主文 原判決を破棄する。被告人を懲役三年に処する。原審の未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。領置にかかる肥後守ナイフ一丁(昭和四六年押第四六四号の一)を没収する。理由 (控訴の趣意)被告人ならびに弁護人相沢建志提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。(当裁判所の判断)弁護人の控訴趣意第二点および被告人の控訴趣意中正当防衛ならびに自首減軽を主張する点について。各所論は、被告人は、Aが入口の戸を蹴破らんばかりに叩くので、戸のこわれるのを恐れ、それをあけて廊下に出たところ、同人は物も言わずにいきなり鋏で被告人の左眼瞼部を突き刺し、その後も執拗に攻撃を加えるので、右のような急迫不正の侵害に対しみずからの身体・生命を防衛するため反撃したものであり、緊急の措置としてやむをえない範囲内のものであるから、刑法三六条一項、二項、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項二号により、正当防衛ないし過剰防衛に該当するから、これを看過した原判決には法令の適用を誤つた違法があり、破棄を免がれない、と主張する。 しかし、関係各証拠によつても明らかなとおり、被告人は、けつしてなんのきつかけもないのに急にAに襲われたわけではなく、かえつて、原判決も判示しているような経緯で同人とどなり合つたあげく、自室の窓から顔を出して、「あんたにうるさいといわれる筋合いはない。話しがあるならこつちへ来たらいいじやないか。」などと今までまつたく見ず知らずのAに向かつて挑発的な言辞を弄した結果、これに刺激された同人が被告人の居室に押しかけて来て施錠してある自室の戸を激しく叩くので、それまでのいきさつもあり、相手が何をしだすかわからないからこのままでは自分の方が受身になつてこ を弄した結果、これに刺激された同人が被告人の居室に押しかけて来て施錠してある自室の戸を激しく叩くので、それまでのいきさつもあり、相手が何をしだすかわからないからこのままでは自分の方が受身になつてこまると思つた被告人は、万一の場合には闘争になることも予期し、相手が攻撃を加えて来たら時をうつさずこれに反撃を加えるため、その時の用意として部室にあつた本件の肥後守ナイフをジヤンパーのポケツトに入れ、入口の戸をあけて廊下に立ち出で、そこに待ちうけていたAに対して、「なんだよ。 てある自室の戸を激しく叩くので、それまでのいきさつもあり、相手が何をしだすかわからないからこのままでは自分の方が受身になつてこまると思つた被告人は、万一の場合には闘争になることも予期し、相手が攻撃を加えて来たら時をうつさずこれに反撃を加えるため、その時の用意として部室にあつた本件の肥後守ナイフをジヤンパーのポケツトに入れ、入口の戸をあけて廊下に立ち出で、そこに待ちうけていたAに対して、「なんだよ。」とか、「何か文句があるのか。」などとふたたびいどみかかり、そこからAと口論しながらさらに階段の方へ八メートルあまり歩いて行き、五号室前付近で同人ととつ組み合いをはじめ、その際、相手方から鋏による攻撃を受けたのでこれに激こうし、前記肥後守ナイフで原判示のような反撃を加えるにいたつたものである。してみるとこのような喧嘩闘争の経緯全体の上から見て、右Aの鋏による攻撃が、刑法三六条一項にいわゆる「急迫」な侵害であるとはいえない。また、その時の状況から考えてみても、身近かに目撃者もいるのであるから、急を同人に告げるなどしてその救援を求めることもできたと思われるのに、いささかもそのような言動に出ることもなく、いかに憤激の念に駆られたあまりとはいえ、右の目撃者であるBの司法警察員に対する供述調書によつても窺われるとおりいきなり背たけの低い相手方の肩に手をかけ、同人を前記五号室の外壁に押しつけたうえ、所携のナイフをふるつてその顔面、胸部等を突き刺すようなことは、実質的、かつ、具体的にこれを判断すると、やはり、刑法三六条一項にいう「防衛のため己むことを得ざるに出でた行為」であるとも認められない。結局、被告人の所為は、みずから招いた喧嘩闘争の過程においてなされた反撃行為であつて、事の経緯を ると、やはり、刑法三六条一項にいう「防衛のため己むことを得ざるに出でた行為」であるとも認められない。結局、被告人の所為は、みずから招いた喧嘩闘争の過程においてなされた反撃行為であつて、事の経緯を全体的に観察すれば、それが正当防衛にはもちろん、また、過剰防衛にも当たらないことは明らかである。また、被告人の本件犯行は、前記のとおりその居室の入口から八メートル余を離れた当該簡易宿泊所内の一般通行用の廊下で行なわれているのであつて、この時点においてはすでにAは、被告人の居室に侵入しようとする意思を有していたものとは認められないから、本件について盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項二号の適用をうんぬんする余地もない。 れが正当防衛にはもちろん、また、過剰防衛にも当たらないことは明らかである。また、被告人の本件犯行は、前記のとおりその居室の入口から八メートル余を離れた当該簡易宿泊所内の一般通行用の廊下で行なわれているのであつて、この時点においてはすでにAは、被告人の居室に侵入しようとする意思を有していたものとは認められないから、本件について盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項二号の適用をうんぬんする余地もない。したがつて、原判決が、被告人の所為につき正当防衛の法条を適用しなかつたのは正当であり、論旨は理由がない。被告人の所論は、被告人は、犯行後ただちにもよりの交番に自首したのに、自首減軽をしなかつた原判決は違法である、と主張する。しかしながら、自首減軽をするか否かは当該裁判所の裁量にまかされているのであつて、原判決が、本件事案の態様、その他諸般の犯状に鑑み、自首減軽をしなかつたからといつて、それ自体をもつて、原判決に法令の適用を誤つた違法があるとはいえない。所論は採用し難い。弁護人の控訴趣意第一点、および右同旨の被告人の控訴趣意について。各所論は、原審弁護人は、被告人の本件所為は正当防衛に該当する旨主張したにかかわらず、原判決は右主張に対しなんらの判断も示していないから、刑事訴訟法三三五条二項に違反した違法がある、と主張する。そこで、原審記録を調べると、原審弁護人は、被告事件について「事実については被告人の陳述と同様です。本件は被告人の防衛的行為からなされたものです。」と陳述しているほか、なお、その最終弁論においても、「本 で、原審記録を調べると、原審弁護人は、被告事件について「事実については被告人の陳述と同様です。本件は被告人の防衛的行為からなされたものです。」と陳述しているほか、なお、その最終弁論においても、「本件は正当防衛か過剰防衛とも考えられる。」と述べているから、これらによると、一応、弁護人は、正当防衛ないし過剰防衛の主張をしたものと解せられないことはない。ところが、他方、弁護人は、右の主張に続く弁論の終りの部分で、「被告人は、被害者が倒れると直ちに交番に自首し、被害者の救援を訴えている。これらの点は特に情状として勘案されたい。」と述べているのであつて、右にいわゆる「これらの点」の中には前段にいう正当防衛ないし過剰防衛の主張までがふくまれるものと解し得る余地もあるから、結局、原審弁護人の右主張は、刑事訴訟法三三五条二項によつてなされたものであるか、あるいは単なる情状論として述べ<要旨>られたに過ぎないのであるか、その趣旨が必らずしも明確とはいえない。 首し、被害者の救援を訴えている。これらの点は特に情状として勘案されたい。」と述べているのであつて、右にいわゆる「これらの点」の中には前段にいう正当防衛ないし過剰防衛の主張までがふくまれるものと解し得る余地もあるから、結局、原審弁護人の右主張は、刑事訴訟法三三五条二項によつてなされたものであるか、あるいは単なる情状論として述べ<要旨>られたに過ぎないのであるか、その趣旨が必らずしも明確とはいえない。したがつて、原審としては、当然弁</要旨>護人に対し、右の点について釈明を求め法律上正当防衛ないし過剰防衛の主張を維持するものであるかどうかを明らかにすべきてあつた、と思われるのに、それをしなかつたことについては審理を尽くさない違法がある、とのそしりを免れることができない。もつとも、原審としては、右弁護人の陳述、弁論をその全体の趣旨から見て、刑事訴訟法三三五条二項による主張と解したうえで、なお、これに対する判断は黙示の判断で足りる、との見解をとつたものと推察できる余地がないともいえない。しかし、右同条同項による主張に対する判断が黙示のもので足りるかどうかという一般論はさておき、すくなくとも、本件のような事案においては、その具体的内容の点から見ても、また、口頭弁論主義を強調し事実審としての第一審裁 による主張に対する判断が黙示のもので足りるかどうかという一般論はさておき、すくなくとも、本件のような事案においては、その具体的内容の点から見ても、また、口頭弁論主義を強調し事実審としての第一審裁判所の機能の充実と強化とをめざす現行法の建前から考えても、原審としては、弁護人の右主張に対して明白な判断を示すのが当然である、と思われる。したがつて、いずれにしても、原判決にはその訴訟手続に法令の違反がある、といわなければならない。ただ、たとえ、原審において正当防衛ないし過剰防衛の主張があつたものとしても、前記のように本件についてはそのいずれもが認められないのであるから、右に述べた訴訟手続法令違反の瑕疵は、結局判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないことになるから、原判決を破棄する理由とはならない。論旨は理由がない。次に、被告人は、原審弁護人に対し、証人の取調請求をするように求めておいたのに、その取調べがなされていないのは不当である、と主張するけれども、記録上弁護人から証人取調べの請求がなされたのに対し、裁判所がこれを却下した形跡は認められず、(ちなみに、弁護人請求の証人Cは、採用のうえ取調べられている。 を及ぼすことが明らかであるとはいえないことになるから、原判決を破棄する理由とはならない。論旨は理由がない。次に、被告人は、原審弁護人に対し、証人の取調請求をするように求めておいたのに、その取調べがなされていないのは不当である、と主張するけれども、記録上弁護人から証人取調べの請求がなされたのに対し、裁判所がこれを却下した形跡は認められず、(ちなみに、弁護人請求の証人Cは、採用のうえ取調べられている。)一方、検察官から取調請求のあつた証人Dは、所在不明のため、その請求が拠棄されて取調ベが不能に終つた経緯は、記録によつて明らかにされているから、いずれにしても、原判決には、所論のいうように証人尋問をしない違法があつたものとは認められない。所論は採用できない。(その他の理由は省略する。)(裁判長判事樋口勝判事目黒太郎判事伊東正七郎) 東正七郎
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