1 主 文被告人を禁錮1年に処する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理 由(罪となるべき事実)被告人は、大阪府寝屋川市(以下省略)社会医療法人甲病院に勤務する医師として患者の診察等の医療業務に従事していたものであるが、平成29年11月22日、同病院救急処置室において、A(当時68歳ないし69歳)に対し、その鼠径部から中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルを静脈内に適切に導入するため先に静脈内に挿入したガイドワイヤをカテーテル挿入後に抜去せず体内に遺残した場合には、心タンポナーデ、血管穿孔等により前記Aが死亡するおそれがあったのであるから、カテーテル挿入時にはガイドワイヤを確実に把持し、カテーテル挿入後にはこれを確実に抜去すべきことはもとより、同カテーテル挿入後、平成30年1月31日まで同病院に入院した前記Aの主治医として引き続き肺炎等の治療を行い、平成29年11月22日に1回、同月25日に1回、同月29日に1回、同月30日に2回、平成30年12月4日に1回、同月9日に1回、同月25日に1回と、計8回にわたり前記Aの胸腹部のレントゲン撮影をした上、これらのレントゲン写真には、いずれも同人の右心室付近から右頸静脈付近に遺残されたガイドワイヤの陰影が撮影されており、これを確認したのであるから、前記カテーテル挿入後、平成30年1月31日に前記Aが大阪市(以下省略)社会医療法人乙病院に転院するまでの間、同陰影の原因を調査して特定するとともに、前記カテーテル挿入後、平成29年12月4日までの間、自らないし専門医に依頼してガイドワイヤを取り除くべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、カテーテルを挿入する際、ガイドワイヤを確実に把持せず、 記カテーテル挿入後、平成29年12月4日までの間、自らないし専門医に依頼してガイドワイヤを取り除くべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、カテーテルを挿入する際、ガイドワイヤを確実に把持せず、カテーテル挿入後のガイドワイヤの抜去を失念してガイドワイヤを前記Aの体内に遺残した上、前記陰影の原因を調査して特定せず、2 自らないし専門医に依頼してガイドワイヤを取り除くこともなく、漫然と前記ガイドワイヤを前記Aの右心室内に放置した過失により、平成30年2月5日、転院先の前記乙病院において、同病院医師が前記カテーテル及びこれに癒着していた前記ガイドワイヤを同時に抜去した際、同抜去に伴うガイドワイヤの動きなどにより、前記右心室壁の一部を穿孔させ、よって、同日午後3時50分頃、同所において、前記Aを右心室壁穿孔による心タンポナーデにより死亡させた。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明)争点は、①死亡の機序、②過失、③過失と死亡(傷害)との因果関係である。 第1 前提事実(特に断らない限り、11月と12月の日付は平成29年のものを、1月と2月の日付は平成30年のものを指す。また、証拠の標目掲記の人物は名前のみ又は名字と当時の肩書で表示する。)1 被告人の資格等被告人は、昭和47年6月27日に医師免許を取得し、外科医や内科医として勤務し、事件当時は、甲病院の内科部長を務め、週に3回、救急外来の内科を担当していた。また、事件当時までに、中心静脈カテーテルの挿入術の経験も数多く積んでいた。 2 中心静脈カテーテルとその挿入の手技について一般に、中心静脈とは、胸腔内にある大静脈、すなわち上大静脈と下大静脈(横隔膜より頭側)のことを指し、中心静脈カテーテルとは、輸液や薬剤の投与等のために中心静脈に留置するカテーテルのことである。 一般に、中心静脈とは、胸腔内にある大静脈、すなわち上大静脈と下大静脈(横隔膜より頭側)のことを指し、中心静脈カテーテルとは、輸液や薬剤の投与等のために中心静脈に留置するカテーテルのことである。 中心静脈カテーテルを静脈内に挿入するに当たっては、カテーテルを静脈内に適切に導入するため、まず先にカテーテルの誘導役となるガイドワイヤを静脈内に挿入し、ガイドワイヤに沿ってカテーテルを挿入するが、その際、カテーテルと一緒にガイドワイヤが静脈内に迷入してしまわないように、カテーテルの尾部からガイドワイヤの尾部を出して把持するとともに、カテーテル挿入3 後はガイドワイヤを抜去することが基本的な手技とされている。また、カテーテル挿入後に、レントゲン撮影をしてカテーテルの位置を確認することも基本的手順とされている。被告人自身もこれらの基本的手技及び手順を理解していた。 3 本件ガイドワイヤの構造等本件ガイドワイヤは、ステンレスでできており、コアワイヤ(芯棒)の周囲をコイル状のコイルワイヤが覆い、テフロンコーティングされている。 4 甲病院における経過⑴ Aは、レビー小体型認知症等に罹患し、認知症対応型共同生活介助施設に入所していたところ、原因不明の褥瘡がひどくなったことから、施設に往診に来ていた医師の紹介で、11月22日午前10時15分頃、施設職員の付添いの下、甲病院の外科外来を受診した。Aは、診察室に入ったときから、喘鳴があり、顔色も悪く、声掛けの反応も弱々しいなど、全身状態が悪かったことから、内科担当から連絡を受けた被告人の指示により、同日午前10時30分頃、救急処置室に運ばれた。その後、Aは、酸素飽和度が85%まで低下して、呼吸停止に至ったが、痰を吸引した後、呼吸が回復した。 ⑵ 被告人が救急処置室に到着したとき、Aには呼吸 同日午前10時30分頃、救急処置室に運ばれた。その後、Aは、酸素飽和度が85%まで低下して、呼吸停止に至ったが、痰を吸引した後、呼吸が回復した。 ⑵ 被告人が救急処置室に到着したとき、Aには呼吸障害や意識障害が出ていた。被告人は、Aの栄養状態が悪く、また、心停止した場合の投薬などのため同日午前11時50分頃から、Aの右鼠径部からガイドワイヤと中心静脈カテーテルを挿入した。その際、ガイドワイヤを抜去するのを失念し、Aの体内に遺残した。(なお、弁護人はカルテの信用性を争うが、記載者の立場及び内容に照らして信用性が認められる。)⑶ カテーテルの挿入後、被告人は、カテーテルの位置を確認するため、同日午後0時31分頃、Aの胸部レントゲン撮影の指示を出したが、レントゲン写真の内容について十分な確認をしなかった。 判示のとおり、合計8回にわたり、Aの胸部レントゲン撮影が行われ、そ4 のいずれの写真にも、下大静脈から心臓内に入り、心臓内でループを描いて頸部に伸びる白い線状の陰影(実際にはガイドワイヤの陰影)が写し出されていた(以下、ガイドワイヤのループしている部分を単に「ループ部分」という。)。また、ループ部分は12月4日まではその先端が丸みを帯びていたが、12月9日以降はその先端が鋭角になっていた(以下、ループ部分の鋭角になっている部分を「屈折部分」という。)。 被告人は、遅くとも11月29日に撮影されたレントゲン写真によってAの胸部の陰影に気づき、同日中に再度レントゲン撮影を指示し、翌30日に撮影されたレントゲン写真でその陰影が脳室心房シャントか、ガイドワイヤであると考えるに至り、12月9日の写真でループの先端が鋭角になっていることにも気づいたが、陰影の正体を特定することはせず、放置した。 ⑷ 被告人は、11月29日、来院したAの ントか、ガイドワイヤであると考えるに至り、12月9日の写真でループの先端が鋭角になっていることにも気づいたが、陰影の正体を特定することはせず、放置した。 ⑷ 被告人は、11月29日、来院したAの姪であるBに対し、Aの栄養状態が悪いことや、胃瘻、経鼻栄養、点滴について説明したが、前記レントゲン写真の陰影については説明しなかった。 ⑸ その後、Aは、1月31日、乙病院に転院した。被告人は、乙病院に対し、前記レントゲン写真の陰影について申し送りをしなかった。 5 乙病院における経過⑴ 乙病院では、1月31日、AのCT撮影と胸部レントゲン撮影が行われ、2月1日にも胸部レントゲン撮影が行われた。 ⑵ 2月1日、乙病院の主治医のC医師が、カテーテルの抜去を試みたが抜けなかった。そこで、C医師は、胸部レントゲン写真を確認したところ、白い陰影が確認できたことから、X線透視下での抜去が必要だと考え、循環器内科のD医師に抜去の依頼をした。なお、D医師は、同日から2月4日までの間、出勤していなかったため、C医師による前記依頼は、カルテの記載と病院スタッフを介して、同月5日にD医師に伝えられた。 ⑶ D医師は、2月5日午後3時30分頃、乙病院において、X線照射器によ5 りAの体内を見ながら、カテーテルとガイドワイヤを引き抜いたが、カテーテルとガイドワイヤの接着部分は癒着し、コアワイヤが折れてむき出しになり、コイルワイヤの左右から見えていた。Aは、抜去した後に、急に脈が遅くなり、心停止に至り、同日午後3時50分頃、死亡した。 6 司法解剖の結果2月7日に司法解剖がされた。一般に、心臓には心室壁があり、心室壁は外側から順に心外膜(厚さ1㎜~3㎜)、心筋層(厚さ3㎜~5㎜)、心内膜(厚さ1000分の1㎜以下)の三層に分かれているが、解剖結果によ 7日に司法解剖がされた。一般に、心臓には心室壁があり、心室壁は外側から順に心外膜(厚さ1㎜~3㎜)、心筋層(厚さ3㎜~5㎜)、心内膜(厚さ1000分の1㎜以下)の三層に分かれているが、解剖結果によれば、Aの右心室前面には、直径約1.5㎝の円形状の裂け目があり、辺縁がぎざぎざ状に広がっていた上、裂け目の周囲は長さ約5㎝、幅約2㎝の範囲で1㎜以下に削られていた(以下、薄く削られた部分を「削剥部分」という。)。Aの心嚢内には暗赤色の流動血(液体状の血液)と軟凝血(ゼリー状に凝固した血液)が合計250ml 貯留していた。 第2 事実経過のうち争いのある部分について1 本件カテーテル挿入中に、手術を中断する事態があったかについて被告人は、カテーテルを挿入した際に、酸素飽和度が下がりパルスオキシメーターの電子音が高音から低音になり、呼吸異常を疑う事象があったため、看護師にAの胸部を覆う布をめくってもらい、呼吸状態を確認した、その間、数秒から1、2分だったが、ガイドワイヤから手を離してしまった可能性がある旨供述するところ、検察官はかかる供述の信用性を争っている。 そこで検討すると、証人E及び同Fは、手技が中断したことはない旨述べる一方で、パルスオキシメーターの電子音の変化やアラート音の発生は覚えていない旨述べる。また、供述時は手術から約5年経ち、カルテに記載されたその余の事実についても相当部分を覚えていない上、被告人の述べる手技の中断は、Aの胸部を目視するにすぎず、記憶に残るような印象的な出来事とは言い難い。 また、手技の中断に関する両名の供述が、被告人の述べるようなごく短時間の6 中断を想定して述べたのかは不明といわざるを得ない。検察官は、手技の中断について、被告人がAの死亡後に事後入力したものを除き、カルテに記載がないことを指摘す 告人の述べるようなごく短時間の6 中断を想定して述べたのかは不明といわざるを得ない。検察官は、手技の中断について、被告人がAの死亡後に事後入力したものを除き、カルテに記載がないことを指摘するが、元々、カテーテル挿入術中の出来事は、挿入の事実と手技終了時と思われる酸素飽和度の数値が記載されているのみであるし、証人Fも、アラーム音がなってもいちいちは書かないと述べていることからすれば、カルテに記載がなくても中断がなかったとはいえず、被告人の供述を排斥できない。 以上のほかに、カテーテルの挿入前に一度Aの呼吸が停止してAの呼吸状態が必ずしも良くなかったことも併せ考慮すると、被告人の供述は排斥できず、被告人の述べるとおりの事態があった合理的疑いが残るので、以下では、そのような事態を前提に検討する。 2 D医師の抜去操作についてD医師は、X線透視下でカテーテルを抜去した際、数㎝引く動作をしながら、時計回り又は反時計回りにガイドワイヤを回転させ、ループ部分を解消して抜去した旨供述する。 他方で、抜去に立ち会ったG看護師は、D医師がガイドワイヤをぐっとしっかり握って、11、12㎝くらい引くと、ワイヤが体内に戻っていった旨供述する。 そこで、検討すると、D医師の抜去方法は、Aの死亡に関連する問題であり、D医師には責任回避のために虚偽の供述をする動機がある。現に、抜去に立ち会ったH臨床工学技士やG看護師が、D医師が当時半袖の術衣を着ていて、腕に力が入っているように感じたと述べているのに対して、D医師は、長袖のTシャツの上に術衣を着ていたなどと、C医師からも否定されるような衛生上考え難い理由で、自身の腕に力が入っていたことを否定している。また、C医師は、D医師がガイドワイヤを抜去する前に、D医師と話をしていないなど、D医師が慎重さを欠 、C医師からも否定されるような衛生上考え難い理由で、自身の腕に力が入っていたことを否定している。また、C医師は、D医師がガイドワイヤを抜去する前に、D医師と話をしていないなど、D医師が慎重さを欠いていたことを示す事情も供述しているが、D医師は、これ7 に反する供述をしており、前記術衣の点も含めて随所に責任回避の姿勢がうかがえる。これに対して、G看護師は、D医師がすごい勢いで引っ張ったわけではないと述べるなど、見たままを当時の感情も交えて具体的に供述している。 そうすると、G看護師の供述は信用できるが、D医師の供述のうち、ガイドワイヤを引っ張った長さや力の程度についての供述は信用できず、D医師は、ガイドワイヤを11、12㎝程度引っ張ったと認められる。 3 家族の治療意思について被告人は、中心静脈カテーテル留置後1か月以上経過したが、Aの家族が治療を拒否し、交換をしなくていいと言われたと理解したなどと述べる。 しかし、カテーテル挿入当日午後3時頃、後見人が来院し、家人の意向として、延命処置と胃瘻は希望しないが、肺炎等の治療に関する処置は行うことを伝えて、呼吸器の装着をすることとなった。Bは、翌日来院して、中心静脈カテーテル留置等の治療の同意書等にサインし、11月29日にも来院して、今後の治療方針について被告人から胃瘻、経鼻栄養等についての説明を受けたが、過去の経験から胃瘻は拒否して点滴での治療を望んだ。12月4日に電話で行われた転院調整の際、Bは、長期の点滴・酸素等が必要なことから療養型病院に転院することに了承した。また、Bは、Aが乙病院に転院した日である1月31日に来院し、Aが、寝たきりで肺炎にかかり、体力が低下していたので、今後、容態が急変し、助かる見込みがなくなった場合、延命措置を希望しないが、回復の見込みがある場合の 病院に転院した日である1月31日に来院し、Aが、寝たきりで肺炎にかかり、体力が低下していたので、今後、容態が急変し、助かる見込みがなくなった場合、延命措置を希望しないが、回復の見込みがある場合の治療や、Aが食べ物をのどに詰まらせた場合の人工呼吸器を付けて吸引するなどの処置は希望し、被告人が挿入したカテーテルが詰まっていたため、長期治療を見越したポート型中心静脈カテーテル挿入について提案されたところ、リスクの説明を受けた上で同意した。これにより、2月1日に同カテーテルが設置された。以上のことから、Bは延命措置と胃瘻こそ希望しなかったものの、その余の治療を拒否していたとは到底いえない。 第3 死因について8 Aを解剖したI医師は、軟凝血は生前の出血のみに生じる現象であることから、生きているときに心臓の外側に死に至る量の出血が生じて心臓を圧迫したと考えられ、死因は心タンポナーデ、すなわち、心臓に裂け目ができ、厚さ1㎜程度の心膜でできた心嚢の中に血液等が貯留し、その血液等が心臓を圧迫して、心臓が拍動できなくなり、心停止を起こしたと述べる。 I医師は、解剖鑑定医としての豊富な経験を有し、その能力や公正さに疑問はない上、上記意見は、軟凝血の性質を踏まえた合理的なものであり、D医師がAの容体急変後に、心エコーをして心嚢液の貯留を認め、心嚢穿刺したこととも整合しており信用できる。 なお、弁護人は、死因が迷走神経反射である旨主張するところ、確かに症状だけをみれば迷走神経反射も鑑別診断の候補の一つではあるが、迷走神経反射だとすれば心臓の外側に漏れた血液に軟凝血は生じないとの解剖学的知見を踏まえると、迷走神経反射は死因から除外されるため、弁護人の主張は採用できない。 第4 死亡の機序Aの右心室前面に直径約1.5㎝の円形の裂け目ができた機 血液に軟凝血は生じないとの解剖学的知見を踏まえると、迷走神経反射は死因から除外されるため、弁護人の主張は採用できない。 第4 死亡の機序Aの右心室前面に直径約1.5㎝の円形の裂け目ができた機序や、その周囲に削剥部分が生じた機序に関する、解剖医のI医師、心臓血管外科医のJ医師、同K医師の見解は次のとおりである(I、J医師は検察側証人で、K・L医師は弁護側証人である。L医師の意見は、K医師とほぼ同じである。)。 1 I医師の見解I医師は、1月31日乙病院で撮影されたCT画像からは、ガイドワイヤが心臓の外縁に達しているといえるが、心臓壁が薄くなっていることまでは不明であるとしながら、本件ガイドワイヤの屈折部分が、心臓の拍動に伴って右心室の内面に当たって右心室壁を削ったことで、抜去時点までに削剥部分が生じ、いつ穴があいてもおかしくない程薄くなり、D医師の抜去操作又は右心室内の血圧等が直接の契機となって、抜去時又はその直後に裂け目が生じたと述べる。 9 なお、D医師の操作により裂け目が生じた直接の契機については、ガイドワイヤが削剥部分に当たった、又はガイドワイヤが三尖弁に引っかかり、引っぱられて裂けたなど複数の可能性を指摘するが、いずれも推測を述べたものであり、はっきりとはわからないと述べる。 上記I医師の見解を前提にすると、ガイドワイヤが継続的に心室壁を削り刺激を与えることになるが、11月22日、同月25日、同月27日、同月29日、同月30日、12月5日、同月12日、同月13日、同月14日、同月18日、同月22日、1月13日に心室性期外収縮(PVC又はVPC)が発生しており、Aの症状と矛盾はない。また、後記のとおりK医師は、生体の防御反応としてガイドワイヤが心室壁を損傷しないように肉柱ができるし、削られても心内膜が張るはずで 外収縮(PVC又はVPC)が発生しており、Aの症状と矛盾はない。また、後記のとおりK医師は、生体の防御反応としてガイドワイヤが心室壁を損傷しないように肉柱ができるし、削られても心内膜が張るはずで、解剖時に心内膜が張っていないということは、一気に心室壁が剥がれたことを示している旨述べてI医師の見解を否定する。K医師が削剥部分を否定する理由は、レントゲン写真上、ガイドワイヤ屈折部分がほぼ固定されていること、屈折部分により心内膜を数㎠の範囲に及び剥がし落とす当て方をするのは、肉柱があるため、よほどのことがない限り起こらないということであるが、レントゲン写真によれば、ループ部分の屈折部分の位置や傾き度合いは、12月9日、12月25日、1月31日では差異が認められ、屈折部分が固定されていたと認めるには疑問が残る上、K医師自身も、削剥を限定的ではあるが認めており、ガイドワイヤを遺残した場合のリスクとして穿孔の危険を挙げているのであるから、I医師の述べる死亡の機序は十分にありうるものである。 2 K医師の見解K医師は、ガイドワイヤが右心室内面にある網目状の肉柱に巻き込まれ、さらにそこに肉芽が発生して肉が盛り上がる状態となり右心室壁に癒着し、右心室壁に癒着していたガイドワイヤをD医師が無理やり抜去したことで穴が開き、心筋も一緒に剥がれ心室壁が薄くなった、あるいはその後の心臓の拍動に10 よりさらに広い範囲で穴が大きくなった、1月31日乙病院で撮影されたCT画像から、ガイドワイヤが右心室壁にめり込んでいたか判断できないと述べる。 ガイドワイヤの癒着の可能性についてはJ医師やM医師も指摘している上、CT所見や過去の症例報告とも矛盾せず、摘出されたガイドワイヤに肉塊様のものが付着していたこととも整合することからすれば、K医師の述べる死亡の機 着の可能性についてはJ医師やM医師も指摘している上、CT所見や過去の症例報告とも矛盾せず、摘出されたガイドワイヤに肉塊様のものが付着していたこととも整合することからすれば、K医師の述べる死亡の機序も十分にありうるといえる。I医師は、癒着を否定する根拠として、①心臓は絶えず拍動しているので、当たっても引っかかりにくい、②癒着していたらガイドワイヤも心室壁と一緒に動くので、薄く削られるということはない、③穴が開く直前は心外膜という、もろい膜しか残ってなかったので、そこに癒着することはない、④裂け目がぎざぎざで、何度もこすったことを示す所見がある旨述べるが、①②③については、K医師の上記見解に立てば、いずれも説明がつくし、④については、I医師によれば、裂け目の辺縁のぎざぎざ痕は穴が開いた後にできたものであるから、K医師の見解とも矛盾しない。検察官は、削剥部分が長さ約5㎝、幅約2㎝の広範囲にわたっていることからK医師の見解では説明がつかない旨主張するが、肉芽に巻き込まれる強度や範囲により削剥部分の大きさは説明し得るといえ、K医師の見解を否定することはできない。 検察官は、N医師の過去の経験から2か月程度では強固な癒着は考えられない旨述べていることからK医師の見解がありえない旨主張するが、検察官請求証人のJ医師は、強固な癒着の可能性を述べており、N医師の経験のみからK医師の見解を否定することはできない。 3 J医師の見解J医師は、ループ部分が右心室壁に当たって削っていたところ、12月4日から同月9日までの間に、ループ部分の芯棒が折れてむき出しの状態になって、さらに右心室壁を削り、1月31日までの間に2つに折れた芯棒の片側1本が心筋に突き刺さって固定されてコイル部分が癒着し、固定されてない方の芯棒がさらに右心室壁を削って薄くしていた、ガイド になって、さらに右心室壁を削り、1月31日までの間に2つに折れた芯棒の片側1本が心筋に突き刺さって固定されてコイル部分が癒着し、固定されてない方の芯棒がさらに右心室壁を削って薄くしていた、ガイドワイヤ抜去時に、薄くなって11 いたところに負荷がかかって穴が広がった、1月31日乙病院で撮影されたCT画像からすると、ガイドワイヤが心筋を突き刺し、心外膜を突き抜けて、穴が開いたところをガイドワイヤが栓をしているといえる、Aは寝たきりで栄養状態が悪く、褥瘡を作らないよう体位変換をする際に、穴に栓をしているガイドワイヤが抜ければ大出血を起こし、削剥部分が裂ける可能性があった旨述べる。 上記J医師の見解は、I医師とK医師のいわば折衷説ともいうべき見解であり、既にみたとおり、ガイドワイヤが心室壁を削っていた可能性も、癒着していた可能性も否定できないことから、J医師の述べる死亡の機序は否定できない。 4 検討以上にみたとおり、I医師、K医師、J医師の見解はいずれも否定できない。 他方、被告人は、D医師の手技だけで裂け目や削剥部分が生じた可能性を指摘するが、Aに心臓の病変があったわけでもなく、ガイドワイヤ以外に心臓内に裂け目を生じさせるような異物があったわけでもないことや、心室壁の硬さや弾力からすれば、とがったものが当たっても、わずかな時間で心筋を削り取ることはできず、抜去時までの削剥や癒着を考慮せずに、D医師の手技だけで裂け目や削剥部分が生じたというのは考えにくいことからすれば、被告人の述べる可能性は否定できる。その他、裂け目や削剥部分が生じた機序として上記各見解以外に、合理的に説明しうるものはなく、上記各見解のいずれかの機序によってAが死亡したと認められる。 そうすると、裂け目ができた機序としては、抜去時までに、ガイドワイヤがAの 機序として上記各見解以外に、合理的に説明しうるものはなく、上記各見解のいずれかの機序によってAが死亡したと認められる。 そうすると、裂け目ができた機序としては、抜去時までに、ガイドワイヤがAの右心室壁を削り、削剥部分ができていたことを前提に、①ガイドワイヤの操作とは関係なく、血圧等により裂け目ができた(以下「機序1」という。)、②ガイドワイヤが削剥部分に当たるとか、ガイドワイヤが三尖弁に引っかかるなどの抜去時のガイドワイヤの操作で削剥部分に裂け目ができた(以下「機序12 2」という。)、③ガイドワイヤが、12月4日から同月9日までの間に破断し、1月31日までの間にコアワイヤが右心室壁に突き刺さって癒着し、抜去に伴い裂け目ができた(以下「機序3」という。)という機序か、あるいは、抜去時までに削剥部分が生じていなかったことを前提に、④ガイドワイヤが右心室内面にある肉柱に巻き込まれ癒着し、抜去に伴って心筋も一緒に剥がれるなどして削剥部分が生じた(以下「機序4」という。)という機序のいずれかであると認められる。 5 結果検察官は、Aの右心室内に遺残されたガイドワイヤによりその右心室壁を擦過させ削らせて薄くさせるなどし、その結果、Aに右心室壁擦過の傷害を負わせたことも訴因としているところ、機序1ないし3の場合には、検察官主張の傷害の事実は認められるものの、本件では、機序4の可能性は否定できず、削剥部分が生じたと認めるには合理的な疑いが残る。 よって、訴因中の傷害の事実については証明されていないことになるので、傷害結果については認定しない。以下、機序1ないし4のいずれの場合であっても、死亡結果について責任を問えるかを検討する。 第5 過失1 ガイドワイヤ挿入時の過失中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルと 定しない。以下、機序1ないし4のいずれの場合であっても、死亡結果について責任を問えるかを検討する。 第5 過失1 ガイドワイヤ挿入時の過失中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルと一緒にガイドワイヤが血管内に迷入してしまわないように、カテーテルの尾部からガイドワイヤの尾部を出して確実に把持するとともに、カテーテル挿入後にこれを確実に抜去することが基本的な手技とされる。ガイドワイヤを遺残した場合に想定される危険として、①ガイドワイヤが折れるなどして心臓や大血管に穿孔を生じさせる危険、②ガイドワイヤの周囲に血の塊が付いて、血栓塞栓症等を起こす危険、③致死的な不整脈を起こす危険などがあることは当時の標準的な医学的知見であり、被告人もそれらを避けるためガイドワイヤを確実に回収することに留13 意していたのであるから、被告人において、ガイドワイヤを把持しなければ血管内に迷入させてしまい、遺残したガイドワイヤにより心臓壁を穿孔し、心タンポナーデ等によりAを死亡させる危険があることは、十分に予見できたといえる。 弁護人は、過去にガイドワイヤ遺残の死亡例がないことをもって、死亡の危険はなく、あったとしても予見できなかった旨主張するが、ガイドワイヤ遺残の危険として穿孔等の危険があることは前記のとおりであり、その危険の内容に照らして、それが重篤化して死亡に至るおそれがあることも当然予見しうることといえる。このことは、弁護人請求の医学文献に、遺残されたガイドワイヤが身体や心室壁を突き破った症例報告や、遺残により重篤な合併症をもたらす可能性の指摘があることなどからも裏付けられている。 また、機序2ないし4の因果経過をたどったとすれば、抜去時までに削剥や癒着が生じ、D医師の抜去操作が介在してAが死亡したことになるので、因果経過につい の指摘があることなどからも裏付けられている。 また、機序2ないし4の因果経過をたどったとすれば、抜去時までに削剥や癒着が生じ、D医師の抜去操作が介在してAが死亡したことになるので、因果経過についての予見可能性も問題になる。心室壁の削剥については、被告人も、ガイドワイヤを遺残した場合に心室壁等にひっかかり、穿孔を生じさせる危険があることを認めており、その前提として遺残されたガイドワイヤが心室壁等を削剥することも容易に想定できるし、ガイドワイヤと血管・心臓等への癒着及びガイドワイヤとカテーテルとの癒着については、J医師、N医師、K医師、L医師の各証言や弁護人請求の医学文献でも指摘されており、癒着が生じる危険が大きいことは、中心静脈カテーテルの挿入術の経験を数多く積んでいた被告人にとっては当然に想定できるというべきである。 さらに、そもそもガイドワイヤは体内に遺残することが予定されておらず、安全性の検査についても抜去を前提としてされていた上、J医師、N医師、弁護人請求の医学文献によれば、ガイドワイヤの遺残に気づいた場合には抜去が基本とされているから遺残に気づいた別の医師等が抜去を試みることも当然に想定される事態といえる。また、被告人が挿入したカテーテルは、1か月程14 度で交換するところを2か月間留置したままで、2本のルートのうち1本が閉塞していたから、別の医療関係者がカテーテルを抜去することに伴い、ガイドワイヤに不用意に影響させたりすることも想定される事態といえる。このように、別の医療関係者による抜去操作が契機となって削剥や癒着が生じていた心室壁等に穿孔が生じ、Aが死に至ることも十分に予見できたといえる。なお、X線透視下でカテーテルをまず引っ張ってみて、癒着の有無や抜去できるかどうかを確認してみるという操作が必ずしも異常な操作と た心室壁等に穿孔が生じ、Aが死に至ることも十分に予見できたといえる。なお、X線透視下でカテーテルをまず引っ張ってみて、癒着の有無や抜去できるかどうかを確認してみるという操作が必ずしも異常な操作とはいえないことはJ、N、Lの各医師が一致して述べるところであるから、予見可能な因果経過と実際の因果経過との間に相当な隔たりがあるともいえない。 弁護人は、被告人の治療前にAの自発呼吸が停止するほど体力が低下し、手技中にパルスオキシメーターの電子音が低音になったために呼吸の確認を優先させたのであって、そのような状況で結果回避可能性・結果回避義務はなく、過失はないと主張する。しかし、Aには、酸素マスクが装着されて酸素飽和度が100%になった後に、被告人によるカテーテルの挿入が開始されており、被告人の供述によっても呼吸状態を確認したにすぎず、その時点で直ちに蘇生措置が必要なほどに緊急事態が生じていたわけではないから、手を離す際に、看護師に把持させるとか、処置室にあった鉗子で挟んでガイドワイヤが迷入しないようにするなどの措置をとることは容易であったといえる。仮にそれすらもできなかったとしても、被告人は、カテーテルを留置した医師として、手術後にガイドワイヤの存否を確認すれば、遺残したことを容易に発見でき、挿入した直後であれば、容易に抜去できたはずである。 そうすると、当時の状況を踏まえても、被告人には、カテーテル挿入時にガイドワイヤを確実に把持し、カテーテル挿入後にはこれを確実に抜去すべき義務があったといえ、これを怠った点に過失が認められる。 2 ガイドワイヤ挿入後の過失前記1により、被告人がカテーテル挿入直後にガイドワイヤを抜去する義務15 に違反した過失は認められるが、さらに検察官は、カテーテル挿入後、1月31日までに、陰影の原因を調 イヤ挿入後の過失前記1により、被告人がカテーテル挿入直後にガイドワイヤを抜去する義務15 に違反した過失は認められるが、さらに検察官は、カテーテル挿入後、1月31日までに、陰影の原因を調査して特定するとともに(以下「原因特定義務」という。)、自らないし専門医に依頼してガイドワイヤを取り除くべき業務上の注意義務(以下「抜去義務」という。)がある旨主張するので、以下検討する。 ⑴ 原因特定義務まず、原因特定義務について検討すると、前記1のとおり、ガイドワイヤを体内に遺残した場合には、死亡の危険があることは十分に予見できたといえる。また、被告人は、判示のとおり合計8回のレントゲン撮影をして、そのいずれにも白い線がループしている陰影が写し出されていた上、被告人は、11月29日のレントゲン写真で陰影に気づき、11月30日のレントゲン写真でガイドワイヤの可能性を疑った上、12月9日のレントゲン写真で屈折部分にも気づいたというのであるから、自らの手技でガイドワイヤを挿入し、その後も主治医としてAの治療に当たっていた被告人にとっては、カテーテル挿入前のレントゲン写真との比較や、追加のレントゲン撮影により、容易にその陰影の原因を特定することができたといえる。その上、挿入から間もない時期であれば血栓等は発生しておらず、低リスクで抜去できたことも踏まえると、被告人は、まずは、カテーテル挿入後、間もない時期に、抜去義務の前提として原因特定義務を負っていたというべきである。 そして、ガイドワイヤ遺残の可能性を示すレントゲン写真の陰影に気づくことができた時点で、低リスクでの抜去が可能な時期を過ぎていたとしても、その陰影の原因を特定せずに放置した場合には、ガイドワイヤ遺残による危険が現実化した際に、状況に応じた対応ができなくなり、あるいは、別の医 た時点で、低リスクでの抜去が可能な時期を過ぎていたとしても、その陰影の原因を特定せずに放置した場合には、ガイドワイヤ遺残による危険が現実化した際に、状況に応じた対応ができなくなり、あるいは、別の医療関係者によるカテーテル抜去に伴いガイドワイヤに不用意に影響させたりして、Aが死亡に至る危険があることは十分に想定できる。他方、被告人が、レントゲン写真の陰影の原因を特定して遺残の事実を確定すれば、病院内での情報共有、家族や転院先への情報提供がなされ、Aが死に至る危険は回避16 できたといえる。よって、後記のとおり抜去義務がなくなった後も、被告人は、Aが転院するまでの間、原因特定義務を負っていたというべきである。 以上によれば、被告人は、ガイドワイヤ挿入後、1月31日までの間、原因特定義務を負っていたといえ、これを怠った点に過失がある。 ⑵ 抜去義務ア 次に、抜去義務について検討する。ガイドワイヤの抜去には、3つの方法がある。1つ目は、カテーテルを引き抜くことで一緒にガイドワイヤも体外に出てくれば、出てきたガイドワイヤを掴んで引き抜く方法、2つ目は、カテーテルを引き抜いても、ガイドワイヤが体外に出てこなかった場合に、透視下で、スネアワイヤという器具を利用してガイドワイヤを摘出する方法、3つ目は、人工心肺を使って一時的に心臓を止めて、開心術によりガイドワイヤを摘出する方法である。このうち、スネアワイヤによる抜去や開心術による抜去の場合に、Aや家族の同意が必要であることは言うまでもないが、1つ目のカテーテルを引き抜く方法についても、それによりガイドワイヤが抜去できなければ、スネアワイヤによる抜去等が必要になるし、ガイドワイヤが抜去できたとしても、栄養補給等のために再度、カテーテルを挿入する必要があるので、カテーテルを引き抜く前にAや家 ガイドワイヤが抜去できなければ、スネアワイヤによる抜去等が必要になるし、ガイドワイヤが抜去できたとしても、栄養補給等のために再度、カテーテルを挿入する必要があるので、カテーテルを引き抜く前にAや家族の同意を得たほうが望ましい。 イ 挿入から間もない時期であれば、癒着等の可能性も低いことから、前記アの1つ目及び2つ目の方法により、容易に抜去できたと考えられる。これらの方法はAへの負担が小さく、ガイドワイヤを抜去することによる危険は小さかった一方、ガイドワイヤを抜去せず遺残した場合には、前記1のとおりの危険があることから、抜去の必要性は高かったといえる。さらに、ガイドワイヤの抜去に伴い中心静脈カテーテルを抜去しても、再び挿入することは可能であるから、心室穿孔等の危険を冒してまで、Aの栄養状態の回復を待つ必要性も大きくなかったといえる。 17 被告人は、家族の同意を得るのは困難だったと述べるが、以上の抜去の容易性と必要性、早期抜去に支障がなかったことのほか、前記第2の3のとおり、Bは、Aの入院の翌日及びその約1週間後に甲病院において、中心静脈カテーテル留置等の治療方針について説明を受けて同意書等に署名していることなどから、ガイドワイヤを抜去し、再度カテーテルを留置することについて家族が拒否することは考え難い。そうすると、自らの手技でガイドワイヤを遺残させ、その後も主治医としてAの治療に当たり、かつ、11月22日のガイドワイヤ挿入直後から、レントゲン写真の陰影に気付くことができた被告人は、原因を特定した上で、できるだけ早期にガイドワイヤを抜去する義務を負っていたといえる。 ウ 次に、12月9日のレントゲン写真でガイドワイヤが破断していることが確認された後のガイドワイヤの抜去方法について検討する。 機序1及び2を前提として心室 ヤを抜去する義務を負っていたといえる。 ウ 次に、12月9日のレントゲン写真でガイドワイヤが破断していることが確認された後のガイドワイヤの抜去方法について検討する。 機序1及び2を前提として心室壁に削剥部分が生じた場合、放射線科医であるN医師によれば、スネアワイヤでの摘出も技術的には可能であるが、スネアワイヤで抜去するかは外科と家族と相談して決めて、外科のバックアップを取りながら抜去することになるとのことであり、抜去中に外科的手術が必要になる可能性があることを示唆している。 機序3を前提とするJ医師によれば、12月4日から同月9日までの間にガイドワイヤが破断した後、1月31日までの間に屈折部分が心室壁に突き刺さった可能性があり、その場合には外科的手術(開心術)によらず、ガイドワイヤを引き抜くと心室壁に穴が開く危険があるとのことである。 機序4を前提とするK医師によれば、ガイドワイヤが心室壁の肉芽に取り込まれる可能性があり、スネアワイヤで安全に抜去できるのは、遺残後1か月経過頃まで、早ければ2週間程度とのことである。 そうすると、挿入より2週間後の12月4日以降は、ガイドワイヤを直接掴んで抜去する1つ目の方法やスネアワイヤを利用して抜去する2つ目18 の方法では、Aの死亡を回避できなかった可能性が残ることになるので、被告人には、自ら又は専門医に依頼して開心術により抜去する義務まで課されていたかが、さらに問題になる。 確かに、機序1ないし3を前提とすると、心臓壁に削剥部分が生じ、いつ穴が開いてもおかしくない状態となっており、Aの体位を変換する際に、ガイドワイヤが移動して、栓をしていた部分が外れて穴が開き、大出血を起こす可能性があるなど、死に至る危険が迫っており、その危険を回避する必要性は高かったといえる。また、機序4を前提と 変換する際に、ガイドワイヤが移動して、栓をしていた部分が外れて穴が開き、大出血を起こす可能性があるなど、死に至る危険が迫っており、その危険を回避する必要性は高かったといえる。また、機序4を前提としても、Aの症状であっても若く予後に問題がない場合には、開心術を行い、ガイドワイヤを抜去する可能性があったという。 しかし、レントゲン写真だけからガイドワイヤが突き刺さっているかどうかの判断はつかないため、ガイドワイヤの遺残に気付いた被告人としては、まずはカテーテルを引っ張ってみて、癒着の有無等を確認することで初めてCT撮影の要否や開心術の要否を判断することができることになるが、ガイドワイヤが突き刺さっていた場合には、その操作自体で心臓壁に穴が開いて死亡した可能性も否定できないことから、被告人において、Aの死亡前に開心術を選択する契機があったかには疑問が残る。 また、この点を措くとしても、Aは、食欲がなくなり寝たきりのため褥瘡が悪化し、甲病院に来院後、栄養状態が悪く、意識障害となり呼吸が停止し、被告人により中心静脈カテーテルを留置され、乙病院に転院後も肺炎にかかり、引き続き中心静脈カテーテルが留置されていた。 開心術は、全身の免疫状態が落ち感染を再燃したり、栄養状態が悪ければ血が止まらなくなったり、脳出血を起こすなどのリスクもある上、外科的治療の中で一番侵襲度が高く、Aへの負担も大きい手術である。J医師が述べるように、検査数値的に見て1月2日以降は開心術ができたとしても、そのリスクとガイドワイヤを遺残したままにするリスクとの比較、A19 の経過、家族の希望等の諸般の事情を総合的に判断することになる。その上で、K医師は抜去をしないという選択も十分にあるという。 以上の事情を踏まえれば、仮に開心術を選択する契機があったとしても、自ら の経過、家族の希望等の諸般の事情を総合的に判断することになる。その上で、K医師は抜去をしないという選択も十分にあるという。 以上の事情を踏まえれば、仮に開心術を選択する契機があったとしても、自ら外科手術を行う場合には、開心術を行うリスクよりもAの心身の状態を優先することもあり得るし、専門医に依頼した場合には、心臓外科医のK医師が抜去しない選択をする可能性を述べているので、いずれにせよ被告人に開心術による抜去義務まで課されていたと認めることはできない。 以上より、ガイドワイヤ遺残後から12月4日までの間は、被告人には抜去義務があり、これを怠った点に過失が認められるが、それ以降は、被告人に課しうる結果回避可能な抜去義務がないので、過失は認められない。 第6 因果関係1 機序1ないし3についてガイドワイヤを遺残した場合には、ガイドワイヤが折れるなどして心臓等に穿孔を生じさせる危険が内在していたところ、機序1については、心室壁がガイドワイヤによって極限まで薄くなり、いつ心臓に穴が開いてもおかしくない状態になって、裂け目ができたのであるから、まさにガイドワイヤ遺残による心臓等の穿孔の危険が現実化したものといえ、被告人の過失とAの死亡との間に因果関係が認められる。 また、機序2及び3についても、機序1と同様、いつ心臓に穴が開いてもおかしくない状態になっていたが、穿孔の原因となった削剥部分の形成は、ガイドワイヤの遺残によるものというべきであり、D医師の抜去操作は穿孔のきっかけにすぎず、穿孔の時期を幾分早めたにすぎない。そうすると、機序2及び3においても、被告人の過失とAの死亡との間に因果関係が認められる。 2 機序4について機序4については、機序1ないし3とは異なり、ガイドワイヤによる心室壁の削剥すら生じていなかったというのであるか おいても、被告人の過失とAの死亡との間に因果関係が認められる。 2 機序4について機序4については、機序1ないし3とは異なり、ガイドワイヤによる心室壁の削剥すら生じていなかったというのであるから、D医師による介在行為の寄20 与度は相応に大きい。また、一般的に、抜去時に抵抗があるときには無理な力で引っ張らず、血管外科医等に相談する必要があるが、D医師は、C医師がカテーテルを抜こうとして1cm 程引いたが抜けなかったにもかかわらず、転院時に撮ったCT画像の確認をすることもなく、前医の被告人だけでなく、C医師にすら状況を確認せずに、最大で12㎝程度もカテーテルを引っ張っている点で慎重さを欠いていたといえる。そこで、これらの事情を踏まえてもなお、被告人の過失の危険がAの死亡へと現実化したかを慎重に検討する必要がある。 ガイドワイヤを体内に遺残させた場合には、心室壁に癒着する危険が内在していたのであるから、機序4において、癒着が生じたのは、被告人自身が12月4日までの間、抜去義務を怠ってガイドワイヤを遺残させた危険が発露した結果といえる。そして、前記第4の4の死亡の機序で検討したとおり、心室壁の硬さや弾力に照らして、D医師の手技だけで裂け目が生じるということは考えにくいため、D医師の抜去操作に慎重さを欠いた点があったとしても、そもそも癒着が生じていなければ穿孔は生じなかったといえ、その意味で、被告人が抜去義務を怠ったことによる結果への寄与度は小さくない。加えて、D医師の抜去操作が必ずしも異常な操作とはいえないことは前記第5の1のとおりである上、前記第5の2⑴で検討したとおり、被告人が原因特定義務を負うのは、ガイドワイヤ遺残による危険が現実化した際に、直ちに対応できなくなったり、あるいは、別の医療関係者によるカテーテル抜去に伴い、ガ る上、前記第5の2⑴で検討したとおり、被告人が原因特定義務を負うのは、ガイドワイヤ遺残による危険が現実化した際に、直ちに対応できなくなったり、あるいは、別の医療関係者によるカテーテル抜去に伴い、ガイドワイヤに不用意に影響させることを防ぐためであるから、被告人が、1月31日までの間に原因特定義務を怠ったことにより、甲病院内でガイドワイヤ遺残の情報が共有されず、家族や転院先の乙病院への情報提供もされずに、D医師の慎重さを欠いた抜去操作につながったことは、まさに被告人による原因特定義務の懈怠が誘発した事態といえる。 3 弁護人の主張について弁護人は、機序4のようにガイドワイヤが肉柱に組み込まれれば、心室壁を21 削ったり穿孔したりすることはない、機序1ないし3についても、死亡の危険は具体的なものではなく、放置すれば死亡するような兆候はなかったので因果関係を欠く旨主張する。しかし、機序1から3の場合は、心室壁が極限まで薄くなり、いつ心臓に穴が開いてもおかしくない状態になっていたから、死亡の危険が具体的であったことは前記1のとおりであり、機序4を前提とするK医師によれば、ガイドワイヤが肉芽に巻き込まれた場合でも、心臓を穿孔する可能性が低くなるにすぎず、なくなるわけではない。また、屈折部分が肉芽に取り込まれても、それ以外の部分のガイドワイヤの更なる破断、心臓壁への穿孔、血栓塞栓症や致死的不整脈の出現可能性がなくなるわけではないから、死亡に至る危険性は未だ大きかったといえる。 そうすると、被告人による原因特定義務や抜去義務の懈怠に内在する危険が、D医師の介在行為を誘発し、死亡結果へと現実化したといえ、被告人の過失と死亡との間には因果関係が認められる。 第7 結論以上より、被告人の行為には、業務上過失致死罪が成立する。 ( る危険が、D医師の介在行為を誘発し、死亡結果へと現実化したといえ、被告人の過失と死亡との間には因果関係が認められる。 第7 結論以上より、被告人の行為には、業務上過失致死罪が成立する。 (法令の適用)省略(量刑の理由)本件は、医師である被告人による医療過誤の事案である。 中心静脈カテーテルの挿入術において、ガイドワイヤを抜去するということは基本的な手技であり、これを怠った過失は軽くない。また、自らガイドワイヤを遺残し、その後も被害者の主治医として治療に当たったにもかかわらず、被害者のレントゲン写真に写った陰影を2か月以上も特定せずに放置しており、この点も犯情がよくない。12月4日以降は、もはや安全にガイドワイヤを抜去するための方法が失われる経過となり、もとより、被害者の生命が奪われた結果は重大である。後医の抜去操作に慎重さを欠いた点があるが、被告人が抜去義務を怠らなければ、かような後医の抜去操作を誘発することを防ぐことができたといえ、その操作が死亡結22 果に相応に寄与したことを有利に考慮するとしても限界がある。 以上の犯情のほか、被告人に前科前歴がないこと、他方で、被告人が遺族へと責任転嫁するような不合理な供述をしていることなどの一般情状を考慮して、主文の刑に処した上で、その刑の執行を猶予することとした。 (求刑 禁錮2年)令和6年4月18日大阪地方裁判所第3刑事部 裁判長裁判官 御 山 真理子 裁判官 辻󠄀 井 由 雅 裁判官定松祐太朗は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 御 山 真理子 裁判長裁判官 御 山 真理子
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