平成18(わ)171 現住建造物等放火,同未遂,非現住建造物等放火未遂,建造物等以外放火

裁判年月日・裁判所
平成19年1月23日 大津地方裁判所
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判決文本文12,154 文字)

主文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中300日をその刑に算入する。 理由 【犯罪事実】被告人は,以下の第1ないし第8の各行為を行ったが,各行為の当時,双極Ⅰ型障害に罹患し重度の躁状態のため,心神耗弱の状態にあった。 第1(平成18年5月9日付公訴事実第1)平成17年4月23日午前3時50分ころ,大津市内にあるA方において,同所に置かれたコンテナ内の紙片にライターで点火して火を放ち,その火を同コンテナ内の被告人以外の者が所有する建築用廃材に燃え移らせてこれを焼損し,そのまま放置すれば,上記A方及び近隣のB方等に延焼するおそれのある状態を発生させ,よって,公共の危険を生じさせた。 第2(平成18年5月9日付公訴事実第2)平成17年5月1日午前1時40分ころ,大津市内にあるC方において,Cほか1名が現に住居に使用し,かつ現在する木造瓦葺2階建家屋(床面積合計約269平方メートル)の南側軒下に置かれた牛乳パックにライターで点火して火を放ち,その火を上記家屋の柱及びひさし等に燃え移らせ,よって,同家屋の一部(焼損面積約1平方メートル)を焼損した。 第3(平成18年5月9日付公訴事実第3)平成17年5月9日午前2時55分ころ,大津市内にあるD所有に係るEほか7名が現に住居に使用し,かつEほか1名が現在する木造瓦葺2階建共同住宅(床面積合計約209.46平方メートル)において,同アパート1階のE方ベランダにつり下げられていたビニールシートにライターで点火して火を放ち,その火を上記アパートに燃え移らせて焼損しようとしたが,近隣住民らに発見されて消火されたため,同ビニールシート及び洗濯機等を焼損するに止まり,その目 的を遂げなかった。 第4(平成18年5月9日付公訴事実第4)平成17年5月15日午前1時30分ころ,大津市内にあるF方 て消火されたため,同ビニールシート及び洗濯機等を焼損するに止まり,その目 的を遂げなかった。 第4(平成18年5月9日付公訴事実第4)平成17年5月15日午前1時30分ころ,大津市内にあるF方において,Gほか1名が現に住居に使用し,かつ現在する木造瓦葺平屋建家屋(床面積合計約72平方メートル)の北側出窓に掛けられたすだれにライターで点火して火を放ち,その火を上記家屋のひさし等に燃え移らせ,よって,同家屋の一部(焼損面積約0.04平方メートル)を焼損した。 第5(平成18年5月9日付公訴事実第5)平成17年5月15日午前1時40分ころ,大津市内にあるH方において,Hほか1名が現に住居に使用し,かつ現在する木造スレート葺2階建家屋(床面積合計約96.85平方メートル,軽量鉄骨プレハブ造平屋建の新聞販売所店舗事務所を併設)の北側軒下のビニールシートにライターで点火して火を放ち,その火を同家屋等に燃え移らせて焼損しようとしたが,同所を訪れた新聞販売所従業員に発見されて消火されたため,上記ビニールシートの一部を焼損するに止まり,その目的を遂げなかった。 第6(平成18年5月9日付公訴事実第6)平成17年5月15日午前1時45分ころ,大津市内にあるI方において,Iほか1名が現に住居に使用し,かつ現在する木造スレート葺2階建家屋(床面積合計約175.46平方メートル)の北側軒下に置かれた木枠の包装用段ボール紙にライターで点火して火を放ち,その火を同家屋に燃え移らせて焼損しようとしたが,近隣住民らに発見されて消火されたため,上記家屋の窓ガラスを割損し,ひさし等を溶融するに止まり,その目的を遂げなかった。 第7(平成18年3月31日付公訴事実第1)平成17年5月15日午前2時ころ,大津市内にあるJ方において,Jほか1名が現に住居に使用し,かつ現在 ひさし等を溶融するに止まり,その目的を遂げなかった。 第7(平成18年3月31日付公訴事実第1)平成17年5月15日午前2時ころ,大津市内にあるJ方において,Jほか1名が現に住居に使用し,かつ現在する木造瓦葺2階建家屋(床面積合計約102. 61平方メートル)に隣接する物置内の段ボール箱にライターで点火して火を放 ち,その火を上記家屋に燃え移らせ,よって,同家屋を全焼させてこれを焼損した。 第8(平成18年3月31日付公訴事実第2)平成17年6月5日午前1時過ぎころ,大阪府岸和田市内にある建築中のK株式会社(代表取締役L)所有に係る現に人が住居に使用せず,かつ現に人がいない木造カラーベスト葺2階建家屋(床面積合計約99平方メートル)のコンクリート玄関土間東側の板壁付近に置かれた段ボール箱にライターで点火して火を放ち,その火を上記家屋に燃え移らせて焼損しようとしたが,警察官に発見されて消火されたため,上記段ボール箱を焼損するに止まり,その目的を遂げなかった。 【証拠の標目】省略【争点に対する判断】 弁護人は,①第2ないし第8の各事実につき,被告人には建造物焼損の故意はない,②第1ないし第8の各事実につき,被告人は躁うつ病の躁状態で各犯行を行ったものであって,心神喪失又は心神耗弱であったと主張する。他方,検察官は,被告人は各犯行当時完全な責任能力を有していたと主張する。そこで,以下検討する。 建造物焼損の故意について被告人は,第2ないし第8の各犯行において,いずれも人に気付かれにくい深夜の時間帯に,建物の軒先に吊され,あるいは軒下や建物に隣接する物置,玄関内に置かれていて,建物への延焼の危険性の高い可燃物に放火している上,放火後に自ら消火活動をするとか,付近住民や消防署へ通報するとかの延焼を回避するための措置を何ら講じていない に隣接する物置,玄関内に置かれていて,建物への延焼の危険性の高い可燃物に放火している上,放火後に自ら消火活動をするとか,付近住民や消防署へ通報するとかの延焼を回避するための措置を何ら講じていない(なお,被告人の公判供述には,自ら消火器を持って消火活動をし,119番通報をしたかのように述べている部分があるが,極めて不明確な供述である上,被告人が第2ないし第8の各犯行時にこのような行動をとったことを示す証拠は他に何もなく,信用できない。)。その客観的な 行為態様からしても,少なくとも建物が燃えても構わないという未必の故意があったと推認できる。 なお,後に述べるとおり,被告人は,各犯行当時心神耗弱の状態にあったと認められるが,同時に,各犯行当時の状況についておおむね正確に記憶しており,犯行前後の行動も合理的であり,自己の行為に伴う結果を予測する能力は保たれていたと認められるから,建物への延焼可能性についても認識していたとみるのが自然である。それにもかかわらず何らの延焼回避措置も講じていないことは,被告人が建物に延焼しても構わないと考えていたことの表れと評価できる。 加えて,被告人自身,捜査段階を通じて,各放火の際に建物に燃え移る可能性があることはわかっていた旨一貫して供述している。被告人の捜査段階における供述内容は,犯行の動機や放火の際の行為態様,現場の状況,心理状態などについて実に具体的で,現場の状況については被害者の供述やその他の客観的な証拠とも符合するものであって,その信用性は高い。被告人は,公判において,故意を認める内容の調書が作成されたのは,警察官から怒鳴られて調書の訂正にも応じてもらえなかったからであると述べているが,検察官の取調べについては特に不満はなかったとも述べているところ,検察官調書においても故意を認めていることなど のは,警察官から怒鳴られて調書の訂正にも応じてもらえなかったからであると述べているが,検察官の取調べについては特に不満はなかったとも述べているところ,検察官調書においても故意を認めていることなどからすれば,被告人の弁解は信用できない。 他方,被告人は,公判において,放火の際に建物が燃えても構わないという気持ちはなかったと述べるが,上記のような客観的な行為態様,犯行時の精神状態等に照らして不合理であって,信用できない。 よって,第2ないし第8の各事実につき,被告人には建造物焼損の未必の故意が認められる。 責任能力について(1) 関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。 ア被告人は,平成16年4月にXに入社し,同年5月からYに配属されて記者の仕事に就いた。被告人は,当初から固有名詞を間違えるなどの初歩的な間違いが 目立ち,上司から繰り返し叱責を受けていたが,同年9月ころまではさほど深刻には受け止めておらず,前向きに仕事に取り組んでいた。 イ被告人は,同年10月ころから,上司の叱責に悩んで不眠になったり飲酒量が増加したりし,周囲から見ても明らかに疲労が見られるようになった。その後,同年11月ころから奈良の幼女殺害事件の取材の応援に行き,自信を取り戻したことにより,平成17年1月ころまでは精神的に安定したものの,同年2月ころからは再び上司の叱責に悩むようになり,睡眠欲求の減少,飲酒量の増加等による浪費,記者室の机を蹴ってへこませるなどの行動が見られるようになった。 ウ被告人は,平成17年4月上旬ころから自分がうつ病であると感じ始め,病気が職場に発覚したら記者としてやっていけないという極端な思考に陥ったが,他方で上司に手加減してほしいという思いも強め,同月14日ころ,上司に対し,昨年10月から精神科に通院しているなどと嘘をついた。 が職場に発覚したら記者としてやっていけないという極端な思考に陥ったが,他方で上司に手加減してほしいという思いも強め,同月14日ころ,上司に対し,昨年10月から精神科に通院しているなどと嘘をついた。その結果,以後,上司から厳しい叱責を受けることはなくなった。 エ被告人は,平成17年4月19日,上司の勧めを受けて精神科(Nクリニック)で診察を受け,中等度から重度の抑うつ状態と診断された。被告人は,これを重度のうつ病で治らないものと誤解し,記者生命が絶たれたと感じてさらに落ち込み,将来を悲観して死にたいと考えるようになったが,他方で死にたくないという思いも強く,その葛藤に悩むようになった。 オ被告人は,同月22日夜から同月23日未明にかけて,他社の記者らと麻雀し,1人で飲酒した後,同日午前3時50分ころ,徒歩で帰宅途中,上記のとおり葛藤に思い悩む中でこれを解消したいと考えて第1の放火に及んだ(なお,被告人は,捜査段階では本件各犯行の動機についてこのように述べるのに対し,公判ではそのような明確な動機はなかったなどとも述べるが,検察官の反対質問に対しては捜査段階での供述が正しいなどと述べていて供述が一貫しておらず,捜査段階の供述に信用性を疑うべき事情は一切認められないことからしても,被告人の公判供述は信用できない。)。被告人は,燃え上がる炎を見て,気分が紛れるよ うな感覚を覚えた。被告人は,その後,第1発見者を装って近隣住民に火事を知らせるなどしている。 カ被告人は,同月下旬には多数の女性を携帯電話の電子メールで飲みに誘い,同年5月8日には突然髪型をオールバックにし,髭をたくわえてXを訪れ,飲酒代等に充てるために消費者金融から25万円を借金し,同月9日には新入社員歓迎会で猥談をして盛り上がり,同月10日には約1週間の休暇を得たことから突然 型をオールバックにし,髭をたくわえてXを訪れ,飲酒代等に充てるために消費者金融から25万円を借金し,同月9日には新入社員歓迎会で猥談をして盛り上がり,同月10日には約1週間の休暇を得たことから突然思い立って大学生活を過ごした九州へ旅行に行き,同月13日まで毎晩のように後輩らと飲み明かして飲酒代をおごり,後輩らに説教し,その場の成り行きで後輩の1人と肉体関係を持ち,その後輩や九州に住む交際相手(この旅行中に離別している。)に対して自らうつ病であることをほのめかし,九州旅行から帰ってきた同月14日には,白のジーパン,オレンジ色ストライプ柄のシャツ,ベージュのジャケットにサングラスという旅行中の派手な服装のままでXを訪れ,夜にはこれまでほとんど行ったことのなかったキャバクラへ行き,女性店員をしつこく口説くなどの行動に出ている。 キ被告人は,上記の葛藤を解消したいとの思いから,九州旅行前の同月1日及び同月9日にそれぞれ第2及び第3の各放火に及び,九州旅行から帰ってきた翌日の同月15日未明には第4ないし第7の4件の放火に及んでいる(なお,被告人は,同日にほかにも4件の放火に及んだことを認めている。)。被告人は,同月15日に放火を繰り返した理由について,1度の放火では気分が晴れなかったからであると述べている。被告人は,一連の放火の途中で近隣住民に声を掛けられ,不審人物として目撃されたことがわかっていながら,更に放火をし,その後,取材を装って第6及び第7の各現場に赴き,規制線内に立ち入ろうとして警察官に制止され,警察に任意同行した後の事情聴取では,興奮して警察官に食ってかかり,寝ていないから寝る権利があると述べて机の上で寝るなどの行動に及んでいる。 ク被告人は,同日から大阪府岸和田市にある実家に戻った。被告人は,同月16 日には,大津市のN て警察官に食ってかかり,寝ていないから寝る権利があると述べて机の上で寝るなどの行動に及んでいる。 ク被告人は,同日から大阪府岸和田市にある実家に戻った。被告人は,同月16 日には,大津市のNクリニックで診察を受けて適応障害との診断を受けた。被告人は,同月21日から大阪府貝塚市のO病院に任意入院したが,医師から許可を受けて一時帰宅中の同年6月5日に第8の放火に及んだ。なお,被告人は,この日,上記の葛藤に思い悩み,実家の居間で灰皿の上で複数のマッチ棒に同時に火をつけたり線香花火に火をつけたりして気持ちを紛らわせようとしたが,これに飽きたらず,放火を決意して外出し,第8の犯行をした。その際,第7の放火で家を全焼させたことから,人を死傷させることのないよう,建築中の家屋を選んで放火に及んでいる。 ケ被告人は,同月6日に帰院したが,院内の生活等について無理難題を要求し,面会した保護者に連れて帰るよう要求して暴れそうになるなどし,同月8日に被告人が押し切る形で退院した。被告人は,同月17日にP病院に家族の同意で医療保護入院したが,院内で興奮して怒号し,暴れるなどしたことから,同月21日に保護者の希望で退院した。被告人は,同月27日から再度O病院に入院し,当初は落ち着いていたが,同年7月中旬ころから幻聴や誰かに追われている感覚を体験するようになり,また,精神疾患と刑罰の関係についてインターネットで調べるようになった。同月下旬ころから同年8月中旬ころまでは気分が落ち込み,死にたい気持ちが強くなったと訴えている。その後は次第に症状が軽減し,同年10月26日には寛解状態と判断されて退院した。なお,O病院の医師は,当初は被告人は抑うつ状態であるとの前提で治療していたが,その後の経過から双極性障害を疑い,治療を転換している。 (2) 本件起訴前の平成 6日には寛解状態と判断されて退院した。なお,O病院の医師は,当初は被告人は抑うつ状態であるとの前提で治療していたが,その後の経過から双極性障害を疑い,治療を転換している。 (2) 本件起訴前の平成17年12月9日から平成18年3月27日まで,Q医師を鑑定人として被告人の精神鑑定が実施された。鑑定人は,上記事実や検査結果等を踏まえ,被告人の精神状態や責任能力について以下のとおり判断した。 ア被告人の本件各犯行当時の精神状態は,アメリカ合衆国の精神医学会が制定する「精神疾患の診断・統計マニュアル第4版」(通称DSM-Ⅳ)の「双極Ⅰ型障害,単一躁病エピソード,重症・精神病性の特徴を伴わないもの」にあたると 診断する。 すなわち,被告人の行動を見ると,平成17年2月ころから睡眠欲求の減少,浪費などが見られ,軽い躁状態が現れたと推定される。同年4月以降はこれが増悪し,自己愛感情の亢進から,虚偽の発言で上司ら周囲の人間を操作し始めている。同年4月下旬以降は金銭面,性欲面,行動面で欲動が亢進し,脱抑制,観念奔逸,行為心迫の症状が見られる。自分はうつ病であるということの過度のアピールは,自我感覚の肥大化と自己愛感情の亢進に伴うものと考えられる。このような状態は,同年5月中旬には更に重くなり,同年6月のP病院への入院からO病院への再入院までの時期に最も重くなっている。これらはDSM-Ⅳの躁病エピソードの基準をすべて満たす。 以上に加え,幻覚や幻聴等の精神病症状が認められないこと,躁病エピソードの期間が長いことや,放火という重大犯罪を繰り返していることからすると,本件各犯行時の被告人の精神状態は,DSM-Ⅳの「双極Ⅰ型障害,単一躁病エピソード,重症・精神病性の特徴を伴わないもの」にあたり,双極Ⅰ型障害に罹患し,重度の躁状態にあったものと判断される。 イ ,本件各犯行時の被告人の精神状態は,DSM-Ⅳの「双極Ⅰ型障害,単一躁病エピソード,重症・精神病性の特徴を伴わないもの」にあたり,双極Ⅰ型障害に罹患し,重度の躁状態にあったものと判断される。 イ一般的に,躁状態を特徴付ける気分は,上機嫌,爽快,高揚,明るさであるが,周囲から行動が制約されることなどにより容易に不機嫌,易怒的となり,衝動行為に及ぶことはよく知られている。また,重症の場合,次から次に様々な考えが湧き,それを即座に行動するなど,観念奔逸,脱抑制,行為心迫の症状が見られ,まずい結果になる可能性が高い快楽的活動に及ぶことがある。被告人も,同様の症状を呈し,かかる快楽的活動としての放火行為を繰り返したものである。被告人は,放火直後に第1発見者を装い,アリバイ工作をするなどし,また,任意同行後はその犯行を否認するなど,行為の是非善悪についての判断能力を有し,また,自殺衝動についても制御できていたのであるから,心神喪失の状態であったとはいえない。しかし,本件各犯行当時,犯行の衝動制御が困難な状態にあり,その困難さは躁状態と密接に関わっており,事理弁識能力及び行動制御能力が著 しく障害されていたと認める。 (3) 以上の認定事実及び鑑定結果を踏まえ,本件各犯行当時の被告人の責任能力について検討する。 被告人は,これまでに放火はもちろんのことそれ以外の犯罪歴(交通違反を除く。)も全くなく,被告人に何らかの犯罪性向があることをうかがわせる事情は認められない。したがって,被告人は相応の行動制御能力を備えていたはずであるのに,8件(起訴されていないものも含めれば12件)もの連続放火行為に及んでおり,その行動は被告人の従前の人格から乖離したものと評価せざるを得ない。また,被告人は,いずれも飲酒の上で本件各犯行に及んでいるものの,記憶が保たれ ものも含めれば12件)もの連続放火行為に及んでおり,その行動は被告人の従前の人格から乖離したものと評価せざるを得ない。また,被告人は,いずれも飲酒の上で本件各犯行に及んでいるものの,記憶が保たれていることからしても単純酩酊状態に止まっており,これまでに飲酒が原因でトラブルを起こしたという事情もうかがわれないことからすれば,飲酒の影響のみで本件各犯行を説明することもできない。加えて,本件各犯行に及んだ時期における被告人の一連の行動は,その一つ一つを取ってみれば20代前半の青年の行動として特に異常なものとはいえないものの,全体としてはまとまりに欠け,それまで記者としてそれなりの品位を保っていた被告人の行動とは異質なものである。とりわけ,平成17年5月8日から15日までの被告人の一連の行動は,突然髪型を変えてひげを蓄え,突然九州へ旅行に行き,消費者金融から25万円も借金をした上,後輩らと毎晩のように飲酒して酒代をおごり,その場の成り行きで後輩と肉体関係を持ち,その後輩らにうつ病であることをほのめかし,帰ってからは派手な服装で職場へ行き,その後,これまでほとんど行ったことのないキャバクラへ行って女性店員をしつこく口説き,その直後に起訴されていないものを含め8件もの放火を次々と行い,途中,犯行現場付近で近隣住民に不審人物として目撃されたことがわかっているのに,更に放火をし,その後,自分が火をつけた現場に戻って規制線内に入ろうとして警察官に制止され,警察に任意同行されると警察官に食ってかかるなど,明らかに従前の行動から逸脱したものである。そのような状況は,精神科病院入院後には更に顕著になり,6月5日の 第8の犯行の際には,5月15日の一連の放火の犯人として疑われていることがわかっているのに,マッチ棒や線香花火に火をつけることでは飽きたらず, は,精神科病院入院後には更に顕著になり,6月5日の 第8の犯行の際には,5月15日の一連の放火の犯人として疑われていることがわかっているのに,マッチ棒や線香花火に火をつけることでは飽きたらず,実家を出て放火に及び,その後に入院した病院内では無理難題を要求したり暴れたりしている。これらの一連の行動を金銭面,性欲面,行動面の欲動亢進や自己愛感情の亢進等の表れとみて,観念奔逸,脱抑制,行為心迫の症状が見られ,躁病エピソードの診断基準を満たすと評価し,その期間が長期にわたることや,かかる一連の行動の中で唐突に重大犯罪である放火行為を繰り返したことなどを勘案して,被告人が本件各犯行当時,双極Ⅰ型障害に罹患し,重度の躁状態にあったと判断した鑑定人の判断は納得できるものである。また,上記のとおり,被告人の行動の異質性は5月8日ころから特に顕著になっているが,被告人が4月14日ころ上司に嘘をついて厳しい叱責を免れるようになり,4月19日には精神科で診察を受け,その後間もない4月23日に第1の放火に及ぶなど,第1の放火前から自己愛感情の亢進が認められることを考慮すると,鑑定人の判断のうちこのころ既に重度の躁状態にあったとする点も納得できる。 そして,重度の躁状態では行動制御能力が著しく低下するのが通常であることに加え,上記のとおり,本件各犯行が被告人の従前の人格から乖離した行動であること,被告人は,放火が相次いで警戒が厳しくなり,犯行後現場付近で近隣住民に目撃され,警察官に任意同行され,放火の犯人ではないかと疑われていることがわかっているのに,マッチ棒や線香花火に火をつけることでは飽きたらずに第8の放火に及ぶなど,放火への衝動のまま犯行に及んでいた様子がうかがわれることなども併せ考えれば,本件各犯行当時,被告人の行動制御能力は著しく減退していたと 香花火に火をつけることでは飽きたらずに第8の放火に及ぶなど,放火への衝動のまま犯行に及んでいた様子がうかがわれることなども併せ考えれば,本件各犯行当時,被告人の行動制御能力は著しく減退していたと認めるのが相当である。 他方,深夜人目につかない時間帯に限って各犯行に及んでおり,逆に日常の被告人には全く自傷他害行為が認められず,周囲も被告人の異常に全く気付いていないこと,各犯行とも被告人の意図したとおりの行動であることなどからすれば,被告人が行動制御能力を完全に欠いていたともいえない。 なお,鑑定人は,被告人が重度の躁状態にあったことにより,事理弁識能力も著しく障害されていたと判断しているが,死にたいという気持ちと死にたくないという気持ちの葛藤を解消するために放火行為に及んだという動機は了解可能であること,本件各犯行当時の被告人の記憶もおおむね正確であり,その見当識は十分に保たれていたといえること,第1の放火後には第1発見者を装って近隣住民に火事を知らせ,第8の放火の際には人を死傷させることのないように建築中の建物を選んで放火するなど,犯行前後の行動や思考を見ても事の善悪や自己の行為に伴う結果を理解していたと考えられることなどからすれば,本件各犯行当時に被告人の事理弁識能力が著しく減退していたとはいえず,この点についての鑑定人の判断は採用できない。 (4) 以上によれば,被告人は,本件各犯行当時,双極Ⅰ型障害に罹患し重度の躁状態であったため,行動制御能力が著しく減退し,心神耗弱の状態にあったと認められる。弁護人の主張は,この限度で理由がある。 【法令の適用】被告人の第1の行為は刑法110条1項に,第2,第4及び第7の各行為はいずれも同法108条に,第3,第5及び第6の各行為はいずれも同法112条,108条に,第8の行為は同法112条 【法令の適用】被告人の第1の行為は刑法110条1項に,第2,第4及び第7の各行為はいずれも同法108条に,第3,第5及び第6の各行為はいずれも同法112条,108条に,第8の行為は同法112条,109条1項にそれぞれ該当するところ,第2ないし第7の各罪についていずれも定められた刑のうち有期懲役刑を選択し,各罪はいずれも心神耗弱者の行為であるから同法39条2項,68条3号により法律上の減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い第7の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中300日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 【量刑の理由】本件は,被告人が,コンテナ内の建築用廃材,現住家屋6軒及び建築中の非現住 家屋1軒に次々と放火し,現住家屋のうち1軒を全焼,2軒を一部焼損させたという建造物等以外放火1件,現住建造物等放火3件,同未遂3件,非現住建造物等放火未遂1件の事案である。 被告人は,平成16年4月にXに就職し,Yで記者の仕事に就いていたものであるが,職場で上司から厳しい指導を受け続けて次第に気分が落ち込み,本件各犯行の直前には病院で抑うつ状態と診断されたのをうつ病と誤解し,これで記者生命が絶たれたなどと将来を悲観するようになり,死にたいという気持ちを募らせたが,他方で死にたくないという気持ちもあり,その葛藤に思い悩むうち,衝動的に第1の放火に及び,その際に炎を見て一時的に気が紛れたことから,同様に葛藤を解消させるために第2ないし第8の連続放火に及んだものである。他人の家屋等に放火することによって自己の悩みを解消しようとしたそのあまりにも身勝手な動機に酌 て一時的に気が紛れたことから,同様に葛藤を解消させるために第2ないし第8の連続放火に及んだものである。他人の家屋等に放火することによって自己の悩みを解消しようとしたそのあまりにも身勝手な動機に酌量の余地はない。なお,上司の指導や叱責の方法には,被告人の仕事ぶりに問題があったことを考慮しても,被告人に対する配慮を欠いた面があったことは否めないが,少なくとも本件各犯行の時点ではそのような指導や叱責はなくなっていた上,そもそもそのような指導や叱責を受けていたことが放火の犯罪行為をいささかでも正当化するものではないから,この点を量刑において大きく考慮することはできない。約1か月半という短期間のうちに,いずれも深夜の時間帯に住宅密集地において,8度にわたり人が現在する家屋や建築中の家屋に接し,あるいはその近くに置かれた可燃物に次々と放火した犯行態様も,執拗で危険極まりないものである。幸いにして死傷者はなかったものの,本件各犯行により1軒の民家を全焼させ,2軒の民家を一部焼損させるなど,現実に公共の危険を生じさせるとともに,被害者らに多大な財産的損害を被らせ,強い恐怖心や重大な精神的衝撃を与えたものであって,その結果は重大である。かかる被害を受けた被害者らの被告人に対する処罰感情は当然ながら一様に厳しいが,被害者らに対する被害弁償は十分には行われていない。加えて,第1ないし第7の各犯行は,1か月足らずのうちに同一地域で行われたものであって,付近住民らに与えた恐怖感や不安感も非常に大きいものがある。 これに対し,被告人は,公判で本件各犯行を自ら行ったことは認めているものの,犯行時の認識や責任能力に関し捜査段階の供述を一部翻して自己の罪責の軽減を図っており,その反省の深さには疑問がある。 以上によれば,被告人の刑事責任は相当重い。 他方,第3,第 とは認めているものの,犯行時の認識や責任能力に関し捜査段階の供述を一部翻して自己の罪責の軽減を図っており,その反省の深さには疑問がある。 以上によれば,被告人の刑事責任は相当重い。 他方,第3,第5,第6及び第8の各犯行はいずれも未遂に止まっていること,本件各犯行当時,被告人は双極Ⅰ型障害の躁状態にあり,心神耗弱が認められること,被告人は,本件各犯行を自ら行ったことは認めて一応の反省の弁を述べていること,これまでに被告人の両親が一部の被害者(余罪被害者を含む。)に対して総額1250万円の被害弁償を行い,今後も被害弁償を続ける意思を示していること,これまでに前科前歴がないこと,本件各犯行によりXを懲戒解雇されるなど,一定の社会的制裁を受けていることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。 そこで,これらの諸事情を総合考慮し,主文の刑を相当と判断した。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役12年)平成19年1月23日大津地方裁判所刑事部裁判長裁判官長井秀典裁判官久礼博一 裁判官山田哲也

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