平成4(ネ)2265等 全税関大阪損害賠償

裁判年月日・裁判所
平成7年2月9日 大阪高等裁判所
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判決文本文203,924 文字)

主文 一控訴人の本件控訴に基づき 1 原判決中被控訴人らに関する部分のうち、控訴人敗訴部分を取り消す。 2 被控訴人らの各請求をいずれも棄却する。 二被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。 三訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第一当事者の求めた裁判一平成四年(ネ)第二二六五号事件について 1 控訴人(一) 原判決中被控訴人らに関する部分のうち控訴人敗訴部分を取り消す。 (二) 被控訴人らの各請求をいずれも棄却する。 (三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。 2 被控訴人ら(一) 控訴人の本件控訴を棄却する。 (二) 控訴費用は控訴人の負担とする。 二平成六年(ネ)第二九二号事件について 1 被控訴人ら(一) 原判決中被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。 (二) 控訴人は、被控訴人全国税関労働組合大阪支部に対し、五五〇万円及び内五〇〇万円に対する昭和四九年七月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その余の被控訴人らに対し、右各被控訴人らに対応する本判決添付の別紙債権目録総合計欄記載の各金員及び同目録小計欄記載の各金員に対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。 (三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。 (四) 右(二)につき仮執行の宣言。 2 控訴人(一) 被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。 (二) 附帯控訴費用は、被控訴人らの負担とする。 第二事案の概要本件事案の概要は、次のとおり訂正、付加、削除するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。 一原判決一八頁目五行目の「原告番号1ないし70の各原告」を「被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら」と、 原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。 一原判決一八頁目五行目の「原告番号1ないし70の各原告」を「被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら」と、同行から同六行目にかけての「及び65」を「、65及び69」と、それぞれ改め、同行の「各被承継人、」の次に「右各被承継人並びに」を付加し、同行の「9、」と、同行から同七行目にかけての「、65」を、それぞれ削除し、同行から同八行目にかけての「原告全国税関労働組合大阪支部(以下、原告組合という。)」を「被控訴人組合」と改め、同一〇行目の「蒙ったとして」の次に(原告番号9、65及び69についてはその被承継者の死亡による相続で承継)」を付加する。 二同一九頁目一〇行目の「10ないし64及び66ないし70の各原告」を「10ないし12、14ないし23、26ないし32、34ないし40、43、46、48、50ないし52、54ないし57、59ないし64、66ないし68及び70の各原告」と改める。 三同二〇頁目一行目の「及び」を「、」と改め、同二行目の「死亡)」の次に「及び原告番号69亡P1(平成六年三月一六日死亡)」を付加し、同四行目の「原告P2」から同五行目の「相続」までを「被控訴人P3(兄)が相続(一二分の一)」と改め、同九行目の次に行を改めて、「亡P1は平成六年三月一六日死亡し、被控訴人P4(妻)、同P5(長女)及び同P6(二女)の三名が相続により権利を承継した。」を付加する。 四同二七頁目五行目の「番号9及び65」を「番号9、65及び69」と改める。 五同三〇頁目二行目の「認否をしていない」から同三行目の「認めるべきである。」までを「認否をしていないが、その不正確な点を種々指摘しているものであるから、これを争うものである。」と改める。 六同三二頁 三〇頁目二行目の「認否をしていない」から同三行目の「認めるべきである。」までを「認否をしていないが、その不正確な点を種々指摘しているものであるから、これを争うものである。」と改める。 六同三二頁目九行目の「差別」の次に「(「差別」とは、被控訴人組合員であることや正当な組合活動をしたことを理由に差別したことをいうものであり、正当な理由による差別は含まないものとする。以下「差別」という場合は同じ。)」を付加し、同四三頁目六行目の「千船」を「千舟」と改める。 七原判決添付の別表1及び同2のうち、原告番号24P7及び同53P8に関する部分並びに同別表3のうち、同53P8に関する部分を、それぞれ削除する。 八控訴人の当審での主張は、本判決添付の別紙の「控訴人の主張」記載のとおりである。 九被控訴人らの当審での主張は、本判決添付の別紙の「被控訴人らの主張」記載のとおりである。 第三争点に対する判断(争点一〔格差の有無〕について)一被控訴人らは、原判決添付の別表1、2記載のとおり、被控訴人組合員らと同期入関者との間で給与格差が存在する旨主張する。 二右各表が作成された経過及びその内容に不正確な点があることは、原判決一三〇頁目三行目の冒頭から同一三二頁目三行目の終わりまでの記載(ただし、同一三〇頁目七行目の「同P10」の前に「原審における」を、同一三一頁目四行目の「原告P10」の前に「原審及び当審における」を、同頁八行目の「考えられないこと」の次に「(被控訴人P10は当審の本人尋問において、右の者らは快く右事情聴取に応じてくれた趣旨の供述をしているが、これを裏付ける的確な証拠はなく、信用できない。)」を、それぞれ付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 そして、右引用にかかる証拠によれば、対象各同期入関者は全員が網羅されていないこ が、これを裏付ける的確な証拠はなく、信用できない。)」を、それぞれ付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 そして、右引用にかかる証拠によれば、対象各同期入関者は全員が網羅されていないこと、本件係争期間(昭和四〇年一月一日から同四九年三月末日まで間)の当初において、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)と各対象非原告組合員との間で既に格差が生じていること、被控訴人らが対象外非原告組合員とした者(同人の昇給等は、右被控訴人ら各人よりも低く、又はほぼ同等程度である。)がいるが、被控訴人らが対象外とした事由は、長期病気休暇を取っている者、勤務地が地方ばかりである者、元被控訴人組合員であった者、右組合の脱退が遅れた者、脱退後も第二組合に加入せず被控訴人組合の活動を支援していた者であることが認められ、更に右各別表(その作成の資料や根拠等)には、本判決添付の別紙の控訴人の主張の第五、二、2ないし4、第六、三、2に記載の不正確な点等が多々あることが認められる。 三ところで、被控訴人らの本件損害賠償請求の趣旨は、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら各人(ただし、承継者についてはその被承継者)については、同人ら各人がそれぞれ、本件係争期間中において、大阪税関長から、被控訴人組合員であることや同組合の正当な活動をしたことを理由に不当に差別されて、前記別表1記載の各対象非原告組合員のうちの最低の昇給等の者とその各勤務成績が同等又はそれよりも高いにもかかわらず、同人よりも低い昇給等に処遇されて、物的又は精神的損害を被った旨主張するものである。そうすると、右各請求が理由があるか否かについて判断するためには、右被控訴人ら各人について、その個別に当たって、その各対象非原告組合員のうちの被控訴人らが最も低い処遇を受けて た旨主張するものである。そうすると、右各請求が理由があるか否かについて判断するためには、右被控訴人ら各人について、その個別に当たって、その各対象非原告組合員のうちの被控訴人らが最も低い処遇を受けていると主張する者との格差の有無及び同人と勤務成績が同等か否かについて検討をせざるを得ないものである。しかして、後記争点二の判断において説示のとおり、税関職員の昇給等は各人の勤務成績によって処遇され、一般にその採用資格や勤務年数が重視される(ただし、後記説示のとおりこれのみではない。)運営がなされているものであるから、被控訴人らが採用資格(学歴等)の同じ同期入関者のうちの非原告組合員を対象者として選んだのは相当であるところ、別表1記載の内容については不正確な点があるけれど、前記認定の諸般の事情等を総合して考察すると、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら各人(ただし、承継者についてはその被承継者)が本件係争期間中右別表1記載のとおり昇給等の処遇をされ、これは、右別表1において対象者として選択した同期入関者の非原告組合員のうちの最も昇給等の低い者よりも低い処遇であると一応認め得ないでもないところである。 してみれば、この場合、右被控訴人ら各人が右最も昇給等の低い対象非原告組合員と同等の勤務成績があったことを立証(なお、後記説示のとおり、昇給等は過去の勤務成績を総合評価してなされるものであるところ、前記認定のとおり、本件係争期間の当初において既に右被控訴人らと右対象者との間に格差が生じており、これが本件係争期間中の昇給等〔格差の発生〕に影響を与えていることが推認できるから、右当初の格差が生じた理由等も探索し、右格差が始まった過去に遡って勤務成績の同等を立証する要がある。)するときには、一応大阪税関長の右差別が推認できるものであるから、この限りにおい 推認できるから、右当初の格差が生じた理由等も探索し、右格差が始まった過去に遡って勤務成績の同等を立証する要がある。)するときには、一応大阪税関長の右差別が推認できるものであるから、この限りにおいて、別表1の格差の存在の認定は意義があるものである。 ところで、被控訴人らは、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)を全体とし、あるいはグループ毎に区分して非原告組合員と対象した格差を主張する。しかし、昇給等の格差は主として各人の勤務成績の良否によって生じるべきものであって、各人の格差が不当違法であるとするためには各人の勤務成績等を個別にこれと同等の勤務成績等の者と比較するよりほかなく、したがって、右比較を全体的、集団的になしても、その結果からは直ちに右各人の格差が不当違法であるとの結論を導き出すことはできないものである。もっとも、右比較を全体的、集団的になした結果(その一般的な傾向等)は、大阪税関当局の差別を推認できる資料となり得る余地はある。しかし、前記認定のとおり、別表1の記載内容は、対象非原告組合員が網羅されていないこと(前記証拠によれば、右除外された人数は決して少ないものではないことが認められる。)、対象外非原告組合員の対象外とされた事由は、控訴人が別紙の控訴人の主張の第六、三、3において主張するとおり、曖昧で恣意的であるとの非難を免れず、右事由(比較外とすることが納得できる詳細な内情等)を裏付ける的確な証拠はなく(被控訴人P10は原審での本人尋問において右事由を供述しているが、これを裏付ける的確な証拠はないから、直ちに採用できない。)、仮に右対象外非原告組合員に被控訴人ら主張の各事由があることが認められるとしても、右当局が右各事由だけを根拠にその昇給等を劣位に処遇したことを認めるに足りる証拠 拠はないから、直ちに採用できない。)、仮に右対象外非原告組合員に被控訴人ら主張の各事由があることが認められるとしても、右当局が右各事由だけを根拠にその昇給等を劣位に処遇したことを認めるに足りる証拠はないから、右対象外非原告組合員を比較の対象外とするのに合理的な理由があるとはいい難いこと、本件係争期間の当初において格差が既に生じていて、これが本件係争期間中の格差に影響を与えていることが推認できるところ、本件係争期間だけの格差を比較すると、右当初の格差の事由が十分検討されないまま比較されるので、その結果は格差によって生じた事由を正確に裏付けているとはいい難いこと、前記認定のとおり右表の作成資料等にかなり不正確な点があること等を斟酌すると、被控訴人ら主張のとおり、右表から対象外非原告組合員を除外する等して、全体として俯瞰し、又はグループ毎に区分して比較検討しても、真の全体像や比較が見出せるものではなく、却ってこれを見誤るおそれがあるので、これを右当局の差別の推認資料となすことは妥当でないものといわねばならない。したがって、この点についての認定判断はしない。 (争点二〔差別意思の存在〕について)一被控訴人組合の分裂と大阪税関当局の関与の有無について判断する。 1(一) 右分裂の経過等の概要は、原判決一五六頁目四行目の冒頭から同一七六頁目五行目の終わりまでの記載(ただし、原判決一五六頁目四行目の「1」の次に「(一)」を付加し、同一五七頁目二行目から同三行目にかけての「原告○○○○、同P12」を「訴え取下前の原審原告○○○○、被控訴人P12」と改め、同一六三頁目四行目の「これ以外」から同五行目の「証拠はない。」までを削除する。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) そして、右引用にかかる書証に乙八七、三〇八二ないし三〇九一、三〇九七ない 六三頁目四行目の「これ以外」から同五行目の「証拠はない。」までを削除する。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) そして、右引用にかかる書証に乙八七、三〇八二ないし三〇九一、三〇九七ないし三一〇四、三二〇〇ないし三二〇八、証人P13の証言(第一、二回)及び弁論の全趣旨を総合すれば、右分裂の経過の内情等について更に次の事実が認められる。 (1) 組合分裂に至るまでの活動状況イ昭和三三年以前の活動状況等被控訴人組合は、前記結成当時は、税関職員の賃金の値上げ、夏期手当及び期末手当の支給などの生活の向上、人員の増員、庁舎、備品の整備などによる労働条件の改善、勤務評定の撤廃を闘争の中心としていた。ところが、昭和三三年五月、全税関労組が総評へ加盟したのを契機として、下部組織である被控訴人組合も日米安全保障条約(以下「安保条約」という。)の改正阻止、警察官職務執行法改正反対、公務員法改悪反対などの政治的な闘争に積極的に参加するようになった。 ロ昭和三四年、同三五年の活動状況昭和三四年に入り、社会状況は、同三五年六月の安保条約改定をめぐって激しい右条約阻止闘争が展開されるところとなり、総評は、安保条約改定阻止、内閣総辞職を求めて、同三四年一二月一〇日の政治ストを決定し、その後同三五年六月四日同ストを決定した。これに対し、政府は、公務員は政治ストに参加することは許されないとの声明を発表し、政府関係労働団体にこの旨通知した。しかし、全税関労組中央執行部は、「安保体制打破統一こそ勝利への道」とし、昭和三五年六月四日、一五日及び二二日に勤務時間内に食い込む職場集会などの統一行動を行うよう各支部に指令し、被控訴人組合においては、同三四年一一月二七日、安保条約改定阻止統一行動の集会及びデモに参加したのを始めとして、同三五年六月二二日までの間、 食い込む職場集会などの統一行動を行うよう各支部に指令し、被控訴人組合においては、同三四年一一月二七日、安保条約改定阻止統一行動の集会及びデモに参加したのを始めとして、同三五年六月二二日までの間、一〇回にわたり同様の集会やデモに参加したほか、全税関労組中央執行部の右指令を受けて、職場集会を三回(延べ九職場)開催した。そして、昭和三五年六月一三日、被控訴人組合においては、六月一五日の安保条約改定阻止等統一行動について「六・一五へ力を結集しよう。」と呼び掛け、これに対し、大阪税関当局が、右行動が、勤務時間内に食い込むものであったことから、執行部に対し違法行為を行わないよう、また、もし違法行為が行われた場合は処分の対象となる旨警告し、その旨を職員に周知させた。しかるに、六月一五日、被控訴人組合は大阪税関本関において、朝の勤務時間内に食い込む職場集会を開催し、同日、富島出張所においても、同様に勤務時間内に食い込む職場集会を開催し、更に、梅田及び大阪外郵出張所においても同様の職場集会を開催した。右当局は、昭和三五年七月九日、前記六月一五日の職場集会の開催に当たり、勤務時間内に食い込む職場集会に参加し、あるいは参加を勧誘した組合員らに対し、警告書を発した。同警告書には、今回の統一行動の実施については、先の警告を無視した勤務時間内に食い込む職場集会を敢行したもので誠に遺憾なものであるが、今回の統一行動が全税関労組中央執行部の指令に基づくものであり、かつ、職場大会に参加しても勤務時間までには職場に復帰しようと努めたと思われる点が窺われたので、今回に限り処分は行わないが、今後再びこのような行為を行った場合には処分するので違法行為を繰り返さないよう厳重警告する旨記載されている。全税関労組は、昭和三五年七月の定期大会において、安保条約反対闘争と合理化反対闘 わないが、今後再びこのような行為を行った場合には処分するので違法行為を繰り返さないよう厳重警告する旨記載されている。全税関労組は、昭和三五年七月の定期大会において、安保条約反対闘争と合理化反対闘争を一体のものとしてとらえ、政治的狙いと相互の関連を明らかにして、闘争に結集した力を、民族の独立、解放を勝ちとるための政治勢力へと高め、結集していくことを決定し、政治闘争への更なる傾斜を強めていくとともに、闘いの基礎は職場であるとし、職場闘争の強化を図っていった。 被控訴人組合においては、同年九月一五日午後三時三〇分から、労働三権の奪還、ILO条約批准、国公法改悪反対等を要求して約一二〇名の組合員が集会及びデモに参加したほか、同月三〇日、同年一一月一五日にも同様に集会及びデモに参加した。 ハ昭和三六年の活動状況等① 春闘全税関労組は、昭和三六年二月の中央委員会において、春闘方針として、合理化反対闘争を春闘の最重要課題とし、アメリカ帝国主義と独占資本を主要な敵であるとして、搾取と収奪を強め戦争をもたらす合理化に絶対反対との姿勢で、合理化反対の実力闘争を行うよう指令した。右指令を受けて、被控訴人組合では、昭和三六年三月四日の春闘第一波統一行動及び同年五月二五日の春闘第五波行動として、大幅賃上げ、ILO条約批准及び国公法改悪反対等をスローガンとしたデモを計画し、これに組合員らが参加したほか、同年四月二五日、国公法改悪阻止第三波統一行動として港湾共闘とともに早朝職場集会を開催した。 ② 被控訴人組合の定期大会昭和三六年七月一三日に開催された組合の定期大会の議案書のなかに、「最近の政治情勢と私達の活動方向」と題する記述があり、それには、「組合の活動対象を縮小しようとする一部の要請が相手側のPRにも乗せられ、政治活動反対の形で批判として提出さ 期大会の議案書のなかに、「最近の政治情勢と私達の活動方向」と題する記述があり、それには、「組合の活動対象を縮小しようとする一部の要請が相手側のPRにも乗せられ、政治活動反対の形で批判として提出される傾向がある。労働組合は政治団体ではないから、政治オンリーの問題は論外として、政治的性格を持った問題であっても、それが組合に対し影響を及ぼすものである限り、これを組合活動の対象として取り上げることは当然であって、われわれの組合においても各機関において盛んに論議された結果、既に解決済みの問題である。」と述べられて、政治的性格を持った問題でもそれを組合活動の対象として取り上げるのは当然であるとの決意を固めた。これに対し、右定期大会の当時、被控訴人組合の内部に政治闘争を肯定する被控訴人組合の活動方針に異を唱える者があったが、被控訴人組合の執行部は、その活動方針を既に解決済みのものとして、異を唱える者の声に全く耳を傾けようとしなかった。 ③ 合理化反対闘争昭和三六年から貿易の自由化、拡大化に伴い、各地の税関業務量は増加したところ、こうした情勢に対応すべく、税関当局は大幅な増員を行うとともに、税関事務処理体制の簡素化、合理化を図るべく、大阪税関においては、同年一〇月、申告書、許可書等の処理のため、リコピー(湿式複写機)が導入され、更に、輸出入通関業務における計算事務の一元化処理のため、計算センターの設置が構想されたが、被控訴人組合は、「貿易・港湾の関係業者の皆さんに訴える」と題した同年九月四日付け文書を配付し、税関関係業者に対し、輸出入許可書等のコピー方式の採用や計算センターの設置に被控訴人組合とともに反対運動を展開するよう呼び掛け、同月六日、大阪税関当局との交渉がもたれたものの、席上、被控訴人組合側は、「一連の合理化は搾取を強める手段以外の何物で 採用や計算センターの設置に被控訴人組合とともに反対運動を展開するよう呼び掛け、同月六日、大阪税関当局との交渉がもたれたものの、席上、被控訴人組合側は、「一連の合理化は搾取を強める手段以外の何物でもなく、反対である。」との全税関労組の方針から、リコピー、計算センターの実施は労働加重になり中止するべきだ、実施すればマイナス面が多いなどとして激しくその実施に反対し、右合理化反対闘争を実施するようになった。 ④ 秋闘被控訴人組合では、昭和三六年一〇月一二日午後五時三〇分から、総評主催の「政暴法粉砕、P14追悼」などを掲げる府民決起大会及び提灯デモに約三〇名の組合員が参加したほか、同月一七日、一九日及び三一日にも同様に集会及びデモに参加し、同月二六日には、公務員共闘第五次統一行動の一環として、全税関労組中央執行部の指令に基づき、政暴法粉砕、大幅賃上げ等のスローガンをもって、本関車庫前広場に組合員約二〇〇名及び全税関労組神戸支部組合員が参加し、早朝職場集会を開催した。 ニ昭和三七年の活動状況等① 春闘被控訴人組合は、全税関労組中央執行部の指令に基づき、昭和三七年三月二八日昼休みに、本関一階輸出課事務室において全税関労組春闘第四次統一行動の実力行使第一波として職場大会を開催して、賃上げ等の要求決議文を採択し、同年四月二五日昼休みには、公務員法改悪阻止等の目標を掲げ、本関分会、監視部分会及び在阪出張所各分会において一斉職場集会を開催したほか、同日、定時退庁を実施した。 ② 被控訴人組合の運動方針被控訴人組合執行部は、昭和三七年度の運動方針の一つとして、「低賃金等の悪条件の根源は、自民党の軍国主義復活政策であり、独占資本中心の経済高度成長政策である。その背景にはアメリカ帝国主義との安保条約があり、これを解決しなければ要求は進展せず、政治 として、「低賃金等の悪条件の根源は、自民党の軍国主義復活政策であり、独占資本中心の経済高度成長政策である。その背景にはアメリカ帝国主義との安保条約があり、これを解決しなければ要求は進展せず、政治的な性格を持った問題にも力を注がねばならない。」と述べ、経済的闘争と政治闘争との結合を深めて行くことを確認した。しかし、当時、「今の組合は政治闘争をやるからついていけない。」という組合員もいた。そして、昭和三七年七月の定期大会において選出された被控訴人組合の執行委員一五名のうち六名が、健康上又は家庭の事情等を理由として役員を一斉に辞退する事態にもなった。 ③ 秋闘被控訴人組合では、右運動方針に基づき、昭和三七年一〇月二三日、公務員共闘主催の日韓会談粉砕などのスローガンを掲げる秋闘第一次統一行動としての集会及びデモに、組合員らが参加したのを始めとして、同年一一月一三日及び同月二七日にも同様の集会及びデモに参加したほか、同年一二月一四日には早朝職場集会を開催し、定時退庁の後、同様の集会及びデモに参加した。 ホ昭和三八年の活動状況等被控訴人組合では、昭和三八年三月一日、扇町プールで開催された、公務員共闘主催の日韓会談粉砕などのスローガンを掲げる春闘第二次統一行動としての集会及びデモに、組合員らが参加したほか、同年九月一六日、公務員共闘主催の第五次統一行動としての地域集会に、一九名の組合員が参加し、賃上げ要求、ILO条約即時批准、国公法改悪反対等を決議し、デモ行進を行った。また、同年一〇月一三日には、原子力潜水艦寄港反対、F一〇五D水爆機配備反対、伊丹空港軍事使用反対等のスローガンを掲げた日本平和委員会主催の総決起大阪大会平和を守る大統一行動に、同年一一月一九日には、合理化反対、公務員法改悪反対、安保条約破棄、原子力潜水艦寄港反対、池田内閣反 空港軍事使用反対等のスローガンを掲げた日本平和委員会主催の総決起大阪大会平和を守る大統一行動に、同年一一月一九日には、合理化反対、公務員法改悪反対、安保条約破棄、原子力潜水艦寄港反対、池田内閣反対等のスローガンを掲げた総評主催の秋闘第二次統一行動に、それぞれ組合員らが参加してデモ行進を行った。 ヘ昭和三九年の活動状況等被控訴人組合では、昭和三九年一月二九日扇町公園で開催された統一行動大阪集会に、組合員五〇数名が参加し、日韓会談粉砕、原子力潜水艦寄港阻止、F一〇五D水爆機配備拒否等を決議してデモ行進を行った。更に、同年九月三日扇町公園で開催された、総評主催の原子力潜水艦寄港阻止大阪府民集会に組合員約三〇名が参加し、抗議文を採択した後、デモ行進を行い、同月一一日には、アメリカ原子力潜水艦寄港阻止大阪実行委員会主催の集会及びデモ行進に約二〇名の組合員が参加し、同月二八日には、公務員共闘主催の第七次全国統一行動大阪集会に組合員らが参加し、原子力潜水艦日本寄港阻止を決議してデモ行進に参加した。 (2) 他税関の組合分裂状況神戸税関においては、昭和三七年三月、全税関労組神戸支部執行部の活動方針に反対する組合員が神戸税関労働問題研究会を発足させ、労研ニュースを発行し、同執行部を公然と批判し、支部長選挙に同研究会の代表者を候補者として推薦して、選挙を闘ったが、これに破れたため、同研究会を中心とした批判勢力が母体となって、昭和三八年三月、神戸税関労働組合を結成した。この神戸での動きは、他税関における批判勢力にも影響を与え、横浜税関において、昭和三八年一一月に全税関労組横浜支部を脱退した者がその有志で、同三九年二月横浜税関労組刷新同志会を結成し、同年九月、同会を母体として横浜税関労働組合を結成した。右脱退者らは、その脱退の理由が、支部組合指導者層 月に全税関労組横浜支部を脱退した者がその有志で、同三九年二月横浜税関労組刷新同志会を結成し、同年九月、同会を母体として横浜税関労働組合を結成した。右脱退者らは、その脱退の理由が、支部組合指導者層が自分達の考え方や意見を一方的に押しつけ、意見等を異にする者を敵視するという態度に出、また、問題を故意に歪曲して宣伝し、職員に危惧、不安の念を抱かせたり、誠実、真しな執務意欲を喪失させるような指導等をしていることにある旨を明かにした。 そして、東京税関においては、昭和三九年七月の全税関労組東京支部の定期大会において執行部批判があり、これら批判者が中心となって同年一一月刷新有志会を結成し、執行部の退陣と活動方針の変更を求めたが、これを拒否されたために、右組合を脱退して、同四〇年二月、東京税関労働組合を結成した。このような全税関労組の運動方針に反対する動きは、名古屋及び長崎の各支部においても見られ、名古屋及び長崎の各税関において、同じく昭和四〇年二月に新しい税関労組が結成された。 (3) 被控訴人組合の分裂の動き等被控訴人組合内部における執行部批判の動きは、前記のとおり、昭和三〇年代後半に入って次第に顕在化しつつあり、被控訴人組合から、大量の脱退者が生じるかなり以前から、組合費の未納者が続出し、これらの者は、事実上組合を脱退したと同様の情況にあった。当時、大多数の署長、所長及び課長は全税関労組員であり、当初組合脱退者は右管理職員に集中していたが、当時全税関労組においては、「職制は敵」であると規定して、積極的に管理職員を排除する姿勢を示していた。なお、脱退組合員の中には、被控訴人組合の闘争的な活動やその執行部の姿勢等を公然と批判した声明文を配付する者までいた。 2 右認定事実を総合勘案すると、全税関労組及びこれに追随していた被控訴人組合が推進し 脱退組合員の中には、被控訴人組合の闘争的な活動やその執行部の姿勢等を公然と批判した声明文を配付する者までいた。 2 右認定事実を総合勘案すると、全税関労組及びこれに追随していた被控訴人組合が推進した安保条約改定反対闘争等の政治課題を活動の目的にした闘争形態は公務員として保持すべき政治的中立性に疑問を抱かせ、好ましくない行動であるから、早くも昭和三〇年代後半から次第に、被控訴人組合の中にその執行部を批判する者が出ていたこと、しかるに、その後、被控訴人組合は、相変わらず、昭和三六年及び同三七年度の各定期大会において、政治活動、政治闘争を行うことを活動方針にすることを確認し、これを推進していたため、当時、組合員であった支署長、課長等の管理職の中から被控訴人組合の執行部を批判する者が続出し、次第に他の組合員もこれに追随するようになったこと、これらの動きは、当時、既に他の税関においても同様の情勢になっていて、その影響も受けていることが窺われ、前記認定の、昭和三七年七月の定期大会における執行委員の大量辞任、同三九年の対立候補者擁立の動きや執行部信任投票の結果、分会単位の批判と組合費未納者の増加は、右の動きを示すものであるといえること、したがって、被控訴人組合の右活動方針やこれに基づく活動は、必ずしも組合員の総意を反映したものではなく、執行部は組合員の意識から乖離した独走傾向にあったものであって、当時噴出した組合員の右批判に耳を貸さず、活動方針の転換を図ろうとしなかったため、右批判者の中から組合脱退者が出て、その者らが自発的意思に基づき、大阪税関労組を結成するに至ったものというべきである。このことは、前記認定のとおり、右新組合結成の発起人が発表したその準備会趣意書に、大阪税関当局をも被控訴人組合執行部とともに批判する文言があることからも窺われる。右 るに至ったものというべきである。このことは、前記認定のとおり、右新組合結成の発起人が発表したその準備会趣意書に、大阪税関当局をも被控訴人組合執行部とともに批判する文言があることからも窺われる。右趣意書の中の「当局にも、使用者として守るべき節度を超え、職場を混乱させた責任がある。」との文言は、右発表者の一方的な意見にすぎず、その内容は抽象的概括的で、これから、組合分裂に関して大阪税関当局のなした具体的行動等を推察することは到底できないものであるから、右意見により右当局が組合分裂に関与していると推認することはできず、前記認定のP15考査管理官の講話は、事実に基づく分析結果であって、全税関労組を誹謗中傷したり、組合分裂ないし新組合結成を指導する内容のものではないから、これが右組合分裂に影響を与えたものとは認められない。また大阪税関当局が、被控訴人組合を攻撃又は誹謗中傷したり、職員に対し、脱退、組合費未納を指示したことを認めるに足りる証拠はない。なお、前記認定のとおり、当初の組合脱退者は管理職員に集中し、昭和四〇年三月六日に新組合(大阪税関労組)結成後、同年中に右脱退者が増大し、これらの者が右新組合に加入した事実はあるが、右管理職員は、管理職員としての立場と組合員としての立場の二面性を有するところから、当時被控訴人組合も右管理職員を排除する姿勢を示していたので、組合に居辛い情況にあったもので、同人らが先ず組合を脱退したのは自然の成り行きであるといえ、組合費未納者は右分裂以前から増大しているのであって、これを大阪税関当局が指示したことを認めるに足りる証拠はなく、これらの者は、実質上相当以前から被控訴人組合を既に脱退していたものと見られるところ、新組合結成後に正式に脱退したため、一挙に脱退者が増加する情勢になったといえないでもない。したがって 証拠はなく、これらの者は、実質上相当以前から被控訴人組合を既に脱退していたものと見られるところ、新組合結成後に正式に脱退したため、一挙に脱退者が増加する情勢になったといえないでもない。したがって、右脱退ないしその増大が大阪税関当局の関与によるものとは認め難い。以上の次第であるから、被控訴人組合の前記分裂が大阪税関当局の関与によって生じたものであると認定することは困難である。 二東京税関文書に示された税関当局(大蔵省関税局及び大阪税関)の差別意思について判断する。 1 東京税関文書に形式的証拠力(原本の存在及び成立)が認められること、これに対する控訴人の反論を採用しない事由は、原判決一八〇頁目三行目の冒頭から同一八一頁目八行目の終わりまでの記載(ただし、同一八〇頁目六行目の「○○○○」を「○○○○」と、同行の「並びに弁論の全趣旨によると、」を「、その各文書の形状や内容(これらには、文書の取扱基準を示す「人事秘密」、「取扱注意」等の押印があり、所轄の部課長、税関長らの官職氏名〔これらは会議当時の者と概ね合致する。〕も記載され、その閲覧印が押捺されており、記載内容も不自然ではない。)並びに弁論の全趣旨(控訴人において成立について特段の反証をしていない等)によると、」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 2 そこで、右各文書に記載された内容等について順次検討を加える。 (一) 前記引用にかかる書証(甲二一五の一〔これを清書した同二一六の一〕)によれば、昭和四二年五月一日東京税関において部長会議が開催されたことが認められる。ところで、甲二一五の二(これを清書した同二一六の二)には、原判決一八二頁目二行目の「新入」から同一〇行目の「いる。」までの記載と同趣旨のことが記載されている。しかし、右甲二一五の二(これを清書した同二一 で、甲二一五の二(これを清書した同二一六の二)には、原判決一八二頁目二行目の「新入」から同一〇行目の「いる。」までの記載と同趣旨のことが記載されている。しかし、右甲二一五の二(これを清書した同二一六の二)には、表題に「部長会議々事録」との記載はなく(前記引用にかかる他の行政日誌の添付書類にはそのような記載がある。)、その記載内容が右他の行政日誌添付の文書の記載内容と相違するので、果たして甲二一五の二は同二一五の一と一体となった文書であるか疑問であり、したがって、右甲二一五の二に記載の内容が右部長会議で議論されたと断定することは困難である。 そして、仮に右書証により、同部長会議においてこれに記載の議論がなされたことが認められるとしても、右議論は新入職員の配置やその教育等について意見を交わしたものであることが窺われるところ、一般に新入職員は、公務員の倫理や服務規律等について十分な理解がなく、他からの影響を受けやすいものであるから、税関当局においてその配置について一定の配慮をすることは止むを得ないところである。ところで、前記及び後記認定の全税関労組及びその配下の組合のなした行為を見ると、当時、同組合員においては、政治闘争を活動方針とし、その目的はともかくとして、違法かつ過激な行動を繰り返し、公務員倫理に悖り、服務規律等違反の事実があったことが認められるから、税関当局において新入職員がこの影響を受けないよう配置につき一定の配慮をしたとしても、けっして不当違法とはいえず、指導官の人選に関してその思想等が議論されているのは、特定の思想を嫌悪して、これを排除する見地からなされたものではなく、指導官に公務員倫理を十分自覚して、これに則った行動を取り、服務規律等を遵守する資質が要請されるところから、これに相応しい人物を選任すべきであるとの議論がなされ 排除する見地からなされたものではなく、指導官に公務員倫理を十分自覚して、これに則った行動を取り、服務規律等を遵守する資質が要請されるところから、これに相応しい人物を選任すべきであるとの議論がなされたものと理解することもできるので、右議論をもって、全税関労組員を同労組に所属していることやその正当な活動をしていることをもって他の職員と差別したものと認めることは困難である。 (二) 前記引用にかかる書証(甲二二七〔これを清書した同二二八〕)によれば、同年九月一一日の東京税関の幹部会議において、原判決一八三頁目一行目の「東京」から同一八四頁目一行目の終わりまでに記載の報告がなされたことが認められる。 しかし、右認定の報告のうち、大阪税関長発言の二五、二六年入関者を全税関労組員であると限定して認定するに足りる証拠はなく、その他の発言は他の税関長等の報告ないし発言であって、そこで議論されている議題や前後の事情等は明らかでなく、右発言内容が決議されたことを認めるに足りる証拠もないから、その発言だけから、大阪税関当局が全税関労組ないし被控訴人組合員を同労組に所属していることやその正当な活動をしていることをもって他の職員と差別して特別の処遇をしていたと認定することは困難である。そして、仮に右発言等から、税関当局が全税関労組員に対しその処遇上格別の対策を講じていることが認められるとしても、そもそも、前記認定のとおり全税関労組やその組合員のように公務員倫理に悖り服務規律等を遵守しない違法過激な活動を繰り返している職員ないしその所属の組合に対し、税関当局において公務員倫理や服務規律等遵守の見地から、これに違反する行動に反省を求め、是正さすような対策を講ずることは止むを得ないところであるから、右対策を講ずること自体は何ら不当違法とはいえないものである。もっと 務員倫理や服務規律等遵守の見地から、これに違反する行動に反省を求め、是正さすような対策を講ずることは止むを得ないところであるから、右対策を講ずること自体は何ら不当違法とはいえないものである。もっとも、その対策の内容次第によっては不当違法になる場合もあると考えられるが、前記認定の発言等から、税関当局の講じていた対策の内容を認定することはできない(なお、右発言の中には不穏当であるとの非難を免れないものがあるが、その発言は、一部の者がなしたもので、これだけからは、その意図、真意を正確に把握することはできず、これを明らかにする証拠もないから、右発言をもって、税関当局が不当違法な内容の全税関労組員対策を講じていたと断定することはできない。)ので、右対策が不当違法であると断定することは到底できない。 (三) 前記引用にかかる書証(甲二二三の一、二〔これを清書した同二二四の一、二〕)によれば、同年九月二七日の東京税関の幹部会議において、原判決一八六頁目一〇行目の「監察官」から同一八八頁目五行目の「誘い出す。」までに記載のとおりの発言がなされたことが認められる。 しかし、仮に右発言によって全税関労組員をサークル活動の場面で隔離する等の対策を講じていることが認められるとしても、右発言は東京税関内部における施策が議論されたものであることは明らかであり、乙三二一〇の一ないし四、三二一一及び弁論の全趣旨によれば、当時及びその後においても、大阪税関においては、その所属の被控訴人組合員が各種のサークルに数多く所属して活躍しており、右サークル活動から排除されたり、隔離されたりした事跡はないことが認められるので、右発言内容をもって大阪税関当局の講じていた全税関労組対策であると認めることは到底できない。 (四) 前記引用にかかる書証(甲二四一の一、二〔これを清書した同 たりした事跡はないことが認められるので、右発言内容をもって大阪税関当局の講じていた全税関労組対策であると認めることは到底できない。 (四) 前記引用にかかる書証(甲二四一の一、二〔これを清書した同二四二の一、二〕)によれば、昭和四三年四月二日の東京税関の幹部会議において原判決一八八頁目一〇行目の「税関長」から同一八九頁目一行目の「通らぬだろう」までに記載のとおりの発言がなされたことが認められる。 しかし、この発言内容の前段部分は税関長の個人的な感情の表明にすぎず、結論としては全税関労組員を永年表彰から除外するのは筋が通らないと述べているのであるから、右発言から、税関当局が永年表彰において同労組員を差別する意思があったことを認めることはできない。 (五) 前記引用にかかる書証(甲二四三〔これを一部清書した同二四四〕)によれば、同年七月一七日の東京税関の幹部会議において原判決一八九頁目七行目の「表彰基準」から同一九〇頁目一〇行目の「見送る。」までに記載(ただし、同一九〇頁目二行目の「検討中」の前に「所属組合によって扱いを異にするのは奇異だ。」を付加する。)のとおりの発言がなされたことが認められる。 しかし、右発言内容によれば、職員の永年表彰において、特定の組合に所属していることを基準とすることに反対する意見も述べられていて、そのような基準により実施するとの結論には違していないものであるから、右発言内容をもって、永年表彰において全税関労組員が差別処遇をされていたと認めることはできない。 3 前記引用にかかる他の書証(東京税関文書)の中で、全税関労組員が差別処遇をされていたことを認めるに足りるものはない。 4 以上の次第であるから、大蔵省関税局の差別意思やその関与の有無について検討を加えるまでもなく、前記引用にかかる書証(東京税関文書)によって が差別処遇をされていたことを認めるに足りるものはない。 4 以上の次第であるから、大蔵省関税局の差別意思やその関与の有無について検討を加えるまでもなく、前記引用にかかる書証(東京税関文書)によって大阪税関当局の差別意思の存在を認めることはできない。 三大阪税関当局の具体的行為に示された差別意思について判断する。 1 配転問題(一) 右配転については、原判決一九七頁目五行目の「甲」から同二〇〇頁目五行目の終わりまでの記載(ただし、同一九七頁目六行目の「一〇八の三、」を削除し、同七行目の「証人P13の証言、原告○○○○、同」を「証人P13(第二回)、訴え取下前の原審原告○○○○、被控訴人」と改め、同一九八頁目八行目の「)。」の次に「そして、大阪税関当局は、人事異動については、「イ、同一所属課勤務一年以上の者を異動の対象者とする。ロ、同一所属課に勤務する期間は三年未満とする。ハ、住居移転を伴う遠隔地の支署、出張所勤務となった者については、勤務期間を二年ないし三年を標準として本関近接地へ戻す。ニ、支署、出張所未経験者はできるだけ若い間に一度は勤務させる。」の方針で運営していた。」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) 右認定事実により考察するに、右引用にかかる②の配転から大阪税関当局の差別意思を認定できないことは、原判決二〇〇頁目七行目の冒頭から同末行の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。そして、右引用にかかる③の配転について考察するに、確かに遠隔地配転において被控訴人組合員のしめる比率が多いものである(昭和四〇年七月期の異動では一一名中被控訴人組合員が八名、同四一年七月期の異動では一三名中同九名)が、前記証拠によれば、右労組員はほとんど独身者で、本関地勤務が長く遠隔地勤務経験がない者であって、右配転は、 七月期の異動では一一名中被控訴人組合員が八名、同四一年七月期の異動では一三名中同九名)が、前記証拠によれば、右労組員はほとんど独身者で、本関地勤務が長く遠隔地勤務経験がない者であって、右配転は、前記認定の大阪税関当局がその所属職員に採っていた配転基準にほぼ合致しており、右引用にかかる証拠や甲二五の三八、二七の四によれば、右配転者の中にはその出身地に配転された者もあり、また本人の意向により、大阪税関当局がこれを尊重して配転内容を撤回した事実もあり、なお、昭和四〇年七月期の異動では、被控訴人組合員が七名、また同四一年七月期の異動では同組合員が六名、それぞれ遠隔地から大阪地区へ配転されていることが認められるから、前記各配転において被控訴人組合員の比率が多いことや当時組合分裂後日が浅いことをもって右当局が被控訴人組合員を差別したと認定することはできない。 2 千舟なにわ寮への入寮問題(一) 右の件に関する証拠及び事実認定は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決二〇三頁目八行目の「甲」から同二一一頁目九行目の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決二〇三頁目三行目及び同四行目の各「千船」を各「千舟」と改め、同頁一〇行目の「二九一二、」の次に「三一一四、三二一三、」を付加する。 (2) 同二〇四頁目一〇行目から同末行にかけての「その制定に反対していた。」を「寮の自治を求めて、強くその制定に反対し、職場集会等によりその運動を繰り返していた。」と改める。 (3) 同二〇五頁目九行目の「なった。」の次に「右改正は、昭和四六年に新なにわ寮が新設されたのに伴い、千舟なにわ寮管理規則が廃止され、新たに大阪税関独身寮管理規則が制定されたためなされたものであるが、右改正規則は、寮生との懇談会で出された要望を斟酌して制定されたものである わ寮が新設されたのに伴い、千舟なにわ寮管理規則が廃止され、新たに大阪税関独身寮管理規則が制定されたためなされたものであるが、右改正規則は、寮生との懇談会で出された要望を斟酌して制定されたものである。」を付加する。 (4) 同二〇七頁目四行目の「述べなかった。」を「述べなかったが、右交渉の当初の入寮問題の総括的回答の中で寮管理規則六条に決められているとおりであるとの説明をしていた。」と、同六行目の「千船」を「千舟」と、それぞれ改める。 (5) 同二一〇頁目九行目の「行った」の次に「重点要求として寮管理規則反対を掲げた」を付加する。 (6) 同二一一頁目六行目の「受けていた。」の次に「右各集会は、大阪税関当局から事前に庁舎使用許可を受けるよう注意喚起を受けていたにもかかわらず、これを無視して強行され、その後税関長からその参加者に対し厳重な口頭注意があったが、その効果もなく繰り返され、時には右当局が庁内放送で解散命令を発したが、これを無視して継続され、激しくシュプレヒコールがなされ、重点要求として寮管理規則反対を掲げたものもあった。」を付加する。 (二) 右認定事実を総合勘案して、まず千舟なにわ寮入寮拒否の件について検討するに、被控訴人組合員の中にも入寮を許可された者がおり、一方右組合員以外の者でも入寮を許可されていない者もいること、当時被控訴人組合は寮の自治を求めて寮規則制定に反対し、その運動を繰り返していたものであるところ、入寮を拒否された被控訴人組合員五名の者は、庁舎管理規則違反(その態様は前記のとおりけっして軽微なものではなく、寮管理規則反対を掲げたものもあった。)により矯正措置を受けているので、これらの事情等から同人らに寮管理規則の遵守を期待できないと認められる余地があること、したがって、控訴人が主張する右の者らに対する入寮拒否理由( げたものもあった。)により矯正措置を受けているので、これらの事情等から同人らに寮管理規則の遵守を期待できないと認められる余地があること、したがって、控訴人が主張する右の者らに対する入寮拒否理由(寮管理規則六条の「税関職員としての品位を保持し、共同生活に適するもの」に該当しないとの判断)は首肯できるものであること、なお、大阪税関当局は、前記人事院の不服申立手続において、右拒否理由につき右主張とは異なる説明をしているが、前記認定のとおり、大阪税関当局は被控訴人組合との交渉等において右主張に符合する拒否理由を早くから繰り返し主張しているので、右人事院の不服申立手続における説明は、控訴人主張のとおり、共同生活不適と説明した場合には、人権侵害発言として追求され事態が混迷することを配慮して右の表現を差し控えたものであると推察されること、前記認定のとおりその後寮管理規則六条は削除されてはいるが、その改正の経過は前記認定のとおりであるから、当時、右当局が同規則六条に重きをおいていなかったとはいえないこと、前記認定のとおり、東京税関文書によれば、東京税関において、新入職員の配置や指導官の選任につき議論がなされた事実はあるが、右議論は職場の配置につきなされたものであって、これから入寮拒否等の具体的な施策がなされたことを認定することはできないばかりか、何分、右議論は東京税関でなされたもので、大阪税関での件ではないこと、右入寮については被控訴人組合員全員が拒否されたわけではなく、入寮を許可された者の中には同組合員もいるものである(なお、前記入寮を拒否された者は当時被控訴人組合の役員ではあったが、前記引用にかかる証拠及び弁論の全趣旨によれば、当時被控訴人組合においてはほぼ半数の者が役員の地位を有しており、右の者ら全員が有力活動家であると認定することは困難であ 被控訴人組合の役員ではあったが、前記引用にかかる証拠及び弁論の全趣旨によれば、当時被控訴人組合においてはほぼ半数の者が役員の地位を有しており、右の者ら全員が有力活動家であると認定することは困難である。)から、前記入寮の拒否が新入職員を被控訴人組合員から隔離するためになされたものであるとは認め難いこと、そうすると、右入寮拒否をもって被控訴人組合員を差別したものであると認めることはできない。 次に入寮拒否にかかる配転の件について検討するに、これが不当違法であると認めることはできなく、その理由は、原判決二一五頁目七行目の冒頭から同末行の終わりまでの記載(ただし、同八行目の「認められるが、」の次に「右各配転が、前記認定の従来大阪税関当局が運営していた職員の配置基準に合致しない不当なものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 3 いわゆるP16問題右の件に関する当裁判所の認定、判断は、次のとおり訂正するほかは、原判決二一六頁目二行目の冒頭から同二一七頁目六行目の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (一) 原判決二一六頁目二行目の「(1)」を「(一)」と、同三行目の「原告P16」から同五行目の「認められる。」までを「被控訴人P16は、昭和四〇年七月大阪から伏木支署へ遠隔地配転され、同支署で亡P17(旧姓○○)(同三八年一一月一日同支署で現地採用され、同四〇年一二月被控訴人組合に復帰加入)と婚約し、同四三年五月婚姻予定であったが、被控訴人P16は昭和四二年一〇月単独で大阪へ配転され、亡長谷川P17は結婚後も右支署に留め置かれ、同四四年一〇月大阪富島出張所に配転されたこと、一方、被控訴人組合員であった婚約中のP18は大阪から富山出張所へ遠隔地配転になっていたが、被控訴人組 され、亡長谷川P17は結婚後も右支署に留め置かれ、同四四年一〇月大阪富島出張所に配転されたこと、一方、被控訴人組合員であった婚約中のP18は大阪から富山出張所へ遠隔地配転になっていたが、被控訴人組合を脱退したところ、一年半を経た同四二年一月大阪へ配転されたことが認められる。」と、同六行目の「(2)」を「(二)」と、それぞれ改める。 (二) 同二一七頁目一行目の「昭和」から同四行目の「難くなく、」までを「乙二九四二によれば、土肥の右時期での配転は必ずしも本人の希望に沿うものでもないことが認められ、」と改める。 4 勤勉手当の減額支給右の件に関する当裁判所の認定、判断は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決二一七頁目八行目の冒頭から同二二一頁目九行目の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (一) 同二一七頁目八行目の「(1)」を「(一)」と改め、同九行目の「二八七一、」の次に「三二六三、証人P13(第二回)」を、同末行の「昭和四三年」の前に「勤勉手当については、職員の成績に応じて支給され(当時の給与法)、その基準は、職員の期間率に成績率を乗じて得た割合によるが、成績率は、各庁の長が当該職員の勤務評定記録書又は勤務成績を判定するに足りると認められる事実を考慮して行う旨定められており(人事院規則等)、大阪税関においてもそのような運営がなされていたところ、」を付加する。 (二) 同二一八頁目四行目の「受けた。」の次に「当時、右勤勉手当査定の前に、右のうち、被控訴人組合員であった者はいずれも非違行為(当局の警告を無視して実行された庁舎管理規則違反等)を行い、上司の命令に服しない事実があった。」を付加する。 (三) 同二一九頁目七行目の「(2)」を「(二)」と改め、同九行目の「主張するが、」の次に「被控訴人組合員はいずれも非違行為 理規則違反等)を行い、上司の命令に服しない事実があった。」を付加する。 (三) 同二一九頁目七行目の「(2)」を「(二)」と改め、同九行目の「主張するが、」の次に「被控訴人組合員はいずれも非違行為等を考慮して成績率を低く評定され、低額支給されたものであることが推認できるばかりか、」を付加する。 (四) 同二二一頁目三行目の「右事実」から同七行目の「る)。」までを「右認定事実によれば、右勤勉手当の低額支給は非違行為等を考慮して成績率が低く評定されてなされたものであると認められる。そうすると、被控訴人ら主張のとおり右勤勉手当の低額支給が大阪税関当局の差別意思によりなされたと認めることはできない。」と改める。 5 宿舎入居問題右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二二一頁目末行の冒頭から同二二三頁目三行目の終わりまでの記載(ただし、同二二二頁目一行目及び同七行目の各「千船」を各「千舟」と改め、同七行目の「するが、」の次に「当時の大阪税関の宿舎事情は十分なものではなく、希望どおり入居できないことは被控訴人組合員に限ったものではなかった(前記証拠及び弁論の全趣旨)ところ、」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 6 年次休暇、特別休暇の不承認右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二二三頁目五行目の冒頭から同二三三頁目四行目の終わりまでの記載(ただし、同二二三頁目五行目の「(1)」を「(一)」と、同二二六頁目六行目の「(2)」を「(二)」と、同二二九頁目九行目の「しかし、」から同二三一頁目三行目の「)。」までを「また、右休暇についての取扱が被控訴人組合員に対してのみ強化されたことを認めるに足りる証拠はない。」と、同五行目の「(3)」を「(三)」と、同二三三頁目一行目の「証拠はない、」から同三行目の「すると、」までを「証 ついての取扱が被控訴人組合員に対してのみ強化されたことを認めるに足りる証拠はない。」と、同五行目の「(3)」を「(三)」と、同二三三頁目一行目の「証拠はない、」から同三行目の「すると、」までを「証拠はなく、右認定の事実経過等を考慮すると、」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 7 サークル活動からの排除(一) ラグビー部の件右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二三三頁目七行目の冒頭から同二三四頁目一〇行目の終わりまでの記載(ただし、同二三四頁目五行目の「原告(他元原告一名)」を「被控訴人組合員(他元同組合員一名)」と、同六行目の「認められる」から同九行目の「なされているとの」までを「認められ、ラグビー部においては、P19脱退後も、被控訴人組合員も留まって活躍しており、昭和四四年三月からは主将も同組合員であり、大阪税関当局が同部を潰す等の措置に出ていたことは認められないから、」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) 剣道部の件右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二三五頁目一行目の冒頭から同二三六頁目一行目の終わりまでの記載(ただし、同二三五頁目一行目の「○○○○○」を「○○○○○」と改め、同六行目の「いなかった。」の次に「当時P21は部費も未納で、練習にあまり熟心ではなかった。」を付加し、同一〇行目の「仮に、」から同二三六頁目一行目の終わりまでを「右認定の経過等によると、P21は練習に不熱心なためチームワークを乱す者として他の部員から敬遠されていたことが窺われないでもないから、被控訴人P20の右供述は信用できない。他に剣道部に関して被控訴人ら主張の大阪税関当局の差別意思を認めるに足りる証拠はない。」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (三) 卓球部の から、被控訴人P20の右供述は信用できない。他に剣道部に関して被控訴人ら主張の大阪税関当局の差別意思を認めるに足りる証拠はない。」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (三) 卓球部の件右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決(更正決定を含む。)二三六頁目三行目の冒頭から同八行目の終わりまでの記載(ただし、同三行目の「○○○○○」を「○○○○○」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (四) サッカークラブの件(1) 甲九、三九一、乙二九四一、被控訴人P20本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、昭和四五年三月二一日、被控訴人P9、同P16と当時大阪税関労組に加入していたP22、P23、P24(千舟なにわ寮の寮生)が私的なサッカークラブである「オフサイズ」(港湾関係の各職場の混成チーム)を結成し、遅れて、同寮生のP25、P26も加入したこと、ところが、同寮の副管理人のP27は、同寮に別にサッカー部を作り、その後、P25及びP26はオフサイズを辞め、その内一人は寮のサッカー部に加入したことが認められる。 (2) ところで、甲三九一(被控訴人P9作成の書面)には、P27は、P24に対し寮にサッカー部を作らないかと呼び掛け、これを断られた経過があり、P27が寮にサッカー部を作ったのは大阪税関当局の指示によるものである旨の記載があり、被控訴人P20も同趣旨の供述をしている。 (3) しかし、甲三九一の右記載内容や被控訴人P20の右供述部分は、それ自体から伝聞や憶測によるものであることが認められること、大阪税関当局がP27にサッカー部の結成を指示したり、これに経費等の援助を与えたことを認めるに足りる証拠はなく、乙二九四一(P27の陳述書)には、「P24とサッカー部の件に関して一度も話し合ったことはない。当時、寮内に、サ ッカー部の結成を指示したり、これに経費等の援助を与えたことを認めるに足りる証拠はなく、乙二九四一(P27の陳述書)には、「P24とサッカー部の件に関して一度も話し合ったことはない。当時、寮内に、サッカー経験のあったP28、P29、P25、P26らが発起人となって、同好会を作ろうとの気運があって、自分もグランド捜し等側面から援助し、道具類は、寮生らが自費で積み立て、月賦で購入した。」旨の記載があるところ、乙三二一五によれば、P24はオフサイズクラブの主力メンバーではないことが窺われ、P27が同クラブの主力メンバー(P22、P23等)に対し部結成を話し掛けた事実を認めるに足りる証拠はなく(もし、同クラブを潰す意図なら、真先に同人らと交渉した筈である。)、オフサイズクラブは港湾関係の各職場の混成チームであったので、寮生だけによる独自のサッカー部を作ろうとのP27の発案にはそれなりの理由があることを考慮すると、乙二九四一の右記載内容は一概に排斥し難いところである。 (4) そうすると、甲三九一及び被控訴人P20の前記(2)の記載及び供述は、いずれも信用できず、前記(1)に認定の事実から大阪税関当局の差別意思の存在を認定することはできない。 (五) 柔道部の件右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二四〇頁目五行目の冒頭から同二四一頁目八行目の終わりまでの記載(ただし、同二四〇頁目六行目の「○○」を「○○」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 8 結婚妨害問題(一) 右の件に関する証拠及び事実認定は、原判決二四一頁目一〇行目の「甲」から同二四三頁目五行目の終わりまでの記載(ただし、同二四一頁目一〇行目の「○○○○○」を「○○○○○」と、同二四二頁目末行の「もっとも、P30は、「税関の」を「P30は、被控訴人組合等の右の件に関す ら同二四三頁目五行目の終わりまでの記載(ただし、同二四一頁目一〇行目の「○○○○○」を「○○○○○」と、同二四二頁目末行の「もっとも、P30は、「税関の」を「P30は、被控訴人組合等の右の件に関する追求に対し、「右説得は親切心から出たものであって、税関の」と、同二四三頁目二行目の「弁解」から同五行目の「できない。」までを「弁解した。」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) 右認定事実によれば、P30の言動は、上司ないしカウンセラーとしての職務を逸脱し、P31及び被控訴人P32の人権を侵害する行為である。しかし、大阪税関当局が右行為を指示したり、これに関与したことを認めるに足りる証拠はなく、前、後記認定の当時の情勢等(被控訴人組合員が非違行為を繰り返して処分されていた等)や右認定のP30の弁解によると、上司ないしカウンセラーの立場にあるP30が被控訴人組合に対し個人的に消極的評価をして老婆心から自らの発意により、前記職務を逸脱した行動に走ったと認めることもでき、なお、大阪税関当局においてP30に対し右の件に関し直接処断していないが、これは、本件は職員以外の者も関係している結婚問題であって、P30自身も前記のとおり弁解しているので、その真相が確定し難いためであると窺われないでもない。そうすると、前記(一)において認定の事実から、大阪税関当局の差別意思の存在を認定することはできない。 9 現認体制の問題右の件に関する当裁判所の認定、判断は、原判決二四四頁目九行目の冒頭から同二四五頁目七行目の終わりまでの記載(ただし、同二四五頁目三行目の「しかし、」の次に「右証拠によれば、被控訴人組合員は大阪税関当局の度重なる警告にもかかわらず、これを無視して非違行為を繰り返していたことが認められるので、」を付加する。)のとおり 四五頁目三行目の「しかし、」の次に「右証拠によれば、被控訴人組合員は大阪税関当局の度重なる警告にもかかわらず、これを無視して非違行為を繰り返していたことが認められるので、」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 10 新大仏寺での研修問題(一) 右の件に関する証拠及び事実認定は、原判決二四五頁目末行の「甲」から同二四六頁目一〇行目の終わりまでの記載(ただし、同二四六頁目六行目の「原告組合の分析及び当局の組合活動対策」を「被控訴人組合を含めた当時の労働情勢」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (二)(1) ところで、右引用にかかる甲二三、三二の五、六には、右研修会では、被控訴人組合は大半が共産党員であると指摘して、同組合を中傷誹謗し、これを破壊し、潰す対策が討議された旨の新聞及び全税関労組大阪支部ニュース記事の記載があり、被控訴人P33もその本人尋問において同趣旨の供述をしている。 (2) しかし、右新聞記事についてはそのニュースソースを明らかにした証拠はなく(右記載内容からは、被控訴人組合であると窺われないでもない。)、右各記事が、主催者の大阪税関当局や出席者に個別に当たって取材して作成されたことを認めるに足りる証拠はないから、右記事の内容が正確であるとの裏付けはなく、また被控訴人P33の右供述もそれ自体から他からの伝聞又は自己の想像によるものであることが認められること、甲三二の七、一〇、一二によれば、その後、被控訴人組合との懇談において、大阪税関当局は右研修会において同組合を誹謗した事実がないことははっきりしていると明言し、更に、本件が国会で取り上げられた際、政府委員から、本研修会では特定の政党や組合を名指してこれはいかぬなどの討議はしていない旨の答弁があったことが認められ、同研修会に出席した証人P13(第一 明言し、更に、本件が国会で取り上げられた際、政府委員から、本研修会では特定の政党や組合を名指してこれはいかぬなどの討議はしていない旨の答弁があったことが認められ、同研修会に出席した証人P13(第一回)や同P34の各証言からも右の事情が窺われないでもないことに照らすと、右(1)の記事の記載内容や供述はいずれも信用できない。 (3) そして、仮に、右研修会において、被控訴人組合対策の討議等がなされたことが認められるとしても、前記二2(二)において説示のとおり組合対策の討議等をなすこと自体は不当違法ではなく、その内容次第によって不当違法になる場合もあるものと考えられるところ、これに関する前記(1)記載の証拠は信用できず、他に右対策の内容を認定するに足りる証拠はない(なお、右研修会の場所等が異例であったことだけから右内容の不当違法を認定することは困難である。)。 (三) そうすると、右(一)において認定の事実から大阪税関当局の差別意思を認定することはできない。 四関税局の人事政策に示された差別意思について判断する。 1 税関における昇格、昇給の法定要件と実際の取扱いについて(一) 昇任、昇格及び昇給についての法定要件は、原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」欄の(当事者間に争いのない事実等)二本件係争期間中の税関職員の昇任、昇格及び昇給制度の概要において判示したとおりである。 (二) 被控訴人らは、右法定要件にもかかわらず、実際の運用は年功序列的になされていた旨主張するので、この点について検討する。 その形式及び記載内容から原本の存在及び成立(関税局管理課作成の文書)が認められる甲二七五、二七六の各二によれば、税関職員は年齢が上昇するにつれて等級が上昇していることが認められ、また証人P13の証言(第二回)によれば、いわゆる復職時調整 (関税局管理課作成の文書)が認められる甲二七五、二七六の各二によれば、税関職員は年齢が上昇するにつれて等級が上昇していることが認められ、また証人P13の証言(第二回)によれば、いわゆる復職時調整の名の下に、病休等で長期間休職していた職員が復職した場合に復職時に休職開始時よりも高い等級に昇格する取扱いがなされていることが認められる。しかし、右書証によれば、右年齢の上昇と等級の上昇については、各等級に属する年齢層の人数は必ずしも一定ではなく、前記検討した被控訴人らが対象者とした原判決添付の別表1記載の非原告組合員の昇給等(これは前記判示のとおり必ずしも正確ではない。)についても勤務年数に応じて一律に上昇しているとはいえないこと、右証人P13の証言によれば、復職時調整の理由は、様々であり、その趣旨が同一勤務年数の者を同等に処遇するためではなく、また実際の処遇も一律に同勤務年数の者の等級等に合わせているとは限らなく、休職前の勤務成績、必要経験年数、在級年数、官職の枠、選考対象者との絡み等を総合勘案して処遇しているものであることが認められ、確かに右認定の事実や弁論の全趣旨によれば、職員の昇給等については、採用資格(学歴等)や勤務年数が重視されていることが推認できるが、一般に、職員の昇給等については、税関長の裁量に委ねられているところ、法令の建前や税関業務の実態からして成績主義、能力主義に基づく人事政策が採られるのが相当であるから、その運用もこれを全く無視して実施されているとは認め難いこと等を考慮すると、職員の昇給等が一律に年功序列的になされていたと認めることは困難である。 2 関税局文書に示された税関当局の差別意思につき検討を加える。 (一) 関税局文書の形式的証拠力(原本の存在及び成立)につき判断する。 この点に関する当裁判所の判断は、原判決 ることは困難である。 2 関税局文書に示された税関当局の差別意思につき検討を加える。 (一) 関税局文書の形式的証拠力(原本の存在及び成立)につき判断する。 この点に関する当裁判所の判断は、原判決二五二頁目三行目の冒頭から同二五五頁目一行目の終わりまでの記載(ただし、同二五三頁目三行目の「二葉」を「三葉」と、同行の「八、九」を「八ないし一〇」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (二) 右引用にかかる証拠(ただし、右引用にかかる口文書不真正部分を除く)によると、関税局において、昭和五八年九月税関長会議、同年一〇月総務部長会議、同五九年二月税関長会議、同年三月総務部長会議、同六一年三月一九日総務部長会議、同年四月一〇日、一一日人事課長会議がそれぞれ開かれ、これらの各会議においてそれに関する各文書記載の内容等が討議されたことが認められる。 (三) 右会議で討議された各文書記載の内容中問題となり得る部分及びこれに対する判断は、次のとおり訂正、削除するほかは、原判決二五五頁目八行目の冒頭から同二六三頁目末行の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 同二五九頁目一行目の「同六〇年度まで」を「同六〇年度においては」と改める。 (2) 同二六一頁目一行目の「これまで」から同七行目の「る。」までを「同六〇年度においては全税関労組員に対し前記基準(五五歳かつ在級六年)に沿って運用していたが、同六一年度からは年齢構成等から内外ともに説明が困難になるので、任用数を多くするような是正措置に関する意見が出されたことが認められる。」と改める。 (3) 同二六二頁目末行の「一般職員」から同二六三頁目二行目の「る。」までを「一般職員との均衡上どのように考慮すべきかが討議されたことが認められる。」と改める。 (4) 同二六三頁目 」と改める。 (3) 同二六二頁目末行の「一般職員」から同二六三頁目二行目の「る。」までを「一般職員との均衡上どのように考慮すべきかが討議されたことが認められる。」と改める。 (4) 同二六三頁目七行目の「しかし、」から同末行の終わりまでを削除する。 (四) 右認定事実によれば、全税関労組員について昭和六〇年度において上席官への昇任に基準が設けられており、またそれまで同組合員の上席官への昇任数が右組合員以外の者より少ないことが認められる。しかし、他の職員についてどのような基準が設けらけていたかは明らかでなく、同組合員でも上席官に昇任した者は少なからずいるところ、右基準が設けられなければならなかった事由や右昇任数が他と比較して少ない由来を確認し得る証拠はないから、これらの事実のみからは直ちに、関税局において全税関労組員を同人が同組合に所属することやその正当な活動をしていることだけをもって他の職員と差別していたと断定することは困難であり、前記昭和六一年度の総務部長会議では格差の是正が討議されたものであるからそれ自体は非難される余地はなく、また右基準が設けられた時期を明らかにする証拠はなく、何分、本件係争期間は右討議がなされた日からかなり以前の一〇年も前(その始期は二〇年も前)の時期であるから、右討議内容等から本件係争期間中も同様の取扱い又は差別意思に基づく措置の実施があったと推認することは到底できない。また七級昇格については、一般職員との均衡上差別すべきでないとの討議がなされたものであると理解でき、右討議内容から全税関労組員に対し格別の基準が設けられ、これに基づき運用されていたことを推認することはできず、仮に当時右基準が設けられて、これに基づき運用されていたことが認められるとしても、これを設けなければならなかった事由やその時期を明らかにする れ、これに基づき運用されていたことを推認することはできず、仮に当時右基準が設けられて、これに基づき運用されていたことが認められるとしても、これを設けなければならなかった事由やその時期を明らかにする証拠はなく、これから直ちに一〇年も前(その始期は二〇年も前)の本件係争期間中も同様又は差別意思に基づく措置の実施があったと推認することは到底できない。 前記関税局文書中に他に同局の差別意思の存在を認定するに足りるものはない。 そうすると、右文書により本件係争期間中の同局の差別意思の存在を認定することはできない。 3 昇給等の具体例(一) 右の点に関する証拠及び事実認定は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決二六五頁目八行目の冒頭から同二七二頁目五行目の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決二六六頁目九行目の「○○○○」を「○○○○」と、同行の「同人」を「訴え取下前の原審原告P11」と、それぞれ改める。 (2) 同二六七頁目四行目の「○○○○○」を「○○○○○」と改め、同七行目の「入関年次」の次に(ただし、全税関労組員がいない昭和二四年及び同三〇年次を除く)」を、同九行目の「いない者は」の次に「同二六年次のP35一人を除いて」を、それぞれ付加する。 (3) 同二六九頁二行目の「よると、」の次に「同発令においては、」を付加し、同行から同三行目にかけての「なされるのが通常であることが」を「なされていることが」と、同五行目の「運用実態」を「実状」と、それぞれ改める。 (二) 右認定事実によれば、本件係争期間中、一般に、全税関労組員ないし被控訴人組合員が他の職員と比較して昇給等において低く処遇されていることが認められる。しかし、前記認定のとおり、税関職員の昇給等の処遇は、法令上やその運営の実際上も、その勤務成績(この内情は ないし被控訴人組合員が他の職員と比較して昇給等において低く処遇されていることが認められる。しかし、前記認定のとおり、税関職員の昇給等の処遇は、法令上やその運営の実際上も、その勤務成績(この内情は、後記判示のとおり、勤務実績、執務に関連してみられた性格、能力、適性を総合評価してなされる。)によって処遇され、これを無視して年功序列的になされているものではないので、同組合員各人につき個別に当たって、他の職員と比較してその勤務成績が同等であったことが認められない限り、単に右処遇が一般的に低くなされている実状であることだけから、直ちに右処遇が税関当局の差別意思に基づくものであると認定することは困難である。 五以上検討したところによれば、右昇給等の具体例のみで本件係争期間中における関税局ないし大阪税関当局の差別意思の存在を認めることはできない。 (争点三〔格差は差別意思により生じたものか〕について)一争点一において判示したところによれば、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)各人については、本件係争期間中、原判決添付の別表1記載のその各対象の同期入関者のうちの最も昇給等の低い者よりも昇給等が低いものであることを認め得ないでもない。そうすると、この場合、右被控訴人ら各人がその各対象の右最も低い同期入関者と勤務成績が同等であることが認められるときは、右被控訴人らに対する右処遇は差別意思に基づくものであると一応推認できるというべきである。なお、前記判示のとおり、右被控訴人らとその各対象者とは本件係争期間の当初において既に格差が生じているものもあり、この者については、これが右期間中の昇給等に影響を与えているので、右格差が始まった当初に遡って右勤務成績の同等を検討する必要があるが、以下においては取り敢えず本件係争期 格差が生じているものもあり、この者については、これが右期間中の昇給等に影響を与えているので、右格差が始まった当初に遡って右勤務成績の同等を検討する必要があるが、以下においては取り敢えず本件係争期間中に限ってこれを検討することにする。 二そこで、まず右検討をなす前提として、非違行為の主張、立証の訴訟手続上の問題につき判断する。 この点に関する当裁判所の判断は、原判決二七三頁目三行目の冒頭から同二七五頁目一行目の終わりまでの記載(ただし、同二七三頁目三行目の「経過した」の次に「原審の」を付加し、同二七四頁目七行目の「右黒塗り、」を「右黒塗りは、」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 三次に、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)各人の勤務成績について判断する。 1 勤務成績の概念この点に関する当裁判所の判断は、原判決二七五頁目四行目の冒頭から同二七七頁目一〇行目の終わりまでの記載(ただし、同二七六頁目五行目の「分けられる。」を「分けられるが、これらを総合して評定されるものである。」と改め、同二七七頁目五行目の「八条」の次に「七項」を付加する。)のとおりであるから、これを引用する。 2 右被控訴人らの勤務実績(一) ところで、国家公務員である税関職員は、全体の奉仕者として法令上の服務規律の下に公共的な職務に従事するものであることは勿論、国民に対し法令に基づき直接公権力を行使する権限を付与されているものであるから、その職務には厳しい規律の確保が要請され、職務の内外を問わず、法令、規則を誠実に尊守する態度を保持することが特に要請されているものである。そして、右職務の内容は、機械的数量的に測定し得るものではなく、一定の組織の中で上司の命令に服し、他の同僚等と協力して遂行されるものである。そ する態度を保持することが特に要請されているものである。そして、右職務の内容は、機械的数量的に測定し得るものではなく、一定の組織の中で上司の命令に服し、他の同僚等と協力して遂行されるものである。そうすると、勤務実績の認定においては、これらの点をも考慮に入れざるを得ないものである。 (二) 甲三六ないし四〇、四〇七ないし四〇九、四三八、四四八、四七〇ないし五三三、五三九、五七二、五七七(右被控訴人らの一部の者の作成陳述書)及び被控訴人P35、同P9、同P20、同P10(原審)各本人尋問中には、被控訴人組合員ら各自が同期入関者と勤務実績において差がないとする記載及び供述がある。 しかし、これらの記載及び供述内容は、もっぱら右各人の自己評価にすぎず、他の職員と比較して裏付ける的確な証拠もないから、右記載及び供述はいずれも信用できない。 (三)(1) 右勤務実績に関して以下の事実が認められる。 イ前記(争点二)の三、4において判示のとおり、本件係争期間中右被控訴人らのうちには勤務成績が劣ると評定されて勤勉手当が低く支給された事実がある。 ロ本判決添付の別紙の控訴人の主張の別表1ないし3記載の事実があり(その証拠及び態様等は同箇所に記載のとおりである。)、これによれば、右被控訴人らの大部分において勤務時間中正当な理由なく離席等して職務を遂行しなかったことがある。 ハ本件係争期間中右被控訴人らがなした非違行為の回数、態様等及びその他にも被控訴人組合員が違法行為に及んでいることは、後記3(一)において認定のとおりであって、右被控訴人らは職務専念義務に違反しており、また右行為の態様によれば、右被控訴人らは普段の職務遂行においても上司の命令に服さず、同僚との協調性に欠けていたことが推認でき、証人P13の証言(第一回)によっても、被控訴人組合員について ており、また右行為の態様によれば、右被控訴人らは普段の職務遂行においても上司の命令に服さず、同僚との協調性に欠けていたことが推認でき、証人P13の証言(第一回)によっても、被控訴人組合員については、職務の遂行において、上司に対し反抗的態度を取ることが多く、誠実さや責任感が劣り、同僚との協調性に欠けていることが認められる。 ニ本件係争期間中の右被控訴人らの休暇の実情は、後記3(二)において認定のとおりであり、これによれば、概して右休暇数は他の職員に比較して多いものである。 ホ甲二七五の一、乙二九五〇、証人P13の証言(第二回)によれば、本件係争期間中、被控訴人P36において親展文書の無断開披の事実があり、被控訴人P37において職務中度々正当な理由もなく長時間離席する事実があり、良好な勤務成績の証明が得られないため被控人P9及び同P38について普通昇給が延伸になった事実があること、乙六一三ないし六一六、証人P39の証言によると、被控訴人P40は昭和四九年三月七日休暇の申請をせず承認を受けずに職場を離れて本関の方へ行っていた事実があり、同P40、同P41、同P42、同P43は、同月二六日午前中勤務庁の安治川出張所の前まで来たが、午前中半日の交通ストを理由に、スト解除後出勤して特別休暇の申請をした事実があることが認められる。 ヘ控訴人は、以上の他の、右被控訴人らの職務を怠った証拠及び右被控訴人らと比較すべき各対象者の勤務実績を明らかにした証拠を提出していない。ところで、前記説示の税関の職務内容を考慮すると、右勤務実績は機械的数量的に測定できるものではなく、各人につき毎日執務に関するその様々な言動等を逐一記録に残すことは人的、物的に不可能であるので、控訴人においてこれらに関する記録文書を保有し、人証を確保しているとは考えられないこと(なお、 ではなく、各人につき毎日執務に関するその様々な言動等を逐一記録に残すことは人的、物的に不可能であるので、控訴人においてこれらに関する記録文書を保有し、人証を確保しているとは考えられないこと(なお、前記認定の関税局及び東京税関文書〔甲二七五の一、同二〇五〕によれば、同局等において、本件のような訴訟に関する対策が議論されたことが認められるが、これによって具体的施策を決定したことを認めることはできないから、右当局において右文書の保有及び右人証の確保をしていたと推認することは困難である。)、もっとも、証人P13の証言(第一回)によれば、大阪税関では、上司において一定時期にその部下職員に対する勤務評定書を作成しているが、その内容は抽象的概括的で、各人の執務に関する言動等を詳細に記録したものではなく、総合評価を重視して作成されたものであることが認められるので、これが証拠として提出されても、右被控訴人ら又は他の職員に対する勤務実績を正確に認定できるか疑問であり、また右文書の提出により、その職員のプライバシーが侵害され、人事政策上の秘密が公表されて好ましくない事態になることは明らかであり、控訴人が右文書を証拠として提出しないのはそのような観点を配慮したためであることが窺われる。そうすると、控訴人において右被控訴人らの前記以外の勤務実績を明らかにした証拠又は他の職員の勤務実績を明らかにした証拠を提出していないことをもって、前記被控訴人らと前記各対象同期入関者との勤務実績が同等であると推認することは相当でないといわねばならない。 (2) ところで、本件係争期間中前記被控訴人ら各人と前記各対象同期入関者との勤務実績が同等である点については、被控訴人らの立証責任に属するというべきところ、右に判示の諸点を総合勘案すると、右立証が十分尽くされているとはいえず、 前記被控訴人ら各人と前記各対象同期入関者との勤務実績が同等である点については、被控訴人らの立証責任に属するというべきところ、右に判示の諸点を総合勘案すると、右立証が十分尽くされているとはいえず、本件係争期間中前記被控訴人ら各人と前記各対象同期入関者との勤務実績が同等であったと認めることは困難であって、むしろ劣っていたことが窺われないでもない。 3 被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)の執務に関連して見られた性格、能力、適性(一) 非違行為について右被控訴人らがなした非違行為(その回数、態様、これに対する処分等)及び被控訴人組合員が他になした違法行為に関する証拠及び事実認定並びにこれに対する被控訴人らの反論が採用できないことは、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決二八一頁目末行の冒頭から同二九一頁目九行目の終わりまで、及び同二九五頁目四行目の冒頭から同二九九頁目九行目の終わりまでの記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 同二八一頁目末行の「二九〇五、」の次に「検乙二〇ないし四七、」を、同行の「P13」の次に「(第二回)」を、それぞれ付加する。 (2) 同二八二頁目一行目の「P44」の次に「、同P45」を付加し、同二行目の「原告組合員一覧表」を「原判決添付の非違行為に関する各表(ただし、原告番号53P8に関する部分を除く」と改め、同八行目の「受けたこと」の次に「(なお、同表記載のとおり、本件係争期間中の非違行為により、その後懲戒処分又は矯正措置を受けていること)、また右非違行為の態様等は、本判決添付の別紙の原告非違行違一覧表(ただし、原告番号32P46については、右表及び昇給、昇格及び非違行為一覧表)記載のとおりであり、大阪税関当局の度重なる警告を無視して何回となく繰り返され、執拗か 決添付の別紙の原告非違行違一覧表(ただし、原告番号32P46については、右表及び昇給、昇格及び非違行為一覧表)記載のとおりであり、大阪税関当局の度重なる警告を無視して何回となく繰り返され、執拗かつ過激であって、右当局はこれに対する対応に難渋し、執務に多大の打撃を受けた(執務を妨害されて事務が停滞、遅延等をし、貼られた多量の違法な文書を剥がし清掃するのに多数の職員がかなりの労力を要した等)こと」を付加する。 (3) 同二八三頁目五行目の「(2)」を「(二)」と、同一〇行目の「確かに」から同二八四頁目四行目の終わりまでを「しかし、被控訴人ら主張の目的はともかくとして、右非違行為の態様は前記認定のとおりであり、大阪税関当局の度重なる警告を無視して何回となく繰り返され、その態様も執拗かつ過激であって、公務員倫理に悖り服務規律違反等の違法なものであるから、到底正当とはいえないものである。」と、それぞれ改める。 (4) 同二八五頁三行目の「判決」の次に「民集三三巻六号六四七頁」を付加する。 (5) 同二八八頁目四行目の「P13の証言」の次に「(第二回)」を付加し、同五行目の「春ころから」から同九行目の「すると、」までを「春ころから右規則違反の非違行為が頻繁に激しく繰り返されるようになったからであり、それまでも被控訴人組合員において右非違行為はなされていたが、その回数等はそれ程でもなかったことが認められるので、」と、同末行の「原告○○○○」を「訴え取下前の原告○○○○」と、それぞれ改める。 (6) 同二九〇頁目五行目の「判決」の次に「民集三一巻七号九七四頁」を付加する。 (7) 同二九一頁目九行目の「なるものというべきである。」を「なるものというべきであるところ、右撤去を求められた文書全部が右掲示を禁止された文書に該当することが認められる(なお、ス を付加する。 (7) 同二九一頁目九行目の「なるものというべきである。」を「なるものというべきであるところ、右撤去を求められた文書全部が右掲示を禁止された文書に該当することが認められる(なお、ストライキ宣言文言、ストライキ文言が入ったものは、いずれも、その文言自体から公務員に禁止されたストライキを煽ると理解されるものであることが認められるから、右掲載を禁止された文書であるというべきである。)。」と改める。 (8) 同二九五頁目五行目の「行為の圧倒的大多数は、動機の点はともかく、その行為自体は」を「行為の全部は、その動機はともかくとして、」と改め、同末行の「P13の証言」の次に「(第二回)」を付加する。 (9) 同二九六頁目二行目の「押し掛け、」の次に「玄関ブザーを押し続け、玄関扉を叩き続ける等に及んだ後に、」を、同四行目の「総務課長が、」の次に「被控訴人組合支部長の」を、同末行の「乙二九〇四、」の次に「三一六五、三一六八、三一七〇、検乙一五、」を、それぞれ付加し、同行の「○○○○○」を「○○○○○」と改める。 (10) 同二九六頁目末行から同二九七頁目一行目にかけての「原告組合員は、同四七年二月ころ、」を「同四七年一月ころから、被控訴人組合は、被控訴人P32とP47の結婚問題にP30が介入したのは人権を侵害し、組合破壊につながる不当労働行為であると抗議行動を展開することになり、同月二七日本関総務課長及びP30が新聞記者と会見することになったが、被控訴人組合員が多数詰め掛け、会議室の扉前に立ち塞がって、退出を妨害し、総務課長に面会を強要し、多人数でこの喧騒状態では話し合いに応じられないとして退出しようとする総務課長を制止して小競り合いとなり、その際、総務課主任が同組合員らの集団を分断しようとして廊下中央部の防火扉を閉めようとしたところ、 でこの喧騒状態では話し合いに応じられないとして退出しようとする総務課長を制止して小競り合いとなり、その際、総務課主任が同組合員らの集団を分断しようとして廊下中央部の防火扉を閉めようとしたところ、被控訴人P48が強引に扉を開こうと押し戻したため、同主任は同扉と引き手と壁の間に指を挟まれて傷害を負った。また、同月二八日、同組合員七名が右抗議のため富島出張所長室に押し掛けて来たので、同所長が勤務時間内で、現在仕事中であるから、自分の席に帰るよう再々退出を命じたが、これを聞き入れず、抗議を続け、このため同所長は、無為替承認三件の決裁ができず、輸入通関手続が遅延し、輸入業者に迷惑を掛けた。そして、更に同月二九日と同年二月二日には、同組合員は、」と、同四行目の「を配付したこと」を「合計約一二〇〇枚(そのうち顔写真入りは約一〇〇〇枚)を配付し、また同年一月三一日の早朝には、「結婚問題に介入し、組合脱退をそそのかしたP30課長の罷免と大阪税関長の謝罪を要求する。金税関大阪支部」などと書かれた畳四帖大の看板を合同庁舎前路上に、また富島出張所周辺に縦二メートル横一メートルの同様の立て看板三枚を立てたこと」と、同七行目の「配付する行為は」を「配付した行為や右認定の面会を強要して退出を阻止した行動は」と、それぞれ改める。 (二) 出勤状況についてこの点に関する証拠及び事実認定は、原判決二九九頁目末行の冒頭から同三〇七頁目二行目の終わりまでの記載(ただし、同三〇六頁目末行の「正確な」から同三〇七頁目二行目の「得ない。」までを「正確な比較は困難であるが、右休暇日時が被控訴人組合の活動時期とほぼ符合するものであることが窺われ、またその回数が多すぎると考えられるものもあることを考慮すると、概して、前記被控訴人らの休暇日数がその各対象非原告組合員〔最も昇給等の処遇 被控訴人組合の活動時期とほぼ符合するものであることが窺われ、またその回数が多すぎると考えられるものもあることを考慮すると、概して、前記被控訴人らの休暇日数がその各対象非原告組合員〔最も昇給等の処遇が低い者〕のそれよりも多いことが窺われないでもない。」と改める。)のとおりであるから、これを引用する。 (三) 非違行為等が執務に関連して見られた性格、能力、適性に与える影響この点に関する当裁判所の判断は、原判決三〇七頁目四行目の冒頭から同三〇八頁目四行目の終わりまでの記載(ただし、同三〇七頁目四行目の「国家公務員は、」を「国家公務員である税関職員の職務は、前記2(一)において判示のとおりであり、」と、同六行目の「国民の行動を規制すべき」を「国民に対し直接公権力を行使する等してその行動を規制し得る」と、同八行目から同九行目にかけての「遂行することが厳に要請されていること、」を「遂行することが要請され、したがって、職務の内外を問わず、法令、規則を誠実に遵守する態度を保持することが厳に要請される(勤務成績の評定においてもこの点が重視される。)こと、」と、同三〇八頁目三行目から同四行目にかけての「観念的、抽象的にはこれを肯定すべきである。」を「当然であるといわねばならない。」と、それぞれ改める。)のとおりであるから、これを引用する。 四そこで、以上認定の諸点を総合勘案して、被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)の前記各格差が大阪税関当局の差別意思(同組合員であることやその正当な活動をしたことを理由とする差別)により生じたものであるかについて判断する。 1 ところで、前記判示したところによれば、税関当局においてその職員に対し昇給等の処遇をなすに当たっては、給与法やその実施要綱の人事院の規則に規制され、その規制 生じたものであるかについて判断する。 1 ところで、前記判示したところによれば、税関当局においてその職員に対し昇給等の処遇をなすに当たっては、給与法やその実施要綱の人事院の規則に規制され、その規制の趣旨は職員の勤務成績を適正に評価し、これに見合った処遇をなすべきであるというに尽きるものであるが、この場合、勤務成績は勤務実績、執務に関連してみられた性格、能力、適性を総合して評価され、その評価及びこれに対しどのような昇給等の処遇をなすかの判断は、右のような広範な事情等を総合して考慮してなされるものである以上、平素から庁内の事情に通曉し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者である税関長の裁量に任されていると解するのが相当である。しかし、右の裁量は、恣意にわたることは許されないことは当然であるが、右評価や処遇等が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法にはならないものというべきである。 2 そこで、右の点をも斟酌して考察するに、前記認定のとおり、右被控訴人らについては、本件係争期間中において、その各対象の非原告組合員(昇給等の処遇が最も低い者)と勤務実績が同等であると認めることは困難であり、むしろそれよりも低いことが窺われないでもないこと、全員が非違行為に及んで、ほとんどの者がこれにつき処分され、その期間はほとんど本件係争期間の全域に及び、回数は多数で、態様は執拗、過激で、税関職員に強く要請される遵法精神に著しく欠け、また概して休暇日数は多く、そのため、右被控訴人各人の執務に関連してみられた性格(責任感等)、能力、適性はかなり劣悪であると評定されても止むを得ないものであり、大阪税関当局においてそのような評定をされたことが十分推認できること、なお、右 控訴人各人の執務に関連してみられた性格(責任感等)、能力、適性はかなり劣悪であると評定されても止むを得ないものであり、大阪税関当局においてそのような評定をされたことが十分推認できること、なお、右各非違行為の目的が組合活動にあるとしてもそれによって右行為が正当化されないことはいうまでもないところであり、また右評定は、右被控訴人らが被控訴人組合員であることやその正当な活動をしたことを理由とするものではないから、国家公務員法一〇八条の七に違反しないものであること、更に、前記認定の事実によれば、右被控訴人らのうちには、非違行為に及んだ後の近接した日に昇給等をしているものがあるが、非違行為とこれに対する懲戒等の処分との間には直接的な関連性があることは当然ではあるけれど、昇給等の処遇は、過去に遡り、また将来を展望する等して各職員の勤務実績や執務に関連して見られた性格、能力、適性等を総合して評価がなされるものであり、したがって、非違行為の有無やその態様は右総合評価の一つの事情にすぎなく、またその際の昇給等の人数枠、予算等にも配慮して昇給等が決定されるものである(証人P13の証言〔第一、二回〕)から、非違行為と右昇給等との間に必ず関連性があるとはいい難く(非違行為に及んだ者でも他の点をも考慮して総合評価して、昇給等が相当であるとの判断に達する場合もあり、またその際の昇給人数や予算の枠内での選別上他により勤務成績が劣る者がいる場合には右非違行為者に対し昇給等の処遇を決定することもあると考えられ、なお、前記認定のとおり、右被控訴人らのなした非違行為はほとんど被控訴人組合の活動に関連してなされたものであるので、右非違行為をなしているにもかかわらず、昇給等の処遇がなされているのは、むしろ、前記当局が被控訴人組合を敵視していない証左であるともいえる。)、した 訴人組合の活動に関連してなされたものであるので、右非違行為をなしているにもかかわらず、昇給等の処遇がなされているのは、むしろ、前記当局が被控訴人組合を敵視していない証左であるともいえる。)、したがって、前記当局が右被控訴人らに対する昇給等の処遇に当たって右非違行為を考慮していないということはできないこと、そして、右被控訴人ら各自に当たってその各前記対象者と比較してその処遇を検討してみるに、本件係争期間の当初において既に格差の生じている者については、その過去にそれなりの事由があり(休職等)、これが右係争期間中の処遇の格差に影響していると推認でき、また前記認定の諸事情により認め得る右各人の勤務実績、執務に関連して見られた性格、能力、適性をその各対象の非原告組合員(昇給等の処遇が最も低い者)と比較してみても(右対象者にはこれらのマイナスに評価される事情はない。)、その処遇がこれらの者より低いのは、同人よりもその各勤務成績が劣るためであると評価された結果であることが十分推察でき、その評価及びこれに対する処遇は大阪税関長に任された前記裁量の範囲に属するものであるということができること、なお、右被控訴人らの昇給等のうちには、それがその非違行為の回数や態様、休暇日数に鑑みても他と比較して遅すぎると見られないでもないものがあるが、前記説示のとおり、これらは昇給等を考慮する一事情にすぎないので、これらの事情と昇給等が機械的に比例してなされるとはいい難く、右処遇が税関長の裁量の範囲内に属することや他に右処遇の不当性を的確に裏付ける証拠もないことを考慮すると、右の実状だけから右処遇が差別意思に基づくと断定することは困難であること、また、本件の場合、右被控訴人らと他の職員とを全体的総合的に比較検討してみても、必ずしも正鵠を得た正しい結論を見出すことにならな の実状だけから右処遇が差別意思に基づくと断定することは困難であること、また、本件の場合、右被控訴人らと他の職員とを全体的総合的に比較検討してみても、必ずしも正鵠を得た正しい結論を見出すことにならないことは争点一において既に判示のとおりであること、そこで、以上の諸点を斟酌すると、右評価及びこれに対する処遇が大阪税関長の右裁量権を逸脱した、差別意思(被控訴人組合員であることやその正当な活動をしたことを理由にする差別)に基づきなされたものであると認めることは困難であるといわなければならない。 (争点四〔違法性〕について)大阪税関長の本件係争期間中における被控訴人組合を除くその余の被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)に対する前記各処遇が裁量権を逸脱した差別意思に基づくものであると認めることができないことは、争点三において既に判示のとおりである。そうすると、大阪税関長の右被控訴人らに対する右各処遇が不法行為を構成することは認められない。そして、また右税関長が被控訴人組合に対しその団結権を侵害する不法行為をなしたことは、これを認めるに由ないものである。 第四結論以上判示したところによれば、大阪税関長が本件係争期間中被控訴人ら(ただし、承継者についてはその被承継者)に対し被控訴人ら主張の不法行為をなしたことを認めることはできないので、その余の争点(右被控訴人らの損害の有無)について検討を加えるまでもなく、被控訴人らの各請求はいずれも理由がなく、これらを棄却すべきである。 よって、右と判断を一部異にする原判決中被控訴人らに関する部分は一部不当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから、これに基づき、原判決中被控訴人らに関する部分のうち控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人らの各請求をいずれも棄却し、被控訴人らの附帯控訴は理由がない 部不当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから、これに基づき、原判決中被控訴人らに関する部分のうち控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人らの各請求をいずれも棄却し、被控訴人らの附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。 (裁判官宮地英雄山崎末記富田守勝)別紙「控訴人の主張」中の別表1ないし3及び同「原告別非違行為一覧表」各省略債権目録<28806-001><28806-002><28806-003><28806-004>控訴人の主張第一原判決には、重大な事実誤認がある。以下、まず、主要な、幾つかの点について、その根本的な誤びゅうを指摘する。 一 「差別取扱い」を認定した点について1(一) 原判決は、まず、「被告は、税関長が裁量権を濫用し、原告組合員らを差別して取り扱ったというためには、原告組合員らにおいて、特定の時期に、在職年数、経験年数、在級年数のほか、勤務成績が他の職員と同等であったにもかかわらず、他の職員は昇給等し、原告組合員らはしなかったことが主張、立証されなければならないと主張する。被告の主張は、原告らが本件で請求している基準コースとの差額を不法行為により生じた損害と認定するための要件としては正当である。 しかし、後述するとおり、原告らが本件で請求している損害はこれにとどまるのではなく(…)、原告らがこれを含む不利益取扱いを受けないとの利益を侵害されたと認定するためには、差別意思を持った査定が行われ、その結果として同期入関者との間に給与格差が生じたとの事実が主張、立証されれば足りるというべきである。」とか「右裁量権の行使が、国公法二七条の平等原則、同法一〇八条の七の不利益取扱禁止の原則に違反し、組合所属を理由とする差別意思をも 与格差が生じたとの事実が主張、立証されれば足りるというべきである。」とか「右裁量権の行使が、国公法二七条の平等原則、同法一〇八条の七の不利益取扱禁止の原則に違反し、組合所属を理由とする差別意思をもってなされた場合には、原告組合員らを昇任、昇格、特昇させなかったことは、原告組合員らに対し、他の職員と人事査定において平等な取扱いを受けるとの原告組合員らの法的保護に値する利益を侵害するものとして不法行為を構成する。」と判示していること、あるいは、「最低コースとして挙げられた職員と原告組合員らとの勤務成績が同等であること…が立証される必要があると解せられるところ、本件でこれを認めるに足りる証拠はない…」としながら、結論において、給与上の格差を認めつつ、その中のある部分が差別行為によるものであると認定していることからすると、差別意思に基づく何らかの不利益取扱いがなされた場合には、そのことのみで不法行為が成立し、勤務成績等が同等であることは必ずしも要しないという見解に立っていると解する余地がある。しかしながら、このような見解は、そもそも、不法行為の成否の問題として考えてみた場合においても、少なくとも、昇任、昇格、特別昇給の前提として行われる人事査定に関する限り、正当な解釈とはいえない。なぜならば、差別意思に基づく人事査定というものは、本来、当該組合員の勤務成績等に対する一定の認識を前提としつつ、これから離れて、殊更に人事考課の査定を低くするという判断作用を含んでいるからである。いい換えれば、仮に、被控訴人らが主張するような昇任、昇格及び特別昇給上の格差が存在するとしても、右格差が組合員であることを理由とした不当な差別であるといえるためには、被控訴人ら各自とその同期・同資格者との間には勤務成績等において差異がないといえなければならないからである。 存在するとしても、右格差が組合員であることを理由とした不当な差別であるといえるためには、被控訴人ら各自とその同期・同資格者との間には勤務成績等において差異がないといえなければならないからである。すなわち、「差別的取扱い」とは、ある処遇について同等の取扱いを受けるべき条件を備えた複数の者の間で異なる取扱いをすることであって、一般に訴訟上「差別的取扱い」をされたと主張する者は、その要件事実の一つとして、自己が当該処遇について他の者と同等に扱われるべき条件を備えていたことを主張立証する責任がある。本件についていえば、被控訴人らは、被控訴人らが、昇任、昇格及び特別昇給について、被控訴人組合の組合員以外の職員らと同等に扱われるべき条件を備えていたことを個別具体的に主張立証すべきである。 (二) 原判決は、被控訴人らの慰謝料請求を一部認めるに当たり、「本件で、原告組合員らと同期入関者の間に生じた給与格差のある部分が、税関長の差別取扱いの結果生じたものであることは前記認定のとおりである。」と判示しているのであるが、他方、前項で述べたような、その採っていると思われる基本的立場との関係を必ずしも明らかにしないまま、「原告組合員らの勤務成績のうち勤務実績に関する部分は、他の職員に比べ劣るものではなかったと推認すべきである。」との判示もしているところである。しかしながら、そもそも、原判決が、右推認の根拠とするところは、いずれも客観的な裏付けを伴わないものであるか、控訴人のなした主張、立証の意味について正しい理解を欠いたものである。すなわち、今、後者についてのみいうとしても、控訴人が、本件において、被控訴人らの非違行為等のマイナス事情について主張立証したのは、被控訴人らにおいて立証すべき、右勤務成績等の同等性に関わるところの間接事実、すなわち、右同等性の認定 としても、控訴人が、本件において、被控訴人らの非違行為等のマイナス事情について主張立証したのは、被控訴人らにおいて立証すべき、右勤務成績等の同等性に関わるところの間接事実、すなわち、右同等性の認定を動揺させる事実として、被控訴人らの勤務成績等の評価におけるマイナス事情の幾つかを、主張立証しようとしたものであって、本来、控訴人において、右格差の合理的理由それ自体を直接、第一次的に主張立証すべきものではないのである。また、原判決も認めるとおり、出勤状況ひとつを取り上げてみても、被控訴人らのうちの相当数につきおびただしい数の病気休暇、事故が認められるのであり、原判決は、勤務実績の同等性の判断に当たり、証拠の総合的な評価という本来あるべき立場を離れて、極めて片手落ちな判断手法に依拠しているともいわざるを得ない。いずれにしても、原判決は、被控訴人らの勤務実績が同期入関の非組合員らのそれに劣らない点の立証責任を事実上控訴人に転嫁しているものであって、極めて不当である。 本件訴訟が昇任、昇格及び特別昇給において組合所属を理由に差別されたとしてそれによる個人的法益の侵害を理由とする損害賠償(司法救済)を求めるものである以上、被控訴人らのそれぞれにつき不法行為の要件事実のひとつひとつについて個々的に立証が尽くされなければならないことは当然のことといわなければならない。本件は、そもそも、集団的比較の方法によって概括的に勤務実績の同等性を推定することになじまないものであり、また、そのようなことが許容される事案ではないのである。しかるに、原判決は、勤務成績の同等性に関して個々の主張・立証を不要とし、更には、前記のとおり、被控訴人らに課されるべき立証命題そのものをも歪小化し、その点に関する立証責任を事実上控訴人に転嫁したものである。このような判断手法は、従来 関して個々の主張・立証を不要とし、更には、前記のとおり、被控訴人らに課されるべき立証命題そのものをも歪小化し、その点に関する立証責任を事実上控訴人に転嫁したものである。このような判断手法は、従来の判例の趣旨からも大きく逸脱しているといわなければならない。今更述べるまでもないことであるが、不法行為制度は、あくまでも、一定の要件を備えた者が現実に被った損害を填補することを目的とするものであって、これに対し、本来享受し得ないはずの利益を享受させることを承認する制度に変質してしまうようなことがあってはならない。したがって、原判決には、このような観点に照らすと、疑問な点が多々含まれているのである。 2 「差別取扱い」に関する判断手法の誤り原判決は、被控訴人らと同期入関者の間に生じた給与格差のある部分は、大阪税関長の差別取扱いによるものであるとしている。すなわち、原判決は、被控訴人らの各自に対し差別取扱いがなされたことを認めたものである。 しかしながら、原判決の右認定・判断には、既にその判断手法の選択という点で、根本的な誤りがある。以下これらを指摘する。 (一) 個人に対する差別を判断する場合に採られるべき判断方法一般に、人事上の処遇に関し組合所属を理由とする差別取扱いがあったと主張される事案においては、組合員の集団に対し、組合所属を理由とする差別(これを「集団に対する差別」ということにする。)があったかどうかという観点から検討するのが相当と思われるケースと、ある特定の組合員個人に対し、組合所属を理由とする差別(これを「個人に対する差別」ということにする。)があったかどうかという観点から検討するのが相当と思われるケースとがあると考えられる。これら両者のケースにおいては、そもそも判断対象が異なっており、当然に判断方法も異なるべきである。 す する。)があったかどうかという観点から検討するのが相当と思われるケースとがあると考えられる。これら両者のケースにおいては、そもそも判断対象が異なっており、当然に判断方法も異なるべきである。 すなわち、「格差の存在」及び「勤務成績の同等性」という差別の要件について、集団に対する差別の成否という観点からは、組合員の集団と非組合員の集団とをそれぞれ全体として比較するという手法により右要件が存在するかどうかを判断すれば足りるとも考えられるのに対して、個人に対する差別の成否という観点からは、各組合員個人とその比較対象者(勤務成績以外の条件において当該組合員と同等である非組合員)の全部とを比較するという方法により右要件が存在するかどうかを判断しなければならないのである。 例えば、ある昇任について、有資格者が、組合員aないしeの五名と、非組合員fないしjの五名の合計一〇名(勤務成績以外の条件はいずれも同等であると仮定する。)で、そのうちから五名を昇任させるという場合に、昇任者が、組合員aと非組合員fghiであるとすると、集団に対する差別の成否という観点から見た場合、組合員と非組合員の両集団間に格差があるとしてよいし、勤務成績を集団として比較した場合に両集団間に差がないことが認められれば、勤務成績の同等性も認めてよいであろう。しかし、これを個人に対する差別という観点から見た場合、aについては格差がないから差別が成立する余地はないし、bcdeの各人のうち、勤務成績がfghiのいずれかと同等であることが認められる者についてしか差別は成立しない(勤務成績がfghiのいずれよりも低い者については差別は成立しない。)のである。 右の例からも明らかなとおり、集団に対する差別と個人に対する差別はそもそも成立要件が異なっており、例えば、前者が存在するということ hiのいずれよりも低い者については差別は成立しない。)のである。 右の例からも明らかなとおり、集団に対する差別と個人に対する差別はそもそも成立要件が異なっており、例えば、前者が存在するということと後者が存在するということとは、論理的に全く別個の意味を有するのであるから、後者の成否を判断する際に前者の成否に関する判断方法をそのまま持ち込んではならないのは当然のことなのである。 被控訴人らの各請求が被控訴人ら各自が大阪税関長から差別取扱いを受けたということを前提とするものである以上、右各請求の当否は、専ら個人に対する差別の成否にかかるのであるから、その観点からの判断方法に忠実に依拠して判断されなければならないのである。しかるに、原判決は、次に述べるとおり、前記各判断方法を混淆したか、個人に対する差別の成否という観点からの判断を怠っているのである。 (二)(1) 原判決は、格差の存否及び程度を集団に対する差別の成否という観点からしか判断していない。 原判決は、網羅性の欠如、対象外非原告の存在、本件係争期間開始時点での格差等に関する控訴人の主張について、このような例外的な事象は、格差の有無の判断の妨げとはならないとしている。仮にこれらが例外的な事象である(そのようにいえるかどうか自体が問題であるが、ここではその点を問わないことにする。)ならば、集団に対する差別の成否という観点からはあるいはこれらを無視してもよいかも知れない。しかし、個人に対する差別の成否という観点からすると、格差の存否及びその程度は、被控訴人らのそれぞれについて、その同期入関者(比較対象外とする合理的理由のある者を除く。)の全部との比較により判断しなければならないところ、ある被控訴人について、比較対象者として同期入関者が網羅されておらず、あるいは、比較対象外とされた同期 比較対象外とする合理的理由のある者を除く。)の全部との比較により判断しなければならないところ、ある被控訴人について、比較対象者として同期入関者が網羅されておらず、あるいは、比較対象外とされた同期入関者を対象外とする合理的理由がない場合には、仮にこれらが全体からみれば、原判決のいう「例外的な事象」であるとしても、当該被控訴人個人については、実際に比較対象者とされた同期入関者の全部との比較をしてみても、同期入関者(前同)の全部との比較における格差の存否及びその程度を判断したことにはならないのである。また、本件係争期間開始時点で同期入関者との間に顕著な格差が存在する場合には、仮にこれが全体からみれば、原判決のいう「例外的な事象」であるとしても、当該被控訴人は本件係争期間中同期入関者と同等に扱われるべき基礎的条件を欠いているのであるから、当該被控訴人個人に対する差別の成否という観点からは右格差を無視することはできないはずである。 また、原判決は、被控訴人らの、同期入関者の昇任時期等に関する主張は、正確でない部分があることを認めながら、結局のところ、「同期入関者全体の昇給等の推移を俯瞰的に把握し、これと原告組合員らとの間に生じた給与格差を判断するとの観点に限定して使用する限り正確である。」としている。右判示は、個人に対する差別の成否を問題として、被控訴人ら各自とその同期入関者の全体との格差を各別に観察するという観点から述べているのか、集団に対する差別の成否を問題として、被控訴人らの全体と同期入関者の全体とを比較した場合の格差を観察するという観点から述べているのか、いずれであるか明確でないが、このように明確でないということ自体、原判決が両者を区別していないことの証左であるというべきである。更に、個人に対する差別の成否という観点から、被控訴人ら 述べているのか、いずれであるか明確でないが、このように明確でないということ自体、原判決が両者を区別していないことの証左であるというべきである。更に、個人に対する差別の成否という観点から、被控訴人らの同期入関者の昇任時期等に関する主張には正確でない点があること、すなわち誤差があり得ることを認めた上で、被控訴人ら各自について格差の存在及び程度を認定し得るというためには、右誤差を考慮に入れてもなおかつこれらの格差の存在及び程度が明確であるという場合でなければならないというべきである。しかるに、原判決は、このような検討を経ないまま、漫然と、被控訴人らの主張どおり同期入関者の昇任時期等を認定しこれを前提として格差の存否及び程度を判断しているのである。あるいは、原判決の右判断の背景には、右誤差を考慮に入れた場合、被控訴人らの中に格差の存否及び程度が不明となる者がいるとしても、例外的なものとしてこれを無視してよいという考え方があるとも考えられ、もしそうであるとするならば、原判決は、格差の存否及び程度を集団に対する差別の成否という観点から判断していることにほかならないということになるのである。 なお、原判決は、格差に関する判断の中で、右のような観点に限定して使用する限りで被控訴人らの主張を正確であるとしておきながら、他方では、右限度を越え、非違行為と格差の関連性の有無について判断する場面では被控訴人らの主張をそのまま前提として議論するという矛盾に陥っているのである。 (2) 原判決は、勤務成績の同等性の存否に関し、集団に対する差別という観点からしか判断していない。 原判決は、被控訴人らの勤務実績について、他の職員に比べ劣るものではなかったと認定している。原判決が、一部の被控訴人らについて勤務実績不良を示す証拠があることを認めながら、その証拠が当該被 ない。 原判決は、被控訴人らの勤務実績について、他の職員に比べ劣るものではなかったと認定している。原判決が、一部の被控訴人らについて勤務実績不良を示す証拠があることを認めながら、その証拠が当該被控訴人個人の勤務実績の認定にどのように影響するかという重要な点を検討しないままこれを無視して、右のように認定していることからすると、原判決は、集団に対する差別の成否という観点から、被控訴人ら全体の勤務実績を他の職員の全体のそれと比較するという手法を採った上、前者が後者よりも劣るという控訴人の立証がない限り、これらを同等と認めてよいとの考え方を採り、更に、一部の被控訴人らについて勤務実績不良を示す証拠があることのみでは被控訴人ら全体の勤務実績が他の職員の全体のそれより低いと認めるには足りないと判断したものと考えられる。しかし、個人に対する差別の成否という観点からは、右のような判断方法は採り得ないというべきであり、また、勤務実績というものがそもそも個別的な差異のあるものであるということを踏まえて考えると、被控訴人ら各自の勤務実績とその同期入関者の全体のそれとを各別に比較しなければならないというべきである。 なお、勤務成績の同等性は、差別の基本的要件であるところ、勤務成績は、勤務実績だけではなく、これと「執務に関連して見られた性格、能力、適性」からなるものであり、原判決も、被控訴人らに多数見られる非違行為等が勤務成績上不利に働くものであるとしているのであるから、むしろ、被控訴人らの勤務成績と同期入関者のそれとの間には、直ちに同等性があるとすることについては疑問があるとして、差別の成立を否定するべきであったのである。ところが、原判決は、なぜか、勤務実績の同等性を認めるにとどめただけで、勤務成績の同等性の存否については、判断を避けたまま、率然として、 疑問があるとして、差別の成立を否定するべきであったのである。ところが、原判決は、なぜか、勤務実績の同等性を認めるにとどめただけで、勤務成績の同等性の存否については、判断を避けたまま、率然として、差別の成立を認めているのであり、結局、勤務実績をも包摂した勤務成績の同等性に関する判断を欠いたまま差別の成立を認めたものであって理由齟齬があるといわざるを得ない。 (3) 結局、原判決は、被控訴人ら各自に対する差別を認定しているが、その判断過程において、これとは成立要件を異にする集団に対する差別の成否という観点からしか判断しておらず、そのため、個別的な格差の存在、勤務成績の同等性という個人に対する差別の基本的要件の存否の検討が欠落しており、その結果、証明の程度を極端に引き下げ、いまだ、これらの要件が存在することにつき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るだけのがい然性が認められないにもかかわらず、差別の成立を認めるという、根本的な誤りを犯しているのである。 二 「差別意思」を認定した点について原判決は、幾つかの間接事実から主要事実たる差別意思を推認するという方法により差別意思を認定しているが、右推認は、総じて、証拠及び経験則に基づく客観的な判断過程を経たものであるとはいい難く、証拠の評価及び主要事実の認定に至る推論過程等において合理的な解釈を逸脱し、極めて粗雑な事実認定を行っているといわざるを得ない。そこで、原判決が、差別意思の存否を判断して行く過程において欠かすことのできない基本的な視点を遺脱していることを明らかにしておくこととする。 1 差別意思の認定において必要な基本的視点一般に、幾つかの間接事実から主張事実を推認するという方法で事実認定を行う場合には、第一に、各間接事実が証拠により十分に証明されたものでなければなら 。 1 差別意思の認定において必要な基本的視点一般に、幾つかの間接事実から主張事実を推認するという方法で事実認定を行う場合には、第一に、各間接事実が証拠により十分に証明されたものでなければならないこと、第二に、当該間接事実が主要事実を推認せしめるものであるかどうかの認定・判断は経験則に則したものでなければならないことはいうまでもないことである。 しかるに、原判決の差別意思に関する認定・判断は、結論を先取りしているためか、右に述べた第一、第二の、いずれの点においても慎重な検討がなされておらず、全体として、証拠に基づかない上、経験則にも合致しない不合理な事実認定を行っていると評価せざるを得ないものである。原判決の認定・判断過程のうち、第一の点からみた不当性については個別の問題であるから、後述するが、先ず、第二の点からみた原判決の認定・判断の不当性について概括的に述べると、次のとおりである。 (一) 一般に、違法とされる行為の成立に必要とされる意思は、違法とされる行為の内容・性質によって規定されるものである。本件は、差別的取扱いの成否に係る事案であるが、その行為に付随するところの差別意思(被控訴人らが組合員であることあるいは正当な組合活動をしたことを理由に差別する意思)についても、被控訴人組合に対する税関長の認識、対応等が、その前提となる被控訴人組合の活動状況、態様等との関係で不当なものであると評価されるものであるかどうか、また、それが、真に、原判決がいうところの「敵視、嫌悪」という専ら反組合的な意思作用に値する実体を伴ったものであるかどうか等の見地から検討がなされなければならないのであり、これらの点が肯定されない限り、差別意思の存在そのものが否定されるというべきである。 (二) 税関長は税関業務の正常な運営、職場秩序の維持、服務規律の の見地から検討がなされなければならないのであり、これらの点が肯定されない限り、差別意思の存在そのものが否定されるというべきである。 (二) 税関長は税関業務の正常な運営、職場秩序の維持、服務規律の維持、公務に対する国民の信用の確保等の職責を負っているのであるから、職員団体が、正常な業務運営を阻害し、職場秩序を害する等のおそれのある違法な組合活動を繰り返すという状況の下では、税関長が、必要最小限の対策を講じ、正常な業務運営、職場秩序等の回復等に努めるのは当然のことであるし、そのために、違法な組合活動に直面する管理職員等をしてこれに的確に対処させるべく指導、監督することも必要となることはいうまでもないところであるし、一方、管理職員等においても、右指導、監督の発動を待つことなく、税関業務の正常な運営、職場秩序の維持等を果たすべき自己の職責を自覚し、自ら率先して、当該団体の違法な組合活動に対する消極的評価の立場に立って、その身を処し、あるいは自己の部下職員を指導、監督する等の行為に出ることがあり得るのは当然の成り行きであるといわなければならない。 このように、税関長が当該団体の違法な組合活動に対して消極的、批判的な評価を与え、その上に立って必要な指導、監督等の措置を講じたとしても、それ自体、何ら違法・不当なものではなく、およそ差別意思とは何の関わりもないというべきである。 2 原判決の認定の不自然性原判決は、被控訴人組合の分裂に当局の意思が関与した、東京税関文書に記載された発言等によれば関税局、大阪税関当局が全税関労組に対して敵視、嫌悪意思を有していたと認められる、大阪税関当局あるいは一部職員の具体的行為の幾つかに右当局の右敵視、嫌悪意思ないし差別意思が示されているとした上、結論として、「以上によると、関税局及び大阪税関当局は、全税関労 していたと認められる、大阪税関当局あるいは一部職員の具体的行為の幾つかに右当局の右敵視、嫌悪意思ないし差別意思が示されているとした上、結論として、「以上によると、関税局及び大阪税関当局は、全税関労組及び原告組合を一貫して敵視、嫌悪し、原告組合員らに対し、差別意思に基づく取扱いを行ったものと認めてよい。」としている。 (一) 原判決の右結論は、そもそも間接事実の認定そのものにおいて証拠に基づいて行われていないという重大な誤びゅうがあるし、また、客観的な経験則に即した判断過程を経ないで極めて安直に差別意思の存在を認めたものであって、著しく不当というほかない。すなわち、例えば、原判決は、大阪税関当局の具体的行為の幾つか(被控訴人らのいうところの、入寮拒否、新大仏寺における研修)について、一方においては、表現上、差別意思に基づくものではないかとの疑いを払拭できないとの、消極的な説示にとどめつつ、他方においては、このことをもって右当局の差別意思を推認する根拠としているのであるが、そもそも、「疑いを払拭できない。」との程度の心証しか得られていない事実をもって、何故に積極的な事実認定の基礎となし得るものなのか、そのゆえんが、まずもって明らかにされなければならない。 また、幹部職員等の言動が右当局の意思に基づくものであるという具体的な関係を認定することなくしては、そこに右当局の意思の存在を推認することはできないというべきであるところ、原判決は、右具体的関係を認定せず、あるいはこれを積極的に否定しておきながら、なおかつ、右言動の背後に右当局の意思を読み取るという奇異な手法により差別意思を推認している部分もあるのであって、かような手法は到底納得し得るものではない。原判決の右認定の実質を客観的に評価すれば、当該事実の背後に右当局の差別意思を漠然と想像する いう奇異な手法により差別意思を推認している部分もあるのであって、かような手法は到底納得し得るものではない。原判決の右認定の実質を客観的に評価すれば、当該事実の背後に右当局の差別意思を漠然と想像することもできるという程度の心証があるにすぎないといわざるを得ない。 更に、原判決は、右当局の被控訴人組合に対する見方、評価等をもって右当局の敵視・嫌悪ないし差別意思を示すものであるとするに当たり、それが敵視・嫌悪というに値する実体のあるものであるかどうか、その見方、評価等が被控訴人組合の活動状況等との関連で不当なものであると評価できるのかどうか、それが被控訴人組合に対する不当な行為をするというような意思(差別意思)にまでつながるようなものであるかどうかといった点を全く検討しないまま差別意思を推認しているのであり、結局、原判決は、職員団体の活動状況等がいかなるものであるかにかかわらず、右当局が職員団体に対し一定の見方、評価を与えることは、それ自体不当というべきであり、かつ、そのような見方、評価等は、当該団体に対し正当な範囲を越えた違法・不当な行為を行う意思につながる(正当な範囲内の行為によって対処しようとする意思にはつながらない。)という、極めて一面的で短絡的な見解に立っているものと解さざるを得ないものである。 (二) 以下においては、右主張の趣旨を明らかにするという見地から若干の例を挙げておくこととする。 (1) 原判決は、被控訴人組合の分裂に関し、右当局がP15考査管理官の講話等を通じて管理職員に働きかけることにより被控訴人組合の執行部批判を助長し、この限りで右当局の意思が分裂に関与したとしている。 右分裂に右当局の意思が関与したとの認定自体全く証拠に基づかないものであることについては後述するが、ここでは、まず、右の認定を例に採り、原判決が間 の限りで右当局の意思が分裂に関与したとしている。 右分裂に右当局の意思が関与したとの認定自体全く証拠に基づかないものであることについては後述するが、ここでは、まず、右の認定を例に採り、原判決が間接事実に現れた右当局の行為をもって差別意思を推認せしめるものであると判断する場合の判断手法そのものに重大な欠陥が存するとについてのみ述べることとする。 すなわち、原判決によれば、P15考査管理官の講話について、事実に基づく分析結果を述べるとともに管理者としての労務対策上の注意点を述べたものであり、右当局が全税関労組に敵対する方針であるとか、別組合の結成を促すとかいった趣旨の言動はなく、全税関労組を誹謗中傷したものでもないとされているにとどまり、その目的、内容等に違法・不当な点があったとはしていないのである。そのような事実認定に立ちつつ、原判決が、右講話に関し、右当局の差別意思を推認せしめるものがあるとしているのであるとすれば、原判決は、結局、一般に、右当局の何らかの行為が職員団体に対し事実上多少でも不利な影響を与える可能性があれば、そのことだけで、その行為は差別意思を推認せしめるものであるとの見解を採っているものと解さざるを得ないのである。しかし、前述のとおり、右当局の何らかの行為をもって経験則上差別意思を推認せしめるものであるというためには、当該行為が職員団体との関係において違法・不当なものであると評価できる要素を含むものでなければならないのであり、右のような見解は、経験則を著しく逸脱した見解といわざるを得ないものである。 要するに、原判決は、被控訴人組合の分裂に関し、右当局の側に違法・不当な点があったことを何ら認定しないまま、差別意思を推認しており、この点において原判決の判断過程そのものに重大な誤りが存するのである。 なお、一般論とし 控訴人組合の分裂に関し、右当局の側に違法・不当な点があったことを何ら認定しないまま、差別意思を推認しており、この点において原判決の判断過程そのものに重大な誤りが存するのである。 なお、一般論として考えてみるに、職員団体が違法な組合活動を繰り返すという状況がある場合、管理職員が部下の違法な活動の防止、是正等に努めることは当然の職責であり、一方、当局がかかる見地から管理職員を指導等をすることもまた同様であると解されるところ、当該団体の構成員でもある管理職員がその二面的な立場に矛盾を感じ当該団体を脱退するに至る等の結果が生じることは経験則上あり得ることであり、そこに、当局の不当な行為あるいは差別意思を推認せしめるものを何も見出すことができないことは明らかであるというべきである。 (2) また、原判決は、いわゆる結婚妨害問題に関し、P30の言動は、同人個人の被控訴人組合に対する敵対意識と誤った管理意識の所産であり、大阪税関当局の意図を超えるものであったことは疑いないとしつつ、その背景に右当局の被控訴人組合に対する差別意思を読み取ることができるとしている。 P30の言動やその意図に関する認定は、それ自体証拠の評価を誤ったものというべきであるが、ここでは、前項と同様、右認定を例に採り、原判決が間接事実に現れた幹部職員等の言動が右当局の差別意思を推認せしめるものであると判断する場合の判断過程そのものに重大な欠陥が存することについてのみ述べることとする。 原判決は、P30の言動は、右当局の指示によるものではなく、右当局の意図を超えたものであるとし、結局、P30の言動は右当局の意思に基づくものであるとは認められないと判断していることになるのであるが、そうであるとすれば、P30の言動に関し、右当局のいかなる「意思」の存在も認めることはできないというべきで 0の言動は右当局の意思に基づくものであるとは認められないと判断していることになるのであるが、そうであるとすれば、P30の言動に関し、右当局のいかなる「意思」の存在も認めることはできないというべきであり、当然に差別意思の存在も認めることはできないというのが論理的帰結というべきであるから、原判決の認定は、この点において、経験則、論理則に反しているというべきである。 原判決が、P30の言動の背景に右当局の差別意思を読み取ることができるとするのは、要するに、P30の言動は、右当局の差別意思に動機付けられたものであると認められるという趣旨であるとも解されるが、このことが認められるというためには、右当局の差別意思が存しなければ、右P30の言動はなかったであろうという関係が認められなければならないというべきである。しかるところ、一般に職員団体が違法な組合活動を繰り返しているような状況下では、幹部職員らが、当該団体について、個人的にも、消極的な評価を持つことはある意味では避けられないことであり、カウンセラーでP31の上司でもあるというP30の立場をも勘案すれば、原判決が認定するP30の言動それ自体は、右個人的見解に基づくものとしても理解可能なものである。そうすると、必ずしもP30の言動の動機付けとして右当局の差別意思が存しなければ、右P30の言動はなかったであろうという関係を認めることはできないというべきである。なお、原判決も、そのような関係が認められるとは判示していないし、原判決がいうところの、P30の経歴、地位、言動について右当局が事後に調査等をしたかどうかという点が、右の関係の有無の認定に影響するものでないことも明らかである。あるいは、原判決は、右のような見解は、P30の個人的見解にとどまらず、右当局の見解でもあると考えているのかも知れないが どうかという点が、右の関係の有無の認定に影響するものでないことも明らかである。あるいは、原判決は、右のような見解は、P30の個人的見解にとどまらず、右当局の見解でもあると考えているのかも知れないが、そのように認めるべき証拠はない。 右のとおり、原判決は、幹部職員等の言動が右当局の差別意思を推認せしめるものであるとの認定・判断において、経験則に照らし当然検討されなければならない事項について、全く検討をしないまま、結論を導いているのであって、その認定・判断は明らかに誤りである。 三格差のある部分が差別意思によるものであるとの点について原判決は、被控訴人らの勤務実績は他の職員に比べ劣るものではなかったとし、非違行為等は殊に適性の評価において不利に働くものではあるが、非違行為等と格差の間に有意の関連性が認め難い例があることなどからすると、格差のうちのある部分は大阪税関当局の差別意思によるものであると認められるとしている。 ここでは、特に、被控訴人組合の違法活動との関連で生じる、格差の要因(格差の要因はこれに尽きるものではない。)について述べるとともに、原判決の非違行為等と格差の関連性に関する認定・判断の誤りについて述べることとする。 1 格差の要因ー被控訴人組合の違法活動との関連で(一) 思うに、そもそも職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないということは、いかなる状況の下にあろうとも、全体の奉仕者として法令上の服務規律の下に公共的な職務に従事する公務員のすべてに対する基本的要請であって、すべての公務員の評価において考慮されてしかるべき評価要素である。特に税関の業務は他の行政組織と比べても公共性が高度であるのみならず、国民に対し法令に基づき直接公権力を行使する権限が付与され って、すべての公務員の評価において考慮されてしかるべき評価要素である。特に税関の業務は他の行政組織と比べても公共性が高度であるのみならず、国民に対し法令に基づき直接公権力を行使する権限が付与されていることからすれば、税関は、特に厳しい規律の確保が要請される組織であり、その職員は、職務の内外を問わず、法令、規則を誠実に遵守する態度を保持することが特に強く要請されているというべきであり、税関職員について、他の行政組織の職員と比べ右評価要素がより重視されることがあったとしても、合理的理由のあることである。 本件係争期間当時のように、職員団体が、職場における秩序、規律を乱し(庁舎等管理規則違反、上司の命令に対する不服従、職務専念義務違反等の行為)、正常な業務運営を阻害するおそれのある違法活動を繰り返すという状況の下では、このような事態の是正を図ることは税関当局(任命権者)の当然の責務であるところ、そのためには、右違法な組合活動に的確に対処し、これを防止、是正することは必要不可欠のことであるというべきである。このような観点からすれば、職員に対し、中でも管理職員あるいはこれを補助するような立場にある職員に対し、職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないという態度を保持することを求めることには合理的理由があり、これを昇任及びこれに伴う昇格の適否に関する評価要素の一つとすることは、税関業務の円滑、適正な執行を確保し、組織全体の管理、運営に当たる職責を担う任命権者の裁量の範囲内のこととして当然に許容されているというべきである。もし、これが許容されないとするならば、例えば、管理職員等が、職場秩序、職場規律を乱すような行為を自ら実行したり、他の職員の右行為を支持し、あるいは部下職員の右行為を 容されているというべきである。もし、これが許容されないとするならば、例えば、管理職員等が、職場秩序、職場規律を乱すような行為を自ら実行したり、他の職員の右行為を支持し、あるいは部下職員の右行為を放任するというように、職場秩序、職場規律を乱し正常な業務運営を阻害するおそれのある行為を助長するような管理、運営体制が現出するに至り、円滑、適正な行政運営という目的の達成を阻害するおそれが生じることになることは明らかであり、かような状況を防止するという見地からしても、昇任等において、右のような評価要素を考慮することには合理的理由があるというべきである。 また、右のような状況下において、職員が、職場秩序、職場規律を軽んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりすることが、円滑、適正な業務運営の前提となる規律、秩序の保持、職員間の協調関係の維持、増進、職員の士気の高揚等の見地から見て適当でないとの判断の下に、特別昇給に関して、勤務成績が特に優秀であるかどうかの評価において、右同様の評価要素を考慮することにも、合理的理由があるというべきである。 (二) 被控訴人らは、いずれも、本件係争期間当時、被控訴人組合の組合員として、職場秩序、職場規律を乱し正常な業務運営を阻害するおそれのある違法な組合活動を実行、支持し、あるいは同調等していたものであることが認められるのであるから、右のような評価要素(勿論、すべての職員について考慮される評価要素である。)が考慮された結果、右違法活動に対し批判的態度を保持していたことが推認できる他の職員と比べ、昇任及びこれに伴う昇格並びに特別昇給において、相対的に不利に取り扱われても止むを得ない事情が存したものといわなければならないのである。そして、その結果として、昇任等に格等が生じたとしても、 と比べ、昇任及びこれに伴う昇格並びに特別昇給において、相対的に不利に取り扱われても止むを得ない事情が存したものといわなければならないのである。そして、その結果として、昇任等に格等が生じたとしても、勤務成績等が適正に評価された結果であって、何ら差別意思によるものではない。 (三) 原判決は、原審における控訴人の、非違行為に親和的な意識、性格及び行動傾向や公務員としての基本的義務に対する認識の欠如、服務に関する反規範的態度が昇任等において不利益に評価される旨の主張に対し、国公法一〇八条の七によれば、勤務成績の上で不利益に扱うことが許されるのは、職員団体における正当でない行為をした場合のみであるとして、右主張の考え方で勤務査定が行われていたとすると、それこそ差別意思によるものであるとしている。しかしながら、原判決の右判示部分は、原審における控訴人の右主張を正しく理解していないばかりか、国公法の規定の解釈を誤ったものであり、勤務成績の性格、内容、人事制度、特に昇任、昇格及び特別昇給という制度の趣旨、目的等についての理解を全く欠いたものであって、当を得ない。 原審における控訴人の右主張は、職場秩序、職場規律を重んじるという態度を保持しているかどうかという評価要素を考慮した場合、被控訴人らには不利に評価されるべき点があるということを角度を変えてふえんして述べたものであるが、原判決は、被控訴人らが、非違行為に親和的な意識を持ち、公務員としての基本的義務に対する認識に欠け、服務に関する反規範的態度を保持していたという控訴人主張の事実が認められないとするものではなく、右のような事実を勤務成績上、不利に評価することは、国公法二〇八条の七に違反し許されないとするものであると解される。 しかし、右規定は、職員に対し不利益な取扱いをしてはならない場合を規定し はなく、右のような事実を勤務成績上、不利に評価することは、国公法二〇八条の七に違反し許されないとするものであると解される。 しかし、右規定は、職員に対し不利益な取扱いをしてはならない場合を規定したものであって、職員が不利益に取り扱われることを承認せざるを得ない場合を規定したものではないことは文言上明らかである。したがって、職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないという態度を保持しているかどうかという評価要素を考慮することが、右規定の文言や趣旨に反するものではないことは明らかであるというべきである。 また、職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないという態度を保持しているかどうかという評価要素は、すべての職員について等しく考慮されるものであって、特定の職員団体の構成員についてのみ考慮されるものではなく、これを考慮することは、事実上、職場秩序、職場規律を軽んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしている職員に対する不利益取扱いということにはなっても、特定の職員団体の構成員に対する不利益取扱いということには当たらないものである。すなわち、右不利な評価は、右組合員らが、職場秩序、職場規律を軽んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしていたことを理由とするものであって、「職員団体の構成員であること、これを結成しようとしたこと、若しくはこれに加入しようとしたこと、又はその職員団体における正当な行為をしたこと」を理由とするものではないことも明らかである。 更に、右規定は、職員が職員団体に所属し正当な組合活動をすることを保護することを目的としたもので こと、又はその職員団体における正当な行為をしたこと」を理由とするものではないことも明らかである。 更に、右規定は、職員が職員団体に所属し正当な組合活動をすることを保護することを目的としたものであって、職員団体における違法、不当な行為まで保護しようとするものでないことはいうまでもないところ、右評価要素を考慮した場合、職員が、職場秩序、職場規律を乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりすることを事実上抑制することになるとしても、そのことが右規定の趣旨、目的に反するものでないことは明らかである。 ところで、原判決は、職員団体の活動に関連して職員を勤務成績上不利益に考慮することができるのは、職員が職員団体における正当でない行為をした場合のみであるとしていることからすると、職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないという態度を保持しているかどうか(換言すれば、非違行為に親和的な意識、性格及び行動傾向や公務員としての基本的義務に対する認識の欠如、服務に関する反規範的態度を保持していないかどうかということである。)というような、人の外部に現れた具体的な行為というよりも、どちらかといえば人の主観面と密接な関係のある要素はもはや勤務成績の評定において考慮することはできないとの見解を採っているとも解される。 しかしながら、本来、勤務成績は、職員の過去の行為等のみを評価の対象とするものではなく、執務に関連して見られた、職員の「性格、能力、適性」という主観、客観両面にわたる、右のような要素もまた評価の対象となるものであり、職員が、公務員に要請されている基本的倫理を遵守し得る人物かどうか、職場の秩序、規律の確保等に貢献し得る人物かどうか、管理職員として部下の違法行為に的 右のような要素もまた評価の対象となるものであり、職員が、公務員に要請されている基本的倫理を遵守し得る人物かどうか、職場の秩序、規律の確保等に貢献し得る人物かどうか、管理職員として部下の違法行為に的確に対処し得る人物かどうかということも勤務成績の評定に当たって当然考慮し得るものであることは明らかである。 以上のとおり、右規定は、文言解釈上も、また、その立法趣旨を勘案しつつ実質的解釈を加えたとしても、右のような評価要素を考慮することを禁止するものであると解する余地は全く存しないというべきである。 2 非違行為等と格差の関連性に関する、原判決の判断手法の誤り原判決は、非違行為等がないのに昇任等しないとか、非違行為等があるのに間もなく昇任等をしているなど、非違行為等と格差の間に有意の関連性がない例が少なくないとし、このことを有力な根拠として格差のある部分が差別意思によるものであるとしている。 しかしながら、原判決の右認定は、そもそも、その判断方法そのものが、人事制度の実態を無視した合理性のない形式論に立脚したものであるという点において不当である。 (一) 原判決のいう、非違行為等と格差の間の「有意の関連性」とは、過去に非違行為等が存在する場合には同期入関者よりも昇任等が遅れ(更に、非違行為等の多い者は少ない者よりも昇任等が遅れる。)、存在しない場合には、同期入関者とほぼ同じ時期に昇任等しているという関係があることをいうようであり、原判決は、格差が差別意思によるものであるかどうかの認定に関し、現認書等により証明された非違行為等と格差との間に、外形上、右「有意の関連性」が認められるかどうかを問題とし、これが認められる限度において当該格差は、非違行為等によるものであると認めるが、それ以外の格差は、差別意思によるものであると認めるべきであるとい 、右「有意の関連性」が認められるかどうかを問題とし、これが認められる限度において当該格差は、非違行為等によるものであると認めるが、それ以外の格差は、差別意思によるものであると認めるべきであるという、単純な二分論に立脚しているものと考えられる。 しかしながら、格差が差別意思によるものであることについては、被控訴人らにその立証責任があるのであり、控訴人がその点について勤務成績上不利に評価されるべき事情等を立証する場合においても、それは、あくまで反証としてするものであるにすぎないのである。しかるに、原判決の、非違行為等により格差が説明できない限り当該格差は差別意思によるものであるとする右判断方法は、事実上格差の原因の立証責任を控訴人に負わせたものであるといわざるを得ないものであって、まず何よりもこの点において不当であることを指摘しておかなければならない。 (二) また、原判決が、差別意思の有無の認定を、「有意の関連性」の有無に直結させて考える背景には、非違行為等と格差の間には、非違行為等とこれに対する懲戒処分等の制裁との間の関係のように、明確かつ直接的な対応関係、非例関係があってしかるべきであるという固定観念があるといわざるを得ない。しかし、非違行為等に対して懲戒処分等の制裁が現に行われた場合には、右制裁が、過去の具体的行為に対する責任の存在及び程度を明確にするとともに、これを通してその再発防止を図ることを目的とするという性格を有することから、非違行為等と懲戒処分等との間には、右に述べたような個別・具体的な対応関係及び比例関係が存在していなければならないのに対し、非違行為等と格差との間においては、以下に述べるとおり、仮に当該格差が認められるとしても、明確な外形上の関係が生じるべき必然性はないのであるから、原判決が、右関係が生じるべきことを当 らないのに対し、非違行為等と格差との間においては、以下に述べるとおり、仮に当該格差が認められるとしても、明確な外形上の関係が生じるべき必然性はないのであるから、原判決が、右関係が生じるべきことを当然の前提とすることは、そもそも、それ自体合理性がないのである。 (1) 非違行為等は勤務成績の評価においてマイナス事情となるものであるが、昇任等は非違行為等の有無のみによって決定されるものではなく、昇任等の適否の判断に当たっては、有利・不利の諸事情(当該職員が在職した全期間における勤務成績、能力、適性等)が総合的・長期的に考慮されて行われるものであるから、原判決のように、ある一定時期に視点を固定し、しかも非違行為のみに着目して昇任等との有意の関連性を論ずることは甚だ不当であるといわざるを得ない。 すなわち、昇任等における格差は、ある時期に昇任等をさせるかどうかの判断に起因するものであるところ、昇任等の判断においては、いうまでもないことであるが、非違行為等のみが考慮されるのではなく、勤務成績その他の事情が総合的に考慮されるのであり、この勤務成績は、勤務実績及び「性格、能力、適性」を、職員の執務に関連するあらゆる言動等を資料として評価するものであり、非違行為等は、そのうちの一つの資料として位置付けられるべきものである。したがって、過去に非違行為等をなしたという証拠がないのに、他の職員とほぼ同じ時期に昇任等していないとか、非違行為等をなしたという証拠があるのに、間もなく昇任等しているという例があると主張してみても、勤務成績を多面的に評価すべきところの人事考課の制度の本質に即した議論をしたことにはならないのである。 なお、原判決が、被控訴人らに勤務成績上不利益に評価されるような具体的事情があるならば、控訴人においてすべて直接証拠により立証されているは 課の制度の本質に即した議論をしたことにはならないのである。 なお、原判決が、被控訴人らに勤務成績上不利益に評価されるような具体的事情があるならば、控訴人においてすべて直接証拠により立証されているはずであるという考え方を採っているとすれば、それも不当である。すなわち、そもそも勤務成績を構成するところの一要素である「性格、能力、適性」の評価というものは、日常のあらゆる言動等を資料として認識されるところの、職員が継続的に有する、執務に関連する主観的要素を主として評価するものであるから、その性質上、消極的な評価をされ得るような具体的事情等のすべてを、現認書等の文書に記録しておくということは人的・物的に到底不可能なことである。本件においても、現認書等として存在しているものは、右具体的事情のごく一部である、非違行為として処分等の対象となり得る言動等を記録したものに限られてこざるを得ないのである。したがって、原判決のように、被控訴人らについて、現認書等の直接証拠により立証されたもののほかには、他の職員に比べ相対的に不利に評価され得る事情は存在しないとの前提で、格差の理由について論じること自体が経験則に基づいかないものであるといわなければならない。 (2) 以上を総合すれば、格差が差別意思によるものであるかどうかの認定に関し、非違行為等と格差との単なる外形的、時間的な関係のみにとらわれた原判決の判断が、いかに、一面的かつ皮相的なものであるかは明白であるというべきである。 四被控訴人組合の請求について原判決は、「大阪税関長が、本件係争期間中一貫して原告組合を嫌悪、敵視し、原告組合員らが原告組合に所属し、その活動に従事したことを理由として昇給等の差別をしたことはいずれも前判示のとおりであるから、税関長は、その権限を濫用し、原告組合の団結権を侵害した を嫌悪、敵視し、原告組合員らが原告組合に所属し、その活動に従事したことを理由として昇給等の差別をしたことはいずれも前判示のとおりであるから、税関長は、その権限を濫用し、原告組合の団結権を侵害したものというべく、被告は、国家賠償法一条一項によりこれに対する慰謝料を支払うべき義務があるものというべきである。」としているが、右は、前述のとおり、被控訴人ら各自について具体的な差別取扱いが立証されていないのに、それが認められるとの、事実誤認の上に立って、いとも簡単に慰謝料請求を認容しているものである。原判決は、右のごとく事実誤認に陥っているのみならず、個々の組合員に対する不利益取扱いの成否を、そのまま即、自明のごとく、被控訴人組合に対する不法行為の成否の問題として等式化するという誤りに陥っているのである。 被控訴人組合は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき公務員の基本的義務を軽視し、本件係争期間当時、一貫した闘争方針の下に、組合活動と称し、組合員に対して頻繁に非違行為を指示し、税関業務の正常な運営を著しく阻害し、職場秩序を乱し、公務に対する一般国民の信用を失墜させるなど、組織的、集団的に違法な組合活動を反復継続していたものである。このような事情は、単に損害賠償の範囲の問題として考慮すれば足りるというものではなく、損害賠償責任の有無という根源的な問題にまでさかのぼって十分に検討されなければならないものである。右のような被控訴人組合の組合活動の態様、頻度、程度等に照らすならば、控訴人に対し、専ら公務員労働関係における集団的秩序を破るものと断じ、これに規範的な非難を加え、損害賠償を命ずることは著しく不当であるといわねばならない。 第二被控訴人組合の活動状況被控訴人組合及び同組合員は、本件係争期間中、一貫した闘争方針の下に、組合活 、これに規範的な非難を加え、損害賠償を命ずることは著しく不当であるといわねばならない。 第二被控訴人組合の活動状況被控訴人組合及び同組合員は、本件係争期間中、一貫した闘争方針の下に、組合活動と称し、大阪税関当局の事前の警告や現場での中止命令、職場復帰命令を無視して勤務時間中に無断で離席し、庁舎内で職場集会、デモ行進、シュプレヒコールを繰り返し、その規制に当たる管理職員等を大勢で取り囲み、大声で罵り、いわゆる吊し上げをするといった実力闘争を重ね、あるいは、庁舎内外の至る所に手当たり次第にビラ、ステッカーを大量かつ剥離困難な状態に貼付し、ビラ等の撤去命令に従わないどころか、右当局によるビラ等の撤去作業を妨害したほか、夜間又は早朝に税関幹部宅へ抗議に赴き、あるいは上司の私宅付近に嫌がらせのビラを配付し、税関記念日行事を中止させ、ストライキを実行し、違法文書を掲示するなどして職場秩序を乱し、税関業務の正常な運営を阻害し、公務に対する一般国民の信用を失墜させたものである。しかも、右当局がその防止、是正のため、その行為の中止を命じ、あるいは事後に行為者に対する矯正措置、懲戒処分を行い、その責任を明確にしたにもかかわらず、何ら活動方針を改めないどころか、これを無視し、更には、これを不当な組合攻撃であるとして一方的に非難し、同種同様の活動を繰り返して顧みなかったものである。このことは、いみじくも被控訴人らが、本件係争期間中に発行された支部ニュースのなかで、全税関労組の中で大阪支部は最も戦闘的といわれていると述べ、「無届集会が庁管(庁舎管理規則)違反だと当局がいえば、私達はあえて届けなしの集会を行ってきた。当局が庁管違反だといって厳重注意や訓告を出してくると、私達はより規模の大きな集会を何回も繰り返した。」、「七三年春闘でストライキの参加が何の 当局がいえば、私達はあえて届けなしの集会を行ってきた。当局が庁管違反だといって厳重注意や訓告を出してくると、私達はより規模の大きな集会を何回も繰り返した。」、「七三年春闘でストライキの参加が何の抵抗もなく決意できたのは、もとはと云えば、庁管との闘い、不当処分(措置)との闘いの積み上げがあったからにほかならない。」、「訓告や厳重注意が単なる脅しである。」、「訓告は紙切れにしかすぎない。」といい、また、他の支部ニュースでは、「“訓告”そのかるさ」と題して、「紙切れでおどせる時代は過去のものとなった。当局の顔色をうかがって労働運動なんてできない、次の集会は何日であろうか今から楽しみである。」と述べていることからも窺えるのである。 右のような被控訴人組合あるいは同組合員の基本的態度、姿勢は、他方において、他の職員に与える影響もまた極めて大きいものであった。その一例を、入関早々に監視部に配属された訴外P49ら五名が波止場ニュース(昭和四七年一二月八日付け「青婦部ニュース」に掲載されたもの)において述べるところにみることができる。すなわち、「仕事が楽しく、職場も明るかったが、全税関労組が組合問題を職場に持ち込んだことで職場が暗くなった。迷惑を被っている。全税関労組員らによる税関百年を祝う記念日の時の暴挙、それも部外者を動員して我々に脅迫じみたことを行うなどもってのほか、絶対に許せない。もっと許せないのは、上司に向かって『おい、おまえ』とか、『大阪港の水は冷たいぜ』『何ぬかしてやがる』などということである。これ以上職場を暗くされたくない。我々は税関に仕事に来たのだ。この仕事、この職場が好きなのだ。職場を暗くし、仕事の邪魔をするような組合は欲しくない。また、そんな態度をとる奴も欲しくない。上司は甘すぎる。本当に我々のことを思うのなら、少しは考えて に来たのだ。この仕事、この職場が好きなのだ。職場を暗くし、仕事の邪魔をするような組合は欲しくない。また、そんな態度をとる奴も欲しくない。上司は甘すぎる。本当に我々のことを思うのなら、少しは考えてほしい。我々はどんな嫌な気持ちで仕事をしているのか、我々は楽しい職場で思い切り仕事をしたいんだ。」と、二〇才前後の純真な青年たちが心底から訴えているのである。このことからも、違法、不当な行為を繰り返す被控訴人組合及び被控訴人らの活動が、いかに職場環境、他の職員に影響を及ぼしていたかが容易に推測されよう。 被控訴人らはいずれも被控訴人組合の違法、不当な組合活動に同調・加担してこれを推進したものであって税関の業務運営を阻害した責任は重いといわねばならない。したがって、これらの事情は、昇任等をさせるかどうかを判断するに当たって不利益に影響を及ぼし全体的・長期的にみて低い評価を受けることになっても止むを得ないことである。 また、税関当局あるいは管理職員は、税関業務の正常な運営、職場秩序の維持、服務規律の維持、公務に対する国民の信用の確保等の職責を負っているのであるから、被控訴人組合による組織的集団的違法活動が多発する状況下においてこれに対処し、その防止、是正等に全力を尽くすこともあるのは当然といわなければならない。 第三差別意思の不存在原判決は、関税局及び大阪税関当局は、全税関労組及び被控訴人組合を一貫して敵視、嫌悪し、被控訴人らに対し、差別意思に基づく取扱いを行ったものであると認定しているが、右認定は誤りである。以下、右認定の不当性について順次明らかにする。 一被控訴人組合の分裂に関する右当局の関与の有無について 1 原判決は、被控訴人組合の分裂の重大な要因が、同組合執行部の独善的な活動方針と組合員の批判にもかかわらずこれを改めなかった頑迷 にする。 一被控訴人組合の分裂に関する右当局の関与の有無について 1 原判決は、被控訴人組合の分裂の重大な要因が、同組合執行部の独善的な活動方針と組合員の批判にもかかわらずこれを改めなかった頑迷な態度にあることは、疑いがないとしながら、他方において、税関当局が管理職員に働き掛けることにより、被控訴人組合の執行部批判を助長したとの推認をし、組合の分裂には、この限りで大阪税関当局の意思が関与したものと判示しているのであって、その論理の矛盾、飛躍にははなはだしいものがある。 2 まず、原判決は、被控訴人組合の活動に対し、昭和三五年七月九日の警告のほかには、右当局からの何らの処分を受けていなかったことを、右当局が執行部批判を助長したことの根拠とする。 しかし、被控訴人組合及び各税関支部における、全税関労組批判は、原判決も認めるように、一般組合員から遊離した全税関労組の闘争方針そのものに対するものであり、かつ、これに対する批判を一方的に敵視するという全税関労組ないし被控訴人組合執行部の独善的な態度に対するものであって、かような批判は、右当局が処分を行ったかどうかなどということとは、本質的な関連はないものである。 3 また、原判決は、執行部批判として被控訴人組合の具体的活動に対するものはほとんどなく、全税関労組と日本共産党の繋がり、全税関労組の方針に追随する限り分裂が避けられないとの危機感の表明に止まっていることを、右当局が執行部批判を助長したことの根拠として挙げる。 しかし、組合活動に対する内部批判は、具体的活動に関するものよりも、その活動の基本方針や基本的な性格等に対するものである場合に、より一層組合費未納や脱退につながるものであるというべきであり、原判決がいうように全税関労組の方針に追随する限り分裂が避けられないとの危機感の表明があったと や基本的な性格等に対するものである場合に、より一層組合費未納や脱退につながるものであるというべきであり、原判決がいうように全税関労組の方針に追随する限り分裂が避けられないとの危機感の表明があったということは、分裂が、組合維持、存続にかかわる最重要の問題であり、これを回避するには、執行部の刷新等により、現在の活動方針を根本的に転換するほかないことを訴えるものとして、最も本質的、根本的な執行部に対する批判であって、これらをあたかも、組合員の間での執行部批判は脱退につながるような強いものではなかったとするかのような原判決の認識はそもそも根本的に誤りである。すなわち、被控訴人組合執行部に活動方針の転換を図る意思が認められない以上、その後、多くの組合員が被控訴人組合を脱退していったとしても、何ら不自然なところはなく、そこに右当局の意思の関与など窺い得ないのである。 更に、原判決の認識は、余りに当時の客観情勢に対する認識を欠いた皮相的な見方でもある。 すなわち、被控訴人組合は、昭和三六年の定期大会において政治的性格を持った問題であっても、それが組合に対し影響を及ぼすものである限り、これを組合活動の対象として取り上げることは当然であるとし、翌三七年の定期大会においても経済闘争と政治闘争との結合を深めていくことを確認しているが、その当時既に、被控訴人組合の活動方針につき、政治活動、政治闘争を行うことについて、組合員のなかから、これを批判する声が出ており、しかも、昭和三七年七月の定期大会において選出された被控訴人組合の執行委員一五名のうち六名が、健康上又は家庭の事情等を理由として役員を一斉に辞退するという事態が起こっている。このように、多くの者が集団的に役員を辞退していることや、辞退しなかった役員の大部分が被控訴人らであることからして、被控訴人組合 庭の事情等を理由として役員を一斉に辞退するという事態が起こっている。このように、多くの者が集団的に役員を辞退していることや、辞退しなかった役員の大部分が被控訴人らであることからして、被控訴人組合執行部の活動方針につき、既に執行部内部にも対立が生じていたことは相像に難くないところ、このような事態が更に、原判決が「信任投票における批判票」で認定している事実へとつながっていったのである。また、昭和三九年九月ないし一〇月当時に被控訴人組合の執行部批判の動きが活発化したことの背景として、神戸、横浜のほか、全国各税関における労働運動情勢の影響を挙げることができる。 すなわち、神戸税関においては、昭和三七年三月、全税関労組神戸支部執行部の活動方針に反対する組合員が神戸税関労働問題研究会を発足させ、労研ニュースを発行し、同執行部を公然と批判し、支部長選挙に同研究会の代表者を候補者として推薦して、選挙を闘ったが、これに破れたため、同研究会を中心とした批判勢力が母体となって、昭和三八年三月、神戸税関労働組合を結成した。 この神戸での動きは、他税関における批判勢力にも影響を与え、横浜税関において、昭和三八年一一月に全税関横浜支部を脱退した者がその有志で、同三九年二月横浜税関労組刷新同志会を結成し、同年九月、同会を母体として横浜税関労働組合を結成したものである。右脱退者らは、その脱退の理由が、支部組合指導者層が自分達の考え方や意見を一方的に押しつけ、意見等を異にする者を敵視するという態度に出、また、問題を故意に歪曲して宣伝し、職員に危惧、不安の念を抱かせたり、誠実、真しな執務意欲を喪失させるような指導等をしていることにある旨を明らかにしている。 そして、東京税関においては、昭和三九年七月の全税関労組東京支部の定期大会において執行部批判があり、これら批判 実、真しな執務意欲を喪失させるような指導等をしていることにある旨を明らかにしている。 そして、東京税関においては、昭和三九年七月の全税関労組東京支部の定期大会において執行部批判があり、これら批判者が中心となって同年一一月刷新有志会を結成し、執行部の退陣と活動方針の変更を求めたが、これを拒否されたために、組合を脱退して、同四〇年二月、東京税関労働組合を結成した。このような全税関労組の運動方針に対する動きは、名古屋及び長崎の各支部においても見られ、名古屋及び長崎の各税関において、同じく昭和四〇年二月に新しい税関労組が結成された。 ところで、被控訴人組合内部における執行部批判の動きは、昭和三〇年代後半に入って次第に顕在化しつつあったところ、他税関における全税関労組に対する批判勢力の活動や税関労組の結成という大きな変化が、客観情勢として存在したのであり、このような状況を背景として、更に、本部組合費の増額問題も加わって、その当時、執行部批判が一挙に噴出したとみることができるのである。 したがって、その当時の組合員らによる、全税関労組の方針に追随する限り分裂は避けられないとの危機感の表明は、まさに右客観情勢を背景とし、神戸、横浜での組合分裂の分析を踏まえた上で被控訴人組合に活動方針の転換を迫る切実なものであり、その転換ができない以上、組合脱退、分裂へとつながることへの危機感であったのである。それにもかかわらず、原判決認定のとおり、被控訴人組合執行部は、従来の活動方針を改めなかったものである。 4 更に、原判決は、脱退が特定時期に集中し、しかも脱退者は当初管理職員に集中しているとして、大阪税関当局の意思の関与を推認している。 しかしながら、大量の脱退者が生じるかなり以前から、組合費の未納者が存在し、事実上組合を脱退したと同様の状態にいた者が少な 初管理職員に集中しているとして、大阪税関当局の意思の関与を推認している。 しかしながら、大量の脱退者が生じるかなり以前から、組合費の未納者が存在し、事実上組合を脱退したと同様の状態にいた者が少なからず存在していたことに加え、原判決が「脱退者の増大」の項で認定するとおりの脱退者が出たのは、前記3のとおり、当時、被控訴人組合の執行部批判が一挙に噴出していたところ、それにもかかわらず、同執行部が何らその活動方針の転換を図ろうとしなかったため、一部追随的な行動をする者をも含む被控訴人組合の脱退者が増大していったとみるのが相当である。 また、脱退者が当初管理職員に集中していることについては、当時大多数の署長、所長及び課長は全税関労組員であり、同人らは、管理職員としての立場と組合員としての立場の二面性を有しているところ、当時の全税関労組においては、「職制は敵」であると規定して、むしろ積極的に管理職員を排除するとも見られる姿勢を示し、真しな内部批判でさえも、右当局に迎合した分裂策謀等であるとしてこれを敵視し、排除しようとしたのであって、脱退がその二面的地位に矛盾を感じるはずの管理職員から始まったとしても何ら不自然なことではない。 5 更にまた、原判決は、大阪税関労組の結成趣意書ですら、税関当局が使用者として守るべき節度を超えて職場を混乱させた責任があると指摘しているとして、ここに、右当局の意思の関与をみている。 しかしながら、右趣意書の記載は極めて概括的抽象的なものであって、そのいわんとするところは必ずしも明確ではない上、たとえその記載が右当局を批判する趣旨のものであるとしても、そこには、新労組が右当局の意思とは無関係に結成されたこと、すなわち、組合の分裂に右当局の意思の関与などなかったことの一端を見ることができるのみであって、それ以上に、右当 趣旨のものであるとしても、そこには、新労組が右当局の意思とは無関係に結成されたこと、すなわち、組合の分裂に右当局の意思の関与などなかったことの一端を見ることができるのみであって、それ以上に、右当局に対し本来批判的立場にある職員団体からの、右当局に対する右のような批判的評価があるからといって、これをもって、直ちに、客観的に見ても不当な、組合分裂に関与する行為が右当局側にあったと認定することは合理的でない。 6(一) 以上のとおりで、被控訴人組合において執行部に対する批判が渦巻いた原因は、執行部が、組合員による批判にもかかわらず、その独善的な活動方針を改めようとしなかったその態度にあるものであるが、このことは、例えば昭和四〇年一月一八日、大阪税関大阪外郵出張所長P50が、大阪税関庁舎前で全税関大阪支部執行委員や各組合員らに配付して手渡した、「組合を退くに当たって」という文書で表明しているところにみることもできる。 すなわち、P50は、「労働組合が正しく発展して、明るい秩序ある職場が築かれることは、誰しもが願うことだが、現在の全税関労組及び大阪支部には、その期待とは程遠い混乱が起こっている。」とし、「この混乱状態を克服するためには、まず最初に各組合員が組合員としての自覚と責任を呼び起こすことが大切と考え、私自身、組合員の立場から、各組合員には今までの執行部任せ、活動家任せをやめて、自ら組合へ積極的に参加することによって問題を解決する努力をしてほしいと呼び掛け、一方、中執には責任制の確立を申し入れ、支部執行部には、組合員の批判や反対意見もよく聞くという謙虚な心構えを要望したが、この考え方は執行部にも多くの組合員にも受け入れられず、今更ながら、組合の内部における相互不信と対立感情の深さを思い知った。」とする。そして、「昨年来、私としては、組合 いう謙虚な心構えを要望したが、この考え方は執行部にも多くの組合員にも受け入れられず、今更ながら、組合の内部における相互不信と対立感情の深さを思い知った。」とする。そして、「昨年来、私としては、組合員としてやろうと思ったことはある程度やってきたつもりだが、組合の内部事情からみて、もう私の考え方ではやっていける目途が立たなくなった現在、私の組合員としての限界が来たように思い、この機会に組合を退くことにした。」と記している。更に、「脱退に当たって、以下一応私の考えを明らかにしておく。」として、「① 中央執行部について神戸、横浜両税関における過去の暴力的闘争を指導した当時の中執委員が、現在も再選されている事実をよく考えてみるべきである。民主主義を建前として、働く者の権利を主張する労組の代表は、どんな場合でも交渉相手、話し合い相手の人権を無視して暴力をふるうことは許されず、万一、相手が不尽な振る舞いに出ても、労組の代表はそれに耐えて組合民主主義を守るだけの気概と見識を持つべきで、暴力をふるったことそれ自体が組合の規律を破ったことになるのであるから、潔く辞任して責任を取るべきである。現在のままだと全税関労組は、暴力を肯定し、目的のために手段を選ばぬ組合であると見られても反論はできない。暴力をふるったことに対する責任と、理由が何であれ現実に起こっている数多くの脱退に対する責任は回避できない。組合員がこの責任を問うことによって辞任に導くことが、組合員としての友情であり責任であると考える。組合の責任制を確立することが、組合秩序を回復するゆえんである。」「② 支部執行部について現在の支部執行部には、あらゆる組合員の意見や批判を率直に聞く謙虚な態度が見られないのは残念である。過去の信任や自分を支持する人たちを頼みとして、流動する現状に目を覆い、執 ② 支部執行部について現在の支部執行部には、あらゆる組合員の意見や批判を率直に聞く謙虚な態度が見られないのは残念である。過去の信任や自分を支持する人たちを頼みとして、流動する現状に目を覆い、執行部を批判する者を敵視して誹謗するだけでは執行委員の資格に欠ける。執行部が大会決定に忠実であるべきは当然としても、その基本方針を現実の強いエネルギーにするためには、常に支部組合員の総意に問うて、検討するのが執行部の役割である。執行部が組合の主人公でなく、組合員が主人公であることをわきまえて、組合員の批判を聞き、改めるべきは改める勇気を持ってほしい。批判する者を分裂主義者と罵る前に、執行部自らが分裂を促進しつつある現実にしっかり目を向けてほしい。」「③ 一般組合員について執行部を責めるだけが能ではない。腹の底から税関に組合が必要だと考えるなら、しっかりした自覚と責任を持って、組合員として積極的に活動することである。勿論、組合員と公務員としての税関職員では、矛盾を感じることもあるだろう。しかし、この矛盾を自ら克服するだけの意欲がなければ、組合が必要だとはいえない。組合は組合員すべてが苦労しながら作り出していくものであり、私のいう組合の体質改善とは、単に執行部の交替でなく、本当に税関に組合が必要だと思うならば、組合員としての責任感を持って、お互いが信頼感を持って協力することである。本来、組合は戦場を同じくする人たちで結成されるが、各人には各人の考えや主張がある。これを一つの要求に絞って結集するためには、各人の考えを認め合った上で、民主的なルールで決せられなければならない。」と述べている。 右文章は、組合分裂直前に、P50が一組合員の立場として書いたものであり、同人がいかに正しい組合発展に心血を注ぎ努力していたか、そして、自己の努力の限界を感じ れなければならない。」と述べている。 右文章は、組合分裂直前に、P50が一組合員の立場として書いたものであり、同人がいかに正しい組合発展に心血を注ぎ努力していたか、そして、自己の努力の限界を感じ被控訴人組合を去っていかなければならなかったか、その間の事情が容易に理解できるものであり、かつまた、その文面からして、被控訴人組合の分裂の原因がいずれにあったかが明らかといえるのである。そして、右文書が、所長という立場にある者の所信であることを考えると、原判決が、執行部批判につき、組合員の自発的意思のみに基づき自然発生的に起きたとするだけでは説明ができず、税関当局が管理職員に働き掛けることにより右批判を助長したものであると推認していることが、いかに事実とそごするものであるか、一目瞭然といえるのである。 右にみるとおり、被控訴人組合においては、従来、管理職員も組合員として所属し、管理職員らも、組合の活動方針やその行動につき、真しな態度で意見を述べ、組合の健全な発展に努力してきたということができるのであるが、そうした管理職員でもある組合員らが、真しな批判であっても、これに全く耳を傾けない組合執行部の態度に同調し得なくなり、多数、被控訴人組合を脱退した結果、残された組合員において、いわば自己統制力を失い、組合活動自体に対する経験不足も手伝い、組合分裂の後は、組合活動という名の下に、客観的には違法不当というべき行動にまでエスカレートしていったというのが、本件における被控訴人組合の組合活動の真の姿ということができるのである。 二いわゆる東京税関文書について 1 原判決は、「甲二〇一、二〇三の一、二、二〇五、二〇七、二〇九・二一一・二一五の各一、二、二一七、二一九、二二一・二二三・二二五の各一、二、二二七、二二九、二三一の一ないし三、二三三・二三五の各一 原判決は、「甲二〇一、二〇三の一、二、二〇五、二〇七、二〇九・二一一・二一五の各一、二、二一七、二一九、二二一・二二三・二二五の各一、二、二二七、二二九、二三一の一ないし三、二三三・二三五の各一、二、二三七、二三九、二四一の一、二、二四三、二四五・二四七の各一ないし三、二四九、二五一、二五三、二五五の一、二、二五七、二五九、二六一の各原本は東京税関の、甲二一三の原本は関税局の作成したものと認められる。」と認定している。 しかしながら、被控訴人らは右文書の写しを原本として提出しているが、これらの写しと同一の原本が存在することの立証は尽くされておらず、文書の体裁上も不自然な点があるので、右各文書は形式的証拠力が否定されるべきものである上、入手経路も不自然で、形式、内容いずれの面からみても全く信ぴょう性のない文書であるにもかかわらず、原判決はこれらを事実認定の基礎としたものであって、そのこと自体、極めて不当といわざるを得ない。 2 原判決は、いわゆる東京税関文書に記載されている後記発言等は、東京税関、関税局の全税関労組を敵視嫌悪する意思を徴憑するものと認められるとし、差別意思を推認するもののようである。 しかしながら、原判決は、以下に述べるとおり、証拠資料の客観的評価という点でも、合理的判断の枠をはるかに逸脱しているものである。 (一) まず、東京税関文書の記載内容が右当局の敵視嫌悪意思、そして更には差別意思を推認せしめるものかどうかを判断する場合、念頭に置かれるべき基本的な留意点は、当該発言の趣旨等は、その背景となる職員団体の活動状況等との関連において解釈されなければならないということである。 しかるに、原判決の認定判断は、右に述べた基本的な留意点についての理解が全く欠落しているばかりか、当該発言等の趣旨等を、予断にも等しい主観的、し意 おいて解釈されなければならないということである。 しかるに、原判決の認定判断は、右に述べた基本的な留意点についての理解が全く欠落しているばかりか、当該発言等の趣旨等を、予断にも等しい主観的、し意的な解釈方法をもって評価するという態度を採っており、極めて不当なものである。 (二) 以下、原判決の判断につき個別的に検討する。 (1) 原判決は、昭和四二年五月一日の東京税関の部長会議において、新入職員の職場配置につき、警務関係部署に配置できない一部の者については「旧労職員の影響等を考慮して配置する。」との方針が、また指導官の人選について、各職場の七等級職員を中心に勤務成績、人格、「思想」等を考慮して行うとの方針が各述べられており、これらの発言は、東京税関当局が新入職員を全税関労組員から隔離する意思を有していたことを示すものとしている。 しかし、甲第二一五号証の二(これ自体では、右部長会議に係るものであるとは認められない。)は、同号証の一の昭和四二年五月一日の部長会議に係る「行政日誌」と題した書面と一体のものでないし、関連性のあるものとは直ちに認められるものではないし、甲第二一五号証の二は、その記載の体裁、内容等からして、明らかに会議の議事録ではなく(このことからしても同号証の一との一体性、関連性には疑問がある。)、ましてや、会議での決定事項を記載したものでもないことは明らか(原判決のいう「発言」はすべて「第二案」の中に記載されている。)であって、結局、その記載が、どのような趣旨、性格のものであるのか不明といわざるを得ない。しかるに、原判決は甲第二一五号証の二をもって、東京税関の方針を述べるものであると決めつけ、そこから、税関当局が新入職員を全税関労組員から隔離する意思を有していたことを推認しているのであって、原判決の右認定判断は極めてずさ 五号証の二をもって、東京税関の方針を述べるものであると決めつけ、そこから、税関当局が新入職員を全税関労組員から隔離する意思を有していたことを推認しているのであって、原判決の右認定判断は極めてずさんというべきである。 また、仮に、公務員倫理、服務規律等に違反する活動を繰り返している職員がいるとすれば、一般的に、新入職員は、公務員の倫理や服務規律等についての理解が十分でなく、しかも他からの影響を受けやすいことから、税関の基本業務のほか「公務員の倫理、服務規律」を習得させるという見地から、その配置に一定の配慮をするということには合理的な理由があり、何ら不当なものではない。 また、「第二案」における、指導官の人選において思想等を考慮するとの記載については、これは、指導官に求められる資質という観点から記載されているにすぎないことからして、思想が意味しているものは、公務員倫理、服務規律等を守って、業務遂行に当たる考え方を有しているかどうかといった、広い意味であるとも解され、原判決が理解しているように、「全税関労組員の影響」を排除するという意味であると決めつけるのは、合理的解釈の範囲を超えた予断に基づくし意的解釈以外の何物でもない。 (2) 原判決は、昭和四二年九月一一日の幹部会議において、税関長会議の結果報告がなされ、東京税関長が、①「士気問題に関して、大阪税関長は、二五、二六年入関の職員のポジションをどうかしてくれと話していた。主任の活用、専門官の活用が討議された。」、②「旧労古手の対策として、ある税関長が専門官の設置の意見を出したが、本省から甘い考えだと批判された。」、③「旧労対策には官は懸命にやっているが、もっと大事なことは、新労を強くすることであると官房長に言っておいた。」と発言し、総務課長が補足説明として、横浜税関長が関税局官房長に えだと批判された。」、③「旧労対策には官は懸命にやっているが、もっと大事なことは、新労を強くすることであると官房長に言っておいた。」と発言し、総務課長が補足説明として、横浜税関長が関税局官房長に対する要望事項として、④「新職員の基礎研修は良い。(共)組合を追い詰めていくのに効果があるので毎年、新職員を採用し、研修を実施してほしい。」と発言したことを報告したとし(いずれも甲第二二七号証)、これらの発言は、関税局及び東京税関当局が全税関労組を嫌悪し、税関労組を好ましい職員組合として育成する方針を採っていたことを示しているというべきであるとしている。 しかしながら、ア ①の発言については、二五、二六年入関の職員、即、全税関労組員であるとは解し得ず、そもそも右の討議が全税関労組員の処遇に関するものであるとは認められない。 すなわち、被控訴人らの主張する「別表1等級号俸推移表」及び「別表2昇任、昇格、特別昇給早見表」を見ても(もっとも、「別表1」が同期同資格入関者のすべてを網羅していないこと及び「別表2」が不正確であることを前提とするものではあるが)、大阪税関における昭和二五年の高卒普通資格入関者は二二名、同二六年の同資格者入関者は七七名と著しく多くなっており、他方右別表2によれば、同四二年までに新規役付の主任に昇格していない者は、同二五年の高卒普通資格入関者については六名、同二六年の同資格入関者については、六七名であって、同四二年当時の新規役付である六等級主任のポスト数は四三にすぎない(乙第三二〇九号証)ことからすると、仮に大阪税関長が士気に係わるものとして、「二五、二六年の職員のポジションをどうかしてくれ。」と発言したとしても、右発言は原判決が認定するように全税関労組を念頭においたものとはいえず、全税関労組を嫌悪する発言というようなも るものとして、「二五、二六年の職員のポジションをどうかしてくれ。」と発言したとしても、右発言は原判決が認定するように全税関労組を念頭においたものとはいえず、全税関労組を嫌悪する発言というようなものではないことが明らかである。 イ ②、③の各発言は、いずれもいかなる観点、意図の下になされているというのか、右記載からは即断し難く、その記載の真偽すら検討し得ないものである。 なお、右の発言に関する控訴人の、仮に正当な組合活動の範囲を逸脱して正常な業務運営を阻害する非違行為を繰り返す職員団体があるとすれば、これに対し、できる限りの対策を講じ、もって業務運営の正常化、労使関係の正常化等を図ることは当局の当然の職責であり、右発言は全税関労組を不当に嫌悪、敵視するものではない旨の主張に関し、原判決は、右当日の報告で、控訴人が主張するような非違行為等が問題となったと認めるに足りる証拠はないとする。しかし、控訴人は、原判決がいうように右当日の報告で非違行為等が問題になったなどと主張しているわけではなく、「旧労対策には官は懸命にやっている。」などという発言が記載されていることから、税関当局の差別意思を推認することはできないと主張したにすぎないものである。すなわち、控訴人の主張の本意とするところは、当時の全税関労組が正常な業務運営を阻害し、職場秩序を害する、違法活動を繰り返していたことを考慮するならば、対策の内容が明らかにされ、かつまた、それが正当な範囲を超えたものであることが認められない限り、それが全税関労組に対する不当な扱いということはできず、したがって、差別意思を推認することもできないというものである。 更に、原判決が、「組合の混乱期は過ぎ、いわば平穏を保っている。」との当局者の発言からすると、前記の発言が控訴人の主張するような趣旨でなされたとは考 意思を推認することもできないというものである。 更に、原判決が、「組合の混乱期は過ぎ、いわば平穏を保っている。」との当局者の発言からすると、前記の発言が控訴人の主張するような趣旨でなされたとは考えられないとするが、この点についても、右当局が講じたという対策の内容が何ら明らかにされないまま、原判決が認定するような関税局の全税関労組に対する差別意思をもってする対策といったものは、本来認定し得ないはずであり、原判決には論理の飛躍があり、右判断は予断以外の何物でもない。 ウ ④の発言中に「(共)組合」という言葉が用いられている点については、控訴人としては、そもそも、その記載どおりの発言があったかどうかも知らないから、仮に当該発言があったとしてもその趣旨、意図、真意を知る立場にないのであるが、原判決のいうようにこれをもって全税関労組を蔑む言葉であるとまで断定することはそれ自体疑問があるし、ましていわんやこれをもって右当局の差別意思を認定することは牽強付会というべきである。 また、基礎研修は、新入職員に対し、税関業務の基本的知識のほか、公務員としての基本的倫理や服務規律等を習得させることを目的とする正当なものであって、その研修の結果、新入職員が公務員の基本的倫理、服務規律に反した違法活動を繰り返す職員団体の活動等に批判的見解を持つようになり、このことにより、当該職員団体が他の職員の支持を失うという事態に至ったとしても、それは何ら右当局の不当な行為によるものなどということはできないのである。 (3) 原判決は、同年九月二七日の幹部会議で、監察官が「音楽隊は旧労分子の活動の場となってしまったので解散した。」と発言し、厚生課長が「新職員の希望調査をしたが、演劇とコーラスをやりたいとの希望が多い、しかし現在のサークルは旧労分子が中心で活動しているので二 旧労分子の活動の場となってしまったので解散した。」と発言し、厚生課長が「新職員の希望調査をしたが、演劇とコーラスをやりたいとの希望が多い、しかし現在のサークルは旧労分子が中心で活動しているので二部制として新しい演劇、コーラスのサークルを結成させることが必要と思う。」と発言し、当日配付されたと認められる資料に「サークル部門の新、旧労の構成比からみてこれを基盤としたレク行事には危険が伴う。具体的にいえば、文化活動については、官として積極的にはとりくまない(例コーラス、油絵、華道、演劇)。」との記載があり、また、同年八月一六日又は二三日の幹部会議では、「若年層対策としてレクリーダーには旧労を入れてはいけない。」、「できるだけ排除方法を採るが、二、三名まぎれこんできた場合はやむを得ないだろう。」との発言がなされ、「職場レクリエーションについて」と題する書面には、東京税関内のサークルの全税関労組と税関労組の所属人員調査表が添付され、「旧労は、安い経費で若年層と知り合う機会を狙っている。旧労は、行事当日、思想的言動や労働拡大運動はやらないが、知り合った若年層を後日喫茶店等へ誘い出す。」と記載されているとし、これら発言及び記載は、東京税関当局が、全税関労組を弱体化するために、全税関労組員がその他の職員と接触する機会を奪う方針を決定していたことを示すことは明らかであるとしている。 しかし、右記載は、記載自体、大阪税関におけるサークル活動等に関するものでないことは明らかであるばかりでなく、そもそも、大阪税関においては、サークル活動として剣道部、柔道部、ラグビー部、庭球部、山岳部などの運動部、将棋部、囲碁部、華道部、写真部などの文化部などがあり、職場レクリエーションとして、スキー、ボーリング、釣り、ハイキングなどが実施されてきたところ、これらのサー ビー部、庭球部、山岳部などの運動部、将棋部、囲碁部、華道部、写真部などの文化部などがあり、職場レクリエーションとして、スキー、ボーリング、釣り、ハイキングなどが実施されてきたところ、これらのサークル活動及び職場レクリエーションに、多くの被控訴人らが加入又は参加しており、大阪税関当局が全税関労組の組合員を把握した上、これをサークル活動等から排除するというようなことをした事実はないのである。 原判決は、甲第二四三号証の記載から、昭和四三年七月一七日の会議で、表彰基準につき「イ特定の組合に所属していることロその者のそこにおける程度如何」を議題として討議が行われたとし、関税局では、大臣表彰に値する実績があった職員が全税関労組に加入していることを理由にこれを表彰対象者からはずすか否かにつき議論が交わされ、しかも、この時点では表彰しないとの意見も強かったことが窺われ、このことは税関当局の全税関労組に対する敵視嫌悪意思を示すものであるとしている。 しかし、原判決が挙げる、甲第二四三号証の中の税関長の「永年勤続表彰は永年勤続プラス特別功労になっていても、永年勤続だけで表彰しているのだから、密輸の方もそのこと単独でやってよいと思う。」、総務部長の「所属組合によって扱を異にするのは奇異だ。」、羽田支署長の「表彰基準を変えることはよくないし恣意に流れて決めるのもおかしい。」等の各発言が記載されていることからすると、文面自体をとらえてみても、少なくとも東京税関幹部の間では、右のイ、ロを考慮するような基準を導入することには、消極的、批判的な見解で統一されており、それらの記載全体を総合すれば、税関当局につき全税関労組に対し不当な扱いをする意思があったということを推認することはできないし、むしろ、これを否定する根拠となるというべきものなのである。 3(一 、それらの記載全体を総合すれば、税関当局につき全税関労組に対し不当な扱いをする意思があったということを推認することはできないし、むしろ、これを否定する根拠となるというべきものなのである。 3(一) 更に、原判決は、東京税関当局の全税関労組に対する敵視・嫌悪意思を認定した上、全税関労組対策について、東京税関と他の税関の方針が異なっているとの事態は特段の事情がない限り認め難いとし、本件においては右の特段の事情を認めるに足りる証拠はないとしている。 東京税関文書に基づく原判決の認定をみるに、東京税関当局の全税関労組に対する対策といい得るものとしては、新入職員の配置及びサークル活動等について、他の職員を全税関労組員から隔離する方針を採っていたことを認定している(東京税関に関するものとしてもその認定自体誤りであるが)にすぎないところ、そもそも新入職員の配置の仕方やサークル活動等に対しての税関当局の関与の態様などというものは、むしろ各税関限りの判断にゆだねられた事項である。しかも、右文書の右の事柄に係る記載事実に大阪税関当局の全税関労組に対する敵視・嫌悪意思など何ら顕現されていないことは記載上明らかである。 実際、大阪税関においては、サークル活動等について全税関労組員を排斥した事実がないことは前記のとおりであり、大阪税関における初級職の男子新入職員の職場配置について述べれば、昭和三八年四月採用職員は全員監視部陸務課に配置され、同三九年のそれは五名を除いて全員陸務課へ、同四〇年のそれは全員陸務課へ、同四一年のそれは全員警務第一課(陸務課の名称変更)へ、同四二年のそれは全員警務第一課へ、同四三年のそれは全員警務第一課へそれぞれ配置されたのであって、組合分裂前から分裂後を通じて初級職の男子新入職員は通常陸務課(後に警務第一課と名称が変更された。)に 四二年のそれは全員警務第一課へ、同四三年のそれは全員警務第一課へそれぞれ配置されたのであって、組合分裂前から分裂後を通じて初級職の男子新入職員は通常陸務課(後に警務第一課と名称が変更された。)に配置されていたものである。なお、昭和三九年の前記五名の配置については、昭和三七年の採用職員が異常に膨れ上がった結果、陸務課への配置が困難となったためなのである。 (二) また、原判決は、東京税関文書において、東京税関の全税関労組に対する対応が関税局の指示においてなされていることを窺わせる記載があるとして、幾つかの記載を挙げている。しかし、原判決の認定は、全税関労組対策がすべて関税局の指示により行われているとの誤った予断の下に、その記載に係る各発言等を解釈しようとしているものであり、その判断は正当ではない。 (1) 原判決は、昭和四二年四月一一日の部長会議で、先に行われた関税局主催の総務部長会議の結果報告として、「本省は、同盟の線で行くべきだとの意見であれば、誰もがなっとくゆく明解な論理を展開の上打出すべきであって、現在の本省指針は余り技術的なことのみを示している旨の批判を述べておいた。労組対策は各関一律のやり方を強いるのはおかしいし、数をもって批判するのもおかしいと指摘しておいた。」、「大蔵職組の中の一部には容共的行動もあり、その中に税関労組が入っていることは危険であり、その点について当関の幹部職員は注意して欲しいと要望された。東京税関の幹部の基本路線はどうなのかときつい質問があった。」との発言がなされたとし、前者は、関税局の労務対策のやり方が各税関の個別事情を顧みず一律になされることに対する批判を述べたもの、後者は関税局が東京税関幹部に対し組合対策の徹底を指示したものと認められ、右事実は全税関労組及び各税関労組に対する基本的な施策が関税局の統 別事情を顧みず一律になされることに対する批判を述べたもの、後者は関税局が東京税関幹部に対し組合対策の徹底を指示したものと認められ、右事実は全税関労組及び各税関労組に対する基本的な施策が関税局の統一した意思の下、その指示に従ってなされていることを示すものであるとする。 しかし、前者にみる、関税局の意見や指針を批判する右発言は、本省の意見や指針に対し、疑問を呈しあるいは批判を述べているにすぎないと解されることからすれば、本省の意見や指針が各税関の自主的判断を必ずしも否定するものではないとの解釈も文言上可能なのである。 また、後者の発言は、右の前者の点を併せ考えると、関税局から東京税関当局の労組対策の方針について、要望、質問が出されたことを述べているにすぎないものと解し得るのであって、原判決のようにこれをもって関税局が東京税関幹部に対し組合対策の徹底を指示したものであるとするのは、客観的、合理的解釈の範囲を超えたものというべきである。 (2) 原判決は、昭和四二年八月一六日の幹部会議で、全国水泳大会につき、ある次長が「本省の考え方では旧労選手でも名選手がいる場合二、三名入れるのは止むを得ないと考えるとの回答だ。」と発言し、同会議で「最終、旧労四、五名でもよかろう。」との結論が出たとし、右事実は、水泳大会参加者の人選という些細な事項であっても、全税関労組と関連する限り、関税局の承認なしには決定できなかったことを示すものであるとする。 原判決は、全国水泳大会に旧労選手を参加させることについては関税局の承認が必要とされており、右回答はその承認であるとするもののようであるが、右回答は、全体的調整等の観点からなされる単なる参考意見にすぎないとも解し得るものであり、それでなければ、「二、三名」との回答に対し、会議において「四、五名でもよかろう。」 するもののようであるが、右回答は、全体的調整等の観点からなされる単なる参考意見にすぎないとも解し得るものであり、それでなければ、「二、三名」との回答に対し、会議において「四、五名でもよかろう。」との結論が出るはずがないのであって、この回答なる文言をもって、原判決のように断定することは、文言自体の解釈としても、客観的、合理的解釈の範囲を超えた、明らかに予断に基づくし意的解釈というほかないものである。 (3) 原判決は、同年四月一一日の部長会議で関税局主催の総務部長会議の結果報告として、総務部長が、「昇格昇給については、八等級から七等級への昇格の場合差別をつけることについて」と発言しており、これは、昇給、昇格基準の設定が関税局の意思によりなされていた事実を窺わせるものであるとしている。 しかし、右認定は誤りである。すなわち、大阪税関における、その後の八等級から七等級への昇格についてみるに、被控訴人ら主張の別表1、2における昇格の時期についてみても、被控訴人らが格差を明らかにするためであるとして設定した基準コースにおける昇格時期と被控訴人らの昇格時期には格差がないのであって、そのことからしても、原判決のいう昇給、昇格基準の決定が関税局の意思により設定されたとするのは失当というほかないのである。 三大阪税関当局の差別意思を示すものとされた具体的行為について原判決は、大阪税関でも、配転問題、独身寮への入寮問題、サッカークラブの件、結婚妨害問題、新大仏寺での研修問題について、差別意思を推認、あるいは、差別意思に基づくものではないかとの疑いを払拭できないものがあるとし、全体として税関当局が被控訴人組合及び組合員に対し差別意思を有していたと認めるに十分であるとしているが、そもそも、原判決には、証明不十分な事実をもって証明された事実と同視したり、あ ものがあるとし、全体として税関当局が被控訴人組合及び組合員に対し差別意思を有していたと認めるに十分であるとしているが、そもそも、原判決には、証明不十分な事実をもって証明された事実と同視したり、ある事実から他の特定の事実を推認するという事実判断の過程において大きな飛躍があったりするのみならず、個々の具体的事実の認定においても重大な事実誤認が随所に見られるのである。以下その誤りを明らかにすることとする。 1 配転問題について(一) 原判決は、昭和四〇年七月期の異動において、遠隔地配転(住居の移転を伴う配置換え)の対象となった一一名中八名が被控訴人組合の組合員であり、また、翌四一年七月の異動においても、遠隔地配転された一三名中の九名が被控訴人組合の組合員であり、遠隔地配転された職員の中に占める被控訴人組合の組合員の比率が全職員中に占める被控訴人組合の組合員の比率と対比して余りにも高率であること、右配転が組合分裂の直後になされたとの事実をも併せ考えると、被控訴人組合の組合員を不利益に扱うとの意思を抜きにした偶然の結果とすることは経験則に反し、これを配転の必要性その他の事情から生じた偶然の結果と認めるに足る事情が明らかにならない限り、大阪税関当局の被控訴人組合及び組合員に対する不当な差別意思に基づくものと推認するほかないとしている。 しかしながら、配転に当たっては、当該職員の知識、経験、能力等と配転先における職務内容等の兼ね合いのほか、当該職員の従前の勤務地歴やその点についての他の職員とのバランスが考慮されるし、そのほかに、仮に当該職員に、本関等勤務の当時職場秩序を乱し、税関業務の円滑、適正な運営に支障を生じさせるような非違行為を繰り返すなど、本関等に勤務させることがその業務運営上妥当でないと判断される事情があれば、その点も考慮されるのであ の当時職場秩序を乱し、税関業務の円滑、適正な運営に支障を生じさせるような非違行為を繰り返すなど、本関等に勤務させることがその業務運営上妥当でないと判断される事情があれば、その点も考慮されるのであり、税関長はそもそも配転について裁量権を有し、右裁量権の行使は各職員を適材適所に配置することにより公務の能率的運営を図るという公益的な見地からなされているものである。 (二) 被控訴人らは、昭和四〇年七月期の異動については、一一名中八名の被控訴人組合の組合員が遠隔地署所に不当配転されたと主張しているところ、その対象者八名のうち四名の職員は出身地に配転されたものであって、また、同時期に七名の被控訴人組合の組合員が遠隔地署所から大阪地区へ配転されていること、更に、被控訴人らは、同四一年七月期の異動については、一三名中九名の被控訴人組合の組合員が遠隔地署所に不当配転されたと主張しているが、九名のうち一名の職員は出身地に配転されており、一名(P51)については本人の意向を尊重し配転内示を撤回していること、また、同時期に六名の被控訴人組合の組合員が遠隔地署所から大阪地区に配転されていることから、大阪税関当局が、被控訴人組合ないし組合員を不利益に処遇したとはいえないのである。 なお、昭和四四年七月一一日の不利益処分審査請求事案に関する人事院判定によれば、人事異動については、① 同一所属課勤務一年以上の者を異動の対象者とする、② 同一所属課に勤務する期間は三年未満とする、③ 住居移転を伴う遠隔地の支署、出張所勤務となった者については、勤務期間を二年ないし三年を標準として本関近接地へ戻す、④ 支署、出張所未経験者はできるだけ若い間に一度は勤務させる、などの方針を大阪税関当局が採っていたことが明らかであるが、これに照らして、右の配転者についてみると、ほとん 準として本関近接地へ戻す、④ 支署、出張所未経験者はできるだけ若い間に一度は勤務させる、などの方針を大阪税関当局が採っていたことが明らかであるが、これに照らして、右の配転者についてみると、ほとんど独身者であり、総じて本関勤務が長く遠隔地勤務の経験がないことから配転されたものといえるのであって、右当局が配転において被控訴人組合の組合員を差別意思をもって不当に処遇したものでないことは明らかである。 (三) 以上によれば、原判決の判断はあまりにも片面的であり、正当でないといわなければならない。 2 千舟なにわ寮への入寮問題について(一) 昭和四二年二月二七日、被控訴人組合の組合員であることを理由として千舟なにわ寮への入寮を拒否されたとする被控訴人らの主張について、原判決は、入寮拒否理由が、入寮を拒否された被控訴人らには、寮管理規則遵守を到底期待できなかったので、入寮資格を定めた管理規則六条三項(税関職員としての品位を保持し、共同生活に適するもの)に当たらないと判断したためであるとの控訴人の主張も、それ自体としては首肯し得ないではないとしながらも、果たして、右当局が、当時、前記被控訴人らの入寮を拒否するにつき、真実、寮管理規則を遵守しないことによる寮管理運営の混乱のみを理由としたとするには疑問の余地があり、新入職員を被控訴人組合から隔離するため、その有力な活動家である被控訴人らの入寮を拒否したのではないかとの疑いを払拭できないとしている。 しかしながら、原判決も認めるとおり、被控訴人組合の組合員の全員が入寮拒否されているわけではなく、また、非被控訴人組合員の全員が入寮を認められているものでないこと、当時、被控訴人組合が寮の自治を要求して寮管理規則の制定に反対していることや、入寮を拒否された被控訴人P52ら五名のそれぞれが、庁舎管理規則違反 人組合員の全員が入寮を認められているものでないこと、当時、被控訴人組合が寮の自治を要求して寮管理規則の制定に反対していることや、入寮を拒否された被控訴人P52ら五名のそれぞれが、庁舎管理規則違反による矯正措置を受けていること(なお、右庁舎管理規則違反の内容は後記(二)のとおりである。)、しかも、右五名の被控訴人らは、いずれも、庁舎管理規則違反の行為ばかりでなく、公務秩序を乱す非違行為を重ねていた上、右寮管理規則の不当性を強く主張していたものであって、右五名の被控訴人らの入寮拒否の理由は、寮管理規則を遵守しないおそれがあることにあったのは明らかであり、原判決が、その入寮拒否の理由として、新入職員を被控訴人組合から隔離するという右当局の意図が働いていたと推量している点は全く失当である。 (二) 原判決は、右推量の根拠として、右被控訴人らは、いずれも当時被控訴人組合の役員であり、その活動に積極的に取り組んでいたこと、庁舎管理規則違反といっても、その内容は、閉庁後あるいは昼の休憩時間を利用して、昇給等差別、不当配転等に抗議する目的で行われた組合運動の一環としての行為であることを挙げる。 しかしながら、原判決の認定するところによれば、昭和四二年における被控訴人組合の組合員数は九〇人であるところ、被控訴人組合では、支部執行部役員、青婦部役員のほか、各支署、出張所ごとに組合の分会が結成されていることから判断すると、当時の被控訴人組合においては、ほぼ半数ほどの者が何らかの役員の地位を有しているものと考えられ、したがって、組合での地位をもってして、有力活動家と判断するのは早計であるというべく、また、庁舎管理規則違反の点も、その対象である無許可集会は、昭和四一年四月一九日のそれについては、右当局が集会の開催に先立ち、組合執行部などに庁舎使用許可を受ける と判断するのは早計であるというべく、また、庁舎管理規則違反の点も、その対象である無許可集会は、昭和四一年四月一九日のそれについては、右当局が集会の開催に先立ち、組合執行部などに庁舎使用許可を受けるよう注意喚起したにもかかわらず、被控訴人組合では右当局のあらゆる妨害をはねのける等して、許可なく強行された集会であり、しかも、右集会後、その参加者に対し、税関長名で厳重注意する旨の口頭注意がされているのに、被控訴人組合は無許可集会を繰り返し、同年一〇月一日の集会では、大阪税関当局が再々にわたり庁内放送で解散命令を発したが、これに応じることなく集会を続け、シュプレヒコールを行ったというものであり、右五名の被控訴人らはこうした態様の無許可集会に参加し、原判決認定のとおり矯正措置を受けているものであって、いかに、その内容が、閉庁後あるいは昼の休憩時間を利用して、昇給等差別、不当配転等に抗議する目的を掲げて行われた組合運動の一環としての行為であるとしても、個人的理由で行われた非行とは質的差異があるとして放置できるようなものではなく、加えて、昭和四一年四月一九日の集会は、被控訴人組合の重点要求として寮管理規則反対を掲げたものであり、このような行動をとった右五名の被控訴人らにつき入寮後寮管理規則の規定を遵守することは到底期待できないことは論を待たず、これらの者を入寮許可の対象から除外して、寮設置の目的に沿った寮運営を行うことは、右当局に課された責務といえるものである。 更に、原判決は、右当局が、当初、入寮を拒否した理由を明確には告げず、また、人事院の公平審理での右当局側陳述と本件訴訟での主張には微妙なずれがみられるとし、更に、寮管理規則一条、六条は昭和四六年の改正により削除されているとして、これらを根拠に、右当局が新入職員を被控訴人組合から隔離する意思 の右当局側陳述と本件訴訟での主張には微妙なずれがみられるとし、更に、寮管理規則一条、六条は昭和四六年の改正により削除されているとして、これらを根拠に、右当局が新入職員を被控訴人組合から隔離する意思を有していたものとみている。 しかしながら、被控訴人P9が、大阪税関総務部長は、昭和四二年二月に開かれた税関長交渉の席で共同生活に不適当な人、向かない人には入寮してもらわないと言明したと供述していること、同年九月四日開かれた税関長交渉において、議題4として入寮問題が取り上げられ、税関長は総括回答の中で「寮管理規則六条に決められているとおりです。」と述べていることから、右当局は一貫して入寮を拒否している理由を明らかにしているところであり、更に、右当局側には、人事院の公平審理において「共同生活に不適格と判断したためではない。」との陳述があるものの、これは、入寮拒否理由として「共同生活不適格」の言明をすることが、大阪税関当局による人権侵害発言であるとの被控訴人組合の攻撃を誘発し、より一層事態を混迷させるおそれがあることからこれを緩和するための陳述であり、人事院の公平審理での陳述と本件訴訟での主張とは寮管理規則を遵守しないおそれがあるという点で一致しているのであるし、人事院の公平審理での陳述の趣旨は、その全体の趣旨を解釈すると共同生活に不適なため選考に漏れたことを理由とすることは明らかであって、人事院の公平審理での陳述と本件訴訟での主張には、その基本において何ら差異は存在しないものである。 また、千舟なにわ寮管理規則一条、六条の削除の点については、昭和四六年に「新なにわ寮」が新設されたのに伴い、右千舟なにわ寮管理規則が廃止され、新たに大阪税関独身寮管理規則が制定された結果、これらが削除されたものであるが、新規則は、寮生との懇談会等で出された要望を 年に「新なにわ寮」が新設されたのに伴い、右千舟なにわ寮管理規則が廃止され、新たに大阪税関独身寮管理規則が制定された結果、これらが削除されたものであるが、新規則は、寮生との懇談会等で出された要望を勘案した上で制定されたものであって、規則改正の経緯、改正理由等を検証することなく、原判決が推測による判断をしていることは不当といわざるを得ない。 更にまた、原判決は、いわゆる東京税関文書に記載されている内容から、東京税関当局には新入職員を全税関労組から隔離するとの意思があったと認定し、かつ、この方針は大阪税関当局も同じであると認められるとしている。 しかしながら、東京税関当局の新入職員に対する処遇がいかなるものであったにせよ、これが、大阪税関当局においても共通であったとする具体的な根拠はなく、その検証もなされていないものであり、したがって、また、品川寮における入寮状況がどのようなものであったにせよ、そのことから、大阪税関における寮運営の在り方を推認することなど到底できないものなのである。 (三) 原判決は、右当局が、当時、被控訴人らの入寮を拒否するにつき、真実、寮管理規則を遵守しないことによる寮管理運営の混乱のみを理由としたとするには疑問の余地があるとするが、原判決が、新入職員を被控訴人組合から隔離するため、その有力な活動家である被控訴人らの入寮を拒否したのではないかとの疑いを払拭できないとして挙げる事柄は、右にみたとおり、何らその根拠となるようなものではなく、しかして、原判決が右疑いを有すること自体、合理性に欠けるものであるということができる。 3 サッカークラブの件について(一) 原判決は、サッカークラブの件について、昭和四五年三月二一日、被控訴人P9、同P16と当時大阪税関労組に加入していたP22、P23、P24(千舟なにわ寮の寮生) サッカークラブの件について(一) 原判決は、サッカークラブの件について、昭和四五年三月二一日、被控訴人P9、同P16と当時大阪税関労組に加入していたP22、P23、P24(千舟なにわ寮の寮生)が私的なサッカークラブである「オフサイズ」を結成(遅れて同僚の寮生であったP25、P26が加入)したが、同クラブ結成後、同寮の副管理人であるP27は、P24に対し、「寮にサッカー部を作らないか」と呼び掛け、同人にこれを断られたため、同寮にサッカー部を作り、これによりP25及びP26は同クラブを辞め、内一名は寮のサッカー部に加入したとの事実を認定した上、P27は陳述書(乙第二九四一号証)で、「P24とサッカー部のことに関して一度も話し合ったことはない。」、「当時同寮内にサッカー経験のあったP28、P29、P25、P26らが発起人となって同好会を作ろうという気運があって、自分もグランド捜し等側面から援助したもので、道具類は寮生らが自費を積み立て、月賦制で購入していた。」と述べているが、P27の右供述は、あえて被控訴人組合の組合員と一緒になってもサッカー部を作ろうとするほどサッカーに対し情熱を持っており、寮にサッカー部を作ろうとの気運があったとしたら当然その中で中心となるべきP24(寮生)と、寮のサッカー部に関し何らの会話もなかったとする点で措信できないとしている。そして、右認定に基づいて原判決は、右寮サッカー部の結成時期が「オフサイズ」の結成直後であること、寮生間に同好会結成の気運があったということは事実であるとしても、これに積極的であったはずのP22やP24を抜きにサッカー部が結成されていること、当時被控訴人組合は組織拡大の対象を大阪税関労組加入の青年職員に置き、同労組青年部との共闘あるいは彼らに対する組織加入の運動を積極的に繰り広げていたこと 24を抜きにサッカー部が結成されていること、当時被控訴人組合は組織拡大の対象を大阪税関労組加入の青年職員に置き、同労組青年部との共闘あるいは彼らに対する組織加入の運動を積極的に繰り広げていたことが認められること等から、P27が、「オフサイズ」から非被控訴人組合員を引き離すとの意図の下に、新たに寮のサッカー部を結成し、その活動を積極的に援助したことが推認できるとし、更に、原判決は、右当局がP27にサッカー部の結成を指示したり、これに経費の援助を与えたとの証拠はない、としながらも、P27が個人として私的なクラブにすぎない「オフサイズ」の活動を妨害する意図で新たな部を結成するまでの行為に及ぶことは到底考え難いとして、少なくとも、同人の行為の背後には、青年職員を被控訴人組合から隔離するとの右当局の意思を窺うことができるとの判断をしているものである。 (二) 原判決は、寮副管理人のP27が、P24に対し「寮にサッカー部を作らないか」と呼び掛けたが断られたため寮にサッカー部を作ったとの事実認定をしているが、そもそもその事実認定自体が誤りであり、右事実認定を前提として右当局の意思をうんぬんする原判決の判断は失当という他ない。 すなわち、P27がP24に対し、「寮にサッカー部を作らないか」と呼び掛けたとする事実認定は、右認定に沿う被控訴人P9の供述に依拠するものであるが、右供述は単に伝聞によるものであるにすぎず、そもそも極めて信用性に乏しいものである上、P22、P23、P24が、当時大阪税関労組に加入していたことは、前記のとおり原判決の認定しているところであるが、原判決は、P27からP24に対して呼び掛けがあったと認定するものの、P22、P23(右両名はP24と共に「オフサイズ」結成メンバーである。)については何ら触れていない。仮に、P27が非被控訴 るが、原判決は、P27からP24に対して呼び掛けがあったと認定するものの、P22、P23(右両名はP24と共に「オフサイズ」結成メンバーである。)については何ら触れていない。仮に、P27が非被控訴人組合員を「オフサイズ」から切り離すとの意図の下にP24に呼び掛けをしたとするならば、当然、スポーツ、サッカーを趣味としているP22、P23にも呼び掛けがなされてしかるべきであるが、右両人に対する呼び掛けについては何の言及もない。しかも、P24は、当時、新入関時の自己紹介欄に(P53はP54の誤記)趣味として釣、登山を挙げているのみであり、サッカーのことは触れておらず、また、以後、P24が大阪税関サッカー部に加入した事実もなければ、サッカーにかかわったという形跡もないのであって、P27がP24に原判決認定のような呼び掛けをする必然性は何らなく、P24に対する呼び掛けがなされたというのは全く措信できないものである。 そうであれば、P27の前記陳述書の内容は十分信用できるものである。そして、学生時代にサッカー経験のあったP28、P29、P25、P26らが発起人となって同好会を作ろうという気運があったことの背景としては、税関は百年を超える伝統のある職場であり、良きにつけ悪しきにつけ、税関一家という言葉で代表されるように伝統的に職員間の結束の強い気風のある職場であるところ、「オフサイズ」というのは港湾関係における各職場の混成チームであったことから、若手職員の寮において税関の職場独自のサッカーチームの結成を企図したためであって、P27が、右気運を寮生活の趣旨等からして好ましいと考え、その結成の援助をしたとしても、若い職員を預かる寮の副管理人の立場からすれば、至極当然なことなのであり、この寮サッカーチームで活躍したメンバーが、現在の大阪税関サッカー部の 等からして好ましいと考え、その結成の援助をしたとしても、若い職員を預かる寮の副管理人の立場からすれば、至極当然なことなのであり、この寮サッカーチームで活躍したメンバーが、現在の大阪税関サッカー部の礎を作り、P27自身部長として以後もサッカーにかかわっているのである。 なお、寮には、大阪税関千舟なにわ寮管理規則三条の規定により、管理人及び副管理人が設置されているところ、管理人は寮専従の勤務をしており、いわば寮運営等の直接現場責任者というべき地位にあり、副管理人はその補佐役である。したがって、大阪税関当局から何らかの指示があったとすれば、寮管理人がその指示を受ける立場にあるといえるところ、原判決は副管理人の行為を殊更取り上げ、このことから青年職員を被控訴人組合から隔離するとの右当局の意思を窺うことができると判断しているものであって、そのこと自体にも誤りがあるというべきである。 (三) 更にまた、原判決は、右当局がP27にサッカー部の結成を指示したり、これに経費等の援助を与えたとの証拠はないと判示しながら、P27が個人としてオフサイズの活動を妨害する意図でサッカー部の結成行為をするとは考え難いとし、P27の背後に右当局の意思を窺うことができるとしているが、右判断はその前提となる事実認定に誤りがあることは前記(二)で述べたとおりであるが、加えて、右当局の指示など、その関与につき証拠がないとしながら、右当局の意思を推認するという判断過程を経るものであって、これは何ら証拠に基づくことなく、推測を根拠にして判断するということに尽きるものであり、極めて不当な判断というべきである。 4 結婚妨害問題について(一) 原判決は、富島出張所の統括審査官で、かつカウンセラーであったP30は、昭和四七年一月一三日、同人の一存で当時同所の職員であった畑P31の兄を 断というべきである。 4 結婚妨害問題について(一) 原判決は、富島出張所の統括審査官で、かつカウンセラーであったP30は、昭和四七年一月一三日、同人の一存で当時同所の職員であった畑P31の兄を呼び出した上、同人に対し、畑P31が被控訴人P32(旧姓○○)との結婚を予定していることに関し、P31の健康問題とともに、P31と同被控訴人の所属組合が異なること及び同被控訴人の人格を非難する言動を行い、両人の結婚を延期してはどうか等と述べたため、P31の家族は従来の態度を変え、結婚に反対し始めたが、両人はこれを説得し、予定どおり結婚した、また、P30はこれに先立つ前年一二月二〇日にもP31に対し、「結婚しても被控訴人P32に引っ張られて原告組合に入るようなことをするな。」との趣旨の言動を行ったとし、P30の言動が上司あるいはカウンセラーとしての職務を逸脱し、P31及び同被控訴人の人権を侵害するものであるとし、更に、P30の言動それ自体は、その態様からみて、同人個人の被控訴人組合に対する敵対意識と誤った管理意識の所産であり、大阪税関当局の指示に基づくものとは到底考えられないとの認定をしている。にもかかわらず、原判決は、P30自身が組合分裂後、総務部会計課長補佐、総務部厚生課長、税関研修所研修課長等を歴任した幹部職員であること、右当局がP30の言動を調査し、その結果を踏まえてしかるべき処置を取った形跡が全くないことを理由に、P30の行為の背後には右当局の被控訴人組合に対する差別意思を読み取ることは容易であると判示しているものである。 (二) しかしながら、仮にP30の言動が原判決が認定するような趣旨を持つものと誤解を受けるようなものであったとしても、原判決もそれは大阪税関当局の指示に基づくものとは到底考えられないと認めているのであり、にもかかわ ら、仮にP30の言動が原判決が認定するような趣旨を持つものと誤解を受けるようなものであったとしても、原判決もそれは大阪税関当局の指示に基づくものとは到底考えられないと認めているのであり、にもかかわらず、P30が過去に職員教育に携わった幹部職員であったことを理由として、その背後に右当局の差別意思を読み取ることができると結論しているのであって、右の判断は全く不可解な論理に立脚するものであり、到底首肯できるものではない。 原判決は、背後に右当局の差別意思を読み取ることのできるもう一つの理由として、右当局がP30の言動を調査し、その結果を踏まえて、しかるべき処置を取った形跡がないことを挙げている。この点については、ことが結婚問題であるだけに、右当局の調査にも限界があり、事柄の性質上、税関長が特段の処置をしなかったということができ、原判決がいうように、税関長がしかるべき処置を取らなかったことをもって、右当局の被控訴人組合に対する差別意思をP30の行為の背後に読み取るというのは不合理極まりないものであり、不当というべきである。 5 新大仏寺での研修問題について原判決は、新大仏寺での研修について、大阪税関当局は、昭和四六年一〇月一一日、一二日の両日、上野市にある新大仏寺において、被控訴人組合の組合員を部下に持つ主任、係長相当職にある職員一五名を集め、研修を催した、研修では、総務課長、同補佐、会計課長、人事課長補佐が、労働情勢、労務管理、庁舎管理規則、服務規律等につき講演を行い、この中で被控訴人組合の分析及び右当局の組合活動対策が話された、この研修会は、事前に研修命令、出張命令が発せられていなかった点及び大阪税関から遠く離れた場所で開かれた点で異例の研修であったとの事実認定をした上、当時、非違行為を繰り返していた被控訴人組合に対する対策のために研 前に研修命令、出張命令が発せられていなかった点及び大阪税関から遠く離れた場所で開かれた点で異例の研修であったとの事実認定をした上、当時、非違行為を繰り返していた被控訴人組合に対する対策のために研修を催したとしても、差別にならないと判示する一方、第六七回国会衆議院法務委員会での本件に対するP55大蔵大臣官房審議官の答弁、また、右研修会において人事課長補佐として服務規律につき講演した証人P13の証言が控訴人の主張の趣旨と矛盾するとして、右研修は、非違行為を繰り返していた被控訴人組合に対する対策を超え、右当局の被控訴人組合に対する差別政策を徹底することを目的としたものではなかったかとの疑いは払拭できないとしている。 しかしながら、同研修が、被控訴人組合対策を目的とするものであるということだけでは、それが不当なものであって差別意思を推認せしめるものであるということはできないところ、同研修が不当なものであるとするためには、その内容が当時の諸事情に照らし不当なものであるかどうかを検討することを要するというべきであるのに、原判決は、このような判断方法を採っていないのである。また、原判決は、そもそも、正当な範囲内の対策と差別政策とはどのような点で区別されるとするのか、差別政策とは具体的にいかなるものを指すのか、これを徹底するとはどういうことなのか、この点について何ら明らかにしないまま結論のみを導いているものであり、原判決は、結局、単なる漠然とした憶測を述べているにすぎず、証拠に基づく判断とは到底いえないものである。 また、原判決は、P55審議官の国会答弁や証人P13の証言内容が控訴人の主張の趣旨と異なる旨指摘するが、控訴人の主張は、仮に、右研修が、被控訴人らが主張するように、被控訴人組合の組合対策を目的とするものであったとしても、という仮定的な事 証人P13の証言内容が控訴人の主張の趣旨と異なる旨指摘するが、控訴人の主張は、仮に、右研修が、被控訴人らが主張するように、被控訴人組合の組合対策を目的とするものであったとしても、という仮定的な事態を前提として見解を述べたにすぎず、仮に、被控訴人組合の組合対策を目的とするものであっても、その対策が被控訴人組合に対する不当な扱いを内容としたものであることが認められない限り、差別意思を推認させるものではないということを主張しようとしているものである。なお、右国会答弁等が、原判決がいうように、右研修が被控訴人組合の組合対策の研修であったことを否定する内容のものであるとしても、そのことから、直ちに、その対策が被控訴人組合に対する不当な扱いを内容としたものであるということが認められるものではないことは明らかというべきである。 四関税局の人事政策について原判決は、関税局の人事政策に示された差別意思につき判断するとして、大阪税関を含む各税関において、四等級までの昇任、昇格及び特昇について年功序列的運用がなされていたと認定し、また、関税局文書によると、昇任、昇格及び特昇につき全税関労組員に対してのみそれ以外の職員とは別の差別基準が設けられていたと容易に推認されるとしているが、いずれも失当である。以下その点を明らかにする。 1 年功序列的運用について原判決は、税関における昇任、昇格及び昇給の法定要件に基づく実際の運用について、大阪税関を含む各税関において、同期入関者は、被控訴人らがその格差を問題としている四等級までの昇任、昇格及び特昇については、ほぼ均一に処遇するとのいわゆる年功序列的運用がなされているとの認定を行っている。 そして、その根拠として、原判決添付の別表1及び2から認められる同期入関者の昇任、昇格、特昇状況、関税局管理課作成の文書と に処遇するとのいわゆる年功序列的運用がなされているとの認定を行っている。 そして、その根拠として、原判決添付の別表1及び2から認められる同期入関者の昇任、昇格、特昇状況、関税局管理課作成の文書と認められる文書(甲第二七五、第二七六号証の各二の中の「指定職・行政職(一)年令別・等級別在職状況」と題する表)によると、職員の年齢上昇と等級上昇とは四等級まで相関関係が認められること、証人P13の証言によると、いわゆる復職時調整の名の下に、復職時に休職開始時よりもはるかに高い等級に昇格する取扱いが行われていたことが認められ、人事政策としてこのような取扱いを行う必要があることはとりも直さずその背景に税関における同期入関者の昇給等に関する年功序列的な運用の実態があることが認められること、更に、控訴人においても、同期入関者の昇給等が年功序列的に運用されていること自体を積極的に争っていないことを挙げている。 しかしながら、右別表1及び2については、これらを根拠として昇給等に係る認定をすること自体合理性を欠くところである(これらの表を同期入関者の昇格等の推移を俯瞰的に把握するものとして使用することも、事実を不当に単純化してしまい実体の認識を見誤るものである。)し、証人P13の証言については、原判決は、その証言の趣旨を曲解するものであり、また、原判決が、同期入関者の昇給等が年功序列的に運用されていること自体を税関当局が積極的に争っていないとする点も失当である。 すなわち、証人P13は、一三年間休職していた被控訴人P56(昭和一九年九月、税関に在職中に軍人として徴用され、外地に抑留の後帰国し、復職、その間一三年経過)の復職の際の調整について、人事院規則に基づいて等級号俸ともに休職の当時よりもはるかに高いところに調整(昭和一九年九月の給月俸五七円から、同三 徴用され、外地に抑留の後帰国し、復職、その間一三年経過)の復職の際の調整について、人事院規則に基づいて等級号俸ともに休職の当時よりもはるかに高いところに調整(昭和一九年九月の給月俸五七円から、同三三年五月復職時に六等級四号俸に調整)決定されたと証言しているが、これは、休職時、現在の給与法が適用されない時代のものである旨証言しているものであり、原判決が、かような特異な事情にある者についての例を基に、人事政策上の一般論を論じ、その背景に同期入関者の昇給等に関する年功序列的な運用の実態があると認めているのは不当という他ない。 また、原判決は、同期入関者の昇給等が年功序列的に運用されていること自体を右当局が積極的に争っていないとするが、これは右当局の主張に対する誤解に基づくものである。税関当局は、一般にどのような組織であっても、昇任、昇格について年功が比較的重視されることはあっても、完全な年功序列制が実施されているところはないとの認識に立って、国家公務員の昇任、昇格において、勤続年数及び採用資格が考慮されないわけではないが、制度上は勿論、運用実態としても、昇任及び昇格について他の考慮要素を無視し得るほど勤続年数及び採用資格が重視されるものではなく、被控訴人らが、昇任及び昇格において同等に扱われるべき条件として、勤続年数及び採用資格の同等性のみを挙げることは明らかに失当であるとして、被控訴人らの主張に対して積極的に争ってきたものである。 更にまた、そもそも、原判決の「四等級までの昇任、昇格及び特昇については、ほぼ均一に処遇するとのいわゆる年功序列的運用がなされている。」との認定は、実態とかけ離れたものである。国家公務員の任用は成績主義、能力主義を基本として行われており、特に、神戸税関事件に係る最高裁判決(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決・民 用がなされている。」との認定は、実態とかけ離れたものである。国家公務員の任用は成績主義、能力主義を基本として行われており、特に、神戸税関事件に係る最高裁判決(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁)が判示するところからも明らかなように、税関の職務は極めて高度の公共性を持つ職務であって、職員には厳しい服務規律が求められているほか、複雑性及び困難性を伴う業務量の増加に対して、円滑適正な行政運営を維持するために、成績主義、能力主義に基づいた人事政策を厳しく実行することが求められており、昇任等の判断において必要経験年数が一つの要素として考慮されているものの、原判決がいうところの年功序列的運用の事実はないのである。 大阪税関においても、昇任等において経験年数が最低限満たすべき要素として考慮されているが、あくまでも判断要素の一つであって、経験年数のみによった運用は行っておらず、勤務成績を基本とした運用がなされていることは、同期入関者の昇任時期等に関する原判決の認定を前提としても窺えるのであり、しかも、任命権者は、昇任等の運用上、本来多面的評価である勤務成績(勤務実績及び執務に関連して見られた性格、能力、適性)のどのような面をどの程度勘案するか等について裁量権を有しているのである。したがって、仮に被控訴人らの昇任時期等が同期入関者のそれよりも遅れているとしても、それは勤務成績等が総合的に考慮されたことによるものであって、不当に差別する意思によるものではないのである。 2 いわゆる関税局文書について(一) 関税局文書の形式的証拠力について、原判決は、甲第一八八号証の一ないし一六、同第二七五、第二七六号証の各一ないし五、同第二七七号証の一ないし九、同第二七八号証の一ないし六の各文書について、甲第一八八号証の一ないし一〇のうち「議 て、原判決は、甲第一八八号証の一ないし一六、同第二七五、第二七六号証の各一ないし五、同第二七七号証の一ないし九、同第二七八号証の一ないし六の各文書について、甲第一八八号証の一ないし一〇のうち「議題3.特定職員の上席官昇任及び七等級格付け等について」との題で始まる二葉の文書の二枚目の「(3)4、5、6級格付」以下の部分を除く部分はすべて関税局が作成した文書であると認定している。 しかしながら、控訴人が既に述べたとおり、右各文書はいずれも形式的証拠力が否定されるべきである。それにもかかわらず、これを関税局作成に係る文書であると原判決が認めていること自体不当といわざるを得ない。 (二) 原判決は、右文書の形式的証拠力を安易に認めたのみならず、その記載自体の意味内容の解釈という点でも、客観的・合理的解釈の枠を逸脱しているものであって、その一例を示すに、原判決は、ロ文書に上席官昇任に関し、「・・・前年度基準(五五歳かつ在級六年)のままで運用することについてはどうか。」と記載されていることをとらえ、右前年度基準というのは、「差別基準」であり、右討議の当時存在する格差は、前年度である昭和六〇年度まで右「差別基準」が設定されていたことにより生じたものであるとする(それにより生じた格差を縮小、是正しようというのが右討議であるとする。)ようである。 しかしながら、右前年度基準が、原判決が考えるような、「特定職員」を不当に差別してその上席官昇任を遅らせることを目的とする差別基準であると解する根拠はどこにもなく、それよりも、むしろ、文言自体の解釈としても、昭和六〇年度当時までに生じていた格差を是正することを目的とした基準であると読む方が合理的であるというべきである。そして、右記載からは、当時存在する格差の縮小、是正の方策が討議されていることは読み取れるとし 度当時までに生じていた格差を是正することを目的とした基準であると読む方が合理的であるというべきである。そして、右記載からは、当時存在する格差の縮小、是正の方策が討議されていることは読み取れるとしても、それ以上に、その格差がいかにして生じたものであるかは不明であって、勿論差別意思によって生じたものであることを窺わせるような記載は全く存しないのである。 第四勤務成績の同等性について一被控訴人組合員の各自ごとに、仮に昇任、昇格及び特別昇給において被控訴人らが主張するような格差が存在するとしても、被控訴人ら各自には非違行為を始めとする、勤務成績の評価における種々のマイナス事情が存在し、かつ、それが格差の要因となっていると考えられるのである。すなわち、被控訴人らは、いずれも、本件係争期間当時、被控訴人組合の組合員として職場秩序、職場規律を乱し、正常な業務運営を阻害するおそれのある違法な組合活動を実行、支持し、あるいは同調等していたものであることは、前記第一において既に述べたとおりである。そして、本件係争期間当時のように、職員団体が、職場秩序、職場規律を乱し、正常な業務運営を阻害するおそれのある違法活動を繰り返すという状況下では、大阪税関当局が、職員に対し、中でも管理職員あるいはこれを補助するような立場になるべき職員に対し、職場秩序、職場規律を重んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりしないという態度を保持することを求めることには合理的理由があり、これを昇任、昇格の適否に関する評価要素の一つとすることは、税関業務の円滑、適正な執行を確保し、組織全体の管理、運営に当たる職責を担う任命権者の裁量の範囲内のこととして当然に許容されるというべきであり、また、職員が、職場秩序、職場規律を軽んじ、これを乱すような行為 の円滑、適正な執行を確保し、組織全体の管理、運営に当たる職責を担う任命権者の裁量の範囲内のこととして当然に許容されるというべきであり、また、職員が、職場秩序、職場規律を軽んじ、これを乱すような行為を自ら実行したり、これを支持し、あるいは同調したりすることが、円滑、適正な業務運営の前提となる、職員間の協調関係の維持、増進、職員の士気の高揚等の見地からみて適当でないとの判断の下に、特別昇給に関して、勤務成績が特に優秀であるかどうかの評価において、右同様の評価要素を考慮することも合理的理由があるというべきである。したがって、被控訴人組合員らにおいて、右のような評価要素が考慮された結果、昇任等に格差が生じたとしても、勤務成績等が適正に評価された結果であって、何ら差別意思によるものではないのである。 しかるに、原判決は、被控訴人組合員らの勤務実績は他の職員に比べ劣るものではなかったとの推認を前提とし、格差のうちのある部分は右当局の差別意思によるものとの認定をしているものであるが、右の推認は、種々の点で問題があるものである。以下、この点を明らかにする。 二1(一) 被控訴人組合員らは、被控訴人ら個々人に対する税関長による昇任、昇格及び特別昇給における差別的取扱いを主張し、個人的法益の侵害を理由とする損害賠償(司法救済)を求めているのであるから、被控訴人らは、被控訴人組合員らが、昇任、昇格及び特別昇給について、被控訴人組合の組合員以外の職員らと同等に扱われるべき条件を備えていたこと、すなわち、被控訴人組合員ら個々人の勤務成績等がその同期、同資格者と同等あるいはそれ以上であることを被控訴人ら個々人について個別具体的に主張立証すべきところ、原判決は、被控訴人ら各自作成の陳述書及び被控訴人P33らの供述のみでは、被控訴人組合員らの勤務実績が同期入関者と いはそれ以上であることを被控訴人ら個々人について個別具体的に主張立証すべきところ、原判決は、被控訴人ら各自作成の陳述書及び被控訴人P33らの供述のみでは、被控訴人組合員らの勤務実績が同期入関者と同等であると認定することはできないとしながら、関税局文書(甲第二七五号証の一)、東京税関文書(甲第二〇五号証)中の記載文言をとらえて、被控訴人組合員らの勤務実績不良を証する現認書等が存在するなら当然提出されてしかるべきである(提出は二例のみ)等の理由でもって、被控訴人らの同期入関者との勤務実績の同等性を極めて短絡的に推認している。 原判決の右認定は、勤務成績の同等性に関する主張立証の在り方という点において、既に誤りを犯していることは既に控訴人において指摘のとおりであるが、右推認の根拠としていわゆるマル秘文書の形式的文言を挙げている点でも誤りがある。 (二) すなわち、関税局文書として前記の記載のある文書が存在するとしても、その文書中の、現認書等に給与等に最も影響を及ぼす勤務成績不良の事実を証するものが少ない旨の記載について、原判決は、右記載を勤務成績不良の事実が少ないがゆえにそれらを記載した現認書等の数も少ないとの趣旨に解するようであるが、そもそも勤務成績を構成する一要素である「性格、能力、適性」の評価というものは、その性質上、消極的な評価をされ得るような具体的事情等のすべてを現認書等の文書に記録しておくということは、人的、物的に到底不可能なことであり、そしてまた、部下職員の勤務不良状況等が重大な事態に至らない場合においては、管理者は当該者に対し、口頭での注意喚起をもって指導するのが通常であって、逐一現認書を作成するものでなく、現認書の作成の当否は管理者の裁量に委ねられているのであり、現認書が存在しないからといって、執務状況不良の事実が存在しな での注意喚起をもって指導するのが通常であって、逐一現認書を作成するものでなく、現認書の作成の当否は管理者の裁量に委ねられているのであり、現認書が存在しないからといって、執務状況不良の事実が存在しないわけではなく、右事実に関する情報等は勤務評定において当然判定考慮されているのが実情であり、したがって、関税局文書の右記載は、その記載自体の解釈としても、現認書等として存在しているものは、非違行為として処分等の対象になり得るような言動等を記載したものにならざるを得ないという前記実情を記載しているにすぎないものとみることができるのである。 (三) また、東京税関文書中に東京税関の総務部長の発言として「矯正措置を付けただけでは必ずしも成績不良と判定するのは問題だから、成績不良の事実を逐一記録をとっておく必要があるとの意見があった。」との記載があったとしても、原判決がいうように、右記載から、現認書は職員の業務処理あるいは勤務状況等をもその対象としていたと認定するのは、単に会議の一出席者が述べた意見という体裁になっている事項をとらえてあたかも会議での決定事項であるかのように認定するものであり、そのこと自体不当である上、大阪税関において、当然に右のとおりの現認書が作成されているものとして、これを前提に結論を導いているものであって、著しく合理性に欠けるというべきである。これに加え、現認書作成に係る前記の実情をも併せ考えると、原判決は極めて不合理なものといわざるを得ないものである。 (四) 原判決は、また、被控訴人らの勤務実績不良を証する現認書は二例のみと認定しているところ、原判決がいう勤務実績は何を念頭に置くものか定かでないところがある(本来の勤務実績の意味するところは、後記2の(一)のとおりである。)が、それが、勤務時間中の勤務態様にみる勤務成績を意味 いるところ、原判決がいう勤務実績は何を念頭に置くものか定かでないところがある(本来の勤務実績の意味するところは、後記2の(一)のとおりである。)が、それが、勤務時間中の勤務態様にみる勤務成績を意味するものとすれば、その基準に照らして現認書等の記載をみると、被控訴人組合員らの勤務実績に直接影響を及ぼす勤務態度不良の事実が記載されている現認書・報告書が少なからず存在するのであり、それらを整理したものが、別表1「勤務態度不良を示す事実一覧(一)」、別表2「勤務態度不良を示す事実一覧(二)」である。 (五) 更に、原判決は、証人の証言においても勤務実績不良の事実に触れるのは二件だけであると認定しているが、証人P13は、普通昇給でも良好な勤務成績の証明が得られないということで延伸になった人が二人いるとして、被控訴人P9及び同P38について証言したのであって、勤務実績不良の事実は右二件のみであると証言したのではない。原判決の右認定は失当である。 また、控訴人は、被控訴人らの勤務態度について、被控訴人らに関していえることは、総じて執務に際して誠実さと責任感がみられず、同僚、上司との協調性を欠き、国家公務員として国民が期待する平均的な執務態度を持していたものとはいい難いと主張しているところであり、証人P13は、被控訴人らの一般の執務態度について「原告らは例えば欠勤というのが非常に多かったように記憶している。それからまた総じて上司に対して反抗的態度がたくさんあったし、また、当日朝になって電話などで休暇の申出があるとか、あるいは勤務時間の途中から今から休暇がほしいというようなこともあったので、その辺りを執務に際してみると、やはり誠実さとか責任感とかいうものに欠けるようなものがあったように思う、また、上司とか同僚の関係についてみても、協調性というものはやは いというようなこともあったので、その辺りを執務に際してみると、やはり誠実さとか責任感とかいうものに欠けるようなものがあったように思う、また、上司とか同僚の関係についてみても、協調性というものはやはり欠けていると思う。」旨、また、「原告のほとんどは執務時間中にプレートを胸につけるとか、腕章を腕につけるとか、あるいはリボンを服に着用して執務をするということがあったが、これに対して上司から取り外しの命令というものを受けても、これに従わないとか、また、正当な組合活動を妨害するなといったような抗議があったということもあり、また、勤務時間中に長時間、自分の席を離脱して、職場復帰命令が出ても、これに従わなかった人もあったことを記憶している。」旨証言しており、証人P39も「被控訴人P40は三月七日に休暇を取らずに職場を離れて本関の方へ行っていた。」、「被控訴人P40、同P41、同P42、同P43は、いずれも昭和四二年三月二六日朝、安治川出張所の前まで来ていながら、午前中半日の交通ストを理由に、スト解除後出勤して特別休暇の申請をした。」旨、証人P57は、被控訴人P35らの執務時間中の離席、執務態度、始業時の執務不就労等について、それぞれ証言しているものである。 (六) 前記現認書等に記載された事実及び前記証言に照らして考えるならば、勤務実績の意味するところが原判決のいうとおりとしても、原判決が被控訴人らにつき、勤務実績に関する部分について、他の職員に比べると劣るものでなかったと推認したことは明らかに誤りである。 2 原判決は、被控訴人らの勤務実績をうんぬんするが、そもそも原判決には勤務実績の意味するところに誤解があるといわざるを得ない。 (一) 原判決が、勤務成績は、勤務実績(職員が就いている官職の職務遂行基準に照らして判断される実績)と執務に関連して見 、そもそも原判決には勤務実績の意味するところに誤解があるといわざるを得ない。 (一) 原判決が、勤務成績は、勤務実績(職員が就いている官職の職務遂行基準に照らして判断される実績)と執務に関連して見られる性格(積極的、慎重、温和といった言葉で理解されるような個人の置かれた環境に対して示す比較的一貫した情意傾向)、能力(判断力、指導力、企画力といった言葉で理解されるような個人の環境への知的、身体的適応力)、適性(性格、能力その他を総合して見られる特定の職務に対する適、不適)とに分けられるとしている点について特に異論はない。 しかしながら、原判決は、非違行為と出勤状況が、勤務成績の一方の要素たる執務に関連して見られた「性格」、「能力」、殊に「適性」を評価する上でのみ不利に働くとするもののようでもあるが、そうとすると、原判決によれば、非違行為と出勤状況は勤務実績の評価に影響を及ぼすものではないということになり、これは勤務評定の実際の運用に照らして明らかに不合理な判示というべきである。 すなわち、大阪税関職員の勤務評定は、大蔵省本省勤務評定実施規則(昭和四四年大蔵省訓令特第二号)(甲第一一七号証)の規定に基づき実施されているところ、同規則一一条別表第2勤務評定記録書に、評定者が所要の評定を記載するという取扱いになっている。同記録書の勤務実績欄をみると、勤務実績の評定要素の一つとして「責任感」の区分があり、その内容は「自己の職務に対する責任感が十分であったかどうか」を評定するとされており、非違行為と出勤状況に係る評価は、正に「責任感」の区分において考慮される評定要素ということができるのである。 したがって、勤務実績に係る原判決の右判示は勤務評定の実際の運用に照らして誤りというべきものである。 (二) 右の「責任感」という観点からすれば、職員らが、 される評定要素ということができるのである。 したがって、勤務実績に係る原判決の右判示は勤務評定の実際の運用に照らして誤りというべきものである。 (二) 右の「責任感」という観点からすれば、職員らが、自らにとっては勤務時間中ではないという者が含まれていたにせよ、他の職場に赴き、正常な業務運営を阻害するおそれのある行為に及ぶことは、勤務評定に当たりマイナス事情として評価されるもの、また少なくとも、執務に関連して見られた「性格」「適性」という観点からしてもマイナス事情として評価されるものということができるところ、被控訴人らが、右の業務妨害にわたる行為に及んだもののうち、とりわけ主だったものをあらためて掲記すれば別表3勤務時間中の、主な「業務妨害行為例」記載のとおりである。 3(一) 原判決は、被控訴人らのうちには、その出勤状況が非被控訴人組合員と同等であると認定するのが困難な者がいるものといわざるを得ないと認定しながら、被控訴人らの勤務成績のうち勤務実績に関する部分は、他の職員に比べ劣るものでなかったと推認している。しかし、出勤状況は右に述べたとおり、最も端的に勤務実績に反映されるものということができるから、原判決の右認定は誤りというべきである。 (二) 病気休暇については、給与法一四条の三により制度として認められている。 ところで、被控訴人らの出勤状況について、一年のうち一〇日以上の病気休暇の取得状況という観点から、これを経年的に見てみると、人数原告番号四〇年一四一年 〇四二年二 20、29四三年三 20、37、56四四年四 19、20、23、70四五年六 10、19、23、46、52、69四六年八 1、2、10、17、19、46、64、70四七年一三 2、4、6、14、16、17、19、34、46、52 四 19、20、23、70四五年六 10、19、23、46、52、69四六年八 1、2、10、17、19、46、64、70四七年一三 2、4、6、14、16、17、19、34、46、52、56、65、70四八年一五 2、10、16、17、19、20、34、48、52、56、63、65、66、67、70四九年(上半期) 九 2、19、20、26、52、64、65、66、70のとおりであり、年々その取得者数が増加していることが明らかである。 この現象についてであるが、被控訴人組合支部長(当時)P20が、昭和四七年一一月二九日の病気休暇について、理由書の提出を拒否し、理由を明らかにせず、「我々は徐々にこのような取扱いをしなくてもよいようにしていく。」と言明していること、更にその後、病気休暇の理由書の不提出が被控訴人組合員らに広がっていること、総じて被控訴人らの非違行為が増加し闘争が過激になるにつれて、病気休暇取得も増加していることからすると、被控訴人らの病気休暇が果たして正当なものであったか否か自体がそもそも疑わしいといわなければならない。 三以上のとおり、原判決が被控訴人らの勤務実績が他の職員と比較して劣るものではなかったとの推認をすることは誤りというべく、原判決は失当というほかないものである。 第五給与格差等の存在について一組合員からなる集団と非組合員からなる集団との間に、昇任、昇格、昇給の上において、全体的に観察して傾向的な差異があるか否かということは専ら統計的な手法に依拠して判断するものにすぎないから、被控訴人らのいう基準コースなるものが各被控訴人らに対応する同一グループ中の最低値ということの確かな保証は何もなく、このような指標をもって個々の組合員に対する差別の成否を当然に判断し得るものでないことはいうまでもな 準コースなるものが各被控訴人らに対応する同一グループ中の最低値ということの確かな保証は何もなく、このような指標をもって個々の組合員に対する差別の成否を当然に判断し得るものでないことはいうまでもない。 ところで、原判決は、原判決添付の別表1、2について、「被控訴人らの主張する給与格差は、まず、被控訴人組合員らの法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実として、ついで、被控訴人らの給与上の損害の算定根拠として、両様の意味を有する。前者においては、被控訴人組合員らと同期入関者との集団比較において給与格差があったか否かが重要であり、本項においては、専ら右観点から被控訴人らの主張の当否を判断し、後者については、後に損害論において判断することとする。」と、あるいは、「しかし、前記のとおり、本頃で認定、判断する同期入関者個々人の、昇任、昇格及び特昇の時期は、右時期を徴憑事実とすることにより、同期入関者全体と被控訴人組合員らとの間に生じた格差の有無、程度を明らかにする範囲で必要なのであり、被控訴人らが損害論として主張する基準コースの設定根拠としての当否は後に判断するところである。以下、右観点からその限度での各表の正確性を検討し、格差の程度を認定する。」と判示し、被控訴人らのいう基準コースに二面的な意義を認めている。その上で、原判決は、「別表1及び2で主張された同期入関者の給与の推移は、控訴人が反証を必要とするほどには事実と隔たっていないものと判断できる。」、「別表1及び2で主張された同期入関者の昇任、昇格及び特昇の実態並びに給与の推移は、同期入関者全体の昇給等の推移を俯瞰的に把握し、これと被控訴人組合員らとの間に生じた給与格差を判断するとの観点に限定して使用する限り正確であると推認できる。」と認定した。 しかしながら、右認定は誤りである。以下、項 給等の推移を俯瞰的に把握し、これと被控訴人組合員らとの間に生じた給与格差を判断するとの観点に限定して使用する限り正確であると推認できる。」と認定した。 しかしながら、右認定は誤りである。以下、項を改めて、その理由を述べる。 二1 原判決は、原判決添付の「別表1、2中に被控訴人らの不確かな調査あるいは推測により作成されたとしか考えられない部分があることは否定できない。」と自ら判示し、同別表1、2の正確性について疑問を提起しているところである。 2 原判決は「行政職俸給表(一)、等級別標準職務表」(ただし、昭和四三年四月一日現在適用のもの)の規定を根拠に、公務員の等級はその地位、職務と関連付けられて決定される仕組みになっているとし、税関の内部においても、特定の地位と等級は原則として結び付いていると考えてよく、被控訴人組合が右地位と等級との関連を把握していないはずはないということからすると、職員の昇任状況さえ明らかになれば、それに伴い当該職員の等級を把握することはさほど困難と思われないとして、右の点を右別表1、2の正確性に関する判断要素の一つに挙げている。 しかしながら、昭和四四年八月二〇日現在の職員録によると、主任には五等級あるいは六等級の者があり、係長には四等級あるいは五等級、関税警務官、審理官及び保税主任官にはそれぞれ四等級、五等級あるいは六等級、旅具検査官及び保税検査官には四等級あるいは五等級の者がいることが明らかであり、職員の昇任状況が明らかになっても、当該職員の等級を把握することは困難なのである(乙第三二四五号証)。 更に、原判決は、昭和四四年八月以降の時期につき、昇格について、被控訴人組合員らの昇任、昇格の推移によると、主任相当職への昇任は五等級昇格と、課長補佐相当職への昇任は四等級昇格とほぼ連動しているとする。確かに、被控訴 和四四年八月以降の時期につき、昇格について、被控訴人組合員らの昇任、昇格の推移によると、主任相当職への昇任は五等級昇格と、課長補佐相当職への昇任は四等級昇格とほぼ連動しているとする。確かに、被控訴人組合員らの主任相当職への昇任時期についてはほぼ原判決が指摘するとおりであるものの、原判決添付の別表2の被控訴人P56、同P58、同P38、同P59の例を見ても明らかなとおり、課長補佐相当職への昇任時期は四等級昇格とは連動していない。 要するに、特定の地位と等級は結び付いているとの、原判決の認定判断は単なる推測によるものにすぎず、客観的な証拠に裏付けられたものではないのである。 なお、原判決は、昭和四四年八月以降の時期について、五等級への昇格は六等級の九ないし一一号俸からなされているとするが、これを根拠付ける証拠も皆無である。 3 原判決は、原判決添付の別表1、2記載の特昇の状況について、組合分裂前は被控訴人組合が全職員の特昇状況を把握しており、昭和四二年の時点でも被控訴人組合が特昇についての発令通知を入手していることが認められるとし、同年ころまでは被控訴人組合は特昇についての正確な資料を入手し得たと判断できるとし、また、訴取下げ前の原審での原告P11の本人尋問などにより、特昇の運用は、非被控訴人組合員については、勤務年限に応じある程度順送り的に行われていたと認められるとする。 しかし、特別昇給は、そもそも、職員の勤務成績が特に良好である場合に、特別昇給定数の範囲内で、普通昇給期間を短縮して直近上位の俸給月額に昇給させることをいうのであり、これは成績主義に立脚した制度であり、右制度にのっとり運用がなされている旨のP13証人の証言もあるところである。また、昭和四二年ころの特別昇給の実施状況をもって、他の時期の特別昇給の状況を推し量れるといった 績主義に立脚した制度であり、右制度にのっとり運用がなされている旨のP13証人の証言もあるところである。また、昭和四二年ころの特別昇給の実施状況をもって、他の時期の特別昇給の状況を推し量れるといったものではなく、例えば、原判決添付の別表2におけるFグループのP60、P61などの特昇状況を見ても明らかなとおり、特別昇給は勤務年限に応じ順送り的に行われているものではないのである。 4 原判決は、職員の肩章から地位、等級まで判明する部分があるとするが、大蔵省令第五〇号税関職員服制(乙第三〇七五号証)によると、七等級及び八等級の職員、五等級及び六等級の役付職員、本関課長補佐及び同相当職、本関課長及び同相当職はそれぞれ同一の肩章を着用することになっており、必ずしも肩章から正確な等級は判明しない。ましていわんや肩章をもって号俸を知ることは全くできないのである。更に、税関職員のすべてが制服の着用を義務付けられているものではない(乙第三二四六号証)。 5(一) 原判決は、控訴人が、原判決添付の別表1、2のうち同期入関者に関する部分につき認否をしなかったことについて、幾つかの点を挙げて、控訴人の主張する、認否を拒む理由が常に司法上の要請に優位するとも考えられないとし、このような訴訟態度を弁論の全趣旨として考慮すべきであるとし、被控訴人らの主張の信ぴょう性を判断することまで妨げられないとしている。原判決の論理過程を辿って行くと、実質的には、この点が、「被控訴人組合員らと同期入関者との集団比較」という局面に限定するものではあるが、同別表1、2の正確性を肯定する最大の理由となっていると思料される。しかしながら、原判決のこの認定は、著しく一面的かつ皮相的で、到底正当なものとはいえない。次項以下において、その理由を述べる。 (二) まず、原判決は、控訴人が反証活動 理由となっていると思料される。しかしながら、原判決のこの認定は、著しく一面的かつ皮相的で、到底正当なものとはいえない。次項以下において、その理由を述べる。 (二) まず、原判決は、控訴人が反証活動をしなかったことを重視するとともに、これと控訴人の原審における第五準備書面における主張とを対比した上、前述のとおり、「右別表1及び2で主張された同期入関者の給与の推移は、控訴人が反証を必要とするほどには事実と隔たっていないものと判断できる。」との結論を導いているが、この判示は、実質的にみると格差の存在に関する立証責任を控訴人に全面的に転換させるに等しいものであってそのこと自体不当であるし、また、当事者は、本来、時々刻々に変化する裁判所の心証形成の度合いに応じて、いわば中立的普偏的な立場に立って、立証の負担の程度あるいは立証の現実的必要性の変化を読み取るべきものであり、このことを前提とするならば、表面上あらわれた当事者の訴訟活動のいかんが裁判所の心証形成にほぼ決定的に投影することになったとしても止むを得ないという、硬直した訴訟観に陥っているといわなければならない。 しかしながら、当事者の訴訟活動は原判決が想定しているような単純な行動準則に基づいて行われているものではなく、複雑かつ多面的な視点に立って展開されるものである。原判決は、控訴人の訴訟活動の意味を正しく理解していないし、訴訟当事者でない第三者のプライバシー侵害に至るやも知れないことにつきいささかも意に介さないものである。 すなわち、職員の等級号俸の推移は第三者にとっては統計的、計数的意味しか持ち得ないとしても、当該職員にとってみると、それは過去における自己に対する評価、評定の結果であり、換言すれば、その評価、評定の基礎となった過去における勤務状況、学歴、資格、性格、健康状態等々の個人的な 得ないとしても、当該職員にとってみると、それは過去における自己に対する評価、評定の結果であり、換言すれば、その評価、評定の基礎となった過去における勤務状況、学歴、資格、性格、健康状態等々の個人的な歴史でもある。このような性格のものを、しかも入関時の過去にまでさかのぼって公表されることは、当該職員にとっては耐え難いものというべきであろう。更に、本件では、単に公表されるというだけでなく、自己の等級号俸の推移の相当性、すなわち、自己に対する評価、評定が正当かどうか(自己の過去の勤務成績が、当該評価、評定の結果に値するかどうか)という点が被控訴人らとの比較において検討されようとしているのであるから、当該職員らの受ける精神的苦痛は甚大であると思料される。プライバシーの保護の必要性については、例えば、最高裁昭和五六年四月一四日第三小法廷判決において、つとに、P13正己裁判官が補足意見として、「他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであっても、そのもののプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であっても、国や地方公共団体による公開であっても変わるところはない。」と述べているところである。したがって、訴訟当事者が国家公務員法等によって第三者の秘密保持のために守秘義務を負っている場合には、当該第三者が既に秘密保持の利益を放棄若しくは喪失していると見られる特段の事情のない限り、当該第三者に係る秘密は守らなければならないのである。けだし、訴訟当事者の立証上の便宜のため、法によって保護されている第三者の利益が犠牲にされなければならないいわれはないからである。本件において、同期入関者が自 る秘密は守らなければならないのである。けだし、訴訟当事者の立証上の便宜のため、法によって保護されている第三者の利益が犠牲にされなければならないいわれはないからである。本件において、同期入関者が自己の等級号俸の推移について公表されることを了解したというような事情はもとよりないのであって、このような状況の下で、控訴人である国は、人事制度の円滑な運用という要請にも配慮しつつ、公益的見地から訴訟活動を行っているものであり、自らの主張に利することのみを考えて認否、立証活動等を行っているものではない。したがって、控訴人が認否をしないとか、反証活動をしないからといって、そのことをもって、不利益に取り扱うのは著しく不正義であるといわなければならない。 (三) 更に、原判決の掲げるその余の論拠を個別的に検討しておくに、次のとおりである。 (1) 原判決は、昭和四四年度までの職員録に当該職員の等級が記載されていたことを挙げるが、それには等級が記載されているのみであり、号俸が記載されているわけではない。 (2) また、原判決は、昇任について、当該職員の官職は少なくとも職場において明らかであり、秘匿する利益が薄いということを挙げるが、同期入関者の利益保護と人事行政上の適正な運営の確保という二つの理由から、同期入関者の入関の時期、昇給、昇格の時期、等級・号俸についてはこれを公表することはできないと主張しているものの、昇任についての秘匿性はそもそも問題にしていないのであるから、控訴人が同期入関者の昇任状況について原審での昭和五三年一一月一五日付け第一〇準備書面で認否をしたからといって、そのことをもって、あたかも、同期入関者の入関の時期、昇給、昇格の時期、等級・号俸についても認否できない筈はないかのようにいうのは誠に当を得ないというべきである。 (3) 原判決は、 たからといって、そのことをもって、あたかも、同期入関者の入関の時期、昇給、昇格の時期、等級・号俸についても認否できない筈はないかのようにいうのは誠に当を得ないというべきである。 (3) 原判決は、控訴人が原判決添付の別表1、2のうち、同期入関者に関する部分につき具体的認否をしても、当該職員の勤務評定全体が明らかになるわけでもなく、当該職員が税関当局からどのように評価されているかの概略は、当該職員の官職の上下により、職場においてはある程度明らかにされていると考えてよいとする。確かに、官職の上下により、当該職員がどのように評価されているかの概略はある程度明らかになるかも知れないが、そのことと控訴人が具体的認否をするということとは全く別個の意味を有するのである。すなわち、仮に控訴人が具体的認否をするようなことがあれば、それは、自ら同期入関者のプライバシーを侵害するものであるし、また、自らの手によって行政運営、組織運営全般に大きな混乱をもたらすことに他ならず、その結果、評定者と被評定者との間に、ぬぐい難い不信感あるいは対立意識を招くというゆゆしい事態になることを意味するのである。 三以上のとおり、原判決添付の別表1、2をもって主張された同期入関者の昇任、昇給及び特昇の実態並びに給与の推移は、たとえ、同期入関者全体の昇給等の推移を俯瞰的に把握し、これと被控訴人組合員らとの間に生じた給与格差を判断するとの観点に限定して使用するものであっても、到底正確とはいえないものであって、原判決の認定は誤りである。 第六被控訴人らの当審での主張に対する反論等一被控訴人らが、その請求を基礎づける根拠として、繰り返し主張するところは、被控訴人組合員らは誠実に職務を遂行してきたものであること、そしてまた、被控訴人組合員らが、格差に相当する損害として請求している金 訴人らが、その請求を基礎づける根拠として、繰り返し主張するところは、被控訴人組合員らは誠実に職務を遂行してきたものであること、そしてまた、被控訴人組合員らが、格差に相当する損害として請求している金額は、被控訴人組合員らと同期入関者のうち、最低の等級・号俸の地位にある者を基準としてその差額を算出したものであるということである。 すなわち、被控訴人らは、「税関当局にとって扱いにくい労働組合かも知れないが、その組合員は与えられた職務を立派に遂行しており、何らの問題がない。」、「全税関労組員も与えられた職務を何ら問題を起こすことなく遂行している。」、「梅園が、淡々と書く中に秘められている公務への真摯な従事と、違法不当な賃金格差を敢行する右当局への怒りを是非理解していただきたい。」と主張し、また、その請求金額につき、「同時期・同資格で大阪税関に入関した被控訴人組合員ら以外の者から「特別の事情」のある職員を除いた上で、最も昇任、昇格、特別昇給の遅い時点を検討し、これを「最低コース」として設定し、被控訴人らごとの「特段の事実」を考慮して、前述の「最低コース」に必要な調整を加えて「基準コース」を設定し、被控訴人らごとの「特段の事実」を考慮して、前述の「最低コース」に必要な調整を加えて「基準コース」を設定し、そして、この「基準コース」と被控訴人らがそれぞれ実際にたどった昇任、昇格等のコースが格差であると主張した。」、「被控訴人らが格差として主張しているのは、非被控訴人らのうち昇任、昇格、特別昇給が最も遅い者らの等級号俸との差なのである。」、「本訴において請求している金額は複数の同期入関者の最低の等級・号俸の地位にある者を基準にして算出したものである。つまり、全税関労組員以外の職員の最低の者との給与の差額を賠償して欲しい、ということである。」と主張する している金額は複数の同期入関者の最低の等級・号俸の地位にある者を基準にして算出したものである。つまり、全税関労組員以外の職員の最低の者との給与の差額を賠償して欲しい、ということである。」と主張するものである。 しかしながら、被控訴人らの主張する「基準コース」なるものの設定自体、多くの問題をはらみ、被控訴人ら主張の格差を導くに足りるものではなく、また、たとえ、被控訴人らが主張するような格差が昇任、昇格、特別昇給において存在するとしても、それは、被控訴人組合員らの勤務成績等が適正に評価された結果であり、被控訴人組合員らが職務を立派に遂行していたとは到底いい難いところである。この点については、既述したとおりであるが、更に反論を加えておく。 1 最も昇任、昇格、特別昇給が遅い者を基準とする格差の主張について被控訴人らが提出した、原判決添付の別表1「等級号俸推移表」及び同2「昇任、昇格、特別昇給早見表」(以下、それぞれ「別表1」、「別表2」という。)については、①その中で被控訴人らが選定している非原告らは、そもそも非原告らの全員ではなく、また、②被控訴人らは、右のとおり、非原告らのうち「特別の事情」のある職員を除くという扱いをしているが、その「特別の事情」と主張する内容はし意的なものであるばかりか、「特別の事情」の存在やその事情と昇任等が遅れていることの因果関係が何ら立証されていなく、更に、③「最低コース」設定の対象とされた非原告ら(対象非原告ら)について、別表1、同2に記載された等級・号俸及び昇任等の状況と被控訴人らがその設定の根拠であるとして提出した書証には不一致が見られるなど、種々の問題があり、被控訴人らが別表1及び同2をもって主張する格差は、昇任、昇格、特別昇給が最も遅い者らを基準とした格差であるとは到底いえないものである。 2 被控 た書証には不一致が見られるなど、種々の問題があり、被控訴人らが別表1及び同2をもって主張する格差は、昇任、昇格、特別昇給が最も遅い者らを基準とした格差であるとは到底いえないものである。 2 被控訴人組合員らの勤務成績について(一) 被控訴人らは、被控訴人組合員らは与えられた職務を立派に遂行していたと主張し、控訴人が、被控訴人組合員らの勤務実績が他の職員と比べて劣っていたとして主張した事実(本書添付の別表1、同2記載の事実)については、これらはすべて被控訴人組合員らの組合活動に関連するものであり、原判決が問題とした勤務実績に関する事実ではないとし、控訴人は、被控訴人組合員らの勤務実績不良を裏付ける事実を主張できないものとしている。 しかし、控訴人が当審において現認書、報告書などの証拠に基づいて主張した右別表2に掲げた事実のうちには、被控訴人P62がシールパンチを放置した事実、同P37が無断帰宅した事実、同P16が勤務開始時刻を殊更に遅延した事実などを含んでいるのであって、すべてが組合活動にかかわるものとの被控訴人らの主張は失当である。この点はさておいても、そもそも、組合活動に名を借りればすべてが正当化されるというものではないのであって、右別表1、同2に掲げた事実は、いずれも勤務態度不良を示す事実であり、被控訴人組合員らの勤務実績に直接影響を及ぼす事実ということができる。 (二) また、被控訴人らは、被控訴人組合員らの非違行為の程度は軽微なものであり、それらは税関業務に対して具体的な支障を与えるものではなく、抽象的・観念的な公務員の義務違反にすぎず、このことは原判決も認めているものであり、非違行為と判断されるものが勤務成績の評価においてマイナス要素となるとしても、それによるマイナスはごくわずかであると主張する。 しかし、被控訴人らの右 ぎず、このことは原判決も認めているものであり、非違行為と判断されるものが勤務成績の評価においてマイナス要素となるとしても、それによるマイナスはごくわずかであると主張する。 しかし、被控訴人らの右主張は、原判決による、被控訴人組合員らのうちに、本件係争期間中組合活動を理由とした懲戒処分を受けた者はいない等の事実認定をとらえて、主張するもののようであるが、本件係争期間中における被控訴人組合の活動について、次の被控訴人組合員らは、本件係争期間後の昭和四九年一二月二六日、戒告の懲戒処分を受けているのであり、この点からみても、被控訴人らの非違行為の程度が軽微であるとはいえないのである。 ① 被控訴人P20に対する懲戒処分昭和四八年一二月四日の無許可集会で指導的役割を果たしたこと、昭和四九年二月一二日の面会強要及び執務妨害、同年三月七日の面会強要及び欠勤、同月二五日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害、面会強要並びに抗議行動を対象とする。 ② 同P63に対する懲戒処分昭和四九年三月七日の面会強要及び欠勤、同月二三日のビラ貼付、同月二五日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害を対象とする。 ③ 同P9に対する懲戒処分昭和四八年一二月四日の無許可集会で指導的役割を果たしたこと、昭和四九年三月七日の面会強要及び欠勤、同月二三日のビラ貼付、同月二五日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害、座り込み及び庁内集団示威行動で指導的役割を果たしたことを対象とする。 ④ 同P48に対する懲戒処分昭和四九年二月一二日の面会強要及び執務妨害、同年三月七日の面会強要及び欠勤、同月二二日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害並びに欠勤、同月二五日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害並びに庁内集団示威行動で指導的役割を果たしたこと、同月三〇日のビラ貼付及びビ 及び欠勤、同月二二日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害並びに欠勤、同月二五日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害並びに庁内集団示威行動で指導的役割を果たしたこと、同月三〇日のビラ貼付及びビラ撤去作業に対する妨害並びに欠勤を対象とする。 また、被控訴人組合員らの非違行為の税関業務に対する具体的な支障については、右別表1、同2のほか、本書添付の別表3掲記の事実からして、非違行為そのもの、あるいは非違行為を契機として税関業務に具体的支障を招来していることは明らかであり、被控訴人組合員らの個々の非違行為が、国家公務員法等の規定に違反する具体的、現実的な義務違反に当たることはいうまでもないところである。 3 更に、被控訴人らは、勤務成績の評価において勤務実績が重視されるべきであり、執務に関連して見られた性格・能力・適性といった抽象的・漠然とした要素は、判断者の主観・し意が混入しやすく、これを過大に重視することは妥当でないと主張する。 しかし、税関業務の性質からして、これを営業成績のごとく、単純に勤務実績という面からのみの評価をすることは極めて困難といえる上、税関には強力な公権力の行使が認められており、殊に密輸の摘発、検挙、調査処分という、警察、検察権力に類似した権力の行使さえ認められていることからして、税関の業務は高度の公共性を有しているから、税関職員には、厳正な職場秩序の維持と綱紀の保持が強く求められているものであり、したがって、税関職員にあっては、執務に関連して見られる性格・能力・適性という評価要素は、勤務実績とあいまって重視されるべきものなのである。そしてまた、上位の官職については、それがより重視されることはいうまでもない。 二被控訴人らが大阪税関当局の差別意思を示すものとして主張する具体的行為について 1 被控訴人らは、新大 のなのである。そしてまた、上位の官職については、それがより重視されることはいうまでもない。 二被控訴人らが大阪税関当局の差別意思を示すものとして主張する具体的行為について 1 被控訴人らは、新大仏寺における研修につき、その研修の内容は右当局から出席した者の発言で明らかであり、また、その本質が、被控訴人組合に対する切り崩しのための研修会であったことは、新聞報道から明らかであると主張するもののようである。 しかし、研修内容について、被控訴人らの主張を基礎づける証拠としては、被控訴人P35及び同P20の、「聞いた話」としての伝聞供述があるにすぎず、もともとその証拠価値は乏しいものである。しかるに、被控訴人らは、被控訴人P35が、原審において、「私たちが聞いておりますのは、庁舎管理規則は、労働組合にも適用されますよというような話をして、全税関組合員の活動を妨害していくということを、そういう説明をしたんだろうと思います。」と供述しているにすぎないことをもって、会計課長は「庁舎管理規則は労働組合にも適用があり、これでもって全税関労組の活動をおさえていくつもりである。」と話したと主張し、伝聞であり、かつ推測をまじえた事実についてまでも、あたかも真実存した事実の如く主張しているのである。また、被控訴人らが掲げる新聞記事にしても、「全税関労組大阪支部の調べによると」(朝日新聞、甲第二三号証一頁)、「組合の調べによると」(毎日新聞、同号証二頁)と、被控訴人組合からの情報のみに基づく記事を掲載したものにすぎないのであって、何ら客観的な内容を報じたものではなく、被控訴人らの主張を証するに足りるものではないのである。 2 被控訴人らは、また、いわゆるP16問題などにつき、原判決が当局の差別意思に基づくものではないとした判断は誤りであるとして、るる主張する。し 控訴人らの主張を証するに足りるものではないのである。 2 被控訴人らは、また、いわゆるP16問題などにつき、原判決が当局の差別意思に基づくものではないとした判断は誤りであるとして、るる主張する。しかし、以下の事由により、右主張は失当である。 (一) いわゆるP16問題について被控訴人らは、長谷川P17は、昭和四二年一〇月時点で伏木税関支署勤務が七年に及んでおり、遠隔地配転の場合は大体二年で異動する原則からしても、大阪へ転勤し得る条件を満たしていたが、同人が、昭和四二年ころ、夫の被控訴人P16の説得で被控訴人組合に再加入したために、同支署に据え置かれたと主張する。 しかし、右長谷川P17は、昭和三八年一一月一日に同支署で採用されたものであって、昭和四二年一〇月時点では、同支署勤務が四年にすぎないばかりか、遠隔地被配転者にも該当せず(現地採用者である。)、かつまた、別表2によれば、同人は昭和四〇年に被控訴人組合に再加入しているものであり、右の各事実に照らして、被控訴人らの右主張が失当であることは明らかである。 また、被控訴人らが主張する、昭和四三年ころ、大阪税関の総務部長が富山まで出張して長谷川P17に会い、発言したとする内容は、総務部長が一職員に会って、その主張のような発言をしたとすること自体、極めて不自然である上、右の点は、原審においても何ら言及されておらず、全く何の根拠も示されていない主張である。 (二) サッカークラブを除くサークル活動からの排除の主張について被控訴人らは、大阪税関当局が差別意思をもって、ラグビー、剣道、卓球、柔道などのサークル活動から、被控訴人組合の組合員を排除したことは、それぞれの部の部長やマネージャーから、全税関労組からの脱退勧告がされていた事実及びいわゆる東京税関文書の記載事実から明らかであると主張す どのサークル活動から、被控訴人組合の組合員を排除したことは、それぞれの部の部長やマネージャーから、全税関労組からの脱退勧告がされていた事実及びいわゆる東京税関文書の記載事実から明らかであると主張する。 しかしながら、仮に被控訴人ら主張のとおり、マネージャー等から脱退勧告があったとしても、大阪税関においては、サークル活動及び職場レクレーションに多くの被控訴人組合員が加入又は参加していることは、既に指摘したとおりであり、当該事実からして、右当局が、全税関労組の組合員を把握した上、これをサークル活動等から排除するというような事実が存在しなかったことは明らかである。 (三) 現認書体制の問題について被控訴人らは、現認書を作成する体制は、スパイ体制というべきものであり、被控訴人組合に対する不当な攻撃であって、税関当局がこのような現認書体制を敷くようになったのは、被控訴人組合が分裂した後の昭和四二年ころからで、いわゆる東京税関マル秘文書中の、同年四月一一日の部長会議の席上における、関税局総務部長発言などからして、そのことが明らかであると主張している。 しかしながら、控訴人が提出した現認書には昭和四〇年からのものがあり、被控訴人らの右主張が全く根拠のないものであることが明らかである。 また、被控訴人らは、現認書は、右当局の差別意思の最も象徴的なものと主張しているが、税関当局は、原判決も正当に認定するとおり、現認書ないし報告書をもって非違行為の現状を正確に把握し、職場秩序の回復、業務の円満な遂行を図る方策として作成していたものである。そして、そうした観点から、被控訴人組合員らが、国家公務員として、法令を遵守し、職務に専念すべき義務を放棄し、組合活動の名のもとに、業務妨害となることもいとわず、上司の非違行為をやめるようにとの命令などにも従わなかった ら、被控訴人組合員らが、国家公務員として、法令を遵守し、職務に専念すべき義務を放棄し、組合活動の名のもとに、業務妨害となることもいとわず、上司の非違行為をやめるようにとの命令などにも従わなかった事実が記載されているのである。 更に、被控訴人らは、長期間にわたって三〇〇〇点以上にも上る現認書を作成しなければならなかったことを考えれば、当局のいうところの非違行為はやまず、ましてや業務の円滑な遂行に役立ったなどということは考えられないとする。しかし、被控訴人らの右主張が本末顛倒の議論であることは明らかであって、現認書等の作成が三〇〇〇点以上にも上ったということは、被控訴人組合員らが職場秩序の維持や業務の円滑な遂行に全く目もくれず、非違行為を繰り返したことを物語るものであり、被控訴人組合員らが、いかに勤務実績、執務に関連して見られるべき性格、能力、適性に欠けるものがあるかを如実に物語るものなのである。そして、これらのことが被控訴人組合員らの昇任、昇格、特別昇給に影響を及ぼすことは当然のことというべきなのである。 三被控訴人らの附帯控訴に関する主張について 1 被控訴人らは、附帯控訴の理由として、「原判決は、税関長による違法な差別を認定しながら、給与上の格差に差別行為による部分と非違行為等による部分とが混在し、差別格差が格差の内のどの部分かが確定できないとして、給与上の実損害及びそれに対する慰謝料の賠償請求を否定している。しかし、原審において給与上の実損はすべて立証されており、原判決の右部分は誤りである。また、原判決は附帯控訴人ら組合員が職員組合に所属し、活動する権利を税関長による差別取扱いによって侵害されたとして、慰謝料を一律一〇万円認めている。しかし右金額はあまりに低額である。この点でも原判決は誤りである。」と主張する。 そして、原判決 属し、活動する権利を税関長による差別取扱いによって侵害されたとして、慰謝料を一律一〇万円認めている。しかし右金額はあまりに低額である。この点でも原判決は誤りである。」と主張する。 そして、原判決における右の誤りは、基準コースの立証の正確性、勤務成績の同等性の立証の程度、差別による格差の立証、対象外非原告(比較対象からはずされた一般職員)の合理性に関する判示に問題があることに起因するとし、ことに、基準コースの正確性について、原判決の判示するところをるる批判している。 しかし、被控訴人らの右主張は何ら正鵠を得たものではない。以下、詳述する。 2 被控訴人ら主張の基準コースの不正確性について(一)(1) 原判決が、被控訴人らが主張する基準コースの設定根拠としての別表1、同2について、「別表1、2中に被控訴人らの不確かな調査あるいは推測により作成されたとしか考えられない部分があることは否定できない。」とし、その理由として以下の四点を挙げ、右基準コースの正確性に疑問を呈したことに誤りはない。 ① 被控訴人組合がニュース等で発表した資料の事実調査が具体的にどの程度行われたかは明確でない。 ② 分裂後作成されたものについては、職場事情からみて、非被控訴人組合員である同期入関者が、被控訴人組合員らの事情聴取に快く応じたとは考えられない。 ③ 仮に、基本資料のすべてが正確であるとしても、本件で書証として提出されている資料のみでは、別表2は作成できない(昭和四五年以降の昇格、特昇を明らかにする資料はない)。 ④ 訴状の別表第一「原告グループ別等級号俸一覧」(以下「一覧」という。)と別表1との、また、訴状の一覧記載の特昇年月日と別表2のそれとの間に食い違いがあり、その理由が説明されていない。 ところが、被控訴人らは、原判決が挙げた右の理由は、いずれも事実誤認 覧」という。)と別表1との、また、訴状の一覧記載の特昇年月日と別表2のそれとの間に食い違いがあり、その理由が説明されていない。 ところが、被控訴人らは、原判決が挙げた右の理由は、いずれも事実誤認による誤解であって、いずれも根拠たりえないものと主張する。 (2) そこで、まず、被控訴人組合による事実調査の方法等についてみるに、被控訴人らは、「この調査は、各職場では前日には誰が辞令を受けるかは全て判明することから、当日、被控訴人組合員らが、辞令を受ける所長室もしくは部長室付近に待機して、辞令を受けてきた職員全員に当たるという徹底したものであった。また、昇格については、昇任と連動していることから、各職場においては明らかになる事実であったから、被控訴人組合は組合員からその都度情報を収集していた。」と主張し、その調査の正確性を強調する。 (3) しかしながら、被控訴人らの調査の正確性にかかる右主張は措信し難いものである。すなわち、特別昇給の発令については、当日、辞令を受ける職員にその発令を知らせる場合があり、昭和四五年三月一〇日付け支部ニュース(甲第三〇号証の一六)にも「当局は二月下旬、ひそかに特昇を発令しました。全部で二〇名位と推定されます。」と記載されていることからして、前日に発令のすべてが判明するものではないことが明らかである。また、仮に、前日に発令が判明する場合があったとしても、被控訴人組合員らがすべての職場に配属されているとは限らない(被控訴人P10の当審における本人尋問の結果)ことから、被控訴人らの右主張は不合理といわざるを得ない。更に、特別昇給が発令された職員について、被控訴人組合が、昭和四五年七月一一日付け支部ニュース(甲第三〇号証の二八)において、「当局、コソコソと特昇発令、ゴマスリ職制、二組役員に」といった記事を掲載してい 別昇給が発令された職員について、被控訴人組合が、昭和四五年七月一一日付け支部ニュース(甲第三〇号証の二八)において、「当局、コソコソと特昇発令、ゴマスリ職制、二組役員に」といった記事を掲載していることからしても、発令を受けた職員が、被控訴人組合の聞き取り調査の要請に応じることなど考え難いところであり、被控訴人らが主張するように、「被控訴人組合の調査に対し…当局にわからないように調査に応じていたのであり、その結果得られたデーターは極めて正確であった。」とは到底いい難いものである。 この点は、昭和四三年七月二三日付け支部ニュース(甲第二九号証の一)に、「特別昇給が発令されました。七月二〇日のことです。中味は完全なものをまだ掴むことはできませんが…省略…。(表中に間違いを発見されたらすぐ近くの役員に連絡して下さい。)」と記載され、また、昭和四四年二月六日付け支部ニュース(甲第二九号証の三一)の「特昇発令者名簿」に、「敦賀、七尾、富山、伊丹は不明」と記載され、他にも特別昇給の発令時期の支部ニュースに、同様の記事が散見されること(甲第三〇号証の一、一六、二八)などからしても明らかである。 (4) 次に、基本資料による別表作成の可否という点についてみるに、被控訴人らが書証として提出した資料をみると、その大部分は、昭和四四年及び昭和四五年までの昇任、昇格及び特別昇給の発令につき、支部ニュースをもってその一部を断片的に報じたものであり、資料として形の上で整備されたものは、昭和四三年及び昭和四七年の等級号俸が記載された入関年次別大阪税関職員名簿(甲第四六二号証の二ないし一〇)があるにすぎない。また、被控訴人らは、その前提とした資料は、極めて網羅性、信頼性が高いと主張するが、原審における被控訴人ら第二一準備書面第一の九中、「Bグループについては、これまで の二ないし一〇)があるにすぎない。また、被控訴人らは、その前提とした資料は、極めて網羅性、信頼性が高いと主張するが、原審における被控訴人ら第二一準備書面第一の九中、「Bグループについては、これまで対象非原告四名としてきたが、被告指摘の甲第二九号証の三三記載の八名のうち、P64を除く七名を対象非原告とすることとした。P64を除いた理由は、この者については、対象期間中の等級号俸の推移につき詳細不明であったためである。」とし、また、同書面第一の一三中、「Dグループについては、これまで対象非原告一名としてきたが、被告指摘の甲第二九号証の三二記載の一八名のうち、「P65」「P66」「P67」「P68」の四名を対象非原告とすることとした。この四名とした理由は、この四人についてのみ、対象期間中の等級号俸の推移について原告らで把握しており、他は詳細不明であったためである。」としているところであり、被控訴人ら自らその網羅性、信頼性に欠けることを認めているのである。 したがって、被控訴人らが本件で書証として提出した資料のみでは、別表1、2は作成できないものと判示した原判決に誤りはない。 (5) 更に、訴状の一覧と別表1、2との食い違いについては、被控訴人らは、提訴時において十分な精査をする時間的な余裕がなかったことから、一部に被控訴人らの調査資料との照合を誤った部分が混入し、そのため生じたもので、別表1、2は、その後、原審審理中に右照合を厳密に行った結果できたものであるから、正確なものであると主張する。 しかし、別表1、2には、従前被控訴人組合員本人の等級号俸の推移についてすら、全員のそれに誤りがあったものであるが、更に、他の職員の等級号俸の推移についても、昭和四三年及び昭和四七年の等級号俸が記載された前記入関年次別大阪税関職員名簿の等級号俸と別表1の 推移についてすら、全員のそれに誤りがあったものであるが、更に、他の職員の等級号俸の推移についても、昭和四三年及び昭和四七年の等級号俸が記載された前記入関年次別大阪税関職員名簿の等級号俸と別表1の等級号俸の記載との間には、次の職員にかかる記載年のそれに不一致が認められる。そうだとすると、訴状の一覧と別表1、2との間の食い違いが、提訴時に十分な精査をする時間的余裕がなく、被控訴人らの調査資料との照合を誤ったためであるという被控訴人らの右主張は措信し難く、右の食い違いの存在は、別表1、2の記載がそもそも信用するに値しないことを物語るものである。 グループ(Aー )の対象外非原告 P69 昭和四七年グループ(Cー2)の対象外非原告 P70 昭和四三年グループ(Eー )の対象外非原告 P71 昭和四七年グループ(Fー3)の対象非原告 P72 昭和四三年グループ(Gー1)の対象非原告 P73 昭和四七年グループ(Gー1)の対象非原告 P74 昭和四七年グループ(Jー1)の対象外非原告 P75 昭和四七年グループ(Jー1)の対象非原告 P76 昭和四三、四七年グループ(Jー1)の対象非原告 P77 昭和四三、四七年グループ(Kー )の対象非原告 P78 昭和四三年グループ(Kー )の対象非原告 P79 昭和四三、四七年グループ(Mー )の対象外非原告 P80 昭和四七年グループ(Mー )の対象非原告 P81 昭和四三年グループ(Pー )の対象外非原告 P82 昭和四三年グループ(Pー )の対象外非原告 P83 昭和四七年グループ(S′ー )の対象非原告 P84 昭和四七年グループ(Uー1)の対象非原告 P85 昭和四三年グループ(Uー1)の対象非原告 P86 昭和四七年グループ(Uー2)の対象非原告 P87 昭和四七年グループ(Vー 非原告 P84 昭和四七年グループ(Uー1)の対象非原告 P85 昭和四三年グループ(Uー1)の対象非原告 P86 昭和四七年グループ(Uー2)の対象非原告 P87 昭和四七年グループ(Vー )の対象非原告 P88 昭和四七年グループ(Xー1)の対象非原告 P89 昭和四七年グループ(Zー1)の対象非原告 P90 昭和四七年(二) また、被控訴人らが、別表1、2につき、損害としての格差を認定する資料として使用するにおいても十分に正確性が認められるべきであるとして挙げる次の理由も何ら被控訴人らの主張を正当化するものではない。 すなわち、被控訴人らは、① 昇任については、職場で概略明らかであり、控訴人が被控訴人らの主張をほぼ認めていること② 昇格については、昭和四四年八月二〇日までは等級は当局により職員録に公表されていたから真実に合致するし、それ以後については昇任と昇格がほぼ連動しているのみならず、被控訴人組合で独自に調査をしたが、その調査は網羅的で、組合員以外の職員も協力してくれたこと③ 特別昇給については、昭和四二年ころまでは正確な資料を入手していた上、それ以後も組合員以外の職員については、勤務年限に応じてある程度順送り的に行われていたこと④ 被控訴人組合で独自に調査をし、その調査が網羅的であることなどを、被控訴人らの主張を理由づけるものとして挙げている。 しかし、前記(一)の(2)ないし(4)に述べたことに加え、控訴人はそもそも昇任について秘匿性を問題としておらず、非原告の昇任状況を認否したところであるが、昇任が等級と関連づけられ、昇任と昇格が連動しているといったものではないから、その昇任状況が明らかになったからといって、等級が明らかになるとはいえない。また、職員の肩章から正確な等級が判明するものでもなく、特別昇給が、 れ、昇任と昇格が連動しているといったものではないから、その昇任状況が明らかになったからといって、等級が明らかになるとはいえない。また、職員の肩章から正確な等級が判明するものでもなく、特別昇給が、勤務年限に応じ順送り的に行われるものでもない。したがって、昇任と昇格を連動させ、特別昇給は勤務年限に応じ順送り的に行われるという原判決認定のような前提で別表1、2を作成すると、そのこと自体で、別表1、2に誤りが生じることになるのである。 (三) 加えて、昇格について、被控訴人らは、昭和四四年八月二〇日までは等級は当局により職員録をもって公表されていたから真実に合致すると主張するが、なるほど、昭和四四年まで職員録に職員の等級が記載されていたのは被控訴人ら主張のとおりであるものの、その職員録記載の等級と別表1、2の等級については、次のとおりの不一致が見られる。 ① 別表1、2のグループ(Cー1)の対象非原告P91、同P92、同P93、同P94は、昭和四三年七月一日には五等級に昇格したとして、被控訴人P58、同P12、同P95、同P40も、昭和四三年には五等級になるものとし、損害額の算定をしているが、昭和四三年一一月二五日現在の職員録(甲第一二四号証)によれば、右対象非原告四名はいずれも六等級であり、昭和四四年三月二二日付け支部ニュース(甲第二九号証の三四)裏面にも、右対象非原告はいずれも六等級と記載されているのである。なおまた、対象非原告P93は、昭和四四年八月二〇日現在の職員録(乙第三二四五号証)にも、六等級と記載されている。 ② 別表1、2のグループ(Fー1~3)の次の対象非原告らは、昭和四四年七月一日には五等級に昇格したとして、同表中に記載されているが、昭和四四年八月二〇日現在の職員録(乙第三二四五号証)によれば、いずれも六等級と記載されてい ー1~3)の次の対象非原告らは、昭和四四年七月一日には五等級に昇格したとして、同表中に記載されているが、昭和四四年八月二〇日現在の職員録(乙第三二四五号証)によれば、いずれも六等級と記載されている。 P96、P97、P98、P99、P100、P101、P45、P102、P103、P104、P105、P106、P107、P108③ 別表1、2のグループ(Hー )の対象非原告P109は、昭和四四年七月一日には五等級に昇格したとして、同表中に記載されているが、昭和四四年八月二〇日現在の職員録(乙第三二四五号証)によれば、六等級と記載されている。 ④ 別表1、2のグループ(Kー )の対象非原告P110は、昭和四四年七月一日には五等級に昇格したとして、同表中に記載されているが、昭和四四年八月二〇日現在の職員録(乙第三二四五号証)によれば、六等級と記載されている。 更に、職員録に等級が記載されなくなった昭和四五年以降、支部ニュースに昇格者が掲載されたのは、昭和四八年六月九日付けの支部ニュース(甲第三三号証の二四、第一四三号証の九)が初めてであり、「秘密人事の内容バクロ」として昭和四七年の昇格者を発表しているのであるが、同一の内容を掲載した小冊子が書証として提出されている(甲第二一号証)ものの、右小冊子の冒頭に、「今年の五月たまたま大阪税関全職員の「等級号俸表」を入手することができました。」と記載されているにもかかわらず、被控訴人らはその入手したという資料を書証として提出していない。しかも、右小冊子一六頁の「別表、私達が入手した大阪税関職員等級号俸表の一部(昭和二八~三二年入関高卒者)」に記載された次の対象非原告について、右小冊子の等級号俸と別表1の等級号俸とに不一致が見られるところである。 グループ(Jー1)P111、P76、P75、P77グル 部(昭和二八~三二年入関高卒者)」に記載された次の対象非原告について、右小冊子の等級号俸と別表1の等級号俸とに不一致が見られるところである。 グループ(Jー1)P111、P76、P75、P77グループ(J′ー )P112、P113、P114、P7グループ(Kー )P115グループ(Mー )P81、P80(四) また、特別昇給について、被控訴人ら主張の被控訴人組合の聞き取り調査の結果が発表された支部ニュースの記事と別表1、2の記載にも次のとおりの不一致が見られる。 ① 別表1、2のグループ(Dー )の対象非原告P67、同P68は、昭和四三年に二回目の特別昇給をしたとして、被控訴人P116も同じく昭和四三年に特別昇給するとし、その損害額を算定しているが、昭和四四年二月六日付け支部ニュース(甲第二九号証の三一)によれば、右P67、同P68は昭和四四年二月一日特別昇給したと記載されている。 また、次の非原告らは、別表1、2によれば、昭和四三年に特別昇給したとされるが、昭和四四年二月六日付け支部ニュース(甲第二九号証の三一)によれば、昭和四四年二月一日特別昇給したと記載されている。 グループ(Cー1)P117、P57グループ(Fー1~2)P118、P119、P120グループ(Jー1)P121、P76グループ(Sー )P122、P123② 別表1、2のグループ(Uー1~2)の対象非原告P86、同P87は、昭和四六年に特別昇給したとして、被控訴人P124ほか八名も昭和四六年に特別昇給するとし、その損害額を算定しているが、昭和四八年六月一四日付け支部ニュース(乙第三二五三号証)によれば、右P86、同P87は昭和四七年度に特別昇給したと記載されている。 ③ 別表1、2のグループ(Xー1)の対象非原告らは、いずれも昭和三八年四月一日高卒初級の入関者 ース(乙第三二五三号証)によれば、右P86、同P87は昭和四七年度に特別昇給したと記載されている。 ③ 別表1、2のグループ(Xー1)の対象非原告らは、いずれも昭和三八年四月一日高卒初級の入関者とされているところ、被控訴人ら提出の大阪税関職員等級号俸表(甲第四六三号証)によれば、P125も同期同資格入関者となるが、別表1、2にはP125の記載がない。そればかりか、昭和四八年七月一八日付け支部ニュース(乙第三二五四号証)によれば、右P125は昭和四八年七月一七日に特別昇給したと記載されているのである。しかるに、被控訴人らは右P125を除外した上、被控訴人P48、同P126は昭和四七年に特別昇給するとし、その損害額を算定している。また、右P125に比べ入関時期が半期遅れている承継前の一審原告長谷川P17、被控訴人P32、同P127も、昭和四八年に特別昇給するとして、同年からその損害額を算定している。 右書証にみるP125の特昇の時期にかんがみると、被控訴人らの、最低コースの同期同資格者との比較対照という論法によっては、右P48、同P126が昭和四七年に特別昇給するとはいえず、また、被控訴人ら自身、女性であることを考慮している右長谷川P17、同P32にあっては、本件訴訟の対象期間の終期(昭和四九年三月三一日)までに損害が発生したとはいえないはずである。 ④ 別表1、2のグループ(Zー1)の対象非原告P128は、昭和四八年に一回目の特別昇給したとして、被控訴人P129、同P1、同P130も、昭和四八年に特別昇給するとし、その損害額を算定しているが、昭和四九年七月一五日付け支部ニュース(乙第三二五五号証)によれば、「昭和四九年度特昇者名簿」という記事の中に昭和三九年入関のP128の名が記載されている。したがって、被控訴人らの、最低コースの同期 和四九年七月一五日付け支部ニュース(乙第三二五五号証)によれば、「昭和四九年度特昇者名簿」という記事の中に昭和三九年入関のP128の名が記載されている。したがって、被控訴人らの、最低コースの同期同資格者との比較対照という右論法に依拠すれば、前記被控訴人三名には、本件訴訟の対象期間の終期(昭和四九年三月三一日)までに損害の発生はないものといわざるを得ない。 3 対象外非原告設定の不合理性について(一) 被控訴人らは、「対象外非原告」と「最低コースとして挙げられた職員」との区別には理由があり、それについて十分にその根拠を主張し、被控訴人P10本人の供述で、「対象外非原告」の各人につきなぜ対象外とするかについて個別的に詳細な説明を行っており、立証十分であるとする。そして、対象外非原告とした者の理由は、大別すると、長期病休や勤務地が福井などの地方ばかりであったという理由と、元原告であった職員、被控訴人組合の脱退が二、三年遅れた職員、脱退後も第二組合に加入せずに中立を守った職員、あるいは脱退後も被控訴人組合の活動を支援していた職員という二つの理由によるとする。 しかし、「対象外非原告」とされた者について、特別事情の存在及びその事情と昇格、特別昇給が遅れていることとの因果関係が具体的に立証されない限り、その者を比較対象者から除外すべき合理的理由はなく、また、「対象外非原告」とされた者と「対象非原告」との間には、これを細かく検討すると、それらを区別し前者を比較対象から除外するほどの格差は生じていないものである。 (二) これに付加するに、被控訴人らは、別表1、2のグループ(Hー )のP131は、長年地方勤務が続いたため、特昇・昇格の機会が遅れ、対象とする非原告から除外したと主張する。しかし、次に掲げる被控訴人らもまた、家庭の事情等により地方勤務を 1、2のグループ(Hー )のP131は、長年地方勤務が続いたため、特昇・昇格の機会が遅れ、対象とする非原告から除外したと主張する。しかし、次に掲げる被控訴人らもまた、家庭の事情等により地方勤務を希望した結果、本件訴訟の対象期間(昭和四〇年一月一日から昭和四九年三月三一日までの間)の以前及び対象期間中において、それぞれ地方勤務が著しく長いのである。 ① グループ(Cー3)の被控訴人P38は、昭和三四年六月一日から昭和四〇年七月七日までの間及び昭和四四年一〇月一日以降、それぞれ舞鶴税関支署に勤務した。 ② グループ(Eー )の訴訟承継前の原告P132は、昭和二六年一月四日から昭和二八年二月一日までの間及び昭和二九年八月一日以降、それぞれ下津税関支署(支署に昇格する前の出張所を含む。)及び和歌山出張所に勤務した。 ③ グループ(Hー )の被控訴人P37は、昭和四一年八月一五日から昭和四六年一月二〇日までの間及び昭和四八年二月一日以降、それぞれ下津税関支署に勤務した。 ④ グループ(Mー )の被控訴人P133は、昭和四三年一〇月一日以降、福井出張所に勤務した。 ⑤ グループ(Uー2)の元被控訴人P8は、昭和四三年一〇月一日以降、敦賀税関支署に勤務した。 ⑥ グループ(Uー3)の被控訴人P134は、昭和四〇年七月一日以降、和歌山出張所及び下津税関支署に勤務した。 しかるに、被控訴人らは、右被控訴人らが家庭の事情等により自ら希望した結果、地方勤務が長くなっていることを全く考慮に入れず、「対象外非原告」なる者を設けて操作し、自らにとって有利な主張を導いているものである。 なお、被控訴人らは、長期病休の有無や勤務地の違いなどは被控訴人組合が容易に調査可能な事柄であるとしながら、右事実について何ら立証していない。 (三) 被控訴人らは、当該対象外非原告が ものである。 なお、被控訴人らは、長期病休の有無や勤務地の違いなどは被控訴人組合が容易に調査可能な事柄であるとしながら、右事実について何ら立証していない。 (三) 被控訴人らは、当該対象外非原告が、元原告であったこと、被控訴人組合からの脱退が遅れたこと、又は脱退後第二組合に加入せず中立であったことは、被控訴人組合にとっても、大阪税関当局にとっても自明の事実であり、この正確性はいうに及ばないとするが、脱退が遅れたこと及び中立であったことが右当局にとって自明の事実でないことはいうまでもなく、右の事実について、被控訴人組合は結局何ら立証していない。 しかも、被控訴人らは、被控訴人組合からの脱退が二、三年遅れたことなどを「対象外非原告」の理由とするのであるが、別表2の「脱退」欄及び「備考」欄、原審における被控訴人らの主張を子細に見てみると、脱退が遅れたとして「対象外非原告」とされた者として、グループ(Aー )P69 昭和四一年一二月脱退グループ(Jー1)P111 昭和四一年脱退が存在する一方、脱退が遅れているにもかかわらず「対象非原告」とされた者として次の者が存在する。 グループ(Qー ) P135、P136 昭和四二年脱退グループ(S′ー ) P84 昭和四二年脱退グループ(Uー1、2)P137、P138 昭和四二年脱退P139、P140 昭和四三年脱退グループ(Vー ) P141 昭和四三年脱退また、次のとおり、脱退欄にその脱退時期の記載のない者(氏名省略)が存在しているのである。 グループ(Dー ) 2名グループ(Fー1~3) 5名グループ(Gー1) 1名グループ(Hー ) 1名グループ(Jー1) 1名グループ(Kー ) 1名グループ(Sー ) 2名グループ(Zー1) 1名以上のとおり、被控訴人組合からの脱退の時期 グループ(Gー1) 1名グループ(Hー ) 1名グループ(Jー1) 1名グループ(Kー ) 1名グループ(Sー ) 2名グループ(Zー1) 1名以上のとおり、被控訴人組合からの脱退の時期が「対象外非原告」の選別に当たり、いかにし意的にとらえられているかがわかるのである。 そしてまた、脱退が遅れていない(昭和四〇年脱退)にもかかわらず「対象外非原告」とされた者グループ(Pー ) P82グループ(Rー ) P142グループ(Zー1) P143について、被控訴人らが、P82は、「仕事振りについての評判が悪く、また、当時全税関労組員とも親しい関係にあり全税関労組に加入しかけたこともあり、更に、昭和四五年ないし昭和四六年には、一時第二組合を脱退した。」、P142は、「脱退後も原告組合の活動に協力的であった。」、P143は、「脱退後も実質的に被控訴人組合員らと同様の活動をしていた。」などと主張する(ちなみに、右の各事実について、全く立証がないことはいうまでもない。)に至っては、被控訴人らの「対象外非原告」という存在の扱いが、要するに、被控訴人ら主張にとって都合の悪い者を比較対象者から除外したにすぎないことを如実に物語っているということができるのである。 (四) なお、被控訴人らは、被控訴人組合に所属し、組合活動をしたことを理由として差別的取扱いを受けたとし、給与上の損害賠償を請求しているが、別表1、2によれば、次の被控訴人らは被控訴人組合に所属していない時期を含めて損害賠償を請求している。すなわち、① 別表1、2のグループ(Wー )の被控訴人P144は、同表2によれば、昭和四〇年に被控訴人組合を脱退し、昭和四六年に同組合に再加入したとされる者である(なお、同被控訴人が昭和四四年七月当時、大阪税関労働組合に加入していた。)が、右被 訴人P144は、同表2によれば、昭和四〇年に被控訴人組合を脱退し、昭和四六年に同組合に再加入したとされる者である(なお、同被控訴人が昭和四四年七月当時、大阪税関労働組合に加入していた。)が、右被控訴人は昭和四二年から損害額を算定し、請求している。 ② 別表1、2のグループ(Fー4)の被控訴人P59は、同表2によれば、昭和四一年に被控訴人組合を脱退し、昭和四四年に同組合に再加入したとされる者であるが、昭和四二年から損害額を算定し、請求している。 (五) 以上の次第で、被控訴人らによる対象外非原告設定がいかにし意に満ちた不合理なものであるかは歴然としている。 4 勤務成績の同等性の立証の程度について(一) 被控訴人らは、原判決が勤務成績の同等性を立証すべきであると判示するところを非難している。しかし、被控訴人らは、被控訴人組合員各人に対する税関長による差別的取扱いの違法性、被控訴人組合員各人の個別的法益侵害を主張しているのであるから、被控訴人組合員各人の勤務成績がその比較対象者と同等、あるいはそれ以上であることを、被控訴人組合員各人について個別具体的に主張立証すべきであり、原判決が、「原告組合員らが、基準コースに設定された時期に昇格、昇給すべきであったと認められるためには、少なくとも、…最低コースとして挙げられた職員と原告組合員らとの勤務成績が同等であること(原告組合員らの大多数に非違行為等があり、これが勤務成績の評価に全く反映していないとはいえないことは前判示のとおりであることから、ここでの勤務成績は非違行為等の存在を加味したうえで立証される必要がある。)…が立証される必要があると解せられるところ、本件でこれを認めるに足りる証拠はない。」と判示したことは、その判示した限りにおいて正当であって、誤りはない。 (二)(1) 被控訴人らは、「控 がある。)…が立証される必要があると解せられるところ、本件でこれを認めるに足りる証拠はない。」と判示したことは、その判示した限りにおいて正当であって、誤りはない。 (二)(1) 被控訴人らは、「控訴人は、(職員の査定に関する)すべての資料を保管し、非違行為以外の勤務成績についても同等でないことを立証しようといつでもできる立場にあるが、対象非原告の優位性は勿論、被控訴人組合員らの劣性すら何ら主張・立証することはできなかった。」と主張し、そのゆえをもって、被控訴人らの勤務成績の同等性にかかる立証の負担が軽減されるべきであると主張するもののようである。 しかし、被控訴人組合員らが関与した被控訴人組合の活動がいかに違法、不当なものであったか、被控訴人組合員各自がいかにこれにかかわり、また、他にも勤務不良の態度を示したかについては、控訴人においてこれまで詳述しているとおりであり、他方、控訴人が職員の査定に関する資料として有する勤務評定は、これを公表し、かつ、その勤務評定が相当なものであることを控訴人において明らかにすれば、いかに職員のプライバシーを侵害し、人事制度の公正な運営を阻害することになるかは自明のことであって、制度上それらを公表しない取扱いは、訴訟の場においても十分尊重されてしかるべきであり、それらを公表しないことは何ら非難されるべきものではないのである。 よって、本件において、被控訴人らが立証すべき勤務成績の同等性につき、被控訴人らの立証の負担を軽減すべき要因など何ら存在しないものである。 (2) また、被控訴人らは、本件は、甲府地方裁判所平成五年一二月二二日判決(判例時報一四九一号三頁)の事件と全く同種の事案であるとし、右事件において損害の立証の負担の移転を認めたのと同様に、本件でも同様の考慮をして、被控訴人組合員らの勤務成績が最 成五年一二月二二日判決(判例時報一四九一号三頁)の事件と全く同種の事案であるとし、右事件において損害の立証の負担の移転を認めたのと同様に、本件でも同様の考慮をして、被控訴人組合員らの勤務成績が最低コースと同等であったと推認すべき旨主張している。 しかし、右甲府地裁判決の事案は、被控訴人組合員らが非違行為を繰り返した本件事案とは事例を全く異にし、これを同列に論じ得ないものである。 (三) 更に、被控訴人らは、基準コースが、同期の平均ではなく、特別の事情のない最も低位の組合員以外の職員に設定されていることから、被控訴人組合員各人は、それぞれの最低コースと同等の勤務成績であると推認するのが合理的であり、あとは、控訴人の反証に委ねるべきであると主張する。 しかしながら、被控訴人ら主張の低位の、組合員以外の職員なる者の設定自体がし意に満ちたものであり、合理性がないこと、そしてまた、そもそも基準コース設定のための基礎資料が正確とはいえないことは前述したとおりであって、被控訴人らの右主張は前提において失当であり、到底採用できないものである。 また、被控訴人らは、原審において、勤務成績の同等性をその立場上可能な限りで立証し、原判決も勤務実績については同等であることを認定しているのであるから、勤務成績の同等性の立証が不十分として、これを被控訴人らの不利益に課す原判決は不当である旨主張する。 しかし、右の点については、勤務実績の同等性を認定した原判決の判示自体が誤りであることは既に詳述したところである。 5 損害の割合的認定について被控訴人らは、原判決が、給与上の格差には差別行為による部分と非違行為等による部分が混在すると認定していることをもって、原判決は、給与上の損害につき、損害の割合的認定をすることが可能であったと主張する。 しかし、原判決が、 与上の格差には差別行為による部分と非違行為等による部分が混在すると認定していることをもって、原判決は、給与上の損害につき、損害の割合的認定をすることが可能であったと主張する。 しかし、原判決が、給与上の格差には差別行為による部分と非違行為等による部分が混在するとし、右の格差の内のある部分は、当局の差別意思に基づく人事査定の結果であるとした、その判断がそもそも誤りであり、仮に、被控訴人ら主張の給与上の格差が存在するとしても、それは被控訴人組合員らに対する勤務成績等が正当に評価された結果であって、差別行為によるものではないのである。したがって、被控訴人らの主張はその前提において失当であり、本件において損害の割合的認定を介在させる余地はないものである。 仮に、原判決の判示するところに従ったとしても、原判決では「差別格差が格差の内のどの部分かが確定できない。」と判示するものであり、それは、差別格差といえる部分の割合が判断できないことを意味するものであって、差別行為による格差を認定する原判決を前提としても、損害の割合的認定をすることはできないものというべきである。 6 以上のとおりであり、被控訴人ら主張の給与上の損害及び慰謝料にかかる請求は理由がなく、被控訴人らの請求はいずれも棄却されるべきである。 被控訴人らの主張第一はじめに控訴人の当審での主張の要旨は、原判決が、第一に、差別扱いを認定したこと、第二に、差別意思を認定したこと、第三に、給与の格差が差別意思によるものとしたこと、第四に、被控訴人組合に対して慰謝料の支払いを認めたことは、いずれも事実誤認である、ということである。 しかし、被控訴人組合員個人の給与格差の損害賠償請求を認めなかったことの問題点はあるが、原判決に何ら事実誤認はない。 その事由の詳細は後に述べるが、まず、基本 事実誤認である、ということである。 しかし、被控訴人組合員個人の給与格差の損害賠償請求を認めなかったことの問題点はあるが、原判決に何ら事実誤認はない。 その事由の詳細は後に述べるが、まず、基本的な点をあげて、控訴人の主張が当たっていないことと、原判決に何らの問題がないことを述べる。 一いわゆるマル秘文書についてこの裁判で大蔵省関税局マル秘文書と東京税関マル秘文書の占める証拠価値は重要である。関税局と大阪税関当局が、全税関労組と組合員を労働条件、昇任、昇格、特別昇給で差別扱いをしたことは、被控訴人らが証拠として出した右マル秘文書で明白である。 このマル秘文書の成立の点であるが、右当局の用紙を使い、書いてある事項(大蔵省関税局と東京税関当局が主催した会議の討議事項と報告事項と会議に参加した者のメモとが正確に記載してある。)から見て、真正に作成されたものであることは明らかである。関税局主催の会議では本件の裁判対策もしており、それから見ても右当局が作成したものであることは否定のしようがない。これをも知らないというのであれば、関税局という官庁は奇怪なところである。 このマル秘文書が証拠として出てきた時には、関税局と税関当局はさぞや驚いたことでしょう。なにしろ、上席昇任、七級格付け、四・五・六級格付けについて、全税関労組の組合員を「特定職員」と呼んで差別扱いをし、その是正について話し合われていることが、明瞭に記載されているのであるから。 例えば、甲第一八八号証の六の「議題3、特定職員の上席官及び七級格付け等について」と題する文書には、「4、5、6級における一般職員と特定職員の昇格時期については勤務成績が一般職員と比べて遜色のない特定職員は超一選抜として一般の最終選抜に重ね、更に優れている者は一般の第三選抜に重ねることとすることを確認事 6級における一般職員と特定職員の昇格時期については勤務成績が一般職員と比べて遜色のない特定職員は超一選抜として一般の最終選抜に重ね、更に優れている者は一般の第三選抜に重ねることとすることを確認事項としてよいか」となっている。 右の「選抜」とは旧軍隊用語で同期の中から、まず最も優秀な者が一選抜として昇進し、以下順次二選抜、三選抜として昇進することを意味している。 法に定められた四、五、六級昇格要件は、人事院規則九ー八第二条と別表第二の基準表によれば、高校卒入関の場合①、四級の昇格要件は必要年数一二年、在級年数四年②、五級の昇格要件は必要年数一四年、在級二年③ 六級の昇格要件は必要年数一六年、在級二年である。 ところが、マル秘文書の記載内容は、このような法で定められた要件とは別に「特定職員」については、勤務成積が一般職員に比較して平均以上であっても、一般職員の最終選抜(最後に昇格する人)と同時期にし、「特定職員」の中でそれ以上に優秀な人でさえ、一般職員の第三選抜(三番目に昇格する人)と同時期にすることしかないということなのである。 右は一つの例である。一般職員と別に「特定職員」にのみ適用する基準を作成していることは、どう見ても差別扱いではないか。差別意思を持っているからこそ、このような差別扱いをしているのである。 控訴人は、原判決が差別意思を認定したのは事実誤認というが、誤認などは全くしていない。また、差別扱いを認定したことも事実誤認というが、これも当たらない。 右の差別基準によって、被控訴人らは他の職員に比して給与の格差が生じたものであり、控訴人の原判決非難は的外れである。 右にあげたのは一つの例であり、他のマル秘文書にも差別扱いの事実が出ている。 二新大仏寺事件税関当局の全税関労組と組合員に対する差別意思をあらわす大 であり、控訴人の原判決非難は的外れである。 右にあげたのは一つの例であり、他のマル秘文書にも差別扱いの事実が出ている。 二新大仏寺事件税関当局の全税関労組と組合員に対する差別意思をあらわす大阪の例として「新大仏寺事件」がある。 一九七一(昭和四六)年一〇月一一日、一二日の一泊で大阪税関が三重県上野市にある「新大仏寺」において、係長ら職制を集めて「研修会」の名で全税関労組対策の研修を行った件である。この件については、P13人事課長が証言しているが、全税関労組対策をテーマにした、当局の課長らの話があったことを認めている。 1 まず、第一に指摘しなければならないのは、この学習会のやり方が全く不自然である。 ① 出席を指示された係長は全税関労組の組合員を部下に持つものであること。 ② 正式な研修会は出張命令がでるのに、今回は「年休」、「出張」と扱いがばらばらである。 ③ 出席する係長は全員環状線の弁天町に九時一〇分に集合させられ、大阪税関当局のバスで「新大仏寺」に連れていかれた。普通の研修会は各自の交通機関を利用して会場に行くのにである。 2 次に研修会の内容である。 右当局から出席した者は、総務部長、総務課長、会計課長、人事課長補佐、総務課長補佐らである。 総務課長は、「日本共産党と民主青年同盟の活動にふれて、全税関労組員の半分は共産党員であること、放っておくと大変になる。そこで右当局もきっちり対応するが、第二組合もしっかりせんといかん、そうしないと体制が変えられてしまう。」、ということを話している。 会計課長は「庁舎管理規則は労働組合にも適用があり、これでもって全税関労組の活動をおさえていくつもりである。」と話した。そして、夜の懇親会では「中間管理職、係長は仕事よりも全税関労組対策をしっかりやってくれ。」とはっぱをかけている。 用があり、これでもって全税関労組の活動をおさえていくつもりである。」と話した。そして、夜の懇親会では「中間管理職、係長は仕事よりも全税関労組対策をしっかりやってくれ。」とはっぱをかけている。 3 その本質朝日新聞(昭和四六年一〇月二八日)、毎日新聞(同日付)は、「研修会で組合切り崩し」、「新大仏寺でマル生研修」と報道しているが、正に全税関労組に対する切り崩しのための研修会であったのである。右当局は全税関労組を敵視し、その組織破壊を意図して係長らを集めて、当局の方針を訴え、強調したのである。右当局も、やましいと思っていたからこそ秘密に行なっているわけである。職務として正当なことであるなら公然と行うようにすればよいわけである。それとも、この種の秘密の会議も相手が全税関労組であるのなら許されるとでもいうのであろうか。 右当局にとって扱いにくい労働組合かも知れないが、法律的に正当な労働組合である。そしてその組合員は与えられた職務を立派に遂行しており、何らの問題がない。右当局から処分を受けている者もいるが、これは組合活動を違法視したものであり、職務隊行とは直接関係がない。 右に述べたように、その弱体をねらって全税関労組を特別な対象にした対策の会議を開き、職制に対し指示することは差別扱いするものである。 昇格、昇任、特別昇給についても、この差別扱いの最たるものである。 三被控訴人らは、全税関労組員であることを理由に昇格、昇任、特別昇給について差別扱いを受け、同期入関者との間に給与の格差があり、その格差に相当する金員の賠償請求を求めているものである。そして、本訴において請求している金額は複数の同期入関者の最低の等級・号俸の地位にある者を基準にして算出したものである。つまり、 全税関労組員以外の職員の最低の者との給与の差額を賠償して欲しい、とい して、本訴において請求している金額は複数の同期入関者の最低の等級・号俸の地位にある者を基準にして算出したものである。つまり、 全税関労組員以外の職員の最低の者との給与の差額を賠償して欲しい、ということである。その意味において、全くささやかな要求であり、これには十分理由がある。すなわち、第一に、給与の格差の存在であるが、原判決が正当に認定したとおり格差があることは争う余地がないといってもよい。 第二に、右当局が全税関労組の弱体化を意図していろんな差別扱いをし、昇任、昇格、特別昇給も差別扱いし、そのために右の格差が生じたものである。 第三に、その格差を生じせしめた税関長と関税局当局の行為は不法行為に当たり、国家賠償法一条により賠償責任がある。 組合という組織に対する差別扱いは、全税関労組の団結権を侵害するものであり、同じく賠償責任がある。 全税関労組員も与えられた職務を何ら問題を起こすことなく遂行しているのであり、どのようなことをいおうが給与の格差は厳しすぎるといわなければならない。 第二格差の存在一被控訴人組合員と非原告組合員との間で給与格差が生じており、それが一律、おしなべて非原告組合員の最低にもなっていない。同期・同資格者の中位・平均でなくてもよい。せめて一番遅れた職員との格差の給与額相当分を支払ってほしいというものである。 そして、理論的には、大阪税関長は、組合所属を理由として差別してはならない法的義務を負っているものであり、右格差は右税関長の人事権の濫用の結果であるというものである。 被控訴人らは、原審において、具体的な格差を次のとおり主張した。 まず、同時期・同資格で大阪税関に入関した被控訴人ら以外の者(以下「非原告組合員」という。)から「特別の事情」のある職員を除いたうえで、最も昇任、昇格、特別昇給(以下「昇 差を次のとおり主張した。 まず、同時期・同資格で大阪税関に入関した被控訴人ら以外の者(以下「非原告組合員」という。)から「特別の事情」のある職員を除いたうえで、最も昇任、昇格、特別昇給(以下「昇任・昇格等」という。)の遅い時点を検討し、これを「最低コース」として設定した。 次に各被控訴人らごとに大阪税関長の差別がなければ少なくとも得られたであろう昇給・昇格等のコースを求める。その際、被控訴人らごとの「特段の事実」を考慮して、前述の「最低コース」に必要な調整を加えて「基準コース」を設定した。 そして、この「基準コース」と被控訴人らがそれぞれ実際にたどった昇任・昇格等のコースが格差であると主張した。 「特別の事情」により比較対象者から除かれた非原告は、組合脱退が遅かったり、どちらの組合にも加入せず中立を守っている職員であり、このような職員を非原告から除外しておくことは全税関労組員である被控訴人らとそうでない者との格差の存在をより明確にするもので、必要な作業である。 また、対象期間の始期から、既に非原告の「最低コース」の等級号俸とは異なった等級号俸であった被控訴人らの場合は、「特段の事実」があるとして必要な調整を加えたのである。 二賃金格差の内容こうした、非原告組合員の給与の最低と比べて、被控訴人らは更にどのくらいの格別賃金となっているのであろうか。 多い者で同期・同資格入関者と比べ一五パーセントぐらい削られている勘定になる。一か月給与一〇数万円の時代であり、一五パーセントも削られていることは、経済的にみて苦しい生活をしていたことは明白である。 この格差は訴提起のころ(昭和四九年一月ころ)であり、その後格差は年々大きくなっている。賃金格差は経済的な負担を被控訴人らに強いることになるが、他方賃金格差そのものが精神的屈辱感を与えてい ある。 この格差は訴提起のころ(昭和四九年一月ころ)であり、その後格差は年々大きくなっている。賃金格差は経済的な負担を被控訴人らに強いることになるが、他方賃金格差そのものが精神的屈辱感を与えている。そして、昇任・昇格等とかかわるのでその格差を原因とするため屈辱感は深刻である。 こうして格差は、退職金、退職後の年金、それどころか死亡した場合の遺族年金にも引き継がれ、被控訴人らへの経済的、精神的な影響を与えるだけではなく、職場の人間関係をゆがめることにもなるのである。 三格差の存在の立証税関職員の給与は大阪税関長が職員の昇任・昇格等の処分をすることにより決定される。被控訴人らは格差について、これまでに立証を尽くした。すなわち、① 税関職員全体の中で、全税関労組員と他の職員とでは、昇任、昇格、特別昇給において明白な格差があることを主張し、立証した。 ② 次に被控訴人ら各自における昇任、昇格、特別昇給を同期・同資格ごとにグループわけして主張、立証した。 これら格差の立証は、被控訴人らで収集できる書証、作成できる表・グラフ等の作業はすべてしたのである。 ところで賃金格差の立証問題として、勤務成績が他の職員に劣らないかどうかの点がある。本件はこのような点までの個別立証が必要だろうか。 被控訴人らが格差として主張しているのは、非原告組合員のうち昇任、昇格、特別昇給が最も遅い者らの等級号俸との差なのである。一律おしなべて組合員は非原告組合員のうち最も悪い成績の者よりも絶対的に低いのである。 昇任、昇格、特別昇給というのは本来全職員を対象になされた勤務成績を踏まえて行われる。すなわち相対的な成績評価をして下されるはずである。それが、一方の組織に属する者が他方の組織に属する最も成績の悪い者に比べ、全員一律成績がこれに輪をかけて悪いという事実は勤 成績を踏まえて行われる。すなわち相対的な成績評価をして下されるはずである。それが、一方の組織に属する者が他方の組織に属する最も成績の悪い者に比べ、全員一律成績がこれに輪をかけて悪いという事実は勤務成績を理由としては説明のつかぬことである。 したがって、これは差別意思の存在ともかかわるが、賃金格差の立証として勤務成績を持ち出して格差の個別立証の是非を問題にすることは、全くもったいをつける以外のなにものでもない。 仮に百歩譲って、勤務成績について個別立証を問題にするにしても、① 被控訴人らは他の職員に比べ劣るものではないことを陳述書、証言等で主張立証し尽くしており、② しかも、現実問題として年功序列的な運用が慣行として定着しており、③ 更に本件事案が、非原告組合員の最低との格差の問題であることを踏まえると、被控訴人らの個別立証はし尽くされていると見るべきである。 この点は税関当局でさえ、関税局マル秘文書の中で、「当局側は、個別立証として、現認書等を書証として提出するとともに当時の職場の管理者を証人に立てて現認書等記載事実の存在及び原告らの勤務成績不良の事実を補強して立証していくこととしているが、現認書等の大部分は原告らの組合活動に係るもので、給与等に最も影響を及ぼす勤務成績不良の事実を証するものが少なく・・・、このため、証人の証言によりこれらを補強し、裁判官の心証形成が当局側に有利に働くよう努めているが、当時の職場管理者の大部分が既に退職し、現職にあっても退職年齢が近づいているため、証人の適格者の確保が難しい状況となってきている。」と述べているほどである。 四原判決の構成と格差の存在について以上のような原審段階の被控訴人らの主張、立証をみれば、原判決が格差の存在を認定したのは当然であるといわなければならない。 原判決は「給与 いるほどである。 四原判決の構成と格差の存在について以上のような原審段階の被控訴人らの主張、立証をみれば、原判決が格差の存在を認定したのは当然であるといわなければならない。 原判決は「給与格差」は次の二つの意味を有するとしている。 ① 一つは「原告組合員らの法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実」② もう一つは「原告らの給与上の損害の算定根拠として」そして、①は原告組合員らと同期入関者との集団比較において給与格差があったか否かが重要であり、②は損害論において判断することとした。 この原判決の「給与格差」のとらえ方は、国家賠償法一条の構成要件の分析から導かれている。ところで、国家賠償法一条は「・・・故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは・・・賠償する責に任ず」と定めている。つまり国家賠償は「違法な行為」によって「他人に損害」を加えた場合に成立するのである。そして、違法性は「被侵害利益」と「侵害行為」の相関関係において考察されるべきものである。原判決はまず①で、「法的保護に値する利益」として被侵害利益を確認したのである。そして②では故意・過失を、③では因果関係を、④では違法性のうち主に侵害行為の態様を、⑤では不法行為の効果としての損害を、綿密な検討のもとに行っているのである。そして、①の「給与格差」があるかないかの問題は、集団比較に重点をおいて検討し、「勤務成績の同等性」など個別的な問題は、③の「因果関係」や④⑤の「違法性」・「損害」の各要件のところで詳しく検討しているのである。むろん、原判決が①の「給与格差」について集団比較に重点をおいたといっても、被控訴人らが給与格差として主張した原判決添付の別表1、2について、「同期入関者全体の昇給等の推移を俯瞰的に把握し、これと原告組合員らとの間に生じた給与格差を判断する 比較に重点をおいたといっても、被控訴人らが給与格差として主張した原判決添付の別表1、2について、「同期入関者全体の昇給等の推移を俯瞰的に把握し、これと原告組合員らとの間に生じた給与格差を判断するとの観点に限定して使用する限り正確であると推認できる。」と判断していることは、相当程度個別的な観察もしているとみるべきである。けだし、右別表1、2の「最低コース」、「基準コース」は、個別的な検討を加えているからである。そして②の「差別意思」の存在について、勤務実績不良を証する現認書、報告書及び大阪税関当局側証言でも皆無に近いことからすると、「原告組合員らの勤務成績のうち勤務・実績に関する部分は、他の職員に比べ劣るものでなかったと推認すべきである」こと、「非違行為等と格差との間には有意的関連性を認めるのが困難な事例が少なからず存在する」こと、非違行為を頻発しなくなったと認識した後においても差別基準を設置し、かつその是正についても非違行為等との関連は一切議論されず、他からの批判を交わすとの観点のみの議論であること、税関において昇給・昇任、特昇の運用が年功序列的になされていることから、格差の内のある部分は差別意思に基づくものだとしたのである。 また④の違法性についても、被控訴人らの損害請求が「基準コースとの差額」にとどまらないものであり、「差別意思を持った査定が行われ、その結果として同期入関者との間に給与格差が生じたとの事実が主張、立証されれば足りる。」としたのである。 原判決は本件事案に則しながら国家賠償法としての不法行為の要件を深く分析をしていることは間違いないところである。 もっとも「非違行為」の問題を過大に評価し、給与格差のうち「ある部分」についてしか差別意思との因果関係を認めなかったことや、給与格差の損害額を認めなかったこと等は不当で は間違いないところである。 もっとも「非違行為」の問題を過大に評価し、給与格差のうち「ある部分」についてしか差別意思との因果関係を認めなかったことや、給与格差の損害額を認めなかったこと等は不当であるが、判決全体の理論的な構成は極めてオーソドックスであり、常識にかなうものである。 五控訴人の当審での主張に対する反論 1 控訴人は次のとおり主張する。 ① 原判決は、差別意思に基づく何らかの不利益取扱がなされた場合、そのことのみで不法行為が成立し、勤務成績が同等であることは必ずしも要しないという見解に立っていると解する余地があるとし、これは不法行為の解釈として正当でない。 ②「集団に対する差別」と「個人に対する差別」とは成立要件が異なるのに、原判決は「集団に対する差別」の成否という観点からしか判断していない。本件は「個人に対する差別」の成否であり、格差の存否及びその程度は、被控訴人らのそれぞれについて、その同期入関者の全部との比較により判断しなければならない。 ③ 対象非原告としての同期入関者が網羅されておらず、あるいは比較対象外とされた同期入関者もおり、合理的理由がない。 ④ 原判決添付の別表1と別表2の正確性に関する原判決認定に問題がある。 2 しかし、原判決は勤務成績の同等性を要件に位置づけ、検討している。すなわち、原判決は、国家賠償法一条の各要件の中で、その必要性に応じて勤務成績の同等性を吟味、検討を加えているのである。つまり、勤務成績の同等性の問題も、因果関係や、損害の項目で十分すぎるくらい取り扱っているのである。 したがって、控訴人が原判決について勤務成績が同等であることを必ずしも要しない見解だ、などと原判決を批判することはできない。 3「集団に対する差別」と「個人に対する差別」と分けることは誤りである。本件は、原判決が認定していると ついて勤務成績が同等であることを必ずしも要しない見解だ、などと原判決を批判することはできない。 3「集団に対する差別」と「個人に対する差別」と分けることは誤りである。本件は、原判決が認定しているとおり、「当局が原告組合及びその組合員に対し差別意思を有していた」事案である。当局は、集団としての組合に対して差別をし、かつ組合に所属している個人としての組合員にも差別しているのである。集団と個人とも一緒に差別しているのである。したがって、「集団に対する差別」と「個人に対する差別」とを峻別して論じようとする控訴人の論理そのものが成り立たないといわなければならない。 4 原判決は「個人に対する差別」の成否も判断している。 原判決は、格差について、「法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実」と「給与上の損害の算定根拠」の二つに分け、前者は同期入関者との集団比較が重要だとしており(それも相当程度個別的検討がなされている。)、個別的検討は、差別意思、因果関係、損害のところで十分になされているのである(その結論部分に被控訴人らはかならずしも同意できないことは前述した。)。控訴人の主張は、原判決が国家賠償法一条の構成要件を深く分析して論理展開をなしていることの理解を欠いたものだといわなければならない。 5 網羅性と比較対象外の存在について網羅性の問題と比較対象外の存在の点について、原判決は「法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実」としての格差の存否に関し、「被告主張の例外的な事象は仮に認められるとしても判断の妨げにはならない。」としている。つまり、大局を見て判断している。そして、差別意思と違法性の認定のところでは、非違行為等の存在や勤務成績の同等性の主張、立証問題を分析しながらも「格差の内ある部分は差別意思に基づく人事査定の結果」、「税関長の差別意 て判断している。そして、差別意思と違法性の認定のところでは、非違行為等の存在や勤務成績の同等性の主張、立証問題を分析しながらも「格差の内ある部分は差別意思に基づく人事査定の結果」、「税関長の差別意思に基づく人事査定により、原告組合員らの昇給等が遅れ、その結果、格差のある部分が生じたと認定できる。」としている。つまり、例外的事案も取り入れて判断しているのである。これは被控訴人らの主張を全面的に認めなかった点に不満はあるものの、大局を見据えて例外的事案をも加味する手法は、控訴人側から異論を述べられる筋合いのものではない。 6 前記別表1、2の正確性についてこの表の正確性については、後記附帯控訴の理由において詳しく述べるが、ここでは「法的保護に値する利益」に見合う程度に明確であることを述べておく。 既に述べたように、本件で被控訴人らが問題にしているものは、非原告の最低クラスと原告組合員との給与の格差なのである。 被控訴人らは非原告らと比較して、一律おしなべて最低よりも更に低位に押し込められている事実、これが本件の特徴であるし、違法性を基礎づけている事実でもある。 控訴人は、原審で、この事実さえ認否しようとしなかったのである。 したがって、控訴人が、被控訴人らが収集できる証拠はすべて収集し、作成した右別表1、2の正確性について批判する資格はない。しかも原判決は、被告(控訴人)の訴訟における対応の分析からはじまって昇任、昇格、特昇、普通昇給についても個別的、具体的にその正確性を判断している。この点からも控訴人の右別表1、2に対する正確性への批判は当たらない。 第三勤務成績の同等性について一はじめに控訴人は、この点に関する原判決の認定をるる批判しているが、その要旨は、結局、① 原判決が被控訴人組合員らと被控訴人組合員以外の職員(以 当たらない。 第三勤務成績の同等性について一はじめに控訴人は、この点に関する原判決の認定をるる批判しているが、その要旨は、結局、① 原判決が被控訴人組合員らと被控訴人組合員以外の職員(以下「他の職員」という。)と間の勤務実績の同等性を認めた点が誤りである。 ② 勤務成績の同等性に関する主張立証の在り方に対する原判決の考えが誤りである、の二点に尽きる。 以下では控訴人の批判に対して順次反論することにする。ただ、被控訴人らは原判決の勤務成績の同等性に関する部分に全面的に賛同しているわけではなく、評価できる部分と問題の部分とが存在している。そこで、まず最初に控訴人の批判に反論する限度で原判決に対する評価を述べ、その後に勤務成績の同等性に関する被控訴人らの主張と原判決に対する全面的な評価を述べることにする。 二勤務実績の同等性を認めた原判決は妥当である。 1 勤務実績不良の立証に必死だった控訴人の立証活動原判決が被控訴人組合員らの勤務成績のうち勤務実績に関する部分は他の職員に比べ劣るものではなかったと推認したことに対して、控訴人は、右推認は客観的な裏付けを伴わないものであると批判する。しかし右批判はいずれも誤りである。 まず控訴人は、原判決が引用する関税局マル秘文書中の記載(甲第二七五号証の一)についてあれこれ言い訳を述べている。しかし右記載を素直に読むと、① 税関当局が現認書等の書証及び当時の職場の管理職の証言によって被控訴人らの勤務成績不良の事実を立証しようとしていたこと、② 税関当局が現認書等は組合活動に関するものが大部分で、組合活動以外の勤務成績不良の事実の記載が少ないと考えていたこと、③ それを証人の証言によって補強しようとしたこと、④ それにもかかわらず適切な証人の確保が難しく証言による補強が十分できなかったこと、 活動以外の勤務成績不良の事実の記載が少ないと考えていたこと、③ それを証人の証言によって補強しようとしたこと、④ それにもかかわらず適切な証人の確保が難しく証言による補強が十分できなかったこと、という事実が認められる。 原判決は、右記載を一つの根拠に、控訴人が被控訴人らの勤務実績不良を立証する意図の下に原審にて訴訟活動を行ったことを認定している。控訴人は原判決の右解釈が不当であると批判しているが、控訴人が原審にて被控訴人らの非違行為だけでなく勤務実績不良の事実をも立証しようとしていたことは、原審での控訴人の主張・立証の内容から見て明らかであり、控訴人も否定できない事実である。それは何も関税局マル秘文書の右記載があるから初めて原判決が認定したというものではない。ただ関税局マル秘文書の右記載によって、控訴人が内部での会議においてもそのことを真剣に問題にし、右立証にいかに控訴人が苦慮していたかが生々しく明らかにされたことに意味があるにすぎない。したがって、控訴人の右批判は、批判の内容自体誤りであることに加え、批判すること自体意味のない単なる揚げ足とりにすぎない。 2 必死になっても結局勤務実績不良を立証できなかったことの持つ意味(一) 勤務実績不良の立証のために控訴人が提出した証拠はごくわずか原判決が問題としたのは、控訴人が原審にて被控訴人らの勤務実績不良を立証しようとしたにもかかわらず、結局被控訴人らの勤務実績不良の立証に成功するどころか、それを裏付ける証拠の提出すらほとんどできなかった点である。原審での控訴人の主張・立証活動から見ても明らかなように、控訴人は必死になって被控訴人らの勤務実績不良の事実を立証しようとしたのであるが、それにもかかわらず結局控訴人は、被控訴人らの勤務実績不良を裏付ける現認書・報告書は二例しか提出できず、ま なように、控訴人は必死になって被控訴人らの勤務実績不良の事実を立証しようとしたのであるが、それにもかかわらず結局控訴人は、被控訴人らの勤務実績不良を裏付ける現認書・報告書は二例しか提出できず、また、証言で具体的事実に触れるのは被控訴人P9の昭和四一年から同四二年にかけての勤務と被控訴人P38の同三四年の勤務についてのみである。控訴人は、被控訴人組合員らの勤務実績不良を証する現認書・報告書は、原判決が認定している二例以外にも存在すると主張するが、それらはいずれも被控訴人らの組合活動に関連したものであり、勤務実績に関する証拠ではない。また控訴人は、証人P13、証人P39、証人P57が被控訴人組合員の勤務実績不良の事実を証言したと主張するが、右証人の証言はいずれも抽象的なもので具体的事実を挙げて勤務実績不良の事実を証言したものではない。右証言をもって被控訴人組合員の勤務実績不良の事実を証言したとは到底いえない。 控訴人らが被控訴人組合及び同組合員を違法な組合活動を行う集団として敵視し、管理職に被控訴人らの動向を逐一現認書・報告書という形で記録に残す体制を採っていたことは争いのない事実である。そして控訴人は、被控訴人らに勤務実績不良を裏付ける具体的事実が存在すれば控訴人はそれを現認書・報告書という形で記録に残させていたことも争いのない事実である。それにもかかわらず控訴人が被控訴人組合員の勤務実績不良を裏付ける証拠をほとんど提出できなかったということは、そのような事実が存在しない、すなわち被控訴人組合員の勤務実績は他の職員と比べ遜色なかったと考えるのが極めて自然である。 (二) 勤務実績不良を裏付ける現認書が存在しないことの意味は重大これに対して控訴人は、職員の「性格、能力、適性」の評価は具体的事実をすべて現認書等の文書に記録することは不可 が極めて自然である。 (二) 勤務実績不良を裏付ける現認書が存在しないことの意味は重大これに対して控訴人は、職員の「性格、能力、適性」の評価は具体的事実をすべて現認書等の文書に記録することは不可能で、勤務実績不良状況が重大な事態に至らない場合には現認書を作成しないこともある。したがって、現認書が存在しないからといって勤務実績不良の事実が存在しないわけではない。現認書として記録されていない勤務実績不良の事実に関する情報も勤務評定において考慮されている旨主張する。 控訴人が原審で提出した現認書には、リボン、プレートの着用などのおよそ業務に対して何ら具体的な悪影響を与えないような行為まで記載されており、控訴人が、被控訴人組合員の粗探しに必死になっており、他の職員では問題にされないような行為まで被控訴人組合員に対しては問題にしようとしていることは明らかである。そのような趣旨で作成された現認書にすら被控訴人組合員らの勤務実績不良を示す具体的事実が記載されていない以上、そのような事実が存在しなかったと考えるのが自然である。控訴人の右反論は、被控訴人組合員には現認書を作成する程の勤務実績不良の事実が存在しなかったことを自ら認めるものであり、反論になっていない。 (三) 控訴人は当審でも勤務実績不良を裏付ける事実を主張できない。 控訴人は、被控訴人組合員が勤務実績においても他の職員と比べ劣っていたとして、控訴人の主張に添付の別表1、同2の事実を主張しているが、これらはすべて被控訴人らの組合活動に関連したものであり、原判決が問題とした勤務実績に関する事実ではない。結局、控訴人は、当審においても、組合活動を離れた場面において被控訴人組合員らの勤務実績不良を裏付ける事実を主張すらできないのである。 なお、控訴人は、東京税関マル秘文書中の東京税関総務部長 はない。結局、控訴人は、当審においても、組合活動を離れた場面において被控訴人組合員らの勤務実績不良を裏付ける事実を主張すらできないのである。 なお、控訴人は、東京税関マル秘文書中の東京税関総務部長の発言に関する記載に対する原判決の評価を批判しているが、大阪税関当局も東京税関当局同様成績不良の事実を逐一現認書に記録する方針で臨んでいたことは明らかであり、控訴人の批判は単なる揚げ足取りに他ならない。 (四) 勤務実績を含む勤務成績全体の同等性も立証されている。 右に述べたように、原判決が勤務実績の同等性が立証されていると認めたことは結論としては正当である。しかし、原判決が、執務に関連して見られた性格・能力・適性をも考慮した勤務成績の同等性は立証されていないとして、給与格差に基づく損害を否定した点は誤りである。勤務実績を含む勤務成績全体の同等性も立証されており、原判決は、被控訴人らの請求額全額を損害と認定すべきであった。この点は、勤務成績の同等性に関する主張立証の在り方とも関連するため、後述する。 三勤務成績の同等性の主張立証の在り方に対する控訴人の批判は誤り 1 原判決は勤務成績の同等性を要件としている。 (一) 控訴人は原判決の理解を誤っている。すなわち、控訴人は、原判決が「差別意思に基づく何らかの不利益取扱いがなされた場合には、そのことのみで不法行為が成立し、勤務成績等が同等であることは必ずしも要しないという見解に立っていると解する余地がある。」との解釈を行い、その点について原判決を批判している。 しかし、このような原判決の理解は明らかに誤りである。原判決は、給与格差相当分の損害及びそれによる精神的損害に関して不法行為が成立するためには、被控訴人組合員と他の職員との間の勤務成績の同等性が必要との立場に立っている。だからこそ、原判決は である。原判決は、給与格差相当分の損害及びそれによる精神的損害に関して不法行為が成立するためには、被控訴人組合員と他の職員との間の勤務成績の同等性が必要との立場に立っている。だからこそ、原判決は、勤務成績の同等性の有無について詳しく検討し、しかもその立証が損害額の特定のためには不十分だとして給与格差相当分の損害及びそれによる精神的損害について損害の立証を認めなかったのである(勿論、原判決のこの部分については被控訴人らは誤りだと理解しているが、それについてはここでは述べない。)。したがって、控訴人の右批判は全くの曲解である。 (二) 原判決の取った格差の有無の判断手法について控訴人の右批判はその意味が理解し難いが、もし控訴人が、原判決が格差の有無(争点一)の判断において勤務成績の同等性に関して検討を加えていない点を捉えて右のような批判を行っているのであれば、それは原判決の判断の枠組みを理解しない批判である。 原判決は、給与格差の有無の判断(争点一)においては、被侵害利益の存在を一応確認する限度において被控訴人組合員と他の職員との間の給与格差を検討し、それが一応確認された後に、控訴人の差別意思の有無(争点二)、給与格差と控訴人の差別意思との間の因果関係(争点三)、違法性(争点四)、及び損害(争点五)を検討しているのである。 前記第二で述べたとおり不法行為(国家賠償法一条)は、加害行為とそれによって侵害された何らかの被侵害利益が存在しなければそもそも問題とならない。したがって、被侵害利益の確認は不法行為を論ずる上での出発点である。そして何らかの被侵害利益の存在が一応確認された後、加害者に故意・過失があったのか、加害は違法性を有しているか、加害行為と因果関係を有する損害の有無・範囲等が厳密に検討されることになる。このことは、交通事故によ の被侵害利益の存在が一応確認された後、加害者に故意・過失があったのか、加害は違法性を有しているか、加害行為と因果関係を有する損害の有無・範囲等が厳密に検討されることになる。このことは、交通事故による不法行為の有無を判断する際に、最初に交通事故の発生と被害者の死亡・受傷の事実を概括的に一応認定した上で、その後、故意・過失、違法性、因果関係、損害を順次厳密に検討するのと全く同じである。 したがって、争点一の給与格差の有無の判断においては、被侵害利益の存在を一応確認する限度において被控訴人組合員と他の職員との間の給与格差を検討すれば足りるわけであるから、原判決がここでの判断において、概括的判断のための手法として集団比較を行い、個々の職員間の勤務成績の同等性を検討していないのは正当である。勤務成績の同等性は、その後争点三の因果関係及び争点五の損害において検討されるべきものである。 したがって、原判決は、勤務成績の同等性を給与格差相当分に対する不法行為の成立要件としているのであって、控訴人の批判は全くの誤りである。 2 原判決は「勤務成績の同等性」の立証の程度を引き下げていない。 (一) 控訴人の原判決批判は誤った証拠評価・事実認定に基づくものである。すなわち控訴人は、「個人に対する差別の成否という観点からは、各組合員個人とその比較対象者(勤務成績以外の条件において当該組合員と同等である非組合員)の全部を比較する。」必要があるとか、「被控訴人らのそれぞれについて、その同期入関者の全部との比較により判断しなければならない。」などと主張して、原判決が被控訴人組合と他の職員との間の勤務実績の同等性を認定したことに対して、「個人に対する差別の基本的要件の存否の検討が欠落」、「証明の程度を極端に引き下げた。」などと批判している。しかし、控訴人の右批判 控訴人組合と他の職員との間の勤務実績の同等性を認定したことに対して、「個人に対する差別の基本的要件の存否の検討が欠落」、「証明の程度を極端に引き下げた。」などと批判している。しかし、控訴人の右批判は、勤務実績の同等性が原審で立証されていないという控訴人の理解を前提にするものであるが、前記第一で述べたとおり、原審に現れた証拠及び弁論の全趣旨から考えて原判決の認定したとおり勤務実績の同等性はそもそも十分立証されているのであって「立証の程度を引き下げた。」という批判は、その前提自体が誤っている。原判決は、非違行為等を理由に勤務成績の同等性を否定しているが、控訴人の批判するように本当に「証明の程度を極端に引き下げた。」のであれば、原判決はどうしてそのような結論を出したのであろうか。控訴人の批判は事実に反するものである。むしろ被控訴人らは、勤務実績の同等性だけでなく勤務成績全体の同等性も原審において十分立証されていたにもかかわらず、原判決は勤務成績の同等性の「立証の程度を極端に引き上げ」てそれを否定したもので、その意味で不当であると考える。この点については後述する。 (二) 「勤務成績の同等性」では何が立証されるべきか被控訴人らが本訴訟において問題としているのは、他の職員のうち昇任・昇格・特昇の最も遅い者との賃金格差である。したがって、本訴訟において問題となる「勤務成績の同等性」とは、勤務成績の平均的職員との「同等性」ではなく、他の職員のうち最も昇任・昇格・特昇の遅い職員すなわち勤務成績が最も不良の職員との「同等性」である。この点における違いは、同じ「勤務成績の同等性」の立証といっても、立証すべき程度・水準に大きな違いをもたらし、ひいてはその立証の難易の程度にも大きな影響をもたらす。すなわち、被控訴人らは、他の職員のうち勤務成績が最も不良の 「勤務成績の同等性」の立証といっても、立証すべき程度・水準に大きな違いをもたらし、ひいてはその立証の難易の程度にも大きな影響をもたらす。すなわち、被控訴人らは、他の職員のうち勤務成績が最も不良の職員との同等性を立証すれば足りるわけであり、その立証の程度は勤務成績の平均的な職員との「同等性」を立証する場合に比して極めて軽度となる。被控訴人らはこのことをも考えて原審の終盤において、訴えの変更を行ったのである。 (三) 原判決は立証の程度を不当に引き上げている。 ところで、原判決は、この点の違いを十分理解せず、控訴人による非違行為の反証によって、被控訴人組合員と他の職員との勤務成績の同等性が立証されていないと判断している。 原判決も認定したとおり、被控訴人組合員は他の職員と比べて勤務実績において遜色がなく同等と認められる。 また非違行為と原判決が認定した被控訴人らの組合活動は、原判決も認定したとおり、控訴人による違法な組合攻撃に対抗して行われたものであり、非難されるべきは被控訴人らではなく、控訴人である。また原判決が勤務成績の評価に反映させたという被控訴人らの非違行為は、原判決の認定を前提にしても(これ自体に被控訴人は反対であるが)、その程度はすべて軽微なものである。それらは税関業務に対して具体的な支障を与えるものではなく、抽象的・観念的な公務員の義務違反というものにすぎない。このことも原判決自身認めている。原判決が勤務成績の評価に当たってマイナス事情と考えた事由が右のようなものである以上、これらを勤務成績の評価に反映させたからといって、勤務実績が他の職員と同等であった被控訴人組合員らの勤務成績がどうして他の職員の最低より更に下回る結果となるのであろうか。たとえ、被控訴人らの正当な組合活動を原判決の認定のように非違行為と判断し、これを 績が他の職員と同等であった被控訴人組合員らの勤務成績がどうして他の職員の最低より更に下回る結果となるのであろうか。たとえ、被控訴人らの正当な組合活動を原判決の認定のように非違行為と判断し、これを勤務成績の評価に反映させたとしても(勿論、これを違法と判断し、勤務成績の評価においてマイナス要素にすること自体には被控訴人らは反対であるが)、それによって被るマイナスはごくわずかである。それによって被控訴人らの勤務成績が、他の職員のうちで最も勤務成績が不良な職員を更に下回るほど低下することは考えられない。 原判決は、無意識のうちに他の職員のうちで勤務成績の平均的な職員との比較を行ったため、右非違行為によって被控訴人らの勤務成績の同等性が立証されていないと考えたものと思われる。 (四) 成績主義の原則からの要請また成績主義の原則から考えても、勤務成績の評価においては勤務実績が重視されるべきであり、執務に関連して見られた性格・能力・適性という面はあくまで補助的要素にすぎない。成績主義に基づく人事とは、あくまで当該職員が具体的な職務遂行行為によってどれだけ現実に貢献したかに基づいてなされるべきであり、職務に直接影響しない職員の内面的な要素によってなされるべきではない。昇任・昇格・特別昇給という職員の労働条件に重大な影響を与える人事権の行使に当たっては、客観的・具体的な要素である勤務実績こそが重視されるべきであり、執務に関連して見られた性格・能力・適性という抽象的・漠然とした要素は補助的要素にすぎないと考えるべきである。性格・能力・適性といった抽象的・漠然とした要素は、判断者の主観・恣意が混入しやすく、これを過大に重視することは勤務評価を受ける職員間の公正を害する結果となる。 税関長は勤務評価を行い、その結果に基づいて個々の職員の昇任・昇格・特別 とした要素は、判断者の主観・恣意が混入しやすく、これを過大に重視することは勤務評価を受ける職員間の公正を害する結果となる。 税関長は勤務評価を行い、その結果に基づいて個々の職員の昇任・昇格・特別昇給を決定し得るが、税関長に与えられている勤務評価に関する権限は何らの制限のない自由裁量ではなく、あくまで職員の勤務成績を公正に評価し、公正に昇任・昇格・特別昇給を決定する義務がある(公正査定義務)。この点からも、執務に関連して見られた性格・能力・適性という抽象的・漠然とした要素を重視することは妥当でない。 とりわけ本件では、人事権者である税関長自体が被控訴人組合及び組合員に対して敵意を抱き、差別意思を有していたのであるから、そのような意思を有している者が勤務評価を行えば、被控訴人ら組合員に対しては、他の職員では問題にされないような点まで問題とされ、その差別意思が反映して被控訴人らの性格・能力・適性を他の職員より低く評価しているであろうことは経験則上明らかである。 3 原判決は「勤務成績の同等性」の立証責任を転換していない。 (一) 控訴人の原判決批判の誤り控訴人は、勤務成績の同等性の立証責任は被控訴人らにあり、被控訴人はそれを個々的に立証することが必要であるのに、原判決はそれを集団的比較の方法によって概括的に推定しており、これは立証責任を控訴人に転嫁したものであると批判する。 しかし、控訴人は、立証責任の問題と、原判決が口頭弁論に現れた控訴人の訴訟遂行態度等を弁論の全趣旨として考慮し、それと被控訴人らの立証とを総合して「勤務実績の同等性」を認定したことを混同している。 被控訴人らは、被控訴人組合員と他の職員との間に、組合所属を理由とする著しい格差が存在することを立証するために様々な立証活動を行った。これに対して控訴人は、格差は勤務成績 したことを混同している。 被控訴人らは、被控訴人組合員と他の職員との間に、組合所属を理由とする著しい格差が存在することを立証するために様々な立証活動を行った。これに対して控訴人は、格差は勤務成績によるものであり、組合所属を理由とするものではないと主張し、一定の反証を行った。しかし前述のように控訴人による反証は極めて不十分・不合理なものであった。控訴人は被控訴人組合員の勤務成績に関する証拠を多数有しているので、もし実際に被控訴人の勤務成績が他の職員のうちで最も勤務成績不良のものより更に劣るのであれば、それを裏付ける証拠は控訴人に多数あるはずである。しかし、控訴人は、労働組合活動を口実とした非違行為を主張するだけで、原判決の言う勤務実績に関する部分に関しては、被控訴人組合員が他の職員のうちで最も不良な職員よりも更に劣っていることを反証していない。 このような控訴人の立証態度は、控訴人が、被控訴人組合員らの勤務成績が劣っていることの主張立証として被控訴人組合員らの組合活動しか指摘できないことを意味している。すなわち、被控訴人組合員の勤務実績が他の職員より劣っていることを裏付ける証拠がそもそも存在しないということに他ならない。この事実は、被控訴人らの勤務実績の方が他の職員のうちで最も勤務成績不良のものより良好であることを推認させるものである。 このように原判決は右の点を弁論の全趣旨として考慮し、少なくとも勤務実績に関しては他の職員より劣るものではなかったと判断したのである。控訴人が容易であるはずの反証を行わない以上、このような不利益を控訴人に課してもなんら不公平ではなく、またその方が妥当である。 よって原判決が立証責任を転換したとの控訴人の批判は誤りである。 (二) 勤務成績の同等性の立証責任に関する被控訴人らの見解(1) 被控訴人らは勤 もなんら不公平ではなく、またその方が妥当である。 よって原判決が立証責任を転換したとの控訴人の批判は誤りである。 (二) 勤務成績の同等性の立証責任に関する被控訴人らの見解(1) 被控訴人らは勤務成績の同等性を立証している。 原判決は勤務成績の同等性の立証責任を被控訴人らに負担させた上で、勤務実績の同等性は立証されているが執務に関連して見られた性格・能力・適性をも考慮した勤務成績の同等性は立証されていないとして、給与上の格差に基づく損害を否定している。 しかし、勤務成績の同等性の立証責任が被控訴人らにあるとの原判決の見解を前提にしてもなお本件では、勤務成績の同等性は立証されており、立証されていないとした原判決は誤りであり、この点は既述のとおりである。 (2) 本件では勤務成績の同等性は控訴人が立証すべきである。これに加えて、原判決が勤務成績の同等性の立証責任が被控訴人らにあるとした点も問題である。 ある労働組合に所属する職員の集団と、その労働組合に所属しない職員の集団とは、勤務成績とは関係のない労働組合への所属の有無により区分した集団であることから、その集団内での勤務成績の分布は同じようになるのが通常である。したがって、労働組合所属の職員のうちのほとんどは、所属しない職員の中で最も勤務成績不良の者より勤務成績が良好であるのが通常である。 ところが、大阪税関においては、全税関労組に所属する被控訴人組合員の全員が、全税関労組に所属しない職員より昇任等において遅れているのである。非組合員のうちで昇格等が最も遅い者よりも、組合員は更に遅れているのである。この格差のひどさは、全体として低い傾向にあるという程度に止まらず極めて異常である。全税関労組所属の職員とその他の職員との間のこのような著しい格差が存在するという事実は、この事実自体が、全税 ある。この格差のひどさは、全体として低い傾向にあるという程度に止まらず極めて異常である。全税関労組所属の職員とその他の職員との間のこのような著しい格差が存在するという事実は、この事実自体が、全税関労組への所属の有無が昇任・昇格等に対して何らかの影響を与えたことを十分推認させるものである。したがって、このような場合には、格差と差別意思との間の因果関係は事実上推認され、格差が勤務成績等の合理的理由に基づくものであることを人事権を行使した税関長すなわち控訴人の側で立証しなければならないと考えるべきである。 (3) 控訴人が立証すべきことは幾多の裁判例(東京地裁平成二年二月一三日決定〔判例時報一三六三号一四九頁〕、甲府地裁平成五年一二月二二日判決〔労働判例六三四号三五頁〕)からも明らかである。 したがって、本件では、被控訴人組合員らが他の職員のうちで最も勤務成績不良の職員よりも更に勤務成績が劣っていることを控訴人が立証しなければならず、その点につき立証されていない以上原判決は、被控訴人組合員らと他の職員との勤務成績は同等性があると認定し、被控訴人らが請求している給与格差分全額を損害として認めるべきであった。この点で原判決は誤りである。 四因果関係の判断における勤務成績の同等性の位置づけ 1 因果関係において立証されるべき内容給与格差と差別意思との因果関係が認められるために、控訴人による違法な差別が格差の唯一の原因である必要はない。他の原因、すなわち被控訴人らの勤務成績に基づく正当な理由が競合していてもかまわない。すなわち、因果関係において立証されるべき内容は、控訴人の差別意思が格差の形成に何らかの寄与をしていることであり、その程度は問題とならない。寄与の程度は損害額の算定において問題となるにすぎない。このような因果関係の理解の仕方は近時交 るべき内容は、控訴人の差別意思が格差の形成に何らかの寄与をしていることであり、その程度は問題とならない。寄与の程度は損害額の算定において問題となるにすぎない。このような因果関係の理解の仕方は近時交通事故等でも、交通事故と医療過誤や被害者の素因との原因競合に関する裁判においても認められている。 2 原判決に対する評価原判決は、被控訴人組合員らの勤務成績が他の職員と比べ劣っていると認定しながらも、昇任等の格差が非違行為等のみによって説明できないことを根拠に、格差の内のある部分については関税局及び大阪税関当局の差別意思との因果関係を認めている。 原判決が給与格差と控訴人の差別意思との因果関係を認めた結論自体は正当であるが、これまで述べてきた理由からすれば、他の職員のうち最も勤務成績の不良の者と比べて勤務成績が同等以上であることを端的に認めて、「ある部分」という限定を付けず格差全体について因果関係を認めるべきであった。 五損害の判断における勤務成績の同等性の位置づけ 1 勤務成績の同等性は立証されており給与格差の全額が損害である。 原判決は、控訴人の違法な差別による格差と正当な理由による格差とが混在していると認定し、格差のうちどの部分が違法な差別によるか不明として賃金差額相当分の損害を否定している。しかしこれまで述べてきたように、① 被控訴人らの勤務実績は他の職員と同等であること、② 本件で問題とされるべき勤務成績の同等性は平均的職員ではなく最も不良の職員との比較であること、③ 非違行為が勤務成績の評価に占める比重は小さいこと、④ たとえ非違行為を認定してそれを勤務成績に反映されてもなお被控訴人らの勤務成績は他の職員のうち勤務成績が最も不良の職員と同等以上であると考えられること、⑤ 本件では勤務成績の同等性の立証責任は控訴人にありそ 行為を認定してそれを勤務成績に反映されてもなお被控訴人らの勤務成績は他の職員のうち勤務成績が最も不良の職員と同等以上であると考えられること、⑤ 本件では勤務成績の同等性の立証責任は控訴人にありそれが尽くされていないこと、などを考えると、勤務成績の同等性を認定し、被控訴人らが請求している給与格差分全額を損害として認めるべきであった。被控訴人らの勤務実績は他の職員と同等で遜色がなかったのであるから、本来平均的職員との格差が損害であり、原判決のように非違行為を認定しそれをマイナス要素として評価してもそれはわずかな影響しかなく、依然として被控訴人らが被った実際の損害額は、裁判で請求している最低の職員との差額を上回るはずである。その意味で被控訴人らの請求はいわば一部請求である。つまり本裁判で被控訴人らが請求している損害額は、違法な差別により被控訴人らが被った実際の損害額をそもそも下回っているのであるから、被控訴人らが請求している給与格差のうち、どの部分が違法な差別によるもので、どの部分が非違行為によるものかを確定する必要はない。被控訴人らの請求額全額を損害と認定すれば十分である。原判決が被控訴人らの請求している給与格差に差別行為による部分と非違行為等による部分が混在していると考えたのは、被控訴人らの請求が他の職員の最低との格差を問題としているにもかかわらず、無意識のうちに平均的職員との格差であると誤解して判断したためと思われる。 2 損害の割合的認定ないし寄与度による認定もし仮に原判決が判示したように、給与上の格差には差別行為による部分と非違行為等による部分が混在し、差別格差が格差の内のどの部分か確定できないとしても、損害の割合的認定ないし寄与度による認定を行うべきである。 第四いわゆる非違行為と昇任、昇格、特別昇給との関連について一 等による部分が混在し、差別格差が格差の内のどの部分か確定できないとしても、損害の割合的認定ないし寄与度による認定を行うべきである。 第四いわゆる非違行為と昇任、昇格、特別昇給との関連について一被控訴人らの主張と原判決の判断 1 被控訴人らの主張控訴人は、被控訴人組合員らの、同期入関者との比較における、昇任、昇格、特別昇給(以下「昇任・昇格等」という。)の著しい格差について、それは結局、被控訴人らの違法な組合活動、いわゆる非違行為を重ねてきたことによるものである、と主張し、それを裏付けるものとして、二千数百点にものぼる現認書を提出してきた。 被控訴人らは、これに対して、非違行為とその組合員の昇任・昇格等との関係について、調査をした。その結果、非違行為を重ねた、とされている組合員について昇任・昇格等がなされている例がある反面、控訴人自身何らの非違行為の主張もしていない組合員について、昇任・昇格等が全くなされていない例が一、二にとどまらないことが判明した。 被控訴人らは、この具体的事実をもとに、被控訴人組合員らの昇任・昇格等における著しい格差の存在はその組合員らの非違行為によるものだ、という控訴人の主張が、全く根拠を欠くものであることを明らかにした。 2 原判決の判断原判決は、被控訴人らの前記主張を大筋において認めた。すなわち、被控訴人組合員らと同期入関者間に生じた昇任・昇格等の格差を、非違行為等のみによって説明することはできず、右格差のうちのある部分は、関税局及び大阪税関当局の差別意思に基づく人事査定の結果であると推認せざるを得い、と判断した。原判決の判断の要旨はつぎのとおりである。 (一) 勤務実績についてまず第一に、控訴人が被控訴人組合員らについて非違行為であると主張している行為の内容について証拠で明らかにしたものは、す 断した。原判決の判断の要旨はつぎのとおりである。 (一) 勤務実績についてまず第一に、控訴人が被控訴人組合員らについて非違行為であると主張している行為の内容について証拠で明らかにしたものは、すべて組合活動に関するものである。とくに、夥しい数の現認書を見ても、それ以外のものは皆無である。もしそれ以外のものがあるならば、現認書の記載内容は組合活動に限定していないことから、当然控訴人としてはこれを提出しているはずである。現認書や原審の税関当局の証言によっても、一、二の例を除いては、全くそのようなものが提出されていないことからすれば、被控訴人組合員らの勤務実績は、他の職員と比較して劣るものではなかった。 (二) 非違行為と格差の因果関係について次に、被控訴人組合員中、P58外二〇名については、訓告、口頭注意などの処分歴及び現認書に記載されているところの非違行為と、昇任・昇格等有意の関連性が見当たらない。 右の点について控訴人は、非違行為等のマイナス事情は考慮される事情の一つにすぎず、そのほかの在職年数、経験年数、在級年数のほか、被控訴人組合員らのプラス事情の存否、それ以外の人事政策上の諸要素を勘案して総合判断した結果である、というが、その説明によっても右の状況を合理的に説明することはできない。 (三) 組合所属を理由とする不利益取扱いについてまた控訴人は、非違行為に親和的な意識、性格、公務員の基本的義務に対する認識の欠如、服務に関する反規範的態度が昇任・昇格等に影響する、という。しかしこのような考え方は、被控訴人組合員が、同組合に所属しているということによって格差が生じても止むを得ない、とするものであり、これは被控訴人組合が国公法一〇八条の二に規定されている「職員団体」であること、そして職員団体に所属することによる不利益扱いを禁止し ということによって格差が生じても止むを得ない、とするものであり、これは被控訴人組合が国公法一〇八条の二に規定されている「職員団体」であること、そして職員団体に所属することによる不利益扱いを禁止している同法一〇八条の七に違反するものである。 二控訴人の当審での主張とその誤り控訴人は、原判決の右判断について反論をしているが、これを要約すれば、その趣旨は以下のとおりである。 1 勤務実績について(一) 控訴人の主張まず第一の前記原判決判断の(一)の点について、控訴人は、税関当局としては被控訴人らの勤務態度のすべての事情を把握することは不可能である。現認書はそのごく一部にすぎない。現認書などの直接証拠によって立証されたもの以外は不利に評価される事情は存在しない、という原判決の判断は経験則に反する、としている。 (二) 右主張に対する批判現認書によって職員の一挙手一投足のすべてを把握することはできない、というのはまさにそのとおりであろう。しかし、職員について、そのようなことをしなければその能力の判定がなし得ない、とする考え方自体が誤っている。 そもそも被控訴人らは原審において、右当局の行っているこの現認書体制そのものが、職員を四六時中監視する体制いわゆるスパイ体制である、としてこれらを強く批判してきたところである。そして控訴人の右主張は、その現認書によっても全部を把握することはできないのだから、そこに漏れているものもあるやも知れず、したがって、控訴人が現認書によって不利な事情を明らかにすることができないからといって、その職員についてマイナスの事情が存在しない、ということにはならない、というのである。しかし、このことの方がはるかに経験則に反している。すなわち、誰も把握し得ないようなマイナス事情は、そもそもマイナス事情としては存在して の事情が存在しない、ということにはならない、というのである。しかし、このことの方がはるかに経験則に反している。すなわち、誰も把握し得ないようなマイナス事情は、そもそもマイナス事情としては存在していないことと同じなのである(これはプラスの事情についても同じである。)。このような誰にも把握し得ないような事情をもってなおマイナスに評価してもよい、ということは、いい換えれば、し意をもっていかなる評価もなし得る、ということに通ずる。このような議論は到底まともな議論とはいい得ない。 既に繰り返し引用しているのであるが、関税局のマル秘文書の中の、本件訴訟に関する部分の「現認書等の大部分は原告らの組合活動に係わるもので給与等に最も影響も及ぼす勤務成績不良の事実を証するものが少なく」という記載(甲第二七五号証の一、一二枚目)は、当時の当局の考え方を示すものであり、これは原判決の右判断の趣旨とも合致する。 ところが控訴人の右主張は、そのようなものがなくても不利な事実はあるかもしれないから不利に扱ってもよい、というのであり、これこそ経験則に反する暴論といわなければならない。 2 非違行為と格差との因果関係について(一) 控訴人の主張前記の原判決の判断の(三)について、控訴人は次のように主張している。すなわち、原判決がいうような非違行為と格差の関係は、非違行為と懲戒処分のような直接の対応関係があるべきだという考えは誤っている。非違行為と格差との問題については明確な外形上の対応関係が生じる必然性はない。それは昇任・昇格等は、非違行為の有無だけによって決まるものではなく、職員の勤務実績、性格、能力、適性、職員の勤務における言動の一切を資料として評価するものであって、非違行為はそのうちの一つにすぎない、としている。 (二) 右主張に対する批判ところで、控 はなく、職員の勤務実績、性格、能力、適性、職員の勤務における言動の一切を資料として評価するものであって、非違行為はそのうちの一つにすぎない、としている。 (二) 右主張に対する批判ところで、控訴人は、被控訴人組合員らと他の同期・同資格入関者との間に生じている著しい格差の存在について、もしそのような格差が生じているとするならば、それは被控訴人らが違法な組合活動、すなわち非違行為を繰り返し、職場の秩序と規律を乱してきたからであり、そのような行動について勤務評定の上で不利益な評価をされたからである、と力説強調してきた。 そして更に、控訴人は、違法な組合活動を行った組合員に対して、昇任・昇格等においてこれを評価要素とすることは当然許される、被控訴人組合員らは、かねてから違法な組合活動を行ってきていたから昇任・昇格等において相対的に不利に取り扱われても止むを得ない事情が存在した、その結果として昇任・昇格等において格差が生じたとしてもそれは、勤務成績等が適正に評価された結果であって、文句をいわれる筋合いのものではない、という趣旨のことをくだくだと述べている。 現実の問題として、被控訴人組合員らの昇任・昇格等が、右の控訴人の説明のとおり、非違行為とされるものの数の多い者が、更には譴責等の処分を受けた者が、そのような非違行為とされるものをしていない、あるいは皆無の者に比して昇任・昇格等が遅れている、そうした非違行為のない者は他の同期・同資格入関者と同等に昇任・昇格等が行われてきた、というのであれば、その内容の是非は別としても控訴人の説明は一応筋が通っている。ところがそうなっていないからこそ、被控訴人らも原判決もその点を問題にしているのである。 これについて控訴人は、「昇任等の判断においては、非違行為等のみが考慮されるのではなく、勤務成績その他の る。ところがそうなっていないからこそ、被控訴人らも原判決もその点を問題にしているのである。 これについて控訴人は、「昇任等の判断においては、非違行為等のみが考慮されるのではなく、勤務成績その他の事情が総合的に考慮されるのであり、この勤務成績は、勤務実績及び性格、能力、適正を、職員の執務に関連するあらゆる言動等を資料として評価するものであり、非違行為等はそのうちの一つの資料として位置づけられるべきものである。」ということであり、したがって、過去に非違行為がないのに昇任等をしていないとか、非違行為があるのに間もなく昇任している、などといってみてもそれは、人事考課の制度の本質に即した議論ではなく、無意味だ、というのである。そうであれば、総合的評価の一つの事情にすぎない非違行為について、何故に控訴人は、原審において二千数百点にも上る現認書を提出し、更に当審においてもなお、追加して現認書を提出し、加えて一八〇頁にも及び被控訴人らの「非違行為」に関する膨大な資料を提出してきたのか、ということになる。 控訴人が、非違行為がないのに昇任・昇給等をしない例がある反面、それがあってもなお昇任・昇格等がなされている例があるという事実について、これを議論することは意味がない、などということは、結局控訴人はこのことについて、合理的な説明をなし得ない、ということを自ら告白していることに他ならない 3 組合所属を理由とする不利益扱いについて(一) 控訴人の主張前記の原判決の判断の(二)の点について、控訴人は次のように主張している。 すなわち、原審においても被控訴人組合員らが同組合に所属しているが故に不利益に取扱われても止むを得ない、などと主張していない。職場秩序を乱す違法行為を繰り返す職員について、それは不利益に評価される、ということを別の角度から述べたものに らが同組合に所属しているが故に不利益に取扱われても止むを得ない、などと主張していない。職場秩序を乱す違法行為を繰り返す職員について、それは不利益に評価される、ということを別の角度から述べたものにすぎない。国公法一〇八条の七は、職場秩序を乱し、あるいはこれに同調しているか否かを評価要素とすること禁止しているものではない、と主張している。 (二) 右主張に対する批判控訴人は右のように、被控訴人組合員らの組合所属を理由として不利益な取扱いをしたことはない、と主張しているのであるが、原判決の指摘している元被控訴人P8に関する控訴人の原審での主張をみれば、到底控訴人の右主張のようには窺うことはできない。 控訴人は右の部分で次のように述べている。「原告P8は、本件係争期間中、昭和四四年から同四六年までの間を除き、原告組合の組合員であり、そのことからすると・・・原告組合の過激かつ不当な闘争方針及びこれに基づく組織的、集団的非違行為を支持、同調し、・・・公務員の服務規律に違反することになっても構わないとする独善的かつ偏向的な考え方を保持し、・・・服務に関する反規範的態度を保持していたものと認めざるを得ない。」、「これは同原告の勤務成績におけるマイナス事情であり、人事上不利に処遇される要因となるべきものである。」そして、右の点は元被控訴人P8に限られたものではなく、被控訴人組合員らのすべてに共通していることであるとしている。すなわち、控訴人は、「(組合の)構成員であるというところの被控訴人らもまた同一の信念(組合活動であれば、税関業務の正常な運営を阻害し、職場秩序を乱し、公務に対する信用を失墜させる行為でも正当化されるという信念)を共有するものと推定されても止むを得ないのであって、原告らは、右信念に基づくその活動方針及び組織的、集団的違法活動を し、職場秩序を乱し、公務に対する信用を失墜させる行為でも正当化されるという信念)を共有するものと推定されても止むを得ないのであって、原告らは、右信念に基づくその活動方針及び組織的、集団的違法活動を支持し、同調していたものと推定せざるを得ない。」、被控訴人組合員らは、本件訴訟において「当局の対応をすべて不当な組合差別、不当労働行為であると主張しているのであるから、右のような信念を共有し、かつこれに基づく原告組合の活動方針及び組織的、集団的違法活動を支持し、同調していたものであることは優に認定できるところである。」、「これらのいわば被控訴人ら各自にかかわる個人的事情は、・・・被控訴人各自の勤務成績の評価におけるマイナス事情となるべきものである。」と述べている。 これは、まさしく被控訴人組合員らのうち全く非違行為がないにもかかわらず、なお昇任・昇格等において著しく差別を生じさせられていることの理由が、被控訴人組合に所属していることにある、ということを明確に述べているものである。 控訴人が、当審においていかに言い繕ってみてもこれを打消すことはできない。 すなわち、控訴人は、非違行為という具体的行動(そのことの是非はおくとして)ではなく、被控訴人らが有している信念とか支持、あるいは同調といったものを問題としているのであって、これらはいずれも内心の意思の問題である。しかもそれらの信念などについては、これら被控訴人組合員らが積極的に表明したというのではなく、被控訴人組合に所属して前記の控訴人の述べているようなことに積極的に反対した節が窺われないから、それを有していた、と推認される、というのである。これはまさしく何ら非違行為をしていない被控訴人組合員について、その者が同組合に所属していることを唯一の理由として不利益な取扱いをしていることを認めている 有していた、と推認される、というのである。これはまさしく何ら非違行為をしていない被控訴人組合員について、その者が同組合に所属していることを唯一の理由として不利益な取扱いをしていることを認めていることに他ならない。 原判決も指摘しているように、被控訴人組合は、国公法一〇八条の七に定められたところの法律上保護を受ける労働組合である。労働組合である以上、具体的には賃金、労働時間、更には勤務地、休暇、休憩時間等のすべての労働条件についてその維持向上をめざして税関当局に要求し、その実現のためにさまざまな行動をすることは、労働組合として当然の使命である。労働組合がそのような活動を展開することは、その相手方である当局としては愉快なことではないかもしれない。しかし、当局としてはそれを受忍すべき義務がある。それが憲法二八条の要請である。 仮に違法な組合活動があったとしても、それは被控訴人組合の活動の一部にすぎない。ところが控訴人の前記主張は、被控訴人組合の活動は一から十までそのすべてが違法活動である、と断定し、あたかも違法集団であるかの如き言辞をなしているのであって、これこそまさに原判決の指摘しているように、国公法一〇八条の七の「趣旨、経緯を全く理解しないもの」である。そして、このような考え方のもとになされた人事査定こそ、まさに差別意思に基づいてなされたものといわなければならない。 第五差別意思の存在と組合活動一はじめに原判決は控訴人の被控訴人らに対する差別意思に関して、「関税局及び大阪税関当局は、全税関労組及び原告組合員を一貫して敵視・嫌悪し、原告組合員らに対し、差別意思に基づく取扱いを行ったものと認めてよい。」と判断し、更に被控訴人らに生じている格差についても「税関長の差別意思と格差のある部分については、因果関係を肯定し得るというべきで 組合員らに対し、差別意思に基づく取扱いを行ったものと認めてよい。」と判断し、更に被控訴人らに生じている格差についても「税関長の差別意思と格差のある部分については、因果関係を肯定し得るというべきである。」と正しく判断している。 これに対して、控訴人は差別意思を頑強に否定し、格差が生じているのは「職場秩序・職場規律を乱し正常な業務運営を阻害する恐れのある違法な組合活動を実行・支持し、同調していたものであることが認められるのであり」、「昇任などに格差が生じたとしても、勤務成績等が適正に評価された結果であって、なんら差別意思によるものではない。」との主張をしている。 しかし、控訴人の右主張は全く虚偽のごまかしの主張といわざるを得ない。 二組合攻撃の形態 1 組合破壊の手口我々はこれまで、俗に「強い」と評価される労働組合が雇主によって攻撃をされ、消滅させられたり、骨抜きにされたり、あるいは弱体化させられていくのを数多く見聞してきているが、雇主による組合破壊攻撃の手口はいつでもどこでも大体共通しているのである。 組合破壊を実行する際に、雇主は多くの場合に「過激すぎる。」、「偏向した幹部に牛耳られている。」、「アカの組合だ。」などの宣伝をし、雇主の意を受けた組合員グループを組合執行部に送り込んで「弱い」組合へと体質を変革しようとする。この体質変革に失敗し、あるいはこれが不可能と判断した場には必ず組合の分裂を策動してくるのである。この分裂策動にあたっては、前記の宣伝も激しく行われると同時に、脱退しなければ様々な不利益を受けるぞとの脅し、逆に脱退すれば有利に扱われるとの利益誘導が行われる。脅しと利益誘導は単なる言葉だけでは効果はないのであるから、必ず実行される。脱退に応じない組合員に対しては、誰もが嫌がる遠隔地や不便な職場への配転がなされ、ある 有利に扱われるとの利益誘導が行われる。脅しと利益誘導は単なる言葉だけでは効果はないのであるから、必ず実行される。脱退に応じない組合員に対しては、誰もが嫌がる遠隔地や不便な職場への配転がなされ、あるいは誰もが嫌がる職種やその労働者のプライドを損なう職種への配置変えが行われたりもする。脱退をしない組合員に対しては様々な理由をつけての処分が行われ、給与を低く押さえる措置が採られる。不便な土地への配転や給与の差別は、当該組合員のみならず、その家族の生活にも甚大な影響を与えるために、その効果は非常に大である。逆に脱退した組合員に対しては優遇措置が採られる。組合の分裂が実現すると、従前の第一組合の影響力が他に及ぶことのないように組合員の隔離が図られ、職場内のサークル活動に対する干渉や、宿舎や職場においても特別の配慮がされるのである。また、社員教育が強化され、特に新入社員が第一組合に対して偏見を抱くように新人教育が実施されるなどして、再び第一組合が力を回復しないように対策が講じられ、同時に第二組合に対する育成策も採られるのである。また、第一組合の特に職場内での組合活動に対しては制約を加えて妨害し、第一組合からの団交要求に対しては極力これに応じず、雇主側の不当労働行為が団交の場で追求されるのを回避しようとするのである。 2 組合攻撃は組織的に遂行される。 このような多様な組合破壊の手段は、個々の職制が自己の勝手な判断で、勝手に実行できるものではない。職制の個々の判断で行われたのでは実行する職制や実行しない職制、また、その程度にも矛盾が生じ、それでは効果が少なく、組合破壊の目的を達成することができないのである。その目的を効果的に達成するためには必ず、組織的・統一的に計画し、実行され、また、必要に応じてその成果の点検が行われ、更に新たな対策が実行に移さ く、組合破壊の目的を達成することができないのである。その目的を効果的に達成するためには必ず、組織的・統一的に計画し、実行され、また、必要に応じてその成果の点検が行われ、更に新たな対策が実行に移されていくのである。 三マル秘文書に見る差別意思 1 関税局主導による全税関労組差別税関の職場において、被控訴人組合を破壊するための様々な方策が、控訴人によって計画され、かつ、実行された。このことは、東京税関及び関税局の諸会議の議題・内容を記した秘密文書(いわゆるマル秘文書)によっても極めて明白であり、原判決もまたこの文書の内容を重視しているところである。 「東京税関のマル秘文書」は昭和四二年から大部分が同四四年までの間に開催された幹部会議・部長会議・部課署所長会議・支署長出張所長会議などの議事録であり、「関税局のマル秘文書」は同五八年から同六一年までの間に開催された税関長会議・税関総務部長会議の議事録である。被控訴人らが入手して証拠として提出したものが、右各期間における東京税関及び関税局の各会議の全部の議事録であるかどうかは不明である。しかし、右期間中に他にも、全税関労組対策が論議された会議があっても、全然不思議ではない。また、右以外の時期においても全税関労組対策のための多くの会議が開催されていることは確実である。また、東京税関においてこのような会議が開催されているということは、大阪税関においても同種会議が開催されていると理解するのが常識であろう。 現在、東京・横浜・神戸の各税関が、それぞれの全税関労組員に対して差別をしているとして、損害賠償請求裁判が継続している。これらの三税関では昭和三八・三九・四〇年の接着した時期に組合の分裂が発生し、そして、大阪におけるのと同じころに、同様に全税関労組員に対して集中的に遠隔地への配転がされ、宿舎への 判が継続している。これらの三税関では昭和三八・三九・四〇年の接着した時期に組合の分裂が発生し、そして、大阪におけるのと同じころに、同様に全税関労組員に対して集中的に遠隔地への配転がされ、宿舎への入居差別、サークル活動からの排除、そして、昇任・昇格等の差別などがなされて、全税関労組員は低い職位にとどめ置かれ、給料も低くされてきたのである。 このような東京・横浜・神戸・大阪などの各状況、更に両マル秘文書の記載内容からみても、関税局を中心として全税関労組破壊のための対策が練られ、その実行が討議され、また、各税関の状況が報告されて、更にその時の状況に応じた対策が論議されていったと見るべきである。そして、東京は勿論、大阪・横浜・神戸などの各税関ごとに幹部会議・部長会議などの会議が開かれて関税局の方針・方策の伝達、その具体化のための手段等の論議が行われて、全税関労組を破壊するため差別の方策が実行されていったのである。 関税局の主導によって行われない限り、四つの税関において接着した時期に組合が分裂し、そして、同じような全税関労組差別の方策が同時期に共通して発生するなどということはあり得ないことである。この状況からだけみても、控訴人の差別意思は明確であるというべきである。 2 全税関労組員への隔離政策東京税関及び関税局の二つのマル秘文書の趣旨、内容等については既に述べたとおりであるが、右二つの文書は、控訴人が全税関労組をどのように組織的・統一的に差別し、弱体化を図るかが論議されており、極めて重要なものであるので、ここでも重ねて述べておきたい。 昭和四二年九月一一日の東京税関幹部会議議事録(甲第二二七号証)では「新職員の基礎研修は組合を追いつめていくのに効果がある。」との記載があり、東京税関長が「旧労対策には官は懸命にやっているが、もっと大事なこ 年九月一一日の東京税関幹部会議議事録(甲第二二七号証)では「新職員の基礎研修は組合を追いつめていくのに効果がある。」との記載があり、東京税関長が「旧労対策には官は懸命にやっているが、もっと大事なことは、新労を強くすることであると官房長に言っておいた。」との説明を右会議でなしたとの記載がある。この記載から税関当局は全税関労組を「組合」と規定していたことが明確であり、これを「追いつめていく」ためには新職員の基礎研修が有効であり、また、「新労を強くすることが大事」と評価していたことが理解できる。このことは新職員の基礎研修で全税関労組を厳しく批判する教育が既になされており、これが有効であるとして重視されていること、新労を育成して強くするための対策を採ることが東京税関だけでなく、関税局として必要であるとして「官房長に言っておいた。」ということを意味している。 同四二年三月三〇日の同部長会議議事録(甲第二〇三号証の二)では「新職員については、旧労職員の影響等を考慮して配置する方針である。」、「全員を品川寮に入居させ、先輩室長や寮副管理人に私生活全般について指示及び相談に応じさせる。」と記載されている。 税関当局が勤務時間中であるか否かにかかわらず、新入職員と全税関労組員とを隔離し、新入職員が全税関労組の影響を受けないように強く配慮していたことが明らかである。 税関職務と直接関係のないサークル等の参加についても、全税関労組員を排除することが論議されている。「文化的活動は、サークル部の二部制(新・旧)を考えて、指導していく。」(甲第二三三号証の一)、「現在のサークルは旧労分子が中心で活動しているので二部制として、新しい演劇・コーラスのサークルを結成させることが必要だ。」、「音楽隊は旧労分子の活動の場となってしまったので解散した。」(甲第二三一号 在のサークルは旧労分子が中心で活動しているので二部制として、新しい演劇・コーラスのサークルを結成させることが必要だ。」、「音楽隊は旧労分子の活動の場となってしまったので解散した。」(甲第二三一号証の二)などということが報告あるいは論議されている。水泳大会について「本省の考え方では旧労選挙でも名選手がいる場合二~三名入れるのは止むを得ないとの回答だ。」(同四二年八月一六日の幹部会議・甲第二二三号証の二)との記載がある。 これは名選手であっても「旧労」(全税関)であれば二~三名以上は入れない。 名選手でなければ「旧労」は全く入れないということであり、明白な全税関労組の差別である。しかも、このようなことまで「本省」で検討し、各税関に指示・伝達されているということは極めて重要である。 控訴人は被控訴人らの資格・給与などにつき、格差が生じているのは全税関労組に所属していることを理由とする差別意思によるものではなく、被控訴人らに非違行為があったことの結果であると主張している。しかし、コーラス・演劇・音楽隊等のサークル活動や水泳大会が職務とも、非違行為とも全く関係ないことは明白である。全税関労組の所属だけを理由にして、これらサークル等の活動から排除されているのである。また、サークル等の活動についてまで、細かく厳しく差別をしてきた控訴人が、それ以外の多くの場面でも全税関労組を差別してきたことは明白というべきである。 3 昇任、昇格、特別昇給における差別の論議昇任・昇格等について全税関労組員を差別することが、東京税関でも関税局でも論議されていたことが両マル秘文書の記載から明らかである。 昭和四二年四月一一日の東京税関部長会議において総務部長は「昇給・昇格について八級から七級への昇格の場合、差別をつけることについて、当関と神戸は矯正措置があった者に 秘文書の記載から明らかである。 昭和四二年四月一一日の東京税関部長会議において総務部長は「昇給・昇格について八級から七級への昇格の場合、差別をつけることについて、当関と神戸は矯正措置があった者に対してのみ慎重にやるべきだとの意見であったが、横浜は当然やるべきだとの意見だった。…この問題は大蔵省全体として検討のうえ、慎重に実施すべきであると意見を述べておいた。」と発言している(甲第二〇五号証)。 右記載から、東京・横浜・神戸は勿論のこと各税関から(当然、大阪税関からも)総務部長クラスの幹部が集合する会議が開かれ、全税関労組員の八級から七級への昇格に差別をつけることが論議されたことが明らかである。東京・神戸の税関幹部の意見は「矯正措置を受けた者にだけ慎重に差別をつける。」との意見であり、横浜は矯正措置の有無に関係なく、「当然やるべき」との意見であった。多分「大蔵省全体として検討」された結果、矯正措置の有無に関係なく、全税関労組員に対しては差別措置を「当然やるべき」との結論になったのであろう。この後、被控訴人ら全税関労組員は矯正措置の有無は勿論、「非違行為」の有無、程度にも関係なく昇格差別を受けたのである。 翌四三年一一月二九日開かれた幹部会議において、税関長は「昇格・昇任問題、研修をどうするのか。今までどうりほっかむりでよいのか。腹づもりをつくるとともに、本省に聞き、整理しておけ。」と発言している(甲第二四七号証の二)。ここでも、この全税関労組員に対するこの差別扱いが「本省」の支持・意見を受けて行われていたことがわかる。 関税局のマル秘文書では上席官の昇任について、特定職員の「上席官昇任の選考対象は…あまり昇任時の年齢を下げると選考対象者が著しく増加する…ところから、前年度基準(五五歳・かつ在級六年)のままで運用することについてはどう は上席官の昇任について、特定職員の「上席官昇任の選考対象は…あまり昇任時の年齢を下げると選考対象者が著しく増加する…ところから、前年度基準(五五歳・かつ在級六年)のままで運用することについてはどうか」との記載がある(甲第一八八号証の五)。また、七級昇格について「1、(特定職員については)一般職員の昇格との均衡上、上席官在任二年以上の者とすることについてはどうか、この場合上席官昇任「上限年齢」はどのように考えるのか、2、在任期間に関係なく退職前一~二年前に昇格させることについてはどうか」と記載されている(甲第一八八号証の六)。また、四・五・六級各付についても「特定職員」の差別扱いが記載されている(甲第一八八号証の六)。 右記載による「特定職員」が全税関労組員を意味すること、右「特定職員」に関する昇任・昇格等の基準が「一般職員」に比して極めて不利・不当な差別基準である。かような差別基準が関税局の会議において論議され、そして、関税局としての結論に従って、各税関において実施されているのである。全税関労組員に対する差別が関税局として統一的・組織的に実施されていたことがここでも明白である。 更に、関税局において、右差別措置の論議が行われたのは昭和五八年以後であり、控訴人のいう非違行為が被控訴人らに無くなって一〇年も後の論議である。また、右論議のなかでは非違行為の有無・程度・勤務実績の度合などには関係なく、全税関労組員であることのみを理由として差別基準を設けることとされている。控訴人がいう「格差」は「非違行為」の結果であるとの主張がまったくの虚偽であり、格差が控訴人の差別意思によって生じたものであることはここでも明白である。 四組合活動の正当性1「非違行為」の内容と原判決の判断全税関労組の破壊・消滅を意図した控訴人の組織的な、長い年月にわた 格差が控訴人の差別意思によって生じたものであることはここでも明白である。 四組合活動の正当性1「非違行為」の内容と原判決の判断全税関労組の破壊・消滅を意図した控訴人の組織的な、長い年月にわたる様々な厳しい差別攻撃に対して、被控訴人らは多様な労働組合活動を展開して、差別攻撃に抗議をし、その中止是正を要求し、また、労働組合員が互いに励ましあい協力しあい、今日まで被控訴人組合の組織を維持してきた。 被控訴人らが取り組んできた労働組合活動には、職場外の場所での組合集会や学習会、執行委員会など諸々の会議・ニュース・ビラの発行などの教宣活動・オルグ活動・団体交渉の申し入れと現実に団体交渉を開くための交渉活動、そして、これらの組合活動を支えるための物品販売やカンパ集めなどの財政活動などがある。被控訴人らが取り組んできた多面にわたる組合活動のなかの次のものについて、控訴人は「非違行為」に当たるとし、被控訴人らに格差が生じているのはこれら「非違行為」が勤務成績あるいは昇任・昇格等の選考に影響を及ぼした結果であるとの主張をしている。 控訴人が主張する「非違行為」の主要なものとしては、① 無許可の職場集会や座り込み行動、庁舎内で集団による抗議、税関長らに対する面会強要などへの参加、庁舎壁面への墨書や、ビラ添付などの庁舎管理規則違反の行為、② リボン・プレート・腕章等を着衣につけて勤務し、あるいは机上に円柱型の堅紙を立てて勤務するなどの職務専念義務違反の行為③ 争議行為をそそのかし、政治的行為をするなどの国公法違反の文書の掲出があり、その他に税関長・総務部長私宅へ行っての面会要求、などの行動をあげている。 右の非違行為といわれる行動が正当な組合活動であり、非違行為に該当するものでないとの被控訴人らの主張に対して、原判決は「関税局及び大阪税関当局 部長私宅へ行っての面会要求、などの行動をあげている。 右の非違行為といわれる行動が正当な組合活動であり、非違行為に該当するものでないとの被控訴人らの主張に対して、原判決は「関税局及び大阪税関当局が、組合分裂の後、本件係争期間を通じて全税関労組及び原告組合を嫌悪・敵視していたことは前記認定のとおりであり、このことからすると、原告組合の活動がこれに対抗するものとして行われたとの右主張には首肯しうる点もないではない。」と判断した。つまり、組合活動に一定の理解を示しながらも、結局のところ「組合活動としてなされた行為の圧倒的大多数は、動機の点はともかく、その行為自体は非違行為に該当するものといわざるを得ない。」としているのである。 2 使用者の対応によって組合活動は変化する。 多言するまでもないことであるが、労働組合活動は労働者の諸権利、利益を擁護発展させることを主要な目的とし、この目的を実現するための要求を掲げて展開されるのであり、その要求の相手は何よりもまず使用者である。組合活動は使用者を相手として展開され、労働者が人間らしく生きる権利を確保するためには、この労働組合活動を権利として保障することが絶対に必要であると理解されて、憲法二八条において労働組合活動の権利が保障されているのである。 労働組合活動は使用者との対応関係の中で多様な形で展開されるのであり、労使関係が円満であって労働者側に厳しい要求がなければ組合活動も穏やかである。労使の要求に厳しい対立があっても、使用者が誠意を持って団体交渉に応じ、節度ある姿勢で労働組合に対するのであれば、労働組合としても節度のある組合活動を展開することとなる。 しかし、使用者が節度をかなぐり捨て、労働組合を敵視し、労働組合の破壊を意図して脱退工作、差別などの悪質な不当労働行為を組織的に強力に押し進めて 合としても節度のある組合活動を展開することとなる。 しかし、使用者が節度をかなぐり捨て、労働組合を敵視し、労働組合の破壊を意図して脱退工作、差別などの悪質な不当労働行為を組織的に強力に押し進めてくる時には、その組合攻撃に対抗するだけの労働組合活動の権利が保障されなければならない。このような組合活動の権利が保障されなければ、使用者の厳しい差別と脅し、利益誘導などの組合破壊の攻撃の前に、労働組合は適切な組合活動を展開できないままに、弱体化、更には消滅させられ、結局使用者に対して労働者は無防備の裸の状態にされてしまうのである。このような結果が憲法二八条による労働者の権利の保障と全く矛盾することは明らかである。 3 労働組合の存亡をかけた組合活動被控訴人組合は昭和四〇年に分裂し第二組合が結成された。控訴人はこの組合分裂が被控訴人組合自体の活動方針の誤りによって内部から互解していったかのごとき主張をしているが、これは全く事実に反している。勿論多数の組合員の中には、被控訴人組合の活動に疑問を持ったり、同調できないとする者も少しはあったであろう。しかし分裂までするほどの状況ではなく、ましてや、大量脱退者が出るほどの大きな、決定的な意見の対立があったのではない。控訴人がアカ攻撃などによって組合を批判し、何よりも「全税関に残っていると差別されるぞ」との脅しと、遠隔地配転、宿舎の入居、昇任・昇格等の差別の実行によって、分裂と大量脱退がもたらされたのである。そして、八五〇名位もいた組合員が同四〇年夏ころには二五〇名位となり、更に一年後には一二五名位にまで激減し、この少数となった組合員に対しても、厳しい差別と組合破壊の攻撃を控訴人は続けていたのである。 このような状況下で、同四〇年以降の被控訴人組合にとっての最大の課題は、このような攻撃をかいくぐって労 、この少数となった組合員に対しても、厳しい差別と組合破壊の攻撃を控訴人は続けていたのである。 このような状況下で、同四〇年以降の被控訴人組合にとっての最大の課題は、このような攻撃をかいくぐって労働組合の組織を維持できるのかどうか、ということであり、まさに労働組合としての存亡の瀬戸際にあったのである。この厳しい状況下にあっては、労働組合活動は当然従前とは変化せざるを得ないのである。脱退を防ぎ、更には不本意ながら脱退していった仲間の復帰を実現し、労働組合としての組織の維持回復を実現するためには、何よりもまず、組合への数々の不当な攻撃をやめさせなければならない。しかし、意図的、組織的に攻撃を続けている控訴人が、労働組合の求めによって簡単にこれを中止するはずはないのである。 スト権を奪われ、団交にも応じない控訴人を相手として、不当な差別をやめさせるためには、労働組合として個々の組合員が控訴人の攻撃の不当性を職場の内外に訴え、その差別に抗議をしてその中止と是正を要求することが必要である。同じ地域の労働者の仲間、あるいは国家公務員労働組合の仲間、更には広く税関に出入りする人たちから一般市民にまで実情を訴え、その差別の不当性を理解してもらい、多くの人たちの理解と協力を得て控訴人に抗議をし、要求していくことが必要である。一〇〇名前後にまで減少してしまった被控訴人組合では、組合外の多くの人たちの協力を得ることは重要である。 また、組合員が職場の中で昇任・昇格等で不当な差別をされ、転勤で、宿舎入居で、サークル活動でも不当な差別を受け、その人間性すらも不当な中傷にさらされて多くの権利が侵害され、そして組合員が控訴人に対して憤懣やるかたない思いでいるときに、その当の相手である控訴人に対して何の行動もしない労働組合であれば、労働組合としての存在意義はない。 にさらされて多くの権利が侵害され、そして組合員が控訴人に対して憤懣やるかたない思いでいるときに、その当の相手である控訴人に対して何の行動もしない労働組合であれば、労働組合としての存在意義はない。このような労働組合であれば組合員の信頼を失って一挙に崩壊していくであろう。労働組合が組合員の信頼を得るためには、不当な攻撃に対しては闘うことが必要なのである。そして、労働組合が組合員を組織して闘う中で、更に組合員相互の団結も強固なものとなっていくのである。 4 プレートの着用等の活動被控訴人らが着用していたリボン、プレートには「入寮差別反対」、「差別反対、大巾賃上げ」、「特昇差別反対」、「昇任、昇格差別反対」、「不当配転反対」、「長谷川P17さんを大阪に返せ」などなど、その時々における全税関労組員の切実な要求と、税関当局への要求と怒りの文字が記載されていた。 このリボン、プレートの着用は組合員の一人一人が自らの要求、意思を明確にして税関当局につきつけていき、同時に職場の人たちにもこれを明示して理解と協力を求めていく意味を持ち、また組合員一人一人が控訴人の妨害、嫌がらせの中でもその着用を続けることによって、それぞれが控訴人に対して闘っていることを確認しあい、また互いに励ましあい、労働組合員としての連帯感を呼び、団結を強める効果を持っている。同時にまた、控訴人からの組合破壊の攻撃に対して屈することなく闘う決意を明示する意味も有している。被控訴人らが要求を書いた円柱を机上に置いた行為についても、その持つ意味はプレートと同じである。 被控訴人らは、自分たちの要求・怒りをプレートや円柱によって表現しつつ、自らは職務に専念していたのであり、これらの活動によって職務遂行に支障を生じたことはないのである。 5 庁舎管理規則違反と言われる活動控訴人は庁舎 の要求・怒りをプレートや円柱によって表現しつつ、自らは職務に専念していたのであり、これらの活動によって職務遂行に支障を生じたことはないのである。 5 庁舎管理規則違反と言われる活動控訴人は庁舎管理規則違反の行為として、無許可の職場集会・抗議行動・面会要求・ビラ貼付等をあげている。控訴人のいう庁舎管理規則は昭和三二年に制定されたが、当時労働組合と控訴人との約束でこの規則は労働組合活動には適用しないこととなっており、実際にも組合が分裂するまではこの約束は守られていた。 税関の職場に税関の職員で組織する労働組合が存在する以上、税関の敷地、庁舎の中での労働組合活動が行なわれるのは当然のことである。労働組合の要求はその職務と関連し、それぞれの労働条件に関するものであり、その要求の相手は税関当局である。労働組合員が互いに連絡をとりあい、意見交換をし、また、自分たちの要求を控訴人に示すなど、日常的な労働組合活動は税関の施設を中心として行わざるを得ない。特に全税関労組員は税関の職場で、あるいはその職務と関連して昇任・昇格・特別昇給でも、宿舎入居でも、サークル活動においても差別され、また、職場の中で脱退工作などの組合破壊の攻撃を受けていたのである。 職場で受けた不等な差別と組合破壊の攻撃に対して、労働組合が職場で抵抗し、反撃し、そのために必要な労働組合活動を展開し、自分達を差別し攻撃してきた税関当局と職制達に攻撃と怒りの意思を表明するのは当然であろう。税関の施設を利用し、この中で活動することは労働組合活動上上可欠のことである。 この意味において、憲法二八条の団結権、団体行動権のなかには、一定の範囲における施設利用権を含むと解すべきである。したがって、控訴人の庁舎管理権は、憲法二八条により保障された団結権等により一定の制約を課され、控訴人は職員が組 の団結権、団体行動権のなかには、一定の範囲における施設利用権を含むと解すべきである。したがって、控訴人の庁舎管理権は、憲法二八条により保障された団結権等により一定の制約を課され、控訴人は職員が組合活動のため、庁舎等を利用することを一定の範囲内において受忍すべき義務を負うものである。庁舎管理規則によって、労働組合活動に制約を加えることは許されないのである。 控訴人は強大な組織と莫大な資金と、そして権力を有する国家である。対する全税関労組は全国でみても一〇〇〇人に足りず、大阪支部では一〇〇名余りにまでなってしまっていた。このような労働組合が自らの要求を実現していくためには、他の労働組合等の民主的組織、税関の所在する地域の人たちや税関に出入りする関係者、更には広い市民にも控訴人の行為の不当性と労働組合及び組合員の置かれている状況を訴え、理解を求め、そして支援を得ることが必要である。このようにして職場外の人たちの物心両面にわたる広く強力な支援をも得なければ控訴人を相手に効果のある、長年月にわたる闘争は続けられない。本訴訟中に重要な控訴人のマル秘文書が入手できたのも、このような長い闘いの成果であろう。 他の労働組合や団体、市民に訴え、控訴人の労働組合に対する態度(集会妨害や現認体制など)を現実に見てもらい、そして組合への理解と協力を求める場としても施設内での集会は労働組合活動として絶対に必要なことである。 不当な差別を受けた被控訴人らが、その差別をした責任者に対して差別の理由の説明を求め、その不当性を追求し、その撤回を求めるのもまた当然のことである。 被控訴人らのこのような求めに対して控訴人は「たまたまそうなりました。」とか、「胸に手を当てて考えろ。」などと答えるだけで、誠実に応答することはなかった。 また、労働組合として団体交渉を求めても 被控訴人らのこのような求めに対して控訴人は「たまたまそうなりました。」とか、「胸に手を当てて考えろ。」などと答えるだけで、誠実に応答することはなかった。 また、労働組合として団体交渉を求めても、控訴人は予備交渉をして議題が一致するまでは交渉は持てないとか、交渉の人員を制限しろとか、あるいは昇任・昇格等の差別の問題になると管理運営事項だから議題になじまないなどと称して、団体交渉に応じようともしなかったのである。かような状況下では、集団抗議も、強く面会を求めることも、労働組合として必要な行動である。更に職場での面会要求にもがんとして応じない税関長や総務部長に対して、その私宅を訪問して話し合いを求めるのも止むを得ない行動である。 6 被控訴人らの昭和四〇年から同四九年にかけての労働組合活動は非常に活発であり、現在から見るならば激しいと見られる面もあった。しかし、その激しいとも見られる組合活動は、被控訴人らが何も好んで実行したものではない。被控訴人らもこのような活動はしない方が肉体的にも精神的にも、そして経済的にもはるかに楽であり、できればやりたくない活動であった。しかし、被控訴人らはやむにやまれず、多大の犠牲を払ってこの組合活動に取り組んできたのである。被控訴人らをして、このような活動に取り組まざるを得なくしたのは、控訴人の全税関労組員に対する人格も、尊厳も、権利も、そして労働組合の権利も無視した違法な差別の攻撃があったからである。控訴人の理不尽な差別攻撃を受けながらも、被控訴人らは税関職員としての職務は誠実に遂行してきた。だから、控訴人は被控訴人らの職務遂行についてケチをつける具体的証拠は何も出せないのである。被控訴人らは職務を遂行しながら、控訴人の不当な差別に長年に亘って堪え、そして、その是正を要求して闘ってきたのである。 被控訴 人らの職務遂行についてケチをつける具体的証拠は何も出せないのである。被控訴人らは職務を遂行しながら、控訴人の不当な差別に長年に亘って堪え、そして、その是正を要求して闘ってきたのである。 被控訴人らの闘いは労働組合そのものの権利、そして被控訴人らそれぞれの労働者としての権利、人間としての尊厳を守り、回復するために必要な行動であったのであり、「非違行為」などと評価さるべきものではない。 第六大阪税関当局の被控訴人組合員に対する差別攻撃について一はじめに原判決は、被控訴人らが原審で主張した、大阪税関当局の被控訴人組合と同組合員に対する差別攻撃の事実のうち、大量配転、入寮差別、サッカークラブ、結婚妨害、新大仏寺での研修、について、右当局の全税関労組に対する差別意思が働いていると認定し、残るP16別居配転、勤勉手当の差別支給、家族用宿舎入居差別、年休、特別休暇の不承認、サッカークラブ以外のリクレーションからの排除等の点については、右当局の差別意思を認めなかった。 他方、控訴人は、右原判決が認定した右当局の全税関労組に対する差別意思に基づくものである、とした点について、当審において、種々異論をとなえている。 しかし、控訴人のそれらの主張は全く理由のないものであること、また右当局の右差別攻撃のうち、原判決が認めなかった点が不当であることを明らかにする。 二原判決が右当局の差別意思に基づくものとした事実について 1 不当配転について(一) 原判決は、右当局の行った昭和四〇年七月、同四一年七月に行った遠隔地配転について、昭和四〇年の場合は対象者一一名中八名、同四一年の場合は一三名中九名が、被控訴人組合員であり、被控訴人組合員が全職員の中で占める割合からして余りに高いものであり、これは偶然とはいい難く、右当局の差別意思を推認させるものである、 中八名、同四一年の場合は一三名中九名が、被控訴人組合員であり、被控訴人組合員が全職員の中で占める割合からして余りに高いものであり、これは偶然とはいい難く、右当局の差別意思を推認させるものである、と判断した。 (二) 控訴人の主張これに対して控訴人は、昭和四〇年度の人事異動では、対象者である被控訴人組合員八名のうち四名は出身地に配転し、また同時期には七名の被控訴人組合員を遠隔地より大阪地区へ配転した。また、同四一年の人事異動では、九名の組合員のうち一名は出身地への配転であり、他の一人については本人の意向を尊重して配転を撤回している、またこのときには遠隔地にいた六名の被控訴人組合員を大阪地区へ配転しているから、右各年度の配転は、同組合員に対する特別的扱いではない、と述べている。更には、税関長は配転についても裁量権を有しており、税関の正常な運営に支障をきたすような非違行為を繰り返し、本関に勤務させることが不都合と判断すれば、その職員を他に配転し得る、などとも述べている。 (三) 右主張に対する批判遠隔地配転について、出身地に配転したのであるから文句ないだろう、というのが控訴人の第一の主張である。しかし、出身地であろうと他のところであろうと、配転を命令された者にとっては、生活の本拠を移さなければならないことにはかわりがない。配転を命じられた組合員が、それを進んで受け入れている限り、被控訴人組合としても、それを問題とする必要は全くない。遠隔地配転についてそれがたとえ出身地であろうとも、生活上やその他の事由で不便でありそれ故に不利益なものと感じている職員の中から誰を選ぶのか、という問題である。 これについて原判決は、被控訴人組合員が全職員の中で占める割合からすると、遠隔地配転を命じられた組合員の割合が異常に高い、そしてその理由について右当 る職員の中から誰を選ぶのか、という問題である。 これについて原判決は、被控訴人組合員が全職員の中で占める割合からすると、遠隔地配転を命じられた組合員の割合が異常に高い、そしてその理由について右当局は何ら合理的な説明をしていない。そうだとすれば、それらの者が全税関労組に所属していたからである、と推認せざるを得ない、というのであって、この点についての判断は極めて正当である。 また、控訴人は、同時期に遠隔地にいる全税関労組の組合員を大阪地区へ戻しているから差別ではない、とも述べている。しかし、ここで問題にしているのはこれから遠隔地に行く人の問題である。遠隔地にいる全税関労組員を大阪へ戻したから、全税関労組員を多数遠隔地へ配転しても差別にはならない、などというようなことは全くの屁理屈である。 更には、非違行為を繰り返すような組合員を本関等において置くのは何かとさしさわりがあり、税関長はそうした職員を本関以外の地に配転することができる、というのであり、これこそまさに全税関労組員であったから遠隔地配転を行った、ということを事実上認めたものに他ならない。このことからしても、原判決の判断はきわめて正当であるといわなければならない。 2 千舟なにわ寮入寮問題について(一) 原判決は、新たに建てた大阪税関の独身寮である千舟なにわ寮に、被控訴人組合員らの入寮を前記当局が拒否したことについて、これらの者が寮管理規則を遵守しないことによる寮運営の混乱が予測される、という右当局の理由には疑問があり、むしろ、これら被控訴人組合の組合員は同組合の有力な活動家であることから、右当局が全税関労組と新入職員との隔離する目的でなされたと疑わざるを得ない、とした。 (二) 控訴人の主張これに対して、控訴人は、入寮を希望した五名の組合員は、当時の全税関労組では組合員の半 ら、右当局が全税関労組と新入職員との隔離する目的でなされたと疑わざるを得ない、とした。 (二) 控訴人の主張これに対して、控訴人は、入寮を希望した五名の組合員は、当時の全税関労組では組合員の半数は何らかの役職についていたことから組合の有力な活動家というのは早計であるが、全税関労組員は、この間無許可集会等を繰り返して庁舎管理規則違反行為を行ってきている、また、組合の方針として寮管理規則反対を掲げている、そのような組合に所属している被控訴人組合員であってみれば、寮管理規則の遵守は到底期待できないことは明らかである、としている。 (三) 右主張に対する批判控訴人の右主張は、結局は入寮を希望した五人の全税関労組員は、有力な活動家ではないが全税関労組の組合員であり、同組合は寮規則制定反対を唱えていたから入寮を拒否した、ということである。 これら五人の組合員が寮規則を守らないおそれがある、などということは全くの予断である。これら五人の組合員が予め、寮規則は守るつもりはない、と明言していたのであればいざ知らず、そうでなければ入寮したのちに現実に寮規則を遵守しない行動を採ったときは、そのことによって対処すべきことである。 全税関労組が、寮規則制定反対を唱えることは、労働組合の活動としてあり得ることであり、そのこと自体は違法なことでも不当なことでもない。そのことの故に五人の組合員の入寮希望を、部屋が空いているにもかかわらず拒否したことは、右当局の全税関労組に対する差別意思に基づくものに他ならない。 なお、控訴人は、この問題が人事院の公平審理にかかったとき、右当局が、「(これら五人の者が)共同生活に不適格と判断したためではない。」と陳述したことについて、種々弁解している。すなわち、右の陳述は「共同生活不適格者」と言明した場合は、被控訴人組合の攻撃 、右当局が、「(これら五人の者が)共同生活に不適格と判断したためではない。」と陳述したことについて、種々弁解している。すなわち、右の陳述は「共同生活不適格者」と言明した場合は、被控訴人組合の攻撃を誘発し事態を一層混迷させるおそれがあったからだ、というのである。 しかし、この公平審理より前の税関長交渉の席で大阪税関総務部長などは、共同生活に不適当な人は入寮させない、と明言していたというのであるから、「被控訴人組合の攻撃」はその段階で既に行われていたはずである。今更公平審理の席上で右当局が同じ趣旨のことを述べたからといって、その時点で「被控訴人組合の攻撃」が誘発されるなどということは考えられない。要するに、入寮拒否が全税関労組に対する差別意思に基づいていたからこそ、その理由がこのように食い違ってくるのである。 したがって、東京税関のマル秘文書などにも記載されている、全税関労組と他の職員はできるだけ接触させない、という税関当局の方針などを総合すれば、これら五人の全税関労組の組合員の入寮希望を拒否したのは、前記当局の全税関労組に対する差別意思によるものとの疑いを払拭できない、とする原判決の判断は正当である。 3 結婚妨害事件について(一) 原判決の判断大阪税関富島出張所の統括審査官P30が、昭和四七年一月、同所の職員畑P31が全税関労組の組合員である被控訴人P32と結婚するに際して畑P31の兄を呼び出して、それをやめさせようとした事件である。これについて原判決は、P30の行動は大阪税関当局が直接そのようなことをするよう指示したとは到底考えられないが、P30の経歴、P30の上司がP30の採った行動について調査し、同人に対して然るべき処置を採った形跡が全くない、ことなどの事実からすれば、P30の行動の背景に、右当局の全税関労組に対する差 ないが、P30の経歴、P30の上司がP30の採った行動について調査し、同人に対して然るべき処置を採った形跡が全くない、ことなどの事実からすれば、P30の行動の背景に、右当局の全税関労組に対する差別意思を読み取ることは容易である、とした。 (二) 控訴人の主張原判決のこの判断に対して控訴人は、右P30の行動が大阪税関当局の指示とは考えられない、としながら、その背後に右当局の差別意思が読み取れる、という判断は不可解であり不合理きわまる。また、P30の行動に対して右当局が何らの処置も行わなかったのは、ことが結婚問題であることから、右当局の調査にも限界があり、また、事柄の性質上、税関長も特段の処置をしなかったにすぎない、などと述べている。 (三) 右主張に対する批判控訴人の右主張のうち、まず前段については、原判決を曲解しているものである。すなわち、大阪税関長や、P30の上司であっても、P30に対して直接、畑P31と被控訴人P32との結婚をやめさせよ、などという指示を与えた、ということは常識では考え難い、事実そのような指示を出した、という証拠はない。しかし他方において、結婚という極めて個人的な問題について、当の本人たちがそのことで悩んでいた、というのであればともかく、そうしたことは全くないにもかかわらず、その上司というだけで、なぜP30がP31の兄を呼び出す必要があったのか。勿論、P31の兄がP30に相談に出向いた、というのであればまた別であるが、本件では、P30が呼出したのである。しかもそこでの話は、畑P31の結婚相手は全税関労組組合員である、職場でも評判が悪い、結婚は延期されたらどうであろうか、などということであった。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」するという憲法二四条を待つまでもなく、当事者が何ら問題としていないのに、いかに上 職場でも評判が悪い、結婚は延期されたらどうであろうか、などということであった。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」するという憲法二四条を待つまでもなく、当事者が何ら問題としていないのに、いかに上司であろうと、その結婚問題に積極的に介入していくべき理由は全く存在しない。ましてや、結婚相手が全税関労組の組合員であるから延期したらどうか、などということはいうべきことではない。このようなP30の行動は、純粋にP30個人の判断からなされた、ということは考えられず、控訴人自身述べているように、「一般に職員団体が違法な組合活動を繰り返しているような状況では、幹部職員らが、当該団体について個人的にも、消極的な評価を持つことはある意味では避けられない。」という雰囲気の中で、幹部職員であるP30が動いたものであることは明らかである。 次に、P30のとった行動は非常識であるばかりでなく、幹部職員としては、してはならないことである。したがって、税関当局としては、当然のことながら、その事実関係を十分調査し、同人に対して然るべき措置をするのが当然である。事柄が結婚問題だから調査も処置もしなかった、などということは全くのいい逃れであって、何の措置もしなかったことの理由にはならない。既にこのことは一般新聞紙上で大きく報道されており、調査しようとすればそれは極めて容易であったはずである。事柄が結婚問題であったから、などというのであるが、P30自身が結婚するわけではないから、措置そのものもやろうとすれば、どのようなことでもできたはずである。 これらの事実関係全体を総合して、原判決は、P30の行動の背景には右当局の差別意識が働いていたと判断したのであって、その判断は何ら不可解なものではない。不可解なのは、むしろ事柄が結婚問題だから、などといって何もしなかった大阪税関 原判決は、P30の行動の背景には右当局の差別意識が働いていたと判断したのであって、その判断は何ら不可解なものではない。不可解なのは、むしろ事柄が結婚問題だから、などといって何もしなかった大阪税関長の態度である。 4 新大仏寺事件(一) 原判決の判断原判決は右につき、新大仏寺での研修が、事前に研修命令、出張命令が出されていなかったこと、研修場所が大阪税関より遠く離れた三重県上野市であったこと、全税関労組が非違行為を繰り返していることについての対策であれば、そのように述べても問題となるものではないにもかかわらず、この問題につき国会ではP55審議官は「当局は職員がどの職員団体に所属しているか関知していないから、全税関労組員を部下に持つ職制だけを集めたかどうかわからない。」と答弁していること、また原審では、P13人事課長は、非違行為対策をした、とは、一言も述べていないこと、これらのことからすれば、右新大仏寺での研修は非違行為対策にとどまらず、更に、全税関労組に対する差別政策を徹底することを目的としていたものとの疑いを拭い切れない、と判示した。 (二) 控訴人の主張これに対して、控訴人は、正当な対策と差別政策との区別は何か、差別政策とはいかなるものを示すのか、また徹底するとはどういうことなのか、などについて原判決は明らかにしておらず、漠然とした憶測を述べているにすぎない、P55審議官が、国会で非違行為対策を行ったことを否定したとしても、そのことによって、右研修の内容が差別政策の徹底を図るものであった、ということにはならない、などと反論している。 (三) 右主張に対する反論たしかに、控訴人のいうように原判決のいう非違行為に対する正当な対策と差別政策との区別はそれほど明確ではないだろう。なぜなら、そのような対策会議では、 と反論している。 (三) 右主張に対する反論たしかに、控訴人のいうように原判決のいう非違行為に対する正当な対策と差別政策との区別はそれほど明確ではないだろう。なぜなら、そのような対策会議では、仮りに非違行為とされる個々の行動(たとえばリボン、プレート闘争など)についてどのように対処するか、ということについて話し合いが行われたとしても、話の内容はすぐにそのようなことをする労働組合をどうするか、その力を弱めるにはどうしたらよいか、という方向に進んでゆくであろうことは十分予測し得るからである。現に東京税関のマル秘謀議文書を見ればこのことは一目瞭然である。個々の行動に対する対策よりも、そのようなことをしている労働組合の力を弱める、ということの方がはるかに効率的だからである。大阪税関当局が行った新大仏寺での研修はそうした意味で、個々の非違行為とされるものについての対策会議などではなく、徹頭徹尾、全税関労組をどのように差別し弱体化を図るかにあったものである。それ故にこそ、出張命令も出さず、大阪から遠く離れた三重県の新大仏寺に、まるでコソコソと隠れるようにして集まったのである。また、そうであったからこそ、P55審議官も、P13証人も、知らぬ存ぜぬで頑張ってしまったのである。右当局に何ら後ろめたいことがなければ、このような態度は取らないはずである。その意味で「疑いを払拭できない。」などというものではなく、文字どおり大阪税関当局は、この新大払寺において差別政策を徹底させるための研修を行ったのである。 なお、差別政策の具体的内容がはっきりしない、とか、徹底するとはどういうことか判然としない、などという控訴人の主張は、これまで述べてきた税関当局のなしてきた数々の不当労働行為について全く一顧だにしないところの極めて破廉恥なものといわなければならない。 三 とはどういうことか判然としない、などという控訴人の主張は、これまで述べてきた税関当局のなしてきた数々の不当労働行為について全く一顧だにしないところの極めて破廉恥なものといわなければならない。 三原判決が差別意思によるものではないとした事実について 1 P16闘争について(一) 原判決の判断P16夫婦別居配転の問題について、原判決は、夫婦の同居は望ましいとしてもそれは絶対的な原則ではなく、組織全体の配置との関連において決せられるべきものである。P18との対比においても、同人が二月期に転勤したことも、全税関労組を脱退したことの報奨であったと認める証拠はなく、P16夫婦の別居配転は、当局の差別意思に基づくものではない、と判断した。 (二) 右判断の誤りしかしながら、原判決の右判断は誤りである。それは以下の理由による。 すなわち、昭和四二年一〇月時点で長谷川P17は富山県伏木支署に勤務しており、その期間は既に七年にも及んでおり、遠隔地配転の場合は大体二年で異動するという原則からしても、右時点において同人は大阪へ転勤し得る条件を満たしていた。しかし、同人は、昭和四三年一〇月の異動時にあっても据え置かれ、同四四年一〇月にようやく大阪への転勤が認められ、夫婦同居ができたのである。 そして、このように長谷川P17が伏木支署に据置かれた理由が、同人が当局の脱退工作の中で昭和四〇年ころ、全税関労組を脱退していたところ、昭和四二年ころ、夫の被控訴人P16の説得によって再び全税関労組に加入したことにあったことは明らかである。それは、この件に関し昭和四三年ころ、大阪税関の総務部長が富山まで出張して長谷川P17に会い、「宗旨がえ(脱退)せんことには希望はかなえられない。あなたが大阪に行くのを止めてP16さんに伏木に来てもらうのだったらすぐにもできる。」 、大阪税関の総務部長が富山まで出張して長谷川P17に会い、「宗旨がえ(脱退)せんことには希望はかなえられない。あなたが大阪に行くのを止めてP16さんに伏木に来てもらうのだったらすぐにもできる。」などと述べていることからも裏付けられる。 これに加えて、昭和四一年七月伏木支署に転勤してきたP18は、同所で全税関労組を脱退したところ、転勤後一年半余りの昭和四二年一月という通常の異動の時期とは全く異なる時期に大阪へ戻って行ったのである。原判決は、右は全税関労組脱退の報奨とはいえないとしているが、伏木支署在勤期間の短かさや、異動の時期の異常さなどからして、全税関労組脱退の報奨であることは明らかである。そして、この事実や、前記の総務部長の長谷川P17に対する話などを総合すれば、長谷川P17の伏木支署への据置きが、前記当局の全税関労組に対する差別意思に基づいてなされたものであることは明らかである。 2 勤勉手当の減額支給について(一) 原判決の判断原判決は、昭和四三年三月期、同年一二月期のそれぞれの勤勉手当について、全税関労組員について減額支給された事実を認めた。その上で、三月期については減額支給されたのは全税関労組員だけではなかったこと、一二月期については、昭和四四年一二月期の勤勉手当の支給に当たっては、全税関労組は無許可集会等をやったけれど、減額支給をしなかったこと、を理由に、いずれも差別意思に基づくものではない、と判断した。 (二) 右判断の誤り昭和四三年一二月期の勤勉手当の減額については、同年六月から七月にかけて被控訴人P20外三一名がレクレーションタイム取り上げ反対のためのさまざまな活動をくり広げたことが理由となっていることは明らかである。このことは、控訴人が原審で、そのような行動を繰り返していたことから、減額支給をされても止むを レーションタイム取り上げ反対のためのさまざまな活動をくり広げたことが理由となっていることは明らかである。このことは、控訴人が原審で、そのような行動を繰り返していたことから、減額支給をされても止むを得ない、と述べていることはこのことを最も率直に物語っている。 しかしながら、全税関労組が行った右のレクタイム取り上げ反対の活動は、まさに労働者の労働条件の維持のためのものであって、それ自体労働組合として当然のものである。その正当な活動をしたことによって勤勉手当の減額をする、ということは、まさに大阪税関当局の全税関労組に対する差別意思によるものである。右当局はこのように全税関労組の組合員に対しては、本件の昇任、昇格、特別昇給において差別すると同時に、勤勉手当のような個々の手当などにおいても差別をし、二重の損害を与えてきているのである。 なお、原判決は、右当局が翌昭和四四年の勤勉手当について、全税関労組が非違行為をしたけれど、減額しなかったことを理由に、昭和四三年一二月の減額支給の差別意思によるものではない、という。それでは昭和四三年一二月期の勤勉手当についてはなぜ減額支給したかについての説明がつかないことを原判決自身が認めたことになる。 3 宿舎入居差別(一) 原判決の判断原判決は、被控訴人P33、同P145のそれぞれの宿舎入居希望を右当局が拒否した件について、それぞれの宿舎の空室の有無、入居希望者の数、職場との距離などが不明であるから、入居できなかった、という事実だけから右当局の差別意思を認めることはできない、としている。 (二) 右判断の誤りしかし、原判決は、原審で被控訴人が提出した証拠を無視して右のような判断をしたものであって、到底認めることはできない。 (1) まず、被控訴人P33についてみるならば、次のとおりである。 すなわ しかし、原判決は、原審で被控訴人が提出した証拠を無視して右のような判断をしたものであって、到底認めることはできない。 (1) まず、被控訴人P33についてみるならば、次のとおりである。 すなわち、被控訴人P33は、昭和四二年に結婚した。当時大阪税関は大阪港区に家族用宿舎を新築し、五戸分が空いていた。被控訴人P33は、そこへの入居を希望したのであるが、大阪税関当局は異動用などという理由で被控訴人P33の入居希望を拒否した。のみならず、右当局は、右空室について、被控訴人P33らが当時住んでいた古いオンボロの独身用の宿舎が万一火災などの事故が発生したときの避難場所にあてる、というようなことをしていたのである。これらの事実は、原審において被控訴人P33が詳しく述べているところであり、これに対して右当局は何の反論も加えていない。空室の状況、希望者の数、勤務地との距離等の事実については具体的に提出されているのであって、原判決はこれらの事実を全く考慮していないのである。 (2) 次に被控訴人P145についてみると、同人の事情は次のとおりである。 被控訴人P145は、昭和四五年三月に結婚した。この結婚に先立ち同人は、昭和四四年四月ころ、家族用宿舎への入居申込みをした。当初大阪税関の厚生課は、空室については大丈夫だろう、という回答をしていた。ところが、昭和四五年一月になって、空室はない、ということであった。同年二月に右宿舎からの退去者が出たことから入居できるだろうと考えていたところ、大阪税関当局は別の職員を入居させてしまった。しかも、その者の結婚の日を被控訴人P145の結婚の日より早める、というような工作までしていることが後に判明したのである。これらの事実も原審において提出しているのであって、事実関係が不明だとする原判決は到底首肯できない。 4 年 人P145の結婚の日より早める、というような工作までしていることが後に判明したのである。これらの事実も原審において提出しているのであって、事実関係が不明だとする原判決は到底首肯できない。 4 年休不承認について(一) 原判決の判断原判決は、被控訴人P35、同P41、同P146について、それぞれの年休申請を承認しなかったことは、右当局の差別意思に基づくものではない、とした。 (二) 右判断の誤り原判決のこれらの判断はいずれもきわめて不当なものであるが、その中でもとくに右被控訴人P32に対する年休不承認と、それをめぐる右当局の対応は、同人が全税関労組に所属しているが故になされた嫌がらせというべきもので、差別意思に基づくものであることは明らかである。すなわち、原判決は、被控訴人P41の年休申請に対して所属長があくまでも「休暇の理由」にこだわって、その申請を受理しようとしなかったのは、年休の趣旨を理解しない不当な行為であるとし、更に、その所属長の行為を是認し、被控訴人P41を訓告処分した大阪税関長の処置もまた不当であるとしている。しかし、それにもかかわらず、原判決は、大阪税関当局の休暇の扱いは全税関労組の組合員に対してのみ強化されていたとは認定できないから差別意思によるものではないというのである。しかし、右当局は、その後全税関労組の抗議によって、被控訴人P41の年休の申請を受理した。そうだとすれば、右当局が被控訴人P41の年休申請をそれまで受理しなかったことに非があるはずであり、年休申請をした右被控訴人には何ら責められるべき点はないはずである。それにもかかわらず、右当局は右被控訴人に対して訓告処分という懲戒処分をなしているのである。原判決が、右訓告処分は不当なものと認めながら、それが差別意思の顕れとは認められないというのは、全くの矛盾 それにもかかわらず、右当局は右被控訴人に対して訓告処分という懲戒処分をなしているのである。原判決が、右訓告処分は不当なものと認めながら、それが差別意思の顕れとは認められないというのは、全くの矛盾である。正当な行為をしたにもかかわらず、右当局は、なお懲戒処分をしてきた。なぜ懲戒処分をしたかといえば、それは、被控訴人P41が全税関労組に所属していたからに他ならない、その理由しか考えられないはずである。この点において原判決の判断は不当という他ない。 5 サークル活動からの排除について(一) 被控訴人らの原審における主張被控訴人らは、原審において、全税関労組員を税関が行っているいろいろなサークルから排除することが税関当局の方針であり、そのことは、東京税関のマル秘謀議文書によって明確に示されていること、そして具体的に大阪税関でのラグビー部、剣道部、卓球部、サッカークラブ、柔道部の各部について全税関労組員排除の事例をあげてきた。 これに対して、原判決は、サッカークラブの件については、青年職員を被控訴人組合から隔離する、という右当局の意思を窺うことができる、としたものの、その他については、右当局のそのような積極的な意思を認めることはできないと判断した。 (二) 右判断の誤り原判決は、右サッカークラブ以外のサークルであるラグビー、剣道、卓球、柔道などについても、それぞれの部に所属していた全税関労組の組合員に対して、それぞれの部の部長やマネージャーなどから、全税関労組を脱退したらどうかという働きかけがなされた事実を認めている。 ところが、原判決は、そのような働きかけや勧告がなされたとしても、そのことによって直ちに右当局が差別意思をもって、それらの被控訴人組合員を排除したものとは認められないとしている。 しかしながら、原判決の右の判断は到底首 のような働きかけや勧告がなされたとしても、そのことによって直ちに右当局が差別意思をもって、それらの被控訴人組合員を排除したものとは認められないとしている。 しかしながら、原判決の右の判断は到底首肯することはできない。なぜなら、原判決は、他方において、東京税関のマル秘謀議文書の中のサークル活動に関する関係者の発言などからして「東京税関当局が、全税関労組を弱体化するために、サークル及びレクリェーション活動の場面で全税関労組員を隔離、孤立化させ、その他の職員と接触する機会を奪う方針の決定をしていたことを示しことは明らかである。」とし、更に右東京税関のマル秘謀議文書で話合われていたことについては、「そもそも、関税局の下に組織された全国税関において、共通の労務対策の最重要課題である全税関労組対策について、東京税関と他の税関の方針が異なっているとの事態は、特段の事情のない限り認め難い。本件では、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。」として、サークル活動などからの全税関労組員の排除の方針は大阪税関でも行われていたことを認定しているのである。そして、原判決は、前記のように大阪での各事例について、それぞれの部の部長やマネージャーなどから被控訴人組合員らが脱退勧告をされている事実を認定しているのであるからして、それらは当然のことながら、税関当局の前記の排除の方針に基づいてなされていたと認めるべきが、論理の帰結であるはずである。この点において原判決の右判断は到底首肯し得るものではない。 6 現認書体制について(一) 控訴人の原審における主張控訴人は、原審において二五〇〇点以上、当審において更に追加して、その数は三〇〇〇点以上にも及ぶ現認書を提出している。 被控訴人らは、原審において、税関当局のこのような現認書を作成する体制、すなわち税関の中間管 において二五〇〇点以上、当審において更に追加して、その数は三〇〇〇点以上にも及ぶ現認書を提出している。 被控訴人らは、原審において、税関当局のこのような現認書を作成する体制、すなわち税関の中間管理職が、全税関労組員の行動を常に監視し、少しでも組合活動らしき行動に及んだときには直ちにそれを記録するという、そのようなやり方はまさにスパイ体制というべきであり、全税関労組に対する不当な攻撃であることを力説強調してきた。 (二) 原判決の判断これに対して原判決は、現認書は全税関労組の組合員の非違行為を把握するのに必要であり、また、職場秩序の回復、業務の円滑な遂行を期するに必要かつ有益である。また、全税関労組員についてのみ作成していたとは認められないから、右当局の全税関労組員に対する差別意思に基づくものとはいえないとして、被控訴人らの主張を斥けた。 (三) 右判断の誤り税関当局がこのような現認書体制を敷くようになったのは、全税関労組が分裂した後の昭和四二年ころからである。東京税関マル秘文書の中での昭和四二年四月一一日の部長会議の席上、関税局総務部長の「矯正措置をつけただけでは必ずしも成績不良と判定するのは問題だから、成績不良の事実を逐一記録にとっておく必要があるとの意見があった。この問題は、大蔵省全体として検討のうえ慎重に実施すべきである、との意見を述べておいた。」との発言などからしても、現認書は全税関労組の組合員を対象にしていることは明らかである。 原判決は、右現認書の作成が職場の秩序の回復、業務の円滑な遂行を期するのに有益であるなどとしているのであるが、現実には、長期間に亘って三〇〇〇点以上にも上る現認書を作成しなければならなかったことを考えれば、税関当局のいうところの非違行為はやまず、ましてや業務の円滑な遂行に役立っていたなどという のであるが、現実には、長期間に亘って三〇〇〇点以上にも上る現認書を作成しなければならなかったことを考えれば、税関当局のいうところの非違行為はやまず、ましてや業務の円滑な遂行に役立っていたなどということは到底考えられない。 むしろ、右当局の中間もしくは下級職制が執務時間中、本来の仕事をせずに全税関労組員の一挙手一投足を四六時中監視する、という体制は、税関本来の業務にも著しい支障を来していたであろうことは見易い道理である。もしそれらの職制の本来の仕事が全税関労組員の行動を監視することそのものであったとすれば、それはそれで国税の甚だしい無駄使いであるといわねばならない。そしてまた、このような監視体制を強化することによって職場においてはスパイの目が至るところで光っているというような状況を呈することとなり、それこそ業務の円滑な遂行どころではなくなってしまう。 現認書は現実にまさにこのようなものとして機能してきたものであり、それ自体右当局の差別意思の最も象徴的なものといわねばならない。これらのことからして、原判決の右判断は到底容認することはできないものである。 第七国際人権規約違反について一国際人権規約の趣旨 1 国際人権規約の発効日本政府は一九七八年六月に国際人権規約を批准した。国会承認後、右条約は一九七九年八月四日に公布され、同時に「九月二一日に日本国について効力を生ずる。」旨告示された。右規約が国連で採択されたのが一九六六年一二月だから、わが国の批准まで一〇年以上もかかったことになる。 国際人権規約には「市民的及び政治的権利に関する規約」(通称「B規約」といわれている。)と、もう一つ「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(通称「A規約」といわれている。)がある。A規約は社会保障などのいわゆる社会権の発展を求める国際条約で (通称「B規約」といわれている。)と、もう一つ「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(通称「A規約」といわれている。)がある。A規約は社会保障などのいわゆる社会権の発展を求める国際条約であり、B規約は思想信条の自由、刑事手続きにおける被疑者や被告人の権利などいわゆる自由権の侵害を防止することなどを内容としている。 2 締結国の実施義務A規約の場合は、そこに定められている権利は、政府の施策によって発展されるべき性質のものと考えられており、個々の国民が「権利を侵害された」といえる性質のものとは考えられていないが、しかし、国は施策の状況を国連の「社会権委員会」に報告することになっている。 B規約の場合は、そこに侵害してはならないと定められた権利について、批准国は、国の行為によって、その人権を侵害してはならない(規約二条)とされている。もし、そのような施策を行っていない場合は規約違反とされる。 そして、五年に一回、B規約の実施状況について国連の自由権規約委員会に報告書を提出し、その審査を受けることになっている。 3 直接、個人の権利内容となる。 それではわが国の国民個人が直接この規約を根拠に権利の実現を要求・主張できるか。 日本国憲法九八条二項は、日本が締結した条約及び確立された国際法規は確実に遵守する必要があることを定めている。 そして、憲法制定議会の政府答弁は「国内法としての内容をもっている条約は、これを公布すれば直ちに国内法としての力をもっている。今後といえども、その解釈を変え得るところでない。」と述べている。そもそも我が国は戦前から条約の中でも国内法の内容をもったものは国内法として有効に成立するという慣行ができていた。 ところで、B規約は、国家対国家の関係を規律したものではなく、まさしく国内関係を規律した自由権を内 前から条約の中でも国内法の内容をもったものは国内法として有効に成立するという慣行ができていた。 ところで、B規約は、国家対国家の関係を規律したものではなく、まさしく国内関係を規律した自由権を内容とする条約である。これはただちに国内法的効力を有し、国内法の解釈は勿論、これに違反する法律・命令・規約・行政処分等は無効としなければならない。 A規約は、締結国に対し、規約の定める人権の実現の漸進的達成を義務づけたものであり、個人がA規約を根拠として国内裁判所に対し国家(政府)を相手としてその履行を請求することはできないとされている。 これに対し、B規約については、即時、締結国(政府)は規約で定められた人権を尊重、擁護する義務を負う。したがって既に述べたように、個人はB規約そのものを根拠として、直接、国内の裁判所に規約上の人権侵害の救済を求めることが可能である。 これについて、一九九三年一〇月二七日に開かれた、国際自由規約委員会において、政府代表者は、「日本政府は、B規約のみを根拠として個人が国の不作為を具体的に問題とすることはできないということから、B規約には自動執行力はないと訴訟において主張しておりますが、これは国がB規約に違反するような一定の作為を行った場合に、その作為が規約違反であることを個人が主張することは別の問題と考えています。」と発言した。すなわち、国が差別行為という作為をした場合は、人権規約違反となることを政府自身が認めたことになる。 したがって、B規約の権利内容は直接我が国国民の権利内容となっているもので、これに違反があった場合、この規約を根拠に直接その人権違反性を請求できるものといわなければならない。 二規約違反の具体的事実 1 昇進、昇格、特昇差別はB規約二二条一項、二六条に違反する。 被控訴人組合員らは、昇任、 合、この規約を根拠に直接その人権違反性を請求できるものといわなければならない。 二規約違反の具体的事実 1 昇進、昇格、特昇差別はB規約二二条一項、二六条に違反する。 被控訴人組合員らは、昇任、昇格、特別昇給(特昇)差別を受けた。同期・同資格入関者と比較して、昇格において五年から七年の遅れが一般的であることは、原判決添付の別表1、2で明白である。昇任を見ると、一三年ないし一五年あとに入った全税関労組員以外の職員が上席官になって行く様を、被控訴人P10、同P20は体験している。以上の差別が当然賃金差別にはねかえってくる。 2 B規約二二条一項は、「すべての者は、結社の自由について権利を有する。」「この権利は自己の権利の保護のために、労働組合を結成し並びにこれに加入する権利を含む。」と定めている。控訴人(当局)の以上の差別取扱は、まさに労働組合に加入していることをもって差別しているものである。 そして、B規約二六条は法の下の平等原則を定め、「すべての者は法の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等いかなる理由による差別に対しても平等、かつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定している。上記昇格、昇任、特昇差別、これに伴う賃金差別が平等原則に違反していることは明白である。 3 昇任、昇格、特昇差別、これによる賃金差別は、品位を傷つける扱いを禁止した七条違反でもある。 4 その他大阪税関当局の被控訴人組合員らに対する遠隔地配転、休憩時間や勤務時間外で行われる賃上げなどの要求集会に対する解散命令、サークル活動からの排除策、前記結婚妨害事件は、B規約二二 ある。 4 その他大阪税関当局の被控訴人組合員らに対する遠隔地配転、休憩時間や勤務時間外で行われる賃上げなどの要求集会に対する解散命令、サークル活動からの排除策、前記結婚妨害事件は、B規約二二条「すべての者は、結社の自由について権利を有する。この権利には、自己の利益の保護のために労働組合を結成し及びこれに加入する権利を含む。」の規定、あるいは同一七条「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」の規定に違反していることは明白である。 第八附帯控訴に関する主張一原判決は、税関長による違法な差別を認定しながら、給与上の格差に差別行為による部分と非違行為等による部分とが混在し、差別格差が格差の内のどの部分かが確定できないとして、給与上の実損害及びそれに対する慰謝料の賠償請求を否定している。しかし、被控訴人らは給与上の実損害は既に立証しており、原判決の右部分は誤りである。また、原判決は被控訴人ら組合員が職員組合に所属し、活動する権利を税関長による差別取扱いによって侵害されたとして、慰謝料を一律一〇万円認めている。しかし右金額はあまりに低額である。この点でも原判決は誤りである。以下これらについて詳述する。 二給与上の損害 1 原判決の趣旨原判決は、「被控訴人らの主張する給与格差は、まず、被控訴人組合員らの法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実として、次いで、被控訴人らの給与上の損害の算定根拠として、両用の意味を有する。」とした上で、被控訴人らの給与上の損害の算定根拠としての格差(以下「損害としての格差」という。)の存在については、極めて厳格な証明の程度を要求し、これを認定できないとした。 これは、原判決が、格差というものを実体的に二つに区分したものではなく 拠としての格差(以下「損害としての格差」という。)の存在については、極めて厳格な証明の程度を要求し、これを認定できないとした。 これは、原判決が、格差というものを実体的に二つに区分したものではなく、差別意思との因果関係や違法性を検討する理論的前提として認定する必要のある格差(「法的保護に値する利益の損害を基礎づける事実)」と損害としての格差は、実体的には一つのものであるが、これを認定するための被控訴人らの証明の程度に差を設け、前者の証明の程度としては足りているが、損害としての格差の証明の程度としては不十分であるから、立証責任の問題として、後者は全く認定できないとしたものである。そして、後者が立証不十分な理由としては、大きく分けて二つのことを指摘した。 一つは、基準コースが正確な資料及び合理的な設定根拠に基づいて作成されたとはいえないこと、もう一つは、本件格差には、「非違行為」を原因とする部分と差別意思を原因とする部分とがあるが、そのうち差別意思を原因とする格差だけを特定する立証がないことである。 2 損害についての被控訴人らの立証の程度(一) 原判決は被控訴人らに厳しい立証負担を要求する。 このように原判決は、結局、被控訴人らに立証責任がある「損害」の存在について、被控訴人らが主張した「基準コース」としその基になった最低コースを、どの程度まで、しかも正確に立証しなければならないかという立証の程度の問題として、被控訴人らに極めて厳しい負担を課している。それがいかに厳しいものであり、およそ不可能を要求しているかは、後述する。 (二) 不法行為における「損害」とは何かしかし、そもそも、不法行為法における損害は、いうまでもなく生の事実(真実)ではなく、損害の実質的妥当性や損害の公平な分担といった見地から評価された規範的事実である。したが おける「損害」とは何かしかし、そもそも、不法行為法における損害は、いうまでもなく生の事実(真実)ではなく、損害の実質的妥当性や損害の公平な分担といった見地から評価された規範的事実である。したがって、その認定は、民事訴訟法的見地からは、当事者双方の立証態度、及び各当事者の立証の容易性(可能性)、立証負担の公平などを考慮した上で、また、実体法的見地からは、客観的真実としての損害のうち、どの範囲を不法行為による損害として認定することが、当該違法行為の程度(本件でいえば差別意思の強さや格差の程度)に照らして、実質的妥当性や公平の見地に適うか(保護範囲)という判断からなされなければならない。 ここから、損害の認定については、裁判所の判断に広い裁量性が認められているのである。いい換えれば、どの程度の立証をすれば、規範的事実としての損害を認定できるかは、違法行為の事案の内容や両当事者の立証態度・立証可能性によるものなのである。 たとえば、既に交通事故等の分野では、早くから損害の割合的認定の手法が、その理論的根拠は様々であったとしても、損害認定の方法として定着しているが、これはまさに、右のような規範的評価を加えた損害の認定の代表例である。損害への原因が競合したり、混在した場合に、各原因につきすべて損害を認めるか、すべて認めないかという立証は実際上不可能であるにもかかわらず、これを全か無かとしたのでは実質的妥当性を欠くため、規範的評価として割合的な損害を認定するのである。 よって、本件でも、損害としての格差の立証の程度は、「法的保護に値する利益の損害を基礎づける格差」の立証の程度に比して、より個別性・正確性が要求されるとしても、それは被控訴人らの立証可能性や立証負担の公平の範囲、そして大阪税関当局の不当労働行為の違法性の程度(差別意思や格差の大 基礎づける格差」の立証の程度に比して、より個別性・正確性が要求されるとしても、それは被控訴人らの立証可能性や立証負担の公平の範囲、そして大阪税関当局の不当労働行為の違法性の程度(差別意思や格差の大きさ)に照らして実質的妥当性の認められる範囲のものでなければならない。この点の考慮を欠き、いたずらに客観的損害の立証の負担をすべて被控訴人らに強いることは、結果として原判決のように被控訴人らに不可能を強い、事実上、同種事案における賃金差別における給与上の損害が認容される可能性をおよそ否定することになる。 3 基準コースの正確性(一) 原判決の判示原判決は、基準コースである「別表1、2中に原告らの不確かな調査あるいは推測により作成されたとしか考えられない部分があることは否定できない。」として、正確性に疑問を付し、その理由として四点を挙げる。 ① 被控訴人組合がニュース等で発表した資料の事実調査が具体的にどの程度行われたかは明確でない。 ② 分裂後作成されたものについては、職場事情からみて、被控訴人組合員である同期入関者が被控訴人組合の事情聴取に快く応じたとは考えられない。 ③ 仮に右基本資料のすべてが正確であるとしても、本件で書証として提出されている資料のみでは、別表2は作成できない(昭和四五年以降の昇格、特昇を明らかにする資料はない。)。 ④ 訴状の一覧と原判決添付の別表1、2との間にそれぞれ食い違いがあり、その理由が説明されていない。 (二) 控訴人の認否拒否しかし、そもそも被控訴人ら主張の右基準コースについて控訴人は原審で何ら認否をしなかったのである。控訴人は、もし被控訴人らの右主張に間違いがあれば、いつでもそれを指摘し、正しいコースを主張することができた立場と資料を有していたのだから、それをしなかったということは、被控訴人らの主張が正 である。控訴人は、もし被控訴人らの右主張に間違いがあれば、いつでもそれを指摘し、正しいコースを主張することができた立場と資料を有していたのだから、それをしなかったということは、被控訴人らの主張が正しいことを推認させるに十分な事情である。しかも、原判決が指摘するように、認否拒否をした控訴人の理由も、被控訴人らの主張が著しく事実と異なっていれば反論も辞さないというもので絶対的なものでなかったし、それでも敢えて認否しなかったということは、被控訴人らの設定が著しく事実に反していなかったことは勿論(ここまでは原判決も認定している。)、更に認否を拒否したことにより、被控訴人らの主張・立証した基準コースが事実であると認定されても、控訴人が認否しないことにより守ろうとした利益がある以上止むを得ないと控訴人自ら判断したもので、これを給与上の損害の算定根拠として認定することは、何ら妥当性を欠くものではない。逆に、そう認定しなければ、被控訴人らの立場上、本来的に完全に正確な立証ができない可能性が高いにもかかわらず、控訴人はこれを認否しないという態度をとることによって、ほとんどの場合、給与上の損害が認められないという結果を生じることになり、その不正義は、司法の存在価値を疑わしめることになる。 (三)被控訴人らは正確性を十分立証した。 また、被控訴人らの設定した基準コース(原判決添付の別表1、2)が正確でない理由として原判決が挙げた理由は、いずれも事実誤認による誤解であって、いずれも根拠足り得ない。まず、① 被控訴人組合がニュース等で発表した資料の事実調査が具体的にどの程度行われたかは明確でない。 ② 分裂後作成されたものについては、職場事情からみて、非原告組合員である同期入関者が原告組合の事情聴取に快く応じたとは考えられない。 とする点については、被控訴人P の程度行われたかは明確でない。 ② 分裂後作成されたものについては、職場事情からみて、非原告組合員である同期入関者が原告組合の事情聴取に快く応じたとは考えられない。 とする点については、被控訴人P10の供述によれば、当時、組合分裂以前から税関職員全員を対象とした被控訴人組合による調査が組織的・網羅的に行われており、分裂後も引き続き被控訴人組合が「調査部」という恒常的チームを作り、組織的に税関の各職場で、辞令発令時期毎に、一斉に異動と特昇に関する聞き取り調査を行ったのであった。この調査は、各職場では前日には誰が辞令を受けるかはすべて判明することから、当日、被控訴人組合員が、辞令を受ける所長室もしくは部長室付近に待機して、辞令を受けてきた職員全員に当たるという徹底したものであった。 また、昇格については、昇任と連動していることから、各職場においては明らかになる事実であったから、被控訴人組合は組合員からその都度情報を集中していた。 以上のような調査方法は、当時、昭和四五年以降職員録に等級が公表されなくなり、また昭和四二年以降特昇の発令通知も公表されなくなった状況下において、被控訴人組合として考えられる限りで最も正確で、漏れのない調査方法を行ったといえる。 そして、原判決の「非原告組合員である同期入関者が原告組合の事情聴取に快く応じたとは考えられない。」との危惧についても、被控訴人P10の供述を聞けば、見当違いであることは明白である。すなわち、当時、確かにおおっぴらに被控訴人組合の調査に対して組合員以外の職員が答えるという状況になかったことは事実であるが、その実際は、「聞いたらこそっと、大概の人はいうてくれます。」というものであったし、「辞令をもらうときに、私もそうですけれども、配置換えの辞令と特別昇給の辞令の二枚をもらってくるわけです。特別 るが、その実際は、「聞いたらこそっと、大概の人はいうてくれます。」というものであったし、「辞令をもらうときに、私もそうですけれども、配置換えの辞令と特別昇給の辞令の二枚をもらってくるわけです。特別昇給だけやったら一枚でそのまま何処にも行かれませんから、特昇やなということがわかります。聞きに行ったら、上司がおったりして言いづらかったら、特昇かとこちらから聞いたら首をふったり、静かに答えるということがあるわけです。だからこの人は特昇したということがすぐに分かるんです。」という反応であったのだから、被控訴人組合の調査に対し非協力的であったわけではなく、大阪税関当局に分からないように調査に応じていたのであり、その結果得られたデータは極めて正確だったといえる。次に、原判決の、③ 仮に右基本資料のすべてが正確であるとしても、本件で書証として提出されている資料のみでは、別表2は作成できない(昭和四五年以降の昇格、特昇を明らかにする資料はない。)との点については、昭和四五年以降は、昇格、特昇を職員録や発令通知に記載されなくなったため、それらを資料とすることはできなくなったのは確かであるが、それに代わり、前述のような被控訴人組合による聞取り調査をしたのであり極めて網羅性・信頼性の高いものである。中には一部推定も含まれているが、それはごく一部であり、また原判決も認定したように、昇格については昇任とほぼ連動している運用実態があり、昇任について職場内では自明の事柄であったことから、そこから昇格を推定することは合理性が高く、また特昇についても、原判決も認定したように順送り的運用が定着しており、それにしたがった推定には合理性がある。更に、原判決は、④ 訴状の一覧と右別表1、2との間にそれぞれ食い違いがあり、その理由が説明されていない。 ことが、不正確である に順送り的運用が定着しており、それにしたがった推定には合理性がある。更に、原判決は、④ 訴状の一覧と右別表1、2との間にそれぞれ食い違いがあり、その理由が説明されていない。 ことが、不正確であることの一因であるかのようにいう。しかし、これは、前記当局による激しい組合差別攻撃の最中、各被控訴人の同期入関者同学歴のコース設定にあたり、必ずしも十分な精査をする時間的余裕のないまま提訴せざるを得なかった昭和四九年当時の事情から、一部に被控訴人らの調査資料との照合を誤った部分が混入したものにすぎない。その後、原審審理中に右照合を厳密に行った結果、右別表1、2となったのである。請求の原因の一部、特に損害算定根拠について、提訴後に変更修正のあることは、不法行為訴訟において必ずしも稀なことではなく、本件の食い違いの生じた理由は右のとおりであるから、これを原判決が被控訴人組合の調査の不正確性を表するものとしたのは曲解であり、全く理由にならないものである。 (四) 「法的保護に値する利益の損害を基礎づける格差」を認定する資料としての右別表1、2の正確性の認定理由ところで、原判決は、「法的保護に値する利益の損害を基礎づける格差」の認定する資料としての右別表1、2の正確性は認められるとして、次のように認定している。しかし、これは、そのような限定をつける必要性の全くない正確性をもつものであって、そのまま損害としての格差の認定の資料としてもまた十分に正確であると認定すべき内容である。 ① 控訴人に訴訟態度などからの推認まず、既に述べたように、被控訴人らの設定した最低コースについて、何ら認否をしなかった態度を、認否を拒否した理由の検討や被控訴人らの右コース設定の態度、控訴人がこの点につき一切反証活動を行わなかったこと等から、最低コースが、控訴人が反証を必 最低コースについて、何ら認否をしなかった態度を、認否を拒否した理由の検討や被控訴人らの右コース設定の態度、控訴人がこの点につき一切反証活動を行わなかったこと等から、最低コースが、控訴人が反証を必要とするほどに事実と隔たっていないものと判断した。 ② 昇任時期の正確性その上で、昇任については、官職は職場において概略明らかであるから、これを被控訴人組合が把握することは困難でないこと、及び控訴人が昇任に関する被控訴人らの主張をほぼ認めていることから、この項での事実認定の限度でとの留保つきであるが、事実を表していると認定した。 ③ 昇格時期の正確性また、昇格については、昭和四四年八月二〇日までは等級は大阪税関当局により職員録に公表されていたから真実に合致するし、それ以後については、特定の地位と等級とは原則として結びついているから、職員の昇任状況さえ明らかになれば、それに伴い当該職員の等級を把握することは困難でないとした上で、主任相当職への昇任と五等級への昇格が、課長補佐相当職への昇任と四等級への昇格が、それぞれ連動しており、これが被控訴人ら主張の昇格状況とほぼ符合するとし、更に、制服の着用を義務付けられた職員については、その肩章をみると地位のみならず等級まで判明する部分があることも考慮して、その正確性を認定している。 ④ 特昇時期の正確性更に、特昇についても、昭和四二年までの分は特昇の発令通知など正確な資料を入手していたことから正確であると認定し、それ以後も特昇の運用は被控訴人組合員以外の職員については、勤務年限に応じある程度順送り的に行われていたが、これは被控訴人ら主張の特昇状況とほぼ符合するとして、その正確性を認定している。 ⑤ 普通昇給時期の正確性普通昇給についても、普通昇給の延伸者はごく少数で確率的に無視し得ること、及び被 いたが、これは被控訴人ら主張の特昇状況とほぼ符合するとして、その正確性を認定している。 ⑤ 普通昇給時期の正確性普通昇給についても、普通昇給の延伸者はごく少数で確率的に無視し得ること、及び被控訴人組合員の普通昇給の実態から、この項での事実認定の限度でとの留保つきであるが、事実を表していると認定した。 このように原判決は、控訴人の主張、立証における訴訟態度ばかりでなく、昇任、昇格、特昇、普通昇給のそれぞれにつき、被控訴人らの資料の正確性や運用実態などから、詳細に最低コースの事実認定を行っている。 (五) 損害としての格差の認定資料としての正確性① 不可能な立証を要求する原判決問題は、これを「法的保護に値する利益の損害を基礎づける格差」の認定する資料として限定して使用する限り正確であるとして留保している点である。 しかし、被控訴人らとしては、右原判決の認定した正確性以上に、いったい何を立証すればいい、何が立証可能であるというのであろうか。被控訴人らは、その立場で当時考えられ得るすべての調査・立証活動を行ったのである。この正確性は、損害としての格差を認定する資料として使用するとしても、十分に正確性が認められるべきものである。 前述したように、原判決は、損害としての格差の認定資料としては正確性が不足する理由として、先の四点を述べたが、昇任の正確性から普通昇給の正確性まで、いずれにも当てはまらないことである。 ② 昇任についてまず、昇任については、職場で概略明らかであることと控訴人が被控訴人らの主張をほぼ認めていることが正確であることの根拠である以上、この四点は問題にならない。 ③ 昇格について昇格については、昭和四四年八月二〇日までについては、「真実に合致する。」といっているのだから、損害としての格差の資料としても十分であるし である以上、この四点は問題にならない。 ③ 昇格について昇格については、昭和四四年八月二〇日までについては、「真実に合致する。」といっているのだから、損害としての格差の資料としても十分であるし、それ以降については、昇任とほぼ連動していること、被控訴人組合で独自に調査したこと、その調査がほぼ網羅的で、被控訴人組合員以外の職員も協力してくれたことは前述のとおりであるから、これも正確性は十分である。 これ以上、原判決は被控訴人らに何をしろというのか。もし、昇格について、昇任と連動しなかった例外的職員も含めて職員録のような疑いのない資料で逐一立証しなければ正確でないとするならば、この点についての被控訴人らとしての立証の可能性としては、大阪税関当局が職員録への公表を取り止めた以上、不可能である。一方、まさに給与差別を隠蔽するために職員録への公表をやめた右当局が、いつでも公表可能であるにもかかわらず認否を拒否しているのである。この事情の下、その点の立証不可能の不利益を被控訴人らに課すことは、正義に反する極めて不公平なものであることは明らかである。 ④ 特別昇給についてまた、特昇については、昭和四二年ころまでについては、「正確な資料を入手した。」といっているのだから、損害としての格差の認定資料としても十分である。 それ以降については、勤務年限に応じある程度順送り的に行われていたこと、被控訴人組合で独自に調査したこと、その調査がほぼ網羅的で、組合員以外の職員も協力してくれたことは前述のとおりであるから、これも正確性は十分である。 これ以上、原判決は被控訴人らに何をしろというのか。これも昇格と同様、発令通知のような証拠で、順送りにならなかった例外的職員も含めて逐一立証しなければ正確でないとするならば、昇格で述べたのと同様、極めて不公平な立証の負担 訴人らに何をしろというのか。これも昇格と同様、発令通知のような証拠で、順送りにならなかった例外的職員も含めて逐一立証しなければ正確でないとするならば、昇格で述べたのと同様、極めて不公平な立証の負担を被控訴人らに強いていることは明らかである。 ⑤ 昇給の延伸について普通昇給については、原判決は、普通昇給の延伸者はごく少数で確率的に無視し得ること、及び被控訴人組合員の普通昇給の実態から正確性を認定できるとしており、更に、被控訴人らは、そのごく例外的な延伸者についても、被控訴人組合員以外の職員いずれについても調査の上主張しており、その調査は前述のとおり正確なものであるから、これも正確性は十分である。 ⑥ 被控訴人らの立証で十分正確性は認定できる。 以上のように、昇任、昇格、特昇、普通昇給と個別に被控訴人らの立証の程度を見ても、被控訴人らの立証可能性及びこれに対する控訴人の反証の容易性に照らして、これを損害としての格差認定の資料として使用できる程度に正確であるとすることが、公平の観点から妥当であり、原判決の判断が、被控訴人らに不可能を強いる不正義なものであることが明らかである。 仮に、原判決の被控訴人らの立証程度に関する厳格な基準をこのまま許容するとすれば、本件に限らず、差別意思に基づき賃金格差を生ぜしめる使用者は誰でも、職員の賃金に関する資料さえ悉く非公開とすれば、後は反証どころか、認否もしないで黙っていれば、いくら差別意思と著しい格差との因果関係が認められ違法行為であると指弾されても、給与上の損害については損害として一切支払わなくてすむという結果を招くことは必至であり、そのことは原判決がそのような違法行為を奨励することになり、司法の権威はたちまち失墜してしまう。 (六) 「対象外非原告〔比較対象からはずされた一般職〕」と「最低コースとし 結果を招くことは必至であり、そのことは原判決がそのような違法行為を奨励することになり、司法の権威はたちまち失墜してしまう。 (六) 「対象外非原告〔比較対象からはずされた一般職〕」と「最低コースとして挙げられた職員」との区別に理由がある。 原判決は、この点について立証が不十分であるという。しかし、これについては十分に根拠を主張し、被控訴人P10の供述で、各人につき、なぜ対象外とするかについて個別的に詳細な説明を行っており、立証十分である。 対象外非原告とした者の理由は、大別すると、長期病休や勤務地が福井などの地方ばかりであったという理由と、元被控訴人組合員であった職員、被控訴人組合の脱退が二、三年遅れた職員や脱退後も第二組合に加入せずに中立を守った職員、あるいは脱退後も被控訴人組合の活動を支援していた職員という二つの理由によるものである。 このうち、長期病休や勤務地などは記録に残っている客観的な事実である。これについても、控訴人は反証は勿論、認否さえしなかった。しかし、これらの事実は、職場においては当時から明らかな事柄であり、昇格、特昇に比しても特に秘匿すべき理由もないものであるから、これにつき控訴人が反論しなかったということ、そして、これらの事情は、被控訴人組合が容易に調査可能な事柄であることから、被控訴人らの主張が正確なものであることは容易に推認される。 また、当該対象外非原告が、元原告であったこと、被控訴人組合の脱退が遅れたこと、又は脱退後第二組合に加入せず中立であったかどうかは、被控訴人組合にとっても大阪税関当局にとっても自明の事実であり、この正確性はいうに及ばない。 そして、そのような非原告が、被控訴人組合員同様給与上の差別を受けた(その差別の程度が、果たして被控訴人組合員と同程度であったかどうかはともかくとして)であろう であり、この正確性はいうに及ばない。 そして、そのような非原告が、被控訴人組合員同様給与上の差別を受けた(その差別の程度が、果たして被控訴人組合員と同程度であったかどうかはともかくとして)であろうことは、第二組合に加入するかどうかが踏み絵であったという当時の職場の状況やいわゆるマル秘文書などから容易に推認することができる。よって、この点に関する対象外非原告と最低コースとして挙げられた職員との区別に理由があることは明らかである。 4 勤務成績の同等性の立証の程度(三) 原判決の判示原判決は、「最低コースとして挙げられた職員と原告組合員らとの勤務成績が同等であること(原告組合員らの大多数に非違行為があり、これが勤務成績の評価に全く反映していないとはいえないから、ここでの勤務成績は非違行為等の存在を加味した上で立証される必要がある。)」とする。 (二) 被控訴人らの立証の程度しかし、一〇年という長期の対象期間全部につき、大阪税関勤務職員の全員について、査定権者でもない被控訴人らが、同期同学歴の対象非原告組合員の査定に関する資料を入手することが不可能なことは明らかである。他方、控訴人は、すべての資料を保管し、「非違行為」以外の勤務成績についても同等でないことを立証しようとすれば、いつでもできる立場にあるが、対象非原告組合員の優位性は勿論、被控訴人組合員の劣位性すら何ら主張・立証することはできなかった。そして、建前とは異なり、当時の税関においては、昇任、昇格、特昇のいずれについても、年功序列的運用がなされていたことも、明らかにされている。ここから、被控訴人らへの勤務成績の同等性の立証の程度としては、同学歴、同入関年度であること、差別意思が明白であること、格差が著しいこと、被控訴人組合脱退者が厚遇されていること、そして対象非原告組合員に ら、被控訴人らへの勤務成績の同等性の立証の程度としては、同学歴、同入関年度であること、差別意思が明白であること、格差が著しいこと、被控訴人組合脱退者が厚遇されていること、そして対象非原告組合員に比べて勤務実績が劣っていないことを立証すれば足り、控訴人が、これに対し、被控訴人らが、それぞれ最低コースから外れる程度に勤務成績が劣悪であったことを立証しない限り、少なくとも被控訴人ら各人は、それぞれの最低コースと同等であり、その間の格差が損害であると推認すべきである。 (三) 同期同学歴の平均ではなく、最低との比較であることの意義このことは、基準コースが、同期の平均ではなく、特別の事情のない最も低位の被控訴人組合員以外の職員に設定されていることから、その推認の合理性は一層強まる。 被控訴人らが、同期の平均と同じ時期に昇格などすべきであることは、仮に年功序列的運用がなされていたとしても、必ずしも、同時期に昇格等する蓋然性は高くない(差別がなくとも前後数期ずれることはありうる。)から、プラス・マイナスを含めて勤務成績の同等性の立証をある程度要求しなければ、これを推認することはできないかもしれない。しかし、本件のように最低の者との比較であれば、特別の事情がない限り、被控訴人らのほぼ全員がそれより早い時期に昇格等する蓋然性は極めて高いから、それを推認するのは合理的であり、あとは、控訴人の反証に委ねるべきである。 ここで、被控訴人らに要求される同等性の立証は、せいぜい、最低の者に比して、特にマイナス要素がないことをいえばよく、すべての査定要素について立証することは必要ない。 (四) 非違行為を加味した勤務成績の同等性更に、原判決は、非違行為を加味した勤務成績の同等性を求めているが、これを被控訴人らの立証に求めるというのは、すなわち絶対に立証は することは必要ない。 (四) 非違行為を加味した勤務成績の同等性更に、原判決は、非違行為を加味した勤務成績の同等性を求めているが、これを被控訴人らの立証に求めるというのは、すなわち絶対に立証はできないといっていることと同義となる非常識なものである。一体、原判決は、被控訴人らに対し非違行為をどのように勤務成績に評価しろというのであろうか。そもそも非違行為が勤務成績とは因果関係がないものであり、原判決も一部それを認めているにもかかわらずである。しかも、仮にこれを査定するとして、どのような基準であるかを控訴人は一切公表しないにもかかわらず、どうやって評価するのであろうか。どのような条件の下でも被控訴人らがこれを加味した勤務成績の同等性の立証が不可能であることは多言を要しないはずである。にもかかわらず、原判決がこれを求めるとは、最初から、給与上の損害を認めないという結論のための理屈でしかない。 (五) 本件での勤務成績の同等性に関する被控訴人らの立証原審で、被控訴人らは、勤務成績の同等性を、その立場上可能な限りで十分に立証してきた。現に、原判決も、既に「勤務成績の同等性」の項において詳しく述べたように、勤務実績については同等であることを認定している。 したがって、この点に関する被控訴人らの立証は十分なのであり、控訴人が反証すべきところをしていないだけなのである。にもかかわらず、これを被控訴人らの立証に委ね、その不十分さを被控訴人らの不利益に課す原判決が不当であることは明らかである。 5 不法行為法における損害の割合的解決(一) 原判決の判示原判決は、「非違行為等の存在が勤務成績に影響を与えるといわざるを得ないことからすると、原告組合員らに生じた給与上の格差は差別行為による部分と非違行為等による部分が混在するのであり、差別格差が格 原判決は、「非違行為等の存在が勤務成績に影響を与えるといわざるを得ないことからすると、原告組合員らに生じた給与上の格差は差別行為による部分と非違行為等による部分が混在するのであり、差別格差が格差の内のどの部分かが確定できない以上、差別行為に基づく給与上の実損害は算定できない。」というものであった。 (二) 損害の割合的認定の適用場面である。 しかし、このように損害に対する原因が混在もしくは競合する場合、その理論的根拠づけ(訴訟法上の心証形成の程度の問題とするか、因果関係の問題とするか、あるいは損害の金銭的評価として寄与度の問題とするか)はともかく、実質的妥当性の観点から、損害をオールオアナッシングとするのが不当な場合に、割合的に認定するというのが、不法行為における損害論の定着した流れである。この考え方を、本件に適用できない理由はない。適用の基礎が同一であるはずである。よって、仮に非違行為による格差の部分があるとしても(そもそもは、非違行為による格差自体、差別意思による格差を隠蔽するだけで、実質は同一の原因によるものであるから、そもそもそれを原因の混在と考える必要がないはずだが、百歩譲っても)、右のような損害の割合的認定により、給与上の損害を認定することは裁判所の裁量の問題として可能なのである。 三慰謝料について 1 給与上の格差に基づく慰謝料原判決は、給与上の損害を受けたことについての精神的苦痛への慰謝料の請求について、給与上の損害を算定できないからという理由で、この請求を認められないとしている。 しかし、給与上の損害を算定できないこととその場合にそれに関する慰謝料が認められないことは論理的必然でないにもかかわらず、なぜにそうなるのか全く説明がなされておらず、極めて不可解な見解である。給与上の損害の存在がそもそも認められない ととその場合にそれに関する慰謝料が認められないことは論理的必然でないにもかかわらず、なぜにそうなるのか全く説明がなされておらず、極めて不可解な見解である。給与上の損害の存在がそもそも認められないのであれば、それによる慰謝料が認められないというのは分かる。しかし、原判決によれば、給与上の損害は、立証の問題として確定できないだけであって、差別による格差は存在し、それによる給与上の損害がなにがしかあることは認定しているのである。とすれば、当然にそれによって被った精神的損害あるいは金銭に換算できない無形の損害の存在が認定できるはずであり、その額も当然に給与上の損害の立証とは切り離して認定すべきものである。 2 働く権利の侵害による慰謝料原判決は、被控訴人らが、職員組合に所属し、活動をする権利を侵害したことにより被った精神的損害に対する慰謝料を認容した。このこと自体は、極めて正当なことであった。ただ、問題は、その慰謝料額の低さである。一〇年間にわたり憲法二八条で保障された団結権・団体交渉権などの基本的人権を侵害されたことに対する精神的損害に対する慰謝料としては、極めて低額に過ぎるといわねばならない。

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