主文 被告人3名は無罪。 理由 年が省略された月日は,いずれも平成17年の出来事である。 第1本件公訴事実及び争点の概要 本件公訴事実は「被告人3名は,平成17年9月11日施行の第44回衆,議院議員総選挙に際し,大阪府第17区選挙区における小選挙区選出議員選挙の候補者として立候補し,かつ,近畿選挙区における比例代表選出議員選挙の衆議院名簿登載者として自由民主党が届け出たAの選挙運動者であるが,共謀の上,同候補者に当選を得しめる目的をもって,同年8月31日午後6時40分ころから同日午後10時10分ころまでの間,大阪府丁市(以下略)所在のB店において,別紙一覧表記載のとおり,同選挙区の選挙人であるCほか31名に対し,同候補者への投票並びに投票の取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として,1人当たり約5000円相当の酒食の供応接待をしたものである」というものである。 。 弁護人は,被告人3名が,公訴事実記載の日時・場所において,Cほか31名に対し,酒食の提供をしたこと,本件の事前事後において,いずれもA候補の選挙運動を行ったことは認めるものの,A候補に当選を得しめる目的並びに投票及び投票取りまとめ等に対する報酬の趣旨で供応接待したものではない旨を主張する。 被告人3名は,捜査段階では,供応接待の趣旨で酒食の提供をしたことを認める供述をしていたが,公判段階においてはこれを否認し,弁護人の主張に沿う供述をする。 当裁判所は,被告人3名の捜査段階の供述は信用できず,捜査段階の供述以外の証拠からは,被告人らが供応接待の趣旨で酒食を提供したものとは認められないと判断した。以下,その理由を詳述する。 第2前提となる事実 本件事案の概要 (1)被告人3名の関係及び被告人甲の活動状況等ア被告人甲は,昭和62年4月,丁市議会議員 のとは認められないと判断した。以下,その理由を詳述する。 第2前提となる事実 本件事案の概要 (1)被告人3名の関係及び被告人甲の活動状況等ア被告人甲は,昭和62年4月,丁市議会議員選挙において初当選し,平成6年10月から平成7年4月までを除き,本件当時まで,5期連続で丁市議会議員を務めていた。本件当時,被告人甲は,自由民主党・市民クラブという会派に属しており,丁市議会議長の職にあった。 被告人甲と被告人乙は,昭和56年4月に婚姻した。 被告人丙は,平成7年に行われた丁市議会議員選挙から被告人甲の後援活動をするようになり,平成15年ころから,被告人甲の後援会長を勤めるようになった。 イ被告人甲は,平成15年11月執行の第43回衆議院議員総選挙において,自由民主党公認で大阪府第17区選挙区から立候補したA候補を支援せず,同じ選挙区から無所属で立候補したD候補を支援した。同選挙区では,民主党のEが当選した。この結果,自由民主党丁市総支部は,平成16年3月5日付けで,被告人甲に対し,党紀違反者として党員資格を停止する旨の処分通知をしたが,被告人甲は,同総支部に対し,同月25日付けで不服申立てをし,同年6月3日付けで,「第43回総選挙において)無所属候補を応援し,党紀違反を犯したことを真摯(に受けとめ,反省し今後の衆議院選挙及び各々の選挙には自由民主党丁総支部の決定に従って,一丸となり,自由民主党公認候補を応援することをここに誓約いたします」という誓約書を提出し,処分問題は収束した。 。 (2)被告人甲の丁市議会議長就任祝賀会の開催等ア被告人甲は,平成17年5月26日,丁市議会議長に就任した。被告人丙は,支援者からの要望に応え,被告人甲と協議の上,被告人甲の丁市議会議長就任祝賀パーティー(以下「議長就任パーティー」という)を ア被告人甲は,平成17年5月26日,丁市議会議長に就任した。被告人丙は,支援者からの要望に応え,被告人甲と協議の上,被告人甲の丁市議会議長就任祝賀パーティー(以下「議長就任パーティー」という)を,7月29日にFホ。 テルで開催することに決めた。 イ別紙一覧表記載のCほか31名は,被告人甲を支援するものであるが,7月29日,被告人甲の議長就任パーティーにおいて,会費として1万円を支払った上,来賓来客の受付や案内を行った。被告人甲及び被告人丙は,Cほか31名の ために,Fホテルの別室に着席ビュッフェ形式の打ち上げ会を準備し,上記女性支援者らと酒食を共にした。 (3)B店での宴会を企画した状況ア被告人丙は,7月30日又は31日ころ,被告人甲の自宅に行き,被告人甲との間で,議長就任パーティーの受付をしてくれた女性支援者らへのお礼の会,(,「」を8月31日にB店で開催することを決めた以下このお礼の会を本件宴会という。被告人乙も,このことは承知していた。 。),,,イ被告人丙は8月4日ころ本件宴会の案内状の原稿を手書きで作成し被告人甲に渡した。被告人甲は,8月4日,B店のGに電話をかけ,本件宴会について,日時を8月31日,人数を50名,予算を1人当たり5000円として,仮予約をした。 ウ被告人甲は,8月5日午後5時ころ,丁市役所職員のHに対し,上記案内状をパソコンで清書するよう依頼した。Hは,案内状をパソコンで清書し,同日午後5時26分ころに印刷をし,被告人甲に手渡した。なお,この案内状には,当然のことながら,料金については記載されていない。その後,被告人甲は,清書済みの案内状を被告人丙に手渡した。 エ8月8日,郵政民営化関連法案が参議院本会議で否決され,同日,衆議院が解散された。 オ被告人3名は,8月 については記載されていない。その後,被告人甲は,清書済みの案内状を被告人丙に手渡した。 エ8月8日,郵政民営化関連法案が参議院本会議で否決され,同日,衆議院が解散された。 オ被告人3名は,8月9日,被告人甲の後援会事務所で会った。被告人丙は,被告人甲から「Dは今回の選挙には出ない」などと言われ,被告人甲が,,。 自民党公認で立候補するであろうA候補を支援することになるのだろうと思った。 カ被告人甲は,本件宴会にI市長を呼ぶこととし,8月10日,丁市の秘書課長に電話でその旨を伝え,了承を得た。 また,被告人甲は,被告人丙と協議の上,被告人甲の後援会支部長を本件宴会に呼ばないこととし,同日,Gに対し,本件宴会の出席予定者を40名に変更する旨の電話をしたところ,B店の予約台帳には,受付日を同日として本件宴会の予約が 記入された。 被告人丙は,同日付けの「議長就任祝賀パーティー反省会のご案内」と題する案内状を女性支援者らに配布した。 キ被告人甲は,遅くとも8月23日までに,A候補陣営に対し,本件宴会がある旨を伝え,A候補の二男で秘書のJも,A候補の日程表に本件宴会があることを記載し,A候補を支援する丁市議会議員等に配布した。 (4)A候補及び被告人甲を含む総支部の動き,,(,ア被告人甲は8月16日丁市内にあるA候補の選挙事務所正確にはこの時点では後援会事務所であるが,以下「選挙事務所」という)において,A。 候補を支援する丁市議会議員とともに,A候補の選挙対策会議(以下「選対会議」という)に出席した。もっとも,丁市議会議員で自民党丁市総支部の支部長であ。 るK議員は,私事旅行でニュージーランドに出かけていたため,欠席した。 イ被告人甲は,8月19日,丁市役所の会議室において,自由民主党・市民クラブ所属の議員やJとともに 党丁市総支部の支部長であ。 るK議員は,私事旅行でニュージーランドに出かけていたため,欠席した。 イ被告人甲は,8月19日,丁市役所の会議室において,自由民主党・市民クラブ所属の議員やJとともに,選挙の支援態勢や応援日程に関する打合せをした。 ウ被告人甲は,8月23日,A候補の選挙事務所において,A候補の選対会議に出席した。 エ被告人甲は,8月25日,A候補とともに,ソフトボールの練習会場と知人の建材会社を訪れ,A候補の支援を呼びかけた。 ,(「」。)オ8月30日第44回衆議院議員総選挙以下本件選挙ともいうが公示され,A候補も本件選挙の候補者届出を行った。 (5)本件宴会の状況ア別紙一覧表記載のCほか31名は,被告人丙とともに,8月31日午後,,。 ,,6時30分ころマイクロバスでB店に到着したそのころまでには被告人甲被告人乙,A候補及びI市長も,既に到着していた。 イA候補が本件宴会の会場に入る前の段階では,テーブル上には,空のグ ラス,箸,焼き肉用のたれと焼きがに用のしょう油の入った小皿2皿が置かれていたが,被告人甲が予め指示をしていたため,料理や飲物は,A候補やI市長の挨拶が終了するまで配膳されなかった。 ウ8月31日午後6時40分ころ,被告人丙が,議長就任パーティーの労をねぎらう挨拶をした後,被告人甲は,A候補が本件選挙に立候補したので支援してほしいなどと挨拶をした。続いて,A候補が,本件選挙に立候補したので支援してほしいなどと挨拶をして,同日午後6時49分ころ,会場を後にした。その後,I市長が2分間ほど挨拶をし,会場を後にした。 エA候補及びI市長が退席した後,瓶ビールが各テーブルに運ばれ,被告人甲の後援会支部長で本件宴会に参加していたLが乾杯の発声をし,料理が配膳された。 I市長が2分間ほど挨拶をし,会場を後にした。 エA候補及びI市長が退席した後,瓶ビールが各テーブルに運ばれ,被告人甲の後援会支部長で本件宴会に参加していたLが乾杯の発声をし,料理が配膳された。 オ同日午後10時10分ころ,本件宴会が終了し,被告人乙は,被告人甲のボーナスから,本件宴会の飲食代金20万円を支払った。なお,被告人甲は,A候補側から,A候補の顔写真が入ったリーフレット様の印刷物(以下,単に「リーフレット」という)約100枚を預かったものの,参加者には配布せず,B店に。 置いたまま帰宅した。 (6)女性支援者の選挙活動の状況アM,N,O及びPは,本件宴会の後,被告人乙の求めに応じ,被告人甲の事務所において,A候補の演説会への参加を呼びかけるために,有権者宛てに電話をかけた。なお,被告人甲の事務所に設置された電話(開通期間は,8月23日から9月15日まで)の通話料金は,3本合計で8419円であった。 ,,,,イ本件宴会の後MらはA候補の個人演説会の受付を手伝いあるいは演説を聴くなどして同演説会に参加した。このほか,M,N,O,Pは,被告人甲の事務所において,はがきの宛名書きをした。 本件に関する捜査の概要(1)大阪府丁南警察署は,本件選挙に関し,A候補の陣営が作成した日程表に 本件宴会のことが記載されているとの情報を入手し,その旨を大阪府警察本部刑事部捜査第二課に上申した。また,大阪府丁北警察署警察官は,8月24日,K議員の事務所で発生した事務所荒らしの捜査の際,事務所内のホワイトボードに本件宴会のことが記載されていることを現認した。 (2)丁北署及び府警本部捜査第二課のグループと,丁南署及び大阪府泉北警察署のグループは,被告人甲による供応接待が行われるものと予測し,8月31日,本件宴会と同じ時間帯 されていることを現認した。 (2)丁北署及び府警本部捜査第二課のグループと,丁南署及び大阪府泉北警察署のグループは,被告人甲による供応接待が行われるものと予測し,8月31日,本件宴会と同じ時間帯に,それぞれB店の3階の部屋を予約し,本件宴会の内偵捜査を行った。 (3)大阪地方検察庁のQ検察官は,本件選挙の投票日以後,府警本部捜査第二課のR課長補佐から本件宴会に関する報告を受け,8月10日に予約が入っていること,8月10日付けの案内状が出ていること,本件宴会にA候補が出席して自分への支持を訴え,被告人甲もA候補への支持を訴えたことを根拠に,本件宴会は,衆議院解散後の8月9日ころに,100パーセントA候補の支援を求める供応接待の趣旨で開催されることが企画立案されたものであるとの見込みを立てるとともに,被告人甲を組織的選挙運動管理者としてA候補に対する連座制の適用の可能性もあると考えた。 ,,(4)被告人丙は9月16日午後9時50分被告人乙は同日午後10時17分被告人甲は同月19日午後6時5分,それぞれ通常逮捕された。 (5)被告人丙を取り調べていたS警察官は,9月27日夜,本件宴会の案内状作成の経緯について調書を作成するため,丁南署に対し,その案内状の作成日をパソコンのデータにより確認するよう求めたところ,衆議院が解散される前の8月5日に作成されていたことが判明した。さらに,丁南署は,被告人甲の携帯電話の発信履歴を精査したところ,8月4日午後4時31分に,Gの携帯電話に発信していることが判明した。 (6)Q検察官は本件宴会は当初は議長就任パーティーの慰労会の予定であっ,,たところ,衆議院解散を受け,その機会を利用してA候補への支援を求めて供応接 待したものであると,事件を組み立て直した。 被告人3名の供述経過等の概要 任パーティーの慰労会の予定であっ,,たところ,衆議院解散を受け,その機会を利用してA候補への支援を求めて供応接 待したものであると,事件を組み立て直した。 被告人3名の供述経過等の概要(1)被告人丙についてア被告人丙は,9月14日午前8時30分ころ,S警察官及びT警察官の求めに応じて丁南警察署に同行し,断続的に翌15日に日付けが変わるころまで,取調べを受けた。 被告人丙は当初,本件宴会の趣旨について,議長就任パーティーの2回目の慰労会だと供述していた。しかし,S警察官は,9月14日中に聴取した内容として,「私が,A候補への投票を呼びかけ,また選挙運動の応援を求める目的で,A候補を招いて選挙運動をした上で,被告人甲の後援会の女性メンバーを集めて焼き肉等をご馳走したことに間違いない。この計画は,そもそも,平成15年に行われた第43回衆議院議員総選挙において,A候補と被告人甲が反目になり,自民党内での被告人甲の立場を改善するためには,今回はどうしてもA候補への支持を示し,応援活動を進める必要がある,という背景があった「私は,8月8日に衆議院が。」,解散されたころ,被告人甲から『今回の選挙はAの応援をするわ『何か後援会。』。』。 ,,のメンバーに飲ましたりできる機会ないかなあなどと聞かれたそこで私は議長就任パーティーの使役をしてくれた女性メンバーを2回目の使役のお礼という名目で集め,その席でA本人から投票を呼びかける等の選挙運動をすれば,容易に票の取りまとめができると考え『この前のFホテルのお礼っていうことで,受付,をしてくれたメンバーを呼んだらどうや』と提案をしたところ,被告人甲も『そ。 ,れ,ええなあ,どこでする』などと乗り気の様子で聞いてきたため『B店』で。 ,開催することとした。すると,この場 ,をしてくれたメンバーを呼んだらどうや』と提案をしたところ,被告人甲も『そ。 ,れ,ええなあ,どこでする』などと乗り気の様子で聞いてきたため『B店』で。 ,開催することとした。すると,この場にいた被告人乙が『それやったら,店の席,だけでも予約しとくわ』と言い『B店』に電話をかけて8月31日午後6時3。 ,0分から40名の予約をした。私,被告人甲,被告人乙が『B店』の計画をしたのは8月10日に間違いない」旨の警察官調書を作成した。 。 イ被告人丙は,9月16日午後9時50分,通常逮捕された。 S警察官は,同日付けで「衆議院解散に伴い,形だけとはいえ私が被告人甲の,,『。』後援会長であったことから被告人甲から今回の選挙はAを応援するから頼むと言われ,既に行われていた被告人甲の議長就任パーティーで使役をした後援者へのお礼という名目にかこつけて,後援者に料理等を振る舞った席でAへの投票や選挙運動の応援を呼びかける目的で,私が被告人甲と被告人乙に提案して計画したものである」などと,供応接待の目的で本件宴会を開催したとの被疑事実を認める。 弁解録取書を作成した。 被告人丙は,9月18日,検察官による弁解録取及び裁判官による勾留質問を受けたが,いずれにおいても,供応接待の趣旨で本件宴会を開催したことを認めた。 ウU検察官は,9月23日午後1時55分ころから同日午後3時34分ころまでの間,被告人丙を取り調べたが,被告人丙が「本件宴会にA候補が来るこ,とは知らなかった」などと,被疑事実を否認する供述をしたため,調書は作成し。 なかった。 S警察官は,同日付けで,被告人丙につき「本日,私は,大阪地方検察庁で検,事から取調べを受けた際に『本件宴会にA候補やI市長が来ることは知らなかっ,た。本件宴会が選挙運動に使われるなどとは知 。 S警察官は,同日付けで,被告人丙につき「本日,私は,大阪地方検察庁で検,事から取調べを受けた際に『本件宴会にA候補やI市長が来ることは知らなかっ,た。本件宴会が選挙運動に使われるなどとは知らなかった』などと供述したが,。 間違いである。本件宴会を計画するに当たっては,この場は被告人甲がご馳走をする場であるし,必ず被告人甲がAを応援するなどの選挙運動をするという,その場にいれば誰でも分かるようなことを念頭に置き,日取りや場所等の計画を立てることにした。本件宴会の日取りを決めるに当たっては,衆議院議員総選挙の投票日が9月4日か11日という報道がされていたことを念頭に置き,投票日がいずれであっても必ず選挙期間中になるように,8月31日とした」旨の警察官調書を作。 成した。 その後,S警察官は,9月26日付けで,被告人丙につき「議長就任パーティ,ーについて2回目のお礼の席を設けることについては,8月4日又は5日ころ,被告人甲及び被告人乙に対し『Fホテルで受付してくれた女の人たちには,ワシか, ら,また別の席設けたるからって言うた手前があるんやけど,あの女の人らにもう一回席を設けたってくれへんか』と言った。被告人乙は好意的に賛同してくれた。 が,被告人甲は,眉をひそめながら難色を示し『また,何しとくから』と,泉,。 州弁独特の言い回しで丁重に断った。したがって,もう一度お礼の会をしたいという私の提案は,その場で被告人甲に断られたのであり,本件宴会は,お礼の会や慰労会などとは全く趣旨の違った会である。8月9日午前9時ころから10時ころまでの間に,被告人甲の後援会事務所で,私や被告人甲及び被告人乙で話し合って決,,めたお礼の会名目でA候補を呼んで選挙運動をするご馳走の会を開くという話はこの日に被告人甲が言い出し,私や被告人乙が賛 の間に,被告人甲の後援会事務所で,私や被告人甲及び被告人乙で話し合って決,,めたお礼の会名目でA候補を呼んで選挙運動をするご馳走の会を開くという話はこの日に被告人甲が言い出し,私や被告人乙が賛同して,3人で計画を進めていったものである」旨の警察官調書を作成した。 。 エS警察官は,9月28日,被告人丙に対し,本件宴会の案内状の作成日が8月5日であることを伝えた。 オU検察官は,9月30日午後2時42分ころから同日午後3時10分ころまでの間,被告人丙を取り調べたが,同月23日の取調べ時と同様に被疑事実を否認したため,調書は作成しなかった。 S警察官は,10月2日付けで,被告人丙につき「私は,初めて警察に出頭を,求められた際,はっきり記憶しているのは本件宴会が8月31日に開催されたことだけであったので,そのほかは何らかの資料を基にして話してきた。本件宴会にA候補が出席していたことは動かせないので,本件宴会が選挙運動のための会合であったとしか言いようがない。私は『B店』の予約が8月10日であったので,,この件について話し合ったのは8月10日であると供述し,その後,案内状の日付けが8月10日であったので,8月9日に計画を立てて案内状の原稿を作成し,翌10日に『B店』の予約をしたと供述を変えた。その後,案内状をパソコンで作成した日が8月5日と特定されたため,本件宴会の計画を立てたのは,案内状を印刷した前日の8月4日と変わる」旨の警察官調書を作成した。 。 また,S警察官は,10月3日付けで,被告人丙につき「8月4日に議長就任, パーティーの2回目の慰労会を計画した際,被告人甲からは『もう終わってるや,ないか』などと言われたため,私の気持ちの中では会は開かれないものと思って。 いた。ただ,もしかしたら開かれる可能性もあるかと思い, の2回目の慰労会を計画した際,被告人甲からは『もう終わってるや,ないか』などと言われたため,私の気持ちの中では会は開かれないものと思って。 いた。ただ,もしかしたら開かれる可能性もあるかと思い,案内状の段取りを付けて一応計画を進めていた。すると,衆議院が解散された翌日の8月9日,私が被告人甲の後援会事務所に行くと,被告人甲は『会長,この間言うてた,こないだの,あれ,やろうか。A呼んでやろうや』と言ってきた。私は,ご馳走する席で選挙。 運動をすることが公職選挙法に触れる犯罪であることは知っており,本件宴会にA候補を呼ぶことには反対であった。しかし,私は,被告人甲の後援会長であったこと,前回の選挙の影響で被告人甲がA候補への応援姿勢をアピールする必要があったことから,結局,被告人甲がお礼の会名目で後援者にご馳走し,その席にA候補を呼んで選挙運動をすることに応じた。この場所には,被告人乙もおり,コーヒーを入れたりと席を立ったりしたこともあったが,会話の内容は全て聞いているはずである。このときに,被告人甲からは『やっぱり支部長呼ぶのやめとこうや』,。 と聞かされたと思う」旨の警察官調書を作成した。 。 U検察官は,10月4日午前10時15分から同日午前11時38分ころまでの間被告人丙を取り調べ同日付けで私は8月4日ころ被告人甲に対しF,,「,,,『ホテルで受付してくれた女の人たちにワシからまた別の席を設けたるからと言ったので,あの女の人らにまたもう一回席を設けたってくれへんか』などと言ったと。 ころ,被告人甲は『もう終わったんと違うのか。まだやらなあかんのか』など,。 と難色を示した。一方,被告人乙は『会長は確か別の席設けるって言ってました,もんね』などと言ってくれた。私も,難色を示した被告人甲を説得して『B店 たんと違うのか。まだやらなあかんのか』など,。 と難色を示した。一方,被告人乙は『会長は確か別の席設けるって言ってました,もんね』などと言ってくれた。私も,難色を示した被告人甲を説得して『B店』。 ,でもう一度女の人たちのために慰労会を開くように話を持っていった。この会合のための案内状は,私が手書きで下書きし,それを被告人甲に渡して,被告人甲がワ。 ,,ープロで打ち直してきた8月9日に私が被告人甲の事務所に立ち寄ったところ被告人甲は『今回はAでいかなしゃあないみたいや。党の方針やし,Aだけやか,らな』などと言った。被告人甲は,前回の選挙でD陣営に回り,自民党の票が割。 れ,結局民主党から立候補したEが当選するという結果となり,自民党から除籍寸,。 ,前になったため今回はどうしても自民党公認のAを応援する必要があったまた丁市議会議長の立場から,丁の選挙区から自民党の女性議員を輩出すれば,有利になるというのもAを応援する理由であった。被告人甲は『会長,こないだ言うて,たこないだのあれ,A呼んでやろうや』と言いだした。私は,投票依頼などのた。 めに食事をご馳走することが公職選挙法に違反する犯罪だとは分かっていたが,被告人甲の置かれていた立場を考えると,後援会長としても被告人甲を応援するしかなく,被告人甲の提案に私も賛成した。この被告人甲の提案で,本来は慰労のための会が,Aへ投票を依頼するためにご馳走する会に趣旨が変わってしまった。この,,,ときこの場所に被告人乙もおりコーヒーを入れたり席を立ったこともあったが会話の内容は全て聞いているはずであり,また,議員の妻である被告人乙は今回の会にAを呼ぶということがどういうことか分かっていたはずである」旨の検察官。 調書を作成した。 (2)被告人乙についてア被告人乙 は全て聞いているはずであり,また,議員の妻である被告人乙は今回の会にAを呼ぶということがどういうことか分かっていたはずである」旨の検察官。 調書を作成した。 (2)被告人乙についてア被告人乙は,V警察官の求めに応じて,9月15日昼ころ,丁北警察署に出頭し,同日午後8時ころまで取調べを受けた。 ,,被告人乙は当初本件宴会は衆議院解散前から企画していた旨を供述していたがV警察官は,B店の予約表には8月10日と記載されていることを指摘した。V警察官は,9月15日付けで「私は,8月31日『B店』において,議長就任パ,,ーティーの手伝いをしてもらったお礼に慰労会を開催し,後援会女性メンバー三十数名らを招待して焼き肉等をご馳走した。今回『B店』での慰労会を計画したの,,『』。」は8月8日の解散後のことであり私の主人がB店に予約を入れていると思う旨の警察官調書を作成した。 イ被告人乙は,9月16日午後10時17分,通常逮捕された。 V警察官は,同日付けで「今回の『B店』の件については,8月8日に衆議院,が解散された翌日ころに,被告人甲の事務所において,被告人甲が後援会長の被告 人丙に対し『今回の選挙ではAを応援する』などと言ったことで,相談した結,。 果,7月末の議長就任パーティーの慰労会という名目にかこつけて,パーティーの受付を手伝ってくれた女性メンバーにご馳走をし,A候補への投票を依頼することになったものである。前回となる平成15年の衆議院議員選挙では,大阪第17区では自民党が分裂する形でA候補以外にも市会議員のDが立候補することになっ,,た。被告人甲は,市会議員仲間として仲の良かったDの応援に回った結果,自民党から除籍される寸前になった。被告人甲は,平成17年5月に丁市議会議長に就任することになり,自民党に所 ることになっ,,た。被告人甲は,市会議員仲間として仲の良かったDの応援に回った結果,自民党から除籍される寸前になった。被告人甲は,平成17年5月に丁市議会議長に就任することになり,自民党に所属する丁市議会議員をまとめなくてはならない立場にもなった。今回の選挙では,Dは出馬しておらず,A候補が自民党公認として立候補しており,そのことで夫は前回の衆議院議員選挙の負い目を取り返すためにも,A候補を積極的に応援しなくてはならなかった」旨の警察官調書を作成した。 。 被告人乙は,9月18日,検察官による弁解録取及び裁判官による勾留質問を受けたが,いずれにおいても,供応接待の趣旨で本件宴会を開催したことを認めた。 また,V警察官は,同日付けで「女性メンバーを『B店』に集めた理由につい,ては,議長就任パーティーの反省会,つまり,慰労会となっているが,議長就任パーティーの慰労会についてはその当日に終了していた。また,被告人丙が,議長就任パーティーが終了した直後に『もう一度慰労会をしよう』などと話したため,,。 私がそのことを被告人甲に伝えたところ,被告人甲は『もうええんちゃうか』,。 と答えていた。このように,Fホテルの慰労会についてはその日に終わっていたのである」旨の警察官調書を作成した。 。 ウU検察官は,9月23日午前9時57分ころから同日午前10時33分ころまでの間,被告人乙を取り調べたが,調書は作成しなかった。このとき,被告人乙は「本件宴会は慰労の意味だけだと思った」などと供述した。 ,。 V警察官は,9月24日付けで,被告人乙につき「被告人甲は,自民党の市会,議員として政治活動をしていたが,平成15年11月に行われた第43回衆議院議員総選挙の際,自民党公認であったA候補ではなく,市会議員仲間のDを応援し, A候補が落選した 人甲は,自民党の市会,議員として政治活動をしていたが,平成15年11月に行われた第43回衆議院議員総選挙の際,自民党公認であったA候補ではなく,市会議員仲間のDを応援し, A候補が落選したため,自民党から除籍される寸前まで追い込まれた。また,被告人甲は,平成17年5月に丁市議会議長に就任し,自民党の丁市議会議員団の中心的立場として市議団を一つにまとめ,自民党本部や自民党大阪府連と息を合わせな。 ,ければならなくなった第44回衆議院議員総選挙ではDは立候補しなかったため被告人甲も,党の方針に従って,A候補を応援することになった。衆議院が解散された直後の8月9日ころの朝,被告人丙が被告人甲の事務所に来て,私と被告人甲の3人で相談した結果,議長就任パーティーで受付をしてくれた人たちの慰労会をやって,そこにA候補を呼んで,A候補に対する選挙での投票依頼等を行うことを決めた。私は,W地区の個人演説会の準備を手伝っただけではなく『B店』に来,ていた女性メンバーの中の4人に手伝ってもらい,事務所において,A候補を当選させるために,推薦はがきの作成や電話作戦をしてもらった」旨の警察官調書を。 作成した。 エV警察官は,遅くとも9月28日までに,被告人乙に対し,本件宴会の案内状の作成日が8月5日であることを伝えた。 その後,V警察官は,9月28日付けで,本件宴会当日の状況に関する警察官調書を作成した。 オU検察官は,9月30日付けで「私は,本心を言えば,あまりA候補,のことを好きではなかったが,自民党員であり,丁市議会議長をしている被告人甲の妻という立場から,A候補を応援せざるを得なかった。被告人甲は,第43回衆議院議員総選挙において,自民党公認を受けたA候補ではなく,懇意にしていたDを応援した。その選挙では,民主党から出馬したEが当選 という立場から,A候補を応援せざるを得なかった。被告人甲は,第43回衆議院議員総選挙において,自民党公認を受けたA候補ではなく,懇意にしていたDを応援した。その選挙では,民主党から出馬したEが当選した。その選挙結果の責めについては,Dを応援した丁市議会議員まで及び,被告人甲も自民党から除籍される寸前まで追い込まれた。被告人甲は,今回はA候補を応援して,名誉を挽回する必要があった。また,被告人甲は,市議会議長という重要な立場にあり,自民党の市会議員をまとめる立場にあり,また,党の方針としても,A候補を応援するしかなかった。議長就任パーティーの何日か後,被告人丙が『議長就任パーティー, で受付をしてくれた方たちの慰労会をしようか』と持ちかけてきた。私は全く反。 対はなかった。被告人甲は,この話を聞いたとき『もうええんちゃうか』と,,。 最初は乗り気ではなかったが,被告人丙の顔も立てて,結局慰労会をすることに賛成した。8月4日ころに慰労会を『B店』でやるという話が被告人甲と被告人丙との間で煮詰まり,被告人甲が『B店』に電話をして宴会場の空きを確認し,被告人丙が案内状を手書きして,被告人甲が事務局でワープロ打ちをしてもらった。8月8日に衆議院が解散されたとき,私は,今回の選挙ではA候補を応援することになるのだろうなと思った。8月9日の朝,被告人丙は事務所に来た際,被告人甲に対し『B店で慰労会やるんだったら,そこにAさんを呼んだらええんちゃうか』,。 と言った。これを聞いて,私は『B店』の席にA候補を呼んで『B店』に集まっ,,た人たちにA候補への投票依頼等をするんだな,と思い,本件宴会がA候補に投票依頼をするためにご馳走する場になると分かった」旨の検察官調書を作成した。 。 V警察官は,10月3日付けで,被告人乙につき「議長就任パー 候補への投票依頼等をするんだな,と思い,本件宴会がA候補に投票依頼をするためにご馳走する場になると分かった」旨の検察官調書を作成した。 。 V警察官は,10月3日付けで,被告人乙につき「議長就任パーティーの翌日,である7月30日ころ,被告人丙が事務所に来て,いつものようにお茶を持ってきた私に対し『慰労会するで。石の間や』などと言った。私がその日の夜ころに,,。 被告人甲にそのことを伝えると,被告人甲は『もうええんちゃうか』と言った。 ,。 その後,8月4日,被告人丙は,事務所において,被告人甲に対し,議長就任パーティーの慰労会の話をし,結局は,被告人丙のペースにはまったような感じで,日取りや場所についての話を進めることになった。その結果,8月31日に開催することに決まり,被告人丙が案内状を作成することになり,被告人甲が『B店』に予約を入れた。8月8日に衆議院が解散された際,今回は自民党のA候補を応援しなければいけないだろうなと思った。8月9日午前9時過ぎ,私が,事務所に来た被告人丙にお茶を出したところ,被告人甲も事務所に来た。すると,被告人甲と被告人丙との間で『B店の慰労会にAさんを呼ぼう』ということになった。私も,,。 この話を横で聞いていて『B店』の席にA候補を呼んで『B店』に集まった人,,たちにA候補への投票依頼等をするんだな,と思った。そして,この話はすぐにま とまることとなり,被告人甲がA候補に連絡することになった」旨の警察官調書。 を作成した。 V警察官は,10月4日付けで,被告人乙につき「8月9日午前9時過ぎ,被,告人甲の事務所において,被告人甲が被告人丙に対し『衆議院が解散された。今,回,自民党はA一本で行くので,後援会長もよろしく頼む』等と言ったことで,。 被告人甲と被告人丙との間で,本件宴会にA候補 告人甲の事務所において,被告人甲が被告人丙に対し『衆議院が解散された。今,回,自民党はA一本で行くので,後援会長もよろしく頼む』等と言ったことで,。 被告人甲と被告人丙との間で,本件宴会にA候補を呼ぼうということになり,私もこの相談に加わっていることに間違いない。本件宴会については,既に8月4日ころに決まっていたが,8月9日に3人で相談した結果,本件宴会をA候補の選挙運動のために使う会合に変更した。その理由は,被告人甲が前回の総選挙でA候補を応援することなく,Dを応援し,自民党が分裂した形となり,A候補が落選して大きな凝りができたこと,平成17年5月に丁市議会議長に就任し,自民党の丁市議会議員を一本にまとめなくてはならない立場にあること,今回の選挙でA候補を積極的に応援すると,被告人甲の選挙においても有利に働くことがあった」旨の警。 察官調書を作成した。 U検察官は,10月5日付けで,本件宴会当日の状況に関する検察官調書を作成した。 (3)被告人甲についてア被告人甲は,9月19日午前7時ころ,T警察官の求めに応じて大阪府警察本部に同行した。 被告人甲は,取調べの当初は,本件宴会は衆議院が解散される前に企画したもので,議長就任パーティーの慰労会であったと供述していた。そして,T警察官は,同日付けで「私自身は,議長就任パーティーのときのお礼は,7月29日の祝賀,会の後に別室に料理やビール等を用意してお礼をしていたので,終わったものと思っていた。しかし,詳しい日付けは覚えていないが『B店』への申込みをした,前に,被告人丙から,女性メンバーに対する議長就任パーティーの慰労会や反省会を再度行おうという相談を受けた。私の本音としては,もうお礼はしたのに,また やるのか,という心境だったが,後援会長から言われたことで,この件に関しては に対する議長就任パーティーの慰労会や反省会を再度行おうという相談を受けた。私の本音としては,もうお礼はしたのに,また やるのか,という心境だったが,後援会長から言われたことで,この件に関しては思案していた。そして,8月8日に衆議院が解散され,この選挙に関して私を含んだ自民党公認の市議会議員が集まり,A候補と一緒に挨拶回りをしてほしいということになった。このとき,私は『集まる機会があるよ。何とか格好をつくように,するわ』と言って,議長就任パーティーでの慰労会にA候補を呼んで挨拶しても。 らおうと暗に言った。このようなことから,私自身も同じ自民党公認のA候補を応援し,何としてでもA候補を当選させると決め,私の後援会事務所において,被告人丙と話し合い『Dも出馬しないし,今回の選挙はAの応援するわ』などと,,。 。 ,,A候補の選挙応援を手伝ってくれないか打診したこのとき妻である被告人乙はお茶をくむなどして隣で聞いていた。私は,被告人丙から相談を受け,女性メンバーに対して議長就任パーティー後の慰労会として招待し,その場にA候補を招いて挨拶をすれば丁度いいと思った」旨の警察官調書を作成した。 。 イ被告人甲は,9月19日午後6時5分,通常逮捕された。 被告人甲は,9月20日,検察官による弁解録取及び裁判官による勾留質問を受けたが,いずれにおいても,供応接待の趣旨で本件宴会を開催したことを認めた。 ウ被告人甲は,9月21日又は22日,T警察官に対し,本件宴会は選挙とは無関係であった,B店への予約は解散前に行っていた旨の供述をした。 一方,T警察官は,9月25日,被告人甲を取り調べ,9月26日付けで「私,は,第43回衆議院議員総選挙において,自民党のA候補を支援しないで,地元議員であるDを支援した。その結果,A候補及びDが共倒れして,E 官は,9月25日,被告人甲を取り調べ,9月26日付けで「私,は,第43回衆議院議員総選挙において,自民党のA候補を支援しないで,地元議員であるDを支援した。その結果,A候補及びDが共倒れして,Eが当選する結果となってしまった。そのため,私は,丁市会議員団や地元の有力者から,非難を浴びせられる結果となり,除名処分になりかけた。今回の総選挙では,平成16年末ころにはDが立候補しないことに決まったので私もA候補を支援することになっ,,た。もっとも,私を支援してくれる地元の人たちには『いったいどっちやねん』,。 と思われかねなかったので,Aを支援することについて,私の地元の支援者に知らせて,私の意思を理解してもらう必要があった。この機会が,本件宴会であった。 私は,5月26日に丁市議会議長に就任したことも手伝って,丁市から自民党公認の衆議院議員を出すとの責任感は重大であると認識していた。さらに,自民党の市会議員として,第43回総選挙の際に党の方針に背いたことへの罪の償いという,名誉挽回のチャンスでもあった。また,自民党は政権政党であるから,丁市から衆議院議員が誕生すれば,丁市から国に対する要望が通りやすくなり,丁市議会議長である私の発言力も当然強くなると思った。私は,被告人丙から,議長就任パーティーの慰労会をすると持ちかけられたが,既にFホテルで打ち上げをしていたことや,その慰労会に地元以外の支部長を招くとのことから私が難色を示していたことで,棚上げになっていたところ,それを再燃させて,その場にAを招致して挨拶をさせて,投票依頼と投票の取りまとめをすることにした」旨の警察官調書を作成。 した。 Q検察官は,9月25日午後7時11分ころから同日午後8時13分ころまでの間,被告人甲を取り調べたが,調書は作成しなかった。 エT警察官は りまとめをすることにした」旨の警察官調書を作成。 した。 Q検察官は,9月25日午後7時11分ころから同日午後8時13分ころまでの間,被告人甲を取り調べたが,調書は作成しなかった。 エT警察官は,9月28日,被告人甲に対し,本件宴会の案内状の作成日が8月5日であることを伝えた。 オT警察官は,9月30日付けで,被告人甲につき「私は,8月4日こ,ろ,被告人丙から『議長就任パーティーの)反省会と称して慰労会をもう一度,(やってやらんとあかんで』と言われた。私としては,既に慰労会は終わったもの。 と思っていたが,世間体を気にして渋々了解した。このとき,被告人丙は,受付などを手伝ってくれた女性メンバー40人と,私の後援会の支部長10人くらいの合計50人を予定していた。しかし,私は,後援会の支部長としてあまり機能してい,,なかったことや女性メンバーの中に男の支部長が入ると場が白けると思ったので翌5日ころ,被告人丙に対し『支部長なんか関係ないで。呼ばんとこや』と話,。 した。私は,8月8日に衆議院が解散され,自民党候補者を一本化して自民党の国。 ,,会議員を丁市から選出しなければならないと思った私は8月9日午前9時ころ後援会事務所に来た被告人丙に対し『自民党解散したな。選挙やな。今度は,D, ,。 。』も出馬しないし自民党を一本化するでAが自民党の公認を受けたら支援するでと話した上で,本件宴会にAを呼べたら呼ぶなどとも言った。このときの被告人丙がどのような返事をしたのか記憶はないが,私の言うことを納得して聞いてくれていた。被告人乙は,被告人丙にお茶を入れるなどして,横で立って聞いていた。私は,本件宴会にA候補を呼ぶことについて,Aの選挙対策本部に対し,8月16日,。」。 に伝えたと思うが8月19日という可能性もある 乙は,被告人丙にお茶を入れるなどして,横で立って聞いていた。私は,本件宴会にA候補を呼ぶことについて,Aの選挙対策本部に対し,8月16日,。」。 に伝えたと思うが8月19日という可能性もある旨の警察官調書を作成したまた,T警察官は,10月3日付けで,上記9月30日付け警察官調書のうち,被告人甲が被告人丙に対して「自民党解散したな」と発言したとする部分を「衆。 議院解散したな」と訂正した内容の警察官調書を作成した。 。 Q検察官は,10月1日午後3時42分ころから同日午後5時43分ころまでの間と,同日午後6時43分ころから同日午後7時40分ころまでの間,被告人甲を取り調べたが,調書は作成しなかった。 Q検察官は,10月4日午後2時7分ころから同日午後4時1分ころまでの間,被告人甲を取り調べ「私は,第43回衆議院総選挙の際,無所属で出馬したDを,支持し,その結果,自民党票が割れてしまい,A候補とDが共倒れで落選し,丁市から与党の衆議院議員を出せないという最悪の結果となり,私らDを支持した造反議員に非難が浴びせられてしまった。私は,平成16年6月,A候補を支援する旨の誓約書を書かされた。さらに,私は,平成17年5月に丁市議会議長に就任したことから,丁市から自民党公認の衆議院議員を出すという責任感と,前回選挙での党への背信行為の償いの意味もあって,今回の選挙違反を起こしてしまった。もっとも,私が選挙人を供応接待した本件宴会は,衆議院解散を受けて,最初から選挙に絡んでA候補への投票と応援依頼をするために開催しようと企画したわけではな,,,く選挙とは関係しない別の趣旨で開催しようと企画していたものを解散を受け急きょ,選挙に絡んでA候補への投票と支持を私の支持者に訴えるために利用した。 ,,,,,,ものであるすなわちそ く選挙とは関係しない別の趣旨で開催しようと企画していたものを解散を受け急きょ,選挙に絡んでA候補への投票と支持を私の支持者に訴えるために利用した。 ,,,,,,ものであるすなわちその経緯はまず8月4日ころ自宅で被告人丙から『慰労会をもう一度,やってやらんとあかんで』という話があった。私は,議長。 就任パーティーの慰労会は済んでいると思っていたので,どうして2度も慰労会をする必要があるのかと思うと同時に,余計な出費がかさむこともあって,嫌であった。しかし,私が被告人丙の申出を一蹴すれば,被告人丙の面子を潰してしまうことにもなるし,ケチなやつと言われかねないと思い,被告人丙の申出を渋々ながら承知した。私は,被告人丙が持ってきた本件宴会の案内状の下書きを,議会事務局のHに渡して,パソコンで清書してもらった。警察の捜査で,Hが案内状をパソコンで作成したのが8月5日というのが明らかになったそうなので,私の記憶とも合っている。当初は,後援会の支部長も入れて,50名で仮予約をしていた。しかし,私は,議長就任パーティーの当日に何もしてもらっていない支部長を招くと,他のメンバーが気分を害するのではないかと考えたことや,名目だけの後援会支部長で機能していなかったことから,被告人丙には『支部長なんか関係ないで。呼,ばんとこや』と言った。そして,8月10日に40名に変更する連絡をした。な。 お,検事から,この連絡の時点では衆議院が解散されており,支部長をメンバーに入れれば,慰労会の趣旨よりも選挙運動の面の方が濃くなってしまい,後々の言い訳が効かなくなることを懸念したという面がなかったのかという質問を受けたが,確かにそうした面があり,支部長を外したのは正解だったとの思いがあったのも事実である。衆議院が解散された翌日の8月9日午前 訳が効かなくなることを懸念したという面がなかったのかという質問を受けたが,確かにそうした面があり,支部長を外したのは正解だったとの思いがあったのも事実である。衆議院が解散された翌日の8月9日午前9時ころ,被告人丙が私の後援会事務所を訪ねてきた。私は,被告人丙に対し『衆議院解散したな。選挙やな。 ,今度は,Dも出馬しないし,自民党を一本化するので,Aが自民党の公認を受けたら支援するで』と言った。私は,Aを支持する自分の考えを被告人丙以外の私の。 支持者に伝える機会が必要であるし,また,Aに私が間違いなく,Aを支持していることをアピールもできるということから,被告人丙に対し『Aを呼べたら呼ん,だろか』などと,Aを本件宴会に呼ぶ旨を伝えた。被告人丙は,私が本件宴会を。 利用して,参加者に対してA候補への投票と票の取りまとめなどの選挙運動を訴える機会を提供することで,私がA候補にアピールするつもりでいることも分かってくれていたはずである。このような,私と被告人丙のやり取りを,被告人乙も,被 告人丙に御者(ママ)を入れるなどして横で聞いており,全てを分かった上で,私のやることをサポートしていく考えでいてくれると思っていた。私は,本件宴会に,,,A候補を呼ぶことについてA候補側には8月16日に打診したかも知れないが8月19日に伝えたかも知れない」旨の検察官調書を作成した。 。 第3被告人3名の捜査段階における供述の検討 本件宴会を供応接待の場とする意図の存否に関する諸事情(1)被告人3名には,十分な動機が見当たるか否か。 ア動機に関する供述前記のとおり,本件宴会は,当初は,議長就任パーティーの慰労会という目的だけで企画されていたものである。これに,供応接待の場とする趣旨を加えたというのであれば,摘発を受けた場合に被告人甲が市 る供述前記のとおり,本件宴会は,当初は,議長就任パーティーの慰労会という目的だけで企画されていたものである。これに,供応接待の場とする趣旨を加えたというのであれば,摘発を受けた場合に被告人甲が市議会議員の職を失い,政治生命を断たれかねないという重大な事態に立ち至ることに照らし,被告人3名に相応の動機があってしかるべきである。 この点について,被告人3名の捜査段階における供述調書には,被告人3名が本件宴会を供応接待の場とした動機として,①第43回衆議院議員総選挙において,A候補の対立候補を支援したことなどが原因で,被告人甲が自民党を除名される寸前まで追い込まれたので,その失地回復を図る必要があった,②丁市議会議長に就任したために,自民党丁市議団を統率する立場になり,自民党公認のA候補を支援する必要があった,などと記載されている。 しかし,以下に指摘するとおり,これらの記載に説得力があるとは認め難い。 イ本件選挙の際に被告人甲が置かれた立場(ア)前記前提となる事実のとおり,被告人甲は,第43回衆議院議員総,,選挙においてDを支援したことに関して自民党の党員資格停止処分の通知を受けその後,誓約書を提出する事態になったことが認められる。 しかし,K議員は,市議会議員の活動においては,自民党籍の有無は影響しない旨を証言し,被告人甲も同様の供述をしている。丁市議会議員であるX議員も,自 民党公認の対立候補を応援して党員資格停止処分を受けかけたということが,市議会議員として致命的な打撃になるかどうかは,人によって違うから何とも言えない旨を証言している。 そうすると,被告人甲が,上記の党員資格停止処分を受けたために,手段を選ばずにA候補を支援しなければならない立場にあったとするには,疑問を差し挟む余地がある。 ,,,,(イ)また いる。 そうすると,被告人甲が,上記の党員資格停止処分を受けたために,手段を選ばずにA候補を支援しなければならない立場にあったとするには,疑問を差し挟む余地がある。 ,,,,(イ)また前記前提となる事実のとおり被告人甲は本件選挙の当時丁市議会議長という立場にあった。 しかし,大阪府第17区選挙区におけるA候補のための総括的な選挙対策本部長は,自民党丁市総支部の支部長であり,かつ,丁市議会議員であるK議員であったと認められる。被告人甲の検察官調書中にも「本件宴会のことをA候補側に伝え,たのは,8月16日の選対会議のときだったと思うが,選対本部長のK議員が欠席していたということなので,選対本部長のいない席で本件宴会の件を持ち出したかどうかの疑問が残る」旨の供述記載があり,被告人甲は,市議会議長という立場。 にありながら,A候補の選挙運動に関しては,K議員の意向を重視していたことがうかがわれる。そうすると,丁市議会議長であった被告人甲が,A候補を支援するために,自民党丁市議会議員を統率する必要性があったとは認め難い。 (ウ)結局,当時の被告人甲が置かれた立場は,本件宴会を供応接待の場とするだけの動機があったと推認させるような事情ではないというべきである。 (2)A候補側に本件宴会のことを伝えた時期アこの点について,検察官は,8月16日又は8月19日ころまでに被告人甲がA候補側に伝えた旨を主張し,その根拠として,X議員及びR警察官の各証言を指摘するので,これらの信用性を検討する。 (ア)X議員は,公判廷において「8月16日に行われたA候補の選対,会議の席上で,日程表が配付された。その中には,焼き肉『B店』というところで婦人部が集まる旨の記載があった。私は,警察から選挙違反で狙われるおそれがあ ,,『。 ると思い A候補の選対,会議の席上で,日程表が配付された。その中には,焼き肉『B店』というところで婦人部が集まる旨の記載があった。私は,警察から選挙違反で狙われるおそれがあ ,,『。 ると思いA候補の今秘書をしている人にこういう危ない選挙は私はできない心配だ。誰がこんなことを書いたんか。狙われてるぞ。格好の餌食になるぞ』な。 どと言った」旨を証言した。しかし,X議員は,捜査段階で警察に提出した日程。 表(本件宴会の記載がある)について,警察官の取調べに対しては,8月16日。 にもらったものに間違いないと供述していたものの,記憶を喚起したところ,同日にもらったものではないかもしれないように思うようになった旨を証言しており,8月16日に本件宴会の記載がある日程表を見たという根幹部分について,看過できない動揺があるといわざるを得ない。加えて,X議員は,8月16日以降も,A候補の選挙事務所に立ち寄り,情報交換をしたというのであるから,X議員が,8月16日以降の出来事を勘違いして,前記のような証言をしている可能性も否定できない。したがって,X議員の上記証言は,信用性に乏しいというほかない。 (イ)R警察官は「8月16日ころに,被告人甲が支持者を集めて供応,。 ,,接待するのではないかという情報を入手したその後遅くとも8月19日までに本件宴会の記載のある日程表を入手した」旨を証言する。しかし,R警察官は,。 情報源の秘匿の観点から,上記の経緯について捜査報告書を作成することはできなかった旨を証言していること,R警察官と同じく府警本部捜査第二課に所属していたT警察官は,A候補側の協力者から本件宴会の情報を入手したのは8月19日であると証言したことからすると,R警察官の上記証言は,8月19日より前の時点でA候補側に本件宴会のことが伝えられ 所属していたT警察官は,A候補側の協力者から本件宴会の情報を入手したのは8月19日であると証言したことからすると,R警察官の上記証言は,8月19日より前の時点でA候補側に本件宴会のことが伝えられていたかのようにいう検察官の上記主張の裏付けとなるものではないというべきである。 イこれに対し,弁護人は,被告人甲がA候補側に本件宴会のことを伝えたのは,8月23日ころである旨を主張し,その根拠として,A候補の事務所の事務員であるY及びJの各証言を指摘するので,これらの信用性を検討する。 (ア)Yは「私は,8月18日に,Jから依頼されて,A候補の日程表,の枠組みを,パソコンのエクセルソフトを使用して作成した。8月13日は事務所の移転に伴って業者にパソコンの設定をしてもらい,14日から16日まではお盆 休みを取り,17日はインターネットの接続や清掃があったため,17日よりも前に日程表の枠組みを作成することはない」旨を証言する。証拠によると,パソコ。 ン業者が,8月13日,A候補の選挙事務所において,パソコンの設置接続作業をしたこと,17日にインターネット接続設定及び起動確認作業をしたことが認められるから,日程表の枠組みを8月18日に作成したというY証言は,相応の信用性がある。 (イ)Jは「8月16日の2回目の選対会議の際には,議案を記載した,A4版1枚の書類を配布しただけである。A候補の日程表を配布したのは,8月23日の3回目の選対会議以降のことである。被告人甲から本件宴会へのA候補の出席依頼を受けたのは,8月23日,被告人甲と直接面談してという記憶である」。 旨を証言する。証拠によると,平成17年8月16日付けで「第2回選対会議案」と題する書面が作成されているところ,それは,Yが作成した日程表の枠組みを基にJが作成したというA候補 いう記憶である」。 旨を証言する。証拠によると,平成17年8月16日付けで「第2回選対会議案」と題する書面が作成されているところ,それは,Yが作成した日程表の枠組みを基にJが作成したというA候補の日程表とは全く別物で,また,8月23日19時30分からの第3回選対会議で日程を渡せる旨の記載があり,Jの上記証言に沿うも。 ,,,のであるそしてJの上記証言はYの証言内容ともよく符合するものである上捜査段階から一貫している。 (ウ)加えて,被告人甲は,公判廷において「8月16日は(自民党,,),。 丁市総支部の支部長のK議員がいなかったので本件宴会の日程は伝えていない8月19日になって,K議員から連れ回し(自民党の各市議会議員が,A候補に対する支援を訴えるため時間を決めて同候補を連れて歩き,次の市議会議員に引き渡して,今度はその市議会議員が同候補者を連れて歩くという形の選挙運動を指す。 ,。」。 の依頼があり8月23日に本件宴会のことを伝えたと思う旨を供述しているウそうすると,まず,被告人甲が,8月16日の段階で,本件宴会が開催されることをA候補側に伝えたと認定するには,合理的な疑いが残るのであって,被告人甲が,本件宴会にA候補を招致するために,本件宴会が開催されることをA候補側に伝えたのは,8月23日である可能性があり,早くとも8月19日以降と いうべきことになる。 しかし,これでは,被告人甲が,失地回復等の目的でA候補を応援する姿勢を示すために,衆議院が解散された翌日の8月9日の段階で,既に本件宴会を供応接待,,の場とすることを決めておきながら8月16日の選対会議の場ではあえて伝えず10日以上も経過するまで,A候補側にそのことを伝えていなかったことになる。 しかも,前記前提となる事実に指摘したとおり,被告 の場とすることを決めておきながら8月16日の選対会議の場ではあえて伝えず10日以上も経過するまで,A候補側にそのことを伝えていなかったことになる。 しかも,前記前提となる事実に指摘したとおり,被告人甲は,I市長には,本件宴会が開催されることを8月10日に伝えていたのであり,被告人甲の行動は,供応接待を決意した者のそれとしては,いかにも悠長に過ぎるというほかない。このように,A候補側に10日以上も遅れて伝えたということは,被告人甲ひいては被告人3名が,本件宴会を供応接待の場とする意図を有していなかったのではないかと推認させる事情といえる。 (3)被告人3名によるA候補に係る選挙運動の実情ア被告人甲は,本件宴会に際し,会食が始まる前こそ,A候補の選挙における支援を呼びかける挨拶をしているが,A候補及びI市長がB店から退席して会食が始まった後に,被告人3名が,本件宴会の参加者に対し,A候補への支援の呼びかけを行ったと認めるに足りる証拠はない。 すなわち,まず,被告人3名の捜査段階における調書には,会食開始後に被告人3名が上記のような呼びかけをしたか否かについては一切記載がない。 また,本件宴会の参加者の供述調書中には「被告人甲や被告人丙は『よろし,,くお願いします』などと言いながら,酒を注いで回っていた」とか「被告人乙。 。 は『よろしくお願いします』と言って,バスケット入りの生花を参加者に手渡,。 していた」とした上「よろしくお願いします』というのは,A候補への選挙。 ,『。 。」。 ,,応援の依頼だと思ったという供述記載のあるものがあるしかし本件宴会は元々,被告人甲の議長就任祝賀パーティーの受付をしてくれた女性支援者らに対するお礼の会という性格を有していた上,その出席者は,被告人甲にとって,自己の選挙基盤として最も のがあるしかし本件宴会は元々,被告人甲の議長就任祝賀パーティーの受付をしてくれた女性支援者らに対するお礼の会という性格を有していた上,その出席者は,被告人甲にとって,自己の選挙基盤として最も大切な支援者の人々であったこと,参加者の中には,被告人甲 と被告人丙が,お疲れ様と声をかけた後「これからも頼むわ」と言って挨拶し,。 ていた旨述べる者もいること,本件宴会は,宴が進むに連れて,被告人甲らがカラオケに打ち興じるなどして相当の盛り上がりを見せ,宴の終了少し前には,当日が被告人甲の誕生日であったことから,参加者らによる誕生日を祝う歌の大合唱となり,被告人甲に花束が贈呈されるなどしており,正に,被告人甲がその支援者らを慰労し,懇親を深めたという状況にあったことからすれば「よろしくお願いしま,す」という発言が直ちにA候補への選挙応援依頼の趣旨であったとは認め難い。 。 この点,その趣旨に理解したとする上記各供述記載については,後述するように,本件宴会が供応接待の場であることを認識した旨の供述記載と同様,捜査官の押し付けの影響である疑いを否定できない。 唯一,Yの検察官調書には「被告人甲や被告人丙は『Aさん,よろしくな』,,。 ,。」。 ,などと言いながらビールを注いで回っていたという供述記載があるしかしYの周辺に座っていた者を含め,本件宴会への他の参加者は,そのような供述を一切していない上,やはり後述するとおり,本件宴会への参加者の検察官調書が全面的に信用するには疑問のあるものであることからすると,上記供述記載部分は直ちに信用し難く,被告人甲や被告人丙が,上記の発言に及んだと認定することはできない。 イ前記前提となる事実のとおり,被告人3名は,本件宴会の当日,A候補側から,選挙に関するリーフレットを大量に預かったに 用し難く,被告人甲や被告人丙が,上記の発言に及んだと認定することはできない。 イ前記前提となる事実のとおり,被告人3名は,本件宴会の当日,A候補側から,選挙に関するリーフレットを大量に預かったにもかかわらず,本件宴会に招待した女性支援者らに一切配布せず,B店に放置したまま帰宅したのである。被告人3名が,A候補に対する応援姿勢をアピールするために,本件宴会を供応接待の場とする意図を有していたのであれば,これらのリーフレットを女性支援者らに配布するのが当然であると思われる。しかるに,被告人3名の供述調書には,このリーフレットを放置した理由については全く触れられていない。検察官が主張するように,A候補自身に挨拶させることで,支援要請の実効性は十分であるといえなくもないが,リーフレットを参加者に配布することはさほど手間のかかることでは ないことからすると,公職選挙法違反を犯してまでA候補や女性支援者らへのアピールを意図していた者の行動としては不自然さを払拭し難い。 ウ前記前提となる事実のとおり,本件宴会に招待された,被告人甲の女性支援者らが行った選挙運動は,32人の参加者のうち4人だけが,支援を呼びかけるはがきの宛名書きをしたり,有権者に電話をかけたりした程度である。この電話についても,本件宴会の翌日から10日間もの選挙運動期間があったのに,被告人甲の事務所に設置された3本の電話回線の使用料は,合計8419円に過ぎず,他の自民党市議会議員に比して相当低額にとどまっていたのである。これでは,本件宴会に招待された女性支援者らが,A候補のために,熱の入った選挙運動を行っていたとはいい難い。 さらに,被告人乙についてみると,被告人乙は,被告人甲が段取りした9月2日実施の地元におけるA候補の個人演説会について準備等を行ったものの,はがきの宛名書 入った選挙運動を行っていたとはいい難い。 さらに,被告人乙についてみると,被告人乙は,被告人甲が段取りした9月2日実施の地元におけるA候補の個人演説会について準備等を行ったものの,はがきの宛名書きと電話をかけるという選挙運動を自ら行うことはなく,上記女性支援者4人に任せきりとし,中でもはがきの宛名書きは,Mに促されてから,ようやく取りかかったものであった。また,被告人丙が行った選挙運動は,上記個人演説会で応援弁士を務めたのみであった。 そして,このように女性支援者らや被告人乙及び被告人丙による選挙運動が全般的に低調であることについて,被告人甲が不満を述べたり,その活性化を図ったりした形跡は見当たらない。 エ被告人甲は,9月2日以降,A候補のために,個人演説会における応援弁士や駅前におけるビラ配布を連日のように行っていたほか,前記前提となる事実のとおり,本件選挙が公示される前ではあるものの,A候補を連れて,20人くらいのメンバーがいるソフトボール場や50人くらいの従業員がいる地元企業を訪れ,その場に居合わせた十数名ないし数十名に対し,本件選挙におけるA候補への支援を呼びかけ,いわゆる連れ回しを行っていた。 しかし,これらの選挙運動は,A候補の選対会議等で決められた方針に従い,被 告人甲が他の自民党市議会議員と同様に行っていたものであって,被告人甲がA候補の選挙運動に格別熱心であったとは認め難い。それと同時に,被告人甲は,本件宴会の当時,自民党市議会議員としてそれなりの選挙運動を行い,かつ,行う予定だったのであるから,あえて,本件宴会を供応接待の場としてまで,A候補への支援要請をするだけの必要性があったとも認め難い。 (4)まとめ被告人甲としては,本件宴会にA候補を呼んで,宴会の冒頭,自ら選挙におけるA候補への支援を呼びかけ,A候 待の場としてまで,A候補への支援要請をするだけの必要性があったとも認め難い。 (4)まとめ被告人甲としては,本件宴会にA候補を呼んで,宴会の冒頭,自ら選挙におけるA候補への支援を呼びかけ,A候補に支援要請の挨拶をさせた以上,A候補に自己の活動をアピールする意思があったことや,女性支援者らにA候補を支援している姿勢を示すとともに選挙におけるA候補への投票などの支援を要請する意思があったことは認められる。 しかし,本件宴会は,そもそも本件選挙とは全く無関係に計画されたものである上,A候補及びI市長が退席した後に初めて酒食が準備されるなど,供応接待とならないように,それなりの配慮がされていたものと認められる。これらに加えて,上記に説示した諸事情を考慮すれば,被告人甲ひいては被告人3名が,本件宴会において,参加者らに無料で酒食を提供することと,選挙におけるA候補への支援要請を対価関係にあるものと考えていた,すなわち,酒食の無料提供と引き換えに,A候補への投票及び投票取りまとめを依頼する目的を有していたものであり,本件宴会を供応接待の場とする意図の下に,公職選挙法違反を犯してまでA候補のために選挙運動をしたと認定するには,相当の疑問が残るといわざるを得ない。 この点,被告人甲は,公判廷において,本件宴会を供応接待の場とする意図の存在を否定した上「8月19日の会合で,自民党丁市総支部の支部長K議員から連,,,。 れ回しの要請があり23日にはその日程が決まって25日に連れ回しを行ったただ,連れ回しを一軒一軒するくらいなら,多くの人が集まっているところに連れ,。」てきて挨拶させたら手っ取り早いと考え本件宴会にA候補を呼んだものである旨を供述しており,この供述を容易に排斥することはできない。 したがって,被告人3名の供述調書中,本件宴 に連れ,。」てきて挨拶させたら手っ取り早いと考え本件宴会にA候補を呼んだものである旨を供述しており,この供述を容易に排斥することはできない。 したがって,被告人3名の供述調書中,本件宴会を供応接待の場とする意図やその動機が記載されている部分は,信用性に乏しいというほかない。 被告人丙の捜査段階における供述の検討(1)被告人丙の警察官に対する供述の信用性ア被告人丙の捜査段階における供述は,本件宴会の案内状の作成日が判明するまでは,本件宴会は,議長就任パーティーの慰労会にかこつけて,衆議院解散後に企画したという内容であったのに対し,上記作成日が判明した後は,本件宴会,,,自体は衆議院解散前から議長就任パーティーの慰労会として計画されていたが衆議院解散を受けて,A候補への選挙応援という供応接待の趣旨を加えることとしたという内容に,大幅に変遷している。 ,,,この理由については被告人丙の警察官調書には被告人丙自身の記憶が曖昧でかつ,客観的な証拠がなかったためなどと記載されている。しかし,前記前提となる事実のとおり,被告人丙は,9月14日に任意同行された直後から,本件宴会は議長就任パーティーの2回目の慰労会であった旨を供述したほか,取調べを担当したS警察官の証言を前提としても,翌15日には,衆議院の解散前から慰労会を開催するつもりであった旨を供述し,本件宴会の案内状の作成日が判明するまでの間にも,たびたび,被告人丙自身が衆議院の解散前から2回目の慰労会の話を持ちかけた旨を供述していたのであるから,被告人丙に記憶違いがあったなどとは認められない。また,被告人丙の警察官調書には,9月27日付けのものまで,解散前から本件宴会を開催することが決まっていたという上記弁解が全く録取されていない。これらに照らすと,S警察官が, などとは認められない。また,被告人丙の警察官調書には,9月27日付けのものまで,解散前から本件宴会を開催することが決まっていたという上記弁解が全く録取されていない。これらに照らすと,S警察官が,被告人丙に対し,本件宴会が選挙目的であったことを殊更に強めるために,供述内容を押し付けていたのではないか,そのために,合理的な変遷理由を記載できなかったのではないかとの疑いが生じる。 イ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明する前の段階の被告人丙の供述について検討する。 まず,この段階の供述は,8月9日ないし10日に本件宴会を企画したというも のであるが,本件宴会の案内状が既に8月5日に作成されていたこと,被告人甲が8月4日にB店へ本件宴会に関する仮予約の電話をかけていたことという客観的事実と矛盾する。また,上記供述中には,第44回衆議院議員総選挙の投票日が9月4日又は11日のいずれでも選挙期間中になるように,本件宴会を8月31日に開催することに決めたという部分もあるが,本件宴会の開催日を決めたのは衆議院が解散される前のことであり,上記のような配慮をして開催日を決めることは客観的に不可能である。 このように,被告人丙が取調べの当初から供応接待の趣旨を認める供述をしていたことは,その信用性を高めるものではなく,むしろ,虚偽自白を押し付けられて。 ,,いたのではないかとの疑いを生じさせるものである被告人丙は公判廷において「任意同行された後に,7月30日に本件宴会を企画したと述べても,取調べ警察,『。』,。」官は8月9日に共謀したのだろうなどと言って全く聞いてくれなかった旨「取調べ警察官は『8月10日付けで案内状を出していることと,8月31,,日は選挙の期間中であることの2点で選挙違反に間違いないし,議長就任祝賀パーティーの どと言って全く聞いてくれなかった旨「取調べ警察官は『8月10日付けで案内状を出していることと,8月31,,日は選挙の期間中であることの2点で選挙違反に間違いないし,議長就任祝賀パーティーの後で1回食事を提供しているから,2回もお礼の会をすることは100人に聞いても100人がおかしいと言う。あくまでも,本件宴会は選挙違反目的の食事の提供である』の一点張りであった」旨を供述するが,これらの供述は相応。 。 の信用性を有するというべきである。 ウ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明した後の段階の被告人丙の供述について検討する。 この段階の供述は,被告人甲から本件宴会を開催することにつき難色を示されたのに,案内状の段取りは付けていたという内容である。しかし,前記前提となる事実によると,被告人甲は,8月5日,Hに対し,本件宴会の案内状の清書印刷を依頼していたのである。被告人丙の上記供述を前提とすると,被告人甲は,本件宴会について難色を示す一方で,本件宴会が開催されることを前提として,案内状の作成に関与したことになってしまい,その言動は前後に矛盾した不合理極まりないも のとなる。しかるに,被告人丙の警察官調書中には,案内状の清書を依頼した場面に関する被告人丙と被告人甲とのやり取りについて,何ら記載されていない。 エ以上のとおり,被告人丙の警察官に対する供述は,供述内容を大きく変遷させた点について合理的な説明がされていない上,客観的事実と矛盾したり,その内容自体不自然ないし不合理であったりするものである。 ,,,このような警察官調書が作成された経緯について被告人丙は公判廷において「S警察官が)自分で言いながら,自分で,私に,一応こうやろう,こうやろう(というふうな感じで,ストーリーを全て作成していったというのが現実です」な。 ど れた経緯について被告人丙は公判廷において「S警察官が)自分で言いながら,自分で,私に,一応こうやろう,こうやろう(というふうな感じで,ストーリーを全て作成していったというのが現実です」な。 どと供述する。上記アないしウに指摘した点は,いずれも客観的事実に反し,あるいは,合理性を欠いた内容であるが,警察官側が,衆議院解散後に本件宴会を供応接待の場とする謀議をしたという趣旨の供述を無理にさせようとしたために,このように不合理な内容を含むなど問題の多い供述調書になってしまったとみること,。 ,,「,,は十分に可能である現にS警察官は被告人丙は9月26日の段階では被告人甲が難色を示したために8月4日又は5日に本件宴会が1回保留になっ『,,た』という話をしていた。私自身は,断られていたというのと,難色を示してい。 ると言ったのを,同じようなニュアンスの言葉として使って調書を作成した」旨。 を証言しており,この証言に照らしてみても,S警察官は,衆議院が解散された8月8日以前に本件宴会を開催しようと決めたなどという,警察官側の見込みに沿わない供述については録取せずに,供述内容を押し付けていたのではないかという疑いが払拭できない。 なお,被告人丙の9月24日付け警察官調書には,任意で取調べを受けた9月14日以降の供述経緯について説明した後,最終的に「警察で前後のつじつまや,,その当時の状況を元に事細かに徐々に追いつめられ,言い逃れができなくなったので,観念して本当の真実をお話しするしか道は残っていないと悟るに至った」旨。 の供述記載があるが,被告人丙は,既に指摘したとおり,この前後を通じて虚偽の供述を押し付けられていた疑いがあるから,上記供述記載が真実を自白した理由で あるなどとは認め難い。 (2)被告人丙の検察官 記載があるが,被告人丙は,既に指摘したとおり,この前後を通じて虚偽の供述を押し付けられていた疑いがあるから,上記供述記載が真実を自白した理由で あるなどとは認め難い。 (2)被告人丙の検察官に対する供述の信用性ア被告人丙の検察官調書は,その前日付けで作成された警察官調書と比較すると,弁護人が指摘するように,相当部分において,記載の体裁自体が酷似している。 一例を挙げると,8月9日の共謀の場面について,上記検察官調書では「そし,て,甲は,私に『会長,また応援頼むわな』などとと言ってきました。私は・,。 ,・・甲に『よっしゃ,よっしゃ。そら党の方針で決まったことやから,せなあかんわ』などと積極的に応援するということを言ったのです。すると,甲は『会長,。 ,,。』。」こないだ言うてたこないだのあれA呼んでやろうやなどと言いだしたのですと記載されているところ,上記警察官調書では「被告人甲は『会長,また応援,,頼むわな』と頼んできたわけです「ですから,被告人甲には『よっしゃよっ。 。」,,。 ,。』。 しゃそら党の方針で決まったことやからせなあかんわなあと答えていますすると,このとき被告人甲が『会長この間言うてた,こないだのあれ,やろうか。 A呼んでやろうや』と言い出したのです」と,ほぼ同一の記載となっている。 。 。 その他,この会話における被告人乙の様子についてもほぼ同様の記載内容となっている。 イ被告人丙は,9月23日及び30日のU検察官による取調べの際には,本件を否認する供述をしていたというのであるが,上記検察官調書には,被告人丙が,それまでの検察官に対する否認供述を変遷させた理由については,何ら録取されていない。また,U検察官は,10月4日の午前中の取調べのうち実質的には45分ないし50分程度 記検察官調書には,被告人丙が,それまでの検察官に対する否認供述を変遷させた理由については,何ら録取されていない。また,U検察官は,10月4日の午前中の取調べのうち実質的には45分ないし50分程度で被告人丙から事情聴取をして,上記検察官調書を作成したというのであるが,上記検察官調書は正味8丁の長さがあること,その内容も,被()告人丙が議長就任パーティーの手伝いをしてくれた女性支援者らに別の席慰労会を用意すると持ちかけた状況,8月4日ころに本件宴会を計画した状況,8月9日に本件宴会を供応接待の場とする旨の共謀をした状況,8月31日の本件宴会の状 況と多岐に渡るものであること,それまで,被告人丙がU検察官の面前では,本件宴会を供応接待の場としたことを認める供述を一切していなかったことに照らすと「検事としての未熟さ」があったとするU検察官が,上記のような短時間で事,情聴取をし調書化することができたとは到底認められない。 ウ被告人丙は公判廷においてU検察官の取調べ時の様子について検,,,「察官は,刑事さんの調書を見ながら口授をし,横の事務官がパソコンに入力して調書を作っていた」旨を供述する。上記のような検察官調書と警察官調書との同一。 性や,実質的な検察官調べの時間の短さに照らすと,U検察官による被告人丙の取調べ方法についても,被告人丙の供述するようなものであったと推認せざるを得ない。 そうすると,被告人丙の検察官調書は,同人の警察官調書の問題性をそのまま引き継ぐというべきである。 被告人乙の捜査段階における供述の検討(1)被告人乙の警察官に対する供述の信用性ア被告人乙の捜査段階における供述も,被告人丙の供述と同様に,本件宴会の案内状の作成日が判明するまでは,本件宴会は,議長就任パーティーの慰労会にかこつけて, 被告人乙の警察官に対する供述の信用性ア被告人乙の捜査段階における供述も,被告人丙の供述と同様に,本件宴会の案内状の作成日が判明するまでは,本件宴会は,議長就任パーティーの慰労会にかこつけて,衆議院解散後に企画したという内容であったのに対し,上記作成日が判明した後は,本件宴会自体は,衆議院解散前から,議長就任パーティーの慰労会として計画されていたが,衆議院解散を受けて,A候補への選挙応援という供応接待の趣旨を加えることとしたという内容に,大幅に変遷している。 ところが,先に指摘したところから明らかなとおり,被告人乙の警察官調書及び検察官調書のいずれにも,この変遷の理由は全く記載されていない。従前は,衆議院解散後に供応接待のみの趣旨で本件宴会を企画したとの供述であったのに,その後,企画した当初は選挙が予定されておらず,選挙とは無関係であったとの供述に変遷するというのは,供応接待の意図及び共謀があったか否かという本件の根幹と密接に関連する部分に重大な動揺が生じることになるから,相応の理由がなければ 信用性に疑問が生じるといえる。V警察官も「被告人乙は,勾留された何日か後,から『解散前から慰労会として本件宴会を開くという話が出ていたと思うんです,けどねえ』としきりに話していた。私が,9月27日の夜ぐらいに,被告人乙に。 対して本件宴会の案内状の作成日が8月5日であると判明したことを伝えた際,被告人乙は『そうでしょう。私の思うとったんがやっぱり正しいかったやろう』,。 。 ,,と述べた私も上記の判明前後で供述内容が変遷していたことは認識していたがなぜ変わったのかについて,被告人乙は詳しい供述はしていない」と証言してお。 り,V警察官及び被告人乙の双方とも,上記の点が本件のポイントであることを十二分に認識していたことは明らかであ していたがなぜ変わったのかについて,被告人乙は詳しい供述はしていない」と証言してお。 り,V警察官及び被告人乙の双方とも,上記の点が本件のポイントであることを十二分に認識していたことは明らかである。それにもかかわらず,供述変遷の理由について何ら記載されていないのは,被告人乙の従前の供述が,捜査官側の見込みに沿う内容を押し付けられていたために,変遷の理由を合理的に説明できないからではないかとの疑いを生じさせるといえる。現に,被告人乙の9月15日付け警察官調書には「本件宴会を計画したのは8月8日の解散前のことであり」と印字され,た部分を,解散「後」と訂正した形跡があり,被告人乙が上記の弁解をしていたのに,V警察官がそれをあえて調書化しなかったようにうかがわれる。 イ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明する前の段階の被告人乙の供述について検討する。 この段階の供述は,8月9日に本件宴会を企画したというものであるが,被告人丙の場合と同様に,本件宴会の案内状が既に8月5日に作成されていたこと,被告人甲が8月4日にB店へ本件宴会に関する仮予約の電話をかけていたことという客。 ,,観的事実と矛盾するものであるなお被告人乙の9月18日付け警察官調書には議長就任祝賀パーティーが終了した直後に,被告人丙から「もう一度慰労会をしよう」と言われた旨の供述記載があり,この部分は被告人乙の言い分を録取したも。 のと認められるが,この調書における結論としては,上記パーティーの慰労会はその日のうちに終わったとされており,全体としては,供述内容が客観的事実と整合しないことに変わりはない。 このように,被告人乙が取調べの当初から供応接待の趣旨を認める供述をしていたことは,その信用性を高めるものではなく,むしろ,虚偽自白を押し付けられていたのではないかとの疑 ことに変わりはない。 このように,被告人乙が取調べの当初から供応接待の趣旨を認める供述をしていたことは,その信用性を高めるものではなく,むしろ,虚偽自白を押し付けられていたのではないかとの疑いを生じさせるものである。 ウ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明した後の段階の被告人乙の供述について検討する。 この段階の供述は,被告人乙が,8月8日に衆議院が解散された際に,今度はA候補を応援しなければならないと考えていたところ,8月9日に被告人甲及び被告人丙が,本件宴会にA候補を呼ぶと相談しているのを聞いて,本件宴会を供応接待の場にするのだと思ったという内容である。しかし,被告人乙は,市議会議員である被告人甲の妻であるから,本件宴会を供応接待の場とすると公職選挙法に違反することになり,被告人甲が議員を失職するおそれもあることは,十分認識していたはずである。それにもかかわらず,被告人甲及び被告人丙の上記の会話を聞いたとする場面において,被告人乙自身の心境の変化や葛藤,被告人甲や被告人丙を諫めなかった理由等については,警察官調書には何ら記載されていない。上記に説示したような,従前の供述の不合理性や変遷の不自然性を考慮すると,被告人乙が上記供述のような体験をしていないのに,捜査官側が,不合理な従前の供述中,8月9日の謀議という部分については活かして,なおも供述内容を押し付けたために,そのときの心境についてまでは調書化できなかったのではないかとの疑いが生じる。 さらに,被告人乙の10月3日付け警察官調書によれば,本件宴会を供応接待の場とする旨の話は,わずか数分でまとまったというのであるが,事柄の重大性に照らして不自然であるといわざるを得ない。 エ以上のとおり,被告人乙の警察官に対する供述は,供述内容を大きく変遷させた点について合理的な説明がされ か数分でまとまったというのであるが,事柄の重大性に照らして不自然であるといわざるを得ない。 エ以上のとおり,被告人乙の警察官に対する供述は,供述内容を大きく変遷させた点について合理的な説明がされていない上,客観的事実と矛盾したり,その内容自体不自然ないし不合理であったりするものである。 ,,,「,ところで被告人乙は公判廷において9月23日のU検察官の取調べの際『警察官に言っていることは実は違っている』と供述したら,U検察官から『3。 , 2人の人に迷惑がかかりますよと言われたため真実を述べることができなかっ。』,た」旨を供述する。この点について,U検察官は「きちんと思い出す努力をせ。 ,『ずに,よく覚えていないという供述をするのでは,席に呼ばれた女の人たちも納得しないと思いますよ』と言った」旨を証言する。しかし,被告人乙は,逮捕翌。 。 ,,日の9月17日付けで作成された警察官調書では自分の署名を書き間違えており,,相当動揺していたと認められること9月23日及び30日の検察官調べの際には下痢をするなど体調が芳しくなかったこと,被告人乙の公判供述全体をみても,勘違いや思い込みにより,客観的な事実と食い違うような供述をする傾向があるといえること(例えば,被告人乙が勾留中に記載していたとするノートを,実際は弁護人に預けていたのに,家に置いてきてあるなどと供述したり,勾留質問時の状況を尋ねられているのに,検察官による取調べ時の状況について答えたりしている,。)さらに被告人乙は9月12日から本件宴会の参加者が警察に呼ばれていると知っ,,て気に病んでいた様子であること(なお,被告人乙の9月17日付け警察官調書には,本件宴会の参加者に対して多大な迷惑をかけていることについて謝りたい旨の供述記載がある)から 呼ばれていると知っ,,て気に病んでいた様子であること(なお,被告人乙の9月17日付け警察官調書には,本件宴会の参加者に対して多大な迷惑をかけていることについて謝りたい旨の供述記載がある)からすると,被告人乙がU検察官の発言を自分なりに解釈し,。 捜査官側の意に沿うような供述をすればこれ以上本件宴会の参加者に累が及ばないようになると考えて,警察官調書に記載されたような供述をしたおそれは否定できない。 (2)被告人乙の検察官に対する供述の信用性アまず,被告人乙の検察官調書には,被告人乙や被告人甲らが,本件選挙においてA候補を応援することになった経緯について,被告人甲が平成15年11月に実施された第43回衆議院議員総選挙において,自民党公認のA候補を応援せず,対立するD候補を支援して共倒れになってしまったため,自民党を除籍される寸前まで追い込まれ,今回の選挙ではその名誉を挽回する必要があったこと,市議会議長として自民党の市議会議員をまとめる立場にあり,A候補を応援するしかなかったことなどが記載されている。 しかし,この点については,前述したとおり,本件宴会を供応接待の場とすることにした動機としては薄弱で,かつ,被告人甲がさほど熱心にA候補の応援をしな。 ,,,かったことと整合しないそして被告人乙は上記検察官調書の記載によってもAのことを嫌悪していたというのであるから,被告人甲がA候補を熱心に応援する意図を有していないにもかかわらず,被告人乙が独自にA候補の支援を呼びかけることは考えられず,現実に被告人乙の選挙運動も低調であったことは前記のとおりである。 イ上記検察官調書には,8月9日の朝に,被告人丙が被告人甲に対し本件宴会にA候補を呼べばよいと言っているのを聞き,本件宴会に集まった人たちにA候補への投票依頼等をす たことは前記のとおりである。 イ上記検察官調書には,8月9日の朝に,被告人丙が被告人甲に対し本件宴会にA候補を呼べばよいと言っているのを聞き,本件宴会に集まった人たちにA候補への投票依頼等をするつもりだと思った旨の記載があり,これをもって検察官は,本件宴会を供応接待の場とする旨の共謀が成立した旨の主張をする。 しかし,上記検察官調書にも,被告人乙自身の心境の変化や葛藤等については何ら記載されていない。前記のとおり,被告人乙は,上記検察官調書が作成されるまでの間,警察官から供述内容を押し付けられるような取調べを受けていたようにうかがわれ,検察官の取調べの際にもその影響が残存したために,自己の弁解を十分にすることができなかったのではないか,あるいは,U検察官の発言を自分なりに解釈し,警察の取調べを受けさせる羽目となって迷惑をかけている本件宴会の参加者にこれ以上迷惑をかけたくないと思って,捜査官側に迎合し,その意に沿うような供述をするに至ったのではないかとの疑いは払拭できない。 ウなお,被告人乙は,10月3日,U検察官の取調べの際,上記検察官調書の撤回を求めた際,U検察官から,Q検察官の下へ行くよう勧められ,Q検察官,,「。」の下で被告人甲の供述調書を読んだところ主人はもう腹を決めてるんですね,,,,等と言ってU検察官の下へ戻ったことU検察官は同日付けで被告人乙につき本件宴会が供応接待の場であったことを認める検察官調書を作成したことが認められる。 しかし,被告人乙は,自己の供述によって被告人甲の議員生命が断たれることを 懸念していたところ,被告人甲も供応接待の趣旨を認める供述をしていたため,捜査官側の意に沿うような供述をしたものとみる余地は十分にあり,上記の経緯から直ちに真実を自白したものと断定することは困難である 念していたところ,被告人甲も供応接待の趣旨を認める供述をしていたため,捜査官側の意に沿うような供述をしたものとみる余地は十分にあり,上記の経緯から直ちに真実を自白したものと断定することは困難である。それまでの間に,被告人乙が供応接待の趣旨を認める旨の供述内容を押し付けられていたのではないかとの疑いがある以上,被告人乙が上記の理由で上記検察官調書の作成に応じた蓋然性は否定できないというべきである。 被告人甲の捜査段階における供述の検討(1)被告人甲の警察官に対する供述の信用性ア被告人甲の捜査段階における供述も,本件宴会の案内状の作成日が判明するまでは,本件宴会は開催するか否かが棚上げ状態であったところ,衆議院解散を契機として再燃させて,A候補を呼んで挨拶させ,投票と投票の取りまとめを依頼することにしたという内容であったのに対し,上記作成日が判明した後は,本件宴会自体は,衆議院解散前から,議長就任パーティーの慰労会として計画されていたが,衆議院解散を受けて,A候補への選挙応援という供応接待の趣旨を加えることとしたという内容に,大幅に変遷している。 ところが,先に指摘したところから明らかなとおり,被告人甲の警察官調書及び検察官調書のいずれにも,この変遷の理由は記載されていない。この点について,被告人甲を取り調べたT警察官は「被告人甲は,逮捕の2,3日後から,本件宴,会は8月4日又は5日ころに予約したと言い続けていた当時は8月10日にB。 ,『店』に予約をしたというのが客観的事実としてとらえていたため,調書化しなかった」旨を証言し,被告人甲も,公判廷において「本件宴会が棚上げになったこ。 ,とはない。しかし,警察官は,私の言葉を聞き入れなかったため,私も段々疲れていった」旨を供述している。そうすると,供述変遷の理由について何ら 人甲も,公判廷において「本件宴会が棚上げになったこ。 ,とはない。しかし,警察官は,私の言葉を聞き入れなかったため,私も段々疲れていった」旨を供述している。そうすると,供述変遷の理由について何ら記載され。 ていないのは,被告人甲の従前の供述が,警察官側の意に沿う内容を押し付けられていて,変遷の理由を合理的に説明できないからではないかとの疑いを生じさせるといえる。 イ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明する前の段階の被告人甲の供述について検討する。 この段階の供述は,衆議院解散後に本件宴会を再燃させたというものであるが,被告人丙及び被告人乙の場合と同様に,本件宴会の案内状が既に8月5日に作成されていたこと,被告人甲が8月4日にB店へ本件宴会に関する仮予約の電話をかけていたことという客観的事実と矛盾するものである。 このように,被告人甲が取調べの当初から供応接待の趣旨を認める供述をしていたことは,その信用性を高めるものではなく,むしろ,虚偽自白を押し付けられていたのではないかとの疑いを生じさせるものである。被告人甲の9月27日付け警察官調書には「女性支援者らに対し,只で飲食させるという本件宴会の場に,選,挙戦に突入したばかりのA候補を招いて投票依頼等の選挙運動を行ったので,公職選挙法違反となり,どのような言い訳も通らないことは分かっている」旨の供述。 記載があり,ここにも本件宴会にA候補を呼んだ以上は供応接待の場であったことに間違いないという捜査官側の一方的見解が現れているといえる。 ウ次に,本件宴会の案内状の作成日が判明した後の被告人甲の供述について検討する。 ,,,,この供述は被告人甲が衆議院が解散された翌日の8月9日被告人丙に対し本件宴会にA候補を呼ぶなどと持ちかけて,本件宴会を供応接待の場とすることにしたとい 甲の供述について検討する。 ,,,,この供述は被告人甲が衆議院が解散された翌日の8月9日被告人丙に対し本件宴会にA候補を呼ぶなどと持ちかけて,本件宴会を供応接待の場とすることにしたという内容である。しかし,被告人甲は,現職の市議会議員で,当時は丁市議会議長の立場にあった者であり,本件宴会を供応接待の場とすると公職選挙法に違反することになり被告人甲が議員を失職するおそれもあることは百も承知であっ,,たはずである。それにもかかわらず,この点に関する被告人甲の供述を前提とすると,被告人甲が,いかにも安易に供応接待をすることを決意し,その発覚を防ぐための対策を講じなかったばかりか,本件宴会当日に至るまで,供応接待が発覚する,。 ことへのおそれを抱いた形跡すらないことになってしまいいかにも不自然であるこれらのことに,前記のとおり,被告人甲が本件宴会を供応接待の場とする動機は 薄弱であること,従前の供述の不合理性や変遷の不自然性を考慮すると,被告人甲が実際には供応接待の場とする意図を有していなかったのに,警察官側が供述内容を押し付けたために,共謀を遂げたとされるときの心境についてまでは調書化できなかったのではないかとの疑いが生じる。 加えて,前記前提となる事実のとおり,本件宴会は,A候補が挨拶をして退席するまでの間には酒食が配膳されておらず,外形的には,選挙運動と酒食の提供を分断した,いわば2部構成となっている。被告人甲が本件宴会を供応接待の場としたのであれば,このような2部構成とした経緯や理由について供述をしていてしかるべきであると思われるが,被告人甲の捜査段階の調書にはかかる記載が一切ない。 この点も,供応接待の意図があった者の供述としては不十分である。 なお,被告人甲の警察官調書の中には,8月9日の状況について「被告人丙が 思われるが,被告人甲の捜査段階の調書にはかかる記載が一切ない。 この点も,供応接待の意図があった者の供述としては不十分である。 なお,被告人甲の警察官調書の中には,8月9日の状況について「被告人丙が,午前9時ころに来たが,私はまだ寝ていて,被告人乙に起こされて身支度をし,後援会事務所に行った」などと,具体的かつ詳細な供述記載のある部分がある。こ。 の点について,被告人甲は「私は,客がアポイントなしで来たときには,被告人,乙が先に起きているので,8月9日に限らず,平素そういうような面が多々ある。 このような形で警察官に話をしたことはある」などと供述しているところ,上記。 の状況自体については,日常的な事柄であるといえる。そして,上記のとおり,警察官が被告人甲に供述内容を押し付けていた疑いがあることに照らすと,被告人甲が一般的日常的な事柄として供述した内容を,8月9日の特徴的な出来事であるとして調書に記載した可能性も否定できない。 エ次に,本件宴会に後援会支部長を招待していないことに関する部分について検討する。 被告人甲の警察官調書によると,被告人甲は,衆議院解散前の8月5日ころ,①男性である支部長が入ると場が白けると思ったこと,②支部長が後援会の中で機能していなかったことという2点の理由から,被告人丙に対し,支部長を招待するのを取りやめる旨話したと記載されている。そのとおりであったとして,被告人甲が 衆議院解散後の8月9日,被告人丙及び被告人乙との間で本件宴会を供応接待の場とする共謀を遂げたというのであれば,一旦は支部長を本件宴会に招待することを取りやめたものの,情勢が変わり,公職選挙法違反を承知で供応接待することにしたのであるから,少しでも効率の良い供応接待の場とするという意味で,集票力を期待できる支部長を招待しないという現在の方 とを取りやめたものの,情勢が変わり,公職選挙法違反を承知で供応接待することにしたのであるから,少しでも効率の良い供応接待の場とするという意味で,集票力を期待できる支部長を招待しないという現在の方針のままでよいのか,むしろ,元に戻して支部長も招待した方がよくはないかなどについて,被告人甲が被告人丙と改めて相談してもよいように思われる。しかるに,被告人甲の警察官調書にはそのような相談をしたとする記載は全くないし,被告人丙との間で,解散後,支部長の招待を取りやめるか否かについて改めて相談しなかった理由に関する記載も全くない。そして,前記前提となる事実のとおり,被告人甲は,8月10日,B店に,支部長を招待しないという前提で人数の変更を連絡している。そうすると,被告人甲は,支部長の招待を取りやめるか否かについて,選挙運動と絡めて考えたことはなく,単に,場が白けるからなどとしか考えていなかったのではないかとの疑問が生じるこのことはひいては本件宴会を供応接待の場とする意図を有していなかっ。 ,,たのではないかとの疑いを生じさせるものである。 オ以上のとおり,被告人甲の警察官に対する供述は,供述内容を大きく変遷させた点について合理的な説明がされていない上,客観的事実と矛盾したり,その内容自体不自然ないし不合理であったりするものである。 ,,,このような警察官調書が作成された経緯について被告人甲は公判廷において「頭からずっと公職選挙法違反だということで,どんなことを言っても通らないというような事情聴取であった。私は,参加者の32人,被告人丙及び被告人乙が心配で,否認すればどうなるんだということで頭が一杯になり,自白調書という形になった」などと供述する。上記アないしエに指摘した点は,いずれも客観的事実。 に反し,あるいは合理性を欠いた内容であ 乙が心配で,否認すればどうなるんだということで頭が一杯になり,自白調書という形になった」などと供述する。上記アないしエに指摘した点は,いずれも客観的事実。 に反し,あるいは合理性を欠いた内容であるが,警察官側が,衆議院解散後に本件宴会を供応接待の場とする謀議をしたという趣旨の供述を無理にさせようとしたために,このように不合理な内容を含むなど問題の多い供述調書になってしまったと みることは,十分に可能である。現に,T警察官は「被告人甲は,当初から『本,,件宴会は純粋に慰労会として企画していたところ,選挙となったので,A候補を呼ぶ呼ばないの議論になった』旨を供述していたが,捜査段階の初期は,裏付け班。 がした捜査による客観的事実(ととらえていた事実)と食い違うので,調書にしなかった。また,被告人甲は『連れ回しで1軒1軒回るくらいなら,30人集まっ,ているところへ来る方が簡単だ』などという話をしており,私としても,人が集。 まっているところで挨拶をするだけでは違法ではないと認識していたが,被告人甲の弁解は言い訳に過ぎないと思い,調書に記載しなかった」旨を証言しており,。 警察官側の見込みに沿わない弁解は録取せずに,供述内容を押し付けていた疑いが濃厚である。 (2)被告人甲の検察官に対する供述の信用性ア被告人甲の10月4日付け検察官調書は,9月30日付けで作成された警察官調書と比較すると,弁護人が指摘するように,相当部分において記載の体裁自体が酷似している。 特に,上記警察官調書では,8月9日に,被告人甲が被告人丙に対し「自民党,。」,,解散したななどと話したという明白な誤記があるところ上記検察官調書でも被告人甲が被告人丙に対し「自民党解散したな」などと話したとの印字がされ,。 た後に「自民党」とある部分を「衆議 」,,解散したななどと話したという明白な誤記があるところ上記検察官調書でも被告人甲が被告人丙に対し「自民党解散したな」などと話したとの印字がされ,。 た後に「自民党」とある部分を「衆議院」と訂正した形跡がある点は,その典型,例である。 イQ検察官は,上記検察官調書を作成した状況について「私は,10月,1日の2回目の取調べは,既に警察が事件の内容について調書を取っていたので,それを時系列に沿って間違いないかと確認する方法で取り調べた。私は,10月4日に行った取調べは,10月1日に聞いていた内容について,予め原稿的なものを作っていたので,それの完成をさせる作業をした」旨を証言し,被告人甲も,公。 判廷において「乙第6号証は,私の目の前で作成されたものではなく,前もって,できていたような記憶がある」旨を供述している。 。 なお,被告人甲は,前記のとおり,公判廷において,いわゆる連れ回しの一環ないし代用としてA候補を本件宴会に呼び,挨拶をさせたに過ぎず,本件宴会を供応接待の場にする意図はなかった旨を供述しているところQ検察官に対してもA,,「候補を連れて回るよりも,逆に連れて来た方がいいと思った」などと供述し,現。 に上記検察官調書には「本件宴会にA候補を呼んで,その席で,A候補自らが私,の支援者に支援を訴えれば,その効果が大きいのは間違いないので,これは慰労会と選挙運動を一度でやれる一石二鳥だと考えた」旨や「私は,A候補を連れて。 ,挨拶回りするのであれば,本件宴会には私の熱心な支持者が集まってくれるので,この宴席にA候補を呼んで挨拶をさせれば手っ取り早いと考えた」旨の供述記載。 がある。しかし,その一方で,上記検察官調書には「私のやろうとすることは,,,,,純粋な慰労会ではなくなり明らかに選挙に 席にA候補を呼んで挨拶をさせれば手っ取り早いと考えた」旨の供述記載。 がある。しかし,その一方で,上記検察官調書には「私のやろうとすることは,,,,,純粋な慰労会ではなくなり明らかに選挙に絡んで特定の候補者への支持を訴えその見返りとしての酒食の提供,つまり供応接待としての性格を併せ持つことになるわけだから,会費を取らなければ選挙違反になることは分かっている」という。 供述記載があり,これは,上記検察官調書以前に近接して作成された警察官調書における「挨拶回りの代わりにA候補を本件宴会に呼んで,挨拶をさせ,投票と投票取りまとめを依頼することにより,女性支援者らを供応接待することにした」旨。 の供述記載と結局,同趣旨となっている。 これらに照らすと,Q検察官が作成した検察官調書は,被告人甲に係る警察官調書の基本的な部分を引き写しただけであるとの疑いが濃厚である。 この点,上記検察官調書には,B店に人数減を伝える時点では,本件宴会に支部長を招待すれば,選挙目的ではないとの言い訳が効かなくなるので,招待を取りやめたのは正解だったと思ったなどと,警察官調書にはない記載もある。しかし,上記供述記載部分の体裁から明らかなとおり,これは検察官が求めようとする供述内容を強く誘導したものというほかない。被告人甲も,公判廷において,上記供述記載のような言い方はしていない旨を供述している。しかも,前記のとおり,本件宴会に投票依頼等のために供応接待の趣旨を加えるとする一方で,集票力を期待でき る後援会支部長をあえて招待から外したこと,あるいは少なくともその点について被告人甲が被告人丙と改めて相談した形跡がないことの不合理性は払拭されない。 ウそうすると,被告人甲の検察官調書も,同人の警察官調書の問題性をそのまま引き継ぐというべきである。 検察官の主 いて被告人甲が被告人丙と改めて相談した形跡がないことの不合理性は払拭されない。 ウそうすると,被告人甲の検察官調書も,同人の警察官調書の問題性をそのまま引き継ぐというべきである。 検察官の主張の検討検察官は,被告人3名の捜査段階における供述について,①被告人3名は,いずれも任意の取調べの段階から本件犯行を認めていたこと,②本件宴会の案内状の作成日が判明した前後を通じて,8月9日に被告人3名で供応接待の共謀をしたという核心部分では一貫して認めていたことから,本件宴会を供応接待の趣旨で開催したことを認めていた被告人3名の捜査段階における供述は信用できる旨を主張する。 しかし,①については,これまで詳述したとおり,捜査段階の当初,すなわち,本件宴会の案内状の作成日が判明する前の段階における被告人3名の供述は,警察官が供述内容を押し付けたことによるものである蓋然性があり,任意の取調べの段階における供述を含めて,被告人3名の真意を反映したものとは到底いい難い。被告人3名は,警察の取調べを受けたこともなかったところ,警察官から供述内容を押し付けられた結果,本件宴会を供応接待の場とする共謀をした旨の供述調書を作成されたという被告人3名の公判供述は排斥し難いというべきであるまた,②については,確かに,8月9日に供応接待の謀議を遂げたとする点では一貫している。しかし,本件宴会の案内状の作成日が判明する前の被告人3名の供述については,捜査官から押し付けられたものである蓋然性があることは,上述のとおりである。その際,本件宴会が衆議院解散後に企画されたと考えていた捜査官側は,8月8日の衆議院解散と,予約台帳上では8月10日となっているB店への予約や同日付けの案内状という動かし難い事実を前提として,必然的に8月9日に供応接待の共謀を遂げたという見込みを いた捜査官側は,8月8日の衆議院解散と,予約台帳上では8月10日となっているB店への予約や同日付けの案内状という動かし難い事実を前提として,必然的に8月9日に供応接待の共謀を遂げたという見込みを立てたことが容易に理解できる。このことに,最終的な被告人3名の自白も,8月9日に共謀を遂げたとする状況が曖昧であ り,かつ,内容に甚だ乏しいことからすると,上記作成日が判明した後も,捜査官側が,被告人3名に対し,押し付けによって得ていた8月9日に共謀を遂げたという供述を維持させようとして,なおもその供述を押し付けたのではないかとの疑いは払拭し難い。そもそも,本件宴会を企画した経緯やその時期というのは,本件宴会を供応接待の場とする共謀を遂げたということと密接不可分の関係にあるといえるところ,これが著しく変遷していて,かつ,その変遷について合理的な理由が見当たらない以上,単に共謀を遂げたとする時期が一貫していても,さほど供述の信用性を高めるということにはならない。 よって,検察官の上記主張はいずれも採用できない。 まとめ以上に詳述したとおり,被告人3名の捜査段階における供述のうち,本件宴会を供応接待の場とする意図やその動機が記載されている部分については,客観的な事実関係にそぐわないものであり,相当な疑問が残る。加えて,被告人3名の捜査段階における供述には,捜査官側の思い込みを被告人3名に押し付けたことによるも,,のと考えざるを得ないような不合理な変遷が被告人3名の供述に共通する内容で供応接待の共謀に係る核心部分に存在し,不自然ないし不合理な内容も見受けられる。そして,捜査段階の最終的な供述も,被告人3名が供応接待の共謀を遂げたと,,。 するにはあまりに曖昧でありかつ内容に乏しいものにとどまっているのであるしたがって,被告人3名の捜 も見受けられる。そして,捜査段階の最終的な供述も,被告人3名が供応接待の共謀を遂げたと,,。 するにはあまりに曖昧でありかつ内容に乏しいものにとどまっているのであるしたがって,被告人3名の捜査段階における供述のうち,本件宴会を供応接待の場とする旨の共謀を遂げ,実際に,本件宴会においてA候補を当選させるために供応接待をしたとする部分については,信用できないというほかない。 第4総合的な検討 前記のとおり,本件宴会が供応接待の場であったか否かを判断する上で,被告人3名の捜査段階における供述は排斥されることになった。そこで,以下では,これ以外の証拠から,本件宴会が供応接待の場であったと認定できるか否かを検討する。 まず,本件宴会は,そもそも第44回衆議院議員総選挙とは無関係に,被告人甲の議長就任パーティーの使役をした女性支援者らの労を再度ねぎらうために企画されたものであり,企画の経緯から供応接待の場とする意図であったと推認することは不可能である。 次に,本件宴会が開始される前の状況は,前記前提となる事実のとおり,被告人甲は,B店の店員に,A候補やI市長の挨拶が終わるまで,酒食を配膳しないよう,,,,,,に指示しており現にA候補らの挨拶の間はテーブル上には空のグラス箸。 ,,焼き肉用のたれ等が入った小皿のみが置かれていたのであるこれは被告人甲が本件宴会をいわゆる連れ回しの一環として利用することとし,本件宴会を2部構成にして,A候補らの挨拶の場面ではセレモニーだけとして,食事も何もせずに紹介して応援を求めようと考えていたという被告人甲の公判供述に整合するものである。 そして,本件宴会の状況は,これまで説示したとおり,被告人甲がA候補への支援を呼びかける挨拶をした後,A候補及びI市長も同様の挨拶をしたも と考えていたという被告人甲の公判供述に整合するものである。 そして,本件宴会の状況は,これまで説示したとおり,被告人甲がA候補への支援を呼びかける挨拶をした後,A候補及びI市長も同様の挨拶をしたものの,A候補らが退席し,酒食が運ばれてきて会食が始まった後は,被告人3名が,A候補への支援を呼びかける言動をしたと認めるに足りる証拠はないし,A候補側から預かったリーフレットも手つかずの状態で放置していた。これは,本件宴会が供応接待の場であることを薄めようとする行動とみることも不可能ではないが,逆に,供応接待の場とする意図がないからこそ,積極的に支援を呼びかけようとしなかったとみることもできる。 さらに,本件宴会後の被告人3名及び女性支援者の選挙運動の状況には,特筆すべきものはなく,本件宴会が女性支援者に対して選挙運動をすることの対価であったと推認できるようなものではなかったといえる。 これに対し,女性支援者らの検察官調書には,本件宴会において、被告人甲やA候補が選挙における支援を求める挨拶をしたのを聞いて,本件宴会が供応接待の場であることを認識した旨の供述記載がある。 一方で,これら女性支援者らの検察官調書では,議長就任パーティー直後にFホテルで行われた飲食の席で,その慰労会は終了したと思っていたなどと,衆議院解散後に改めて慰労会を開催すると言われて不思議に思ったとされている。しかし,被告人丙は,議長就任祝賀パーティーの受付について打合せをした際,出席した女性支援者十四,五名(婦人部の役員)に対し,受付をしてくれる女性支援者らのために改めてお礼の会を開く旨を伝えるとともに,出席していない女性支援者らにもその旨を伝えてほしいと依頼したことが認められるところ(なお,被告人丙の検察官調書にも同様の記載がある,上記女性支援者らの検察官調書 お礼の会を開く旨を伝えるとともに,出席していない女性支援者らにもその旨を伝えてほしいと依頼したことが認められるところ(なお,被告人丙の検察官調書にも同様の記載がある,上記女性支援者らの検察官調書には,被告人丙。)から改めてお礼の会を開く旨を聞いたという供述記載がほとんどみられず(被告人丙の妻であるZの検察官調書にみられる程度である,不自然である。そして,。)全員ではないにしても,被告人丙の改めてお礼の会を開く旨の話を直接ないし間接に聞いた女性支援者らがいるはずであるのに,皆が皆,議長就任祝賀パーティー直後の飲食の席で慰労会は終了したと思ったというのも不自然である。上記女性支援者らの検察官調書の大半が,衆議院解散後に本件宴会を初めて企画したという誤った見込みで捜査をしていた時期に作成されたものであることからすると,捜査官がそのような誤った見込みに沿う供述を押し付け,その影響で,本件宴会が供応接待の場であると思ったとの供述を余儀なくされた疑いもある。 被告人丙は,飲食の場である本件宴会にA候補が来たことを認識し,法律の知識はなかったが,単純に法律に違反しないだろうかと若干思った旨を供述しており,女性支援者らのうちにもそのような認識を抱いた者がいるであろうことは否定し難い。しかし,上記のとおり,女性支援者らの検察官調書を全面的に信用することはできない以上,その全員が,本件宴会を供応接待の場であると認識したなどとは認められない。 なお,被告人丙及び被告人乙は,公判廷において,本件宴会当日まで,本件宴会にA候補が来ることは知らなかった旨を供述し,被告人甲も,本件宴会において,A候補は選挙絡みの挨拶はしなかったし,自分はA候補の選挙運動に関して発 言していない旨を供述したことがあった。 被告人丙は被告人甲の後援会長であり,また,被告 し,被告人甲も,本件宴会において,A候補は選挙絡みの挨拶はしなかったし,自分はA候補の選挙運動に関して発 言していない旨を供述したことがあった。 被告人丙は被告人甲の後援会長であり,また,被告人乙は被告人甲の妻であり,いずれも被告人甲と密接な関係にあったこと,本件宴会を計画したのは被告人3名であったこと,被告人甲が,捜査段階でそのような弁解をしたことは一度もなく,むしろ否定したことからすると,被告人丙及び被告人乙の上記弁解は信用し難い。 また,被告人甲は,その後,A候補が選挙絡みの挨拶をし,被告人甲もA候補を紹介したとき,今後の選挙で応援してほしいという意味の発言は紹介程度でしたと供述を訂正している。 しかしながら,仮に,被告人甲が,被告人丙及び被告人乙に対し,本件宴会にA候補を呼んだことを伝えていたとしても,そのことから直ちに被告人3名の間で,本件宴会を供応接待の趣旨とする旨の謀議がなされたとはいえない。そもそも,本件宴会は,慰労会の趣旨で企画されたものであるところ,そこに,供応接待の趣旨,,をも付け加えるという謀議がなされたという立証はこれまで説示してきたとおりなされていない。被告人3名が上記のような一見不合理な弁解をするのは,被告人甲が不実の罪に陥って議員を失職することのないように,殊更選挙運動の色彩を弱めるために,過剰な防御反応に出たものと考えることも不合理ではない。 なお,検察官は,上記に指摘したもののほかにも,被告人3名の公判供述には不自然な点がある旨を主張する。しかし,その内容を検討しても,被告人3名がそれぞれ過剰な防御反応に出たものに過ぎないのではないかと思われるもので,不自然な公判供述があるからといって,被告人3名が本件宴会を供応接待の場とする旨の共謀を遂げていたとか,投票及び投票取りまとめの報酬として酒食を提供 に出たものに過ぎないのではないかと思われるもので,不自然な公判供述があるからといって,被告人3名が本件宴会を供応接待の場とする旨の共謀を遂げていたとか,投票及び投票取りまとめの報酬として酒食を提供する意図であったなどと推認することはできない。 そうすると,被告人3名の捜査段階における供述以外の証拠から,本件宴会が供応接待の場であったと認定するにも,合理的な疑いが残ることになる。 第5 結論 ,,,本件宴会の当時被告人甲は現職の丁市議会議長の要職にありそのような者が 選挙運動期間中に,これから酒食を始めようとする場に候補者を招いて,候補者に対する投票などの支援を呼びかけるとともに,候補者にその旨の挨拶をさせたことは,軽率のそしりを免れないものであり,妻である被告人乙や,後援会長である被告人丙も,同様の批判を受けてしかるべきである。しかし,これまで詳述してきたとおり,本件においては,被告人3名の自白の信用性が否定され,その余の事実関係からも,被告人3名が本件宴会を供応接待の場とする意図を有し,その旨の共謀を遂げたと認定するには合理的な疑いが残ることが明らかとなった。 したがって,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人3名に無罪の言渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑被告人甲につき罰金30万円,被告人丙につき罰金20万円,被告人乙につき罰金20万円)平成19年12月18日大阪地方裁判所第11刑事部西田眞基裁判長裁判官千賀卓郎裁判官馬場崇裁判官
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