平成13(行コ)28 生活保護決定処分取消等請求控訴事件 (原審大阪地方裁判所平成11年(行ウ)第18号)

裁判年月日・裁判所
平成13年10月19日 大阪高等裁判所 その他
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判決文本文12,775 文字)

主文 1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。 2 上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は第一,二審を通じて被控訴人の負担とする。 事実および理由第1 申立主文同旨第2 事実 1 本件は,被控訴人が,平成8年4月1日当時被控訴人が要保護状態にあり,同日口頭で生活保護の開始申請を行ったものであるのに,大阪市生野区福祉事務所の所長であるAは,平成9年4月1日に保護開始日を同年3月24日とする保護の開始決定をするまでの間,保護の開始決定をしなかったとして,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害賠償を求めるとともに,同福祉事務所のケースワーカーであるBが,生活保護開始申請書の交付を拒否したことが,扶養を受けるか生活保護を受給するかを決定する被控訴人の自己決定権を侵害し,被控訴人の迅速適正に生活保護を受ける権利を侵害したものであり,またBが社会福祉法人Z会重度身体障害者更生援護施設Z園に被控訴人の退所の事実等を問い合わせたことは,被控訴人のプライバシーを侵害するものであるとして,控訴人に対し,慰謝料200万円の支払を求めた事案である。 原審は,控訴人の国家賠償法上の責任を認め,被控訴人の請求のうち,平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害,並びに慰謝料30万円についてこれを認容し,その余の請求を棄却したところ,控訴人はこれを不服として,敗訴部分の取消し並びに同部分についての被控訴人の請求を棄却すべきことを求めて本件控訴を提起した。 なお被控訴人は上記国家賠償請求に併合して,生野区福祉事務所長を被告として,同被告が平成9年4月1日にした保護の開始決定を取り消して,保護 控訴人の請求を棄却すべきことを求めて本件控訴を提起した。 なお被控訴人は上記国家賠償請求に併合して,生野区福祉事務所長を被告として,同被告が平成9年4月1日にした保護の開始決定を取り消して,保護開始日を平成8年4月1日とする保護決定をすることを求める行政訴訟を提起していたものであるが,原判決は同訴訟についてはこれを不適法として却下し、当該部分についての原判決は確定した。 2 請求原因(1) 被控訴人(昭和41年8月24日生)は,肢体不自由(四肢アテトーゼ,身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)による級別一級),言語機能障害(同三級),視覚障害(同五級)を持つ身体障害者であり,身体障害者手帳一級一種の交付を受けている。被控訴人は,昭和60年9月22日から,J市内の社会福祉法人Z会重度身体障害者更生援護施設Z園(以下「Z園」という。)に入所していたが,平成8年2月28日に退所し(当時29歳),同月29日付けで施設の措置が解除され,その後は大阪市生野区において一人で生活していた。 (2) 生野区福祉事務所の所長であるA,同福祉事務所のケースワーカーであるBは,いずれも控訴人の公権力の行使にあたる公務員である。 (3) 被控訴人は,平成8年4月1日,障害者介護人Cを伴い,生野区福祉事務所生活保護課を訪れ,Bに対し,従前から生活保護を受けるために提出することを指示されていた書類(年金証書,年金振込通知書,銀行預金通帳,民生委員通知書,賃貸借契約書のコピー,家主が書いた住宅費証明書)を提示し,同年3月31日をもって父親の健康保険の被扶養者から抜けたことを告げ,生活保護の開始申請(以下「本件開始申請」という)を行った。 (4) 被控訴人は,Z園を退所した後は一人で生活し,重度の身体障害者であることから就労に適した仕事がなく の被扶養者から抜けたことを告げ,生活保護の開始申請(以下「本件開始申請」という)を行った。 (4) 被控訴人は,Z園を退所した後は一人で生活し,重度の身体障害者であることから就労に適した仕事がなく,当時の収入は障害基礎年金しかなかったところ,1か月3万5000円の家賃と介護手当によっても不足する介護料を支払う必要があったため,本件開始申請を行った時点において,保護を開始すべき状態(要保護状態)にあった。 (5) 生野区福祉事務所長は,被控訴人について,平成9年3月24日を保護開始日とする生活保護決定を,平成9年4月1日付で行った(以下「本件開始決定」という)。 (6) 生野区福祉事務所長であるAは,被控訴人が平成8年4月1日に生活保護の開始申請を行い(本件開始申請),かつ同時点において被控訴人が要保護状態にあったものであるから,速やかに被控訴人について,同日を保護開始日とする生活保護決定をするべき義務を有していたものであるのに,これを怠り,本件開始決定をするまで,違法に被控訴人についての生活保護開始決定をしなかった。 (7) Aの前項の違法行為によって,被控訴人は本来支給されるべきであった平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費150万0025円を受領することができず,同額の損害を被った。 (8) 生野区福祉事務所のケースワーカーであったBは,被控訴人が平成8年4月1日に同事務所において,生活保護の開始申請書用紙の交付を求めたのにもかかわらず,被控訴人に対して執拗に親の扶養を受けるように迫り,被控訴人を扶養する意思がない旨の親の回答書を持参しない限り生活保護開始申請書用紙を渡さない等と言って違法に申請書用紙の交付を拒み,また被控訴人の父親を呼び出そうとした。翌2日にもBは,被控訴人が申請書用紙の交付を求めたのにこれを拒否し 書を持参しない限り生活保護開始申請書用紙を渡さない等と言って違法に申請書用紙の交付を拒み,また被控訴人の父親を呼び出そうとした。翌2日にもBは,被控訴人が申請書用紙の交付を求めたのにこれを拒否した。 また同月1日,Bは,被控訴人に無断で,違法に,被控訴人がかつて入所していたZ園に被控訴人の退所の事実等を問い合わせ,被控訴人に関する個人情報を収集した。 (9) Bの前項の違法行為によって,被控訴人は親の扶養を受けるか,生活保護を受けるかの自己決定権,並びにプライバシーの権利を侵害され,迅速適正に生活保護を受ける権利を侵害される等,多大の精神的苦痛を受けたが,この損害を金銭に見積もると200万円を下ることはない。 3 請求原因に対する認否(1) 請求原因(1)(2)は認める。 (2) 請求原因(3)について,被控訴人が,その主張の日に主張の場所において生活保護の申請に必要な書類の一部を提出したことは認めるが,その余は否認する。当日,被控訴人による生活保護の申請がされた事実はない。 福祉事務所のBは,当日被控訴人との間で生活保護申請のための受付面接を行ったが,そのときの経過は請求原因(8)の認否において述べるとおりであって,Bが当日行った受付面接は,生活保護の趣旨,受給要件の説明の段階で中断したものである。 (3) 請求原因(4)は知らない。 (4) 請求原因(5)は認める。 (5) 請求原因(6)は争う。生野区福祉事務所長がした,被控訴人に関する平成9年4月1日付生活保護決定(本件開始決定)は,平成9年3月24日に被控訴人が行った生活保護開始申請に応じて,同所長が生活保護法24条に定める手続に従って行ったものであり,被控訴人が主張する平成8年4月1日の本件開始申請に基づいて行ったものではない。 そもそも本件開始申請など存在しないものであ に応じて,同所長が生活保護法24条に定める手続に従って行ったものであり,被控訴人が主張する平成8年4月1日の本件開始申請に基づいて行ったものではない。 そもそも本件開始申請など存在しないものであるから,Aに違法行為は存在しない。仮に上記申請があったと判断されるとしても,Aとしてはそのような申請があったとは認識しておらず,認識しなかったことに過失はない。 (6) 請求原因(7)は否認ないし争う。 ① 生活保護法による生活保護の給付は,保護実施機関による保護の開始決定に基づいて実施されるものであり(同法19条),これは同法が行政処分たる保護の開始決定によって,国民に具体的に生活保護を受給する権利を付与する制度を採用していることを意味する。即ち,生活保護を受給する具体的な権利ないし法的利益は,保護の開始決定によってはじめて発生するのであって,申請者が保護開始決定の前に生活保護給付を求める具体的な権利を有するものではない。 本件において福祉事務所長は,被控訴人が本件開始申請を行ったことについての認識はなく,本件開始申請に対する意思表示(決定)は,今日に至るまで何らこれを行っていない。本件開始決定は請求原因(6)の認否において述べたとおり,平成9年3月24日に被控訴人が行った生活保護開始申請に基づく決定であり,本件開始申請に基づく決定ではない。 以上によれば,本件開始申請が存在するとの被控訴人の立場を前提としても,被控訴人に生活保護費相当の損害額が生じているとは言えない。 ② 生活保護法は保護開始決定について,69条で審査請求前置主義を採用するとともに,24条4項で申請をしてから30日以内に決定の通知がないときには,申請を却下したものとみなすことができる旨の,みなし却下規定を置いており,保護開始の申請をしても行政庁が決定をしない場合には,申請 に,24条4項で申請をしてから30日以内に決定の通知がないときには,申請を却下したものとみなすことができる旨の,みなし却下規定を置いており,保護開始の申請をしても行政庁が決定をしない場合には,申請者にみなし却下規定により審査請求をした上で,取消訴訟を提起する方途を認めている(なお,同法65条2項は,審査請求から50日以内に裁決がない場合には,審査請求を棄却したものとみなす旨規定している)。 本件のような,直接金銭上の権利義務にかかる処分(生活保護処分)について,上記のような取消訴訟とは別に,実質的に同一の機能を有する国家賠償請求訴訟を提起し,給付相当額を損害賠償として求めることは,出訴期間や不服申立前置の意義を失わせ,また行政庁の第一次判断権を侵害するものとして許されるべきではない。 (7) 請求原因(8)前段は否認する。Bは被控訴人に対し,民法に定める扶養義務者の扶養は生活保護に優先するものであることを繰り返し説明したが,被控訴人は,親族の扶養を受けるか生活保護を受けるかは,本人の自己決定により選択されるべきものであるとして,譲らなかったのである。Bのかかる対応は,保護開始の申請時における面接員の役割についての指針である,「生活保護実施における標準事務処理方式について」と題する各都道府県知事あて厚生省社会局長通達(昭和28年4月1日付)に則って,これを受け付け面接として行ったものであり,何ら違法ではない。またこの際,Bにおいて親の扶養を受けるように迫ったり,その主張にかかる回答書の持参を求めて申請書用紙の交付を拒否したとの事実はない。 同項後段について,BがZ園に対して,被控訴人が同所を退所していることを確認する目的で電話での問い合わせをしたことは認めるが,このことは生活保護申請の前提となる事実についての確認であり,違法な個人情 同項後段について,BがZ園に対して,被控訴人が同所を退所していることを確認する目的で電話での問い合わせをしたことは認めるが,このことは生活保護申請の前提となる事実についての確認であり,違法な個人情報の収集には該当しない。 BはZ園から,被控訴人が退所の理由として,家の改造の話があるので実家に戻ると説明したことを聞いたが,それ以上の詳しい事情については何も聞いていない。 平成8年4月1日の受付面接は,最終的には,翌日引き続いて受付面接を行うとすることで被控訴人も納得し,被控訴人は翌日来所することを職員に約束して帰途についたものである。 (8) 請求原因(9)は否認ないし争う。 民法に定める扶養義務者の扶養は,生活保護法における保護に優先して行われるものであって,被控訴人が,親の扶養を受けるか,生活保護を受けるかの自己決定権を有するとするのは,その前提自体が失当である。 被控訴人は生活保護申請についてB相談員に相談をするにあたり,自らZ園を退所したものであることを開示し,B相談員はそれを確認したにすぎないのであり,この行為がプライバシーの侵害となることはあり得ない。 被控訴人が本件開始決定がされるまで生活保護決定を受けられなかったと仮に言いうるとしても,それは平成8年4月17日に申請書用紙の交付を受け,A所長やB相談員から申請書の提出を促されながら,親の扶養を受けるか生活保護を受けるかは要保護者が自ら決定できるという被控訴人独自の見解や,B相談員がZ園に電話して被控訴人のプライバシー権を侵害したとの見解を,A所長やB相談員に認めさせようとして,被控訴人の見解が受け入れられるまで申請書を提出しなかった被控訴人自身の行為によるものであって,B相談員の行為との間に相当因果関係は存在しない。 4 抗弁仮に平成8年4月1日に,本件開始申請が存在 控訴人の見解が受け入れられるまで申請書を提出しなかった被控訴人自身の行為によるものであって,B相談員の行為との間に相当因果関係は存在しない。 4 抗弁仮に平成8年4月1日に,本件開始申請が存在したと認められるとしても,被控訴人は申請書用紙を受領した同月17日から起算して,申請に要する相当の期間が経過した頃までには,黙示に本件開始申請にかかる申請行為を撤回したものである。 5 抗弁に対する認否否認する。 第3 理由 1 請求原因(1)(2)の各事実については当事者間に争いがない。 2 請求原因(3)について判断する。 (1) 以下のとおり付加訂正するほか,原判決18頁14行目から26頁14行目までを引用する。但し引用箇所に「被告所長」とあるのは,全部「生野区福祉事務所長」と改める。 ① 原判決19頁4行目を削除する。 ② 原判決20頁7行目の「障害者手帳を作る」を,「障害者手帳の交付を受ける」と改める。 ③ 原判決20頁13行目,15行目,21頁7行目23頁6行目,同頁末行,24頁6行目の「申請書」を,「申請書用紙」といずれも改める。 ④ 原判決21頁8行目,同頁19行目,22頁3行目の「扶養意思の」の次に,「有無の」をそれぞれ加える。 ⑤ 原判決21頁18行目の「Bに対し」の次に,「申請書用紙の交付を求めるとともに,」を加える。 ⑥ 原判決21頁19行目の「Bは」の次に,「,申請書用紙の交付には応じず,」を加える。 ⑦ 原判決26頁1行目に「保護開始日とする」とあるのを,「保護開始日とし,生活扶助として月額金19万4880円を支給する旨の」と改める。 ⑧ 原判決26頁10行目に「また,」とあるのを,「被控訴人は平成8年3月から,控訴人の実施する全身性障害者介護人派遣事業(乙1)により,1ケ月153時間分の介護券の交付を受け,これにより 改める。 ⑧ 原判決26頁10行目に「また,」とあるのを,「被控訴人は平成8年3月から,控訴人の実施する全身性障害者介護人派遣事業(乙1)により,1ケ月153時間分の介護券の交付を受け,これにより被控訴人の介護人に対し,給付開始月には21万2670円,翌月以降は毎月21万2670円の介護手当が給付されていた。」と改める。 ⑨ 原判決26頁14行目末尾に,改行の上,以下のとおり加える。 「 ツ被控訴人は,平成9年5月14日,大阪府知事に対し,本件決定について,保護開始日を平成8年4月1日に変更することを要求して審査請求をし(甲3),同年9月12日,厚生大臣に対して再審査請求をした(甲6)。 大阪府知事は,平成9年9月18日,前記審査請求を棄却した(乙14)。」(2) 生活保護法(以下「法」という)は生活保護の開始申請を書面によって行わなければならないとするものではなく,同法の委任を受けた施行規則2条1項も,申請書面の提出を申請の要件としているものではないと解される(なお,申請書の作成提出が申請の要件でないことについては,控訴人もこれを争わない)。 法24条1項は「保護の実施機関は,保護の開始の申請があったときは,保護の要否,種類,程度,及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない。」と規定しているが,これは法7条に規定する保護の申請があった場合における保護の実施機関の処理手続を明確に定め,その敏速確実な処理を期するものであると解される。このように,保護の開始の申請は,保護実施機関に一定の作為義務を課するものであるから,保護の開始の申請があったというためには,単に申請者において申請意思を有していたというのみでは足らず,申請者において申請の表示行為を行う必要があるというべきである。 (3) 被控訴人は,平成8 ら,保護の開始の申請があったというためには,単に申請者において申請意思を有していたというのみでは足らず,申請者において申請の表示行為を行う必要があるというべきである。 (3) 被控訴人は,平成8年4月1日において(以下年月日の記載は,特記のない限り平成8年である),被控訴人は要保護状態にあり,生活保護申請後に必要となる年金証書等,従前指示されていた書類を提出して,B相談員に対し生活保護申請書用紙の交付を要求したのであるから,この時に生活保護を受給したい旨の,申請表示行為を行ったものであると主張する。 先に認定したところによれば,被控訴人は4月1日に生野区福祉事務所に赴くに先立ち,既に4度にわたって同事務所を訪れ,相談員から生活保護の開始にあたって必要となる書類を教示されており,当日は年金証書,年金振込通知書,銀行預金通帳,民生委員通知書,賃貸借契約書コピー,住宅費証明書を同事務所に持参し,B相談員に対して生活保護申請のための申請書用紙の交付を求めたのであるから,この時には,被控訴人は生活保護申請をする意思を有していたものと認められる。 しかしながらこれらの事情のみでは,被控訴人が当日生活保護申請の表示行為を行ったとまで認めるに足らず,本件に現れた全証拠を検討しても,被控訴人が,当日,申請の表示行為(申請行為)を行ったと認めるに足りない。その理由は以下のとおりである。 ① 申請書用紙の交付申請は,それ自体は申請行為でないのは明らかである。 ② 4月1日の面談は,前認定のとおり,生活保護と親族の扶養義務との関係を巡って,そのいわゆる自己決定権を主張する被控訴人とB相談員との間で論争となり,1時間半以上を経て,議論は平行線を辿ったまま終了したものと認められる。 そのうえ被控訴人は翌4月2日にもCを伴って生野区福祉事務所を訪れ,前日と同様,申請 する被控訴人とB相談員との間で論争となり,1時間半以上を経て,議論は平行線を辿ったまま終了したものと認められる。 そのうえ被控訴人は翌4月2日にもCを伴って生野区福祉事務所を訪れ,前日と同様,申請書用紙の交付を求めている。甲15(平成9年3月21日付被控訴人作成の書面)には同日の訪問について,「生活保護の申請に行きました」との記載が存在するところである。この経過からすれば,B相談員のみならず被控訴人においても,4月1日の面談は途中で終了しており,被控訴人は未だ生活保護の申請をしていないとの認識であったものと認められる。 ③ 被控訴人は4月15日付で生野区福祉事務所長にあて通知書を送付しているが(甲11),同書において,生活保護申請書(用紙)を提示すること,4月1日付で生活保護申請を受理すべきことを要求している。同通知書の前書き部分には「B相談員が申請を受け付けない」ことについての抗議もあるが,同書前引用部分の記載によれば,被控訴人としては申請には申請書の提出が必要であり,未だ申請行為は完了していないとの認識であったものと推認される。 ④ 被控訴人は4月17日に生野区福祉事務所において生活保護申請書用紙を受領したものである。若し被控訴人が申請行為は4月1日に完了し,あとは保護実施機関の決定を待つ状態にあったと認識していたのであれば,被控訴人において申請書用紙を受領する理由はなく,却って申請行為は既に終了していること,保護実施機関としては速やかに同申請に対する決定をなすべきことを求めるのが通常であると考えられるが,被控訴人がそのような応対をした形跡はない。 福祉事務所長のAらは,このとき被控訴人に対し,保護開始日を4月1日とすることを示唆して,申請書の提出を促したにもかかわらず,被控訴人はその提出をしなかった。被控訴人がその理由とするとこ はない。 福祉事務所長のAらは,このとき被控訴人に対し,保護開始日を4月1日とすることを示唆して,申請書の提出を促したにもかかわらず,被控訴人はその提出をしなかった。被控訴人がその理由とするところは,4月15日付の通知書に対する文書による回答があるまでは申請書を提出しない意思であるというところにあり,既に4月1日に申請行為は終了しているという点にあるのではなかった。 ⑤ 被控訴人は4月17日に生活保護申請書用紙を受領して以後も,翌平成9年3月24日に生野区福祉事務所において申請日を平成8年4月1日とした生活保護開始申請書を提出するまで,これの提出をしなかった。一方被控訴人はこの間,前認定のとおり生野区福祉事務所長,大阪市長らに通知書を送付して,福祉事務所が生活保護についての被控訴人の自己決定権を侵害したこと,またプライバシーを侵害したことなどについての抗議を繰り返し,これについての謝罪を求め続けたものである。この経過に鑑みると,被控訴人は,少なくとも4月17日以降においては生活保護の申請を行う意思を保留し,申請を行うことよりも,福祉事務所からの謝罪若しくは納得のいく回答を得ることを優先させたものと認められる。 ⑥ 本件においては,被控訴人が4月17日以降,1年近くにわたって申請を行わなかった理由が,被控訴人が4月1日に既に申請を終えていると考えていたところにあると認めることもできない。蓋し,被控訴人は4月17日以降も福祉事務所に対しては抗議ないし謝罪の要求を繰り返したのみで,保護実施機関による速やかな決定を求めるなど,申請が完了していることを前提とする行動をした形跡は存在しないからである。 法24条4項は,保護の申請をしてから30日以内に,保護の実施機関から同条1項の通知がないときは,申請者は,保護の実施機関が申請を却下したものとみ 前提とする行動をした形跡は存在しないからである。 法24条4項は,保護の申請をしてから30日以内に,保護の実施機関から同条1項の通知がないときは,申請者は,保護の実施機関が申請を却下したものとみなすことができる旨を規定する。被控訴人に若し4月1日に生活保護申請を行ったとする認識があったのであれば,被控訴人は上記みなし規定により申請の却下があったものとみなし,法64条,行政不服審査法5条の定めによって審査請求をすることができたことになる。ところが被控訴人は,平成9年4月1日付の本件開始決定に対しては審査請求をしているが(甲3),本件開始申請については,前記みなし規定を適用して審査請求をすることをしていない。被控訴人は,既に4月6日の段階から大阪弁護士会に所属するD弁護士に対して本件の相談をし(証人C),継続的に同弁護士の助言を得ていたと推認されることをあわせ考えると(なお甲11ないし15記載の被控訴人肩書地は,前記D弁護土の事務所である),被控訴人自身,平成8年4月1日に生活保護開始の申請をしたとの認識は有しなかったと考えられるところである。 (4) 以上を要するに,被控訴人は,平成8年4月1日に生活保護の申請をする目的で生野区福祉事務所に赴いたが,生活保護と親族の扶養義務の関係を巡ってB相談員と論争になり,同相談員から申請書用紙の交付を得ることができず,結局申請を行わないまま同日の面談を終え,4月11日の被控訴人の通知書に対する満足のいく回答を得られなかった同月17日以降は,平成9年3月24日に申請をするまで,申請の意思自体を保留していたものと認められる。 確かに申請書の提出は生活保護開始申請の要件ではなく,一般論としては口頭による保護開始申請を認める余地も存在するものと認められる。しかし生活保護の開始申請を受けた保護実施機関が, のと認められる。 確かに申請書の提出は生活保護開始申請の要件ではなく,一般論としては口頭による保護開始申請を認める余地も存在するものと認められる。しかし生活保護の開始申請を受けた保護実施機関が,前記のとおり法24条1項の対応を要請されることからすれば,保護開始申請がされたかどうかは客観的に明らかである必要があり,その確実性からすれば,生活保護法施行規則2条1項が「保護の開始又は保護の変更の申請は,--(中略)--書面を提出して行わなければならない」と規定して,書面による申請を原則としているのは理由のないことではない。従って口頭による保護開始申請については,特にこれを口頭で行う旨を明示して申請するなど,申請意思が客観的に明確でなければ,これを申請と認めることはできないというべきである。 以上の観点からすれば,平成8年4月1日に,被控訴人が生活保護の開始申請を行ったものとは認められない。そしてこのことは,既にみたとおり,被控訴人自身に同日申請行為を行ったとする認識がないことからも明らかである。申請行為が申請者の申請意思の外部的な表明であることからすれば,申請者自身に申請の認識がないのに,申請行為が存在したものと認めることはできない。この点について,仮に申請者にその認識が欠如していても,客観的に申請行為があったと解する余地が絶無ではないとしても,本件において申請行為があったことを窺わせる事情は存在しないというべきである。 本件においては,被控訴人に対して申請書用紙の交付をしなかったB相談員の行為の当否は別に問題になり得る。しかし,同相談員の4月1日の行為が違法ないし不当と判断されるとしても,生野区福祉事務所においては同月17日に被控訴人に対して申請書用紙を交付し,福祉事務所長らにおいては被控訴人に対し,4月1日を保護開始日とすることを 1日の行為が違法ないし不当と判断されるとしても,生野区福祉事務所においては同月17日に被控訴人に対して申請書用紙を交付し,福祉事務所長らにおいては被控訴人に対し,4月1日を保護開始日とすることを示唆して申請書の提出を促したにもかかわらず,被控訴人は以後も平成9年3月24日に申請書の提出をするまで,申請書の提出をしなかったという前認定の事実に鑑みるときは,B相談員の当該行為によって,被控訴人が同日,口頭による生活保護の申請を行ったと認めるべきものでもない。 以上のとおりであるから,請求原因(3)のうち,被控訴人が本件開始申請をしたとの事実はこれを認めるに足りない。 3 よって,被控訴人が本件開始申請をしたことを前提として,生野区福祉事務所長が,平成9年4月1日に保護開始日を同年3月24日とする保護の開始決定をするまで,被控訴人に対して保護の開始決定をしなかった措置が違法であるとして,控訴人に対し,平成8年4月1日から平成9年3月23日までの生活保護費相当額の150万0025円の損害賠償を求める被控訴人の請求は,その余の点について判断を加えるまでもなく理由がない。 4 請求原因(8)前段について平成8年4月1日及び2日,被控訴人がB相談員に生活保護申請書用紙の交付を求めたのに対し,Bがこれに応じなかったことは先に認定したとおりである。 ところで,旧厚生省・援護局通達「保護の実施要領(昭和38年4月1日社発第246号,乙3)第9の1は,保護申請における助言指導として,(1)要保護者が保護の開始の申請をしたときは,保護の受給要件並びに保護を受ける権利と保護を受けることに伴って生ずる生活上の義務及び届出の義務等について十分説明の上適切な指導を行うこと,(2)要保護者が自らの資産能力その他扶養,他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避している 利と保護を受けることに伴って生ずる生活上の義務及び届出の義務等について十分説明の上適切な指導を行うこと,(2)要保護者が自らの資産能力その他扶養,他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避していると認められる場合は,適切な助言指導を行うものとし,要保護者がこれに従わないときは,保護の要件を欠くものとして申請を却下することと定めていたところ,Bは,同要領の定めに従い,生活保護の要件等について説明したうえ,被控訴人の父親の扶養意思の有無の確認を得るため,被控訴人を説得していたものであり(原審における証人B),先に認定したとおり,同月17日に被控訴人がBから申請書用紙の交付を受けた前後を問わず,平成9年3月24日まで生活保護開始の申請の意思を表示しなかったものである。 平成8年4月1日及び2日にBが被控訴人に申請書用紙を交付しなかったのは,Bの被控訴人に対する行政指導としての説得が続いていた間のものであり(なお,Bが被控訴人の父から被控訴人を援助することが難しいと告げられたのは,先に認定したとおり,同月9日のことであった),その間,被控訴人が真摯かつ明確に申請の意思を表示していたものではない本件においては,上記の各日にBが申請書用紙を交付しなかったことをもって国家賠償法上,違法であったとすることはできない。 5 請求原因(8)後段について被控訴人はB相談員がZ園に対して調査を行ったことも違法であると主張するが,同相談員の同行為を違法と解することはできない。その理由は以下のとおり付加訂正するほか,原判決34頁9行目から35頁12行目までのとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決34頁11行目の「2(1)の」を削る。 (2) 原判決34頁15行目の「原告の口頭による保護の開始の申請があった」を「被控訴人から保護申請の意向が示された」 るから,これを引用する。 (1) 原判決34頁11行目の「2(1)の」を削る。 (2) 原判決34頁15行目の「原告の口頭による保護の開始の申請があった」を「被控訴人から保護申請の意向が示された」と改める。 (3) 原判決35頁2行目の「行為は」の次に「,たとえ保護申請の前であっても」を加える。 6 以上のとおりであるから,被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は,すべて理由がない。 よって原判決中,控訴人敗訴部分を取消し,上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第5民事部裁判長裁判官太田幸夫裁判官川谷道郎裁判官大島眞一

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