【DRY-RUN】目 次 主 文 理 由 第一 本件の審理経過等 一 はじめに 1 本件の公訴事実 2 被告人の身上関係 二 第一次第一審 1 審理経過
目次 主文 理由 第一本件の審理経過等 はじめに 1 本件の公訴事実 2 被告人の身上関係 二 第一次第一審 1 審理経過 2 判決 三 第一次控訴審 1 審理経過 2 判決 四 上告審 五 原審 1 審理経過 2 判決 第二 当裁判所の判断 一 破棄判決の拘束力について 1 原判決の説示 2 右に対する判断 二 事実誤認の論旨について 1 論旨の大要 2 右に対する判断 3 補説 第三 結語 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人嶋倉夫作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官左津前武作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。論旨は、要するに、被告人は甲を殺害してはおらず、真犯人は被告人の前夫乙1であって、被告人は無罪であるとして原判決の事実誤認を主張するものである。 第一 本件の審理経過等 はじめに 1 本件の公訴事実 本件の公訴事実は、「被告人は、かねてから父甲(当七一年)と不仲であったところ、昭和五〇年一一月一四日夜病気入院中の母丙1のことで右甲と言い争いをして同人から押し殴るの暴行をうけたうえ、翌一五日にも言い争いを重ねていたものであるが、同日午後七時三〇分ごろ、北本市大字ab番地のcde団地f街区g号h号室の自宅において、右甲に対する憎悪の念がこうじて、にわかに同人を殺害しようと決意し、手提鞄の中にあった果物ナイフを右手に持ち、風呂場入口付近にうしろ向きに立っていた同人の背後から、右ナイフで同人の背部を一回突き刺し、よ 対する憎悪の念がこうじて、にわかに同人を殺害しようと決意し、手提鞄の中にあつた果物ナイフを右手に持ち、風呂場入口付近にうしろ向きに立つていた同人の背後から、右ナイフで同人の背部を一回突き刺し、よつて、同人をして即時同所において、胸大動脈刺切により失血死させて殺害したものである」というのである。 2 被告人の身上関係被告人は、昭和二四年六月二二日東京都文京区において母丙1(大正六年二月一日生)と氏名不詳の外国人との間の子として生まれ、丙1の私生児として届け出られたが、丙1はのちに甲と結婚し、甲は、同三三年八月二〇日丙1を入籍するに際し、被告人を長女として認知した。 被告人の本名は丁であるが、「丁」という通称を用い、家族や友人は右通称によつて被告人を呼んでいた。 被告人は、昭和四八年二月ころから大田区iのアパートで乙1(昭和二四年七月三日生)と同棲していたが、両名は、昭和五〇年七月半ごろから公訴事実記載のe団地f街区g号h号室の甲方に同居するようになり、同年一〇月二三日婚姻の届出をし、乙1は乙2の氏を称することとなつた。同年一一月一五日夜、本件が発生し、被告人は、翌一六日午前三時一五分、殺人罪で緊急逮捕され、同年一二月六日同罪で浦和地方裁判所に公訴を提起された。 被告人は、同庁における第一次第一審判決(昭和五三年九月二六日)の後である昭和五三年一二月二二日乙1と協議離婚し、乙1は乙1の姓に復した。 被告人は、原審(第二次第一審)係属中の昭和五八年二月一六日乙3(昭和三一年四月二四日生)と婚姻の届出をし、乙3姓を称するに至つた。 二第一次第一審(浦和地方裁判所昭和五〇年(わ)第一四六〇号) 1 審理経過被告人は、昭和五一年二月六日の第一回公判期日において、犯行当日は鎮痛剤の丙2を飲んでいたので、何でこういうことをしたか判然し 次第一審(浦和地方裁判所昭和五〇年(わ)第一四六〇号) 1 審理経過被告人は、昭和五一年二月六日の第一回公判期日において、犯行当日は鎮痛剤の丙2を飲んでいたので、何でこういうことをしたか判然しないが、私が刺したことにより父が死んだことは間違いないと思う、しかし、「殺害しようと決意し」とある点は違う、手提鞄の中にあつた果物ナイフを出してやつたことは間違いない、甲が風呂場入口付近にうしろ向きに立つていたこと、ナイフで同人の背部を一回突き刺したことは、そのとおりだと思う旨、本件が自己の犯行であることを認める供述をした。 主任弁護人は、被告人がナイフで父を刺して父が死んだという事実関係は間違いないと認めたうえ、当時被告人は長期間に亘る丙2の濫用により心神喪失の状態にあつたものである旨主張した。 弁護人は、乙2の司法警察員及び検察官(二通)に対する各供述調書の認否を留保したため、検察官の申請により証人乙2が採用されたが、同年三月一九日の第二回公判期日において、弁護人が右各調書を証拠とすることに同意したため、検察官は右証人申請を撤回し、弁護人から「被告人の犯行当時の精神状況等について立証のため」改めて証人乙2を申請し、採用され、同日、同証人の尋問が施行された。 同証人に対する尋問はなお続行される予定であつたが、同証人は第三回公判期日(同年五月一四日)に出頭せず、所在不明となつたため、第四回公判期日(同年七月一四日)において、弁護人は同証人に対する残余の尋問権を放棄し、検察官はこれに対する反対尋問権を放棄した。 被告人は、第五回公判期日(同年九月一日)において、弁護人の質問に対し、生い立ちからの経歴を詳細に供述し、犯行前夜の甲との喧嘩や当日朝から犯行直前の夕食時の状況について述べたのち、裁判長から第一回公易期日における被告事件に対する陳述部 )において、弁護人の質問に対し、生い立ちからの経歴を詳細に供述し、犯行前夜の甲との喧嘩や当日朝から犯行直前の夕食時の状況について述べたのち、裁判長から第一回公易期日における被告事件に対する陳述部分を読み聞かせて「どこか訂正するようなところはないか」と問われたのに対し、「あります」と答えてこの日の供述を終つている(これより先、被告人は、被告人の取調べを担当した大山泰造検事に対し呼出願を出し、同年七月一九日付で二七枚に及ぶ犯行否認の調書を作成してもらつている。)。同年九月二一日、被告人は、乙2の選任にかかる私選弁護人二名の解任届を提出したので、裁判長は、同年一〇月一二日被告人のため新たに国選弁護人を選任した。 被告人は、第七回公判期日(同年一一月二四日)以降、犯行否認の供述をするに至り、その後は本件が自己の犯行であることを一切認めていない。被告人の否認供述の骨子とするところは、犯行当日午後三時ころから甲の作つてくれたおでんを三人で二、三時間かけてゆつくり食べ、テレビの相撲中継などを観ていたが、被告人はそのうち眠り込んでしまつた、テレビの「丙3」の丙4の笑い声で目を覚ますと、被告人ひとりになつており、一〇分位すると乙1が被告人の黒い中国服と黄土色の半ズボンを着て入つて来て、「甲をやつちやつた」と言い、右手に持つていたナイフを示して「洗つて来い」と命じたので、これを受け取り、台所の流しへ持つて行つて洗つて来た、その間に乙1は着替えをし、「ナイフを隠せ」と言うので、仏壇の隠し抽斗の中に隠した、乙1は、俺は男だから死刑か二〇年位刑務所に行かなくてはならない、女なら二、三年で済むなどと言うので、被告人は、自分が代りに行くと言い、乙1に言われて、風呂場の甲の死体を見た後、一一〇番で警察に事件を知らせ、取調べに対し自己の犯行であるように申し立てた、と ない、女なら二、三年で済むなどと言うので、被告人は、自分が代りに行くと言い、乙1に言われて、風呂場の甲の死体を見た後、一一〇番で警察に事件を知らせ、取調べに対し自己の犯行であるように申し立てた、というのである。 裁判所は、被告人質問、取調べに当たつた捜査官などの証人尋問、現場検証などを施行したのち、第二〇回公判期日(昭和五三年三月七日)に証拠調べを終り、論告、弁論、最終陳述を経て結審したが、その翌日、検察官からかねて所在捜査中の乙2の所在が判明したので、弁論再開と同人の証人尋問を請求する旨の申立がなされ、裁判所はこれを容れて同月一〇日に第二一回公判期日を指定し、証人乙2を勾引した。 裁判所は、証人乙2を三開廷に亘り尋問し、被告人質問などを経たうえ、第二六回公判期日(同年七月二五日)に弁論を終結し、第二七回公判期日(同年九月二六日)において、被告人に無罪を言い渡した。 2 判決第一次第一審判決の無罪理由の骨子は、次のとおりである。 本件の積極証拠は、被告人の捜査段階における自白供述(司法警察員に対する供述調書一〇通、検察官に対する供述調書三通)並びに乙2の捜査段階(司法警察員に対する供述調書一通、検察官に対する供述調書二通)及び当公判廷における各供述であるが、右各供述には、いずれも信用性が認められず、他に被告人を本件殺人の真犯人と認定すべき充分な価値ある証拠も存しないから、本件公訴事実については犯罪の証明が充分でない。 すなわち、被告人の自白供述中、本件犯行の動機に関するものは、他の証拠と対比してその前提事実を認め得ないか(甲の母や祖母に対する暴力、被告人の入浴中に入つて来ること、犯行前夜の喧嘩の原因、その際の甲の被告人に対する暴行の点など)、あるいは、甲と被告人との間には一般の親子の間に見られると何ら変りのない愛情が存在し 母に対する暴力、被告人の入浴中に入つて来ること、犯行前夜の喧嘩の原因、その際の甲の被告人に対する暴行の点など)、あるいは、甲と被告人との間には一般の親子の間に見られると何ら変りのない愛情が存在していたと認められ、犯行当日も、前夜の親子喧嘩にもかかわらず、平静、円満な状態に回復していたと認められることに徴すると、殺害の動機とするに足りないものであつて、直ちに信用することはできない(判決理由第五の(一))。 次ぎに、被告人の自白供述(これに照応する乙2の供述を含む。)中、本件犯行の状況(同第五の(二))及び本件犯行直後の状況(同第五の(三))に関するものは、「1」その重要部分(兇器の出所、扼頸の有無、刺切の部位、被告人の犯行時の着衣、乙1が被告人が兇器を手にしているのを目撃したことの有無など)につき、真犯人ならば、あるいは妻の犯行を知つた夫ならば、誤解や記憶違いなどおよそ考え得べくもない点についてまで、重大な供述の変遷があり、かつ、その変遷の理由につき何ら合理的な説明をなし得ていないこと、「2」被告人と乙1の供述にくいちがいの存すること(乙1が被告人に自首を勧めたことの有無、被告人が乙1に言われて改めて死体の状況を見に行つたことの有無など)、「3」供述内容が客観的状況と符合しないなど、不合理、不自然であること(兇器の握り方、自白どおりの犯行態様では、浴槽の蓋の上に付着した血痕の説明がつかず、被告人の着衣に返り血を浴びていないのも不自然であること、被告人が、乙1の聞いている被害者の呻き声や倒れる物音を全く聞いていないのは不可解であることなど)に照らし、その真実性、信用性に疑問がある。 乙2の公判廷供述(第二回、第二一回ないし第二三回)は、同人が公判中約二年間に亘り所在不明となつた理由について人を納得せしめるに足りる理由の説明がなく、本 らし、その真実性、信用性に疑問がある。 乙2の公判廷供述(第二回、第二一回ないし第二三回)は、同人が公判中約二年間に亘り所在不明となつた理由について人を納得せしめるに足りる理由の説明がなく、本件犯行に関する重要な事項につき供述を変転させているばかりか、被告人が乙1が真犯人であるとしてその金銭的動機を指摘しているのに対し、自己の不明朗な金銭的処理についての弁明はきわめて暖味な態度に終始しており、その信用性に強い疑問があり、本件犯行の直接証拠としてはもとより、被告人の自白供述に対する補強証拠としての価値すら有しない(同第六)。 以上のとおり、被告人の自白の真実性にはいまだ合理的な疑いが残り、その信用性に強い疑問が存するうえ、これを補強すべき乙2の捜査、公判段階における各供述も、その信用性に強い疑問が存するところ、他に有罪の証拠はないから、本件公訴事実については犯罪の証明不充分として、被告人に対し無罪を言い渡すものとする。 三第一次控訴審(東京高等裁判所昭和五三年(う)第二三八九号) 1 審理経過検察官は、右第一審判決に対し、昭和五三年一〇月九日控訴を申し立て、原判決の事実誤認を主張した。 裁判所は、同五四年一〇月三日から同五五年一〇月二九日まで一六回の公判期日を開き、検察官の請求により証人乙1及び被告人の浦和拘置支所における同房者である証人乙4、同乙5、同乙6、同乙7その他の証人並びに書証及び証拠物(被告人の手帳)を、弁護人の請求により原審において被告人が無実を訴え、弁護を依頼しようとした弁護士二名の証人並びに書証及び証拠物(被告人の書簡等)を取り調べ、被告人質問を施行するなどの事実の取調べを行い、双方の弁論を聴いたのち、昭和五六年二月九日の第一八回公判期日において、「原判決を破棄する。本件を浦和地方裁判所に差し戻す」旨の判 書簡等)を取り調べ、被告人質問を施行するなどの事実の取調べを行い、双方の弁論を聴いたのち、昭和五六年二月九日の第一八回公判期日において、「原判決を破棄する。本件を浦和地方裁判所に差し戻す」旨の判決を言い渡した。 (なお、被告人は、昭和五六年一月三一日丙5に対する監禁、強制猥褻事件を犯して同年三月一一日勾留、同月三〇日横浜地方裁判所に公訴を提起され、同年六月一二日同庁において懲役一年六月、未決勾留日数中六〇日算入の判決を受け、同年六月二〇日から右刑の執行を受けて同五七年六月一〇日笠松刑務所を仮出獄した。) 2 判決第一次控訴審判決の要旨は、次のとおりである。 (一) 客観的な状況事実から判断すると、甲の殺害犯人は被告人か乙1かのいずれかであつて、それ以外の第三者による犯行と認むべき証跡は全くない。両名のいずれが犯人であるかを直接明らかにする物的証拠は殆ど存在しないから、被告人の自白供述を除いては、乙1の供述が証拠として最も重要な意味を有する(判決理由第四の一)。 乙1の捜査段階における供述ことにその中軸となる検察官に対する供述調書の骨子は、ク食後ベツドで仮眠していると風呂場か便所の方で「ウワーツ」という大きな声と「ドーン」というドアに何かがぶつかつたような大きな音が聞こえ、音のした方へ行こうとすると、被告人が勝手の方から右手に果物ナイフを握つて入つて来たが、その手のあたりに血が付いているのを見て、大変なことをしたのではないかと思い、便所、風呂場のドアを開けてみると風呂場の中で甲がドアに背を向けてもたれるようにし、既に死亡しているのを発見した、寝室に引き返すと、被告人が部屋の真中に坐り込んで呆然としており、果物ナイフは見当らなかつた、被告人に対し、「すぐ警察に電話しろ」と言うと、「水が欲しい」と言うので、コツプに水を汲んで来 発見した、寝室に引き返すと、被告人が部屋の真中に坐り込んで呆然としており、果物ナイフは見当らなかつた、被告人に対し、「すぐ警察に電話しろ」と言うと、「水が欲しい」と言うので、コツプに水を汲んで来てやつた、その後被告人は、警察に電話して「父が死んだから来て欲しい」と連絡したというのであつて、右供述内容は、証拠上認められる客観的な状況事実ともよく符合し、とくに不自然、不合理な点はなく、本件犯行直後に臨場した警察官や取調べに当つた司法警察員も、乙1の供述態度に不自然なところはなかつたと証言している点に徴しても、充分信用に値する(同第四の二)。 第一審判決が乙1の供述の信用性を否定する根拠として指摘する諸点は、いずれも理由がない。すなわち、「1」乙1は、捜査段階及び第二回公判廷では被告人が右手に血の付いた果物ナイフを持っているのを見たと供述しながら、第二一回公判廷以降ではナイフを見たとする供述と見なかつたとする供述を変転させているのは不可解であるとする点は、当審における乙1の供述をも斟酌して考察すると、第二一回公判廷の冒頭では、長期間の空白による記憶の薄れと妻のため不利益な供述を避けるという心情から刃物を持つていなかつたことは間違いないと述べたものの、検察官の尋問で、被告人が身代り犯人であることを主張し、乙1が真犯人であると述べていることを指摘されてからは、やはり従前どおり真実を述べようとの心境になつたものと見られ、かかる供述心理の変化に思いを致さず、被告人が真犯人であるとする乙1の証言の信用性まで疑問があるとしたのは、証拠の評価を誤つたものである。「2」乙1は、捜査段階における供述では、本件犯行当時の被告人の着衣につき「分からない」と述べていながら、犯行後二年余も経た第二一、第二二回公判廷では下半身は紺色のジーパン、上半身は記憶がない、第 。「2」乙1は、捜査段階における供述では、本件犯行当時の被告人の着衣につき「分からない」と述べていながら、犯行後二年余も経た第二一、第二二回公判廷では下半身は紺色のジーパン、上半身は記憶がない、第二三回公判廷でに下半身はジーパン、上半身はTシヤツ様のものだが色は覚えていない旨供述しており、供述変転の経過が不自然であり、上半身が黒色の中国服、下半身がカーキ色(黄土色)の半ズボンである旨の被告人の自白供述ともくいちがつているとの点は、乙1の供述は、要するに当時の被告人の着衣については明確な記憶がないという一点で一貫しており、妻が殺人の大罪を犯したとすればその時の印象が強く記憶に残る筈であることは第一審判決の指摘をまつまでもないところであるが、それ故に、当時の妻の着衣についても記憶があるべきだとするのはいささか短絡的であり、突然の出来事に動転し、着衣についての印象が残らなかつたとしても不自然ではなく、日時の経過につれ記憶を整理し、当時の着衣について思い出すことも充分あり得ることである(なお、乙1は、当審の事実取調べに際しては、犯行前の夕食時に被告人は黒色の中国服と黄土色半ズボンを着用していたことを思い出したとし、かつ、捜査段階において警察からこれらの任意提出を求められた当時においても、犯行時に着ていた証拠品だから渡すとまずいと考えていたことを肯定しており、第一審公判廷での供述は、記憶が定かでないのに問い詰められて咄嗟にいい加減なことを言つたと弁解している。)。要するに、着衣に関する供述に変転や暖味な点があるからといつて、乙1の供述をすべて信用できないとすることは相当でない。「3」乙1が第二回公判期日以降長期に亘り所在不明となつたことの説明が人を納得せしめるに足りないとの点は、全く生活力のない乙1が甲の死亡と被告人の勾留とによつて生活の基盤 いとすることは相当でない。「3」乙1が第二回公判期日以降長期に亘り所在不明となつたことの説明が人を納得せしめるに足りないとの点は、全く生活力のない乙1が甲の死亡と被告人の勾留とによつて生活の基盤を失うに至つた事情を考慮すれば乙1の弁解は単なる作りごととは解されず、第一審判決の説示には合理性がない。「4」乙1が被告人に自首を勧めたことの有無につき両者の供述が対立しているとの点は、各供述を仔細に検討すると、乙1が勧めたのは自首ではなく警察への通報であり、被告人が一一〇番へ通報したことを、乙1は自己の勧告によるものと考え、被告人は自発的にしたと思つているに過ぎず、この点の乙1の供述を第一審判決のいうほど不自然、不合理とするには当たらない。 以上のとおり、乙1の公判廷供述には、表現の暖昧未熟、若干の動揺・変更はあるものの、被告人を庇おうとした点を除けば、努めて真実を吐露した事跡が窺われ、内容的には捜査段階の供述の基本線に沿つて一貫したものと理解でき、しかも被告人側の反対尋問にも耐えたのであつて、優に信用するに足りる(同第四の四)。 (二) 被告人の捜査機関に対する昭和五〇年二月二一日以降の自白供述及び同年一二月四日付実況見分調書中における犯行状況の再現、演述内容は、証拠上認められる客観的事実とよく符合し、乙2の捜査機関に対する供述調書の内容とも照応するものであつて、信用性の高いものと評価し得る。 すなわち、まず、本件犯行の直接の動機が犯行前夜における被告人と甲との間の親娘喧嘩にある旨の自白供述について検討すると、被告人の検察官に対する昭和五〇年二月二九日付供述調書中の右喧嘩の原因やその状況に関する供述は、右喧嘩の仲裁に臨場した警察官乙8の一審証言や同人作成の捜査報告書の記載内容とよく符合しており、これによれば、被告人は、甲が精神病者であ 二月二九日付供述調書中の右喧嘩の原因やその状況に関する供述は、右喧嘩の仲裁に臨場した警察官乙8の一審証言や同人作成の捜査報告書の記載内容とよく符合しており、これによれば、被告人は、甲が精神病者である被告人の母丙1を一旦入院させたというものの、その真偽の程も分からず、甲がいつ母を自宅に引き取るかも分からないという不安を募らせていたものであり、そのことを原因とする当夜の喧嘩は、甲が被告人の髪の毛を引張るなどしたり、被告人が一一〇番通報をしたり、興奮の余り自傷行為に出るなど、きわめて激しいものであつたことが推認される。そして、本件犯行当日、被告人と甲との関係が一応平静、円満な状態を回復した事実は認められるが、そのことによつて被告人の甲に対する殺害の動機が解消したと見るのはいささか皮相的であり、本件犯行当日においても、甲が母を連れ帰るかも知れないという不安感、不信感が全く解消されていないことに、被告人の短気で激し易い性格、幼時からの甲に対する憎悪感、甲を殺してやりたい旨の被告人の手帳の記載、本件の約三か月前における被告人の甲に対する刃傷行為などを併せ考慮すると、被告人の甲に対する不満はいつ爆発するかも分からない状況にあつたことが認められる(第一審判決が、本件を激情型の犯罪でないとしている点は明白な誤りである。)。従つて、被告人には、甲殺害の充分な動機があり、この点に関する自白供述は信用するに足りる(同第五の一)。 本件犯行の状況に関する被告人の司法警察員に対する昭和五〇年一一月二一日付、検察官に対する同月二二日付各供述調書、司法警察員作成の同年一二月四日付実況見分調書中の被告人の犯行現場における犯行の再現、演述内容は、自然かつ合理的なものであり、客観的事実と符合し、乙2の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の供述内容とも照応するものであつ 四日付実況見分調書中の被告人の犯行現場における犯行の再現、演述内容は、自然かつ合理的なものであり、客観的事実と符合し、乙2の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の供述内容とも照応するものであつて、信用性は高いと評価し得る。第一審判決は、「1」被告人の供述による殺害方法では、浴槽の蓋の上の血痕の付着を合理的に説明できず、また、「2」犯行時の被告人の着衣(ネグリジエ又は中国服に黄土色半ズボン)に血痕の付着が見られないことの合理的説明ができないと説示しているが、右「1」の点については、甲が風呂場内で背部を刺されたのち、ドアを背にして倒れるまでの間に、背中が浴槽の方を向いて、吹き出した血液が浴槽の蓋の上に飛散したと見ることも充分可能であり、右「2」の被告人の着衣については、当審証人乙1は、犯行後被告人が着衣を着替えて(被告人も、自白供述中で着替えの事実を認めている。)、犯行時の着衣を洗濯機で洗つたような気がすると述べており、新鮮な被害者の血液(丙8型)が洗い流されて古い被告人の血液(O型)の付着のみが残る可能性も考えられ、また、風呂場出入口前の通路及び同所の足拭きマツト上の血痕の付着状況からすれば、そもそも被告人の立つていた方向には血液が飛散して来なかつたとも認め得るのであつて、いずれも被告人の犯行状況に関する自白供述の信用性を疑う根拠とするに由ないところである(同第五の二)。 被告人の犯行直後における自白供述(司法警察員に対する昭和五〇年一一月一六日付供述調書二通)には、供述内容に甚だしい動揺や相違が見られるのみならず、犯行方法についても証拠上認められる客観的事実と明らかに反するものがあるが、これらは、犯行直後の極度の興奮や丙2服用の影響、犯行を否定したい心理と所詮はこれを認めざるを得ないという追い詰められた心境などの心理状態に起因す 上認められる客観的事実と明らかに反するものがあるが、これらは、犯行直後の極度の興奮や丙2服用の影響、犯行を否定したい心理と所詮はこれを認めざるを得ないという追い詰められた心境などの心理状態に起因するものと認められ、これらと、平静を取り戻したのちの同月二一日以降の自白供述とを彼此対照し、その間の矛盾、混乱を理由に後の自白供述の信用性まで疑うことは、正しい証拠判断の方法とは思われない(同第五の三)。 (三) 被告人の検察官に対する昭和五一年九月一九日付供述調書及び第一審第七回公判期日以降の否認供述は、本件は夫乙1の犯行であつて、被告人はその身代りであるというものであるが、その供述内容は、不自然、不合理であり、客観的事実に反する点もあつて、真実性に疑問がある。すなわち、「1」乙1が、わざわざ被告人の中国服及び黄土色半ズボンを着用して犯行に及んだとする点は、いかにも唐突、不可解であり、被告人に罪を着せることを企ててまで甲を殺害しなければならない動機、原因はない。「2」被告人が、乙1が「甲をやつちやつた」というのを聞き、血の付いた果物ナイフを見せられて、特段驚く様子も、殺害の事実を確かめることもなく、乙1に同情して身代りを承知したというのは、不自然である。 「3」その際、いかに被告人が社会常識に乏しいとはいえ、男なら死刑か、そうでなくても一〇年か二〇年の刑、女なら二、三年ですむ、金を作つて半年後位には迎えに行く旨の乙1の言辞を容易に信用したとは到底考えられない。「4」身代りを決意したのち、一一〇番通報をする前に予行演習として叔母丙6に電話したというのも不自然であり、同人の第一審証言とも相反する。「5」被告人が、乙1の犯行動機として指摘する甲の預金や生命保険金についての乙1の関心は、被告人の否認供述中に述べられているのみであつて、何らの裏付けもな 不自然であり、同人の第一審証言とも相反する。「5」被告人が、乙1の犯行動機として指摘する甲の預金や生命保険金についての乙1の関心は、被告人の否認供述中に述べられているのみであつて、何らの裏付けもないのみならず、仮りに乙1が甲の金銭や保険金目当てに犯行に及んだものとすれば、第三者の犯行を仮装するならともかく、妻である被告人に嫌疑をかけるような仮装をしたり、被告人に身代りを依頼し、犯行後間もなく警察に通報させるなどの所為に出ることは理解し難いところである(同第六の一)。 当審で取り調べた浦和拘置支所における被告人の同房者乙4、乙5、乙9こと乙7の各証言によれば、被告人は、当初、右同房者らに対し、自己が本件の犯人である旨、前記自白供述と同趣旨の話をしていたが、乙1が全然面会に来なくなり、手紙も寄越さないようになつたことに憤慨し、自分の執念で乙1に仕返しをしてやる、自分の代りに拘置所にぶち込んでやるなどと口癖のように言うようになり、乙4に相談し、事実及び証拠関係を詳細に同女に説明し、同女から乙1を犯人とした場合に不合理となる点や証拠関係と矛盾する点の有無を検討するなどの助力を受け、同女の担当弁護士の示唆により、自己の担当検察官に上申書を提出する一方、乙5に対し、検察官から取調べを受けたら、乙1がやつたように話すよう依頼したりしたことが認められ、これに対し、被告人は、当審公判廷において、乙4に話したのは本件の「真相」であつて、乙1を犯人に仕立てる相談をしたのではないと弁明しているが、被告人のいう「真相」が客観的な真実であり得ないことは明らかである。なお、被告人が甲に対する別件傷害事件を自発的に供述している点は、乙1が従前から甲に対し殺意を有していたものである如く印象付け、本件の犯人が乙1であることを裏付けるために、右傷害事件を利用したとの疑い お、被告人が甲に対する別件傷害事件を自発的に供述している点は、乙1が従前から甲に対し殺意を有していたものである如く印象付け、本件の犯人が乙1であることを裏付けるために、右傷害事件を利用したとの疑いがあり、却つて乙1犯人説の虚偽性を示すものである(同第六の二)。 (四) 以上のとおり、「1」被告人の昭和五〇年一一月二一日以降の自白供述の真実性には合理的疑いがあるとはいえず、充分信用に値し、「2」乙2の捜査段階における供述及び第一審第二一回ないし第二三回公判廷における証言(但し、一部を除く。)は、充分に信用でき、かつ、被告人の右自白を補強するに足りる証拠価値を有し、「3」これに反し、乙1が本件の真犯人であり、被告人はその身代りである旨の否認供述は、その信用性に強い疑問がある。そして、右「1」「2」及びその余の関係証拠を総合すれば、「甲を殺害した犯人は被告人であることが認められる。」然るに、第一審判決が右「1」「2」はいずれもその信用性に強い疑問があり、他に被告人を本件の犯人と認定すべき充分な価値ある証拠も存しないとして、被告人に対し無罪を言い渡したのは、証拠の評価を誤つた結果事実を誤認したものである。 よつて、第一審判決を破棄し、「本件については、原審で主張されている被告人の犯行当時の責任能力に関する点を含めて、さらに原裁判所において審理を尽くす必要があると認め」、本件を浦和地方裁判所に差し戻す。 四上告審(最高裁判所昭和五六年(あ)第五六五号)右破棄差戻判決に対し、被告人は、昭和五六年二月一〇日上告の申立をした。 弁護人らは、被告人の無実を主張して三四四頁に及ぶ上告趣意書を提出したが、最高裁判所第三小法廷は、同五七年一二月七日、「上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない」として の無実を主張して三四四頁に及ぶ上告趣意書を提出したが、最高裁判所第三小法廷は、同五七年一二月七日、「上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない」として上告棄却の決定をしたため、本件は再び第一審の浦和地方裁判所に係属するに至つた。 五原審(浦和地方裁判所昭和五八年(わ)第四六号) 1 審理経過差戻し後の第一回公判期日(昭和五八年七月六日)において、原裁判所は、差戻し前の第一審及び控訴審の手続を更新したところ、被告事件に対する陳述において、被告人は、「父の殺害については、私は全くやつていません」と申し立てた。 原裁判所は、被告人の本件犯行時の精神状態及び現在の精神状態につき鑑定人丙7による精神鑑定を施行したほか、被告人の身上、前科関係に関する証拠書類及び情状に関する証人五名を取り調べ、本人質問を施行した。本人質問の内容は、鑑定人丙7作成の精神鑑定書中に記載されている、鑑定の基礎とされた個々の事実に対する被告人の弁明ないし反論がその大半を占めている。 原審第七回公判期日(昭和六〇年二月二七日)において、検察官は、論告を行い、懲役一〇年を求刑し、同第八回公判期日(同年三月一三日)の弁論において、弁護人は、被告人の無罪を主張し、併せて前記精神鑑定書を批判し、被告人が有罪であるとしても、犯行時には心神喪失又は心神耗弱の状態にあつた可能性に論及した。 2 判決同第九回公判期日(同月二七日)において、原裁判所は、公訴事実につき被告人を有罪と認め、心神喪失又は心神耗弱に関する主張を排斥して、「被告人を懲役七年に処する。未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入する。押収してある果物ナイフ一丁(同庁昭和五八年押第一四号の一)を没収する。」旨の判決を言い渡した。 第二当裁判所の判断一破棄判決の拘 懲役七年に処する。未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入する。押収してある果物ナイフ一丁(同庁昭和五八年押第一四号の一)を没収する。」旨の判決を言い渡した。 第二当裁判所の判断一破棄判決の拘束力について 1 原判決の説示原判決は、「弁護人の主張に対する判断」の項において、被告人は甲を殺害しておらず、本件公訴事実につき無罪である旨の弁護人の主張に対し、第一次控訴審の破棄判決を援用して、大要次のような説示をしている。 第一次控訴審判決は、その理由中て、「1」被告人の司法警察員に対する昭和五〇年一一月二一日付、同月二二日付、同年一二月三日付、同月四日付(二通)、同月五日付及び検察官に対する同年一一月二二日付、同月二九日付、同年一二月五日付各供述調書中の自白供述の真実性には、合理的な疑いがあるとはいえず、充分信用に値する、「2」乙2の司法警察員に対する昭和五〇年一一月一五日付及び検察官に対する同年一二月四日付、同月八日付各供述調書中の供述内容並びに第一次第一審第二一回ないし第二三回公判調書中証人乙2の供述記載(但し、本件犯行直後被告人が寝室の六畳間に入つて来たとき、果物ナイフを手に持つていなかつた、ないし持つているのを見た記憶がない旨の供述及びその時の被告人の服装に関する供述を除く。)は、充分信用することができ、かつ、被告人の右自白を補強するに足りる証拠価値を有する、「3」これに反し、乙1が本件殺人の真犯人であり、被告人はその身代りであるとする被告人の検察官に対する昭和五一年七月一九日付供述調書中の否認供述及び第一次第一審第七回ないし第九回、第一七回ないし第一九回、第二四回各公判調書中の被告人の供述記載並びに被告人の当審公判廷における供述は、いずれもその信用性に強い疑問がある、「4」そして、右「1」「2」の各証拠にその余の関係証拠 、第一七回ないし第一九回、第二四回各公判調書中の被告人の供述記載並びに被告人の当審公判廷における供述は、いずれもその信用性に強い疑問がある、「4」そして、右「1」「2」の各証拠にその余の関係証拠を総合すれば、甲を殺害した犯人は被告人であることが認められる旨判示し、第一次第一審判決を破棄しているのである。 原判決は、右のように説示した後、更に次のような結論を示している。 「そうすると被告人が甲を殺害したという事実判断は当裁判所を拘束するものといわなければならないから、当審において取り調べた新たな証拠によつて、あるいは、右新たな証拠と既に控訴審までにおいて取り調べられた証拠とを総合して、右控訴審認定の事実と異なる事実が認定されるのであれば格別、そうでなければ、右判断と異なる認定をすることは許されない。そこで当審において取り調べた証拠を検討しても、その中に右控訴審の認定を覆えすに足りる新たな証拠を見出すことはできない。したがつて、本件犯行の真犯人は乙1であつて、被告人は無罪であるとの弁護人の前記主張は理由がなく、これを採用することはできないい。」 2 右に対する判断<要旨第一>(一) 破棄判決の破棄の理由とされた事実上の判断が拘束力を有することはいうまでもないところ、その拘束</要旨第一>力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、右判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、何ら拘束力を有するものではない(最高裁判所昭和四三年一〇月二五日第二小法廷判決、刑集二二巻一一号九六一頁)。このことは、上級審の裁判所の裁判における判断に拘束力を認める(裁判所法四条)趣旨が、上級審の裁判所と下級審の裁判所との間の判断の不一致により事件が際限なく審級間を上下することによる遅延を防止するにあること は、上級審の裁判所の裁判における判断に拘束力を認める(裁判所法四条)趣旨が、上級審の裁判所と下級審の裁判所との間の判断の不一致により事件が際限なく審級間を上下することによる遅延を防止するにあることから当然に導かれる帰結といえよう。けだし、右の目的を達するには、当該不一致の部分、すなわち、上級審の裁判所が下級審の裁判所の判断に否定的消極的判断を示した部分に限り、上級審の裁判所の判断に優越性を認めれば足りるからである。 (二) これを本件について見るに、第一次控訴審判決が破棄の直接の理由としているのは、第一次第一審判決が「丙8」被告人の自白供述及び「丙9」乙2の捜査、公判段階における各供述の信用性には強い疑問があるとした判断を誤りであるとする消極的否定的判断であり、従つて拘束力を生ずる範囲は、右の判断部分に限られるものと解すべきである(第一次第一審判決は、さらに、「丙10」右「丙8」「丙9」の各証拠を除いては、他に被告人を本件殺人の真犯人と認定すべき充分な価値ある証拠も存しない旨の判断をも示しているが、第一次控訴審判決は、右「丙8」「丙9」の各証拠を除外すること自体を誤りとしているため、前提を異にする右「丙10」の判断については、肯定も否定もしていないから、この点に関しては拘束力を生ずる余地がない。)。 これに対し、原判決の援用している第一次控訴審判決の前記1の「1」「2」の判断、すなわち右「丙8」「丙9」の各供述の信用性を肯認できるとして説示している諸点(なお、同「3」の判断、すなわち被告人の否認供述の信用性には強い疑問があるとする点は、右「1」「2」の判断と表裏一体の関係にあるものである。)は、前記消極的否定的判断を導き出すための前提として、あるいは、右判断を正当ならしめるための縁由として説示された積極的肯定的判断であつて拘束力を 1」「2」の判断と表裏一体の関係にあるものである。)は、前記消極的否定的判断を導き出すための前提として、あるいは、右判断を正当ならしめるための縁由として説示された積極的肯定的判断であつて拘束力を有するものではない。従つて、右「1」ないし「3」から導びかれる結論としての同「4」の積極的肯定的判断、すなわち「甲を殺害した犯人は被告人であることが認められる」とする点については、拘束力を生ずべきいわれはないものというべきである。 <要旨第二>(三) してみると、原判決が、第一次控訴審判決の「被告人が甲を殺害したという事実判断は当裁</要旨第二>判所を拘束するものといわなければならないから、(中略)右判断と異なる認定をすることは許されない」と判示している点は、拘束力に関する法令の解釈を誤つたものであることが明らかである。 そして、第一次控訴審判決中拘束力を有するものと認められる判断部分、すなわち、被告人の自白供述及び乙2の捜査、公判段階における各供述の信用性には強い疑問があるとした第一次第一審判決の判断を誤りとして否定している点について考察すると、右の判断が、第一次第一審における弁論終結時までの証拠関係を前提として、第一次第一審裁判所のしたそれらの証拠に対する価値判断ないしは証明力の評価の当否を事後的に審査した結果を示したものであることは、刑事控訴審の構造に照らし、自明のことであり、第一次控訴審裁判所のした事実の取調べは、刑訴法三九三条一項但書による場合をも含め、右の事後審査のために行われたものであることもいうまでもないところである。ところで、原裁判所は、公判手続の更新に準ずる手続により、右第一次控訴審における事実の取調べの結果を被告事件についての証拠として取り入れているほか、新たに証拠書類及び人証の取調べ並びに被告人の精神状態の鑑定を施行 所は、公判手続の更新に準ずる手続により、右第一次控訴審における事実の取調べの結果を被告事件についての証拠として取り入れているほか、新たに証拠書類及び人証の取調べ並びに被告人の精神状態の鑑定を施行している(前記第一の五の1)。そして、原裁判所が新たに取り調べた証拠の大半は犯行時における被告人の責任能力及び情状に関するものであるとはいえ、その中には、第一次控訴審判決が前示の消極的否定的判断をするに際し縁由とした事項と相反するもの、たとえば、第一次控訴審判決が、犯行時の被告人の着衣に血痕の付着が認められないことを説明する理由の一つとして、同審における事実の取調べの際、証人乙1が、被告人が犯行後着替えをして犯行時の着衣を洗濯機で洗つたような気がすると述べている事実を援用しているのに対し、炊事、洗濯等すべて父がやつてくれたので、米のとぎ方、炊飯器のスイツチの入れ方、洗濯機、掃除機の扱いを知る努力もせず、これらの機器に触つたこともなく、父が何度か教えようとしたが、「いいよ、難かしいわよ」と断つていた旨の被告人の供述(原審第六回公判廷、記録第一三冊二九四八丁の七四裏ないし七五裏)などが含まれているのである。このように、原裁判所としては、被告人の自白供述並びに乙2の捜査段階及び第一次第一審公判段階における各供述の信用性に関しても、新たに証拠調べをしているのであるから、これらの点についても、第一次控訴審判決に示されたものとは異なる縁由的事実を認定し、もつて右自白ないし供述の信用性を否定する自由が残されていたものであり、従つて、関係証拠を総合評価して、公訴事実につき犯罪の証明が充分でないと判断することが可能であつたものといわなければならない。 (四) 以上のとおり、原判決は、破棄判決の拘束力に関する解釈を誤つたものである。しかし、原審における訴訟手続 につき犯罪の証明が充分でないと判断することが可能であつたものといわなければならない。 (四) 以上のとおり、原判決は、破棄判決の拘束力に関する解釈を誤つたものである。しかし、原審における訴訟手続及び原判決の構成を見れば明らかなように、原裁判所は、原審第一回公判期日において第一次控訴審の手続を含めて従来の公判手続を更新し、自ら取り調べた証拠に基づいて独自に心証を形成したうえ、罪となるべき事実を認定判示し、証拠の標目を掲げ、法令を適用して主文の有罪判決を導いているのである。結局、原判決は、その「弁護人の主張に対する判断」の中では破棄判決の拘束力につき誤つた説示をしているが、判決書全体の構成を見れば、右説示にもかかわらず、関係証拠を仔細に吟味検討し、独自に心証を形成しているのであつて、右心証形成過程に拘束力に関する誤解が介在していたとしても、後記のように、原判決の事実認定が支持するに足りるものである以上、右訴訟手続の法令違反は、いまだ判決に影響を及ぼすことが明らかであるというを得ず、原判決破棄の理由とはなし得ない。 二事実誤認の論旨について 1 論旨の大要論旨は、要するに、甲を殺害した犯人は乙2(乙1)乙1であつて被告人ではないから、本件控訴事実につき被告人は無罪である、というのである。 所論は、本件においては、被告人又は乙1のいずれが犯人であるかの決め手となるような物証を欠き、本件を被告人の犯行であるとする被告人の自白供述及びこれに沿う乙1の供述と、これを乙1の犯行であつて被告人はその身代りであるとする被告人の否認供述とが完全に対立しており、従つて、そのいずれに信用性を認めるかによつて有罪、無罪の結論を異にする関係にあるところ、およそ供述の信用性を判断するに当たり最も重要なことは、当該供述において語られている事実と客観的に痕跡 おり、従つて、そのいずれに信用性を認めるかによつて有罪、無罪の結論を異にする関係にあるところ、およそ供述の信用性を判断するに当たり最も重要なことは、当該供述において語られている事実と客観的に痕跡として残されている事実との整合性を科学的に検証することであるとして、被告人の自白供述及び乙1の供述中所論の整合性に欠ける部分を個々に指摘し、その信用性を争つている。すなわち、(一)被告人の自白供述に関しては、「1」被害者は、被告人がその背中を突き刺した果物ナイフを引き抜いた後も、中腰の姿勢のまま立つていたというが、そのようなことは、力学的に見て絶対にあり得ない(そのことにつき鑑定を求める。)、「2」被告人の述べる犯行態様からは、浴槽の蓋の上に付着した血痕の成因を説明することはできない、右血痕は、犯人である乙1が犯行後被害者の様子を見るため浴槽の蓋の上に登つた際、手にしていたナイフから滴下したものと考えるのが合理的である(右血痕が、第一次控訴審判決の指摘するように被害者の創口から飛散した飛沫痕か、血の付いたナイフを持つた乙1が浴槽の蓋の上に登り、身体の向きを変えた際の運動等による滴下痕であるかの鑑定を求める。)、「3」風呂場出入口のマツト付近に血液の滴下痕のあることから、犯人は犯行後血の付いたナイフを手にして同所に佇立していたことが窺われるから、被告人が犯人であるとすれば、自白供述にあるように、ナイフを引き抜いた後の被害者の様子を見ていないとか、その呻き声や倒れる音を聞いていないということはあり得ない(右血痕が滴下痕であることの鑑定を求める。)、(二)乙1の供述に関しては、鑑定の結果、被害者の死因が胸大動脈刺切による失血と判定されていることに鑑み、犯行直後に乙1が被害者の様子を見に行つた際、同人が既に完全に死んでいたというのは明らかに不合理であ 1の供述に関しては、鑑定の結果、被害者の死因が胸大動脈刺切による失血と判定されていることに鑑み、犯行直後に乙1が被害者の様子を見に行つた際、同人が既に完全に死んでいたというのは明らかに不合理である(右の創傷による失血の場合、どの位の時間的経過によつて乙1の供述するような死体の状態になるかについての鑑定を求める。)、などがその主要な点である。 2 右に対する判断記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて原審事実認定の当否を審査するに、原判決の挙示する関係証拠を総合すれば、本件が被告人の犯行にかかるものであるとの点を含め、原判示事実は優に肯認するに足りるのであつて、所論に鑑み、その指摘する諸点を充分吟味、検討してみても、いまだ右の判断に合理的疑いをさし挿むに由ないところである。以下、その理由につき補説する。 3 補説(一) 本件が発生したのは昭和五〇年一一月一五日であり、同年一二月六日の公訴提起以後一〇年有余を経過し、四回に亘る各審級の審判を通じて、本件が被告人の犯行にかかるものであるか否かが一貫して争われて来たのである。 そして、従前の審理経過からも明らかであり、かつ所論も指摘しているように、本件においては、「1」これを被告人の犯行であるとする被告人の捜査段階における自白供述及び第一次第一審第一回公判期日における一部自白の供述(犯行自体は認め、動機については不明、殺意は否認するという。以下、両者を併せて「被告人の自白供述」と総称する。)並びにこれに沿う乙2(乙1)乙1の捜査、公判段階における各供述と、「2」本件の真犯人は乙1であり、被告人はその身代りであるとする被告人の検察官に対する昭和五一年七月一九日付供述調書及び第一次第一審第七回公判期日以降における各公判供述(以下両者を併せて「被告人の否認供述」と 真犯人は乙1であり、被告人はその身代りであるとする被告人の検察官に対する昭和五一年七月一九日付供述調書及び第一次第一審第七回公判期日以降における各公判供述(以下両者を併せて「被告人の否認供述」と総称する。)とが対立しており、従つて、右各供述に対する信用性の評価が争点の中心となつているのである(もとより、信用性の評価といつても、右「1」「2」を単純に比較するのではなく、右「1」については、それが有罪認定を支えるに足りる程度の信用性を有するか否か、「2」については、それが有罪認定に対する合理的疑いとなり得る程度の信用性を有するか否かが問われることはいうまでもない。以下、これらの供述の信用性を論ずる際も、当然右の趣旨である。)。 (二) 所論は、被告人の自白供述及びこれに沿う乙1の供述中、客観的に痕跡として残されている事実と整合性を有しないと見られる諸点を指摘しており、これらについては後に判断を示すこととするが、従来右各供述及び被告人の否認供述に関して論じられて来た点は右に尽きるものではなく、きわめて多岐に亘つている(所論は、これらの論点に触れている上告趣意書についても論及しているが、それが控訴趣意として上告趣意書の記載を引用する趣旨であるとすれば、かかる引用は不適法である。)。 そして、一般に、信用性の高いと見られる供述であつても、それが全面的に客観的真実と合致するものとは限らず、供述者の知覚、記憶、再現の不正確(錯覚、記憶違い、叙述の不正確など)あるいは故意による虚構などにより、一部客観的真実に反する部分が混入することも稀ではない。そのような場合であつても、客観的真実に反する部分が特定され、その原因が明らかであり、かつ、それが供述の他の部分の真実性に影響を及ぼさないことが確定できれば、供述全体の信用性が否定されることにはならないので 場合であつても、客観的真実に反する部分が特定され、その原因が明らかであり、かつ、それが供述の他の部分の真実性に影響を及ぼさないことが確定できれば、供述全体の信用性が否定されることにはならないのである。換言すれば、所論のように、供述の一部に客観的事実と符合しない点があるというだけでは必ずしも供述全体の信用性を否定する論拠とはなし得ないのであつて、そのためにはより全体的な考察が必要である。 (三) 本件において、被告人及び乙1の供述の信用性を全体的に考察する上で特に留意しなければならないのは、次の諸点である。 (1) 被害者の死亡は他殺によるものであつて、自然死、事故死、自殺と認むべき証拠はない。 (2) 被害者が殺害されたのは、被害者方風呂場内であつて、他の場所で殺害された後、同所に死体が搬入されたものと認むべき証拠はない。 (3) 犯行時刻当時、被害者方内に居たのは、被害者の外、被告人とその夫乙2のみであつて、第三者が浸入したものと認むべき証拠はない。 (4) 右(1)ないし(3)から帰納される結果として、被害者を殺害したのは、被告人及び乙1以外の者ではあり得ない。 (5) 被告人と乙1とが実行共同正犯、共謀共同正犯、その一方が教唆犯ないし幇助犯、その一方又は第三者が間接正犯であると認むべき証拠はない。 (6) 以上の帰結として、本件の犯人は被告人か乙1かいずれか一方であり、他方は犯人ではない。逆に、そのいずれか一方が犯人でない場合には、残つた方が犯人である。 もとより、以上は、事実関係を実体的に観察した場合のことであり、訴訟法的視点を加えれば、右のほか、被告人及び乙1の双方につき、犯罪の証明が充分でないとして、有罪の裁判をなし得ない場合のあることも考慮する必要がある。しかし、本件においては、被告人の自白供述及びこれを補強する を加えれば、右のほか、被告人及び乙1の双方につき、犯罪の証明が充分でないとして、有罪の裁判をなし得ない場合のあることも考慮する必要がある。しかし、本件においては、被告人の自白供述及びこれを補強する乙1の供述に信用性が認められれば、被告人に対する有罪の証明としては充分であるし、乙1に対しては、もともと公訴が提起されていないのであるから、同人を有罪とするに足りる犯罪の証明があるか否かを論ずる必要はなく、同人に対する犯罪の嫌疑が、被告人の有罪認定を妨げる合理的な疑いの域に達しているか否かという観点から検討すれば足りるのである。そして、所論も指摘しているように、被告人の自白・否認供述と乙1の供述の信用性に対する判断は、表裏一体の関係にあるのである。 (四) そこで、更に進んで、被告人と乙1のそれぞれにつき、本件犯行との結び付きを示すものと見られる情況的事実の存否を検討する。 (1) 被告人には、甲を殺害すべき動機があつたものと認められる。 原判決は、被告人の犯行動機として、被告人は、犯行前日甲と喧嘩した際、同人から髪を掴まれ、壁に押しつけられたうえ引き倒されるという暴行を受けたことを思い出し、同人が、乙1との結婚に反対し、日ごろ乙1を馬鹿にしているほか、その言行に不一致が見られるうえ、被告人の忌み嫌う精神分裂病の母丙1を病院から連れ戻し、乙1との平穏な結婚生活を乱そうとしているのではないかと不安に駆られ、甲に対する憎悪の念を高めるうち、同人を亡き者にすれば幸福な家庭を築き得るものと考え、同人の殺害を決意したものと認定している。第一次第一審判決は、これらの動機につき、前提となる事実関係を認め得ないとか、犯行前夜の喧嘩についても、非は被告人の側にあり、甲を恨む理由にならないとか、その後平静、円満な親子関係が回復されているので殺害の動機となり得な れらの動機につき、前提となる事実関係を認め得ないとか、犯行前夜の喧嘩についても、非は被告人の側にあり、甲を恨む理由にならないとか、その後平静、円満な親子関係が回復されているので殺害の動機となり得ないなどの理由を掲げて否定的判断を示しているが、第一次控訴審判決の指摘するように、犯行前日の喧嘩の原因及び状況については、臨場した警察官乙8において甲らから直接事情を聴取し、一部現認していることから、これを客観的に認定し得るし、一旦、円満な親子関係が回復されたとしても、喧嘩の原因となつた丙1の帰宅問題に絡む被告人の不安が全く解消されていないことも事実である。また、被告人が平素甲を憎悪し、しばしば親子喧嘩を繰り返していたことは、被告人の赤色表紙婦人手帳(当庁昭和六〇年押第二〇九号の符号三一)の記載からも、看取するに難くないところである。もつとも、以上のような事情があるからといつて、それだけでは直ちに殺意の形成に結びつくとは限らないけれども、これに、後記のような被告人の性格、性癖、丙2錠の大量服用による薬物の影響などを併せ考えると、被告人の甲に対する不満はいつ爆発するかも分からない状態にあり、同人殺害の動機があつたことは充分認められるとする第一次控訴審判決の指摘は正当である(ちなみに、本件は、激情型の犯罪というよりも、冷静かつ計画的殺人ではないかとの疑いもある旨の第一次第一審判決の指摘が的外れであることについても、第一次控訴審判決の説示するとおりである。)。 (2) 被告人は、短気で、激昂し易い性格である。 このことは、関係者の供述にも現われているし、後記(3)の行動や、本件後における丙5に対する監禁、強制猥褻事件にも現われている(ちなみに、原審における精神鑑定の結果によれば、被告人は、「知能がやや低く、顕示性(空想虚言性)を主徴とし、爆発性、 記(3)の行動や、本件後における丙5に対する監禁、強制猥褻事件にも現われている(ちなみに、原審における精神鑑定の結果によれば、被告人は、「知能がやや低く、顕示性(空想虚言性)を主徴とし、爆発性、情性欠如性の傾向をも有する異常性格者」であるという。)。 (3) 被告人には、刃物を使用して自傷・他害行為に及ぶ性癖がある。 まず、(イ)自傷行為としては、(1)昭和五〇年七月半ころ、甲が乙1との結婚を認めてくれないことに抗議して、当時乙1と同棲中のi駅近くのマンシヨンでカミソリで太股を切つたことがあり、そのことが契機となつて甲も乙1との結婚を認め、両名を甲方に同居させるようになつたことがあるほか、(丙12)同年一一月一四日、すなわち本件犯行前日、前示甲との喧嘩の際、興奮の余り、カミソリで自己の左手首を切つている。次ぎに、(ロ)他害行為としては、(1)昭和四一年三月七日、新宿区k町のジヤズ喫茶店の客席において丙11の左頸部に果物ナイフで切りつけて全治一〇日間の傷害を負わせ、東京家庭裁判所において保護観察処分に付されているほか、(丙12)昭和五〇年八月六日、甲方六畳間(当時は同人が使用しており、本件犯行当時は被告人夫婦が使用していた部屋)において、同人の背後から小刀様の刃物でその背中を二回突き刺し、同人に対し加療一一日間を要した左肩部及び左肩甲部切挫創の傷害を負わせたことがある(甲が被害の原因を黙秘したため、刑事事件となるに至らなかつた。)。 (4) 被告人は、長期に亘り丙18、丙2等の薬物を濫用しており、本件犯行当時も、丙2の作用により軽度の酩酊状態にあり、思慮、抑制力が多少低下していた。 (5) 以上に対し、乙1には、甲を殺害すべき動機が認められない。 すなわち、(イ)甲は、乙1がヒツピー風の風体で無為徒食の怠惰な生活を送つていること 態にあり、思慮、抑制力が多少低下していた。 (5) 以上に対し、乙1には、甲を殺害すべき動機が認められない。 すなわち、(イ)甲は、乙1がヒツピー風の風体で無為徒食の怠惰な生活を送つていることを快く思わず、被告人や濱名喜美代に対し乙1の悪口を言つたり、乙1に対し就職することを勧めたりしているが、乙1の方では、甲に対し反抗的言動に出るようなことはなく、争いを起こしていない。犯行前日の親娘喧嘩の際も、甲は、臨場した警察官に対し、「乙1は私の言うことをよく理解してくれる」旨語つているのである。乙1と甲との間に、殺害の動機となるほどの不和があつたものとは認められない。(ロ)これに対し、被告人は、乙1の金銭に対する執着心が、甲を殺害した動機であるかの如く主張する。しかし、(1)本件犯行後の乙1の行動、すなわち、甲の香典を生活費等に費消したこと、甲名義の丙13銀行丙14支店の定期預金を解約して、l駅前付近の銀行に乙1名義の普通預金として預け入れたこと、甲所有の掛軸を鑑定名下に友人の親に預けていることなど(なお、被告人の主張する、l駅前の銀行の被告人名義の普通預金を乙1名義に移し変えたとの点は、銀行調査の結果、該当する取引のないことが明らかである。司法警察員作成の昭和五三年七月三日付「検察官指示にもとづく調査結果について」と題する書面並びに株式会社丙15銀行丙16支店長及び株式会社丙17銀行l支店長作成名義の各回答参照)は、本件犯行前から乙1がそのような意図を有していたことの証拠となるものではない。(丙12)また、本件犯行前に、乙1が甲の資産等に異常な関心を寄せていたとの証跡も窺い難い。たしかに、乙1は、甲の入院中に、同人がわざわざ開けないようにと電話で指示して来たにもかかわらず、同人所有の革鞄を刃物で切り開き、在中の書類や印鑑を調べるなどの所 心を寄せていたとの証跡も窺い難い。たしかに、乙1は、甲の入院中に、同人がわざわざ開けないようにと電話で指示して来たにもかかわらず、同人所有の革鞄を刃物で切り開き、在中の書類や印鑑を調べるなどの所為に出ているが、、乙1の供述によれば、それは被告人の出生関係を探るためであつたというのであり、資産関係の書類が在中していたという証跡はない。また、被告人は、乙1が、甲の生命保険のことをしきりに聞いていたと主張するが(乙1はこれを否定している。)、甲が多額の生命保険に加入していた事実はなく(司法警察員作成の昭和五一年七月一六日付「殺人被疑事件裏付捜査について」と題する書面参照)、乙1が、甲の生命保険金の入ることをあてにしていたものと認むべき証拠はない。(iii)のみならず、本件が、甲の生命保険金や預金その他の資産目当ての犯行であるとすれば、事故死あるいは第三者の犯行による死亡であることを装おうための工作を行うのが当然であり、同居の家族以外に犯人の居ないことが歴然としている本件のような犯行態様となる筈がない。本件により、甲が死亡し、被告人が勾留されたため、もっぱら甲の出費をあてにして無為徒食の生活を送つていた乙1はたちまち生活費に窮し、前記(i)のような行動に出ているのであつて、求めてそのような窮地に陥るような犯行を企図するというのは不合理である。本件の犯行態様は、それ自体、本件が金銭目当ての計画的なものではなく、激情による突発的犯行であることを示している。(ハ)本件犯行当時は、被告人と乙1は互いに愛し合つていたのであつて、乙1が、被告人を陥れ、殺人の罪を被せるために犯行に出るという可能性も全く考えられず、そのようなことをしても乙1は何ら得るところがない。また、そのような目的であれば、乙1としては、被告人の裁判の帰趨に重大な関心を寄せる筈であつ を被せるために犯行に出るという可能性も全く考えられず、そのようなことをしても乙1は何ら得るところがない。また、そのような目的であれば、乙1としては、被告人の裁判の帰趨に重大な関心を寄せる筈であつて、裁判中に二年間も所在不明となり、自らに嫌疑を招くような行動に出るというのも不自然である。以上のように、どのような観点からしても、乙1には本件犯行に出るだけの動機が認められない。 (6) 乙1には、刃物を使用して人を殺傷した前歴はない。 (7) 長期間に亘り丙18、丙2などの薬物を濫用し、本件犯行当時も、丙2の服用による影響を受けていた点では、乙1も被告人と同一の条件下にあつたものと認められる。 (五) 以上は、できる限り被告人又は乙1の供述を用いず、客観的資料に基づき、本件犯行と両名の結びつきを示す情況的事実を検討したものであり、これによれば、乙1については、本件犯行との結びつきを示す情況が殆ど窺われないのに対し、被告人が犯人であることを窺わせる情況の多いことは否めないところである。 そこで、右(三)、(四)において考察した結果にも留意しつつ、被告人の自白供述及びこれに沿う乙1の供述と、被告人の否認供述の信用性につき、検討することとする。 これらの点については、既に第一次第一審判決及びその判断を誤りであるとする第一次控訴審判決において詳しく論じられており、その概要は、さきに前記第一の「本件の審理経過等」の項に摘記したとおりである(前記第一の二の2及び同三の2参照)。そして、第一次控訴審判決のした判断は、その理由説明の細部につき若干補説を要する点はあるにせよ、関係証拠に照らしてみて充分首肯するに足りるものがあり、その後になされた原審における証拠調べ及び当審における事実取調べの結果を加えて更に検討しても、その結論に消長を来たすことはない。 点はあるにせよ、関係証拠に照らしてみて充分首肯するに足りるものがあり、その後になされた原審における証拠調べ及び当審における事実取調べの結果を加えて更に検討しても、その結論に消長を来たすことはない。 (1) すなわち、第一次控訴審判決は、乙1の第一次第一審第二一回ないし第二三回公判廷における供述に関し、供述内容の変遷の経過及びその理由を詳細に検討し、その一部(すなわち、本件犯行直後被告人が寝室の六畳間に入つてきたとき、果物ナイフを手に持つていなかつた、ないし持つているのを見た記憶がない旨の供述及びその時の被告人の服装に関する供述)を除き、その信用性を肯認している。しかし、乙1は、甲の死亡と被告人の勾留とによつて生活の基盤を失つたことから、公判係属中の被告人を見捨てるような形で所在不明となつてしまつたものであり、少くとも手紙などによる激励くらいはできた筈なのにそれすらしていないのであつて、被告人からその不実を責められても止むを得ない立場にある。そのうえ、所在不明となるまでの間に、甲の預金や香典まで生活費等に費消しているのであつて、これらの点を追及されると自己弁護的な供述に終始している感を免れない。このように、被告人に対する一種の疚しさがあるうえ、事件発生後二年以上経過し、当時の記憶も薄れた時点で事実関係の細部につき追及され、被告人から自己が本件の真犯人であると指摘されていることまで告げられて問い詰められたため、投げやりな供述や開き直りの供述をしている部分も多々見受けられる。従つて、乙1の右公判供述中、第一次控訴審判決が明示的に除外した部分はもとより、捜査段階で述べていなかつた本件公訴提起後の事情に関する部分及び捜査段階における供述と異なる供述をしている部分の信用性も、さして高いものということはできない。しかし、これらの部分の信用性が低い り、捜査段階で述べていなかつた本件公訴提起後の事情に関する部分及び捜査段階における供述と異なる供述をしている部分の信用性も、さして高いものということはできない。しかし、これらの部分の信用性が低いことには判然した理由が認められ、従つて、それ以外の部分、すなわち捜査段階の供述と一致している部分の信用性に影響を及ぼすものではない。第一次控訴審判決が、乙1の第一次第一審証言には、「表現の暖昧未熟さがあり、また若干の点につき動揺・変更はあるものの(中略)、結局、内容的には、さきに引用した同人の検察官に対する昭和五〇年一二月四日付供述調書の基本線に沿つて一貫したものとしてこれを理解することができ、しかも、被告・弁護人側の反対尋問にも耐えたもので、ゆうに信用することができる」旨説示しているところは、当裁判所の右判断とおおむね一致するものと解し得るし、また、その限度において支持するに足りるというべきである。 そして、右と同様のことは、事件発生後四年余を経過した第一次控訴審第八回、第九回各公判期日、同じく一〇年半余を経過した当審第二回公判期日における乙1の各供述の信用性に関しても、一層強く当てはまるものというべきである。それ故、当審弁護人が弁論要旨において援用しているように、乙1の当審供述中に従前と異る供述が含まれているとしても、そのことから直ちに乙1の捜査段階における供述の信用性が左右されることはない。 なお、甲の傷害部位が心臓に近い胸部大動脈であることに鑑みると、所論(前記第二の二の1の(二)参照)にもかかわらず、同所を刺切したことによる出血のため、速やかに失血死を来たす蓋然性は高いものと考えられ、同人の様子を見に行つた際、同人が既に完全に死亡していたという乙1の供述が明らかに不合理なものであるとはいい得ない。 (2) 被告人の否認供述に信用 やかに失血死を来たす蓋然性は高いものと考えられ、同人の様子を見に行つた際、同人が既に完全に死亡していたという乙1の供述が明らかに不合理なものであるとはいい得ない。 (2) 被告人の否認供述に信用性を認め得ないことについては、第一次控訴審判決の詳細に説示するところであつて、これにとくに附加すべき事項はない。 (3) 被告人の自白供述の信用性を肯認し得る理由についても、おおむね第一次控訴審判決の指摘するとおりであるが、その信用性に疑いを抱かせる事由として、所論(前記第二の二の1の(一)の「1」ないし「3」)等で指摘されている諸点につき、項を改めて若干敷衍する。 (六) はじめに留意しておかなければならないのは、被告人の自白供述は、犯行の結果までをも含め、その一部始終を完全に再現したものではないということである。従つて、それは、犯行現場に残された客観的状況のすべてを洩れなく説明し尽くすものではなく、逆に、客観的状況の中に被告人の自白供述によつては説明し切れない点が含まれているからといつて、直ちに右供述の信用性が失われるということにはならないのである。 以上の点を念頭に置きつつ、以下、所論につき順次考察する。 (1) 所論は、被告人が力をこめて果物ナイフを背中に突き刺し、これを引き抜くまでの間、甲が中腰のままで立つているということは、力学的に見て絶対にあり得ないことであると主張し、被告人の自白供述の信用性を疑う一つの理由としている。 しかし、甲は、風呂場の内側に向かつて開かれたドア(蝶番は風呂場前の通路から見て、向つて左側に付いている。)の外側で刺され、ドアの右端を回つてドアの内側へ入り込み、閉まつたドアに内側から背をもたせかけるようにして倒れていたのである。もとより、甲が刺されてから倒れるまでに具体的にどのような動きをしたものである で刺され、ドアの右端を回つてドアの内側へ入り込み、閉まつたドアに内側から背をもたせかけるようにして倒れていたのである。もとより、甲が刺されてから倒れるまでに具体的にどのような動きをしたものであるかを示す証拠のないことはさきに指摘したとおりであるが、最小限、右に述べたような動きがなければ、発見時のような状態とはなり得ない。してみると、甲は、その過程の途中までは立つた状態であつたものと考えられ、他方、被告人が果物ナイフを突き刺してからこれを引き抜くまでの時間はさして長いものではないことを考え併せると、刃物を抜いたときには甲はまだ倒れていなかつた旨の被告人の自白供述は、不自然でも不合理でもなく、何ら怪しむに足りないところである。 (2) 次ぎに、第一次第一審判決以来問題とされている、浴槽の蓋の上の血痕の付着原因について考察する。同判決は、その説明がつかないことを被告人の自白供述の信用性を疑う重大な理由の一つとしている。これに対し、第一次控訴審判決は、甲は、刺された後、風呂場内でドァを背にして倒れていることから、その間に背中が浴槽に向いて、噴き出した血液が浴槽の蓋の上に飛散したとみることも充分可能であると説明している。 要するに、この点については、被告人は目撃していないのであるから、自白供述の中にその説明が含まれていないからといつて、直ちに自白供述がその信用性を失うこととはならないのである。ただ、自白供述に述べられている犯行態様からでは、このような血痕の付着は起こり得ないことが明らかにされたとき、あるいは、血痕の付着状況から、それが被告人以外の者(本件では、乙1以外には考えられない。)の犯行によつて付着したものであることが合理的に推認できるとき、自白の信用性に対する合理的な疑いとなることがあり得るに過ぎない。 所論は、乙1が、甲の様子を (本件では、乙1以外には考えられない。)の犯行によつて付着したものであることが合理的に推認できるとき、自白の信用性に対する合理的な疑いとなることがあり得るに過ぎない。 所論は、乙1が、甲の様子を見るため、浴槽の蓋の上に登つたと述べている点を重視し、蓋の上の血痕は、その際、真犯人である乙1が右手に握つていた果物ナイフから滴下したものと見るのが合理的であり、血痕の付着状況は、乙1が浴槽の方に向かつて蓋の土に登り、次いで身体の向きを変えて甲の方を向く一連の動きによつて右手に握られた果物ナイフの描く軌跡と一致していると主張する。 しかし、乙1が浴槽の蓋の上に登つた際、その右手に犯行の用に供した果物ナイフを握つていたというのは弁護人の単なる推測であつて、これを裏付ける証拠は全くない。 弁護人は、問題の血痕が、第一次控訴審判決の指摘するような被害者の創口から飛散した血液によるものであるか、所論の推測するような乙1の動きに伴い果物ナイフから滴下した血液の痕跡と考え得るか否かについて、鑑定を求めるというのである。しかし、右事実の取調べの請求が刑訴法三八二条の二第三項後段所定のやむを得ない事由によつて原審で取調べ請求できなかつた旨の疎明を欠くものである点は暫く措くとしても、右浴槽の蓋の上の血痕は、司法警察員作成の昭和五〇年一一月二日付の検証調書では、その個数及び位置が現場見取図上に表示され、その大きさが粟粒大と記されているのみであつて、その形状は不明であり、これを推知し得るような写真も添付されていないのであるから、鑑定の基礎となる資料が不充分である。のみならず、前記のように、甲が最終的に発見当時の状態となるまでの間にどのように身体を移動させたかを確定するに足る証拠がない本件においては、仮りに右血痕がいわゆる飛沫痕とは認められないとの鑑定結果が得られ らず、前記のように、甲が最終的に発見当時の状態となるまでの間にどのように身体を移動させたかを確定するに足る証拠がない本件においては、仮りに右血痕がいわゆる飛沫痕とは認められないとの鑑定結果が得られたとしても、それは第一次控訴審判決の指摘した一つの可能性を排除するに過ぎず、また、仮りに右血痕が所論のような滴下痕であるとする鑑定結果が得られたとしても、他の原因によつて甲から滴下した可能性を排除するものではないから、それが直ちに果物ナイフから滴下したものであると断定するに由ないところである。それ故、所論鑑定を実施したとしても、被告人の自白供述の信用性に対する合理的な疑いとなり得るような結果が得られるものとは考えられない。 (3) 所論は、風呂場出入口のマツト付近にある血痕は滴下痕と考えられ、犯人が血の付いたナイフを手にして同所に佇立していたことを窺わせるから、被告人が犯人であるとすれば、ナイフを引き抜いた後の甲の様子を見ていないとか、同人の呻き声や倒れる音を聞いていないということはあり得ないとして、自白供述の信用性に疑問を呈している。 しかし、(イ)右血痕が所論のとおり被告人の手にした果物ナイフからの滴下痕であるとしても、現場に残された程度の血痕を生ずるのにさして長時間を要したものとは考えられない。被告人は、甲の背後から背中を一回突き刺し、そのナイフを引き抜いた後、同人のその後の様子も見届けないまま、自室に引き返したと述べており、それ自体異様な行動ではあるが、被告人の激情的性格と丙2の薬物中毒による影響とを考慮すれば、理解できない行動であるともいい得ない。そして、ナイフを引き抜いた後、同所に暫時滞留していたものとしても、その間、甲の動静を注視している必然性はなく、これを見ていないとする供述が、所論のいうほど不自然、不合理であるものとは考 い得ない。そして、ナイフを引き抜いた後、同所に暫時滞留していたものとしても、その間、甲の動静を注視している必然性はなく、これを見ていないとする供述が、所論のいうほど不自然、不合理であるものとは考えられない。また、被告人は、当時、前記薬物中毒の影響下にあつたことに加えて、犯行直後の興奮状態下にあつたことが明らかであるから、その知覚、記憶能力も完全であつたとはいい難く、甲の呻き声や倒れる音を耳にしても、これを明確に意識せず、あるいは記憶に残していないことも充分考えられるのであつて、これらの事情から、被告人の自白供述の信用性を疑うに由ないものというべきである。(ロ)逆に、前記血痕が被害者の創口から飛散した血液によつて生じたものであるとすれば、所論の疑問とする点は解消する代り、いわゆる返り血と被告人の着衣との関係が問題となる。この点は、所論とは関係ないが、従来重大な争点の一つとされて来ているので、ここで併せて検討しておくこととする。 然るところ、前記血痕は、風呂場のドアの前に敷いてあるマツトレスの全面に亘つて付着している訳ではなく、風呂場に向つてその右端から更にその右方の通路上にかけて付着しているのであるから、その位置関係に鑑み、飛散した血液が被告人の着衣に付着しなかつた可能性は充分認められるのである。 ところで第一次控訴審判決は、第一次第一審判決が、犯行当時被告人が着用していたと述べているどの着衣にも被害者の血液が付着していないことを被告人の自白供述の信用性を疑う理由の一つに挙げているのに対し、被告人が犯行後に着衣を着替えて洗濯機で洗つたような気がすると述べている乙1の第一次控訴審における供述を援用し、これを否定する根拠の一つとしている。しかし、乙1の公判廷供述中捜査段階における供述と異る供述の信用性がさして高いものと認められないことは がすると述べている乙1の第一次控訴審における供述を援用し、これを否定する根拠の一つとしている。しかし、乙1の公判廷供述中捜査段階における供述と異る供述の信用性がさして高いものと認められないことはさきに指摘したとおりであるところ、乙1は、検察官に対する昭和五〇年一二月四日付供述調書では、洗濯機で妻が物を洗つたことはないと述べているのである。そのことと、被告人が、原審公判廷において、洗濯機の動かし方を知らず、使つたことはないと述べていること、犯行後警察官が臨場するまでの時間及びこの間における被告人の興奮状態に照らし、着衣を洗濯するような時間的・精神的余裕の認められないこと、現場検証時における洗濯機の状況などを考え併せると、乙1の第一次控訴審におけるこの点の供述は到底措信ずるを得ない。第一次第一審判決の判断を否定する理由としては、前示のとおり第一次控訴審判決の挙げるもう一つの根拠、すなわち、現場における血液の飛散状況に照らし、被告人の着衣に血液が付着しなかつた可能性も認められるという点が妥当であり、かつ、それのみで充分である。 (4) 弁護人は、控訴趣意補充書の末項(「結語」)において、被告人の語る犯行状況が犯行後に残された痕跡と符合せず、あるいはこれを説明し得ていないとする事項を七点に亘り列挙している。 そのうち、「1」の浴槽の蓋の血痕についてはさきに判断したとおりであり、同「3」ないし「7」は被告人の関知しない事項であつて、自白供述中にその説明がないからといつて何らその信用性を疑わしめるものとはいい得ない。 そこで、残る「2」の点、すなわち、被害者居室の前の床上にあつた三個の血痕について補説することとする。 たしかに、本件犯行現場及び被告人が血の付いた果物ナイフを手にして歩いた経路からすると、被害者居室前に血痕の付着する理由は全く認 被害者居室の前の床上にあつた三個の血痕について補説することとする。 たしかに、本件犯行現場及び被告人が血の付いた果物ナイフを手にして歩いた経路からすると、被害者居室前に血痕の付着する理由は全く認められない。しかし、被告人は、前示のとおり、昭和五〇年八月六日にも、甲の背中を刃物で突き刺す傷害事件を起こしているのである(前記第二の二の3の(四)の(ロ)の(丙12)参照)。 その際、甲は、犯行現場である被告人らの居室(当時の被害者居室)から被害者居室(当時の被告人らの居室)に逃げ帰つた被告人の後を追うようにして同所に転げ込んでいるのである(被告人の検察官に対する昭和五一年八月二六日付供述調書)。してみると、前記血痕はその機会に付着したものと見るのが相当であり、右血痕が人目を引くような大きなものでなく、同所付近の掃除もなされた形跡のないことからすると、それが本件犯行当時まで残存していたとしても異とするに足りないところである。そうだとすれば、右血痕の存在は、被告人の自白供述の信用性に何らの消長をも及ぼすものではない。 (5) 以上のとおり、被告人の自白供述の信用性に疑問はない。 (七) 原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。 第三結語よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、同法一八一条一項但書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官船田三雄裁判官半谷恭一裁判官龍岡資晃)
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