主文 真岡労働基準監督署長が平成16年8月5日付けで原告らに対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金を支給しない旨の処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文同旨第2事案の概要本件は,原告らの子であるP1が平成14年12月24日に自殺したのは,P1が勤務していた株式会社関東リョーショク(以下「本件会社」という。)における業務に起因する精神障害によるものであるとして,原告らが真岡労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償一時金の支払を請求したところ,同署長がこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたので,原告らが,同署長の所属する被告に対し,その取消しを求めた事案である。 争いのない事実等(証拠により認定した事実は,当該証拠を括弧内に記載する。なお,文脈から平成14年の出来事であることが分かる場合は,以下「平成14年」の表記を省略する。)(1)P1の経歴P1は,昭和▲年▲月▲日,原告らの長男として出生し,平成14年3月31日にα大学経営学部経営学科を卒業後,同年4月1日付けで本件会社に入社し,会社が借り上げた宇都宮市内のアパートで一人暮らしを開始した(乙1,12の1,同35)。なお,P1には,精神病及び神経症の既往歴はない(甲10,乙79,82)。 (2)本件会社本件会社は,加工食品,冷凍食品,農畜産水産物類,酒類,清涼飲料,果 実飲料,調味料,乳製品,菓子類等の食品の販売,輸出入等を業とする株式会社である(乙29,30)。 (3)本件会社におけるP1の業務P1は,4月に本件会社に入社すると,同社宇都宮支社(以下「宇都宮支社」という。)営業部販売第一課に配属され,他の社員の補助として業務 会社である(乙29,30)。 (3)本件会社におけるP1の業務P1は,4月に本件会社に入社すると,同社宇都宮支社(以下「宇都宮支社」という。)営業部販売第一課に配属され,他の社員の補助として業務を手伝う等の研修を受けた後,10月から,営業職として取引先2社3店舗を一人で担当することとなった。 (4)P1の精神障害発症と自殺P1は,遅くとも平成14年12月中旬までに精神障害を発症し,そのことによって,正常の認識及び行為選択能力が著しく阻害されている状態で(弁論の全趣旨),同月24日午前8時ころ,自宅で縊首の方法により自殺した(以下「本件自殺」という。)。 (5)本件訴訟に至る経緯原告らは,平成15年5月23日,真岡労働基準監督署長に対し,P1の死亡に関して労災保険法に基づく遺族補償一時金の支給を請求したが,同署長は,同16年8月5日,原告らに対し遺族補償一時金を支給しない旨の処分をした(以下「本件処分」という。)。 原告らは,本件処分を不服として,平成16年9月2日,栃木労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,同17年2月2日,原告らの審査請求を棄却した。さらに,原告らは,平成17年2月23日,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,いまだ裁決はされていない。 本件の争点本件自殺はP1の本件会社における業務に起因するものか否か。 争点に関する当事者の主張【原告らの主張】(1)自殺事件における業務起因性の判断基準 自殺事件における業務起因性の有無を判断するに当たっては,後記【被告の主張】(1)イの旧労働省の判断指針にとらわれることなく,労災保険法の趣旨に基づき,被災者の業務による心身の負荷と自殺との間の因果関係の有無を判断するのが相当である。そして,この場合,業務上の負荷が被災者の自殺の原因の 省の判断指針にとらわれることなく,労災保険法の趣旨に基づき,被災者の業務による心身の負荷と自殺との間の因果関係の有無を判断するのが相当である。そして,この場合,業務上の負荷が被災者の自殺の原因の一つとなっていれば,相当因果関係があると評価し,労働災害と判断すべきである。また,業務上の負荷があったか否かは,いわゆる平均的労働者を基準にするのではなく,被災者を基準に判断するのが労災保険法の趣旨に合致する。 なお,本件自殺は,後記(2)の諸事実を考慮すると,旧労働省の判断指針に照らしても,業務起因性があると認められる事案である。 (2)本件自殺の業務起因性についてア本件会社におけるP1の業務上の心理的負荷(ア)研修終了後の2社3店舗の担当本件会社の新入社員に対する研修期間は,通常1年間程度である。ところが,P1は,本件会社入社後わずか6か月間の研修の後に,単独で取引先である店舗への食品販売等の業務を担当した。しかも,有能な社員ですら一人当たり1店舗を担当するのが通常であるのに,P1は,新入社員でありながら一人で2社3店舗を担当するという異例の扱いを受けた。このようなP1に対して,上司や先輩からの支援やサポートはなかった。 (イ)長時間労働P1は,慣れない業務のため,10月以降,長時間の時間外労働や休日出勤を余儀なくされた。すなわち,本件会社の就業規則によれば,従業員の始業時刻は午前8時30分とされていたが,P1は常に午前7時30分までには出勤していた。また,P1の退社時刻は午後10時以降に及ぶことが頻繁にあり,時には翌朝午前4時ころに及ぶこともあった。 さらに,P1は,本件会社の取引先の店舗におけるイベントの手伝いや販売応援などを行うため,休日出勤も余儀なくされていた。 上記のような過重業務のため,P1の時間外労働時間は,1 及ぶこともあった。 さらに,P1は,本件会社の取引先の店舗におけるイベントの手伝いや販売応援などを行うため,休日出勤も余儀なくされていた。 上記のような過重業務のため,P1の時間外労働時間は,10月以降,毎月100時間以上に及んでいた。P1の10月から12月までの始業時刻,退社時刻及び時間外労働時間数は,別紙1ないし3の「原告」欄記載のとおりであり,P1の1か月間の時間外労働時間の合計は,10月が164時間54分,11月が149時間44分,12月(22日まで)が116時間13分に及んでいる。 (ウ)取引先とのトラブルP1は,単独で取引先である店舗への食品販売等の業務を担当するようになってから,取引先とのトラブルを発生させた。P1は,特に担当取引先の一つである株式会社P14(以下「P14」という。)の担当者から多数のクレームを受け,その対処に苦慮した。このことがP1の労働時間の長時間化の原因となり,また,精神疾患発症の一因となった。 (エ)ノルマの不達成本件会社では,営業担当者が達成すべきノルマを「予算」と称して,「予算」を達成することを営業に従事している従業員に強制していた。 P1の11月分の担当取引先に対する「予算」達成率は激減していることからも明らかなとおり,本件会社はP1に対しその能力に見合わないノルマを課していた。 (オ)交通事故P1は,11月25日午後2時ころ,社用車を運転して商品を配送中,栃木県今市市内で物損交通事故を起こした。当該交通事故は,P1の配送ミスに起因した再配送中に引き起こされた事故であり,その結果,速やかに商品を配送することができず,本件会社及び取引先に損害を与えた。したがって,当該交通事故は,P1の精神障害発症に影響を与えて いる。 イうつ病発症及び本件自殺の業務起因性P1は,上記のような に商品を配送することができず,本件会社及び取引先に損害を与えた。したがって,当該交通事故は,P1の精神障害発症に影響を与えて いる。 イうつ病発症及び本件自殺の業務起因性P1は,上記のような本件会社における過重な業務等に起因して,平成14年秋ころ,身体及び精神状況が悪化し,同年12月中旬までには,うつ病等の精神障害を発症していたことが明らかである。したがって,本件会社におけるP1の業務と,前記うつ病等の精神障害発症後間もなく起こった本件自殺との間には相当因果関係がある。 【被告の主張】(1)精神疾患の発症に関する業務起因性の判断基準ア労災保険法上,労働者の疾病が業務上発生したというためには,当該業務と当該疾病の発症との間に相当因果関係の存在が肯定されることが必要であり,そのためには,当該疾病の発症が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。このことは,労働者の精神障害発症の業務起因性の判断においても同様である。 今日では,多くの精神障害の発病には,単一の病因ではなく,素因,環境因(身体因,心因)の複数の病因が考えられており,精神障害の成因を考えるに当たっては,今日の精神医学,心理学で広く受け入れられている「ストレス―脆弱性」理論(環境から来るストレスと個体の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方)に依拠することが適当である。 イ旧労働省は,業務による心理的負荷を原因として精神障害を発症し,あるいは自殺したとして労災給付請求が行われた場合に,迅速かつ適正に対処するための一定の基準を明確にするため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。これらの専門家によって構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果の報告(以下「専門検討会報告 を明確にするため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。これらの専門家によって構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果の報告(以下「専門検討会報告」という。)を受けて,旧労働省は,平成11年9月 14日労働省労働基準局長通達(基発第544号)として「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「判断指針」という。)を発出した。 ウ専門検討会報告は,「ストレス―脆弱性理論」に依拠し,世界保健機構(WHO)の国際疾病分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に示された精神障害を対象とした。 そして,労災保険給付請求を受けた行政機関が斉一的かつ適切に対応するために,業務によるストレスの強度を客観的に評価する基準を示す必要があるとして,業務上の心理的負荷の強度を客観的に評価する基準となる「職場におけるストレス評価表」及び業務以外の個人的なストレス要因の強度を客観的に評価する基準となる「職場以外のストレス評価表」を作成し,一般的に経験する一定以上のストレスを伴うと考えられる出来事を例示した上で,それら出来事によるストレス強度を「Ⅰ」(日常的に経験する心理社会的ストレス)から「Ⅲ」(人生の中でまれに経験するような強い心理社会的ストレス)までに分類した。 また,「職場におけるストレス評価表」は,上記のストレス強度の分類のほか,個別具体的内容からその位置づけを変更する必要はないか,出来事後の変化はどうであったか,出来事により発生した問題や変化はその後どの程度持続し,あるいは拡大し,あるいは改善したかにつき検討し,総合評価として当該業務によるストレスは「弱」,「中」,「強」のいずれと評価することができるかの過程を追うように工夫されている。なお,直面 度持続し,あるいは拡大し,あるいは改善したかにつき検討し,総合評価として当該業務によるストレスは「弱」,「中」,「強」のいずれと評価することができるかの過程を追うように工夫されている。なお,直面した出来事を評価する視点及び出来事に伴う変化を評価する視点によって,具体的に評価する際には,同種労働者にとって一般的にどうであるかという観点から客観的に行わなければならない。 エところで,労災保険法12条の2の2第1項は,労働者の「故意」による負傷,疾病,障害,死亡については保険給付を行わないと定めている。 しかし,専門検討会報告は,精神障害に係る自殺について,精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは,自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で行われたと認められる場合には,「故意」による自殺ではないと解すべきであるが,人間の自殺行動の中には必ずしも精神障害が関与しない自殺があり,いわゆる「覚悟の自殺」の場合は,その動機が業務に関連していても,本人の主体的選択によるものである限り,一般的には「故意」の自殺といわざるを得ないとしている。 オ上記専門検討会報告の立場を踏まえ,判断指針は,対象疾病をICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害とし,①対象疾病を発病していること,②発病前おおむね6か月の間に客観的に当該疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないことの3要件を満たす場合には,当該精神障害につき業務起因性を認めることとした。そして,業務による心理的負荷の強度及び業務以外の心理的負荷の強度は,専門検討会報告の「職場におけるストレス評価表」及び「職場以外のストレス評価表」と同内容の 害につき業務起因性を認めることとした。そして,業務による心理的負荷の強度及び業務以外の心理的負荷の強度は,専門検討会報告の「職場におけるストレス評価表」及び「職場以外のストレス評価表」と同内容の指標である「職場における心理的負荷評価表」(以下「本件別表」という。)及び「職場以外の心理的負荷評価表」に従って,同種の労働者,すなわち職種,職場における立場や経験等が類似する者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価することになる。 (2)本件自殺の業務起因性について判断指針に照らして,P1の自殺に至る経過から,本件別表に挙げられている出来事を指摘しつつ,その心理的負荷強度を検討し,本件自殺の業務起因性を判断する。 ア精神障害の発病 P1は,11月下旬ころに,ICD-10分類の「F43適応障害」を発症し,その病的な状態が進んで,12月上旬には同「F32うつ病エピソード」を発症したものと判断するのが妥当である。 イ業務による心理的負荷の評価(ア)交通事故についてP1は,11月25日に交通事故を起こしたが,人身事故ではなく軽度の物損事故であり,本件会社から懲戒処分に処せられていない。したがって,当該交通事故は,本件別表に掲げられている「交通事故(重大な人身事故,重大な事故)を起こした」事項には該当せず,これによる心理的負荷は評価に値しない。 (イ)仕事上のミスについてP1の仕事上のミスとしては,10月27日及び11月25日の発注ミス2件と,上記(ア)の交通事故が認められる。しかし,発注ミスは,上司らが即時に対処し損害は出ていない。交通事故も,物損事故であり車の破損も広範囲には及ばず修理して使用しており,大きな損害には至っていない。また,P1は,上記発注ミス及び交通事故について本件会社から処分を受けていない。したがって い。交通事故も,物損事故であり車の破損も広範囲には及ばず修理して使用しており,大きな損害には至っていない。また,P1は,上記発注ミス及び交通事故について本件会社から処分を受けていない。したがって,P1の仕事上のミスも,本件別表に挙げられている「会社にとって重大な仕事上でのミスをした」事項には該当せず,これによる心理的負荷は評価に値しない。 (ウ)「予算」の不達成について本件会社では,売上目標として「予算」を作成していたが,P1は新入社員であるため「予算」必達の対象から除外されており,「予算」達成を強制されていたわけではない。また,P1の担当した取引先2社3店舗の「予算」は会社業績の1%未満にしかすぎず,上司や同僚による支援もあったから,P1の能力と「予算」額との間に著しいギャップがあったとはいえない。もっとも,P1自身は,営業担当として「予算」 を目標に業務を遂行していたことを考慮すると,「予算」の不達成による心理的負荷は,平均的な心理的負荷強度の「Ⅱ」と評価するのが相当である。 なお,判断指針によれば,出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働,例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行っているような状態が認められる場合には,それ自体で,当該出来事による心理的負荷の評価を修正することとされている。しかし,P1が担当した2社3店舗の取引先については,10月1日の時点で,前任者が設定していた「予算」が未達成であることが多く,P1はその後も随時営業実績を確認していたと思われることから,「予算」の不達成は,10月1日の時点から継続的に発生し続けていた出来事と評価すべきであり,それ以前からP1が「恒常的な長時間労働」をしていたと認められない以上,「予算」の不達成による心理 とから,「予算」の不達成は,10月1日の時点から継続的に発生し続けていた出来事と評価すべきであり,それ以前からP1が「恒常的な長時間労働」をしていたと認められない以上,「予算」の不達成による心理的負荷の評価「Ⅱ」を修正することはできない。 (エ)取引先とのトラブルについてP1は,10月27日及び11月25日の発注ミス,12月21日の値段の勘違いにより,取引先からそれぞれクレームを受けている。しかし,これらのクレームに対しては,いずれも上司らが即時に対処し,取引先に損害を与えていない。また,P1が取引先の担当者から暴言を受けたなどの事実は確認することができない。したがって,P1には心理的負荷となるような取引先との間のトラブルは認められない。 (オ)仕事内容・仕事量の大きな変化についてP1は,10月から一人で2社3店舗の取引先を担当するようになり,昇進に伴う責任の変化があったと認められる。しかし,P1は,それ以前にも研修を通じて営業担当としての業務を経験しており,業務の困難度,能力及び経験と仕事内容のギャップの程度は少ないと考えられ,適 応能力内における仕事の質の変化があったものとして,心理的負荷の強度は「Ⅱ」と評価するのが相当である。 (カ)勤務・拘束時間の長時間化についてP1の時間外労働時間は,別紙1ないし3の「時間外労働時間数」「被告」欄記載のとおりであり,入社から9月までの間と,10月以降本件自殺までの間とを比較すると,10月以降に大幅に時間外労働時間が増加している。しかし,P1の時間外労働時間は,現在の我が国の勤務実態から見て,「人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷」とまで評価することはできず,心理的負荷の強度は「Ⅱ」と評価するのが相当である。もっとも,この「勤務時間・拘束時間の長時間化」は,「仕事内 見て,「人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷」とまで評価することはできず,心理的負荷の強度は「Ⅱ」と評価するのが相当である。もっとも,この「勤務時間・拘束時間の長時間化」は,「仕事内容・仕事量の大きな変化」に伴い当然発生したものであり,前者は後者に評価され尽くしているというべきである。 (キ)仕事のペース・活動の変化についてP1は,10月から一人で2社3店舗の取引先を担当し,それまで上司や同僚に同行して行っていた業務を一人で行うようになった。しかし,P1の業務内容が10月から上記のようになったのは,強制によるものではなく,自ら希望した結果であるから,心理的負荷の強度は「Ⅰ」と評価するのが相当である。 (ク)出来事に伴う変化等による心理的負荷の評価以上の出来事に伴う変化等について検討すると,①仕事の量(労働時間等)は,2社3店舗の取引先の担当となった10月から労働時間が増加しているものの,②仕事の質・責任については,2社3店舗の取引先の担当は適応能力内の仕事の質の変化に過ぎず,③仕事は単調で孤独な繰り返し業務ではなく,裁量性は欠如していないし,④職場の物的・人的環境の変化もなく,⑤新人であることを考慮して本件会社から支援や配慮を受けていたから,同種労働者と比較しても特に困難な状況であっ たとは認められない。 また,確かに,P1の業務上,「仕事内容・仕事量の急激な変化」と「予算を達成できなかった」ことに伴う中程度の心理的負荷があったことは認められるが,これらは実質的に一つの事象であり,過重的に評価すべきではない。 (ケ)その他以上のほかに,P1に業務上「特別な出来事等」や,「極度の長時間労働,例えば数週間にわたり生理的に必要最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働により,心身の強度の疲弊,消耗を来し,そ その他以上のほかに,P1に業務上「特別な出来事等」や,「極度の長時間労働,例えば数週間にわたり生理的に必要最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働により,心身の強度の疲弊,消耗を来し,それ自体がうつ病の発病原因となるおそれのあるもの」があったとは認められない。 ウ業務以外の出来事の心理的負荷の評価P1については,家族や友人関係及び金銭的トラブルは確認されていない。 エP1の性格的脆弱性P1には,毎朝遅刻を防ぐために原告P2に対し電話を依頼するような依存的傾向や,遺書の内容から看取される同調性,客観的には大きなミスをしていないのに深刻に考える傾向があることから,P1の性格傾向には,執着性格あるいはメランコリー親和的性格と一致するものが多いと考えられる。 オ業務上外の判断以上の諸事実を前提にすると,P1の業務による心理的負荷は「中」であり,P1の精神障害発病を業務上のものと認めることはできない。 第3当裁判所の判断 前提事実前記争いのない事実等に加え,証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したも の)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1)本件会社についてア本件会社は,平成3年11月7日に設立され,同4年1月に営業を開始した,総合食品卸売業及びそれに付帯する一切の業務を事業内容とする株式会社である。本件会社は,平成14年当時,本社,宇都宮支社,水戸支社及び前橋支社を設けて業務を展開していた。(乙29,30,33の1ないし4,同34)イ宇都宮支社営業部には,販売第一課,販売第二課,販売事務課及び営業企画チームがあり,P1が4月に入社後所属することになった販売第一課は,課長1名,課員5名により構成され,P1の直属の販売第一課長としてP3(以下「P3課長」という。),先輩課員としてP4及びP5 企画チームがあり,P1が4月に入社後所属することになった販売第一課は,課長1名,課員5名により構成され,P1の直属の販売第一課長としてP3(以下「P3課長」という。),先輩課員としてP4及びP5などがいた(乙33の2)。 ウ本件会社における所定労働時間は,午前8時30分から午後5時30分まで,休憩時間は午後0時から午後1時まで,1日の所定労働時間は8時間,1週間の所定労働時間は40時間で,日曜祝日及び年末年始(12月31日から1月3日まで)が休日であり,その他会社が必要と認めた臨時休日があった(乙31,32の1)。 (2)P1の入社から9月までの業務等アP1は,4月に本件会社に総合職として入社したが,同時に入社したのは他に一般職の者が1名いたのみである。ちなみに,前年の平成13年に本件会社に入社した者はおらず,前々年の同12年にP5が1名入社している。(甲12,乙35,52)イP1は,本件会社入社後,宇都宮支社販売第一課に配属され,研修として,P4ら先輩社員の取引先への卸売業務や,取引先の店舗改装及びイベントの手伝い等の営業活動に同行し,あるいは応援するなどの業務を行った(甲6【3頁】,乙21,26)。 ウP1は,午前7時30分ころに出勤して,宇都宮支社販売第一課内の清掃やゴミ捨て等を行い,火,水,金曜日には午前8時からのミーティングに参加した(甲6【4ないし5頁】,乙22【3丁左上】,64,72)。 P1は,4月から9月までは,残業手当の支給を受けていたため,「勤怠・時間外勤務届」により残業時間を管理されていた(乙40。なお,時間外労働時間の詳細については,後記2で検討する。)。 (3)P1が10月から2社3店舗の取引先を担当するに至る経緯ア本件会社では,新入社員に対して,これまで上記(2)イのようにP1に対 お,時間外労働時間の詳細については,後記2で検討する。)。 (3)P1が10月から2社3店舗の取引先を担当するに至る経緯ア本件会社では,新入社員に対して,これまで上記(2)イのようにP1に対して実施したのと同様の業務指導を行っており,入社後6か月ないし10か月ほど経過した時期に,自ら担当する取引先を持たせることとしていた(乙71)。研修期間の長さや担当する取引先の数は,適性,経歴や習熟度によって各社員ごとに異なり,過去には,研修期間を終えて8社11店舗の取引先を担当した例もある(甲7【2ないし3頁】)。同僚社員の例を挙げると,P4は入社の年の9月から1社を,P3課長は入社の年の10月から2社4店舗を,P6は入社後約6か月で4社くらいを,P5は入社1年後に5社5店舗を,それぞれ担当として任された(甲6【19ないし20頁】,乙69,73,74)。 イP1は,研修中の6月ころから,早く一本立ちしたい旨を本件会社宇都宮支社長のP7(以下「P7支社長」という。)やP4に対して話しており,9月9日には,本件会社の人事上の文書である「コミュニケーションカード」に,1年以内に担当の取引先を持つことを前提に,宇都宮支社における現在の業務を是非続けたい旨の記載をしている(甲6【26頁】,7【2ないし3頁】,乙36)。 ウP7支社長は,9月前半ころ,P3課長に対して,P1に10月から取引先を担当させることについて打診した。これに対し,P3課長は,数字的な要求は長い目で見てもらうことを前提に,P1自身が希望しているこ ともあり,取引先を担当させることに賛成した。(乙69)エP1は,10月1日から,P6が担当していた取引先の一部である株式会社P15(以下「P15」という。)及びP14の2社の計3店舗を担当することとなった(乙64,73)。 ( 賛成した。(乙69)エP1は,10月1日から,P6が担当していた取引先の一部である株式会社P15(以下「P15」という。)及びP14の2社の計3店舗を担当することとなった(乙64,73)。 (4)P1の10月以降の業務ア業務の内容P1は,午前7時30分ころに宇都宮支社に出勤して,清掃やゴミ捨て等を行い,火,水,金曜日には午前8時からのミーティングに参加し,その後,自動車で移動して営業活動をし,帰社後は社内業務を行っており,営業に出かけない場合は,終日社内業務を行っていた(甲6【4ないし5頁】,乙22【3丁左上】,64,72,弁論の全趣旨)。取引先との商談は,担当者が取引先に対し自ら過去の実績を踏まえて商品を選定して見積を提出し,そのまま受け入れられれば見積どおりの取引が成立し,値下げの要求があれば,改めて交渉するという形で行われる(甲6【3頁】)。 取引先との商談においては,商品販売価格を販売担当者の裁量によって決めているが,過去の納入等の実績から,得意先ごとでの商品販売価格の基準が定められており,卸値価格をいくらにするかを深く悩む必要はなく,これを下げる場合にも,メーカーを商談に同席させたり,値引きの要求を受けた場合には,これを持ち帰り,メーカーと話し合うなどしていた(乙71,72)。それ以外の営業活動としては,取引先への商品の配送,店舗改装の手伝い等があり,社内業務としては,見積の作成,企画提案書の作成,社内の資料作成等があった(甲6【3ないし4頁】)。 イ先輩社員の取引先への同行P1が取引先の担当を持つようになった当初の10月は,前任者であるP6が2,3回はP1の取引先に同行し,11月28日にはP3課長が,12月13日にはP6が,それぞれP14との商談に同行したが,それ以 外は,先輩社員がP1の取引先での商談に 月は,前任者であるP6が2,3回はP1の取引先に同行し,11月28日にはP3課長が,12月13日にはP6が,それぞれP14との商談に同行したが,それ以 外は,先輩社員がP1の取引先での商談に同行するようなことはなかった(乙41,70,71)。 ウ売上目標に関する指示本件会社では,営業担当者の売上目標を「予算」と称しており,前年の9月下旬から10月にかけて,翌年1月から12月までの「予算」を,経済成長率,地域の特性,得意先の状況等を考慮して,各営業担当者が策定していた(甲7【6ないし7頁】,甲12,乙64)。P1の「予算」は,前任者のP6が平成13年10月に策定したものであり,同14年10月から12月までの「予算」は,前年同月の実績ではなく,前年同月の「予算」に3%上乗せしたものとなっていたが,当時のデフレ状況に伴う卸値の低落とも相まって,「予算」と現実との間には乖離が生じており,「予算」の達成は難しい状況にあった(甲24,乙72,73)。 本件会社では,研修やミーティングの際に,P7支社長など上層部から,営業担当従業員に対し,「何があっても予算達成する」,「予算必達」等の指示が出されていた(甲6【29ないし30頁】,乙24【6月20日の研修での社長の訓示】,25【12月3日のミーティング】,73,75)。本件会社としては,新人であるP1が直ちに「予算」を100%達成することは困難であり,むしろ取引先やメーカーへの対応を重視して,「予算」の数字に到達するよう一歩ずつ前進してゆけばよい旨の指導をしていたものの,「予算」達成の指示をするに当たって新人を特別扱いするようなことはしていなかった(甲6【30頁】,甲7【7ないし8頁】,甲12,乙65,70,73)。P1は,「予算」は必ず達成しなければならないものであると考え,家族に対し 当たって新人を特別扱いするようなことはしていなかった(甲6【30頁】,甲7【7ないし8頁】,甲12,乙65,70,73)。P1は,「予算」は必ず達成しなければならないものであると考え,家族に対してその旨話したことがあり,友人に対しては,どうすれば売上げを伸ばし「予算」を達成することができるのか,ほかの人の売上げを借りることはいいことなのかなどの悩みを打ち明けたことがある(甲5【11頁】,乙62,66)。 (5)P1の業務上のトラブル等ア10月27日の発注ミスP1は,10月下旬ころ,担当取引先であるP15β店との取引に関して発注ミスをし,同月28日,同店を訪問して対処をした(乙41【2枚目】,乙74)。P1は,10月27日(日曜日),「ユニー欠品当番」として午後1時から同3時まで勤務したが,同日夕方,原告P2から電話で一緒に夕食を食べようと誘われたのに対し,「テンパったので食事には行かれない」旨答えて誘いを断り,交際相手のP8に対しては「トラブったので明日会社に行ったら大変だ」とのメールを送信した(乙68)。 イ11月25日の交通事故P1は,11月25日,栃木県日光市の担当取引先であるP15γ店に納品すべき商品を,誤って一括でP15β店に納品してしまった。そこで,P1は,一人で社用車を運転し,P15β店から同γ店に商品を再配送していた同日午後2時ころ,栃木県今市市δ付近の国道119号線を同県日光市方面へ向かって走行中,ゆるい右カーブでハンドル操作を誤り縁石に乗り上げ,自車の左前後タイヤ破損,左前部ウィンカー破損の物損事故を起こした。このため,P1は,P15γ店への配送を速やかに行うことができず,P3課長及びP5とともに同店へ出向き,謝罪した。(乙44の1及び2,同66,70【15項】)ウP14との関係(ア)P1 した。このため,P1は,P15γ店への配送を速やかに行うことができず,P3課長及びP5とともに同店へ出向き,謝罪した。(乙44の1及び2,同66,70【15項】)ウP14との関係(ア)P1の前任者であるP6は,P14に対して,メーカーとの関係でジュースを安い単価で卸すことが可能であったが,P1にはそれができず,11月のP14との取引高が大幅に減った。このため,P1は,P3課長やP6と相談し,P3課長がメーカー側と交渉することによって改善をはかった。(乙73,77)(イ)P4は,10月以降のP1の様子について,P14の担当者である P9との間の人間関係がうまくいっておらず,悩んでいるような印象を抱いていた(乙20,21,64,65【15,16項】)。また,P3課長も,P1の前任者であるP6に比べ,P1はP9とのコミュニケーションがうまくいっていない印象を抱いていた。P3課長は,P9から直接電話を受け,P1に対しP14との取引に関する具体的な指示をしたこともあり,取引停止になるような致命的なトラブルはなかったとはいえ,P1には,P14との取引に関して悩みはあったかもしれない旨述べている(乙69【11項】)。P9自身も,P1について「P1さんは新人だったのでこちらも一言文句は言います」と述べている(乙77【3項】)。 (6)売上目標の達成状況P14に対する「予算」達成率は,10月まではおおむね80%以上であった。ところが,P1がP14の担当になってからは,上記(5)ウ(ア)のジュースを巡る問題の影響もあり,11月の「予算」達成率は58.6%と大幅に落ち込んだ。P14に対する12月分の「予算」達成率は70.8%と幾分改善したものの,依然として10月以前に比べて低い水準にとどまった。 (乙49)(7)労働時間の長時間化( は58.6%と大幅に落ち込んだ。P14に対する12月分の「予算」達成率は70.8%と幾分改善したものの,依然として10月以前に比べて低い水準にとどまった。 (乙49)(7)労働時間の長時間化(時間外労働時間の詳細については,後記3で検討する。)ア本件会社においては,タイムカードで勤務時間を管理しておらず,また営業担当となった以上は,取引先との商談の準備や企画書の作成等のため残業が長くなるのは不可避であると考えられていた。このため,本件会社では,営業担当者については営業手当が支給されるかわりに,平日の残業に対する時間外手当は支給されていなかった。(甲6【6ないし10頁】,甲7【20ないし37頁】,甲13,乙40,42の1ないし12)イP1は,研修期間である9月までの間は,残業する日も多かったものの, おおむね午後8時ころには帰宅していた(上記(2)ウ,乙40)。しかし,P1は,10月以降は,同僚の目から見ても,初めて取引先の担当を持ったことや決算期の影響で残業が多くなったとの印象を与えた(甲6【6頁】,乙65,69,72)。 (8)P1の生活状況等ア原告らは,週に1回から2回程度,午後10時以降にP1の携帯電話に電話をかけていたが,その際にはまだ本件会社にいて仕事をしていることが多かった(甲5【3頁】,乙20,原告P10本人【2頁】。なお,被告は,原告らが携帯電話をかけた際にP1が本件会社にいたかどうかは不明であると主張するが,P1が両親である原告らに対し残業中であると虚偽の事実を述べたとは考え難いから,被告の主張は採用することができない。)。 イP1は,同人宅から車で2分から3分くらいの所に住んでいる妹の居宅で夕食を食べるようにしていたが,次第にそのようなことがなくなった(乙16,58)。 ウ原告らは,月に1 ことができない。)。 イP1は,同人宅から車で2分から3分くらいの所に住んでいる妹の居宅で夕食を食べるようにしていたが,次第にそのようなことがなくなった(乙16,58)。 ウ原告らは,月に1回程度は,P1を含め家族で会うことにしていたが,10月中旬ころ以降,朗らかな性格だったP1が暗くなったと感じるようになった(原告P10本人【1頁】,甲10【2項】,乙67【14項】)。 エP1は,10月以降,原告らに対し,仕事のことを考えると眠れない旨話すようになり,11月10日に家族で会った際,P1の顔色があまりよくなく,寝不足気味で,物静かで口数の少ない様子であり,本件自殺前日の12月23日には,目の下にくまができたような感じで,10月,11月に比べても疲れている様子であった(甲10,乙66,原告P10本人【5ないし6頁】)。原告ら家族のほかに,P8は「寒くなってきたころ」にP1が眠れないと言うのを聞いたほか,P4も,10月末から11 月ころから,P1が寝不足である様子を確認している(乙20,65,76)。 (9)P1の精神障害発病と本件自殺アP1は,11月下旬ころに,ICD-10分類の「F43適応障害」を発症し,その病的な状態が進んで,遅くとも12月中旬までの間に,ICD-10の「F32うつ病エピソード」を発病した(前記争いのない事実等(4),甲18,乙85,証人P11【6,7,21頁】。なお,P12医師の意見書(乙99)は,うつ病エピソードの発病時期を10月下旬とするが,うつ病エピソードの診断には症状の持続が少なくとも2週間必要であるとされるところ(甲19),10月下旬の段階でうつ病に見られる症状が2週間以上持続していたと認めるに足りる的確な証拠がないことに照らし,これを採用することはできない。)。 イP1は,12 必要であるとされるところ(甲19),10月下旬の段階でうつ病に見られる症状が2週間以上持続していたと認めるに足りる的確な証拠がないことに照らし,これを採用することはできない。)。 イP1は,12月24日午前8時ころ,自宅アパート内の高さ190センチメートルのドアの開閉装置にマフラーをかけて頭部に巻き,高さ20センチメートルの台を足場にして,縊死により自殺した(乙10)。 P1の部屋には,以下のような内容を含む遺書が残されていた(乙15)。 「こんなに常識のない人間はほかにはいないと思います。」「ただただいい顔ばかりしていた自分は,もう生きている価値はないんじゃないか」「会社でもいい顔ばかりして,又,得意先にも迷惑ばかりかけてしまい申し訳ありません。」「人生は何とかなると思っていたけれど何とかなりません。」 P1の4月から9月までの間の時間外労働時間(1)算出方法前記1(2)ウのとおり,P1は,4月から9月までの間は「勤怠・時間外 勤務届」(乙40)により残業時間を管理されていた。そうだとすると,P1の4月から9月までの間の残業時間は,原則として,「勤怠・時間外勤務届」を中心に算出するのが相当である。 さらに,前記1(1)ウのとおり,本件会社の所定労働時間は午前8時30分から午後5時30分であったところ,P1は,前記1(2)ウのとおり,始業時刻の1時間前の午前7時30分ころには出勤して,清掃,ゴミ捨て,ミーティング等の業務を行っていた。また,「勤怠・時間外勤務届」においては,P1が残業した日の残業開始時刻がいずれも午後6時と記載されている。 そうすると,午前7時30分から午前8時30分までの間(1時間)及び午後5時30分から午後6時までの間(30分)の時間外労働時間は,「勤怠・時間外勤務届」には記載されていない時間外労働時 れている。 そうすると,午前7時30分から午前8時30分までの間(1時間)及び午後5時30分から午後6時までの間(30分)の時間外労働時間は,「勤怠・時間外勤務届」には記載されていない時間外労働時間であるということができる。 したがって,P1の4月から9月までの間の時間外労働時間算出に当たっては,「勤怠・時間外勤務届」から認められる時間外労働時間に,始業時刻前の時間外労働時間(1時間)及び終業時刻後の時間外労働時間(30分)を加算して算出するのが相当である。以下,この観点から,P1の4月から9月にかけての時間外労働時間を算出することにする。 (2)4月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,4月は平日に22日出勤しているところ,そのうち9日,合計20時間20分残業したとされている。これに,始業時刻前の時間外労働時間の合計22時間(1時間×22=22時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計4時間30分(30分×9=4時間30分)を加算すると,P1の4月の時間外労働時間は,46時間50分(20時間20分+22時間+4時間30分=46時間50分)ということになる。 (3)5月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,5月は平日に21日出勤しているとこ ろ,そのうち10日,合計12時間30分残業したとされている。これに,始業時刻前の時間外労働時間の合計21時間(1時間×21=21時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計5時間(30分×10=5時間)を加算すると,P1の5月の時間外労働時間は,38時間30分(12時間30分+21時間+5時間=38時間30分)ということになる。 (4)6月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,6月は平日に21日出勤しているところ,そのうち2日,合計3時間残業したとされている 21時間+5時間=38時間30分)ということになる。 (4)6月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,6月は平日に21日出勤しているところ,そのうち2日,合計3時間残業したとされている。これに,始業時刻前の時間外労働時間の合計21時間(1時間×21=21時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計1時間(30分×2=1時間)を加算すると,P1の6月の時間外労働時間は,25時間(3時間+21時間+1時間=25時間)ということになる。 (5)7月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,7月は平日に23日出勤しているところ,そのうち7日,合計9時間30分残業したとされている。これに,始業時刻前の時間外労働時間の合計23時間(1時間×23=23時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計3時間30分(30分×7=3時間30分)を加算すると,P1の7月の時間外労働時間は,36時間(9時間30分+23時間+3時間30分=36時間)ということになる。 (6)8月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,8月は平日に18日出勤し,そのうち7日,合計13時間残業したとされている一方,休日には5日(8月3日,10日,11日,24日及び31日)出勤し,このうち8月3日,24日及び31日の3日分については,振替休日が与えられたことが認められる。そうすると,P1の8月3日,24日及び31日の3日間の勤務は平日出勤として扱う一方,残る8月10日及び11日の2日間を休日出勤として扱い, その勤務時間を時間外労働時間に算入するのが相当である。なお,証拠(乙40)によれば,P1は,8月3日には工場の見学に行ったことが認められ,同日は宇都宮支社に出社せず直行直帰をして時間外労働はなかったものと推認されるから,P1の8月の平日出勤日のうち なお,証拠(乙40)によれば,P1は,8月3日には工場の見学に行ったことが認められ,同日は宇都宮支社に出社せず直行直帰をして時間外労働はなかったものと推認されるから,P1の8月の平日出勤日のうち始業時刻前の時間外労働をしたのは,20日(18日+2日=20日)と認めるのが相当である。そして,証拠(乙40)によれば,P1は,8月24日には2時間,同月31日には2時間30分,合計4時間30分残業したとされていることから,8月の平日の残業日数は9日(7日+2日=9日)とするのが相当である。 以上を前提にすると,P1の8月の平日分の時間外労働時間は,「勤怠・時間外勤務届」に基づく平日の残業時間の合計17時間30分(13時間+4時間30分=17時間30分)に,始業時刻前の時間外労働時間の合計20時間(1時間×20=20時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計4時間30分(30分×9=4時間30分)を加算すると,42時間(17時間30分+20時間+4時間30分=42時間)ということになる。また,P1の8月の休日分の時間外労働時間は,証拠(乙40)により認められる8月10日及び同月11日の勤務時間の合計3時間30分(2時間+1時間30分=3時間30分)ということになる。以上によれば,P1の8月の時間外労働時間は,45時間30分(42時間+3時間30分=45時間30分)ということになる。 (7)9月の時間外労働時間証拠(乙40)によれば,P1は,9月は平日に19日出勤しているところ,そのうち8日,合計17時間残業したとされている。これに,始業時刻前の時間外労働時間の合計19時間(1時間×19=19時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計4時間(30分×8=4時間)を加算すると,P1の9月の時間外労働時間は,40時間(17時間+19時間+4時間 間外労働時間の合計19時間(1時間×19=19時間)及び終業時刻後の時間外労働時間の合計4時間(30分×8=4時間)を加算すると,P1の9月の時間外労働時間は,40時間(17時間+19時間+4時間=40時間)ということになる。 (8)小括以上によれば,P1の時間外労働時間は,4月が46時間50分,5月が38時間30分,6月が25時間,7月が36時間,8月が45時間30分,9月が40時間であったということになり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 P1の10月から本件自殺までの間の時間外労働時間(1)始業時刻ア前記1(7)アのとおり,本件会社ではタイムカードによる時間管理をしていない。そこで,P1が本件会社で何時から仕事についていたかが問題となる。本件会社は,従業員の休日の勤務時間については,「勤怠・時間外勤務届」(乙40)で時間管理等をしており,当該届出には「事由」,「用件」等が具体的に記載されており,休日出勤の始業時刻は,当該届出に従って認定するのが相当である。 イ証拠(乙32の1,同40)及び弁論の全趣旨によれば,P1は,10月13日には午前7時00分,同月19日には午前8時30分,同月26日には午前11時00分,同月27日には午後1時00分,11月17日には午前8時30分から仕事を開始したと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 ウ問題は,「勤怠・時間外勤務届」のような客観的証拠のない日のP1の始業時刻であるが,証拠(乙64,69,72,74)及び弁論の全趣旨によれば,P1の先輩であるP4はP1の出勤時刻を午前7時30分と供述していること,本件会社の関係者は一致してP1が朝早く出社してしたと述べていること,また,審査官も「勤怠・時間外勤務届」のない日のP1の始業時刻を午前7 るP4はP1の出勤時刻を午前7時30分と供述していること,本件会社の関係者は一致してP1が朝早く出社してしたと述べていること,また,審査官も「勤怠・時間外勤務届」のない日のP1の始業時刻を午前7時30分であると認定していることが認められる。 上記認定事実に,前記1(2)ウの事実を併せ考慮すると,P1の10月以降の「勤怠・時間外勤務届」のない日の始業時刻は,午前7時30分であ ったと認定するのが相当である。 エ以上によれば,P1の10月から本件自殺に至るまでの間の始業時刻は,別紙4ないし6の「始業時刻」欄記載の時刻ということになる。 (2)終業時刻ア「勤怠・時間外勤務届」による認定(ア)前記(1)アのとおり,本件会社ではタイムカードによる時間管理をしていないところ,従業員の休日の勤務時間は「勤怠・時間外勤務届」により管理していたことが認められる。そうだとすると,「勤怠・時間外勤務届」に退社時刻の記載がある部分は,当該記載時刻をもってP1の終業時刻と認定するのが相当である。 (イ)証拠(乙32の1,同40)及び弁論の全趣旨によれば,P1は,10月13日には午後5時00分,同月19日には午後6時30分,同月26日には午後4時00分,同月27日には午後3時00分,11月17日には午後5時30分に仕事を終え退社したと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 イ「鍵使用者記入表」及び警備会社の警備記録による認定(ア)証拠(乙46,47,51)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 本件会社には,事務所を開閉するための鍵が10本あり,従業員10名がこれを保持しており,P1もこれを保持していた。本件会社では,最初に出社した従業員が鍵を開け,「鍵使用者記入表」に鍵を開けた者の氏名とその時刻を記載するこ 閉するための鍵が10本あり,従業員10名がこれを保持しており,P1もこれを保持していた。本件会社では,最初に出社した従業員が鍵を開け,「鍵使用者記入表」に鍵を開けた者の氏名とその時刻を記載することになっている。同様に,最後の退社するものが鍵を閉め,「鍵使用者記入表」に鍵を閉めた者の氏名とその時刻を記載することになっている。また,本件会社においては,10本の鍵とともに警報解除のためのセコムカード10枚があり,鍵の保持者がカードを保持している。鍵の開閉をした者は,セコムカードも同時に使 用する。しかし,セコムカードを使用した場合には,警備会社の警備記録によって使用した者を特定することはできないが,開閉の時刻は正確に記録されるという特徴がある。 (イ)以上によれば,「鍵使用者記入者表」の退社氏名にP1が記載されている場合には,当該日には,P1が,警備会社の警備記録のセコムの防犯システムがセットされた時点(SSSと表示された時刻)まで仕事をしていたと認めるのが相当であり,換言すれば,P1の終業時刻は警備記録によって認定するのが相当である。以上のような手法で,P1の10月から本件自殺までの間の終業時刻を検討すると,証拠(乙46,47)によれば,P1は,下記「月日」欄記載の日には,下記「終業時刻」記載の時刻に仕事を終え退社したと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 月日終業時刻10月12日午後7時03分10月25日午後11時06分10月30日午後11時43分11月4日午後6時17分11月6日午後10時20分11月11日午後11時13分11月12日午前1時10分(翌日)11月18日午前0時04分(翌日)11月20日午前1時28分(翌日)11月21日午後10時16分 後10時20分11月11日午後11時13分11月12日午前1時10分(翌日)11月18日午前0時04分(翌日)11月20日午前1時28分(翌日)11月21日午後10時16分11月25日午前1時05分(翌日)11月27日午前0時47分(翌日) 12月4日午前4時21分(翌日)12月10日午後10時49分12月12日午後10時31分12月19日午後11時02分12月20日午後11時29分12月22日午後6時24分ウ営業日報による認定証拠(乙41)及び弁論の全趣旨によれば,部分的ではあるが,P1の営業日報が存在し,当該営業日報には午後7時30分までは勤務した時間帯を升目を塗りつぶして記入することができるようになっていることが認められる。以上の認定事実によれば,午後7時30分までの時間帯の升目を塗りつぶしていないときには,午後7時30分まで勤務していなかったと推認するのが相当である(ただし,後記エに照らせば,午後7時30分まで升目が塗りつぶされているからといって,午後7時30分に退社したとは認められない。)。そして,証拠(乙41)によれば,P1は,12月9日には午後6時30分までしか勤務していなかったと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 エ客観的証拠の存在しない日の終業時刻(ア)以上のとおり,「勤怠・時間外勤務届」,「鍵使用者記入表」,警備会社の警備記録,営業日報の存在する場合のP1の終業時刻は,これらに基づいて認定することができるが,問題は,これらの裏付けのない日の終業時刻である。結局は,関係者の供述等から労働時間を推認するほかない。 (イ)これを本件についてみるに,前記1(7)のとおり,本件会社では営業を担当することにより残業は不可避と考 付けのない日の終業時刻である。結局は,関係者の供述等から労働時間を推認するほかない。 (イ)これを本件についてみるに,前記1(7)のとおり,本件会社では営業を担当することにより残業は不可避と考えられており,10月以降,P 1の残業は,新たに取引先を担当したことの影響により,他の同僚の目から見ても増加したことが確認されている。そして,前記2のとおり,P1は研修中の4月から9月の間も,平日(振替休日が与えられた休日出勤日を含む。)のうち45日は残業しており,そのうち,退社時刻が午後8時以降となった日は25日に及んだことが認められる(乙40)。 また,P1の先輩であるP4は,P1の10月以降の退社時刻について,いつもということではないが,幾度かは深夜まで一緒に残業したことがあり,12月のP1の退社時刻は,早い時で8時ころ,遅い時で午後11時ころで,平均すると午後9時から10時ころではなかったかと述べている(乙64,65)。その他,P3課長は,10月以降のP1の退社時刻は,午後10時から11時ということもあったが,早く帰れる時は「早く帰れよ」といって午後6時とか6時半頃に帰った時もある(乙69)。また,P6は,11月,12月のP1の退社時刻は遅くなり,早い時で午後7時ころ,遅い時で午後11時ころ,常態としては午後9時ころの退社ではないかと述べ(乙72),P5も,P1の退社時刻は,早い時で午後7時ころ,遅い時で午後9時過ぎということもあったと思う旨述べている(乙74)。さらに,前記1(8)のとおり,原告らが週に1,2回程度,午後10時以降にP1の携帯電話に電話をかけた際,P1はまだ本件会社にいて仕事をしていることが多かったこと及びP1は10月以降,家族や同僚の目から見ても寝不足が明らかな状況にあったことが認められる。 (ウ)以上の 1の携帯電話に電話をかけた際,P1はまだ本件会社にいて仕事をしていることが多かったこと及びP1は10月以降,家族や同僚の目から見ても寝不足が明らかな状況にあったことが認められる。 (ウ)以上の本件会社の関係者の各供述に加え,鍵使用者記入表,警備会社の警備記録によれば,本件会社は,従業員が恒常的に夜遅くまで残って仕事をしており,P1は新入社員であり他の職員と別の行動様式をとっていたとは認め難いこと(乙46,47,弁論の全趣旨)を併せ考慮すると,上記アないしウに挙げた客観的資料のない日において,P1は, 午後7時か8時ころに帰る日もなかったわけではないものの,深夜に及ぶまで残業した日は多かったと推認するのが相当であり,P1の退社時刻は,平均すると午後10時ころであったと推認するのが相当であり,当該認定を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。 この点に関し,被告は,客観的資料のない日のP1の退社時刻を午後7時30分と主張するが,前記のとおり,P1は10月以降残業が増えて深夜に及ぶことも多かったこと,担当取引先を任されていなかった9月以前でさえ,P1は午後8時以降に退社する日も多かったことに照らすと,平均的な退社時刻が午後7時30分であるとするのは,余りにも事実とかけ離れた不自然な主張というべきであり,採用することは困難である。 オ以上アないしエによれば,P1の10月から本件自殺に至るまでの間の終業時刻は,別紙4ないし6の「終業時刻」欄記載の時刻ということになる。 (3)小括以上によれば,P1の10月から12月にかけての始業時刻及び終業時刻は,別紙4ないし6のとおりであり,そうだとすると,各月の時間外勤務時間は,別紙4ないし6の「時間外労働時間」の「合計」欄記載のとおり,10月が150時間22分,11月が149時間40分,12月 刻は,別紙4ないし6のとおりであり,そうだとすると,各月の時間外勤務時間は,別紙4ないし6の「時間外労働時間」の「合計」欄記載のとおり,10月が150時間22分,11月が149時間40分,12月(22日まで)が112時間36分であったと認めることができる。 争点に対する判断以上に認定した事実関係を前提に,以下,本件訴訟の争点である本件自殺の業務起因性について判断することにする。 (1)業務起因性の判断基準労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるた めには,業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・判例時報837号34頁参照)。また,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・判例時報1557号58頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・判例時報1564号137頁)。 そして,証拠(乙90,93,94)によれば,精神障害の発症については,環境由来のストレスと,個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス―脆弱性」理論が広く受け入れられていると認められることからすれば,業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重で 認められるためには,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。 (2)P1の精神障害発病の業務起因性ア対象疾患の発病前記前提事実(9)アによれば,P1は,11月下旬ころに,ICD-10分類の「F43適応障害」を発症し,その病的な状態が進んで,遅くとも12月中旬までの間に,ICD-10分類の「F32うつ病エピソード」を発病したことが認められる。問題は,何が原因でP1が適応障害を発病したかという点であり,この点につき検討を進めることにする。 イ業務による心理的負荷の検討P1の発病に先立って次々に生じた業務上の心理的負荷を伴う一連の出 来事は,前記1ないし3で認定したとおりであり,後記(ア)ないし(キ)に照らすと,総合食品卸売業者における新入社員として,入社後6か月にして初めて担当の取引先を与えられた平均的な営業担当者にとっては,過重な心理的負荷を伴う出来事であったと認めるのが相当である。 (ア)10月以降のP1の仕事内容・仕事量の急激な変化すなわち,P1は,10月になって希望どおり営業担当者としての独り立ちといえる2社3店舗の取引先の担当者となったが,それまでの半年間の研修では先輩の商談に同席するのみであったのが,急に販売価格の決定等の裁量権を与えられ,緊張を伴う商談にも基本的には一人で臨み,それに備えての見積や企画提案書の作成等の社内業務もしなければならなくなった。このように,P1の業務は,10月を境に,その内容,量ともに急激に変化した(前記1(2)イ,ウ,(3)イ, は一人で臨み,それに備えての見積や企画提案書の作成等の社内業務もしなければならなくなった。このように,P1の業務は,10月を境に,その内容,量ともに急激に変化した(前記1(2)イ,ウ,(3)イ,エ,(4)ア,イ)。 確かに,前記1(3)ア,(4)イによれば,本件会社では,入社後半年程度で2社3店舗の取引先を与えられること自体はそれほど珍しいことではなく,先輩職員や上司が,P1の取引先との商談に同行したことも数回あったことが認められる。しかし,経験則上,自ら一人で商談に臨む業務が,入社半年の新入社員に与える心理的負荷は小さくないのが一般的であり,特に,後に述べるとおり,10月以降の仕事内容・仕事量の変化に伴い,急激な労働時間の長時間化という結果をもたらしたことをも併せ考えると,この心理的負荷の評価は通常よりも強い方向に修正するのが相当であり,このように考えることが専門検討会報告の考え方にも沿うものといえる(乙90【35頁】)。 (イ)取引先担当者との人間関係独り立ちしたP1は,取引先の担当者であるP9との人間関係をうまく築くことができず,悩む様子を見た上司や先輩職員からの支援を受けることはできたものの,P14に対するジュースの納入実績を落として しまい,売上目標の達成率を大きく下げる結果となった(前記1(5)ウ)。このようなことは,上司や先輩職員から見れば気にするほどの出来事ではないとしても,営業担当者として独り立ちしたばかりの新入社員にとっては,相応の心理的負荷を伴う出来事であったと評価するのが相当である。 (ウ)交通事故等のミスの連発また,P1は,独り立ちをして1か月も経過しない10月27日には発注ミスをし,さらに11月25日には社用車で交通事故を起こすというミスを連発した(前記1(5)ア,イ)。これらは,結果的には会 の連発また,P1は,独り立ちをして1か月も経過しない10月27日には発注ミスをし,さらに11月25日には社用車で交通事故を起こすというミスを連発した(前記1(5)ア,イ)。これらは,結果的には会社や取引先に大きな損害を与えることはなく,上司や先輩職員からすれば,深刻に考える必要のない出来事であったとしても,独り立ちして間もない営業担当者としてのスタートを切ったばかりの新入社員にとっては,相当の心理的負荷を与える出来事であったと評価するのが相当である。 (エ)「予算」の不達成P1は,売上目標である「予算」を達成することができず,特に11月の「予算」達成率は大幅に落ち込み,このことについて,P1は家族に悩みを打ち明けたり,友人に対し,他人の売上げを借りるなどという手段にまで言及したこともある(前記1(4)ウ,(6))。確かに,上司や先輩職員から見れば,「予算」は前年実績に基づくものでもなく,当時のデフレ状況からして完全に達成することは困難であり,まして新人であれば過度に「予算」達成率を気にする必要はないと考え,その旨指導していたところである(前記1(4)ウ)。しかし,本件会社では研修やミーティングの度に「予算必達」等の指示がされ,この際に,新人ゆえに特別扱いをしていたわけではないこと(前記1(4)ウ)からすれば,営業担当者として独り立ちしたばかりの新入社員が「予算必達」を真に受けて,あたかもノルマを課せられているように考え,思い詰めるのも 無理はなく,これを達成することができないことに伴う心理的負荷も大きなものであったと評価するのが相当である。 (オ)労働時間の長時間化とそれに伴う睡眠不足P1の時間外労働時間は,2社3店舗の取引先を担当することに伴い,急激に長時間化した。すなわち,9月までは最大でも1か月46時間50分(4 当である。 (オ)労働時間の長時間化とそれに伴う睡眠不足P1の時間外労働時間は,2社3店舗の取引先を担当することに伴い,急激に長時間化した。すなわち,9月までは最大でも1か月46時間50分(4月に記録)であったものが,10月には150時間22分,11月には149時間40分,12月は22日までで112時間36分に及んでいる(前記2,3)。 10月以降のP1の退社時刻は,平均的には午後10時ころであったが(前記3(2)エ),本件会社から自動車で10分程度かけて帰宅し,食事をしたり,自宅内での雑務を済ませたり,入浴をしたりするなど,生活する上で必要不可欠な作業時間を経てから就寝していたことは明らかである。また,P1が仕事のことを考えると眠れないと原告らに対して訴えたこと(前記1(8)エ),本件全証拠を検討しても,他にP1が不眠に陥る原因が見当たらないことからすれば,仕事上の理由で睡眠が浅くなっていたと推認するのが相当である。さらに,P1は毎朝午前7時30分には出勤していたところ(前記2(1)),それに先立ち,10分程度の通勤時間のほか,身繕いの時間,朝食の時間等,出勤するために最低限必要な準備時間があったことは明らかであるから,P1の起床時刻は午前6時台であったと推認される。このことに加えて,P1が10月以降,寝不足であった様子は,会社の同僚や家族,友人らが確認しているところでもある(前記1(8)エ)から,P1は,10月以降の勤務時間の長時間化に伴う睡眠不足に陥っていたものと認めることができる。 専門検討会報告においても,「極度の長時間労働,例えば数週間にわたる生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労 働は,心身の極度の疲弊,消耗を来し,うつ病等の原因となる場合があることが知られている。」(乙90【34頁】) 例えば数週間にわたる生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労 働は,心身の極度の疲弊,消耗を来し,うつ病等の原因となる場合があることが知られている。」(乙90【34頁】)とされていることからしても,恒常的に残業し,深夜帯に及ぶことも度々であったP1の長時間労働は,うつ病発病の十分な原因となり得る危険を有していたと考えるのが相当である。 (カ)上記の各出来事による心理的負荷の総合的評価について以上の出来事は,10月から12月までの約3か月間という短期間に立て続けに起こったものであり,個々的に見れば,それのみでは強度の心理的負荷を伴うものとまではいえないということも可能である。しかし,本件においては,個々の問題が解決する間もなく,次々とP1に対し心理的負荷を与えた点に特徴がある。そして,特にP1の仕事内容の大きな変化と労働時間の急激な長時間化には密接な関連性があり,これらの時間的経過や関連性を考慮すると,上記の個々の出来事を分断してP1の業務上の心理的負荷を評価するべきではなく,これら複数の出来事を総合的に評価するのが相当である。このことは,専門検討会報告の考え方とも一致するところである(乙90【34頁】)。 さらに,P1の恒常的な睡眠不足を伴う極度の長時間労働はそれ自体がうつ病等発病の原因となり得る危険性を有することも考慮すると,上記の各出来事の総合的な評価に当たっても,心理的負荷が強いと見る方向に修正する必要がある。 (キ)小括以上からすると,P1の業務に伴う心理的負荷は,新人時代という人生における特別な時期において,人によっては経験することもあり得るという程度に強度のものと認めるべきであって,判断指針に照らしても,個々の出来事の評価を修正して,強度のものと評価するのが相当である。 ウ業務上の心理的 において,人によっては経験することもあり得るという程度に強度のものと認めるべきであって,判断指針に照らしても,個々の出来事の評価を修正して,強度のものと評価するのが相当である。 ウ業務上の心理的負荷の評価に関する被告の主張について (ア)「仕事内容・仕事量の変化」の評価に関してa被告は,P1が研修を経ていることや先輩の支援を受けることがあったことを理由に,従前の業務と比べて業務の困難度や能力及び経験と仕事内容のギャップの程度は少ないと主張する(【被告の主張】(2)イ(オ))。しかし,先輩の商談に同席することと,小さいながらも自ら裁量権を持って商談に臨むこととは困難度に大差があると考えられるし,時に先輩の支援を受けることがあったとはいえ,基本的には一人で商談に臨んだことは上記のとおりであるから,被告の主張は理由がない。 bまた,被告は,P1の業務に裁量性があることも,その心理的負荷が重くないと主張する根拠としているが(【被告の主張】イ(ク)),この点は,P1が新入社員であるという本件特有の問題を考慮すると,むしろ逆に心理的負荷を重くする方向に働く可能性があるというべきであって(乙98【8頁】),被告の主張は一面的な見方というほかなく,採用することができない。 (イ)交通事故の評価に関して被告は,上記の交通事故は物損事故であり,自動車保険で処理したため,本件会社に損害もなく,重大な事故ではないから,評価すべき心理的負荷はないと主張する(【被告の主張】(2)イ(ア))。しかし,新入社員が社用車を破損する事故を起こすことによって,評価すべき心理的負荷が全く発生しないというのは,通常の社会人の感覚からみると理解することが困難である。確かに,自動車保険が下りた以上は社用車を破損しても心に何らの痛痒を感じないという新入社員も皆無 価すべき心理的負荷が全く発生しないというのは,通常の社会人の感覚からみると理解することが困難である。確かに,自動車保険が下りた以上は社用車を破損しても心に何らの痛痒を感じないという新入社員も皆無ではないであろうが,そのように責任感の著しく欠落した者を,業務による心理的負荷を評価する基準とすることは相当ではなく,被告の上記主張は採用することができない。 (ウ) 「予算」を達成できなかったことの評価に関してa被告は,P1の業務上,「仕事内容・仕事量の急激な変化」と,「予算」を達成できなかったことに伴う中程度の心理的負荷があったことは認めつつ,これらは実質的に一つの事象であり,過重的に評価されるべきではない旨主張する(【被告の主張】(2)イ(ク))。しかし,営業担当者として独り立ちして,研修期間と比べて仕事内容・仕事量が急激に変化することと,厳しい売上目標に直面することとは全く別個の事柄であり,前者に後者が必然的に伴うわけでもないから,これらを実質的に一つの事象であるとするのは,根拠がないというべきであり,被告の上記主張は採用することができない。 b被告は,「予算」を達成できなかった点について,P1が2社3店舗の取引先を与えられた時点で既に未達成であり,その後もP1が随時営業実績を確認していたと思われることから,10月1日の時点から継続的に発生し続けていた出来事と評価すべきであり,それ以前から「恒常的な長時間労働」が行われていたと認められない以上,判断指針によっても長時間労働を理由に心理的負荷の評価を修正することはできない旨主張し(【被告の主張】(2)イ(ウ)),P12医師もこれに沿う意見を述べる(乙104)。しかし,前記1(6)によれば,10月までの「予算」達成率はおおむね80%程度であったと認められ,通常の新人労働者で 【被告の主張】(2)イ(ウ)),P12医師もこれに沿う意見を述べる(乙104)。しかし,前記1(6)によれば,10月までの「予算」達成率はおおむね80%程度であったと認められ,通常の新人労働者であっても,努力次第でこれを向上させ達成することが不可能であると断じるほどの数字であるとまでは認められない。 このことは,本件全証拠に照らしても,P1が取引先を担当した10月当初の時点では,いまだ「予算」の達成について悩む様子を示していたとは認められないことからしても明らかである。したがって,P1に,10月1日の時点で「予算」を達成できないことによる心理的負荷が生じていたと認めることはできない。あたかも10月1日の時 点で「予算」不達成が確定していたかのような被告の上記主張は,前提を誤っており,失当である。 (エ) 「勤務・拘束時間の長時間化」の評価に関して被告は,「勤務・拘束時間の長時間化」を認めつつも,これは「仕事内容・仕事量の大きな変化」に伴い当然発生したもので,前者は後者に評価され尽くしていると主張する(【被告の主張】(2)イ(カ))。しかし,前記2及び3のとおり,P1の労働時間の長時間化は,「仕事内容・仕事量の大きな変化」に伴い必然的にもたらされる労働時間の長時間化の域を超えたものであって,被告が例に挙げるような,転勤に伴う仕事の変化や人間関係のストレスなどと同視し得るものではない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。 エ業務外の心理的負荷及び個体側脆弱性の検討(ア)本件全証拠を検討しても,P1には,業務に伴う心理的負荷のほかに,業務外において心理的負荷の原因となるような出来事があったとは認められない。また,P1は精神疾患の既往歴もなく(前記争いのない事実等(1)),性格面でも,本件全証拠を検討するも,特に通 荷のほかに,業務外において心理的負荷の原因となるような出来事があったとは認められない。また,P1は精神疾患の既往歴もなく(前記争いのない事実等(1)),性格面でも,本件全証拠を検討するも,特に通常の社会人と比較して特異な点は見当たらず,とりたてて脆弱性を問題にするほどの性格的傾向を有するものと認めるに足りる証拠は存在しない。 (イ)被告は,P1が毎朝遅刻を防ぐため原告P2に対し電話を依頼するような依存的傾向や,遺書の内容から看取される同調性,客観的には大きなミスをしていないのに深刻に考える傾向等に着目し,P1には「執着性格あるいはメランコリー親和的性格」という性格的脆弱性があると主張し(【被告の主張】(2)エ),P13医師も同旨の意見を述べる(乙98,103,証人P13【5頁】)。しかし,P1は基本的に両親の世話になることなく自立して生活していたのであり,問題にするほどの依存的傾向があったとは考えにくい上,本件においては,P1は自 殺時に正常の認識及び行為選択能力が著しく阻害されている状態にあったこと(前記争いのない事実等(4))からして,遺書の内容を取り上げてP1の性格的傾向を論ずるのは適切とは思われない。また,証人P13の尋問結果によれば,P13医師が本件の事実関係の詳細を把握した上で上記意見を述べているのか否かについては,疑問を差し挟まざるを得ない。以上のことから,被告の上記主張は採用することができない。 オ小括以上の検討によれば,P1の業務上の心理的負荷は,総合食品卸売業者における新入社員として,入社後6か月にして初めて担当の取引先を与えられた平均的な営業担当者を基準とすると,相当に強度のものであったということができ,他方で,P1には業務外の心理的負荷や精神障害を発病させるような個体側要因も認められない。これらを 当の取引先を与えられた平均的な営業担当者を基準とすると,相当に強度のものであったということができ,他方で,P1には業務外の心理的負荷や精神障害を発病させるような個体側要因も認められない。これらを総合考慮すると,P1の精神障害(適応障害及びうつ病エピソード)発病は,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であった結果発生したものというべきである。そうだとすると,P1の上記精神障害は,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,業務起因性があるものと認めるのが相当である。 (3)本件自殺の業務起因性上記(2)のとおり,遅くとも12月中旬までに発病したP1の精神障害(うつ病エピソード)は業務に起因するものと認められるところ,上記精神障害発症後間もなく引き起こされた本件自殺は,P1の正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で行われたものであるから(前記争いのない事実等(4)),本件自殺は「故意」の自殺ではないと推認すべきであり,業務起因性を認めるのが相当である。 結論 以上によれば,P1の本件自殺による死亡が業務に起因するものではないこ とを前提にして行われた本件処分は違法であり,その取消しを求める原告らの請求は理由があるから,これを認容することとする。 東京地方裁判所民事第36部難波孝一裁判長裁判官福島政幸裁判官別所卓郎裁判官
▼ クリックして全文を表示