主文 1被告は,原告に対し,275万円及びこれに対する平成14年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2原告のその余の請求を棄却する。 3訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1請求1被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成14年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2訴訟費用は被告の負担とする。 3仮執行宣言第2事案の概要本件は,原告が,被告の設立,所管する名古屋市立緑市民病院(以下「被告病院」という。)で,左乳腺腫瘍を乳癌と診断されて,乳腺4分の1切除術及び腋窩リンパ節郭清術(乳房温存療法)を受けたところ,手術後に良性の線維腺腫であることが判明したことにつき,被告病院の担当医師らには生検を行わずに癌と最終診断した注意義務違反があるなどと主張して,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として,慰謝料1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1前提となる事実当事者間に争いのない事実のほか,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によると以下のとおり認めることができる。 (1)原告(昭和26年4月21日生)は,平成3年6月12日,右乳腺腫瘍として被告病院の外科外来で生検を受け,良性と診断された。 平成8年ころ以降,原告は,左乳房に示指頭大の無痛性腫瘤があることに気づき,Aクリニックを受診したところ,左乳腺腫瘤と診断され,平成9年2月7日(以下,平成9年については月日のみを記載する。),被告病院の外科を紹介された。 (2)2月10日,原告は,被告病院の外科を受診し,B医師の診察 を受診したところ,左乳腺腫瘤と診断され,平成9年2月7日(以下,平成9年については月日のみを記載する。),被告病院の外科を紹介された。 (2)2月10日,原告は,被告病院の外科を受診し,B医師の診察を受けたところ,リンパ節の腫大はないものの,左乳腺外上領域の乳頭から3センチメートル離れた部位に直径1.5センチメートルの硬い腫瘤が触知された。B医師は,癌も否定できないと考え,乳房撮影及び乳腺エコー検査の指示をして,同日,乳房撮影を行った。 (3)2月14日,原告は,被告病院の外科を受診し,乳腺エコー検査を受けた。同月10日に行った乳房撮影では均一な腫瘤陰影が認められるものの,悪性としての典型的な石灰化像は認められず,乳腺エコー検査では,触診と一致する13.5ミリメートル×10.2ミリメートルの境界の比較的鮮明な腫瘤が認められた。B医師は,線維腺腫を疑ったものの,内部エコーに一部石灰化様の高エコーを認めたことから,悪性も否定できないと考え,同日,乳腺から穿刺液を採取して,穿刺吸引細胞診(以下,単に「細胞診」ともいう。)を依頼した。 (4)2月25日,B医師は,被告病院の外科を受診した原告に対し,穿刺吸引細胞診の結果,疑陽性と診断されたことを告げるとともに,大学の専門医に相談する予定であることを説明した。 同月27日,B医師は,名古屋市立大学のC教授に対し,原告の穿刺吸引細胞診で用いた標本(以下「本件標本」という。)及び同細胞診の検査依頼報告票(乙A1号証5頁。以下「本件報告票」という。)を示して診断を仰いだところ,C教授から「癌です。」との回答を得た。そのため,B医師は,原告及び原告の夫に対し,「大学の専門医より癌との診断を得たため,最終診断を癌として乳房温存療法(腋窩リンパ節郭清を含む)を予定したい。」旨説明し,手術について原告の同意を得 。そのため,B医師は,原告及び原告の夫に対し,「大学の専門医より癌との診断を得たため,最終診断を癌として乳房温存療法(腋窩リンパ節郭清を含む)を予定したい。」旨説明し,手術について原告の同意を得た。 (5)3月3日,原告は,被告病院の外科に入院した。B医師は,入院治療計画説明書に基づき,原告に手術について説明した。 同月4日,B医師は,原告に対し,乳腺4分の1切除術及び腋窩リンパ節郭清術を施行した(以下,これを「本件手術」という。)。本件手術終了後,切除標本の状態をみる目的で,切除した乳腺組織にメスを入れてその割面の所見を観察したところ,悪性ではない可能性が考えられたため,腫瘍本体を病理組織検査に提出した。 同月8日,上記病理組織検査の結果,線維腺腫であることが判明したため,B医師は,原告に対し,悪性ではなかったことを説明した。 同月18日,原告は,被告病院の外科を退院した。 (6)乳癌の診断及び乳癌手術について乳癌は乳腺組織の末梢乳管や腺房上皮から発生する癌腫であり,好発年齢は40歳代以降であり,平成8年の罹患率では45歳が最も高い(乙B5号証)。 乳癌の診断には,補助診断として,視診,触診,乳房単純X線撮影(マンモグラフィ)及びエコー検査が行われるが,最終診断には病理診断として,穿刺吸引細胞診又は生検(組織診)が行われる。穿刺吸引細胞診は,経皮的に乳腺腫瘤を穿刺し陰圧をかけて吸引採取した細胞材料をスライドガラスに吹き出し,これを固定した細胞標本によって良性悪性を判定するものであり,生検は,局所麻酔下に皮膚を切開し,腫瘤を周囲の健常組織を含めて切除(摘出生検)又は一部を切除(切除生検)して,腫瘍細胞が構築する組織によって判定を行う方法である(乙A3号証,乙B2,3号証)。 乳癌の手術としては,昭和62年ころから,大胸筋,小胸筋を切除しない 除(摘出生検)又は一部を切除(切除生検)して,腫瘍細胞が構築する組織によって判定を行う方法である(乙A3号証,乙B2,3号証)。 乳癌の手術としては,昭和62年ころから,大胸筋,小胸筋を切除しない胸筋温存乳房切除術が多く行われるようになったが,平成元年ころから,病巣を中心とした乳房の部分切除及び腋窩リンパ節郭清を行い,残存乳房に対して放射線治療を加える乳房温存療法が実施される例が増加した(乙B9,11号証)。平成11年に日本乳癌学会学術委員会が策定した乳房温存療法ガイドライン(乙B11号証)によれば,①腫瘤径3センチメートル以下,②広範な乳管内進展の所見がない,③多発病巣がない,④放射線照射が可能,⑤患者が希望するという5項目を満たす場合が乳房温存療法の適応とされている。 (7)線維腺腫について乳腺の良性腫瘍の1つであり,20歳代及び30歳代に好発する。乳管と間質の両者の増生を伴う混合腫瘍で,境界鮮明で表面平滑な,球形又は卵形の充実性腫瘍として触知される。乳腺エコー検査では,境界明瞭,辺縁平滑,縦横比小(横長),内部エコーは均一,後方エコーは増強傾向又は不変などの像がみられる(乙B4号証)。 2争点(1)癌と最終診断したことに関する注意義務違反の有無(原告の主張)ア本件の穿刺吸引細胞診の診断は疑陽性であったが,これを担当した被告病院の判定医(以下「本件判定医」という。)は,良性ではないかとの認識を持っており,少なくとも悪性との認識は有していなかったのであるから,B医師としては,良性の疑いを払拭するために適切な最終診断をすべき注意義務があった。 イ穿刺吸引細胞診の実施における注意義務違反(ア)穿刺吸引による細胞採取では,不適切な標本(固定不良や標本乾燥)による判定困難例が相当の割合で存在し,良性の細胞を悪性と誤診する可能性が指摘され た。 イ穿刺吸引細胞診の実施における注意義務違反(ア)穿刺吸引による細胞採取では,不適切な標本(固定不良や標本乾燥)による判定困難例が相当の割合で存在し,良性の細胞を悪性と誤診する可能性が指摘されている。不適切な標本による誤診を回避するためには,適切な標本を得られるように,穿刺吸引により採取した細胞の固定に留意して,乾燥を防止する必要がある。 本件の穿刺吸引細胞診では,標本の固定状況が不良で乾燥していた上に,良性を強く疑う疑陽性との判定であったから,B医師は,再度,適切な標本を得て診断をすべき注意義務を負っていたのにこれを怠った。 また,B医師から相談を受けたC教授は,固定状況の良い適切な標本の提出を求めてその上で自ら診断するか,B医師に対して再度穿刺吸引を行い適切な細胞標本により診断をするように助言すべきであったのに,これらを怠り,乾燥した不適切な本件標本により軽率に悪性腫瘍と診断した。 (イ)乳腺細胞診のガイドライン(乙B2号証)では,穿刺吸引細胞診の正確性を期するため,穿刺による細胞吸引の回数及び穿刺によって採取した細胞標本の数を複数とすべきことを指針として示している。同ガイドラインに従うと,本件の場合は,4回以上の穿刺を行い,4個以上の細胞標本による細胞診をもとに診断をすべき注意義務があったのに,B医師はこれを怠り,1回の穿刺による1個の,しかも乾燥した細胞標本のみにより細胞診を行った。 ウ生検を行わなかった注意義務違反本件判定医は,疑陽性と診断したものの,良性ではないかとの認識を持っていたのであるから,線維腺腫を疑っていたB医師としては,患者にさほど負担をかけずに実施でき,最終診断の方法として最も適切である生検を行うべき注意義務があった。なお,原告には,平成3年に被告病院で右乳腺腫瘍について生検を受けて良性と診断された既往歴が ,患者にさほど負担をかけずに実施でき,最終診断の方法として最も適切である生検を行うべき注意義務があった。なお,原告には,平成3年に被告病院で右乳腺腫瘍について生検を受けて良性と診断された既往歴があったから,B医師は,本件においても良性を疑って生検を行うべきであった。 また,C教授は,原告の疾患に関するデータを多角的に検討した上で意見を述べたものではないから,C教授の「癌です。」との意見は,信用性を十分に有しないものであり,B医師としては,C教授の上記意見をうのみにすべきではなかった。 しかし,B医師は,上記注意義務に違反して生検を行わなかった。 (被告の主張)ア本件の穿刺吸引細胞診において疑陽性との診断が出ている以上,本件判定医が良性を念頭に置いていたとしても悪性の認識がなかったとはいえない。B医師は,本件判定医による疑陽性との診断のみでは最終診断をつけることができないために,同じ標本について異なる専門医であるC教授の判断を仰ぐこととしたのであり,同教授から癌との診断を得たことから,最終診断を癌としたのである。 イ穿刺吸引細胞診の実施における注意義務違反について(ア)B医師は,細胞の穿刺吸引に当たっては,病理検査室の技師の立会いのもと,穿刺吸引した細胞を直ちに固定してもらうよう配慮していた。本件報告票には,「材料不適」,「判定不能」等の記載はなく,本件判定医は疑陽性との診断を下し,C教授は癌と診断しているから,本件標本が不適切なものであったとはいえない。また,C教授の上記診断に注意義務違反はない。 (イ)B医師は,穿刺吸引の際,針を1回皮膚から腫瘍内に穿刺して,腫瘍内で3ないし4回,部位及び方向を変えて往復させており,腫瘍内を広く穿刺して細胞を採取するよう努めていた。なお,穿刺による細胞吸引を複数回行う旨のガイドラインは,皮膚から別の針 瘍内に穿刺して,腫瘍内で3ないし4回,部位及び方向を変えて往復させており,腫瘍内を広く穿刺して細胞を採取するよう努めていた。なお,穿刺による細胞吸引を複数回行う旨のガイドラインは,皮膚から別の針と注射器で複数回穿刺することを意味するものではない。 また,細胞診で一度癌と診断されれば,以後の細胞採取は無用である。 ウ生検を行わなかった注意義務違反について(ア)本件当時,乳癌の診断方法として穿刺吸引細胞診の有用性が高いと評価されており,細胞診で癌と診断され,乳房撮影及び乳腺エコー検査等で癌が疑われれば,それを最終診断としていたのであり,穿刺吸引細胞診で確診が得られないときのみ生検を行うのが,当時の外科医師の採るべき方法であった。 本件の場合,B医師は,触診及び画像診断から癌が否定できなかったこと,C教授による細胞診で癌と診断されたこと,及び細胞診の誤陽性率は当時1パーセント以下であったことから,癌であるとの確診を得たのであり,更に生検を行う必要はないと判断してこれを行わなかったものである。 (イ)生検を行うことによって,結果的に癌であれば生検によって手術操作の及んだ部位(切離した創を縫合した糸が通る部位を含めて)を含めて確実に切除する必要があり,初回から悪性の手術をした場合より切除範囲が大きくなり乳房温存手術を施行できなくなる弊害が生じる。B医師は,原告が癌であった場合は乳房温存療法を選択したいと考えていたことから,可能な限り細胞診で確定診断をつけるため,C教授に診断を依頼したのであり,C教授が癌と診断し,確診が得られたにもかかわらず,更に生検を行うことは,原告にとって,乳房温存療法というより好ましい選択肢を奪うことになるので,生検を行うべき義務はない。 (ウ)線維腺腫は20ないし30歳代が多く,乳癌の発生は40歳代が最も多い。したがって,必 ことは,原告にとって,乳房温存療法というより好ましい選択肢を奪うことになるので,生検を行うべき義務はない。 (ウ)線維腺腫は20ないし30歳代が多く,乳癌の発生は40歳代が最も多い。したがって,必ずしも原告について線維腺腫が強く疑われるものではなかった。また,原告には平成3年に右乳腺腫瘍の生検を受けて良性と診断された既往があるが,同年当時は穿刺吸引細胞診が施行されておらず,加えて,本件の場合は患部は左側であり,かつ,原告自身が乳癌高発年齢となっていたから,平成3年の生検で良性と診断されたからといって,本件の場合も同様に生検を行うべきであるとする医学的根拠は存在しない。 (2)手術の施行に関する注意義務違反(原告の主張)本件では線維腺腫が強く疑われていたこと,及び,原告が癌年齢としては若い45歳であったことからすれば,術中迅速組織検査を行って最終診断をすべきであったのに,B医師はこれを怠った。 また,被告病院で術中迅速組織検査を行うことができないのであれば,これを行うことが可能な名古屋市立大学医学部附属病院(以下「名市大病院」という。)等へ転医させるべきであった。 (被告の主張)術中迅速組織検査は,細胞診判定医が常勤し設備が整った施設においてのみ行うことができる大学病院レベルの検査方法である。被告病院には,当時も現在も術中迅速組織検査を行う施設はなく,病理診断医師も常勤していない。したがって,術中迅速組織検査を行うことは不可能であった。 被告病院において行い得る迅速診断は,乳癌の手術を前提に患者に入院してもらい,局所麻酔下に摘出した腫瘍を直ちに名市大病院等に運んで判定を依頼し,その結果を電話で知らせてもらうというものであるが,この方法は,術前の細胞診で悪性と診断されなかったものの,他の所見から悪性が強く疑われる場合に行うものであり,本 名市大病院等に運んで判定を依頼し,その結果を電話で知らせてもらうというものであるが,この方法は,術前の細胞診で悪性と診断されなかったものの,他の所見から悪性が強く疑われる場合に行うものであり,本件のように術前に癌との確診が得られた症例について,上記の迅速診断を行うことは考えられない。 また,日本の多くの施設において,日本外科学会所属の外科医が乳癌手術を行っており,特殊な進行乳癌や再発乳癌などを除き大学病院に紹介することはほとんどない。 (3)被告の責任(原告の主張)原告と被告との間には診療契約が存在し,B医師及びC教授は被告の履行補助者であるところ,同人らによる誤診及びこれに基づく不必要な本件手術の施行は,診療契約の本旨に従った義務の履行を怠ったものであるから,被告は,原告に対し,債務不履行に基づく損害賠償義務を負う。 (被告の主張)原告と被告との間に診療契約が存在すること及びB医師が被告の履行補助者であることは認めるが,その余は否認する。 履行補助者とは,「債務者の手足に使用する者」,「代わって履行する者」を意味するところ,C教授は,B医師に対して好意かつ無償で細胞診について意見を述べたにすぎないから,被告の履行補助者ではない。 (4)損害(原告の主張)原告は,癌と誤診されて,乳腺の4分の1切除及び腋窩リンパ節郭清という全く不必要な本件手術を受けた。女性にとって重要な乳房を切除されたことから,原告は行動が萎縮することもあり,また,左腋の下がつったりしびれたりして,仕事にも支障を来している。 このように,原告は,本件手術を受けたことにより甚大な精神的損害を被ったものであり,これに対する慰謝料は1000万円を下らない。 (被告の主張)癌との診断のもとに乳腺の4分の1切除及び腋窩リンパ節郭清を行ったことは認めるが,その余は否認する。 甚大な精神的損害を被ったものであり,これに対する慰謝料は1000万円を下らない。 (被告の主張)癌との診断のもとに乳腺の4分の1切除及び腋窩リンパ節郭清を行ったことは認めるが,その余は否認する。 第3争点に対する判断1前記前提となる事実,甲A1ないし5号証,乙A1ないし3号証,乙B10号証,証人Bの証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 (1)原告は,平成8年ころ以降,左乳房に示指頭大の無痛性腫瘤があることに気づき,2月10日,被告病院の外科を受診し,B医師の診察を受けた。 触診においては,リンパ節の腫大は触知されなかったものの,左乳腺外上領域の乳頭から3センチメートル離れた部位に直径1.5センチメートルの硬い腫瘤が触知されたため,B医師は,原告の年齢(本件当時45歳)を考慮して癌も否定できないと考え,良性か悪性かを鑑別するために,同日に乳房撮影を,2月14日に乳腺エコー検査をそれぞれ行った。 乳房撮影では淡く均一な腫瘤陰影が認められたものの,典型的な悪性所見である微小石灰化像等は認められず,乳腺エコー検査では,触診と一致する13.5ミリメートル×10.2ミリメートルの楕円形に近い横長の腫瘤が認められ,境界は比較的鮮明で,内部エコーは比較的均一な低エコー,後方エコーは増強傾向であり,線維腺腫に特徴的な像もみられたが,画像上,中心部に一部石灰化様の高エコーも認められた。乳房撮影及び乳腺エコー検査のいずれにおいても典型的な悪性所見が認められなかったため,B医師は,可能性としては線維腺腫を最も疑ったが,乳腺エコー検査で内部エコーに一部石灰化様の高エコーが認められたこと,上記と同様の画像所見でも癌である場合も存在すること及び原告の年齢から,悪性も否定できないと考え,穿刺吸引細胞診を行うこととし 乳腺エコー検査で内部エコーに一部石灰化様の高エコーが認められたこと,上記と同様の画像所見でも癌である場合も存在すること及び原告の年齢から,悪性も否定できないと考え,穿刺吸引細胞診を行うこととし,陰圧をかけた注射器を原告の腫瘍に穿刺して細胞を吸引採取し,本件報告票に「線維腺腫(疑い)。念のため穿刺吸引細胞チェック。」などと記載して,被告病院の検査部に穿刺吸引細胞診を依頼した。 (2)2月21日,上記の穿刺吸引細胞診の診断結果として疑陽性との回答があった。 なお,同回答が記載された本件報告票には,本件判定医が記載したと思われる「乾燥」,「(良性?)」などのメモ書き,及び同細胞診のスクリーナー(細胞診の対象となる検体が良性,悪性の判定に耐え得るものか否かを事前に判断する検査技師)が記載したと思われる「異型乳管上皮(乾燥)」とのメモ書きがあった。 ところで,本件当時,乳癌の治療として乳房温存療法が多くの施設で実施されるようになっていたことから,B医師らは,被告病院においても同療法を採用することを検討しており,生検を行わずに最終診断できる症例があれば,同療法を実施したいと考えていた。しかし,被告病院では,平成4年ころから本件までに,乳癌として治療した症例のうちの約3分の1が,細胞診で疑陽性と診断されて生検を行っていたため,B医師は,かねてから,より的確に良性又は悪性の診断をしてもらうことができるように細胞診の判定医を変更することを検討していたところ,本件の細胞診でも疑陽性と診断されたことから,これをサンプルとして,細胞診の専門家であるC教授に,本件の細胞診の診断結果を含めて判定医の変更について相談することとした。 2月25日,B医師は,被告病院の外科を受診した原告に対し,穿刺吸引細胞診では疑陽性と診断されたことを告げるとともに,大学の専門医に相談 診の診断結果を含めて判定医の変更について相談することとした。 2月25日,B医師は,被告病院の外科を受診した原告に対し,穿刺吸引細胞診では疑陽性と診断されたことを告げるとともに,大学の専門医に相談する予定である旨を説明した。 (3)2月27日,B医師は,本件標本及び本件報告票を持参してC教授を訪ねた。B医師は,乳房温存療法を被告病院においても採用することを検討していたため,C教授が本件標本を癌と診断すれば,これを最終診断として原告に対し乳房温存療法を実施したいと考えていたが,C教授に対してその旨の説明はしなかった。 C教授は,本件標本を顕微鏡で見て「癌です。」と答えた。B医師は,C教授の上記回答を聞いて意外に思ったものの,C教授が細胞診に関する権威者であったことから,上記回答に疑問を持たずにこれを根拠として,原告の左乳腺腫瘍について癌と最終診断した。 2月27日,B医師は,原告及びその夫に対し,「大学の専門医より癌との診断を得たため最終診断を癌とする。乳癌としての手術が必要となるが,腫瘍の大きさ,周辺への浸潤傾向がないこと及び乳頭からの距離等により,左乳腺の4分の1切除及び患側の腋窩リンパ節郭清を行う乳房温存療法が適応となる。」旨説明した。原告は,平成3年の右乳腺腫瘍のときと同様に良性の腫瘍であろうと考えていたことから,癌との告知を受けて,非常に驚き,ショックを受けて,手術方法等について冷静に考えることができなかったため,B医師の判断に任せて乳房温存療法による手術を受けることに同意した。B医師は,原告らから手術に対する同意を得たことから,3月3日に入院して,同月4日に手術を行う予定とした。原告は,直ちに手術を実施する予定とされたため,癌が相当進行しているのではないかと不安を感じた。 (4)3月3日,原告は,被告病院の外科に入院した。B医 日に入院して,同月4日に手術を行う予定とした。原告は,直ちに手術を実施する予定とされたため,癌が相当進行しているのではないかと不安を感じた。 (4)3月3日,原告は,被告病院の外科に入院した。B医師は,入院治療計画説明書に基づき,原告及びその夫に対して本件手術に関する説明を行い,原告及びその夫は本件手術に対する同意書を提出した。 同月4日,本件手術が実施された。同手術終了後,B医師は,切除標本の状況をみる目的で,切除した乳腺組織にメスを入れてその割面の所見を観察したところ,悪性ではない可能性が考えられたため,腫瘍本体を病理組織検査に提出した。同月8日,上記病理組織検査の診断結果として,典型的な線維腺腫であり悪性ではない旨の回答があったため,同日,B医師は,原告に対して悪性ではなかったことを説明し,また,同日夜,原告の夫にもその旨を説明した。 3月6日ころから,原告に対し,左腕の挙上等のリハビリが開始されたが,リハビリが進むにつれて,原告が疼痛等を訴えるようになったため,リハビリは遅れがちであった。 (5)3月18日,原告は,被告病院を退院した。 4月8日,原告は被告病院の外科を受診した。左腋窩の疼痛が軽減したことなどから,以後は年1回の経過観察とされた。 (6)原告は,B医師から悪性ではなかった旨の説明を受けた当時は,癌でない喜びを強く感じていたが,時間が経過するに従い,徐々に癌でないのに本件手術を受けたことについて疑問を持つようになった。 (7)原告の現在の症状本件手術後しばらくの間,原告は,左腋の付け根から上腕にかけて強いしびれや疼痛を感じ,退院後はこれらの症状が和らいできたものの,左上肢は常にしびれがあり,左側胸部には鈍痛もあり,天気の悪い日や寒い日などにはこれらの症状が悪化する。 外観上は,本件手術により乳房の底辺に左右差が生じ, 退院後はこれらの症状が和らいできたものの,左上肢は常にしびれがあり,左側胸部には鈍痛もあり,天気の悪い日や寒い日などにはこれらの症状が悪化する。 外観上は,本件手術により乳房の底辺に左右差が生じ,薄着の場合は洋服の上からでも認識できる。左乳房には乳頭から左腋下にかけて斜めに縫合痕が残っている。 2争点(1)(癌と最終診断したことに関する注意義務違反の有無)について(1)穿刺吸引細胞診の実施における注意義務違反の有無原告は,B医師は乳腺細胞診のガイドライン(乙B2号証)に従わず,1回の穿刺による1個の細胞標本しか採取せず,また,本件標本の固定状況が不良で乾燥していた上に疑陽性と診断されたのであるから,再度,適切な標本を得て細胞診を行うべきであったのにこれを怠った旨主張する。 乳腺腫瘍の穿刺吸引細胞診における細胞の採取は,22ないし25ゲージの針で腫瘍を1回経皮的に穿刺し,穿刺した針を腫瘍内で4,5回方向を変えながらそれぞれの方向から細胞を吸引するという方法で行われるものと解される(乙B2号証,証人B)ところ,証人Bの証言によれば,B医師は,本件において,上記のとおりに穿刺吸引を行った後,吸引した細胞を直ちに検査技師に交付し,交付を受けた検査技師がこれを固定して標本としたことが認められるのであり,B医師の行った細胞の穿刺吸引の方法に何らかの問題があったことをうかがわせる事情は認められない。 また,確かに,本件報告票及び証人Bの証言によれば,本件標本は多少乾燥していたものと推認されるが,本件判定医及びC教授は,本件標本に対し疑陽性又は陽性と診断していることによると,本件標本が診断に耐え得ないほど不適切な状態であったものと認めることはできない。そして,乙B1,3号証及び証人Bの証言によれば,乳腺腫瘍に対する確定診断のためには生検を行うのが最も確 ることによると,本件標本が診断に耐え得ないほど不適切な状態であったものと認めることはできない。そして,乙B1,3号証及び証人Bの証言によれば,乳腺腫瘍に対する確定診断のためには生検を行うのが最も確実であると認められるのであり,加えて,「再度,穿刺吸引細胞診を実施してもその診断結果が疑陽性であれば,結局,最終診断できないまま時間が経過するだけであり,生検を行えば腫瘍に対する治療にもなるため,穿刺吸引細胞診で,陰性,疑陽性又は陽性のいずれかの診断が出ている場合,通常は最終診断をする目的で穿刺吸引細胞診を繰り返し行うことはなく,生検を行っている。」旨の証人Bの証言を考慮すれば,本件当時,穿刺吸引細胞診で疑陽性と診断された場合には生検を行って最終診断をするのが一般的であったと解される。そうすると,本件において,B医師に,再度,穿刺吸引細胞診を実施すべき注意義務まで認めることはできないというべきである。 さらに,原告は,C教授には,B医師に対し,適切な標本の提出を求めるか,適切な標本によって再度穿刺吸引細胞診を行うように助言すべき注意義務があったのにこれを怠った旨主張する。しかし,前示のとおり,B医師は,C教授に対し,疑陽性と診断されたサンプルの1つとして本件標本及び本件報告票を示したにすぎず,C教授の診断を最終診断に用いる旨の説明は一切していないのであるから,C教授が原告の主張するような上記の注意義務まで負うものと認めることはできない。 以上のとおりであるから,その余の点について検討するまでもなく,穿刺吸引細胞診の実施に関する原告の前記主張は採用できない。 (2)生検を行わなかった注意義務違反の有無ア原告は,B医師には最終診断の方法として最も適切である生検を行うべき注意義務があったのにこれを怠った旨主張し,これに対し,被告は,C教授が癌と診断し い。 (2)生検を行わなかった注意義務違反の有無ア原告は,B医師には最終診断の方法として最も適切である生検を行うべき注意義務があったのにこれを怠った旨主張し,これに対し,被告は,C教授が癌と診断した以上,更に生検を行う必要はなく,この場合に生検を行えば,乳房温存療法を選択する機会を原告から奪うことになるから,B医師に生検を行う義務はない旨主張する。 乙A3号証及び証人Bの証言によれば,B医師は,C教授が癌と診断したこと並びに理学的所見,画像診断及び本件判定医による診断のいずれも悪性を積極的に否定するものではなかったことから,生検を行うことなく最終診断を癌として本件手術を行ったものと認められるが,この点について,名古屋市立大学第2外科のD助教授は,細胞診で癌と診断された場合の誤診率が約1パーセント程度であること,及び原告の年齢を考慮すれば,本件は細胞診の結果から癌の可能性が極めて大きいと診断される場合であり,加えて,画像診断において良性と判断された中にも悪性のものがあることを考え併せれば,本件において生検を行わずに最終診断を癌としたのもやむを得ない旨述べている(乙B1号証)。 イ理学的所見及び画像診断に基づくB医師の診断について前示のとおり,B医師は,理学的所見及び画像診断から,線維腺腫を疑っていたものの,悪性の可能性も否定できないと考え,穿刺吸引細胞診を実施したものである。B医師は,悪性の可能性も否定できないと考えた根拠として,当時の原告が乳癌の好発年齢であったこと及び同様の画像所見でも癌の症例が存在することとの一般的な事情のほかに,乳腺エコー検査で一部高エコーが認められたことを挙げている(証人B)が,乙A1号証及び証人Bの証言によれば,B医師は,一部高エコーが認められた乳腺エコー検査の結果のみにおいても,線維腺腫を最も疑っていたこ ー検査で一部高エコーが認められたことを挙げている(証人B)が,乙A1号証及び証人Bの証言によれば,B医師は,一部高エコーが認められた乳腺エコー検査の結果のみにおいても,線維腺腫を最も疑っていたことが認められる。 加えて,B医師が,外来カルテ(乙A1号証)に,初診時の診断名として「左乳腺腫瘍(FA(線維腺腫))」と,2月14日の診察時の診断として「線維腺腫疑い。悪性も完全に否定できないので穿刺吸引細胞診」などとそれぞれ記載し,本件報告票の「病歴・臨床経過」欄に「線維腺腫(疑い)。念のため穿刺吸引細胞チェック」などと記載して穿刺吸引細胞診を依頼していること,乳腺エコー検査では線維腺腫に特徴的にみられる像も認められたこと,上記時点での診断について,B医師は「所見に典型的な悪性像がないことから,線維腺腫を一番鑑別の頭に挙げていた。」旨述べていること(証人B)などを考え併せれば,B医師は,理学的所見及び画像診断から,線維腺腫を相当強く疑っていたものであり,癌の可能性は低いと判断していたものと認めることができる。 なお,被告は,本件では必ずしも線維腺腫が強く疑われるものではなかった旨主張しているが,その理由とするところは,線維腺腫は20歳代及び30歳代が多く,乳癌の発生は40歳代が最も多いという一般的な事情にすぎないのであり,被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。 ウ本件標本の状態及びこれに関するB医師の認識について前示のとおり,本件報告票の「細胞診断」欄に,スクリーナーによる「異型乳管上皮(乾燥)」とのメモ書き,及び本件判定医による「乾燥」とのメモ書きがあることなどによると,本件標本は固定の段階で多少乾燥したものと推認されるのであり,証人Bの証言によれば,B医師は,上記の記載から,本件の穿刺吸引細胞診では,本件標本が乾燥していたために診断 書きがあることなどによると,本件標本は固定の段階で多少乾燥したものと推認されるのであり,証人Bの証言によれば,B医師は,上記の記載から,本件の穿刺吸引細胞診では,本件標本が乾燥していたために診断がより難しい状況であったことを認識し得たと解することができる。 エ本件判定医による診断について前示のとおり,本件判定医は本件標本に対し疑陽性との診断を下しているが,本件報告票の「細胞診断」欄に「(良性?)」と記載していることを考慮すれば,本件判定医としては,疑陽性と診断しつつも良性の可能性がより高いと判断していたものと推認することができる。 本件判定医による上記の診断について,B医師は,本件報告票において細胞診の結果として正式に報告されているのは「疑陽性」の部分のみであり,「(良性?)」等のメモ書きは正式な報告の一内容ではないから,本件判定医の疑陽性との診断は,癌か否かの診断には役に立たない旨述べている(証人B)。確かに,乙B10号証及び証人Bの証言によれば,平成4年から本件手術までの間に被告病院で実施された乳癌手術症例で穿刺吸引細胞診を行った25例のうち8例が細胞診では疑陽性と診断されており,これらの細胞診のほとんどが本件判定医による診断であったものと認められるのであり,上記の細胞診の診断状況について,B医師は,他施設と比較して不良な成績で憂慮すべき状況である旨述べている(乙A3号証,証人B)。しかし,上記25例のうち8例は,細胞診で陽性と診断され,生検を行うことなく乳癌手術が施行されており(乙B10号証),また,証人Bの証言によれば,上記期間中に細胞診で疑陽性と診断された症例の中には,生検によって最終的には良性と診断されたものも存在していたことが認められる。加えて,前示のとおり,本件標本は,多少乾燥していたために診断がより難しかったこと 細胞診で疑陽性と診断された症例の中には,生検によって最終的には良性と診断されたものも存在していたことが認められる。加えて,前示のとおり,本件標本は,多少乾燥していたために診断がより難しかったことが推認されるのである。そうすると,本件までの約5年間に8例の乳癌手術症例に関し穿刺吸引細胞診で疑陽性と診断されていたからといって,本件において癌か否かを診断する際に,本件判定医の上記判断を考慮する必要がないものと解することはできない。 そして,本件報告票に「(良性?)」との記載がある以上,B医師は,本件判定医が良性の可能性がより高いと判断していたことを認識できたものと解するのが相当である。 オC教授による診断について前示のとおり,B医師は,C教授が癌と診断すれば,これを最終診断として,原告に対し乳房温存療法を実施したいと考えていたものの,C教授に対しては,上記の考えを全く説明せず,疑陽性と診断されたサンプルの1つとして本件標本及び本件報告票を提供したにすぎなかったことが認められる。そうすると,本件において,C教授は,自らの診断が最終診断として用いられ,その結果,乳癌手術が行われることを認識せずに癌と診断したものとも考えられる。細胞診の診断について,B医師が「判定医は,自らが癌と診断すればこれを根拠に患者が癌と最終診断されるため,常に極めて難しい判断を強いられていると思う。」旨述べていること(証人B)などを考慮すると,最終診断の根拠とされることが予定されているか否かによって,細胞診における診断の際の慎重さ等に少なからぬ相違が生じる可能性を否定することができないものと解される。 以上を考慮すれば,本件におけるC教授の診断は,本件標本の状態等を十分考慮して慎重に検討した上で出されたものであったかどうか疑問がなくはないといわざるを得ない。 なお,証 できないものと解される。 以上を考慮すれば,本件におけるC教授の診断は,本件標本の状態等を十分考慮して慎重に検討した上で出されたものであったかどうか疑問がなくはないといわざるを得ない。 なお,証人Bの証言によれば,B医師は,C教授の診断を聞いて予想外に感じたものの,C教授が細胞診に関する権威者であったことから,その結果については特に疑問を持つことなく,様々な状況を加味して判断した結果であろうと推測したことが認められるが,B医師がC教授に対し,悪性と診断した理由等について確認したことをうかがわせる事情は認められない。 カ細胞診における誤診の可能性について乙B1,2,8号証によれば,本件当時,穿刺吸引細胞診は,その誤診率(この場合,誤って悪性と診断された率を指す。以下,「誤診」とは,誤って悪性と診断されたものをいう。)が1ないし3パーセント程度であり,乳癌の確定診断を得るための検査方法としては有用性の高い手段であると認識されていたものと認めることができる。 しかし,上記のとおり,穿刺吸引細胞診においては,誤診の可能性が一定程度存在し,乙B2号証によれば,穿刺吸引により採取された細胞が,固定不良によって染色性が悪くなったり,乾燥のため核が腫大したりする結果,良性の細胞を悪性と誤診しかねないことがあり,実際,和歌山県立医科大学第二病理学教室では,平成7年から同8年の間に,穿刺吸引細胞診で悪性と診断された120例のうちの4例が組織診では良性と診断されていたことが認められる。また,D助教授は,画像診断で線維腺腫が強く疑われる場合や若い女性の場合には,線維腺腫の上皮成分がしばしば過形成を示すため,細胞診で誤って悪性と判断されることがある旨指摘している(乙B1号証)。本件においては,前示のとおり,理学的所見及び画像診断から線維腺腫が相当強く疑われ 腺腫の上皮成分がしばしば過形成を示すため,細胞診で誤って悪性と判断されることがある旨指摘している(乙B1号証)。本件においては,前示のとおり,理学的所見及び画像診断から線維腺腫が相当強く疑われていたものであり,また,本件標本は,多少乾燥していたものと解されるから,本件標本による細胞診は,誤診の可能性が通常よりも高い状況にあったものと考えられる。 そして,乙A3号証及び証人Bの証言によれば,B医師は,本件当時,穿刺吸引細胞診では,その診断に極めて高い専門性が要求され,正診率(悪性と診断されて,結果としても悪性であったものの率)が100パーセントにまでは至っていないことを認識していたものと認められるから,本件においても,少なくとも一般的な誤診の可能性については認識していたものと解される。 キ本件におけるB医師の最終診断の適否について(ア)乳癌の診断における注意義務乳癌手術は,体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり,手術によって乳房の一部又は全部を失わせることは,患者に対し,身体的障害のみならず,外観上の変貌による精神面及び心理面への著しい影響をもたらすものであって,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものであるから,医師は,当該患者に対して乳癌手術を行う必要があるか否かを判断する際の前提となる,当該乳腺腫瘍が良性か悪性かの鑑別を極めて慎重に行うべき注意義務を負うというべきである。 (イ)C教授の診断と本件における注意義務との関係前示のとおり,B医師は,理学的所見,画像診断及び本件判定医による診断のいずれも悪性を積極的に否定するものではなかったこと,並びにC教授による細胞診で癌と診断されたことから最終診断を癌としたものである。しかし,前示のとおり,B医師は,理学的所見及び画像診断からは線維腺腫を相当強く疑い,癌の可能性は のではなかったこと,並びにC教授による細胞診で癌と診断されたことから最終診断を癌としたものである。しかし,前示のとおり,B医師は,理学的所見及び画像診断からは線維腺腫を相当強く疑い,癌の可能性は低いと判断していたものと認められ,また,本件判定医が疑陽性と診断しつつも良性の可能性がより高いと判断していたことを認識できたものと認められることによると,結局のところ,B医師は,C教授による細胞診で癌と診断されたことのみを積極的な根拠として癌と最終診断したものと解される。 上記のように,細胞診の結果を直ちに最終診断とすることについて,B医師自身も,「最近の文献には,細胞診と画像診断が合わない場合には生検を行うべきであることを指摘するものもあり,本件後は,細胞診で悪性と診断されても理学的所見及び画像診断のいずれもが悪性を積極的に肯定するものでなければ,生検を行うようにしている。」旨述べている(証人B)。しかし,昭和63年の日本医師会雑誌臨時増刊号には,「乳腺腫瘤の確定診断には穿刺細胞診も行われるが,生検が確実である。」との指摘があり(乙B3号証),「乳癌治療のプロトコール(1)」(臨外第49巻第11号。平成6年。乙B7号証)には,「乳癌の診断は,視触診のほか,マンモグラフィ,超音波検査,サーモグラフィ,穿刺吸引細胞診(ABC)などの各種補助診断法を組み合わせて総合的に行っている。」との記載があり,また,「乳癌の診断と治療」(日医雑誌第125巻第11号。平成13年。乙B8号証)には,「画像診断,臨床所見及び穿刺吸引細胞診が揃えば,根治的な手術をすることにしている。」,「穿刺吸引細胞診では偽陰性や偽陽性が出てくるから,必ず視触診,画像診断とのコンビネーションで総合判定する必要がある。」,「視触診,マンモグラフィ,超音波検査及び穿刺吸引細胞診でいずれ ている。」,「穿刺吸引細胞診では偽陰性や偽陽性が出てくるから,必ず視触診,画像診断とのコンビネーションで総合判定する必要がある。」,「視触診,マンモグラフィ,超音波検査及び穿刺吸引細胞診でいずれも癌に間違いないと言う場合は生検をやっていない。」等の乳癌治療研究者の意見が挙げられているのであり,本件当時,穿刺吸引細胞診で癌と診断されれば直ちにこれを最終診断としてよいとする知見が一般的であったことをうかがわせる事情は認められず,むしろ,本件当時においても,乳癌の診断の際には,細胞診の結果だけでなく,理学的所見及び画像診断等の各結果をも総合的に考慮した上で,生検を行わずに癌と最終診断するか,生検を行って最終診断すべきかを判断する必要があると解されていたものと認めるのが相当である。なお,乙B7号証には,「術前に確診が得られない(特にABCにおいて確診が得られない)ときのみ生検を施行する。」との記載があるが,上記記載は,術前に確診が得られない典型的な場合として穿刺吸引細胞診で確診を得られない場合を挙げているものと解されるのであり,「穿刺吸引細胞診で悪性と診断されれば生検を行う必要はない。」旨の見解を示したものと解することはできない。 したがって,C教授による細胞診で癌と診断されたことをもって,本件におけるB医師の最終診断が,前記の注意義務に違反しないものであったと認めることはできないというべきである。 (ウ)本件における乳癌の診断の際の具体的注意義務前示のとおり,本件においては,乳癌の診断に極めて有用とされている乳房撮影(証人B)では典型的な悪性所見はなく,乳腺エコー検査でも積極的に悪性を疑わせる所見は認められなかったこと,B医師は,上記の所見から,線維腺腫を相当強く疑い,癌である可能性は低いと考えていたものであり,C教授の癌との診断に対し はなく,乳腺エコー検査でも積極的に悪性を疑わせる所見は認められなかったこと,B医師は,上記の所見から,線維腺腫を相当強く疑い,癌である可能性は低いと考えていたものであり,C教授の癌との診断に対して予想外に感じたこと,B医師としても細胞診における誤診の可能性については認識していたこと,本件判定医は疑陽性と診断しながらも良性の可能性がより高いと考えていたのであり,B医師も本件判定医の上記判断を認識し得たこととの事情が認められる。 そして,上記認定の事情に,生検は30分程度で実施し得るものであって,患者に大きな負担をかけるものではないこと(証人B,原告本人),乳房温存療法であっても乳房に対する手術であることに変わりはなく,乳房の一部切除により温存乳房の変形,偏位等を来すことがあり得ること(乙B11号証),被告病院では術中迅速組織検査を実施することができない(乙A3号証,証人B)ところ,D助教授は「被告病院レベルの病院では,術中迅速組織検査を実施することが容易でないため,線維腺腫を強く疑う場合には生検を行うことが望ましく,本件についても線維腺腫が疑われたから外来で生検を行うことが望ましかった。」旨述べていること(乙B1号証)などを併せ考慮すれば,B医師には,C教授の診断をうのみにすることなく,それが誤診である可能性のあることを疑い,より慎重に良性か悪性かを鑑別するために生検を行うべき注意義務があったと認めるのが相当である。 なお,前示のとおり,D助教授は,本件において生検を行わずに最終診断を癌としたのはやむを得ない旨述べているが,その根拠とするところは,細胞診における誤診率の低さ,原告の年齢等一般的な事情にすぎないから,これによって上記認定は左右されないというべきである。 (エ)本件において乳房温存療法を実施する必要性について被告は,C教授 は,細胞診における誤診率の低さ,原告の年齢等一般的な事情にすぎないから,これによって上記認定は左右されないというべきである。 (エ)本件において乳房温存療法を実施する必要性について被告は,C教授が癌と診断したにもかかわらず,更に生検を行うことは,原告から乳房温存療法を選択する機会を奪うことになるため,本件において生検を実施すべき義務はない旨主張する。 確かに,乙A3号証,乙B8号証及び証人Bの証言によれば,生検を実施することによって,その結果,癌と最終診断された場合には,乳房温存療法を実施できなくなる可能性があるものと認められるのであり,特に,本件当時は,乳房温存療法に関するガイドライン等が策定されていなかった(乙B11号証,証人B)から,生検を実施した症例に対して乳房温存療法を実施することは躊躇せざるを得ない実情にあったものと解される。 ところで,前示のとおり,本件においては,B医師が原告及びその夫に対して癌である旨を告知したとき,原告としては,平成3年時と同様に良性であろうと考えていたため,癌との告知を受けて大きなショックを受け,癌の治療方法についてはB医師の判断に任せていたものであって,原告が自ら積極的に乳房温存療法を望んだことをうかがわせる事情は認められない。以上に加え,被告病院では,細胞診で疑陽性と診断された症例についてはすべて生検を実施しており,本件のように,いったん細胞診の診断が出た後,同じ標本について別の病理医に再度診断を依頼した例は他にないこと(証人B),本件以前に被告病院で乳房温存療法を実施した例はなく,B医師は,本件当時,被告病院においても乳房温存療法を採用したいと考えており,C教授を訪ねた際にも,C教授が悪性と診断すれば原告に対して乳房温存療法を実施できると考えていたことなどの各事情を考慮すれば,本件において ,被告病院においても乳房温存療法を採用したいと考えており,C教授を訪ねた際にも,C教授が悪性と診断すれば原告に対して乳房温存療法を実施できると考えていたことなどの各事情を考慮すれば,本件においては,むしろB医師が乳房温存療法を実施したいと考え,そのためにはできる限り生検を行わずに最終診断したいと考えていたものと解することができる。 また,B医師が,原告らに乳癌である旨の告知をした際に,理学的所見及び画像診断では悪性を積極的に肯定する所見は認められず,良性の線維腺腫が最も疑われていたこと,細胞診では誤診の可能性もあり得ること,生検を行えばより確実な診断が可能であるが,悪性であった場合には乳房温存療法を実施できなくなる可能性があることなどについて,原告らに説明したことをうかがわせる事情は認められない。前示のとおり,原告は,平成3年の右乳腺腫瘍の際も,被告病院において生検を受け,良性と診断された経験を有していたことから,今回も良性であると考えていたものであって,原告本人尋問においては,癌か否かを慎重に診断してもらいたかった旨述べており,加えて,乳房温存療法であっても乳房に対し4分の1切除という侵襲を加える手術であること等を考慮すると,原告が上記の説明を受けていれば,生検を受けてより確実な診断を得たいと望んだ可能性が高いものと認めることができる。 以上によれば,本件においては,B医師が,被告病院において初めての乳房温存療法を実施するためにできる限り生検を行わずに最終診断をしたいと考えていたことがうかがわれるのであって,原告が積極的に乳房温存療法を望んでいたものとは認められず,また,生検を受けずに癌と最終診断されることについて原告が十分納得していたものとも認めることはできないから,生検を行うことによって乳房温存療法を実施できなくなる可能性があ でいたものとは認められず,また,生検を受けずに癌と最終診断されることについて原告が十分納得していたものとも認めることはできないから,生検を行うことによって乳房温存療法を実施できなくなる可能性があるからといって,直ちに生検を実施すべき注意義務が否定されるものと解することはできない。よって,被告の前記主張は採用できない。 (オ)したがって,B医師が,生検を行うことなくC教授の上記診断を根拠に最終診断を癌としたことは,前記注意義務に違反するものであったといわざるを得ない。 (3)以上のとおりであるから,B医師には生検を行わなかった注意義務違反がある旨の原告の主張は理由がある。 3争点(3)(被告の責任)について原告と被告との間に診療契約が存在すること及びB医師が被告の履行補助者であることは当事者間に争いがない。前示のとおり,B医師には生検を行わなかった注意義務違反があるところ,弁論の全趣旨によれば,B医師が上記注意義務を尽くして生検を行っていれば,原告の左乳腺腫瘍を癌と誤診することも,本件手術を実施することもなかったものと認められるから,その余の点について判断するまでもなく,被告は,原告に対し,債務不履行責任に基づき,B医師が癌と誤診し,本件手術を実施したことによって原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。 4争点(4)(損害)について前示のとおり,原告は,B医師から乳癌である旨告知されて大きなショックを受け,また,直ちに手術が予定されたことから相当進行した癌ではないかとの不安を抱いたものである。そして,本件手術において,乳腺4分の1の切除術及び腋窩リンパ節郭清術を受けたことによって,外部からも視認可能な程度の乳房底辺の左右差が生じ,また,左乳房には乳頭から左腋下にかけて斜めに縫合痕が残ったものであり,これについて,原告は,他人の目が気にな リンパ節郭清術を受けたことによって,外部からも視認可能な程度の乳房底辺の左右差が生じ,また,左乳房には乳頭から左腋下にかけて斜めに縫合痕が残ったものであり,これについて,原告は,他人の目が気になることもある旨述べている(原告本人)。さらに,乙A2号証及び原告本人尋問の結果によれば,原告は,本件手術後しばらくの間,強いしびれ感及びリハビリに伴う疼痛等によって相当の苦痛を感じていたことが認められ,退院後は,しびれ及び疼痛は和らいできたものの,左上肢には常時しびれ及び鈍痛があり,天気の悪い日や寒い日にはこれらの症状が悪化し,仕事にも不都合が生じていることが認められる(甲A4号証,原告本人)。乙B4号証,証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によれば,B医師が前記注意義務を尽くして生検を行い,良性の線維腺腫と診断していれば,経過観察又は局所麻酔下での腫瘍摘出術によって対処できたものであり,腫瘍摘出術が実施されたとしても,これによる外観上の変貌及び肉体的な苦痛は,相当軽い程度のものにとどまったものと認められる。 以上の各事情に加え,前示のとおり,乳房は体幹表面にあって女性を象徴するものであり,乳房温存療法といえども乳房に対して一部切除という侵襲を加える手術であることを考慮すると,癌である旨の告知を受けた際のショック及び不安並びに本件手術による外観上の変貌及び肉体的苦痛によって,原告は相当な精神的苦痛を被ったものと認めるのが相当である。 前示のとおり,原告は良性の線維腺腫であり,B医師が前記注意義務を尽くして生検を行っていれば,原告が癌と誤診され,本件手術を受けることはなかったのであるから,原告の被った上記の精神的苦痛による損害は,B医師の前記注意義務違反によるものであると認めることができる。そして,上記の各事情を総合すると,原告が被った精神的苦 を受けることはなかったのであるから,原告の被った上記の精神的苦痛による損害は,B医師の前記注意義務違反によるものであると認めることができる。そして,上記の各事情を総合すると,原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,250万円を認めるのが相当である。 また,本件訴訟の事案の内容,審理経過,認容額,その他の事情を考慮すると,本件において原告が被告に対し賠償請求し得る弁護士費用は25万円とするのが相当である。 5結論以上のとおりであるから,原告の被告に対する本訴請求は,275万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官倉澤守春裁判官松田敦子
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