主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実本件公訴事実の要旨は,被告人は,平成28年10月7日午前8時42分頃,名古屋市a区bc丁目d番新築マンション工事現場(以下「本件工事現場」という。)西側歩道上において,同工事の現場責任者であるA(当時e歳)に対し,その胸を両手で突き飛ばしてその背中を徐行中のダンプカー(以下「本件ダンプカー」という。)の側面に接触させる暴行を加えたというものである。 第2 本件の争点本件の争点は,被告人が両手でAの胸を1回強く突き,その背中を徐行中の本件ダンプカーの側面に接触させたといえるかである。 検察官は,Aの証言が信用できるものであり,同証言によれば,被告人による暴行が認められると主張する。 これに対し,弁護人は,被告人は公訴事実記載の暴行に及んだ事実はないと主張するとともに,Aの証言には曖昧さや変遷があり,鑑定結果と矛盾するものであることなどの理由から,同証言には信用性がないと主張して,被告人は無罪であると主張する。 そこで,A証言の信用性を中心に検討する。 第3 前提となる事実関係各証拠によれば,次の事実が明らかに認められる。 1 被告人は,本件工事現場のf側に住み,近隣住民と共に,マンション建設の反対運動を行っていた。 本件工事現場の西側は,歩道,車道の順に隣接し,現場敷地と歩道の境には仮囲いが設置され,工事車両の出入口として第1ゲート(以下「本件ゲート」という。)が設けられていた。 Aは,平成28年5月頃から,本件工事現場の現場責任者に従事しており,現場の施工管理ほか住民対応等にあたっていた。Aは,本件当日までに近隣住民による反対運動に関して警察へ通報したことが13回程度あった。 2 被告人は,本件当 件工事現場の現場責任者に従事しており,現場の施工管理ほか住民対応等にあたっていた。Aは,本件当日までに近隣住民による反対運動に関して警察へ通報したことが13回程度あった。 2 被告人は,本件当日午前8時過ぎ頃から,本件ゲート近くの歩道上に立って,本件工事現場内を監視していた。Aは,同日午前8時25分頃,交通誘導員3名と共に,本件ゲートに行き,職務に就いた。反対運動の住民対応はAが,その他の車両,歩行者の誘導は交通誘導員らが,それぞれ担当していた。 同日午前8時30分頃から,ダンプカーが本件ゲートから本件工事現場内に入り始めた。しばらくすると,被告人は本件ゲート前の歩道上を行ったり,来たりし始めた。Aは,被告人に対し,ダンプカーが出入りして危険なことなどを口頭で注意していた。 同日午前8時41分頃,本件工事現場内で本件ダンプカーが本件ゲートに向かって進行してきた。Aは,本件ゲート前の歩道上(北寄り)で,本件工事現場内に向かって立ち,本件ダンプカーを誘導していた。被告人は,腕組みをして,左手にスマートフォンを持った状態で,Aよりも北寄りに,その背後に立っていたが,本件ダンプカーが本件ゲート近くまで来た頃,本件ゲート前の歩道上を南方に向かって歩き始めた。Aは,被告人が本件ダンプカーの前方を横切ろうとしたのを察知して,自身も南方へ移動しつつ被告人に近づき,その右背面を被告人の左側面に当てて被告人の動きを止めようとした。被告人がAの更に右側方を通って南方へ歩き続けようとしたため,Aは反転しつつ両腕を肩の高さで左右に広げて,被告人の正面に立った。そこで,被告人は,反転しつつ,元居た場所(本件ゲートの北寄り)の方へ歩き始めたところ,Aは,両腕を左右に広げたまま,被告人に寄り添うようにして移動した。被告人が本件ゲート前の歩道北寄り に立った。そこで,被告人は,反転しつつ,元居た場所(本件ゲートの北寄り)の方へ歩き始めたところ,Aは,両腕を左右に広げたまま,被告人に寄り添うようにして移動した。被告人が本件ゲート前の歩道北寄りまで移動し,南方に向かって立ったところ,Aは,両腕を左右に広げ,被告人の面前で,正対する形で被告人に立ち塞がった。その頃(同日午前8時42分頃),本件ダンプカーは, その前面を歩道部分に乗り出し,その前輪が歩道すぐ手前に位置するまで進んでいた。 Aは,その後,右斜め後方に体を反らして,本件ダンプカーに車道へ出るよう合図をした。本件ダンプカーがその前輪を歩道に進出させ始めた頃,本件ダンプカーよりも北寄りの位置で南方を向いて立っていた被告人は,正対するAの右側方(被告人から見て左方)へ,腕組みをしたまま前進しようとした。そこで,Aは,左右に広げた両腕を前方へ動かして被告人の体の左右を塞ぐようにした。しかし,被告人は,なおもAの右側方へ移動し始めたため,Aもその動きに合わせて,右斜め後方へ動いた。二人の動きは,歩道を横断して車道へ進行する本件ダンプカーの側面に近づくものであった。被告人は,その上半身の辺りでAの右腕によって前進を阻まれていたが,なおも腕組みをしたまま本件ダンプカーに近づくように前進したことから,Aは,即座に被告人の面前に立ち回り,その両腕を被告人の左右から背面へ回し込むようにして,被告人の前進を止めようとした。Aと被告人とが体を接着させた直後,被告人は何らかの動きをして右足を後方へ下げ,Aは何らかの衝撃を受けて後ろによろめいて,本件ダンプカーの右側面に接触した(なお,弁護人は,後述の鑑定結果を踏まえて,Aが自ら本件ダンプカーの方へ倒れた疑問を呈しているが,進行する本件ダンプカーに巻き込まれる危険があったことも考慮す て,本件ダンプカーの右側面に接触した(なお,弁護人は,後述の鑑定結果を踏まえて,Aが自ら本件ダンプカーの方へ倒れた疑問を呈しているが,進行する本件ダンプカーに巻き込まれる危険があったことも考慮すれば,そのような事態は考え難い。) 4 体勢を戻したAは,すぐに警察へ通報し,その後,臨場した警察官に被害状況を説明した。警察官は,Aの説明を聞いた後に被告人からも事情を聴き,本件ゲート付近に設置された防犯カメラの映像を確認するなどして,被告人を暴行の現行犯人と認めて逮捕した。 第4 A証言の信用性について 1 Aは,当公判廷での主尋問において,おおむね,以下のとおり証言する。 Aは,両腕を肩の高さで左右に広げて被告人の正面で立ち塞がり(前記第 ったが,被告人は,邪魔だ,どけというふうで,どんどん前に出てきた。 Aが左右に広げた両腕を前方へ動かし,被告人の体の左右を塞ぐようにしAの体はほぼひっついている状態だった。Aは,被告人に対し,「危ないですから,やめてください」と言ったが,被告人は「邪魔だ,どけ」と大きな声で叫び,前に前に出てきた。Aが「やめてください」と言っていたところ,被告人は,いきなり,両手(スマートフォンを持ったままの左手と,右手の手のひら)で,Aの胸の上のほうを突いてきた。後ろによろけるぐらいの強さだった。 Aは,このままだと後ろに転倒すると思ったので,右足を後ろに下げて転倒しないような体勢をとった上,背後を走行する本件ダンプカーの右側面に手を当てるような状態をとった。Aの右背中上部が本件ダンプカーの右側面に当たった。 Aは,体勢を戻した後,被告人に対し,「手を出したらいかんでしょう,今から110番する」と言ったところ,被告人は,「110番しろ」と言った。 Aは,本件当日 の右側面に当たった。 Aは,体勢を戻した後,被告人に対し,「手を出したらいかんでしょう,今から110番する」と言ったところ,被告人は,「110番しろ」と言った。 Aは,本件当日,病院を受診して,左背面の打撲という診断を受けた。 2 証言内容の曖昧さについて Aは,被告人から両手で胸を突かれた旨証言するが,その具体的状況に関して,被告人が左手にスマートフォンを持っていたとの認識の根拠については,そのような主観を持っていたからだと思う旨述べたり,胸を突いた際の被告人の両腕の状態については,当初腕組みをほどいていたと証言していたのが,途中からは腕組みをしたままだったかもしれないと証言するに至ったりするなど曖昧な証言をするにとどまっている。 この点,Aの視認条件を検討すると,Aが被害に遭ったと述べる状況は,その証言等によれば,Aが,その右腕で阻止しているにもかかわらず前進を続ける被告人を止めるために,即座に同人の面前に立ち回り,その両腕を被 告人の左右から背面へ回し込む体勢をとったことによって,被告人とAの体が接着する状況であった。すなわち,Aが何らかの衝撃を受けたのは,被告人の前進に合わせて即座に被告人の面前に立ち回った直後の一瞬の出来事であったのであり,その際のAは,再三の制止にもかかわらず本件ダンプカーの方へ前進を続ける被告人を身を挺して止めようと考えていたことからすると,被告人の前進を止めることに意識を向けていたと認められる。 したがって,Aには被告人の両腕の動きを注意して見るだけの余裕がなかったと考えるべきであり,Aが,上記のとおり,被告人の両腕の状態等について曖昧な内容の証言をするにとどまっていることも併せると,両手で胸を突かれたとの証言にはAの推測に基づいた内容が含まれている かったと考えるべきであり,Aが,上記のとおり,被告人の両腕の状態等について曖昧な内容の証言をするにとどまっていることも併せると,両手で胸を突かれたとの証言にはAの推測に基づいた内容が含まれているとみるべきである。 また,Aは,現場に臨場した警察官に対し,要旨,被告人が,突然,両腕を思いっきり突きだし,自分の両胸を押して突き飛ばしたと説明している。 しかし,後述するように,防犯カメラによって録画された画像(以下「本件画像」という。)上では,問題となっている場面の中で,少なくとも被告人が組んだ両腕をほどいた様子は認められない。また,上記のような被害時の状況によれば,被告人とAとの体の接着はそれなりの勢いを伴って生じたことも考えられ,Aの受けた衝撃が,被告人の組んだ両腕がその意図によらずにAに接触したことによって生じたことも考えられる場面である。そうすると,再三の注意にもかかわらず本件ダンプカーの方へ前進しようとする被告人の言動を見たAが,何かあれば警察へ通報しようとの考えを有したまま何らかの衝撃を受けたことで,被告人から両胸を両手で突かれたものと誤認した可能性は否定できない。 以上より,Aの証言には,暴行態様又はそれと密接にかかわる事実について曖昧な内容が含まれており,その原因として,被告人の両腕の動きを見ていなかったものの,何らかの衝撃を受けたことで,被告人から両手で胸を突 かれたと誤認した可能性が否定できないことから,その曖昧さは,証言の信用性を一定程度損なわせるものといえる。 この点,検察官は,Aが被害状況を冷静に観察できていたとも考えにくく,A証言の信用性を揺るがせるものではないと主張する。 しかし,本件は,Aの受けた衝撃が,被告人の組んだ両腕がその意図によらずにAに接触したこ が被害状況を冷静に観察できていたとも考えにくく,A証言の信用性を揺るがせるものではないと主張する。 しかし,本件は,Aの受けた衝撃が,被告人の組んだ両腕がその意図によらずにAに接触したことによって生じたことも考えられる事案であるから,暴行態様又はそれと密接にかかわる事実について曖昧な証言に終始していることについて,A証言にその推測に基づいた内容も含まれているとみるべきである以上,A証言の信用性を損なわせる事情というべきである。 3 他の証拠との整合性について 本件画像との整合性についてア検察官は,Aの証言は,その核心部分において,本件画像と整合すると主張する。 イ確かに,本件画像からは,被告人が,Aによって制止されていたにもかかわらず,なおも本件ダンプカーの方に向かって進もうとしていたとみられる状況を読み取ることが可能であるが,防犯カメラが被告人の後方に設置されていたため,本件画像に被告人の両手の動き自体は録画されておらず,A証言の核心部分である被告人から両手で胸を突かれたとの証言の信用性を高めるといえるだけの整合性があるということはできない。 ウかえって,Aは,尋問の当初,被告人が腕組みをほどいて両手を前方に突き出すという動作をしたと証言していた。 しかし,本件画像の鑑定結果(弁12)によれば,腕組みをほどいてから両手を前方に突き出すという動作については,その背面では,上腕部が体幹の側方に位置し,その肘関節の屈曲を観察でき,続いて,上腕部が挙がり,肘関節が前方へと消えていくところが観察できるところ,本件で問題となっている場面の画像解析結果(写真番号09ないし写真番号13) について,そのような肘関節の動きは認められていない。 したがって,その証言には,本件 が観察できるところ,本件で問題となっている場面の画像解析結果(写真番号09ないし写真番号13) について,そのような肘関節の動きは認められていない。 したがって,その証言には,本件画像と整合しない箇所がみられる。 エなお,検察官は,本件画像の鑑定について,その手法において,詳細に画像を検討したものであるか大いに疑問がある上,その具体的鑑定手順も明らかではなく,その信用性には疑いがあると主張する。 しかし,鑑定人の証言によれば,画像処理の内容はともかく,それによって画像の中身が変わったとは認められず,また,鑑定に必要な範囲で手法を選択したと認められるから,グリット線の使用が少なかったことや,重ね合わせ法を採用しなかったことも含めて,その鑑定手法には合理性が認められる。 また,検察官は,鑑定の前提となる事実認定に誤りがないかという点についても疑問があると主張するが,前記ウ記載の限度においては,画像上読み取れる事実を前提とする内容であり,その信用性を否定する理由にはならない。 証人Bの証言との整合性についてア検察官は,Aの証言が,B(本件当時,第1ゲートの交通誘導員であった者であり,被告人による暴行を目撃したとされる者)の「被告人がAの肩の下辺りを両手で突いて,Aが後ろにのけぞり,本件ダンプカーに背中が接触した」との証言内容と整合すると主張する。 イしかし,Bは,被告人がAを両手で突いた場面について,被告人とAとの距離は,突いて押すことから考えて1メートルくらいあったと証言しており,前提とする事実関係を異にしている。また,Bは,被告人がAの胸を突いた瞬間については目撃したと述べるものの,その前後に目撃したものは覚えておらず,被告人の暴行を目撃したきっかけすら明確に しており,前提とする事実関係を異にしている。また,Bは,被告人がAの胸を突いた瞬間については目撃したと述べるものの,その前後に目撃したものは覚えておらず,被告人の暴行を目撃したきっかけすら明確に述べることができていない。 したがって,B証言の信用性には疑問があり,その内容もA証言と整合 しているとはいえない。 以上によれば,A証言の核心部分である被告人の暴行態様について,証言内容を裏付ける証拠はないというべきである。 4 以上検討したところによれば,被告人から両手で胸を突かれたとのAの証言には,その信用性に疑問を生じさせる曖昧さが認められ,その点を払拭するに足りるだけの他の証拠による裏付けも認められないことから,内容の自然性や合理性等検察官が指摘するその他の点を踏まえても,Aの証言を全面的に信用するにはなお合理的な疑いが残るというべきである。 第5 被告人供述について被告人は,Aに暴行を加えたことを一貫して否定し,Aからその両腕を自身の左右から背面へ回し込むようにされたときに自身の両腕にかなりの圧力を感じたことからそこから逃れようと,反射的に体を右の方にひねり,右足を一歩後ろに下げただけである旨供述する。 確かに,被告人の供述中には,本件ダンプカーの方へ近づこうとしたことはないなど本件画像と明らかに整合しない内容も認められる。しかし,Aによる再三の制止にもかかわらず本件ダンプカーの方へ前進した被告人の行動とAの両胸を手で突くという行動とは必ずしも結びつくものではなく,Aに腹を立ててその胸を突いたものとしか考えられないといえる程の事情ではない。その他,被告人の上記供述を排斥できる証拠はない。 第6 結論以上の次第であり,被告人が両手でAの胸を1回強く突き,その背中を徐行中の本件ダンプカーの か考えられないといえる程の事情ではない。その他,被告人の上記供述を排斥できる証拠はない。 第6 結論以上の次第であり,被告人が両手でAの胸を1回強く突き,その背中を徐行中の本件ダンプカーの側面に接触させたという事実を認めるに足りる証拠はないから,本件公訴事実については犯罪の証明がない。したがって,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑-罰金15万円)平成30年2月21日 名古屋地方裁判所刑事第5部 裁判官小川貴紀
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