家に来たんでしょうか。はい、来られましたです。来てどういうことを、話をして帰つたぐらいのことですか。はい、二十五日の日には……。原田主任弁護人ちよつと異議がございます。二十四日から二十六日までの状況についての- 191 -尋問事項はBの衣類がせんたくせられた、そうして、これが同家屋内にAq方、家屋内に干されていたかどうかに関してのみであります。尋問事項以外の事項については尋問をすることに対しては反対します。卜部検察官尋問事項にはその他関連する事項とございまして、弁護人ご指摘の二十四日夜、B達がAqの家に集まりまして、炊飯をなし、せんたくをしたという事実が証言されておるのであります。これがその他の日に類似の現象があつたかどうかということを、証言を求めることは、今の検察官が尋問事項に入れておりますところの、関連事項として、許されると思いますので、それらの点に関係のある範囲において簡単に証言を求めたわけです。原田主任弁護人非常にお気の毒ですが、その他関連事項というのがあるとおつしゃいましたが、尋問事項書にございません。また関連があると言えば限りのないことですが、そんなに裁判所が尋問事項の中にすら則限をされておる、そうして採用しない、排除しておるようないきさつから考えましても、ただ今のような尋問事項にない、のみならず、明らかに関連性のない尋問には異議があります。卜部検察官ちよつと、弁護人、尋問事項をごらん願います。ヘがございますね、ニとホは今裁判所から除外されましたがヘにございます。裁判長はい、わかりました。ではここで十分休憩いたします。ちよつと、弁護人、尋問事項をごらん願います。ヘがございますね、ニとホは今裁判所から除外されましたがヘにございます。 つから考えましても、ただ今のような尋問事項にない、のみならず、明らかに関連性のない尋問には異議があります。卜部検察官ちよつと、弁護人、尋問事項をごらん願います。ヘがございますね、ニとホは今裁判所から除外されましたがヘにございます。裁判長はい、わかりました。ではここで十分休憩いたします。ちよつと、弁護人、尋問事項をごらん願います。ヘがございますね、ニとホは今裁判所から除外されましたがヘにございます。裁判長はい、わかりました。ではここで十分休憩いたします。(以上Cj)中野検察官- 192 -一月の二十六日のことですかね、隣の土手のおばさんが来られたときには洗濯物はどうだつたんでしようか。干してありました。まだ干してあつた……。はい。その洗濯物はその晩はどうでしようか、二十六日の晩は。あのAtへ行つて帰つたときには確かのけてあつたようと思いますがね。それを私がのけたか、のけたんでしようけどはつきりそれを覚えていないんですけど。その日には土手のおばさん以外にだれかAqの家に昼間来た人がおりませんか。はい、警察の人が見えました。どういうことを聞きにきたんです……。Bはどこへ行つておるかと聞かれました。仕事へ行つておられると私が言いましたらそうか云うてわしもいつしよにはいつて寝ようかと言つて帰られました。そうすると警察の人が行つたときにはあなたは寝ておつた……。はい。その警察の人の名前はわかりますか。はい、今では知つております。なんという人……。Ckです。それからcで事件があつたということですね、この場所はどちち、どこの方向だということはだれかに教えてもらつたことがありますか。はい、Atへ行くときにBの家に一応帰りまして、私の手提かばんを持つて出るときに方向を習つたか、Atの帰りに習つたか、二十六日の日に日が暮れて- 193 -から習いましたです。それはどつちの方向だということだつた……。dのほうで の手提かばんを持つて出るときに方向を習つたか、Atの帰りに習つたか、二十六日の日に日が暮れて- 193 -から習いましたです。それはどつちの方向だということだつた……。dのほうですね、殺人のあつた、ずつと向こう、赤い火のついているところがそうと習いました。そのことについてね、あなたは前回の証言のときにね、二十五日の晩Aqの家に行く途中にBから教えてもらつたように証言されておりますが、それはどうですか。 提かばんを持つて出るときに方向を習つたか、Atの帰りに習つたか、二十六日の日に日が暮れて- 193 -から習いましたです。それはどつちの方向だということだつた……。dのほうですね、殺人のあつた、ずつと向こう、赤い火のついているところがそうと習いました。そのことについてね、あなたは前回の証言のときにね、二十五日の晩Aqの家に行く途中にBから教えてもらつたように証言されておりますが、それはどうですか。それはhに二十四日の晩におつたということを明らかにするために言つたわけです。そうするとそれはほんとうのことではなかつたわけですか。はい。それからAtに行くときになんか袋を持つて出たと言われましたが、それは……。私の化粧道具がはいつている袋です。Atから帰るときにね、何かその袋の中へ入れて持つて帰つたことはありませんか。Atで楽団を見ておる最中にね、あのう、チユーインガムを初めにもらいましたです。だれから……。Bから。それを噛む噛む楽団を見ておるところに風呂敷にはいつたそれね、小さいものでありましたけど私の袋の中に入れられました。それは何かということは私はあけて見ておりませんから知りませんです。そうするとAtから帰つてその風呂敷に包んだものはどういうふうに処分されましたか。- 194 -知りません……。知らない……。はい。そうすると袋に入れてどこに置かれたでしょうか、Aqの家に帰つてから。Aqの家に帰りましてね、帰つて庭で火をたきつけられるときに私は上りはなに置いておつたんです。ご飯を食べる板の間、上りがまちに置いておりました。そうするとその風呂敷の包はいつごろなくなつたかご存じですか。てね、帰って庭で火をたきつけられるときに私は上りはなに置いておったんです。ご飯を食べる板の間、上りがまちに置いておりました。そうするとその風呂敷の包はいつごろなくなったかご存じですか。いいえ、知りません。B君はAtから帰った晩にですね、Aqの家で米をたいて食べたように言うておるんですがそういうことがありましたか。いいえ、ありません。ない……。はい。まちがいないですか。はい。それから一月の二十七日のことですがね。この日は昼間だれかAqの家に尋ねて来たようなことがありますか。二十七日ですか。ええ。はい、目じなの悪い刑事さんがいらっしゃいました。目じなの悪いというのは、目つきの悪い……。はい。刑事がきたことがある……。 った晩にですね、Aqの家で米をたいて食べたように言うておるんですがそういうことがありましたか。いいえ、ありません。ない……。はい。まちがいないですか。はい。それから一月の二十七日のことですがね。この日は昼間だれかAqの家に尋ねて来たようなことがありますか。二十七日ですか。ええ。はい、目じなの悪い刑事さんがいらっしゃいました。目じなの悪いというのは、目つきの悪い……。はい。刑事がきたことがある……。はい。それはどういうことを聞きに来たんですか。私の生年月日や、やはりBはどこへ行ったか、いつごろ知り合ったかということをずっと聞かれました。Aqの家にですね、いつごろから来たかというようなことは聞かれませんですか。聞かれましたです。どういうふうにあなたは答えたように記憶しますか。二十五日からAqの家に来たと言うております。二十五日のいつから……。晩から来たように。そうすると二十四日の晩からと言わずに五日の晩からとあなたはうそを言うたわけですか。はい。それはどういうわけでしょうか。あのう、Atから帰りましたときにね、火をたいてあたるときにBの母親が来られましてね、私のことを言われまして帰られてね、それから後に火をたくたくCさんもEさんもDさんもみんなおられましたところでね、Aが事件にあれしたということを言われまして てあたるときにBの母親が来られましてね、私のことを言われまして帰られてね、それから後に火をたくたくCさんもEさんもDさんもみんなおられましたところでね、Aが事件にあれしたということを言われましてね、わしらじゃつたら遊廓なんか行きやせんのだが、人間ちゆうものはわからんものだのうと話しておられました。そのときにわしらも友だちだけえ疑われるかもわからんけれども、疑われてひつぱられたときに、もしもお前がひつぱられたら二十四日にhにおつたと言うてくれ、とおふくろも知つておるからと……。そういうふうに言われるから目じなの悪い刑事さんが来たときに二十五日からだと言うたわけか。- 196 -はい。それから翌日の一月二十八日にはafに行かれましたね。はい。このとき、朝出かけにですね、何か品物でも提げて出られましたか。はい、私の化粧かばんとトランクを持つて出ました。Bは何か持つていましたか。いいえ、別に持つていませんでした。自転車にトランクを積んで出たようなことはないですか。いいえ、ありません。 ふうに言われるから目じなの悪い刑事さんが来たときに二十五日からだと言うたわけか。- 196 -はい。それから翌日の一月二十八日にはafに行かれましたね。はい。このとき、朝出かけにですね、何か品物でも提げて出られましたか。はい、私の化粧かばんとトランクを持つて出ました。Bは何か持つていましたか。いいえ、別に持つていませんでした。自転車にトランクを積んで出たようなことはないですか。いいえ、ありません。そうすると自転車は持つていませんでしたか。はい。汽車はClから乗られましたね。はい。Clでは切符はどこまで買われましたか。私のだけ買いましてBさんはEさんと一つパスを借りてacまでBjさんのパスでacまでBさんは切符を買わず一つパスを使われました。acでいつたん降りてはいられてacからafまで切符を買われて乗られました。そのほかにnの駅で金を使われたことはないですか。はい、新聞を買いましたです。そうすると汽車の中ではその新聞は見られましたか。はい、見ましたです。何かのつていましたか。はい。Aのソフトをかぶつて はないですか。はい、新聞を買いましたです。そうすると汽車の中ではその新聞は見られましたか。はい、見ましたです。何かのつていましたか。はい。Aのソフトをかぶつて写真に写つているのがのつておりました。それを見る見るBさんがこれはよいの口にAはやつちよる言うてね、わしらはこのこ- 197 -ろにはadで猫を抱いて将棋さしようたんだけえと言うておられました。よいの口、何か新聞には早く出ておつたんですか、時間が。はい、八時四十分ごろのように私が買うた新聞には書いてありました。そんなに早い時間がのつておりましたか。はい。そのほかに汽車の中で何か記憶に残るような話を聞いたことがありますか。汽車の中でね、猫を抱いて将棋をさしようたんだけえ、よいの口から、何、ようAはやつたもんじやあるいうて話してから、それはわしらはおやじが何におらんからね、おらんから金をもらうのが遅うなつてなんぼでもそこにおつたんだから、そのときにadにおるときにほかの人もおつた人があるんじゃから、それが証人になつてくれるからという話をしておられました。その程度の話ですか。それ以外に記憶に残るような話はないですか。今ちよつと忘れました。わしらもね、afに行つてからちょうど帰つたころにやおおかたわしらの手も回わるころだろうと。 、それはわしらはおやじが何におらんからね、おらんから金をもらうのが遅うなつてなんぼでもそこにおつたんだから、そのときにadにおるときにほかの人もおつた人があるんじゃから、それが証人になつてくれるからという話をしておられました。その程度の話ですか。それ以外に記憶に残るような話はないですか。今ちよつと忘れました。わしらもね、afに行つてからちょうど帰つたころにやおおかたわしらの手も回わるころだろうと。手に回つてくるとは……。けつきょく疑われると一応警察に出て来いと言われると言われたんでしよう。afから帰るころには警察の手が回わるかもしれんということですか。はい。それはだれが言うた……Bさんが言うておりました。一月のですね、三十日にBの家へ朝寄られましたね。はい。そのころあなたはjのほうへ働きに出られたことがあ はい。それはだれが言うた……Bさんが言うておりました。一月のですね、三十日にBの家へ朝寄られましたね。はい。そのころあなたはjのほうへ働きに出られたことがありましたね。- 198 -はい。あれはいつごろですか。二月の三日ごろだつたと思いますが。そうすると二月の三日ごろまでの間にですね、あなたはここにおる被告たちのね、家に行かれたことはありませんか。はい、一度あります。いつごろどこへ行かれたでしようか。三十一日から三日jに働きに出る間に日にちははつきり覚えませんですけれども、着物を着てCさんのうちにCaさんといつしよに御年始じゃあるけえ行つてみょうやあということで行つたことがあります。どこで話されました……。Cさんのところの座敷の上りがまちに腰をかけてね、Cのおかあさんは炊事場におられました。どんな話が出ました……。原田主任弁護人ちよつと裁判長。さきほど関連の有無は別として簡単にお聞になるようにということでございましたですが、本日付の書面で尋問事項追加についての申請書が出ておりますが、またこの意見を書いて提出する余猶はないままに……今、裁判長その点については、まだ御意見を伺わずに、かつ裁判所も決定しておりません。原田主任弁護人現在の尋問は明らかにその点に触れておるのではないかと思います。裁判長その点に及んでおられるなら一応撤回していただきます。それについて弁護人- 199 -の意見を聞いてから決定いたします。中野検察官一応撤回いたします。中野検察官Aqのですね、家に二十八日の朝までおられる間にですね、二十四日の晩以外にあなたが洗濯をされたことはございませんか。 見を伺わずに、かつ裁判所も決定しておりません。原田主任弁護人現在の尋問は明らかにその点に触れておるのではないかと思います。裁判長その点に及んでおられるなら一応撤回していただきます。それについて弁護人- 199 -の意見を聞いてから決定いたします。中野検察官一応撤回いたします。中野検察官Aqのですね、家に二十八日の朝までおられる間にですね、二十四日の晩以外にあなたが洗濯をされたことはございませんか。二十四日の します。中野検察官 一応撤回いたします。中野検察官 Aqのですね、家に二十八日の朝までおられる間にですね、二十四日の晩以外にあなたが洗濯をされたことはございませんか。二十四日の晩以外にですか。ええ。いいえ、したことはありません。したことはない……。はい。それから一月二十六日の晩にAtから帰って来たときにBのおかあさんがですね、Aqの家へ何をしに行ったですか。うちの息子に押しかけて来たような片目の女を嫁にもらうのではないと……。それはどういうわけでそんなひどいことを言いに来られたですか。それはよく知りませんですけれども黙って出たからではないかと思います。しかしAtへ行く途中ですね、Bの家に寄られたでしょう……。はい。そのときにはそんなことは言われなかった……。はい。他の女の人がふたりほど来ておられました。口の中では何か言うておられましたですけれども、私は何もようものを言わなかったです。裁判長 今検察官がお尋ねになったんだけれどもね、あんた自身はAqかたで洗濯しなかった……。はい。Bはどうです。二十四日の晩はしたとさきほど言われましたね。それはいいですがその後Bはしたことがありますか、ないですか。洗濯ですか。洗濯を。いいえ、二十四日の晩してからその後はしておりません。Aqはどうです……。さあ、知りませんです。Aqのことは気がつかん……。はい。中野検察官 あなたはね、この洗濯物のことについてですね、あるいは二十四日の晩、Aqの家へ行って泊まったときだというようなことを人にもらされたようなことはありませんか。人のおる前でね、話をされたというよう あなたはね、この洗濯物のことについてですね、あるいは二十四日の晩、Aqの家へ行つて泊つたときだというようなことを人にね、もらされたようなことはありませんか。人のおる前でね、話をされたというようなことはありませんか。 はね、この洗濯物のことについてですね、あるいは二十四日の晩、Aqの家へ行って泊まったときだというようなことを人にもらされたようなことはありませんか。人のおる前でね、話をされたというよう あなたはね、この洗濯物のことについてですね、あるいは二十四日の晩、Aqの家へ行つて泊つたときだというようなことを人にね、もらされたようなことはありませんか。人のおる前でね、話をされたというようなことはありませんか。はい、あのう、七月九月の公判にここに来ますときにね、Bのおかあさんのところへ寄りましてね、Bfさんの前で口に滑らしました。そうすると七月九日の前日ですね、Bの家で。はい。どういうことからそういう大切なことを口に出したんですか。そのときにね、Bのおかあさんのところに寄りましたときに原田弁護士がひてえ前に来いと通知があつたんでしよう、それに連れて行く言われてBさんの家に行きましたのでそれからいつしよに行くいうて停留所に出ましたです。汽車の連絡、バスの連絡が悪いのでまたあと戻りして、Bのおかあさんはお腹が痛い痛いい- 201 -うておられました。私も眠とうあるし遅くなつて行くまいと思つてそこにすわり込んでいるうちにその日に映画がありました、Atで。そこでよそのおとなの人がはしごのことでけんかをしておられたのを一生懸命見る見るそこに腰かけているときにBfさんが映画を見に来られたです。来られてからね……。Bfが来てからどうした……。Bfさんあんた証人に出たことあるの言うたら、わしゃあこの間の公判に出たと、それでどんなかねと聞いたら裁判がやねこいで、ものすごうつつ込まれてわしは何か読されてつつかかりして、あんたもつつ込まれるぜ、真実の本を読んでおかなあと。それは真実の本を読んでおかなあというのはだれが言つた……。BfとBのおかあさんが。それでBのおかあさんがすぐその手で出してくれました。私はBoとあるところを目を通しましたが頭にはいらんからこれを見て私が二十四日にはこ というのはだれが言つた……。BfとBのおかあさんが。それでBのおかあさんがすぐその手で出してくれました。私はBoとあるところを目を通しましたが頭にはいらんからこれを見て私が二十四日にはこうこうじやつた言うて口を滑べらしました。二十四日の晩にはどういうふうじやつたと口滑べらした……。Aqの家に集まつてご飯を食べて洗濯したと言いました。 ろを目を通しましたが頭にはいらんからこれを見て私が二十四日にはこ というのはだれが言つた……。BfとBのおかあさんが。それでBのおかあさんがすぐその手で出してくれました。私はBoとあるところを目を通しましたが頭にはいらんからこれを見て私が二十四日にはこうこうじやつた言うて口を滑べらしました。二十四日の晩にはどういうふうじやつたと口滑べらした……。Aqの家に集まつてご飯を食べて洗濯したと言いました。そのときにBのおかあさんは気付いたような様子でしたか。おなかが痛いと言つて一生懸命で何も言うてなかつたです。お宅に泊まるからと言いましたから後ほど言おうと思われたか知りませんが。そのときには何も言わなかつた……。はい。まちがいないですね。はい。卜部検察官今二十四日の夜、Aqさんのところで洗濯した話がありましたがね、そのとき- 202 -に服とオーバーの下にゆかたを着ておつたとこういうふうに言われましたが、どんなに着ておつたですか。オーバーの下にゆかたを着ていると、ゆかたはたれておるんですか。いいえ、ズボンの下につつ込んでおられました。ズボンは、あんたさきほどズボンは二枚はいておつたと、そのうち一枚を洗濯したのをはいたとこう言われましたね。はい。そうすると二枚はいているズボンのどういうふうに……。下地に一枚はいてその上に着物を着てね。下地にズボンを一枚はかれましてね、その上に着物を着られて、着物を上のズボンの下につつ込んでおられました。着物というのはゆかたのことだね。はい。そうすると二枚のスボンの間にゆかたをつつ込んだ……。はい。帯とかバンドとかあるいは腰ひもとか、つまりズボンを締めるものですね、こういうものはどんなものだつたか。どんなものを締めておられたかは ボンの間にゆかたをつつ込んだ……。はい。帯とかバンドとかあるいは腰ひもとか、つまりズボンを締めるものですね、こういうものはどんなものだつたか。どんなものを締めておられたかはつきりよう覚えていないです。それからAqさんの家を借りるときに布団なんかはどうしたですか。布団は敷布はかかつていたと思いますが、赤いような布団のね、敷布団のような布団が一枚と、上に一枚あつただけです。その布団はあなたの布団じゃない……。はい。それはAqさんの家にあつた布団ですね。はい。- 203 -それはいつ使わしてもらうという話をした……。それは二十四日の日に初めに行きましたでしょう。 られたかはつきりよう覚えていないです。それからAqさんの家を借りるときに布団なんかはどうしたですか。布団は敷布はかかつていたと思いますが、赤いような布団のね、敷布団のような布団が一枚と、上に一枚あつただけです。その布団はあなたの布団じゃない……。はい。それはAqさんの家にあつた布団ですね。はい。- 203 -それはいつ使わしてもらうという話をした……。それは二十四日の日に初めに行きましたでしょう。そのときに布団がないからと言われてからAqさんがだれか人が置いとる布団があるからそれでなけりや布団がないと言うておられました。そうすると二十四日にAqの家に行く前にB君がですね、家を借りるようにするとかしたとかいうことで行つたと言われましたが布団の交渉なんかはD君、B君、あんたと三人でAqさんのうちに行つてから交渉したんですか。はい。布団の交渉なんかをしておるのをあなたは聞かれたんですか。はい。私はちらつと聞きました。はつきり聞いておりませんです。それから二十四日の夜ですね、D君がご飯をたく際にD君がまきを割つてくれたと、こう言いましたね。はい。これはまきはどこにあつたのをどうやつて割つたんでしょうか。あのう、床下にありましたのをね、出してまきを割るときに枕木のようなものを下にはせて割られましたです。なんで割つたんでしょう。あのう、柄なたと申しますか、長い柄のなたでなしにね、短い……。短い柄のなたいうんですか、それで割つたんですね。のようなものを下にはせて割られましたです。なんで割つたんでしょう。あのう、柄なたと申しますか、長い柄のなたでなしにね、短い……。短い柄のなたいうんですか、それで割つたんですね。はい。この割木は、まきはですね、どんなものだつたんですか、割る前は。あまええ木ではなかつたですけどね。それはまきになつておるのを小さくしたんでしょうか。いいえ、まきになつておるというのでなかつたです。- 204 -丸いかなんか知らんが、木ですか、普通の。はい。この二十四日よりほかの日にですね、五、六、七とこの三日間の間にですね、やはりまきをそのようにして木を切つてですね、まきを作つたというようなことがあつたんでしょうか。二十六日の晩Atから帰りましてね、火をたくときに確か割られたようにはないと思いますけど、それ以外に火をたくようなことはなかつたです。それから二十四日朝金の請求の人が来て次にBのおかあさんが来られてですね、そのことでB君のおかあさんと口げんかになつたということですが、それ以外にですね、二十五日とかああいう日にですね、B君のおかあさんと口げんかしたようなことはなかつたですか。 ことがあつたんでしょうか。二十六日の晩Atから帰りましてね、火をたくときに確か割られたようにはないと思いますけど、それ以外に火をたくようなことはなかつたです。それから二十四日朝金の請求の人が来て次にBのおかあさんが来られてですね、そのことでB君のおかあさんと口げんかになつたということですが、それ以外にですね、二十五日とかああいう日にですね、B君のおかあさんと口げんかしたようなことはなかつたですか。いいえ、ありません。二十六日にAtから帰つてからAqの家に来られて私に言われたんでしょうけれども私は返答しておりませんしそれからというものはけんかしたことはないです。それじゃあ、二十四日にですね、Cdさんの前でB君と会つてCaさんを放つたらかしておつてAqさんのところへ行きましたね。はい。ああいうふうに自転車をB君が押してあなたといつしよにですね、aのほうからAq君の家のほうに帰つたというのはですね、二十四日よりほかにはないですか。それともほかの日にもそういうこ はい。ああいうふうに自転車をB君が押してあなたといつしよにですね、aのほうからAq君の家のほうに帰つたというのはですね、二十四日よりほかにはないですか。それともほかの日にもそういうことがありましたか。いいえ、ありませんでした。B君といつしよにAtのほうからAqのほうに帰つたというのは二十四日のその晩だけのことですか。はい。- 205 -それから二十五日ですね。二十五日B君のお友だちのD君とかE君とか、そういうような人が来ましたですか。はい。何時ごろまでおられたですか。二十五日の晩ははつきりはわからないですけれども、いつもより早く帰られました。だいたいの見当でどんなものでしょう。八時前頃に仕事から帰られて、みんな来られたですから……。それから……。九時ごろじやなかつたかと思いますがね。九時過ぎに帰られたと思いますがね。そうすると夜の十一時、十二時まで残つていろいろ話しておるということは……。なかつたです。それじやあ二十六日はAtの帰りですね、あなたはだれとだれといつしよにAqさんのところへ帰られましたか。八海橋のところまで女の人がふたりと、ahのところまでは妹さんもおられましたです。私とBとEさんとDさんもおられました。Cさんもおられましたです。そうしてそのahのところで妹さんと別れ、それから八海橋のところでふたりの女のかたと別れ、そしてあとのかたは……。 話しておるということは……。なかつたです。それじやあ二十六日はAtの帰りですね、あなたはだれとだれといつしよにAqさんのところへ帰られましたか。八海橋のところまで女の人がふたりと、ahのところまでは妹さんもおられましたです。私とBとEさんとDさんもおられました。Cさんもおられましたです。そうしてそのahのところで妹さんと別れ、それから八海橋のところでふたりの女のかたと別れ、そしてあとのかたは……。皆Aqの家にはいられました。それで何時ごろまでおられたでしようか。あのう、火をたいてあたつてからじき帰られましたです。- 206 -だいたいの見当の時間、わかりませんでしょうか。さあ、Atが済んだのがどのくらいじやつた おられたでしようか。あのう、火をたいてあたつてからじき帰られましたです。- 206 -だいたいの見当の時間、わかりませんでしょうか。さあ、Atが済んだのがどのくらいじやつたかはつきりわからないですけれども。Aqさんの家で、Atから帰つてAqさんの家で火をたいてあたつている、そうしてみんな帰つた時間ですね。Aqさんの家に帰つてそしてお友だちが帰つて行くまでの時間は、だいたい。一時間、ちよつとこ一時間くらいでした。その晩に食事をしたと、飯たいてですね、食つたというようなことはありませんか。いいえ、ありません。Atからですね、楽団を見て帰りがけにどつかへ寄られたようなことはありませんか。いいえ、ありません。Atの前を通つて……。大きい道路を通つて帰りました。ずつとまつすぐ帰つた……。はい。どつかの店に寄るということは……。いいえ、ありませんでした。それから二十七日ですね。これは来た人のことは言われましたがみんないつごろに解散してお友だちは帰られたでしよう……。仕事から帰られて、いつも帰られる時間よりちよつと遅かつたです、二十七日はね。それでCさんが一番遅うに来られまして御飯食べるところの板張りに上られましてね。みんなが勘定もらつた言うて分けておられましたです。- 207 -そうしてBさんがパンを買いに行かれてね、親元の家に廻わつて来たと帰られてからパンを食べてしもうてすぐその足で帰られました。パンを買つて食べたというぐらいですからこの日の晩にですね、二十七日に御飯をたいて食べたということはなかつたですね。いいえ、ないです。それから二十八日のことですがね、今あなたがおつしゃつたnからafへ汽 れましてね。みんなが勘定もらつた言うて分けておられましたです。- 207 -そうしてBさんがパンを買いに行かれてね、親元の家に廻わつて来たと帰られてからパンを食べてしもうてすぐその足で帰られました。パンを買つて食べたというぐらいですからこの日の晩にですね、二十七日に御飯をたいて食べたということはなかつたですね。いいえ、ないです。それから二十八日のことですがね、今あなたがおつしゃつたnからafへ汽 というぐらいですからこの日の晩にですね、二十七日に御飯をたいて食べたということはなかつたですね。いいえ、ないです。それから二十八日のことですがね、今あなたがおつしゃつたnからafへ汽車に乗つているときにB君とD君が、いやB君とE君か、E君がacまで一つのパスで乗つたというのはどういうことですか。あのうClでね、私が切符を買つて出ましてね、新聞を一番先に買いいましてそうして切符を買つて改札して出ましたら今度汽車から降りて出られる改札口があるでしょう、あそこの前へ私が立つておりましたらね、いつたん定期を持つてBさんのほうが先に出てね、それでEさんに渡しましたです。またそれがそれを持つてはいつて来られました。二重に使うというわけですね。はい。acでもやはりそういうように二重に使つておつた……。はい。出られるのはどうして出られたか私は降りなかつたですから知りませんですけれども。そうするとB君はacから汽車の切符を買つた……。はい。降りる前に私にね。いつたん出て切符を買うてはいるからと言うて出られました。二十八日にですね、afに帰つてそしておにいさんと会つたときにですね、おにいさんが何か言うたようなことはないか。はい、Bさんをつかまえてね、私のうちの開き戸をはいつたときにね、A- 208 -が、Aがね、ああいうふうになつておるがお友だちではないか、ここへ来るどころではない早く帰れと言うたですから。この前の法廷ではそれは聞いていなかつたように言うたんじゃなかつたですかね、あるいは私の勘違いかもしれん、それはまあよろしい。そうするとそんなに言われてB君はどんなに言うていましたか。さあ、何言われたか私にはにいさんがわしまで、わしを疑うとるというのは言 ね、あるいは私の勘違いかもしれん、それはまあよろしい。そうするとそんなに言われてB君はどんなに言うていましたか。さあ、何言われたか私にはにいさんがわしまで、わしを疑うとるというのは言うておりましたですけれども。 ですかね、あるいは私の勘違いかもしれん、それはまあよろしい。そうするとそんなに言われてB君はどんなに言うていましたか。さあ、何言われたか私にはにいさんがわしまで、わしを疑うとるというのは言 ね、あるいは私の勘違いかもしれん、それはまあよろしい。そうするとそんなに言われてB君はどんなに言うていましたか。さあ、何言われたか私にはにいさんがわしまで、わしを疑うとるというのは言うておりましたですけれども。裁判長あのね、ちよつと検察官の尋問に関連してね。二十五日の夜、何か遅く火をたいたようなことはありますか。いいえ、ありません。全然ないですね。はい。ところがね、Bg……、あんたの取調をされた同じ中野検事さんがね、Cmという人を尋ねておられるがね、その調書は記録の一〇三〇八丁以下に書いてあるがね。この調書によるとこういうように書いてあつたがね、ちよつとその関係部分を読むがね、一〇三一一丁の四号、その晩というのは二十五日の晩だがね、その晩というのは前の関係で読むと二十五日の晩になるが、二十五日の晩のことでありますか、事件のことを知りまして主人がいないので気持も悪く十分寝つかれずうつらうつら寝床にはいつてからもしていたころ私の記憶ではどうも午前一時か二時ごろになつていたと考えておりますが、西隣のAqさんの家のほうからまきを割る音がパツパツと聞こえてきましたので私はこの夜中に何ごとだろうか、おかしなことだなあ、もしかするとAqさんが連れの若い友だちでも連れて来て家に遅く帰り寒いので火でもたいてあたるのかもしれないと考え別に起きて出てみることもせず、その- 209 -うちに寝込んでしまいました。とこれは本年の一月十二日に中野検事さんがCmという人をお尋ねになつてCmという人はこういうふうに供述しておられるのですがね。あんた勘違いではないかな、二十四日と五日と。二十六日にAtから帰つて火をたくときに割られたか二十四日にご飯をたくときに割つたかどつちか違えておつてじゃないでしようか ておられるのですがね。あんた勘違いではないかな、二十四日と五日と。二十六日にAtから帰つて火をたくときに割られたか二十四日にご飯をたくときに割つたかどつちか違えておつてじゃないでしようか。いや、この人が言われるのは根拠があるがね。Kさんが殺された晩にその日に主人がおらない、その日に主人がおられずに気持が悪かつたと。 割られたか二十四日にご飯をたくときに割つたかどつちか違えておつてじゃないでしようか ておられるのですがね。あんた勘違いではないかな、二十四日と五日と。二十六日にAtから帰つて火をたくときに割られたか二十四日にご飯をたくときに割つたかどつちか違えておつてじゃないでしようか。いや、この人が言われるのは根拠があるがね。Kさんが殺された晩にその日に主人がおらない、その日に主人がおられずに気持が悪かつたと。これは調書を見ると二十五日のように思われるが、あなたの記憶違いではないか。私は良心に誓つてね、うそでないことを述べておるんですけれども。あんたの記憶違いではない……。はい。それからもう一つね、あんたの供述と違う点がね、Cmさんの同じ調書に書かれてある。これは全部読むと長くなるから関係の分だけ読むと、一〇三一五丁の初めから二行目、前は省略するが、これは二十六日の朝だね。CmさんがAqかたへ行つたときの模様が書いてある。前にね、それからというのはそれをうけるわけだ。二十六日の朝だがね。それから出入口の横の上り口の三畳の板の間の表側の雨戸内側で雨戸寄りのほうに三畳の間一杯に短い竹竿が渡してあり、その竿に洗濯物がかけてあるのが目にはいりました。この竿にかけてあつた洗濯物の中には白い長袖のワイシヤツのようなものが一枚あり、その他このシヤツを含めて少なくとも衣類が四点ぐらいかけてありました。そうしてその衣類はまだぬれており、かけてある衣類の下の板の間に衣類から落ちた水のしずくがところどころ丸く落ちているあとがはつきりありました。まだ水が残つておりました。以下まだありますけれどもね長くなるからこういうようにここの分だけ述べましたが、こういうふうに書いてある、これは二十六日のことだがね。- 210 -二十四日の晩に洗濯したのにどうして二十六日の日にまだ水がたれておるか、それが……。にここの分だけ述べましたが、こういうふうに書いてある、これは二十六日のことだがね。- 210 -二十四日の晩に洗濯したのにどうして二十六日の日にまだ水がたれておるか、それが……。それがおかしいから聞いているのだ。私もそれが聞いていておかしいです。Cmさんの調書に、二十四日に洗濯したとしたら二十六日の朝しずくが落ちて板の間に残つているというのは不思議に思うか。私も雑巾がけを一度したことがありますが、水溜りがあるというのはちよつとおかしいです。 いてある、これは二十六日のことだがね。- 210 -二十四日の晩に洗濯したのにどうして二十六日の日にまだ水がたれておるか、それが……。それがおかしいから聞いているのだ。私もそれが聞いていておかしいです。Cmさんの調書に、二十四日に洗濯したとしたら二十六日の朝しずくが落ちて板の間に残つているというのは不思議に思うか。私も雑巾がけを一度したことがありますが、水溜りがあるというのはちよつとおかしいです。二十六日とCmさんは言うておるんだが、あんたの記憶違いではないか。いいえ。それではCmさんの記憶違いだ……。はい。藤間裁判官Bといつしよにですね、Aqのうちに行つてですね、そうしてBが出たわけですね、Aqのうちを。はい。そうして三十分か一時間して帰つて来たと言いましたね、そのときにAqのうちを出たときのですね、Bの服装はどういう服装だつたですか。あのう、オーバーをやはりかけておられました。それから……。その下に何を着ておつたかわからんか。はあ、下は何か見ていないですが。ズボンはもちろんはいておつたな……。はい。ズボンははいておりました。そのはいておつたズボンは帰つて来たときのズボンと一しよですか。- 211 -白つぽいようなズボンをはいておられました。あんた黒いようなものがついていたと言われましたね、あんた。はい。そのズボンといつしよですか。はい。はいておられるのが晩であつたし、私も行く前は気がつかなかつたです。Bm商店のところに行くときに赤い絹のようなマフラーのきれの端を巻いておられましたです。その上にオーバーをひつかけておられました い。はいておられるのが晩であつたし、私も行く前は気がつかなかつたです。Bm商店のところに行くときに赤い絹のようなマフラーのきれの端を巻いておられましたです。その上にオーバーをひつかけておられましたから下着を何を着ておつたか私はそのときにはよくわからなかつたです。ゆかたをズボンの間につつ込んでおつたのは洗濯する前ですか。ズボンを脱ぐときに見ました。そうするとゆかたはAqのうちを出るときから着ておつた……。はあ、朝から着込んでおつたと言われました。寒いから着込んでおつたと。いつそんなことを言うた……。脱ぐときに言われたです。朝からそれを着込んでおつたと言うたわけですか。はい。はきものはどんなものだつた……。はきものはどんなものか……。地下たびかげたかわからんか。 たをズボンの間につつ込んでおつたのは洗濯する前ですか。ズボンを脱ぐときに見ました。そうするとゆかたはAqのうちを出るときから着ておつた……。はあ、朝から着込んでおつたと言われました。寒いから着込んでおつたと。いつそんなことを言うた……。脱ぐときに言われたです。朝からそれを着込んでおつたと言うたわけですか。はい。はきものはどんなものだつた……。はきものはどんなものか……。地下たびかげたかわからんか。仕事から帰つて何されたんだから確か地下たびだつたとも思うんですが、はつきり……特にAqのうちに帰つてから服装を着替えるとかいうことは全然していなかつた……。はい。帰られてからはきものを替えられたりなんかは全然していなかつた- 212 -です。それからはいつて来てからですね、洗濯する前にゆかたを見てですね、ゆかたにはその変つたところはなかつたですか。いいえ、別に、がらも小さいがらであるし気にかけなかつたです。黒い斑点があるとかいうのは……。気がつかなかつたです。ズボンにだけそんなことがあつた……。ズボンは洗いさらけて白くなつておりましたからよくわかりましたが、ゆかたは小さい菱形のがらになつておつてよくわかりませんです。ズボンにだいぶんあつたんですか、少しですか。ほんの少しです。どのくらいあつたですか。どのくらいいうて たが、ゆかたは小さい菱形のがらになつておつてよくわかりませんです。ズボンにだいぶんあつたんですか、少しですか。ほんの少しです。どのくらいあつたですか。どのくらいいうてはつきり記憶もないですが、べたつとついてはいなかつたです。ひざから下と言いましたね。ひざから確か下だつたです。手に取つて見たわけではないです。私はバラスを上げるときによごれたと言われたからどべでもついておつたのだろうと思いました。手袋はどうですか、しておつたですか。いいえ、手袋ははめておつたのを見たことはないですけれども。手袋は見たことはない、Aqのうちを出るときも帰つたときも見たことはない……。はい。卜部検察官- 213 -二十四日のことですけどね、サイレンを聞いたときにですね、E君のところへ行つているときにサイレンを聞きましたね。はい。あのときにBがおつつけ帰る、こういうふうにE君が言つたということを言われましたね。はい。正木弁護人ちよつと、おつつけということばでしたか。卜部検察官おつつけ帰る。 いですけれども。手袋は見たことはない、Aqのうちを出るときも帰つたときも見たことはない……。はい。卜部検察官- 213 -二十四日のことですけどね、サイレンを聞いたときにですね、E君のところへ行つているときにサイレンを聞きましたね。はい。あのときにBがおつつけ帰る、こういうふうにE君が言つたということを言われましたね。はい。正木弁護人ちよつと、おつつけということばでしたか。卜部検察官おつつけ帰る。それはどういうことでしたか、Bが帰る……。十時のサイレンを聞きましてね、それからおつつけ帰つてくるころだと言われましたです。別に私はなんとも思いもせだつたけど十時のサイレンが鳴つたあとですからね、そんなに遅うに、遅くまでおらんから帰ると、本人同志は十時頃には帰ると言われる話であつたことは知らんですがね。あるいはCd商店でB君に会つたときにですね、偶然ですか、はあやつぱし帰つたなと帰ることをあてにしておつたか。あてにしておつたことはないが、今晩わと起しておられたし、Eさんもおつつけ帰ると言われておつたし、私も偶然あそこで会つてた 、偶然ですか、はあやつぱし帰つたなと帰ることをあてにしておつたか。あてにしておつたことはないが、今晩わと起しておられたし、Eさんもおつつけ帰ると言われておつたし、私も偶然あそこで会つてたまげたような状態ではあつたですがね。今藤間裁判官からお尋ねになつたとき、手袋は出るときにも帰るときにも持つておつたか自分は見なかつたと言われましたね。はい。懐中電灯はどこに置いておりました、B君は。米をとぎに出てからね、ポケツトから出されましたが、木戸口はいるとき- 214 -に貸せと言われてそれからどうなさいましたか知りませんです。懐中電灯はB君がCdの前から帰つてAqに着いてあとでB君が出たときに懐中電灯を持つていることを気がつかなかつたか。気がつきませんです。米をとぐときにポケツトから出して初めて気がついたですね。はい。オーバーのポケツトにはですね、B君がAqから出て行くときにですね、オーバーのポケツトに何を入れておつたかあなたは調べてみられたことがありましたか。いいえ、ありませんでした。それからCdさんの前であつたときに赤いマフラーをしておつたということでしたね。はい。その赤いマフラーはAqの家を出て三十分ないし一時間ぐらいしてみんなが集まつたときB君は赤いマフラーを持つておつたでしょうか。 ついたですね。はい。オーバーのポケツトにはですね、B君がAqから出て行くときにですね、オーバーのポケツトに何を入れておつたかあなたは調べてみられたことがありましたか。いいえ、ありませんでした。それからCdさんの前であつたときに赤いマフラーをしておつたということでしたね。はい。その赤いマフラーはAqの家を出て三十分ないし一時間ぐらいしてみんなが集まつたときB君は赤いマフラーを持つておつたでしょうか。帰つたときにはなかつたように思います。その後赤いマフラーを見られたことがありますか。いいえ、ありません。そうするとどこへ置いたんです……。知りませんです。それからあなたね、二十四日のことをね、二十五日だと今まで言つてきたとおつしやつているわけですが、二十四日のことを隠すということがね、どれだけ大事なことか、どういう必 知りませんです。それからあなたね、二十四日のことをね、二十五日だと今まで言つてきたとおつしやつているわけですが、二十四日のことを隠すということがね、どれだけ大事なことか、どういう必要があつて二十四日のことを隠すのだというふうに思つておられましたか。私、二十六日の晩にAtから帰りましてね、Bさんがそういうふうに言う- 215 -ておられたのを聞いておつたし、hに二十四日におつたようにせなああとでね、どうこう言われるかしらんと思つて、それとやはりそのとおりに短い期間でもありましたですけれどもやはり妻として何をしてきたわけです。あんた隠されるお気持はそれでわかりますが、どうして二十四日のAqのうちに行つて飯をたいたり洗濯したりしたことを言うたらいけないとこういうふうに思われておつたんでしょうか。そういうことを言つたらなぜいけない、そういうことをしゃべつたらなぜいけない、どういうことで秘密にせないけないと考えておつた……。もし私がこういうふうに証言しましたらね、もしあれらが罪に落ちるのではないかしらんと思つてですね。どうしてそういうふうに思うのですか。二十四日のことをね、二十四日にAqに泊まつた、そうして洗濯した、飯たいて食つたとね、いうようなことを言つたらどうして罪に陥るかもしれんと思つたんですか。それがですね、ちよつと出てくるいうて出られたでしよう、まあ時間というものははつきりわからないですけれどもね、まあ一応、いつたん出て過去のある人であるしするからね、一応疑われてもおかしいなんで落されたときにあとで私にどうこうされたらいけんと思つて二十四日は親の手もとにおつたと明らかに私が妻として言えばあとさわりはないではないかと知りつつ私はうそを言いました。 うして罪に陥るかもしれんと思つたんですか。それがですね、ちよつと出てくるいうて出られたでしよう、まあ時間というものははつきりわからないですけれどもね、まあ一応、いつたん出て過去のある人であるしするからね、一応疑われてもおかしいなんで落されたときにあとで私にどうこうされたらいけんと思つて二十四日は親の手もとにおつたと明らかに私が妻として言えばあとさわりはないではないかと知りつつ私はうそを言いました。そうするとあなたとしては二十四日 きにあとで私にどうこうされたらいけんと思つて二十四日は親の手もとにおつたと明らかに私が妻として言えばあとさわりはないではないかと知りつつ私はうそを言いました。そうするとあなたとしては二十四日の晩の行動を多少、事件は二五日にCaさんがこられて事件を知つたといわれましたが二十四日の行動を晩の行動を多少不思議に思つておられたですか。思うのは、おかしい、二十六日の晩に帰つてから言われたときに何かおかしいことを言われると聞いてはおつたんですが別に私は口出しをしていなかつたです。- 216 -正木弁護人ちよつて押収にかかる衣類をちよつと出してもらいたい。全部。裁判長B関係だけですか。正木弁護人いや、そうではない。一応記憶にあるものもあるから全部並べて下さい。(証第一八、一九、二〇、二四、二五、三一、三二号を示す)ちょつと伺いますが、この中で見覚えのあるのはどれですか。そのゆかたが見覚えがあります。(証第二五号を示す)それですか、そのBが着て行つたというのは。はい。これを着ると申しますと、上着のズボンの下にこれがはいつたんですか。はい。はいるとなるとズボンの下までははいりませんね、これがたくなるんですか。はい。朝着て、これを着て行くのは見なかつたというのですね。はい。これで、着て出ていましたか、ずつと。いいえ、hにおるときには着ておられました。Aqの家に行きましてからは着てはなかつたです。一度も着たことはなかつたですか。はい。いつ持つて行つたんですか。二十四日の日に洗濯するときに脱がれるときに朝寒いから着込んでおつた- 217 -と言われておつたんです。するといつ、そうすると……。ほ はい。いつ持つて行つたんですか。二十四日の日に洗濯するときに脱がれるときに朝寒いから着込んでおつた- 217 -と言われておつたんです。するといつ、そうすると……。ほかにまだ見覚えのあるものはありませんか。 着たことはなかつたですか。はい。いつ持つて行つたんですか。二十四日の日に洗濯するときに脱がれるときに朝寒いから着込んでおつた- 217 -と言われておつたんです。するといつ、そうすると……。ほ はい。いつ持つて行つたんですか。二十四日の日に洗濯するときに脱がれるときに朝寒いから着込んでおつた- 217 -と言われておつたんです。するといつ、そうすると……。ほかにまだ見覚えのあるものはありませんか。こういうふうな白つぽいズボンだつたですがね。(証第二四号を示す)ほかには見覚えはありますか、なければないと。このズボンも見たことがあるように思いますがね。(証第二〇号を示す)見たことがあるというのはBのところで見たという意見ですか。いや、はいていたのをね。Bがはいていたと、そういう意味ですね。はい。こういうふうに白つぽいズボンであつたですがね。(証第二四号を示す)そうするとあなたがこの洗濯したのを見たというのはどのズボンです……。白い……、こちらのほう、二四号が洗濯したものに近い……。はい。これですか。(証第二四号を示す)さあ、今ごろ言われても……。この中ではこれが一番近い……。(証第二四号を示す)はい。これが、あなたが黒いというのはずいぶんこれにほうぼう黒いものがあるが、こういうこれにある黒いものですか。(証第二四号の黒い斑点を示す)私の見たのは下のほうについていたのを見たですが、何ということはわからんですが。何というのは鑑定の問題ですからいいですよ。黒いこんなような色ですか。- 218 -黒いような……、黒に見えるのは見えたですがね。黒に見えた……。赤黒く見えたです。手に取つて見たら血じやとかわかるんですが、手に取つて見てなかつたです。みんなこんなきたないのが多いですが、上はきれいだつたですか。上のほうはそうよごれているということはなかつた です。手に取つて見たら血じやとかわかるんですが、手に取つて見てなかつたです。みんなこんなきたないのが多いですが、上はきれいだつたですか。上のほうはそうよごれているということはなかつたです。どんな状態で見ました、はいているところを。脱いで置かれたのを見たです。脱ぐ前は見ないんですか。脱ぐまでは……、ほかのみんな関係ありませんね。知りませんです。ちよつと、これに血がついているとは言いませんですね。(証第二五号を示す)裁判長血がついているとは言わない、えりあかが……。 つたです。みんなこんなきたないのが多いですが、上はきれいだつたですか。上のほうはそうよごれているということはなかつたです。どんな状態で見ました、はいているところを。脱いで置かれたのを見たです。脱ぐ前は見ないんですか。脱ぐまでは……、ほかのみんな関係ありませんね。知りませんです。ちよつと、これに血がついているとは言いませんですね。(証第二五号を示す)裁判長血がついているとは言わない、えりあかが……。(下略)右調書におけるBoの供述を熟読吟味すれば、その中には多少の喰い違や矛盾はあるであろうが、全供述を一貫するものは如何にも女性らしい純真さに満ちており、何の作為的不自然さも認められず、或部分は切々胸をつくものすら感じらるる程である。然るに、原判決はその枝葉末節を捉えて非難攻撃を浴びせBoの新証言は従前の供述と根本的に相違するのみでなくそれ自体矛盾するものもあり、或は不自然ないし不合理な点も散見し、A及び被告人らの各自白供述その他関係証人の証言とも抵触する部分が多く信用し難い、なおBoが女性にとつて極めて重大な事柄であ- 219 -るBw、Btらと結婚するに際しいずれの場合もBの為めに将来証言台に立つことの諒解を求めた真摯な態度とその情熱に想いを致すならば、これと氷炭相容れない新証言はこの観点からしても到底首肯できないという。しかし、Boの新証言が、従来の供述と相違するのは、良心のひらめきによつて大悟した結果であることは、新証言の力をこめて具さに述べているところであり、そこに何の不自然も不合理も認められない。殊に原 。しかし、Boの新証言が、従来の供述と相違するのは、良心のひらめきによつて大悟した結果であることは、新証言の力をこめて具さに述べているところであり、そこに何の不自然も不合理も認められない。殊に原判決のいう女性にとつて云々以下の文章に至つてはその意味を解するにくるしむ。新証言の場合はBwとの結婚はすでに解消しているし、Btとの結婚に際し判示の諒解を求めた真摯情熱の態度があつたからこそ、新証言で真実を告白したのではないか。なお、原判決は新証言が捜査官の執拗な取り調べに屈服した迎合的な発言でないとは保障できないなどと論するが、新証言を通覧するも左様な形跡はいさゝかも認められないのである。むしろ、全調書を通じて、裁判官、検察官らの慎重、執拗な質問に対して極めて自然的に卒直に述供しており、原判決のいうごとき検察官らの影響など認められないし、Aその他関係証人の新証言とも一致符合していることを看取するに難くはないのである。 。なお、原判決は新証言が捜査官の執拗な取り調べに屈服した迎合的な発言でないとは保障できないなどと論するが、新証言を通覧するも左様な形跡はいさゝかも認められないのである。むしろ、全調書を通じて、裁判官、検察官らの慎重、執拗な質問に対して極めて自然的に卒直に述供しており、原判決のいうごとき検察官らの影響など認められないし、Aその他関係証人の新証言とも一致符合していることを看取するに難くはないのである。以上を要約すれば、前示偽証判決もBoの新証言も、いずれも被告人らに極めて不利であると同時に本件の真相に触れ、A供述に一つの支柱を与えていることを思わせるに十分なものがあるのである。(三)Bfの供述について。BfもGdに関連して偽証の罪責ありとして起訴され、昭和三四年三月一七日山口地方裁判所において懲役六月、三年間刑の執行猶予の有罪判決をうけ、その判決はすでに確定しているものである。この偽証有罪判決が前段述べたと同じ理由により本件の罪責を判断するについて、尊重さるべきものであることは云うをまたない。ことに、昭和二六年九月三日山口地方裁判所岩国支部法廷における被告人Aの質問に対しBf証人が供述した「馬車の箱をひつくりかやしたので何んとかせんに- 220 -やあならんが十九日の晩にきめたのをやろおと言つたのは聞きました」なる 方裁判所岩国支部法廷における被告人Aの質問に対しBf証人が供述した「馬車の箱をひつくりかやしたので何んとかせんに- 220 -やあならんが十九日の晩にきめたのをやろおと言つたのは聞きました」なる供述記載(記録三七〇丁)は、後に述べる同証人のいわゆる新証言の前提をなすものであつて、極めて重要な供述記載であるところ、原判決が、その記載の正確性を否定したのは、上告趣意第三点所論のとおり誤謬であると認められる。それはそれとして、Bfは、原審において証人として喚問され、その第五三回公判において、従来の供述に反するものばかりでなく、従来同人の口から洩らされていない新事実が続々として供述されているのである。その供述調書はまた本件に極めて有力な資料を提供するものと認められるから、左に抜萃して掲げることとする。原審証人Bfの原審第五三回公判における証言の抜萃要旨(三九冊一五、三一八丁以下)裁判長は、右Bf証人に対し、主尋問は、裁判所において、これをなす旨を告げ、落着いてね、あがつちやいかんよ。 、従来の供述に反するものばかりでなく、従来同人の口から洩らされていない新事実が続々として供述されているのである。その供述調書はまた本件に極めて有力な資料を提供するものと認められるから、左に抜萃して掲げることとする。原審証人Bfの原審第五三回公判における証言の抜萃要旨(三九冊一五、三一八丁以下)裁判長は、右Bf証人に対し、主尋問は、裁判所において、これをなす旨を告げ、落着いてね、あがつちやいかんよ。それからね、何もおそれる必要は一つもない、ありのままを言へさえすればいいんだからね、忘れたことは忘れたと言わにやいかんよ。覚えておらんことを言うと、前の供述と違うと、また偽証罪とか何とかいう問題も起らんとは限らんからね。いいかね、との警告を発した上、問一月二二日ね、一月二二日x停留所で、Aと会つた事実、これは間違いないか。答はい。問間違いないんだね。答はい。問その時は、君は、だれだれ連れがあつたんかね。答 Bm君と、B君、C君、D君……それ位じやなかつたかと思います。問それだけか。答はい。問そりや、何の要件で、どこへ行つてたのかね。- 221 -答それは、adからaiのCnの横へバラスなんか揚げる仕事へ行く それ位じゃなかったかと思います。問それだけか。答はい。問そりゃ、何の要件で、どこへ行ってたのかね。答それは、adからaiのCnの横へバラスなんか揚げる仕事へ行く途中だったと思います。問時間は、何時頃だったかね。答昼頃だったと思います。問昼頃ね。Aとはどこで会ったのか。答停留所です。問停留所はいいんだがね、aiの海岸に、君らは向かっておったと、こういうんだが、Aは、その君らの進行方向からいうと、左手、右手か、どちら側におったか。答aiへ向いて行って……。問君らの進行方向からいうとどちらに。答その時は、あれです。僕なんかも、停留所で待っていたわけです。問何を待っていた。答バスを待っていたんです。問君らの行くバスは、どこ行きだったかね。答ajかakの方へ行くバスです。問あとからAが来たのか、それとも、Aが先におったのか。答先におったです。問だから、Aはどの辺におったかと尋ねてるんです。答橋の上におりましたと思います。問橋の上の方におったか。答はい。問君らは、それでどこにおった。答僕は時計店の角におりましたと思います。問時計店の角にね。答はい。問さきほど言った人が、一かたまりになっておったのか。 らの行くバスは、どこ行きだったかね。答ajかakの方へ行くバスです。問あとからAが来たのか、それとも、Aが先におったのか。答先におったです。問だから、Aはどの辺におったかと尋ねてるんです。答橋の上におりましたと思います。問橋の上の方におったか。答はい。問君らは、それでどこにおった。答僕は時計店の角におりましたと思います。問時計店の角にね。答はい。問さきほど言った人が、一かたまりになっておったのか。答いや、そうじゃないです。問じゃあ、君はだれとおった。答僕は一人おったんです。それで、橋の道とかかったか、かからん所にBm君もおりましたと思うんです。問一寸待って下さい。そうすると、橋のもとの点か。答はい。問x停留所よりの橋のたもと辺に、Bmがおったのか。そういう意味か。答はい。そうです。問それから一人一人、他の人はどこにおった。答C君たちも橋 ると、橋のもとの点か。答はい。問 x停留所よりの橋のたもと辺に、Bmがおつたのか。そういう意味か。答はい。そうです。問それから一人一人、他の人はどこにおつた。答 C君たちも橋の上へおつたように思います。問 C君たちでは困るんだ、Cはわかつた、それから他の者は。答 ……まあ大体その近所に、あつちこつちに、立つておつたわけですね。問それじゃ、BもDも、そこへは、おつたのか。答はい。問それで、Aと、Bたちは近い距離におつたのか。答はい、橋の上にA君がおつたわけです。問 Aの話は、さきほど聞いたが、Bらも橋の上らしいというから、近い所におつたのか聞いてる。答はい、そうです。問じゃ、君が一番離れておつたのか。答はあ、そこでは、僕が一番離れていたですね。問一番最初は、離れておつた。答はい。問それで、Aと最初に、だれが話を始めたか。答 B君……。問 Bが、一番最初か。答はい。問はつきりわからんことは、わからんと言つてもらわなくては困るんだからね。Bが一番最初に、Aに、話をしておつたように思うのか。答はい。問その話の内容がわかるか、記憶にあるか。答橋の上でB君が、こつちへ話をしよる……。問何、Bがどうだつて。答 A君に、話をしかけたんです。それで、A君と、B君が、僕なんか立つている前を通つて時計店の後横の辺で二人が話したわけです。問 Bだけか、他の人も一緒か。答いえ、BとAだけです。問二人だけか。答はい。問 BとA二人だけが時計店のどういう方角だと、もう一ぺん言うてみなさい。 ように思うのか。答はい。問その話の内容がわかるか、記憶にあるか。答橋の上でB君が、こつちへ話をしよる……。問何、Bがどうだつて。答 A君に、話をしかけたんです。それで、A君と、B君が、僕なんか立つている前を通つて時計店の後横の辺で二人が話したわけです。問 Bだけか、他の人も一緒か。答いえ、BとAだけです。問二人だけか。答はい。問 BとA二人だけが時計店のどういう方角だと、もう一ぺん言うてみなさい。答時計店の裏になるですね、まあ裏の横です。問時計店の裏の横ね。答はい。一寸証人前へ。(昭和三三年二月 問 BとA二人だけが時計店のどういう方角だと、もう一ぺん言うてみなさい。答 時計店の裏になるですね、まあ裏の横です。問 時計店の裏の横ね。答 はい。一寸証人前へ。(昭和三三年二月一二日施行の検証調書添付第三図を示す) 裁判長 問 方角あたりが、わかるかね、わからなきや、こちらで説明しなきや、わからんが。答 僕は、ここへ立つておりました。問 そのCoの前だね。答 はい。問 その角……。答 Bm君がここらへ立つていたです。問 橋の付近だね。答 A君は、こちらへ立つていたように思います。問 Bは。答 ここらへおつたりで、Aが見えたから、こつちへつろうて……。問 そこから言うと、どの辺へ連れて行つたというんだ。道路ではあるんだね、さきほど、君は。裏の方だと言つたけれども。答 こつちが表です。問 八海橋の方へ行く道路だね。答 はい、そうです。問 そうすると、そりや、Coの東側ということになるかね。東北か東北の道路上で、Coの前ということになるのか。答 前じやない横です。問 はいわかつた。そこでは、BとAだけか。他の者は、その付近におつたのか。答 どこですか。問 だから、B、Aの回りに、人はおつたのか、おらないのか。答 いえ、いないです。問 いないのか。答 はい。問 じゃあ、他の人は、もとの位置におつたのか。答 はい、そうです。問 君も、やはりそのままの位置におつたのか。答 そうです。問 そうか。答 はい。問 君と、B、Aらのおる所の距離は、どの位ある。答 ……問大体のことだよ、現場へ行かなきや正確なことはわからないんだから、大体の感じを聞くんだからね、神経を使わなくてもいいんだからね、大体の感 いないのか。答 はい。問 じゃあ、他の人は、もとの位置におつたのか。答 はい、そうです。問 君も、やはりそのままの位置におつたのか。答 そうです。問 そうか。答 はい。問 君と、B、Aらのおる所の距離は、どの位ある。答 ……問大体のことだよ、現場へ行かなきや正確なことはわからないんだから、大体の感じを聞くんだからね、神経を使わなくてもいいんだからね、大体の感 君と、B、Aらのおる所の距離は、どの位ある。答 ……問大体のことだよ、現場へ行かなきや正確なことはわからないんだから、大体の感じを聞くんだからね、神経を使わなくてもいいんだからね、大体の感じでどの位離れておつたか。答さあ、二メーター位だと思います。問二メーター、約一間だね。答はい。問当時その付近に、通行人とか、バスを待ち合せている人らがおつたか、おらなかつたか。答いましたです。問おつたか。答はい。問それは、バスを待ち合せておる人か、それとも通行人か。答待つてる人も通行人もあります。問バスを待つておる人もおるし、通行人もおつたと。答はい。問 ……当時バスを待ち合せている人とか、通行人、当時のね、およそ何人位、およそですよ、……大体、君が今記憶している範囲では、およそ何人位そんな人がおつたように思うか。答まあ、一〇人位おつたんじゃないかと思います。問一〇人位ね。答はい。問それは、主にどの辺におつたか、そういう人々は。答橋の上やらお店の前。問店の前、その店というのは、何店か。答x停留所の店の前です。問では、話がまた元へ戻るんだが、BはAをそこへ連れて行つて話をしておつたか。答はい。問大きい声でか、小さい声でか。答大きいという声じゃないですね。問それじゃ、小さい声か。答はあ、まあ小つちやい……。問それとも普通の声か。答普通より一寸小つちやい位じやないですか。問普通より小さいの。答はい。問それで、君は、話の内容が、わかつたか、わからなかつたか。答話の内容ですか。問そう。答ところどころわかりました。問ところどころわかつた。答はい。はい。問それで、君は、話の内容が、わかったか、わからなかったか。答話の内容ですか。問そう。答ところどころわかりました。問ところどころわかった。答はい。問断片的な話だね、君が聞いたのは。答はい。問君は意味はわかったか、少しは。答まあ、意味は少しはわかるです。問どういうことかわかった。 、わかつたか、わからなかつたか。答話の内容ですか。問そう。答ところどころわかりました。問ところどころわかつた。答はい。はい。問それで、君は、話の内容が、わかったか、わからなかったか。答話の内容ですか。問そう。答ところどころわかりました。問ところどころわかった。答はい。問断片的な話だね、君が聞いたのは。答はい。問君は意味はわかったか、少しは。答まあ、意味は少しはわかるです。問どういうことかわかった。答……経木が悪かったから持って来い……。問経木が悪かったから持って来い。答はい。それから、それはあとだったのです。二人が話す時は、この前話をしたろうが、話をしたことをやれとかですね。問一寸待ちなさい。それを一番に言うたのか。答はい。問それを、もう少し覚えている範囲で、もう一ぺん言ってみなさい。どう言ったって。答この前、決めたあの廊下で話をしたことをやれとですね。それで、お前一人じゃなしに、おれらもおるんじゃからというように言うのを聞きました。それで、それが済んで、バスが来てから……。問一寸待って、あんまり早口に言わずに、君の聞いた言葉は、それだけか。答はい。問さっき経木うんぬんということが出たが、どうなった。答Aが、jに乗って行くバスが、akの方からjへ向いて来たわけです。そのうち話をしよってバスが来たから、Aがバスに乗ろうとしてかけて行ったわけです。その時にB君が、経木のことを少し大きな声で、声をかけたわけです。問どういうたんだ。答この前の経木が悪かったから、いい経木を持って来いというように言われたです。問それだけか。答A君が、今日はjへ行くから、今日は持って来られんから、今度いいやつを持って行ってやると言っただけです。問それだけか。答はい。問もう一ぺん尋ねるがね、そうすると、 それだけか。答 A君が、今日はjへ行くから、今日は持って来られんから、今度いいやつを持って行ってやると言っただけです。問それだけか。答はい。問もう一ぺん尋ねるがね、そうすると、BはAをだね、時計店の横の方へ連れて行って、一番最初に言い出したのが、さきほど言った、この前、Mというのは言うたのか、言わないのか、廊下というのが最初か。答 Mというのは聞いたか、聞かんかよう覚えてないですね。問もう一ぺん言うてみなさい。どう言ったつて。答この前廊下で話したことをですね、やれよと言われたです。それで、おお、おおちゅうてAが言うのに対して、お前一人でないから、おれらもおるんじゃから、やれよということは聞きましたです。 て行って、一番最初に言い出したのが、さきほど言った、この前、Mというのは言うたのか、言わないのか、廊下というのが最初か。答 Mというのは聞いたか、聞かんかよう覚えてないですね。問もう一ぺん言うてみなさい。どう言ったつて。答この前廊下で話したことをですね、やれよと言われたです。それで、おお、おおちゅうてAが言うのに対して、お前一人でないから、おれらもおるんじゃから、やれよということは聞きましたです。問お前一人じゃないから、おれらもおるんだから、やれよと、そういうように言うたの。答はい。問君の証言は一審の時の証言と、一寸違って来たね。岩国の裁判所で、君、証言したことを覚えておるか。答 ……はっきりは覚えてないです。問はっきり覚えておらんの。答はい、大体ところどころ覚えておるのは、覚えております。問そうすると、どの点が、今日言うことと違うか、わかるか。答はい。問どこが違う。答この前はM旅館で、一九日の晩にM旅館で、決めたことをやろうと言ったことが違うと思います。問それだけか。答それと、この前は、そういうことは聞かないと言ったことなんかが違うです。問そういうことというのは。答 ……。問そういうことというのは、何を。答今、言うたこととですね、その時とが違うというんです。問全体の供述の内容が、ずい分変わってるがね。答はい。問じゃあ岩国の裁判所でもだね、君は、ことさらにうそを述べるつもりで、述べたのか。言うたこととですね、その時とが違うというんです。問全体の供述の内容が、ずい分変つてるがね。答はい。問じやあ岩国の裁判所でもだね、君は、ことさらにうそを述べるつもりで、述べたのか。答いえ、そうじやないと思います。問そうでないのなら、今日言うことと、なぜ違う。答 …………。問ことさら、うそを述べたような記憶はないか。答まあ、その当時は、少しは友達として、人情というか、やつぱりそういうことが、少しはありましたですね。問人情で、それじや、Bらのためを思つて隠しておつたと、こういうのか。答はい。問どういう点を隠したんだ、それじや。答 ……E君たちが、Cのうちへですね、尋ねてこられて、それで、おれには警察から呼び出しが来ているが、お前にも来ているかと言われた時に、E君は口笛を吹きよつたか、歌を歌いようたいうようなことが、違うと思います。問それだけか。答 …………。問それだけか。答一ぺんに言うたら、あがつてわからんようになるです。 じや、Bらのためを思つて隠しておつたと、こういうのか。答はい。問どういう点を隠したんだ、それじや。答 ……E君たちが、Cのうちへですね、尋ねてこられて、それで、おれには警察から呼び出しが来ているが、お前にも来ているかと言われた時に、E君は口笛を吹きよつたか、歌を歌いようたいうようなことが、違うと思います。問それだけか。答 …………。問それだけか。答一ぺんに言うたら、あがつてわからんようになるです。問岩国で証言したことは覚えてますか。答 ……はつきり覚えてないです。問覚えてない。答はい。問にもかかわらず、それより前であるx停留所の問答をどうして、そんなに正確に覚えているのか。答いつもとがめておりますから、覚えております。問いつもとがめておつたから。答はい。問どういう点をとがめておる。答あの時は、本当はああだつたんじやが、その時は、こういうて、言つていると思うのにです。問そうか、君は、岩国の公判でね。答はい。問 Aから質問を受けたことは覚えておるか。答はい。問覚えておるか。答はい。問その質問は、どういう質問であつたか。答 M旅 、岩国の公判でね。答はい。問 Aから質問を受けたことは覚えておるか。答はい。問覚えておるか。答はい。問その質問は、どういう質問であったか。答 M旅館で決めたことなんかを、xの停留所で、言ったことを、僕に問うたと思います。問そういう趣旨か。答はい。問もう一ぺん述べてみなさい。Aが君に質問したのは、どういう内容か。答 A君が問うたのは、一九日の晩に、M旅館で決めたことをやろうと言ったことをですね、僕に、xの停留所で言うたことを、僕に問うたと思います。問そのように記憶しておるのか。答はい。問 Bが、Aに何かどなりつけたんではなかったか、そういうことはなかったか。答 ……そういうことは、よう覚えてないですね。問覚えておらんか。答はい。問君は、君自身の偽証事件で、いつ逮捕を受けたか。答一七日じゃないかと思います。問いつの。答一〇月だったと思います。問一〇月一七日。答二七日じゃったか、一七日じゃったか……。問それで、君は、その時逃げたか、何かしたのか、そんなことは別にしなかったか。答うるさいから、逃げたですね。問うるさいから逃げた、何がうるさかった。答まあ、近所やら、何やらにですね、うるさいから逃げたです。問なんで逮捕されるか、すぐわかったのか、君自身。答いいえ、逮捕されるということは知らなかったです。 す。問いつの。答一〇月だったと思います。問一〇月一七日。答二七日じゃったか、一七日じゃったか……。問それで、君は、その時逃げたか、何かしたのか、そんなことは別にしなかったか。答うるさいから、逃げたですね。問うるさいから逃げた、何がうるさかった。答まあ、近所やら、何やらにですね、うるさいから逃げたです。問なんで逮捕されるか、すぐわかったのか、君自身。答いいえ、逮捕されるということは知らなかったです。問知らなかった。答はい。問それじゃ、逃げる必要がないじゃないか。答まあ、近所がうるさいからと思って、逃げたわけですね。問そうか。答はい。問それで、どこで調べを受けたか。答どこですか。問警察なり検察庁、どこの検察庁で調べを受けたか。答 まあ、近所がうるさいからと思って、逃げたわけですね。問そうか。答はい。問それで、どこで調べを受けたか。答どこですか。問警察なり検察庁、どこの検察庁で調べを受けたか。答acとaです。問そして、君の嫌疑の内容は、すぐわかったか。答はあ。問君が逮捕された理由は、すぐわかったか。答はい。問だれに一番最初調べられた。答山崎検事さんじゃったと思います。問ここにいる、ひかえている山崎検事さんか。答はい。問はいというのは、どちらの意味だ。答一番右です。問最初からあの検事さんの調べを受けた。答はい。問で、君は、すぐ自白したのか、自白しないのか、偽証の事実を。答……なるべくみんなのために、言わなかったですね。問言わなかったのか。答はい。問何日位頑張った。答何日位じゃったか覚えないです。問大体の見当でよろしい。答四、五日位は……。問四、五日は頑張ったか。答はい。問どこへ勾留を受けた、場所は、 答acです。問acの警察か。答はい、そうです。問その間ずっと調べは、ひっきりなしに毎日あったのか。答はい、そうじゃったと思います。問毎日あった。答はい。問で、調べる人は、すべて山崎検事さんの調べか。答はい。問他の人はしなかったか。答はい。問四、五日頑張ったというが、結局、自白したわけか。それでも。答ああ言ったり、こう言ったりして、なるべくごまかそうと思っておったです。問ごまかそうと思った。答はい。問どういうわけで、ごまかし切れなかった。答……僕が言わんでも、ほかの者が皆言うてくれるから。問何。べくごまかそうと思っておったです。問ごまかそうと思った。答はい。問どういうわけで、ごまかし切れなかった。 い。問他の人はしなかったか。答はい。問四、五日頑張ったというが、結局、自白したわけか。それでも。答ああ言ったり、こう言ったりして、なるべくごまかそうと思っておったです。問ごまかそうと思った。答はい。問どういうわけで、ごまかし切れなかった。答……僕が言わんでも、ほかの者が皆言うてくれるから。問何。べくごまかそうと思っておったです。問ごまかそうと思った。答はい。問どういうわけで、ごまかし切れなかった。答……僕が言わんでも、ほかの者が皆言うてくれるから。問何。答僕が言わんでもほかの者が皆、言うて来てくれる。問皆というのは。答証拠やら……。問どういう証拠を示された。答本やら何か。問本とは何か。答あの「真実」という本ですね。問それから、その他に、答手紙。問一寸待った、だれから、だれに宛てた手紙。答B君、被告人から僕のうちへ来た手紙やら。問それから。答あの原田先生から来た手紙やら。問原田弁護士から君宛に来た手紙。答はい。問それから。答それ位じゃないかと思います。問そういう証拠を見れば、どうしても認めなきゃならんようになるのか。答まあ、良心がとがめるですね。問良心は、そんなものを見なくてもとがめるだろう。君は証拠をつけられて、自白したと言ったんじゃないのか。答はい。問良心に基づいて自白するのは、証拠をつけられたから自白するのとは、意味が違うよ。答僕は、その意味がよくわからないんです……。問ただ、そういうものをつきつけられた結果、自白せざるを得なかったと、こういうことになるのか。答強制的に……。問いや、強制的という意味じゃないよ、そういう証拠をつきつけられて、自白せざるを得なかったと、こういう意味なのか。さっき、君が、皆が言うてくれると、こう言ったろう。それで、その皆とは、何を意味するかと言ったら、君が、さきほど言ったように著書とか手紙だとこう言うでしょう。答はい。問だから、そういう物のうちに、偽証の事実が語られておると、こういうことになるのか。答はい、そうです。するかと言つたら、君が、さきほど言つたように著書とか手紙だとこう言うでしょう。答はい。問だから、そういう物のうちに、偽証の事実が語られておると、こういうことになるのか。答はい、それもあるし、それで自分の良心もとがめるですね。問良心は、もし君にあるとすれば、逮捕頭初から良心が急に生き返るというのはおかしいじやないか。良心の問題で自白するんなら、最初から自白しても、よさそうなものだと思うがね。 うです。するかと言つたら、君が、さきほど言つたように著書とか手紙だとこう言うでしょう。答はい。問だから、そういう物のうちに、偽証の事実が語られておると、こういうことになるのか。答はい、それもあるし、それで自分の良心もとがめるですね。問良心は、もし君にあるとすれば、逮捕頭初から良心が急に生き返るというのはおかしいじやないか。良心の問題で自白するんなら、最初から自白しても、よさそうなものだと思うがね。答最初はどういうわけで、僕を逮捕せられたか、わからなかつたのです……。- 236 -問君は、四、五日頑張つたにかかわらず、その後自白したというから、その自白するに至つた動機と経過はどうかと、こちらが聞いたんですね。そしたら、君は、それを間接に、皆が話してくれるとか、語つてくれたとか言うから、皆とは何ぞやと、質問したら、さきほど君は列挙した。答そりや、僕の言いそこないですね。問そうすると、良心に基いて君が自白したと、こうなるのか。答はい。問その検察官から見せられた証拠によればだね。君が自白しなきやならんようなものを含んでおるのか、おらないのか。答本なんか見せられたら、もうすぐわかつたですね。問何がわかつた。答本のことなんか、本にずい分仮名やら、色鉛筆でつけてあるですね。それなんか見せられたら、やつぱり僕としてもですね、とがめるですね。問それは、とがめるのは、もう少し意味が違うんではなかつたか。この前この法廷で、問題の手紙を読みなさいと、検察官から言われてだね。君は。今日読まないと言つた。読めないとは言わずに、読まないと言つたね。そういう点を意味したんじやないか。答その本ですか。問本のことでなしに、君の手紙じやないか。答手紙ですよ。「真実」の中へ、僕が原田先生のところ めないとは言わずに、読まないと言ったね。そういう点を意味したんじゃないか。答その本ですか。問本のことでなしに、君の手紙じゃないか。答手紙ですよ。「真実」の中へ、僕が原田先生のところへ出した内容が本に載ってるんです。問それはわかってるがね。その「真実」の本の中の手紙に該当する部分をだね。検察官から、前に、君に読んでほしいと言われたら、君が読めるけれど、今日は読まないと、こう言ったでしょう。答はい。問それで、君の家から押収した「真実」の本の中に、振がななんかが振ってあると、こういうの。答はい。問そういう点で、その事実については、認めざるを得なかったと、こういうの。 田先生のところへ出した内容が本に載ってるんです。問それはわかってるがね。その「真実」の本の中の手紙に該当する部分をだね。検察官から、前に、君に読んでほしいと言われたら、君が読めるけれど、今日は読まないと、こう言ったでしょう。答はい。問それで、君の家から押収した「真実」の本の中に、振がななんかが振ってあると、こういうの。答はい。問そういう点で、その事実については、認めざるを得なかったと、こういうの。答はい。問そうかMの話が出たからね、若干それに触れるがね。答はい。問君は、M旅館へ行ったのは、何時頃だったかね。答いつですか。問一月一九日だ。答五時か、六時頃じゃないかと思います。問五時か、六時頃ね。答はい。問君が、行った時には、何か悪いことでもするような相談があったのかないのか。答まあ、僕が行った時には、皆飲みようたですね。問飲んでおったのか。答はい。問そこでは、何か悪い話の相談でもあったのか。答いえ、その時は、上ってすぐ僕は、おりましたですから。問そうすると、その日どういう相談があったか、それは、君は、全然知らんのか。答はい。問知らんのか。答はい。問それは、前の証言のとおり間違いないんだね。答はい。問それから、一月二二日Aと会った日に、皆と一緒に飲んだかね。答二二日ですか。問二二日。答はい、あれは仕事から帰ってから後に、飲みに行きましたです。問どこへ飲みに行った。答 問 それから、一月二二日Aと会った日に、皆と一緒に飲んだかね。答 二二日ですか。問 二二日。答 はい、あれは仕事から帰ってから後に、飲みに行きましたです。問 どこへ飲みに行った。答 B君の家です。問 そのほかの場所でも飲んだんではないのか。答 仕事へ行くまでになんです。あのxの停留所のすぐそばへ朝鮮人の家があったです。そこで、昼ご飯なんか食べたですね。問 朝鮮人の家でね。答 はい。問 それでは、今日の証言内容が変わって来たから、少しまた、それに関連して尋ねなきゃならんがね。答 はい。問 そうすると、x停留所で、さきほど言ったように、Bが、Aに言ったことは間違いないのか。答 はい。問 間違いないのか。答 はい。問 それでは、どういうわけで、さきほど示した手紙を原田弁護人に出すようになったのか。答 そりゃ、まあ、なんですね。友だちでもあるし、まあ、情を思ったわけです。 の証言内容が変わって来たから、少しまた、それに関連して尋ねなきゃならんがね。答 はい。問 そうすると、x停留所で、さきほど言ったように、Bが、Aに言ったことは間違いないのか。答 はい。問 間違いないのか。答 はい。問 それでは、どういうわけで、さきほど示した手紙を原田弁護人に出すようになったのか。答 そりゃ、まあ、なんですね。友だちでもあるし、まあ、情を思ったわけです。問 情を思った。答 はい。問 誰かに頼まれたのか。答 はい。それは、Bのおばさんが、僕に再々言ったわけです。問 Bの母が再々。答 はい。問 どういうことを言ってた。答 あんたは岩国で言うたことは、ああいうことを言うちゃあいけんじゃないか、こういうように言わにゃあいけんじゃないかと、僕にいつも言っておられたです。問 そうか、いつも言うておったのか。答 はい、まあ、いつもいうても、僕がちょいちょい遊びに行った時ですね。問 それで、あのような手紙を書いて原田弁護人に出すようになったのか。答 はい。問 出す直前、だれかに言われたわけではないのか。答 そういうて言われよってですね、時々言われて、まあ、時々行きよったわけです。その時、おばさんが、こういう手紙を書いて出してやってく 答はい。問出す直前、だれかに言われたわけではないのか。答そういうて言われよつてですね、時々言われて、まあ、時々行きよつたわけです。その時、おばさんが、こういう手紙を書いて出してやつてくれんか言うて僕に頼まれたんです。その時、僕は一応は内容もわからんから、いやだというて言つたわけです。いやだと言つても、世話はない、心配はないから言われるから、そうかなあと思つて、じやか待てよと思つて、まあ、手紙書くだけならいいから言われるから、それじや、まあ、出してやろうと思う気になつたわけですね。問 Bの母から頼まれた。答はい。問このような、と言つて原稿を示された。答はい、書いたものを僕に渡してくれたです。問どういうものに書いてあつた。答便箋ですね。問便箋。答はい。問そうすると、そのとおりを君は、真似て書いたのか、そして原田弁護人に送つたと、こういうわけか。答はい。問君は、そうすると、頼まれたら、うそでも証言したり、うそのことでも言えるんだな。答まあ、友だちでもありますし、また仕様なしですね。 Bの母から頼まれた。答はい。問このような、と言つて原稿を示された。答はい、書いたものを僕に渡してくれたです。問どういうものに書いてあつた。答便箋ですね。問便箋。答はい。問そうすると、そのとおりを君は、真似て書いたのか、そして原田弁護人に送つたと、こういうわけか。答はい。問君は、そうすると、頼まれたら、うそでも証言したり、うそのことでも言えるんだな。答まあ、友だちでもありますし、また仕様なしですね。問仕様なしにやつたのか。答まあ、頼まれりやあ、いやということは仲々言えんものですね。問頼まれたら、どういうことでもか。答はい。問じやあ人に驚かされても、うそをいうことがありうるわけか。答その当時は……。問いや、抽象的に、今聞いてるわけです。答今は、そういうことはないですね、あの当時は、考え方も、まあ、浅はかでもありますし、また、皆が、かわいそうだという気もありましたですね。問あつたの。答はい。問それからね。もう一つ、さきほどにもどして尋ねるがね、Bが、Aに、さき という気もありましたですね。問あつたの。答はい。問それからね。もう一つ、さきほどにもどして尋ねるがね、Bが、Aに、さきほど君の言うとおりのような話をしとつた時、他のCとかDそれからBm、こういう人は、かなり離れたところにおつたのか。答はい。問じやあ、話の内容も聞こえないところにおつたのか。答そうですね、僕が一から十まで聞こえない位ですから、僕より少し離れていたから、聞こえないんじやないかと思いますね。問C、D、Bmは、大分離れておつたか。答はい、僕が一番近かつたですね。問で、その話す時間は、どれ位の間、話しておつたか。BとAは。答一〇分、一七、八分位ですか。問一〇分、一七、八分か。答はい。問その時間の話をすれば、相当話の内容はあると思うんだが、その間で、君が覚えているのは、さきほど言つた二つですか。経木の話と廊下へ呼び出した話と、この二つだけしか覚えていないか。答はあ、そうですね、僕は。問馬車の話は出なかつたのか。答まあ、よう覚えてないですね。問覚えておらん。答はあ。問君は、もとの岩国の裁判所でね。その点を述べておるんだがね。答はい。問そういうことは忘れたか。答忘れているですね。藤間裁判官問一つだけ確かめるんだけどね、もう一ぺん言つてみなさい。Bが後から呼びかけたところを、もう一ぺん言うてみなさい。答この前持つて来た原料板が悪かつたから、いい原料板を分けてくれと……。 すね、僕は。問馬車の話は出なかつたのか。答まあ、よう覚えてないですね。問覚えておらん。答はあ。問君は、もとの岩国の裁判所でね。その点を述べておるんだがね。答はい。問そういうことは忘れたか。答忘れているですね。藤間裁判官問一つだけ確かめるんだけどね、もう一ぺん言つてみなさい。Bが後から呼びかけたところを、もう一ぺん言うてみなさい。答この前持つて来た原料板が悪かつたから、いい原料板を分けてくれと……。問それから。答そしたらA君が、いいのを分けてやるが、今日はjへ行くから、分けてやれんから、今度持つて行つてやるというように聞いたと思います。問それから。答それでしまいですね。問その前にだね、B そしたらA君が、いいのを分けてやるが、今日はjへ行くから、分けてやれんから、今度持つて行つてやるというように聞いたと思います。問それから。答それでしまいですね。問その前にだね、BがAに言つたということを聞きたいんだけどね。答あれは廊下で話したことをやれよと。問廊下で話をしたことをやれよというのか。答はい。問やれよというのは、どういう意味かね、お前だけやれという意味か、それともどういうふうにとつたかね。答僕は、その時はなんですね、Aにやれというから、一人でやれと言つたように、で、Bが、お前一人じやない、おれらもおるんだからというのを聞いたから、皆でやるというように僕は感じたです。問最初そうすると、やれよと言つたので、それをA一人にやれと、こういうふうに、とつたというわけだね。最初は。答はい。問それで、お前一人でなくて、おれらもおるんだからというて、一緒にやるものだと、こういうふうに聞いたというわけかね。答はい。- 243 -問やるというのは、どういうことを指すのかね、その時、どういうようにとつた、やるというのは、何をやるのか、内容は、わからんのか、その時の。答まあ、その時は内容は、はつきりとわからないですね、まあ、あたり前のことではないとは思うのは、思つたですね。問あたり前のことではないとは思つたけれども、やると、何を指すのかということは、わからなかつたということだね。答はい。渡辺裁判官問あなたが、手紙を原田弁護士に宛てて書く時にね。答はい。問 Bのお母さんから岩国で、証言したようなことがあるか。答はい。問証言したようなことを言うてもらつては困る、こういうふうに言うてくれにやあ困る、というのは、こういうふうにというのは、どういう は思うのは、思つたですね。問あたり前のことではないとは思つたけれども、やると、何を指すのかということは、わからなかつたということだね。答はい。渡辺裁判官問あなたが、手紙を原田弁護士に宛てて書く時にね。答はい。問 Bのお母さんから岩国で、証言したようなことがあるか。答はい。問証言したようなことを言うてもらつては困る、こういうふうに言うてくれにやあ困る、というのは、こういうふうにというのは、どういう Bのお母さんから岩国で、証言したようなことがあるか。答はい。問証言したようなことを言うてもらつては困る、こういうふうに言うてくれにやあ困る、というのは、こういうふうにというのは、どういうふうにということですか。答岩国で言つたことが、結局いけないという意味ですね。問岩国で言つたことは、あれは間違いだと言つてくれというのですか。答はい。問間違いで、本当は、どうだというふうに言つてくれというんですか。答そういうことはなかつたと言つてくれと。問なかつたと言つてくれねば困ると、こういうわけですか。答はい。問それから、Bのお母さんから手紙をですね、便箋で書いた手紙を見せられた、そのとおりに、書いてくれということでしたね。- 244 -答はい。問その原稿は、だれが書いたものだと、あなた聞いてみました。答いいえ、そういうことは、まあ、僕は、字なんかもわからないから、内容も読んでみないから、そういうことは、全然問うてないです。問 Bのお母さんが書いたようなものでしたか。答はい、僕は、そう思いました。問あなたは、そう思つた。答はい。問 Bのお母さんが書いたにしてもね、その通り安々と引き受けてね、あなたの心にもないことを書くということになると、一寸そら恐しいようなことにも思えますがね。どうでしょうか。答それは、まあ僕としても、とつてもいやだつたですね、いやだつたから、あとでそういうことを頼まれて、その帰りにEへ寄つて、E君の家で見したわけです。問だれに見せたの。答おばさんやら、嫁さんたちに見せたわけです。問 Eのお母さんと、嫁さんというのは、兄さんのお嫁さんですね。それを見せたんですか。それでどういう話をしたんですか。答こういうふうにやつたらよかろ おばさんやら、嫁さんたちに見せたわけです。問 Eのお母さんと、嫁さんというのは、兄さんのお嫁さんですね。それを見せたんですか。それでどういう話をしたんですか。 つて、E君の家で見したわけです。問だれに見せたの。答おばさんやら、嫁さんたちに見せたわけです。問 Eのお母さんと、嫁さんというのは、兄さんのお嫁さんですね。それを見せたんですか。それでどういう話をしたんですか。答こういうふうにやつたらよかろ おばさんやら、嫁さんたちに見せたわけです。問 Eのお母さんと、嫁さんというのは、兄さんのお嫁さんですね。それを見せたんですか。それでどういう話をしたんですか。答こういうふうにやつたらよかろう、こういう手紙ならいいから出してくれと言われたですね。問あなたは、相談したんですか。こういうふうに頼まれたんだけれども……。答いえ、いえ、こういう手紙を出そうと思うんじやがと、頼まれたのは言わなかつたですよ。問 Bのお母さんに頼まれたということは言わずに、こういう手紙を出そうと思うんだが、どうかと。- 245 -答どう思うかね、と聞いたわけです。こういう手紙ならいいから出してくれと言われたです。そう言うて言われたから、僕は、Eを出て、また帰りにCへ寄つて、Cのおばさんに見したわけです。Cのおばさんに見せて、出してもええと言われたから、結局家へ帰つて写して出したわけですね。まあ、内容はよくわからんし、出してもいいもんか悪いもんか、大体見せりやあ、読んで聞かされるか、それとも、いけないなら、いけない、これなら大丈夫だということを聞けば、だいしよういやでも、安心して帰ると思う気がありましたですね。問そのCへ寄つて、見せたのは、どういうわけで見せるんですか。答そりや、まあ、不安だつたですね。自分には、ようわからんから。問内容が、あなたにはよくわからなかつたんですか。答出していけんもんか、出してもせわないかと……。問そうすると、あなたは、それが読めなかつたわけですか。答はい。問で、意味が、よくわからなかつたわけですね。答はい。問 Eのお母さんや、Cは読めるから。答はい。問読んでもらいましたか。答いえ、僕は、読んでくれとは言わなかつたですよ。問じやあ、向うが勝手に読んだだ わけですね。答はい。問 Eのお母さんや、Cは読めるから。答はい。問読んでもらいましたか。答いえ、僕は、読んでくれとは言わなかったですよ。問じゃあ、向こうが勝手に読んだだけですね。答はい。問書くのは、あなた自身で書いたんですか。答はい。問あなたの知らない字もあったわけですね。答そうです。 。答はい。問読んでもらいましたか。答いえ、僕は、読んでくれとは言わなかつたですよ。問じやあ、向うが勝手に読んだだ わけですね。答はい。問 Eのお母さんや、Cは読めるから。答はい。問読んでもらいましたか。答いえ、僕は、読んでくれとは言わなかったですよ。問じゃあ、向こうが勝手に読んだだけですね。答はい。問書くのは、あなた自身で書いたんですか。答はい。問あなたの知らない字もあったわけですね。答そうです。問もう一点確めておくがね、君は、廊下の話うんぬんだね、それを岩国の裁判所では、その通り述べておらんことはさきほど、君自身も述べたがね、どういうように答えたか、知っておるか、覚えておるか。答岩国ですか。問岩国の裁判所で、Aの質問を受けた際に、君が答えたことが公判調書には出てるんだがね、これは言葉通りには速記録でないから出ないんだが、どういうふうに述べたか覚えておるか。答原料板位だけしか……。問それしか述べた記憶はないの。答そうじゃないかと思います。ようはっきり覚えてないですね。問何かBらが、悪いことをするうんぬんと、それと関連することを述べたことはないの。答はっきり覚えてないですね。問それじゃBらに、何か都合の悪いことを言った記憶はないの、あるの、岩国の裁判所での話だよ。答ないと思います。問岩国の裁判所では、Bらに不利益なことを述べた記憶はないと。答ないと思います。問ないと思うの。答はい。問そりゃ間違いないか。答はい、絶対とは言えませんが、はっきり覚えてないですから、まあ、ないと思うですね。問それじゃ、Bの母から、さきほど言ったようなことを言われる筋合はないと思うがね。一寸話が矛盾するよ、それは。答いや、それはですね、A君とですね、話をしたことがないというふうに言えと言われるです。それじや、Bの母から、さきほど言つたようなことを言われる筋合はないと思うがね。一寸話が矛盾するよ、それは。答いや、それはですね、A君とですね、話をしたことがないというふうに言えと言われるですね。問何。答 A君たちとですね、話をあそこで、したことはないと言われるんです。僕も、ここへ来て、A君とはそこで、問われたことはないと、この前も述べたわけです。問それはいいんだけどね、君は一審の裁判所で、Bらに裁判所で不利益なような事実を述べた記憶はないのか、あるのか。答 ……。問さきほどは、ないと、こう言つたね。 。答いや、それはですね、A君とですね、話をしたことがないというふうに言えと言われるですね。問何。答 A君たちとですね、話をあそこで、したことはないと言われるんです。僕も、ここへ来て、A君とはそこで、問われたことはないと、この前も述べたわけです。問それはいいんだけどね、君は一審の裁判所で、Bらに裁判所で不利益なような事実を述べた記憶はないのか、あるのか。答 ……。問さきほどは、ないと、こう言つたね。答はい、はつきり覚えてないですね。問覚えておらんのか。答はい。問そうすると、君の話が仲々理解しにくいんだがね。答 ……。問岩国の裁判所で言つたようなことを言つてくれちや困るというのは、不利益なことを言つたのじやないか、君自身ではBの不利益になるようなことを述べた覚えはないんだね。答 Bさんが、そう言われれば、あるんじやないかと思いますね。問その程度か。答その当時のことは、今では、はつきり覚えてないですね。問覚えておらんのか。答はい。- 248 -正木弁護人問その当時(注、昭和三〇年四月頃)僕のところに来て、こう言つたのを覚えていませんか。自分がAの問に対して「馬車を引つくり返して何んとかせにやいけないが、一九日の晩に言つたことをやろう」と答えたことは絶対にない、そんなことがあろうはずはないと。そういうことをですね、私の家に来ても言うし、一五〇人ばかりの立派なお方がお出でだつた前で、君はマイクロフオンを使つて言つたんじやないですか。答覚えてないですね。問僕に対してですね、もし君がそういうことを言つたとすれば、あれは、うそだつたんだね。じやあ。がお出でだった前で、君はマイクロフォンを使って言ったんじゃないですか。答覚えてないですね。問僕に対してですね、もし君がそういうことを言ったとすれば、あれは、うそだったんだね。じゃあ。答まあ、皆のためを思ってですね、言ったと思いますですね。問皆のためを思って。答はい。問そうすると、君は、皆が強盗したと思っているのか。答……。問そう確信しているの、何かそういう根拠があるんですか。そう思っているんですか。答そりゃ、前からそう思っていましたですね、そりゃ、友だちとしてなかなか言われないですね。問どうしてそう思ったですか。根拠を言って下さい。僕はちっとも差支えないですよ。言って下さい。答まあ、話の内容から、行動からですね。問話の内容というのは、いつの話ですか。 答はい。問そうすると、君は、皆が強盗したと思っているのか。答……。問そう確信しているの、何かそういう根拠があるんですか。そう思っているんですか。答そりゃ、前からそう思っていましたですね、そりゃ、友だちとしてなかなか言われないですね。問どうしてそう思ったですか。根拠を言って下さい。僕はちっとも差支えないですよ。言って下さい。答まあ、話の内容から、行動からですね。問話の内容というのは、いつの話ですか。答それは、x停留所やなんかの話振りからですね、M旅館なんかの話振りから、そう僕は思っております。問話振り、M旅館では今、君は裁判官に対して話は何も聞かなかったと言ってるじゃないですか、酒を飲んで、すぐ戻ったんじゃないですか。答いえ、酒は、私は全然飲まなかったです。ただ話を聞いただけですね。問どういう話をですか。答まあ、打ち合わせですね。問強盗の。答いえ、その時は、皆の仕事なんかの打ち合わせですね。問どんな仕事の打ち合わせですか。答そりゃ仕事をせにゃあいけんとか、金がないから、どこか、もうけに行かにゃあいけんという……。問このもうけに行くというのは、強盗ですか、労働にですか。答その時は強盗じゃないです。それから後もM旅館に何回も行ってますね。問そうすると、一九日の晩以外に行ってるんですか。答はい。問その時に、相談してるんですか。答はい。問強盗の その時は強盗じゃないです。それから後もM旅館に何回も行ってますね。問そうすると、一九日の晩以外に行ってるんですか。答はい。問その時に、相談してるんですか。答はい。問強盗のですか。答強盗ではないです。問仕事でしよう。答いいえ、仕事ではないです。問何です。答……。問泥棒に、はいろうという話でもしとったんですか。答……。問信ずる信じないは、こちらの自由だから言って下さい。一九日の晩は仕事の話はあったんですか。答あったですよ。問それから後には、仕事の話は。答仕事の話というのは、別になかったですね。問そうすると、一九日以外に、それから、二二日に、君が廊下のところで、だれがだれに話したというふうに聞いたんだ。答それは、B君がA君へ話すのを、私が聞きましたですね。問B君が、A君に。答はい。問廊下のところで話した、やろうと言ったって。答はい。問じゃあ、一九日の晩に決めたのをやろうというふうには、言わなかったんだね。答それは、よう、今はっきり覚えてないですね。 仕事の話というのは、別になかったですね。問そうすると、一九日以外に、それから、二二日に、君が廊下のところで、だれがだれに話したというふうに聞いたんだ。答それは、B君がA君へ話すのを、私が聞きましたですね。問B君が、A君に。答はい。問廊下のところで話した、やろうと言ったって。答はい。問じゃあ、一九日の晩に決めたのをやろうというふうには、言わなかったんだね。答それは、よう、今はっきり覚えてないですね。一九日というのは、その当時は覚えていたかもしれませんが、今は、はっきり覚えてないですね。問そうすると、両方合わせるとだね、一九日の晩に廊下のところで決めたのをやろうと言ったことになるね。答両方合わせて……、そうじゃないかと思います。問裁判所の調書みたいなことを言ってることになるね。普通の話の時に、いく日のどこで、何々したとそういう細かい裁判所の調書のように聞いたですか。答それは、正木先生か、そう言われるんじゃないですか。私は一九日と言った覚えはないですよ。今、先生が、そう言われたから、そうじゃないかと思うんですよ。問そうす いたですか。答それは、正木先生か、そう言われるんじやないてすか。私は一九日と言つた覚えはないですよ。今、先生が、そう言われたから、そうじやないかと思うんです- 251 -よ。問そうすると、君は、皆がやつたと信じたのは、その瞬間からそう思つたというんですか。答そう思つておりましたが、それは友だちとして、仲々なんです。この前の証人に出た時も、そう思いましたが、やつぱり友だちとして、後にいたりすると、やつぱり言えんですね。問そうすと、言いたかつたと言うのは、どういうことを言いたかつたの。どこから先が言いたかつたの。答まあ、手紙のことやら……。問手紙というと。答まあ、本に載つているような手紙ですね。問君から出した手紙でしよう。答はい、そうです。問だから、それを打ち明けたかつたというの。答はい。それやら、x停留所なんかで、AとBか話すのを聞いていないと言つていたやつを、本当は聞いているんじゃが、今打ち明けようかと思つたことは、何回もあるです。問それだけですか。答はい。問それでは、x停留所のところで一寸聞くが、BとAは人に聞かれてるということを気にして、しやべつていましたか。答いえ、それが気になるかならんか知らんですか、皆より離れて話しよりました。問だから、BとAとは人にわざと聞かれるようにとか、人から内緒にしてるよ- 252 -うな素振がありましたか。 たやつを、本当は聞いているんじゃが、今打ち明けようかと思つたことは、何回もあるです。問それだけですか。答はい。問それでは、x停留所のところで一寸聞くが、BとAは人に聞かれてるということを気にして、しやべつていましたか。答いえ、それが気になるかならんか知らんですか、皆より離れて話しよりました。問だから、BとAとは人にわざと聞かれるようにとか、人から内緒にしてるよ- 252 -うな素振がありましたか。答まあ、内緒と思いましたですね。問内緒と思つた。答はい。問それでは、経木の時の話はどうでした。答あれは、バスへA君が乗る時にB君が後から追つかけて行くようにして大きい声で言いましたですね。問それは芝居をやつてるようなふうだと思つたんですか、本当にその話なんですか。答まあ、 答 あれは、バスへA君が乗る時にB君が後から追つかけて行くようにして大きい声で言いましたですね。問 それは芝居をやつてるようなふうだと思つたんですか、本当にその話なんですか。答 まあ、あの時の話を聞くと、前に分けてくれた経木は悪かつたが、今度いいのを持つて来いというのを聞くと、本当だと思いますですね。問 それは、人に聞かせるためでなくて、相お互いの話だつたんですね。答 人に聞かすためじやないと思いますね。問 それから、経木の話というのは、あんたはそれより前に一九日の晩に、それを聞いたことはないですか。覚えてますか。答 一九日の晩ですか。問 一九日の晩にね、経木を持つて行つたとか、経木の話はその晩には聞かなかつたですか。経木のやりとりに関しては。答 僕は覚えてないですね。それは。裁判長問 ちよつと裁判所で尋ねますが、君は一九日以外にもM旅館で話を聞いたと言いかけたがね、M旅館て二〇日には、だれだれと会つたのか、M旅館でだよ。答 二〇日ですね。問 二〇日、覚えておらんことを言つちやいけないよ。答 B君に、C君、D君、E君がいたと思います。問 女は。答 女は二人おりました。問 AhとBoか。答 はい。問 そこでは、どんな話があつた。答 そこでは、金もうけの話ですね。問 金もうけというのは、仕事の意味か、それとも悪いことの意味か。答 悪いことというんですか。問 悪いことと表現して大体君、わかりやあしないか、犯罪でも犯すという相談か、それとも働きに行く相談かと、こういうように聞いているわけだ。 います。問 女は。答 女は二人おりました。問 AhとBoか。答 はい。問 そこでは、どんな話があつた。答 そこでは、金もうけの話ですね。問 金もうけというのは、仕事の意味か、それとも悪いことの意味か。答 悪いことというんですか。問 悪いことと表現して大体君、わかりやあしないか、犯罪でも犯すという相談か、それとも働きに行く相談かと、こういうように聞いているわけだ。答 いや、働くつて、その当時のことを考えてみますとですね、働くというところは、あの当時はなかつたですね。問 じやあ、どういう相談があつたんだ。答 どうかして金 いうように聞いているわけだ。答いや、働くつて、その当時のことを考えてみますとですね、働くというところは、あの当時はなかつたですね。問じやあ、どういう相談があつたんだ。答どうかして金もうけをせなきやあいけんというような話振りだつたですね。問だれが。答皆がです。問君も、そういう話をしたんですか。答僕は、まあ、聞いとつたですね。問どうかして金もうけをせにやあいかんと。答はい。問泥棒をするとか、そういうふうな意味の具体的な話かあつたの。答それは、A君と話したことや何か、やらにやあいけんという話は聞きましたよ。問A君と話したことをやらにやあいけんと。答はい。どうするか、こうするかという話じやつたですね。問それから、二一日はだれだれと会つたか。答やつぱり皆、同じ人だつたと思います。問同じ、さきほど言つた人々か。答はい。問で、話の内容は。答話の内容は、その時はあれだつたです。A君が来ん、早う来やあええが、どうして来んのじやろうかというような、できんのかという話だつたです。問その時には、何か悪いことをする相談かあつたのか、ないのか。答その時には、A君なんかの話が多かつたですね。問その日は、別に金もうけうんぬんという話はなかつたのか。答その時には、なかつたと思います。問じやあ、金もうけうんぬんは二〇日の日か。答はい。問じやあ、君もその仲間にはいつたんじやないのか、君に打ち明けてくれたから。答まあ、僕なんかは聞いておつたですね。問君も、仲間の中にはいつておつたんか。答まあ……。問誘われりやあ、やるつもりだつたか。答まあ、仕様がないですね、友だちとして。問誘われたら、君もはいるつもり おつたですね。問君も、仲間の中にはいつておつたんか。 時には、なかつたと思います。問じやあ、金もうけうんぬんは二〇日の日か。答はい。問じやあ、君もその仲間にはいつたんじやないのか、君に打ち明けてくれたから。答まあ、僕なんかは聞いておつたですね。問君も、仲間の中にはいつておつたんか。答まあ……。問誘われりやあ、やるつもりだつたか。答まあ、仕様がないですね、友だちとして。問誘われたら、君もはいるつもり おつたですね。問君も、仲間の中にはいつておつたんか。答まあ……。問誘われりやあ、やるつもりだつたか。答まあ、仕様がないですね、友だちとして。問誘われたら、君もはいるつもりだつたか。答そりや、おれだけいやだということはできないから。問やるつもりだつた。答そりやあ、まあ……。問君自身、その話の内容は、泥棒でもするように感じたか。答ええ、そりやあ感じたですね。問君自身も、具体的になつたら、一緒にやる気だつたか。答一緒にやろうという約束だつたからですね。問一緒にやろうと。答はい。問どういうことを一緒にやろう。答A君が来てから詳しい話を決めるというような話です。問Aが来てから詳しい話を決めると。答はい。問今まで、君はそういうことを少くも、記録、あるいは当法廷で述べておらん事実だかね。答はあ、そりや、友だちとして隠しておつたんですね。自分も疑われちやいけんという気もあるし、今まで友だちだつたものを、今さら裏切つちやあいけないと、自分も誘われているんじやからという気持もありました。問そうすると、二〇日の晩にはAが結局、来なかつたのか。二一日も来なかつたのか。答はい。問そうすと、最後の取り決めは、まだできていなかつたのか。答それからですね……二二日。問二二日のことはよろしい。必要があれば、あとで聞きますがね。二〇日のことを、今、聞いてるんですがね、二〇日と二一日のことを聞いてるんですが、二一日はAが来ないから、最後の取り決めはできなかつたと、こういうのか。答はい、Aを捜してですね、Aのうちへ行つて、相談して連れて来ると、こういう話たつたんてす。問そうすと、Aが来ないと話が決まらんのか。いから、最後の取り決めはできなかったと、こういうのか。答はい、Aを捜してですね、Aのうちへ行って、相談して連れて来ると、こういう話だったんです。問そうすと、Aが来ないと話が決まらんのか。答はい、そうです。問そうして、具体的に決まったか。君も一口加えてやるつもりだったと、こういうことになるのか。 Aのうちへ行つて、相談して連れて来ると、こういう話たつたんてす。問そうすと、Aが来ないと話が決まらんのか。いから、最後の取り決めはできなかったと、こういうのか。答はい、Aを捜してですね、Aのうちへ行って、相談して連れて来ると、こういう話だったんです。問そうすと、Aが来ないと話が決まらんのか。答はい、そうです。問そうして、具体的に決まったか。君も一口加えてやるつもりだったと、こういうことになるのか。答はい。問それじゃ、二二日にBがAに話したというのが、もし悪いことであれば、君もそれを一緒にやるつもりだったのか。答そりゃ、まあ、友だちですから。問じゃあ、その話はどうなった。やるつもりであったか、どうなった。答二二日にですね、大体の約束をしたわけです。問どういう約束をした。答いよいよcの名前は忘れましたが、どこそこへ行ったら、金があるとかですね、それで、あの辺でなきゃ、こっちじゃ人通りが多いということから、大体cに行こうという話を決めたわけです。問どこで決めた。答旅館です。問どこの旅館で、答M旅館です。問二二日に。答はい。問二二日か。答はい。問いつ頃だ、それは。答……。問二二日にはaiへ行ったでしょう。答二二日じゃない、二一日ですよ。僕は勘違いしています。問二一日は、君はAは来ないと言ったじゃないか。答一日、日にちがずつちやうんです。問二一日のことか今言ったのは、じゃあもう一ぺん聞くが、二一日はだれだれ集まった。答皆、集まったと思います。問皆ではわからん。答B君、E君、C君、D君と、僕だったと思います。問五人か。答はい。問Aはいないの。答Aは一九日の晩にB君が話をしてですね。それで、それきり来るというのが、来なかったんです。問出て来なかった。答はい。思います。問五人か。答はい。問Aはいないの。答Aは一九日の晩にB君が話をしてですね。それで、それきり来るというのが、来なかつたんです。問出て来なかつた。答はい。問一月二〇日に悪いことをする話は、あまりなかつたのか。答……。問あつたのか、なかつたのか。答あつたですね。問あつたのか。答はい。問もう一度、それじやその点から尋ねるがどういう話をしたのか、その時。答……。問どういう話をした。一月二〇日M旅館でどういう話をした。答金もうけの話です。問それは、一寸抽象すぎるんでね、抽象いつたらわからんかもしれんが、もう少し話した内容をいうてみなさい、どういう話が、だれかどういうようにしたか。 する話は、あまりなかつたのか。答……。問あつたのか、なかつたのか。答あつたですね。問あつたのか。答はい。問もう一度、それじやその点から尋ねるがどういう話をしたのか、その時。答……。問どういう話をした。一月二〇日M旅館でどういう話をした。答金もうけの話です。問それは、一寸抽象すぎるんでね、抽象いつたらわからんかもしれんが、もう少し話した内容をいうてみなさい、どういう話が、だれかどういうようにしたか。答はい、A君と話をしたことをですね。大体B君たちみんなか僕に、みんなで話をしよつたわけです。問どういうように話した。答どつか物をとつて、売るために金もうけをするのを話したわけです。問じや、物を盗んで売るというのか。答はい。問盗むのか、強盗か。答盗むんです。問物を盗んで、それを売つて金もうけしようと、こういう相談か。答はい。問そりや、最初にだれが言い出した。答B君が言い始めたです。問それから。答それから、みんなにそういう話を説明して、みんなの意見を述べたんです。問君は、どういう意見を述べた。答今頃物をとつて売つていうて、もうけにあまりならんからいうたです。問物といつても、金が入るじやないか。答金も入りますけど、あまり田舎じやから、おいてないからということになつたんです。問そうか、物をとつて、盗んで売つても、あまり金にならんから、そういう意見を述べた。答 答金も入りますけど、あまり田舎じゃから、おいてないからということになったんです。問そうか、物をとって、盗んで売っても、あまり金にならんから、そういう意見を述べた。答はい、僕はそういうようにいうたです。問それで、Dはどういう意見だ。答じゃ、そんなことはない、確か上手をやりゃもうかる。問Cは。答Cも、みな、そういうようにいようたです。問Eもそういうたの。答はい。問盗み物といっても、色々あるが……。答まあ、手当たり放題、金になるような物を盗もうちゅうことじゃったです。問金は、特に盗まんのか。答金は、勿論あれば、金の方がいいちゅうことです。問その時まだ相談は、決まらなかったのか、決まったのか。答その時に、もう決まっていたですね。問決まった。答はい。問どこへ入って盗むことになった。答それは、その二四日に、dならdとか、Bの家へ来るという約束をしてですね。そこで、だれが番するとかですね、いうことを、そこで決めるちゅうことになったんです。問じゃ、二四日に決めるということになったんか。 んのか。答金は、勿論あれば、金の方がいいちゅうことです。問その時まだ相談は、決まらなかったのか、決まったのか。答その時に、もう決まっていたですね。問決まった。答はい。問どこへ入って盗むことになった。答それは、その二四日に、dならdとか、Bの家へ来るという約束をしてですね。そこで、だれが番するとかですね、いうことを、そこで決めるちゅうことになったんです。問じゃ、二四日に決めるということになったんか。答はい。問そうか、二一日は。答二一日は、やはりM旅館へ行きましたです。問さきほどそれは聞いた。どういう話を、その時はした。答絶対に口を割るまいとかですね。それから、もし、どういうことがあっても、そういうことは、絶対に口を割らんということですね。問それは、だれがいうた。答そりゃ、みんながいうわけです。問君も、そういうたんか。答はい。問まあ、割らんことはいいが、どういうことをするというた、その日には。答結局、品物をとるのに、どこ方面がいいかということですね。問で、どこ方面に決まった。そういうたんか。答はい。問まあ、割らんことはいいが、どういうことをするというた、その日には。答結局、品物をとるのに、どこ方面がいいかということですね。問で、どこ方面に決まつた。答結局、cの方が決まつたわけです。問c。答はい。問何かcにするについて、理由があつたのか。答それは、D君やら、A君なんかの近所なら、よう詳しくわかるということからですね。問近所で詳しくわかるので。答はい。問それで。答その方へ行くちゆうことになつたんです。問家は決まらんのか、cの方面だけということだけ決まつたのか。答はい。問家は決まらんのか。答いいえ、大体ですね、何という家か、まあ、忘れたですが、そこへ、まあ、入るというようなことだつたんです。問じや、家も決めたんか、その時、家の名前は忘れたけれども……。答はい。問入る家は、その時決まつたのか。答はい。問何という家かわからんのか。答はい、忘れましたです。問じや君も、それには入つて、一緒にやるつもりだつたんか。答はい、まあ、やるつもりだつたです。問やるつもりだつた。答はい。問それでもう、最終的にその相談決まつたか。答……。問最後的に決まつたのか。答それは、いろいろやるということが決まったのは、二一日の夕方だつたと思います。問二一日の夕方ね。答はい。問その時は、だれだれがおつたか。答みんなおりましたと思います。 かわからんのか。答はい、忘れましたです。問じや君も、それには入つて、一緒にやるつもりだつたんか。答はい、まあ、やるつもりだつたです。問やるつもりだつた。答はい。問それでもう、最終的にその相談決まつたか。答……。問最後的に決まつたのか。答それは、いろいろやるということが決まったのは、二一日の夕方だつたと思います。問二一日の夕方ね。答はい。問その時は、だれだれがおつたか。答みんなおりましたと思います。問五人か、Aを除く五人か全部おつた。答はい。問そして、最後の打ち合せを、もう一ぺん言つてみなさい、いつどこでやるということ。答二四日になんです。cのBの家かですね、そこへ集るか、それ 五人か全部おつた。答はい。問そして、最後の打ち合せを、もう一ぺん言つてみなさい、いつどこでやるということ。答二四日になんです。cのBの家かですね、そこへ集るか、それともあの近所に橋がある。そこらで集つて、それから様子を見て行くちゆうことになつたんです。問時間は。答時間ですか。問うん、時間がないと困るだろう。答時間は、一〇時から一一時半の間ちゆうことになつたんです。問一〇時から一一時半頃……早う行つた人は一時間半も待つわけか。答それはなんですね、大体話のあれで、その適当の時間に出るように。問適当の時間というても、一〇時から一一時半と一時間半もずれかあるからね。早い人と遅い人じや、えらい違いができるだろう。答はい。問そういう打ち合せか、本当に。答はい。問何か得物は持つて行く相談か、得物といつて兇器だね、そういうものは、何か相談があつたのか。答兇器は、全然なかつたです。問そういう相談はないのか。答はい。まあものをそろつととつて、帰るというあれだつたですから。問物をとつて帰るのに、五人も六人も行つたら、人の目について悪いじやないか。答それには、警戒にあたりますから。問警戒にあたるのか。答はい。問その役割は決つておつたか。答まあ、大体決つていたですね。問どういうようになつていた。答まあ、C君やら、E君が見張りをするということです。問 C、Eが見張りか。答はい。問それから、答それから、A君が一番最初に入ると。問 Aが一番最初に入る。答はい。問それから。答みんながそれについて、ほかの者はよう知らんから、それがまあ、大体様子を見てから、みんなが入るということになつたんです。から、A君が一番最初に入ると。問 Aが一番最初に入る。 、大体決つていたですね。問どういうようになつていた。答まあ、C君やら、E君が見張りをするということです。問 C、Eが見張りか。答はい。問それから、答それから、A君が一番最初に入ると。問 Aが一番最初に入る。答はい。問それから。答みんながそれについて、ほかの者はよう知らんから、それがまあ、大体様子を見てから、みんなが入るということになつたんです。から、A君が一番最初に入ると。問 Aが一番最初に入る。答はい。問それから。答みんながそれについて、ほかの者はよう知らんから、それがまあ、大体様子を見てから、みんなが入るということになったんです。問みんなが入るのか。答みんなというのは、E君とC君は見張りに出とった以外は、僕やらB、Dですね。問 E、Cが見張りで、他の四人が中へ入って物を盗むと、こういうわけか。答はい。問しかし、泥棒というのは、こっそりいかんと具合が悪いじゃないのか、大勢大挙して押し掛けちゃ、みつからんか。答そりゃ、中の様子次第で、入るということになっておったです。問そうか。答はい。問見付かれば、何か相談でもあったか、どうするとか、こうするとか。答まあ、見付かったら、なんですね、しようがないから、やるんだけとことんやるか。問どういうことだ、意味は。答まあ、引括って……。問引括ってどうする。答とって帰るという……。問じゃあ、強盗か。答はい。問じゃあ、初めから強盗の下心があったか。答なるべく強盗は、罪が重いからやらんという約束は、約束じゃったです。問そうか、それで、話はどういうように発展していたのか。君も一役買ったというんだから、それで、どういうになったんか。答それで、それまでに、そういうふうに疑いやなんか受けるようことがあったらいけんから、ずっと、おとなしゅうしとろうということで……。問おとなしゅうしとるといって、月日がいくらもないじゃないか。で二二日は、さらに相談があったのか、ないのか。答二二日にはなかったと思います。問それで君は、それじゃ停留所の時だね、BがAに話しておれば、その意味はすぐわかったのか。答まあ、そりゃ、 日は、さらに相談があったのか、ないのか。答二二日にはなかったと思います。問それで君は、それじゃ停留所の時だね、BがAに話しておれば、その意味はすぐわかったのか。答まあ、そりゃ、大体内容はわかりましたですね。問どういうことを意味しておるのか、すぐわかったか。 のか。答二二日にはなかったと思います。問それで君は、それじゃ停留所の時だね、BがAに話しておれば、その意味はすぐわかったのか。答まあ、そりゃ、 日は、さらに相談があったのか、ないのか。答二二日にはなかったと思います。問それで君は、それじゃ停留所の時だね、BがAに話しておれば、その意味はすぐわかったのか。答まあ、そりゃ、大体内容はわかりましたですね。問どういうことを意味しておるのか、すぐわかったか。答はい。問それで、Bは君らに何か報告したか。答それから後ですか。問Aに会ってからだ。答A君に会ったのは、M旅館と……。問いやいや、停留所にうつつている。二二日停留所で会ったろう。答はい、会いましたです。問そして、BがAに、さっき言ったように何か言ったというんだね。答はい。問その後、Bが君らに何か話したかと聞いておる。答今話をまとめておいたから、言いました。問どういうようにまとまったと報告したか。答それで、Aはやると、それで、見張りなんかのあの近所の様子は、ようみとくから、その日には間違いなく行くと言ったように言いました。問その日には間違いなく行くと。答はい。問その他、そのことについて、話はあったのか、ないのか。答それから後ですか。問うん。答なるべく、はあ、もう決まっていますから、なるべく人の耳に入ったり、態度に……、あんまり話をする態度に現れたりなんぞしちゃいけんからいうんで、仕事なんかに行ったりですね。そういうようにしたわけです。問二二日の晩ね。答はい。問B方で一緒に飲んだでしょう。答はい。問さきほど証言したね。答はい。問その時に、何か話が出たのか、出ないのか。答その時は、金もうけをせにや、それで、みんな金なんかも払えるし、何もかも面白うやれるから、気晴らしに一杯やろうというんで、やった。主文 答はい。問その時に、何か話が出たのか、出ないのか。答その時は、金もうけをせにや、それで、みんな金なんかも払えるし、何もかも面白うやれるから、気晴らしに一杯やろうというんで、やったわけです。問金もうけをすりゃ……。答いつも、くよくよしとつたらばれるから、気晴らしに、まあ、やろうということでやったわけです。問というわけでやったのか。答はい。問で、その晩君は、A方へ行ったのか、行かんのか。答二二日ですか。問二二日B方で酒を飲んでから。答僕は行かないように思うんですが、はっきり覚えてないです。 んな金なんかも払えるし、何もかも面白うやれるから、気晴らしに一杯やろうというんで、やったわけです。問金もうけをすりゃ……。答いつも、くよくよしとつたらばれるから、気晴らしに、まあ、やろうということでやったわけです。問というわけでやったのか。答はい。問で、その晩君は、A方へ行ったのか、行かんのか。答二二日ですか。問二二日B方で酒を飲んでから。答僕は行かないように思うんですが、はっきり覚えてないです。問B方へずっとおったのか。答はい、おって、すぐか少し飲んで気分が悪うなったかどうかで、家へ帰ったように思うんです。問二三日は君は、またバラス採りに行ったのか、行かないのか。答行きましたです。問その時相談はあったか、ないか。答その時ですか。問うん。答その時はあれです。又飲むとかですね。まあ、どうせやりや金が入るんだから、また、気晴らしにやるかというような話がありましたですね。問気晴らしにやるかというのは、何をやる。答飲むんです。問それで、飲んだのか。答いや、僕は飲まなかったです。問他の人は。答その日は、僕家から遊びに出るのが遅かったです。問飲んだか、飲まんのか、知らんのか。答はい、知りませんです。で、後からB君の家へ寄ったわけです。寄ったら、みんなどこか遊びに出たと言われるから……。問何々、もう一ぺん、そこをはっきり言ってみなさい。答僕は、少し家を出るのが遅かったわけです。問遅いというのは、仕事をしに行く時のことか。答いえ、仕事が済んでからです。問済んでから、どこへ行く時。はつきり言つてみなさい。答僕は、少し家を出るのが遅かつたわけです。問遅いというのは、仕事をしに行く時のことか。答いえ、仕事が済んでからです。問済んでから、どこへ行く時。答aへ出てB君の家なんかへ行くのが、僕は遅かつたわけです。問じや、その日もBの所へ集ることになつたのか。答はい。問二三日。答はい。問そうか。答はい。問それで、B方へ君は、行つたのか。答はい、それなら、みんなもう遊びに出た言われたわけです。遊びに出た言われるから、遊ぶ所も別にないから、昔から行つていたAyという家へ、僕は遊びに行つたわけです。問そしたら、だれがおつた。答B君達が、みんなおりました、今じや、はつきり覚えてないですが。問じや、Ay方へ行つたか、行かんか、はつきりしないというのか、どういういうんだ。答二三日は行きましたです。問行つたのか。 れで、B方へ君は、行つたのか。答はい、それなら、みんなもう遊びに出た言われたわけです。遊びに出た言われるから、遊ぶ所も別にないから、昔から行つていたAyという家へ、僕は遊びに行つたわけです。問そしたら、だれがおつた。答B君達が、みんなおりました、今じや、はつきり覚えてないですが。問じや、Ay方へ行つたか、行かんか、はつきりしないというのか、どういういうんだ。答二三日は行きましたです。問行つたのか。答はい。問そうか、しかしね、一寸待ちなさい、Cpという人は、検事調を受けている調書によるとね、その日君等が来たようなことは、調書にのつておらんが、どうかね。答いえ、二三日と思います。僕は、それで、僕が行きましたらですね、みんなもう先へ出ておつた所へ、僕が後から行つてですね。それで、僕が娘さんなんかと話をしようたら、みながもう帰るといつて、みんな出て行つたわけです。問その日には、君等だけでなしに、他の人もおつたんではなかつたか。答他の人はどうか……。Ayの娘さんやら、おばさんやら、お兄さん達がおられたと思います。問そのほかにも、おつたんじやないか。答それは、もうはつきり覚えてないですね。問それは、二二日の間違いではないか。答僕は二三日じやないかと思います。問二三日と思う。ます。問そのほかにも、おつたんじやないか。答それは、もうはつきり覚えてないですね。問それは、二二日の間違いではないか。答僕は二三日じやないかと思います。問二三日と思う。答はい。問君の一審の証言では、そうはなつておらんが、まあ、Ay方の点は、詳しくは述べておらんけれどもね。答はい。問それは、それでいいと。その時何か話があつたのか。二三日。答いえ、その時は、僕は娘さんと話しようたら、みんなが出て行つたのです。問で、その日に何か悪いことをするについて、相談をしたのか、しないのか。答いえ、それはAyの家じやつたですから、全然しなかつたです。問その時は何も君はしないと。答はい。問で明けて二四日、その日は。答その日は、昼からあのaiの海岸へバラスをあげに行くのに、行くという約束になつていますから、僕はまあ、待つていたわけです、それで、みんなが僕の家の前を通つて誘つてくれたわけです、みんな誘つてくれて、みんなそのまま行かれたですね。僕はみんなより一寸遅く行つたわけです。それから遅く行つて、仕事場で叱られて、今度バラスなんかみな下へもどしておけといわれたと思います。 。答はい。問で明けて二四日、その日は。答その日は、昼からあのaiの海岸へバラスをあげに行くのに、行くという約束になつていますから、僕はまあ、待つていたわけです、それで、みんなが僕の家の前を通つて誘つてくれたわけです、みんな誘つてくれて、みんなそのまま行かれたですね。僕はみんなより一寸遅く行つたわけです。それから遅く行つて、仕事場で叱られて、今度バラスなんかみな下へもどしておけといわれたと思います。それをおろして、それで帰つたと思います。問それで……。答それから帰る途中、今晩はまあ、約束通り出て来いということになつていたんです。問だれがいうた。答そりやまあ、B君がいいましたです。問どこのへんで。答そりやまあ、途中ですね。問途中といつてもいろいろある、どの辺。答aiから僕の家へ向かう時ですね。問そりやわかつてるけれども、どの辺かと聞いてる。答それは、あのなんです。Cnの辺だつたと思います。問だれだれおつたんだ、その時には。答 aiから僕の家へ向かう時ですね。問 そりやわかつてるけれども、どの辺かと聞いてる。答 それは、あのなんです。Cnの辺だったと思います。問 だれだれおったんだ、その時には。答 その時はB君達、みなおりましたと思います。問 だれだれ名前をあげてみなさい。答 B君、D君、C君それから……、Bm君じゃったと思います。問 Bmもおった。答 はい。問 Bmのおる前で、そういう話をした。答 いいえ、それは、Bm君なんかにはそういう話は全然しておりませんです。問 だけど、一緒に歩きゃ聞こえるだろう。答 そりゃ、そういう話は、人には云わないです。問 だって一緒に歩いておるんだから聞えそうなもんじゃないか。こっそり小さい声で話した。答 はい。問 時間はいうたのか、時間はいわないのか。答 時間は、その時には云わないです。前に決まっていますから。問 時間はいわなかったか。答 はい。問 それで、君は別れて自分の家へ帰った。答 はい。問 そして、君はその晩行ったのかね。答 いいえ、僕は行こうと思っておりましたが、その日は法事でありまして、今晩ちょいと友達の所へ用があるんじゃがいうたです。今日は親父の法事じゃから、絶対に行っちゃいけん言われたわけです。で、僕は本当は出とうていけんのじゃが、そういうてみんながいうので、僕はよう出なかったんです。問 だって、一時半頃なら人が眠るから、こっそりぬけ出て行かれるんじゃないか。 。答 はい。問 そして、君はその晩行ったのかね。答 いいえ、僕は行こうと思っておりましたが、その日は法事でありまして、今晩ちょいと友達の所へ用があるんじゃがいうたです。今日は親父の法事じゃから、絶対に行っちゃいけん言われたわけです。で、僕は本当は出とうていけんのじゃが、そういうてみんながいうので、僕はよう出なかったんです。問 だって、一時半頃なら人が眠るから、こっそりぬけ出て行かれるんじゃないか。答 いいえ、もう兄やらみんな狭い所へ一緒に寝ますもんですから、そうぬけて出るということはできなかったですね。問 法事だって夜になったら差支えないでしょう。現に君は一九日頃から毎日出てるのに、法事でも夜までそうおらなくてもいいと思いますがね。ですから、そうぬけて出るということはできなかつたですね。問法事だつて夜になつたら差支えないでしよう。現に君は一九日頃から毎日出てるのに、法事でも夜までそうおらなくてもいいと思いますがね。答話をみんなで随分遅くまでしましたからね、出ることはできなかつたわけです。僕自身は、そりや出たかつたんです。親類のもんやら、兄やらみんなおるところで出してくれなかつたわけです。問監視でも受けたのか、それじや、悪いことをしそうな態度で、君が監視でも受けておつたのか、そうじやなければ、一寸小便してくるとか、一寸用達をしてくるといつて、出られんことはないと思うんだがね。答出て行けば、一〇分や二〇分はかかりますから。問いや、かかることはかまわん。友達にそういうふうに約束をしておるんだからね、一応義理をたてて、君が行きそうなようにも思えるからね。答それは、行きとうはあるけど、もしそういうことをすればという気もあるし、でまた、親父の法事で、みんなも昼お前は法事というのに昼働きに出た位じやから、夜位はおらにやいけんと、問みな君の家は何時頃まで起きてるんだね、一〇時頃には大概寝るんじやないのか。答いいえ、法事の日は遅くまで話をしておりましたですね。- 272 -問話をしたにしてもね、君が行く気でありや、出られんことはないと思うがね。答それはですね、昼法事というのに、昼出ましたから、特別夜は出んとか上手をいうてですね、昼働きに出させてもらつたから、夜はあんまり無理はいえんし、出とうはあつても、そういうことは云えなかつたわけですね。出るなちゆうていわれれば、やつぱりどきつとするです。 いのか。答いいえ、法事の日は遅くまで話をしておりましたですね。- 272 -問話をしたにしてもね、君が行く気でありや、出られんことはないと思うがね。答それはですね、昼法事というのに、昼出ましたから、特別夜は出んとか上手をいうてですね、昼働きに出させてもらつたから、夜はあんまり無理はいえんし、出とうはあつても、そういうことは云えなかつたわけですね。出るなちゆうていわれれば、やつぱりどきつとするです。問むしろ法事は昼おつた方が、いいんじやないか、昼お客をするんでしよう。答はい。問その日、一日法事ですか。答昼から、一一時 出るなちゆうていわれれば、やつぱりどきつとするです。問むしろ法事は昼おつた方が、いいんじやないか、昼お客をするんでしよう。答はい。問その日、一日法事ですか。答昼から、一一時頃からじやつたと思います。問一一時頃からね。答はい。問そうすと、夕方には法事の人は帰つてしまつたんじゃないの。答まあ、遠い親戚なんかは、みな帰られたですね。それで、兄やら姉さんなんか、弟やらみんなぢつとおつてですね、遅くまで話をしていたですね。問本当にぬけ出す気ならね。答はい。問わけなくぬけ出せそうに思えるがね、一応。答……、まあ、半分は、僕もあれですね、ああいう所へ行つたらという気もあるし、で、法事のことも昼出してもらつているという気もあるから、兄なんかがあまり喧しういうとですね、意志が弱いというんか、どうかあんまりいわれると、やつぱり親父に一番可愛がられてもらつているんだから、お前がおらんいうことは、いけんというふうにいつも云われていますし、今頃でも云われております。藤間裁判官問一寸尋ねるがね、二一日にM旅館で話があつたというたけどね。その時に入る家は決つておつたんか。名前は忘れたけれども、どこの家へ入る、家は決つておつたのか。答大体決つていたようです。問名は忘れたという意味だね、どういう家か。答はい。問本件の被害者のKさんの家じやなかつたのか。答そういう話もありましたですよ。問そういう話もあつた、そこへ入るというのか、それともほかの家へ入ろうというのか。答ほかの家の名も随分出ましたです。問K方の家も含めてほかの家も出たと、何軒位。答四、五軒位。問四、五軒位。答はい。問それから二四日までの間にだね、入るという家は決つ 答ほかの家の名も随分出ましたです。問 K方の家も含めてほかの家も出たと、何軒位。 本件の被害者のKさんの家じやなかつたのか。答そういう話もありましたですよ。問そういう話もあつた、そこへ入るというのか、それともほかの家へ入ろうというのか。答ほかの家の名も随分出ましたです。問K方の家も含めてほかの家も出たと、何軒位。答四、五軒位。問四、五軒位。答はい。問それから二四日までの間にだね、入るという家は決つ 答ほかの家の名も随分出ましたです。問 K方の家も含めてほかの家も出たと、何軒位。答四、五軒位。問四、五軒位。答はい。問それから二四日までの間にだね、入るという家は決つたのか、どこの家に入るというのは決つたのか。答そりや二四日の晩に、その最初の名字を四、五軒、あの家、この家いようたわけです。その家のどこかに入ることになつておつたんです。その二四日にAも来るし、みんなも、みな集まつて、そこで、そこまでに家を五軒なら五軒家を挙げて、その近所をずつとD君やらA君とかですね、様子をずつと見ていつて、そして、今度二四日の晩に確実な入る家を決めるということになつておつたんです。問みんな集まつた際に、その四、五軒のうちのどれかを決定するということになつておつたというのか。答はい。- 274 -正木弁護人問実際においてはどうだ、公判の中であろうと外であろうと、Aから口をきかれたことは一度もなかつたと、今は、そう言わないですか。答岩国では、Aに問われたと思います。問思うんでなくてだね、はつきりAが君に質問しましたか。答はい。問君は、その時には、裁判官かAにそういうように何か聞いたと、裁判官同志が何か相談して、Bf証人の言うことは、わけがわからんと言つたと、君は僕に言つたが、そういうことがあつたですか、云つたことそういうことはあつたですか。裁判官がBf証人の言うことは、何やわからんと、裁判官が言つたことがありますか。答そねいなことは、ないんじやないんですか。問ないんじやないんですかじやない。君はそういうふうに言つてるんだがね、忘れましたか。答はい。先生の家で、どういうこと言つたかというようなことは、覚えてないですな。問あなたがね、前にずつと僕の聞いておつたことや じやない。君はそういうふうに言つてるんだがね、忘れましたか。答はい。先生の家で、どういうこと言つたかというようなことは、覚えてないですな。問あなたがね、前にずつと僕の聞いておつたことやなんかと違うことを、まあ、良心のあれだといつて、全部違つたことをいい始めたのは、それは、今度卜部だかどうか知らんが、検察庁で逮捕された後の期間ですか。 覚えてないですな。問あなたがね、前にずつと僕の聞いておつたことや じやない。君はそういうふうに言つてるんだがね、忘れましたか。答はい。先生の家で、どういうこと言つたかというようなことは、覚えてないですな。問あなたがね、前にずつと僕の聞いておつたことやなんかと違うことを、まあ、良心のあれだといつて、全部違つたことをいい始めたのは、それは、今度卜部だかどうか知らんが、検察庁で逮捕された後の期間ですか。その期間に気が変つたのですか。答いえ、そうじやありませんです。問それより前か後か。答ここの第三回目の証人が済んでから、今云うかどうしようかと思つて、ものすごう悩んでいたところ、そうなつたんです。- 275 -問あなたがね、検察庁の意図するような逆転すれば、もつと早く逮捕の留置の時間が短くなつたわけでしよう。二〇日もかかつたのは、どういうわけですか。答それは、僕がなるべく、みんなのことを僕の胸の中だけで、すまそうと思つたから、長くなつたんじやないかと思います。問そうすと、まだ、良心か目覚めてなかつたということになるんだね、つかまつて逮捕されても、答そりや、いいとうても、仲々そういうことはいいにくかつたわけです。問じや、この前自分で書いたものでないものまでもですね、自分が書いたように云つたり、どもるとか云つて、盛んに……あれまで嘘をつく必要があるから。答一たん頼まれているということは、友達として仲々いいにくんじやないかと僕は、思つてよう云わなかつたんです。問君の字の上手、下手に関係あるまい。どうですか。それは、そこまで、嘘を云わなきや、いけないと思つたのか。答そりや一応は、自分の恥もさらしくないという気も、そりやありましたです。原田弁護人問 ……あなたが二二日にBとAが話をしているのを聞いた時に、悪い話、変な話をしているというように、その時 答そりや一応は、自分の恥もさらしくないという気も、そりやありましたです。原田弁護人問 ……あなたが二二日にBとAが話をしているのを聞いた時に、悪い話、変な話をしているというように、その時に感じたと言うんですか。そんなことはわからなかつたというんですか。答感じたですね。問ところがですね、それじや、もう一問聞きます、どうして感じたですか。答そういう話をすると、やつぱりあれですね、僕なんかもぴんとくるですね。(下略)右供述調書を熟読吟味すると、証人Bfは裁判官の執拗な追及に遭い、いささか- 276 -渋滞し記憶違のことや、従来の供述と喰い違つていることなども供述してはいるようではあるが、胸中に永い間秘匿していたことを一気に述べているように感じられるのである。 ですね。問ところがですね、それじや、もう一問聞きます、どうして感じたですか。答そういう話をすると、やつぱりあれですね、僕なんかもぴんとくるですね。(下略)右供述調書を熟読吟味すると、証人Bfは裁判官の執拗な追及に遭い、いささか- 276 -渋滞し記憶違のことや、従来の供述と喰い違つていることなども供述してはいるようではあるが、胸中に永い間秘匿していたことを一気に述べているように感じられるのである。良心に耻ぢるようなことを隠し切れず、これを告白するときは恰も堰を切つた水の流れるように一気に吐き出して了うものである。原審裁判長がBfに「良心がもし君にあるとすれば逮捕当初からの良心が急に生き返るというのはおかしいではないか、良心の問題で自白するんなら最初から自白してもよさそうなものだと思うがね」云々と椰ゆ的に反問しているが、けだし良心というものの動き方を知らないものだというを憚らない。原判決はBf供述の欠点を衝き、非難攻撃をあびせ、只管その虚言性を暴露しようとしているようであるが、一月一九日M旅館におけるいわゆる共同謀議の点の判示などは、第一審第三回公判調書中におけるAとBf間に交された質問応答のくだりを読了しての判断であろうけれども、いささか粗漏と云わざるを得ない。原判決は更に証人Bfは偽証容疑で起訴されるに至つた以降の段階において検察官に弱点を握られており、いわば検察官の れた質問応答のくだりを読了しての判断であろうけれども、いささか粗漏と云わざるを得ない。原判決は更に証人Bfは偽証容疑で起訴されるに至つた以降の段階において検察官に弱点を握られており、いわば検察官の手中に在る証人と言えないこともないのであつて、その新証言はあらゆる角度から充分な検討を加えた上でその真否を判定せねばならないと云い、Bfが如何にも検察官の云いなり放題になつて証言しているというような云い廻しをしておる。Bfが検察官の手中に在るというような確証はいつたい何処にあるのか。もしその疑がいささかでもあつたらBf証言の重大性に鑑み係り検察官を証人として尋問追及して、事の真相を明かにすべきではなかつたか。原審にその慎重さのなかつたことを遺憾とする。しかも証人が検察官の手中にあるなどゝいうことを判決文中に公言することは、検察陣に対する予断を以て事件に対処しているものとの疑を惹起させるおそれなしとしない。そこで、当審の所見を以てすればBf新証言は、裁判官、弁護人らの追及にもかゝわらず、一貫して筋のとおつているものがあり、大体において真実に近いものと認められるのである。 真相を明かにすべきではなかつたか。原審にその慎重さのなかつたことを遺憾とする。しかも証人が検察官の手中にあるなどゝいうことを判決文中に公言することは、検察陣に対する予断を以て事件に対処しているものとの疑を惹起させるおそれなしとしない。そこで、当審の所見を以てすればBf新証言は、裁判官、弁護人らの追及にもかゝわらず、一貫して筋のとおつているものがあり、大体において真実に近いものと認められるのである。従つてBf新証言により被告人らのアリバイが一部は崩- 277 -れ去つたばかりでなく、新しい事実の提供によつてA供述の有力な裏付材料が出来たこととなり、五人共同犯行説を濃厚にしているものであることは云うまでもない。なお、アリバイの崩壊の点については、証人Aq、Bkの各供述についても述べたいが、本判決においては以上を以て十分と考え、アリバイの点はこの程度にとゞめることとする。第四、被告人らの警察自白について。被告人らが本事犯の共同犯行者であることを告白したいわゆる警察自白のあることは次のとおりである。Bは第一回の取調べで否認したが、第二回ないし第四回ではこれを自白し、E 告人らの警察自白について。被告人らが本事犯の共同犯行者であることを告白したいわゆる警察自白のあることは次のとおりである。Bは第一回の取調べで否認したが、第二回ないし第四回ではこれを自白し、E、Dは第一回ないし第三回でそれぞれ自白し、Cは第一回では否認し、第二回ないし第五回で自白しているのである。然るに、原審はこれらの自白を事も無げに全面的に信憑力なしと云つているのである、その理由の説明に数千言を費しているのであるが、要するに右四名の供述の変転と相互の不統一ないしくいちがいが数限りなくあるばかりでなく、右供述は主として被害者夫婦の死亡推定時刻と抵触し(この死亡推定時刻なるものは原審の想定時刻にすぎないことは後に述べる)、しかも限られた部分の供述においても不合理なるもの或は信用に値する関係証拠と矛盾するものが多くまたAの供述と比照すれば非常な喰い違いがあり、到底信憑に値しないと云い、微に入り細を穿つて自己の判断の正当性を根拠付けんとしているのである。そこでBら四名は警察で一つたいどんなことを云つているのであるかを、検討する為めにその全貌を左に掲げることとする。第一回被疑者供述調書本籍山口県熊毛那a町大字a町第ax番地住居熊毛那a町大字am字h番地不詳人夫- 278 -B大正十五年十二月十日生満二十四年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月二十九日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことが出来る旨を告げて取調べたところ被疑者者は任意左の通り供述した一、出生地は只今申しました本籍地でありま る為めにその全貌を左に掲げることとする。第一回被疑者供述調書本籍山口県熊毛那a町大字a町第ax番地住居熊毛那a町大字am字h番地不詳人夫- 278 -B大正十五年十二月十日生満二十四年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月二十九日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことが出来る旨を告げて取調べたところ被疑者者は任意左の通り供述した一、出生地は只今申しました本籍地でありま 被疑事件につき昭和二十六年一月二十九日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことが出来る旨を告げて取調べたところ被疑者者は任意左の通り供述した一、出生地は只今申しました本籍地であります二、通称綽名はありません三、氏名を変更したことはありません四、私の犯罪関係は昭和二十一年一月頃元an村Cq学校の毛布がa町u町のCr呉服店にあつたのを盗んで其の年の四月十二日徳山区裁判所で懲役一年三年間の執行猶予を受け其の期間中の昭和二十三年五月頃a町ao町Cs呉服店に這入つて服地を盗んで其の年の七月十五日に岩国支部裁判所で懲役一年の判決を受け広島刑務所に入り実役一年五ケ月を務めて一昨年十二月二十四日に出所しました五、経歴関係は私は九才の時父親に死別し其の後母の許で育てられ所の高等小学校を卒業すると卒業すると直ぐ呉市のCt万年筆製作株式会社に職工として一年それから大阪の兄の許で自動車部分品販売の手伝を一年半位それから徴用でCu廠に二年位配管修理工として働く中海軍に志願して昭和二十年一月二十五日Cv団に入団し軍艦に乗つて居る時終戦となつて其の年の十一月末に本籍地に帰り遊んで居る中に悪い事をして先程申しましたように執行猶予となつて後防府市apで浜子を二年位して又悪い事をし刑務所に入り出所後は所や隣り村で土工として働いて現在に至つて居ります- 279 -六、家族は今の所に私の外母 Cw 六十二位弟 Cx 二十年妹 Ca 二十年甥 Cb 七年内妻 Cy 二十一年の五人が居りますがCyとは一緒になつたのが本月十九日であります七、資産としては私のものも母や妻のものとて一つもありません現在住んで居る家も所のCzさんのを借りて居 内妻 Cy 二十一年の五人が居りますがCyとは一緒になつたのが本月十九日であります七、資産としては私のものも母や妻のものとて一つもありません現在住んで居る家も所のCzさんのを借りて居ります八、今回私が友人の c村字d、D二十四才、a町字k、E二十三才、a町u町、C二十四才、c村字d、Aq二十五才、c村字d、Dc二十五才等と一緒になつてc村字dKさん夫婦を殺して物を盗んだ事についてお尋ねがありましたが私はそんな事はして居りませんので今から其の当時のことについて詳しく申し上げます只今申しました友人の中で一番前から心易くして居つたのはCで戦時中からつき合つて居りましたその他の者も昨年より前から知つて居りましたがAqとつき合ひになつたのは昨年十月頃北海道から帰つて来たDの友人であつた関係で極最近交際し始めたのであります九、私が只今申しました友人と本年になつて一緒に酒を飲んだり遊んだりしたことは、本年正月元旦に私の家でCとEと私の三人で酒一升を昼過から夕方の四時頃までと本月十日頃の午后七時頃C、Eの三人がc村字vのDd当二十三才位の娘の家に遊びに行つたことや- 280 -本月十五日にCu燃料廠跡に進駐軍のドラム罐運びの人夫に行つての帰りにa町に寄つて理髪をして(aq町Db理髪店)居る時Dcが這入つて来たので私とDとCの三人が居つた時で途中別れた人も居りますが私とCの二人が連れ合つて午后六時頃自分の家に帰り後からE、D、Aが前后して来たので其の五人が連れ合つてc村字vのDdさんの家に遊びに行く途中午后八時頃字zのDe理髪店の前の道路側にc村のDfと言ふ人が馬車に土を積んで居つたのをそのワクをAが外して百米位先の道路まで担いて来て道の真中に置いたので通行の妨になりましたが其の儘にして皆がDdに行きました とDとCの三人が居つた時で途中別れた人も居りますが私とCの二人が連れ合つて午后六時頃自分の家に帰り後からE、D、Aが前后して来たので其の五人が連れ合つてc村字vのDdさんの家に遊びに行く途中午后八時頃字zのDe理髪店の前の道路側にc村のDfと言ふ人が馬車に土を積んで居つたのをそのワクをAが外して百米位先の道路まで担いて来て道の真中に置いたので通行の妨になりましたが其の儘にして皆がDdに行きました のDe理髪店の前の道路側にc村のDfと言ふ人が馬車に土を積んで居つたのをそのワクをAが外して百米位先の道路まで担いて来て道の真中に置いたので通行の妨になりましたが其の儘にして皆がDdに行きましたがA丈は其の家に這入らず何処に行つたか知りませんでしたが私等四人は其処で約一時間半位所のDgと言ふ青年や其の家の者とトランプをしたり話をして遊ぶ中に午后十時家の外からAが呼んだので出たら今からjに遊びに行こうと誘つたのでその時Aが古い二十八吋の自転車を持つて居つたのでこれはどうしたのかと尋ねたら、それはどうでもよいから早くjに行こうと言うたので其処からAの自転車の後に二人乗でa町字u町のCの家に行き私が預けて置いた自転車が字as町のM旅館にあるとのことでありましたからAに取りに行かし二人が自転車に乗つてj町l遊廓Dhの二軒手前の名の知らない家に上つて仲居に自分はDと言ふ者であると偽りを言うて女を抱いて一晩泊りましたが女の名前は忘れました代金は六百五十円で私が支払いましたそして其の家を出たのは朝の十時頃でありましたがAは私と一緒の家に泊り乗つて行つた自転車を抵当にしたので途中Di高等学校の所まで歩いて其処からDj小学校まで私の自転車にAを乗せ二人乗で帰り途中Aと別れて私は家に昼頃帰りました次は本月十九日のことを申します午前七時頃まだ早いので私は床の中に居りましたらDcが来て一緒に床の中に這入つて居る時私の妻が初めて来るので所からarに嫁に行つて居るAeさんが連れ- 281 -て来て直ぐ妻はAeさんと一緒に其の家に行つたのでAに俺も妻が来たが金はないし困るから此の洋服上下一着(ダブルで水色で白の碁盤入)をa町の質屋に持つて行き五百円でも金を借りて来て呉れと頼んで私は妻が行つて居るh部落のAeの宅に行き遊んで居る中にAが来て先程預つた洋 はないし困るから此の洋服上下一着(ダブルで水色で白の碁盤入)をa町の質屋に持つて行き五百円でも金を借りて来て呉れと頼んで私は妻が行つて居るh部落のAeの宅に行き遊んで居る中にAが来て先程預つた洋服はa町に行き二軒程歩いて見たが三百円しか借られんので安いから持つて帰つたと申しましたので私が受取りましたその中にEが私を尋ねて来たので暫らく話をして私と妻ともう一人妻の友人の三人でa町as町M旅館に向けて来ましたが他のEやAは私の家にCとDが待つて居ると言うて別れましたので私の家に行つたものと思います、そして暫くしてEとDとCの三人が私を尋ねてM旅館に上り五分位して又Dcも上りましたそしてCに腕時計(九型位の四角)一個を借り私の先程申しました洋服上下一着をDに頼みas町のDk質屋に持つて行かし現金千二百円を借り其の金の中Aj酒場で焼酎一升を三百四十五円と肴としてテンプラ百円位を買ひMの二階でE、C、D、Aに私の五人して飲で其処を午后十時過に皆が家に帰りましたが其の時焼酎を飲うと言う事を言ひ出したのは私で私が奢つたのであります次は本月二十二日のことについて申し上げます其の日はa町字adの土木下請負業をして居られるBg某に雇われて朝から私に友人のDCBfBkと一緒にan村字aiのCn学院東側海岸のバラス採り人夫として現場に行つて待つて居りましたがBgさんが道具を持つて来られなかつたので仕事にならず午后四時頃其処から五人して水場まで歩き私とBfにCDの四人が其処からパスに乗つて- 282 -a、biの停留所で降りBmは其処から自転車を持つて居つたので乗つて家に帰りましたそして私共四人はu町のC方に寄りましたら其所にEが遊びに来て居つたのでEに対し外の者にも話してあるが今夜私の家で一杯やろうではないかと話し して現場に行つて待つて居りましたがBgさんが道具を持つて来られなかつたので仕事にならず午后四時頃其処から五人して水場まで歩き私とBfにCDの四人が其処からパスに乗つて- 282 -a、biの停留所で降りBmは其処から自転車を持つて居つたので乗つて家に帰りましたそして私共四人はu町のC方に寄りましたら其所にEが遊びに来て居つたのでEに対し外の者にも話してあるが今夜私の家で一杯やろうではないかと話し は其処から自転車を持つて居つたので乗つて家に帰りましたそして私共四人はu町のC方に寄りましたら其所にEが遊びに来て居つたのでEに対し外の者にも話してあるが今夜私の家で一杯やろうではないかと話しましたら出来る丈け行くからと言うて私等四人は連れ合つて私の家に歩いて帰つたのが五時半頃でありましたそして三十分位してEが来たので帰る時Cで焼酎一升を携げて牛肉も百匁u町のDlで買つて帰つたのて五人が飲み始め午后八時頃からBf丈け残して四人がdのDmさんの妹さんの家に遊びに行きましたら三十分位遅れてBfが来ましたそして其処でDn君の兄とDoちゃんの七人が焼酎一升を飲んで十時過に私とCにEの三人が私の家に一緒に帰り二人はすぐ帰つたので私は床につきました次は本月二十三日のことについて申し上げます午后一時頃私とDとがatのC方に行きましたらEとCとが炉達の中に這入つてDpは其処に腰を掛けて居つたのでCn学院の東側のバラス採りの仕事に行こうと話しましたらEが俺は帰つて仕事着に着替へて来ると言うて帰つてBfとBmが来てその中Eも来たので揃つて六人が現場に行く途中BfはEa村であつたので俺は昼飯を喰べて行くからお前等は先に行つて居れと言うので五人が現場に行き休んで居る時Bfがパスで来たのでパラス採を午后四時前までやつて皆で帰る途中Bfと別れ他の者はaのC君の家に寄つて三十分位遊びEとDと三人連れで帰る途中別れて家に帰り其の晩は何処へも行かず午后九時頃寝ました次は一月二十四日の午后一時頃私とDの二人がa町u町のCの家にBm、C、Eの五人が集りEa村Bf方に行き昨日の仕事を誘ひましたら後から来ると言うので現場に行きましたら間もなくBfが自動車で来たのでパラス- 283 -採りをして居りましたら誰か名前は知りませんが許可なくしてパラスを Ea村Bf方に行き昨日の仕事を誘ひましたら後から来ると言うので現場に行きましたら間もなくBfが自動車で来たのでパラス- 283 -採りをして居りましたら誰か名前は知りませんが許可なくしてパラスを採つては悪いからと言はれたので午后三時半頃止め六人が連れ合つて帰る途中、Bfと別れ五人がaのCの象に寄つて一時間余り遊んで暮方の六時前頃四人が出ましたがBmとEはaの者で途中別れ私とDの二人連れで家に帰る途中a町hでDに対し雇主であるadのBgに勘定を貰ひに行くからお前が私の家に忘れた弁当箱を取りに行くのなら此処で待つて居るから私の自転車を乗つて来てくれと言うて頼みましたら十分位して自転車を乗つて来て呉れたので其の自転車に乗つてDcの家に行きましたら(寄つた用件は本月十六日にAが馬車のワクを外したことについてDfに断りに行つた時私の顔で集積所に居られるDgと言ふ人に頼んで焼酎一升、酒一升、スルメで一寸八百円のものを買つて飲みましたので其の代金のことについて相談をするため)留守でありましたから私は直ぐaのCに行きましたらBmが来て居つて間もなくa町auの人夫頭をして居るDqのEがBmを尋ねて来て明日からacのアバートの仕事に行つて呉れんか賃金は最低二百五十円間違いないから出すがと話をして居る中にEが来て私とDとC、Bmの四人が仕事に行く約束をしてEの四人が自転車に乗つて(Cを出たのが七時半頃)adのBgの下請人の家に八時頃行きましたら主人は留守でありましたがお髪さんが直ぐ主人は帰るから上つて待つて居れと言はれるので待つて居りましたらEがDにはまだ明日acに仕事に行くと言ふ事は知らしてないから俺は今から一寸行つて来ると言つて一人自転車に乗つて午后九時に五分位前に出ましたそしてBmは勘定を貰はんと明日米を買う事が出来んから待つて居ると言うて後 の四人が自転車に乗つて(Cを出たのが七時半頃)adのBgの下請人の家に八時頃行きましたら主人は留守でありましたがお髪さんが直ぐ主人は帰るから上つて待つて居れと言はれるので待つて居りましたらEがDにはまだ明日acに仕事に行くと言ふ事は知らしてないから俺は今から一寸行つて来ると言つて一人自転車に乗つて午后九時に五分位前に出ましたそしてBmは勘定を貰はんと明日米を買う事が出来んから待つて居ると言うて後 cに仕事に行くと言ふ事は知らしてないから俺は今から一寸行つて来ると言つて一人自転車に乗つて午后九時に五分位前に出ましたそしてBmは勘定を貰はんと明日米を買う事が出来んから待つて居ると言うて後に残りましたが私等Cと二人は明日仕事に行くのに朝早いからと言うて午后九時四十分頃其の家を出て私の自転車にCを乗せて(行く時はEが乗せて行つた)二人乗で帰る途中avでチエンが切れたので其処から歩いて帰る途中私はCの家の前で別れてas町のAi商店でパン二個と明日の弁当のオカズにする天ぷら一枚と佃煮五- 284 -十匁を買つて帰る途中awの先で妹と妻に出合ひ其処から三人連れで家に午后十時四十分頃帰つて風呂に這入つて寝たのが十一時半を過ぎて居りました明けての二十五日は朝五時五十分頃起きて仕度をして居りましたらDが来たのでそれから飯を食うてDと共に一番のパスに乗つてnに出て午前六時四十六分の下り列車に乗つてacに行き新しく出来るDrの仕事をして(Dqに雇われた)nに着いたのが午后七時過で家に帰つたのが八時頃でありましたその時家にEか来て居りましたが帰ると直ぐdのK夫婦が殺されたと言うたので次に私が今頃cにはこんなことが多いFyのお婆さんも変な死に方をするしぞうしたことであろうかと話しましたがEは其の時別に用事かあつて来たのとは思へませんそれから母と妻のことで喧嘩をして母には何処に行くとも言わず妻とEと三人で家を出てdのAqの家に行く途中八海橋の手前でDに出合い八海橋の中央位に立つてDとEにDcに合うて金のことについて相談したいことがあるのだがと言うたらDがAは家には居らんらしいaのCi理髪屋によく行くからあそこに行つて見ようと言つてaに連れて来ましたかaのCiにはDcは居らなかつたのでEは家に帰り私等三人はAqに行き夫婦で泊めて貰いました たらDがAは家には居らんらしいaのCi理髪屋によく行くからあそこに行つて見ようと言つてaに連れて来ましたかaのCiにはDcは居らなかつたのでEは家に帰り私等三人はAqに行き夫婦で泊めて貰いました供述者 B右の通り録取して読み聞かしたところ誤のないことを申し立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Ds第二回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a第al番地- 285 -住居山口県熊毛郡a町大字a字h番地不詳 Dt方職業日稼筆頭者 B大正十五年十二月十日生満二十四年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年十一月三十日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の通り供述した一、私は昭和二十六年一月二十四日の夜人を殺し金を盗りました事に付いて申し上げます二、実は私と友人のD、E、C、A等の五人が昭和二十六年一月二十四日午后十一時頃に熊毛郡c村八海橋の処に相前後して集合し予ねて私とD、E、Cの四名が今晩は何処かに金を盗みに行うと言ふ事を当日C君宅で話し合ひ集合したのでありますが其処に来合したAが今からdのKの所には金は有るしヂーサンとバーサンの二人ぎりだから其処へ行うと言ひましたので私等四人の者も今晩は何処かへ這入つて金を盗む決心で有りましたのでそれはよかろうと言ふ事になり八海橋をaから向つて渡つた左側の道に降りて旧橋の地蔵様の有る海岸沿ひの道と 相前後して集合し予ねて私とD、E、Cの四名が今晩は何処かに金を盗みに行うと言ふ事を当日C君宅で話し合ひ集合したのでありますが其処に来合したAが今からdのKの所には金は有るしヂーサンとバーサンの二人ぎりだから其処へ行うと言ひましたので私等四人の者も今晩は何処かへ這入つて金を盗む決心で有りましたのでそれはよかろうと言ふ事になり八海橋をaから向つて渡つた左側の道に降りて旧橋の地蔵様の有る海岸沿ひの道と へ行うと言ひましたので私等四人の者も今晩は何処かへ這入つて金を盗む決心で有りましたのでそれはよかろうと言ふ事になり八海橋をaから向つて渡つた左側の道に降りて旧橋の地蔵様の有る海岸沿ひの道と本通りの道の別れ目の処で私はC、Dの三人で海岸沿ひの道をA、Eは本通りを通つてKさん前の道路上で出会ふべく別れてKさん所の前に出ました処一、二分した頃にAとEの二人がやつて来ました其処で私とC、Dの三人がKの前の小道を通つて家の裏側に廻る事になりAとEは元来た道を少し逆戻りして畑の方から廻りましたのであります- 286 -Kの家の裏に五人の者が集合してAは裏の方から中に這入る所を見付けるべく探し私等は四人で表に廻りました午后十一時過頃と思ひますが確かDと思ひますが母屋と部屋の中間の硝子戸を開けたのであります其処から四人の者が這入りました処へ裏側に居つたAがやつて来て私等の這入つた処から来たのであります這入つて見ました処台所の電気は消してありました其処でAの持つて居りました懐中電気で照して台所の所迄行きました其の時寝室らしい方向に少し明るい電気の光を見受けたのでありますその台所の所の薪木に立てすげて有りました斧を私が見当けましたのであります其の内Aが出刃砲丁を私に呉れましたのでそれをDに渡し私が見付けた斧をAに私が渡したのであります斧をAに渡す時にもし起きたら其れで叩れと言つたのであります台所を通つて僅かな電気の光の有る寝室と思はれる部屋にAが先頭になつて後に四人が続きました其の時Aは私が渡した斧をDは砲丁を持つて居りましたその電気のついて居る部屋の襖を開けた処誰かと言ふ声が致したので一番先頭に居り然も襖を開けたAがいきなり小口に居つた人を持つて居つた斧で叩たので叩ぐられた が渡した斧をDは砲丁を持つて居りましたその電気のついて居る部屋の襖を開けた処誰かと言ふ声が致したので一番先頭に居り然も襖を開けたAがいきなり小口に居つた人を持つて居つた斧で叩たので叩ぐられた人はうーんうなりました続いてAは叩つて居りました処バーサンが起きて来てAに飛付いて来たので其処のへりに居りました私等四人がバーサンを倒して其の部屋にありました紐で首をしめてバーサンを殺し隣の間に五人がかりで引張り込み私が台所の方から持つて来た麻縄で更に首をしめて隣部屋との中間の釣鴨居に釣りさげたのであります- 287 -そしてヂーサンの死んで居る間の箪笥の中をC等が探して居つた処へ私も行きましたが私は何も取るものか有りませんでした、着物は沢山有りましたが盗みませんでした盗るものは済んだので私とE、C、Dの四人は元這入つた方に行き侵入口から外に出たのであります出る時Aに戸を元通りにして置けと言つたのでありますそして私等四人は本通りを通つて旧八海橋の所迄急いで逃げたのであります其処へ最后に逃げたAが来たのであります其の道端で私はCから現金弐千円貰ひましたそれは千円札で新しい札でありましたそれから八海橋の処で連れの者と別れて家に帰つて寝たのであります三、同被害者と親籍関係ありますか答ありません供述人 B右の通り録取し読み聞かしたところ誤のないことを申し立て署名拇印した即日熊毛地区警察署司法警察員巡査Du被疑者第三回供述調書本籍熊毛郡a町大字a町ax住所熊毛郡a町大字am字h人夫 后に逃げたAが来たのであります其の道端で私はCから現金弐千円貰ひましたそれは千円札で新しい札でありましたそれから八海橋の処で連れの者と別れて家に帰つて寝たのであります三、同被害者と親籍関係ありますか答ありません供述人 B右の通り録取し読み聞かしたところ誤のないことを申し立て署名拇印した即日熊毛地区警察署司法警察員巡査Du被疑者第三回供述調書本籍熊毛郡a町大字a町ax住所熊毛郡a町大字am字h人夫 Du被疑者第三回供述調書本籍熊毛郡a町大字a町ax住所熊毛郡a町大字am字h人夫B二十四年- 288 -右者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月三十日熊毛地区警察署に於て本職はあらかじめ供述を拒むことが出来る旨を告げて取調たところ任意左の通り供述した一、二十四日の夜の事について申上げます二十四日は朝八時頃にDが仕事を誘ひに来ました、すると九時頃にEが遊びに来ましたので三人が仕事の事や女の話等をして午後零時頃にEは帰りました、そして午後一時頃から仕事に行く為にDと私と二人でa町u町のC方に行きました、そして其処にゐたBkとD、私、Cと後から来たEの五人がaiのCn学院のところにあるa町adのBgと言ふ人の仕事場に作業に行きました、行く途中Bfと言ふ友達のところにも誘ひに行きましたがBfは後から仕事場に来ました午後四時過ぎに仕事を終つてC方に私とD、C、E、Bmの五人が帰つて来てBmは直ちに自宅に帰り残つた私達が遊んでゐますと何かの話から今夜何処かへ行つて一儲けしようではないかと言ふ話が出て結局午後十一時に八海橋の上に集る事にして其れから今夜Bgに勘定を貰ひに行かうと言ふ事になり午後七時頃集る事にして其処を別れ午後六時頃私とDは二人で私のすぐ近くまで帰り、Dに私の家に自転車を取りに行かせ、Dは其処から家に帰り私は其のあしで、金の取引の事でA方に行きましたが本人が不在でしたから引返してC方に途中Bm 別れ午後六時頃私とDは二人で私のすぐ近くまで帰り、Dに私の家に自転車を取りに行かせ、Dは其処から家に帰り私は其のあしで、金の取引の事でA方に行きましたが本人が不在でしたから引返してC方に途中Bmを誘つて行きました、其の時は夜の七時頃で- 289 -ありましたするとa町ay町のDqが明日acに仕事に行く事についての相談に来ました、其の内にEがやつて来ましたので七時三十分頃私とC、E、Bmの四人がBgの家に勘定を貰ひに行きましたが主人がゐないので家に上つて帰つて来るのを待ちましたところ仲々帰つて来ないのでEは九時三十分頃にDに行くと言つて帰りCと私は十時十分位前に又出てBmを一人残して帰りましたら其の途中「av」のところまで来たら自転車が故障して其処から二人が歩いてCの家まで来ましたが私は今夜十一時の集合の事もあるし腹もへつたので早く家に帰ろうと思ひCの家にはよらず自転車を押して自分の家に帰る途中Bm方の近くのbのところで妹とAdに出会ひ三人が歩いて午後十時頃家に帰りました、そして風呂に入り夕食をすませますと丁度打合せの時間頃になつたので仕事着を着て家を出てdの橋のところに行きました私が家を出た事は妹や母は寝てゐたのでしらないと思ひますがAdは私が出る事は知つてゐると思ひます橋のところに行つて見ると中央にA、D、E、Cの四人が集つてゐました其のときAが大きい家のKに金があるから行かうあそこは、ヂイサーとバアサーとの二人で人数が少ないから行かうと言いますので既に金を取りに行く為に其処に集つたので皆の者は前に何も聞かずに橋をcの方に渡り橋のたもとから左に折れて少こし下り坂を降りて其処から私とC、EはKの前道路で出会ふ事にして海岸の道を通りAとDは新道路を通つて行きKの前の道のところで出会 見ると中央にA、D、E、Cの四人が集つてゐました其のときAが大きい家のKに金があるから行かうあそこは、ヂイサーとバアサーとの二人で人数が少ないから行かうと言いますので既に金を取りに行く為に其処に集つたので皆の者は前に何も聞かずに橋をcの方に渡り橋のたもとから左に折れて少こし下り坂を降りて其処から私とC、EはKの前道路で出会ふ事にして海岸の道を通りAとDは新道路を通つて行きKの前の道のところで出会 皆の者は前に何も聞かずに橋をcの方に渡り橋のたもとから左に折れて少こし下り坂を降りて其処から私とC、EはKの前道路で出会ふ事にして海岸の道を通りAとDは新道路を通つて行きKの前の道のところで出会ひました其れからD、Aの二人は又後もどりをして畑の中から山の下を通りKの家の右側の方に行き、私とE、Cは其処から真すぐにKの家の前に行き外庭を通つて左側から裏手に行き裏山になつてゐる家の裏で向の- 290 -二人と出会ひました、そしてDとAは其処に残り中に這入るところをあちこち探してゐました、私達三人はD等の来た方に行家の横の山のところで皆の者の来るのを待つてゐました、すると間もなくDが来て其の横手の板戸を少し開け私達を呼びましたので皆の者が其処に行つたのであります、其のときはAは家の中の暗いところにゐたのでたしか其処はAが開けたものと思ひます其処で皆の者は素足になり、D、B、E、Cの順で中に這入りました、そして最後のCが板戸を締めてゐたと思ひます其の戸の様子は外が板の雨戸で其の中は硝子戸であつたと思ひますそれからAは自分で持つて来た電池で私達のゐる土間をあちこち探してゐましたが何か炊事場の方から庖丁らしいものを持つて来て私に呉れましたので私は受取るなり庖丁である事が解りそれをDに渡しました、Aは電池で又土間の中をあちこち探してゐましたら何処にあつたものか斧を一本持つて来ましたはつきり憶ませんが台所の障子を開け座敷に全部の者が上りAとDは襖を開け次の間に這入つて行きましたら誰か……と言ふ様な人を呼ぶ様な男の声がしますとAがいきなり持つてるた斧で其の人らしい者を盛んに殴り始めましたすると何かそうぞうしい気配になつたので私達三人も中に這入つて行きますと部屋の中程に男か女か解らないかAと、Dがねぢふせてゐ すとAがいきなり持つてるた斧で其の人らしい者を盛んに殴り始めましたすると何かそうぞうしい気配になつたので私達三人も中に這入つて行きますと部屋の中程に男か女か解らないかAと、Dがねぢふせてゐたので私達も其れを手伝つて私は右手を押へDが口を押へAが横から乗りかかり首をしめて足の方をC、Eが押へてゐました其の内にEが紐を探して来てAに渡しAが其れで首をしめ殺したのであります、私達は二人共死んだのでてんでに奥の方にある箪笥の方に行き其の中の物を盗まうとしますと又其の女の人が生き返つた様な声がしたので又其処へ引返し皆の者- 291 -がかかへて中の間に連れ出したらAやD達が何か紐は無いかと言つてゐるし、私もつるして置けば完全に死ぬと思つてゐたので早速Aの電池をかりて家の中や庭の方を探しましたら店の土間に自転車があり、其の自転車は荷台が中の方にありました(裏口を中心として)ので其の荷台の麻縄をほどき皆の者のところに持つて行きAに渡しましたらAが其れを女の人の首に巻き其の人を皆でかかへあげたので私が縄の先をとり其処の「かもい」に上から通して、くくりつけました其の時女の人の足は畳についてゐるか又はすれすれ位でありました、又皆の者が奥の箪笥のところに引返し其の中を探しましたが其のとき箪笥はだれが開けたものか私はよく知りません、そして十分位探しましたが着物ばかりて他の者は何もなかつたので探してゐたらAが金かあつたから帰ろうと言ふので其処を出て這入つたところからAを残して出て海岸を通つて帰る途中私は海で血がついている様なので手を洗ひ昔の橋のところまで帰つて来ましたするとAは戸を中から締めて何処からか出て帰つて来ましたので其処でAとDが取つた金を出し私が各人に一〇〇札一枚あてと一〇〇円二枚あてをくばり、十円札の新らしいものを四、五枚 位探しましたが着物ばかりて他の者は何もなかつたので探してゐたらAが金かあつたから帰ろうと言ふので其処を出て這入つたところからAを残して出て海岸を通つて帰る途中私は海で血がついている様なので手を洗ひ昔の橋のところまで帰つて来ましたするとAは戸を中から締めて何処からか出て帰つて来ましたので其処でAとDが取つた金を出し私が各人に一〇〇札一枚あてと一〇〇円二枚あてをくばり、十円札の新らしいものを四、五枚 まで帰つて来ましたするとAは戸を中から締めて何処からか出て帰つて来ましたので其処でAとDが取つた金を出し私が各人に一〇〇札一枚あてと一〇〇円二枚あてをくばり、十円札の新らしいものを四、五枚づつくばりました、残りを私が全部とりましたがそれは大小まぜて二千六百円位でありました、それから八海橋のところまで皆で帰り私は其の足で家に帰りました他の者はどこに行つたか知りません二、取つた金はそのあくる日acに仕事に行つて全部使ひましたがその主なものわマーケツトで私とDとCとが呑みました、其の時私は千五百円位出しました残りの金は二十六、七日の両日にacに仕事に行つて皆の者と共に使ひました私は其の金をAd等に渡した事はありません三、私は其の日橋の上で皆の者と別れるときこの様な事は誰にも言ふな、と強く- 292 -口止めして置きました四、この様な事をAが知つてゐたのわDが連絡でもしたのだと思います五、私は前申した様に夕方Dに私の家の自転車を取りに行かせましたが其の時家の者に風呂をたいて置いて呉れと伝言しましたがそれは其の日Bgに行つたり又今言つた様な事件をする事を知つてゐたので体に血がついたりなんかしたら帰つて洗わねばいけないと思つて頼んだのでありますが其の日はBgから割合早く帰つたので其の時風呂に入り又事件はやつたが体に余り血がつかなかつたのと帰り海で手を洗つたので帰つて風呂には入りませんでした供述者 B右の通り録取し読み聞かせたところ誤りのない旨申立署名拇印した即日熊毛地区警察署司法警察員Az第四回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a した即日熊毛地区警察署司法警察員Az第四回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a住居右同職業人夫B年月日生満二十四年右の者に対する殺人強盗被疑事件につき昭和二十六年二月三日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者- 293 -は任意左の通り供述した私は今迄申し上げたことについて嘘であつたりまだ隠して居ることかあるので其のことについて今から詳しく申し上げます一、昨年の十二月末頃であつたように思います日は明瞭り覚えて居りませんが友人のAが夜る私宅に遊びに来て色々世間話をして居つた時何かのついでにc村字dのBc(Dwを製造する人でDvと言うて年が四十五六才位)をやつてもよいが(盗みに入る意味)あの家には犬が居るので都合が悪いのをと言うた事を覚えて居りますが其の時私はよいとも悪いとも返事はしませんでした二、本年一月十九日の午后六時頃までにa町 M旅館にECADの四人と私が妻Adに其の友人のDxの二人を連れて二階中ノ間で私がAに命じてa町Aj酒場に焼酎一升と肴として旅館の前のAiからてんぷらを百円に煙草新生二ケを買つて来らしたり焼酎の中にあま味を付ける為めサツカリン二袋をAi商店から買つて来らして飲みましたが飲み終つてから女も居つたので女の居らん間に行つたり来たり女に隠れて皆の中誰が口を出したのか覚えませんが小使もなくなつ- 294 -たが 館にECADの四人と私が妻Adに其の友人のDxの二人を連れて二階中ノ間で私がAに命じてa町Aj酒場に焼酎一升と肴として旅館の前のAiからてんぷらを百円に煙草新生二ケを買つて来らしたり焼酎の中にあま味を付ける為めサツカリン二袋をAi商店から買つて来らして飲みましたが飲み終つてから女も居つたので女の居らん間に行つたり来たり女に隠れて皆の中誰が口を出したのか覚えませんが小使もなくなつ- 294 -たが 為めサツカリン二袋をAi商店から買つて来らして飲みましたが飲み終つてから女も居つたので女の居らん間に行つたり来たり女に隠れて皆の中誰が口を出したのか覚えませんが小使もなくなつ- 294 -たが良い所があればやろうではないかと言うとAがdのAcもよいが家族が多いしAlもよいがあの家には犬も居るので這入りにくいがぞうするかと言うて最後にKさんの家なら年寄り夫婦で都合がよいと言う事に皆で決めましたそして私がこの事は誰にも言わんことにしようと申しましたそしてその夜十時頃からA、E、Dが帰り最后にCが帰つたのが十時半頃で私等女二人は泊り翌二十日も私等三人にEも泊りましたが其の日は朝DとEa村のBfEも来て他の者は夕方帰りました三、一月二十二日の午后六時頃から八時頃まで私宅でD、E、C、Ea村Bfの五人で焼酎一升を飲んでBfは家に残り私等四人はdのAyの娘の家に遊びに行くため連れ合つて家を出て歩いて行く途中八海橋までの間に私が明晩八海橋に十時頃集れそれからKさんの家に這入ろうと申しました四、二十四日の昼からCn学院の海岸でパラス揚の仕事を済ましての帰りに私とD、Eの三人がCを連れて其の家に寄つた時私が今晩十時頃八海橋に皆集まろうと申しましたのが午后五時半頃でありました五、其の晩何時頃であつたか明瞭りしませんが夕食を済して直ぐ歩いて独り八海橋に行きましたらA、C、Eの三人が居りましたそして直ぐDも来ましたので五人が揃ひ皆で今からKに行こうと言うて橋を渡つて川端を百五十米位行つた所に旧道の別れ道がありますが其処で私とC、Dの三人が川筋の道をA、Eが旧道に別れKさんの前で二組が一緒になつて其処でC、E、Dの三人にお前等は風呂場の所で待つて居れ俺等は裏の方から這入つて母家と部屋の間の硝子戸を開けるからと言うてAと二人が北側 が川筋の道をA、Eが旧道に別れKさんの前で二組が一緒になつて其処でC、E、Dの三人にお前等は風呂場の所で待つて居れ俺等は裏の方から這入つて母家と部屋の間の硝子戸を開けるからと言うてAと二人が北側の方に廻つてAはそこから先に這つて北側の戸を開けてもらい私が這入りそれから私が前側の硝子戸を開けて三人を入れ、室が暗かつたのでAの電池で- 295 -照し私等が這入つた所の隅の薪の所に斧が立て掛けてあつたのでそれを私が手に提げAは炊事場の附近から庖丁を一本持つてA、私それから後の三人が座敷に上りAに斧を渡しAは庖丁をDに此の時渡した様に思いますそしてAが奥の襖を開けたら薄暗い電気が附いて居りました其の時中から明瞭りは覚えませんが誰かと言うた様な声がしましたそしたらAか爺さんを斧で一回撲つて私が次にAから斧を貰つて顔面であつたと思います一回次にD、C、Eの順に撲り付けましたが私か爺さんを撲る時は既に仰向けに倒れて居りましたそして婆さんが立ち上ろうとしたところをAが倒して直ぐ首やら口、手足を抑えてEが何処にあつたのか紐を持つて来てAに渡しAがそれで婆さんの首を締め皆で抱えて次の間に引摺り出してCがこれも何処から持つて来たのか細引をAに渡しAがそれを鴨居に掛け残つた四人して婆さんを抱き上げ私とDが婆さんの首を細引で二くくり結びましたそして五人が奥の間(二人が寝て居つた間)に這入り箪笥やら其処等心当りを探しましたが私は何んにも取りませんでしたそしてEDCの三人は這入つた所から出て後払が鍵を掛けそして私は這入つた所から出て其処をAが締め最後にAが出ましたそして途中は私とAに他の者が一組となつてdの旧橋の所で皆が金を分けましたが其の際一応私が金を集めて四人に大体千六、七百円宛位渡した様に思います私は其の時二千五百円位 り結びましたそして五人が奥の間(二人が寝て居つた間)に這入り箪笥やら其処等心当りを探しましたが私は何んにも取りませんでしたそしてEDCの三人は這入つた所から出て後払が鍵を掛けそして私は這入つた所から出て其処をAが締め最後にAが出ましたそして途中は私とAに他の者が一組となつてdの旧橋の所で皆が金を分けましたが其の際一応私が金を集めて四人に大体千六、七百円宛位渡した様に思います私は其の時二千五百円位 め最後にAが出ましたそして途中は私とAに他の者が一組となつてdの旧橋の所で皆が金を分けましたが其の際一応私が金を集めて四人に大体千六、七百円宛位渡した様に思います私は其の時二千五百円位取りましたそして其処から八海橋までECの三人か来て若し足袋に血か附いて居ると悪いから捨てようではないかと私が言うて二人は履いて居つた靴下私は黒木綿製十文半の足袋を川下に投げ捨てました- 296 -供述者 B右の通り録取して読み聞かしたところ誤りのないことを申し立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Ds被疑者第一回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字aaz番地住居右同筆頭者Dyの三男日稼人夫E昭和四年十一月三日生当二十二年右者に対する強盗殺人被疑事件に付き昭和二六年一月二九日本職は当署に於て供述を拒む事が出来る旨を告げて取調べた処被疑者は任意左の通り供述した一、私は呉市baに於て実父Dyの三男として生まれ現在まで氏名を変更した事はありません二、公職関係なく勲章記章恩給等もありません三、現在迄警察で取調べを受けた事は無く徒而前科もありません四、私は呉市Dz小学校に入学同校四年の時熊毛郡Ea村に移居しEa小学校に入学同校高等一年の時肩書地に移居しDj小学校に入学昭和十八年同校高等科二年を卒業して直ちにEbに入り旋盤工として勤務中、終戦となり帰郷しbbの塩業組合のEc丸にかしきと Ea村に移居しEa小学校に入学同校高等一年の時肩書地に移居しDj小学校に入学昭和十八年同校高等科二年を卒業して直ちにEbに入り旋盤工として勤務中、終戦となり帰郷しbbの塩業組合のEc丸にかしきとして乗船一年半余り其の仕事をやり後其れを止めて昭和二二年半頃aiの潜校に働きに行き人夫をしたりコツクをしたりして二月位送り又是れを止めてbcの郵船会社の船に乗り操機手として一年半余り働き後又是れを止めて帰- 297 -郷しa町のEd組の船に乗りきじうき係りとして四ケ月か五ケ月働き後是れを止めてからは自宅に於て人夫仕事に出て今日に至つて居ります五、家族は、私地に、父 Dy 当五十五才位母 Ee 当四十八才位兄 Ef 当二十八才位兄嫁 Eg 当二十六・七年位兄 S 当二十六年位弟 Eh 当十七年位甥 Ei 当三年位甥 Ej 当一年位の九人家族であります六、資産は田地三反、瓦葺平家二棟、宅地四十坪位があります貯金や現金等に付いては余り無いと思います借金に付いては私には判りませんが生活は余り楽な方ではなく父Dyは魚行商を兄Efはbq駅の車掌区に勤め兄Sはbdで船に乗船し私と次ぎの弟は家から附近の人夫仕事に出て日稼ぎをして居りますが生活程度は部落でも中位であります七、私は此の度c村dでおきました殺人事件に共に力をかして居りますので其の事に付いて詳しく申上げます八、一緒にやりましたものは私より外にc村字iの A同 Da町h B- 298 -a町字u町 Cの四人で全部で五人であります九、B、D、Cは大抵 Dyは魚行商を兄Efはbq駅の車掌区に勤め兄Sはbdで船に乗船し私と次ぎの弟は家から附近の人夫仕事に出て日稼ぎをして居りますが生活程度は部落でも中位であります七、私は此の度c村dでおきました殺人事件に共に力をかして居りますので其の事に付いて詳しく申上げます八、一緒にやりましたものは私より外にc村字iの A同 Da町h B- 298 -a町字u町 Cの四人で全部で五人であります九、B、D、Cは大抵 のは私より外にc村字iの A同 Da町h B- 298 -a町字u町 Cの四人で全部で五人であります九、B、D、Cは大抵同じ処の人夫仕事に出て居ります関係上平素から心易く親密なつきあいをし夜なんかも大低一緒に遊んで居りますAとは最近B方で出会つたのか初めてで其の后一、二回C方や浜のBz方で出合つた事がありますが其の程度のもので余り親しい仲ではありません一〇、私等五人はずつと以前からCやBに集つて話合つて遊んだり時々は酒を飲んだり近所の娘さんの家に夜遊びに行つたりして居りました一一、今月の十五日、成人の日の事でありました当日c村字vのeの娘方に遊びに行きました当日私は夕方六時頃C方に遊びに行きますとCは居らず飲みに行つて居るとの事でありましたので私はC方で待つて居りますとC・B・Aの三人で可成り酒に酔つて帰つて来ました、其処でBが今晩eに遊びに行こうでよでんざい炊いて待つて居ると言つて居たからと斯様に言いました、私は其処で夕飯食べに帰り七時半か八時頃Bの家に行つて見ますと、B・C・A・Dか集つて焼酎(四合入り)を買つて飲んで居る処でありました、私も少し残りを飲みました其れから五人で歩いてc村vのeの娘方に行つたのであります途中、Aがzの散髪屋の処の道の横に置いてあつた馬車上の土を積む時の囲をかついで他所に移動さしていたづらをし乍らvに行きました、其の時Aが一番酒に酔つて居りました、其からvのeに遊びに行きましたがAは最后迄eの家に入つて来ず私等はぜんざいを御馳走になり十一時頃eの家をB、A二人を除く三人で帰へつたのであります、其の前AはBを呼出して二人で先に帰へつて仕舞つて居りました途中、zのDe理髪屋の前で馬車の所有者等七、八人に捕まりいたづらをしたのはお 十一時頃eの家をB、A二人を除く三人で帰へつたのであります、其の前AはBを呼出して二人で先に帰へつて仕舞つて居りました途中、zのDe理髪屋の前で馬車の所有者等七、八人に捕まりいたづらをしたのはお前等であろうと問われたのでA(A)の行為である事を話して明日連れて来るからとの約束で其の場を還してもらつた様な訳であります後になつて聞く処に依ると其の後二、三日した十七八日頃BとDとA- 299 -の三人で馬車屋に遊びに行き先方に酒を呑まして仲直りしたと言ふ話しを後になつて知りました一二、一月十九日には私は、awのBzの家に遊びに行つて居りますとBの女が来て居りAにBも来て居りまして其れからa町のM旅館に行き夜の十一時頃迄遊んでAと私は帰へりBは女とMに泊つた様でありました一三、一月二〇日にも私は夕飯を食べてBの泊つて居るMに遊びに行きましたが其の晩はBと女、他に其の女の友達と言ふAh、D、Bfが集り矢張り十一時頃迄遊んで他の者は帰へりました其の晩はBと其の女、Bfと私とでMに泊りました其の翌二一日にも何日もの様に夜はMに遊びに行きました来た連中は私に、C・BとBの女Ah、D等で其の日は割に早く八時頃には他のものは全部帰へり私は当夜はjと二人でMに泊つたのであります一四、二二日は私はEkに就職の試験を受けに行き午后五時過ぎ頃aに帰へり帰へり道にCによつて見ますとC・Bf・DBの四人が出し出しで飲んだとか言つて私がCに居りましたら皆で帰つて来ました、其れから又飲もうと言いますので私は帰つて夕飯を食べてからB方に行きましたB方でC・B・Bf・Dと私の五人で肉を肴にして焼酎一升を飲んだ後、c村のAyの娘さんの処に遊びに行き其処で又焼酎一升を私等五人と其の附近の者二人を交えて七人で飲み一時前頃に其々自宅に帰つたのであります一五、二三日は午前十 Cによつて見ますとC・Bf・DBの四人が出し出しで飲んだとか言つて私がCに居りましたら皆で帰つて来ました、其れから又飲もうと言いますので私は帰つて夕飯を食べてからB方に行きましたB方でC・B・Bf・Dと私の五人で肉を肴にして焼酎一升を飲んだ後、c村のAyの娘さんの処に遊びに行き其処で又焼酎一升を私等五人と其の附近の者二人を交えて七人で飲み一時前頃に其々自宅に帰つたのであります一五、二三日は午前十 五人で肉を肴にして焼酎一升を飲んだ後、c村のAyの娘さんの処に遊びに行き其処で又焼酎一升を私等五人と其の附近の者二人を交えて七人で飲み一時前頃に其々自宅に帰つたのであります一五、二三日は午前十時頃よりaiのじやり取りの仕事に行き午后六時前頃に帰へり其の晩は遊びに出ず自宅に寝た様であります一六、二四日は午前十一時頃からC・B・Bf・D・Bm・私の六人で歩いてaiのジヤリ取りの現場に行き仕事を終えて帰つたのが午后五時か六時頃でありました、帰へり道Cによりました処今晩Bgさんの家に人夫に出た勘定をもらつてないのがあるので其れを貰いに行こうと相談し其れから自宅に帰へり夕飯をすましてCに自- 300 -転車で午后六時半頃行きました、暫く其処で遊んで居る中にBm、Bが等行く者が集りましたので私とCとBmとBの四人で自転車でa町adにあるBg請負師の処へCと七時過ぎ出て行きました、途中三十分ばかりかかりますので八時前頃Bg宅に着きましたが、Bgさんが長靴をかりに行つたとか云われて居りませんから帰へられる迄待とうと言つて待つて居ります中時間はたちますのにBgさんか帰へられませんから私は用事がありましたのでBgさんの家を九時十分前頃に出て自転車でaの町に帰へり途中Cにより用事があるから早く帰つたとおばさんに言つて私は又Dを尋ねてc村dのAyの家に行つて見ました、其の時は今Dが帰つたと言ふ処でありましたので私は直くAyを出てD方を訪ねて行きましたAyを出たのか午后九時半頃ではないかと思いますD方の家が判りませんのでiの方へ下り乍ら人に出会つたのを幸ひD方の家を何処かと尋ねましたか其の人等は二人連れで其の中の一人はiのKであつたと思います其処で教へてもらいましたのでD方を探しあてDを外に呼出し、明日の朝六時二十分の自動車へ乗つて呉れ―acの 方の家を何処かと尋ねましたか其の人等は二人連れで其の中の一人はiのKであつたと思います其処で教へてもらいましたのでD方を探しあてDを外に呼出し、明日の朝六時二十分の自動車へ乗つて呉れ―acのアパートの仕事があり出すからと更に私の印判を出してDに渡し私の勘定をもらうのがあるからCu廠によつて呉れ―と言つて勘定をもらつて来てもらう様たのみましたD方では五分か十分位のもので私は直ぐ引返して今度はB方に行きました、其れはBgを出る時Bが家によつて風呂をよう見て呉れる様頼んで置いて呉れと言いましたのて其の事を言いに行つたのでありますB方に行つてばあさんに其の事を言つて私は帰へる時、私のパス(汽車の定期乗車券)をBがacに明日から仕事に行く事になつて居るので貸して呉れと言りて居りましたので家迄とりに来て呉れ―と言いますとBの女と妹の二人で出て来ましたから三人で歩き乍ら私の家に帰へりました- 301 -其して家の外でパスを妹の方にわたしますと、二人は直ぐ帰へつて行きました、申し落しましたが当日仕事に行く前Cによりました時(大体十一時頃)Bが私とCとDに向つて今晩良い儲けがあるから十時頃dの橋の処へ来て呉れ―と言つて居りました其れで私しはBの女達が帰へると直ぐに歩いてdの橋の処へ行つたのであります、其の時私は現在今此処で着て居ります服装で只上着丈けが現在の此の上衣でなく私しが所持して居ります、海車士官の詰えりの服をきて居りました私しが橋の処に到着しましたのが午前十時十分か二十分頃であつたろうと思われます、行つて見ますと已にDとAが先に来て居り私が行つてから間も無くBが来、次ぎにCが来て五人が其処に集つた訳であります橋のc側の南側に大きな家がありますが其の家の後ろ側に畑がありますので其処に五人がしやがんで相談しました其の時 す服装で只上着丈けが現在の此の上衣でなく私しが所持して居ります、海車士官の詰えりの服をきて居りました私しが橋の処に到着しましたのが午前十時十分か二十分頃であつたろうと思われます、行つて見ますと已にDとAが先に来て居り私が行つてから間も無くBが来、次ぎにCが来て五人が其処に集つた訳であります橋のc側の南側に大きな家がありますが其の家の後ろ側に畑がありますので其処に五人がしやがんで相談しました其の時 て居り私が行つてから間も無くBが来、次ぎにCが来て五人が其処に集つた訳であります橋のc側の南側に大きな家がありますが其の家の後ろ側に畑がありますので其処に五人がしやがんで相談しました其の時AがKと言ふアメリカ戻りの家があるがあの家は勝手をよく知つて居から盗みに入ろうBはお前等は見張りをせえと私等に言いました其の時別に声を出して反対をとなえる者も無く皆黙つて居りました私は其の時心の中では行きとうないなーと思いました併かし私も皆と行動を共にして其れからKの方へ下つて行つたのであります皆で歩いて川添いの道を南に向つて行き人家のある処に道が二つに分れて居りますが、其の左側の人の余り通らない川添いの道を通つて行きA方の附近から本道路に出て本道路を早川(K)の家の方向に向つて歩いて行きました其してD方の前を通り過ぎDとKとの間の畑の中を通つてKの北側部屋の裏側に行きました- 302 -其の時一番先をAとBが五十米位遅れてD、私、Cの順で回じコースを通つてKの家の北側に集まりました其処でAが持つて居たサイダー瓶入りの焼酎をAとBとでラツパ飲みした様に思います他の者は飲まなかつたと思います其して今度はAが家の裏側の山手の家と山岸との間を通つて家の人の様子を見に行きました其して帰つて来て家人は寝て居るらしいとの事でありました其れで私は其処で地下足袋をぬいではだしとなり他のものも履物をぬいだものがおつた様に思います今度は家の北側方向から正面に廻りました、其の時はA、B、Dの順で三人が先に行きました私とCは畑のみかんの木の処で様子を見て居りましたが暫くして私とCが家の前側に廻りました其の時先に行つた三人は家の正面から南側を通つて裏の方え廻つて行きましたが何処から家の中に入つたものか家の中に入つて Cは畑のみかんの木の処で様子を見て居りましたが暫くして私とCが家の前側に廻りました其の時先に行つた三人は家の正面から南側を通つて裏の方え廻つて行きましたが何処から家の中に入つたものか家の中に入つて居た様でありました、私とCは風呂場のたき口の前の方につくなんで見張りをし乍ら様子を見て居りますと屋内で女の高い声が何と言ふたか聞きとれませんでしたがしたと思うと喧嘩をして叩きあふ様な音がしたので私はどうしたのだろうかとCと話し其処に居るのが怖ろしくなつたのでCと二人で元来た畑の中のコースを通つて道路に出て道路を走つてK宅より三、四百米北のc村z方面に抜ける近道の地蔵さんのある処迄走つて其処の家の蔭に隠れて坐つて居りました暫くしてA、B、Dの三人がかけつて其処に来ましたので五人が一諸になり其処から直ぐy川に入つて行き川を横切つてa側の堤防に上つて其処で五人か坐つて休み乍らA達の家の中に入つたもの等がとつて来た、お金を分けて貰つたのでありま- 303 -す、其の時私はBから千円札二枚をもらひ次ぎにAから百円札五枚を貰ひ合計分け前として弐千五百円貰つたのであります、其の時CもBからとAから私と同額位もらつた様でありました、又Dも金を幾らか分配してもらつた様でありました、金を分配した後Bが皆の者に絶対此の事はしやべるな、若ししやべつたらお前等叩き殺してやる、若し捕まつても絶対しやべんな、金が少なうて済まだつたのうと言いました他の者は別になにも言わなかつた様に思います其の土手の堤防上に約二、三十分おつた様に思います其れから私とCは一寸北方に行つて東側に向つて通ずるw間の道路がありますが其れを通つて二人は帰へり他の三人はcaを通ずる県道の方に北方に向つて歩いて行つたようでありました、Kへ行つて出る迄の間が四五十分かかつた様に思います、 等叩き殺してやる、若し捕まつても絶対しやべんな、金が少なうて済まだつたのうと言いました他の者は別になにも言わなかつた様に思います其の土手の堤防上に約二、三十分おつた様に思います其れから私とCは一寸北方に行つて東側に向つて通ずるw間の道路がありますが其れを通つて二人は帰へり他の三人はcaを通ずる県道の方に北方に向つて歩いて行つたようでありました、Kへ行つて出る迄の間が四五十分かかつた様に思います、 て東側に向つて通ずるw間の道路がありますが其れを通つて二人は帰へり他の三人はcaを通ずる県道の方に北方に向つて歩いて行つたようでありました、Kへ行つて出る迄の間が四五十分かかつた様に思います、Kへ行つたのが十時半頃であつた様に思いますので其処を出たのが十一時十分か二十分頃ではなかつたかと思います私は其れからCと自宅前迄同伴しCと別れて自宅に帰つて寝んだのであります家に帰つたのが十二時前后と思いますが判然判りません私が帰つた時は家の者は皆寝て居りましたので私は何日も寝て居る主家の奥の間に父母が寝て居る処のふとんにもぐり込んで寝たのであります十七、其の翌日の二五日の朝は七時頃起きて御飯を食べ又布団に入り十時頃迄寝て居りました、午前中は家に居り午后はC万に遊びに行きおばさんと話して遊び午后三時半頃自宅に帰へつて縄ない機械で小縄をない夕方うす暗くなる迄其の仕事をやつて居りました夕飯を済ましてから六時半か七時頃一人で歩いてhのB方に行き今日B等が行つたacのアパートの基礎を作る工事に人がいるかどうか尋ねに行き九時か十時頃B方を出て自宅に帰つて寝た訳であります- 304 -其の日B方に行つた時はBの家内だけで他所からは誰れも遊びに来ては居らずBの女のAdちやんは居りました十八、其の翌日(二六日)はa発六時二十分のバスでnに出、B、C、Dと共にacのアパートの工事仕事に行き六時頃a着のバスで帰へり夕飯を食べC方に行きCと二人でAtにElを見に行つて十一時終つて家に帰つて寝みました十九、二七日何日もの六時のバスでnに出てCDと共にacの工事仕事に行きました回じ汽車でBは女のFlと同伴してafに遊びに行きました私は帰へりは何日もの様に自宅に帰へり夕食后早く寝んだ様に思います二十、二八日は其の日もacに仕事に行きまして帰へり警察に 事仕事に行きました回じ汽車でBは女のFlと同伴してafに遊びに行きました私は帰へりは何日もの様に自宅に帰へり夕食后早く寝んだ様に思います二十、二八日は其の日もacに仕事に行きまして帰へり警察に捕まへられたのであります二十一、貰つた金弐千五百円は二六日からacに仕事に行つて居りました三日間の中に映画を見たり飲食費等に全部費消致しました二十二、私しと被害者のKとは親族関係はありません二十三、問何故斯様な事をしたか答私はお金か慾しかつたので皆から誘われた時共に加わり一諸に行つた様な訳で其の金は飲食に使ふ為でありましたE右の通り録取して読み聞かせた処誤りのない旨申立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Em被疑者第二回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字aaz番地住居右同- 305 -筆頭者 Dyの三男日稼人夫E昭和四年十一月三日生当二十一年右の者に対する強盗殺人被疑事件に付き昭和二六年二月一日本職は当署に於て供述を拒む事が出来る旨を告げて取調べた処被疑者は任意左の通り供述した一、私は先回取調べを受けました時申上げました以外の事と尚其の時申し上げました事が違つて居ります事に付いて詳しく申上ます。 部長Em被疑者第二回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字aaz番地住居右同- 305 -筆頭者 Dyの三男日稼人夫E昭和四年十一月三日生当二十一年右の者に対する強盗殺人被疑事件に付き昭和二六年二月一日本職は当署に於て供述を拒む事が出来る旨を告げて取調べた処被疑者は任意左の通り供述した一、私は先回取調べを受けました時申上げました以外の事と尚其の時申し上げました事が違つて居ります事に付いて詳しく申上ます。二、私は盗みをしようと相談したり話しを聞きましたのは先回申上げました二四日Cで聞いた丈でありました其の時以外は別に聞いて居りません尤も二〇日の昼、M旅館で遊ん 居ります事に付いて詳しく申上ます。二、私は盗みをしようと相談したり話しを聞きましたのは先回申上げました二四日Cで聞いた丈でありました其の時以外は別に聞いて居りません尤も二〇日の昼、M旅館で遊んだ時Bが何か良い儲けはないかのうと言つて居たのは聞きました、併かし其の儲けと言うのは盗みの事か其れとも当り前の仕事をしての儲けの事かは判りません三、私は二四日の夜九時半過ぎDを訪ねて行きましたが其の時EnからDに明日acのアパートの工事仕事に行つてくれ―と言われた伝言と私が以前Cu廠に人夫仕事に行きました時の勘定を貰つて来て貰う様に頼んで私の印判を渡したのと、更に、Bg方でBから言われて居た今晩の集合の事を十時頃になつたら直ぐ八海橋の処へ出て呉れ―と斯様に伝へました四、八海橋の処に集合して相談した後Kに行く可く五人で歩いて行く途中橋より百米余り下の方に地蔵様があつて其処から道が二つに分れて居ります其処で私とCは中の道を他の三人は川沿ひの道を通つて行きA方の前で川沿の道を歩いて居た三人が中の道に出て来ましたので五人になつて其の通をKの方向いて行きKの手前で私とD、Cの三人がKとD方との間にある畑の中のみかんの木が四- 306 -本位ある処の左側を通つてK家の北側に行き其処で待つて居りました一方AとBはKの前を通り過ぎてからKの東南側の畑を斜めにK家の裏に出て私等の処にやつて来ました五、其の場で五人が焼酎を飲んだと申しましたのは嘘でありまして全然其の事は知りませんAとBが裏を廻つて家の中の様子をうかがつて来て居りますので家の者は寝て居るらしい俺等は裏から入るからお前等は前へ廻つて見張りをしておつて呉れと申しますので二人は又裏側に私と外の二人は前に廻つて風呂の角の所で見張りをして居りました六、AとBが何処から其の家の中に這入 側の畑を斜めにK家の裏に出て私等の処にやつて来ました五、其の場で五人が焼酎を飲んだと申しましたのは嘘でありまして全然其の事は知りませんAとBが裏を廻つて家の中の様子をうかがつて来て居りますので家の者は寝て居るらしい俺等は裏から入るからお前等は前へ廻つて見張りをしておつて呉れと申しますので二人は又裏側に私と外の二人は前に廻つて風呂の角の所で見張りをして居りました六、AとBが何処から其の家の中に這入 居るらしい俺等は裏から入るからお前等は前へ廻つて見張りをしておつて呉れと申しますので二人は又裏側に私と外の二人は前に廻つて風呂の角の所で見張りをして居りました六、AとBが何処から其の家の中に這入つたかは私は知りません暫くして家の中で喧嘩をする様な人声や又ゴトゴト音がして静かになつたと思うとBが表玄関の障子を開けてD来いと言つて呼びましたDが這入つて一寸して私とCも其処から這入つて行き土間に立つて居りました、其の時奥の間に余り明るくない電燈がともつて居た様に思いますAもBもDも奥の間に居るらしく土間からは見へませんでしたが暫くしてBが入つて来いと言いますので私は玄関の入つた処の部屋を通つて奥の間に這入つて行きました其の時Kのぢいさんは胸の辺から上を布団から外に出して顔から頭の方血もぐれになつて横だわつて居るのを見ました私は恐ろしかつたので直く次ぎの下の間に出ますとBが一寸来いと言つて私を呼びました、其れで私は又其の部屋に入り頭を下の間の方に向けて死んだ様になつて居るばあさんの左腕の処を捕まへ其の反対側をCが持ちAは頭の方をかかえて下の間に出しました其して其儘其処に坐らした処をBが縄をもつてDと二人で婆さんの首をくくり余り移動もささず其の部屋内の鴨居にBとDが釣り下げますのを私とCとAとで抱へ- 307 -上げて手伝いしました私等は怖ろしかつたので婆さんを釣ると同時に直ぐ玄関口から私とCとDは外に出ました其して私等三人が風呂場の処に待つて居りますと玄関の障子をAかBかどちらかが施錠し暫くしてAとBとがK家の裏の方から北側を通つて正面に廻つて来ました其してAとCとが東南側を他の三人が東北側の畑の中を通つて中の道に出て五人で一緒になり三、四百米はなれた地蔵様のあたり迄走つて逃げ其れから八海橋に出て其れを渡りh部落の方 通つて正面に廻つて来ました其してAとCとが東南側を他の三人が東北側の畑の中を通つて中の道に出て五人で一緒になり三、四百米はなれた地蔵様のあたり迄走つて逃げ其れから八海橋に出て其れを渡りh部落の方に行く道に百米余り入つた処の川どてに坐つて其処で金を分配したのであります私は其の時Bから千円(千円札一枚)もらつた丈で先回弐千五百円もらつたと言うのは嘘であります。 其れから八海橋に出て其れを渡りh部落の方 通つて正面に廻つて来ました其してAとCとが東南側を他の三人が東北側の畑の中を通つて中の道に出て五人で一緒になり三、四百米はなれた地蔵様のあたり迄走つて逃げ其れから八海橋に出て其れを渡りh部落の方に行く道に百米余り入つた処の川どてに坐つて其処で金を分配したのであります私は其の時Bから千円(千円札一枚)もらつた丈で先回弐千五百円もらつたと言うのは嘘であります。七、其の金は私はCの店で菓子代の借を二十六日頃百八十円位払ひ残りはacに仕事に行つた時みかん食つたり、いか飴、生菓子を食つたり映画を見たりして費消しました八、其れから私とCは一諸に旧道路を通つて私方の前迄帰へり私は家に入つて寝たのであります、Cは製粉所の方を通つて帰つた様でありました九、其の后二五日にB方に行つた時今晩Dと会ふ約束になつて居ると言つて出て来ましたので私しも一緒に八海橋の処迄出ますと先方からDがこちらに来て居りました、其の時Aが居らんが何処へ行つたものだろうかと話しましたあれは何日もCiの散髪屋に行つて行るからあそこに行つて居るかも判らんと言つて直ぐCi散髪屋に行つて見ましたが、見へませんでした、時間にして午后八時過ぎ頃であつたと思います一〇、其の翌日の二六日か二七日かでありました、Aか捕まつたと言ふ新聞記事をacに行く車中見まして皆で警察でしやべつて呉れんにやーいいが自分等も何れ警察に引張られるだろうが出るのだけは出ようと相談したのであります- 308 -一一、其の后二七日にacの勘定をCから貰う為CがdのAq方に行つて居りましたので午后八時頃其処に行きました其して其処でCu廠でもらつたと言ふ勘定をCから千円もらいました、其の金は其の翌日の朝自宅の台所で勘定をもらつたからと言つて千円札一枚母親に渡しましたAq方に行つた時は私とD、C、B、とBの女 して其処でCu廠でもらつたと言ふ勘定をCから千円もらいました、其の金は其の翌日の朝自宅の台所で勘定をもらつたからと言つて千円札一枚母親に渡しましたAq方に行つた時は私とD、C、B、とBの女とAqで十時か十一時頃迄其処で話して遊びました、其の時は事件の話は別にありませんでした一二、私はKに入る時は地下足袋をはいて行きましたが地下足袋はみかん畑の処にぬいではだして家を出入りしたのであります、はだしと言つても靴下ばきのはだしでありました其の靴下は茶の地に白の菱形もようのあるもので家に抛つてあります一三、其の時の各人の服装は私は先回申上げた通りでありますが他の者はAは下着は判りませんが空色のオーバーを着て下駄ばきであつた様に思いますBは木綿製のカーキ色のジヤンバーにセツタをはいて居りましたCは黒の皮靴をはき進駐軍の払下げのジヤンバーを着て居りましたDは上着は何であつたか覚へませんがずぼんは国防色の兵隊のラシヤずぼんであつたと思います、はきものも何であつたか覚へませんE右の通り録取して読み聞かせた処誤りのない旨申立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Em第三回供述調書本籍熊毛郡a町大字a町(字k)第az番地- 309 -住居本籍地E当二十一年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した一、私は今迄度々申上げましたがその E右の通り録取して読み聞かせた処誤りのない旨申立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Em第三回供述調書本籍熊毛郡a町大字a町(字k)第az番地- 309 -住居本籍地E当二十一年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した一、私は今迄度々申上げましたがその する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した一、私は今迄度々申上げましたがその事は嘘でありますからこれから愈々本当のことをお話し致します二、先ず此の度の悪いことをした前の色々のことを申します(1)一月十五日の夕方C方え遊びに行つたらB、A、Cと一緒になり一応Bの家に集まつてcのeえ遊びに行こうとBが言いますので皆が行くことになり私は家に帰つて夕食をしてB方に行つてみるとB、C、A、Dの四人が集まつて居り直ぐ其処を出てeの方に行きましたその途中八海橋の辺で少し後を歩いていたBとAが私達に追付いて二人が私達に〃何処かえゝ所があつたらやつちやろうぢやないか、Kの家はハワイ戻りではあるし金もあるぢやろう〃と言う様な事を話しました。私等は余りはつきりした返事はしませんでしたが「何日入るか又きめよう」と言う程度でありました。(2)次に一月十九日の晩にBの女が来たからと言うのでB、A、D、Cと私と女二人かa町as町のM旅館に集りました。二階の南から三番目の部屋で一寸焼酎を飲みその南の部屋に五人が集りBが主になつて- 310 -Aに「金の有りそうな所を言え」と言うとAが〃八海橋を渡つて直ぐ左手の大きな家はどうぢやろうか〃と言いましたところBが〃あすこはお前勝手か分つて居るか〃と聞くとAは勝手が分らんと言うとこんどはDが「Alはどうか」と言いましたがBが〃矢ツ張り勝手を知つた方がよかろうKにしよう〃〃まあ詳しいことは後できめよう〃と言うことを相談しました。二人の女は次の部屋に居りました。(3)二十二日の晩方家には仕事始めと嘘を言つてB方に行きB、C、D、私 よかろうKにしよう〃〃まあ詳しいことは後できめよう〃と言うことを相談しました。二人の女は次の部屋に居りました。(3)二十二日の晩方家には仕事始めと嘘を言つてB方に行きB、C、D、私、Bfの五人か集り焼酒一升を飲んでAyに遊びに行く途中Bfは一寸後れて来ましたのでその間にBが〃矢つ張りKがえかろうからKにきめよう〃と言いました(4)二十三日の昼十一時頃仕事に行くためC方にC、B、D、私が集りBが〃明日にするか〃と言いましたので三人の者は〃アー〃と言つて置きました。 談しました。二人の女は次の部屋に居りました。(3)二十二日の晩方家には仕事始めと嘘を言つてB方に行きB、C、D、私、Bfの五人か集り焼酒一升を飲んでAyに遊びに行く途中Bfは一寸後れて来ましたのでその間にBが〃矢つ張りKがえかろうからKにきめよう〃と言いました(4)二十三日の昼十一時頃仕事に行くためC方にC、B、D、私が集りBが〃明日にするか〃と言いましたので三人の者は〃アー〃と言つて置きました。その晩は私はAyへ一人で遊びに行きました(5)二十四日の昼も昨日と同じくaiのバラス揚げの仕事に行くためC方にB、D、C、私が集りました際にBが〃今晩十時頃八海橋のところ(aの方側)え集まれ〃〃今迄話をしておるから若しこんとどやしやげるぞ〃- 311 -と言いました。それはCの店の間でありました。三、その晩Cの家え私の外B、C、Bmが集り自転車でa町adのBgえ勘定を取りに行きました。家へ入る前にBが私に、〃お前今晩行かんにやいけんぞ、Dにはお前言うて行け、帰りに俺の家に寄つて風呂をえゝかんにして置くように言うてくれ〃と言いました家に入つてみると主人が不在なので座敷に上つて待つて居りましたがBが行けと言いますのて其処の時計が九時十分前に出て、Cに寄つてまんぢう一ケを食つて直ぐ出て途中一寸Ayに寄つてみたがDがいないので直ぐD方の方に行きました。途中家が分らないので何処かで聞こうと考えているとiの地蔵様の少し向うで二人連れで向うから来る者に会いました。良く見るとa町のEd組でダツトサンの運転手をしているKでありましたので自転車を飛び降りてDの家を聞きましたら〃こゝから五軒目だ〃と教えてく 地蔵様の少し向うで二人連れで向うから来る者に会いました。良く見るとa町のEd組でダツトサンの運転手をしているKでありましたので自転車を飛び降りてDの家を聞きましたら〃こゝから五軒目だ〃と教えてくれましたのでD方に行つて外に呼び出し〃今から直ぐ十時頃八海橋の所え集るようにBが言うたから必ず来い〃と言うて引返しBに行つておばーさんに風呂の事を言つて置きました。そこでBの女と妹に鉄道パスを貸してやると言うので二人を連れて私の家え帰り直ぐ八海橋の東寄に行つてみるとAとDが待つておりました。十分位してBとCが来ましたので旧橋との中間位の川土手で五人か集りBが段取りをきめると言つて〃Aは家の勝手を知つておるから先に入つて戸を開けー、Dと俺も直ぐ入るからCは縄を探しておけ、Eは見張りをせー、若し人が来た様だつたら指で口笛を吹くのが上手ぢやから吹け〃〃Aは入つて感付いたら縛れ、何んぢやつたらばらしてもえゝ、お前は何が何処にあるか大体知つておろうが道具が何処にあるかよう見ておけ〃- 312 -〃見付つたら何処でもえゝ殴れ〃〃ばつさりやつたらよう落付いて誰がやつたか判らんようにやつておけ〃〃人が来て口笛を吹いたらバラバラになつて山の方え逃げてhの稲荷さんの所え集れ〃と色々詳しい指図をしました。 人が来た様だつたら指で口笛を吹くのが上手ぢやから吹け〃〃Aは入つて感付いたら縛れ、何んぢやつたらばらしてもえゝ、お前は何が何処にあるか大体知つておろうが道具が何処にあるかよう見ておけ〃- 312 -〃見付つたら何処でもえゝ殴れ〃〃ばつさりやつたらよう落付いて誰がやつたか判らんようにやつておけ〃〃人が来て口笛を吹いたらバラバラになつて山の方え逃げてhの稲荷さんの所え集れ〃と色々詳しい指図をしました。それからBが皆履物は脱いでいけと言いますから私は履いていた地下足袋を脱いで道傍の草の中に置きました。Bは更に〃糞をひつたらまじないで見付らん〃とか〃帰りに証拠になるような足袋や手袋は海の中え捨てー〃と言いましたそれで五人は一緒になつて八海橋を渡つて下に行き地蔵様のところの別れ途でBが〃CとEは上(西)の道を行け俺等三人は海岸の方を通つてAの所に出るから〃と言うから私とCは二人で西側の道を行つてKの前の道路迄行つて様子を見ましたが 渡つて下に行き地蔵様のところの別れ途でBが〃CとEは上(西)の道を行け俺等三人は海岸の方を通つてAの所に出るから〃と言うから私とCは二人で西側の道を行つてKの前の道路迄行つて様子を見ましたが誰も居りませんのでCがAの家の方に言つて行きましたら三人は一寸して来てKえ行く道の少し北から畑の溝を通り密柑畑の所からKの家の一番東北の隅に出て行きました。私達は前の大きな道の所に居りましたのでそれから三人かどちらに行つたか分りませんでした。一寸して主屋の方で変な声がしましたのでその方に行つて見ると暫らくして主屋と部屋の間の硝子戸を開けてくれました。それはAであつたように思います。入つて見ると奥の間に薄暗い電気がついて居りましたがBはその部屋の箪笥の中を探して居りましたのでAが行つて何かさゝやきました。見るとばあさんは其の間の出口に近い所え伏せて伸びて居り爺さんは奥側に上向になつて布団を少し着て倒れて居- 313 -りました。頭の方に傷がありました。一寸した時ばあさんが動いたからAでありましたか〃こんなげとうまだ生きておりやがる〃〃C綱を持つて来い〃と言つたのでCが何処からかロープを持つて来ました。その間にBがばあさんの顔を殴つたように思つております。Bが〃これを吊れ〃と言いますので私とCがばあさんの両手を持つて引つ張つて行きBがDに手伝わせて綱を首にかけ私達三人が抱え上げて吊し上げました。 て居- 313 -りました。頭の方に傷がありました。一寸した時ばあさんが動いたからAでありましたか〃こんなげとうまだ生きておりやがる〃〃C綱を持つて来い〃と言つたのでCが何処からかロープを持つて来ました。その間にBがばあさんの顔を殴つたように思つております。Bが〃これを吊れ〃と言いますので私とCがばあさんの両手を持つて引つ張つて行きBがDに手伝わせて綱を首にかけ私達三人が抱え上げて吊し上げました。四、それからBが〃出ておれ〃と言うので私とD、Cの三人は入つた所から外に出て地蔵様の所で一寸待つてみましたが二人は来ませんので又歩き八海橋の上から私ははいていた靴下をぬいで海に放りました、外の二人も手袋や足袋をすてました。そして集合した場所に行つて待つていると二十分位して二人か戻つて来ましたので私は地下足袋を履いて、Bが、〃此処では月も ははいていた靴下をぬいで海に放りました、外の二人も手袋や足袋をすてました。そして集合した場所に行つて待つていると二十分位して二人か戻つて来ましたので私は地下足袋を履いて、Bが、〃此処では月も出て居るから稲荷さんの所え行こう〃と言うので五人がhの稲荷さんの中(境内)に入り其処で私はBから千円(千円札一枚)とAから五百円(百円札)と十円札六、七枚を貰いました、そしてBが、〃若しつかまるか分らんが警察に行つたら嘘を言い知らん知らんで通せ、警察ではたたいたり鎌を掛けるからそれに掛らんようにせよ〃〃Kの家の事を聞かれても分らんように言え〃〃若しKに連れて行かれてもやつた事を反対に言え、警察から裁判所に行つたら世話はない〃等と言つて聞かせました。それで私達は(Cと二人)先に帰り新道路から途中be停留所の一寸手前でCと別れ小路を伝つて家に帰りました。家に帰ると玄関から入つて音がしないように床に入つて寝ました、誰も休んで居- 314 -り私が帰つたことは知らない様子でありました。帰る途中八海橋の袂で自転車の二人連れがc村の方に向いて行きましたが誰か分りませんでした。それから後は大体前回申したところと同じであります。この度申上げたところは一切間違いありません。E右録取して読み聞かせたところ誤のないことを申立て、署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第一回供述調書本籍朝鮮咸鏡北道清津府以下不詳住居山口県熊毛郡c村字dbf職業日稼D 供述調書本籍朝鮮咸鏡北道清津府以下不詳住居山口県熊毛郡c村字dbf職業日稼D昭和二年十二月六日生満二十三年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年十一月二十八日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の通り供述した一、私しの出生地は朝鮮京城以下不詳で有ります二、通称や綽名等は別に有りません三、前科は昭和二十三年二月十六日山口地方裁判所に於て強窃盗罪に依り懲役六年を言渡さ- 315 -れ北海道旭川刑務所に服役中昭和二十五年十月三十日仮出獄となり今日に至つて居ります四、家族は私の外に祖父 Eq 当六十八年祖母 Er 当六十四年実弟 Es 当十八年の四人家族であります五、資産は私の資産は別に有りません祖父の資産として家屋一棟時価一万円位畑地二畝時価一千円位合計時価一万千円位の外之れと言う資産は有りません六、収入は私しは日稼をして一ケ月間に六千円位有ります弟の収入は一ケ月に一千円位で合計七千円の収入となり此の収入により生活を致して居りますので生活困難の方で有ります七、私しは住居地の小学校高等科を卒業して十六才の時より光市の海軍工廠に務めて居りましたが終戦の年の八月十五日同所をやめて其の後は住居地の塩田に塩田夫として働いて居りましたが二十一才の時の十一月から小野市のセメント会社の仲仕として稼動して居りまし は私しは日稼をして一ケ月間に六千円位有ります弟の収入は一ケ月に一千円位で合計七千円の収入となり此の収入により生活を致して居りますので生活困難の方で有ります七、私しは住居地の小学校高等科を卒業して十六才の時より光市の海軍工廠に務めて居りましたが終戦の年の八月十五日同所をやめて其の後は住居地の塩田に塩田夫として働いて居りましたが二十一才の時の十一月から小野市のセメント会社の仲仕として稼動して居りまし より光市の海軍工廠に務めて居りましたが終戦の年の八月十五日同所をやめて其の後は住居地の塩田に塩田夫として働いて居りましたが二十一才の時の十一月から小野市のセメント会社の仲仕として稼動して居りました処昭和二十三年二月に小野田市に於て強窃盗事件の為起訴せられて昨年十月三十日住居地に帰省して以来日稼をして今日に及んで居ります八、私しは今回悪い事とは知り乍らも知り合ひのBやA等が盗人をしようと言つて- 316 -誘はれて行き外で見張をして居る内に他人の二人を殺して金銭を取つて帰へりました、私しは其の金の分け前を貰つて居りますので其の事に就いて申し立てます九、実は本年一月十五日の日でありました以前から一月十五日は成人の日で有りまして知り合いのE やC やA がa町字hのBの宅に集まる事になつて居りましたので当日午后七時頃此の五人の者はBの内に集まつて来ました其処で私し達五人の者はc村の字e部落でeと言ふ家の娘さんの処に遊びに行く事に話が決まりました午后七時過ぎに私し達五人の者はBの宅を出て行きhから八海橋に至る途中突然Aが酒に酔つて居りましたがiのKの爺さん婆さんは二人ではあるし瓦を焼いてはいるし田も有るので喰う物も有るし金は大分有らうと言つてBに話し掛けて一回、やらうではないかと言つて居りました私し達も直ぐ其の側に居たので良く聞いて居りました其の後は斯様な話しは出合つてもありませんでしたが本月二十四日のになつて私はc村の字rのCpの処に遊びに行つて午后九時一〇分頃Ayさんの家から私しの家に帰へつて来ると午后九時三〇分頃になつて知り合いのE が- 317 -私の家に来て、明日はacの仕事が有るから朝六時の気車でacに来て呉れとEa村のbgのEtさんの使ひに来てから に帰へつて来ると午后九時三〇分頃になつて知り合いのE が- 317 -私の家に来て、明日はacの仕事が有るから朝六時の気車でacに来て呉れとEa村のbgのEtさんの使ひに来てからEは今からd橋の処迄出て呉れと言ひました私しは何をするのか解りませんでしたがEの後を追つて八海橋出にて行きました、其の頃が午后十時前頃で有りました、八海橋に行くと知り合ひのBECAが待つて居りました、私は何んの事かと皆んなの者に「ドウカー」と言ひましたするとAとBが此の間の話しのK方に行こうと小声で言うので私しは行こうと言つてついてiに向けて行き出しました処がiのFzと言う家の附近に行つた頃にBとAが立ち止つて細い声で一緒に同じ道を行くと人に見付かつた時に困るからと言つてB、Aは直線の道を行き密柑畑の処からKの部屋の北側に行つて待つて居ると言ひますので私とE、Cの三人はA方の実家の処から海岸沿ひに道路を行きKの瓦工場の処からKの部屋に直線の道を行く事にして別れて夫れどれ歩いて行きました私し達三人の者がKの部屋の処に行つた時にはB、Aは部屋の西側の出入口の処にしやがんで居りました私し達が其処に行くと直ぐAとBはKの母屋の裏手に廻つて這入り口か有つたら裏から母屋に這入るから表側の出入口を開けるから私し達三人の者は表側の処で待つて居れとAが言ひますし出入口を開けたら家の中に這入れと言つて居りましたので三人の者は約十分乃至十五分位してKの部屋の前の風呂場の処に三人が行つて待つて居りました、 其の頃が午后十時三〇分頃であつたと思ひます其の頃表側の母屋と部屋の中間の硝子障子をBが開けて呉れました- 318 -其処でEやC、其れから私しの順にKの母屋の中に這入つて行き炊事場の処に行きました、家の中は奥、南 人の者は表側の処で待つて居れとAが言ひますし出入口を開けたら家の中に這入れと言つて居りましたので三人の者は約十分乃至十五分位してKの部屋の前の風呂場の処に三人が行つて待つて居りました、 其の頃が午后十時三〇分頃であつたと思ひます其の頃表側の母屋と部屋の中間の硝子障子をBが開けて呉れました- 318 -其処でEやC、其れから私しの順にKの母屋の中に這入つて行き炊事場の処に行きました、家の中は奥、南 であつたと思ひます其の頃表側の母屋と部屋の中間の硝子障子をBが開けて呉れました- 318 -其処でEやC、其れから私しの順にKの母屋の中に這入つて行き炊事場の処に行きました、家の中は奥、南の部屋の電気が小さいのがついて居りましたその電気の光で室の状況を見ますとAはおばさんの首を素手にて締めて居るのが見当りました私しは台所から畳座敷に上つて行きますと、Eは薪割を何処からか持つて来て座敷でBに渡しましたBは其の薪割を持つてKさんの寝間に行きKさんを薪割で殴り出しましたのでKさんが何か声を二、三回立てゝ居りましたので私しは大変な事になつたKさんは死んだと思つて表に出て行き部屋と風呂場の処に「しやがんで」居りましたので其の後は家の中には入らず外に居りましたCは私しと一緒に家の中に這入つた儘で約十分位した頃に表出入口からCとEとBの三人が出て来ました其の時Aは表出入口を締めて母屋の床下を出て、元、Kに来た道を出て行き、私しとEとC、Bの四人はKの瓦工場の側の道に出て海岸の道を上つて行きますとAにはEu瓦工場の処で一緒になつたので五人連れで海岸の道を八海橋に向けて逃げて行きました、其の途中の事Bが私し達皆んなの者に今晩の「バラシ」(殺した事)は絶対にしやべるなと注意し、Aは今夜の事を洩らしたら刺すと言つて居りましたBやAや私し達はもう少し落ち付いたら大阪か神戸の方に高飛しようと話し合わせて居りました其の間に八海橋に来たのでa町の八海橋を渡つた処のhに上る地点に行つた頃に道端で立ち上つてAとBが金を出して二人共私し達に阡円宛計二〇〇〇円を分配して呉れました私しは其の二阡円の金を貰つてAと共に自宅に帰へる様にさそつたがAはjに行くと言つて別れ他の者も其れ其れ自宅に帰へつて行きました私しが帰つた時刻は午后十一時半過ぎ頃で 〇円を分配して呉れました私しは其の二阡円の金を貰つてAと共に自宅に帰へる様にさそつたがAはjに行くと言つて別れ他の者も其れ其れ自宅に帰へつて行きました私しが帰つた時刻は午后十一時半過ぎ頃でありました- 319 -十、私しは最初誘はれる時にはKの家の現金を盗むと言うことで一緒の行動を取りましたが人殺しをするのなら一の隣りの事で一緒に行動しなかつたので有ります私しはKの家の中には一緒に這入つて行きましたが殺す事には一斉手伝つては居りません、KさんはBとAの二人が薪割で殴り殺した事は知つて居りますが、おばあさんはどうして殺したのか私しは知りませんでした又其の状況に就いては現場に行つた人からも現在聞いて居りません私しがKに行つた時は顔にタオルを巻いて白い鳥打帽を冠り黒のオーバーに国防色のズボンに素足の下駄履で有りました他の者の服装や履物等は記憶致して居りません私しがAとBの二人から各一〇〇〇円の計二阡円の金は遊興費に費つて現在持つては居りません十一、問現場に庖丁を使用したのは誰れか答現場で薪割を使用したのはBとAで庖丁の事は私しは知りません十二、問被害者と親族の関係は如何答別に有りません十三、問本件に関して利益の申立なきや答今度間違つた事を起して真にすまないと思つて居りますが、今後は斯様な事は致しませんから御寛大に御願ひ致します供述人 D右の通り録取して読聞せた処誤りのない事を申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Aa被疑者第二回供述調書- 320 -本籍山口県熊毛郡c村大字c字dbh番地住居前同村字dE 知りません十二、問被害者と親族の関係は如何答別に有りません十三、問本件に関して利益の申立なきや答今度間違つた事を起して真にすまないと思つて居りますが、今後は斯様な事は致しませんから御寛大に御願ひ致します供述人 D右の通り録取して読聞せた処誤りのない事を申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Aa被疑者第二回供述調書- 320 -本籍山口県熊毛郡c村大字c字dbh番地住居前同村字dE 察署司法警察員巡査部長Aa被疑者第二回供述調書- 320 -本籍山口県熊毛郡c村大字c字dbh番地住居前同村字dEq方土方稼D満二十三年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月三十一日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことが出来る旨を告げて取調べたところ被疑者は左の通り任意供述した私が前回申し上げた事について少し違つたことを申して居りますので只今からK爺さん夫婦を殺して物を取つた二十四日の夕方からの行動について大体項目を分けて申し上げます一、其の日の二十四日an村宇aiのCn学院の東側海岸でバラス揚げの仕事から家に帰つたのが途中Cに寄つたので遅くなつて午后七時であつたと思いますそれから顔や手を洗つて家内揃つて夕食を済し直ぐ同じ部落のAyの妹(Cp)の所に私一人で遊びに行き九時十分に其の家を出ましたか私が時間を覚えて居ると言うのはAyのお婆さんがまだ早いではないか九時十分である最少し遊んで帰りなさいと言われたので明瞭りして居ります帰ると直ぐ服を脱いで床に入りましたので九時二十分頃であつた様に思いますそしてまだうつらうつらする時の九時半頃友人のa町字kEが家の前の道路端からDと一回呼んだのでヨオーイと返事をして直ぐ床から出て着て居つたこのシヤツと、其の上に白ネルのシヤツと袴下の上に今着て居る黒のジヤンバーとオーバを肩に掛けて門口に出ましたら自転車を置いて門口に立つて居りました- 321 -そしてEが明日acのアバートの工事をやるからお前は朝六時の汽車に乗つて仕事に行つて呉 居る黒のジヤンバーとオーバを肩に掛けて門口に出ましたら自転車を置いて門口に立つて居りました- 321 -そしてEが明日acのアバートの工事をやるからお前は朝六時の汽車に乗つて仕事に行つて呉れ俺は仕事には行かれないから又二十日の勘定を貰う事が出来なかつたから皈りにEr組の事務所に寄つて勘定を貰つて来て呉れと言ふて印鑑を出したので受取りそれからこの煙草に火を付けて呉れと言うて一本出したので私は家に這入つて火を付けてEに渡しましたから今からすぐ八海橋に来いと言ふたので何の事か判りませんでしたかつい私はヨシ行こうと申しましたらEはそのなり自転車に乗つて出ましたそれから私は直ぐ家に這入つて先程申しました服装に兵隊の冬ズボン(木綿製)を履いて履物は女物の下駄(これはお爺さんが赤と白のボロを手でナツタもの)を履き薄白色のハンチングを冠り外は月が上つて居りましたが薄曇りでありまして十分位かかつて八海橋に歩いて行き其の途中は誰にも会いませんでした私の行つた所は八海橋の取り付の橋の上(aからcに行く取り付き)で其処にはBAECの四人が立つて居つたので私が初めにゾウカと言ひましたらBとAが殆んど同時にKに行こう来いと言うたので本月十五日の成人の日午后七時か七時半頃私等五人がBの家から出てc村字vのDdさんの家に遊びに行く途中八海橋に掛るまでの間にAがKさんの家には田も作るし食うものもある瓦も焼いて居るので金があるから一回やるとエエノオと言うたことがあるのでその事を思い出し直ぐヨツシ行こうと申しましたが私が八海橋に行つた時間は午后九時四十分か四十五分頃であつた様に憶いますそして五人連れで歩き橋を渡つて左に曲り川に沿ふた道路を二百米位先の地蔵さ- 322 -んのある所まで歩く途中Bが警察に捕えられても絶 に遊びに行く途中八海橋に掛るまでの間にAがKさんの家には田も作るし食うものもある瓦も焼いて居るので金があるから一回やるとエエノオと言うたことがあるのでその事を思い出し直ぐヨツシ行こうと申しましたが私が八海橋に行つた時間は午后九時四十分か四十五分頃であつた様に憶いますそして五人連れで歩き橋を渡つて左に曲り川に沿ふた道路を二百米位先の地蔵さ- 322 -んのある所まで歩く途中Bが警察に捕えられても絶 行つた時間は午后九時四十分か四十五分頃であつた様に憶いますそして五人連れで歩き橋を渡つて左に曲り川に沿ふた道路を二百米位先の地蔵さ- 322 -んのある所まで歩く途中Bが警察に捕えられても絶対シヤベルナと言ひましたので私等もそれはシヤベリはせんにやーと言いましたそれから地蔵さんの所で一寸止つてAにBが五人が一緒に行つてはこれから先は家も多いし見られたら悪いから別れようと言うて又歩き出し百五十米位先のAの家の横でBとAの二人が二足三足先を歩いて居つたので私が俺等三人はこちらから行こうと言ふて川端の道路を通りAとBは其処から裏道を通り私等は川端にあるKさんの瓦製造場の裏を通り其処から西に向け真直ぐにKさんの部屋の北側の隅の裏口の所に行きましたらBとAが其処にシヤガンで居りました其の夜は月夜で其の直ぐ北側は山を崩した空地があつたことを憶へて居ります二、時間は其の時何時頃であつたか明瞭りしませんが私等三人も其処でシヤガンで五人して私しがお前等は這入ると言うても何処から這入るかと言うたらAが俺等(Bのこと)二人が裏に廻つて這入る所を探して何処からか這入るからお前等(私とEとCのこと)は風呂場の所で待つて居れそして前の母家と部屋の間の戸を開けるからと言うたので私等三人は直ぐ風呂場の入口の前にシヤガンで待つて居りましたが其の横には手押のポンプがあつて其の又東側に物洗い場もありました又其処が風呂場であると言う事を知つたのは東側を通る時窓硝子から内側を見て煙突も立つて居つたから知つたのであります其処で十分位待つたと思つた頃開ける音がしたので其の方を見ましたら部屋と母家の所が半分位開いて月あかりに見ればBが無言つて顔を一寸出して又引凹んだので三人が其処に行き私が先に這入りました時に奥の方から難気ソオな声であまり大きな声ではありませんでした を見ましたら部屋と母家の所が半分位開いて月あかりに見ればBが無言つて顔を一寸出して又引凹んだので三人が其処に行き私が先に這入りました時に奥の方から難気ソオな声であまり大きな声ではありませんでしたがヤーと一回丈け聞きましたので気がドキーンとし何かやつたなーと直感し這入る順序は私の後ECで右側は部屋で左側は母屋のヘイ壁で巾が三尺か四尺位の間を通つて一寸右に曲り母家の庭に這入り奥の方を見ましたら座敷に薄暗い電気が灯いて居つて庭に這入つたと思ふ瞬間背を向けては居りまし- 323 -たがAが何か振り上げて下したと思つたと同時にあまり大きな音でもなかつたがポカンと聞へました其の時私の感じは何かで家の者を撲つたのであろう位に思いましたそして三人が台所の板の間に上つた時Aがお婆さんの後から馬乗りの中腰になつて右腕で首を締め下座敷の方に引出すのを見たので三人が其処に行つたら其の腕を離して奥の間に行きましたが其の時お婆さんは、うつ伏に長くなつて少しも動きませんでした息はあつたかぞうかそんなことは知りませんそしてBがAがやつて居た様にして婆さんの首を右腕で締め私は婆さんの左側に行き腰の当りの上の着物を右手で掴み二人して一米位引摺り手を離しました時その間にCが何処からか細引を丸めて持つて来たのをBが受取つて鴨居(上敷居)に引掛けたので私が先にお婆さんの後腰の当りを抱き起しEとCも両辺りから抱き上げ婆さんの首にその細引をBが前側から掛けて上の方で結びましたがその結び方はぞんな結び方をしたかよく憶へて居りませんが首に掛ける時は上から下した二筋を掛けた事は知つて居ります、吊した時婆さんの足が畳に着いて居つたかぞうかそんな細かい事は知りませんAは奥に這入つて箪笥の抽斗か何か抜く様な音をさして居りましたが詳しい事は知りませんお爺さんの顔も見ませんでした 後腰の当りを抱き起しEとCも両辺りから抱き上げ婆さんの首にその細引をBが前側から掛けて上の方で結びましたがその結び方はぞんな結び方をしたかよく憶へて居りませんが首に掛ける時は上から下した二筋を掛けた事は知つて居ります、吊した時婆さんの足が畳に着いて居つたかぞうかそんな細かい事は知りませんAは奥に這入つて箪笥の抽斗か何か抜く様な音をさして居りましたが詳しい事は知りませんお爺さんの顔も見ませんでした て居ります、吊した時婆さんの足が畳に着いて居つたかぞうかそんな細かい事は知りませんAは奥に這入つて箪笥の抽斗か何か抜く様な音をさして居りましたが詳しい事は知りませんお爺さんの顔も見ませんでした又座敷に何があつたかも知りません私等が家に這つてものを言うたのはお婆さんの腰を掴へる一寸前に私がよつし引張つてやろうと誰に言うともなく声を出した位で他には話はしなかつた様に思いますそして私はBが細引で結び終ると若し人が来たり気付かれたりすると困るので私一人庭に下りて這入つた所を歩いて出て始め這入る前風呂場の前でシヤガンで居る時私一人が脱いだ下駄を持つて部屋の東隅の便所の所にシヤガンで居りましたら五、六分位して私が出た方向からB、E、Cの三人が来てそれから一寸遅れて私等が出- 324 -た反対の裏側の方からAが来たので全部揃ひ私が始めに来たように別れて何処で集まろうと言う事は言わず八海橋の方に出よう来いと申しまして私とE、Cと。B、Aの二組に分れて私等は元来た道を通つて行く途中Oの瓦場の所でA等と出合つて途中話もせずに八海橋を渡るとすぐ左に曲ると五、六米位歩いて道の左側に五人がシヤガンでBがこの事は誰にもバラスナ(誰にも言うな)と言うてAが若し此の事を言う者が居つたら刺殺すと申しましたそして私が俺は皈ると言うて立ちましたら他の四人も腰を上げて先にAが左のヅボンのボケツトから千円札一枚を出してソラ此れをやると言うて出し其の次にBがぞこから出したか知りませんが百円札をなんぼうか呉れたので私のジンバーのポケツトに入れAに皈ろうと誘ひましたら俺は今からjに行くと言うたので私丈け一人先に別れ八海橋の上でBから貰つた百円札を出して数へて見たら丁度千円ありましたそして橋を渡つた所で後を振り向いて見ましたらaに向けてE、C、A。hに向けてBが皈 らjに行くと言うたので私丈け一人先に別れ八海橋の上でBから貰つた百円札を出して数へて見たら丁度千円ありましたそして橋を渡つた所で後を振り向いて見ましたらaに向けてE、C、A。 れAに皈ろうと誘ひましたら俺は今からjに行くと言うたので私丈け一人先に別れ八海橋の上でBから貰つた百円札を出して数へて見たら丁度千円ありましたそして橋を渡つた所で後を振り向いて見ましたらaに向けてE、C、A。hに向けてBが皈 らjに行くと言うたので私丈け一人先に別れ八海橋の上でBから貰つた百円札を出して数へて見たら丁度千円ありましたそして橋を渡つた所で後を振り向いて見ましたらaに向けてE、C、A。hに向けてBが皈るのを見ましたがそれはhはB丈けであつたからそう思つたのでありますそして私が家に皈つたのは十一時半頃で直ぐ寝ました翌二十五日はacのアパートの仕事に行くので朝五時に起き食事を済し弁当を持つて歩いて出る途中Bを誘ひ自動車(パス)に乗つてn出にて六時四十分頃の下りに二人が乗つてacに降りアパートの工事場に行つたら其処にまだ道具か来て居らんのでDrの後片附をして午后三時頃に終つてC、Bの三人が映画を見て午后六時の汽車に乗つてnに七時過頃降りて其処から歩いて三人がaのGaまで一緒で其処でCと別れBと二人で皈る途中又別れて家に皈つたのか午后八時頃であつた様に思いますそして夕食を済しB君の家に行きましたらBにBの妻とEが門口に立つて居つた- 325 -のでそうかと言うたらBが今日妻とお袋が喧嘩をして家には居られんからdのAqに話して泊らして貰うようにお前話をして呉れと言うたので世話してやるから行こうと言つて四人が連立つて八海橋の中間辺まで行つた時私がAはaの方に行つて居るのではなかろうか家には居らんらしいaならCiの理髪屋であろうから先に行つて探そうではないかと言うてAqの家に行くのを止めて引返しCiの理髪屋には居らんので其処でEは皈つて寝ると言うて皈りましたので私等三人は又引返しdのAqの家に行き寝て居つたのを起してBが喧嘩をしたことを話して其の家にBの二人を頼んで三十分位話して家に皈つて寝ました申し落しましたが二十五日の朝汽車に乗つてacに行く途中nを発車して間もなく隣りの乗客が新聞を見て居るのを覗みしたらdのKさんが殺されたと言う事が Bの二人を頼んで三十分位話して家に皈つて寝ました申し落しましたが二十五日の朝汽車に乗つてacに行く途中nを発車して間もなく隣りの乗客が新聞を見て居るのを覗みしたらdのKさんが殺されたと言う事が出て居つたのでその新聞を借つて辺に腰を掛けて居つたC、Bに新聞に出て居る判つたなあと言ひましたが其の意味は其の時の気持として新聞に出て居るので私等が捕えられん知れなければよいかと心配しました、それから私が貰つた(BAから)二千円は煙草を買つたりacで映画に行き買食したりして残りが五十五円丈け残つて居つたのをおん署に来てから差し出しました問其の金は是れか此の時証第号を示す答お示しの十円札五枚と五円銅貨一ケに相違ありません問此の下駄に見覚えがあるか此の時証第号を示す答その女下駄は二十四日の夜Kさんの家に這入る時風呂場の前で脱いで家を出る時便所の裏まで持つて出て其処から履いて自分の家に皈り庭に脱いで置いた品に相違ありません供述者 D- 326 -右の通り録取して読み聞かしたところ誤りのない旨申し立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Ds被疑者第三回供述調書本籍山口県熊毛郡c村字ibf番地住居右同日稼D昭和二年十二月六日生満二十三年右の者に対する殺人強盗被疑事件に付いて昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署に於て本職はあらかじめ供述を拒む事が出来る旨を告 て自分の家に皈り庭に脱いで置いた品に相違ありません供述者 D- 326 -右の通り録取して読み聞かしたところ誤りのない旨申し立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Ds被疑者第三回供述調書本籍山口県熊毛郡c村字ibf番地住居右同日稼D昭和二年十二月六日生満二十三年右の者に対する殺人強盗被疑事件に付いて昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署に於て本職はあらかじめ供述を拒む事が出来る旨を告 十二月六日生満二十三年右の者に対する殺人強盗被疑事件に付いて昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署に於て本職はあらかじめ供述を拒む事が出来る旨を告げて取調た処任意左の通り供述した一、私達がKに行つて悪い事をしたのは一月の十五日から話し合つてやつたのであります二、一月十五日成人の日には私は午後六時三十分頃B方へ遊びに行きましたが其処にはE、C、A達が集つて皆んなでcのe方へ遊びに行こうとゆう事になり午後七時前にB方を出て八海橋を通つてe方へ行つたのでありますが其の時八海橋に行く迄にAがKには夫婦二人で瓦も作つて居るし田も作つてゐるので相当金があるから一回やらんかと話し出しましたので皆んなはそれはよかろうやろうと言つて話したのでありますそれからeに行く途中AがDeと言ふ散髪屋の前で馬車の枠を取外し道路に投げて- 327 -色々問題を起したのでありますeに行つてから私達四人が家の中に入り其処の娘や近所の若い連中と色々遊びましたがAは其の日は酒に酔つてゐたので中には入りませんでしたそれからしばらくしてBとAは帰つて行きましたが私達はそれから三十分位して帰りました三、一月の十九日の事であります其の日は確か雨が降つてゐたと思ひます、私は午前中家でぶらぶらして午後はB方の方へ遊びに行きましたB方にはCが行つて居りましてBは何処かへ行つて居りましたので私はCやBの家の人達と話して居りましたらEAの二人がaの方から帰つて来て今Bがaで待つておるから来いと言ふので其の二人と一緒に私もCもaに出て行きましたが其の途中Eが今日afからBが女を二人連れて来てMに居るから此処へ行くのだと申しました、私達がMに行つたのは四時半頃であつたかと思います、行つて見るとMの裏の部屋に布団を敷いてBと女が二 きましたが其の途中Eが今日afからBが女を二人連れて来てMに居るから此処へ行くのだと申しました、私達がMに行つたのは四時半頃であつたかと思います、行つて見るとMの裏の部屋に布団を敷いてBと女が二人居りましたそうしてBが私を部屋の外に呼びBが背広の上下と時計を私に渡しそれをこの前の質屋に行つて千二百円程借りて来てくれと頼みますので私はそれを持つてすぐ近の質屋に行き事情をいつて私の名前で千二百円程借りてBに渡したのであります、するとBが今日は一杯買ふといつて幾らか金を出してAに渡し之れで焼酎を一升と肴を買つて来いと申しましたのでAはまもなく焼酎と天婦羅を何処からか買つて帰りましたそして皆んなで飲み始めましたが女の二人は布団の中に入つて寝て了ひました其の時色々の女の話しや何にかゞ出ましたがBが又私達にKを一回やろうじやないかと言ふ話しを出しましたので皆の者は前にAから金があると言ふ話しを聞いてゐたのでそれはやろうと言つて賛成しました、其の日は七時頃迄で飲んでBと女二人が残つて外の者は- 328 -各自自分の家に帰りました後で聞いた事ですがEは其の後で其の旅館に行つたと言ふ事でありました、私は其の後二十日、二十一日、二十二日は朝弁当を持つては其処に来てBや女達と遊んでは晩帰つて居りました、其の時にはCやEBf達も同じ様に遊びに来て居りましたが其の時には別に其の様な話しは聞いた事はありません、四、二十三日の事であります、私とBm、C、E、B、Bfの六人はa町のBgと言ふ人の仕事でaのadの川の仕事に行きましたが寒くて仕事が出来ないので午後から仕事場を変へてan村aiのバラスを上げる処に行く様に変へてもらつたのであります其の行がけ六人の者は午前十一時頃a町biのEsといふ朝鮮人の家に行つて焼酎二升を買ひ一升を其処で飲み に来て居りましたが其の時には別に其の様な話しは聞いた事はありません、四、二十三日の事であります、私とBm、C、E、B、Bfの六人はa町のBgと言ふ人の仕事でaのadの川の仕事に行きましたが寒くて仕事が出来ないので午後から仕事場を変へてan村aiのバラスを上げる処に行く様に変へてもらつたのであります其の行がけ六人の者は午前十一時頃a町biのEsといふ朝鮮人の家に行つて焼酎二升を買ひ一升を其処で飲み ので午後から仕事場を変へてan村aiのバラスを上げる処に行く様に変へてもらつたのであります其の行がけ六人の者は午前十一時頃a町biのEsといふ朝鮮人の家に行つて焼酎二升を買ひ一升を其処で飲み弁当も喰ひそれから一升を持つて仕事に行く途中C方に寄つて其の一升を置き弁当箱をあづけ午後一時半頃現場に行きBgが来るのを待つてゐたがとうとう来ないので午後六時頃C方に帰り五人の者がEtの肉屋から肉を買つて来てあつけた焼酎の一升を持つてB方に行き午後六時三十分頃私とCEBfBが其の一升を飲み始めました、其の時にAもやつて来ましたそうして代る代る風呂に入つたのであります、其の時Bfが風呂に入つた際、Bが明日の晩Kに行こうと言ふ話しを出して皆の者が行く事に定めたのであります、それから七時三十分頃Aが帰り私とE、C、Bf、Bの五人はc村のrのAyと言ふ家に娘が居るので遊びに行きました、すると其の時Ayのjの兄とDoが其処に来てBと口論を始め私達が仲裁に入つて止めたのであります、其の時Ayの兄が二百円程金を出して焼酎を買ふと言ふので私はEs方に買ひに行つてAyで其処に居つた皆の者が飲んだのであります、其の時CやE、B達は私が帰るより三十分位早く其処を出て帰りました、私は十時三十分過ぎに家に帰つて行きました五、二十四日の事であります午前中は仕事に行く予定でB方に行きましたが仕事場- 329 -の潮時が悪いので其処でE等と遊び午後一時頃Bと二人でC方に仕事に行く途中寄りましたらE、Bm、Cの三人が居てそれから五人で先に申しましたaiのバラス」現場に行きました行く途中Bfを誘ひましたが法事があつてBfは三十分位遅れて現場に来ました午後五時頃迄仕事をして六時頃C方に皆の者が帰りました、皆の者はBgに金を貰ひに行くと言ふので私とEは其の儘家に帰つて行きまし 行く途中Bfを誘ひましたが法事があつてBfは三十分位遅れて現場に来ました午後五時頃迄仕事をして六時頃C方に皆の者が帰りました、皆の者はBgに金を貰ひに行くと言ふので私とEは其の儘家に帰つて行きました、午後八時頃私はAyに遊びに行きました、そして九時十分頃Ayを出て九時二十分頃に家に帰り寝てゐますと九時三十分頃であつたと思ひますがEが自転車で私の家に来て明日はacにアパートの仕事があるから朝六時の汽車でacへ行つてくれ、そのついでに燃料廠に寄つて金を貰ふのがあるから金を貰つて来てくれと言つて印鑑を私があづかりました其の時煙草の火を貸してくれと言ひますので私はEの煙草を持つて家の中で火をつけてやり渡しますと、私にも一本呉れました、其の時小声で今からKに行くから一本松の処に来いと私に伝へました、私はKに行つて金を盗ると言ふ事は前以て定めてゐたのですぐ納得ゆき九時四十五分頃であつたと思ひますが八海橋の近くの一本松の処に行きました行つて見るとBECAの四人が集つて私を待つて居りました、私が行くなりBが今からKへ行くから手配をしょうと行つて私とBAの三人は主人の方を斧か何にかでやつけるEとCはお婆さんを締めると言ふ様に役割を定めました、其の役割に付いては何故其の様に定めたか詳しい事は知りませんがBに何にかの考があつたのだと思ひます、集合してから三十分位した午後の十時過ぎ其処を出て無言の儘dの方へ橋を渡り左側を下つてAcの処の附近迄来たところ歩きながらBが皆の者に今日やる事は絶対にばらす様な事がない様にせよと申しましたので皆の者はそんな事はないと答へて歩きました地蔵様の処迄行つ- 330 -た時皆の者が立止まりました、其の時私が五人が行くと具合が悪いので別れて行こうと言つて私とEとCが海岸の方の道を通つて行きAとBは本 ます、集合してから三十分位した午後の十時過ぎ其処を出て無言の儘dの方へ橋を渡り左側を下つてAcの処の附近迄来たところ歩きながらBが皆の者に今日やる事は絶対にばらす様な事がない様にせよと申しましたので皆の者はそんな事はないと答へて歩きました地蔵様の処迄行つ- 330 -た時皆の者が立止まりました、其の時私が五人が行くと具合が悪いので別れて行こうと言つて私とEとCが海岸の方の道を通つて行きAとBは本 はそんな事はないと答へて歩きました地蔵様の処迄行つ- 330 -た時皆の者が立止まりました、其の時私が五人が行くと具合が悪いので別れて行こうと言つて私とEとCが海岸の方の道を通つて行きAとBは本通りを通つてKの方に行きました、そうしてKの北側の室の出口の処へ皆が集り其処にしやがんで話し合いました、其の時AとBが裏から入り部屋の境の表側の戸を開けるから其の前で二人は待つて居つて入つて来いと言ふ様にしました、Aはまじないに糞をすると言ふ様な事も言つて居りました、私達三人はそれから表に渡つて前の風呂場の処でしやがんで六、七分位待つて居りました処、今申しました境の戸が開いたので其の方を見ますとBが首をのぞけて来いと言ふ合図をしたので私が一番先に其処から中に入つて行きました入つた処は私が子供の頃からよく知つて居ります土間の炊事場や台所があります申し遅れましたが私達わ北側の裏で集つたとき履物を風呂場の処に置く様に言ひ合せて風呂場の前に脱いで素足になつてゐたのであります、炊事場に入つた処が真暗でありましたその時主屋の奥の部屋の方からやあつと言ふ低いうめき声の様な声が聞へました其の時私は話しに定めてみた様に誰れかゞぢいさんをやつたなあと思ひました、そして三人は入口を左に廻つて主屋の台所の方へ行きますと台所の戸は開いて奥の部屋の電気の光らしい物がボヤツト見えてゐました私が奥の間の見へる処迄入口から曲つた時、Aだつたと思ひますが斧かなにかを奥の間の入口の処で振り上げて下すのを見ましたすると今度はBが振り上げて打ち下しましたが其の時私は中の間迄上つてゐましたので振り上げてゐたものは斧であると言ふ事が分りました、私が奥の部屋に入りますと入口の処でBが私に持つてゐた斧をおいと言つて呉れましたので始の約束通り私もやるのだと思つて其の斧をとるなりぢい ましたので振り上げてゐたものは斧であると言ふ事が分りました、私が奥の部屋に入りますと入口の処でBが私に持つてゐた斧をおいと言つて呉れましたので始の約束通り私もやるのだと思つて其の斧をとるなりぢいさんの頭を目がけて打ち下しました、其の時ぢいさんは床の中に倒れた儘で何にも言つて居りませんでした、そして私は其の斧を次の者に渡さずに其処に放つて置きました、私達が部屋に入つた時はAがぢいさんと反対側の箪笥の- 331 -方に頭をやつて寝てゐる婆さんを床から半分位引出し後から首を馬乗りになつて締めて居りましたのをBが行つて同様に交替し首をしめAが奥の方に行き何にか物を探していた様であります、其の時私達三人がBを手助つて私が腰を持ち皆の者は四方からたかり抱へて中の間に持出しました其の時はもう婆さんはぐにやぐにやになつて居りました、そしたらBがやろうと言つて上の鴨居の方を見ましたので私はつるす事だと思つて後から抱き上げCやEは両横から婆さんを持上げましたBは婆さんの腰紐をほどいて上の鴨居に結びつけそして皆んなが婆さんをつりさげて離そうと思つて手をゆるめましたら紐がびりびりと言つて切れましたので又下におろし私がやはり後から抱きついて支へて居りました、するとBがすぐこんなじゃ駄目だと言つて庭の方に下りて行きましたが間もなく麻縄を丸るめた儘で持つて来て一本を上の鴨居にかけ片方の端で婆さんの首を結びそうして二本一緒にして釣り上げたので私達も前と同じ様に下から抱き上げましたそしてBが縄を鴨居にしばり付けたのであります、その時は中の間の電気はついて居ませんでした、それから私は恐くなつたのと人が来たりなんかしてはいけないと思ひ其の儘入口から外に出て風呂場の処の下駄を取り部屋の裏の北側の便所のコンクリートの処に坐つて見張りをして居りましたそれから十分 て一本を上の鴨居にかけ片方の端で婆さんの首を結びそうして二本一緒にして釣り上げたので私達も前と同じ様に下から抱き上げましたそしてBが縄を鴨居にしばり付けたのであります、その時は中の間の電気はついて居ませんでした、それから私は恐くなつたのと人が来たりなんかしてはいけないと思ひ其の儘入口から外に出て風呂場の処の下駄を取り部屋の裏の北側の便所のコンクリートの処に坐つて見張りをして居りましたそれから十分 した、それから私は恐くなつたのと人が来たりなんかしてはいけないと思ひ其の儘入口から外に出て風呂場の処の下駄を取り部屋の裏の北側の便所のコンクリートの処に坐つて見張りをして居りましたそれから十分位して表の方からB、E、Cか出て来ました、それからちよつとして家の裏の方からAが出てきましたそうして私がこの儘帰つたのでは分るから来た樣にバラバラになつて帰ろうといつて私にE、Cのが前来た道を海岸に出てバラバラになつてOの瓦の処迄帰つて本通りを帰つて来た二人の者と落逢ひましたそれから八海橋迄話しもせずに五人の者が帰りました、橋の上に差しかゝつたときにBが、こねいな物があつたらいけんから捨てようと言つて橋の上から下手に向けて- 332 -Bが欄干から手を下して手袋の様なものを捨てました、其の外何にか分らないものを捨て居りました、CEA達も同じ様なものを捨てゝ居りました、私は素足に手袋が左手だけでありましたので何んにも捨てずに見て居りました其の時満潮ではなかつたが川の中が見えない位に水がありましたそれから橋をaの方に渡つてすぐ右側の浜の方に五、六十米位行つた処で金を分けたのであります六、金を分けた様子は皆の者が其処に集つた時何んにも言はないので私も少し腹が立つて金はどうかと言つて皆んなに尋ねたらBやAが金はなかつたと申しますので私は自分だけとつて俺には呉れんのだと思ひ俺は帰ると気嫌悪くそう言ひましたらAが千円札一枚Bが百円札十枚程呉れました、外の二人も何に程貰つたか知りませんが私にも同じ位は貰つてゐると思ひます、それから私はAに帰らんかと誘ひましたら俺は今夜jに行くと言つて帰らんのでそれでは明日仕事にゆこうでよと皆の者に言つて私は其処から帰りました、他の者は其 私にも同じ位は貰つてゐると思ひます、それから私はAに帰らんかと誘ひましたら俺は今夜jに行くと言つて帰らんのでそれでは明日仕事にゆこうでよと皆の者に言つて私は其処から帰りました、他の者は其の時はまだ其処に居たのでどうした事か其の後の事は知りません、金を分ける時にBが私達に若し分かつて警察へ行つても警察は山をかけるから言はない様にせいそれから証拠があがらねばよいから- 333 -と附け加へ検察庁や裁判所に行けば無罪になるから一日何んぼかで金が貰へるからと言ふ様な事を皆の者に言ひましたAは若し其の様な事を言つたものがゐたら刺殺すと言つて居りました八、私が家に帰つたのははつきりしませんが午後の十一時三十分頃であつたと思ひます、家の者は寝てるて私の帰つたのを知らないと思ひます、家の者には何んとも話しては居りません九、其の翌日は朝六時の汽車でacのEu組のアパートの仕事に行きました、BCが来て居りました其の日は前日の話しは何にも出ませんでした、其の金はacで映画を見たり煙草を買つたり物を買つて食つたりして殆んど使ひましたが警察に来たとき五十五円位残つてゐたので警察の方へあづけて居ります一〇、私がAが捕つた事を知つたのは二十六日の新聞を見て警察へ知れた事を知り二十七日の朝acへ行く時汽車の中で隣りの人の新聞を見せて貰つたときAが捕つたと言ふ事が書いてあり始めて知つたのでありますが其の記事がA一人と言ふ事が書いてあつたので私も幾らか安心したのであります一一、警察から二十八日の晩に出てくる様にと言ふ呼出かありました其の時私の家にEが午後七時頃私の家へ誘ひに来ましたそれから私達二人はCに行つて見ようと言つてC方に行きましたらCにも呼出しが来て居りましたが本人が仕事から帰つて居らないので二人で警察へ来たのであ せて貰つたときAが捕つたと言ふ事が書いてあり始めて知つたのでありますが其の記事がA一人と言ふ事が書いてあつたので私も幾らか安心したのであります一一、警察から二十八日の晩に出てくる様にと言ふ呼出かありました其の時私の家にEが午後七時頃私の家へ誘ひに来ましたそれから私達二人はCに行つて見ようと言つてC方に行きましたらCにも呼出しが来て居りましたが本人が仕事から帰つて居らないので二人で警察へ来たのであ 其の時私の家にEが午後七時頃私の家へ誘ひに来ましたそれから私達二人はCに行つて見ようと言つてC方に行きましたらCにも呼出しが来て居りましたが本人が仕事から帰つて居らないので二人で警察へ来たのであります警察へ来る途中Eと二人がAが俺達の事を言つて居るだろうかどうだろうかと心配しつゝ来たのであります一二、警察で今迄嘘を申上ましたのはB達が絶対に言ふなと言つていたので私が本当を言つた事は後で分つたらひどい目に逢ふと思つたからであります- 334 -犯罪に付いて色々話しの合はない事を申しましたがそれも何んとか言はずに済めばゆうまいと思つたからであります一三、Kに行つた時に五人の者の服装はBは国防色の作業ズボンにシヤンバの様なものでありました帽子はかぶらず履物もよく覚て居りません、Cはニツカーズボン上は進駐軍の上衣だつたのであります、履物はよく覚へません帽子は船員帽でありましたEは船乗りの着る様な黒の上衣で茶色の船員の作業ズボンで船員帽をかぶつて居り下駄履きでしたと思ひますAは上がジヤンバーで下はよく覚えて居りません、オーバーは空色のオーバーでありましたが家の中では着て居らない様に思います、履物は覚えません私は陸軍の冬服のズボンにジヤンバーに黒のオーバーを着て下駄を履いて居りましたEも黒のオーバーを着てゐたと思ひます一四、BがM旅館に連れて来た女は始て見た女で何処の者か処も名前も知りませんが一人の眼の悪い女の人はBの女でありますが名前は知りません供述人 D右の通り録取して読聞た処誤りのない旨を申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Az筆 い旨を申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Az筆記者司法警察員巡査Ev第一回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a町(字u町)第bj番地のbk- 335 -住居本籍地に同じ筆頭者土方稼C昭和三年十二月十三日生当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月二十九日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した。 申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Az筆記者司法警察員巡査Ev第一回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字a町(字u町)第bj番地のbk- 335 -住居本籍地に同じ筆頭者土方稼C昭和三年十二月十三日生当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月二十九日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した。一、出生地は本籍であります。二、兵隊の関係や公職の関係はありません三、位勲や恩給、年金記章等も一切ありません四、前科は執行猶予が一つあります、それは昭和二十一年六月頃窃盗で取調を受け山口地方裁判所に控訴して懲役二年で六年の執行猶予になりました。その外には警察等で悪いことをしてお調を受けたことはありません。五、私はCSの長男に生れ昭和十八年三月にDj小学校高等科二年を卒業して直ちに岩国市のEwに職工として入り寄宿舎から通いましたが其処は給料が安いので翌年二月にやめて家に帰り遊んで居りましたが間もなく徴用がかゝり宇部市のEx炭礦に行きました。終戦になつて家に帰り翌二十一年四月頃から熊毛郡an村字ai元Cq学校跡の占領軍キヤンプに入り掃除夫や食堂で働きました。翌年占領軍が引揚げましたので家でぶらぶらして居りましたが年末にblのキヤンプに入 なつて家に帰り翌二十一年四月頃から熊毛郡an村字ai元Cq学校跡の占領軍キヤンプに入り掃除夫や食堂で働きました。翌年占領軍が引揚げましたので家でぶらぶらして居りましたが年末にblのキヤンプに入り三ケ月後bmのキヤンプに変り二年計り辛棒しました。二十四年の暮にbnのキヤンプに行き昨年一月に兵隊が居なくなる迄居りました。それからは家に帰つてあちこちの士方稼をして現在に至つています。- 336 -六、家族は母 Ey 当四十三年弟 Ez 当二十一年弟 Fa 当十三年妹 Fb 当十七年と私の五人であります。母は飲食店をして居りEzは私と土方に出て居ります、Faは小学校六年生で妹は岡山市boの叔母の所で喫茶店に働いて居ります、父は私が十五才の時腎臓病で死にました。七、財産は私の物は何もありません、母の物が十坪位の住宅平家建が一棟あるだけで貯金等もありません収入は私の方が一ケ月四千円位あります、弟が月三千円と母の方が千五百円位であります、三人の収入を一緒にして生活するのでありますが仲々苦しくて困つて居ります八、私はこんどcの事件で逮捕状により御署に連れて来られましたのでその事について申上げます私は事件のあつたと言う一月二十四日には朝八時頃に起きて潮加減を見て午前十一時頃日頃から友達仲間であり仕事も一緒にしているa町 BkE〃 Bが集まり途中Ea村のBfを誘つて五人が歩いて一里計りあるan村aiの海岸に砂利揚げに行きました、a町adのBgさんの方の仕事であります、午後三時頃仕事を止めて皆が一緒に連れ立つて帰り四時半頃私の家の前で別れて- 337 -家で遊んで居りました、その て申上げます私は事件のあつたと言う一月二十四日には朝八時頃に起きて潮加減を見て午前十一時頃日頃から友達仲間であり仕事も一緒にしているa町 BkE〃 Bが集まり途中Ea村のBfを誘つて五人が歩いて一里計りあるan村aiの海岸に砂利揚げに行きました、a町adのBgさんの方の仕事であります、午後三時頃仕事を止めて皆が一緒に連れ立つて帰り四時半頃私の家の前で別れて- 337 -家で遊んで居りました、その aiの海岸に砂利揚げに行きました、a町adのBgさんの方の仕事であります、午後三時頃仕事を止めて皆が一緒に連れ立つて帰り四時半頃私の家の前で別れて- 337 -家で遊んで居りました、その日aiの仕事場で話合つて今夜Bgさんの所え勘定を貰いに行くということになつて居りましたが六時半前後にBm、E、Bの三人が来ましたので午後七時頃四人連れ立つて自転車で私はEの荷台に乗せて貰つて二粁計りあるBgさんの宅え行きました主人が不在でおばさんに勘定の事を話すと一寸出て行つたから間もなく帰るから待つて居てくれと言われました、暫らく待つたが主人は仲々帰つて来ませんでした、その中午後九時頃にEは〃娘の所え行くから″と言つて帰つて行きました。私の想像ではEはc村r Cp (二十才位)の所え度々遊びに行くのでそれだろうと思いました。残つた私達三人はBgさんの部屋で待つて居りましたが主人は帰りませんし寒くなつたので私が帰ろうと言い出すとBも帰ると言いましたがBmは金がないので困るからと言いますから十時二十分頃に私とBの二人はBgさんの宅を出て帰りました。Bの自転車に二人乗りでありましたので一粁計り行つたa町bpでパンクしました。それで自転車を押して歩いて帰りbiの新道路十字路の所でBと別れ私は家に帰り寝みました。十一時十分位前でありましたが翌朝迄出て居りません九、問一月中頃c村方面に行つたことはないか、答丁度成人の日(一月十五日)はc村 Fc(当二十年位)方え友達同志が遊びに行く申合せになつて居りましたので私は午後五時頃B方に行つて見ましたら、c村i A〃 D- 338 -の二人が来て居りました、Aは焼酒を飲んで相当酔うて居り、サイダー瓶に少し計り残つて居り 後五時頃B方に行つて見ましたら、c村i A〃 D- 338 -の二人が来て居りました、Aは焼酒を飲んで相当酔うて居り、サイダー瓶に少し計り残つて居りましたので私もコツプに一杯飲みました、午後六時頃四人連れ立つて其処を出て歩いてcに行きましたが、酔うているので少しふらふらして後れて歩いていたAがc村字zのDeと言う散髪屋の前の道路で後を振り返つて見ると木箱を担いで来て居りますのでBが止めました。 り 後五時頃B方に行つて見ましたら、c村i A〃 D- 338 -の二人が来て居りました、Aは焼酒を飲んで相当酔うて居り、サイダー瓶に少し計り残つて居りましたので私もコツプに一杯飲みました、午後六時頃四人連れ立つて其処を出て歩いてcに行きましたが、酔うているので少しふらふらして後れて歩いていたAがc村字zのDeと言う散髪屋の前の道路で後を振り返つて見ると木箱を担いで来て居りますのでBが止めました。eに行つてみると附近の青年十人許りが集まつてトランプをして居りましたので私達もその中に入りぜんざい一杯を御馳走になつてトランプをやり十一時頃迄遊びました。Aは先に帰つたと言つて居りませんでしたがD、Eと私の三人が帰り掛りますとDe髪屋の所で十人計りの青年が出て来て一寸待てと呼止め馬車の箱を道路に散らばした事で因縁をつけて来ましたのでDが仲に入つてAを探したが居りませんので明日の夕方来て話をつけようと言うことにして帰りました、その晩は外には何も変つた話もありませんでした、一〇、その後一月二十二日にB、Bf、E、Bm、Dと私の六人が出し合いで一杯飲もうと言うことになり正午頃a町bi Es 某 (朝鮮人)方に集り焼酒一升を買つて六人で飲みました其の外にも先程から申しました友達等と本年に入つても三、四回位焼酒を飲んで居りますが詳しいことは忘れてしまいました、私は焼酒なら二合位で丁度よい気持になりますが顏がほてつて眼がパチパチする程度で別に悪酔いするようなことはありません、空腹に焼酒を四合位飮んだら少し位ふらふらします、以上のとおり私は今回お尋ねのc村dKさん宅の事件には一切関係ありません私の友達は先程から申しましたD、B、E、Bm、Bf、Aの六人でありますがその 腹に焼酒を四合位飮んだら少し位ふらふらします、以上のとおり私は今回お尋ねのc村dKさん宅の事件には一切関係ありません私の友達は先程から申しましたD、B、E、Bm、Bf、Aの六人でありますがその- 339 -中Aは時々交際する程度で二人丈けが心易くすることはありません、一一、私は名前を変えたことはありませんが友達仲間では「C」と呼んで居ります、C右のとおり録取して読み聞かせたところ誤のないことを申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第二回供述調書本籍熊毛郡a町字u町bjノbk住居本籍地C当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月三十日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ任意左のとおり供述した。 変えたことはありませんが友達仲間では「C」と呼んで居ります、C右のとおり録取して読み聞かせたところ誤のないことを申立署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第二回供述調書本籍熊毛郡a町字u町bjノbk住居本籍地C当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月三十日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ任意左のとおり供述した。一、昨日申上げた中で間違つているところがあり私は二十四日の晩Kの家え行つて居りますから申上げます、一月二十四日の晩a町adのBgに行き午後十時少し過ぎに私とBの二人が帰つた事迄は十時のサイレンが鳴つて間もなく出たので間違いありません、途中自転車のパンクと言いましたが間違いでチエンが切れたのであります、二、Bが自転車を押して私の家迄帰りBを外の道路で待たして私は一寸家の中に入つてみましたら小さい電灯はついて居りましたが母等は起きて居る様な気配はあり- 340 -ませんでした。それで一、二分で直ぐ出てBと歩いて(Bは自転車を押していた)八海橋の向う側(c村側の橋際)迄行つて暫らくす 小さい電灯はついて居りましたが母等は起きて居る様な気配はあり- 340 -ませんでした。それで一、二分で直ぐ出てBと歩いて(Bは自転車を押していた)八海橋の向う側(c村側の橋際)迄行つて暫らくすると左側のi部落の方からAが歩いて来ました。それから四、五分も三人が其処で待つていると西南方のz部落の方からの大きい道路からE、Dの二人が一緒に歩いて来ましたそれで五人になりそこでAが〃Kの家ははエー物が沢山あるし自分が中の事情をよう知つて居るので今夜入ろうぢやないか〃と話しだしましたので四人の者もやろうと言うことになり、みんな歩いてBADの三人は海岸側の道路から私とEは山寄りの道路を行きました、道を二手に別れる前にAが自分が家の中を良く知つているから一番先に入るからと言いますので私は〃俺とEちやん(Eの意)は見張りをするぞ″と言うとAかBかゞ〃オー〃と答えましたので私達はその積りでおりました、三、私は今迄Kに行つた事はないがあの附近えは度々娘の家え遊びに行つてあれがKの家と言う位は知つておりました行つて見るとB等はまだ来て居らないので道路から更に道を通つてEと二人でKの家に行き寄り付きの所で待つて居りました、ポーツと明かつたので前の道路位迄は充分見透が利いて居りましたから月は出ていたのではないかと思いますが良く憶えません、五分も待ない中にB等三人は前の道路から畑の中か畑の構(畦間)を通つて南側から主家の後側に廻りました。 附近えは度々娘の家え遊びに行つてあれがKの家と言う位は知つておりました行つて見るとB等はまだ来て居らないので道路から更に道を通つてEと二人でKの家に行き寄り付きの所で待つて居りました、ポーツと明かつたので前の道路位迄は充分見透が利いて居りましたから月は出ていたのではないかと思いますが良く憶えません、五分も待ない中にB等三人は前の道路から畑の中か畑の構(畦間)を通つて南側から主家の後側に廻りました。それで私達も主家の前迄行つてみたが居らないので元の方え引返して見ると先程私達が居たところにB、A、Dの三人が居りました、多分北側を廻つて出たのだと思いました。私達四人がそこで待つて居る中にAは家の廻りを廻つて入口を探していましたが暫らくして時間は分りませんが割合早く中から主家と部屋の間の硝子障子を開けまし ました、多分北側を廻つて出たのだと思いました。私達四人がそこで待つて居る中にAは家の廻りを廻つて入口を探していましたが暫らくして時間は分りませんが割合早く中から主家と部屋の間の硝子障子を開けました。- 341 -それで其処からB、私、D、Eの順で一緒に入りました。その突当りは炊事場でありました。そこから南側(左手)に板の間があり次の間との境には障子が閉めてありましたが奥の方には薄暗い電灯がついて居りました。Eは直ぐ外に出ましたが、Aが先に板の間に上り、続いてBと私が上りました。そしてAが障子を開けて次の南側の間に入りましたので私達二人は板の間の敷居際に立つた儘中の様子に注意して居りましたがAは一人で更に東表の間やその南の奥表の間に入つて見て最後に納戸の間の北側の障子を二、三寸開けて中の様子をみて居りましたが直ぐに二尺計り開けてその間の中に盗び込みました、その時気付きましたが電灯はその間に十燭位のがついて居ります、そしてAは中で何かがさがさ探している模様でありましたが暫らくして〃アツ起きた〃とどなり私達の方に駈つて来て炊事場の方に行き、何処かその辺にあつた薪割を持つて納戸に走つて行き上向に寝ているおじさんの頭え打込みました、回数は憶えませんが一回位ではないかと思います、おぢさんはその瞬間ギヤツと一寸言いようのない声を出しました。その時Dは敷居際に立つている私の左側に来て居りましたが驚いて外に飛び出しました、Bは私の側で見て居りました同時におばさんも起きて中腰になり〃ワーツ〃と言うような声を出しました。 駈つて来て炊事場の方に行き、何処かその辺にあつた薪割を持つて納戸に走つて行き上向に寝ているおじさんの頭え打込みました、回数は憶えませんが一回位ではないかと思います、おぢさんはその瞬間ギヤツと一寸言いようのない声を出しました。その時Dは敷居際に立つている私の左側に来て居りましたが驚いて外に飛び出しました、Bは私の側で見て居りました同時におばさんも起きて中腰になり〃ワーツ〃と言うような声を出しました。おぢさんは頭を炊事場の方に向けて北寄りに寝て居りましたのでAか薪割を打込むのも良く見えました、おばさんは真中の当りに寝ていたように思います。おばさんが中腰になつたのでAがそれを後から両腕で喉をしめつけたら間もなくくにや 方に向けて北寄りに寝て居りましたのでAか薪割を打込むのも良く見えました、おばさんは真中の当りに寝ていたように思います。おばさんが中腰になつたのでAがそれを後から両腕で喉をしめつけたら間もなくくにやツとなりました。A一人がやりました、私はその時喉が乾くので炊事場に行き杓で壼の水を飲みました。Bは次の間に入つて立つて居りました。それからAは奥表(寝室の東側)の間に在つた箪笥の抽斗- 342 -をあれこれ開けて探して居りました。Bも寝室やその他を探し歩き、Aは板の間の次の間に在つた(何処か知らない)手提金庫を畳の上に出して中を探しました。私は水を飲んでからあちこち部屋の中を歩き廻りましたが別に探しは致しませんでした。Dは一度飛び出たが何時の間にか入つて来て炊事場に立つて見て居りました。Eはその時も外に居たと思います。一応探し終つたので出ようとしたがAが、〃おばさんがどうも生き戻るようなから吊り下げようぢやないか〃と言いましたのでBと私がそれが良かろうと言つて私とB、Eの三入がおばさんをかゝえて下の間に運びDが何処か台所の方から麻縄を持つて来ましたEは何時入つて来たか知りません、Dが縄を首に掛け私とBとEの三人が体をかゝえ上げAが縄を鴨居にかけ五人が吊しました。申し落しましたが最初Aが腕でおばさんの首を締め更に又寝室の南側の壁に着物と一緒にかけてあつた黒い紐で締めました、それで吊上げる際にもその紐がついて居りました、吊し上げる時はまだ体温はありましたが息は無かつたように思います。それで仕事が済んだので出ることになつたがAが〃俺が戸締をして出るから皆先に出ておれ〃と言いましたからAを除いた四人の者は入つたところから外に出ましたらAが中から戸締をして間もなく後から北側の畑の方に出て来ました又申落して居りますが出る 南側の壁に着物と一緒にかけてあつた黒い紐で締めました、それで吊上げる際にもその紐がついて居りました、吊し上げる時はまだ体温はありましたが息は無かつたように思います。それで仕事が済んだので出ることになつたがAが〃俺が戸締をして出るから皆先に出ておれ〃と言いましたからAを除いた四人の者は入つたところから外に出ましたらAが中から戸締をして間もなく後から北側の畑の方に出て来ました又申落して居りますが出る 〃俺が戸締をして出るから皆先に出ておれ〃と言いましたからAを除いた四人の者は入つたところから外に出ましたらAが中から戸締をして間もなく後から北側の畑の方に出て来ました又申落して居りますが出る時にDが奥の寝室にあつた火鉢の灰を撒きました、誰が言い出したか又その訳も知りません、又Bが探し廻る時手に出刃庖丁を持つているのを見ましたが何時何処から出して来たのか知りません、又何に使つたか知りません、四、私達四人は入つた所から出て道伝いに前の道路に出て帰り掛りますとAの家の- 343 -少し北の方で後からAが追付きましたがその辺から五人はばらばらになり私はEと二人で北に歩きました。八海橋の上で後から歩いていたAが〃小遣がなかろうから少いがこれをやろう〃と言つて私とEに五百円宛呉れました。二人共百円札計りでありました。又矢張り八海橋の上でAがBに二千円(千円札二枚)渡すのを見ましたから私は直ぐBに千円を貸せと言つてその中の一枚を借りました。Aはその際中古の上衣二、三枚位を左脇に抱えて居りましたが焦茶色であつたと思います。その外の品物は何も知りません。それからは真直ぐに帰りbでEと別れ一人で家に帰り直ぐ寝みましたが家にはお客もなく母も寝んでおりました。五、その晩の服装を申しますと、 1 私は船員帽に占領軍の雨合羽の様な生地の上衣、黒のニツカーズボン、白の靴下に黒の短靴をはいて居りました。これらは現在も全部家にあります。2 Bはねずみ色のジヤンパーの上に茶色のオーバを着て、白ちやけたホームスぱンの古ズボンをはき、無帽でゴム草履、軍手をはめて棒電池を持つて居りました、 3 Aはシヤツの上に草色がかつたオーバーを着、カーキ色のズボンをはき、帽子は憶えませんが下駄で棒電池を持つていました。4 Dは黒味がかつた 、軍手をはめて棒電池を持つて居りました、 3 Aはシヤツの上に草色がかつたオーバーを着、カーキ色のズボンをはき、帽子は憶えませんが下駄で棒電池を持つていました。 て、白ちやけたホームスぱンの古ズボンをはき、無帽でゴム草履、軍手をはめて棒電池を持つて居りました、 3 Aはシヤツの上に草色がかつたオーバーを着、カーキ色のズボンをはき、帽子は憶えませんが下駄で棒電池を持つていました。4 Dは黒味がかつた 、軍手をはめて棒電池を持つて居りました、 3 Aはシヤツの上に草色がかつたオーバーを着、カーキ色のズボンをはき、帽子は憶えませんが下駄で棒電池を持つていました。4 Dは黒味がかつたねずみ色のジヤンパーに黒のオーバー、黄味がかつた半チング下駄穿きでありました、 5 Eは- 344 -船員帽に、海上保安庁が着るコートのようなものを着、毛糸のシヤツ、黄色のナツパズボン、茶色の靴下に女物下駄をはいて居りました、六、Aから貰つた五百円の金は一月二十六日に徳山市に行き一人で駅前のFdと言う喫茶店でまんぢうやリンゴ、ビール(二本)を飲食して全部費いました。Bから借つた千円は一月二十七日の昼食頃母に千円札一枚で渡しました。この千円は金が出来たら何時かBに返す積りであります。尚Kの家では私は直接には何も盗つて居りません私がこの度した大変な悪い事は以上の通りで多少の考違いはあるか知れませんが決して嘘は言つては居りません。C右のとおり録取して読み聞せたところ誤のないことを申立て署名拇印した。前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第三回供述調書本籍熊毛郡a町u町bjノbk住居本籍地に同じC当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年一月三十一日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した。一、今度の事で皆が相談したことを申上げます一月十五日午後七時頃a町のB方にB、A、E、 署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左のとおり供述した。一、今度の事で皆が相談したことを申上げます一月十五日午後七時頃a町のB方にB、A、E、Dと私の五人が集りc村のeに- 345 -遊びに行くことになりましたその途中Aは焼酒を少々飲んでおりましたが行く道々で〃うちの近くにえゝ所があるからやろうぢやないか〃と言いますとBもこれに相槌を打つて居りましたが大体皆に異存がないのでAは更に〃二十四日頃にやろうから夕飯を食うてdの橋の所に集ろう〃と言いました、それで私もその気になつておりました。 上げます一月十五日午後七時頃a町のB方にB、A、E、Dと私の五人が集りc村のeに- 345 -遊びに行くことになりましたその途中Aは焼酒を少々飲んでおりましたが行く道々で〃うちの近くにえゝ所があるからやろうぢやないか〃と言いますとBもこれに相槌を打つて居りましたが大体皆に異存がないのでAは更に〃二十四日頃にやろうから夕飯を食うてdの橋の所に集ろう〃と言いました、それで私もその気になつておりました。時間はAが九時か九時半頃に集ろうと言いましたが中に、それではちつと早いから一時間位遅うしよう〃と言う者があつて結局Aが十時か十時半頃に集ろうと言うことにしました。次に一月二十三日の日が暮れてからBの家に行つて見たらB、E、Dの三人が居り暫らくしてAが来ました。その時Aが主になつて「此の話は絶対秘密にして外部に漏すまい、万一分つたら絶対に口が裂けても割るまい」と言いました。行先ははつきり言いませんでしたが、Aが物や金がよけーあると言うようなことを何回も繰り返し言いました。翌二十四日には何も打合せをしませんでした。二、二十四日の八時頃に四人がBgに行きEは九時頃に一人で先に帰り私はBと二人でそこの時計が十時二十分位過ぎた頃出ました。二人乗りで途中bpの所でチエンが切れそれからは押したまゝ歩いて私の家には立寄らずにBの家に行きました私は家の外で待つているとBは自転車を家の中に置いて五分位して出て来ましたので連立つて八海橋に行きました。行つて見ると橋のc寄りのたもとにAもEもDも待つて居りました。そこでAが、- 346 -〃行き先は俺の家の近くでKと言う家ぢやが、あ いて五分位して出て来ましたので連立つて八海橋に行きました。行つて見ると橋のc寄りのたもとにAもEもDも待つて居りました。そこでAが、- 346 -〃行き先は俺の家の近くでKと言う家ぢやが、あすこの家に行つたら金がある事は間違はないし、何処に何があると言うことはよー知つちよるから俺か先に中に入つて戸を開けるからお前等は入つてもよいし見張りをしてもえゝがついて来る事はついて来い、中のことは自分に任せー〃と言いましたその時のAの顔は何時もと少し変つて気が立つているように見えました。それからiの方に五人が下り、地蔵様の所の分れ路でAが〃CとEはこつちの道(山添の道)を行つてKの家の前で待つて居れ、俺等三人はこつちの道を行くから〃と言つてA、B、Dの三人が海岸の方の道を行きましたので私とEは二人で言われた通り山手の方の道路をKの家に行き寄り付きの入る道より北側の壁に寄りついて居りました私が〃えらー明いのう〃と言いましたがEはボヤツとして居りましたその中に三人が海岸の方の道路から上つて来て畑を通つて南側からKの家の方に寄つて来ました。 とEはこつちの道(山添の道)を行つてKの家の前で待つて居れ、俺等三人はこつちの道を行くから〃と言つてA、B、Dの三人が海岸の方の道を行きましたので私とEは二人で言われた通り山手の方の道路をKの家に行き寄り付きの入る道より北側の壁に寄りついて居りました私が〃えらー明いのう〃と言いましたがEはボヤツとして居りましたその中に三人が海岸の方の道路から上つて来て畑を通つて南側からKの家の方に寄つて来ました。そして三人の中二人は主屋の東南の角から三、四歩位の所にしやがみました一人はその儘裏側に廻りましたが私達は二人で元の所に居りますと一寸して左(北)側に居たEが肘で私を突きましたのでその方を振り向いて見たらAが直ぐ近くの部屋の東北の角の所に出て来て居りました。私達はAが家の中のことは俺に任せえと言つて居りますので何も言いませんでしたらAは直ぐその儘後に廻りました。それから十分位して主屋の方でガツタンガツタンと言う漸く聞える位の音がしましたのでその方に廻つてみましたら主屋と部屋の間の硝子戸を開けて居りオイオイと言うように言つて向うに居る二人を呼びましたので直ぐその二人が来ました。四人が入口に集る タンと言う漸く聞える位の音がしましたのでその方に廻つてみましたら主屋と部屋の間の硝子戸を開けて居りオイオイと言うように言つて向うに居る二人を呼びましたので直ぐその二人が来ました。四人が入口に集ると中からAがBの袖を引つ張りましたので直ぐBが中に入りました、それで私とDとEがその順に続いて中に入りました。台所を通つて板の間に上り更- 347 -に次の南側畳敷の間に上りますとAが両手で押えるような手真似をしましたので私達四人は家の勝手は分らずその儘しやがみました。Aはそれから又二、三遍入口の方を突くような手真似をしましたので直ぐEが外に出て行きました。私達がジーツとしているとAは何処を通つたか憶えませんが直ぐ東側の表の間に入つて行きました、それからはどちらに行つたか分りませんでしたが又間もなく私達の所え戻つて来ました、それからAは顔で南側の間を差すようにして〃こゝえ寝て居るけー〃と言つてその方に行き襖を一、二寸位開け様子を窺つて居りましたが間もなく体を横にして入れる位開けて中に入つて行きました。入ると直ぐ半分位襖を閉めて部屋の中を歩くような音はしましたが何をしているかは分りませんでした。最初一、二寸襖を開けた瞬間私達の居る薄暗い部屋に電灯の光りが漏れて来ました。 ませんでしたが又間もなく私達の所え戻つて来ました、それからAは顔で南側の間を差すようにして〃こゝえ寝て居るけー〃と言つてその方に行き襖を一、二寸位開け様子を窺つて居りましたが間もなく体を横にして入れる位開けて中に入つて行きました。入ると直ぐ半分位襖を閉めて部屋の中を歩くような音はしましたが何をしているかは分りませんでした。最初一、二寸襖を開けた瞬間私達の居る薄暗い部屋に電灯の光りが漏れて来ました。然しその光りは一、二燭位の小さい電灯のように思いました。その時Eが私達の所え入つて来て私に小声で〃どうか〃と聞きますので〃Aが中に入つて探しちよるんぢやがと言いました。一寸するとAが襖の間から頭を出して〃静かにせー〃と言つて襖を少し開けて私達の方に出てジーツと襖を閉めました、そのAが襖の所を出る瞬間Aのオーバの左ポケツトにポケツト一杯の巾で厚みの薄い草色がかつたような紙らしいものを入れその端が五分位上に出て居りました。又右胸のポケツトが相当膨らんでいるの めました、そのAが襖の所を出る瞬間Aのオーバの左ポケツトにポケツト一杯の巾で厚みの薄い草色がかつたような紙らしいものを入れその端が五分位上に出て居りました。又右胸のポケツトが相当膨らんでいるのを見ましたがAは入る前にはそんな物は無かつたので盗つたなと思いました。Aが私達の所に戻つて来て〃外はどうか〃と言いましたのでE〃が外はえゝ〃と答えはしましたが直ぐ外に出ました。- 348 -一寸間を置いてDが外に出ましたので私もしん気臭くなり一寸して出て行きました。そして私が〃アーツ〃と言つて空を見ると月はほゞ頭の上近くに上つて居り月影は殆んどありませんでした。申落しましたが私達四人が手前の間で待つている時Bが台所の方に歩いて行つて一寸して戻つて来ました。何をしたが分りませんが戻つた時は何も持つている様にも見えませんでした。三人が外に出て十分位も経つてから別に変つた様子があつた訳ではありませんでしたが矢張り家の中が気に掛るので私が〃オラ中に入るど〃と言つて最初入つた所から中に入るとEとDがついて来ました。その時一番後のDが戸を閉めたと思います。先程居た間に三人か立つて居りますとそこに居たAが又襖を開けて体を半分位中に入れたか入れないかの時中からぢいさんの〃誰か〃と言う声がしました。それで私達はびつくりして板の間から出口(侵入口)の方に硝子戸の近く迄走りましたBはその儘元の所に立つて居りました。 矢張り家の中が気に掛るので私が〃オラ中に入るど〃と言つて最初入つた所から中に入るとEとDがついて来ました。その時一番後のDが戸を閉めたと思います。先程居た間に三人か立つて居りますとそこに居たAが又襖を開けて体を半分位中に入れたか入れないかの時中からぢいさんの〃誰か〃と言う声がしました。それで私達はびつくりして板の間から出口(侵入口)の方に硝子戸の近く迄走りましたBはその儘元の所に立つて居りました。Aは私達の後を走り私達の方に来るかと思うと台所の方え行き直ぐ又寝室の方に走つて引返しました。何を取りに行つたかは分りません。私達三人は外に出ようかどうしようかと話しているとその時身が震えるような気持の悪い言いようのない変な声がしましたので私達三人は驚いて元居た座敷に飛び上りました、寝室との間の襖は人間が一人入れる位開いて居りまし 外に出ようかどうしようかと話しているとその時身が震えるような気持の悪い言いようのない変な声がしましたので私達三人は驚いて元居た座敷に飛び上りました、寝室との間の襖は人間が一人入れる位開いて居りましたがAはその中に入つて居りBは見えませんでした。座敷に上つた際奥で女の様な声で〃A〃と叫ぶのが聞えました。以上誰かと言われて飛び出てからそれ迄の事はほんの瞬間的なことでありました。私達が直ぐ襖の方に近寄るとAが中から襖を二寸位残して閉めました。それで私が〃オイ〃と声を掛けEが続いて〃何か〃と呼びました。その時中から変な声がしま- 349 -したので私が右手で襖を右の方に二尺位サツと開けて中に入るとEとDも続いて入りました。私が入ると同時位に何故か電灯が消えました。然しその部屋の西北の隅の少し上の方から微かにボーツと何か光のようなものがさして闇になれた私達の眼には部屋の中が多少見えました。見るとAは部屋の真中で向う向きになり膝をついて左腕をばあさんの首に巻き付け締め後に仰向けになつて居りました。ぢいさんは入口の方で頭を少し山手の方にしていたように思いましたが詳しいことは分りませんでした、然し動く気配はありませんでした。その頃Bが部屋に入つて来たがそれ迄何処に居たか知りません、Eも同時頃入つて来ました。Bは入つてくるなり〃A〃とAを呼びましたらAは返事はしませんでしたがビツクリしてばあさんの首を締めていた手を放しました。私は其の場の模様を見て恐ろしく気持が悪くなりましたのでDと二人で元の部屋に出ました。 の方で頭を少し山手の方にしていたように思いましたが詳しいことは分りませんでした、然し動く気配はありませんでした。その頃Bが部屋に入つて来たがそれ迄何処に居たか知りません、Eも同時頃入つて来ました。Bは入つてくるなり〃A〃とAを呼びましたらAは返事はしませんでしたがビツクリしてばあさんの首を締めていた手を放しました。私は其の場の模様を見て恐ろしく気持が悪くなりましたのでDと二人で元の部屋に出ました。その時AはBに〃みんなわ〃と言うとBは私達が外に出たと思つてか〃外〃と答えました。一寸して外から誰か入つて来ましたので透すようにして見るとEでありましたので私等もその方(板の間に近い方)に行きました。一寸してAが寝 と言うとBは私達が外に出たと思つてか〃外〃と答えました。一寸して外から誰か入つて来ましたので透すようにして見るとEでありましたので私等もその方(板の間に近い方)に行きました。一寸してAが寝室から〃来い〃と呼んだので三人(C、E、D)はその部屋に入つて行きました。AとBは部屋の真中の方にこちらを向いてボヤンと立つて居りましたがやがてAが「ソコソコソコ」と言いました。その声は平素と全く違つたとても上ついた声でありました。私達は意味が分らないのでボヤツとして居りましたがEが〃何か〃と言い続いて私が〃何の用か〃と言- 350 -いましたらAが〃これの切りをつけよー〃と言つて両手をばあさんの頭の方から両脇の下に入れて引き起しましたので私は上向になつているばあさんの左側から両手を背中に当てゝ支えるようにし、Eは私の反対側を持ちました。BはEの方から両脚を持ち上げましたらばーさんは尻の所が下つてくの字型になりました。Aの方が先に下表(東側)の間に運び出して下し私が〃いのうぢやないか〃と言うとAが〃一寸待て〃と言つて更に〃外に出て来るけエー〃と言い板の間を通つて土間の方に行きました、然し外に出た気配はなく間もなく帰つて来ました。Dは一緒に居りましたがばあさんを運ぶ手伝はしませんでした。Aは戻つて来ると直ぐばあさんを引き起してD一寸持つて居つてくれと言つたのでDが代つてばあさんを持ちました。そしてAは足元の畳に置いていた相当長い麻縄のようなものをとつて一人で首に巻き付け片方を上の鴨居に掛けその縄をAが引つ張り四人が体を持ち上げAが自分で縄をくゝりました。ばあゆんの体はよく憶えませんが余り高くありませんでした。 つて来ました。Dは一緒に居りましたがばあさんを運ぶ手伝はしませんでした。Aは戻つて来ると直ぐばあさんを引き起してD一寸持つて居つてくれと言つたのでDが代つてばあさんを持ちました。そしてAは足元の畳に置いていた相当長い麻縄のようなものをとつて一人で首に巻き付け片方を上の鴨居に掛けその縄をAが引つ張り四人が体を持ち上げAが自分で縄をくゝりました。ばあゆんの体はよく憶えませんが余り高くありませんでした。終つてAは〃自分が皆んなをこゝに連れて来たのは俺が悪かつた、然し誰も言わなければ此の事は分らんのじやけー〃 が自分で縄をくゝりました。ばあゆんの体はよく憶えませんが余り高くありませんでした。終つてAは〃自分が皆んなをこゝに連れて来たのは俺が悪かつた、然し誰も言わなければ此の事は分らんのじやけー〃と言いましたら、こんどはBが〃今からでも遅い事はない、何処えでも出られるんじやけー〃と言いました。私は初めAが運べと言つた時も「これはあたらん方がえゝが」と思つたが仕方なく手伝つたしその時は何んとも言えない嫌な気持でありました。次いでDが〃いのう〃いましたところAが〃家の中の物を何も彼もごちやんごち- 351 -やんにして出た方が良いんじやないか〃と言いますので私が〃どうしてか〃と尋ねましたらAが〃分らんように〃と言いました。それで私は誰が入つたとも分らんようにする積りだと思いました。それからBがボヤツとして居りましたが〃イノーイノー〃と言いましたので五人が山手の間の西北の隅に集りました。が直ぐ私達は入つた出口の方に行きE、D、私の順に三人は急いで外に出ましたが出口の戸は閉めませんでした。A、Bの二人は中に残り、私達は一緒に入つて来た道を伝つて大きい道路に出て更に海岸の方え家の間を東側の道路に出、それから私、E、Dの順で夫々一間位の間をおいて北の八海橋の方に向つて急ぎ足で行きました。旧八海橋(石橋)と八海橋の中間の西側にある国旗掲揚台を一寸過ぎた所でBが駈足で追突いてきて「一寸待て」と呼びましたので私が後を振り向いて〃何か〃と言うと〃bのバスの停留所で待たう〃と言いましたが私達はその外には一口も話す者もなくa町sのbe停留所に行きました。そして私達四人はbeの東側で道路との間によく物干をしている空地がありますがそこに入つてAが帰つて来るのを待つておりました。寒さに震え乍ら暫らくするとBが「誰か」と言つたので私はビ る国旗掲揚台を一寸過ぎた所でBが駈足で追突いてきて「一寸待て」と呼びましたので私が後を振り向いて〃何か〃と言うと〃bのバスの停留所で待たう〃と言いましたが私達はその外には一口も話す者もなくa町sのbe停留所に行きました。そして私達四人はbeの東側で道路との間によく物干をしている空地がありますがそこに入つてAが帰つて来るのを待つておりました。寒さに震え乍ら暫らくするとBが「誰か」と言つたので私はビ 行きました。そして私達四人はbeの東側で道路との間によく物干をしている空地がありますがそこに入つてAが帰つて来るのを待つておりました。寒さに震え乍ら暫らくするとBが「誰か」と言つたので私はビクツとして見ると丁度Aが〃オイ〃と言つてdから来る道路の西端の方から出て来ました。それで五人がかたまつたので私が「どうするんか」と言いますと直ぐAが「どうするちゆうて何か」と少し腹を立てたような返事をしました。私が平素Aにはよくチカチカするようなことを言うので腹を立てゝいたのだと思いましたそれからAがオーバーの右ポケツトから金を掴み出して先ず私に〃小遣に〃と言つて五百円呉れました。(百円五枚)次いでEに先程出した金の中から五百円やりました。Eは直ぐ左側にいて数えて居りましたが五枚と思いました。次にAの真ん前にいたBがAから貰つたようであつたが幾等貰つたかよく分りませんでした。それでAが一寸横- 352 -を向いたので私はその隙にBに小さい声で「千円」と言つて右手の親指を出して見せたら直ぐ千円札一枚をくれました。私としてはこの金はBから借つたので金が入り次第Bに戻す気持でありました。それでDが一人でdの方に帰り出したので私とEも一緒にbの方に歩きました。その際BとAは何かヒソヒソ話して居りましたが私達が〃いのう」と言つても動かずAが「jが面白いぞ」と言うような事を一寸言つておりましたので何処かえ行くのだと思いました。bのCi散髪屋の少し手前でEと別れ、Atの方に入つて裏町を通り役場の所からFgの所に出て家に帰りました。玄関の戸を開けようとしたが錠がかけてあるので店の方の開戸を押したら開きました、それでソツと中に入り炊事場との境の硝子戸を持ち上げるようにして音立てないように開けて中に入り、更に寝室との境の硝子戸も音を立てないように静 したが錠がかけてあるので店の方の開戸を押したら開きました、それでソツと中に入り炊事場との境の硝子戸を持ち上げるようにして音立てないように開けて中に入り、更に寝室との境の硝子戸も音を立てないように静かに開けて上り電灯は消えて居りましたが、その儘上衣とズボンを脱いで直ぐ寝ました。 入り炊事場との境の硝子戸を持ち上げるようにして音立てないように開けて中に入り、更に寝室との境の硝子戸も音を立てないように静 したが錠がかけてあるので店の方の開戸を押したら開きました、それでソツと中に入り炊事場との境の硝子戸を持ち上げるようにして音立てないように開けて中に入り、更に寝室との境の硝子戸も音を立てないように静かに開けて上り電灯は消えて居りましたが、その儘上衣とズボンを脱いで直ぐ寝ました。三、四十分間も経つたか暫らくうつらうつらしていると寝室の柱時計が三時を打ちました。私が帰つたのは家の者も誰も知らない様子でありましたがそれからは布団を頭からかむつて寝ました。二十五日は朝七時頃に起き、二十四日の午後Bgに行く前にEtが来て頼むので徳山市Fh建設に仕に行くことになつて居りましたがEa村のBfと外の用事で一緒に行くことになつて居りましたのでそれを待つてBfと二人で七時五十分のバスに乗りClに出て一寸待つて汽車で行き正午前にFh建設に行つてみましたらBやDも行つて居りました。二十四日の晩Kに行く時にAのオーバのポケツトがふくれて居りましたが何か知りません、酒に酔うているとは思いませんでした、然し誰が飲んでいたかアルコールの臭はしていました。- 353 -昨日言つたKの家に入つた時私が水を飲んだのは嘘であります。昨日八海橋でAが服を持つていたと言つたのも嘘であります。又Dが灰を撒いたと言いましたがそれは、Aが出る少し前〃何も彼もごちやごちやにしよう〃と言つて一寸した時バラバラツと何か撒いたような音がしましたが後でDのオーバーの前上の方に灰のような物がついていたのでそう思つたのであります。二十五日の朝起きた時母に〃ゆうべ誰か来たか〃と聞きましたら(気がとがめるので)母がBjさんが一寸寄つちやつたと言いましたがその時間は聞きません。この度申上げた事は私としては絶対間違いないと断言出来ます、但し多少の小さい考違はあるかも知れません、今全部 (気がとがめるので)母がBjさんが一寸寄つちやつたと言いましたがその時間は聞きません。この度申上げた事は私としては絶対間違いないと断言出来ます、但し多少の小さい考違はあるかも知れません、今全部申上げて良く考えて見ると本当に取り返しのつかない馬鹿なことをしたし、その中でも私やDEの三人は特に馬鹿な目に会つたと思つてくやしくてなりません。BとAは相当良いことをしたと思います。 るかも知れません、今全部 (気がとがめるので)母がBjさんが一寸寄つちやつたと言いましたがその時間は聞きません。この度申上げた事は私としては絶対間違いないと断言出来ます、但し多少の小さい考違はあるかも知れません、今全部申上げて良く考えて見ると本当に取り返しのつかない馬鹿なことをしたし、その中でも私やDEの三人は特に馬鹿な目に会つたと思つてくやしくてなりません。BとAは相当良いことをしたと思います。家探しをして物を盗つたのはAでBも一寸姿が見えませんでしたので多少仕事をしているか分りませんが他の三人は全然盗つては居りません。どうかよろしく御寛大にお願い致します。ばあさんを抱えた時はまだ体温がありました。C右のとおり録取して読み聞せたところ誤のないことを申立て署名拇印した。前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第四回供述調書本籍熊毛郡a町u町bjノbk- 354 -住居本籍地C当二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月二日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べたところ被疑者は任意左の供述をした一、金の使途は一月二十五日にFh建設の仕事でacえ行つた時、bq駅に降りて直ぐに映劇の前の喫茶店に行つて(十時頃)コーヒー二杯、稲荷寿司五ケ位を食べて百二十五円位支払つて出ました。店の名前は初めて行つたので知りません、そしてその隣りのゲーム屋に行きチケツトを三百円位買つて遊びました。私は勝目無しで結局三百円使いました。それから正午 ケ位を食べて百二十五円位支払つて出ました。店の名前は初めて行つたので知りません、そしてその隣りのゲーム屋に行きチケツトを三百円位買つて遊びました。私は勝目無しで結局三百円使いました。それから正午一寸前にDrのFh建設の仕事に行き午後二時頃仕事を済して一緒に仕事に行つていたD、Bと私の三人が入りました。EtとFi、Fjの三人は人が多いと言つて入れて呉れませんでした。それはFkで無声映画で無代でありました。帰りにbq駅で新聞を買おうと思つてポケツトを見ましたが金が見付らず喫茶店で千円札で支払つた後ゲム遊びで三百円計り払つた五百七十五円は捨たるかすられて居るのに気付きました。千五百円は一緒に持つていたが千円札を小さくする積りでそれで払いその釣銭は別の所に入れていたのであります上衣の右下のポケツトであります。 i、Fjの三人は人が多いと言つて入れて呉れませんでした。それはFkで無声映画で無代でありました。帰りにbq駅で新聞を買おうと思つてポケツトを見ましたが金が見付らず喫茶店で千円札で支払つた後ゲム遊びで三百円計り払つた五百七十五円は捨たるかすられて居るのに気付きました。千五百円は一緒に持つていたが千円札を小さくする積りでそれで払いその釣銭は別の所に入れていたのであります上衣の右下のポケツトであります。二十六日の午後四時頃仕事から帰りにbq駅前のFd喫茶店で残りの五百円を支払つて使い果したことは間違いありません。私は二十四日にKに行く前は手持の小遣銭等は少して持つて居りませんでしたがその晩の千五百円の外には、二十七日の正午頃- 355 -a町bi朝鮮人Es某方に行つて、前にacのドラム罐の仕事に行つた勘定を私とBf、B、Bm、Aq、Eと六人分を合計五千三百何円か貰つて帰り私の分が七百九十円ありましたのでその中から五百円(百円札五枚)をお母さんに手渡し二百九十円は小遣銭に持つて居りましたが皆勘定は夫々私が持つて廻つて渡してやりました、二百九十円の中Aq方に勘定を渡しに行つたとき、FlというBの女が居りましたのでそれに二十二日にEsで焼酒を飲んだ立替金二百円を渡しました。二、その日の午後五時頃Aq方に遊びに行くとD、B、Eが来ましたのでパンを食つたりして話しましたが、Bはafの方に行くような事を言つておりました。その時 sで焼酒を飲んだ立替金二百円を渡しました。二、その日の午後五時頃Aq方に遊びに行くとD、B、Eが来ましたのでパンを食つたりして話しましたが、Bはafの方に行くような事を言つておりました。その時勘定が違うと言うのでFlから三十五円貰いましたので百二十五円になりますがその金は煙草等を買つて全部使いました。二十七日の午後brで散髪して五十円払いその隣りで焼まんじうを三、四十円位買つて食いました。Bはafの方に行くように言つておりました。二十八日にはacに仕事に行き午後八時頃家に帰りますと弟(Fm)がEちやん等が警察の所に居るから来いと言う事だと言いますので直ぐ警察の方へ来ましたら途中警察の方が二人来られるのに会い一寸来て呉れないかと言われますから一緒に来たのであります。三、私にはこれと言つて懇意にする女はありませんがFn方に遊びに行くことがあります。金は何時も余りありませんがa町u町 Fo洋服店に昨年春合服を作つて貰つた残金が二千五百円位借りになつて居ります外には借金はありません。 Fm)がEちやん等が警察の所に居るから来いと言う事だと言いますので直ぐ警察の方へ来ましたら途中警察の方が二人来られるのに会い一寸来て呉れないかと言われますから一緒に来たのであります。三、私にはこれと言つて懇意にする女はありませんがFn方に遊びに行くことがあります。金は何時も余りありませんがa町u町 Fo洋服店に昨年春合服を作つて貰つた残金が二千五百円位借りになつて居ります外には借金はありません。四、Kの家に入る時は私は黒の短靴をはいて居りましたがAが開けた入口を入る時- 356 -に脱いで置きました。他の者も脱いで入つたのではないかと思いますがはつきり憶えません二十四日の晩Adからの帰りは大きい道路を私の家の前を通りsの停留所の十字路から左にとり八海橋の袂から右に入つてB方に行きました。C右のとおり録取して読み聞せたところ誤のないことを申立て署名拇印した。前同日熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第五回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字住居右同 熊毛地区警察署司法警察員警部補Eo第五回供述調書本籍山口県熊毛郡a町大字住居右同日稼人夫C昭和三年十二月十三日生満二十二年右の者に対する強盗殺人被疑事件につき昭和二十六年二月三日熊毛地区警察署において本職はあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げて取調べた処被疑者は任意左の通り供述した。一、先日取調べを受けました時に申し落した事や是迄に嘘を申述べて居りますので其の事に付いて詳しく申上げます。二、一月十五日の事であります、私は当日夕飯を済まして一人が歩いてa町hのB方に行きました、先方に着いたのが七時頃であつた様に思います。Aは己にB方に来て居り私の後にEDの二人がどちらが先であつたかやつて来て五人が集合しました。- 357 -其の時Aは相当酒に酔うて居りまして其の上四合瓶入りの焼酒を一本持つて来て居りました、其の焼酒を其処でコツプに一杯もらつて飲みました。他のものも一杯あて位い飲みました。其の時Aだつたと思いますが良い金儲けがあるからやろうじやーないか、と主にBと話して居るのを私等は呑み乍ら傍で聞いて居りました。三、一月十九日の事であります当日は仕事もなかつたので私は昼飯を食つてB方に遊びに行きました丁度Bの心安くして居るFlが来て居ると言ふ話しで行つたのでありますがBもFlも居らず待つて居りますと二時か三時頃Eが迎えに来てa町のM旅館にB等が居るから遊びに行こうと言いますので連れ立つて行きました其の晩Mには私と、A、B、E やろうじやーないか、と主にBと話して居るのを私等は呑み乍ら傍で聞いて居りました。三、一月十九日の事であります当日は仕事もなかつたので私は昼飯を食つてB方に遊びに行きました丁度Bの心安くして居るFlが来て居ると言ふ話しで行つたのでありますがBもFlも居らず待つて居りますと二時か三時頃Eが迎えに来てa町のM旅館にB等が居るから遊びに行こうと言いますので連れ立つて行きました其の晩Mには私と、A、B、E 言ふ話しで行つたのでありますがBもFlも居らず待つて居りますと二時か三時頃Eが迎えに来てa町のM旅館にB等が居るから遊びに行こうと言いますので連れ立つて行きました其の晩Mには私と、A、B、E、DとBの女のAdちゃんと其の友達と言ふ女とが集つて話したのであります。其の時Bの女が焼酎を一升買いましたのでMでテンプラを肴にして皆で飲んだのであります。其の時でありました、Aが自分の知つたとこにえゝ処かあるからやろうじゃーないか、と盗みをする話をしました。其の晩私は午后六時頃暗くなつてから帰へりました、其の時は他の者は未だ其処に残つて居た様に思います。其の時四、五時間Mで話して居りますが酒を呑んでぐだぐだ話したのでありますが私は酒に酔うて一時其処に寝たので其の時の話の内容に付いてははつきり覚へません娘や仕事の話しはやつたと思います。四、次ぎは一月廿三日の事であります、其の日のゴ七時頃Bの家に、- 358 -私とEDAが集合しBと五人で話しました。其の時Aが明日の(廿四日)晩十一時頃八海橋に集ろう、自分方の近くのK方に物とりに行こうと言いました、其の時Aは又其の家は近所でもあるし家の様子は良く知つている、金も大分持つて居るらしいと言いました其の話しをしたり雑談して午后十時過ぎ頃自宅に帰つて寝たのであります五、廿四の夜八海橋の処へ集る迄の話しは前回申し上げた通りであります八海橋のc側の端にBgから帰つてから後行きますと未だ誰れも来て居らず間も無くBEDAが来ました其して橋をa側に後戻りし旧橋の方へ少し行つた処の土堤で五人が今夜の事に付いて話合いました其の時B、Aから私とEとDは見張りをやれ、家の中の事はAとBとでやるからと言いました其れから五人で現場に歩いて行きました、行つた道 方へ少し行つた処の土堤で五人が今夜の事に付いて話合いました其の時B、Aから私とEとDは見張りをやれ、家の中の事はAとBとでやるからと言いました其れから五人で現場に歩いて行きました、行つた道は中の道でありますA方の附近で皆が又集つて若し捕まつてもお互いに口を割らん様に心掛けーとBが言いましたそれから前申述べました様にしてKの家の所に行きAが北側を通つてK家の後ろの山側の方に廻り他の四人が風呂場の処で待つて居ると暫くしてAが正面側の北側の出入口の硝子障子を開けて呉れたので私DEと其処から中に入つて行きました其の時Bも後ろに入つて居りました其の時家内は真暗でありましたのでAかBかゞ棒電池をもつて居たと思います、其- 359 -れで炊事場をAとBが探してAがナタをBがホウ丁を持つて居りました、其れからAを先頭にしてB私Dと台所の板の間から座敷に上りました、Eも上つたと思いますAが奥の部屋を開けますと薄暗い電燈が中にともつて居りました其の時おぢいさんの声らしく誰れかと言ふ声が聞こえて来ました私はびつくりして台所まで逃げましたが其の時AとBが続いて其の部屋内に入つて行たのでありますAが入つてからぢいさんを切るか叩くかしたらしく中でぢいさんの悲鳴が聞こえて来ました私は其の后其の奥の部屋の近く迄行つて居りましたが其の時おばあさんがAの名前を呼んだ様でありました其の時おばーさんが起きて来るのをAがとびかゝつて行つて後ろ側からおばあさんを倒して首を締めたのでありますBも其の時直ぐおばあさんの傍に行きました私は怖ろしいので次の部屋の蔭に小さくなつて震いて居りました其の時Bや他の者等が何をしたか私は怖ろしかつたので余りはつきり覚へて居りません奥の部屋からはおばあさんの苦しい様な変な声がして居りました 居りましたが其の時おばあさんがAの名前を呼んだ様でありました其の時おばーさんが起きて来るのをAがとびかゝつて行つて後ろ側からおばあさんを倒して首を締めたのでありますBも其の時直ぐおばあさんの傍に行きました私は怖ろしいので次の部屋の蔭に小さくなつて震いて居りました其の時Bや他の者等が何をしたか私は怖ろしかつたので余りはつきり覚へて居りません奥の部屋からはおばあさんの苦しい様な変な声がして居りました しいので次の部屋の蔭に小さくなつて震いて居りました其の時Bや他の者等が何をしたか私は怖ろしかつたので余りはつきり覚へて居りません奥の部屋からはおばあさんの苦しい様な変な声がして居りました私がのぞいて見ますと婆さんは頭を北に向けて顔を伏せて居りましたAが来いと言いますので私や他のものも中に入りますとお婆さんを次の部屋に出そうと言いますので私は頭の方をAが足の方を中程をBが他の二人が他の何処かをもつて皆で次の間に出しましたするとAが縄をもつて来いと言ふとDだつたと思います縄を何処からか持つて来- 360 -ました其して其の縄をAかもらつて婆さんの首にくゝり鴨居に釣つた様に思います他の者は婆さんを抱へ上げて其の手伝をしました私とDとEは其の部屋に居りますとAとBの二人が奥の部屋を探し初めました其の前婆さんを釣つて奥の部屋に入る時Bが部屋の中をむちやくちやにして置こうと言つて居りました暫く奥の部屋を探して二人は下の間に出て来ました庖丁やナタはやつてからのち何処に抛つて有つたかはつきり覚へません私等はE、Dと共に侵入口から外に出ました暫らくしてBが其処から出て来ました出入口はAが締めて裏の方から北側の方を通つて出て来ました私等は家から先に出て中の道の処に行きました、Bは家から出るのは見ましたが道路に出るのは少し遅れた様であります最後にAが来て道路に一応五人が集まり、私とDとEが先に五米余り遅れてBAがずつと歩いて中の道を歩いて八海橋の処迄行きました其して八海橋の処でBが此の事件がもらしたらいけん、お互いに皆気を付けよう良い仕事があつたら他所へ出よう、口をすべらした者はどうこうと、とに角口を割るなと言ふ意味の事を申合ひました其れから八海橋を渡つて川に沿うて下り一本松の辺にしゃがんでお 互いに皆気を付けよう良い仕事があつたら他所へ出よう、口をすべらした者はどうこうと、とに角口を割るなと言ふ意味の事を申合ひました其れから八海橋を渡つて川に沿うて下り一本松の辺にしゃがんでお金を分けてもらつたのであります私はその時Aから五百円Bから千円もらいました- 361 -其の時、AはEに五百円Dに五百円か千円Bに弐千円やつた様に思います、又BはEに五百円、Dに五百円か干円やつた様でありました私は其れから三人と別れてEと二人で裏町を通つてEの前でEと別れ其れからbs町からbtの前を通り役場の前に出て其処からFgの前に出て自宅に帰つたのであります家に帰つたのが時計は見ませんでしたが一時前後ではなかつたかと思いますそれから床に入つて寝たのであります、私はKの家に行く時は革靴をはいて居りましたが現場でも別に靴はぬがず座敷に上る時は靴をぬいで上りました先程申上げました分け前の事でありますが、BからEに五百円、Dに五百円か干円と申しましたのは間違いで私が千円もらつた丈であります、C右の通り録取して読みきかせた処誤りのない旨申立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Em右各供述を熟読して、まず気の付くことは、被告人らはいずれも自己の立場を少しでも有利にすべく隠し立てをしておりながらも、包みきれず徐々に真相に近づきつつある供述をしていることである。 した分け前の事でありますが、BからEに五百円、Dに五百円か干円と申しましたのは間違いで私が千円もらつた丈であります、C右の通り録取して読みきかせた処誤りのない旨申立て署名拇印した前同日熊毛地区警察署司法警察員巡査部長Em右各供述を熟読して、まず気の付くことは、被告人らはいずれも自己の立場を少しでも有利にすべく隠し立てをしておりながらも、包みきれず徐々に真相に近づきつつある供述をしていることである。その間には一見明瞭な嘘と見られる供述がないことはない。Cの供述にはその傾向が多分にある。また各供述の間には喰い違いもあり、一方の供述にある事実が他方の供述にないとか各供述の確実性を疑わしむるものあるこ には一見明瞭な嘘と見られる供述がないことはない。Cの供述にはその傾向が多分にある。また各供述の間には喰い違いもあり、一方の供述にある事実が他方の供述にないとか各供述の確実性を疑わしむるものあることは原判示のとおりであろう。しかし、共犯者の供述は枝葉末節に至るまで符節を合するように合致するものではない、むしろその合致しないところに、- 362 -誰に教えられたのでもなく、また互にしめし合せているのでもないことがはつきりし、その真実性を認めるの一助となるものである。被告人らの供述の場合においてもその例外ではない。右供述を仔細に検討すれば、A供述と一致する点が多々あり、また各供述の間でも至極微妙な点で一致し、犯行の現場に赴いたものでなければ到底語り得ないことをすらすらと述べていることに気付くであろう。しかも、語るに落ちてDは「金を分けるときBが私達に若し分かつて警察へ行つても警察は山をかけるから云わない様にせい。証拠があがらねばいいのである。検察庁や裁判所に行けば無罪になるから、一日何んぼかで金が貰えるからというようなことを皆のものに云いました」云々といつているのである。これなど戦後の新しい裁判所の事情に何程か通じているものの言であり、教えられたり、そそのかされたりして出てくる発言とは到底認められない。むしろそれはBがAに対しテレンポレンの事を云うて検察庁や裁判所を胡魔化さうという趣旨のことを云つたというAの供述と一脈相通ずるところのものがあるものと考えるのである。以上を要するに被告人らの右供述の推移は新鮮で生々しく、決して大筋を外れてはおらず、彼らか当夜参々伍々八海橋附近に集合し、Aと同行して兇行現場に赴き、兇行に及んだことはAの供述と相俟つて容易に看取できるものと認められるのである。 れない。むしろそれはBがAに対しテレンポレンの事を云うて検察庁や裁判所を胡魔化さうという趣旨のことを云つたというAの供述と一脈相通ずるところのものがあるものと考えるのである。以上を要するに被告人らの右供述の推移は新鮮で生々しく、決して大筋を外れてはおらず、彼らか当夜参々伍々八海橋附近に集合し、Aと同行して兇行現場に赴き、兇行に及んだことはAの供述と相俟つて容易に看取できるものと認められるのである。ところで原審は被告人らの右供述は警察当局の拷問によ 彼らか当夜参々伍々八海橋附近に集合し、Aと同行して兇行現場に赴き、兇行に及んだことはAの供述と相俟つて容易に看取できるものと認められるのである。ところで原審は被告人らの右供述は警察当局の拷問によるもので、任意性を欠き証拠価値のない疑濃厚であると云うのである。そしてその説明に数頁を割いているのである。ここで銘記して貰い度いことは、最高裁判所の差戻判決が拷問強制、欺罔等により任意性を欠くものとは認められないと判示し、しかも、原審が被告人らの右供述が任意性を欠くと判断した資料を大体斟酌しての判断なのである。勿論、右差戻判決の判断は原審をそのまま拘束するものではないであろう。しかし差戻判決は任意性の点を、原判決破棄の理由とはしていないのである。しからば下級裁判所としては、最高裁判所の右判断を一応尊重することこそそのあるべき態度ではなかろうか。その点はともあれ、- 363 -原審は被告人らの犯行に関する供述はこれを冗々しいまでの説明で信憑できないと云つていながら、事任意性の点になると物的証拠や証言を示してはいるが、被告人らの訴言を何んの疑をも差し挾まず容れているのである。その何の故なるやを解するに苦しむ。原判決は次の如く云うのである。「そこで原審並びに当審で取り調べた証拠によつて検討をする。証人Fpの証言当審証人Fq、同CEyの各証言昭和二六年一月二九日平生署において係官が撮影したCの写真及びその上衣を綜合すれば、Cは一月二八日平生警察署に出頭し、同署に留置されている間に着用していた上衣が何らかの原因により破損したので、二月三日岩国少年刑務所に廻される前に監視に当つていたFpに依頼し、右上衣を宅下げした事実を認めることができる。この事実にCの供述を参照すると、同人の供述するとおりの拷問があつたとは認め難いにしても、少くとも刑事の取調過程にお 九日平生署において係官が撮影したCの写真及びその上衣を綜合すれば、Cは一月二八日平生警察署に出頭し、同署に留置されている間に着用していた上衣が何らかの原因により破損したので、二月三日岩国少年刑務所に廻される前に監視に当つていたFpに依頼し、右上衣を宅下げした事実を認めることができる。この事実にCの供述を参照すると、同人の供述するとおりの拷問があつたとは認め難いにしても、少くとも刑事の取調過程にお る前に監視に当つていたFpに依頼し、右上衣を宅下げした事実を認めることができる。この事実にCの供述を参照すると、同人の供述するとおりの拷問があつたとは認め難いにしても、少くとも刑事の取調過程において上衣が破損したという事実は否定し得ないように思われる。次に証人Fq及当審証人Frの証言によれば、Bは勾留されていた岩国少年刑務所で担当弁護人Fqに拷問の事実を訴え、且つそのため鼻血が出て着用していた上衣に血がついていた現物を示したこと、同弁護人はBより示された上衣に付着しているものが血痕であると判断し、原審一回公判で右上衣に付着している血痕がBのものであることの鑑定を請求したが採用されなかつたものであること及びその頃Bは同房者Frにも右と略同様のことを洩したことを各々認め得る。以上の事実にBの供述を綜合すると、Bは警官より取り調べを受ける過程において鼻血を出して、それが着用していた上衣に付着したものと推定せざるを得ない」という。 (この場合にもBの供述はそのまま信用しているのであるが、それはそれとしてこのような推論の方法があるであろうか。)続いて原判決は「以上説示した事柄に当審証人Fs、同Fqの各証言、原審証人Gbの証言を綜合し、更に被告人らの各供述及びこれらの供述と勾留関係記録とによつて認められる、各被告人が一度犯行を自白しながら、一月三〇日平生署において、検察官の取り調べ及- 364 -び裁判官の勾留尋問を受けた際、期せずして一様に犯行を否認し寃罪を訴えている事実、しかも被告人らが本件のような重大事犯に関して、関係証拠に抵触すると推測される事柄についても敢えて自己に不利益な供述をなしている事実を参照して考察すれば、被告人らが強調するとおりの拷問があつたものとは認め難いにしても、自白調書作成前の刑事等による下調べ段階において、犯行を否 事柄についても敢えて自己に不利益な供述をなしている事実を参照して考察すれば、被告人らが強調するとおりの拷問があつたものとは認め難いにしても、自白調書作成前の刑事等による下調べ段階において、犯行を否認する被告人らに対し何らかの暴行をなし、或は夜間、程度を超えて尋問を継続し睡眠不足に陥らしめる等、有形無形の圧力を加え、これによつて被告人らをして心にもなく犯行を自白させた疑いが濃厚である」と断定しているのである。 ても敢えて自己に不利益な供述をなしている事実を参照して考察すれば、被告人らが強調するとおりの拷問があつたものとは認め難いにしても、自白調書作成前の刑事等による下調べ段階において、犯行を否認する被告人らに対し何らかの暴行をなし、或は夜間、程度を超えて尋問を継続し睡眠不足に陥らしめる等、有形無形の圧力を加え、これによつて被告人らをして心にもなく犯行を自白させた疑いが濃厚である」と断定しているのである。(その根拠の薄弱さ論外である。)そして、原判決は更に一方において「被告人らの自白供述は共同犯行を認めてはいるものの、個々の具体的事実に関しては区々まちまちで統一を欠き、Aの供述とも抵触する部分が数多く散見されるから自供調書を作成した担当警察官が自己の推理或はAの自白内容をすべて強引に押しつけたと見ることはできない。さればといつて、被告人らが自発的に各自白調書記載のような供述をなしたものと認め難いことは既に述べたとおりである。それではなぜ右のような結果が現れたのであろうか、この点について被告人らは前掲拷問に関する供述に付加し一様に取調官によつて強制ないし誘導尋問がなされた旨供述しているのである」と云い、Eの公判における供述とCの前上告審に提出した上告趣意書の記載とを引用した上更に「B、Dの両名はE、Cの供述に比較しより一層強力な強制ないし誘導尋問を行われた旨を訴えている。これらの供述ないしその記載を前段で記述した事情に照し合わせると、各被告人が共同犯行を一応自白するまでの段階において一様に強力な圧力が加えられその後の個々の具体的事実に関する取調方法(特に誘導の方法、程度、巧拙等)については担当係官の如何によつて個人差があつたものと推測できる。次に被告人らの自白調書とAの警察調書とを比較検討してみると、被告人らの供述は相互矛盾し且つA 調方法(特に誘導の方法、程度、巧拙等)については担当係官の如何によつて個人差があつたものと推測できる。次に被告人らの自白調書とAの警察調書とを比較検討してみると、被告人らの供述は相互矛盾し且つAの供述にも抵触するとは云え、その根幹となる荒筋においては、Aの- 365 -供述に追随したと推測される形跡が顕著であり、一方においてAが警察において秘匿し検察官に対し或は原審ではじめて自供した事実については被告人ら四名の各自白調書に片言の記載をも発見できないのである。 によつて個人差があつたものと推測できる。次に被告人らの自白調書とAの警察調書とを比較検討してみると、被告人らの供述は相互矛盾し且つAの供述にも抵触するとは云え、その根幹となる荒筋においては、Aの- 365 -供述に追随したと推測される形跡が顕著であり、一方においてAが警察において秘匿し検察官に対し或は原審ではじめて自供した事実については被告人ら四名の各自白調書に片言の記載をも発見できないのである。以上記述したところを綜合すれば、被告人らの自白供述が変転し且相互にくい違い、又一方においてAの警察供述とも抵触することは(中略)係官の取調方法特に圧力のかけ具合及び誘導の程度、巧拙に関する個人差、被告人らのこれに対する応接の態度、性格の強弱等がからみあつた結果生じた現象と推測できる。そして被告人らの各自白調書が下調べ担当者とは別異な係官によつて調査作成されたものであることは、被告人らの供述によつてもこれを知るに十分であるが、同時に又該調書作成者による取り調べが、刑事等による前掲不当な下調と殆んど時を接してなされたものであることも証拠上否定し得ないところであるから、このような条件の下に作成された被告人らの自白調書はその任意性について疑問なきを得ないというのである。」その叙述の曖昧にして晦渋なるいつたい何を云わんとするか、補捉するにくるしむのであるが、要するところ、独断的説明を合理化すべく苦しい弁明に終始していると思われるのである。しかもその認定たるや自信のない推測の域を一歩も出ていないのである。この程度の叙述では、被告人らの警察での自供が拷問、強制、誘導等によつて導き出されたものであるとか或はその疑があるものであるとは到底首肯し得られない。むしろ当審の判断によると、右各供述の推移 ある。この程度の叙述では、被告人らの警察での自供が拷問、強制、誘導等によつて導き出されたものであるとか或はその疑があるものであるとは到底首肯し得られない。むしろ当審の判断によると、右各供述の推移変遷が、如何にも自然的に発展し、各供述の間の喰い違いも、またA供述との間の不一致も、むしろその供述の自由さを物語りこそすれ、少しも無理を感ぜしめず、もし何らかの圧力が加えられたであろうならばもつと作為的な供述があるであろうに、その形跡が認められないのである。されば、被告人の各供述は原判決の云うように任意性を欠くとかその疑のあるものであるなどとは到底認められないのである。 判断によると、右各供述の推移変遷が、如何にも自然的に発展し、各供述の間の喰い違いも、またA供述との間の不一致も、むしろその供述の自由さを物語りこそすれ、少しも無理を感ぜしめず、もし何らかの圧力が加えられたであろうならばもつと作為的な供述があるであろうに、その形跡が認められないのである。されば、被告人の各供述は原判決の云うように任意性を欠くとかその疑のあるものであるなどとは到底認められないのである。それ故原判決の右説示はその理由において不備であつて、是認できない。- 366 -第五、K夫婦の死亡時刻、すなわち兇行時刻は、アリバイの成否を決定する上において、またA供述の信憑性の如何につながる問題としてこれを決定することは本件において重大であることは、原判決指摘のとおりである。原判決は、被害者夫婦の屍体解剖の結果、Ft、Fu、Fv三鑑定人の鑑定の結果によつて胃の内容物から推理した結論に副つてこれを推論しようとする。その態度は不合理とは思わない。原判決はFt鑑定書によれば、K夫婦が最終食事をした後死亡するまでの時間を約三時間と推定する旨の記載があり、Fv鑑定書によれば、右の時間を三時間ないし四時間と推定する旨の記載あり、直接解剖を担当したFu鑑定人の鑑定によれば、K夫婦は夕食後二時間ないし四時間を経過した頃に殺されたことになり、三者を綜合すれば、三時間の公算が最も多いものと認められるというのである。しかし右三鑑定の受取り方、推論の過程には多大の疑なしとしない。まず、Ft鑑定についてであるがその鑑定書には判示のような明快な結論が記載されていない。同鑑定書を仔細に検討すると、同 というのである。しかし右三鑑定の受取り方、推論の過程には多大の疑なしとしない。まず、Ft鑑定についてであるがその鑑定書には判示のような明快な結論が記載されていない。同鑑定書を仔細に検討すると、同鑑定は結論としてK夫婦の食後死亡までの時間は資料不足のため決定できず、但し、食後死亡までの経過時間は両人とも目覚めている普通の生活様式で大体三時間前後であろうという程度の推定は可能であるというのである。すなわち、右但書の場合だけが、大体三時間前後であろうと推定することが可能だというだけなのである。しかるに、原判決は、本件の場合が右但書のような具体的条件の備つている場合かどうかという点については何ら言及していないので、ただ漫然と右三時間とある点だけを捉えてFt鑑定書には云々の記載ありと云つているのである。 目覚めている普通の生活様式で大体三時間前後であろうという程度の推定は可能であるというのである。すなわち、右但書の場合だけが、大体三時間前後であろうと推定することが可能だというだけなのである。しかるに、原判決は、本件の場合が右但書のような具体的条件の備つている場合かどうかという点については何ら言及していないので、ただ漫然と右三時間とある点だけを捉えてFt鑑定書には云々の記載ありと云つているのである。同鑑定書を十分に咀嚼していないものというの外はない。Ft鑑定書の全文を熟読通覧すれば、同鑑定人は問題の点は結局結論し難しというのであつて、これでは本屍体に対する疑問を解明するに足る資料とはなし難いのではないか。次にFv鑑定についてであるが、原判決はFv鑑定書には前述のごとく前示時間を三時間ないし四時間と推定する旨記載されていると判示しているのであるが、その判- 367 -示もFv鑑定を十分理解しているとは思われない。すなわち、Fv鑑定は次の如く云う、屍体の胃内に停滞している食物の種類並びにその消化状況を基準としての死亡時刻の判定は検索が杜撰に流れ易く結果については不確実のそしりを免れ難い。けだし摂取した飲食物の消化器内における運命は諸種の条件によつて常に同一の経過を辿るものではないからである。徒つて摂取した食物の消化管殊に胃内における消化程度又はその他の胃の詳細なる所見を補えたといえどもその摂取後の経過時間並びに摂取時刻の確実なる判定は不可能 に同一の経過を辿るものではないからである。徒つて摂取した食物の消化管殊に胃内における消化程度又はその他の胃の詳細なる所見を補えたといえどもその摂取後の経過時間並びに摂取時刻の確実なる判定は不可能であるといつても過言ではない。胃の運動は食物の種類、調理の方法、量等によつて同一でないのみならず個人の全身体的状態、食後の身体の動静、殊に感情や気分に関するところが多い。このようないろいろな条件によつて摂取した食物の胃内の停滞時間は容易に判定し難い処といわざるを得ないと前提した上(中略)、K夫婦はその死亡前三時間ないし四時間の頃に食事をとつたものと推測されると云い、更に、原審における証言としてこの点を補足し、その前提において胃内の消化状況に影響ある諸条件が不明であることを念頭において本件に対処すれば元来正確な経過時間を推測することは困難であると説示しつつ、強いて推測すれば、死亡前三時間ないし四時間の頃と表現し得るであろうと云つているのである。 といわざるを得ないと前提した上(中略)、K夫婦はその死亡前三時間ないし四時間の頃に食事をとつたものと推測されると云い、更に、原審における証言としてこの点を補足し、その前提において胃内の消化状況に影響ある諸条件が不明であることを念頭において本件に対処すれば元来正確な経過時間を推測することは困難であると説示しつつ、強いて推測すれば、死亡前三時間ないし四時間の頃と表現し得るであろうと云つているのである。このような鑑定人の判断を原判示のように端的にFv鑑定書には右の時間を三時間ないし四時間と推定する旨記載ありとして重要な事実認定の資料に供し得るであろうか。鑑定資料の杜撰な受取り方と云うの外はない。それにもまして疑問とするのは前示三鑑定人の鑑定の結果の綜合判断である。原判決はいとも簡単に三者の鑑定を綜合すれば三時間の公算が最も多いものと認められると断定しているのである。しかしFv鑑定によると三時間ないし四時間余と言つているのであるから三時間でもあろうが四時間であるかもしれないしまたそれをオーバーしているかもしれないのである。またFu鑑定によれば老夫婦は夕食後二時間ないし四時間を経過した頃に殺されたというのであるから二時間後に殺されたかもしれ- 368 -ずまた四時間後に殺されたやもしれずその蓋然性は結局茫 のである。またFu鑑定によれば老夫婦は夕食後二時間ないし四時間を経過した頃に殺されたというのであるから二時間後に殺されたかもしれ- 368 -ずまた四時間後に殺されたやもしれずその蓋然性は結局茫漠としているのである。それを算術の計算のように三時間云々と割り切つて了うのは原審独自の想定以外の何ものでもないと思われるのであつて、理由不備の違法を免れない。ところで以上の三鑑定人の鑑定を通覧すれば、一見明瞭であるが右各鑑定はいずれもK夫婦の夕食時刻殊に最終食事時刻を確定し得られるものとしての判断である。右食事時刻が確定されなければ、右鑑定の如きは無価値に帰するものというの外はない。然るに原判決は、食事時刻について当審証人Fw、同Gc、同Fxの各証言によればd部落では本件発生の日時である一月二四日頃の厳寒時には一般に午後六時頃から七時頃までの間に夕食をとり、特にKのような瓦製造業者は仕事の性質上早寝早起の傾向があり、徒つて夕食も一般家庭より多少早目にとることが多いことを認め得べく、又右Fwの証言によると、一月二四日K家に手伝いに行つた同女が、同日午後五時過同家を辞去しようとした頃Aoが夕食の仕度にとりかかつていたことを首肯できる。 Fxの各証言によればd部落では本件発生の日時である一月二四日頃の厳寒時には一般に午後六時頃から七時頃までの間に夕食をとり、特にKのような瓦製造業者は仕事の性質上早寝早起の傾向があり、徒つて夕食も一般家庭より多少早目にとることが多いことを認め得べく、又右Fwの証言によると、一月二四日K家に手伝いに行つた同女が、同日午後五時過同家を辞去しようとした頃Aoが夕食の仕度にとりかかつていたことを首肯できる。そして一、二審を通じ何れの当事者からも右認定に反するような主張立証は少しもなされなかつたのである。以上認定した事実関係を綜合すれば、K夫婦は同日午後六時頃から七時頃までの間に夕食をとつたものと推認するのが相当であり、むしろ六時頃に近い頃食事をした公算が多いものと考えられると判示している。しかし夕食時刻などというものは各家庭を通じて必ずしも一定しているものではない。d部落と雖も然りであろう。そのことは次の証拠によつて明確である。証人Fwは「一月二四日頃にはだいたい私のあたりでは六時か六時半頃食べるがK宅でもその頃では 通じて必ずしも一定しているものではない。d部落と雖も然りであろう。そのことは次の証拠によつて明確である。証人Fwは「一月二四日頃にはだいたい私のあたりでは六時か六時半頃食べるがK宅でもその頃ではないかと思うが私が夕方K方を帰る頃には夕食をされるのを見たことは一度もないし、夕飯どきにK方へ行つたこともないので分らない」と云い、証人Fxは「私方の夕食は瓦の製造をして夕方の後仕舞があるから毎晩決つたような時間ではなく六時から七時頃の間と思う、K方の食事は見たことも聞いたこともないのでわからない。私方では一、二月頃夕食は六時から六時半頃その日の仕事の後仕舞の都- 369 -合によつて一定しない。d部落では家によつて夕食時は一定していないと思う」と言つているのである。しかも、仮にd部落の一般に判示のような夕食時刻の習慣があるとしても、各家庭によつてその時刻より早めの場合も、おくれる場合もあるであろう。K夫婦の場合は夕食について次のような特別な関係かあつたのてはないかと思わしめる事情があるのである。すなわち記録によつて確認てきるのであるが、Kは当日法事に呼ばれ正午頃から午後二時頃までに昼食をとつていた事実があり、この事実からすればKらの夕食時刻はおのづから毎日の習慣よりもおくれたものと認めるのが相当であろう。 習慣があるとしても、各家庭によつてその時刻より早めの場合も、おくれる場合もあるであろう。K夫婦の場合は夕食について次のような特別な関係かあつたのてはないかと思わしめる事情があるのである。すなわち記録によつて確認てきるのであるが、Kは当日法事に呼ばれ正午頃から午後二時頃までに昼食をとつていた事実があり、この事実からすればKらの夕食時刻はおのづから毎日の習慣よりもおくれたものと認めるのが相当であろう。また二四日午後六時半前後にK宅に来客があつたことが窺われるのであつて、このことからも夕食の習慣が若干ずれたであろうことは容易に推測されるのである。またKは当日前示法事に列席し法事の席上に出された料理の食べ残りや土産物を貰つて帰りこれを帰宅后夫婦で食べたことも記録上明らかであるから、この事実からしても平素の夕食時刻がずれたこともたやすく推測し得られるのであり、更にKは本件発生の日以前から風邪の為め病臥し、瓦製造業には従事せず、専ら療養の努め べたことも記録上明らかであるから、この事実からしても平素の夕食時刻がずれたこともたやすく推測し得られるのであり、更にKは本件発生の日以前から風邪の為め病臥し、瓦製造業には従事せず、専ら療養の努めていたことをも記録上認められるのであるから、このことがKらの夕食時刻に影響なしとはしないであろう。然るに原判決は叙上特別な事情には何ら考慮を払わず、まん然とK夫婦は同日午後六時頃から七時頃までの間に夕食をとつたものと推認するのが相当であり、むしろ六時近い頃に食事をなした公算が多いものと考えると断定しているのは速断と言うの外はない。況んや死亡時刻すなわち兇行時刻を屍体の胃部状況から知らんと欲するならば、夕食時刻も大事には違いないが、最終食事時刻が何どきであるかを確定することこそ最も肝腎な点であると思われるのであるが、原判決はその点に付いて何ら言及していない。K夫婦の場合夕食後何物も食べなかつたものと果して保障できるであろうか。KAo解剖の結果によるとその胃の内容物の間に密柑があつたというのである。この事実などK夫婦の夕食時刻のみによつてその死亡時刻を知ることの如何に困難であるかを物語- 370 -るものであろう。以上を要約して考うるに、原判決のK夫婦の夕食時刻に関する説示は、差戻判決の疑点とした点を解明せんとする意図に出でたものてはあろうが、一方被告人らのアリバイの成立を肯定した結論に影響されて判断を誤まつたものと思われるのである。 果によるとその胃の内容物の間に密柑があつたというのである。この事実などK夫婦の夕食時刻のみによつてその死亡時刻を知ることの如何に困難であるかを物語- 370 -るものであろう。以上を要約して考うるに、原判決のK夫婦の夕食時刻に関する説示は、差戻判決の疑点とした点を解明せんとする意図に出でたものてはあろうが、一方被告人らのアリバイの成立を肯定した結論に影響されて判断を誤まつたものと思われるのである。なお、当審としては原判決の言及している物的証拠の点、殊に兇行現場における戸板に刺し跡の沢山ある点や被告人の誰れかが犯行の帰途川に物を捨てたという点など言及すべき点が多々あるのを感ずるのであるが、上来説述し来つた処により本事案における肝要な点における原判決の欠点は十分に指摘したものと考えられるので、爾余の点に 犯行の帰途川に物を捨てたという点など言及すべき点が多々あるのを感ずるのであるが、上来説述し来つた処により本事案における肝要な点における原判決の欠点は十分に指摘したものと考えられるので、爾余の点には触れないこととする。以上を大観して結論すると、原判決には叙上の諸点で審理不尽、理由不備の欠陥があり、この欠陥は延いて原判決を破棄するのでなけれは著しく正義に反するものと認められる程の事実誤認を導き出しているものと考えるのである。よつて、刑訴四一一条一号、三号、四一三条本文に従い裁判官高木常七を除く、その余の全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。裁判官高木常七の少数意見は、次のとおりである。本件は、Aの単独犯行とみるか、Bら本件各被告人とAの五人共犯とみるか、極めて困難な事案である。このことは、本件差戻し判決前の一、二審判決、差戻しの裁判をした当審第三小法廷の判決及び差戻し判決後の原審判決が、真実探究のためにそれぞれ精根を尽したと思われるに拘らず、なおかつその観るところを異にし、あるいは五人の共犯といい、あるいはAの単独犯行といい、あるいは、その何れともみえなくはないといい、帰一するところを知らない事実に徴しても明らかである。むろん、審理に顕出されたかずかずの証拠の中には、Bら五人の共犯と窺わしめるものなしとはしないが、また反対に、これを否定せしめるもの、たとえば、原判- 371 -決に挙示する如き多数の反証のあることを否むことはできない。いわば、右とみれば右、左とみれば左、その何れとも容易に断定しがたいのが本件のもつ特質である。 は、その何れともみえなくはないといい、帰一するところを知らない事実に徴しても明らかである。むろん、審理に顕出されたかずかずの証拠の中には、Bら五人の共犯と窺わしめるものなしとはしないが、また反対に、これを否定せしめるもの、たとえば、原判- 371 -決に挙示する如き多数の反証のあることを否むことはできない。いわば、右とみれば右、左とみれば左、その何れとも容易に断定しがたいのが本件のもつ特質である。かかる事案において、原審が、五人共犯を疑わしとするならば格別、あまりにも直截に、Aの単独犯行と割り切つてしまつたかの感がある点に、いささか釈然とし得ないものがなくはないが、証拠の取捨判断及び事実の かかる事案において、原審が、五人共犯を疑わしとするならば格別、あまりにも直截に、Aの単独犯行と割り切つてしまつたかの感がある点に、いささか釈然とし得ないものがなくはないが、証拠の取捨判断及び事実の認定は、直接審理によつて得べき心証に負うところが多く、しかも、それによつて得た微妙な心証は、筆紙に尽して悉くこれを判決に現わし得ないのを常とするから、みずから事実の取調べをなさず、専ら書面審理によつて事件の全貌を把握するしかない上告審としては、右判決の過程において明らかに経験則の違反ないし論理法則の違背があると認められないかぎり、それを尊重するのが相当である。本件についてこれをみるのに、原審のした証拠の取捨判断及び事実認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯し得ないではなく、その取捨判断及び認定の過程において、明らかに経験則ないし論理法則に違反するものがあるとも認められないから、職権を発動して刑訴四一一条を適用すべき事案ではなく、従つて、本件上告は、棄却するのを相当と思料される。検察官村上朝一、田中萬一、稲川龍雄公判出席昭和三七年五月一九日最高裁判所第一小法廷裁判長裁判官下飯坂潤夫裁判官齋藤悠輔裁判官入江俊郎裁判官高木常七(写真三葉並びに検察官上告趣意書省略)- 372 -
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