主文 原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。 上告人及び被上告人の本件各訴えをいずれも却下する。 訴訟の総費用は、上告人の訴えに関するものを上告人の、被上告人の訴えに関するものを被上告人の各負担とする。 理由 上告代理人江藤鉄兵、同弥吉弥、同片井輝夫、同小見山繁、同河合怜、同小坂嘉幸、同川村幸信、同山野一郎、同富田政義、同伊達健太郎、同竹之内明、同加藤洪太郎、同華学昭博、同仲田哲の上告理由第二点について一本件は、上告人が宗教法人である被上告人に対し、その代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴えと、被上告人が上告人に対し、本件建物の所有権に基づき、その明渡しを求める訴えとが併合審理されているものである。そして、記録によれば、被上告人の主張は、被上告人の代表役員は責任役員を兼ね、その主管に任命された者をもって充てることとされているところ、上告人は、被上告人の包括宗教法人であるD宗により、その宗規に定める懲戒事由である「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」に当たるとして、被上告人の主管の地位を罷免する懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたから、被上告人の主管ないしは代表役員等の地位を喪失し、本件建物の占有権原をも失った、というのに対し、上告人の主張は、本件処分は、上告人等が宗務院の第五回全国檀徒大会の中止命令(以下「本件命令」という。)に従わなかったことを原因とするものであるところ、上告人等が本件命令に従わなかったことには、右の宗規にいう「正当の理由」があるなどとして、本件処分の無効を理由に、上告人は、依然として被上告人の主管ないし代表役員等の地位にあるから、本件建物の占有権原をも有する、というのである。以上の双方の主張によれば、上告人及び被上告人 るなどとして、本件処分の無効を理由に、上告人は、依然として被上告人の主管ないし代表役員等の地位にあるから、本件建物の占有権原をも有する、というのである。以上の双方の主張によれば、上告人及び被上告人の訴えは、いずれも- 1 -本件処分の効力の有無によって請求の当否が決まる関係にあるところ、右の点の判断をするためには、上告人が本件命令に従わなかったことに正当の理由があるかどうかを確定しなければならないことは、多言を要しない。 二原審は、本件処分の効力を審理、判断するに当たり、右の懲戒事由にいう「正当の理由」には、D宗の教義、信仰にかかわる事由は含まれず、また、信者の教化育成の在り方その他宗教上の事由をもって本件命令の効力を争うこともできないと判示し、その見地から、本件処分がD宗の懲戒処分に関する手続上の準則に従ってされたものであるか否かを検討し、その結果、本件処分を有効と認め、上告人の請求を棄却して被上告人の請求を認容した第一審判決を正当とし、上告人の控訴を棄却した。 三しかしながら、記録によって認められる本訴提起に至った本件紛争の経緯、双方の主張及び本件訴訟の経過に照らせば、本件命令は、D宗の教義ないし信仰の内容に基づいて発せられたものであり、したがって、上告人の主張する正当の理由もまた、D宗の教義ないし信仰の内容にかかわるものであることは明らかである。 そうであるとすると、本件訴訟の争点である本件処分の効力の有無を判断するには、宗教上の教義ないし信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないのであるから、原審の前記判断を是認することはできず、上告人及び被上告人の訴えは、いずれも、結局、法律上の争訟性を欠き、不適法というべきである(最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九 認することはできず、上告人及び被上告人の訴えは、いずれも、結局、法律上の争訟性を欠き、不適法というべきである(最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁参照)。論旨は、以上と同旨をいう点において理由があり、本件につき本案の判断をした第一審判決及びこれを前記の見地から正当とした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、上告人及び被上告人の訴えをいずれも却下することとする。 - 2 -よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官味村治、同三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。 私は、多数意見と異なり、上告を棄却すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。 一本件における上告人及び被上告人の請求の当否は、被上告人の包括宗教法人であるD宗が上告人に対して行った本件処分の効力の有無によって決まる関係にあり、この点を判断するには、上告人が宗務院の命令に従わなかったことについて、本件処分の根拠とされたD宗の宗規中の「正当の理由」の有無を確定しなければならないことは、多数意見の説示するとおりである。多数意見は、そのためには、宗教上の教義ないし信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないから、上告人及び被上告人の訴えは、法律上の争訟性を欠き、いずれも不適法であるとする。しかし、私は、本件において、右の「正当の理由」の有無を判断するについて、宗教上の教義ないし信仰の内容について評価をする必要はないと考える。 二原審が適法に確定したところによれば、D宗の教義ないし信仰に関する事 本件において、右の「正当の理由」の有無を判断するについて、宗教上の教義ないし信仰の内容について評価をする必要はないと考える。 二原審が適法に確定したところによれば、D宗の教義ないし信仰に関する事項は法主の専権であって、上告人等による第五回全国檀徒大会の開催は右の権限に基づいて法主Eのした指南に反するもので、右大会の開催に関する上告人等の行動がD宗の教義、弘宣流布に反するものであるとの右法主の裁定は表明されており、宗務院は、同大会の開催が右の指南に反することを理由として同大会の中止を命じたが、上告人は、右命令に従わなかったため、宗規に定める懲戒事由である「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」に当たるとして本件処分を受けたというのである。 以上の事実関係によれば、法主Eのした指南に係る教義ないし信仰の内容は、D- 3 -宗が自治的に定めた教義ないし信仰の内容というべきであり、上告人等はこれに反する教義ないし信仰を理由として第五回全国檀徒大会を開催したもので、上告人が宗務院の命令に従わない理由として主張する教義ないし信仰の内容は、D宗が自治的に定めた教義ないし信仰の内容に反するものであったというべきである。 三宗教団体の教義ないし信仰の内容は、その宗教団体が自治的に定めるものであることは、当然である。また、D宗が自治的に定めた教義ないし信仰の内容に反する教義ないし信仰を理由として宗務院の命令に従わないことが前記の懲戒事由に当たらないとすれば、D宗の存立及び秩序維持は不可能となるから、右の理由は前記の「正当の理由」に当たらないとすることが右の懲戒事由を定めた宗規の趣旨に合致するというべきである。 宗教団体を結成する自由及び国の干渉からの宗教活動の自由は憲法により保障されているから、裁判所は、宗教団体の自治を尊重すべきであり、 とが右の懲戒事由を定めた宗規の趣旨に合致するというべきである。 宗教団体を結成する自由及び国の干渉からの宗教活動の自由は憲法により保障されているから、裁判所は、宗教団体の自治を尊重すべきであり、宗教団体のした懲戒処分の当否は、当該宗教団体が自治的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特別の事情のない限り、右規範に照らして決すべきである(最高裁昭和六〇年(オ)第四号同六三年一二月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一五五号四〇五頁参照)。 したがって、D宗の僧侶等がD宗の自治的に定めた教義ないし信仰の内容に反する教義ないし信仰を理由として宗務院の命令に従わないときは、D宗の自治的に定めた教義ないし信仰の内容が公序良俗に反するなどの特別の事情のない限り、裁判所は、懲戒処分の当否を判断するについて、右の理由は前記の「正当の理由」に当たらないと解すべきものである。 本件においては、法主Eのした指南に係る教義ないし信仰の内容が公序良俗に反するなどの特別の事情のあることは認められず、また、前述のとおり、右の教義ないし信仰の内容はD宗が自治的に定めたものというべく、上告人は、これに反する内容の教義ないし信仰を理由として、宗務院の命令に従わなかったのであるから、- 4 -上告人が宗務院の命令に従わなかつた理由は、右の「正当の理由」に当たらないというべきであり、右の「正当の理由」の有無を判断するについて、両者の教義ないし信仰の内容について評価する必要はない。 四本件処分が、D宗の定める手続上の準則に従ってされたものであり、かつ、懲戒権の濫用に当たらないとする原審の判断は、原審の適法に確定した事実関係の下において、正当というべきである。したがって、原判決が本件処分を有効とし、これを前提として、上告人の請求を棄却し、被上告人の請求を認容したのは、正当であ 審の判断は、原審の適法に確定した事実関係の下において、正当というべきである。したがって、原判決が本件処分を有効とし、これを前提として、上告人の請求を棄却し、被上告人の請求を認容したのは、正当であって、上告理由の第一点及び第二点の論旨は、採用することができない。 また、上告理由の第三点は、被上告人の代表者であるFを主管に任命したEは、D宗の管長の地位にはないから、Fは、被上告人の主管でなく、したがって、被上告人の代表役員ではないから、同人が被上告人の代表者として上告人に対し本件建物の明渡しを求める訴えは不適法であるという。しかしながら、EがD宗における宗教活動上の地位である法主であり、したがって、管長であることは、前示したところ及び本件記録に徴し明らかである。論旨は採用することができない。 裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。 私は、多数意見と異なり、上告を棄却すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。 一宗教団体の教義ないし信仰の内容にかかわる事項については、裁判所がこれを審理、判断することは許されず、また同様に、具体的な権利義務ないし法律関係の紛争の解決を求める訴訟の形をとっていても、宗教団体の教義ないし信仰の内容にかかわる事項が単にその前提問題であるにとどまらず、その実質においてそのような事項の解決を求めることがその核心となっている争訟は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に該当しないというべきである。例えば、その解決を求める具体的な権利義務ないし法律関係自体宗教的色彩の濃いものであって、それと教義ない- 5 -し信仰の内容とがいわば表裏一体となっているような争訟がそれである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。しかし、そのような争訟でない限り、前提問題 の内容とがいわば表裏一体となっているような争訟がそれである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。しかし、そのような争訟でない限り、前提問題となっている教義ないし信仰の内容にかかわる事項に立ち入って判断することが許されないからといって、具体的な権利義務ないし法律関係に係る争訟が「法律上の争訟」でないということはできないといわなければならない。そして、このような争訟を裁判するに当たっては、裁判所としては、その審理、判断できない事項については、当該団体が自律的に確認、決定したところに従うのがその自律権を尊重するゆえんであり、その上で、その余の争点につき審理、判断して、当該争訟につき裁判をすることができ、またそれをすることが裁判所の職責というべきである。 二本件は、上告人が被上告人に対して被上告人の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める訴えと被上告人が上告人に対して被上告人所有の建物の明渡しを求める訴えとからなるが、いずれもD宗の管長であるEが上告人に対してした主菅たる地位をはく奪する罷免処分の効力がその前提問題となっており、その効力の有無によって請求の当否が決まる関係にあること、その処分理由の存否について審理、判断するには、D宗の教義ないし信仰の内容について一定の評価をすることを避けることができないことは、多数意見の説示するとおりである。しかし、一に説示したところからすれば、そうであるからといって、右各訴えが法律上の争訟性を欠くということはできない。裁判所は、教義ないし信仰の内容にかかわる事項であって、審理、判断することができないところの処分理由の存否については、D宗の自律的な確認、決定を尊重しなければならないが、教義ないし信仰の内容にかかわることのないその余の争点に 容にかかわる事項であって、審理、判断することができないところの処分理由の存否については、D宗の自律的な確認、決定を尊重しなければならないが、教義ないし信仰の内容にかかわることのないその余の争点については、これを審理、判断した上、本件各訴えにつき本案の裁判をしなければならないのである。私は、この点で、最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九- 6 -頁には賛同することができない。 本件において、右処分理由の存否のほか、懲戒権の濫用の有無及び処分の手続につきD宗の定める準則の履践の有無が争点とされている。裁判所が処分理由の存否についてD宗の自律的な確認、決定を尊重し、それが存在するものとしなければならない以上、それを理由にされた処分が懲戒権の濫用に当たるかどうかを審理、判断することもまた、教義ないし信仰の内容にわたるものとして、許されないというべきであるが、手続についての右準則の履践の有無については、裁判所は審理、判断すべきものである。けだし、手続が当該宗教団体の教義ないし信仰の内容と結び付いており、その履践の有無の判断のためには教義ないし信仰の内容に立ち入らざるを得ないような特段の事情のない限り、手続それ自体は教義ないし信仰の内容とは無関係の事柄であるからである。 三原審の適法に確定したところによれば、上告人につき罷免理由に当たるべき事実のあったことがD宗において自律的に確認、決定されていることは明らかであるから、裁判所としてはこれを尊重してその存在を肯認すべきであり、したがってまた、罷免処分が懲戒権の濫用であるとすることはできないというべきである。さらに、原審の適法に確定したところからすれば、上告人が手続違背を主張する各手続については、前記特段の事情は認められず、かつ、上告人主張のよ が懲戒権の濫用であるとすることはできないというべきである。さらに、原審の適法に確定したところからすれば、上告人が手続違背を主張する各手続については、前記特段の事情は認められず、かつ、上告人主張のような手続違背がなかったことは、原審の適法に確定するところである。してみれば、原判決が上告人に対する罷免処分を結局有効としたのはその結論において是認することができ、それを前提として、被上告人の請求を認容し、上告人の請求を棄却したのは、正当である。上告理由第一点及び第二点の論旨は、採用することができない。 また、上告理由の第三点は、被上告人の代表者であるFは、Eから被上告人の新たな主管に任命され、代表役員の地位に就いた者であるところ、Eは、D宗の管長の地位にはないから、右の任命によって、Fが被上告人の代表役員に就くことはな- 7 -く、同人が被上告人の代表者として上告人に対して本件建物の明渡しを求める訴えは不適法であるという。しかしながら、このような本案前の問題として、当事者たる宗教団体の代表者の地位が争われた場合にも、その争いが当該宗教団体の教義ないし信仰の内容とかかわっており、その判断のためにはその教義ないし信仰の内容に立ち入らざるを得ないときには、裁判所は前述の方途によりこの点を判断すべきところ、記録によれば、EがD宗の管長であるか否かは、D宗の教養ないし信仰の内容にかかわっており、その判断のためにはD宗の教義ないし信仰の内容に立ち入らざるを得ないこと及びD宗においてはEが管長の地位にあるものとされていることが明らかである。してみれば、裁判所としては、これを尊重してEが管長の地位にあることを肯認すべきものであって、論旨は採用することができない。 四以上要するに、原審が本案につき判断をし、上告人の請求を棄却し、被上告人の請求を認容すべき ては、これを尊重してEが管長の地位にあることを肯認すべきものであって、論旨は採用することができない。 四以上要するに、原審が本案につき判断をし、上告人の請求を棄却し、被上告人の請求を認容すべきものとしたことに違法はなく、本件上告は棄却されるべきである。 最高裁判所第一小法廷裁判長裁判官小野幹雄裁判官大堀誠一裁判官味村治裁判官三好達裁判官大白勝- 8 -
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