平成13(う)2104 傷害致死被告

裁判年月日・裁判所
平成14年3月12日 東京高等裁判所
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判決文本文6,910 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役3年に処する。 原審における未決勾留日数中180日をその刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,検察官白根昇作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,主任弁護人大塚喜一,弁護人宮家俊治,同伊藤義文が共同で作成した答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。 論旨は,事実誤認及び量刑不当をいうものであるが,そのうち事実誤認に関する論旨は,要するに,被告人は,被害者Aに少なくとも20回に及ぶ足蹴等の暴行を加えており,誤想過剰防衛が認められる状況ではないのに,原判決が被告人はAの顔面付近に3回の足蹴を加えたと認定した上,傷害致死につき誤想過剰防衛が成立するとしたのは,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認である,というのである。 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,被告人は,Aの被告人に対する急迫不正の侵害が終了していない状態で,自己の身体を防衛する意思で,防衛の程度を超えて,Aの顔面,頭部付近等を約17回にわたり足蹴にする暴行を加えたと認められる。以下,その理由を説明する。 1 本件の事実経過原判決挙示の証拠及び当審で取り調べた大学教授Bの検察官調書(当審検6)等によれば,次の事実関係が認められる。 被告人は,平成12年12月28日午前零時過ぎころ,原判示のコンビニエンスストア前路上において,酒に酔ったAから「何,ガンくれてんだ。この野郎。」と怒鳴られ,Aを見ると,「お前だ,ちょっとこっちに来い。」と言われて近寄った。すると,Aから「目つきが気にいらない,生意気だ。」などと言われ,胸元を手で小突かれた。被告人が「いい大人がガンくれやがってなんて,何なのよ。」と言い返すと,Aは「俺は,C町 。」と言われて近寄った。すると,Aから「目つきが気にいらない,生意気だ。」などと言われ,胸元を手で小突かれた。被告人が「いい大人がガンくれやがってなんて,何なのよ。」と言い返すと,Aは「俺は,C町のD組の者だ。」と名乗った。被告人は,Aがやくざだと思って怖くなり,同日午前零時15分ころ,父親に携帯電話で「親父,C町のD組のやくざ者に絡まれている。誰か知らねぇか。」と尋ねたが,父親から「知らないから,早く帰ってこい。」と言われ,電話を切られた。そこで,被告人は,自動車に乗って逃げてしまおうと思い,「ここじゃなんだから,場所を変えましょう。」などと言い,付近に停めていた車に乗り込んで発進した。しかし,Aが自動車を運転して追跡してきて,被告人は,Aの車を振り切れないことから,自宅に着く前に謝罪しようと考え,同日午前零時20分ころ,原判示の道路上に車を停止させたところ,Aもその後方に車を停止させた。被告人は,車から降り,下車したAに近づき,「勘弁してください。」と謝った。Aは,右足で被告人の左足を踏み付けながら,「手を出してみろよ,この野郎。」と言い,右手拳で被告人の顔面を殴打しようとしてきたので,これをよけた。すると,Aは,右手をジャンパーの右ポケットに入れ,「ふざけんじゃねえ。ぶっ殺してやる。」と言った。被告人は,Aが暴力団員と名乗っていたことから,ナイフかけん銃を出すかと思い,やられる前にやってやれと考え,右手拳でAの顔面を1回殴ったが,倒れなかった。続いてAに組み付いて押すと,Aが仰向けに倒れ,被告人がその上に乗るような形になった。そこで,立ち上がると,Aの車の右側面にAが背中を付け,両足を前に伸ばして座り,両腕で顔をおおうようにした。被告人は,Aが更なる攻撃をしてこないうちにやっつけてやろうと考え,Aの顔面,頭部付近等を後記のとおり約 上がると,Aの車の右側面にAが背中を付け,両足を前に伸ばして座り,両腕で顔をおおうようにした。被告人は,Aが更なる攻撃をしてこないうちにやっつけてやろうと考え,Aの顔面,頭部付近等を後記のとおり約17回にわたり足蹴にする暴行を加えたが,Aは何の反抗もしなかった。そこで,被告人は,Aがもう追跡してこないと考え,車を運転してその場から離れた。同日午前零時35分ころ,Aは自動車でその付近を通行した人に発見され,その後,救急車で病院に搬送されて手当を受けたが,同日午後2時35分ころ,頭部打撲による脳障害(硬膜下血腫)で死亡した。 2 被告人の加えた暴行内容についてBの検察官調書(当審検6)等の証拠によれば,被告人は,少なくとも約17回にわたりAを足蹴にする暴行を加えたことが認められる。すなわち,大学医学部教授のBは,Aの死体を解剖して死因を鑑定したが,死体に残された損傷状況からすると,暴行の打撃回数は,最低でも,顔面に11回,頭部に4回,右手甲と,左手甲に各1回,左第7肋骨付近に1回,胸骨部付近に1回,左足の膝下外側のすね付近に1回の20回であると供述しており,法医学の専門家としての判断であることに照らし,その供述内容は信用することができる。なお,被告人は,足蹴の暴行前にAの顔面を1回殴打していること,両手の甲の損傷は防御創であって,他の傷害と一緒に受けた可能性があることからすると,少なくとも,前記の20回から3回分を差し引いた17回にわたり,被告人は足蹴にしたと認められる。被告人の捜査段階(乙7)及び原審公判における供述中,右足で2回,左足で1回足蹴にしただけであるとの部分は信用することができない。 これに対し,弁護人は,Bの検察官調書に対する疑問として,① 被告人はスニーカーを履いた靴で蹴っており,1回の足蹴で相当の範囲が打撃される,② 蹴にしただけであるとの部分は信用することができない。 これに対し,弁護人は,Bの検察官調書に対する疑問として,① 被告人はスニーカーを履いた靴で蹴っており,1回の足蹴で相当の範囲が打撃される,② Aの眼鏡を掛けていた部位に打撃を加えると,眼鏡による二重の傷害を受ける,③ 両手の損傷は防御創であり,他の部分と一緒に暴行を受けた可能性がある,④ 左足のすねの傷害は転倒によって生じた可能性がある,という。 しかし,①についてみると,Bは,捜査官から犯人がスニーカーを履いていたことを告げられた上で,Aの死体に残された線状,稜状の傷害等の特徴をとらえ,同時に形成される損傷範囲を念頭において,打撃の回数を検討しているのであり,これに基づいて計算した回数に疑問はない。②についてみると,Bは,眼鏡を掛けていた部位に対する暴行のほか,掛けていた眼鏡の金具若しくは鼻受けの部分により加えられたことによる傷害を含めて,1回の打撃ととらえている。③についてみると,左手の甲の皮下出血は手拳のような平らなものによる傷害で,打撃は強いものとはいえないこと,右手の甲の表皮剥脱は突出部分のある成傷器による打撃による傷害であり,これを別々の打撃としたことに疑問はない。なお,これらはいずれも防御創であるから,その際に他の部分に打撃が加えられた可能性を否定できないことは前記のとおりである。④についてみると,Aは仰向けに倒れていることに照らし,左足のすねの部分の皮下出血は,転倒によって生じたものではないというべきである。 3 急迫不正の侵害及び防衛行為等についてAは,前記のとおり,コンビニエンスストア付近において,暴力団を装って被告人に因縁を付け,被告人の胸を小突き,その場から車で逃走した被告人を車で追い掛け,逃走を断念して謝罪してきた被告人になお因縁を付けて挑発し,被告人の ンビニエンスストア付近において,暴力団を装って被告人に因縁を付け,被告人の胸を小突き,その場から車で逃走した被告人を車で追い掛け,逃走を断念して謝罪してきた被告人になお因縁を付けて挑発し,被告人の足を踏んだり顔面を右手拳で殴打しようとしたから,被告人にとって急迫不正の侵害があったと認められる。そして,Aは,被告人に顔面を1回殴られ,組み付かれて押されて転倒した後,車体に背中を付け,両足を前に伸ばして座り,防御する格好で顔の前に両腕を立てる状況であったにせよ,更なる暴行に及ぶことが困難になったわけではなく,それまでのしつような挑発あるいは暴行に照らし,更なる暴行を断念したとも考えられないから,Aの被告人に対する急迫不正の侵害はいまだ終了していないというべきである。 被告人は,Aから前記のように因縁を付けられて挑発され,左足を踏み付けられたり顔面を殴打されそうになり,自己の身体を防衛する意思で,Aの顔面を殴打し,その身体に組み付いたと認められ,その限度では正当防衛と評価できる。しかし,Aの前記姿勢を見て,Aが攻撃してこないうちにやっつけてやろうと考え,約17回にわたり足蹴にした点は,引き続き自己の身体を防衛する意思をもってしたものと認められるが,その暴行の態様と回数にかんがみると,防衛の程度を超えているといわざるを得ない。なお,被告人が足蹴を繰り返すうちに,Aの更なる暴行の意思と能力が弱まり,最後にはその意思も能力も喪失したと思われるが,その喪失の時期は明確でなく,また,被告人の足蹴はもともとAのしつような挑発と暴行に対応した一連のものであるから,全体として過剰防衛になるとするのが相当である。 ところで,所論は,犯行経緯に関する被告人の供述は信用できないとし,その経緯は次のとおりであるという。① 被告人がコンビニエンスストア付近でスパゲテ 全体として過剰防衛になるとするのが相当である。 ところで,所論は,犯行経緯に関する被告人の供述は信用できないとし,その経緯は次のとおりであるという。① 被告人がコンビニエンスストア付近でスパゲティを食べているAを厳しい目つきで見たことから,Aが酒に酔った勢いもあって被告人に絡んだ。② Aは,身長約170センチメートル,体重約85キログラムの被告人から,がんを付けられた結果,暴力団と関係がないのに,暴力団D組の組員と名乗り,虚勢を張った。③ 被告人は,Aに絡まれた後,前記コンビニエンスストアの店員に助けを求めることができるのに,暴力団員と対等に渡り合う態度を見せつけ,喧嘩による決着を図る意図で,自動車でAを先導して人通りの少ない道路に誘い込んだ。④ 被告人は,Aが暴行を加えてくることを予想し,Aの顔面を殴打するなどした。⑤ Aは,倒れた後に反撃に転じた事実はなく,既に攻撃の意思を失っていた。⑥ 被告人は,車に持たれかかったAが更に攻撃してくると思ってもいなかった。 しかし,被告人は,捜査段階及び原審公判を通じ,前記認定の犯行経緯に沿う供述をしているところ,その供述は,不自然不合理な点がなく,コンビニエンスストアの店員や被告人の父親の各供述調書と整合しており,信用することができる。すなわち,まず,①についてみると,コンビニエンスストアの店員であるE及びFの各供述調書によっても,Aの方が被告人に絡んで暴言を吐いていることが認められる。次に,②についてみると,Aは,身長約184.5センチメートル,体重約78.5キログラムの壮年であり,身長約170センチメートルの被告人よりはるかに背が高く,Aがやむなく虚勢を張ったとは考え難い。③についてみると,被告人は,店員に助けを求めていないが,父親の供述調書によっても,携帯電話で父親に連絡して相談したこ ンチメートルの被告人よりはるかに背が高く,Aがやむなく虚勢を張ったとは考え難い。③についてみると,被告人は,店員に助けを求めていないが,父親の供述調書によっても,携帯電話で父親に連絡して相談したことが明らかである。また,犯行場所は被告人の実家に近く,被告人はこの地点まで必ずしも最短距離とはいえない経路で車を走らせている。それゆえ,所論のように被告人がAを犯行場所まで誘い込んだとは認められない。④についてみると,被告人がAの挑発的言動から,暴行を加えてくると分かったとしても,被告人に防衛の意思があることとは矛盾しない。⑤についてみると,Aは,仰向けに倒れた後,守勢になったが,それまでのしつようさに徴し,暴行を加える意思がなくなったとは到底いえない。⑥についてみると,Aは被告人に組み付かれて倒れただけであるから,Aが立ち上がって更に暴行を加えてくると被告人が思ったことに疑問はない。 4 結論以上によれば,原判決は,被告人がAの顔面,頭部付近等を約17回にわたって足蹴にする暴行を加えたのに,足蹴にする暴行を3回加えたとしたばかりでなく,Aの被告人に対する急迫不正の侵害が終了していないのに,終了していたとした点で事実誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は前記の限度で理由がある。そうすると,量刑不当の論旨に触れるまでもなく,原判決は破棄を免れないから,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,当審において変更された訴因に基づきさらに判決する。 (犯行に至る経緯)原判決の犯行に至る経緯と同一であるから,ここにこれを引用する。 (罪となるべき事実)被告人は,平成12年12月28日午前零時20分ころ,千葉県銚子市g町h番地付近の道路上において,自動車を停止させて降りると,自動車で追跡し であるから,ここにこれを引用する。 (罪となるべき事実)被告人は,平成12年12月28日午前零時20分ころ,千葉県銚子市g町h番地付近の道路上において,自動車を停止させて降りると,自動車で追跡してきたA(当時37歳)もその後方に停車し,車から降りた。被告人は,Aに対し,「勘弁してください。」と謝ったところ,Aが右足で被告人の左足を踏み付けながら,「手を出してみろよ,この野郎。」と言い,右手拳で顔面を殴ってきたため,これをよけると,Aが右手をジャンパーの右ポケットに入れ,「ふざけんじゃねえ。ぶっ殺してやる。」と言ったことから,暴力団員と名乗っていたAがナイフかけん銃を出そうとするのではないかと思い,自己の身体を防衛する目的で,Aの顔面を右手拳で1回殴打し,その身体に組み付いて押し,仰向けに倒れたAの上に倒れかかったが,すぐに起きあがった。すると,Aが上半身を起こし,Aの車に背中を付け,両足を前に出して座り,両手で拳を作り,両腕を顔面の前に立てる姿勢を示していたことから,Aが攻撃してこないうちに暴行を加えようと考え,自己の身体を防衛するため,防衛の程度を超え,Aの顔面,頭部付近等を約17回にわたり足蹴にする暴行を加え,よって,同日午後2時35分ころ,銚子市i町j番地のK病院において,Aを前記暴行に起因する頭部打撲による脳障害(硬膜下血腫)により死亡させたものである。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示所為は,刑法205条に該当するから,所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中180日をその刑に算入することとする。 (量刑の理由)本件は,被告人が酩酊した被害者から因縁を付けられ,口実を設けて車で逃れたが車で追跡され,逃走を断念して被害者に謝罪しても,なお足を踏み付けられるな をその刑に算入することとする。 (量刑の理由)本件は,被告人が酩酊した被害者から因縁を付けられ,口実を設けて車で逃れたが車で追跡され,逃走を断念して被害者に謝罪しても,なお足を踏み付けられるなどして挑発されたため,被害者の顔面を殴打して組み付き,倒れた被害者が上半身を起こしたことから,防衛の意思で防衛の範囲を超えて,その顔面,頭部付近等を約17回にわたり足蹴にする暴行を加え,頭部打撲による脳障害により死亡させたという事案である。被害者が挑発してきたとはいえ,劣勢の状態になった被害者に強度の暴行をしつように加えており,その犯行態様は悪質である。その結果,貴重な人命を奪っており,37歳という年齢で人生を絶たれた被害者の無念さは察するに余りある。遺族の憤りは大きく,処罰感情には厳しいものがある。これらによれば,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。他方,被害者は,被告人に因縁を付け,暴力団員と名乗り,逃げる被告人を追跡して更に挑発しており,犯行を誘発した落ち度がある。また,被告人は,警察署に出頭して自首したほか,被害者に弔意を示し,遺族に謝罪の意思を表明し,被害弁償に努力するなど,本件を深く反省している。その他,これまで前科前歴がないなどの酌むべき事情がある。しかしながら,前記のような刑事責任の重さにかんがみると,その刑の執行を猶予するのは相当ではなく,主文のとおりの実刑をもって臨まざるを得ない。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年3月12日東京高等裁判所第8刑事部裁判長裁判官山田利夫裁判官柴田秀樹裁判官藤井敏明 夫 裁判官 柴田秀樹 裁判官 藤井敏明

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