【DRY-RUN】主 文 原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理 由 本件控訴の趣意は、弁護人水谷金五郎提出の控訴趣意書記載のとおりである。 右に対する判断。 (
主文原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由本件控訴の趣意は、弁護人水谷金五郎提出の控訴趣意書記載のとおりである。 右に対する判断。 (一) 本件事故発生のいきさつと被告人のとつた措置。 記録及び原審並びに当審において取り調べた証拠に現われたところによれば、昭和二九年二月一五日朝福岡県遠賀郡a町bAの二男B(当時満二年九月昭和二六年五月生)は、兄C(当時五年)及び右Cの友達D(当時六年)に伴われ、同町国鉄香月駅九番線の北側坑木置場に白墨拾いに赴き、兄Cらに従い帰宅すべく同坑木置場の石段を降り、一たん九番線を南にこえて間もなく、同駅三六号ポイントの西方約五三米の地点附近において、さらに同九番線を北に横断しようとして、同日午前七時五〇分頃同線路内に立入つたところ、たまたま折柄貨車の入替作業のためすでに同線路に突放され同線路を独走西進して来たセム二五二一号坑木積載一五噸貨車に衝突して同所線路内に転倒し、同貨車の右側前後車輪によつて両脚を轢断されるに至つたものであり、被告人は、当日操車係として貨車の入替作業に従事していたものであるところ、これよりさき同日午前七時三八分定時に貨車三四両連結の下り四六一貨物列車が同駅に到着して、四番線の定位置に停車し、関係者協議の上貨車の入替に関する諸事項が決定されたので、これに従い貨車の入替を行うべく、機関士Eに合図して、まず先頭の貨車七両を四番線の頭部(東方汽関車給水塔附近)に引上げ、そのうち四両を七〇号ポイント附近で五番線に突放し、これに連結手Fを乗込ませ、次いで、右突放地点の西方約一七米、すなわち、前記衝突地点の東方約六〇米の地点において前記坑木積載貨車一両を、時速約五粁の速度で九番線に突放したものである。 そして、右九番線の線路ほ、同駅構内の 、次いで、右突放地点の西方約一七米、すなわち、前記衝突地点の東方約六〇米の地点において前記坑木積載貨車一両を、時速約五粁の速度で九番線に突放したものである。 そして、右九番線の線路ほ、同駅構内の最北端位し、同線路の北側には十数米をへだてて、前記Aの居宅を含む同町b部落の人家が散在し、当時同部落側より駅構内への一般人の出入を防止すべき柵または禁止の掲示標等の設備なく、前記衝突地点には同所から北側部落へ通ずる幅約一米半の小径が自然に形成されていて、附近の一般人がかねて同小径を通り駅構内出入している形跡の歴然たるものがあり、実際部外者たる一般人がかねて駅員の制止にもかかわらず同町c方面への近道をする等のため禁を犯して右小径より駅構内に出入し構内を通行していた事実があり、被告人も、これら一般部外者の構内通行の事例を知つていたのではあるが、被告人は、九番線への前記貨車突放の合図を行うにあたり、三六号ポイント附近に立つて九番線の前方を注視したところ、同線路並びに附近に部外者の人影その他何らの障害物を発見せず、かつ、六九号ポイントにあつて九番線への転轍を担当する転轍手Gにおいて、九番線突放の準備完了、突放安全の旨の信号を示したので、同信号を確認した上これに基き、機関士Eに対し前記突放の合図を行い、前記貨車一両を九番線突放し、同突放車両には、情況上制動機取扱者を乗込ませるの要がないものと判断したため、制動機取扱者を同突放車両に乗込せる措置はこれを講じなかつたものでおることが明かである。 (二) 結果の発生を予見しなかつたことに関する被告人の過失の有無の点について。 <要旨>およそ刑法上過失の責ありといいうるためには、もし相当の注意を用いるにおいては、結果発生の可能を予</要旨>見しうる場合であることを要するのは言をまたない。本件災害の発生は、線 ついて。 <要旨>およそ刑法上過失の責ありといいうるためには、もし相当の注意を用いるにおいては、結果発生の可能を予</要旨>見しうる場合であることを要するのは言をまたない。本件災害の発生は、線路内への部外者の立入という事実もさることながら、九番線内に立入つたBが、たまたま満二年九月のがんぜない幼児であつて、突放貨車との衝突の危険を認識しいち早く線路外に避譲する等きわめて容易な危険回避の方法を講ずる能力をさえ欠如していた特殊の事実に基因するものである。駅の構内は、社会公共の利益に奉仕する鉄道固有の機能の発揮される鉄道専用の地域であつて、一般人の立入通行を禁止されている場所でありたまたま立入禁止のための設備がなく、附近町民にして近道のため禁を犯して立入り通行する事例があつたとしても、一般公衆の供用に開放されている道路公園等の場所とはその性質を異にするのであるから、駅の従業員が駅の構内において車両の突放入換等を行うにあたり、かかる幼児が線路内に立入ることの可能を予見しうる事情ありとするためには、近道のため附近の町民が禁を犯して構内に立入り構内を通行していた事例の存した事実のみでは未だ十分でなく、他に相当の事由がなければならない。 被告人の原審公判における供述によれば、かかる幼児がかねて駅の構内に立入つていた事例はなかつたものと認められ、かつてこれらの幼児が適当な保護者の同伴なしに構内に立入つていた事例については、本件記録上これを肯認すべき証拠が全くない。 前記Bが、突放貨車に衝突する直前、兄C及びDに従い、坑木置場の石段を降りて、一旦九番線を南にこえ、さらに北へ横断しようと同線路内に立入つたことは、前述のとおりであつて、司法警察員作成の実況見分調書、同添付写真並びに当審検証の結果によれば、右の石段から衝突地点までのBの足取の距離は約一 南にこえ、さらに北へ横断しようと同線路内に立入つたことは、前述のとおりであつて、司法警察員作成の実況見分調書、同添付写真並びに当審検証の結果によれば、右の石段から衝突地点までのBの足取の距離は約一三米であり、この附近は、九番線の突放合図の際、被告人の位置した三六号ポイント地点より十分見透しうる状況にあることが明かである。そこで被告人において右の突放合図を行う際、もしBら右三名の幼児が右の石段もしくは九番線附近に姿を現わしていたものとすれば、これを発見しなかつた被告人は前方の安全確認の義務を尽さなかつたものといわなければならない。ところが、Bにおいて前示約一三米の距離を歩行するのに要した時間は、同人が満二年九月の幼児であること並びに歩行の場所が線路の内外であつて歩行にやや困難であること等の事情を考慮に入れても、前記突放貨車が時速約五粁の速度をもつて突放地点から衝突地点まで約六〇米の距離を移動するのに要した時間よりも必ずしも大でなかつたこと、換言すれば、右三名の幼児が右の石段もしくは九番線の附近に姿を現わしたのはすでに貨車の突放が開始された後のことであつて、被告人において突放の合図を行う当時においては、右三名の幼児は未だその姿を被告人の位置から望見しうる領域内に現わしていなかつたものと認定しうる余地が十分である。当審検証現場における証人Hのこの点に関する供述にはその観察と記憶の不正確性を否定し難く、同人の供述によつて、被告人の右突放合図の際Bら三名の幼児がすでに右の石段もしくは九番線の附近に立入つていたという事実を認定することは困難であり、他に同事実もしくは、被告人の右突放合図の際、右幼児らが被告人の位置から望見しうる領域内に姿を現わしていた事実を確証するに足りる資料は、本件記録に全く存しない。 以上のとおり、本件災害は、幼児Bが、はか 事実もしくは、被告人の右突放合図の際、右幼児らが被告人の位置から望見しうる領域内に姿を現わしていた事実を確証するに足りる資料は、本件記録に全く存しない。 以上のとおり、本件災害は、幼児Bが、はからずも九番線内に立入り、しかも同線路外に避譲して突放貨車との衝突を回避する能力を欠如していた特殊の事情に基因するものと認められるのであるが、被告人において突放の合図を行う当時、すでに同幼児が被告人の位置より望見しうる領域内にその姿を現わしていた事実、もしくはその他、四囲の情況上かかる幼児が線路内に立入ることの可能を予見すべきであつたと認むべきその情況について、これを認定するに足りる証拠の存しない場合、その結果の発生につき、被告人に過失の責を帰すべきでないのはもとよりである。 然るに原判決が、被告人において突放の合図をなす場合には『九番線の位置、附近の民家、線路立入防止の柵の有無等四囲の情況を仔細に判断熟慮し、特に車両の進行中何時附近居住の子供らが九番線を横切つて構内に立入り、或は構内に這入つていた者が不用意に線路に立入るやも計り知れない等の事情を慮り……事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるにかかわらず、かかる注意義務を怠り……』との旨の事実を認定したのは、判示Bらの線路内立入の事実を被告人においてその不注意により予見しなかつたという趣旨に解するのほかなく、右は証拠に沿わない事実を認定したか、注意義務に関する法則を誤まつて不当に適用した違法があるものといわなければならない。 (三) 突放車両に制動機取扱者を乗込ませなかつたことに関する被告人の過失の有無の点について。 車両の突放入換に際し、国鉄従業員の遵守すべき準則として、運転取扱心得(昭和二三年八月五日総裁達第四一四号)第八七条に、「車両の突放入換をするときは、連結手又はその 人の過失の有無の点について。 車両の突放入換に際し、国鉄従業員の遵守すべき準則として、運転取扱心得(昭和二三年八月五日総裁達第四一四号)第八七条に、「車両の突放入換をするときは、連結手又はその他適任者を突放車両に乗り込ませて、制動機を取扱わしめるのを原則とする。」旨、並びに運転取扱心得細則(昭和二三年門鉄逹甲第一八二号)第八一条に「心得第八七条により車両の突放入換をする場合は、次の割合の制動機取扱者を乗り込ませなければならない。(1)使用する制動機が車側制動機なるときは、一〇輌までごとに一名、(2)使用する制動機が手用制動機なるときは、二〇輌までごとに一名」との旨の規定がある。そして、日本国有鉄道総裁室法務課長名義の「捜査関係事項照会書に対する回答について』と題する書面、原審証人I、同Jの供述等によれば、国鉄の右の規定は、突放車両の停車を調節し、停車位置における流転等による事故の防止を目的とする原則規定であつて、突放途上における事故の防止を目的とするものでなく、従つて、特に停車を調節すべき必要がなく、また流転等のおそれのない安全な特別の情況の存するときは、その情況に応じ、突放車両に必ずしも制動機取扱者を乗込ませるを要しない、とする趣旨の解釈が国鉄部内一般の解釈であることを窺知するに足り、同規定の文理並びに車両の突放は、突放途上の障害の通常予想されない場合に行われるものであること等の事情に照らし、右の解釈は妥当なものと認められる。当審検証現場における証人G、同K、同E並びに被告人の各供述によれば、本件貨車は、九番線の前方坑木置場附近にあつた停留車両に軽く接触させて停車せしむべく、時速約五粁の比較的低い速度で突放されたものであることが明かであり右の事実と現に本件貨車は停車に際し何ら流転等異常の事態を生じなかつたという記録上明白な事実等 停留車両に軽く接触させて停車せしむべく、時速約五粁の比較的低い速度で突放されたものであることが明かであり右の事実と現に本件貨車は停車に際し何ら流転等異常の事態を生じなかつたという記録上明白な事実等に鑑みるときは、本件貨車の突放は、流転等のおそれのない安全な特別の情況のもとに行われたものであつて、情況上突放車両制動機取扱者を乗込ませる要のなかつた場合あたるものと認められるので、被告人において本件突放車両に制動機取扱者を乗込ませなかつたのは、前記運転取扱心得第八七条に違反するものでないと解するのが相当である。 原判決が、操車係たる被告人は、運転取扱心得第八七条及び同細則第八一条により、車両の突放入換をするときは、連結手又はその他適任者を突放車両に乗込ませて突放車両備付の制動機を操作せしめ、突放車両を目的箇所に停車せしめると共に「独走突放車両の進路に障害物を発見したときは急停車せしめる」等突放車両による危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものとし、制動機取扱者を乗込ませなかつた点を右規定に違反するものと認定したのは、同規定の解釈を誤つたものというのほかはない。 しかし、もし右にいう「突放車両の進路の障害物」が予見可能のものである限り、被告にこれが危険防止の義務のあることを認める原判決は、該義務の根拠を右の規定に求めた点において誤りがあるにかかわらず、結論においては正当としなければならないのであるが、その「障害物」とは、本件においては幼児Bの線路立入の如きを指すものであること明白でありその予見の可能であつたことの認められないことは前段説示のとおりであから、原判決が右業務上の義務を認め、本件突放車両に制動機取扱者を乗込ませなかつたことを被告人の過失であるとしたのは、結局失当であるといわざるをえない。 本件結果の発生につき被告人 説示のとおりであから、原判決が右業務上の義務を認め、本件突放車両に制動機取扱者を乗込ませなかつたことを被告人の過失であるとしたのは、結局失当であるといわざるをえない。 本件結果の発生につき被告人過失の責ありということのできないことは、以上説示のとおりであつて、被告人に過失の責ありとした原判決は失当であり、論旨は結局理由あるものというべく、原判決は破棄を免かれない。 よつて、刑訴第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書に従い本件について更に判決する。 本件公訴事実の要旨に、「被告人は、遠賀郡a町所在国鉄香月駅に勤務し転轍手兼操車担務者であるが、操車掛は運転取扱心得第八七条及び同細則第八一条に基き車両の突放入換をするときは連結手又はその他適任者を突放車両に乗込ませて制動機を取扱わしめ以て独走突放車両による危険の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるにかかわらず、昭和二九年二月一五日午前七時五〇分頃香月駅構内九番線において、セム二五二一号坑木積載一五噸貨車一両を突放するに際し、当時連結手Fは約二〇〇米はなれた先方五番線上に突放された貨車に乗務し該車両の停止作業に従事しおり、従つて九番線の突放車両に乗り込む余裕のないことを知悉しながら無謀にも機関士Eに対し連結手無乗車の右坑木積載のセム二五二一号一五噸貨車一両の突放合図をなし、これを九番線上に突放独走させたために、たまたまその前方六三米の地点H居宅前附近の軌条を横断しようとした幼児B(当三年)にこれを衝突させ、因つて同人の左膝蓋下部及び右足関節上部を轢断傷害するに至らしめたものである。」というのであるが、右が被告人の過失によるものであることを認めるに足りる証拠なく、結局犯罪の証明がないこと前記説示のとおりであるから、刑訴第四〇四条第三三六条に則り被告人に対し無罪 めたものである。」というのであるが、右が被告人の過失によるものであることを認めるに足りる証拠なく、結局犯罪の証明がないこと前記説示のとおりであるから、刑訴第四〇四条第三三六条に則り被告人に対し無罪の言渡をすべきものとする。 以上の理由により主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官下川久市裁判官柳原幸雄裁判官岡林次郎)
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