令和3(う)956 公務執行妨害、強盗殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和5年3月20日 大阪高等裁判所 破棄自判
ファイル
hanrei-pdf-92000.txt

判決文本文62,282 文字)

1令和3年(う)第956号公務執行妨害、強盗殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件令和5年3月20日 大阪高等裁判所第4刑事部判決 5主 文原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理 由第1 事案の概要及び控訴の趣意等10(略称等は、原判決のそれに従い、証拠番号並びに証言及び被告人の公判供述は、断りのない限り、原審におけるそれをいう。証言等の引用については、供述者名、公判期日の回数、尋問調書の頁数を記載して特定する。)1 事案の概要本件は、被告人が、①交番勤務をしていた警察官に対し、未必の殺意を持15って出刃包丁で多数回突き刺すなどして、同人の職務の執行を妨害するとともに、同人から実包5発が装てんされたけん銃を強取し、その際、全治約6か月間以上を要する傷害を負わせ、②①の日時場所で、正当な理由がないのに出刃包丁1本を携帯し、③法定の除外事由がないのに、①の日時から翌朝まで大阪府内の路上や山中等において上記けん銃を適合実包4発とともに携20帯して所持したとされる公務執行妨害、強盗殺人未遂(①)及び銃砲刀剣類所持等取締法違反(②、③)の事案である。 原判決は、公訴事実と同旨の別紙記載の第1から第3の各事実を認定するとともに、被告人は、本件各犯行当時、統合失調症の影響により、善悪を判断し、行動を制御する能力が著しく低い状態にあった旨認定し、上記各事実25に関連する法令を適用し、各罪につき心神耗弱による法律上の減軽をするな 2どした上で、被告人を懲役12年及び包丁1本没収の刑に処した。 2 控訴の趣意等本件控訴の趣意は、主任弁護人髙山巌及び弁護人炭谷喜史作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、論旨は事実誤認及び量刑不当の主張である。すなわ 12年及び包丁1本没収の刑に処した。 2 控訴の趣意等本件控訴の趣意は、主任弁護人髙山巌及び弁護人炭谷喜史作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、論旨は事実誤認及び量刑不当の主張である。すなわち、①被告人は本件各犯行当時、統合失調症の影響により、心神喪失の状5態であった合理的な疑いがあるにもかかわらず、心神耗弱の状態であったものと認めて、被告人を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼす明らかな事実誤認があり、②仮に、被告人が本件各犯行当時、心神耗弱の状態であったとしても、原判決の刑は重すぎて不当である、というのである。 これに対する検察官の答弁は、検察官杉田裕幸作成の答弁書に記載のとお10りであり、その骨子は、事実誤認及び量刑不当の控訴趣意はいずれも理由がなく、本件控訴は棄却されるべきであるというものである。 第2 責任能力に関する原判決の判断及び当事者の主張1 原判決の判断の要旨原審の公判前整理手続において確認された争点整理の結果は、「被告人が本15件公訴事実記載の行為をしたこと及び被告人が本件当時統合失調症の精神障害を有していたことについては争いがない。争点は、限定責任能力か責任無能力かである。」というものである。これを受け、原審公判においては、被告人の精神鑑定を行った2名の精神科医(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50条1項に基づく鑑定(以下、「50条鑑定」という。)を行ったA医20師及び起訴前鑑定を行ったB医師)の証人尋問を実施するなど、上記争点に焦点を当てた審理が行われたところ、原判決は、被告人の責任能力について、骨子、以下のとおり説示した。 ⑴ 本件では、責任能力の判断の前提となる精神障害の有無、程度、これが犯行に与えた影響の有無、程度について、精神医学者の鑑定意見等が証拠25になっ 能力について、骨子、以下のとおり説示した。 ⑴ 本件では、責任能力の判断の前提となる精神障害の有無、程度、これが犯行に与えた影響の有無、程度について、精神医学者の鑑定意見等が証拠25になっているところ、このような本件においては、鑑定人の公正さや能力に 3疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用できない合理的な事情(以下、「採用できない合理的な事情」という。)が認められない限り、その意見を十分に尊重して責任能力についての判断すべきこととなる。 本件における精神医学者の意見としては、A医師及びB医師の意見がある5ところ、両名は、いずれも統合失調症の治療経験が豊富で、かつ、精神鑑定歴も多数あり、司法精神医学における高度の専門的知見を有する専門家であると認められる。 両名の意見には相違点があるが、A医師の意見が被告人にとって有利なものであるから、検察官が立証責任を負うという刑事裁判の原則を踏まえて、10まず、A医師の意見について、採用できない合理的な事情があるかどうかという観点から検討を進める。 もっとも、両名の意見は、被告人が統合失調症にり患していること、その症状が幻視、幻聴、思考伝播等であること、本件当時、被告人の統合失調症が悪化していたことについて一致しており、これらの点については採用でき15ない合理的な事情がないから、これらの点は前提として2つの相違点について検討を加える。 ⑵ 相違点①(症状軽快の有無及び悪化の時期)についてA医師の意見は、㋐重視すべき事情である通院治療の経過や主治医の病状評価を適切に評価していない点、㋑考慮に入れるべき起訴前鑑定における被20告人からの聴取内容を十分に考慮に入れて検討していない点、㋒症状悪化の根拠として挙げている事情も意味合いが や主治医の病状評価を適切に評価していない点、㋑考慮に入れるべき起訴前鑑定における被20告人からの聴取内容を十分に考慮に入れて検討していない点、㋒症状悪化の根拠として挙げている事情も意味合いが乏しいものばかりである点において問題があり、鑑定資料の評価や前提となる事実の評価が合理性を欠いている。 このような評価となったのは、時々で変化する被告人の供述について客観的な裏付けを欠く部分が多いにもかかわらず、そのことを十分に踏まえずに過25度に依拠したためと考えられ、全体的に鑑定判断の前提に問題があると言わ 4ざるを得ず、採用できない合理的な事情がある。 これに対し、B医師の意見は合理的なものとして採用できる。 そこで、B医師の意見に基づき、被告人の症状は、平成31年2月には一旦軽快していたが、減薬のため5月頃から徐々に症状が悪化し、沖縄旅行中の怠薬もあって沖縄旅行後に悪化傾向となり、本件時は相当悪化した状態に5あったと認める。 ⑶ 相違点②(本件当時、被告人が正常な精神機能を働かせることができたか否か)について※ 原判決は、「健常な」「健全な」精神機能との用語を用いているが、本判決では、実質的な意味内容が変わらないとの前提において、「正常な」精神機能の表記に統一すること10とする。 ア 相違点の検討に先立ち、本件の動機、目的について検討する。 犯行場面での被告人の行動をみると、主たる目的は警察官の殺傷ではなく、けん銃を強奪することにあったと考えられる。また、犯行直前の被告人の行動をみると、被告人は、虚偽の110番通報により交番の警察官を出動させ、15交番内の警察官が1人になった状態を見計らって警察官を襲撃しようとしていたものと推察できる。 けん銃を奪う目的については、A医師は、被告人が、鑑定時に、けん 報により交番の警察官を出動させ、15交番内の警察官が1人になった状態を見計らって警察官を襲撃しようとしていたものと推察できる。 けん銃を奪う目的については、A医師は、被告人が、鑑定時に、けん銃を奪って勝尾山に隠れているスティーブン・セガールと松田優作を殺すつもりだったと述べたとして、それが被告人の行為の大きな目的であったとしつつ、20大きな目的も時によって供述が変わり、旧友への仕返しということも述べていたとしている。これに対し、B医師は、鑑定時に、勝尾山にいるスティーブン・セガールと松田優作を殺すという話はあったが、けん銃を奪った目的については明確な説明が得られなかったとして、不明であるとしている。原審弁護人が指摘するとおり、幻覚、幻聴の中で酷いことをしてくる者に対す25る仕返しのための犯行であったという可能性も否定できない。いずれにせよ、 5本件における被告人の行為の動機、目的には、統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり、統合失調症の影響を大きく受けた犯行であることは否定できない。 イ A医師の意見の核心部分は、被告人の行動のそもそもの目的は、幻聴や思考吹入による命令によるもので、行動の根本となる動機・目的・基盤が5完全に精神病に基づいており、本人の意思が全く関与していない以上、その上にある行動にも本人の意思はない、表面上正常に見える行動があったとしても、自分の意思で行動する余地は残っていなかったというところにあると考えられる。 しかし、本件犯行は、一定の計画性がなければ実現しないものであって、10現に被告人はそれなりの計画性を持って犯行に及び、けん銃の強奪を成功させているところ、このような被告人の一連の行動が、幻聴や思考吹入、連合弛緩等によって自己の意思をもって行動する であって、10現に被告人はそれなりの計画性を持って犯行に及び、けん銃の強奪を成功させているところ、このような被告人の一連の行動が、幻聴や思考吹入、連合弛緩等によって自己の意思をもって行動することができないような状態でなされたとは考えにくい。この点、被告人は、本件の直前において、交番の勤務態勢についてインターネットを検索した上、自身のスマートフォンを用い15ず公衆電話から虚偽の110番通報を行い、電車の時刻表を確認した上で、次の電車を待つより早く交番に到着できるとして走って交番に向かうなど、けん銃強奪という目的達成のため臨機応変で合理的な行動を取っており、これら行動に被告人の意思が全く介在していなかったとは考えにくい。 また、本件時の被告人の行動をみても、特に無駄な動きなくけん銃強奪と20いう犯行を成功させているし、本件後の被告人の行動をみても、警察官を襲ってけん銃を奪うという目的達成のための臨機応変、合理的な行動を行うことができたことや、自分の行為が犯罪であると認識し、ある程度状況を判断して行動したことを強くうかがわせるものである。 中でも、事件直前の110番通報の音声記録(甲98)によって認められ25る被告人と警察官のやり取りには、自然な会話としてのスピード感や自然さ、 6臨機応変さがうかがわれ、被告人が警察官の問いかけを理解し、けん銃強奪の目的に沿ってこれに対応する判断力を有していたことが十分みて取れる。 A医師は、上記やり取りが被告人の意思とはかかわりなく生じたものである旨を述べるが、被告人の応答状況や内容に照らすとそのようには考えられず、すべて幻聴の指示でやったというには臨機応変すぎる、そのときの状況から5生じた本人の意思に基づく行動であるなどとするB医師の評価が的確である。 A医師は、110 照らすとそのようには考えられず、すべて幻聴の指示でやったというには臨機応変すぎる、そのときの状況から5生じた本人の意思に基づく行動であるなどとするB医師の評価が的確である。 A医師は、110番通報に関する質問の中で、ある程度まとまった行動、周囲の状況をある程度正しく認識できる部分が残っていたと解釈してもらっても構わないとしつつ、そういう部分が残っていたとしても被告人が意思を持って行動していたことにはならない旨述べ、さらに、被告人が合目的的な10行動をしていることは理解しているとした上で、けん銃を奪うという計画を立てた基盤はあくまで殺しに行くという妄想であって、了解可能に見える行動はあくまで見せかけのものにすぎず、その行動に本人の意思はなかったとの見解を述べている。しかし、周囲の状況をある程度正しく認識し、ある程度まとまった行動を取ることができる状況であったというのに、なぜその行15動に本人の意思がないとの評価になるのかについて合理的な説明がなされているとはいえず、A医師の意見は、その核心部分について判断プロセスの説明が欠けているといわざるを得ない。 A医師の意見は、相違点②についても、㋐重要な鑑定資料の位置付けや評価を誤り、㋑合理的な説明もなく被告人の意思がなかったと結論付けている20点において、採用できない合理的な事情がある上、㋒被告人の供述の問題点を十分踏まえずに過度に依拠した点において、鑑定判断の前提に問題があったといわざるを得ず、その意味でも採用できない合理的な事情がある。 相違点②についても、これまでの検討で記したとおり、B医師の意見が合理的であり、これを採用することができる。 25⑷ 責任能力の評価について 7以上を踏まえて、責任能力を検討するに、被告人が統合失調症にり患しており、本 たとおり、B医師の意見が合理的であり、これを採用することができる。 25⑷ 責任能力の評価について 7以上を踏まえて、責任能力を検討するに、被告人が統合失調症にり患しており、本件当時、その幻聴、思考吹入等といった精神症状が重いものであったこと、本件前後の客観的事情や被告人の供述等に照らしてみても、本件犯行の動機として了解可能なものは見出し難く、統合失調症の症状悪化がなければ被告人が本件犯行に及ぶことはなかったと考えられることなどに鑑みる5と、被告人の精神障害が本件犯行に及ぼした影響は大きかったと認められる。 しかし、その一方で、犯行前及び犯行時の被告人の行動は、警察官からのけん銃奪取という目的達成のため臨機応変かつ合理的なもので、犯行後の行動も、自分が犯罪行為をしたことを認識し、状況を判断する能力があったことを示すものである。犯行の動機は明らかではないが、B医師は、この点に10ついて、統合失調症のほか、自身のそれまでの人生に対する葛藤が犯行に影響したと考えられることなどの見解を示している。 これらの事情及びB医師の意見に鑑みると、被告人は、本件当時、統合失調症の影響を大きく受けつつも、ある程度は、自身の精神機能を働かせて周囲の状況や自己の行動の意味を理解し、目的に沿った行動をとることができ15ていたと認められ、善悪を判断し行動を制御する能力が著しく低下していたものの、全くそれを欠いた状態ではなかったと認められる。 したがって、被告人は、本件当時、限定責任能力の状態にあったと認められる。 2 当事者の主張20事実誤認の論旨に関する弁護人の主張は、上記控訴趣意書及び主任弁護人髙山巌陳述に係る「事実調べに基づく弁論骨子」記載のとおりであり、これに対する検察官の主張は、上記答弁書及び検察官川上岳作 20事実誤認の論旨に関する弁護人の主張は、上記控訴趣意書及び主任弁護人髙山巌陳述に係る「事実調べに基づく弁論骨子」記載のとおりであり、これに対する検察官の主張は、上記答弁書及び検察官川上岳作成の弁論要旨記載のとおりであり、その骨子は、以下のとおりである。 ⑴ 弁護人の主張25ア 判断手法の問題点について 8責任能力が争われた以上、検察官が、責任無能力でないことにつき立証責任を負い、A医師の意見が信用できないということだけでこれが果たされることにはならない。にもかかわらず、原判決が、A医師の意見が信用できないから、B医師の意見が信用できる旨の判断をし、実質的に立証責任を転換するかのような判断手法を採用したのは不当である。 5イ A医師の意見に合理性がないとした判断の誤りについて原判決は、相違点①、②について、いずれもA医師の意見に採用できない合理的な事情があると判示するが、その判断は医学的知見に反している。 相違点①について、原判決は、A医師の意見に採用できない合理的な事情として、㋐主治医の病状評価を適切に評価していない点、㋑起訴前鑑定10における被告人からの聴取内容を十分に考慮に入れていない点、㋒症状悪化の根拠として挙げている事情も意味合いが乏しい点を挙げる。しかし、A医師は、患者の申出による減薬は症状悪化を招き得るとの医学的な見解に基づき、そのような視点で記録上読み取れるエピソードを探し、それを医学的知見に基づいて分析した結果、上記見解を裏付けているという論証をし(㋐関15係)、B医師に対する被告人の供述を検討した上で、自らの専門的知見に基づいて、重視すべき供述を選別し(㋑関係)、あるいは、臨床上の経験知に基づいた症状悪化の可能性をもとにエピソードを分析しているのであって(㋒関 対する被告人の供述を検討した上で、自らの専門的知見に基づいて、重視すべき供述を選別し(㋑関係)、あるいは、臨床上の経験知に基づいた症状悪化の可能性をもとにエピソードを分析しているのであって(㋒関係)、これら重視すべき事情の選択やその評価自体がまさに専門的知見に基づく判断であるのに、原判決は、この点を理解せず、A医師の意見を不当に過20少評価した。 相違点②についても、相違点①についての誤った判断が重大な影響を及ぼし、核心部分において信用できるA医師の意見について、採用できない合理的な事情が認められると誤った判断をした。 すなわち、原判決が説示するとおり、A医師は、原審公判において、被告25人の行動のそもそもの目的は、幻聴や思考吹入による命令によるもので、行 9動の根本となる動機・目的・基盤が完全に精神病に基づいており、本人の意思が全く関与していない以上、その上にある行動にも本人の意思はない、表面上正常に見える行動があったとしても、自分の意思で行動する余地は残っていなかった旨を説明している。そして、その説明の根幹部分である被告人の行動のそもそもの目的が、統合失調症による重篤な症状によって本人の意5思によらずに確定したとする部分は、精神医学の常識に合致するものである上、A医師の意見は、行動の根本となる動機・目的に本人の意思が関与していない以上、その動機、目的の上にある行動も本人の意思によるものと評価できない旨を述べたものと合理的に理解することができ、原判決のいう「核心部分の判断プロセス」を十分に説明している。A医師は、自らの専門的知10見に基づき、十分に時間をかけて被告人からの聴き取りを行い、重視すべき供述を選別したものであり、被告人の供述の問題点を十分踏まえずに過度に依拠しているものでもない。A医師の意 自らの専門的知10見に基づき、十分に時間をかけて被告人からの聴き取りを行い、重視すべき供述を選別したものであり、被告人の供述の問題点を十分踏まえずに過度に依拠しているものでもない。A医師の意見については、相違点②についても、採用できない合理的な事情は認められず、その意見を十分に尊重すべきであったのに、精神医学的知見に対する理解の乏しさから、A医師の意見を正解15せず、その証拠評価を誤った。 以上のとおり、原判決は、A医師の意見についての誤った評価に基づき、被告人が限定責任能力であると判断したもので、その認定、判断は、論理則、経験則に反している。 ウ B医師の意見について20B医師の意見は、同人作成の鑑定書の内容と原審公判における証言が異なっていること、重要な点について、実際の聴取内容と異なる証言をしていること、精神科医として着目すべきエピソードを十分に検討せず、殊更過小評価していることなどに照らし、合理的なものとはいえない。 にもかかわらず、原判決は、B医師の意見の問題点を十分に検討せず、ま25た、A医師の意見とB医師の意見の相違点を正解することもなく、A医師の 10意見が信用できないから、B医師の意見が信用できるという論理で、相違点①及び相違点②について、B医師の意見に基づいて事実認定をしている。 原判決は、徹底的にA医師の意見を否定する一方で、無定見にB医師の意見が合理的であると評価し、後者に基づいて事実認定をしており、その認定、判断は、論理則、経験則に反している。 5エ 原判示第3の銃刀法違反の事実について原判決は、けん銃を奪った令和元年6月16日午前5時38分頃から翌朝午前6時34分頃までのけん銃等の所持の事実を認定しているが、被告人の症状はけん銃を奪ってから更に悪化 の銃刀法違反の事実について原判決は、けん銃を奪った令和元年6月16日午前5時38分頃から翌朝午前6時34分頃までのけん銃等の所持の事実を認定しているが、被告人の症状はけん銃を奪ってから更に悪化していることがうかがわれ、上記時間帯を通じ、被告人に判断能力が残っていたと認定するには合理的な疑いが残る10から、原判決の上記認定には事実誤認がある。 オ 結論以上によれば、被告人は、本件各犯行当時、統合失調症の影響により、心神喪失の状態であった合理的な疑いがあることは明らかであって、これに反し、被告人は、心神耗弱の状態であったものと認めた原判決には、判決に影15響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるから、原判決は、破棄されなければならず、そのことは、当審における事実の取調べの結果、より明らかになった。 ⑵ 検察官の主張ア 原判決の判断手法について20原判決は、A医師の意見を採用できない合理的な事情の立証責任を検察官が負うことを当然の前提とした上で、本件は、B医師の意見は信用できると判断する根拠とA医師の意見は信用できないと判断する根拠が表裏一体となって重なっていることを明らかにしたにすぎず、その判断手法に問題はない。 イ A医師の意見の評価について25相違点①、②について、いずれもA医師の意見に採用できない合理的な事 11情があるとした原判決の判断には、十分な合理性がある。A医師の意見を大筋で支持するC医師の意見も不合理である。 相違点①について症状改善の判定は、患者の申告のみによって判断されるべきものではなく、患者の置かれた環境等の周辺事情やそこに至る経過に照らし、総合的に判断5されるべきものであるところ、A医師は、被告人について、平成30年10月に就職するなど、環境面 判断されるべきものではなく、患者の置かれた環境等の周辺事情やそこに至る経過に照らし、総合的に判断5されるべきものであるところ、A医師は、被告人について、平成30年10月に就職するなど、環境面での大きな変化があったことなどの周辺事情、主治医のカルテにある「薬の効果、環境、運動が症状改善に役立ったことを確認」したとの記載、被告人の主治医に対する症状改善の申告等の事情を無視ないし過小評価している(㋐の関係)。被告人の供述の信用性の判断は、鑑定10の前提事実に関する問題であり、裁判所の判断事項であるところ、起訴前鑑定における供述は、事件発生から間もない時期に行われたものである上、その内容においても主治医への申告内容にも整合するものであるから、原判決が、A医師には、起訴前鑑定における被告人からの聴取内容を十分に考慮していない点でも問題であると指摘したことには合理性がある(㋑の関係)。A15医師が症状悪化の根拠として挙げるエピソードは、症状軽快の根拠とすべきエピソードや、症状が軽快しつつも残っていたとするB医師の見立てと矛盾しないエピソードであって、A医師が挙げる種々の事情は、症状悪化を示す事情としては根拠の乏しいものばかりであるとした原判決の判断に誤りはない(㋒の関係)。 20 相違点②について責任能力の有無、程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行動機、態様等を総合して判定すべきであるところ、A医師の判断プロセスは、犯行の動機、目的の異常性にとらわれるあまり、犯行の具体的態様を軽視する不当なものである上、犯行自体又はこれと密接不可分な場面におい25て、被告人が正常な精神機能を働かせて思案等をした上で行動していたとみ 12る余地のある事情を正当に考慮しないものであって、累次の最高裁決定が 行自体又はこれと密接不可分な場面におい25て、被告人が正常な精神機能を働かせて思案等をした上で行動していたとみ 12る余地のある事情を正当に考慮しないものであって、累次の最高裁決定が説示する総合判断の趣旨に背馳し、共同社会あるいは一般人の納得性を考えた規範的な判断ともならない。A医師の意見につき、その核心部分について判断プロセスの説明が欠けているなどとして、採用できない合理的な事情があると認めた原判決の判断は正当である。 5ウ B医師の意見の評価について相違点①に関するB医師の意見は、起訴前鑑定時の聴取内容を考慮に入れ、主治医の所見を適切に評価し、症状が軽快したとみられる周辺事情や経過を拾い上げて、総合的に検討したものといえ、合理的である。 B医師は、相違点②に関し、累次の最高裁決定の趣旨に沿う判断プロセス10を取ることを表明した上で、現に、本件当時は、被告人の症状が悪化していたことが認められるものの、犯行において被告人が正常な精神機能を働かせることができていたといえる部分についても着目して総合的な検討を行っており、その判断プロセスは合理的なものであった。また、その判断内容をみても、犯行直前、犯行時及び犯行後の被告人の行動等、被告人が正常な精神15機能を働かせることができていたことを示す事情を的確に指摘して、合理的な意見を述べている。 相違点①及び②について、B医師の意見を採用できるとした原判決の判断は正当であり、B医師の意見に対するC医師の批判は当たらない。 なお、B医師の意見が変遷しているなどとして、その信用性を争う弁護人20の主張は理由がなく、弁護人の指摘を踏まえても、B医師の意見の信用性は何ら損なわれない。 エ 小括以上に加え、犯行直前、犯行時及び犯行後の被告人の一連の して、その信用性を争う弁護人20の主張は理由がなく、弁護人の指摘を踏まえても、B医師の意見の信用性は何ら損なわれない。 エ 小括以上に加え、犯行直前、犯行時及び犯行後の被告人の一連の行動を総合的に評価すれば、被告人が、周囲の状況を正しく認識した上で、自らの目的達25成に向けて、状況に対応する相当な判断力を働かせており、それに応じて行 13動することができていたこと、犯行の直前直後にわたって自らの行為が犯罪であることを認識し、検挙を免れるために合理的に行動することができていたことが認められる。 したがって、被告人は、本件当時、統合失調症の影響を大きく受けつつも、ある程度は、自身の精神機能を働かせて周囲の状況や自己の行動の意味を理5解し、目的に沿った行動をとることができていたと認められ、善悪を判断し行動を制御する能力が著しく低下していたものの、全くそれを欠いた状態ではなかったとして、被告人が、本件当時、限定責任能力の状態にあったと認めた原判決の認定、判断に誤りはない。 オ 原判示第3の銃刀法違反の事実について10けん銃の所持は継続犯であるところ、所持の初期の段階で限定責任能力が認められる以上、銃刀法違反の成立は明らかであって、その後、精神状態が悪化していったとしても、そのことは量刑に影響を及ぼし得る事情にすぎない。 カ 結論15以上のとおり、原判決の認定、判断に誤りはなく、そのことは、当審における事実の取調べの結果、より明らかになったといえ、事実誤認の論旨は理由がない。 第3 当裁判所の判断(事実誤認の論旨について)1 当裁判所の判断の骨子20本件当時、被告人が限定責任能力の状態にあったと認めた原判決の上記判断は、その判断手法に適切さを欠く点がある上、責任能力の判断そ 判断(事実誤認の論旨について)1 当裁判所の判断の骨子20本件当時、被告人が限定責任能力の状態にあったと認めた原判決の上記判断は、その判断手法に適切さを欠く点がある上、責任能力の判断そのものについても、精神医学の専門的知見の及ぶ範囲を見誤り、専門家の意見の評価を誤るなどした結果、論理則、経験則等に反する不合理な結論を導いたものといわざるを得ず、是認することができない。以下、判断手法、判断内容の25順に補足して説明する。 142 原判決の判断手法について⑴ 精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があ5ったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである(最判平成20年4月25日・刑集62巻5号1559頁。以下、「平成20年判例」という。)。原判決も平成20年判例を踏まえつつ、本件においては、2名の専門家の意見のうちA医師の意見が被告人にとって有利なものであるから、ま10ず、A医師の意見について、採用できない合理的な事情があるかどうかという観点から検討したものである。原判決の手法は、この限りにおいては合理的なものであり、A医師の意見の検討から始めること自体に問題があるとはいえない。 ⑵ しかし、原判決は、まず、A医師の意見について検討するといいなが15ら、実際には、B医師の意見を主たる判断材料として取り込み、両者を対比する方法により信用性を評価している上、相違点①については、A医師の意見には まず、A医師の意見について検討するといいなが15ら、実際には、B医師の意見を主たる判断材料として取り込み、両者を対比する方法により信用性を評価している上、相違点①については、A医師の意見には、採用できない合理的な事情があるとして、その理由も説示しているが、B医師の意見については、特段理由を示すこともなく、合理的なものであるとして採用し、これに依拠して事実を認定している。このような判断手20法は、B医師の意見について、採用できない合理的な事情の有無を検討することなく(少なくともその具体的な理由を示すことなく)採用している点において、平成20年判例の趣旨に沿ったものとはいえない上、同意見が被告人にとって不利な内容であることも踏まえると、弁護人の指摘するとおり、立証責任の観点からも問題のある不合理なものであるといわざるを得ない。 25すなわち、原判決は、A医師及びB医師の双方について、鑑定人としての 15公正さや能力には疑いがないとしており、その判断に誤りはないところ、仮に、両者の意見に相違点があったとしても、異なる意見のいずれか一方のみが正しく、他方が誤りであるとは限らない。鑑定の前提条件に問題があったりするなど、他に採用できない合理的な事情が認められない限り、双方の意見を尊重すべき場合もあり得るし(その場合には、結論を導く判断過程等に5おいてより合理的、説得的であると認められる意見に基づいて認定するか、どちらの見方も等しく成り立ち得て、優劣をつけがたいということであれば、立証責任の観点から、被告人により有利な意見に基づいて認定することになろう。)、逆に、理屈の上では、双方の意見について、いずれの鑑定の前提条件にも問題があるとして、双方の意見を採用できない場合もあり得るところ10である。仮に、A医師の意見 づいて認定することになろう。)、逆に、理屈の上では、双方の意見について、いずれの鑑定の前提条件にも問題があるとして、双方の意見を採用できない場合もあり得るところ10である。仮に、A医師の意見に採用できない合理的な事情があると判断したとしても、そのことは、B医師の意見に同様の事情がないことを意味するものではない。にもかかわらず、原判決は、A医師の意見が採用できないから、B医師の意見が採用できるかのごとき論法で、B医師の意見を採用し、あるいは、B医師の意見が信用できるとの結論を先取りして、これに反するA医15師の意見を排斥したものと理解せざるを得ず、いずれにしても不合理である。 ⑶ また、原判決の判断手法は、A医師の意見全体を検討するのではなく、A医師の意見とB医師の意見の2つの相違点に検討対象を限定している点においても問題があるといわざるを得ない。 すなわち、原審裁判所は、本件において責任能力が争点となったことから、20この点について判断するための資料を得るべく、鑑定を採用し、㋐被告人の犯行当時の精神障害の有無及び内容、㋑被告人が精神障害を有している場合、その精神障害(又は正常な精神作用)が犯行に与えた影響の有無及び影響の仕方の2点を主たる鑑定事項として、A医師にその作業と結果報告を依頼した。これを受け、A医師は、原審裁判所から提供された一件資料のほか、被25告人との多数回にわたる鑑定面接、諸検査、親族からの事情聴取等により得 16られた幅広い資料を基礎とし、統合失調症発症以降の10年以上にわたる症状の経過や治療経過、発症前後を通じた被告人の人格・行動傾向、その間の各種エピソード、本件前後の被告人の行動状況や精神状態等を、精神医学的知見に基づいて詳細に検討し、その結果を踏まえて、専門家としての意見を原 療経過、発症前後を通じた被告人の人格・行動傾向、その間の各種エピソード、本件前後の被告人の行動状況や精神状態等を、精神医学的知見に基づいて詳細に検討し、その結果を踏まえて、専門家としての意見を原審公判で報告したものである。そして、その意見の骨子は、被告人は、㋐5犯行当時、統合失調症にり患しており、㋑幻覚、妄想、思考障害等の重い統合失調症の症状があり、本件犯行の動機、計画、犯行中のすべての行動に影響した、というものであった。 原審裁判所においては、まず、A医師の意見を総合的にみて、A医師の公正さや能力に疑いが生じたり、被告人の診察、諸検査、面接方法や前提資料10等の前提条件に問題があったり、結論を導く過程における重大な破綻、遺脱、欠落等があったりするなどの事情により、採用できない合理的な事情があるか否かについて検討すべきであった。そして、そのような検討を通じて、鑑定の基礎とされた資料や結論を導く検討、判断過程を含むA医師の意見の全体像に加え、そのうち精神医学の専門的知見として述べられた部分はどこま15でなのかという点についても認識、理解を十分に共有した上で、責任能力の有無、程度の判断の前提となる生物学的要素に関する鑑定事項、特に、㋑の点についての信用性を評議の中心テーマに据えるべきであったといえる。 これに対し、原審裁判所は、A医師の意見の中から、相違点①、②を切り出して、これらに関する意見の信用性を検討し、その検討結果に基づき、責20任能力の評価について検討する手法を採用しているが、これに先立ち、A医師の意見の全体像に関する上記のような認識、理解を十分に共有し、前提条件に関する問題の有無等を検討するプロセスを経た形跡はうかがわれない。 A医師の意見とB医師の意見とは、大筋においては一致するものであり、相違点は両者の る上記のような認識、理解を十分に共有し、前提条件に関する問題の有無等を検討するプロセスを経た形跡はうかがわれない。 A医師の意見とB医師の意見とは、大筋においては一致するものであり、相違点は両者の意見の一部にすぎない上、相違点①、②は、責任能力を判断す25る上での重要性も位置付けも異なるものであるから、仮に、両意見が一致す 17る部分を含むA医師の意見の全体像の理解を十分に共有することも、相違点①、②の重要性や位置付けについての認識を共有することもなく、相違点①、②に絞って分断的に信用性を検討したとすれば、そのような判断手法は、本来検討すべき㋑に関する上記意見の信用性判断に資するものにならないばかりか、検討対象を限局するが故に、A医師の意見を誤解し、その評価を誤る5危険を伴うものといわざるを得ない。上記のとおり、両意見のいずれか一方が正しく、他方が誤っているかのような議論の仕方をすることにより、その危険性が増すことにもなる。 のみならず、相違点②を検討、判断の対象としたこと自体が適切であったか否かについても疑問がある。すなわち、上記のとおり、専門家の意見に基10づき検討すべき中心的事項は、鑑定事項㋑の「精神障害(又は正常な精神作用)が犯行に与えた影響の有無及び影響の仕方」であるところ、相違点②として検討、判断対象とされた「被告人が正常な精神機能を働かせることができたか否か」という点は、必ずしもこれと同義ではないし、そもそも「正常な精神機能」の意味するところも、精神障害との関係性も踏まえた評価とし15てのそれをいうのか、個別の行為のみに着目してのそれをいうのか、一義的に明確であるともいえない。仮に、「正常な精神機能」の意味内容について認識を共有することなく、「正常な精神機能」を働かせることができたか否かとい か、個別の行為のみに着目してのそれをいうのか、一義的に明確であるともいえない。仮に、「正常な精神機能」の意味内容について認識を共有することなく、「正常な精神機能」を働かせることができたか否かということのみに焦点を当てた議論の仕方をしたとすれば、犯行前後の合目的的で臨機応変な行動の表面的な「正常性」に検討が集中し、㋑の中でも責任20能力を判断する上で本質的な要素であるというべき「精神障害」が「犯行に与えた影響」という2つの要素についてまで検討、議論を深めることが困難になるおそれがある。責任能力の本質は、自らが行おうとする行為を違法なものと認識し、その認識に基づいてその行為を抑制する能力であって、犯行やその準備行為を合理的に制御する能力ではない。犯行やその準備行為を合25理的に制御できるだけの正常な精神機能が働くことは、それ自体が、上記の 18意味における行動制御能力の存在を示すものとなるものではなく、その存否、程度を判断する上での考慮要素となるにすぎない。本件において、行動制御能力の存否、程度を判断するためには、動機、目的及びその形成過程に大きく影響したとみられる被告人の統合失調症が、犯行にどのように影響していたかを認定することが不可欠であり、その認定をするに当たっては、被告人5の統合失調症と本件犯行及びその前後の行動やこれに伴う精神機能の働きとの関係性を適切に評価することが重要である。これらの認定、評価は、まさに精神医学の本分に属することであり、この点に関するA医師の意見やB医師の意見の信用性判断こそが、原審裁判所において、検討すべき事項であったというべきである。 10しかし、原判決は、その説示をみると、犯行時及びその前後の被告人の行動に着目し、その合目的的性や臨機応変さなどに照らし、犯行時に、被告人が いて、検討すべき事項であったというべきである。 10しかし、原判決は、その説示をみると、犯行時及びその前後の被告人の行動に着目し、その合目的的性や臨機応変さなどに照らし、犯行時に、被告人がある程度自身の精神機能を働かせることができたと認め、そのことを直接的かつ主たる根拠として、善悪を判断し行動を制御する能力がなお残存していたと判断したとものと解されるが、A医師の㋑に関する上記意見(幻覚、15妄想、思考障害等の重い統合失調症の症状があり、本件犯行の動機、計画、犯行中のすべての行動に影響したというもの)そのものを取り上げて検討した形跡はうかがわれないし、A医師は、被告人の統合失調症と犯行時及びその前後の行動の際の被告人の精神機能との関係性についても意見を述べているにもかかわらず、これを正解せず、その信用性を適切に評価していない。 20そして、本件においては、検討対象を見誤ったことが、A医師の意見の信用性評価、ひいては責任能力についての判断を誤る原因の1つとなったとうかがわれることは後述のとおりである。 ⑷ 加えて、原審裁判所の採用した判断手法が、上記のとおり、専門家の意見の検討の仕方や検討すべきテーマの設定に適切さを欠いたために、十分25に裁判員の良識、感覚を反映することが困難になった側面があることも指摘 19しなければならない。すなわち、責任能力の判断は、共同社会あるいは一般人の納得性を考えて、規範的に捉えるべきものであって、裁判員と裁判官の実質的協働により、国民の健全な良識と感覚が反映された判断が特に期待されるところである。そして、そのような判断を実現するためには、精神医学の専門性が尊重されるべき部分と専ら法律判断に属する部分との区別や、そ5れを踏まえて評議し、判断すべき事項が、明確な形で裁判員と裁判 ころである。そして、そのような判断を実現するためには、精神医学の専門性が尊重されるべき部分と専ら法律判断に属する部分との区別や、そ5れを踏まえて評議し、判断すべき事項が、明確な形で裁判員と裁判官の間で共有されることが不可欠である。しかし、本件においては、そのような実質的協働のためのいわば土台ともいうべき上記のような共通の認識が構築されなかったがために、国民の健全な良識と感覚の反映が最も期待されるべき、被告人の統合失調症の本件犯行に対する影響(特に、統合失調症と犯行時及10びその前後の行動の際の被告人の精神機能との関係性を踏まえた実質的、規範的な評価)について評議が尽くされることがないままに、一審判決に至ったと評価せざるを得ない。 3 原判決の判断内容について原判決の判断は、上記のとおり、そもそもその判断対象の選択自体を誤っ15たというべきであるものの、その点を措いて、原判決の設定した枠組みを前提としてその判断内容をみても、明らかに不合理であって、是認することができない。 ⑴ 相違点①(症状軽快の有無及び悪化の時期)についての判断原判決は、相違点①に関するA医師の意見について、上記のとおり、鑑定20判断の前提に問題があり、採用できない合理的な事情があるとして、その信用性を否定する一方で、相違点①に関するB医師の意見は合理的なものであるとして採用し、これに基づいて事実を認定した。しかし、このような原判決の判断は、A医師が判断の基礎とした資料や検討の手法、内容を正しく理解しないまま、精神医学の専門的知見であることが明らかな事項を鑑定判断25の前提であると見誤った不合理なものであるというほかなく、是認すること 20ができない。以下、A医師による鑑定の概要、相違点①に関するA医師の意見の骨子を明 明らかな事項を鑑定判断25の前提であると見誤った不合理なものであるというほかなく、是認すること 20ができない。以下、A医師による鑑定の概要、相違点①に関するA医師の意見の骨子を明らかにした上で、原判決の判断が是認できない理由について補足して説明する。 ア A医師による鑑定の概要A医師による鑑定の概要については、その鑑定の趣旨及び経緯につき、上5記2⑶に記載したほか、A医師自身が、原審公判において、以下のとおり説明している。 鑑定期間 令和2年11月5日に原審裁判所から鑑定を依頼され、同年12月3日より鑑定面接を開始、令和3年3月17日に全117頁の鑑定メモを原審裁判所に提出した。 10鑑定経過 令和2年12月3日から令和3年3月5日までの間、合計12回にわたり被告人との鑑定面接を行ったほか(1回あたり1時間半から2時間)、被告人の心理検査(8種類)、身体検査、被告人の両親との面接(2回)を実施した(なお、すべての面接、検査はA医師自身が行った。)。 鑑定面接、診察、身体検査を通じて、主として、病気や病状の重さ、事件15の動機や病気が事件に影響したかについて判断し、心理検査や鑑定面接を通じて、被告人の性格やもともとの人柄について判断した。 鑑定資料 A医師自身が行った上記面接、検査等の結果、被告人の勾留施設の職員からの聴取結果に加え、原審裁判所から提供された資料一式(B医師による起訴前鑑定に関する資料、事件直後の警察官による被告人の供述20録取書を含む捜査資料、通院していた医療機関の診療記録を含む。)イ A医師の意見の骨子(A医師・4回・12から16、19、35から38、47から54頁、A資料㉛、㊱、㊶)A医師は、上記アの鑑定の結果を踏まえ、相違点①(症状軽快の有無及び悪化の時 む。)イ A医師の意見の骨子(A医師・4回・12から16、19、35から38、47から54頁、A資料㉛、㊱、㊶)A医師は、上記アの鑑定の結果を踏まえ、相違点①(症状軽快の有無及び悪化の時期)について、骨子、以下のとおりの意見を述べている。 25クリニックにおける被告人の診療記録には、被告人は、平成31年1月の 21受診時に幻覚や幻聴がない旨申告し、その後も同年3月、4月の受診時にも幻覚がない旨申告するなどしたこと、同年2月以降、複数回にわたり減薬されたことを示す記載がある。 しかし、被告人は、平成20年から平成21年頃に統合失調症を発症し、10年以上も激しい幻覚、妄想等の症状が続いていたのであって、平成305年12月までの病状の経過、服薬状況等に照らし、平成31年1月にそれらの症状が突然改善し、数か月のうちに完全に消失したということは、自身の臨床経験に照らし、考え難い。発症してすぐの段階であれば薬物療法が奏功することもあり得るが、被告人の場合には、既に幻覚や妄想等が活発な状態が六、七年以上続いた後に初めて精神科を受診し、薬物療法を始めたものの、10奏功することなくその後も重篤な精神症状が続いていたのであるからなおさらである。幻覚や幻聴がないとの被告人の申告は、薬をやめたいために虚偽を述べたものと考えられるし、実際に、薬をやめたくて虚偽の申告をして急激に症状が悪化して事件を起こすケースは多くある。そのような中、平成31年2月から5月にかけて3回にわたり急激な減薬がされている。同年2月、153月の2回の減薬で半減された薬は幻覚、妄想等の陽性症状に効くとされる薬であり、被告人の状態から考えると自分であればそのような減薬はしない。 減薬が行われた同年2月から5月の間には、八丈島に旅行に行ったり、10年ぶ 半減された薬は幻覚、妄想等の陽性症状に効くとされる薬であり、被告人の状態から考えると自分であればそのような減薬はしない。 減薬が行われた同年2月から5月の間には、八丈島に旅行に行ったり、10年ぶりに多数の友達に連絡をしたり、クレー射撃の資格を取りたいと言ったり、主治医に減薬を求めたり、求人サイトを閲覧して月収50万円の職を20希望したり、あるいは、出会い系サイトを利用して不特定多数の女性と会うようになるなど、見かけ上、症状が改善したことを示すかのエピソード(以下、「見かけ上の改善」という。)も見られる。しかし、鑑定面接で詳しく被告人から聞いたところ、被告人はこの期間にも幻聴や幻覚がずっとあった旨を述べるほか、上記の行動の多くが幻聴に指示され、あるいは、それに影響25された行動であると述べている。被告人の母も当時の状況について、「新たな 22つっこみ、幻覚の存在ある」などと語っている。例えば、出会い系サイトの利用の点については、女性と会っても性行為をしないことや、約束した金額よりも高い20万円を支払ったこともあるところ、被告人は、命令性の幻聴に従って出会い系サイトを利用したり、金銭の支払いをしたりしていた旨述べている。被告人は、女性との交際歴もポルノ画像等の閲覧歴もなかったの5に、平成31年4月になって、突然出会い系サイトの利用を始め、女性関係が急に活発になっていることなどからすれば、それらの行動は、青年としての正常な性的欲求の表れであるというよりは、幻聴等に指示され、あるいは、影響されてしたものであると考えるのが自然である。 客観的な視点でみても、被告人の職場の同僚によれば、特に、平成31年104月頃から、仕事中、下を向き目を閉じたり、壁を向いてボッーとしていることが増えたり、「自分の中から違う人が出てく ある。 客観的な視点でみても、被告人の職場の同僚によれば、特に、平成31年104月頃から、仕事中、下を向き目を閉じたり、壁を向いてボッーとしていることが増えたり、「自分の中から違う人が出てくる」などの発言があったりしたというほか、小中学校の同級生の1人は、10年以上連絡を取っていなかったのに突然会おうと言われて、様子がおかしい、自分が知っている被告人ではないと疑念を抱いたと話している。平成31年4月26日に被告人が受15けた就職面接の担当者は、その際の様子について「質問に対し、的確な回答で好印象を受けた。精神障害等がある印象は受けなかった。」と述べているが、面接の場面だけは取り繕うことができたか、あるいは、月収50万円以上の金銭を使わなければいけないという幻聴に従うために、つらい症状を隠して好印象を受けるような面接場面になったと推測される。 20長期間服用していた薬を減らすと治療薬による幻覚や妄想の鎮静作用が弱まり、一時的に自分の思考や感情が活発になるため、症状が改善したと勘違いをして、薬物治療を自己判断で中断してしまうケースは非常に多い。被告人の場合も、症状が改善していた事実はなく、むしろ増悪し続けていたと考えられる。にもかかわらず、急激な減薬に加え、事件直前には数日間の怠薬25もあり、急激に病的症状が悪化したことが本件発生の大きな要因の1つと考 23えられる。 ウ 原判決の判断について判断過程に遺脱、欠落があることについて原判決の判断手法に関連して既に説示したとおり、A医師の意見について、採用できない合理的な事情の有無を検討するに当たっては、個別の意見の信5用性評価をするに先立ち、A医師の意見を総合的にみて、上記アの鑑定の手法や資料等の前提条件に問題があり、あるいは、結論を導く過程におけ い合理的な事情の有無を検討するに当たっては、個別の意見の信5用性評価をするに先立ち、A医師の意見を総合的にみて、上記アの鑑定の手法や資料等の前提条件に問題があり、あるいは、結論を導く過程における重大な破綻、遺脱、欠落があるなどして、採用できない合理的な事情が認められるかについて検討すべきであった。しかし、原判決は、このような不可欠の前提ともいうべき検討を十分に行うことなく、相違点①に関する信用性の10判断を行っており、その判断過程に重大な遺脱、欠落があるといわざるを得ない。 なお、当審において、原判決が遺脱した判断を補うべく、上記の点を検討すると、少なくとも、A医師の意見を総合的にみる限りにおいては、採用できない合理的な事情はないというべきである。 15すなわち、A医師は、裁判所の依頼に基づき鑑定した専門家であり、その経緯や意見の内容に照らしても公正さに疑いを生じさせる事情はない上、司法精神医学の専門家として本件に必要とされる専門的知見と経験を十分に備えていることについては原判決の説示するとおりである。諸検査を含む診察、面接方法や前提資料は、上記アのとおりであって、必要にして十分な資料、20情報が幅広く収集され、検討されていると認められる。さらに、豊富な臨床経験とこれに裏打ちされた専門的知見により、それらの資料、情報の中から、鑑定事項を判断する上で必要、有意な情報が抽出され、丁寧に分析され、長期間にわたる症状の経過やその間のエピソード、統合失調症発症前の人格・行動傾向との比較等を踏まえた総合評価として、鑑定事項に関する結論が導25かれており、後述するとおり、一部、その説明に誤解を招きかねない部分等 24もあるものの、全体的にみれば、その過程に重大な破綻、遺脱、欠落があるともいえない。B医師の意見との が導25かれており、後述するとおり、一部、その説明に誤解を招きかねない部分等 24もあるものの、全体的にみれば、その過程に重大な破綻、遺脱、欠落があるともいえない。B医師の意見との相違点についても、依拠する精神医学的知見自体が異なるものではなく、共通する専門的知見に依拠しつつ、そのあてはめ、評価等を異にするにすぎず、A医師が特異な知見に基づいて意見を述べているものとも認められない。 5以上のとおり、A医師の意見については、その公正さや能力に疑いがない上、鑑定の前提条件にも問題はなく、その他、これを採用できない合理的な事情があるともいえないから、個別の点について別途信用性を検討すべき部分はあるものの、基本的には、十分に尊重すべきものというべきである。 相違点①に関するA医師の意見の信用性評価について10原判決は、相違点①に関するA医師の意見について、上記のとおり、鑑定判断の前提に問題があり、採用できない合理的な事情があるとして、その信用性を否定した。しかし、原判決がその理由として挙げる3点は、いずれも、症状軽快の有無や悪化の判断において考慮すべき事情の取捨選択、評価という、それ自体が精神医学の専門的知見に基づく判断に関わるものであり、そ15もそも鑑定判断の前提の問題とはいえない。原判決の上記判断は、前提を誤った不合理なものであって、是認することができない。以下、原判決が挙げる3点について順次検討する。 通院治療の経過や主治医の病状評価について原判決は、主治医の所見は、一定の重みをもって評価すべき重要な資料と20いえるのに、A医師は、これを適切に評価していない旨指摘する。 しかし、原判決は、診療記録の記載等に照らし、主治医が、被告人の症状が改善に向かっていると評価し、段階的な減薬に踏み切ったと と20いえるのに、A医師は、これを適切に評価していない旨指摘する。 しかし、原判決は、診療記録の記載等に照らし、主治医が、被告人の症状が改善に向かっていると評価し、段階的な減薬に踏み切ったと認定しているが、そもそも、主治医は、その所見が上記のようなものである旨を説明しているわけではない。 25むしろ、診療記録によれば、主治医は、平成31年1月、被告人が幻覚や 25幻聴がない旨申告しても、直ちに減薬に応じることはなく、その後の診察の状況も踏まえつつ段階的に減薬に応じていることや、3月に被告人から幻覚はない、薬なしでもやってみたい気もあるとの申告があった際には、「薬の必要性を改めて説明」し、「じわじわ漸減という方向で同意」した旨記載しており、被告人の意向を尊重して、減薬に応じつつも、その申告を鵜呑みにして5いたわけではなかったことがうかがわれる。特に、被告人は、従前、母親に付き添われて通院していたところ、1人で通院するようになってから減薬の希望を申し出ていることや 、主治医による問診時間自体が比較的短時間であったこと等に照らすと 、主治医が、第三者から客観的所見を確認するなどすることなく、被告人の申告と短時間の診察のみによって、症状が実際に改善10していたと判断し、減薬に応じていたとは考え難い。むしろ、B医師によれば、医師は、患者が薬を服用しなくなる可能性があるときに、減薬してでも飲んでくれることを期待して、治療の継続性に重きを置いて減薬に応じることがあるというのであって(B医師・4回・36頁)、主治医による段階的な減薬やその際に被告人に話したとされる上記内容は、これと整合的なもので15ある。診療記録には、眠気に関する記載が複数か所に見られるところ、主治医が、治療薬の副作用である眠気を軽減するための減薬 減薬やその際に被告人に話したとされる上記内容は、これと整合的なもので15ある。診療記録には、眠気に関する記載が複数か所に見られるところ、主治医が、治療薬の副作用である眠気を軽減するための減薬希望である可能性を想定したことも考えられるところである。 以上のとおり、主治医の所見に関する原判決の認定は、精神医療に関する専門的な経験則に反する不合理なものであって、これを前提としたA医師の20意見に対する論難も当を得ないものというべきである。 また、A医師の意見そのものをみても、A医師が、診療記録等を精査し、被告人の治療経過、各受診日における被告人の申告やこれを踏まえた主治医のカルテへの記載内容、薬の処方内容やその変更の経緯等について、その専門的知見に基づいて、詳細に検討していることは、原審公判における供述や25その際のパワーポイント資料(以下、「A資料」という。)の記載からも明ら 26かであって、主治医の所見を適切に評価していない旨の原判決の指摘はそもそも根拠を欠くものである。 ⒝ 起訴前鑑定における被告人からの聴取内容について原判決は、A医師は、起訴前鑑定における被告人からの聴取内容を十分に考慮に入れず、自身の聴取内容のみに重きを置いて鑑定を行ったという点に5も問題がある旨指摘し、検察官は、被告人の供述の信用性の判断は、鑑定の前提事実に関する問題であり、裁判所の判断事項であって、原判決の上記説示は合理的なものである旨主張する。 しかし、被告人は、本件犯行前後はもとより、起訴前鑑定及び50条鑑定の時点、さらには、原審公判段階においても、統合失調症による幻覚、妄想10等の陽性症状が活発にみられる状態であったというのであるから、その信用性を判断するに当たっては、病状等に照らし、殊更虚偽の供述をすることが可 審公判段階においても、統合失調症による幻覚、妄想10等の陽性症状が活発にみられる状態であったというのであるから、その信用性を判断するに当たっては、病状等に照らし、殊更虚偽の供述をすることが可能かどうか、供述に係る精神症状の内容が病状からみて精神医学的に矛盾はないかなどといった観点から慎重に吟味することが不可欠であり、その検討作業はまさに精神医学の専門的知見に基づく鑑定の本分に属することとい15える。そうである以上、相当な資料を基礎として専門的知見に基づいた供述の信用性評価が行われた場合には、その判断を専門家の意見として尊重すべきであって、その上で、供述経過や供述内容の合理性、他の証拠との整合性といった、裁判所が行う一般的な信用性判断の手法に基づく検討を行い、最終的、総合的に信用性を判断すべきものといえる 。 20この点、A医師は、鑑定面接における聴き取りや供述の信用性判断の在り方等について、勾留期間中に病状が変化している可能性や供述が変遷していく可能性もあるので、事件直後の捜査機関に対する供述や起訴前鑑定における供述等も精査した上で、病状の変化にも留意しつつ聴き取りを行う、被告人については、精神鑑定が刑事裁判でどのように用いられるかについての知25識もあると考えていたので、供述を都合よく変遷させたり、症状をかさ増し 27して供述したりする可能性にも十分注意した、精神障害については、まずは本人に症状等を語らせた上で、その他の客観的な所見等も総合して、症状の存否や重症度等を判断していく、本人の申告については、虚偽の申告の可能性を念頭に、時間をおいて複数回尋ねたり、本人の自己評価と専門家としての見立てにずれがある場合には、本人が自分の状態を理解していなかったり、5幻聴等で言わされていたりする可能性も検討する の可能性を念頭に、時間をおいて複数回尋ねたり、本人の自己評価と専門家としての見立てにずれがある場合には、本人が自分の状態を理解していなかったり、5幻聴等で言わされていたりする可能性も検討する(A医師・4回・32から34頁)、沖縄旅行中に入水自殺を企図したという点については、沖縄旅行中に、安楽死の方法を検索するという行動に出ていたほか、繰り返し質問しても、その都度、前後の状況やそのときの感情等を含めた具体的なストーリーとして一貫した供述をしていたことから、うそをつく可能性や追想妄想の可10能性も検討した上で、最終的な判断として被告人の述べるエピソードがあったものと考えた、この点について起訴前鑑定では話していないことは承知していたが、起訴前鑑定において話していない事項でも自身の面接時に詳細に話してくれたこともあるので、繰り返し同じ質問をして確認、検討した上で、上記の判断に至った(A医師・4回・17から18頁、58から59頁)な15どと詳細に説明している。 上記のとおり、A医師は、裁判所から50条鑑定を依頼された鑑定人として、原審裁判所から提供された幅広い資料に加え、自らも専門家として判断するのに必要な情報の収集に努め、特に、被告人との鑑定面接については、多数回、長時間にわたる面接をすべて自らが担当し、慎重かつ丁寧に被告人20の供述を聴き取り、その信用性を検討している。被告人供述のうちどの部分を信用し、考慮すべきかという点も、単に、自身で聴取した内容であるかという皮相的な事情によって判断したものではなく、捜査段階や起訴前鑑定での供述内容を踏まえ、かつ、虚偽供述の可能性やその動機、幻覚、幻聴等の統合失調症の影響による供述である可能性等についても検討し、専門的知見25に基づいて取捨選択したことは明らかである。のみならず の供述内容を踏まえ、かつ、虚偽供述の可能性やその動機、幻覚、幻聴等の統合失調症の影響による供述である可能性等についても検討し、専門的知見25に基づいて取捨選択したことは明らかである。のみならず、平成31年2月 28から5月にかけての病状変化についても、沖縄旅行中の入水自殺企図の点についても、客観的な事情等との整合性も含め詳細に検討しており、裁判所が行う一般的な信用性判断の手法に基づく検討という観点でも、問題とすべき点は見受けられない。A医師が、上記のような姿勢、方針の下、多数回、長時間の鑑定面接を実施し、自ら繰り返し聴取し、確認した結果、信用できる5と判断した供述内容を考慮することは、50条鑑定を受託した鑑定人として当然のことであるといえるし、事件により近い時期にされたことを根拠に起訴前鑑定時における被告人からの聴取内容をより重視すべきである旨をいう原判決の説示やこれに沿う検察官の主張は、信用性を判断すべき対象が、重度の統合失調症を有する被告人の供述であること、したがって、時間の経過10による記憶の減退の有無を検討するに先立ち、その前提として、供述に対する統合失調症の影響の有無や内容という精神医学の専門的知見に基づく供述の分析が行われるべきことについての理解を欠くものといわざるを得ない(なお、起訴前鑑定における被告人面接の録音反訳等〔当審弁2から11〕によれば、起訴前鑑定における鑑定面接においては、沖縄旅行中の行動について15繰り返し聴取されているものの、その間に安楽死に関する検索が行われたという客観的な事実(甲97・32から33頁)を踏まえた十分な聴き取りがされたことはうかがわれない上、安楽死に関するやり取りは、沖縄旅行とは別の文脈でされているにすぎないものと認められる(B医師・4回・17頁)。 当審にお 7・32から33頁)を踏まえた十分な聴き取りがされたことはうかがわれない上、安楽死に関するやり取りは、沖縄旅行とは別の文脈でされているにすぎないものと認められる(B医師・4回・17頁)。 当審における事実の取調べの結果、判明したことではあるが、原判決が、A20医師が起訴前鑑定における被告人からの聴取内容を十分に考慮に入れずに安易に決めつけたとする根拠自体が、誤りであったと認められる。)。 ⒞ A医師が症状悪化の根拠として挙げる事情について原判決は、A医師が症状悪化の根拠として挙げる事情は、B医師の評価も踏まえて検討すると、いずれも症状悪化を示す事情としては根拠の乏しいも25のばかりである旨指摘し、検察官は、A医師の挙げるエピソードは、症状が 29軽快しつつも残っていたとするB医師の見立てと矛盾しないエピソードであるとして、原判決の上記判断に誤りはない旨主張する。 しかし、A医師は、多角的かつ幅広く判断資料を抽出し、その1つ1つを丁寧に分析し、それぞれの意味や重みを評価した上で、これを総合して、症状悪化の結論を導いたものであるところ、この一連の検討、判断のすべてが5高度な専門的知見に基づくものであって、鑑定の前提条件に属する事項ではない。原判決の説示やこれを支持する検察官の主張は、A医師の意見の内容のみならず、判断要素の選別やその軽重評価も含め、それ自体が専門的知見に基づく判断であることを正解せず、誤った前提において論難するものであって、平成20年判例の趣旨にも反するものというほかない。 10A医師の意見そのものの内容をみると、A医師は、上記イで要約したところからも明らかなとおり、原審公判において、いかなる観点でいかなる事情を抽出したのか、それぞれの事情をどのように評価したのかについて、被告人の供述、家族 内容をみると、A医師は、上記イで要約したところからも明らかなとおり、原審公判において、いかなる観点でいかなる事情を抽出したのか、それぞれの事情をどのように評価したのかについて、被告人の供述、家族や同僚から聞き取った客観的な情報、見かけ上の改善と被告人の元来の人格・行動傾向との整合性等に言及しつつ、その具体的な理由も15含めて詳細に説明している。その説明する判断の過程に重大な破綻、遺脱、欠落があると評価する根拠はない。 それにもかかわらず、原判決や検察官が、A医師の挙げる事情は根拠が乏しいものばかりであるとする実質的な理由は、それらの事情が、症状が軽快しつつも残っていたとするB医師の見立てと矛盾しないということやA医師20が見かけ上の改善と評価するエピソードは、現実に症状の改善をうかがわせるものとみるべきであって、旅行や出会い系サイトの利用等の行動が幻聴の指示によるものであるとの被告人の供述が信用できないということにあると解される。しかし、A医師の挙げる事情が、根拠の乏しいものであるといえるためには、B医師の見立てとも矛盾しないだけでなく、それらの事情がB25医師の見立てにより整合的であるといえる必要があるはずであるが、原判決 30は、その具体的な説明をしておらず、B医師の意見が合理的なものであることを所与の前提とするかのような説示をするのみである。この点は、上記第3の2で指摘した判断手法の誤りが、そのまま判断内容の誤りをももたらしたものというべきである。 また、見かけ上の改善については、上記のとおり、A医師は、幻聴に指示、5影響されて旅行したり出会い系サイトを利用したりした旨の被告人の供述のみならず、家族、同僚等を情報源とする客観的な視点や減薬期間中の症状の有無や元来の人格・行動傾向との整合性等の観点も 指示、5影響されて旅行したり出会い系サイトを利用したりした旨の被告人の供述のみならず、家族、同僚等を情報源とする客観的な視点や減薬期間中の症状の有無や元来の人格・行動傾向との整合性等の観点も念頭に置きつつ詳細に検討した上、減薬による鎮静作用の弱まりに伴う思考や感情の活発化という、臨床的にもよく見られる現象として理解できるなどと専門的知見に基づく説10明をしているのに、その説明を踏まえた上での具体的、合理的な根拠を示すことなく、その信用性を否定している。また、原判決が、見かけ上の改善に関するB医師の意見に依拠し、これと異なるA医師の意見の信用性を否定したものと理解する余地があるとしても、B医師の意見については、それが信用でき、依拠することができるものであるとする理由は何ら記載されておら15ず、結局、B医師の意見が合理的なものであることを所与の前提とするかのような不適切な判断手法が採用されたことを意味するにすぎない。 ⒟ 採用できない合理的な事情の有無以上のとおり、相違点①に関するA医師の意見につき、鑑定判断の前提に問題があり、採用できない合理的な事情があるとした原判決の判断は是認で20きないところ、上記意見については、原判決が指摘する以外の点を含めて検討してみても、採用できない合理的な事情があるとは認められない。 すなわち、A医師の資質、能力や前提資料等の点については、上記で検討したとおりであるので、相違点①についての判断過程をみると、A医師は、上記イに要約したとおり、被告人の症状や治療の経過を子細に検討し、薬物25治療開始後も長期間持続していた重篤な精神症状が突然改善し、短期間で消 31失することは考え難いという専門的知見に基づく仮説を出発点としつつも、見かけ上の改善や家族、友人、同僚等による客 治療開始後も長期間持続していた重篤な精神症状が突然改善し、短期間で消 31失することは考え難いという専門的知見に基づく仮説を出発点としつつも、見かけ上の改善や家族、友人、同僚等による客観的な視点についても、減薬期間中の症状の有無や元来の人格・行動傾向との整合性等の観点も念頭に置きつつ詳細に検討し、見かけ上の改善については、専門的知見に基づき、減薬によって鎮静作用が弱まったことに伴う思考や感情の活発化と理解できる5と判断した上で、被告人の症状は改善しておらず、むしろ増悪し続けていたと考えられる旨の結論を導いたものである。以上のとおり、相違点①に関するA医師の意見は、専門的知見に基づいて、多角的かつ幅広く判断資料を抽出し、その1つ1つを丁寧に分析、評価した上で、これを総合して、上記結論を導いたものであることは明らかであり、その過程に重大な破綻、遺脱、10欠落があると評価すべき理由はないし、特異な専門的知見に依拠したものでもない。 相違点①に関するA医師の意見は、平成20年判例の趣旨に従い、十分に尊重すべきものといえる。 B医師の意見は合理的であるとして採用した点について15原判決は、相違点①に関するA医師の意見は採用できないとした上で、この点に関するB医師の意見は合理的であるとして採用し、これに基づいて被告人の症状が一旦軽快していた旨の事実を認定している。 しかし、このような原判決の判断は、上記2⑵等で既に指摘したとおり、そもそも、B医師の意見が合理的であるとする具体的な根拠を示していない20点において重大な瑕疵があるというべきである。特に、原審においては、B医師の証人尋問は、主として、A医師の意見との相違点に焦点を当てて行われたものであり、B医師の行った鑑定の全容やこれに基づく意見の全体像が顕出さ 瑕疵があるというべきである。特に、原審においては、B医師の証人尋問は、主として、A医師の意見との相違点に焦点を当てて行われたものであり、B医師の行った鑑定の全容やこれに基づく意見の全体像が顕出されていたわけではないから、そのような限られた情報に基づく信用性判断は、特に慎重に行うべきであり、被告人にとって不利益な内容を含むB25医師の意見を合理的なものであるとして採用するのであれば、その十分かつ 32合理的な理由を明示することが不可欠であったといえる。 また、原判決の判断は、B医師の意見を合理的であるとして採用した点においても、論理則、経験則等に照らし、不合理であって是認することができない。 すなわち、相違点①に関するB医師の意見の骨子は、平成31年2月には、5被告人の統合失調症の症状が一旦軽快したが、その後、減薬のスピードが速すぎて、同年5月頃からは違和感を覚えるようになり、同年6月上旬の沖縄旅行の際の怠薬の影響もあり、症状が悪化していったというものである。そして、B医師は、その主たる根拠として、㋐平成31年1月以降、主治医に対し、幻聴、幻覚はない旨繰り返し述べるとともに、勤務時間を延長したい10などとも述べていたこと、㋑鑑定面接においても、平成31年になってから幻覚や幻聴が全く見えなくなった、めちゃくちゃうれしかったなどと述べていたこと、㋒平成31年2月以降、旧友たちに連絡をしたり、高収入が見込める勤務先への転職を意図して就職面接を受けたり、出会い系サイトを利用して女性と会ったり、沖縄に一人で旅行をしてゴルフを楽しんだりしている15こと、などを挙げるとともに、㋓被告人は、症状が軽快した旨を申告するようになった頃に、新たにゴルフ場に就職し、環境面で大きく改善されたこともあり、これによって症状が改善され、 んだりしている15こと、などを挙げるとともに、㋓被告人は、症状が軽快した旨を申告するようになった頃に、新たにゴルフ場に就職し、環境面で大きく改善されたこともあり、これによって症状が改善され、減薬しても直ちに症状悪化につながることもなかったと考えるなどと述べている(B医師・4回・3から6頁、10頁から11頁)。 20しかし、㋐の点については、B医師自身、患者から症状軽快を理由に減薬の希望が述べられたとしても、本人の病状の申告を鵜呑みにするのではなく、家族に連絡するなりして客観的所見を確認した上で対応するなどと述べ(B医師・4回・34頁)、患者本人の申告の信用性については慎重に判断すべき旨の見解を示しているが、少なくとも原審公判においては、主治医に対する幻25聴、幻覚に関する被告人の上記申告の信用性を評価するに当たり、精神症状 33の存在を疑わせる客観的な所見(幻覚の存在について言及した母親のノートや職場における被告人の様子や発言に関する同僚の供述)をどのように考慮、評価したのかについての説明はされていない。 また、㋑の点については、鑑定面接時の被告人の発言は、正確には、「(幻覚が)全く見えなくなったこともあった」「本当にそいつらが意思を持って出5てきたりしている感じなので、その幻覚、幻聴なのか知らないですけど、見えなかったり聞こえなかったりしたときも結構ありました」「まあうれしいなとは思ったんですけど」というものだったというのであって(B医師・4回・18から19頁)、鑑定面接時も断続的ながら幻覚、幻聴が存在した旨を述べていたものと認められる。 10㋒の点については、A医師が見かけ上の改善として説明するエピソードにつき、「(症状が)治まってきたことによって今までアクセスできなかった事柄やものに興味が を述べていたものと認められる。 10㋒の点については、A医師が見かけ上の改善として説明するエピソードにつき、「(症状が)治まってきたことによって今までアクセスできなかった事柄やものに興味が湧いてきたのかなというふうに感じた」などと述べるのであるが(B医師・4回・5頁)、それらの行為自体が、幻聴、幻覚の指示ないし影響によって行われたものである可能性や減薬に伴う活動性の亢進の表れ15である可能性等について、被告人の元来の人格・行動傾向との連続性等も踏まえて十分に検討されたことは、少なくとも原審公判における証言上はうかがわれない。 そもそも、B医師は、10年以上続いていた統合失調症の症状が突然改善し、しかも二、三か月で完全になくなるとは考え難いとのA医師の意見につ20いての考えを問われ、症状が軽くなることも可能性としてはあると思う旨述べるにとどまる(B医師・4回・15頁)。統合失調症が急性増悪することはあっても急性寛解することはないという専門的知見に照らしても(B医師・4回・50頁)、長期間にわたり重篤な症状が続き、それまでも薬物治療が目に見えて奏功することもなかった被告人の症状が、環境の改善により短期間25で幻聴、幻覚が消失するほどに改善し得るのかについては疑問なしとせず、 34そのことは当審における事実の取調べの結果によってより明らかになったといえる(C医師・当審1回・28から29頁)。 以上で検討したところを踏まえると、相違点①に関するB医師の意見については、採用できない合理的な事情があるとまではいえないとしても、少なくとも原審証言に表れた限りにおいては、上記のとおり、判断の過程に看過5し得ない遺脱、欠落があるといわざるを得ず、それらの事情が認められないA医師の意見に比して、信用性は限定的なものに も、少なくとも原審証言に表れた限りにおいては、上記のとおり、判断の過程に看過5し得ない遺脱、欠落があるといわざるを得ず、それらの事情が認められないA医師の意見に比して、信用性は限定的なものにとどまるといわざるを得ない。 相違点①に関するB医師の意見が合理的であるとした原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ず、B医師の意見を10踏まえても、相違点①に関するA医師の意見は、十分に尊重すべきであるとの上記判断は左右されない。 エ 小括相違点①に関するA医師の意見には、採用できない合理的な事情は認められず、十分に尊重すべきであるのに、専門的知見として尊重されるべき事項15を鑑定判断の前提と誤認し、合理的な事情なくして同意見の信用性を排斥した上、これに反し、かつ、A医師の意見に比して信用性が低いというべきB医師の意見に依拠し、被告人の症状は、平成31年2月には一旦軽快していたなどと認めた原判決の認定、判断は、論理則、経験則等に反する不合理なものといわざるを得ない。そして、そのことは、C医師作成の意見書(当審20弁1)及び同医師の証人尋問(以下、あわせて「C医師の意見」という。)を含む当審における事実の取調べの結果によれば、一層明らかである。 ⑵ 相違点②(本件当時、正常な精神機能を働かせることができたか否か)について原判決は、まず、前提として、本件の動機、目的について、上記のとおり、25統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり、統合 35失調症の影響を大きく受けた犯行であることは否定できないとした上で、相違点②に関するA医師の意見について検討し、同意見については、重要な鑑定資料の位置付けや評価を誤り、合理的な説明もなく結論を導いているほか、鑑定 きく受けた犯行であることは否定できないとした上で、相違点②に関するA医師の意見について検討し、同意見については、重要な鑑定資料の位置付けや評価を誤り、合理的な説明もなく結論を導いているほか、鑑定判断の前提に問題があったとして、採用できない合理的な事情を認める一方で、相違点②に関するB医師の意見は合理的なものであるとして採用し5た。 このうち、本件の動機、目的に関する判断は、上記要約にかかる骨子の限りでは是認できるが、A医師の意見の信用性を否定する一方で、B医師の意見を採用した点については、そもそも、A医師の意見の内容やB医師の意見との相違点に関する誤った理解に基づくものである上、そのことも影響して、10A医師の意見の中核ともいうべき犯行に対する精神障害の影響の点についての判断を遺脱した点等において、著しく不合理であり是認することができない。 以下、相違点②に関するA医師の意見の骨子を明らかにした上で、原判決の判断が是認できない理由について補足して説明する。 15ア A医師の意見の骨子A医師は、相違点②について、骨子、以下のとおりの意見を述べている。 被告人は、10年以上にわたる統合失調症歴を有し、発症から長期間を経てから開始した薬物療法も奏功せず、重篤な症状のまま長年が経過した。 本件犯行の数か月前から急激な減薬があり、数日間怠薬したこともあり、更20に症状が急激に悪化した。犯行の3日前、大阪に行った頃から、もともとあった幻聴、幻視、思考吹入、妄想、させられ体験、連合弛緩等の症状が一気に悪くなり、見せかけの目的に従った行動はしているが、犯行の目的自体が次々と変化し、内容も奇異で行動も支離滅裂な中で、本件犯行が大きな妄想に従った目的の達成のための経緯として発生してしまったものと考える(A25医師・4 に従った行動はしているが、犯行の目的自体が次々と変化し、内容も奇異で行動も支離滅裂な中で、本件犯行が大きな妄想に従った目的の達成のための経緯として発生してしまったものと考える(A25医師・4回・30頁、A資料)。 36 被告人は、症状が急激に悪化する中、犯行の3日前(令和元年6月13日)、「自分に嫌がらせをする人のことを確かめろ」、「やられてきた激しい攻撃を仕組んだ旧友らに仕返しをしろ」という命令性の幻聴に指示されて大阪に行くことを決めた。その頃には、ささいな行動は自分の意思によって行動もできたが、重要な行動の選択については、自分の意思や思考がなく、幻5聴や思考吹入等に指示されるがままに行動する状態(させられ体験)であった(A医師・4回・20から22頁、A資料㊸、㊹)。 被告人は、犯行の前日(同月15日)には、大阪に引っ越すための居住先を探したり、アルバイトを探したりする一方で、東京でのプロ野球の試合のチケットや男性芸能人のディナーショーのチケットを購入するなどしてい10る。大阪での被告人の行動は、一見、現実生活に基づく内容にも見えるが、全体をみると、例えば、大阪には自分に嫌がらせをする旧友らがいるのに、あえてその大阪での一人暮らしを想定してアルバイトを探していることには違和感もあり、統合失調症による現実検討の喪失、連合弛緩(関連のない思考が次々に湧き、何も考えず、違和感を覚えることもなく行動してしまう症15状)の下、幻聴や思考吹入による指示によって動かされていたと考えられる(A医師・4回・23~24頁、A資料㊻)。 被告人は、犯行当日(同月16日)午前4時、交番を襲撃することを突然思い付き、交番の勤務態勢等の検索を始めた。その後、交番勤務の警察官の人数を減らすために虚偽の110番通報を 4頁、A資料㊻)。 被告人は、犯行当日(同月16日)午前4時、交番を襲撃することを突然思い付き、交番の勤務態勢等の検索を始めた。その後、交番勤務の警察官の人数を減らすために虚偽の110番通報をするなどした上、本件犯行に20及び、犯行後には、走って逃げたり、複数の場所に証拠品を捨てたり、服を着替えたり、けん銃を1発発砲したり、コンビニで履歴書を購入したり、勝尾山に行って山の中をグルグル徘徊したりした後、野宿をし、翌朝、ベンチに座っているところを警察官に発見され、逮捕された。 このうち、犯行前の行動をみると、虚偽の110番通報をしたり、電車の25時刻表を見て、電車がしばらく来ないことを確認すると、やおら走り出して 37交番に向かったりしている上、犯行後の行動をみても、走って逃げたり、証拠品を捨てたり、着替えたり、ニュースを検索するなどの行動をしており、これらは表面的に見れば合目的的な行動である。しかし、これは司法精神医学において、「見せかけの了解可能性」といわれるものであって、被告人本人の意思による行動であるとは考えられない。 5すなわち、被告人は、交番に行き、けん銃を奪おうとした動機、目的について、A医師に対し、おおむね一貫して「勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くこと」であった旨を述べており、これが被告人の行動の根本となる動機、目的であったと考えられる。そして、その動機、目的は、完全に精神障害に基づく支離滅裂で奇異なものであり、本人の10意思が関与しないものである。そうである以上、そのような本人の意思が全く関与していない動機、目的等の基盤の上にある上記行動も、一見、本人の意思に基づく正常な行動に見えても、それは見せかけにすぎず、本人の意思による行動とはいえない。この点、精神障害 うな本人の意思が全く関与していない動機、目的等の基盤の上にある上記行動も、一見、本人の意思に基づく正常な行動に見えても、それは見せかけにすぎず、本人の意思による行動とはいえない。この点、精神障害があっても、錯乱状態や精神興奮状態になければ、ある程度合目的的に行動することはできるのであって、15表面的に正常に行動できることと、自らの意思で行動する力が残っているということとは大きく違うことを理解する必要がある。合目的的な行動をできる精神機能が残っていたとしても、その意思自体が自我障害によるものであれば、自分の意思によらない行動をとらされていたと考えられる。 犯行当日は、「スティーブン・セガールを狙え」「松田優作と勝尾山にいる」20「交番に行け」「けん銃を奪え」「自分を撃て」「服を捨てろ」「履歴書を買え」「そこを右へ行け」「ちがう左だ」「まだ見つけられないのか」「野宿しろ」などといった幻聴による指示と思考吹入によるさせられ体験の連続であったと考えられるが、連合弛緩の症状もあって、合目的的な行動と無駄な行動が混在していた。犯行当日の行動についての記憶も曖昧で、そのこと自体も統合25失調症の症状の重さをうかがわせる(A医師・4回・24から26、28か 38ら30、61頁、A資料㊼、㊽、Ⅰ、Ⅱ-1~4)。 なお、上記犯行前の行動のうち、例えば、時計を見る、走るといった個々の行動のすべてが、幻聴性の命令に逐一指示されていたわけではなく、大きな目的を前提に自分の意思で決めていた部分もあると思われる。しかし、被告人は、大きな目的に従い、それを全うすることだけを考えて、行動して5いたものであり、自分の意思で行動したというよりも、その大きな目的に突き動かされて行動していたというイメージである(A医師・4回・42から43 に従い、それを全うすることだけを考えて、行動して5いたものであり、自分の意思で行動したというよりも、その大きな目的に突き動かされて行動していたというイメージである(A医師・4回・42から43頁)。 また、幻聴も思考吹入も、被告人本人の頭の中で発生しているものなので、大きな目的に向かうにあたり、合目的的な行動、迎合的な行動があることは10当然であるが、病状の悪い状態が続いている中でぽつんぽつんと合目的的な行動や証拠隠滅的な行動が見えたとしても、そのいくつかだけを抽出して、その時点で正常な意思が働いていたとか、病状が良くなっていたとは考えられない。それらの行動のそもそもの大きな目的を考えると、病気が前提にあったということなくしては事件そのものが発生しないとしか考えられない(A15医師・4回・44頁)。 110番通報した際の被告人の応答については、被告人の頭の中に次々と浮かんでくる観念や思考をそのまま答えているように感じた。幻聴も思考吹入も自分の頭の中で起こっていることなので、状況に合致した内容が思い浮かぶこともあるが、周囲の状況を清明な意識で判断していたとはいえないし、20頭の中に次々と思考等が浮かんでくること自体が連合弛緩の症状でもあるから、状況に合致した応答ができる正常な部分が残っていたとしても、病気の症状でないとはいえない(A医師・4回・42、59から60頁)。 イ 原判決の判断について 本件の動機、目的について25原判決は、犯行前及び犯行時の行動に照らし、被告人は、本件当日午前4 39時13分頃以降に交番襲撃を意図して行動を開始したものであり、主たる目的は、警察官の殺傷ではなく、けん銃を強奪することにあったと考えられるとした。その上で、けん銃を奪う目的については、鑑定面接時にA医師に述 頃以降に交番襲撃を意図して行動を開始したものであり、主たる目的は、警察官の殺傷ではなく、けん銃を強奪することにあったと考えられるとした。その上で、けん銃を奪う目的については、鑑定面接時にA医師に述べていた内容や原審弁護人が指摘する可能性に言及しつつも、具体的な動機、目的は認定せず、いずれにせよ、本件における被告人の行為の動機、目的に5は統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり、統合失調症の影響を受けた犯行であることは否定できないとした。 以上のような原判決の認定、判断は、おおむね相当であり、上記要約の限りにおいて当裁判所としても大筋において是認することができる。 若干、補足すると、本件犯行を思い立った時期については、原判決の指摘10するとおり、被告人は、本件当日早朝、D交番の前を歩き回ったり、包丁を持ちながら交番内の様子をうかがったりしているから、その頃までには交番の襲撃を企図していたものと認められるが、後に認定する来阪後の被告人の行動状況やインターネットでの検索履歴等に照らすと、本件前日までに犯行を計画していたとは考え難く、上記行動の直前に、突然、湧き上がるように15して思い立ったものであると認めるのが相当である。 けん銃を奪った目的については、被告人は、50条鑑定の鑑定面接において、A医師に対し、「勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くこと」であった旨を述べており、A医師は、これが被告人の行動の根本となる動機、目的であったとの見方を示している。犯行当時の被告人20の症状は重く、犯行前後の記憶には曖昧な点や欠落が見られる上、被告人は、起訴前及び起訴後の鑑定や原審公判時点においても、なお重篤な統合失調症の影響下にあり、思考の混乱その他の症状も見られたというのであるから、 、犯行前後の記憶には曖昧な点や欠落が見られる上、被告人は、起訴前及び起訴後の鑑定や原審公判時点においても、なお重篤な統合失調症の影響下にあり、思考の混乱その他の症状も見られたというのであるから、被告人の供述の信用性は慎重に判断すべきであるが、A医師は、鑑定面接において、けん銃を奪った目的について、繰り返し質問を重ね、直接かつ丁寧25に聴き取りを行った結果、おおむね一貫した供述が得られたことから、豊富 40な臨床、鑑定経験を有する精神医学の専門家としての経験と知見を踏まえ、その供述に信用性を認めたものである。スティーブン・セガールや松田優作のことは、B医師に対しても話していたこと(B医師・4回・26頁)や上記の目的は、被告人の犯行時及びその後の実際の行動とも整合するものであることをも併せ考慮すれば、被告人が、けん銃を奪った目的は、A医師の見5解どおりのものであった可能性が高いと認められる。 もっとも、被告人は、A医師に対し、上記目的に加えて、幻覚、幻聴の中でひどいことをしてくる旧友に仕返しをする旨の周辺的な目的を述べることもあったというのであって(A医師・4回・44頁)、何者かに対する仕返しの目的による犯行であった可能性も否定できないが、原判決の説示するとお10り、いずれにせよ、本件犯行の動機、目的は、統合失調症の影響を抜きにしては説明できない奇異なものであることは明らかである。 なお、原判決は、「6 責任能力の評価について」の項において、犯行の動機は明らかではないとしながら、B医師が、この点に関し、統合失調症のほか、自身のそれまでの人生に対する葛藤が犯行に影響したと考えられる旨の15見解を示していることに言及している。原判決が、このような説示をした趣旨は明らかではないが、仮に、B医師が述べるように人生に対 自身のそれまでの人生に対する葛藤が犯行に影響したと考えられる旨の15見解を示していることに言及している。原判決が、このような説示をした趣旨は明らかではないが、仮に、B医師が述べるように人生に対する葛藤が動機に影響しているとの可能性を認める趣旨であるとすれば、その認定、判断は、是認することができない(犯行動機の認定は、責任能力の判断を左右し得るものであるところ、仮に、B医師の意見に沿う事実を認定するのでなけ20れば、結論を導く上で必要な記載とはいえないから、趣旨が不明確な余事記載は、無用な誤解を避けるためにも、厳に慎むべきである。)。 すなわち、被告人は、客観的には、被害者である警察官とは面識がなく、本件当日に初めて対面したにすぎないから、同人に対し刃物で襲い掛かる動機となるような恨みその他の感情を抱く現実的な理由は想定し得ない。また、25被告人が、未だ自立することができない自身の現状に対するもどかしさや葛 41藤を抱えていたのだとしても、これを解消するために警察官を刃物で襲い、けん銃を奪うというのは、あまりにも飛躍がありすぎるし、被告人には犯罪歴はなく、本件以前には、統合失調症の発症前はもとより発症後にも他人に対する暴力行為に及ぶようなことはなかったというのであるから、被告人の人格・行動傾向との乖離も著しい。そもそも、被告人自身、人生に対する葛5藤が本件犯行の動機や背景として関係しているなどという話は一切しておらず、B医師も、「飽くまでも推論」として述べているにすぎない(B医師・4回・54頁)。 人生に対する葛藤が潜在意識として存在し、それが妄想等の症状に結びついている部分がある可能性は否定できないとしても、統合失調症の症状が悪10化し、自我障害の影響を強く受けていた被告人が、そのような感情を自己の が潜在意識として存在し、それが妄想等の症状に結びついている部分がある可能性は否定できないとしても、統合失調症の症状が悪10化し、自我障害の影響を強く受けていた被告人が、そのような感情を自己のものと認識、自覚し、それが本件犯行の動機、目的に直接的に結びついたとは到底考え難く、また、これを認めるに足りる証拠もない。 以上のとおり、本件犯行を思い立った動機、目的は、「勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くこと」である可能性が高く、15それ以外の動機、目的であった可能性も否定し得ないが、いずれにせよ、その動機、目的は、統合失調症の直接的な影響により、被告人の正常な精神機能を介在することなく形成されたものであると認められ、少なくとも、そのようなものであった合理的な疑いがあるというべきである。 相違点②に関するA医師の意見の信用性評価について20 原判決は、A医師の意見の核心部分は、被告人の行動のそもそもの目的は、幻聴や思考吹入による命令によるもので、行動の根本となる動機・目的・基盤が完全に精神病に基づいており、本人の意思が全く関与していない以上、その上にある行動にも本人の意思はない、表面上正常に見える行動があったとしても、自分の意思で行動する余地は残っていなかったというとこ25ろにあると理解した上で、①本件犯行の性質や犯行及びその前後の一連の行 42動状況に照らし、幻聴や思考吹入等によって突き動かされるままの行動で、被告人の意思が全く介在していなかったとは考えにくい、②本件の動機、目的の点に統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあるとしても、その目的のための行動に本人の意思がなかったということに直結しないはずであるし、被告人は、周囲の状況をある程度正しく認識し、 に統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあるとしても、その目的のための行動に本人の意思がなかったということに直結しないはずであるし、被告人は、周囲の状況をある程度正しく認識し、あ5る程度まとまった行動をとることができていたというのに、なぜその行動に本人の意思がないとの評価になるのか、A医師の意見では、その核心部分について合理的な説明がされていないなどと指摘した上、A医師の意見については、重要な鑑定資料の位置付けや評価を誤り、また、合理的な説明もなく被告人の意思がなかったと結論付けている点で、採用できない合理的な事情10があると判断した。 しかし、原判決の上記判断は、A医師の意見を正解せず、誤った前提において論難するものであるといわざるを得ない。 すなわち、上記アに要約したA医師の意見の全体を通覧すれば、A医師がいうところの「本人の意思による行動とはいえない」とは、個々の行動を個15別に見たときの外形的、表面的な意味における意思を問題とするものではなく(その意味における意思が被告人のものであることはA医師も当然の前提にしているものと思われる。)、その行動の基盤にも着目した上で、表面的には本人の意思による行動に見えるものであっても、専ら精神障害の影響により形成された動機、目的等の基盤の上の行動であれば、実質的に.... みて.. 、本人20の正常な精神機能の働きによるものとはいえないという評価をいう趣旨であると合理的に理解することができる。本件犯行の動機、計画、犯行中のすべての行動に影響した旨の鑑定事項㋑に関する鑑定主文も、この前提において、無理なく整合的に理解することができる。 これに対し、原判決は、A医師のいうところの「本人の意思」を外形的、25表面的な意味におけるものと誤解した上 事項㋑に関する鑑定主文も、この前提において、無理なく整合的に理解することができる。 これに対し、原判決は、A医師のいうところの「本人の意思」を外形的、25表面的な意味におけるものと誤解した上で、周囲の状況を把握した上での合 43目的的な行動である以上、この意味における「本人の意思」がないはずはなく、「本人の意思」がないというのであれば、その説明が不可欠であるとしてA医師の意見を論難したものと解されるが、前提を異にするA医師の意見に対するかみ合った指摘とはなっていない。 A医師は、原判決が「重要な鑑定資料」と指摘する犯行時及びその前後の5行動を丁寧に認定した上、その多くが周囲の状況をある程度正しく認識した上での合目的的な行動であり、表面的には正常なものであると認めた上で、精神障害が重篤であっても、ある程度合目的的に行動することは可能であるという精神医学の知見を踏まえ、統合失調症の影響の有無、程度という観点から更に検討を進めている。そして、それら行動の基盤となる動機、目的を10「勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くこと」であると認定し、そのような動機、目的は、完全に精神障害に基づく、本人の意思が全く関与しないものであると評価した上で、犯行時及びその前後の合目的的な行動も、上記動機、目的に突き動かされて行ったものであり、行動の根本となる動機、目的が完全に精神障害に基づくものである以上、その15基盤の上にある上記行動も、表面的には正常に見える部分を含め、実質的にみれば、本人の正常な精神機能(A医師のいうところの「本人の意思」)の働きによるものとは評価できないとの結論を導いたものと解される。換言すれば、相違点②に関するA医師の意見は、犯行時及びその前後の行動についても丁寧に認定、分析した上 のいうところの「本人の意思」)の働きによるものとは評価できないとの結論を導いたものと解される。換言すれば、相違点②に関するA医師の意見は、犯行時及びその前後の行動についても丁寧に認定、分析した上で、本件犯行に対する精神障害の影響を、正常な20精神機能の存在をうかがわせるそれら行為への精神障害の影響の有無、程度やその具体的な機序も含めて評価して、上記結論を導いたものであり、そうすることにより、本件犯行が「本人の意思による行動とはいえない(=本人の正常な精神機能に基づく行動とはいえない)」との結論及びこれを導く理由を説明したものとみることができる。 25以上によれば、相違点②に関するA医師の意見について、重要な鑑定資料 44の位置付けや評価を誤り、合理的な説明もなく被告人の意思がなかったと結論付けている点で、採用できない合理的な事情があると判断した原判決の判断は、A医師の意見の誤った理解に基づく不合理なものであって、是認することができない。A医師の意見には、少なくとも上記のとおり要約した大筋において、結論を導く過程における重大な破綻、遺脱、欠落等があると評価5すべき理由はなく、特異な専門的知見に依拠したものともいえない。 ⒝ 原判決は、①犯行時及びその前後の一連の行動を検討し、目的達成のための臨機応変で合理的な行動が、本人の意思によるものでないとは考え難い、特に、被告人の犯行当時の精神状態を判断する上で重要な資料と位置付けるべき事件直前の110番通報は、その音声記録(甲98)によって認め10られる被告人の応答のタイミング、自然な会話としてのスピード感、応答内容の的確さ、臨機応変さ等に照らし、幻聴等の指示でなされたものとは考えられず、そのときの状況から生じた本人の意思に基づく行動であるとみるべきであるなどとし ング、自然な会話としてのスピード感、応答内容の的確さ、臨機応変さ等に照らし、幻聴等の指示でなされたものとは考えられず、そのときの状況から生じた本人の意思に基づく行動であるとみるべきであるなどとした上、②これに反し、A医師の意見が、それらの行動のほとんどすべてが幻聴等の指示によるものであるとの結論に至ったのは、その15旨の被告人の供述の問題点を十分に踏まえずに過度に依拠したためであると考えられ、鑑定判断の前提に問題があるとした。 このような原判決の判断のうち、事件直前の110番通報について、これが幻聴等の指示によってなされたものとは考えられないとする部分(①)は、その理由の部分も含め合理的である上、B医師やC医師の意見にも一致する20ものであり、その限りにおいては正当なものとして是認できる。 しかし、A医師は、110番通報における発言、応答の1つ1つも幻聴や思考吹入によるものであったかのような見解を述べる一方で、犯行前後の合目的的な行動のすべてが幻聴性の命令に逐一指示されていたわけではなく、少なくとも表面的には自分の意思で選択、実行していた行動もある旨も述べ25ている。上記のとおり、A医師が、被告人の行為がその正常な精神機能によ 45るものかについて、精神障害の影響との関係も含めて、実質的に評価していることも併せ考慮すると、110番通報についてA医師が言わんとした本質的な点は、110番通報における発言、応答の1つ1つが、文字どおり、幻聴や思考吹入等の指示に基づくものであったということではなく、被告人は、統合失調症による自我障害により、自分ではない誰かにさせられているとい5う認識、自覚の下で110番通報をしたものであり、その意味において、被告人の本来の意思(正常な精神機能)による行動ではなかったということで 自我障害により、自分ではない誰かにさせられているとい5う認識、自覚の下で110番通報をしたものであり、その意味において、被告人の本来の意思(正常な精神機能)による行動ではなかったということであったと考えられる。A医師は、犯行時及び犯行後の状況に応じた行動について問われて、周囲の状況をある程度正しく認識できて、ある程度まとまった行動ができるだけの精神機能が残っていたとしても、その意思自体が自我10障害に基づくものであれば、自分の意思によらない行動をとらされていたとの見解を述べているところ(A医師・4回・60から61頁)、これもおおむね同様の趣旨であると解される。 A医師の意見のうち、110番通報における1つ1つの応答を含む行動のほとんどすべてが幻聴、思考吹入による指示によるものであるかのように説15明した点は、誤解を招きかねない不適切なものである上、A医師が、そのような説明をしたのは、その旨の被告人の供述を踏まえたものと考えられ、その限りにおいて、原判決の②の指摘も正当なものといえる。しかし、C医師が指摘するとおり、A医師の意見の核心をなすのは、犯行やその前後の行動の根本となる動機、目的が統合失調症による異常な意思に基づくものである20ということであり、自我障害がいかなる形で現れたか(幻聴なのか、思考吹入なのか、させられ体験なのか等)は、精神障害の犯行への影響を検討する上で本質的な事項とはいえない(C医師・当審1回・20から22頁)。A医師の意見の上記核心部分については、結論を導く過程における重大な破綻、遺脱、欠落等があると評価すべき理由はなく、特異な専門的知見に依拠した25ものともいえないことは既に説示したとおりであるところ、A医師の説明に 46上記のような不適切な点があることを踏まえても、その判断は 評価すべき理由はなく、特異な専門的知見に依拠した25ものともいえないことは既に説示したとおりであるところ、A医師の説明に 46上記のような不適切な点があることを踏まえても、その判断は左右されず、上記核心部分において、採用できない合理的な事情はなく、十分に尊重すべきものといえる。 B医師の意見は合理的であるとして採用した点について原判決は、相違点②について、A医師の意見には採用できない合理的な事5情があるとしてその信用性を排斥した上、この点に関するB医師の意見は合理的であるとしてこれを採用した。 しかし、原判決は、A医師の意見を正解せず、B医師の意見との本質的な相違点を見誤ったまま、両者の意見を対比して信用性を判断する誤りを犯している。また、原判決の判断は、B医師の意見を合理的であるとしてほぼ全10面的に採用した点も、論理則、経験則等に照らし、不合理であって是認することができない。 B医師の意見の骨子相違点②に関するB医師の意見の骨子は、本件犯行時、被告人は、目的を達成するために自身の正常な精神機能を働かせることができていた、という15ものである。そして、B医師は、その主たる根拠として、㋐犯行時及び犯行直前の行動が、目的達成のための臨機応変で合理的なものであり、そのときの状況から生じた被告人の意思によるものと考えられること、㋑犯行直後の行動も自分が犯罪行為をしたことを認識し、状況を判断する能力が残っていたことの表れと考えられること、㋒「殺せ」という幻聴に抗えなかったのだ20とすれば、駅員や通行人を襲っているはずなのに、そのような行動に及んでいないこと、㋓犯行3日前の来阪後も、社会性が保たれた言動をしていること等の事情を挙げている。 ⒝ 本質的な相違点を見誤っていることについて原判決は 襲っているはずなのに、そのような行動に及んでいないこと、㋓犯行3日前の来阪後も、社会性が保たれた言動をしていること等の事情を挙げている。 ⒝ 本質的な相違点を見誤っていることについて原判決は、その説示に照らし、A医師の意見とB医師の意見との最大の違25いは、犯行及びその前後の行動が被告人の意思によるものであったか否かで 47あると捉えた上で、特に、犯行時及び犯行前後の合目的的な行動等が、そのときの状況から生じた被告人の意思によるものとする点において、B医師の意見が合理的であると判断したものと思われる。 しかし、B医師は、外形的、表面的な意味における「本人の意思」を問題としているのに対し、A医師は、この意味における意思が被告人のものであ5ることは当然の前提としつつ、行動の基盤にある動機、目的への精神障害の影響も踏まえた実質的な評価としての「本人の意思」を問題としていると解されるから、概念の整理をすることなく、単純に「本人の意思」による行動か否かを問題とすることは無意味であるだけでなく、本質的な議論の妨げにもなりかねない。 10A医師とB医師の意見は、犯行及びその前後の行動の多くが、周囲の状況をある程度正確に把握した上で、臨機応変かつ合目的的に行われた行動であり、外形的、表面的な意味において「本人の意思」に基づく行為であったという限りにおいては異なるところはなく、本質的な意見の相違点は、犯行及びその前後の行動が、実質的にみて、被告人の正常な精神機能によるものと15評価できるかという点にあったものと考えられる(なお、A医師は、ほとんどの行為が、幻聴や思考吹入の指示による行動であったかのような説明もしており、この点においてもB医師の意見と異なる。もっとも、この点についてのA医師の説明には疑問があり、B医師の 、A医師は、ほとんどの行為が、幻聴や思考吹入の指示による行動であったかのような説明もしており、この点においてもB医師の意見と異なる。もっとも、この点についてのA医師の説明には疑問があり、B医師の意見が合理的なものであるといえること、しかし、A医師の意見の核心をなすのは、あくまでも、犯行やそ20の前後の行動の根本となる動機、目的が統合失調症による異常な意思に基づくものであり、実質的にみて、被告人の正常な精神機能によるものでないと評価すべきであるという点にあることは、既に説示したとおりであって、本質的な意見の相違は上記のとおりと捉えるのが相当である。)。 犯行への精神障害の影響の有無、程度やその具体的な機序は、責任能力を25判断する上で、専門家の意見を踏まえて判断すべき最も重要な要素であるか 48ら、犯行時に被告人が正常な精神機能を働かせることができたか否かについて、2名の専門家が異なる意見を述べていた本件においては、原審裁判所は、証拠調べの過程において、両者の意見の分岐点や意見の違いの理由、根拠を明らかにし、これを共通認識とした上で、評議、判断を行うべきであった。 それにもかかわらず、本質的な相違点を見誤ったことが、評議、判断すべき5最も重要ともいえる点についての判断を遺脱し、ひいては、責任能力の判断を誤る一因にもなったと考えらえることを指摘せざるを得ない。 ⒞ B医師の意見が合理的であるとして採用した点についてB医師が、本件犯行時、被告人は、目的を達成するために自身の正常な精神機能を働かせることができていたと判断する根拠として挙げる㋐から㋓の10各点のうち、犯行時及びその前後の行動の合目的性等に着目した㋐、㋑の各点については、なるほど、B医師の指摘する犯行時及びその前後の被告人の一連の行動に照らせば、被 根拠として挙げる㋐から㋓の10各点のうち、犯行時及びその前後の行動の合目的性等に着目した㋐、㋑の各点については、なるほど、B医師の指摘する犯行時及びその前後の被告人の一連の行動に照らせば、被告人が、その当時、周囲の状況をある程度認識し、これに応じて臨機応変に合目的的な行動を行うことができたことや、自己のした行為が犯罪行為であることの認識に欠けることがなかったこと、その限15りにおいての正常な精神機能を保っていたことが認められる。 しかし、犯行やその準備行為等を合理的に制御できるだけの正常な精神機能が働くことは、それ自体が、行動制御能力の存在を示すものとなるものではなく、行動制御能力の存否、程度を判断するためには、被告人の精神障害と本件犯行及びその前後の行動やこれに伴う精神機能の働きとの関係性を適20切に評価する必要があることは上記2⑶で既に説示したとおりである。また、犯行及びその前後の行動が臨機応変で合目的的であることや、その限りにおいて少なくとも表面的には正常な精神機能が働いていたことについては、A医師の意見とも一致しているところであって、本件において、精神医学の専門家に求められるべき意見の核心は、被告人の精神障害と上記「正常な精神25機能」との関係性をどのように評価すべきかという点にあったというべきで 49ある。しかし、少なくとも原審証言をみる限り、B医師の意見は、上記関係性の評価を十分に踏まえたものとはいえず、その意味において、本件犯行に対する精神障害の影響の内容やその具体的な機序を遺漏なく説明するものとはいえない。 また、㋒の点(駅員や通行人を襲っていないこと等)については、上記のと5おり、本件犯行の直接的な動機は、警察官の殺傷ではなく、けん銃を強奪することにあったと認められ、かつ、けん銃を いえない。 また、㋒の点(駅員や通行人を襲っていないこと等)については、上記のと5おり、本件犯行の直接的な動機は、警察官の殺傷ではなく、けん銃を強奪することにあったと認められ、かつ、けん銃を奪うそもそもの目的は、「勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くこと」(あるいは、幻覚、幻聴の中でひどいことをしてくる何者かに対する仕返しをすること)であったと認められるから、けん銃を奪った後、警察官に対して止めを刺す10ことも、駅員や通行人をけん銃で撃つこともなく、また、暴発を防ぐためにけん銃を箱に入れて持ち運ぶことも、まさに上記目的に沿うものといえ、B医師の指摘する事実は、被告人が病的体験に抗っていたことを示すものとはいえない。 ㋓の点(来阪後の言動)についても、B医師の指摘する言動は、表面的に15は現実生活に基づくものに見えるものの、詳細に見れば、被告人のもともとの人格・行動傾向と明らかに異質なものも含まれている上、その動機も幻聴や思考吹入、連合弛緩によることをうかがわせるものが少なからず含まれており、そもそも正常な精神機能が残されていたことを示す事情といえるかどうか自体疑問である。 20なお、B医師は、本件犯行の動機について、明確な動機は不明であるとしつつも、病気により形成されている動機のほか、人生に対する葛藤や統合失調症による攻撃性の高まりが影響していることが考えられる旨述べている(B医師・4回・23から24頁)。そして、本件犯行の動機に、被告人の本来の精神機能である内心の葛藤が影響しているとする上記見解は、換言すれば、25本件犯行の動機は、精神障害のみの影響によって形成されたものではないこ 50とを意味するから、B医師は、このような動機の理解を踏まえて、相違点②に関する上記のよ 解は、換言すれば、25本件犯行の動機は、精神障害のみの影響によって形成されたものではないこ 50とを意味するから、B医師は、このような動機の理解を踏まえて、相違点②に関する上記のような意見を述べている可能性も否定できない。 しかし、B医師は、犯行動機に、人生に対する葛藤が影響していると考える理由について、仮に命令性の幻聴があったとしても、それだけでは、警察官を殺すようなことはできるわけがなく、被告人の何らかの思いがあったは5ずである旨述べるのであるが(B医師・4回・54頁)、そのように考える理由ついては具体的な説明していない。B医師が自認するとおり、上記見解はあくまでも推論として述べたものにすぎない上、これに沿う医学的又は一般的な経験則が存在しているともいえない。むしろ、本件犯行が、人生に対する葛藤とも被告人のもともとの人格・行動傾向ともかけ離れたものであるか10らこそ、それにもかかわらず、被告人が合目的的に行動し、本件犯行に及んだことは、それ自体が、精神障害の強い影響をうかがわせる事情であるといえ、B医師に期待されたのは、まさにそのような精神障害による影響の内容、程度やその具体的な機序に関する専門的な意見であったといえる。 ⒟ 小括15以上のとおり、相違点②に関するB医師の意見は、被告人が、本件犯行当時、周囲の状況をある程度認識し、これに応じて臨機応変に合目的的な行動を行うことができたことや、自己の行った行為が犯罪行為であることの認識に欠けることがなかったこと、その限りにおいての正常な精神機能を保っていたことをいう限度においては、合理的なものといえるが、それを越えて、20残された精神機能により、自らの行動を制御し、命令性の幻聴等にも抗うことができたとする点については、根拠を欠くものといわざるを得 とをいう限度においては、合理的なものといえるが、それを越えて、20残された精神機能により、自らの行動を制御し、命令性の幻聴等にも抗うことができたとする点については、根拠を欠くものといわざるを得ない。また、統合失調症が本件犯行の動機、目的にどのように影響し、ひいては、本件犯行やその前後の合目的的な行動にどのように影響したのかについての具体的な説明も欠いており、本件犯行に対する精神障害の影響の内容及びその機序25を合理的かつ遺漏なく説明するものとはいい難い。相違点②に関するB医師 51の意見については、採用できない合理的な事情があるとまではいえないとしても、少なくとも原審証言に表れた限りにおいては、上記のとおり判断の過程に看過し得ない遺脱、欠落があるといわざるを得ず、その核心部分において、それらの事情が認められないA医師の意見に比して、信用性は限定的なものにとどまるといわざるを得ない。 5相違点②に関するB医師の意見が合理的であるとした原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ず、B医師の意見を踏まえても、相違点②に関するA医師の意見は、その核心部分において、十分に尊重すべきであるとの上記判断は左右されない。 本件犯行に対する精神障害の影響の内容、程度やその具体的な機序に10ついての判断を遺脱していること原判決は、本件の動機、目的の点に統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり、統合失調症の影響を大きく受けた犯行である認めながら、統合失調症が、動機、目的に影響したことが、犯行そのものにどのように、どの程度影響したかについては何ら判断を示していない。 15このような原判決の判断は、上記の点についての判断を欠いたB医師の意見を採用する一方で、上記の点について が、犯行そのものにどのように、どの程度影響したかについては何ら判断を示していない。 15このような原判決の判断は、上記の点についての判断を欠いたB医師の意見を採用する一方で、上記の点についての判断を含むA医師の意見を採用しなかったことによるものと思われるが、いずれにせよ、本件犯行に対する精神障害の影響の内容、程度やその具体的な機序は、責任能力を判断する上で認定すべき中核的かつ不可欠な要素であって、これに関する判断を遺脱した20原判決の判断は、この点においても是認することができない。 ウ 小括相違点②に関するA医師の意見には、少なくともその核心部分において、採用できない合理的な事情は認められず、その限度においては十分に尊重すべきであるのに、A医師の意見を誤って理解し、合理的な事情なくして同意25見の信用性を排斥した上、A医師の意見に比して信用性が低く、本件犯行に 52対する精神障害の影響の内容、程度やその具体的な機序についての判断を遺脱したB医師の意見が合理的であるとしてこれを採用し、自らもその点に関する判断を遺脱した原判決の判断は、論理則、経験則等に反する不合理なものといわざるを得ない。そして、そのことは、C医師の意見を含む当審における事実の取調べの結果によれば、一層明らかである。 5⑶ 責任能力の評価について原判決は、被告人は、本件当時、統合失調症の影響を大きく受けつつも、ある程度は、自身の精神機能を働かせて周囲の状況や自己の行動の意味を理解し、目的に沿った行動をとることができていたと認められ、善悪を判断し行動を制御する能力が著しく低下していたものの、全くそれを欠いた状態で10はなかったと認められるとして、被告人は、本件当時、限定責任能力の状態にあったと認定した。 しかし、このよう を判断し行動を制御する能力が著しく低下していたものの、全くそれを欠いた状態で10はなかったと認められるとして、被告人は、本件当時、限定責任能力の状態にあったと認定した。 しかし、このような原判決の判断は、十分に尊重すべきA医師の意見を踏まえたものではない上、行動制御能力を全く欠いた状態でなかったとする点について、十分な理由を示したものとはいえない。すなわち、原判決は、犯15行時及びその前後の行動に照らし、自身の精神機能を働かせて周囲の状況や自己の行動の意味を理解し、目的に沿った行動をとることができていたことを根拠に、善悪を判断し、行動を制御する能力が完全には失われていなかったと判断したものと解されるが、繰り返し説示しているとおり、犯行やその前後の行動を合理的に制御できるだけの正常な精神機能が働くことは、行動20制御能力の有無、程度を判断する考慮要素ではあるものの、それ自体が行動制御能力の存在を示すものではない。原判決は、本件当時、被告人の統合失調症による精神症状が重いものであり、本件の犯行動機として了解可能なものは見出し難く、統合失調症の症状悪化がなければ被告人が本件犯行に及ぶことはなかったと考えられるとしていながら、統合失調症が、本件犯行やそ25の前後の行動にどのように、どの程度影響したのかについては何ら判断を示 53していない。原判決が、限定的なりとも責任能力を認める根拠とした「合目的的な」行動は、まさに統合失調症の影響なくしては考えられない不可解な動機、目的を実現、達成するための行動であって、動機、目的の形成過程とその動機、目的に基づく「合目的的な」行動は、そのような強い関連性を踏まえて総合的に評価されるべきであって、原判決のような分断的判断のみに5よっては、本件犯行への統合失調症の影響の内 形成過程とその動機、目的に基づく「合目的的な」行動は、そのような強い関連性を踏まえて総合的に評価されるべきであって、原判決のような分断的判断のみに5よっては、本件犯行への統合失調症の影響の内容、程度及びその具体的な機序を適切に評価することはもとより不可能である。 責任能力の評価に関する原判決の判断は、十分に尊重すべきA医師の意見の核心部分を踏まえていない点において、前提を誤ったものである上、犯行時及びその前後の正常な精神機能の存在をうかがわせる行動にとらわれるあ10まり、それら行動と統合失調症の関係性を具体的に検討、判断することなく結論を導いた点において、論理則、経験則等に照らし、不合理というほかなく、是認することができない。 4 結論以上のとおり、限定責任能力を認めた原判決の認定、判断は、その判断手15法に不適切な点があった上、そのことも影響して責任能力に関する判断そのものも誤ったものというべきである。 そこで、次に、A医師の意見も踏まえ、被告人の責任能力の有無、程度を検討し、上記事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかなものといえるかについての判断を示すこととする。 20第4 責任能力についての検討1 責任能力の判断の在り方について(前提として)⑴ 責任能力の有無、程度については、犯行当時の病状、幻覚妄想その他の病的体験の内容、被告人の犯行前後の言動や犯行動機、従前の生活状態から推認される人格傾向等を総合考慮して、病的体験が犯行を直接支配する関25係にあったのか、あるいは影響を及ぼす程度の関係であったのかなど精神障 54害による病的体験と犯行との関係、本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を検討して、認定するのが相当である(最決平成21年12月8日・刑集63巻11号2829頁 あったのかなど精神障 54害による病的体験と犯行との関係、本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を検討して、認定するのが相当である(最決平成21年12月8日・刑集63巻11号2829頁参照)。 ⑵ また、人が、一定の動機、目的をもって犯罪を実行する場合、動機の形成、犯行の決意、実行のための準備を経て犯罪を実行するという経過をた5どり、それら一連の経過における精神機能は相互に密接に関連するのが通常であるから、精神障害による病的体験と犯行との関係や本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を検討するに当たっては、外形的な行為として表れる準備及び実行の段階のみに着目し、あるいは、上記一連の経過の一部のみを分断的に検討するのではなく、動機の内容及びその形成過程から実行に至る10までの経過及び犯行後の行動も含む犯行に係る一連の経過全体(以下、「犯行の一連の経過」という。)を検討対象とすることが不可欠である。 この点、統合失調症等の精神障害を有し、かつ、その症状が重い場合であっても、錯乱状態や精神運動興奮状態になければ、周囲の状況を把握しつつ、これを踏まえて合理的に判断し、行動することがある程度は可能であること15(A医師・4回・29、60頁)、他方、その限りにおいて正常な精神機能に見えるそれらの認識、判断やこれに基づく行動に対する精神障害の影響の有無、程度やその具体的な機序は一様ではないことに特に留意する必要がある。 例えば、精神障害の影響により形成された動機、目的によって犯行に及んだ場合であっても、残された正常な精神機能の働きにより、自身の行為の違法20性を認識し、これを思いとどまろうとすることが可能であると認められる場合には、その限度で行動制御能力が存在したと評価することが可能である。 その一方で、精神障害による により、自身の行為の違法20性を認識し、これを思いとどまろうとすることが可能であると認められる場合には、その限度で行動制御能力が存在したと評価することが可能である。 その一方で、精神障害による病的体験の圧倒的な影響を受けて形成された動機、目的に導かれて犯行に及んだ場合であって、残された正常な精神機能が上記動機、目的を実現しようとする意思を抑制する方向には働かず、むしろ、25その意思と一体化し、上記動機、目的を実現するための推進力として働いた 55と認められる場合には、残された正常な精神機能に基づいて一見、合目的的に見える判断、行動ができていたとしても、その正常な精神機能の働きによって犯罪を思いとどまることは期待できないとして、行動制御能力が喪失していたと評価すべき場合も想定し得る。以上のように、正常な精神機能の働きは、精神障害の影響により形成された動機、目的に基づく犯行を抑止する5方向にも、これと一体化するなどして推進する方向にも働き得るものであって、正常な精神機能がどのように働いたかという具体的な検討を経ることなく、単に正常な精神機能が残されていたという事実のみに着目して、精神障害の影響の有無、程度やその具体的な機序を評価することは不可能かつ不相当である。 10したがって、犯行前後の言動、特に、一見、合理的で合目的的であり、その局面だけ見れば正常な精神機能の働きによるように見えるものについては、その局面だけを取り出して分断的に検討するのではなく、動機の形成過程から実行に至るまでの犯行の一連の経過を、正常な精神機能がどのように働いたかということも含めて全体的に観察し、精神障害による病的体験と犯行と15の関係や本来の人格傾向と犯行との関連性の程度を検討することが不可欠である。犯行前後の判断、行動がいかに がどのように働いたかということも含めて全体的に観察し、精神障害による病的体験と犯行と15の関係や本来の人格傾向と犯行との関連性の程度を検討することが不可欠である。犯行前後の判断、行動がいかに合理的、合目的的に見えるものであったとしても、全体的に観察して、上記判断、行動も含む犯行の一連の経過全体が精神障害による病的体験の圧倒的な影響の下で行われたものであって、本来の人格傾向に基づくものではないと評価すべき場合には、実質的にみれ20ば、自らの意思決定に基づいて犯行に及んだとはいえないから、「自らが意思決定を行って犯行に及んだが故に非難可能性がある」という刑法上の責任主義の趣旨に照らしても、責任能力を欠くものと認めるのが相当である。 ⑶ 精神障害による病的体験と犯行との関係を検討するに当たっては、当該精神障害による病的体験の全体像を視野に入れる必要があることにも留意25すべきである。すなわち、上記の検討に当たっては、犯行に直接的に関係し 56た病的体験を中心に検討すべきことはいうまでもないが、精神障害による症状は多様であって、犯行前後に生じていた症状はそれに尽きるとは限らない。 例えば、統合失調症にり患していた者が、命令性の妄想の影響の下で犯行に及んだ場合を想定すると、犯行前後に、上記妄想に加え、幻覚、幻聴、思考障害等の複数の病的体験が生じていた可能性もある。そして、複数の病的体5験が生じていたのに、犯行に直接的に関係した病的体験のみを切り出してしまえば、犯行当時のありのままの精神状態を評価することから乖離してしまう上、病的体験が上記命令性の妄想だけであった場合と、連続的に切れ間なく複数の病的体験が生じる中で上記命令性の妄想が生じた場合とを比較すれば、その者の思考や行動が精神障害の影響を受けていた程度において差異 病的体験が上記命令性の妄想だけであった場合と、連続的に切れ間なく複数の病的体験が生じる中で上記命令性の妄想が生じた場合とを比較すれば、その者の思考や行動が精神障害の影響を受けていた程度において差異が10生じ得るのみならず、犯行を思いとどまるための正常な精神機能が働く余地の有無、程度においても差異が生じ得るから、ひいては、精神障害が犯行に与えた影響の有無、程度の評価を見誤る危険も冒すことになる。 ⑷ したがって、精神障害による病的体験と犯行との関係、本来の人格傾向と犯行との関連性の程度等を検討し、責任能力の有無、程度を判断するに15当たっては、犯行動機及びその形成過程を含む犯行の一連の経過全体に対し、精神障害による病的体験全体がどのように影響したのかということを、全体的、総合的かつ具体的に検討することが必要かつ相当である。以上を前提に、本件について検討する。 2 前提事実の認定20A医師の意見を含む原審関係証拠に加え、C医師の意見を含む当審における事実の取調べの結果によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 統合失調症の発症及びその後の症状、治療の経過等被告人は、大学を卒業した平成21年頃に統合失調症を発症した。平成22年頃には、思考の混乱や意欲の低下、幻聴、妄想等の症状があり、徐々に25自宅にひきこもるようになった。遅くとも平成25年から26年頃には、幻 57聴、幻覚、幻視やこれに関連する妄想等の病的体験が活発化し、幻聴に命令されて壁を殴ったり、テレビの中から人が出てくるような幻覚が生じ、これを止めさせるためにテレビに熱湯を掛けたり、自分や家族がいたぶられたり、殺されたりする映像が見える幻視を消すために網戸を燃やすなどの奇異な行動に出ることもあった。被告人の幻覚、妄想は、自身や両親が傷つけられた5 めにテレビに熱湯を掛けたり、自分や家族がいたぶられたり、殺されたりする映像が見える幻視を消すために網戸を燃やすなどの奇異な行動に出ることもあった。被告人の幻覚、妄想は、自身や両親が傷つけられた5り、殺されたり、糞尿を掛けられたり、様々な命令をされたりするというもので、小中学校時代の同級生や教師、プロスポーツ関係者や芸能人から通行人に至るまで、知人、友人はもとより見たり会ったりしたすべての人が妄想に組み込まれるため、被告人は、新たな妄想を増やさぬよう、常に下を向いて生活していた。被告人には、幻覚、妄想等に加え、思考吹入や思考伝播な10どの思考障害や自我障害等の症状もあり、平成26年9月頃以降、アルバイトを始めるようになったが、幻覚、妄想や自我障害等の病的体験の影響で、どのアルバイトも長続きしなかった。平成26年頃には、頭痛や胸痛、動悸、吐き気等の身体症状を伴う体感幻覚も現れ、内科を受診したが、異常所見は見当たらず、警察にも相談したところ、精神科の受診を勧められた。被告人15は、これを受け、平成27年3月に初めて精神科を受診し、統合失調症と診断された。以降、被告人は、定期的に精神科に通院し、薬物治療を続けていたが、既に幻覚や妄想等の活発な状態が六、七年以上続いてからの治療開始だったこともあり、薬物治療は奏功せず、その後も精神症状が改善されないまま推移した。そのような中、被告人は、平成31年1月の受診時に、調子20はよい、幻覚、幻聴はない旨申告し、その後の受診時にも同様の申告をするとともに減薬を希望するなどし、同年2月、3月及び5月の受診時に3回にわたり治療薬の減量が行われた。その頃、平成30年11月から就業していた勤務先に自ら希望して、勤務時間を延長することもあった。しかし、平成31年1月以降も、上記の申告に反し、幻覚 月の受診時に3回にわたり治療薬の減量が行われた。その頃、平成30年11月から就業していた勤務先に自ら希望して、勤務時間を延長することもあった。しかし、平成31年1月以降も、上記の申告に反し、幻覚、幻聴や妄想等の症状は持続し25ており、急激な減薬により治療薬による鎮静作用が弱まったために活動性が 58亢進し、八丈島に1人で旅行したり、出会い系サイトを利用したりもしたが、それらの行動の多くは病的体験の指示や影響を受けた見かけ上の改善であり、実際には、その間も症状が悪化していた。 ⑵ 令和元年6月初旬から犯行前日までの経過等被告人は、令和元年6月5日から同月8日まで、有給休暇を取得して沖縄5旅行をしたが、その間、服薬を中断したため、急激な減薬の影響と相まって症状は急激に悪化した。被告人は、旅行から帰った後、一旦職場に復帰したが、同月11日、仕事中にくすくす笑い出すなどし、同日の勤務終了後、体調が優れず、幻覚の症状がいつもよりひどいとの理由で勤務先に有給休暇を申請した。 10被告人は、同月13日午後、新幹線等を乗り継ぎ、東京から大阪に行った。 以降、同月15日までの間、被告人は、大阪府内で野宿したり、ホテルに宿泊したりしつつ、10年以上疎遠にしていた小中学校時代の元同級生の実家のある団地を繰り返し訪れたり、その元同級生に電話をかけて話そうとしたり、出会い系サイトから退会したり、東京でのプロ野球の試合のチケットや15男性芸能人のディナーショーのチケットを立て続けに買ったり、スマートフォンで大阪での求人情報を検索するなどした。大阪に行った頃には、もともとあった幻聴、幻視、思考吹入、妄想、させられ体験、連合弛緩等の症状が一気に悪化しており、上記の行動の多くもこれらの病的体験に指示され、あるいは、影響されたものであっ た。大阪に行った頃には、もともとあった幻聴、幻視、思考吹入、妄想、させられ体験、連合弛緩等の症状が一気に悪化しており、上記の行動の多くもこれらの病的体験に指示され、あるいは、影響されたものであった。 20⑶ 本件当日の犯行に至る経緯及び犯行の状況被告人は、同月15日から16日にかけてE駅付近の団地敷地内で野宿をした後、同日午前4時13分頃から10分余り、包丁の入ったナップザックを持って、D交番(以下、単に「交番」という。)前を歩き回り、その間、右手に包丁を持ちながら何度も交番出入口付近から交番内の様子をうかがうな25どした。到着した際には、交番内には被害者を含む2名の警察官がいたが、 59午前4時27分頃、もう1名警察官が交番に到着し、交番内の警察官は3名になった。被告人は、一旦交番を離れ、午前4時35分頃から午前4時49分頃までの間、スマートフォンで交番の勤務態勢等を検索した。その後、交番前を経由してF駅まで歩いていき、午前5時28分頃、同駅ホームの公衆電話から上記元同級生の名前で110番通報をし、自宅に泥棒に入られたら5しいので警察官をできれば2名派遣してほしいなどと伝えた。110番通報を終えると別のホーム上の時刻表と自分の時計を確認した後、改札扉を抜けて走って交番に向かい、午前5時38分頃、交番北側駐車場において、本件犯行に及んだ。被告人は、他の2名の警察官に続いて交番から出動しようとしていた被害者に対し、後方から「おい」と声を掛け、振り返った被害者に10対し、右手に逆手で持った出刃包丁を複数回にわたり上から勢いよく振り下ろすように襲い掛かり、その後、植込みに倒れた被害者の腰辺りに中腰でまたがり右手に持った包丁と左手で10回以上刺したり、殴ったりした。被害者の左胸に包丁が刺さると、1秒ほどおいて から勢いよく振り下ろすように襲い掛かり、その後、植込みに倒れた被害者の腰辺りに中腰でまたがり右手に持った包丁と左手で10回以上刺したり、殴ったりした。被害者の左胸に包丁が刺さると、1秒ほどおいて、被害者の右腰のフォルスターに入ったけん銃に手を伸ばし、取られまいと抵抗する被害者の両手を振り払15い、フォルスターを開けてけん銃を取り出すと、被害者とのけん銃の取り合いを制した後、五、六秒でけん銃を繋いでいるカールコードを外してこれを奪った。被告人は、けん銃を奪うと、すぐに被害者に背を向け、午前5時41分頃、交番前から走り去った。被告人は、被害者に包丁で襲い掛かっている間、真剣な顔で一点のことに集中する表情であり、けん銃を取り外す際は、20けん銃だけを見て一生懸命外していた。「おい」と声を掛けた以降は何も言葉を発することもなく、被害者を攻撃する以外に無駄な動きもなかった。 ⑷ 犯行後の経過被告人は、その後、けん銃を手に持ったまま住宅街を歩き、その間、けん銃を一発発射し、複数回にわたり着替えをしたり、着替え終わった洋服を複25数か所に投棄したり、断続的に住宅街を歩き回ったり、スーパーで、衣料品 60を購入したりした。その後、同日午前10時5分頃以降、勝尾山の山道を登ったり、下りたりを繰り返し、その間、スマートフォンで本件に関するニュースを閲覧したほか、同日午後7時51分頃にはコンビニで食料品や履歴書等を購入するなどした。被告人は、同月17日午前6時34分頃、勝尾山内のベンチの上に横になっていたところを警察官に発見され、逮捕され、けん5銃の場所を聞かれ、「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えた。 3 検討そこで、以上を踏まえて、犯行動機及び犯行の一連の経過全体に対し、統合失調症の病的体験全 され、けん5銃の場所を聞かれ、「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えた。 3 検討そこで、以上を踏まえて、犯行動機及び犯行の一連の経過全体に対し、統合失調症の病的体験全体がどのように影響したかという観点から、統合失調症による病的体験と犯行との関係、本来の人格傾向と犯行との関連性の程度10を検討し、これを踏まえて、責任能力の有無、程度について判断することとする。 ⑴ 犯行当時の統合失調症の症状等被告人は、平成21年頃に統合失調症を発症し、平成27年以降の薬物療法による治療も奏功せず、重篤な精神症状のまま、10年以上が経過してい15た。その症状は、幻聴、幻覚、妄想、思考吹入、思考伝播等多岐にわたり、被告人は、就職して自立したいという希望を強く抱きながらも、日常的に活発に表れるそれら症状のために、アルバイトをしても長続きせず、新たな妄想の出現をおそれ、他人の顔を見ないよう絶えず下を向いたり目を閉じたりすることを余儀なくされ、あるいは、痛みや吐き気を伴う体感幻覚に悩まさ20れ、内科を受診したり、警察に相談したりすることもあり、統合失調症に基づく病的体験は、長期間にわたり、被告人が社会生活を営む上での慢性的かつ重大な支障となっていた。そのような中、平成31年2月以降の急激な減薬と同年6月の数日間の怠薬により症状が急激に悪化し、犯行3日前に仕事を休んで大阪に行った頃には、幻聴、幻視、思考吹入、妄想、させられ体験、25連合弛緩等の症状が活発に表れ、幻覚や妄想を基盤に具体的な幻聴の指示も 61増悪し、そのような状況は、犯行前後を通じて持続していた。 ⑵ 犯行動機の形成とこれに対する統合失調症の影響被告人は、本件当日、勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くために、 し、そのような状況は、犯行前後を通じて持続していた。 ⑵ 犯行動機の形成とこれに対する統合失調症の影響被告人は、本件当日、勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くために、交番に行って警察官からけん銃を奪うことを決意した。けん銃を奪おうとした動機、目的は、上記以外の周辺的な目的を伴うも5のであった可能性もあるが、いずれにせよ、幻覚や妄想を基盤とした指示性を伴う幻聴、思考吹入等の病的体験に基づく極めて唐突かつ奇異なものであった。警察官からけん銃を奪うなどという行動は、被告人本来の人格・行動傾向ともかけ離れたものであり、そのような行為に及ぼうとした上記動機、目的は、被告人の正常な精神機能としての意思は介在することなく、完全に10統合失調症に基づいて形成されたものであった。 ⑶ 犯行時及びその後の行動ア 被告人は、本件当日、午前4時13分頃に交番に赴き、包丁を手に交番内の様子をうかがうなどして警察官の人数を確認するなどし、その後、虚偽の110番通報をしたり、時刻表を確認して走って交番に向かったりして、15午前5時38分頃に本件犯行に及んでいる。その間の行動は、的確に状況を判断した上での臨機応変で合目的的な行動である。 本件犯行の場面でも、虚偽の110番通報により2名の警察官が出動し、最後の1名となった被害者に背後から近づき、躊躇なく出刃包丁を複数回振り下ろすなどして襲撃し、その後も必死に抵抗する被害者に対し、何度も包20丁で刺すなどの攻撃を続け、その包丁が被害者の左胸に刺さるや、今度は被害者の右腰のけん銃に手を伸ばし、被害者の抵抗を排し、手際よくカールコードを外してけん銃を奪い取っている。被害者を襲ってからけん銃を奪ってその場から逃走するまでわずか3分程度であり、その間、躊躇したり、無駄な動き 銃に手を伸ばし、被害者の抵抗を排し、手際よくカールコードを外してけん銃を奪い取っている。被害者を襲ってからけん銃を奪ってその場から逃走するまでわずか3分程度であり、その間、躊躇したり、無駄な動きをしたりすることもなく、被害者を襲うことやけん銃を奪うことに集25中していた。 62犯行後、交番から走って逃走し、けん銃を持ったまま住宅街を歩いたり、着替えをしたりした後、午前10時5分頃以降、勝尾山内に入り、翌朝午前6時34分頃、勝尾山内のベンチで警察官に発見、逮捕されたが、その際、けん銃の所在を聞かれ、「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えた。その間、犯行時の所持品や着衣を投棄したり、スマートフォンで本件5に関するニュースを閲覧したりしたほか、就職活動に備えてコンビニで履歴書を購入するなどしている。 イ 犯行時及びその前後の以上のような被告人の行動をみると、被告人は、犯行の前後を通じ、周囲の状況を的確に判断し、これを踏まえて臨機応変かつ合目的的な行動をしている上、自己の行為が犯罪に当たることの認識に欠10けることもなかったものと認められる。そして、被告人が、当時、上記のような行動、判断を可能とする精神機能を有していたことは明らかである上、犯行直前の110番通報等に照らせば、その精神機能は相応に高いものであったといえる。 しかし、動機の形成過程も含む犯行の一連の経過を全体的に観察すれば、15被告人は、犯行前及び犯行時のみならず犯行後においても、勝尾山に潜伏するスティーブン・セガールと松田優作を殺しに行くという根本の動機、目的を実現するために行動していたとみるのが自然であり、被告人が、勝尾山で警察官に発見された際に、けん銃の所在を聞かれ、「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えたのも、被 いう根本の動機、目的を実現するために行動していたとみるのが自然であり、被告人が、勝尾山で警察官に発見された際に、けん銃の所在を聞かれ、「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えたのも、被告人が、未だ達成できていない上記動20機、目的のために行動していたことを示すものと考えられる。A医師が、「本件犯行が大きな妄想に従った目的の達成のための経緯として発生してしまった」(A医師・4回・30頁)と説明したのもこれと同趣旨であると解される。 換言すれば、警察官を襲撃してけん銃を奪ったのも、そのために包丁を携帯していたのも、奪ったけん銃を勝尾山まで携帯して所持していたのも、それ25自体が目的だったわけではなく、上記根本の動機、目的を実現するための手 63段、過程であったにすぎない。 そして、来阪時の被告人の症状が上記⑴のように重篤なものであり、本件前日まで連合弛緩や現実検討の喪失によるちぐはぐな行動もみられていたにもかかわらず、本件当日、初めて交番に赴いてから本件犯行に及ぶまでの行動は、被害者を襲い、けん銃を奪うという目の前の目的を果たすべく、極め5て臨機応変かつ合目的的に、短時間で効率的に、高度の集中力を切らすことなく行われている。また、その行動の内容は、被告人の本来の人格・行動傾向とかけ離れたものである上、被告人は、自身の行為の善悪の認識にも欠けるところはなかったのに、被害者を包丁で襲う際にも、躊躇したり、手加減したりする様子は一切示していない。けん銃を奪った後には、勝尾山に行っ10た後に、就職活動に備えてコンビニで履歴書を購入するようなちぐはぐな行動もとっているが、その後もなお、勝尾山を徘徊し続け、警察官に発見されても上記のような発言をしている事実は、被告人が、その時点においても、依然、上記動機、目的 ニで履歴書を購入するようなちぐはぐな行動もとっているが、その後もなお、勝尾山を徘徊し続け、警察官に発見されても上記のような発言をしている事実は、被告人が、その時点においても、依然、上記動機、目的の強い影響下にあり、これを実現しようとしていたことを示すものといえる。被告人の元来の人格・行動傾向と著しく乖離するも15のでありながら、被告人が、犯行時及びその前後に、警察官を襲い、けん銃を奪うために極めて合目的的で無駄も躊躇もない行動を連続的に行ったことは、むしろ、それ自体が、統合失調症の症状の悪化に伴い、病的体験による影響力が一層増す中で、被告人が上記動機、目的に支配され、それに抗うことができなかったこと、あるいは、上記動機、目的の実現が最優先され、抗20うという発想自体がなかったことを示す事情であると評価すべきである。 以上を踏まえると、本件犯行時及びその前後において、被告人には、上記のような相応に高い精神機能が残されていたと認められるものの、その精神機能は、犯行を思いとどまる方向に作用することはなく、むしろ、統合失調症に基づいて形成された上記動機、目的と一体化し、これを実現するための25推進力として作用したと認めるのが相当である。既に説示したとおり、A医 64師の意見は、その核心部分において、十分に尊重すべきものであるところ、A医師が述べる「行動の根本となる動機・目的・基盤が完全に精神病に基づくもので、本人の意思が全く関与しないのであれば、その上にある行動にも本人の意思はなく、あくまでも見せかけにすぎない」との意見も、まさにこれと趣旨を同じくするところと考えられる。 5⑷ 法的評価以上を踏まえて、責任能力の有無及び程度について検討すると、被告人は、統合失調症の病状が悪化し、影響が強まる中、完全に統合失 さにこれと趣旨を同じくするところと考えられる。 5⑷ 法的評価以上を踏まえて、責任能力の有無及び程度について検討すると、被告人は、統合失調症の病状が悪化し、影響が強まる中、完全に統合失調症に基づいて形成された動機、目的を実現するために、本来の人格・行動傾向とは全く乖離した本件犯行に及んだものであり、犯行時及びその前後の合目的的な行動10や善悪の判断を可能とするに足りる残された精神機能は、上記動機、目的と一体化し、これを強力に推進する方向に作用し、その残された精神機能によって、犯行を思いとどまることを期待することはもとより不可能であったと考えられるから、全体的、総合的に観察すれば、本件犯行当時(包丁の所持、けん銃の携帯の点も含む。)、重い統合失調症による病的体験に直接支配され15て、行動制御能力を喪失していたものと評価すべきであり、心神喪失の状態にあったと認めるのが相当である。 4 結論以上によると、被告人は、本件各犯行に及んだ際、統合失調症の影響により心神喪失の状態にあったと認められるから、上記第3の事実誤認は、判決20に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、事実誤認の論旨には理由があり、量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決は、破棄を免れない。 第5 破棄自判よって、刑訴法397条1項、382条により、原判決を破棄し、同法42500条ただし書を適用して、次のとおり判決する。 65本件公訴事実の要旨は、別紙第1から第3と同旨であるところ、原審関係証拠及び当裁判所における事実の取調べの結果によれば、被告人が、これら公訴事実と同旨の行為に及んだ事実は認められるが、上記第4のとおり、被告人は、上記各犯行に及んだ際、統合失調症の影響により心神喪失の状態にあったものと認め 実の取調べの結果によれば、被告人が、これら公訴事実と同旨の行為に及んだ事実は認められるが、上記第4のとおり、被告人は、上記各犯行に及んだ際、統合失調症の影響により心神喪失の状態にあったものと認められる。 5したがって、本件各公訴事実についていずれも犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法404条、336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとして、主文のとおり判決する。 令和5年3月24日大阪高等裁判所第4刑事部10 裁判長裁判官 齋 藤 正 人 15裁判官 大 西 直 樹 裁判官 赤 坂 宏 一20 66別紙(原判決の認定した事実) 被告人は、第1 警察官を包丁で襲ってけん銃を強取しようと考え、令和元年6月16日午前5時38分頃、大阪府吹田市(以下住所省略)吹田警察署D交番北5側駐車場において、被告人による虚偽の事件通報に基づき現場臨場しようとしていた同警察署地域課勤務の警察官G(当時26歳)に対し、同人を死亡させてもやむを得ないとの意思をもって、その左胸部、左上腕部、両大腿部等を出刃包丁(刃体の長さ約16.8センチメートル。大阪地方検察庁令和元年領第10003号符号70)で多数回突き刺すな10どした上、同人が右腰に装着していた同人管理の実包5発が装てんされた回転式けん銃をフォルスターから抜き取り、同けん銃底部の留め具を外して、同けん銃を奪い取り、もって同人の職務の執行を妨害するとともに、その反抗を抑圧して同けん銃1丁を強取し、その際、同人に左肺上葉部の摘出を伴う全治約6か月間以上を要する胸部刺創、左内胸動脈15損傷、肺損 を奪い取り、もって同人の職務の執行を妨害するとともに、その反抗を抑圧して同けん銃1丁を強取し、その際、同人に左肺上葉部の摘出を伴う全治約6か月間以上を要する胸部刺創、左内胸動脈15損傷、肺損傷、左上腕切創、両大腿部切創、顔面切創等の傷害を負わせたが、死亡させるには至らなかった。 第2 業務その他正当な理由がないのに、上記第1の日時場所において、上記出刃包丁1本を携帯した。 第3 法定の除外事由がないのに、上記第1の日時から同月17日午前6時2034分頃までの間、上記第1の場所から同府箕面市(以下住所省略)の山中に至る同府内の路上、山中等において、上記けん銃1丁を、これに適合する実包5発のうち4発と共に携帯して所持した。

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る