平成13(わ)1460 殺人,傷害被告

裁判年月日・裁判所
平成14年9月5日 福岡地方裁判所
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判決文本文12,003 文字)

平成14年9月5日宣告平成13年(わ)第1460号殺人被告事件平成13年(わ)第1773号傷害被告事件判決 主文 被告人を懲役11年に処する。 未決勾留日数中190日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1 平成13年10月13日午前10時35分ころ,福岡市a区bc番d号のA事業所西側路上において,B(当時56歳)に対し,その頭部等を手拳で数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約1週間を要する頭部顔面打撲及び裂創並びに左耳介裂創の傷害を負わせた。 第2 同日午後6時30分ころ,福岡市a区ef番g号Cセンター北側岸壁付近の通路において,D(当時45歳)に対し,同人の言動に激昂し,同人を突くなどしてその場に押し倒し,その腹部等を数回足蹴にして,同人を上記岸壁方向へ引きずるなどの暴行を加えた上,同日午後6時45分ころ,上記岸壁において,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,同人の着衣を掴んで同人を海に放り込み,更にその頭部等を自転車のリム(平成14年押第73号の1)で殴打し,また,付近にいた者が上記Dを救助するのを妨害するなどして同人を水没させ,よって,同月20日午後5時45分ころ,福岡市h区ij丁目k番l号E病院において,同人を溺水吸引に基づく肺炎により死亡させて殺害した。 (証拠の標目)<略>(事実認定の補足説明)第1 争点判示第2の事実について,弁護人は,被告人の行為のうち,①被害者の頭部等を自転車のリムで殴打した事実,②付近にいた者が被害者を救助するのを妨害した事実はいずれもなく,また,③被告人に殺意はなかった旨主張し,被告人も,当公判廷においてこれに沿うような供述をしているところ,当裁判所は,前示のとおりの事実を認定したので,以下 救助するのを妨害した事実はいずれもなく,また,③被告人に殺意はなかった旨主張し,被告人も,当公判廷においてこれに沿うような供述をしているところ,当裁判所は,前示のとおりの事実を認定したので,以下その理由を補足する。 第2 目撃者の供述要旨 1 Fの供述要旨証人Fの公判供述の要旨は以下のとおりである。なお,同人の検察官調書抄本(甲25)における供述内容もほぼ同旨である。 (1) Fは,平成13年10月13日午後6時半過ぎころ,Gと一緒に釣りをしているとき,岸壁で,男性(以下,「甲」という。)が倒れた状態の別の男性(以下,「乙」という。)を蹴っているところを見た。甲は,乙の腹部をボールを蹴るように蹴ったり,乙が両手で顔を覆っているのをその上から踏みつけるように蹴ったり,5回から7回くらい蹴った。蹴る音が聞こえたので,結構強く蹴っているように思えた。その後,甲が,乙の服の腹部と首辺りをつかんで,仰向けの乙を海の方に引きずっていったところ,乙は,岸壁の先端の手前にあるチェーンに両腕で抱きかかえるようにしてつかまった。すると,甲は,そのような乙の腹部や顔の辺りを,先ほどと同様に何回か蹴った。そして,今度は,乙の首付近をつかんで,海と反対方向に引っ張っていき,乙をみたび同様に蹴ったところ,乙は,仰向けの状態で,ぐったりとなった。すると,甲は,再び,乙を海に向かって引っ張っていった。乙は,体に力が入っていない状態で,今度は,チェーンをつかまなかった。甲は,チェーンをくぐらせて,岸壁の先端まで乙を引きずっていくと,岸壁の先端の手前の段差でうつ伏せに反転していた乙の服の首と背中の部分を持って,乙を海の中に頭から落とした。 (2) Fは,それを見て,110番通報し,その後,自転車で少し遠くに移動し,再び見ると,海の中に落とされた乙は,岸壁に設置された防 いた乙の服の首と背中の部分を持って,乙を海の中に頭から落とした。 (2) Fは,それを見て,110番通報し,その後,自転車で少し遠くに移動し,再び見ると,海の中に落とされた乙は,岸壁に設置された防舷材にしがみついていたが,甲は,自転車の車輪のようなもので,上から下に乙を突くような動きをしていた。その車輪のようなもので突くような動作をしているときの甲の姿勢は,膝はつかずに,臀部を沈めるような感じで,地面に腹ばいになってはいない。その車輪のようなものが乙に当たったかどうかまでは分からなかったが,それの高さと乙の頭の高さが同じくらいに見えたので,当たっているように感じた。 (3) その後,乙は沈んでいったが,甲は,ずっと海を見ていた。甲のそばにはそれまではいなかった知らない人がいたが,その人がいつ来たのかは分からない。 2 Gの供述要旨証人Gの公判供述の要旨は以下のとおりである。なお,同人の検察官調書抄本(甲26)における供述内容もほぼ同旨である。 (1) Gは,平成13年10月13日午後6時45分過ぎ,Fと一緒に釣りをしているとき,男性(以下,「丙」という。)が倒れている状態の別の男性(以下,「丁」という。)を蹴っているところを見た。丙は,丁に対して,上から踏みつけるように蹴ったり,横からサッカーボールを蹴るように蹴ったり,4,5回くらい蹴った。その後,丙が,丁の服の背中辺りを持って,丁を海の方に引きずっていったところ,丁は,岸壁の先端の手前にある鎖みたいなところにつかまった。すると,丙は,そのような丁を,再び4,5回くらい踏んだり蹴ったりした。その後,丁は,再び海の方に引きずられていき,丙に服の背中と首の辺りを持たれて,うつ伏せの状態で頭から海の中に落とされた。 (2) 海の中に落とされた丁は,岸壁にあった手すりみたいなところにつかま 。その後,丁は,再び海の方に引きずられていき,丙に服の背中と首の辺りを持たれて,うつ伏せの状態で頭から海の中に落とされた。 (2) 海の中に落とされた丁は,岸壁にあった手すりみたいなところにつかまっていた。丙は,自転車の車輪みたいなもので,そのような丁に対して,上から数回つついたりしていた。その車輪みたいなものでつつくような動作をしているときの丙の姿勢は,和式のトイレにしゃがむときのように,両方のかかとを地面につけて,しゃがんだ姿勢で,片膝を立てた姿勢ではない。その車輪みたいなものが,丁に当たったかどうかは,はっきりは見えなかった。 (3) 丙は,丁を助けようとはせず,座って海の方をずっと見ていた。丙が,車輪みたいなものでつついた後,岸壁に,丙の他に,もう一人男性がいたのは見たが,その男性が上着を脱ごうとしたり,腹ばいになったりしたのは見ていない。その男性は地べたに座っていた。 (4) 釣りをしているので,常に丙を見ていたわけではないが,丙の方はちらちらと見ており,長い間見ていないというようなことはなかった。 3 Hの供述要旨証人Hの公判供述の要旨は以下のとおりである。なお,同人の検察官調書抄本(甲27,28)における供述内容もほぼ同旨である。 (1) Hは,平成13年10月13日の夜,被告人や被害者らと一緒に飲酒していたところ,被告人から酒を買ってくるように言われた被害者が,酒を買う店とは反対の方向に向かっていくように見え,被告人がその後を,最初は歩いて,途中から駆け足で追いかけていった。そして,被告人は,被害者の顎や頬付近を殴り,さらに倒れた被害者を複数回蹴った。その後,被告人は,被害者を海の方に連れて行き,海の中に被害者を放り込んだ。 (2) その後,被告人が,左膝を地面に着け,右膝を立てた状態で,上体を前かがみにして,右手に持 れた被害者を複数回蹴った。その後,被告人は,被害者を海の方に連れて行き,海の中に被害者を放り込んだ。 (2) その後,被告人が,左膝を地面に着け,右膝を立てた状態で,上体を前かがみにして,右手に持った自転車の車輪で,被害者を殴った。Hは,被告人が車輪を振り上げているところは見たが,車輪が被害者に当たったかどうかまでは見ていない。 (3) その後,Hが,溺れかかっていた被害者を助けようとして,ジャンパーを脱いだが,被告人に「もうやめとき。」「魂が入らんけん。」と言われて,左腕を両手で強くつかまれ,後ろに引っ張られた。 その後,潮の影響で,再び被害者が岸壁に近付いてきたので,Hが,腹ばいになって,被害者に向かって右手を伸ばしたが,被害者の手まで30センチメートルくらいのところで,被告人に「もう沈んでいきよるけん。もう助からんけん。やめとき。」と言われて,左手をつかまれ,後ろに引っ張られた。 第3 争点①について 1 そこで,まず,被害者の頭部等を,自転車のリムで殴打した事実の存否について検討すると,被告人が,海の中の被害者に対して,自転車のリムを突き出していたことは,F,G,Hが一致して供述しているところであり,また,被告人自身,罪状認否において,殴ろうとしたことがある旨自認しているところであるから,これを十分認めることができる。 2 また,被告人が突き出した自転車のリムが被害者の身体に当たったかどうかについては,F,G,Hのいずれもはっきりと目撃してはいないものの,Fは,被告人が突き出した自転車のリムと被害者の頭の高さが同じくらいに見えたので,当たっているように感じた旨供述している。Fは,被告人及び被害者とは全く面識や利害関係のない第三者の立場にある証人であって,虚偽の供述をする動機はないとみられる上,視力や視界,明るさなどの視認条件が たっているように感じた旨供述している。Fは,被告人及び被害者とは全く面識や利害関係のない第三者の立場にある証人であって,虚偽の供述をする動機はないとみられる上,視力や視界,明るさなどの視認条件が比較的良好なもとで目撃したとするその供述内容は具体的かつ迫真的であり,GやHの供述内容とも大筋において符合しており,被害者の遺体にみられる受傷状況などの客観的証拠とも格別矛盾する点はなく,したがって,その供述内容は十分信用することができるから,被告人が被害者に対して突き出した自転車のリムと被害者の頭部とが同じくらいの高さにあったことを認めることができる。 他方,被害者の遺体にみられる受傷状況についてみると,鑑定書(甲40)によれば,前額部全般に,一部連続して棒状となった示指頭面大~粟粒大の多数の痂皮形成が,前頭部左側髪際にも一部,また左右外眼角外側には右でくるみ大,左で拇指頭面大の痂皮形成が,さらに鼻根部にも示指頭面大の不規則形成の痂皮形成が,それぞれ認められ,これらの痂皮は前額部でわずかに上方に孤を描くように左右に並んでいることが認められる。そして,この司法解剖を担当したI大学医学部の法医学教室教授である証人Jは,この上方に孤を描くように左右に並んでいる痂皮形成は,大きな孤を描く作用面をもつ鈍体の衝突によって生じたものと考えられ,被告人が被害者に対して突き出していた自転車のリム(平成14年押第73号の1)は成傷器として矛盾しないと供述している。 そうすると,他に被害者の前額部の上方に弧を描く痂皮形成を合理的に説明できる成傷器が見当たらない本件において,被告人が被害者に対して突き出した自転車のリムが被害者の前額部に当たったことは強く推認でき,これを揺るがすような証拠は本件において見出せない。 なお,弁護人は,自転車のリムを被害者の上方から突き て,被告人が被害者に対して突き出した自転車のリムが被害者の前額部に当たったことは強く推認でき,これを揺るがすような証拠は本件において見出せない。 なお,弁護人は,自転車のリムを被害者の上方から突き出した場合には,自転車のリムは海の中の被害者の前額部に下方に孤を描くように作用するはずであるから,被告人の行為によって被害者の前額部の痂皮形成は生じ得ない旨主張するが,例えば,溺れかけている被害者の頭部が仰向けの状態になっていることは十分考えられるところ,そのような状態にある被害者の体前面が沖合方向を向き,頭頂部が岸壁に向いている場合を考えると,上方から下方に自転車のリムを突き出すことによって,被害者の前額部に上方に弧を描くように自転車のリムが作用することは十分あり得ることであり,また,水中に身体があり,頭部や顔面が水面に出ている被害者の位置関係を考える場合,被害者の位置が動くことは十分考えられるところであるから,被告人の行為により被害者の前額部の痂皮形成は十分成傷可能と認められる。 3 以上の次第で,被告人が被害者の頭部等を自転車のリムで殴打した事実を認めることができるから,この点についての弁護人の主張は採用できない。 第4 争点②について 1 次に,付近にいた者が被害者を救助するのを妨害した事実の存否について検討するに,前記のとおり,Hは,H自身が被害者を救助しようとしたのを2度にわたって被告人から妨害された旨供述しているところ,他にこの事実を認めるに足りる証拠はないから,この事実の存否についてはこのH供述の信用性にかかっていることになる。 2 そこで,まず,H供述の全般的な信用性を検討するに,同人は,被告人及び被害者の双方と交遊関係があったものであるが,被告人あるいは被害者の一方と特に親しいといった事情は認められず,同人があえて被告人 そこで,まず,H供述の全般的な信用性を検討するに,同人は,被告人及び被害者の双方と交遊関係があったものであるが,被告人あるいは被害者の一方と特に親しいといった事情は認められず,同人があえて被告人に不利益な虚偽の供述をする理由は認められないし,その供述内容は,具体的かつ迫真的であって,被告人が「魂が入らんけん。」と発言したとする点など,Hもその意味を理解できなかったという部分がそのまま証言に含まれていることなどに照らしても,同人が体験したことをありのままに供述しているとみられ,また,FやGの供述内容とも大筋においては一致しているといえる。もっとも,Hの供述経過をみると,同人の供述には変遷も認められるが,同人の検察官調書(甲61)によれば,当初は体力も勝り,怒ると怖いと感じていた被告人からの仕返しを恐れて被告人の行為について供述していなかった部分があったものの,被害者が死亡したことを知り,被害者のために嘘をつかずに全てを正直に供述することにしたというのであり,また,Hの警察官調書(甲62)によれば,現場で当時の状況を再現しているうちに思い違いをしていたことに気付いたり,思い出したことがあるというのであるから,供述が変遷していたとしても,その理由には相応の合理性があるということができ,そのことが同人の供述の信用性を大きく減殺するものではないというべきである。したがって,同人の供述の全般的な信用性は高いということができる。 3 次に,同人が被害者を救助しようとしたとする点の供述経過についてみると,Hは,平成13年10月13日付け警察官調書(甲58)において,「海に飛び込もうと,長袖シャツを脱ごうとしたところ,被告人が腕を捕えて引き止めた」旨述べたのを始めとして,同月16日付け警察官調書(甲59)においては,「飛び込んで助けようと思い,上 )において,「海に飛び込もうと,長袖シャツを脱ごうとしたところ,被告人が腕を捕えて引き止めた」旨述べたのを始めとして,同月16日付け警察官調書(甲59)においては,「飛び込んで助けようと思い,上着を脱ごうとしたが,被告人が,左腕をつかんで脱がせず,『よか,するな,魂が入らん。』と言って,助けるのを止めた。それでも,いったん手を振りほどいて,岸壁に腹ばいになって手を伸ばして助けあげようと思ったが,そのときも,被告人は,腕をつかんで引き起こし,『よか,魂が入らんけん,放たっとけ。』と助けさせなかった」旨述べ,その後,同月24日付け警察官調書(甲60)においては,「被害者を助けようとして,岸壁にはいつくばり手を延ばしたが,被告人から『魂が入らん,ほたっとけ。』と止められた」旨,同月28日付け警察官調書(甲62)においては,「着ていたジャンパーを脱いで海に飛び込もうとして,右手からジャンパーを脱いだが,被告人が左腕を両手でつかんで,『魂入らんけん,まだほたっとけ。』と言って,止めた。被害者が万歳するような格好で海中に沈んで行ったので,やっぱり助けなければいけないと思い,岸壁にはいつくばって,左手を岸壁について,右手を差し出そうとしたが,このときも被告人が左手をつかんで,『もう沈んでいきよるけん,もう助からん,やめとけ』などというので,被告人が怖くて,被害者に手を差し伸べることができなかった」旨,それぞれ述べていることが認められる。 そうすると,Hは,被害者への救助を妨害されたのが2度にわたることや妨害にあたって被告人が発した言葉などの点において,事件当日付けの供述調書は後日付けの供述調書に比して具体性を欠いており,また,脱ごうとしたものが長袖シャツからジャンパーに変わったりはしているものの,上着を脱いで被害者を救助しようとしたのを被告 ,事件当日付けの供述調書は後日付けの供述調書に比して具体性を欠いており,また,脱ごうとしたものが長袖シャツからジャンパーに変わったりはしているものの,上着を脱いで被害者を救助しようとしたのを被告人に腕をつかまれて妨害されたという点においては,既に事件当日から一貫して供述していることが認められる。そして,被害者への救助を妨害されたのが2度にわたることや妨害にあたって被告人が発した言葉など,事件当日の調書では具体性を欠いていた点も,既に同月16日付け警察官調書において明らかにされているところ,住居不定である被告人の身柄確保のために逮捕状請求の資料作成を急がなければならないなどの事情のもとにおいては,事件当日に作成された参考人の供述調書が具体性を欠くのはやむを得ない面があり,現に事件当日の調書よりも同月16日付け警察官調書の方が大部の調書となっていることからすれば,事件当日の調書においては具体性を欠いてはいるものの,被告人から腕をつかまれて被害者の救助を妨害されたとするHの供述は,事件直後から当公判廷における供述まで概ね一貫しているということができる。 4 そうすると,この点についてのHの公判供述は,その全般的な信用性からしても,供述の一貫性からしても,十分信用することができる。 もっとも,Fは,Hが上着を脱ごうとしたり,腹ばいになったことを目撃したとは供述しておらず,また,Gは,Hが上着を脱ごうとしたり,腹ばいになったことは見ていないと供述している。 しかしながら,F及びGは,被告人の一挙手一投足を終始注視していたわけではない上,殊に,被告人が被害者を海に投げ込んだ後は,被告人をずっと注視していたことで怖くなって,釣りをしていた場所を少し遠くに移動までしているくらいであるから,両名が移動した後の出来事であるHの救助行為及びそれに対する 被害者を海に投げ込んだ後は,被告人をずっと注視していたことで怖くなって,釣りをしていた場所を少し遠くに移動までしているくらいであるから,両名が移動した後の出来事であるHの救助行為及びそれに対する妨害行為を目撃していないからといって,格別不自然であるとはいえないと判断される。Gよりも詳細な供述をしているFでさえ,Hがいつ被告人のそばに来たのか分からない旨供述しているほどであるから,F及びGの供述中に,Hが上着を脱ごうとしたり,腹ばいになった事実が含まれていないからといって,この事実がなかったことを示すものであるということはできない。 5 以上の次第で,被告人においてHが被害者を救助するのを妨害した事実を認めることができるから,この点についての弁護人の主張も採用できない。 第5 争点③について 1 さらに,被告人の殺意の存否について検討するに,関係各証拠によれば,被告人が被害者を投げ込んだ海は人間が立って足がつくような浅瀬ではないこと(水深は満潮時約6メートル,干潮時約4メートル),被害者は事件当日焼酎3合程度を飲んでいたとみられること(Hの検察官調書抄本〔甲27〕5項),被害者は当時半袖ポロシャツ及び長ズボンをはいていたこと,被告人から加えられた暴行により被害者は海に投げ込まれる際には既にぐったりとしていたこと,被害者は頭から海の中に落とされたことの各事実をそれぞれ認めることができる。そして,このような相当量の飲酒をし,暴行によりぐったりとした被害者を,着衣のまま,足がつかない海の中に頭から落とす行為は,それ自体,被害者を溺死させる現実的危険性の高い行為であり,殺人の実行行為と十分評価できる行為であるところ,被告人は,前記の各事実の認識に欠けるところがないにもかかわらず,あえてこのような行為に及んでいる。しかも,被告人は,被害者が岸壁に の高い行為であり,殺人の実行行為と十分評価できる行為であるところ,被告人は,前記の各事実の認識に欠けるところがないにもかかわらず,あえてこのような行為に及んでいる。しかも,被告人は,被害者が岸壁に設置された防舷材にしがみつくなどしたところ,前示のとおり,被害者の頭部等を自転車のリムで殴打し,また,被害者が溺れかけているのを目の当たりにしながら,Hが被害者を救助するのを妨害しているのである。 2 そうすると,自らの行為の危険性の認識に欠けるところがない被告人が,被害者が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて判示第2の各行為に及んだことは明白というべきであり,被告人の殺意は,その自白調書によるまでもなく,優にこれを認めることができる。この点についての弁護人の主張は採用できない。 もっとも,関係各証拠によれば,本件は飲酒の上激情にかられた偶発的な犯行と認められ,その犯行に至る経緯をみても,被告人に被害者を殺害する強度の動機があったとは認めがたい上,後記のとおり,被告人が事件当日の供述調書において認めていたのも未必の殺意に止まり,これが格別不自然とはいえないことなどからすると,被告人に確定的殺意があったとまでは認定できない。 3 なお,本件においては,前記のとおり,既に事件当日に被告人が未必の殺意を認めた自白調書(乙6)が存在するところ,被告人は,殺意をめぐって取調官と何日も押し問答となった末に,根負けして取調官のいうがままの調書に署名指印したので,そのような調書は事件当日にはできていないと思うなどと公判で供述するが,取調官であるKの証人尋問においては,被告人の供述するような事情は全く窺われない上,同調書の本籍欄の記載からしても同調書が事件当日に作成されたことは明らかというべきである(事件当日の20時32分に照会されている被 証人尋問においては,被告人の供述するような事情は全く窺われない上,同調書の本籍欄の記載からしても同調書が事件当日に作成されたことは明らかというべきである(事件当日の20時32分に照会されている被告人の氏名照会書には,被告人の本籍が「福岡県大牟田市mn-o」と記載されており,翌14日付けの2通の調書〔乙1,7〕の本籍欄は「福岡県大牟田市mn番o号」と氏名照会書に沿った記載がなされているところ,乙6の本籍欄は「福岡県大牟田市p」と記載されており,氏名照会書の記載を見る以前に作成されたと認めるのが相当である。)。そうすると,この逮捕(逮捕は翌14日午前3時15分である。)前に作成された自白調書(乙6)について,被告人の供述するような取調官との数日にわたる押し問答に根負けしたといった事情がないことは明らかであるし,また,事件当日の午後8時20分ころの飲酒検知(甲19)によれば,呼気1リットルあたり0.54ミリグラムのアルコールが検出されてはいるものの,言語・態度状況は普通,歩行能力や直立能力にも欠けるところはなかったというのであるから,被告人が取調べに応じられないような酔態であったとは考えられず,この自白調書の任意性,信用性に疑問を差し挟む余地はないというほかない。このように既に事件当日に被告人が未必の殺意を自認していることも,前記認定に沿うものである。 第6 結論以上の次第であるから,関係各証拠によれば,判示第2の事実は十分これを認めることができ,弁護人の主張はいずれも採用できない。 (法令の適用)罰条第1の行為刑法204条第2の行為刑法199条刑種の選択第1の罪懲役刑を選択第2の罪有期懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条 条第2の行為刑法199条刑種の選択第1の罪懲役刑を選択第2の罪有期懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(重い第2の罪の刑に刑法14条の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は,判示のとおりの殺人(第2)及び傷害(第1)の事案である。 2 まず,殺人についてみると,被告人は,前日来被害者を快く思っていなかったところ,被害者らとともに飲酒するうち,被害者の些細な言動に激昂して,被害者に判示の激しい暴行を加えた上,相当量の飲酒をし,暴行によりぐったりとした被害者を,着衣のまま,足がつかない海の中に頭から落とし,のみならず,海の中の被害者の頭部等を自転車のリムで殴打したばかりか,Hが溺れかけている被害者を救助するのを妨害するなど,被害者を溺死させる現実的危険性の高い行為にあえて及んでいるのであって,犯行の経緯や動機に酌むべきものは全くみられず,些細なことから至高の法益である人命を奪うような行為に及んだ被告人の短絡的で法規範無視の態度は極めて厳しい非難に値する。 被告人のこのような危険な犯行の結果,かけがえのない被害者の生命が奪われており,生命を奪われなければならないような落ち度は何もないにもかかわらず,突然にして人生に終止符を打つことを余儀なくされた被害者本人の無念さや,被告人から激しい暴行を受けてから無念の最期を遂げるまでの被害者の肉体的苦痛,精神的苦痛には筆舌に尽くし難いものがあったと思料される。 にもかかわらず,被告人からは何らの慰謝の措置もとられておらず,突然にして血を分けた肉親を失った遺族の処罰感情には の被害者の肉体的苦痛,精神的苦痛には筆舌に尽くし難いものがあったと思料される。 にもかかわらず,被告人からは何らの慰謝の措置もとられておらず,突然にして血を分けた肉親を失った遺族の処罰感情には,当然のことながら厳しいものがあり,被害者の母及び兄がいずれも被告人に対し極刑を求めている。 のみならず,被告人は,当公判廷において,自らの行為及び殺意について,不合理な弁解を行っており,真摯に反省しているとは認め難い。 そうすると,殺人についての被告人の刑事責任は重いというべきである。 3 また,傷害についてみても,被告人は,被害者らと飲酒中,被害者がソーセージの包装を切るために取り出したはさみを見て,自らを威嚇するものと邪推し,その場を立ち去った被害者をわざわざ追いかけて,判示の激しい暴行を加え,何の落ち度もない被害者に左耳介部を7針,右額部を1針縫合するほどの傷害を負わせており,些細なことで暴力に訴えるという粗暴癖も窺われ,犯情は甚だ芳しくない。 被告人から被害者に対して何らの慰謝の措置もとられておらず,被害者の処罰感情も厳しく,これまたその刑責は軽くないといわざるをえない。 4 そうすると,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。 5 他方,本件各犯行はいずれも酔余激情にかられて敢行された偶発的犯行であり,殺人については未必の殺意に止まること,被告人は,傷害については,捜査段階から一貫して認めているほか,殺人についても,自らの行為で死亡させた点については申し訳ない旨述べ,遺族に対する謝罪の言葉を述べるなど,被告人なりの反省の態度を示していること,本件各犯行の遠因ともいうべき飲酒については慎むよう精一杯努力したい旨述べていること,被告人は,昭和57年10月に業務上過失傷害罪により罰金6万円,昭和62年12月に住居侵入,窃盗未遂罪により懲役 本件各犯行の遠因ともいうべき飲酒については慎むよう精一杯努力したい旨述べていること,被告人は,昭和57年10月に業務上過失傷害罪により罰金6万円,昭和62年12月に住居侵入,窃盗未遂罪により懲役10月,3年間執行猶予(同猶予を取り消されることなく,その期間を経過した。),平成3年12月に器物損壊罪により罰金20万円に各処せられた裁判歴を有するものの,懲役刑の実刑に処せられた前科はないこと,被告人は定職についてはいないものの,土木や建築の作業員としての働きぶりには仲間内でも一目置かれていたことが窺われ,勤労意欲を認めることができることなど,被告人のために酌むことのできる事情も認められる。 6 そこで,これらの事情を総合考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。 7 よって,主文のとおり判決する。 (検察官長田守弘,国選弁護人吉岡隆典各出席)(求刑-懲役12年)平成14年9月5日福岡地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官谷敏行裁判官武田瑞佳裁判官古庄研

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