平成15(行コ)53 中央労基署長遺族補償給付等不支給処分取消

裁判年月日・裁判所
平成15年9月30日 東京高等裁判所
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判決文本文3,076 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中,控訴人に関する部分を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 事案の概要は,原判決の「事実及び理由」第2の冒頭に記載のとおりである。 すなわち,被控訴人は,建設会社に勤務していた夫のAが出向先の東京で気管支喘息の発作を起こして死亡したため,控訴人に対し,労働者災害補償保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したところ,控訴人がこれを支給しない旨の処分(本件処分)をしたため,その取消しを求めた事案である。原審が請求を認容したため,控訴人が原審の判断を不服として控訴した。なお,被控訴人は,原審では労働保険審査会も被告として,本件処分についてされた再審査請求を棄却する旨の裁決の取消しを求めていたが,訴えは不適法として却下され,原審で確定している。 2 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者双方の主張は,原判決の「事実及び理由」第2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,争点(2)に関する部分(労働保険審査会の裁決の瑕疵に関する主張)を除く。 第3 判断 1 当裁判所も,被控訴人の請求は理由があるので認容すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり訂正し付加するほか,原判決の理由説示(「事実及び理由」第3)と同一であるから,これを引用する。 (1) 原判決16頁15行目の「ている」を削除し,同21行目の「内在す」を「内在」と改め,18頁10行目の「甲18,」の次に「乙25,27,」を加え,同12行目の「昭和55年10月10月」を「昭和55年10月3日」と改める。 (2) 原判決20頁18行目の「任された」の次に次のとおり加える。 「 行目の「甲18,」の次に「乙25,27,」を加え,同12行目の「昭和55年10月10月」を「昭和55年10月3日」と改める。 (2) 原判決20頁18行目の「任された」の次に次のとおり加える。 「(控訴人は,αカルシウム工場新築工事現場には,発注先の会社から現場監督が派遣されており,Aが単独で現場監督の業務を行っていたものではない旨主張するが,証人B(Aの上司)の陳述書(乙66)によれば,三ツ野薬局本店新築工事現場には,三井建設から派遣された所長が週に1,2回程度来ていたが,αカルシウム工場の新築工事はAが一人で管理していたことが認められ,同証人が証言中で述べるのは,下請業者にも当然に現場監督がいたと思うというにすぎず,上記陳述書の記載と異なる趣旨を述べるものではない。)」(3) 原判決25頁13行目の「夜間救急センター」を「夜間急病センター」と,32頁13行目の「○○」を「○○」とそれぞれ改め,34頁20行目末尾に次のとおり加える。 「控訴人は,業務の過重性は,業務の内容,性質,遂行状況等の具体的な事実に即して客観的に評価されるべきであり,Aの喘息の増悪の原因を確定することはできないから,発作があったから業務が過重であったと推認することはできない旨主張する。しかしながら,上記のとおり,Aは昭和61年4月以降,それまでの札幌市内及びその近郊の現場監督業務や本社内勤業務から,小樽及びαの現場監督業務のため単身赴任し,2週間の本社内勤業務の後,東京都足立区及び埼玉県川口市の現場勤務のため再度単身赴任しているところ,小樽及びαの現場はAが実質的な現場責任者であり,東京都足立区及び埼玉県川口市の現場は,三井建設社員の所長の下で東京の下請業者を使う仕事であって,3,4か月という比較的短期間の周期で各工事現場を転々とするような業務は,その内容及び 責任者であり,東京都足立区及び埼玉県川口市の現場は,三井建設社員の所長の下で東京の下請業者を使う仕事であって,3,4か月という比較的短期間の周期で各工事現場を転々とするような業務は,その内容及び性質が従前のものより過重されたものであると推認することができる。」(4) 原判決37頁20行目末尾に次のとおり加える。 「控訴人は,即時型反応による発作に続く遅発型反応による発作は不可避であるから,仮に,Aが即時型反応による発作の後,医師の指示に従って安静にし業務に就かなかったとしても,致死的発作による死亡という結果を回避することはできなかった旨主張する。しかしながら,上記のとおり,即時型反応による発作の後に遅発型反応による発作を起こす喘息患者は約半数であり,控訴人が当審で提出した昭和大学医学部教授C作成の意見書(乙75)にも,①喘息がある程度重症の患者,すなわち過去に重積発作があったのに適正な治療を受けていない患者は,家で安静にしていれば大発作は起きないですむかもしれない,②Aが適切な抗炎症療法,具体的には吸入ステロイドを適正に使用する治療を受けていれば,大きな発作や致死的な喘息発作を起こすことはなかったであろう,③重積発作が繰り返される状況であればいつでも致死的発作が起こり得るが,安静にしていれば発作は起きなかったかもしれないとの記載が見られるのであって,仮に,Aが当日は業務に就かず安静にしていたとしても,致死的発作による死亡を回避することができなかったということはできない。」(5) 原判決38頁4・5行目の「疑問がある。」の次に次のとおり加える。 「控訴人は,昭和62年3月及び4月のAの症状は軽快している旨主張し,D医師作成の意見書(乙33の2)には,軽い発作である旨の記載があり,証拠(乙35の29,30)によれば,Aは昭和62年3月, 。 「控訴人は,昭和62年3月及び4月のAの症状は軽快している旨主張し,D医師作成の意見書(乙33の2)には,軽い発作である旨の記載があり,証拠(乙35の29,30)によれば,Aは昭和62年3月,苑田第一病院で3回受診し,内服薬及び携帯吸入器を処方され,同年4月,β病院で2回受診し,吸入措置のほか内服薬及び携帯吸入器を処方されたが,いずれの病院でもステロイドは処方されなかったことが認められる。しかしながら,証拠(乙75)及び弁論の全趣旨によれば,苑田第一病院及びβ病院はいずれも喘息治療の専門病院ではなく,昭和62年当時,海外では喘息の治療に吸入ステロイドを使用するというのが一般的であったが,我が国では昭和50年代半ばに吸入ステロイドが導入され始め,昭和60年代に喘息治療の専門医の間でかなり広く用いられていたものの,専門医以外では普及が遅れ,吸入ステロイド以外の経口的気管支拡張薬や抗アレルギー薬等の投与が一般的な状況にあったことが認められるから,上記各病院でステロイドが処方されなかったから症状が軽かったものと推認することはできず,昭和62年3月及び4月のAの症状がそれ以前の治療内容と比べて軽快していたということはできない。」(6) 原判決38頁13行目の「可能であるが,」の次に「控訴人が主張するダニの繁殖,冷気等の要因が,昭和62年5月以降,Aの周辺で増加するようになったと認めるに足りる証拠はなく,」を加える。 2 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第10民事部裁判長裁判官大内俊身裁判官小川浩裁判官大野和明 官大内俊身 裁判官 小川浩 裁判官 大野和明

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